『ザ・ノンフィクション』現実を知らなかった40代の息子「ワケあり人生と部屋探し ~無理とは言わない不動産屋~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月8日の放送は「ワケあり人生と部屋探し ~無理とは言わない不動産屋~」。

あらすじ

 高齢、生活保護受給、精神疾患など、住まいを借りるのが難しい人々の部屋探しを手伝う横浜のアオバ住宅社。会社には看板らしい看板もないが、口コミで客は絶えない。代表の齋藤瞳は1人で会社を切り盛りしている。

 生活保護で暮らす高齢の母親と双極性障害とADHDがある中年の息子の家族は、長年借家の庭付き平屋で過ごしてきたが、家主の都合で引っ越しを余儀なくされる。齋藤も新居を探すものの、生活保護を受給している旨を伝えると、ことごとく断られてしまう。

 息子は聴覚過敏だといい、集合住宅への転居に気乗りしないようで、家探しは難航する。齋藤の進め方に対し、スタッフへ不満も口にしていた息子は、自身で家を探してみるも、不動産会社側に生活保護受給世帯の場合9割は断られ、さらに精神疾患がある場合はほぼ断られる、と厳しい現実を告げられていた。それもあったのか、齋藤が選んだ団地への転居を決める。

 ほかに、2年前に母親を亡くした24歳と15歳の姉妹は生活保護がネックで家探しが難航して齋藤を頼る。亡くなった母親はうつとパニック障害があり、姉がヤングケアラーとして家のことをほぼ任される生活で、姉自身も精神的に参っていたようだ。

 姉妹が入居するアパートでは、隣人の80歳女性が部屋の掃除を手伝っており、姉妹も交流を喜んでいた。齋藤は今回のように入居者同士をつなげたり、入居者たちに清掃の仕事をあっせんしたり、定期的に集まるなど人の輪を作る活動に注力している。

都営住宅は倍率50倍、一方で東京の空き家は81万戸

 『ザ・ノンフィクション』では以前に、住宅探しが困難な人に向け住居を仲介する兵庫の「おせっかい不動産」を取り上げていた。その放送を見たときに、都道府県が提供している公営住宅(都営住宅、県営住宅等。所得に応じ家賃が変わる)になぜ入居しないのだろうかと思ったが、今回調べてみたところ、公営住宅は相当狭き門のようだ。

 アオバ住宅社のある神奈川県の公団住宅の抽選結果を調べてみると、定員割れになっている物件は稀で、ほとんどが5倍以上、数十倍になっている物件もいくつもあった。東京(都営住宅)はさらに過酷で、ある抽選会では平均倍率が49.7倍というありさまだった。

 一方で、住む人のいない空き家は増えつつある。総合情報サイト「プレジデント オンライン」の記事「都市部では廃墟マンションが急増中…問題の背景に横たわる日本人の『新築信仰』という病」によると、東京は「空き家率」こそ低いが、そもそもの住宅の数が多いため、約81万戸の空き家があるという衝撃の数値がある。

 空き家は安全・防犯上問題があるし、人が住まない家は劣化が急激に進んでしまう。ならば、生活に困っている人と空き家がもっとうまくつながればいいのだが、そう簡単にはいかない現状があるのだろう。

 庭付き平屋に長年過ごしていた親子の家探しは、息子のこだわりが強いようで難航していた。しかし、番組後半で息子自身が不動産会社に連絡し、生活保護の受給者かつ精神疾患のある借主だとほぼ紹介できない、という厳しい現実を身をもって知ったことで急展開していったように見えた。

 家探しはよほどの金持ちでない限り、(1)理想の家を思い描く(2)理想と払える家賃のギャップに落胆する(3)理想と家賃をすり合わせる、といった過程を踏む。おそらくこの息子は、家探しが初めてだと思われ、理想と現実のギャップを認識してなかったので、長く迷い続けたのではないだろうか。

 最初から息子自身にも家探しをお願いしていたほうが、早めに「現実はかなり厳しい」ことを知れて、齋藤も半年もかけずに済んだのではないかと思った。齋藤の仕事は苦労が多い割に金銭的なメリットは期待できないことは想像がつくので、せめてストレスをためないでほしい。

『ザ・ノンフィクション』79歳マダムの決断

 さまざまな境遇にある老若男女が出てきた良回だったが、特に印象深かったのが82歳の女性、小川だ。フランスで娘と暮らしていた小川は、娘と折り合いがうまくいかず、3年前にテレビで齋藤の活動を知ったことで、家探しをお願いしたいとエアメールを送る。

 現在は齋藤の用意した横浜の部屋に暮らしながら、齋藤の会社で清掃の仕事を行い、一人暮らしをしている。

 食事のときも背筋がピンと伸びていて、きれいにヘアメイクをした小川は「おばあさん」ではなく「マダム」だった。日本で暮らしていたら、なかなかこんな80代にはなれないだろうと、美の国、大人の国である「フランスの力」を感じた。

 小川が一人暮らす家も、額縁に飾られた絵がそこかしこに並び、一方で生活感を感じさせる日用品は見えるところには置いておらず、美意識の高さをうかがわせるものだった。

 そんな小川の佇まいや暮らしぶりは只者ではないが、何より79歳で暮らしを変えようと思った決断がすごい。その年齢で、一緒に暮らす娘と折り合いがつかない場合は「時々誰かに愚痴を言ったり、ガス抜きをしながらやり過ごす」ことを選ぶ人が多いように思う。もちろん、関係の悪さの程度もあるのだが、やり過ごす以外の選択もあるのだ。小川にはよりよく生きていたいという凛々しさがあって、見ていて背筋が伸びた。

 次週は「NYフェスティバル2022受賞記念 ボクと父ちゃんの記憶」。若年性アルツハイマーの父とその家族の別れを見つめた同作は21年10月に放送され、その後国際メディアコンクール・ニューヨークフェスティバルのドキュメンタリー・普遍的関心部門で銅賞を受賞した。次週は同作と、家族のその後について伝える。

ジャニーズドラマにおける、堂本剛『金田一少年の事件簿』という記念碑――なにわ男子・大西流星『夢中さ、きみに。』に見る新時代

 4月24日からスタートした『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系)。主演はなにわ男子の道枝駿佑が務めている。ジャニーズで歴代5人目にあたる「金田一一」を演じる道枝には、放送前から注目と期待が集まっていたものの、初回放送は7.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と1ケタスタート。

 放送後は、初代金田一一を演じたKinKi Kids・堂本剛と比較する感想がネット上に続出し、同作の人気の高さがあらためて明らかになった。放送から27年の月日がたってもジャニーズファンに鮮烈な印象を残している初代『金田一少年の事件簿』。それはジャニーズドラマにとっても重要な意味を持つというのは、ドラマ評論家の成馬零一氏。サイゾーウーマンで昨年公開した記事を、あらためて公開する。

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1990年から2020年までのテレビドラマの歴史について、3人の脚本家を軸にまとめた一冊、『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)。その刊行にあたって、著者の成馬零一氏に同時代のジャニーズドラマの変遷について書き下ろしてもらった。『金田一少年の事件簿』から始まったというジャニーズアイドルドラマは、今後ドラマ界でどんな道を歩むのだろうか?

『人間・失格』『未成年』野島伸司作品におけるジャニーズの役割

 拙著『テレビドラマクロニクル1990→2020』は、野島伸司、堤幸彦、宮藤官九郎の作品を通してテレビドラマの歴史を綴った年代記(クロニクル)だが、彼らの作品を時系列順に追いかけていくと、ジャニーズ事務所のアイドルたち(以下、ジャニーズアイドル)がいかに重要な役割を果たしていたかを実感し、改めて驚いた。

 たとえば、1994年に発表された野島伸司脚本の学園ドラマ『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』(TBS系、以下『人間・失格』)にはKinKi Kidsの堂本剛と堂本光一が出演している。

 本作は、いじめを苦に自殺した息子の父親が、息子を死に追いやった教師や生徒たちに復讐する悲劇を描いた作品だった。堂本剛はいじめを苦に自殺した中学生・大場誠を演じ、堂本光一は誠に対して同性愛的な感情を抱く影山留加を演じた。

 私立の名門男子中学校を舞台にした本作は、『トーマの心臓』や『風と木の詩』(ともに小学館)といった少女漫画のテイストを学園ドラマに持ち込んだ怪作で、演技経験に乏しい10代の俳優が演じるため、たどたどしい部分もあるのだが、それが逆に生々しい迫力を与えており、思春期の少年に宿る神々しい切迫感は他の追随を許さないものだった。

 『人間・失格』は『高校教師』、『未成年』と並ぶ野島伸司のTBSドラマ3部作といわれる初期代表作だが、『高校教師』では女子高生に投影されていた無垢なる存在への憧れが、本作では少年たちに投影されている。対して『未成年』では、SMAPの香取慎吾が演じる知的障害者のデクがその役割を果たすこととなるのだが、野島が描こうとした無垢なる魂を体現する役割を果たしたのがジャニーズアイドルの少年たちだった。

土9『金田一少年の事件簿』という記念碑

 その後、堂本剛は95年にミステリードラマ『金田一少年の事件簿』(以下、『金田一』)で主演を務める。土9(日本テレビ系の土曜9時枠、現在は土曜10時枠に移動)で放送された本作は、ジャニーズアイドル主演×漫画原作によるティーン向けドラマという方向性を決定付けた記念碑的作品だ。

 チーフ演出を務めたのは映像作家の堤幸彦。MVやバラエティ番組で培った堤作品の映像は、当時のテレビドラマとしては異質なもので、カット数が多い細切れの映像の中、俳優はアニメのキャラクターのように撮られていた。

 同時に堤の映像はドキュメンタリー的でもあり、当時のホラー映画ではやっていた手持ちカメラ一台で撮影される揺れのある映像は、独自のリアリティを生み出し、人工的でありながら生々しい映像を展開していた。堤がここで開花させた映像美学はジャニーズアイドルと相性が良く、アニメや漫画の手法を実写ドラマの中に取り込むキャラクタードラマの嚆矢となった。

 90年代は、木村拓哉を筆頭とするSMAPのメンバーが、月9(フジテレビ系月曜9時枠)の恋愛ドラマや金曜ドラマ(TBS系金曜夜10時枠)の硬派な作品で主演を務めることで、当時はまだ俳優としての評価が低かったジャニーズアイドルの活躍の場を広げ、国民的スターへと上り詰めていく時期だった。

 一方、SMAPが切り開いた「歌もバラエティも俳優も司会も全部やる」という全方位型アイドルとしてキャリアをスタートしたTOKIO、KinKi Kids、V6といったジャニーズアイドルの主演作を引き受けていたのが、日本テレビの土9で撮られた堤幸彦のドラマだった。

『池袋ウエストゲートパーク』で始まったジャニーズのドラマ本格進出

 彼らが出演するアイドルドラマは、当時のドラマシーンにおいては異端の存在だったが、00年代に入ると、大人向けドラマ枠にも影響が広がり、新しい時代のスタンダードへと変わっていく。

 大きな転機となったのが2000年に堤がチーフ演出を務めた長瀬智也主演の青春ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系、以下『池袋』)だろう。本作の脚本家に抜てきされた宮藤官九郎の登場によって、ジャニーズアイドルのドラマ進出は本格的なものへと変わっていき、V6・岡田准一が主演し、嵐・櫻井翔が共演した『木更津キャッツアイ』(同)や嵐・二宮和也が主演で錦戸亮が重要な役どころを演じた『流星の絆』(同)といった数々の名作を生み出すことになる。

 宮藤のドラマに登場する男の子たちは、性欲や暴力性を内に秘めた等身大の存在で、アイドルが演じるには生々しかった。しかし、ジャニーズ事務所は宮藤の男臭いドラマに、所属アイドルを積極的に起用し、彼らは宮藤のドラマに出演して切磋琢磨することで俳優として成長していった。

 その筆頭は、やはりTOKIOの長瀬智也だろう。

 長瀬は00年の『池袋』以降、クドカンドラマの初期集大成と言える落語を題材にした05年の『タイガー&ドラゴン』(TBS系)、向田邦子賞を受賞した10年の『うぬぼれ刑事』(同)に出演。ドラマ脚本家としての宮藤は、長瀬と共に成長してきたと言える。そして今年の冬クールに作られたドラマ『俺の家の話』(同)は宮藤と長瀬にとって集大成と言える作品だった。

 長瀬が演じたのはピークを過ぎた42歳のプロレスラー・観山寿一。車椅子生活となった父親の介護と、家業の能楽師を継ぐために寿一が実家に戻る物語は、3月でジャニーズ事務所を退所する長瀬のバックボーンが強く反映された作品で、プロレスラーをアイドルに置き換えて見れば、そのまま長瀬の物語だったと言えるだろう。

 寿一が、父を看取り能楽師として家業を継ぐのではなく、突然、命を落とし、家族を見守る守護霊のような存在となってしまう結末は、視聴者に衝撃を与えた。自分を顧みずに家族のために生きた末に、永遠の存在となる寿一の姿は、ジャニーズアイドルと長瀬の姿を寓話的に描いていたように、筆者には見えた。

 ともあれ、『俺の家の話』は宮藤とジャニーズアイドルが積み上げてきた歴史の到達点であると同時に、一つの時代の終わりを告げるものだった。

 堤や宮藤と並走してきたジャニーズアイドルが、40代に入り、立ち位置が変わりつつある中、現在のジャニーズ事務所の課題は、10代20代の若いジャニーズアイドルたちに活躍の場を用意し、世代交代を果たすことだったが、その試みは少しずつ成果を見せ始めている。

 たとえば『俺の家の話』と同じ冬クールにMBSのドラマ特区で放送された深夜ドラマ『夢中さ、きみに。』は、関西ジャニーズJr.内ユニット・なにわ男子に所属する大西流星が出演し、鮮烈な印象を残した。

 本作は新進気鋭の漫画家として注目される和山やまの同名漫画(KADOKAWA)をドラマ化した青春ドラマで、大西が演じた林美良は不思議な魅力を持った天使のような少年だ。林と女子生徒の松屋めぐみ(福本莉子)の関係は、男女の恋愛というよりは、推し(アイドル)とオタク(ファン)の関係にように見えた。

 芥川賞を受賞した宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』(河出書房新社)を筆頭にアイドルとファンの関係を通して、新しい世界像を語ろうとする物語が近年増えているのだが、その時にジャニーズアイドルが重宝されることは間違いないだろう。

 昨年は、ジャニーズJr.内グループ・HiHi Jetsに所属する高橋優斗が『#リモラブ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)、King&Princeの高橋海人が『姉ちゃんの恋人』(フジテレビ系)といったプライムタイムの連続ドラマに出演。5月から始まる連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK)には、同じくKing&Princeの永瀬廉が出演することが決まっている。

 LDH等の新興勢力の台頭によって、ここ数年は存在感が薄かったジャニーズアイドルだったが、すでに若手の逆襲が始まっている。今後、彼らがかつての堤や宮藤のような新世代のクリエイターと組んでドラマを作ることができれば、ジャニーズアイドルの新時代が到来するはずだ。
(成馬零一)

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※当記事は2021年4月19日初出の記事を再編集しています

福山雅治、『ガリレオ』シリーズ第3弾で話題! “二枚目”から“おじさん”まで演じる俳優としての成長

 福山雅治が主演を務める『ガリレオ』シリーズの劇場版第3弾『沈黙のパレード』(9月16日公開)。4月27日には、最新ビジュアルと特報映像が解禁され、ネット上ではファンが歓喜の声を上げている。

 同作は、東野圭吾氏の推理小説『ガリレオ』シリーズ(文藝春秋)を原作とした映像化作品。2007年にフジテレビ系で連続ドラマ『ガリレオ』が放送され、平均視聴率21.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と大ヒットを記録した。

 翌08年には劇場版第1弾『容疑者Xの献身』、13年には連続ドラマの第2シーズンと、劇場版第2弾『真夏の方程式』がそれぞれ公開。そして今年、劇場版第3弾『沈黙のパレード』が封切り予定だ。

 約15年にも及ぶ長期シリーズで、主役の天才物理学者・湯川学を演じているのは、俳優やシンガーソングライターとして活躍中の福山。ミリオンセラーを持つ歌手でありながら、1991年のドラマ『あしたがあるから』(TBS系)に初出演したのを皮切りに、10年放送のNHK大河ドラマ『龍馬伝』では主演を務め、好評を博した。

 19年にはTBS系「日曜劇場」枠の連続ドラマ『集団左遷!!』で、主役の銀行員・片岡洋を熱演。ドラマ評論家・成馬零一氏は、サイゾーウーマンにおける同作のレビュー記事にて、「やっと福山も、こういう役を演じるようになったのか」とつづっており、これまでの「クールな二枚目」キャラクターから、「等身大路線」に変わった作品だと分析している。

 そこで、『沈黙のパレード』への期待が高まっている今、同記事を再掲。“俳優・福山雅治”がどのように形作られたのか、ぜひ振り返ってみてほしい。
(編集部)


『集団左遷!!』等身大の“おじさん”を演じるようになった、俳優・福山雅治の成長

 『集団左遷!!』(TBS系)は不思議なドラマだ。放送枠は『下町ロケット』等のおじさん向け企業ドラマを放送していることに定評がある「日曜劇場」だけに、始まる前は硬派な大人向け作品になるかと思っていたが、どうも思っていたものと違う。

 物語は、銀行員の片岡洋(福山雅治)が蒲田支店長に就任するところからはじまる。出世に喜ぶ片岡だったが、蒲田支店は経営の合理化のため廃店となることが決まっていた。半年間で100億円のノルマを果たさば廃店を免れるというが、何もしなくていい、廃店後の立場は保証する、と釘を刺される片岡。悩んだ末に片岡は本部に反発し、部下たちと共にノルマ達成に挑む。

 展開自体は「日曜劇場」定番である“おじさんたちの逆転劇”で、脇を固める香川照之や三上博史の演技はシリアスだ。しかし、主演・福山の演技はオーバーアクションでドタバタしているため、他俳優との落差が生まれてコメディのようにも見える。「演技のミスマッチ」と受け取る人も多いようだが、シリアスとコミカルのギャップが新鮮で、個人的には毎週楽しみにしている。

 何より、福山が“ヒーロー”ではない等身大の男を演じたことに驚いた。だが同時に「やっと福山も、こういう役を演じるようになったのか」と感慨深くも感じる。

 福山は現在50歳。高校卒業後、5カ月間だけ会社勤務した後、上京し「アミューズ・10ムービーズオーディション」に合格してアミューズに所属。19歳の時に映画『ほんの5g』(1988年)で俳優デビューした。その後、『あしたがあるから』(TBS系、1991年)等のドラマに出演する一方、ミュージシャンとして大活躍する。

 筆者が福山を知ったのはラジオ番組『オールナイトニッポン』だった。ラジオの福山は、エッチな話も自然にできる陽気なお兄ちゃんという感じだったので、後にテレビで俳優、ミュージシャンとして出演している姿を見た時は、ラジオとのギャップに驚いた。

 福山が演じる役はクールな二枚目が多く、ヒット曲も甘いラブソングがほとんどだった。しかし、彼が好きなアーティストは泉谷しげる、SION、浜田省吾といった男臭い人ばかり。ラジオでは下ネタを言い、男臭いロックを好む福山と、世間が求める福山は大きくズレているように見えた。

 だが、その“ズレ”に対し悩んでいた痕跡は、ほとんどないのが福山の面白さで、意気揚々とクールな二枚目キャラを引き受けていた。ラジオ番組でバランスが取れたからこそ、カッコいい役を抵抗なく演じられたという側面もあるだろうが、そもそも福山は、顔で売れたことに対してコンプレックスがない。「カッコいいですね」と言われたら「ありがとうございます」と否定せずに笑って応え、自分が「カッコいいこと」を笑いのネタにして空気を和ませるやりとりを、ラジオで何度も聞いた。

 90年代にラジオ番組で交流が深かった伊集院光を筆頭に、「イケメンなのに性格が良い」と福山の人柄を絶賛する芸能人は多い。性格が良いというのは、気さくで親しみやすいという面もあるが、自分が一番目立ちたいというエゴが薄いという謙虚さもあるだろう。それは俳優・福山にとって大きな武器となってきた。

 例えば、ミステリードラマ『ガリレオ』(フジテレビ系、2007年)の映画第一作となった『容疑者Xの献身』。人気ドラマの映画として本作が特殊だったのは、物語の中心は堤真一と松雪泰子という二人の男女が悲しい犯罪に手を染めてしまう悲劇であり、福山演じる主人公の物理学者・湯川は出番も少なく、見せ場がほとんどなかったことだ。

 意地悪な見方をすると『容疑者Xの献身』は、福山の人気を表看板にして作り手が好き勝手やった結果、生まれた傑作だった。

 こういう使われ方は、エゴが強い俳優だったら耐えられない。普通なら、もっと見せ場を作れとクレームを入れてもおかしくないだろう。しかし、福山は自分が看板になることで良い作品ができるなら「喜んで」と引き受けたのではないか。おそらく作品全体が良くなれば、自分が目立つかどうかは、どうでもいいのだろう。大河ドラマ『龍馬伝』(NHK、10年)も映画『そして父になる』(13年)も、福山の人気を担保にすることでクリエイターが力を発揮した傑作だが、こうした役割を受け入れる姿勢に男気を感じる作り手は少なくないだろう。

 女優の吹石一恵と結婚した15年以降は、クールな二枚目路線は軌道修正されつつあり、ドラマ『ラヴソング』(フジテレビ系、16年)や映画『SCOOP!』(同)ではおじさん役を演じている。中でも、『SCOOP!』での写真週刊誌の中年カメラマン・都城静は、ラジオで見せる下ネタ好きで男臭い福山が反映されており、俳優・福山の最高傑作だといえる。

 そして『集団左遷!!』の片岡支店長も、今まで演じてこなかったタイプの男だ。片山は頼りないが、どこか憎めないところがあり、ぎこちない仕草に人柄の良さがにじみ出ている。片岡支店長もまた、ラジオで見せる福山の人柄が反映された役だと言えよう。この等身大路線は、俳優・福山の新境地となるのではないかと思う。
(成馬零一)

※2019年5月20日初出の記事に追記、編集を加えています。

『ザ・ノンフィクション』「余命」の算出は医師それぞれ?「花子と大助~余命宣告とセンターマイク 夫婦の1400日~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月17日の放送は「花子と大助~余命宣告とセンターマイク 夫婦の1400日~」。

あらすじ

 2018年3月、宮川花子は症候性多発性骨髄腫と診断された。体のあちこちにがんが転移している状況で、余命半年を告げられる。

 がん細胞が神経を圧迫し、下半身が動かせなくなった花子は入院生活となり、車いすからベッドへ移るわずかな動作も自力では難しくなる。介助が必要な状況の中、夫の大助は花子を毎日見舞う。

 大助が帰ったあとの病室で、リクライニングベッドで上半身だけ起こした花子は、大助は舞台への復帰を楽しみにしているようだが自分にはそれが全然頭にない、と番組スタッフに告げる。

 その後、2020年4月に花子は退院。奈良県生駒市の自宅に戻った花子は、大助の応援のもと、一人でベッドから起きて車いすへ移るリハビリをゆっくり行っていた。同年8月には自宅で誕生日を迎え、花子は、舞台への復帰の希望を口にする。

 宮川大助・花子はもともと師匠も事務所も違う芸人同士として出会う。結婚後はコンビを組むどころか、花子は漫才師を続ける気もなく警察官となる。一方の大助は、警備員の仕事をしながらネタを書き続けるなど諦めきれなかったようで、花子がほだされる形でコンビ結成となった。

 花子のまくしたてるようなしゃべりで押しまくる夫婦漫才は一世を風靡するも、その陰で花子は体調を崩すことも多かったという。30代でがんが見つかったとき、大助は病院のベッドの床で寝て看病し、一方大助が脳出血で倒れたとき、花子は一人ステージに立ち、大助をネタにしつつ会場を沸かせた。

 時は流れ21年12月。花子の車いす生活は続いていたが、この1年でトイレもお風呂も一人で入れるようになったと笑顔で話し、かつて車いすからベッドへのわずかな移動も介助が必要だった状況から劇的な回復を遂げていた。

 同月、地元の生駒市から舞台の依頼があり、花子は2年半ぶりに舞台に復帰する。当日、自宅の階段も手すりを使ってゆっくりと慎重に降りていた花子だったが、いざ会場に到着すると、大助を車いすに乗せ、それを押して舞台に登場。会場を大いに沸かせる。

 楽屋では、緊張からか口数が減る大助に対し、メイク室の鏡を見据える花子の目にはみるみる光が宿っていき、ブランクを感じさせない堂々たる風格に、大助は「やっぱりアンタはプロやなあ」と感心していた。大助を車いすに乗せるのも、花子のアイディアだった。

 22年3月、花子のガンは寛解状態(「完治」とは異なるが、病気による症状や検査異常が消失した状態)になっていた。翌月の4月、吉本興業110周年特別公演に大助・花子は出演。目標であったなんばグランド花月へ返り咲く。

 『ザ・ノンフィクション』では花子の闘病を2年前の20年2月にも前後編の2度で放送している。

 このときは、20年の正月に退院した花子と大助が家で正月恒例の漫才番組を見て、穏やかに笑っているシーンで終わっていた。正直このときの状況では、花子が舞台に復帰するとは想像がつかなかったが、花子はそこから2年で復帰した。前回の放送を見た人ほど、花子の回復ぶりに驚いたと思う。

 21年の年末、一人でトイレやお風呂に行けるようになったことがうれしいと花子は話していた。「一人でトイレやお風呂に行く」ができない状況が続くというのは想像するだけでもつらい。一つひとつできることを取り戻していった花子を尊敬する。

『ザ・ノンフィクション』「余命」の算出は医師それぞれ?

 花子は当初の半年の余命宣告を覆した。『ザ・ノンフィクション』では花子以外にも余命宣告を覆した人の様子が伝えられることがあり、何よりなことだと思う一方で、一体どんなルール、見立ての上で余命の計算がなされているものなのだろうと疑問に思う。業界標準みたいなものはあるのだろうか?

 調べてみたが、余命の算出に明確なルールがあるわけではないようだ。一般的には、同じ治療を行った患者のデータをもとにして説明しているそうだが、データではなく医師の判断に任されていることもあるという。さらには、余命宣告をしない医師もいるようだ。思ったよりも「ゆるく」見え、驚いた。

 てっきり、全ての余命宣告は「がんを研究する学会が発表した、同世代で同様の病状の人なら平均余命が〇年」といった統一的なデータなどがあり、それに則って伝えられるものかと思っていた。

 しかし、データに則って「平均余命」を出したとしても、翌日に亡くなってしまう人もいれば、10年後も生きている人もいて、それらをならしたのが「平均」だ。そう考えるほどわからなくなってきた。

 また、同世代で同じ病気、同様の病状であっても、ほかに病気を抱えていたり、飲酒、喫煙、食生活、運動習慣などライフスタイルの違いはさまざまだ。これらも余命に関わってくるだろう。

 そうなると、データよりも、その患者を前にしている医師の見立てのほうが予測の精度が高いのかもしれないとも思う。そもそも、余命を覆した人の話は聞くことができるが、覆せなかった人の話は聞くことができない。余命は人生で最も重い数字だが、一筋縄ではいかない数字だ。

※参照記事

がんの「余命宣告」の正しい意味を知っていますか?

がんの余命宣告って、信頼できるの?

『ザ・ノンフィクション』こだわりと意地の境界線「泣かないでアコーディオン ~シングルマザーの大道芸人~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月10日の放送は「泣かないでアコーディオン ~シングルマザーの大道芸人~」。

あらすじ

 44歳のあんざいのりえは芸歴23年の大道芸人で、4歳の息子・ろっちゃんと二人、神奈川県川崎市で暮らすシングルマザーでもある。

 東京オリンピック直前の2021年7月。コロナさえなければのりえは五輪関連の仕事で大忙しだったはずだが、収入はほぼゼロの状態で、各種の公的給付金でしのぐ生活が続く。月1回の外食のランチも厳しい状況だと話し、仕事の依頼は来るには来るものの、コロナ禍ではキャンセルになってしまうことが多いそうだ。

 のりえは「『女の子はこういうものだから』っていう社会の押し付けとかが嫌で」「今思えば結局は人と一緒のことができない子だったのかなって」と10代を振り返り、かつては自傷行為がエスカレートしたこともあったという。学生時代、旅行先のバルセロナで見た大道芸人を見て開眼、卒業後から大道芸人として暮らしてきた。

 しかしのりえは35歳でジストニア(脳神経の病気)になり、手術をしたもののアコーディオンが弾けなくなってしまう。その後、結婚するも離婚し、離婚後に妊娠が判明。子どもを一人で育てていこうと再度アコーディオンを手に取る。

 息子のろっちゃんはのりえのパフォーマンス中は横にいて、のりえや顔なじみからは「座長」とも呼ばれている。静岡のイベントでは帽子で投げ銭を受ける係も担っていた。

 上野公園は大道芸人にとって聖地的な場所だが、緊急事態宣言中は大道芸が禁止となった。解除後も、腰を掛けるのにちょうどいい高さの縁石にフェンスが張られて座れないようになっていたり、大通りも中央に分離帯が置かれ片側通行が徹底されるなど、大道芸人にとっては厳しい状況が続いている。

 22年正月、のりえは初詣の客でにぎわう川崎大師の仲見世にある知り合いの店を手伝っていた。一方で、芸幅を広げようとスティルト(竹馬のようなもの。大道芸で見かける足長パフォーマンスで、ズボンの下に仕込んでいる)をつけたままアコーディオンを弾くなど、新しい芸風の模索を続けていた。

こだわりと意地の境界線

 のりえの経済状況について整理すると、収入はほぼゼロで、4種類の公的給付金をやりくりして生活している。元夫からの養育費については番組内で説明がなかったので、もしかしたら受け取っていないのかもしれない。

 そんな生活状況にありながら、同じ川崎市内にある実家にあまり近寄らず、ろっちゃんと二人暮らしをしている。番組を見る限り、のりえの母親ももっと頼ってくれてもいいのに、と思っているようだ。のりえが上野公園で大道芸をしたときに足を運んでいる様子を見ても、親子の折り合いが悪いわけではないのだろう。

 こうした姿を見ていて、のりえは「こうありたい(こうありたくない)」という思い、こだわりが強くある人に見えた。離婚後、妊娠が発覚したときには一人で育てると決めているのも、こうありたいという思いの強さからだろう。

 こだわりの強さは美意識や生きる上での美学につながるところでもあり、それは大道芸人というのりえの仕事においてはプラスになっているところもあるのだろう。一方で、シングルマザーとして生きていくにおいては、そのこだわりの強さが時として「意地を張っている」ようにも見えた。

 一方で、番組内ののりえは「意地っ張り」と聞いてイメージしがちな感情的なタイプには見えず、誰かと衝突、対立するシーンはないし、番組スタッフのインタビューの受け答えも、過酷な生活の中でありながら、冷静に言葉を選んで話している。

 しかし近所に、悪い関係ではなさそうな実家もあるのに、月1回の外食ランチもままならないギリギリの生活にこだわるところや、アルバイトが増えると大道芸への思いが薄れると、アルバイトに対し消極的なその様子は、なぜそこまでと言いたくなるほどで、単に意固地になっているようにも見えた。

 もっと実家を頼ったり、アルバイトを増やしたりと、他の選択肢を取り入れてみればいいのにとも思うが、長所と短所は表裏一体なので、「こだわりの強さ」の都合の悪いところだけを減らす、というのもなかなか難しいのかもしれない。

 息子、ろっちゃんはのりえに「母さぁ、ろっちゃんが小学生になるくらいには(のりえに)相手みつけられるといいね。だってろっちゃんがずっと一緒にいられるわけじゃないからさ」と話したという。

 子どもはたまに大人がドキッとするほど芯をとらえた発言をすることがある。一方で誰かの受け売りを口にすることもあり、4歳のろっちゃんがどこまで本気なのかはわからないが、少なくとも「のりえは苦労している」ということはろっちゃんは十分感じているのだろう。幼くして親の苦労を知るというのも切ないものがある。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「花子と大助~余命宣告とセンターマイク 夫婦の1400日~」コンビ結成から43年の夫婦漫才コンビ、宮川大助・花子。花子は血液のがん「症候性多発性骨髄腫」を患っているが、なんばグランド花月への復帰を誓う。

『ザ・ノンフィクション』火事でゆっくりと失ったもの「火事と夫婦と生きがいと ~高円寺『薔薇亭』の1年~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月3日の放送は「火事と夫婦と生きがいと ~高円寺『薔薇亭』の1年~」。

あらすじ

 2020年の年末、東京、高円寺で50年愛され続けた洋食店「薔薇(ローズ)亭」が全焼した。薔薇亭は80歳のマスター、正氏が作る大盛りの料理と、お客さんを我が子のようにもてなす帽子がトレードマークのママ、78歳の千種が切り盛りしていた。

 夫婦は営業再開に向けて動き出すものの、人気の街、高円寺は家賃の高騰もあり、店の跡地で営業を再開する場合、家賃が倍以上になってしまうと聞かされる。ほかの物件を探すも、揚げ物など油を多く使う飲食店は匂いの問題から取り扱いが少なく、物件探しは難航。さらにマスターは肩の調子も悪く、夫婦は店の再開を断念する。

 マスターはもともと趣味だった油絵、ママは書道を始めるなど新たな生きがいを探すが、突如始まった夫婦二人だけの生活は互いにいら立つことも多いようだ。マスターはママを避けて一人で食事をとり、ママは薔薇亭の常連客に慰められたり愚痴を聞いてもらったりもしていたが、夫婦ともに沈んだ日々が続く。

 そのような中、薔薇亭の常連客有志がママの誕生日会を企画し、マスター、ママを招待する。常連客の一人は自分の娘にもマスターの料理を食べさせたいと話し、手紙を渡す客もいた。そんな客たちの思いにマスターは礼を伝え、ママはその様子に驚いていた。

 番組の最後、マスターは肉じゃがやとんかつを手慣れた様子で作り、ママと2人で食卓を囲んでいた。2人はまた店舗を探しているという。

『ザ・ノンフィクション』過失のない火事で家賃が倍に?

 番組内では火事の詳細な原因については触れられず、「もらい火」とだけナレーションで語られた。火災において薔薇亭に過失はないようだが、夫婦が跡地で営業を再開しようとしたところ、家賃が倍以上で諦めざるを得なかったという。

 借主の落ち度ではない火災にもかかわらず、貸主は家賃を上げていいことに驚いた。「住まい」ではなく「事務所や店舗」の賃貸契約は、このようにシビアなのもしれない。

 『ザ・ノンフィクション』で過去に新宿歌舞伎町の薬局をテーマにした回があったが、貸主の都合で借主である店主が出ていかなくてはならなくなり、次の物件を急いで探す様子が伝えられていた。

 また、私自身も働いていた会社の事務所が、貸主側の突然ともいえる都合で、入居から数年で引っ越しを余儀なくされた経験がある。

 薔薇亭の夫婦にしてみれば、半世紀を歩んだ店を失っただけでなく、再開のめども立たない悲惨な状況だ。

 薔薇亭の跡地は、2020年年末の火災から1年たった21年の年末時点で、新しい建物の土台ができている状態だった。

 その1年の間、薔薇亭の焼け跡は立ち入り禁止のフェンスに囲まれたまま放置の状態が長く続き、その後、重機が入り解体され瓦礫になり、更地になり、更地となった土から草が生え……と、そのゆっくりとした喪失を見に来る夫婦の背中は切なかった。

 高円寺は庶民的で親しみやすい雰囲気とは裏腹に、新宿へのアクセスの良さや中央線ブランドもあり、家賃の面ではむしろ「お高い」街と言っていい。高円寺から離れたら家賃は安くなりそうだが、50年高円寺で店をやってきて、街になじみが深い老夫婦に、同地を離れろというのは酷だ。

 夫婦ともに高齢で、希望を失うのも無理もない状況にも思えるが、番組の最後ではぎくしゃくしていた家庭生活を立て直し、物件を探すなど二人の前向きさ、タフさを感じさせるものだった。報われてほしい。

 次週は「泣かないで アコーディオン ~シングルマザーの大道芸人~」。大道芸人のあんざいのりえは芸歴23年のベテランで、アコーディオン一つで息子を育てるシングルマザーでもある。しかしコロナがのりえ親子の暮らしにも直撃し……。

『ザ・ノンフィクション』新人を叱責する場に居合わす客の気まずさ「新・上京物語2022 後編 ~旅立ちの時~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月27日の放送は「新・上京物語2022 後編 ~旅立ちの時~」。

あらすじ

 初就職する若者の姿を見つめる、毎年春の人気シリーズ「新・上京物語」の2021年度版。21年4月、浅草に本店のある洋食店「レストラン大宮」に3人の新人が入る。栃木県の高校の調理科を卒業した千春と楽壱(らいち)、そして彼らより1つ年上で、茨城県出身で、調理師専門学校を卒業したあかりだ。

 楽壱、あかりは厨房配属となったが、千春の配属はホール。数カ月おきに持ち場は変わるローテーションだと言われていたものの、調理の経験を積んでいく2人を横目にホールのままの千春は焦燥感を募らせる。

 21年11月、ようやく千春は念願の厨房配属となったが、新丸ビル店を仕切る9年目の26歳の七久保から叱られる日々が続き自信をなくしていく。レストラン大宮の大宮勝雄シェフは「ヒール役がいないと若い子は伸びない」と七久保の立場を理解しつつ、一方で「難しいですよね、新人を育てるというのは」とも話す。

 そんな七久保自身も、新人の頃はお客さんの前で直立不動状態になってしまい、叱られながら育ってきたという。

 七久保はレストラン大宮入社時の履歴書で、将来は食の外交官、つまり公邸料理人(海外にある大使、総領事館で働く料理人)になりたいと夢を書いており、今も夢のため、昼休みは店の片隅で英会話レッスンもしている。レストラン大宮は公邸料理人を過去に15人輩出しており、大宮シェフはその公邸料理人のOBを店に呼び、七久保と交流の機会を設ける。

 公邸料理人は赴任先の海外で、大使への日々の食事の提供にとどまらず、限られた予算でパーティーを取り仕切ることも要求される。日本食を出すと喜ばれるように思われるが、外国には寿司が苦手な人もいるのだ。

 そうしたゲストの嗜好について大使秘書に確認したり、さらにベジタリアンに対応したメニューを用意したりもする。ほかにも、パーティーの規模によっては、ウエイターを予算内で雇ったりなど、レストラン大宮で働いていたころとは異なるさまざまな動きが求められる。新丸ビル店では堂々たる責任者の七久保も、OBの話を聞いている時は新たな世界を前に緊張した面持ちだった。

 大宮シェフは、七久保に公邸料理人の推薦状を用意し、実際の面談では七久保が調理した料理を雇い主となる総領事に提供した。結果は無事合格。赴任先の国はセキュリティ上の都合とのことで番組内では明かされなかった。

 一方、自信をなくしていた千春は、当初は不本意であったホール業務のほうが自分には合っているかもしれないと大宮シェフに打ち明け、番組の最後ではホールのプロを目指してワインを勉強する様子も伝えられていた。

 番組内では千春や楽壱が厨房内で七久保に叱られるシーンがあった。七久保はイライラした様子で、千春や楽壱にしてみたら叱るにしてももうちょっと穏便になってほしいところだろう。七久保が叱っていたポイントは、サラダの盛り付けを丁寧に、葉野菜のサラダはドレッシングとあえすぎない(葉がへタってしまう)、味見の時以外はマスクをするといったもので、理にかなったものに見えた。

 新人は右も左もわからないために、指導なしでは成長しないだろう。ただ、先輩は新人のためというより、客のために叱り方を工夫してほしいとは思う。

 私はラーメン店で、店長とほかの店員が新人店員の悪口で大いに盛り上がっている向かいのカウンターでラーメンを食べたことがある。ろくに味もしなかった。今なら食べログに文句を書いていただろう。

 番組内では「厨房内」で2人は叱られており、客前ではなかった。しかし、たいていの飲食店は客席と厨房の距離が近い。さらに、1人で食べに行った場合は話し相手もいないため、厨房内の叱り声は客席にいても案外聞こえてくる。あれも気まずいものだ。

 客の前で従業員を叱りつけたり、悪口で盛り上がったりする店は論外だが、だからといって「冷静に諭せばいいのか」となるとまたそれはそれで違っていたりする。

 スターバックスでコーヒーを飲んでいたとき、新米と思しき店員が何か至らないところが多かったのか、物陰でマネジャーと思しき人に諭されていたのを見たことがある。多くの客からは見えない位置をマネージャーは選んだと思われるが、私がいた隅の席からは丸見えだった。

 そのマネージャーの叱り方は感情に任せたものでも、バカにしたような感じでもなく、愛情をもって論理的に至らないところを諭す「望ましい叱り方」ではあった。諭されていた側も、生意気な態度をとるでもなく、ただただ恐縮していた。

 このときも居たたまれなかった。先ほどのラーメン店よりも「誰も悪くない」感が強く、だからこそ、より居たたまれなかった。漫画『孤独のグルメ』(原作・久住昌之/作画・谷口ジロー、扶桑社)には「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず 自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで……」という名台詞があるが、モノを食べたり飲んだりする時間は、心もほっと救われていたい。人が叱られている横で食べる飯はうまいまずい以前に、喉も胃も悲しくてきゅっと縮んでしまう。

 さて、今回で「ヒール役」の七久保は退職となった。この状況ならば、案外千春は厨房で働けるのではないか、とも思う。

 11月に待望の厨房に配属された千春は、12月で早くも気持ちが折れ、ホールのほうが良かった、と大宮シェフに話していた。しかし、始めて1カ月の業務は「できなくて当たり前」だと思う。そこで「料理全般に向いてない」とまで結論付けるのは早計だろう。

 当初は不本意ながら配属されたホール業務に、千春が自分でも思いがけず活路を見いだせたのなら何よりなことだが、それにしても、まだ見切りをつけるには早いと思った。本当に「厨房の仕事自体が向いてない」のか、はたまた「できなくて当たり前の時期に、先輩の指導を受けて自信を喪失しているだけ」なのか。

 千春は自分のガサツさを気にして、厨房に向いていないのではと思っていたようだが、ガサツな人は「せっかち」も併発しがちだ。先はまだまだ長いので、そう焦らず、もっと自分の成長や可能性をゆっくり信じていいのではないだろうか。

 1年後、またレストラン大宮の新人の様子が伝えられるかもしれないが、そのとき千春はどんな立ち位置になっているのだろう。

 次週は「火事と夫婦と生きがいと ~高円寺『薔薇亭』の1年~」、地元で50年愛された洋食屋「薔薇亭」は火事で焼失してしまう。生きがいを失った高齢夫婦のその後とは。

反町隆史、『相棒』を卒業! ドラマ評論家が読み解く、学園ドラマ『GTO』で不動になった俳優イメージ

 テレビ朝日系の連続ドラマ『相棒season20』が、3月23日の放送で最終回を迎える。さらに、“4代目相棒”として出演した反町隆史は、今シーズンで番組を卒業。2015年10月スタートの『season14』から登場し、歴代最多出演となる相棒役だっただけに、ネット上には惜しむ声が多数寄せられている。

 同作での活躍もあり、今では俳優としての地位を確立した反町。一方で、芸能界デビュー当時はジャニーズ事務所に所属し、光GENJIのバックダンサーを務めたり、モデルとしてファッションショーに出演したりと、演技とはほぼ無縁の活動からキャリアをスタートさせている。そんな反町が俳優として脚光を浴びたのは、1998年放送の連続ドラマ『GTO』(フジテレビ系)だろう。

 ドラマ評論家・成馬零一氏は、サイゾーウーマンの連載「ドラマ俳優クロニクル」にて、「『相棒』の冠城亘に至る俳優・反町のイメージは、『GTO』の鬼塚英吉を演じたことで完成した」とつづっていた。『GTO』は反町と『相棒』にどのような影響を与えたのだろうか? 『season20』の最終回に合わせて、ぜひ振り返ってみてほしい。
(編集部)


(初出:2021年11月25日)

反町隆史の名を不動にした学園ドラマ『GTO』に見る、『相棒』に至る俳優イメージとは?

――ドラマにはいつも時代と生きる“俳優”がいる。『キャラクタードラマの誕生』(河出書房新社)『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)などの著書で知られるドラマ評論家・成馬零一氏が、“俳優”にスポットを当てて90年代の名作ドラマをレビューする。

 『相棒』(テレビ朝日系)のSeason20がスタートした。本作は、特命係という窓際部署に所属する頭のキレる刑事・杉下右京(水谷豊)と相棒となる刑事の掛け合いが魅力の人気刑事ドラマだが、現在、4代目相棒の冠城亘を演じているのが反町隆史である。

 冠城は法務省から出向してきたキャリア官僚出身の刑事で、普段は飄々としているが、利用できるものはなんでも利用する合理主義者。しかし、奥底には強い正義感を抱えている。そんな冠城を、反町は落ち着いたトーンで好演しているのだが、エリート官僚出身の刑事を反町が演じると知った時は意外だった。筆者にとって反町はエリートとは真逆の存在で、『GTO』(フジテレビ系)の破天荒なヤンキー教師・鬼塚英吉だったからだ。

 「週刊少年マガジン」(講談社)で藤沢とおるが連載していた同名漫画を1998年にドラマ化した本作は、武蔵野聖林学苑の非常勤として採用された鬼塚が主人公。彼が受け持つこととなった2年4組は問題児ばかり集まったクラスで、過去の担任は生徒から陰湿なイジメを受けて全員辞めていた。

 鬼塚も生徒からの嫌がらせを受けて退職に追い込まれそうになるのだが、元不良で暴走族のリーダーだったため、生徒たちの嫌がらせを飄々とかわし、やがて信頼を獲得していく。正面からクソ真面目に説教するのではなく、一緒に悪ノリして学園生活を楽しみながら、生徒たちの心に深く寄り添っていく鬼塚は、今までの学園ドラマにはいない新しい教師だった。

 脚本は、後に『女王の教室』や『家政婦のミタ』(いずれも日本テレビ系)を手掛ける遊川和彦が担当。遊川は80年代後半からテレビドラマを執筆する脚本家で、『オヨビでない奴!』や『予備校ブギ』(いずれもTBS系)といったコメディテイストのドラマを得意とする脚本家だった。しかし、90年代に入るとバブル崩壊以降の殺伐とした日本の世相に呼応する形で作風も変化。『真昼の月』(同)や『魔女の条件』(同)といったシリアスなドラマを手掛けるようになっていく。

 この『GTO』も、モチーフはとてもシリアスで重たいものだ。登場する高校生たちには90年代に問題になっていた援助交際(少女売春)を行う女子高生や、一見、真面目な優等生に見えるが影で陰湿なイジメに加担する生徒が登場。ナイフを持って暴れる生徒は“キレる若者”のイメージを反映させており、彼らと大人は「どう向き合うべきか?」というテーマが打ち出されていた。

 また、『GTO』は遊川が手掛けた数少ない原作モノのドラマだが、80年代のコメディ作家としての遊川と、90年代以降のハードな作風の遊川の2つの要素が混ざっていることが、今見ると興味深い。『女王の教室』で展開された、普通の人々の中に1人だけ物理法則を無視した漫画のキャラクターのような存在がいて、トリックスターとして周囲を翻弄するという作劇手法を、遊川が初めて自覚的に用いたのである。

 原作が漫画ということを差し引いても鬼塚の行動は超人的で、親子のわだかまりを解消するために生徒の家に乗り込んで、突然、部屋の壁を破壊したり、屋上から飛び降りた生徒をダイビングキャッチで受け止めるといった常識はずれの行動を見せる。

 鬼塚の超人的な振る舞いは本作の魅力であると同時に限界でもあり、「所詮はファンタジーだ」と思わないでもない。ただ、このあたりの描写はおそらく確信犯で、遊川たち製作者の目線は、別の場所にあったのではないかと思う。

 たとえば、スチュワーデス(キャビンアテンダント)の夢に敗れて、つなぎの仕事として教師を選んだ冬月あずさ(松嶋菜々子)の中途半端さに対して鬼塚が説教する場面は、生徒と向き合う時以上に真に迫っていた。おそらく遊川たち作り手は、冬月と同世代の大人の視聴者にこそメッセージを送りたかったのではないかと思う。保身に走るあまり生徒と向き合えない冬月たち教師が、鬼塚と出会ったことで自身の仕事に情熱を見出していく姿こそが、本作最大の見どころである。

 なお、冬月を演じた松嶋菜々子と反町は2001年に結婚している。当時は驚いたが、2人の楽しい掛け合いを見返すと「そりゃあ、お互い好きになるよなぁ」と納得する。

 元々、反町はジャニーズ事務所に所属して本名の野口隆史で活動していた。1994年に研音に移籍して以降は芸名の反町隆史として活動するようになり、同年に放送されたドラマ『毎度、ゴメンなさぁい』で俳優デビュー。その後は『未成年』(いずれもTBS系)や『竜馬におまかせ!』(日本テレビ系)といったドラマに出演し、97年の『バージンロード』と『ビーチボーイズ』(いずれもフジテレビ系)で主演を務めるようになる。

 当時の反町は、男らしさを全面に打ち出した体育会系の肉体派でありながら、クールで飄々としていて暑苦しさがないという、絶妙なバランスの青年を演じることが多かった。 『GTO』はその集大成で、“俳優・反町隆史”の名を不動のものとしたドラマである。『相棒』の冠城亘に至る俳優・反町のイメージは、鬼塚英吉を演じたことで完成したといっていいだろう。

 『GTO』から23年がたち、当時20代後半の青年だった反町も47歳となり、落ち着いた中年男性を演じるようになった。『相棒』の冠城役はすでに6年目で歴代最長の“相棒”となっているのは、役と本人の相性が良かったのだろう。演じる役は元不良の教師から元キャリア官僚の刑事へと変わったが、鬼塚で確立した「飄々とした軽い佇まいの奥に熱い正義感を抱えている男」というイメージは、今も変わらない。
(成馬零一)

『ザ・ノンフィクション』新人にはつらい人事ローテーションの不実施「新・上京物語2022 前編 ~18歳 夢のあとさき~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月20日の放送は「新・上京物語2022 前編 ~18歳 夢のあとさき~」。

あらすじ

 若者の初就職を見つめる毎年春の人気シリーズ『新・上京物語』の2021年度版。2021年4月、浅草に本店のある洋食店「レストラン大宮」に3人の新人が入る。栃木県の高校の調理科を卒業した千春と楽壱(らいち)、そして彼らより1つ年上で、茨城県出身で、調理師専門学校を卒業したあかりだ。

 千春は寮にある狭い台所を駆使して、一人でも料理をしていた。料理の道を志したのは中学生の頃で、闘病生活で食欲のない祖母のために料理を作り喜ばれたことがきっかけだったという。調理科のある高校へ進学し朝6時の電車に乗り、学校ではパティシエ部とそば打ち部に所属し、料理漬けの高校生活を送っていた。

 しかし、楽壱、あかりは厨房配属となったが、千春の配属はホールになる。数カ月おきに持ち場は変わるとは言われていたものの、調理の経験を積んでいく2人を横目に千春は焦燥感を募らせる。

 ローテーション期間を過ぎても千春のホール業務が続く中、6月、千春は故郷の栃木に初めて帰省する。千春は上京後、家族からのLINEや電話をあまり返していなかった。帰省時も、千春の帰りを待っていた家族たちを前に、仕事の不満や焦燥感は伝えず、笑顔で過ごす。

 しかし帰りがけに両親が渡した手紙には「明けない夜はありません」とつづられており、両親は娘の様子に思うところもあったようだ。東京に戻る電車の中で千春は一人涙する。

新人のつらさとは「待つしかできない」こと

 昨年の「新・上京物語」もレストラン大宮の話だった。その際は、新人の「超早期離脱」という結果になり、オーナーの大宮勝雄シェフに同情したものだが、今回の放送を見る限りは、同店の人事ローテーションに問題があるように見えた。

 厨房希望の千春はホールに配属されるも、数カ月おきに配属先はローテーションされると伝えられていた。同期入社の厨房配属の2人がみるみる調理のスキルを上げていくのを傍らで見るのは千春にとってつらい日々だったと思うが、「数カ月でローテーションされる」ことが、希望でモチベーションだったと思う。

 しかし番組内で、その期日が過ぎてもローテーションは実行されなかったと伝えられた。店側にも事情があったのかもしれないが、その事情は千春に伝えたほうがいいし、千春はあらかじめ聞いていた人事が実施されなかったことについて怒っていいと思う。しかし、新人の立場で怒るわけにはいかない気持ちもとてもよくわかる。「待つことしかできない」というのが新人のつらさだ。

 こうした状況を見て思うのが、ホール担当の人材を最初から雇えばいいのに、ということだ。レストラン大宮に限らず、千春が就職活動で訪ねた別のレストランでは、「厨房担当」と募集をかけておきながら、実際話が進むと、厨房は“完成された料理人”しか働けないと話があったと、千春の父親は話していた。募集要項で期待を持たせておいてひどいレストランだが、こんなだまし討ちのような手口を使わなくてはならないほど、ホール担当者というのは集まりにくいのだろうか。

 コロナ禍で飲食の求人は大きく減っていると番組内で伝えられていたが、一方で、ホールは売り手市場なのだろうかとも思う。客としても本当は厨房に入りたいのに、と無念さを胸に秘めたまま接客業務を務めている人より、いきいきとホールで働く人から食事を出されたい。

「人生設計」の功罪

 千春と楽壱の通った高校では、「いくつまでにこの調理技術を習得し、いくつまでに自分の店を持ち……」といった人生設計を授業で書かされたという。二人とは別の学校を出たあかりはそのような授業はなかったと話していたが、千春と楽壱はその人生設計をかなり意識しているように見えた。

 ただ生きていると日々の生活に追われ、気が付けば1週間が終わり、気が付けばもう3月も終わりかけているし、気が付けば1年が過ぎ、そしてこの調子で気が付けば一生も終わっていくだろうから、「人生設計」があること自体は非常に良いことだと思うし、高校生にその先の人生を意識させる、というのはとてもいい教育だと思う。

 一方で、この「人生設計」が千春を余計焦らせているのではないか、とも思った。当たり前だが設計図通りに人生は進まない。コロナウイルスのような自力ではどうしようもない要因もあるし、自分自身の考えや思いも、高校生の頃から当然変わっていく。

 人生設計は自分の人生を豊かにするためのものであり、人生設計に合っていないことが自分をひどく苦しめるようなら、本末転倒な気がする。

 かといって、ゆるい人生設計ならないも同然で、日々の生活にあっけなく流されていってしまうだろう。どういうのが良い「人生設計」なのだろうと考えてしまった。

 次週は今週の続編。半年を経てようやく調理担当になれた千春だったが……。

『ザ・ノンフィクション』マタギ志願の20代「生きることって… ~山とマタギと私たち~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月13日の放送は「生きることって… ~山とマタギと私たち~」。

あらすじ

 秋田県北部の阿仁(北秋田市)。かつては陸の孤島と呼ばれるほどの寒村だったが、それゆえに狩猟技術が発達した「マタギの郷」でもある。74歳の鈴木英雄さんは阿仁の地で代々続くマタギの9代目だが、息子は町で働いており、マタギは自分の代で終わりにする覚悟もあったという。しかしそんな鈴木さんのもとに、全国から20代の若者がマタギの技術を教えてほしい、と集まってくる。

 そのうちの一人、27歳の女性、永沢は地元の秋田出身。絵を描くことが好きで秋田の美大に進み、東京で飲食の仕事をしていたものの、何かが違うと秋田に戻る。親が嫌々働いているのを見て育ったと話し、こうまでして働かなければいけない理由って何だろう、という思いがマタギへとつながっていったようだ。アルバイトをしながらマタギ生活を続け、阿仁の山や、マタギの暮らしを絵にも描いている。

 27歳の男性、山田は大阪大学で研究漬けの日々を送っていた。金銭面はギリギリの生活だったそうだが、逆に月に10万円あれば暮らしていけると手応えもあったようで、市の地域おこしの仕事をしつつマタギの修業中だ。地域おこし隊の仕事ではうまくいかないこともあったというが、仕事を通じて地元・秋田の女性と結婚する。

 永沢と山田のほかにも複数の若者が弟子入りしており、鈴木さんは彼らに囲まれ「夢のような話、現実なんだけど本当に信じられないことなんですよ」と微笑む。

 鈴木さんは、緑が生い茂る夏も、背丈ほどの雪が積もる冬も山中を軽やかに進んでいき、若い新米マタギたちはついていくだけでやっとだ。なお、永沢は猟銃免許と銃の所持許可も取り、射撃練習場ではクレーを撃っていたが、実際に獲物をしとめたことはまだない。

 冬、狩猟シーズンにおいて鈴木さんはマタギ見習いたちを熊の巣穴まで連れてゆく。熊はそのとき巣穴におらず、猟とはならなかったが、見習いマタギたちは熊の巣穴に入り、山を体感していた。

映像からも伝わる現実の臨場感

 新米マタギの若者の一人は、鈴木さんがマタギの活動を積極的に情報発信しており、それでマタギを知ったと話していた。

 番組の最後では、鈴木さんが熊の巣穴に潜り込み、穴止め(巣穴の入り口に足止めとして木の棒を立てる)を行うのだが、同じようなシーンが人気漫画『ゴールデンカムイ』(集英社)でもあった。北海道が舞台で狩猟シーンが多く、登場人物には阿仁マタギもいる作品だ。

 漫画を読んでいるときもドキドキしたものだが、現実の持つ臨場感はすごい。はいつくばって、巣穴に潜り込み外からは足だけ見えている鈴木さんと、息を潜めて見守る新米マタギたちの様子は、もし熊が突進でもしてきたらとハラハラした。映像を見ているだけでそう思うくらいだから、真後ろで、ライブで、その場で見守る新米マタギたちにとっては、物すごく濃密な時間だっただろう。

 結局、そのとき熊は巣穴にいなかった。番組を通して、狩猟において何も獲物がなく「ボウズ」で下山していた。マタギは、労働対価という意味での「コスパ」はこの上なく悪いのだが、若者たちはマタギになった理由として「生きたい」「お金じゃない」といったことを話していた。

 この言葉だけ取り出すと青臭くも聞こえてしまうが、阿仁の山中で、鈴木さんが語る山の知識が若者を魅了するのはよくわかった。葉や枝のわずかな変化や、木についた小さな傷から熊の行動を読み解いたり、遭難時でも雪の中で炎が消えない木の皮を教えたり、あふれんばかりの鈴木さんの知識に惹きつけられ、「生きたい」「お金じゃない」という言葉が出てきたのだろう。

 山で知る「山の知恵」の実感はとても強いと思う。ググっても核心にはたどり着けないし、ウィキペディアにも載っていない。なんでもネットにある時代に見えて、こういう「実感、手触り」はネットが非常に苦手とする領域に思える。

 一方で、先週放送の厳しい丁稚修行のある「秋山木工」でも思ったが、それまで送ってきた日常よりも「かなり厳しい環境」に自らの身を置くことの意味を考えてしまう。そこまでしなくとも、日常の暮らしからでも、生きている実感や自身の成長は感じられるのではないか、とも思うのだ。

 なお、今回阿仁の取材はほぼ1年間だったが、『ザ・ノンフィクション』の就業ものではつきものである「早期離脱者」がいなかったのはすごい。もちろん、放送されていないだけで、いたのかもしれないが。

 次回のザ・ノンフィクションは「新・上京物語2022 前編 ~18歳 夢のあとさき~」。昨年3月の放送では「早期離脱」となってしまった浅草に本店がある洋食の名店「レストラン大宮」の今年度の新人について。