「受験校を勝手に決めた」母と「逆らわない」娘――不合格連発の中学受験で起きた“非常事態”

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 皆さんはどのくらい“運命”というものを感じることがあるだろう。私は中学受験の取材を長年続けているが、その経験者たちの話から、何か大いなる者によって与えられた“人生のギフト”の存在を感じることがたびたびある。それは、自身が絶好調の時だけではなく、むしろ“失敗”であるとか“後悔”といったような“負の感情”に覆われた時にこそ与えられ、「こういうことだったのか!」と、心にしみじみと感じ入るもののように思えてならない。

 東京・神奈川の中学受験本番は2月1日の解禁日から始まり、1週間で決着がついてしまうものである。志望校に合格を果たした者から順に抜けていく世界なので、日程が下がるにつれ、その募集定員も減り、激戦度は上がっていく。つまり中学受験とは、不合格をもらうごとに、連戦で入試を受け続けなければいけないという試練を与えられるわけだが、当然ながら、受験しているのは12歳(または11歳)の子どもである。

 周りが1人、2人と合格を決めていく中で、結果が出せない親子の落胆ぶりは想像を絶する。どの親子も、この本番のためだけに、何年もの間、受験勉強というものを相当ハードにやってきているからだ。

 こういった背景があるということをご説明した上で、ある年の受験生親子に起こった最悪な出来事と、だからこそ得られた人生のギフトの話を綴ってみたい。

「私がこんなバカな世界に誘導してしまった」と自分を責める母

 登場人物は美香ちゃん(12歳)とその母、律子さん(42歳)である。美香ちゃんは、大変賢い子で、塾のクラスも最上位。家族からも塾からも、トップ校合格を十分に期待されていた女の子であった。とても素直な子で、本人も周囲の期待に応え、本当によく努力をしていたという。

 第一志望校受験本番の日も、体調は絶好調。偏差値的にも余裕があり、何の問題もなく“合格”すると誰もが確信していたのだが、どんな運命の悪戯なのか、結果はまさかの不合格。しかも悲劇は続き、2月1~4日まで連戦で挑んだ受験で4つの「×」をもらってしまった。美香ちゃんは「もう、受かり方がわからない!」と泣き喚いたそうだ。

 母である律子さんも「神様っていない! 美香はこんなに頑張ってきたのに? なんで第一志望校だけでなく、全ての学校から受け入れてもらえないの?」と号泣。この時点で、私に連絡をくれ、こんな心中を吐露していた。

「りんこさん、受験なんて、させなければ良かった! 私が『中学受験した方が、のちのち楽だよ』なんて美香を誘導してしまったばかりに、美香にこんなつらい思いをさせてしまったんです。そもそも受けた学校だって、私が『ここがいいんじゃない?』って半ば強引に決めてしまって、美香の意志なんて、なかったも同然です……。私が悪いんです。私がいなければ、美香はもっと楽しい小学生でいれたはずなのに……。私がこんなバカな世界に誘導してしまって……。私が悪い、私が、私が……」

 受験を受けるのは子どもだが、不合格が続くと、自分自身を責めてしまう母親もいる。言葉にならない嗚咽だけが受話器から聞こえてきた。

みぞれの日に「上履き忘れ」という最悪の事態

 明けて5日目。その日は前日のポカポカ陽気から一転し、冷たいみぞれが降る日になった。塾から「受験最終日だから」という説得で、渋々、律子さんいわく「聞いたこともないような学校」の校門をくぐることになり、当日は、もう親子2人に何の会話もなかったそうだ。

 そして、その校舎の玄関先で上履きに履き替えようとした時に、律子さんは真っ青になる。

「上履きが入っていない!」

 学校によっては靴のままでOKなところと、上履き必須のところがある。5日目の受験校は上履き持参の学校だったにもかかわらず、荷物を整理したことが仇となり、結果として忘れてきたのだ。まだ周囲の店は開店前なので、買いに行くこともできず、ましては自宅に戻る時間はない。みぞれでビチョビチョになっている玄関で律子さんは、涙を懸命に堪える美香ちゃんに「今、お母さん、スリッパを借りてくるからね!」と必死の作り笑顔で言ったらしい。

 その時だった。制服姿の在校生と思われる少女が律子さん親子の前にやって来て、こう言ったという。

「あの、これ、良かったら、履いてください!」

 少女は親子にそう言いながら、自分が履いていた上履きをその場で脱いで、そして、続けて「生あったかくてすみません(笑)。(受験が)終わったら、ここに置いといてくれたら、それでいいですから!」と、ニッコリと言ってくれたそうだ。

 律子さんは驚いたものの、やっとの思いで、その子に「あ、でも、あなたは(裸足になるけど、どうするの)?」と返すと、「私は体育館履きがあるんで、平気です!」と言い、美香ちゃんに向かって、こう告げて、鮮やかに去っていったそうだ。

「私も去年の今日、5日目でようやくここに入ったの」

 美香ちゃんはその後、試験を受け、夜にはもう涙も見せず、律子さんに、「私、ああいう人になりたい。私、ここ入れるといいな……」と語っていたという。

受験生の母として絶対的に足りなかったもの

 律子さんは、その夜、再び私に連絡をくれ、こう話してくれた。

「りんこさん、私、ようやくわかった気がします。美香が持っていて、私に絶対的に足りなかったものが。私には受験って勝たなくちゃダメだっていう思いがあって、はっきり言えば偏差値が高くないと意味がないって思っていました。そのためには人を蹴落としてでも、上に行かないといけないって。直接、美香に言うわけではないけれども、全身でそう表現していたような気がします」

 美香ちゃんはとても優しい子で、これまで律子さんに逆らうことはただの一度もなかったというが、「もしかして、心のどこかで『これは違う』と思っていて、私が勝手に決めた受験校には、思い入れが持てなかったかもしれません」と、律子さんは振り返っていた。しかし、上履きを貸してくれた在校生との出会いにより、美香ちゃん自身がようやく「ここに入りたい」と思えたのかもしれない、と。

「昨日まで、神様っていないとまで思った受験でしたが、りんこさん、訂正します。神様っているんですね。あの女の子は、神様が私たち親子につかわせてくださった天使のような気がしてきました。私、今、気が付けて良かったです……」

 人は絶望の淵に立った時にこそ光を見ると、どこかで聞いたことがあるが、律子さんもそういう心境だったのかもしれない。補足しておこう。美香ちゃんは今、その“天使先輩”と同じ部活で活躍中である。
(鳥居りんこ)

「受験校を勝手に決めた」母と「逆らわない」娘――不合格連発の中学受験で起きた“非常事態”

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 皆さんはどのくらい“運命”というものを感じることがあるだろう。私は中学受験の取材を長年続けているが、その経験者たちの話から、何か大いなる者によって与えられた“人生のギフト”の存在を感じることがたびたびある。それは、自身が絶好調の時だけではなく、むしろ“失敗”であるとか“後悔”といったような“負の感情”に覆われた時にこそ与えられ、「こういうことだったのか!」と、心にしみじみと感じ入るもののように思えてならない。

 東京・神奈川の中学受験本番は2月1日の解禁日から始まり、1週間で決着がついてしまうものである。志望校に合格を果たした者から順に抜けていく世界なので、日程が下がるにつれ、その募集定員も減り、激戦度は上がっていく。つまり中学受験とは、不合格をもらうごとに、連戦で入試を受け続けなければいけないという試練を与えられるわけだが、当然ながら、受験しているのは12歳(または11歳)の子どもである。

 周りが1人、2人と合格を決めていく中で、結果が出せない親子の落胆ぶりは想像を絶する。どの親子も、この本番のためだけに、何年もの間、受験勉強というものを相当ハードにやってきているからだ。

 こういった背景があるということをご説明した上で、ある年の受験生親子に起こった最悪な出来事と、だからこそ得られた人生のギフトの話を綴ってみたい。

「私がこんなバカな世界に誘導してしまった」と自分を責める母

 登場人物は美香ちゃん(12歳)とその母、律子さん(42歳)である。美香ちゃんは、大変賢い子で、塾のクラスも最上位。家族からも塾からも、トップ校合格を十分に期待されていた女の子であった。とても素直な子で、本人も周囲の期待に応え、本当によく努力をしていたという。

 第一志望校受験本番の日も、体調は絶好調。偏差値的にも余裕があり、何の問題もなく“合格”すると誰もが確信していたのだが、どんな運命の悪戯なのか、結果はまさかの不合格。しかも悲劇は続き、2月1~4日まで連戦で挑んだ受験で4つの「×」をもらってしまった。美香ちゃんは「もう、受かり方がわからない!」と泣き喚いたそうだ。

 母である律子さんも「神様っていない! 美香はこんなに頑張ってきたのに? なんで第一志望校だけでなく、全ての学校から受け入れてもらえないの?」と号泣。この時点で、私に連絡をくれ、こんな心中を吐露していた。

「りんこさん、受験なんて、させなければ良かった! 私が『中学受験した方が、のちのち楽だよ』なんて美香を誘導してしまったばかりに、美香にこんなつらい思いをさせてしまったんです。そもそも受けた学校だって、私が『ここがいいんじゃない?』って半ば強引に決めてしまって、美香の意志なんて、なかったも同然です……。私が悪いんです。私がいなければ、美香はもっと楽しい小学生でいれたはずなのに……。私がこんなバカな世界に誘導してしまって……。私が悪い、私が、私が……」

 受験を受けるのは子どもだが、不合格が続くと、自分自身を責めてしまう母親もいる。言葉にならない嗚咽だけが受話器から聞こえてきた。

みぞれの日に「上履き忘れ」という最悪の事態

 明けて5日目。その日は前日のポカポカ陽気から一転し、冷たいみぞれが降る日になった。塾から「受験最終日だから」という説得で、渋々、律子さんいわく「聞いたこともないような学校」の校門をくぐることになり、当日は、もう親子2人に何の会話もなかったそうだ。

 そして、その校舎の玄関先で上履きに履き替えようとした時に、律子さんは真っ青になる。

「上履きが入っていない!」

 学校によっては靴のままでOKなところと、上履き必須のところがある。5日目の受験校は上履き持参の学校だったにもかかわらず、荷物を整理したことが仇となり、結果として忘れてきたのだ。まだ周囲の店は開店前なので、買いに行くこともできず、ましては自宅に戻る時間はない。みぞれでビチョビチョになっている玄関で律子さんは、涙を懸命に堪える美香ちゃんに「今、お母さん、スリッパを借りてくるからね!」と必死の作り笑顔で言ったらしい。

 その時だった。制服姿の在校生と思われる少女が律子さん親子の前にやって来て、こう言ったという。

「あの、これ、良かったら、履いてください!」

 少女は親子にそう言いながら、自分が履いていた上履きをその場で脱いで、そして、続けて「生あったかくてすみません(笑)。(受験が)終わったら、ここに置いといてくれたら、それでいいですから!」と、ニッコリと言ってくれたそうだ。

 律子さんは驚いたものの、やっとの思いで、その子に「あ、でも、あなたは(裸足になるけど、どうするの)?」と返すと、「私は体育館履きがあるんで、平気です!」と言い、美香ちゃんに向かって、こう告げて、鮮やかに去っていったそうだ。

「私も去年の今日、5日目でようやくここに入ったの」

 美香ちゃんはその後、試験を受け、夜にはもう涙も見せず、律子さんに、「私、ああいう人になりたい。私、ここ入れるといいな……」と語っていたという。

受験生の母として絶対的に足りなかったもの

 律子さんは、その夜、再び私に連絡をくれ、こう話してくれた。

「りんこさん、私、ようやくわかった気がします。美香が持っていて、私に絶対的に足りなかったものが。私には受験って勝たなくちゃダメだっていう思いがあって、はっきり言えば偏差値が高くないと意味がないって思っていました。そのためには人を蹴落としてでも、上に行かないといけないって。直接、美香に言うわけではないけれども、全身でそう表現していたような気がします」

 美香ちゃんはとても優しい子で、これまで律子さんに逆らうことはただの一度もなかったというが、「もしかして、心のどこかで『これは違う』と思っていて、私が勝手に決めた受験校には、思い入れが持てなかったかもしれません」と、律子さんは振り返っていた。しかし、上履きを貸してくれた在校生との出会いにより、美香ちゃん自身がようやく「ここに入りたい」と思えたのかもしれない、と。

「昨日まで、神様っていないとまで思った受験でしたが、りんこさん、訂正します。神様っているんですね。あの女の子は、神様が私たち親子につかわせてくださった天使のような気がしてきました。私、今、気が付けて良かったです……」

 人は絶望の淵に立った時にこそ光を見ると、どこかで聞いたことがあるが、律子さんもそういう心境だったのかもしれない。補足しておこう。美香ちゃんは今、その“天使先輩”と同じ部活で活躍中である。
(鳥居りんこ)

W不倫20年、「妻バレ」しても関係続行――急逝した彼の妻に抱く「罪悪感」

drive-hurin

 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちに折り合いをつけるのは容易でない一方、W不倫の女性にとっては、案外、長期不倫は合理的な関係ではないかと思う。そんな女たちの声を聞いていく。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望
(第3回:「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意
(第4回:不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」
(第5回:W不倫15年、彼が脳梗塞で帰らぬ人に――「彼の最期に立ち会ったのは私」と語る女の胸中

 中部地方のある町に住むヒデコさん(50歳)が、妻子ある2歳年上の男性と知り合ったのは、まさに偶然だった。

「ぼんやり歩いていたのがいけなかったんですが、道ばたで彼とぶつかって。転んで足首を捻挫したんです。彼は病院に連れていってくれ、そこから時々会うようになりました」

 ヒデコさんは22歳で10歳年上の男性と結婚した。親戚の紹介による見合いのようなもので、ほとんど交際もないままに結婚してしまったという。

 不倫の彼であるユウトさんと知り合った30歳のときには、5歳と4歳の子どもを保育園に預けて仕事に復帰していた。

「夫とは表面上、波風は立っていませんでしたけど、それは私が夫に従っていたから。働きながら家事も育児も頑張っていました。夫は親の会社の跡取りでしたから、時間の自由もきくはずですが、時間があれば飲みに行っちゃう。それも仕事だと義父母にも夫にも言われていました。夫の浮気相手が家を訪ねてくることもありましたが、私がしっかりしてないからだと、義母に怒られました。なんでも私のせいなんだ、とつらかったですね」

 どうしてもヒデコさんが働かなければならない経済状況ではなかったが、同じ敷地内に住む義母がお金の管理を全てしていたため、ヒデコさんが自由に使えるお金はまったくなかった。

「子どもと出かければ、かわいい服のひとつも買いたくなるけど、いちいち義母におうかがいを立てなければいけない。それが耐えられなくて、義父母や夫の反対を無視する形で、無理やり仕事に復帰したんです」

 夫の横暴で強引なセックスしか知らなかった

 彼女にけがを負わせた彼、マサトさんは夫と違って女性の気持ちを尊重する人だった。

「本当に大した捻挫ではなかったのに、心配してくれて。家に来て夫にも謝るというから、それは断りました。私が自分で転んでけがしたことになっているから、と言って。それだけで夫婦の仲が伝わったようです。3週間ほどして最後の通院になったとき、わざわざ病院まで来てくれて『今度、快気祝いに食事でもしましょう』と。ただ、夜は私が出られないので、市内のちょっと有名なお店でランチをしようと誘われました。有休をとって、わくわくしながらランチに行ったのを覚えています。そのとき、私はすでに彼のことが好きだったのかもしれません」

 ランチは本当に楽しかったという。恋愛経験もほとんどないままに結婚したヒデコさんにとって、彼との時間は「宝物のよう」だったという。だから、「またランチを」と誘われたときも、断る気にはなれなかった。そして、この2回目のデートで、2人は結ばれる。

「ランチが終わったとき、彼から『もっと一緒にいたい。あなたのことをもっと知りたい』と静かに言われて。私も同じ気持ちだったんです。私が男性とホテルへ行くなんて、あまりに非現実的だったから、部屋に入ってもなんだかピンとこなかった。でも、彼、とても優しかった。夫は自分の欲望を満たすためだけの強引なセックスしかしませんでしたから、こんなに優しくしてくれるんだと感動して、涙が止まらなかった」

 夫が横暴なセックスをしていても、夫しか知らなければ「こんなものか」と受け入れてしまうのだ。セックスは男の欲望を満たすためのものではないのに……。

 その後、月に1度、あるいは2カ月に3度くらいのペースで2人は会った。

「彼に会うたび、私は夫から不当な扱いを受けているとわかるようになりました。同時に、彼のことをどんどん好きになっていった」

 それでも彼女は「逃げの恋愛」をしたわけではない。家のことは、それまで以上にきちんとやった。舅姑にも仕えた。もちろん、子どもたちは彼女にとって一番大切な存在。彼と会う約束をしていても、子どもに何かがあれば、子どもを優先させた。一方で、夫を裏切っているという感覚はなかったという。

 恋愛にのめり込んでいるようで、頭のどこかは常に冷静に日常生活を滞りなく過ごしていた。そんなバランスが崩れたのは、2年後、彼の妻に関係がバレてからだ。

「どうやってバレたのか、はっきりわからないんですが、奥さんに相手が私であることも特定されたようです。うちの夫にも言うと騒いだけど、『とにかくきみの誤解だ』と彼はシラを切り通した。それで、とにかくほとぼりが冷めるまで会わずにおこうということになりました」

 会えないことが、あんなにつらいとは思わなかったと彼女は、当時を思い出したかのように目を潤ませた。

「せめて顔を見たい。どうにか顔を見ることはできないか。当時は、私がまだ携帯を持っていなかったので、公衆電話から彼の携帯にかけていました。2人で考えた結果、それぞれ車で通勤なので、その途中のすれ違うポイントで顔を見よう、と。一車線の狭い道なので、うまくすれ違えれば顔を見ることはできるはず」

 出勤時間はユウトさんのほうが早い。だから、もともとすれ違うことはなかったのだが、ヒデコさんは出勤時間を早め、時間を合わせてすれ違うことにした。真冬だったが、ヒデコさんは窓を開けて走った。窓越しではなく、彼の顔をきちんと見たかったから。彼も同じ思いだったのだろう、開け放した車窓から顔を見つめ合った。

「毎日、そうやって顔を見るだけ。でも、私の誕生日にすれ違ったとき、たまたま道が混んでいてお互いのろのろ運転で、ぴたりと真横で止まったんです。彼が窓からプレゼントを投げ入れてくれた。それが、これです」

 彼女は首にかかるネックレスを示した。小さいがダイヤが煌めいていた。家を出ると、そのネックレスをつけるのが習慣になっていると小さく笑った。

 ずっとそうやって我慢を重ねて、顔を見るだけで満足する日々が続いた。1年後、彼女も携帯を持つようになり、連絡がとりやすくなった。

「お互いに仕事を休んで、遠くで会おうということになって。我慢してきた甲斐があった」

 早朝から家を出て車で1時間半も走った土地で、2人はようやく再会した。その日、彼女は1日中、泣いていたという。

 彼が出張の多い部署に異動になったタイミングで

 ただ、今度バレたらもう会えなくなるという恐怖感は強かったと、ヒデコさんは言う。

「だから会うのは年に2、3回。それも彼の奥さんが実家に戻ったとか、バレそうにないと判断したときだけです。でも会うと彼はずっと私を抱いていてくれた。彼に会うのを楽しみに、日常生活をきちんと過ごそうと頑張っていました」

 バレてから5年後、付き合うようになって7年が経過した頃、彼が出張の多い部署に異動になった。

「そういうことがあるんですね。目から鱗でした。彼の出張先はほとんど東京なんですが、実はその頃、東京で1人で暮らしていた私の叔母が病気で入院したんです。身寄りは私しかいない。だから、叔母の看護ということで泊まりで出かけることができました。叔母が退院してからも、身の回りの世話をしにいくと言って、2カ月に1回くらいは彼と日にちを合わせて会って。叔母は何か気づいていたかもしれない。『私はヒデちゃんがあの家に嫁に行くのは反対だった。幸せになりなさい』と言ったことがありましたね」

 彼が出張で使うホテルの部屋を使うわけにはいかない。彼女は、そこからほど近いホテルに部屋をとり、彼を迎え入れた。

「でも、彼が部屋に泊まっていないのもヘンだから、彼は早朝に一度ホテルに戻って、また私のところに来たり。なんだか楽しかったですね、あの頃は」

 バレないように気を使いながらも、定期的に彼に会える喜びは何も代えがたかったという。

 その後、義父が倒れたり義母が骨折したり、子どもが不登校になったり受験に失敗したりと、いろいろなことがあった。

「どこの家庭にもいろいろなことがありますよね。うちは結局、義父が亡くなって、今は義母だけです。最近は義母も優しくなりました。夫も昔とは比べものにならないくらい、おとなしくなって。子どもたちも、なんとか自分の道を見つけたようです。彼のほうもいろいろあったみたいだけど、それでもいつも話し合いながら、励まし合いながらやってきたような気がします」

 大きな転機があったのは、今から3年前。彼の妻が急死したのだ。心筋梗塞だった。

「さすがに彼も落ち込んでいました。亡くなってすぐ一度会ってから、3カ月くらいは会えなかった。彼の気持ちが落ち着くまで私は待っているつもりでした。もう何かあっても、急に別れるようなことはないと信じていた」

 その言葉通り、彼とはまた会えるようになった。彼は今、上の子が独立して、下の娘と2人で暮らしている。

「だからといって心置きなく会えるようになったかと言われると……。彼は3年たって、なんとか立ち直り、『これからはもう少し頻繁に会おう』と言ってくれたけど、私の方が心苦しくて。奥さんが生きている頃はバレないように会うことで、申し訳ない気持ちを軽減することができたんですが、亡くなってからはかえって罪悪感が募ってしまって。昔、見逃してくれた奥さんの気持ちを考えると、時々胸が痛くなります」 

 それでも、じゃあ彼に会わずにいられるかと言われたら、それは無理だとヒデコさんは言う。そろそろ関係も20年。なぜこれほど長く続いたのだろう。

「相性が良かったんでしょうか。私は今でも、初期の頃と同じように彼が好きです。いや、もっと愛情が深くなっているような気がする。お互いに決して暴走せずに、ゆっくりじっくり付き合ってこられたのは、本当によかったと思っています」

 不倫は長続きする傾向がある。特にお互いに家庭があると、家庭を優先する気持ちも理解しあえるし、相手に無理な要求をすることもない。頻繁に会えるわけではないので、愛情を長持ちさせる。しかも、生活を共にしてないがゆえに、欠点も見えづらい。とはいえ20年だ。生まれたばかりの子が成人するような長い期間である。これほどの間、お互いを思いながら生きてこられたこと自体が幸せではないだろうか。

「そうですね。この先、どうなるかわからないけど、きっとどちらかが死ぬまで関係は続くかもしれません。戸籍上の夫はいますが、私の人生は彼とともにあるとつくづく思います」

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

ファンのたしなみ、アイドルのたしなみ――有坂愛海ファン追悼ライブに思うこと

 3月31日、タレントの菊池桃子にストーカー行為をしたとのことで、タクシー運転手の男が逮捕された。彼は、自身のタクシーに菊池を乗せたことで、彼女の自宅を知り、ストーカー行為を続けたという。菊池は、マスクなどで顔を隠していたらしいが、「声で本人と気付いた」「好きだったから。話したいことがあった」と言っているところを見ると、容疑者は彼女のファンであったことは、まず間違いないだろう。

 今に始まったことではないが、このように、アイドルと自分の距離感を見誤るファンがいることは、至極残念である。なぜなら、一般的な“芸能”の世界は、それなりのルール――明文化されたものではないので、言ってみれば「たしなみ」のようなもの、の上に成り立っていると思うからだ。

 もう一つ、その「たしなみ」について深く考えさせられる出来事があった。シンガーソングライターの有坂愛海が、4月11日に開催した、亡くなったファンのための追悼ライブだ。

 有坂は、自身で曲を作り、ライブを行うという活動を10年以上続けてきた「シンガーソングライター」である。ただ、その活動スタイルや、「ファンから見た憧れの存在」という意味で、ここでは「アイドル」という表現を使わせてもらいたい。

 そんな彼女の初期からのファンで、毎回のようにライブに来ていた「おっきゃん」という男性が、昨年夏にぱったりと顔を出さなくなり、Twitterなどの連絡も途絶えてしまった。心配した彼女は、なんとかして彼の消息を知ろうとする。

 過去のメールや手紙を見返しても、住所などはわからない。ファン仲間からの情報などから、わかったのは本名と最寄り駅のみ。それだけを頼りに彼女は、自宅を探し、実際に訪ねた。しかし、そこで知らされたのは、おっきゃんが昨年8月に自宅で独り亡くなっていたという事実だった。

 お葬式もなかったという彼のためにと、有坂は追悼ライブを企画したのである。

 3月にアップされた、ライブを開催するに至った経緯や心情を吐露したブログは、広く拡散されメディアなどでも大きな反響を呼んだ。

 私は、このニュースを聞いた時、「おっきゃん」という男性のたしなみの深さに、頭が下がる思いだった。ファンというのは、得てして好きになった相手に、自分のことを多く知ってもらいたいと思いがちである。先に挙げた、菊池桃子のストーカーをした男性が、交際を迫るメールまで送っていたなどというのは、その思いが暴走した例だろう。

 それに対し、おっきゃんは、有坂に自分がどこに住んでいるのか、どんな生活をしているのかなどを知らせていなかったことになる。想像の域を出ないが、おそらくは、ファンと演者という関係性の中で、「超えるべきではない」ラインというものを、しっかりと守っていたのではないだろうか。

 それは、相手に迷惑をかけず、無用な心配をさせないようにという配慮であり、ひとつの哲学であったのではないか。そんな思いやりを持って、彼は有坂のことを10年間、応援し続けたのだ。

 一方の有坂も、そんなファンとの関係に迷ったようだ。ブログでは、今回の行動について、「ルール違反かもしれない」と綴り、4月13日にゲスト出演した報道番組『AbemaPrime』(インターネットテレビ・AbemaTV)では、「ステージとフロアの間には、超えてはいけない壁がある」とも語っている。彼女自身、今回の行動を正しかったかどうか、つかみきれていないのだろう。

 確かに、一人のファンのために、自宅を突き止め訪問するという行動に、賛否はあるかもしれない。彼女の言う通り、“ルール”で言ったらそれは違反なのだ。しかし、全てのルールは、それぞれの思いの上に成り立っているはずである。例えば、救命活動を行うために女人禁制の土俵に上がるのも、“人の命”というルール以上に大切なものがあるから許されるのである。その意味で、有坂の行動は、強い「思い」の上に成り立っているので、許されるべきことだと思う。

 それでは、一体、彼女を突き動かした「思い」とは何だったのだろう。自身が語っているように、ファンの安否について「とにかく確かめたかった」という気持ちはあっただろう。ただ、その心情の根底には、彼女が10年以上アイドル活動を続けてきた原動力である、「人を楽しませたい」という思いがあったのではないか。

 ライブに来なくなったおっきゃんに対し、「もしかしたら」という不安もあったことだろう。しかし、彼が何らかの事情でライブに来られなくなっているのだとしたら、そこから救い出してあげたい、また彼にライブを見てもらいたい、そんな強い思いがあったのではないかと思う。

 今回の事例でもわかるが、ファンとアイドルのお互いがお互いを思い合う関係は、とてもとても細い、繊細な一本の糸で繋がれているようなものだ。その繋がりは細くとも、いや、細いからこそ、血が通い、熱を持った関係性が保たれるのである。その関係性には名前が無い。名前を付けることなどできないのだ。なぜなら、100人のファンがいれば100通りの思いや関係性があるから。

 私だって、おっきゃんと有坂の気持ちを知ることはできない。それは本人たちにしかわからないことだ。ただ、一人のアイドルファンとして想像するならば、その関係はとても美しいものだと思う。そして私自身、そんな見えない関係を感じたくて、アイドルを追いかけているようなところもある。

 今回の出来事は、数々の偶然によってできている。例えば、フリーで活動している有坂が事務所に所属していればこのような行動はできなかっただろうし、最寄り駅を知っているファン仲間がいなければ、本人にたどり着くことはできなかっただろう。その意味でも、これはアイドル史に残る出来事となるはずだ。

 こうして見てきたように、アイドルとファンの関係には、ルールがある。その基準はアイドル毎に違っていると思うし、ファン一人ひとりの考え方によっても違ってくるだろう。最近、ホームページで「ライブでの禁止事項」をたくさん掲げている運営がある。アイドルというマーケットが巨大化し、いろいろなファンがついてくる過程でやむを得ないことだとは思うが、それでも少しだけ悲しい気持ちになるのも確かだ。

 アイドルとファンが阿吽の呼吸で、お互いの距離感をつかむ。それもまたひとつの文化であり、醍醐味なのだ。それをつまびらかに明文化しなければならなくなるというのは、やはり、相手(アイドルでありファン)を思いやる気持ちが足りない人が増えていることのように思える。

 おっきゃんは幸せであったと思う。それは、有坂が追悼ライブをしてくれたからということではない。死ぬまで応援できる存在があって、その相手と理想的な関係を築くことができ、そして彼女を思ったまま生涯を終えたのだ。

 何より彼は、最後まで「たしなみ」を忘れなかった。ヲタクとして見事な生きざまだ。かっこいい、素直にそう思うのだ。
(文=プレヤード)

「介護舐めるな」と批判噴出――“訪問介護をボランティアに”財務省の提案に、現場の本音は?

kaigokoramu

 「訪問介護をボランティアに」――4月11日、財務省財政制度等審議会の分科会であがった提案に、ネット上が大荒れとなった。介護は、家族だけで抱えるとパンクする、プロのサポートが必要という考えが浸透してきた現在、訪問介護を無償のボランティアが担うという案は、ネット上で「介護を舐めるな」「やりがい搾取」との批判を巻き起こしたのである。

 こういった案が出てくるのは、超高齢化社会が進む中、医療費や介護費が増大しているという背景が関係している。後期高齢者の数は2030年頃まで大幅に増加することが見込まれているのに対して、保険制度の支え手となる年齢層は減少が続く。そんな中、財務省が、介護保険の分野において、調理や掃除など身の回りの世話をする「生活援助サービス」を、ホームヘルパーの代わりに地域の住民やボランティアを活用し、費用を抑えることを提案。確かに、国の介護費は膨張しており、このままでは介護保険制度が立ち行かなくなるという危惧はよくわかる。介護にかかわる人材不足も深刻だ。訪問介護を担うヘルパーの高齢化が進んでいるとも耳にする。

 筆者は訪問介護における生活援助サービスの現場を、これまでに何度か取材したことがあるが、そこだけを切り取ってみると、確かにやっていることは「家事」であり、それほど介護度が重くない方でも、月に数百円の自己負担でサービスを受けているという事実に疑問や不公平感を抱く人がいても不思議ではないと思う。提案をした財務省財政制度審議会のメンバーも、おそらくそこだけを切り取って見ているのではないだろうか。さらに「単なる家事ごとき、ボランティアで十分」というニュアンスも感じられるのもちょっと引っかかる。

 では、こういった生活援助サービスを、プロではなく地域住民やボランティアが担うとなると、どんなことになるのだろうか。訪問介護に携わっている関係者に話を聞いた。

 最初に話を聞いた花島さんは長く訪問介護に携わり、今はケアマネジャー(以下、ケアマネ ※1)として首都圏の大手介護事業所で働く。花島さんの所属する事業所のある市は、要介護者の状態を改善する取り組みに注力する先進的な自治体である。そこで花島さんやその事業所は、精力的に取り組んで数々の成果を挙げており、自治体からの信頼も厚い。

 いわば“凄腕ケアマネ”である花島さんは、「ヘルパーが生活援助だけで入るということはまれ」だと言う。ちなみに訪問介護には料理や掃除、買い物など利用者の生活のお手伝いを行う「生活援助」と、入浴や着替え、おむつ交換など利用者の身体に直接触れて行う「身体介護」がある。生活援助でも、日常の家事の範囲を超えている草むしりや窓ガラスの掃除などは含まれない。

「料理や掃除だけでなく、週のどこかで身体介護の枠もあるので、その方の生活全体を見て、状態を確認しつつサービスを提供しています。さらに民間の配食サービスを利用するなどしながら、料理や掃除などの生活援助サービスは必要最低限にしているんです。それもアセスメントで本当にその人にその援助が必要かを検討し、必要であると認められないとそう頻回には入れられません。買い物や掃除でも、ただヘルパーが買ってくる、掃除するのではなく、その方と一緒に買い物に行ったり、掃除をしたりと、ご本人の意欲向上や運動につながるようにしていますね」

 花島さんの自治体では、社会福祉協議会などが有償ボランティアを活用している例もあるが、人員が確保できないなど、事業として行うには課題も多く、軌道に乗っていないと感じている。花島さんは「我々のサービスは、プロの目で見て、根拠に基づいたサービスを提供しているのであって、安易に生活援助サービスを提供しているわけではない。コストが安いというだけでボランティアを活用するとなると、難しいのではないか」と言い切る。

 では、もし生活援助サービスがボランティアになったらどんな問題が考えられるのか、聞いてみた。

「ボランティアになると研修体制もしっかりしていないでしょうから、基本的なやり方やルールがわからないまま利用者さんのお宅に入るというのは非常に不安ですね。それから、ヘルパーは訪問すると、まずご本人の様子、意欲や体調など最初に確認します。その方の主治医が誰で、どんな病気があるのかなどもトータルで見て、サービスを提供しているんです。掃除だけ、食事の支度だけ、と切り取って任せているわけではありません。だから少なくともその方をトータルで見ることはできなくなると思います」

 次に話を聞いた天野さんも、ヘルパーとして訪問介護に長く携わり、今は横浜市の事業所でケアマネとして働いている。

 現在、要支援者(介護は必要ではないものの、日常生活に不便をきたしている人)への訪問介護や通所介護(デイサービス)は、国ではなく市町村が中心となって担う体制に移行し、NPO・ボランティア団体なども支援サービスを提供できるようになった。独自の研修を実施して、修了者を「市認定ヘルパー」「生活支援サポーター」などとして活用し、日常生活支援サービスを行うことで、介護予防にかかる給付費を抑える取り組みを行っている市町村もあるのだ。実際には、軌道に乗っているとは言いがたい状況だが、横浜ではかなり進んでいるという。各事業所の研修を受けて、ヘルパーよりも安い金額で要支援の方に生活援助サービスを行う仕組みで、天野さんの知人も、この“横浜モデル”のヘルパー派遣を中心とした事業所を開設準備しているという。

「『掃除だけお願いしたい』といったニーズは実際にあります。その場合、大手の事業所には頼みにくいので、そういった事業所に仕事を依頼したいと思っている方もいるんです。といってもケースバイケースなので、サービス提供責任者(※)がそれぞれのニーズをくみ取ってマッチングできれば、ボランティアであってもうまく活用できるかもしれないですね。専業主婦としての経験を生かして家事をやってあげて、高齢者の役に立ちたいという人は少なからずいるので、これから先もちゃんと使える仕組みが整えば、ボランティアもありだと思います」

 横浜市の場合、シニアが高齢者施設等でボランティア活動を行った場合にポイントが付き、将来自分のために使えるという。ボランティアに応える仕組みはかなり整っている方だ。このことも天野さんがボランティアを容認する意見に影響を及ぼしているかもしれない。また天野さんは、“生活援助だけのニーズがかなりある”という点の具体例を教えてくれた。

「腰の悪い方や独居の男性など、掃除だけ、買い物だけ、料理だけ、というニーズは確実にあります。そういう要請に対しても、必ず医師が『訪問介護による生活援助が必要』と判断し、意見書を出したうえで対応しているので、安易にサービスを提供しているわけではありません。それでも家族がいると、そうしたサービスは提供できないんです。例えば、奥さんが要介護の高齢夫婦の2人暮らしは、夫がいることで料理などのサービスを入れられないこともあります。そういった場合でも、ボランティアなら入れるとしたら、夫婦の生活を支えることができるのではないでしょうか」

 さらに国の財政を考えたとき、介護費を抑制する必要があるということについては、一定の理解を示す。

「ただ、現場で真面目にサービスを行っているヘルパーや私たちケアマネとしては、国のことを考えて介護費を抑制しなければ、という意識にはならないと思います。例えば、在宅の認知症の方だと、家族の負担を減らすためには一緒にいる時間を少しでも減らしてあげたいと我々は考えるんです。すると、ケアマネとしては、デイサービスを増やす方向になる。1割負担ではあっても、利用者はお金を払っているわけですから、『お金をかけさせて申し訳ない』という気持ちにはなりますが、ご本人とご家族のことを考えるとそれは仕方ないと思う。だから、国の介護費というコスト意識があるかと言われれば、ないと言わざるを得ない。私たちは、介護保険の枠組みの中で、できるだけその人のためにと考えるので、介護費を抑制しなければならないのなら、枠組みで縛るしかないというのは理解できます。そうすれば、私たちもその範囲内でやりくりしますから」

 では、ボランティアが入ることによる問題は?

「そのお家に入るんですから、やろうと思えば何でもできますよ。例えば認知症で独居の方とか、犯罪が起こる可能性は大きいと思います。それから、せっかくやる気になって入っても、こんなはずではなかったと思うこともあるでしょうね」

 これについては、サービス提供責任者のマッチングや指示が重要になるだろうと天野さんは指摘する。ケアマネはおおまかなケアプランの作成をするが、利用者の細かなニーズをくみ取ったり、利用者とヘルパーの相性を考えたりするのはサービス提供責任者だ。トラブルが起こらないように采配するサービス提供責任者の役割が大きくなるとすれば、必然的にそこにはお金が発生するだろうと天野さんは言う。最後に天野さんは、訪問ヘルパーをしていたときの思いを聞かせてくれた。

「自立援助のための訪問介護をやった経験があります。脳梗塞の後遺症で片マヒの男性で、腎臓が悪いので減塩食を作らないといけませんでした。その方もやる気があって、週に2回一緒に食事を作っていましたが、私はその方に切り方など指示をするのと同時に、自分の作業も進めて調理を時間内に仕上げないといけない。すごく大変でした。その方は要支援だったのですが、やりがいはあるとはいえ、労力に対しての報酬はほとんどボランティアレベルで、正直むなしかったです。国の目指す生活援助サービスは、そうした自立支援なのでしょうが、内情はそんなもの。利用者のADL(日常生活動作)を伸ばす生活援助をちゃんとやろうとすると、プロとしての高いスキルが不可欠だと思います」

 そして、正直な気持ちも明かしてくれた。

「本当に介護費や医療費を減らしたいと考えているのなら、延命治療とか終末期でものすごくお金がかかっているところにメスを入れてほしい。無駄な医療はたくさんあって、訪問介護にかかる費用なんか比べものにならないくらいの金額がかかっています。訪問介護なんて小さすぎますよ」

 訪問看護に携わった経験のある看護師、吉岡さんには少し客観的な意見を聞いてみた。「ボランティアについてはあまり詳しくはないが」と前置きをしつつも、医療専門職の視点から答えてくれた。

「今の介護保険制度で、ヘルパーは仕事としてサービスを提供しているから回っているけれど、ボランティアとなるとサービスの質は確実に落ちるんじゃないでしょうか。ヘルパーは、例えば家族と一緒に住んでいる人には提供できないサービスがあったり、病院に同行しても先生の説明を聞くことはできないなどと、できる仕事とできない仕事の線引きがはっきりしているんです。実際訪問看護に行くと、家族はいるけれど忙しくて掃除などの家事はほとんどできていないのに、家族がいるという理由でヘルパーが掃除に入ることもできず、劣悪な環境で暮らしている高齢者もたくさん見てきました」

 それだけに、ボランティアが何の線引きもなく生活援助を行うと、問題も発生するのではないかと危ぶむ。

「ボランティアが『誰かの役に立ってうれしい』程度の気持ちでやると、利用者から何でも頼まれてズルズルと引き受けてしまったり、家庭内部に入り込みすぎて、1人で抱え込んでしまったりもするでしょう。甘える家族だと際限なく甘えてきますから。家庭の秘密を外に漏らすなどのモラルの問題やお金のトラブルも起こると思う。問題が起こると、今まで真面目にやってきたヘルパーの信頼まで薄らぐでしょう。震災のボランティアとは違って、生活援助はずっと続くもの。日本はボランティア文化が根付いていないので、問題が噴出する気がしてなりません。結局困るのは、サービスを利用する高齢者です」

 さらに、こんな憤りも口にした。

「ボランティアの教育や指導などをどうするのか、具体的に決めることなく現場に下ろされることになるのではないかと疑ってしまいますね。ボランティアだからといって教育をしないで良いわけはないでしょう。でも、それを誰がするのか。介護事業所が教育するとして、その費用は誰が持つのか。役所って、細かいところを決めずに現場に下すことが多くて、病院でもそれぞれやり方が違うということはよくあるんです。現場が混乱するのは目に見えています。何よりこの提案、厚労省が言ってるのではなく財務省が言っているというところに、切りやすいところから切るんだなというイメージを持ってしまいます。結局切り捨てられるのは、弱者ですよね」
*  *  *
 もしボランティアが生活支援サービスを担うことになると、その質をどう担保するのか、どう平準化するのか、介護にかかわる他職種と情報をどう共有していくかが課題になるだろう。ボランティアの良心だけに委ねるのはあまりに乱暴だし、需要に見合うだけのボランティアの数をきちんと確保できるのかも不確定だ。有償ボランティアなどとするなど、報酬と一定の研修は不可欠だろう。

 いずれにしてもこれはまだ提案の段階。今後この提案を取りまとめる際には、生活援助サービスを点として見るのではなく、総合的に捉えたうえで充分検討を重ねてほしいと思う。

※1 要支援・要介護認定を受けた人からの相談を受け、利用者にもっとも適切なサービスを組み合わせたケアプランを作成し、総合的なコーディネートやマネジメント管理をする
※2 訪問介護サービスのコーディネート業務をする。訪問介護計画を作成し、ヘルパーにサービスの指示をするほか、ヘルパーへの技術指導や勤務スケジュールの組み立てなどもする

愛沢えみりは「身長164cm、体重39kg」……キャバ嬢のダイエット事情と「人間離れした細さ」の価値

 2018年、有名キャバ嬢の自叙伝が次々と発売され、いま再び注目を浴びつつあるキャバクラ嬢。さまざまなタイプのキャバクラ嬢がいるが、彼女たちに共通して言えることは「スタイルが良い」「細い」という印象だ。

 例えば、自身のアパレルブランドをプロデュースし「新世代の歌舞伎町No.1キャバ嬢」との異名を持つ「フォーティファイヴ」所属の愛沢えみり。彼女のブログなどの写真を見る限り、痩せすぎとも思われるそのスタイルは、身長164㎝で体重は39㎏と、驚くほど軽い。肥満度を表す体格指数であるBMI(ボディマス指数)を計算すると、普通体重が「18.5以上、25未満」、低体重が「18.5未満」のところ、彼女は14.5と、平均を遙かに下回る数字が出ている。なぜ、キャバクラ嬢はそんなに細いのだろうか? どのようにそのスタイルを維持しているのだろうか? そして、「細いこと」にどんな価値を見いだしているのか? キャバクラ嬢たちに、そのダイエット事情について聞いてみた。

■タイのダイエット薬を買いに行くキャバ嬢も

 まず、キャバ嬢はどのようなダイエットをしているのだろうか? 実は、“必然的に痩せてしまう”という面もあるようだ。

「毎日、大量のお酒を飲むので、仕事が終わってからは気持ち悪くてご飯を食べられないという嬢が多いからではないでしょうか。中には吐くほど飲んで太らないようにしたり、同伴や店以外では一切、食事を摂らない子もいますよ。このように食事は制限できますが、キャバ嬢にとってお酒のむくみの方が天敵ですね。翌日までお酒が残らないように、仕事が終わった後に深夜まで営業している岩盤浴やサウナでアルコールを抜く……という子もいます」(Aさん・歌舞伎町勤務)

 意外と涙ぐましい努力をしているキャバクラ嬢。中には、過激な方法で体形維持しているキャバクラ嬢もいるという。

「ダイエット薬です。食欲を抑制する『サノレックス』などですね。一時は、タイの『MDクリニックダイエット』や『ヤンヒー』といった薬が激ヤセするといわれ、わざわざ現地に買いに行くキャバ嬢がいるほど人気でしたが、タイで死亡事故例が起きてからは規制が厳しくなりました。キャバ嬢はよくブログに『ジムやヨガに行ってきます!』と書いていますが、実際は2日酔いで行ける余裕などありません(笑)。皆、できるだけラクして痩せたいので、最近は美容整形も人気です。脂肪吸引や脂肪溶解注射など、稼いでいるキャバ嬢はほとんどしているのではないでしょうか。体だけ痩せても顔の大きさが変わらなければバランスも悪いので、顔の脂肪を取る注射も欠かせません」(Sさん・仮名・六本木勤務)

■細いキャバ嬢は「一緒に歩いて目立つ」

 ではなぜ、キャバ嬢たちは、そこまでして細さを求めるのだろうか?

「周りのキャバ嬢が細いから……というのが大きな理由ではないでしょうか。細い方が目立つし、完璧を目指したいという気持ちが皆、人一倍強いと思います。あと毎日ドレスを着るので、そのために体重をキープしていますね。キャバドレスはストレッチ素材のものが少なく、かなり細身の作りになっています。有名キャバ嬢がモデルを勤めるドレスサイトを見ると、そのサイズ感は一目瞭然です」(同)

 キャバ嬢自身だけでなく、店側も細さを重要視しており、「歌舞伎町の有名キャバクラでは、“デブは採用不可”が当たり前」なのだという。

「もし、入店後に太ったりすると黒服から注意されることもあります。『SNSにほかのキャバ嬢との写真を載せる時、自分だけ太っているのが嫌だから』『ホストクラブでほかの客に負けたくないから』……など理由はさまざまだと思いますが、やはり周りの目が気になるのだと思います」(同)

 しかし一方で、世間からは「痩せすぎているキャバ嬢は魅力的でない」という指摘があるのも事実。それについて彼女たちはどう思っているのだろうか?

「確かに、世間からは『痩せすぎ』といわれますが、歌舞伎町や六本木に来るお客さんは、圧倒的に細いキャストを好みますね。『一緒に歩いていて目立つから』というのが大きな理由ではないでしょうか。そもそも、ぽっちゃり好きなお客さんってキャバクラにはあまり来ないような気がします(笑)。私は以前、銀座のクラブにいたのですが、ホステスはお客さんとの同伴で接待ゴルフに行くので、皆健康的でしたね。お客さんもそこまで細いホステスを求めていなかったこともあり、六本木のお店に移って、病的に細いキャバ嬢を見てビックリしました(笑)。キャバ嬢たちは世間の声よりも、“同業の声”を気にしているのだと思います」(Mさん・六本木勤務)

 日本人女性の平均体重が50㎏といわれているが、キャバクラ嬢の体重は40㎏前後が当たり前だという。「人間離れした細さ」こそ、キャバクラ嬢の生きる世界で求める完璧な美しさなのかもしれない。

カワノアユミ
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。裏モノ・夜ネタを主に執筆。編著書に『旅の賢人たちがつくったアジア旅行最強ナビ』(辰巳出版)など。アジアのキャバクラに9カ月間潜入した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)発売中。

オンナ万引きGメン日誌:中年男性が盗った――! 恐怖と興奮に震えた“初現場の思い出”

 万引きGメンになるための4日間の研修を経て、現場勤務の初日。この日は、犯罪特番に出演したこともあるベテランの男性保安員について、独り立ち前のインターン研修を受けました。研修場所は、東京23区でも犯罪発生率の高い地域にあるショッピングモールA。地下に食品売場、1階に衣料品、2階に化粧品売場、3階に日用品売場、4階に玩具売場や書籍売場、5階にゲームセンターやレストランを要する、典型的な造りのショッピングモールです。

 店の裏側にある従業員専用出入口の前で先輩と合流したあと、入館手続きを経て総合事務所に向かい、店長さんに挨拶を済ませると、早速勤務が始まります。ちなみに、店長や担当マネージャー以外の従業員に、私たちが挨拶することはありません。保安員の導入は、内部不正の摘発も兼ねることから、責任者しか知りえない秘匿事項なのです。そうはいっても1日中店内にいるので、勤務終盤にもなればバレてしまいますけどね。

 この日の勤務は、午前11時から午後7時までの8時間で、そのうちの1時間は休憩をいただけます。昼の時間帯は、客数の多い食品売場を中心に警戒するのがセオリーなので、ランチを求める主婦の気持ちで、食料品売場を巡回することにしました。気持ちを作ることで気配を消すことができると、先輩に教わったのです。

「この店は多いから、今日も何かあると思うよ。何かあったら呼ぶから、遠巻きについておいで」

 優しげな顔で自信たっぷりに言う先輩を頼もしく思いながら、万引きする人なんて本当にいるのかなと疑心暗鬼な気持ちでぶらぶらと巡回していると、入店から数分後、表情を変えた先輩から手招きされました。

「あの男、いまやってるから、自分の目で現認してみな。何を、どこに隠したか、はっきり見るんだよ。絶対に目を合わせないように。それだけは気をつけて」

 こんなに早く見つけられるものなのか。突然のことにドキドキしながら、テレビで見るのと同じような形で、棚の陰から中年男性の動向を見守ります。気が付けば先輩の姿はなく、どこか違うところから監視しているようでした。恐怖と興奮が入り混じったような感覚に襲われた私は、自然と高まる鼓動を感じながら中年男性の動向を監視するものの、棚から取る商品の確認はできても商品を隠す瞬間を見ることができません。結局、どこに何を隠したか、何ひとつ見ることができないまま、出口に向かって歩き始めた中年男性の背中を追いかけていると、どこからともなく現れた先輩が言いました。

「見れた?」
「すみません。ちょっとわからなかったです」
「じゃあ、声かけやってみな。お肉とか、お金払ってないものあるでしょ? って」
「え……、あたしがですか?」
「そばにいるから大丈夫だよ。ほら、もう出ちゃうから、行け!」

 ちょっとエッチに聞こえる先輩の台詞がツボに入り、反応しようと思いましたが、そんな状況ではありません。あまりの恐怖に躊躇しつつも、小刻みにアゴを動かしてゴーサインを出す先輩に背中を押される形で、店の外に出た中年男性を呼び止めます。

「あの、お客様? 店内保安です。何か、お忘れではないでしょうか?」
「あ? 何がだよ?」

 中年男性は鋭い目で私を睨むと、しわがれた野太い声で威嚇してきました。

「お肉とか、お金払ってないものありますよね?」
「え? あ、ああ、これか。ごめん、ごめん、忘れてた。いま払ってくるね……」

 先輩に言われた台詞を口にした途端、一変して恥ずかしそうな表情を見せた中年男性は、その場から逃れるように慌てた様子で店内に戻ろうとしました。呆気に取られて何もできないでいると、そっと先輩が出てきて中年男性の腰元をつかみ、反論を許さない口調で追い込みます。

「隠して外に出たらダメだからさ、事務所まで一緒に来てくれる?」
「違う! お金払うから勘弁してよ……」

 嫌がる中年男性を2人がかりで引きずるようにして事務所に連れていき、盗んだ商品を出してもらうと、惣菜や弁当、お菓子、菓子パン、ビールなど計8点の商品が、使い古された他店のレジ袋から出てきました。盗んだ理由を要約すると、貧困による空腹に耐えかねて仕方なくという感じです。被害総額は、合計で3千数百円。しかし、中年男性の所持金は26円しかなく、商品を買い取れる状況にありません。声をかけられたときに金を払うと言っていたのは、その場凌ぎの嘘であったことがわかり、どんなつもりで嘘をついたのか計り知れない思いがしました。

「誰か、立て替えてくれる人とか迎えに来てくれる人はいますか?」
「そんなの誰もいないです。失業して離婚してから元嫁や子どもには会っていないし、親兄弟も友達もいないから……」

 ヤサなし(住所不定のこと)、金なし、ガラウケなし(身柄引き受け人の用意ができないこと)の三拍子が揃うと、逮捕要件(警察の逮捕基準)に該当してしまいます。その後、警察に引き渡された中年男性は、いくつかの前歴が発覚したこともあって、逮捕されることになりました。どうやら寂しい境遇にある人のようで少し可哀想に思いましたが、それとこれとは話が別なので、割り切って対応するしかありません。

 それから店内で実況見分をした後、逮捕者である私たちも警察署に行って、被害届や調書などいくつかの書類を作成しました。生まれて初めてのパトカーや取調室に、少し興奮したことが記憶もありますが、被疑者の手に手錠がかけられるシーンが一番衝撃的で記憶に残っていますね。警察署での手続きは、6時間くらいかかったかな。勤務初日は、衝撃的なことばかりが巻き起こって、あっという間に終わってしまいました。

(文=智美 監修=伊東ゆう:ジーワンセキュリティサービス株式会社)

・万引きにお困りの方、智美も行きます!
ジーワンセキュリティサービス株式会社

「昔は痩せてた」「美女にモテモテ」飲むほどウソをつく“虚言リーマン”の残念な末路とは?

(前回はこちら) 

どうも、紫帆です。都内の某飲み屋街で小さなバーを経営している私が、夜毎の営業中に目撃したクソ客・変な客・珍事件について、お話させていただきますね。さて、今宵のお客さまは――


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ある意味「夢追い人」!? 迷惑極まりない虚言デブの末路

 年は40代半ば、常にスーツ姿。身長はそこそこあるけど体重はそれ以上にある、いわゆるデ……巨漢。若い頃は痩せていて、ブレイクダンスをやっていたというので、ここでのあだ名を「ブレイクさん」とします。

 ブレイクさんは毎回、席に座ると上機嫌で高級ウイスキーのハイボールを注文し、「隣の店で頼むより100円安いから!」と自らの経済観念をアピールします。そしてハイボールをグビグビと喉に流し込み、夢のある話を披露してくれるのです。

「俺、こう見えてモテるから。特に外人。こないだも六本木のバーで飲んでたら、金髪のロシア人の女2人にホテルに連れてかれちゃって、結局3Pしたよお」

 すごい……夢があります。顔のパーツが肉に埋もれて、もともとのお顔立ちがいまいち判別できないレベルの巨漢であるブレイクさんですが、六本木に行けば何をせずとも金髪美女からベッドのお誘いがあるようです。しかも3Pとは、求められ方が尋常ではありません。

「そんでコンドーム着けようとしたらよお、『アンタの子どもが欲しいから、そんなもの着けるんじゃねえ』って怒ってコンドーム取り上げて、投げつけてくるんだよお」

 初対面の男性とベッドインして中出しを求める外国人女性……夢というより都市伝説です。本当だとしても「日本国籍」とか「養育費」等々のワードが脳裏をかすめます。また「中出しを要求しコンドームを投げつけてくる」女性がたびたび彼の武勇伝に登場するのですが(その時々で外国人だったりお水のお姉さんだったりします)、この世界のどこかではやってるのでしょうか?

 ――とにかくこんな調子で、夢のような話をたくさんしてくれるブレイクさん。バーとは非日常を味わう空間なので、そこでなされる会話の虚実は曖昧でいいとして……問題は話し方。店内全体に響く大声で、1時間以上同じ話を繰り返します。ちょっと面白いと思った話も繰り返されるとウンザリ。何度も話しているうちにディテールが変化したりするのですが、それを指摘すると顔を真っ赤にして自分の話が事実だと強弁。また長時間滞在するので、居合わせたお客さまは彼の話に辟易して次々と帰ってしまいます(常連さんなどは、彼が来店しただけで退散します)。当初はニヤニヤ聞いていた私も、これでは商売あがったり。どうにかして彼の足が遠のく方法はないかと考えるようになりました。

「実はゆうべ、Mちゃんと飲みに行ったんだよお」

 ある夜、ブレイクさんはうれしそうに話し始めました。Mさんはこのバーの常連で、近所のスナックのママ。彼女のお店に行ったブレイクさんは、アフターで一緒にお寿司屋さんに行ったそう。そこでMさんが“熱烈アプローチ”をしてきたというのです。

 

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 さすがにこれはダウト! ……というのも、Mさんは自他ともに認める超イケメン好きで、営業でアフターに行ったとしても巨漢のブレイクさんに色目を使うことはあり得ません。私はさりげなくスマホのボイスメモを録音モードに。そうとも知らず、ブレイクさんはMさんとのデートの顛末を話し続けます(“熱烈アプローチ”から、いつの間にかセックスをしたことになっていました)。ある程度、言質が取れたところでボイスメモをMさんに送信。20分もしないうちに能面のような表情のMさんが来店しました。ブレイクさんはうろたえて口数が少なくなっています。

「おいデブ、何いいかげんなこと言ってんだ」

 アイドル系の可愛らしい顔立ちのMさんが低い声で問い詰めます。必死ではぐらかそうとするブレイクさんですが、流言の証拠であるボイスメモを再生されると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。

「私、既婚者だから。こういう嘘、今後も広めるつもりなら法的手段を検討するよ?」

 Mさんの言葉に、顔色が真っ青へと変化したブレイクさんはそそくさとお会計を済ませ、帰っていきました。以降は来店することもなく、店には平穏が訪れました。が、夢の住人は現実の世界では生きられません。きっとまたどこかのバーで、夢みたいな話をしているのでしょう。

(隔週金曜日・次回は4月27日更新)

プロフィール
浮川紫帆(うきがわ・しほ)
東京都内の繁華街の一角でバーを経営する30代バツイチ女性。ママ歴は6年。好きなお酒はマカストロングのお湯割り。

(イラスト=ドルショック竹下)

アソコの毛は「全剃り」すべき? ドイツ語講師のフリードリヒと初デートで起きた“障壁”

”鼻がデカい”フリードリヒをロックオン!

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 「外専女子」になった私は、ある日ふと、“とても身近な外国人男性”が、自分の理想の外国人男性像をはるかに上回っていることに気づいたのです。

 その“身近な外国人男性”とは、ドイツ語個人レッスンの講師!

マザコンの日本人彼氏とまだ交際していた頃、私はひとりでドイツのベルリン州へ旅行に行ったのでした。憧れのドイツ文化や芸術、音楽に感銘をうけた私は、帰国後すぐに「ドイツ語個人レッスン」のサイトにアクセス! 1時間2,800円でお手頃、主にカフェでマンツーマンレッスン、講師は指名可……。男女合わせて6人ほどの講師の中から、ベルリン出身で年も1つ上、はにかんだ笑顔のフリードリヒ先生を指名。

 恵比寿駅で待ち合わせし、実際にフリードリヒ先生と会った感想は「身なりもきちんとした、清潔で感じの良い先生」程度で、恋愛対象として見ることもなかったのですが……。

 レッスン契約からほどなくして、彼に内縁関係を解消され、日本人男性に絶望した時、私の心にフリードリヒがグイグイ入ってきたのです。

 彼が来日した理由は、日本のとある会社に勤めるのが目標で、現在は日本語学校に通いながら生活のためにドイツ語を教えているとのこと……。

 これって! 日本に目的を持って単身で渡ってきた、いわゆる「自立している外国人」ではないか!! 彼はドイツ人(重要)だし顔もイケメンだし、真面目だし……。これは運命に違いない!!
 
 こうして彼は、私に即ロックオンされたのでした。

 レッスンは2週間に1回(本当は毎週でも受けたいけど経済的事情で)、恵比寿駅の近くにあるカフェのカウンターで2人、肩を並べて行います。

 レッスン終了後、彼がこんな質問を。

「どこか面白い飲み屋を知らない? 君なら知ってそうだね」

 私は新宿にある友達が働いている小さなバーの話をしてみたら、

「いいね! 今度一緒に行こう! いつがいい?」

 ……なんて返事が!!

 外国人の良いところは、日本人と違って「いつか行こうね!」という社交辞令がないところ。誘いたくない相手には、いっさい話を振らないのです。

 お互い都合の良い日に約束をして、初デートの運びに。運命だと悟った相手から誘われるなんて、これはもう間違いない!

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 デート当日、私にはひとつの悩みが。それは「Hな雰囲気になった時、“あそこの毛”はどうしておくべきか」。当時の私は外専女子になりたて、外国人のシモ知識も少なく、知っているのは、なんとなくあちらの女性はあそこの毛がないらしい、ということくらい。

 思い切って全剃りなんてしたら、待ってましたと言わんばかりだし、こなれている感満載じゃないか。

 結果、「スーパーナチュラル」(※脱毛用語で「ほぼ全残し」)で行くことに。彼は覚えたての日本語で友達や常連さんに「ワタシハベルリンデ、ウレマシター!」と言い放ち、「生まれましただよね、売られてないよね」などとツッコまれ皆で笑ったりと、とても楽しいらしく、無邪気な彼に私はうっとり。

 そんなうっとりで“スーパーナチュラル”な私と彼は……あっさり新宿駅でお別れ。

 拍子抜けしましたが、「誠実なのね!」と、ますます彼を好きになった私。それからも何度か飲みの誘いがあり、これはもう告白してもOKだろう、と決めたのでした。

 バーのカウンターで肩を並べていい感じ(私だけ)になった頃、私は覚えたてのドイツ語で「私はあなたに、ダーリンになってほしい」と告白。彼は一瞬止まって、「アワワワワ」とうろたえ、ハーっとため息をつき、私にこう言いました。「君はかわいいし面白いし、一緒にいてとても楽しい、けど」

 けど!?

 ……凍りつく私に一言

「トモダチフォーエバー(原文ママ)」

 さらに彼は、「ところで君のドイツ語ちょっと間違ってる」と、私のガタガタなドイツ語のミスまで指摘してくれたのでした……。

 期待で胸がパンパンだっただけに、大ショック。いまだにどうやってうちに帰ったのか覚えていません。

 今考えると、ヘタに男女関係にならず、“トモダチ”として大事にしてくれていたんだな、と彼の誠実さをひしひしと感じます。今となっては……。

 外専女子をやっていて、唯一の良い思い出です。

 ちなみに「フリードリヒ先生、実はゲイ疑惑」がいまだ私の心に渦巻いています。

 

 

(隔週火曜日・次回は4月24日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

アソコの毛は「全剃り」すべき? ドイツ語講師のフリードリヒと初デートで起きた“障壁”

”鼻がデカい”フリードリヒをロックオン!

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 「外専女子」になった私は、ある日ふと、“とても身近な外国人男性”が、自分の理想の外国人男性像をはるかに上回っていることに気づいたのです。

 その“身近な外国人男性”とは、ドイツ語個人レッスンの講師!

マザコンの日本人彼氏とまだ交際していた頃、私はひとりでドイツのベルリン州へ旅行に行ったのでした。憧れのドイツ文化や芸術、音楽に感銘をうけた私は、帰国後すぐに「ドイツ語個人レッスン」のサイトにアクセス! 1時間2,800円でお手頃、主にカフェでマンツーマンレッスン、講師は指名可……。男女合わせて6人ほどの講師の中から、ベルリン出身で年も1つ上、はにかんだ笑顔のフリードリヒ先生を指名。

 恵比寿駅で待ち合わせし、実際にフリードリヒ先生と会った感想は「身なりもきちんとした、清潔で感じの良い先生」程度で、恋愛対象として見ることもなかったのですが……。

 レッスン契約からほどなくして、彼に内縁関係を解消され、日本人男性に絶望した時、私の心にフリードリヒがグイグイ入ってきたのです。

 彼が来日した理由は、日本のとある会社に勤めるのが目標で、現在は日本語学校に通いながら生活のためにドイツ語を教えているとのこと……。

 これって! 日本に目的を持って単身で渡ってきた、いわゆる「自立している外国人」ではないか!! 彼はドイツ人(重要)だし顔もイケメンだし、真面目だし……。これは運命に違いない!!
 
 こうして彼は、私に即ロックオンされたのでした。

 レッスンは2週間に1回(本当は毎週でも受けたいけど経済的事情で)、恵比寿駅の近くにあるカフェのカウンターで2人、肩を並べて行います。

 レッスン終了後、彼がこんな質問を。

「どこか面白い飲み屋を知らない? 君なら知ってそうだね」

 私は新宿にある友達が働いている小さなバーの話をしてみたら、

「いいね! 今度一緒に行こう! いつがいい?」

 ……なんて返事が!!

 外国人の良いところは、日本人と違って「いつか行こうね!」という社交辞令がないところ。誘いたくない相手には、いっさい話を振らないのです。

 お互い都合の良い日に約束をして、初デートの運びに。運命だと悟った相手から誘われるなんて、これはもう間違いない!

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 デート当日、私にはひとつの悩みが。それは「Hな雰囲気になった時、“あそこの毛”はどうしておくべきか」。当時の私は外専女子になりたて、外国人のシモ知識も少なく、知っているのは、なんとなくあちらの女性はあそこの毛がないらしい、ということくらい。

 思い切って全剃りなんてしたら、待ってましたと言わんばかりだし、こなれている感満載じゃないか。

 結果、「スーパーナチュラル」(※脱毛用語で「ほぼ全残し」)で行くことに。彼は覚えたての日本語で友達や常連さんに「ワタシハベルリンデ、ウレマシター!」と言い放ち、「生まれましただよね、売られてないよね」などとツッコまれ皆で笑ったりと、とても楽しいらしく、無邪気な彼に私はうっとり。

 そんなうっとりで“スーパーナチュラル”な私と彼は……あっさり新宿駅でお別れ。

 拍子抜けしましたが、「誠実なのね!」と、ますます彼を好きになった私。それからも何度か飲みの誘いがあり、これはもう告白してもOKだろう、と決めたのでした。

 バーのカウンターで肩を並べていい感じ(私だけ)になった頃、私は覚えたてのドイツ語で「私はあなたに、ダーリンになってほしい」と告白。彼は一瞬止まって、「アワワワワ」とうろたえ、ハーっとため息をつき、私にこう言いました。「君はかわいいし面白いし、一緒にいてとても楽しい、けど」

 けど!?

 ……凍りつく私に一言

「トモダチフォーエバー(原文ママ)」

 さらに彼は、「ところで君のドイツ語ちょっと間違ってる」と、私のガタガタなドイツ語のミスまで指摘してくれたのでした……。

 期待で胸がパンパンだっただけに、大ショック。いまだにどうやってうちに帰ったのか覚えていません。

 今考えると、ヘタに男女関係にならず、“トモダチ”として大事にしてくれていたんだな、と彼の誠実さをひしひしと感じます。今となっては……。

 外専女子をやっていて、唯一の良い思い出です。

 ちなみに「フリードリヒ先生、実はゲイ疑惑」がいまだ私の心に渦巻いています。

 

 

(隔週火曜日・次回は4月24日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。