ゲームをプレイする悦びを描く『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』の冒険

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MBS/TBSドラマイズム『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』公式ウェブサイトより
「みんな聞いてほしい。このエオルゼアに僕の父さんがいる!」  エオルゼアとは、オンラインRPGゲーム『ファイナルファンタジーXIV』の舞台となる世界。そこに集まる仲間たちを前に、「マイディー」を名乗るキャラクターが宣言した。  これは、『FF14』をプレイする親子をめぐるドラマ『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(MBS)である。  原作は、ハンドルネーム「マイディー」によるゲームプレイブログ「一撃確殺SS日記」(http://sumimarudan.blog7.fc2.com/)で連載していた「光のお父さん計画」。ゲームプレイブログをドラマ化するのは、前代未聞のことだ。  主人公は、ゲーム上で「マイディー」を名乗るゲーム好きの青年・稲葉光生(千葉雄大)。彼の父親・博太郎(大杉漣)は、60歳になると、家族になんの相談もなしに会社を辞めてしまう。次期社長候補にも挙がっていたというのに、だ。  いつしか父と言葉を交わすことがほとんどなくなっていた光生は、父の真意がわからない。そんなことを何気なくゲーム上で、仲間たちに相談した。  すると、その中のひとりが言う。 「これからは一緒に冒険をする時間あるんじゃないですか?」 「ここに呼ぶってこと?」 「正体を隠して仲良くなれば心を開いてくれるかも」  父に『FF14』をプレイしてもらい、自分は正体を隠して共に冒険を続け、いつの日か自分が実の息子であることを打ち明けるという壮大な親孝行を計画したのだ。それが「光のお父さん計画」だ。(ちなみに「光の~」とは『FF』における冒険者が「光の戦士」と呼ばれることに由来している)  念のために補足すると、『FF14』のようなオンラインゲームとは、ネットにつないで世界中の人たちと一緒にプレイするゲームだ。同じゲーム内の世界で、自分と同じように世界中の誰かがプレイしている。ゲーム中すれ違う人たちも全員、現実にいるどこかの誰か、ということだ。その中で、もちろん一人で遊ぶこともできるが、「フレンド」登録して、ほかの誰かと一緒に冒険をすると格段に楽しくなる。 「退職祝い」で息子に『FF14』をプレゼントされた父親は、そんな説明を聞いて、つぶやいた。 「そんなん、なんか恥ずかしい……」  光生がゲーム好きになったのは、小学生の頃、謎の一人遊びに興じる息子を見かねた父がゲームを買ってくれたからだ。その時、一緒に買ったソフトが『FF3』だった。  息子が楽しそうにプレイしているのを見て、父も見よう見まねでプレイするようになった。 「光生、これ、なかなか面白いな」  ゲームは父と息子の共通言語になった。  だが、ある日、父が仕事から疲れて帰ってきたときに、光生は喜々としてゲームの話をしてしまう。 「ゲームばかりせんと、ちょっとは勉強せえ」  そこから、2人は心を開いた会話をすることができなくなったのだ。  しかし今、2人はかつて一緒に遊んだ『FF』の世界で、再び出会った。  その時、「インディ」を名乗る父は、初心者にとっては難敵のモンスターに襲われていた。 「このままでは父さんが死んでしまう!」  インディの命の危機に、マイディーはすかさず加勢し、救ったのだ。 「大丈夫でしたか?」  尋ねるマイディーに、インディは沈黙したまま見つめ合う。やがて、なぜかマイディーの周りを走りだす。戸惑うマイディーを尻目に、インディはそのまま走り去ってしまうのだ。  まだどうやって会話していいかわからない父がなんとか感謝を伝えようとしたが、それができず、結局逃げてしまったのだ。  どうすればよかったのかを聞きに来た父に息子が説明すると、父はしみじみと言うのだ。 「このゲーム、なかなか楽しい」  ドラマは、このように現実の世界とゲームの世界(エオルゼア)を行き来する。エオルゼアの様子には、実際のプレイ画面が使われている。先のインディが逃げてしまうシーンも、ゲーム画面特有の動きのチグハグさが、おかしみを生んでいた。  これまでもゲームをモチーフにしたドラマはあったが、ここまで「ゲームをプレイする悦び」に焦点を当てて、そのゲームの特性を利用し、それをストーリーや映像に組み込んだ作品は例がないのではないだろうか。  その実現に至るまでは、さまざまな苦労があったことが想像できる。実際にその顛末は、原作者のブログ「一撃確殺SS日記」で、「光のぴぃさん」と題し、連載されていた。  たとえば、最初の脚本案。もちろん原作ブログそのままをドラマ化したのでは、オンラインゲームをもともと好きな人は楽しめても、筆者のようなそうでない者は楽しめない。地上波で放送するドラマである以上、それではダメなことは明らかだ。原作ではほとんど描かれていない主人公の背景や、原作では主人公と父と母だけしか出てこない登場人物の追加などは必要不可欠な要素だった。  もちろん、それは原作者も納得していたが、最初に出された脚本案は、受け入れがたいものだった。主人公は引きこもり、父は末期がん。それを知った主人公が「光のお父さん計画」を立てる。旅の仲間たちもアニメオタクやBLマニアなど、テレビ的に誇張されたオタク像。人生経験豊富な父が、そんなネット依存した若者たちを更生、社会復帰させていくというものだった。  なるほど、確かに息子が正体を隠して父をゲームに誘い、その中で交流し親子愛を深めていくという物語の骨格は継承している。  だが、決定的に間違っている。なぜなら、原作が描いているのは「オンラインゲームの素晴らしさと可能性」だからだ。ネットを悪とするような価値観とは相いれない。そんなドラマ化では意味がない。やめたほうがいい。 「やめるのはいつでもできます。でも、そういう時に頑張ることが、大切だと思うんです」  戦いに敗れ、「また今度にしよう」というマイディーにインディは言う。  そんなインディの言葉通り、原作者やそれを理解しているスタッフたちは、理想のドラマ化実現に向け、妥協せずに戦った。ゲームを愛する新たな脚本家を招き、主人公の設定も、マジメな会社員に変更され、オンラインゲームの中で得た教訓や実感を現実の世界で生かし、主人公が成長していく物語に昇華されたのだ。  インディは、また命の危機にさらされる。それを見つけ、マイディーが手を差し伸べ、協力してモンスターを倒す。再び、マイディーに救われたインディ。マイディーをしばらく見つめたインディは、ゆっくりとひざまずき、感謝の意を伝えたのだ。  このシーンには、オンラインゲームのときめきと悦びが、すべて詰まっているようだった。  饒舌な言葉の交流や現実社会での直接の交流がなくても、心が通じ合ったという実感を得られることがある。ゲームだからこそ、生まれる感動があるのだ。ゲームが共通言語になった瞬間だった。  このドラマは、いまだに「ゲーム=悪」という描かれ方をされてしまう風潮への戦いだ。その冒険は、ゲーム界にとっても、ドラマ界にとっても一筋の光だ。そこには大きな可能性が広がっている。  インディは言う。 「人生にゲームオーバーはありません。あきらめない限り」 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

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「みんな聞いてほしい。このエオルゼアに僕の父さんがいる!」  エオルゼアとは、オンラインRPGゲーム『ファイナルファンタジーXIV』の舞台となる世界。そこに集まる仲間たちを前に、「マイディー」を名乗るキャラクターが宣言した。  これは、『FF14』をプレイする親子をめぐるドラマ『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(MBS)である。  原作は、ハンドルネーム「マイディー」によるゲームプレイブログ「一撃確殺SS日記」(http://sumimarudan.blog7.fc2.com/)で連載していた「光のお父さん計画」。ゲームプレイブログをドラマ化するのは、前代未聞のことだ。  主人公は、ゲーム上で「マイディー」を名乗るゲーム好きの青年・稲葉光生(千葉雄大)。彼の父親・博太郎(大杉漣)は、60歳になると、家族になんの相談もなしに会社を辞めてしまう。次期社長候補にも挙がっていたというのに、だ。  いつしか父と言葉を交わすことがほとんどなくなっていた光生は、父の真意がわからない。そんなことを何気なくゲーム上で、仲間たちに相談した。  すると、その中のひとりが言う。 「これからは一緒に冒険をする時間あるんじゃないですか?」 「ここに呼ぶってこと?」 「正体を隠して仲良くなれば心を開いてくれるかも」  父に『FF14』をプレイしてもらい、自分は正体を隠して共に冒険を続け、いつの日か自分が実の息子であることを打ち明けるという壮大な親孝行を計画したのだ。それが「光のお父さん計画」だ。(ちなみに「光の~」とは『FF』における冒険者が「光の戦士」と呼ばれることに由来している)  念のために補足すると、『FF14』のようなオンラインゲームとは、ネットにつないで世界中の人たちと一緒にプレイするゲームだ。同じゲーム内の世界で、自分と同じように世界中の誰かがプレイしている。ゲーム中すれ違う人たちも全員、現実にいるどこかの誰か、ということだ。その中で、もちろん一人で遊ぶこともできるが、「フレンド」登録して、ほかの誰かと一緒に冒険をすると格段に楽しくなる。 「退職祝い」で息子に『FF14』をプレゼントされた父親は、そんな説明を聞いて、つぶやいた。 「そんなん、なんか恥ずかしい……」  光生がゲーム好きになったのは、小学生の頃、謎の一人遊びに興じる息子を見かねた父がゲームを買ってくれたからだ。その時、一緒に買ったソフトが『FF3』だった。  息子が楽しそうにプレイしているのを見て、父も見よう見まねでプレイするようになった。 「光生、これ、なかなか面白いな」  ゲームは父と息子の共通言語になった。  だが、ある日、父が仕事から疲れて帰ってきたときに、光生は喜々としてゲームの話をしてしまう。 「ゲームばかりせんと、ちょっとは勉強せえ」  そこから、2人は心を開いた会話をすることができなくなったのだ。  しかし今、2人はかつて一緒に遊んだ『FF』の世界で、再び出会った。  その時、「インディ」を名乗る父は、初心者にとっては難敵のモンスターに襲われていた。 「このままでは父さんが死んでしまう!」  インディの命の危機に、マイディーはすかさず加勢し、救ったのだ。 「大丈夫でしたか?」  尋ねるマイディーに、インディは沈黙したまま見つめ合う。やがて、なぜかマイディーの周りを走りだす。戸惑うマイディーを尻目に、インディはそのまま走り去ってしまうのだ。  まだどうやって会話していいかわからない父がなんとか感謝を伝えようとしたが、それができず、結局逃げてしまったのだ。  どうすればよかったのかを聞きに来た父に息子が説明すると、父はしみじみと言うのだ。 「このゲーム、なかなか楽しい」  ドラマは、このように現実の世界とゲームの世界(エオルゼア)を行き来する。エオルゼアの様子には、実際のプレイ画面が使われている。先のインディが逃げてしまうシーンも、ゲーム画面特有の動きのチグハグさが、おかしみを生んでいた。  これまでもゲームをモチーフにしたドラマはあったが、ここまで「ゲームをプレイする悦び」に焦点を当てて、そのゲームの特性を利用し、それをストーリーや映像に組み込んだ作品は例がないのではないだろうか。  その実現に至るまでは、さまざまな苦労があったことが想像できる。実際にその顛末は、原作者のブログ「一撃確殺SS日記」で、「光のぴぃさん」と題し、連載されていた。  たとえば、最初の脚本案。もちろん原作ブログそのままをドラマ化したのでは、オンラインゲームをもともと好きな人は楽しめても、筆者のようなそうでない者は楽しめない。地上波で放送するドラマである以上、それではダメなことは明らかだ。原作ではほとんど描かれていない主人公の背景や、原作では主人公と父と母だけしか出てこない登場人物の追加などは必要不可欠な要素だった。  もちろん、それは原作者も納得していたが、最初に出された脚本案は、受け入れがたいものだった。主人公は引きこもり、父は末期がん。それを知った主人公が「光のお父さん計画」を立てる。旅の仲間たちもアニメオタクやBLマニアなど、テレビ的に誇張されたオタク像。人生経験豊富な父が、そんなネット依存した若者たちを更生、社会復帰させていくというものだった。  なるほど、確かに息子が正体を隠して父をゲームに誘い、その中で交流し親子愛を深めていくという物語の骨格は継承している。  だが、決定的に間違っている。なぜなら、原作が描いているのは「オンラインゲームの素晴らしさと可能性」だからだ。ネットを悪とするような価値観とは相いれない。そんなドラマ化では意味がない。やめたほうがいい。 「やめるのはいつでもできます。でも、そういう時に頑張ることが、大切だと思うんです」  戦いに敗れ、「また今度にしよう」というマイディーにインディは言う。  そんなインディの言葉通り、原作者やそれを理解しているスタッフたちは、理想のドラマ化実現に向け、妥協せずに戦った。ゲームを愛する新たな脚本家を招き、主人公の設定も、マジメな会社員に変更され、オンラインゲームの中で得た教訓や実感を現実の世界で生かし、主人公が成長していく物語に昇華されたのだ。  インディは、また命の危機にさらされる。それを見つけ、マイディーが手を差し伸べ、協力してモンスターを倒す。再び、マイディーに救われたインディ。マイディーをしばらく見つめたインディは、ゆっくりとひざまずき、感謝の意を伝えたのだ。  このシーンには、オンラインゲームのときめきと悦びが、すべて詰まっているようだった。  饒舌な言葉の交流や現実社会での直接の交流がなくても、心が通じ合ったという実感を得られることがある。ゲームだからこそ、生まれる感動があるのだ。ゲームが共通言語になった瞬間だった。  このドラマは、いまだに「ゲーム=悪」という描かれ方をされてしまう風潮への戦いだ。その冒険は、ゲーム界にとっても、ドラマ界にとっても一筋の光だ。そこには大きな可能性が広がっている。  マイディは言う。 「人生にゲームオーバーはありません。あきらめない限り」 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

緊迫する北朝鮮情勢を「結婚できない男女のパターン」からひもとく

緊迫する北朝鮮情勢を「結婚できない男女のパターン」からひもとくの画像1
 既報の通り、アメリカと北朝鮮が一触即発の状態を続けており、「すわ開戦か」という危機感が高まっていますね。  確かに、いつにない緊張感が醸成されていますが、最高指導者に就任直後から経済システムに少しずつ資本主義社会のエッセンスを取り入れ、街並みも近代的に改装を続けてきた金正恩氏が、せっかくコツコツと築き上げてきたものを爆撃させて失うようなリスクを取るだろうか? と考えると、あまり現実的ではないというのが私の見方であります。  万が一、そうなるとすれば、なんだかんだで中国が復興責任を負わされるでしょうし、ロシアも許さないでしょう。中国が所有する鉱山もありますし。だいたい、更地になったところで何もない。多少のレアメタル以外、本当に何もないんだよ! 自然がきれいなだけです。  もしかすると、白頭山が爆撃の衝撃で噴火するかもしれませんね。そうなったら、アメリカに責任取ってもらいましょう。  そんなわけで、今回は長きにわたって続いてきたアメリカと北朝鮮の情報戦と脅し合いが史上最高に先鋭化している中、「そもそも北朝鮮をどう理解すればいいか?」と戸惑っている方々に、あえてメンタル的な視点からの手引をご紹介したいと思います。参考になれば幸いです。  まず女性に例えるとすれば、北朝鮮には「こういうふうに愛してくれないと嫌」という対外的な理想像が明確にあります。 ・もっと尊重してほしい、すごいと言ってほしい ・きれいなところだけを見てほしい ・お金がない人は近寄らないで  こう書くと、めんどくさい婚活女そのものですね。さしずめ、核やミサイル開発は「自分磨き」といったところでしょうか……。  だからこそ、海外メディアに対しては用意した場所しか取材許可をしないわけですが、隠せば隠すほど暴きたくなるのが人間心理。ちょっとのことでも「暴露してやった」と躍起になるジャーナリストが現れるという悪循環が生まれています。  ただ現在は、在朝欧米人のインスタを見ると皆、判を押したかのように北朝鮮旅行写真をアップしていますし、ファン同士の草の根情報共有が進んでいるので、いずれ前述のような状況は軟化していくと思います。  話を戻しますと、いかなる面倒な女でも、なぜか夫がいたり、世話する男がいるのが世の常。彼女らには、一部の男性を惹きつけてやまない魅力があるものです。 (1)「君のためならウンコでも食える」チョソンクラスタ  チョソンクラスタは北朝鮮の表面的な部分のみならず、北朝鮮が隠しておきたい恥部までストーカーのごとく(失礼)すべて把握しており、たとえ毛深くても、化粧を取ったらドブスであっても、そうした難点すべてひっくるめて愛情を注げる人々です。「愛ゆえに北朝鮮のウンコまで食える」人種でしょう。ただし北朝鮮としては、どうしてそんなことまで知ってんのよ! と引く場面もあるかと思います。 (2)「痛いところを突いてくる元カレ」北朝鮮問題ジャーナリスト  この中には元総連関係者や脱北者も多く、第三国人でも知朝派ばかりです。彼らは一見、北朝鮮の暗部を暴き、声高に批判を繰り返していても、その裏には誰よりも朝鮮を気にかける心情が見て取れますし、北朝鮮文化や音楽に誰よりも詳しいです。  要するに「痛いところを突いてくる元カレ」でしょう。全員が「北朝鮮憎し」をモチベーションにしているわけではありません。しかし、これはドMの女なら関係成立しますが、プライドが高い北朝の敵意の対象となるのは致し方ないともいえるでしょう。中にはヤッてもないのに「あいつはマグロだった」と言いふらすようなエセジャーナリストもいますが、間違いなく彼らは殺意の対象でしょう。脱北者は、話がややこしくなるので割愛します。 (3)「腐れ縁」一般在日クラスタ  ひとくくりに在日といっても千差万別なので、大別すると A 北朝鮮に無条件追従(数%) B 自分なりの理解で、うまく距離を取る(半分以上) C 完全なる北朝鮮フォビア(多くて3割くらい) ※()内は筆者の肌感覚  メインはBになりますが、Aも本音では「しょうがねえな」と思いつつ、あえて一蓮托生を誓った人々も多いし、Cも愛情の裏返しであるパターンが多い。  北朝鮮は前述のように「君のいいところもダメなところも全部知ってるけど、絶対に見捨てないよ」と言ってくれる人々に、もっと向き合わなければいけないでしょう(ダメな点が時折、理解を超えてくる問題はあるが……)。 「理想の私以外、愛されてはいけない」というのは自分の首を絞めるし、“婚期”も逃してしまいます。北朝鮮は、いいところばかり褒めてくれる人(国)ではなく、(1)(2)(3)をもっとしたたかに利用して転がすべきでしょう。今のままでは不十分だと思います。  一方、敵対国。 「核を放棄したら対話してやる」というのは相手の言い分や自主性を一切無視し、「君が仕事を辞めたら結婚してあげる」と一方的に要求するダメな婚活男のメンタルそのものです。  こうした条件付きの友愛を示してくる奴は「仕事を辞めてほしい」といって結婚後に経済DVしてくる男と同じで、北朝鮮にとっては信用ならないのです。北朝鮮はそれをわかっているからこそ、核開発、ミサイル開発で自衛するわけです。そもそも、ナイフを突きつけながら「武器を捨てろ」と言われて素直に放棄する人はいませんね。  で、われわれ一般市民は、北朝鮮をどのように理解すればよいのか? 全体を見る時に、少しだけ「個」の目線で見てあげることだと思います。  個と全体を同列に語ってはならないと言いますが、あえて個からの視点を適用しなければならないと私は考えています。個に即した分析や理解が広がることで、長い目で見れば平和につながると思っています。  こういう文章を書くときに私が思い浮かべているのも、組織ではなく一般同胞、朝鮮労働党ではなく、北で出会った一般人民の顔です。 ※本内容は個人の視点です。本国や関連組織の見解を代弁するものではありません。 ●やす・やどろく ライター、編集者。都内大学院の心理学部在籍中。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>

緊迫する北朝鮮情勢を「結婚できない男女のパターン」からひもとく

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 既報の通り、アメリカと北朝鮮が一触即発の状態を続けており、「すわ開戦か」という危機感が高まっていますね。  確かに、いつにない緊張感が醸成されていますが、最高指導者に就任直後から経済システムに少しずつ資本主義社会のエッセンスを取り入れ、街並みも近代的に改装を続けてきた金正恩氏が、せっかくコツコツと築き上げてきたものを爆撃させて失うようなリスクを取るだろうか? と考えると、あまり現実的ではないというのが私の見方であります。  万が一、そうなるとすれば、なんだかんだで中国が復興責任を負わされるでしょうし、ロシアも許さないでしょう。中国が所有する鉱山もありますし。だいたい、更地になったところで何もない。多少のレアメタル以外、本当に何もないんだよ! 自然がきれいなだけです。  もしかすると、白頭山が爆撃の衝撃で噴火するかもしれませんね。そうなったら、アメリカに責任取ってもらいましょう。  そんなわけで、今回は長きにわたって続いてきたアメリカと北朝鮮の情報戦と脅し合いが史上最高に先鋭化している中、「そもそも北朝鮮をどう理解すればいいか?」と戸惑っている方々に、あえてメンタル的な視点からの手引をご紹介したいと思います。参考になれば幸いです。  まず女性に例えるとすれば、北朝鮮には「こういうふうに愛してくれないと嫌」という対外的な理想像が明確にあります。 ・もっと尊重してほしい、すごいと言ってほしい ・きれいなところだけを見てほしい ・お金がない人は近寄らないで  こう書くと、めんどくさい婚活女そのものですね。さしずめ、核やミサイル開発は「自分磨き」といったところでしょうか……。  だからこそ、海外メディアに対しては用意した場所しか取材許可をしないわけですが、隠せば隠すほど暴きたくなるのが人間心理。ちょっとのことでも「暴露してやった」と躍起になるジャーナリストが現れるという悪循環が生まれています。  ただ現在は、在朝欧米人のインスタを見ると皆、判を押したかのように北朝鮮旅行写真をアップしていますし、ファン同士の草の根情報共有が進んでいるので、いずれ前述のような状況は軟化していくと思います。  話を戻しますと、いかなる面倒な女でも、なぜか夫がいたり、世話する男がいるのが世の常。彼女らには、一部の男性を惹きつけてやまない魅力があるものです。 (1)「君のためならウンコでも食える」チョソンクラスタ  チョソンクラスタは北朝鮮の表面的な部分のみならず、北朝鮮が隠しておきたい恥部までストーカーのごとく(失礼)すべて把握しており、たとえ毛深くても、化粧を取ったらドブスであっても、そうした難点すべてひっくるめて愛情を注げる人々です。「愛ゆえに北朝鮮のウンコまで食える」人種でしょう。ただし北朝鮮としては、どうしてそんなことまで知ってんのよ! と引く場面もあるかと思います。 (2)「痛いところを突いてくる元カレ」北朝鮮問題ジャーナリスト  この中には元総連関係者や脱北者も多く、第三国人でも知朝派ばかりです。彼らは一見、北朝鮮の暗部を暴き、声高に批判を繰り返していても、その裏には誰よりも朝鮮を気にかける心情が見て取れますし、北朝鮮文化や音楽に誰よりも詳しいです。  要するに「痛いところを突いてくる元カレ」でしょう。全員が「北朝鮮憎し」をモチベーションにしているわけではありません。しかし、これはドMの女なら関係成立しますが、プライドが高い北朝の敵意の対象となるのは致し方ないともいえるでしょう。中にはヤッてもないのに「あいつはマグロだった」と言いふらすようなエセジャーナリストもいますが、間違いなく彼らは殺意の対象でしょう。脱北者は、話がややこしくなるので割愛します。 (3)「腐れ縁」一般在日クラスタ  ひとくくりに在日といっても千差万別なので、大別すると A 北朝鮮に無条件追従(数%) B 自分なりの理解で、うまく距離を取る(半分以上) C 完全なる北朝鮮フォビア(多くて3割くらい) ※()内は筆者の肌感覚  メインはBになりますが、Aも本音では「しょうがねえな」と思いつつ、あえて一蓮托生を誓った人々も多いし、Cも愛情の裏返しであるパターンが多い。  北朝鮮は前述のように「君のいいところもダメなところも全部知ってるけど、絶対に見捨てないよ」と言ってくれる人々に、もっと向き合わなければいけないでしょう(ダメな点が時折、理解を超えてくる問題はあるが……)。 「理想の私以外、愛されてはいけない」というのは自分の首を絞めるし、“婚期”も逃してしまいます。北朝鮮は、いいところばかり褒めてくれる人(国)ではなく、(1)(2)(3)をもっとしたたかに利用して転がすべきでしょう。今のままでは不十分だと思います。  一方、敵対国。 「核を放棄したら対話してやる」というのは相手の言い分や自主性を一切無視し、「君が仕事を辞めたら結婚してあげる」と一方的に要求するダメな婚活男のメンタルそのものです。  こうした条件付きの友愛を示してくる奴は「仕事を辞めてほしい」といって結婚後に経済DVしてくる男と同じで、北朝鮮にとっては信用ならないのです。北朝鮮はそれをわかっているからこそ、核開発、ミサイル開発で自衛するわけです。そもそも、ナイフを突きつけながら「武器を捨てろ」と言われて素直に放棄する人はいませんね。  で、われわれ一般市民は、北朝鮮をどのように理解すればよいのか? 全体を見る時に、少しだけ「個」の目線で見てあげることだと思います。  個と全体を同列に語ってはならないと言いますが、あえて個からの視点を適用しなければならないと私は考えています。個に即した分析や理解が広がることで、長い目で見れば平和につながると思っています。  こういう文章を書くときに私が思い浮かべているのも、組織ではなく一般同胞、朝鮮労働党ではなく、北で出会った一般人民の顔です。 ※本内容は個人の視点です。本国や関連組織の見解を代弁するものではありません。 ●やす・やどろく ライター、編集者。都内大学院の心理学部在籍中。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。<http://blog.livedoor.jp/yasgreen/>

関ジャニ∞・大倉忠義と吉高由里子が“強制破局”……再び吉高が「コントロール不能」に陥る!?

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 関ジャニ∞・大倉忠義と「芸能界を辞めさせられても結婚したい」と言っていた吉高由里子だが、そんな思いをよそに、2人はジャニーズ事務所から“強制破局”させられたという情報が流れている。  昨年7月、写真週刊誌が大倉の自宅マンションに通う吉高の姿を掲載して、熱愛が発覚。当然、ジャニーズは別れさせる方向で動いた。しかし、2人はジャニーズの意向を無視するように、同年10月に2泊3日のバリ旅行へ。そこで吉高は大倉への思いをさらに募らせたようで、親しい友人に「芸能界を辞めさせられても、大倉と結婚したい」と語ったといわれている。  そんな中、吉高にとってはNHK朝の連続テレビ小説『花子とアン』以来、2年3カ月ぶりの主演ドラマ『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)が1月からスタートした。  これだけ長いブランクがあったのは、デビュー以来、二人三脚で歩んできた女性マネジャーの退社があった。強い信頼関係で結ばれてきただけに、事務所はその後、吉高のコントロールができなくなったようだ。さらに、吉高は交際していたRADWIMPSのボーカルの野田洋次郎と破局したことで無気力になり、ドラマ出演のオファーがあっても、クビを縦に振ることはなかったようだ。  ところが、大倉という新恋人ができて、吉高のメンタルも一新され、『東京タラレバ娘』の主演を務めることに。『花子とアン』で平均視聴率が22.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)という記録を打ち立てた吉高に、周囲は『東京タラレバ娘』でも15%は獲得してくれるだろうと期待した。しかし、終わってみれば平均視聴率11.4%という予想外の低視聴率。ドラマの評判もイマイチで、吉高はかなりのショックを受けているという。  そんな中での破局情報。しかも、ジャニーズが大倉を強く説得しての、なかば“強制破局”だという。  ジャニーズはこれまでも、交際が発覚した自社タレントに対して、「結婚すると、せっかくの仕事に大きな影響が出る」ということを脅すように訴え、結婚を思いとどまらせてきた過去がある。今回もさもありなんな話だが、事実だとすればドラマの不振も合わせて、吉高にとっては二重のショックだろう。  女性マネジャーが退社したときと同様、事務所のコントロールが不能にならないかと危惧してしまうが……。 (文=本多圭)

“エリカ様”からついに脱却! 『母になる』で沢尻エリカが見せつけた、女優としての“幅”

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 9年前に誘拐された息子と母親が、児童養護施設で再会する。  そんなショッキングな展開で始まったのが、日本テレビ系水曜夜10時から放送されている『母になる』だ。  母親の柏崎結衣を演じるのは沢尻エリカ。  息子の広(道枝駿佑・関西ジャニーズJr.)は行方不明の間、門倉麻子(小池栄子)という女性と偽りの親子として一緒に暮らしていた。  2人の関係は、同じドラマ枠で放送されていた坂元裕二脚本の『Mother』や、麻子を演じている小池が出演していた映画『八日目の蝉』を思わせる。    ただ、この2作では偽りの母子が主人公だったが、行方不明になった息子と再会して、空白の時間を埋めようとする実の母親が主人公だというのが、本作の面白さである。  抑制された演出が功を奏してか、サスペンスタッチのヒューマンドラマに仕上がっている。謎の多い門倉に目が行きがちだが、他人のようによそよそしく、ひそかに門倉と連絡を取り合っている息子・広を受け止めようとする結衣の演技が素晴らしい。久しぶりに“エリカ様”じゃない沢尻を見たように感じた。  俳優の話になると、やはり演技がうまいかヘタかという話題になりがちだ。  だが、多くのテレビドラマにおいては、演技力だけでなく、俳優の背負っている文脈が重要になってくる。  今まで、どんな役を演じてきたか? けなげな清純派か、クールな悪女か? 過去の経歴はもちろんのこと、どこで生まれたか? 過去に何があったのか? どんな恋愛スキャンダルを起こしたか?   情報過多な現代においては、ドラマを見ながら出演俳優の情報をネットで検索することは当たり前で、放っておいても目に入ってきてしまう。  そのため、実写映像を純粋なフィクションとして見ることはどんどん難しくなっているのだが、そんな情報過多な時代に世間のイメージに翻弄されてきたのが沢尻だった。  沢尻は、映画『パッチギ!』や連続ドラマの『1リットルの涙』(フジテレビ系)などに出演し、10代後半から若手実力派女優として順調にキャリアを確立してきた。    しかし、映画『クローズド・ノート』の舞台挨拶に奇抜なファッションで登場し、司会者の質問に対して「別に」と不機嫌に答えたことをきっかけに、イメージが失墜。気の強い若手実力派女優から、スキャンダルまみれのゴシップ女優へと転落した。  同世代の女優を集めた沢尻会を開いているというウワサ話が週刊誌で書かれたことで、エリカ様と揶揄されるようになり、嫌いな女優の1位になることも珍しくなくなった。  その後、女優としての仕事はめっきりなくなり、2008年にハイパーメディアクリエイターの高城剛と結婚(13年に離婚)。  並の女優なら、すでに終わっていただろう。しかし、ここから沢尻の逆襲が始まる。 「別に」騒動から5年後の12年。沢尻は、ゴシップまみれとなった自分自身を連想させる全身整形美女の転落を描いた、岡崎京子の漫画作品の映画化『ヘルタースケルター』のヒロイン・りりこを演じた。  劇中ではヌードや激しい濡れ場も披露し、話題を総ナメ。ゴシップ・クィーンのりりこの人生をなぞるように、モンスター女優・エリカ様として、沢尻は復活する。  しかし、エリカ様のイメージが強烈すぎて、年相応の普通の女性を演じても、エリカ様のイメージがチラついてしまう。そのため、普通のドラマでは使いづらい存在となってしまった。 『ヘルタースケルター』の後、沢尻が演じたのは、突然、謎の死を遂げた魔性の女といわれた美人女性実業家の『悪女について』(TBS系)、イジメをものともせずに、ファッション業界でのし上がっていく強い女性の『ファースト・クラス』(フジテレビ系)など、世間が思うエリカ様のイメージをなぞるような作品ばかりだった。  映画『新宿スワン』のドラッグ中毒で破滅するキャバ嬢も含めて、画面の中で大暴れするエリカ様は面白かったが、見世物小屋のバケモノを見ているような痛々しさがあった。あえてそのイメージを引き受けた沢尻には感服したが、やがて飽きられて、女優としてすり切れてしまうのではないかと懸念していた。  風向きが変わったように見えたのは、ドラマ『ようこそ、わが家へ』(フジテレビ系)で演じた女性ライターの明日香役からだろう。  主人公を助ける強気の女性というイメージは相変わらずだが、エリカ様成分は少なめで、久々に普通の女性を違和感なく演じていた。  そして本作『母になる』では、久しぶりにエリカ様ではない沢尻が楽しめる作品となっている。沢尻の芝居は抑制的で、顔が少し老け込んでいるためか、今までのような華やかさはない。しかし、今まで以上にたくましさを内に秘めた母親を演じている。  おそらく本作に出演したことで、沢尻は女優として完全復活を果たすだろう。  平凡な女性を演じる時は“沢尻”、過激なキャラクターを演じる時は“エリカ様”の二刀流を身につけた沢尻エリカは、向かうところ敵なしである。 (文=成馬零一) ●なりま・れいいち 1976年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

フジテレビ、6月に社長交代へ……それでも「不調の原因」日枝久会長の“恐怖政治”は終わらない!?

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 低視聴率地獄からなかなか脱出できないフジテレビの次期社長に、作家の故・遠藤周作さんの一人息子で、同局の専務を務める遠藤龍之介氏が内定したという情報が流れている。  フジは2013年、『踊る大捜査線』などのヒット映画を手掛けた敏腕プロデューサー・亀山千広氏と、“トレンディドラマの旗手”と呼ばれた大多亮氏が社長レースを争った結果、亀山氏が社長に就任した。  亀山社長はフジの長寿バラエティ番組『笑っていいとも!』を打ち切るなどの英断を下したが、新たなヒット番組を作るどころか、ドラマやバラエティ、情報番組の改革にことごとく失敗。さらに、フジの看板だった“月9ドラマ”は、視聴率ワースト記録を更新し続けた。  低視聴率によって、当然のごとく業績も悪化。15年の上半期の決算で、フジは1997年に上場以来、初の営業赤字に転落。16年4月から12月までの放送収入も、減少の一途をたどっている。  さらに年間視聴率は、全日、ゴールデンタイム、プライムタイムのすべてが民放4位という体たらく。このまま亀山社長に続投させても打開策が見つからないと判断した日枝久会長がさじを投げたことで、亀山社長の退任は既定路線だといわれてきた。  そんな中で、次期社長候補に名前が挙がったのはフジの遠藤専務、鈴木克明常務取締役、フジ・メディア・ホールディングスの金光修専務の3名。その中で、日枝会長が指名したのは、局内外からも人望が厚いといわれている遠藤専務だという。  05年に堀江貴文氏が率いるライブドアが、フジテレビの筆頭株主だったニッポン放送への敵対的買収を仕掛け、「フジテレビ乗っ取り」を画策した事件があったが、そのときに広報部長としてマスコミ対策に奔走したのが遠藤専務だった。  その頃から、日枝会長は遠藤専務の手腕を高く評価していたという。早ければ、6月の株主総会で新社長就任が正式決定されるが、民放キー局で広報ライン出身の社長が生まれるというのは異例だという。それだけに遠藤専務ならではの手腕が問われることになりそうだが、いずれにしてもフジは誰が社長になっても、老害の日枝会長が君臨している限り、何も変わらないのではないか。  フジの低迷の根本的な原因は、恐怖政治を敷く日枝会長の顔色ばかり見ている編成や制作の現場が、リスクを冒すような改革を行えなくなっているという硬直化した体質にあるからだ。  特に、日枝会長の意向による大手芸能プロとの癒着ぶりは、キー局の中ではズバ抜けているともっぱら。“月9”のみならず、「なぜ今、この人物を」というキャスティングは、そうした癒着構造の弊害だ。現場が、やる気をなくすのも無理はない。  毎年、“出来レース”といわれている株主総会で、今年こそ、日枝会長を引きずり降ろすという“革命”を起こさなければ、フジの本当の改革は始まらないだろう。 (文=本多圭)

フジテレビ、6月に社長交代へ……それでも「不調の原因」日枝久会長の“恐怖政治”は終わらない!?

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 低視聴率地獄からなかなか脱出できないフジテレビの次期社長に、作家の故・遠藤周作さんの一人息子で、同局の専務を務める遠藤龍之介氏が内定したという情報が流れている。  フジは2013年、『踊る大捜査線』などのヒット映画を手掛けた敏腕プロデューサー・亀山千広氏と、“トレンディドラマの旗手”と呼ばれた大多亮氏が社長レースを争った結果、亀山氏が社長に就任した。  亀山社長はフジの長寿バラエティ番組『笑っていいとも!』を打ち切るなどの英断を下したが、新たなヒット番組を作るどころか、ドラマやバラエティ、情報番組の改革にことごとく失敗。さらに、フジの看板だった“月9ドラマ”は、視聴率ワースト記録を更新し続けた。  低視聴率によって、当然のごとく業績も悪化。15年の上半期の決算で、フジは1997年に上場以来、初の営業赤字に転落。16年4月から12月までの放送収入も、減少の一途をたどっている。  さらに年間視聴率は、全日、ゴールデンタイム、プライムタイムのすべてが民放4位という体たらく。このまま亀山社長に続投させても打開策が見つからないと判断した日枝久会長がさじを投げたことで、亀山社長の退任は既定路線だといわれてきた。  そんな中で、次期社長候補に名前が挙がったのはフジの遠藤専務、鈴木克明常務取締役、フジ・メディア・ホールディングスの金光修専務の3名。その中で、日枝会長が指名したのは、局内外からも人望が厚いといわれている遠藤専務だという。  05年に堀江貴文氏が率いるライブドアが、フジテレビの筆頭株主だったニッポン放送への敵対的買収を仕掛け、「フジテレビ乗っ取り」を画策した事件があったが、そのときに広報部長としてマスコミ対策に奔走したのが遠藤専務だった。  その頃から、日枝会長は遠藤専務の手腕を高く評価していたという。早ければ、6月の株主総会で新社長就任が正式決定されるが、民放キー局で広報ライン出身の社長が生まれるというのは異例だという。それだけに遠藤専務ならではの手腕が問われることになりそうだが、いずれにしてもフジは誰が社長になっても、老害の日枝会長が君臨している限り、何も変わらないのではないか。  フジの低迷の根本的な原因は、恐怖政治を敷く日枝会長の顔色ばかり見ている編成や制作の現場が、リスクを冒すような改革を行えなくなっているという硬直化した体質にあるからだ。  特に、日枝会長の意向による大手芸能プロとの癒着ぶりは、キー局の中ではズバ抜けているともっぱら。“月9”のみならず、「なぜ今、この人物を」というキャスティングは、そうした癒着構造の弊害だ。現場が、やる気をなくすのも無理はない。  毎年、“出来レース”といわれている株主総会で、今年こそ、日枝会長を引きずり降ろすという“革命”を起こさなければ、フジの本当の改革は始まらないだろう。 (文=本多圭)

“レペゼン新潟”ここにあり!? NGT48「青春時計」に見る、地方と東京のヒップホップ抗争史

 ラッパーブームといわれる昨今、アイドルがラップを、ラッパーがアイドルの楽曲を手掛けることは珍しくない。この連載では、アイドルファンで「社会人ラップ選手権」決勝進出経験を持つ、ラッパーのMC内郷丸が“ラッパー的観点”から毎月大量にリリースされるアイドルソングを定点観測。
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「青春時計」(アリオラジャパン)
 今回紹介するのはNGT48の「青春時計」(アリオラジャパン)である。NGT48。AKB48グループの妹分として、2015年8月に活動を開始した、新潟を拠点としたアイドルグループである。ローカルアイドルというのは今ではまったく珍しくなくなったが、その中でも新潟は、Negicco、RYUTistなど、すでに地元での人気も十分で、全国区で活動しているアイドルを輩出している地域だ。  ヒップホップには「地元」を意味する「フッド」、「◯◯の地域を代表する」「◯◯から来た」というような意味の「レペゼン」といった、自分の住む地域に関する用語が存在する。そしてMCたちは、自身のラップで地元を語ることも多い。しかし、そもそも日本語ラップは、最初は東京、主に渋谷などを中心とした文化だった。  やがて、そのカウンターとして地方からも著名なヒップホップのアーティストが誕生する。地方と東京の相互の関係性の中で、日本のラップは盛り上がりを見せてきたという歴史がある。その地方ラップの代表格が北海道で活動を続けていた、THA BLUE HERB(ザ・ブルーハーブ)。彼らのファーストアルバム『STILLING, STILL DREAMING』(STRAIGHT UP RECORDS)は、江戸時代アイヌ民族が幕府に起こしたシャクシャインの乱をもじった「SHOCK-SHINEの乱」という曲が収録されているなど、東京中心のヒップホップシーンに対する攻撃的なリリックがふんだんに盛り込まれ、彼らの登場によって地方のシーンにも注目が集まるようになった。  最近では、特定の地域からアーティストが続々登場し、注目されることも珍しくなくなった。ローカルアイドルもまた、全国放送のテレビ局も集中する東京で活動するアイドルに対するカウンターであるし、すでに有名なアイドルも多い新潟から、AKB48グループからとはいえアイドルがメジャーデビューするというのは、アイドルシーンが下火と言われるようになった中でも、新潟のアイドルシーンが依然として盛り上がっていると証拠だろう。  さて、そんな“レペゼン新潟”のNGT48。彼女たちと同じ日にお披露目された欅坂46は、瞬く間に「サイレントマジョリティー」(Sony Records)でメジャーデビュー。デビュー曲から大きく話題をかっさらい、その勢いは落ちることなく、先陣を切るAKB48を追い越す感すらある。17年3月までメジャーデビューを待たなければならなかったNGT48と比べると、テレビの出演も多く、すでに両グループには大きな差ができてしまっている。  欅坂46は、姉妹グループ乃木坂46とともに、どちらもその名に東京のド真ん中にある坂の名前を冠した、“レペゼン大東京”のグループ。対するNGT48には、ブルーハーブの如く東京のシーンに殴り込みをかけるような勢いはなかった。  デビュー直後から、東京ではなく新潟での活動に重きを置いてきたNGT48。現在の冠番組もローカル局がほとんど。地元の企業とのタイアップも多く、まさに地元に根を張った活動を続け、満を持してのメジャーデビューというわけである。  そんなNGT48のメジャーデビュー曲となる「青春時計」。その独自の路線が賛否両論を呼び起こしている。一体どんな楽曲なのだろうか。一度聞いてみてほしい。
 冒頭からリズムに合わせてなんとなくしゃべっているだけのようなラップから始まる。韻を踏んでいるわけでもなく、何かを語りかけてくるようなラップに、いつの間にか音程がつき、気付くとどこか懐かしいメロディのサビにたどり着くという展開。サウンドも、アコースティックギターのコード弾きとシンプルなピアノのバッキングが中心で、まるでフォーク歌謡曲のようだ。  この「ラップ」と「フォーク」の組み合わせ。それは、これまでの秋元康がプロデュースするアイドルグループが試してきた楽曲の方向性のひとつの集大成なのではないかと僕は思う。  たとえば「ラップ」でいえば、おそらくAKB48の「ハイテンション」(キングレコード)、少し前であれば「Green Flash」(同)だろうか。「別れの日近づいたことくらい/わかってたはずになぜ辛い?」というラインでは、「くらい」と「辛い?」と語尾で韻を踏むだけでなく、「別れ」と「わかって」の文頭で韻を踏んでおり、作詞家としての秋元康の力量を感じさせる。
 一方、「フォーク」の要素。ラップに比べると、フォークは決して昨今の音楽シーンで大きくトレンドとなっているサウンドではないが、なぜだか秋元康プロデュースのアイドルグループは意識的に最近の楽曲にそれを取り込んでいるように思う。たとえば、「恋するフォーチュンクッキー」以降その傾向が如実に現れている。特に、NHK朝ドラ『あさが来た』の主題歌「365日の紙飛行機」の歌い出しは、往年の名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」と非常によく似ている。
 このあとに、フォークソング路線を完全に押し出した「翼はいらない」(キングレコード)をリリース。いずれにせよ、秋元康がフォークソング路線を取り入れることを模索していたことは間違いないだろう。  意識的に取り込んできた「ラップ」と「フォーク」の要素。フォークのような懐かしいメロディラインと言葉遣い、そしてそれに合わせたアコースティックなバッキング。このトラックにラップ然としすぎない女の子のラップを乗せることで、単なる「ラップを取り入れた曲」でも、単なる「フォーク路線」でもない楽曲が完成した。ここ数年の楽曲の変化は、この曲のためにあったのではないかとさえ思えるくらいだ。  NGT48がこれから、この「ラップ×フォーク」路線を延々と続けていくわけではないだろう。だが、このゆるさと懐かしさと若さが絶妙に折り重なった楽曲の魅力は、そのままNGT48の魅力のひとつになっていくのではないか。  一方、我々ラッパーには「ラップ×フォーク」と聞いて、思い起こさずにはいられないアーティストがいる。MOROHAである。最近ではCMのナレーションもしているので、聞いたことがある人も多いのではないだろうか。
 アコースティック・ギター一本のバッキングと、そこに乗せる暑苦しい叫びに近いラップだけで活動を続けてきた彼ら。ラップ担当のアフロは中島みゆきが大好きだそうで、彼らの楽曲のフォークのような質感は、そういった嗜好から来ているのかもしれない。また、アフロは先に紹介したブルーハーブにも大きな影響を受けている。  12年ごろは、ヒップホップアーティストとも共演していたのだが、現在ではロックバンドとの共演のほうが多く、日本語ラップシーンとは離れた存在。クラブでは「ギター?」と、ライブハウスでは「ラップ?」と言われてきた過去をMOROHAは辿ってきた。
 彼らもまた、地方の長野県で結成。しかし、ブルーハーブと同じように札幌に根を張るのではなく、東京へ飛び出すことを選んだ。NGT48はこれからどうなっていくのだろうか。新潟に根を張った活動を続けていくのか、それとも全国を意識した活動が増えていくのだろうか。どちらを選んでも、自分たちを信じ独自の楽曲を作りパフォーマンスし続けてきたMOROHAのように、力強く突き進んでいってほしい。 (文=MC内郷丸) Twitterアカウントは@bfffffffragile MC内郷丸の「ほんと何もできません」https://synapse.am/contents/monthly/uchigomaru
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ラッパー、文化人にアイドル……! 土曜深夜のお楽しみ!「オールナイトニッポンR」の魅力を徹底解明!

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ニッポン放送「オールナイトニッポンR」番組サイトより
 私、ラジオ好き若手芸人のカカロニの菅谷が毎月書いているラジオ神回列伝も、早いもので8回目。この8カ月、売れる気配ゼロ。そんな僕ですが、とても興奮するラジオ番組が最近ありました。  3月25日深夜、養成所時代の同期で、現在はケイダッシュステージに所属するお笑いコンビ、フレンチぶるが「オールナイトニッポンR」(ニッポン放送)の枠で放送を担当したのです。  昨年の大晦日深夜に放送された『三四郎のオールナイトニッポン初笑いスペシャル』で、一番“ハネた”ご褒美として番組パーソナリティ権を担当したフレンチぶる。 『フレンチぶるのオールナイトニッポンR』は、2人が得意とするボーイズラブをテーマにしたコントを皮切りに、魅力が凝縮された放送でした。ツッコミの大西翔は全く緊張しなかったという強心臓ぶりを発揮し、加藤ミリヤファンを公言するボケの加瀬部駿介との軽快なトークを展開。リスナーをどんどん巻き込んで話がおかしな方向に展開していく様、また2人がリスナーと共にそれを楽しんでいる120分は、いつかレギュラー放送になる日を十分期待させるものでした。  というわけで、今回はオールナイトニッポン単発回「オールナイトニッポンR」枠の魅力について紹介させていただきます。同時間帯の裏番組であるTBSラジオ「JUNK」枠が同じパーソナリティの長寿番組で人気を得ているのに対し、この門戸の広さが魅力です。  番組宣伝の一環、お試し、ご褒美などさまざまな理由で、芸人、俳優、アーティスト、果てはテレビ東京プロデューサーの佐久間宣行さんまで、多くの方々が担当してきた実験的な番組枠。特に若手芸人に関しては、単発放送を経てレギュラーへ昇格するパターンがとても多く、それぞれが自分たちの色を120分で押し出します。また、先物買いをしたようなお得感のある放送と言えるかもしれません。  最近では、ラッパーのR-指定さんとDJ松永さんのユニット『Creepy NutsのオールナイトニッポンR』が反響を呼びました。日本屈指のラッパーでありながらイケイケのノリが苦手なR指定さんの口からは、ラッパーとは思えない発言が飛び出し、自ら童貞であることを公言するDJ松永さんは「あ、これ本当に童貞だな。そんでラジオばっか聴いてたんだろうな」とすぐわかるほどの口調、論調。全てに嚙みついていく様は、ラジオパーソナリティとして人気を誇る、南海キャンディーズの山里亮太さんや伊集院光さんのような“怖いもの知らず”感もあり、少し懐かしさすら感じる放送でした。 『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)で、その“ディスりっぷり”が注目されているラッパーという立場であるゆえに、自由度の高い放送でした。Creepy Nutsのキャラクターと実際のギャップのように、こんな人だったんだと発見があるのもポイント。よく知らないパーソナリティでも、一度聴いてみると好きになるかもしれませんね。  また、レギュラーパーソナリティのお休みなどで、たびたび放送される代打単発回。こちらもラジオリスナーとして語っておきたい神回があります。2006年1月にくりぃむしちゅーさんが一週休んだ代役として放送された単発回『レイザーラモンHGのオールナイトニッポン』です。  ハードゲイキャラで大ブレークのHGさんと、HGさんに便乗したパクリのキャラ、RG(リアルゲイ)で極稀にテレビに出ていたRGさんという関係性だった当時のレイザーラモンさん。  当然のようにHGさんが一人トークをしていると、RGさんが登場します。お約束の、RGさんがHGさんをパクっているやり取りを終えると、そこからは仲がよさそうに、学生時代や若手時代のエピソードトークが繰り広げられます。  当時“キャラもの”としてテレビに出ており、ラジオでなければ聴けることがなかったフリートークは、とても貴重でした。若手時代、偉い人に怒られた2人は、HGさんがそのとき食べていた鉄板焼き屋の鉄板に頭をつけて謝罪。学生プロレス仕込みのリアクションを見せると、偉い人をさらに怒らせてしまいます。そこで、「そういうことか!」と早合点したRGさんは、鉄板に乗っかり土下座をしたなど、強烈なエピソードトークが次々に飛び出しました。  どのエピソードも面白く、当時「一発屋と、その相方」という認識が強かったレイザーラモンの2人の本当の魅力と実力を知ることができる回でした。  芸人はもちろん、アイドル、文化人、作家、ラッパーなどと魅力的な人たちが彩る土曜の深夜。皆さんも神回の先物買いをしてみてはいかがでしょうか。 (文=菅谷直宏[カカロニ])