W不倫15年、彼が脳梗塞で帰らぬ人に――「彼の最期に立ち会ったのは私」と語る女の胸中

 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちに折り合いをつけるのは容易でない一方、W不倫の女性にとっては、案外、長期不倫は合理的な関係ではないかと思う。そんな女たちの声を全7回で聞いていく。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望
(第3回:「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意
(第4回:不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」

 社内W不倫のはじまり

 結婚してから本気で人を好きになることはあり得る。そのとき、どういう選択をするかは個人の意思による。どういう選択をしても第三者がとやかく言うべきではないと思う。

 ミヤさん(49歳)が、3歳年上のリョウイチさんと知り合ったのは30歳のとき。結婚して3年目、1人目の子が1歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。

「産後、半年ほどで前に勤めていたところとは別の職場に就職したんですが、そこで知り合いました。一目見たときから気になってたまらなかった。どうしてかわかりませんが」

 運命の出会いだったのかもしれない。だが当時、33歳のリョウイチさんにも家庭があった。

「仕事仲間として接していましたが、気持ちは彼に惹かれていました。夫との関係が悪かったわけではないんです。夫は同い年でしたから、一緒に家事をして一緒に子育てもして。同志のような関係だし、絶対的な信頼感を持っていました」

 それでも恋心は止められない。今までの自分にはない焦燥感も覚えた。

「そもそも私、そんなに恋愛体質ではないんです。結婚するまでに付き合ったのは3人くらい。それも、さほど長くは続かなかった。仕事が楽しかったせいもあります。夜勤もある仕事なので、『仕事と僕とどっちが大事?』と聞かれたことも。もちろん仕事をとりましたが(笑)。そういうことを言わなかったのは夫だけ。それなのに、リョウイチさんに対してだけは、自分が感じたことのないような胸の痛みがあった。本当に人を好きになると、実際胸が痛くなるんだと初めて知りました。このまま、彼とただの仕事仲間でいいのかと考えると、体中から冷や汗が出るような感じになるんです」

 恋の病は重症だった。そして実は、リョウイチさんの方も彼女が好きでたまらなかったのだという。もちろん、それは後からわかったことだが。

「職場の懇親会で隣同士になって飲んだり食べたりしながら、彼とよくしゃべりました。一次会の後、2人だけでこっそり二次会に行って。『こんなことを言ってはいけないとわかっているけど』と彼が告白してきたんです。うれしかった。同じ気持ちでしたから」

 気持ちを確かめ合ったものの、2人はその先に進むのを躊躇した。そしてその頃、ミヤさんは2人目を妊娠していることに気づく。

「彼に言えないまま仕事を続けて……。5カ月に入ったところで職場の調整もあるので、ようやく公にしました。そのときの彼の目が妙に寂しくて。後から聞いたら、またしばらく会えなくなるのがつらかった、と。私も同じように思っていました」

 2人目のときは育児休暇をとらなかった。早く職場復帰したかったからだという。それまで控えていた夜勤も、子どもが1歳になる頃には引き受けるようになっていた。

「夜勤でリョウイチさんと一緒に勤務することがあった。もちろん仕事ですが、やはり話す時間が格段に増えて、うれしかったですね。お互いの気持ちは変わってないとわかり、とうとう夫に夜勤だとウソをついて、彼とホテルへ行ったのが、私の33歳の誕生日だったと思います」

 3年越しで思いを遂げた2人。ついに1つになれたという感動は深かった。だが、思いがかなえば次の心配が出てくるものだ。

「やっと結ばれた。でも私たち、これからどうするの、と思いました。このまま関係を続けていってお互いの配偶者にバレたらどうなるのか。そもそも、この関係が続くのか。私たちはどこを目的に進んで行ったらいいのか……。それでも、あえてそんな言葉は口にせず、時間を作っては会いました。会うことだけ、1つになることだけが目的のように。私は彼とだと、快感が止まらない。体も心も燃えて燃えて。夫ともたまにはしましたが、こちらは癒やしのセックス。夫に悪いとは思いませんでした。彼は彼、夫は夫、心の中でまったく違う存在だと分けていたような気がします」

 週に何度も会って愛と快感を確認しあう日々が、しばらくすると少し落ち着いてきた。そこで2人は、あらためて話し合った。

「私は子どもたちが何よりも大切。2人を大人にするまでは何もできない。でも、あなたとの時間も大事。だから苦しいと泣いたんです。すると彼は、『わかった。とにかく今は家庭を優先させよう。ミヤの下の子が就職して独立したら、一緒になりたい』と言ってくれたんです。うれしかった。もちろん、それまでの間に互いの愛情がなくなれば別ですが、私たちはちょっとやそっとでは別れないと思っていた。彼も同じ気持ちだと知って、本当にうれしかった」

 5年、10年と時は流れる。子どもたちは小学校に入り、中学を卒業し、年々、大人になっていく。その頃、ミヤさんは職場を変えた。彼と毎日会えなくなった分、メールで毎日連絡を取り合うようになった。そして、気づいたら15年という時間が流れていた。

 2人が付き合って15年がたったとき、ミヤさんは彼から腕時計をプレゼントされた。

「こういうプレゼントは初めてでした。お互いに持ち物をプレゼントするのは気が引けるから、いつも誕生日前後に一緒に食事をする程度だった。でも彼は、『僕はあなたに会えて人生が豊かになった』と言ってくれた。あと7~8年たてば、私も子どもへの責任は果たしたことになる。そのときの状況にもよるけど、一緒になれるよう頑張ろうと約束しました」

 それから4年近くたった昨年春、リョウイチさんと突然、連絡が取れなくなった。毎日交わしていたメッセージも来ない。どうしたんだろう、具合が悪くて病院に運ばれたのか? 自分がメッセージを打ったら彼に迷惑がかかるだろうか? 前の職場に尋ねてみようかとも思ったが、怪しまれると思って自重した。

「あのときは生きた心地がしませんでした。2日に1回くらい、あたりさわりのないメッセージを送っていましたが、もしかしたらこの世にはいないんじゃないかとか、とにかく胸騒ぎがして」

 10日ほどたった頃、ようやく彼からメッセージが来た。自宅で倒れて病院に運ばれたのだという

「もうダメかと思ったら蘇ったよ。ミヤに会いたいから。しばらくリハビリしなくてはいけないけどミヤに会うために頑張る、と書いてありました。こんなに感情をつづったメッセージも初めてでした。奥さんに見られたらまずいけど、携帯は誰にも見せないから大丈夫とも書いてあって……」

 軽い脳梗塞だったらしい。リョウイチさんはその後、必死でリハビリに取り組んだようだ。1カ月半後に退院、そして2人は会った。

「彼がホテルを予約してくれて。『できるかどうかわからない』と言っていたけど、無事に1つになれました。私はもう泣きっぱなし。その日は夜勤だと言ってあったので、ルームサービスを取って2人で朝まで過ごしました。本当に楽しかった。彼は『今回、いろいろ考えたんだよ。オレが死んだら、学生時代からの親友がミヤに連絡してくれることになった』とつぶやいたんです。縁起でもないことを、と怒ったのですが……」

 久しぶりに彼に会って、ようやく身も心も落ち着いたミヤさんだが、それから数週間でまた彼と連絡が取れなくなった。

「イヤな予感がしました。再度、彼が倒れたんじゃないか、と。毎日が怖かった」

 そのまま1カ月という時間が流れた。

「とうとう我慢できなくなって、前の職場で一緒だった人にさりげなくメールをしてみました。するとやはり彼が倒れた、と。イヤな予感は当たっていました。しかも1カ月たってもまだ目を覚まさないというんです」

 あまり詳しく尋ねるのも疑惑を生む。適当なところでメールのやりとりを切り上げた。ただ、入院先は聞いた。元の仕事仲間なのだから、お見舞いくらい行ってもいいのではないか……。ミヤさんの思いは日に日に強くなっていく。どんな姿でもいい、彼に会いたかった。一方で、そんな彼を見るのが怖い。彼は、私にそういう姿を見られたいと思うだろうかと考えると、なかなか足が前に出ない。

 迷いに迷ったが、ある日、いつものように腕時計をつけながら、彼が呼んでいると感じた。その日、仕事が終わると彼女は彼の病院に駆けつけた。病室の前に行くと、医師や看護師が出たり入ったりと騒がしい。

「ご家族の方ですか」

 看護師に問われてふっと頷いてしまった。中に入ると、彼にはたくさんの管がつながれている。思わず枕元に立って彼の手を握った。

「延命はしない……ということでしたから」

 医師がぼそぼそと言う。ミヤさんは頷きながら、彼ならそう言うだろうと感じていた。彼の手に一瞬、力がこもった。彼女もぎゅっと握り返す。耳元で「ミヤよ」と言うと、彼の目からつっと涙がこぼれた。次の瞬間、彼の手から力が抜けた。

「思いがけず、私は彼の最期に立ち会ってしまったんです。彼の親友という方に後から聞いたら、彼の奥さんとお子さんは、その日に見舞って帰ったところだったらしい。病院から連絡があってあわてて戻ったのですが、間に合わなかった、と。私は彼の手から力が抜けた後、すっと室内から立ち去りました。病院側も家族側も、そのことについては触れず、騒ぎにはならなかったようです」

 彼女自身、そのときの自分の行動をよく覚えていないという。もしかしたら、私の魂が彼に会いに行っただけかも、と小さい声で言った。

「お葬式の案内は、彼の親友からもらったんですが、私は行かれなかった。彼の死を認めたくなかったんだと思います。その後、彼の親友という方に会って、彼の話をいろいろしました。一緒になるはずだったのに、1人で先に逝くなんて嘘つきですよね……」

 彼女の目が潤んだ。最期に立ち会えたのは、やはり彼が呼んだのかもしれない。長年の不倫では、連絡が取れなくなったままで、亡くなってしばらくたってから、ようやく知り合いから聞かされたという話もある。亡くなったことも知らせてもらえない関係なのだ。

「今でもつらいです」

 彼女はふっと時計を見た。彼からもらった時計が今も彼女の腕にはまっている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

外国人男性とのセックス、9割の女子が「興味アリ」!? 6カ国の男とヤッた体験話します!

6カ国8人と付き合った「外国人専門女子」の私

1-1

 

 「外国人男性と恋愛・セックスの経験はありますか?」

――日本女性にこんな質問をしたら、おそらく90%以上の女性が「ない」と答え、そのうちの99%が、その大小こそあれ「興味あり」と答えるでしょう。

 その根拠は? 私の経験上です!

 外国人男性を恋愛の対象とする外国人専門女子、略して「外専女子」として活動し、同じ外専女子の方とたくさん交流した結果、この数字が叩き出されました。とにかくみんな興味津々なんですね。この連載ではそんな外国人とのアレやコレをむっちりご紹介していきます。

 私が付き合った外国人は約6カ国(※)、8人
(※約、というのは日本で言う「ハーフ」の方が含まれるから)

 なーんだ、少ないじゃない、と思った方もいらっしゃると思いますが、私は欧州人の均整のとれた美しい顔が好きなのと、本気の恋愛がしたかったのでかなり厳選したのです!

 私の「外国人男性好き」が始まったのは小学生の時。テレビCMで見たBon JoviのJon Bon Joviが私の生まれて初めてのアイドルになったのでした。ジャニーズなどの日本人アイドルには目もくれず、外タレまっしぐら! 同級生は光GENJIの推しメンバーの切り抜きを下敷きに入れている中、私は胸毛ボーボーの外タレの切り抜きを入れてうっとりしているという、明らかにイってる子どもでした。

 将来、外国に渡り外国人と結婚するためにいかなる努力も惜しまず、小学生のうちから英語の塾に通い、高校を卒業する頃には日常会話には困らないほどに……。

 しかし、その頃には外国人男子への情熱より美術に対する情熱が勝ってしまい、急激に進路変更して美術系大学に進学。そして普通に日本人男子と恋愛し、結婚、離婚、そして事実婚をして幸せに暮らしていました。

 

1-2_700

 

 事実婚が破綻した時、それまで気づかなかった彼の異常なまでの、何だかもう笑っちゃうようなマザコンぶりにゲンナリして、日本人男子はもうコリゴリ! 精神的にも経済的にも自立している外国人男性ステキ! と思うようになりました。

 私の知っている限りでは、ヨーロッパは自立の国。フランスでは、赤ちゃんが生まれると同時にその子の部屋が与えられます。日本人のように「川の字になって寝る」ということをしませんし、一部の日本人男性のように、いい歳して実家暮らしなんてことはほぼないのです。

 それともうひとつ。彼と仲が良かった頃、何気なく言われた“ある事”が心にひっかかっていたのです。まだまだ外に出て、漫画やいろいろなことを勉強したいという私の希望を話すと「僕の奥さんなんだから」「僕の母が良い思いしないから」と否定された事。

 私にはその考えが全く理解できず、向上心をへし折られ、結婚するということは相手と相手の家の奴隷のようなものになるってことなのか!? と、絶望に似た気持ちが芽生え……。海外では結婚していても単身語学留学などで外国に渡ったり、個人の自由が尊重されると耳にしたことのある私は、日本で結婚って無理かも、と思い始めたのでした。

 それからほどなくして彼から一方的に内縁関係を解消され、彼と彼の両親(いわゆる毒親)からひどい仕打ちを受け、私は完全に彼が、日本人男性が怖くなり、そして悲しい思いを早く忘れたくて「自立している外国人男子」と求めるようになり、外専女子デビュー! となりました。

 そんな時、たった1人、私の理想の条件を軽く超えている外国人男性が私のすぐ近くにいたのです。運命の相手はすぐそこにいたのでした!

 次回、全貌が明らかに!!

 

(隔週火曜日・次回は4月10日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

外国人男性とのセックス、9割の女子が「興味アリ」!? 6カ国の男とヤッた体験話します!

6カ国8人と付き合った「外国人専門女子」の私

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 「外国人男性と恋愛・セックスの経験はありますか?」

――日本女性にこんな質問をしたら、おそらく90%以上の女性が「ない」と答え、そのうちの99%が、その大小こそあれ「興味あり」と答えるでしょう。

 その根拠は? 私の経験上です!

 外国人男性を恋愛の対象とする外国人専門女子、略して「外専女子」として活動し、同じ外専女子の方とたくさん交流した結果、この数字が叩き出されました。とにかくみんな興味津々なんですね。この連載ではそんな外国人とのアレやコレをむっちりご紹介していきます。

 私が付き合った外国人は約6カ国(※)、8人
(※約、というのは日本で言う「ハーフ」の方が含まれるから)

 なーんだ、少ないじゃない、と思った方もいらっしゃると思いますが、私は欧州人の均整のとれた美しい顔が好きなのと、本気の恋愛がしたかったのでかなり厳選したのです!

 私の「外国人男性好き」が始まったのは小学生の時。テレビCMで見たBon JoviのJon Bon Joviが私の生まれて初めてのアイドルになったのでした。ジャニーズなどの日本人アイドルには目もくれず、外タレまっしぐら! 同級生は光GENJIの推しメンバーの切り抜きを下敷きに入れている中、私は胸毛ボーボーの外タレの切り抜きを入れてうっとりしているという、明らかにイってる子どもでした。

 将来、外国に渡り外国人と結婚するためにいかなる努力も惜しまず、小学生のうちから英語の塾に通い、高校を卒業する頃には日常会話には困らないほどに……。

 しかし、その頃には外国人男子への情熱より美術に対する情熱が勝ってしまい、急激に進路変更して美術系大学に進学。そして普通に日本人男子と恋愛し、結婚、離婚、そして事実婚をして幸せに暮らしていました。

 

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 事実婚が破綻した時、それまで気づかなかった彼の異常なまでの、何だかもう笑っちゃうようなマザコンぶりにゲンナリして、日本人男子はもうコリゴリ! 精神的にも経済的にも自立している外国人男性ステキ! と思うようになりました。

 私の知っている限りでは、ヨーロッパは自立の国。フランスでは、赤ちゃんが生まれると同時にその子の部屋が与えられます。日本人のように「川の字になって寝る」ということをしませんし、一部の日本人男性のように、いい歳して実家暮らしなんてことはほぼないのです。

 それともうひとつ。彼と仲が良かった頃、何気なく言われた“ある事”が心にひっかかっていたのです。まだまだ外に出て、漫画やいろいろなことを勉強したいという私の希望を話すと「僕の奥さんなんだから」「僕の母が良い思いしないから」と否定された事。

 私にはその考えが全く理解できず、向上心をへし折られ、結婚するということは相手と相手の家の奴隷のようなものになるってことなのか!? と、絶望に似た気持ちが芽生え……。海外では結婚していても単身語学留学などで外国に渡ったり、個人の自由が尊重されると耳にしたことのある私は、日本で結婚って無理かも、と思い始めたのでした。

 それからほどなくして彼から一方的に内縁関係を解消され、彼と彼の両親(いわゆる毒親)からひどい仕打ちを受け、私は完全に彼が、日本人男性が怖くなり、そして悲しい思いを早く忘れたくて「自立している外国人男子」と求めるようになり、外専女子デビュー! となりました。

 そんな時、たった1人、私の理想の条件を軽く超えている外国人男性が私のすぐ近くにいたのです。運命の相手はすぐそこにいたのでした!

 次回、全貌が明らかに!!

 

(隔週火曜日・次回は4月10日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

【モンペと呼ばないで!】保育士から「お漏らしが多い」と注意された娘……その原因に怒り爆発

保育園、幼稚園、小学校、おけいこ事の教室などでは、日々子どもの保護者と施設側の間でトラブルが発生している。ほんの些細なことでも、自分のこと以上に気になってしまうのが親心というものなのか。わが子のことを思ってとクレームを入れるママもいれば、モンペと呼ばれることを恐れて我慢するママも。そんなトラブル事例とママの葛藤をつづる。

 入園や進級で子どもをめぐる環境が変わる春。時間に余裕のある専業主婦と違い、保育園に子どもを通わせているワーママにとっては、入園準備はなるべく簡単に済ませたいというのが本音だろう。都内で3歳になる女児の育児をしている30代の和子さん(仮名)は、0~2歳まで小規模型保育所に子どもを通わせ、満3歳になる年に別の保育園へ転園させた。和子さんは、小規模の映像制作会社に勤務している。ケーブルテレビの番組編集から、幼稚園のお遊戯会を撮影し、手作業でDVDにするなど、作業は多岐にわたる。大学の同級生だった夫も同業者のため、繁忙期が重なり、夫婦ともに仕事と育児で徹夜が続くこともあるそうだ。そのため、なるべく簡素な準備で済む保育園を選び、子どもの持ち物に関しては無関心だったという。

「お漏らしが多い」と濡れたシーツを渡され……

 転園した園は、3~5歳が同じ部屋で過ごす縦割り保育。“午睡”と呼ばれる昼寝で使うシーツは、前の保育所でも使っていたものを持たせていた。週1回だけの洗濯ではシミなどが取れず、汚れたままのシーツだった。そんな中、家ではおむつが取れていた娘が、午睡中にお漏らしを繰り返すように。最初は、新しい環境で緊張をしているためだと思っていたが、保育士から濡れたシーツをビニール袋に入れて渡された際に「お漏らしの回数が多いので、シーツの予備をご用意してください」と言われたのが気になったという。

「うちの子は家ではトイレトレーニングもうまくいっていて、おまるで成功していたので、そんなにお漏らしをすることなんて絶対にないと伝えました。しかし、園は『通常よりもトイレの感覚が短く、お漏らしが多い』の一点張りだったんです」

 ある時、娘が体調不良のために園から呼び出しがあり、午睡の最中に迎えに行った。普段は仕舞われているために見ることがなかった子どもたちのシーツは、はやりのアニメ柄や、キャラクター物など新しいものばかり。

 和子さんは保育園で使うものは、使い古しのものでよいと思っていたが、午睡の時に上の学年の子から「シーツが汚れている」と娘がからかわれていたのだ。

「午睡の時に娘は、布団に隠れるように寝てしまい、『トイレに行きたい』と先生に伝えられなくて、お漏らしをしてしまうようになったんです」と振り返る。「娘を小児科に連れていったら、膀胱炎になりかけていました。まだ言い返せるような年齢ではないのに、持ち物でからかわれるなんて……」。

 このことを機に、園に「はやりのキャラ物を控えることができないか。娘は被害者なんです」と園長に訴えたが、「全面禁止は難しい」という回答しか得られず、納得がいかないという。

「うちは、子どものものが売っている店に、営業時間中に行くことができないくらい忙しいんです。ネットも受け取れるのが休みの日だけだし。『すぐに新しい物を準備しろ』って言われても、できません。園から誠意のある対応がなかったので、休園するか迷っています」

 園児同士のトラブルを防ぐために、キャラ物が全面禁止されている園もある。保護者が布地屋に行き、自作のシーツカバーや、コップ袋などを用意しなければならない場合もあり、ワーママにとっては時間的負担も大きい。そのような自作グッズ代行業者も多数存在するが、保育園の入園シーズンともなると、どこも予約でいっぱいとなりキャンセル待ちという。4月から0歳児を保育園に通わせる予定の美千代さん(仮名)も、食事用エプロンから汚れ物入れまで自作しなければならず、さらにタオルなどの持ち物全てに名前を縫い付ける作業もあるなど、「負担が多い」と嘆いている。裁縫が苦手なために、最近は徹夜続きだという。

「入園前から園に文句を言うと、入園が取り消されそうで怖くて何も言えないんです。『キャラものはNGなので自作してください』と園からも言われたのですが、そんな時間がないから幼稚園ではなく保育園に預けているのに」

 ワーママの中には、独自といえる“園ルール”を疑問に感じても、“退園”やママ友からの孤立を恐れて、異議を唱えるのを思い留まってしまうケースも多い。

「丁寧な言い方で面倒なことを頼む親」に嘆く保育士

 最近は、子ども向けのユーチューバーの登場で、動画に夢中となる幼児が絶えず“スマホ育児”と呼ばれるほど。スマホのブルーライトも影響しているのか、深夜まで寝ない幼児が増えているという話を耳にする。子どもが寝なければ、十分な睡眠や自分の時間の確保もままならないワーママ。そのしわよせともいえるのが保育園で、親が「午睡をやめて体を動かすようにしてほしい」と頼んでくるケースもあるという。

 都内の保育園で保育士をしている加奈さん(仮名)は、3歳児クラスを担当している。3歳ともなると体力も付いてきて、なかなか早い時間には寝なくなっていく。「子どもの引渡しの際、『今日は公園で鬼ごっこをしたので、体をたくさん動かしたから早く寝ると思います』と伝えたのですが、『本当に、外遊びしたのですか? 全然寝なかったです』とすごい剣幕で言ってくる親もいました」という。加奈さんいわく「なんでも保育園頼みの親は、帰宅後も“スマホ育児”になっているケースが多いみたいです」。

 彼女が務めている園では、情操教育として外国人講師による英会話やリトミックを取り入れている。

「あるママは『情操教育の時間が増えると体を動かす機会が減るので、レッスンを減らして子どもをもっと遊ばせてください』と言うんです。でも、『お稽古ごとに通わせる時間がないので、レッスンをもっと増やしてください』っていうママもいて、板挟みになっています」

 ワーママの中には、講師都合でレッスンが休講になると「どこか別の日に見てもらえますか?」と聞いてくるツワモノもいるそうだ。最近は、「外遊び」や「情操教育」も内容ではなく、「回数」の増減で親からのクレームが入る傾向があるという。

 加奈さんは「今は、強烈なモンペというよりも、丁寧な言い方で面倒なことを頼む親が増えている気がします。子どもが寝ないケースも、『家で寝かしつけをしてください』というと『昼間保育園でもっと遊ばせてください』って言うんです。なかなか寝付けないのは、スマホ育児をしている親のせいなのに」とため息を吐く。

 保育園と親の育児の境目がわからなくなってきている現代、こうしたトラブルはさらに加速していくのかもしれない。
(池守りぜね)

【モンペと呼ばないで!】保育士から「お漏らしが多い」と注意された娘……その原因に怒り爆発

保育園、幼稚園、小学校、おけいこ事の教室などでは、日々子どもの保護者と施設側の間でトラブルが発生している。ほんの些細なことでも、自分のこと以上に気になってしまうのが親心というものなのか。わが子のことを思ってとクレームを入れるママもいれば、モンペと呼ばれることを恐れて我慢するママも。そんなトラブル事例とママの葛藤をつづる。

 入園や進級で子どもをめぐる環境が変わる春。時間に余裕のある専業主婦と違い、保育園に子どもを通わせているワーママにとっては、入園準備はなるべく簡単に済ませたいというのが本音だろう。都内で3歳になる女児の育児をしている30代の和子さん(仮名)は、0~2歳まで小規模型保育所に子どもを通わせ、満3歳になる年に別の保育園へ転園させた。和子さんは、小規模の映像制作会社に勤務している。ケーブルテレビの番組編集から、幼稚園のお遊戯会を撮影し、手作業でDVDにするなど、作業は多岐にわたる。大学の同級生だった夫も同業者のため、繁忙期が重なり、夫婦ともに仕事と育児で徹夜が続くこともあるそうだ。そのため、なるべく簡素な準備で済む保育園を選び、子どもの持ち物に関しては無関心だったという。

「お漏らしが多い」と濡れたシーツを渡され……

 転園した園は、3~5歳が同じ部屋で過ごす縦割り保育。“午睡”と呼ばれる昼寝で使うシーツは、前の保育所でも使っていたものを持たせていた。週1回だけの洗濯ではシミなどが取れず、汚れたままのシーツだった。そんな中、家ではおむつが取れていた娘が、午睡中にお漏らしを繰り返すように。最初は、新しい環境で緊張をしているためだと思っていたが、保育士から濡れたシーツをビニール袋に入れて渡された際に「お漏らしの回数が多いので、シーツの予備をご用意してください」と言われたのが気になったという。

「うちの子は家ではトイレトレーニングもうまくいっていて、おまるで成功していたので、そんなにお漏らしをすることなんて絶対にないと伝えました。しかし、園は『通常よりもトイレの感覚が短く、お漏らしが多い』の一点張りだったんです」

 ある時、娘が体調不良のために園から呼び出しがあり、午睡の最中に迎えに行った。普段は仕舞われているために見ることがなかった子どもたちのシーツは、はやりのアニメ柄や、キャラクター物など新しいものばかり。

 和子さんは保育園で使うものは、使い古しのものでよいと思っていたが、午睡の時に上の学年の子から「シーツが汚れている」と娘がからかわれていたのだ。

「午睡の時に娘は、布団に隠れるように寝てしまい、『トイレに行きたい』と先生に伝えられなくて、お漏らしをしてしまうようになったんです」と振り返る。「娘を小児科に連れていったら、膀胱炎になりかけていました。まだ言い返せるような年齢ではないのに、持ち物でからかわれるなんて……」。

 このことを機に、園に「はやりのキャラ物を控えることができないか。娘は被害者なんです」と園長に訴えたが、「全面禁止は難しい」という回答しか得られず、納得がいかないという。

「うちは、子どものものが売っている店に、営業時間中に行くことができないくらい忙しいんです。ネットも受け取れるのが休みの日だけだし。『すぐに新しい物を準備しろ』って言われても、できません。園から誠意のある対応がなかったので、休園するか迷っています」

 園児同士のトラブルを防ぐために、キャラ物が全面禁止されている園もある。保護者が布地屋に行き、自作のシーツカバーや、コップ袋などを用意しなければならない場合もあり、ワーママにとっては時間的負担も大きい。そのような自作グッズ代行業者も多数存在するが、保育園の入園シーズンともなると、どこも予約でいっぱいとなりキャンセル待ちという。4月から0歳児を保育園に通わせる予定の美千代さん(仮名)も、食事用エプロンから汚れ物入れまで自作しなければならず、さらにタオルなどの持ち物全てに名前を縫い付ける作業もあるなど、「負担が多い」と嘆いている。裁縫が苦手なために、最近は徹夜続きだという。

「入園前から園に文句を言うと、入園が取り消されそうで怖くて何も言えないんです。『キャラものはNGなので自作してください』と園からも言われたのですが、そんな時間がないから幼稚園ではなく保育園に預けているのに」

 ワーママの中には、独自といえる“園ルール”を疑問に感じても、“退園”やママ友からの孤立を恐れて、異議を唱えるのを思い留まってしまうケースも多い。

「丁寧な言い方で面倒なことを頼む親」に嘆く保育士

 最近は、子ども向けのユーチューバーの登場で、動画に夢中となる幼児が絶えず“スマホ育児”と呼ばれるほど。スマホのブルーライトも影響しているのか、深夜まで寝ない幼児が増えているという話を耳にする。子どもが寝なければ、十分な睡眠や自分の時間の確保もままならないワーママ。そのしわよせともいえるのが保育園で、親が「午睡をやめて体を動かすようにしてほしい」と頼んでくるケースもあるという。

 都内の保育園で保育士をしている加奈さん(仮名)は、3歳児クラスを担当している。3歳ともなると体力も付いてきて、なかなか早い時間には寝なくなっていく。「子どもの引渡しの際、『今日は公園で鬼ごっこをしたので、体をたくさん動かしたから早く寝ると思います』と伝えたのですが、『本当に、外遊びしたのですか? 全然寝なかったです』とすごい剣幕で言ってくる親もいました」という。加奈さんいわく「なんでも保育園頼みの親は、帰宅後も“スマホ育児”になっているケースが多いみたいです」。

 彼女が務めている園では、情操教育として外国人講師による英会話やリトミックを取り入れている。

「あるママは『情操教育の時間が増えると体を動かす機会が減るので、レッスンを減らして子どもをもっと遊ばせてください』と言うんです。でも、『お稽古ごとに通わせる時間がないので、レッスンをもっと増やしてください』っていうママもいて、板挟みになっています」

 ワーママの中には、講師都合でレッスンが休講になると「どこか別の日に見てもらえますか?」と聞いてくるツワモノもいるそうだ。最近は、「外遊び」や「情操教育」も内容ではなく、「回数」の増減で親からのクレームが入る傾向があるという。

 加奈さんは「今は、強烈なモンペというよりも、丁寧な言い方で面倒なことを頼む親が増えている気がします。子どもが寝ないケースも、『家で寝かしつけをしてください』というと『昼間保育園でもっと遊ばせてください』って言うんです。なかなか寝付けないのは、スマホ育児をしている親のせいなのに」とため息を吐く。

 保育園と親の育児の境目がわからなくなってきている現代、こうしたトラブルはさらに加速していくのかもしれない。
(池守りぜね)

不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」

 独身女性が既婚男性とつきあっている場合、関係が長くなるにつれ、女性は自身の結婚や出産への選択肢が狭まっていくことを実感していく。そして言葉は悪いが、彼への愛情と天秤にかけるのだ。自分の幸せを追求していくのは人間の常だから、それは当然のことだと思う。だが、実際にはそこで不倫の関係を清算し、新たな道に向かうのは至難の業でもある。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望
(第3回:「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意

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 「彼がすべて」の日々を送った

 リサコさん(45歳)は、都内でとある企業の契約社員として働いている。1年ごとに契約が見直されるので、毎年、更改時期になると戦々恐々としているとか。

「大学卒業が1996年で、バブル崩壊の煽りを受けて就職がとても厳しかったんです。今だから白状しますが、私は父のコネでなんとか有名企業に就職できました。そこで出会ったのが、不倫相手となるTだったので、今思えば、無理して有名企業に入らなくてもよかったんじゃないかと後悔がありますね」

 彼女がいる部署に、T氏が課長として異動してきたのが2年後。当時35歳だったT氏はすでに家庭をもっていたが、女性社員たちに人気があった。人当たりがよくて社交的で、男女の差別なく適性を見て仕事を割り振るので、女性たちのやる気が促進されたという。

「私も彼に引き立ててもらって、仕事が楽しくてたまらなくなりました。若手女性だけでチームを組んでプロジェクトを立ち上げたりして。そこで課長とも、ぐっと親しくなったんです。仕事の場でも飲み会などでも、家庭の匂いを漂わせることがほとんどなかったので、私は個人的にひとりの“男”として見るようになっていきました。それがよくないことだとわかったのは、すでに関係を持ってからでしたね」

 関係を迫ったのはリサコさんからだという。学生時代からつきあっていた彼にフラれ、落ち込んでいた時期があった。

「課長が『メシでも行くか』と誘ってくれて。私の様子がおかしいと思ったんでしょう、話を聞いてくれたんです。私は詳しくは話しませんでしたが、結婚を考えていた彼と別れたということは言いました。実際は、彼が私の友だちと関係をもって、彼女が妊娠、結婚することになったんですよ。当時は本当につらくてたまらなかった。課長と2人でもう1軒もう1軒とはしごして、最後は『帰りたくない』と泣いたんです。課長は朝まで付き合うと言ってくれました。私から抱きついてラブホテルに連れ込んだような形でしたね」

 恋人にフラれたのはつらかったが、実際には当時、彼女の心はT課長に移りつつあった。友だちに裏切られたのはショックだったにしても、恋人を失ったことについては、それほどの痛手はなかったかもしれないと、リサコさんはつぶやく。

「ふたりきりになれば、課長と部下といえども男と女。結局、課長も私を拒みきることはできなくて関係を持ったんです。私はそれまで恋人とは感じたことのなかった快感を覚え、課長も『実は僕もきみのことが好きだった。だけどこういう関係になってはいけないと思っていた』と白状してくれました。身も心も相性がよかったんですよね」

 離れられなくなる予感はあった。そこから、2人の関係が始まっていく。彼女はひとり暮らしを始め、彼は3日にあげずやって来た。

 当初は、寝ても覚めても彼のことしか考えられなかったと、リサコさんは振り返る。

「一時期は、会社で彼がほかの女性と話しているのを見るだけで、胸が苦しくなって。どれだけ好きになったらいいんだろう、“好き”という気持ちに限界はあるんだろうか、いろいろ考えました。だけど彼と関係を続けるためには、とにかく私が仕事を頑張らないといけない。そういう結論に達したので、仕事にのめり込みました」

 仕事で頑張れば頑張るほど、課長との距離も近くなる。そう思っていたリサコさんだが、3年後、課長が東京近郊の支社に転勤となった。

「栄転だったんです。だけど、私は心にぽっかり穴があいてしまった。課長も『同じ会社なんだから、リサコのやることは見える。がんばれ』と言ってくれたけど。次に来た課長と折り合いが悪かったこともあって、30歳になったとき転職しました。もちろん、T課長にもいろいろ相談して。会社が変わってもふたりの関係は変わらないと言ってもらえてうれしかったです」

 しかし、次の会社でも彼女は「やりがい」を取り戻すことができなかった。3年で退職、それからは契約社員として仕事をするようになった。

 それでも彼が言った通り、2人の関係は変わらなかった。

「私が揺れたのは35歳を迎えようとするときですね。契約社員でも、その頃はまだ契約更新されるかどうかわからないという状況ではなかったので、仕事は楽しくやっていました。収入もそこそこでしたし。ただ、ふと周りを見渡すと、友だちはほとんど結婚していて、子どももいる。あれ、私、社会に出てから何をしてきたんだろうと恐怖感を覚えたのを思い出します。正社員でもないし、形として見える家族も築いていない。足元がぐらぐらするような感じがありました。この先の人生が怖い。そう思ったけど、彼にはそんなことは言えなかった」

 転勤になっても、彼は足繁くリサコさんの部屋に来てくれた。外で食事をしたり、ときには映画を見に行くこともあった。当時、彼は40代後半に差し掛かっていたところ。思春期の子が2人いたが、ほとんど家庭のことは話さなかった。

「あとから聞くと、子どもが受験だったとか、今年は家族中でインフルエンザにかかったとか、そんなことをつぶやくこともありました。でも私の前ではあまり家庭で何があったという話はしなかった。特に奥さんのことは。その頃で、すでに10年付き合っていたわけですけど、奥さんがどういう人かはまったくわかりませんでしたね」

 それでもときおり、家庭の影がちらつくことはある。10年という時を経て、リサコさんは自分自身が「家庭を持てない境遇」に飛び込んでしまったことが実感されるたび、彼の奥さんが多少なりとも気になっていたという。

「私が結婚や出産を意識すれば、当然、彼の家庭も気になるわけで……。彼の奥さんは、彼が10年にも及ぶ不倫をしていることを知っているのか。知っているはずはない。知ったらどうなるんだろう。そんなことも漠然と考えていました」

 ただ、自分には「どうしても家庭を持ちたい」という意欲がなかったとリサコさんは言う。それは彼がいたせいかどうか、今となってはわからない。ただ、仕事と彼が直接、密接に関与していた20代と違って、30代で転職してからはどこか「もやもやと割り切れない感じ」を抱えていたようだ。

「この人生をどこかで変えないといけないかもしれないと思いながら、彼との関係は続いていたし、仕事もそれほど窮地に陥っていたわけではないので、なんとなく、全てがずるずると来てしまったんですよね。40歳になったとき、出産はあきらめようと決めました。決めたとたんに、いや、今からでも間に合うかもしれないと思い直して、結婚相談所に入会したり学生時代の仲良しにダンナさんの友人を紹介してもらったりしたんです。でも、ほかの男性に会うたびに、『私にはやっぱりTさんしかいない』と、かえって彼のよさばかりが見えてしまう。このまま彼といけるところまでいけばいいんだ、彼以上の男性はいないと思えたのは43歳の頃でしたね」

 半年ほど前のある日の夜、携帯電話に知らない固定電話の番号から電話がかかってきた。出てみると、「Tの妻です」という女性の声。

「思わず黙り込んでしまうと、女性は『もしもし。リサコさんでしょ』と。今、あなたの家のすぐ近くにいるんだけどと言われ、窓の下を見ると女性がこちらを見ながら立っていました。逃げも隠れもできません。仕方く出て行って、近くの喫茶店で会いました」

 心の準備ができていなかった。T氏の妻はリサコさんと同世代だろうか、落ち着いた感じのきれいな人だった。

「どうしてこんなきれいな奥さんがいるのに、私と付き合っているんだろう。まず思ったのはそのことでした」

 妻は終始、冷静だったが、それが逆にリサコさんを追いつめた。

「ヒステリックに騒ぎ立ててくれれば対処のしようがあるんだけど、冷静に理詰めでくるんですよ。いつから付き合っているのか、最初から既婚だと知っていたのか、いけないことだと思わなかったのか……。全てを知っていて、確認をとるような口調でしたね。これはウソをついても意味がないと思ったんですが、いつから付き合っているかという質問に対しては、さすがに1年くらいと言いました。彼女はにやりと口の端を上げるように笑って、『へえ、そうですか……』って。怖かった。『私が知ってしまったからには、あなたに対して精神的な損害賠償を請求します』と言われました。あとで弁護士から話がいきますって。私はほとんど何も言えなかったんですが、奥さんに何か言いたいことはありますかと言われて、『すみません』とひと言だけ。奥さんは立ち上がって、『すみませんと思っているなら、最初からやらないほうがよかったですね』って。冷たい言い方でした。当然ですけど」

 妻が出て行った喫茶店で、彼女はしばらく呆然と座り込んでいた。ようやく立ち上がって店を出ようとしたとき、支払いが済んでいることを店員から伝えられた。自分の夫と関係をもった女の分まで支払う妻の心理を考えて、彼女はいても立ってもいらなくなったという。

「家までとぼとぼ歩いて帰る途中、彼から連絡が来ました。彼はまったく知らなかったんでしょうね。『今日は何かあった?』なんて、いつものメッセージ。なんていうのかなあ、悔しいとか悲しいとか、そういう感情ではなく、今まで感じたことのない『消えてなくなりたい気分』が押し寄せてきました。彼に言うのをやめようかとも思ったんですが、ノーテンキにしている彼にも腹が立ってきて、一部始終を伝えたんです。彼はそれから帰宅するはずだったのに飛んで来てくれました」

 彼の愛はまだ失ってはいない。そこで彼が帰宅するのか自分のほうに来てくれるのかは、リサコさんの立場では重要だ。彼の気持ちが自分にあるなら、貯金など失ってもいいと彼女は思った。

「ところが逆に考えれば、奥さんにとって、それがいちばん腹が立つことですよね。どうやら携帯にGPSがつけられていたようで、彼がその日、私のところに泊まったのがバレたんです」

 翌日夜、彼から公衆電話で電話がかかってきた。妻に携帯を壊された、と。明日、新たに買うから前の携帯には連絡しないようにということだった。

「それから不穏な状態が続いていたんですが、ついに彼の奥さんが自殺を図ってしまったんです。手首をちょっと切っただけらしいので、私は狂言自殺だと思ったけど、彼は自分が妻をそこまで追い込んだと取り乱して。1カ月ほどたったとき、彼が私の前で土下座しました。『もう無理だ』って。奥さんのご両親にも自分の親にも責められたようで、すっかりやつれた彼を見たらもう何も言えなかった。私としてはせめて、それでもほとぼりが冷めたら会えるようにするからという言葉がほしかったけど、彼はもう『オレが死んだと思ってほしい。今もリサコを好きだけど、オレはもう誰も愛さない』と泣いていました。今思えば、彼の一世一代の芝居だったかもしれませんけど、それに私も乗るしかなかったんですよね」

 急に1人になった。仕事の方も会社の業績悪化が原因で、契約社員が切られるというウワサも流れた。ここ数年、毎年誰かが切られているのだ。それが自分であってもおかしくないとリサコさんは感じた。

「さらにTさんの奥さんの弁護士からは100万円で示談にという話も来ました。今、100万円は厳しい。困り果てて、別れたTさんに相談しました。結局、彼が私に100万円くれて、それを払うことに。私も精神的な損害賠償を請求したいくらいですけど、もちろんそれは成立しない。夫の浮気を知ってしまった妻も、20年にわたる関係をぶったぎられた私も、精神的な傷という意味では変わりないような気がするんですけどね」

 正妻であれば訴えることができて、いわゆる愛人関係には何の保証もない。もちろん悪いのは自分だが、「恋愛は1人では成立しない」とリサコさんは言う。それも、またもっともな話である。

 40代半ばになって、リサコさんは不惑どころか戸惑いの連続だ。

「足元がぐらぐらどころか、もはや自分の存在意義さえ見いだせません」

 生きてさえいればいいことがあるよ、と軽々しくは言えない雰囲気が彼女にはあった。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

中学受験は母を狂わせる!? 「名簿にいない子が入学式にやって来る」騒動はなぜ起こるのか?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験は“親子の受験”とも呼ばれているが、現実的には “母子の受験”という要素が強い。中学入試は難関校になればなるほど、驚くほどの高難度な問題が出題されるため、普通に公立小学校の授業を受けているだけでは、とても太刀打ちできないことが多い。それゆえ、中学受験を志望する小学生は新4年生になるタイミングで専門塾に通塾し、丸3年をかけて受験対策をしていくことが一般的な世界なのだ。当然、子どもは11歳前後であるから、まだまだ親(主に母)の手助けが必要になる。

 その手助けとは以下のようなものに代表される。

 塾の送り迎えや自宅学習の時間管理、塾に持って行くお弁当作り、模試の付き添い、大量のプリント管理、学校説明会への参加、成績の分析、人によっては我が子に勉強を教える……などなど。

 やるべきことが多岐に渡るので、母の頭の中は“中学受験”で覆われがちだ。

誰かが“入学辞退”の電話を――

 これだけでも大変なことなのだが、さらに母を悩ます“ヒエラルキー問題”が出てくる。中学入試には、塾がランキングした偏差値というものがあり、母たちは偏差値が高ければ高いほど、“難関大学合格実績が良い人気の中学”という意識に囚われやすく、簡単に洗脳される。つまり、偏差値が1ポイントでも高い学校が良いと思い込み、子どもの偏差値が1ポイントでも落ちると「もうダメだ!」と心配し、嘆き悲しむ人が続出するのである。

 受験とは非情な世界だが、中学受験もご多分に漏れず、全員が同じように勉強しているため、思うように成績は伸びず、気を抜けば、すぐに落ちる。塾によっては、成績でクラスは元より席順までもが明確に決められる。そんな環境だけに、子どもよりも母の方が成績に一喜一憂してしまうのだ。

 しかも入試には定員がある。極端な話、隣の子よりも1点でも高い得点を取らなければ“合格”という切符はもらえないのである。母たちは否応なく、このことを意識しながら、年端もいかない我が子を、時にはなだめ、時には励まし、時には叱り、時には褒めということを繰り返し、受験本番まで持っていくわけで、その苦労は、自分自身の受験とは比べ物にならないほど、楽ではないことが普通なのだ。

 という前提があることをご理解いただいた上で、こんな話をしてみたい。

 先日、筆者は私立中高一貫校の先生方が大勢集まる席にいたが、その懇親会の席上、今年もこういう話が出た。

「入学式に名簿に載っていない子が来て、慌てた」と。

 つまり、考えられるのは、こういうことだ。同校に合格したA君の保護者に成りすました誰かが、学校に“入学辞退”という電話をかけて、合格を取り消した。先生方によると、こういったケースは「もちろん多くはないが、なくはない」といい、学校側も防衛策に乗り出している。“入学辞退”の電話は必ず、学校からかけ直して、本当にそのご家庭の“意思”なのかを確認しているのだそうだ。

 他人の合格を取り消そうとするまでの親の執念……それは、私の取材によると、主に2つの要因で生まれている。

 1つは、“妬み”という歪んだ感情。他人の幸せが許せないという気持ちに覆われた時に、人は時にとんでもない行動に出てしまうのだろう。もう1つは「どうしても子どもを合格させたい!」という気持ち。繰り上げ合格を願うあまりの行動というわけだ。

合格したのに「負けた」と呟いたワケ

 入試説明会の会場でも、“ちょっとしたこと”は頻繁に起こる。そんな例をご紹介しよう。

 学校によっては、ご親切にも入試問題の傾向と対策を教えてくれるところもあるのだが、それは大抵、学校説明会の席上で伝えられる。ある学校は、とりわけ親切で、わざわざ「この分野を出題する」というプリントを配布していた。某小学校の同じクラス、同じ塾の6年生仲良し3人組のママたちも、その学校説明会に一緒に参加しようとしていたが、1人が所用で行けなくなったため、 「学校パンフレットと願書を自分の分も取ってきてほしい」と参加するママ2人にお願いしたという。

 当然、参加した2人のママは快諾し、不参加だったママのために「学校パンフレットと願書」をもらって無事に渡してあげていた。ただし、その“何を出題するか”を書かれたプリントを除いて。2人のママには、“頼まれたもの”は“滞りなくお渡し”したのだから、何の問題もないという論理が働いているのだろうが、このエピソードは、“母たちの心を時として、黒く染め上げてしまう”という中学受験の一面を知ることができるのではないだろうか。

 もう1つ、こんな話を聞いたことがある。同じ小学校で同じクラスの女の子2人組がいた。仮に愛ちゃんと紗季ちゃんということにしておこう。2人とも中学受験生である。特に子ども同士は仲が良くも悪くもなかったのだが、愛ちゃんママは紗季ちゃんママへの対抗心が湧き出てしまい、どうしようもない気持ちに襲われていたという。娘である愛ちゃんを使って「紗季ちゃんの偏差値」「志望校」「勉強方法」を探らせては一喜一憂していたのだ。

 やがて紗季ちゃんがF女学院を熱望校にしている情報をつかんだ愛ちゃんママは、共学志望だった愛ちゃんを、F女学院志望とするように誘導。そして、紗季ちゃんママと会うたびに、こんなことを言うようになったという。

「知ってる? 今、F女学院って内部で問題が多いらしくて評判が悪いみたい」
「今年はF女学院の倍率が高くなるって……」

 また、紗季ちゃんママの「あら、愛ちゃんもF女学院志望なの?」という問いかけに、

「とんでもない! ウチは紗季ちゃんのように頭良くないから~! 無理無理!!」

と答えるなど、紗季ちゃんママを油断させるようにも仕向けていったそうだ。

 そして、6年生の冬。入試が終わった合格発表の会場には、勝ち誇る愛ちゃんママの姿があった。校名入りの封筒を持って無邪気に喜ぶ愛ちゃんの元に、手ぶらの紗季ちゃんが駆け寄り、

「愛ちゃん! すごいよ!! 私はダメだったけど、愛ちゃん、おめでとう!!」

と。そして、傍に来た紗季ちゃんママが愛ちゃんママにこう語りかけたらしい。

「おめでとう! 良かったね」

 そのまま、2人が校門に向かって去っていく様を見ながら、愛ちゃんママは、人の幸せを喜べる紗季ちゃん母娘に対して、「負けたなぁ……」と呟いたそうだ。

 中学受験は“母と子の受験”。それは時として、残酷なまでに己の“黒い思い”を鏡のようにして、自分自身にも見せてしまう。そんな“黒い思い”が、中学受験終了後に霧のように晴れる人もいれば、子どもの大学受験に至るまで持ち続ける人もいる。

 我が子の“受験”というものは母にとっては、自分自身の生き様やら本当の人柄が如実に出てしまう、ある意味、とても怖い物なのだ。
(鳥居りんこ)

「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意

 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。W不倫の女性にとっては、案外、合理的な関係ではないかと思う半面、独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちにどうやって折り合いをつけているのかが気になる。長期不倫の女たちの声を全7回で聞いていく。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望

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 既婚女性の中には不倫相手の子を産んでしまう女性が少なからずいると、産婦人科医から聞いたことがある。リカさん(46歳)もその1人だ。

 29歳のとき、社内恋愛で同い年の男性と結婚。すぐ一男に恵まれた。仕事を続けながら、32歳で女の子を出産。

「大変だったけど夫と協力しながら育ててきました。部署は違うけど夫と同じ会社だったからお互いにスケジュール管理しやすかったですね」

 ときには両方の両親やきょうだいまで動員しての子育てだった。みんなで賑やかに育てたいというのがリカさんの思いだったから、夫や自分の友だちもよく家にやってきて、知らない間に子どもたちと仲良くなっていることもあったという。

「下の子が2歳のときですね、彼と知り合ったのは」

 その“彼”、ダイキさんは夫の学生時代の後輩で、就職してからいろいろな地域に転勤、当時、本社に戻ってきていた。

「『先輩、お久しぶりです』ってやって来たダイキを見たとき、知らない人なのになんだか懐かしいような気持ちになったんですよね。ダイキは私たちの結婚式のときも仕事で来られなかったんですが、夫が学生時代にかわいがっていた後輩だということは聞いていました。それにしても、あの懐かしい気持ちはなんだったのか……」

 あとから聞けば、ダイキさんも似たような気分になっていたのだという。

 何度も顔を合わせるうちに

 それからダイキさんは、たびたびリカさん宅を訪れるようになった。当時、リカさんが34歳、ダイキさんは30歳で独身だった。

「しばらくして、ダイキが結婚することになって。これからは家族ぐるみで付き合えるねって話していたんですが、結婚直前、ダイキに呼び出されたんです。折り入って相談がある、先輩には内緒にしてほしいって。ただごとではない感じがしたので、ダイキに会いに行きました」

 指定されたのはシティホテルの部屋。誰にも聞かれたくないからという理由だった。

「部屋に入ったら、いきなりダイキが抱きついてきたんです。それでも私は姉のような感覚で、『どうしたの、何があったの』と彼の髪を撫でていました。そこで彼が言ったのは、ずっと私のことが好きだった、と。このままでは結婚できない、一度だけ思いを遂げさせてほしい、このことは墓場まで持っていくからって、号泣するんです。普段だったら、何言ってるのよってかわすところですが、あのときのダイキは見ていられなかった。つい、気が緩んだんですよね……」

 ダイキさんの全身全霊を込めた告白に、リカさんの心が揺れた。一度だけという約束で、2人は抱き合った。

「ダイキの情熱があまりにすごかったのと、その日はおそらく妊娠しづらいということもあったんです。でも帰り際、なんだか嫌な予感がしました」

 ダイキさんの結婚式は無事終わったが、リカさんは結局、その1回で妊娠してしまった。夫ともたまにはしていたので、確実にダイキさんの子とは言い切れなかったものの、帰り際のあの体の感覚からすれば、「おそらくダイキの子」だと思ったそうだ。

 「産まないという選択肢はなかった。ダイキの子であっても育てたい。そう思っていました。もちろんダイキに言うつもりはありませんでした」

 リカさんに迷いはなかった。授かった命を無事に世の中に出したいと心から思った。

「3人目ができたと言ったら、夫は大喜び。ますますみんなの手を煩わせるかもしれないけどって、親やきょうだいたちに連絡していました」

 産まれた瞬間、確信した

 リカさんが妊娠したという話はダイキさんにも伝わった。ダイキさんは結婚後も、時々妻を伴ってリカさん宅に来ていたが、2人の関係が怪しまれるような言動は一切とらなかった。

「ただ、私が6カ月目に入ったくらいかな。遊びに来たダイキが、キッチンで料理をしていた私を手伝おうとそばに来て、『リカさん……あの』と言ったんです。私はあえて『ダイキのところも早く子どもができるといいね』と大きな声で言いました。ダイキは私を気遣うような目で見たけど、それきり何も言えなくなって。ひょっとしたら自分の子かもしれないと思っていたのかもしれませんね」
 月満ち足りて、リカさんは出産。産まれてすぐ子どもの顔を見た瞬間、ダイキさんの子だと確信したという。

「女の子だったんですが、目鼻立ちがダイキに生き写しで。でも、周りはみんな『おとうさんにそっくり』って。夫もデレデレになっていました。そのとき初めて、私がしたことは正しかったのか、と疑問を抱きましたね」

 ただ、不思議と夫への罪悪感はあまりなかった。

「夫個人への罪悪感ではなく、なんというのか、お天道様に申し訳ないというか」

 そんな古臭い言い方をリカさんはした。もっと大きな「何か」、もし神がいるのなら「神様、ごめんなさい」というような感覚らしい。しかしリカさんの倫理観でいえば、あのとき堕胎していたら、罪の意識はもっと大きかっただろう。

「産むと決めたのは自分ですから、こうなったら、それこそ墓場までもっていくしかない。私の子として大事に育てようと覚悟しました」

 その後、ダイキさんにも子どもが産まれた。リカさんの末っ子が3歳になったとき、彼女はまたダイキさんに呼び出された。ダイキさんが転勤になったのだ。

「このときは喫茶店で会いました。ダイキ一家とうちは親戚といってもいいくらいの付き合いで、家も近かったしダイキの奥さんもかわいい人で。もう2人きりの関係はあり得ないと思っていた。ところがダイキは、『リカさんのことが忘れられない。つらい』って。奥さんもいい人だし、日常に不満はないんだけど、私を思うと胸が締めつけられるんだ、と。そんなこと言われても困りますよね。だけどそこが私のダメなところで……」

 押しに弱いのか、その日もまた、リカさんはダイキさんとホテルへ行ってしまう。2人の関係が復活してしまったのだ。一夜限りのはずだったのに……。実はリカさん自身、ダイキさんのことが忘れられなかったことに、ようやく気づいたのだった。

 ダイキさんが転勤する直前、2人は関係を復活させた。そしてそれ以来、年に数回、会っていた。

「3年前、ダイキがまた東京に戻ってきて……。ダイキにも2人の子がいます。お互い40代でいい大人なのに、思い切れないでいる。あのとき、私が自分の気持ちを見て見ぬ振りをしていれば、ダイキとの二度目はなかった。そうすれば今もなかったはず。だけど、私自身、ダイキのことが好きだったんですよね。そこには蓋ができなかった」

 フウッと大きなため息をついて、リカさんは「他人にウソはつけても、自分の気持ちにだけはウソをつけないですね。それが、私のいけないところなんでしょうけど」と自嘲気味に言った。

 あの日から数えて、断続的ではあるが2人の関係は12年になった。リカさんの次女、ダイキさんとの子ももうじき中学生だ。

「ダイキは、うちの子をまんべんなくかわいがっていますが、次女を見る目はちょっと違うのかなあ。それは私の偏見かもしれませんが。彼とは次女のことはまったく話していません。どんなに聞いても私が決して明かさないことを、彼もわかっているんだと思う」

 月に一度の頻度で、リカさんはダイキさんとゆっくりホテルで過ごす。ラブホテルではなく、ごく普通のホテルを使い、リカさんだけ泊まっていくこともあるという。

「まれにですけどね。私、もともとホテル好きなんですよ。それを知っている夫が、『ストレスたまったら、ホテル暮らししてきていいよ』と言ってくれて。1泊ですけど、ホテルに泊まるとリフレッシュできる。そのとき、ダイキに忍び込んできてもらうという感じですね。ダブルの部屋をとるからホテルに悪いことはしていませんよ」

 食事はルームサービス、ほとんど外に出ずに2人だけの時間を楽しむ。そして次の週末、ダイキ一家がリカさん宅に遊びにくることも。

「不思議なんですよね。ダイキと2人でいると、今も恋愛感情がいっぱいなのに、ダイキが家族連れでうちに来ると、私はダイキを弟みたいに扱ってる。その切り替えが難しいと思ったことがないんです。自然に切り替えられている。2人で会うときのダイキと、うちに遊びに来るダイキは別だと、頭が認識しているのかもしれません」

 オンナは生まれついての女優である。状況に応じて自分を変え、ごく自然に振る舞うことができるのだ。

「この先? どうなるんでしょうね。よく“不倫”って、背徳感があるから余計に燃えるというでしょう? 私にはそういう感覚があまりないんです。ダイキのことが好き。だから会ってる。でも私の本分は、会社員であり子どもたちの母であり、夫にとっての妻である。それだけなんですよね。『本当はダイキと一緒になるのが運命だった』みたいなストーリーも私の中にはないし、もっとシンプルに捉えていますね。妙な“物語”を作ると、自分の中で処理しきれなくなると思っているのかもしれない。そもそも、これを“恋”と名づけていいかどうかもわからない。既婚者がそんなこと言うのはおこがましいんじゃないかという思いがあります」

 誰に対してもオープンで明るいリカさんだが、実は非常に冷静な目で自分を、周囲を、見つめているのだ。それでも「ダイキに会うことはやめられない。今は」と目力のこもった表情できっぱりと言った。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

広瀬すずはなぜ世間を「ザワつかせる」のか?――プロ筆跡鑑定人が指摘!

 CM、ドラマにと、テレビで見ない日はないというほど若手女優の中では圧倒的な存在感を示す、広瀬すず。しかし、現在放送されている広瀬主演の連続ドラマ『anone』(日本テレビ系)は、視聴率の面で苦戦している。また、過去にも無邪気な発言で、たびたびネットを騒がすポテンシャルの持ち主でもある。そんな広瀬の筆跡を、筆跡鑑定人で筆跡心理学に基づいた書籍『自分のイヤなところは直る! 〜名前を書くだけ〜』(東邦出版)の著者・牧野秀美氏に、読み解いてもらった。

■目立ちたがりでプレッシャーに強いものの、負けん気は薄め

――広瀬さん、「達筆」とは違いますが、癖のない読みやすい字ですね。

牧野秀美氏(以下、牧野) 広瀬さんもそうですが、最近の若手女優さんたちは、文字がきれいで感心します。「きれい」といっても「美しい」というのではなく、かしこまらず、軽いタッチで、読みやすい、というのでしょうか。服装で例えると、カジュアルだけど小ぎれいな普段着、のような文字が多いような気がします。

――古いですが、かつての酒井法子さんのかなり特徴的な丸文字を思うと、そんな、作った「かわいい」にしなくても、今の若手女優は「自然体のかわいい」で受け入れられる感があるのかもしれないですね。土屋太鳳さんは、なかなかのクセ字でしたけど。

牧野 広瀬さんの文字は、デビュー当時は「広」の字の左払いが長くありませんでした。2年後、売れっ子になってからの文字を見ると「広」の字の左払いは、これでもかというくらい長くなっています。左払いは、長ければ長いほど「目立ちたがり屋でプレッシャーに強いタイプ」です。スポットライトを浴びているうちに、女優魂に火がついたのかもしれません。華やかに自分を演出する女優らしい文字に、変化を遂げています。

――女優魂が、字を変えていったということでしょうか?

牧野 はい。また、縦長の文字でへんとつくりの間隔が狭いので、理想を持ち、高みを目指す職人的な面も持っています。

 次に、考え方と行動面です。四角い文字の左上角部分の接筆が閉じ(「問」の字)、角が丸い(「皆」の字)ことから、考え方は真面目ですが、行動面は自由です。角が丸い人は好奇心が強いので、いろいろなことやモノに興味を持ちやすいでしょう。

 彼女の場合、頭の回転も速く、新しいことにも素早く対応できるので、頭の中は常に皆の一歩先、といったような“不思議ちゃん”要素を秘めているともいえます。ただ、上部への突出がない協調型ですので(「瀬」の字)、ある程度は相手に合わせる社会性はあるでしょう。

 心配なのは線が細く、ひねりのない素直な文字で、ハネがないことでしょうか。線の細さはデリケートなメンタルを表しています。ひねりですが、松居一代さんのように、書き始めにぐいっとひねりがあるのは、根性があって負けん気が強いことを表します。しかし、広瀬さんは、そのひねりがありません。

――ハネがないのは泰葉さんの字にも見られました。「実行力」のなさですよね。

牧野 はい。何においてもあまり執着しないので、向き合ったり突き詰めたりすることも苦手かもしれません。また、ひねりがないので素直で扱いやすく、上からはかわいがられるタイプです。

 ただ、「引き立てられ、苦労なく上昇気流」というのは、いい時はいいのですが、逆にいうと、「負けん気が強く、根性があるので、困難にぶつかってもなにくそと自分の力ではい上がる」タイプではないということです。

――逆境で輝く松居一代さんの字は、ここぞとばかりにひねって跳ねていましたね。

牧野 広瀬さんが壁にぶつかったときのダメージは、決して小さくはないと思います。メンタル面のコントロール能力は、これから先、必要になってくるかもしれません。

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――若くして成功すると、なかなか大変ですね。

牧野 なお、前々回紹介した吉岡里帆さんも、プライベートの文字は同じような雰囲気だったと思い比較してみたところ、文字の雰囲気は似ていても、筆跡の特徴は、はっきり違っていることがわかりました。比較すると、器の大きさは断然、吉岡さんのほうが大きいでしょう。広瀬さん、要領は良さそうですが、環境によってころころ変わるタイプかもしれません。メンタルは、あまり強くなさそうな気がします。

 あと、気になるのが字間つぶれ(「最」の字)が出ていることです。

――「最」の字は、広瀬さんに限らず、結構つぶれている人がいますよね。

牧野 インクの染みであればいいのですが、心のどこかに苦しいものやストレスを抱えていると、文字の込み入った部分の線が、重なったりつぶれたりするんです。自分で「忙しいな、つらいな」と自覚していればいいのですが、「大丈夫!」と思い込んで頑張りすぎると、心身に負担をかけてしまいます。ただ、この筆跡は2015年のものですので、現在の元気な姿から、心配することはないでしょう。

――ご自身の名字にある「瀬」もつぶれやすい文字ですが、ぜひつぶさずに書いてほしいですね。
(石徹白未亜)

牧野秀美
筆跡鑑定人。筆跡アドバイザー・マスター。筆跡心理学をもとにした鑑定と診断を行う。著書に『自分のイヤなところは直る! 〜名前を書くだけ〜』(東邦出版)
ほっかいどう筆跡鑑定研究所

広瀬すずはなぜ世間を「ザワつかせる」のか?――プロ筆跡鑑定人が指摘!

 CM、ドラマにと、テレビで見ない日はないというほど若手女優の中では圧倒的な存在感を示す、広瀬すず。しかし、現在放送されている広瀬主演の連続ドラマ『anone』(日本テレビ系)は、視聴率の面で苦戦している。また、過去にも無邪気な発言で、たびたびネットを騒がすポテンシャルの持ち主でもある。そんな広瀬の筆跡を、筆跡鑑定人で筆跡心理学に基づいた書籍『自分のイヤなところは直る! 〜名前を書くだけ〜』(東邦出版)の著者・牧野秀美氏に、読み解いてもらった。

■目立ちたがりでプレッシャーに強いものの、負けん気は薄め

――広瀬さん、「達筆」とは違いますが、癖のない読みやすい字ですね。

牧野秀美氏(以下、牧野) 広瀬さんもそうですが、最近の若手女優さんたちは、文字がきれいで感心します。「きれい」といっても「美しい」というのではなく、かしこまらず、軽いタッチで、読みやすい、というのでしょうか。服装で例えると、カジュアルだけど小ぎれいな普段着、のような文字が多いような気がします。

――古いですが、かつての酒井法子さんのかなり特徴的な丸文字を思うと、そんな、作った「かわいい」にしなくても、今の若手女優は「自然体のかわいい」で受け入れられる感があるのかもしれないですね。土屋太鳳さんは、なかなかのクセ字でしたけど。

牧野 広瀬さんの文字は、デビュー当時は「広」の字の左払いが長くありませんでした。2年後、売れっ子になってからの文字を見ると「広」の字の左払いは、これでもかというくらい長くなっています。左払いは、長ければ長いほど「目立ちたがり屋でプレッシャーに強いタイプ」です。スポットライトを浴びているうちに、女優魂に火がついたのかもしれません。華やかに自分を演出する女優らしい文字に、変化を遂げています。

――女優魂が、字を変えていったということでしょうか?

牧野 はい。また、縦長の文字でへんとつくりの間隔が狭いので、理想を持ち、高みを目指す職人的な面も持っています。

 次に、考え方と行動面です。四角い文字の左上角部分の接筆が閉じ(「問」の字)、角が丸い(「皆」の字)ことから、考え方は真面目ですが、行動面は自由です。角が丸い人は好奇心が強いので、いろいろなことやモノに興味を持ちやすいでしょう。

 彼女の場合、頭の回転も速く、新しいことにも素早く対応できるので、頭の中は常に皆の一歩先、といったような“不思議ちゃん”要素を秘めているともいえます。ただ、上部への突出がない協調型ですので(「瀬」の字)、ある程度は相手に合わせる社会性はあるでしょう。

 心配なのは線が細く、ひねりのない素直な文字で、ハネがないことでしょうか。線の細さはデリケートなメンタルを表しています。ひねりですが、松居一代さんのように、書き始めにぐいっとひねりがあるのは、根性があって負けん気が強いことを表します。しかし、広瀬さんは、そのひねりがありません。

――ハネがないのは泰葉さんの字にも見られました。「実行力」のなさですよね。

牧野 はい。何においてもあまり執着しないので、向き合ったり突き詰めたりすることも苦手かもしれません。また、ひねりがないので素直で扱いやすく、上からはかわいがられるタイプです。

 ただ、「引き立てられ、苦労なく上昇気流」というのは、いい時はいいのですが、逆にいうと、「負けん気が強く、根性があるので、困難にぶつかってもなにくそと自分の力ではい上がる」タイプではないということです。

――逆境で輝く松居一代さんの字は、ここぞとばかりにひねって跳ねていましたね。

牧野 広瀬さんが壁にぶつかったときのダメージは、決して小さくはないと思います。メンタル面のコントロール能力は、これから先、必要になってくるかもしれません。

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――若くして成功すると、なかなか大変ですね。

牧野 なお、前々回紹介した吉岡里帆さんも、プライベートの文字は同じような雰囲気だったと思い比較してみたところ、文字の雰囲気は似ていても、筆跡の特徴は、はっきり違っていることがわかりました。比較すると、器の大きさは断然、吉岡さんのほうが大きいでしょう。広瀬さん、要領は良さそうですが、環境によってころころ変わるタイプかもしれません。メンタルは、あまり強くなさそうな気がします。

 あと、気になるのが字間つぶれ(「最」の字)が出ていることです。

――「最」の字は、広瀬さんに限らず、結構つぶれている人がいますよね。

牧野 インクの染みであればいいのですが、心のどこかに苦しいものやストレスを抱えていると、文字の込み入った部分の線が、重なったりつぶれたりするんです。自分で「忙しいな、つらいな」と自覚していればいいのですが、「大丈夫!」と思い込んで頑張りすぎると、心身に負担をかけてしまいます。ただ、この筆跡は2015年のものですので、現在の元気な姿から、心配することはないでしょう。

――ご自身の名字にある「瀬」もつぶれやすい文字ですが、ぜひつぶさずに書いてほしいですね。
(石徹白未亜)

牧野秀美
筆跡鑑定人。筆跡アドバイザー・マスター。筆跡心理学をもとにした鑑定と診断を行う。著書に『自分のイヤなところは直る! 〜名前を書くだけ〜』(東邦出版)
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