中学受験で難関私立合格、しかし不登校に――「息子を医者に」と願った“完璧主義ママ”の罪

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験では、親、それも母親が子どもに及ぼす影響力が大きいのであるが、この母親の導き方次第で、子どもの運命が天と地ほども変わるということをご存じだろうか。

 私見ではあるものの、中学受験は“賢くない親”は参入してはいけない世界だと感じている。抽象的な言い方になるが、子育てとは、我が子をまるごと観察し、認め、その時々の我が子に合ったサイズの箱を用意することであり、そして、箱の蓋は常に開けておかねばならない……と思う。しかし一方で、箱の装飾だけを気にして我が子のジャストサイズを見失い、親自身が勝手に作り上げた狭い箱の中に押し込めようとする“賢くない親”がいるのだ。

 今回はそんな“賢くない母”の中でも、特に要注意人物に当たる“完璧主義の母”を取り上げてみよう。亜由美さんは地方都市出身者で、比較的裕福な家庭に生を受けた。大学で上京し、そのまま就職。それからほどなく夫と結婚し、現在も専業主婦という立場である。夫は総合病院の勤務医だが、代々医者という家系のため、将来的には実家の医院を継ぐことになっている。

 そんな亜由美さんと夫のもとに、祐樹君が誕生した。夫の仕事は宿直も多く、激務であったので、育児のことも含め、家庭のことは全て亜由美さんが担っていたという。亜由美さんいわく「夫からも義実家からも『祐樹を医者に』という言葉は今まで一度も聞いたことはない」そうで、彼女だけが「この子は私が医者にさせねば!」という“変な使命感”に駆られていたという。

 亜由美さんは、「胎教に良い」と聞けば、それ専門のお教室に通い、祐樹君が誕生してからは小学校受験を目指して、忙しい日々を送っていた。しかし、亜由美さんの孤軍奮闘は実らず、結局、祐樹君は学区内の公立小学校に入学する。

 亜由美さんは当時、「あんなに頑張ったのに、小学校受験に失敗してしまい……。お教室の仲間は合格したのに祐樹だけが落とされて……。『小学校受験は母の努力』って聞くと、やっぱり私が至らなかったんだろうなって、猛省しました」と語り、こんな目標を立てたそうだ。

「中学受験ではもう絶対に失敗は許されない」
「お教室の友達が合格した学校よりも、さらに良い学校に祐樹君を入れる」

 こうして祐樹君は、小学校の早い段階から、再び“受験塾”通いをすることになった。

 亜由美さん個人による、小学校受験の不合格分析は“工作の対策遅れ”。要するに、祐樹君はハサミを上手に扱えず、それをリカバリーすることができなかったから不合格だったという結論を、亜由美さんが勝手に下したのだ(小学校受験の不合格の理由はその学校の試験官しかわからないので、分析しても無意味である。要するに「ご縁がなかった」ということに尽きると、筆者は思うのだが)。

 以来、亜由美さんは祐樹君の“弱点補強”にこれまで以上に力を入れ始めた。“弱点補強”は必ずしも悪いことではないが、亜由美さんはどちらかといえば、近視眼的タイプで「ミスはあってはならない!」という思考になっていったらしい。それゆえ、解き方のプロセスよりも、正答か否かだけで評価を下すことに心血を注ぎ込んでしまったそうだ。それは、まるで正答しなければ合格できない! と思い込んだかのようだった。

 中学受験で合格することは大きな喜びではあるものの、それは単なる“結果”に過ぎない。それよりも、日々の暮らしの中で「勉強するってなんかワクワクするね!」「学ぶって面白いね!」というような“知的好奇心”をくすぐることに重きを置いた方が、子どもは勝手に伸びていく傾向があるが、頭ではわかっていても、毎週のようにテストはあり、毎月成績によってクラス替えも行われ、さらには成績順で座る位置も決まってしまうような“塾社会”に身を置かれると、人は簡単に大切なことを見失う。結果、亜由美さんは祐樹君のテストの点数にしか頭が回らなくなり、試験のたびにこういう言い方を祐樹君にしていたという。

「98点? 惜しいわね。ここのケアレスミスさえなければ満点だったのに!」
「次回は満点を取るようにしないとね。祐樹ならできるわ」

 受験にはそもそも満点は必要ない。どこの学校であっても、合格ラインは70%前後に設定してあるからだ。しかし、亜由美さんは理想が高い“完璧主義”病にかかってしまったかのように、たとえ祐樹君がクラス最高点を取ったとしても、それが満点でないのならば、決して満足はできなくなってしまったのだ。

 一方の祐樹君だが、彼は優秀だったので、苦手科目より、得意科目の方がはるかに多かったにもかかわらず、常に“できないこと”に注目し続ける母の期待に応えようと、母と同じく「小学校受験のリベンジ」を目標に頑張り続けた。そして、結果的に、難関私立中学に合格。亜由美さんはようやく長年の努力が実ったのだと涙していた。

 しかし、それで“めでたしめでたし”とはいかなかった。中学入学後、新入生にとって初めての中間試験が行われたのだが、祐樹君の結果は220人中の203位。到底、亜由美さんは納得できない。それから、祐樹君に家庭教師を付けて、懸命に頑張らせたものの、期末試験の結果は220人中198位。「頑張っても、頑張っても、成績は上がらない→やる気もなくなる→休みがちになる→ますます授業が解らなくなる→朝、起きられなくなる→指摘すると暴れ出す」という毎日が続き、ついに祐樹君は完全不登校に陥った。

 「行かないのであれば、学費がもったいないから公立に転校しろ!」とだけ言った父親への反発なのか、祐樹君は「入学した学校は辞めない、しかし行く気もない。公立中へは絶対に行かない」という主張を曲げないのだそうだ。

 祐樹君は今現在、中学3年生。その中学に籍はあるが、ほとんど学校には行っていない。いわゆる“引きこもり状態”にある。学校からはやんわりと「高校は別の学校に行ってはどうか?」と言われているらしい。

 この時点で亜由美さんは筆者に「医学部のある通信制の大学付属高校に行かせようと思うのですが、どうでしょうか?」と相談してきた。「それは祐樹君の希望なのか?」と尋ねたところ、亜由美さんはこう答えた。

「いいえ、祐樹は何もしたくないと言っています。将来のことが考えられないんですよね。だから、私が道筋を立ててあげないと!」

 「木を見て森を見ず」(物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うこと)という諺があるが、亜由美さんが作ろうとしている道の先は、果たして森につながっているのだろうか。“中学受験”は親が上手に誘導できると“我が子の人生への大いなるギフト”になるが、そうでなかった場合のダメージは計り知れないほど大きくなるので、注意が必要だ。

 完璧主義の親は時に過干渉になり、子どもをコントロールしようと躍起になる。今、中学受験生を抱えている保護者は、自分が親のエゴで我が子を追い込んでいないかということを自問自答してみてほしいと、筆者は強く願っている。
(鳥居りんこ)

中学受験で難関私立合格、しかし不登校に――「息子を医者に」と願った“完璧主義ママ”の罪

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験では、親、それも母親が子どもに及ぼす影響力が大きいのであるが、この母親の導き方次第で、子どもの運命が天と地ほども変わるということをご存じだろうか。

 私見ではあるものの、中学受験は“賢くない親”は参入してはいけない世界だと感じている。抽象的な言い方になるが、子育てとは、我が子をまるごと観察し、認め、その時々の我が子に合ったサイズの箱を用意することであり、そして、箱の蓋は常に開けておかねばならない……と思う。しかし一方で、箱の装飾だけを気にして我が子のジャストサイズを見失い、親自身が勝手に作り上げた狭い箱の中に押し込めようとする“賢くない親”がいるのだ。

 今回はそんな“賢くない母”の中でも、特に要注意人物に当たる“完璧主義の母”を取り上げてみよう。亜由美さんは地方都市出身者で、比較的裕福な家庭に生を受けた。大学で上京し、そのまま就職。それからほどなく夫と結婚し、現在も専業主婦という立場である。夫は総合病院の勤務医だが、代々医者という家系のため、将来的には実家の医院を継ぐことになっている。

 そんな亜由美さんと夫のもとに、祐樹君が誕生した。夫の仕事は宿直も多く、激務であったので、育児のことも含め、家庭のことは全て亜由美さんが担っていたという。亜由美さんいわく「夫からも義実家からも『祐樹を医者に』という言葉は今まで一度も聞いたことはない」そうで、彼女だけが「この子は私が医者にさせねば!」という“変な使命感”に駆られていたという。

 亜由美さんは、「胎教に良い」と聞けば、それ専門のお教室に通い、祐樹君が誕生してからは小学校受験を目指して、忙しい日々を送っていた。しかし、亜由美さんの孤軍奮闘は実らず、結局、祐樹君は学区内の公立小学校に入学する。

 亜由美さんは当時、「あんなに頑張ったのに、小学校受験に失敗してしまい……。お教室の仲間は合格したのに祐樹だけが落とされて……。『小学校受験は母の努力』って聞くと、やっぱり私が至らなかったんだろうなって、猛省しました」と語り、こんな目標を立てたそうだ。

「中学受験ではもう絶対に失敗は許されない」
「お教室の友達が合格した学校よりも、さらに良い学校に祐樹君を入れる」

 こうして祐樹君は、小学校の早い段階から、再び“受験塾”通いをすることになった。

 亜由美さん個人による、小学校受験の不合格分析は“工作の対策遅れ”。要するに、祐樹君はハサミを上手に扱えず、それをリカバリーすることができなかったから不合格だったという結論を、亜由美さんが勝手に下したのだ(小学校受験の不合格の理由はその学校の試験官しかわからないので、分析しても無意味である。要するに「ご縁がなかった」ということに尽きると、筆者は思うのだが)。

 以来、亜由美さんは祐樹君の“弱点補強”にこれまで以上に力を入れ始めた。“弱点補強”は必ずしも悪いことではないが、亜由美さんはどちらかといえば、近視眼的タイプで「ミスはあってはならない!」という思考になっていったらしい。それゆえ、解き方のプロセスよりも、正答か否かだけで評価を下すことに心血を注ぎ込んでしまったそうだ。それは、まるで正答しなければ合格できない! と思い込んだかのようだった。

 中学受験で合格することは大きな喜びではあるものの、それは単なる“結果”に過ぎない。それよりも、日々の暮らしの中で「勉強するってなんかワクワクするね!」「学ぶって面白いね!」というような“知的好奇心”をくすぐることに重きを置いた方が、子どもは勝手に伸びていく傾向があるが、頭ではわかっていても、毎週のようにテストはあり、毎月成績によってクラス替えも行われ、さらには成績順で座る位置も決まってしまうような“塾社会”に身を置かれると、人は簡単に大切なことを見失う。結果、亜由美さんは祐樹君のテストの点数にしか頭が回らなくなり、試験のたびにこういう言い方を祐樹君にしていたという。

「98点? 惜しいわね。ここのケアレスミスさえなければ満点だったのに!」
「次回は満点を取るようにしないとね。祐樹ならできるわ」

 受験にはそもそも満点は必要ない。どこの学校であっても、合格ラインは70%前後に設定してあるからだ。しかし、亜由美さんは理想が高い“完璧主義”病にかかってしまったかのように、たとえ祐樹君がクラス最高点を取ったとしても、それが満点でないのならば、決して満足はできなくなってしまったのだ。

 一方の祐樹君だが、彼は優秀だったので、苦手科目より、得意科目の方がはるかに多かったにもかかわらず、常に“できないこと”に注目し続ける母の期待に応えようと、母と同じく「小学校受験のリベンジ」を目標に頑張り続けた。そして、結果的に、難関私立中学に合格。亜由美さんはようやく長年の努力が実ったのだと涙していた。

 しかし、それで“めでたしめでたし”とはいかなかった。中学入学後、新入生にとって初めての中間試験が行われたのだが、祐樹君の結果は220人中の203位。到底、亜由美さんは納得できない。それから、祐樹君に家庭教師を付けて、懸命に頑張らせたものの、期末試験の結果は220人中198位。「頑張っても、頑張っても、成績は上がらない→やる気もなくなる→休みがちになる→ますます授業が解らなくなる→朝、起きられなくなる→指摘すると暴れ出す」という毎日が続き、ついに祐樹君は完全不登校に陥った。

 「行かないのであれば、学費がもったいないから公立に転校しろ!」とだけ言った父親への反発なのか、祐樹君は「入学した学校は辞めない、しかし行く気もない。公立中へは絶対に行かない」という主張を曲げないのだそうだ。

 祐樹君は今現在、中学3年生。その中学に籍はあるが、ほとんど学校には行っていない。いわゆる“引きこもり状態”にある。学校からはやんわりと「高校は別の学校に行ってはどうか?」と言われているらしい。

 この時点で亜由美さんは筆者に「医学部のある通信制の大学付属高校に行かせようと思うのですが、どうでしょうか?」と相談してきた。「それは祐樹君の希望なのか?」と尋ねたところ、亜由美さんはこう答えた。

「いいえ、祐樹は何もしたくないと言っています。将来のことが考えられないんですよね。だから、私が道筋を立ててあげないと!」

 「木を見て森を見ず」(物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うこと)という諺があるが、亜由美さんが作ろうとしている道の先は、果たして森につながっているのだろうか。“中学受験”は親が上手に誘導できると“我が子の人生への大いなるギフト”になるが、そうでなかった場合のダメージは計り知れないほど大きくなるので、注意が必要だ。

 完璧主義の親は時に過干渉になり、子どもをコントロールしようと躍起になる。今、中学受験生を抱えている保護者は、自分が親のエゴで我が子を追い込んでいないかということを自問自答してみてほしいと、筆者は強く願っている。
(鳥居りんこ)

万引きGメン・澄江(65歳)、スーパーの品出しパートだった私が保安員になったワケ

 はじめまして、保安員(万引きGメン)の澄江です。智美の先輩にあたる私は、この道一筋40年、いままでにたくさんの万引き犯を捕まえてきました。今年で65歳になりますが、いまも週のうち5日は現場に立って、平均して月に7~8人は捕捉しています。主な派遣先は、スーパーや百貨店、ドラッグストア、ショッピングモール、アパレルなどで、変わったところで言えば空港の免税店や道の駅、巨大遊園地のオフィシャルショップにおける勤務も経験しました。捕捉率は2~3割なので決して腕利きの保安員とは言えませんが、急な欠勤や誤認事故などのトラブルはなく、安定感のある職員として使っていただいているようです。

 いま思えば、急なお休みをいただいたのは、声をかけた被疑者に投げ飛ばされて胸骨を折られた時と、車に乗り込んだ被疑者を捕まえようとドアノブに手を入れたところで発進されて指が切れた時くらいでしたね。両事案とも犯人は捕まっていませんが、いまでも顔はしっかりと覚えているので、いつの日か捕まえてやりたいと思っています。

 この仕事を始めたキッカケは、ウチの近所にあるスーパーで品出しのパートをしている時に、いくつかのお菓子を万引きした小学4年生の男の子を捕まえたことでした。もともと正義感が強いこともあって、「お金払わないとダメだよ」と、つい呼び止めてしまったわけです。泣きわめく男の子をなだめながら事務所に連れて行くと、施設の出入管理を担当する制服警備員に驚かれました。

「おかるを捕まえちゃうなんて、スゴイですねえ。我々でも難しいのに……」

 おかるとは、万引き犯のことを指すスーパーの隠語で、いまも一部で使われています。確かなことはわかりませんが、忠臣蔵の芝居に登場する盗賊一味の名前が由来だといわれており、『サザエさん』に出てくる伊佐坂先生の奥さんは関係ありません。

 館内放送で店長を呼び出して状況を説明すると、思いのほか喜んでくれて、「お手柄でした」と私のことを褒めてくれました。商品の不明ロスは賞与計算に影響するため、2人の子を持つ店長は、常日頃から万引き被害に頭を悩ませていたのです。

「澄江さん、こっちの才能あるんじゃない? ウチの会社、紹介しようか?」

 珍しく他人に褒められたことがうれしくて、どこかくすぐったいような気分で喜びを噛み締めていると、制服警備員に冷やかされました。その一言が、なぜか心に刺さってしまい、この仕事に就いたのです。

 両親はパートより正社員の方がいいと反対しませんでしたが、当時付き合っていた彼(亡夫)は刑事だったこともあって、あまりいい顔をしませんでした。ほかの警察官や刑事にちょっかいを出されるんじゃないかとか、それが自分の上司だったらどうするんだなどと、若かったからケガのことなんかよりも異性関係のことを中心に心配していましたね。ちょっと鬱陶しかったけど、まったくモテたことのない私を美人扱いしてくれて、うれしかったです。ちなみに、その不安は違う形で的中して顔なじみになった現場の店長さんから告白されたり、何度か取調べを担当された老刑事から執拗に見合いを勧められたこともありました。

 保安デビューの日は、関東郊外のディスカウントストアで、商品のサングラスをつけたまま外に出たパンチパーマの少年を捕捉した記憶が鮮明に残っています。生意気そうな少年に恐る恐る声をかけると、意外にも逆らうことなく素直に従ってくれので、もしかしたら根はいい子なんじゃないかと思いつつ警備室に連行しました。あとでわかったことですが、外国人は別として、男は女に、なかなか手をあげたりしないものなのです。

「万引きです」

 警備室に少年を連れて行くと、そのインパクトある姿を見た制服警備員は顔をひきつらせて、目を合わせないように俯いてしまいました。あまりの冷遇ぶりに動揺しながら、新人であることを悟られないよう人定事項を聴取し、店長の到着を待ちます。すると突然に、パンチパーマの少年たちが、警備室に乱入してきました。

「いますぐ○×くんを返せ!」
「おい、ねえちゃん。お前、地元どこだ? 攫っちゃうぞ、この野郎!」

 まだまだあどけなさの残る顔立ちと鬼剃りのパンチパーマの組み合わせがおかしくて、少しも怖くありませんでしたが、否応なく矢面に立たされた制服警備員はタジタジな様子です。まったく収まりがつきそうにないので、タイミングよく表れた店長に頼んで警察を呼んでもらうと、それを察知した少年たちは囚われの仲間を見捨てて、そそくさと退散していきました。

「また、お前か……」

 近くの交番から駆け付けた警察官は、被疑者席に座る少年の姿を見るなり、呆れた顔で大きなため息をつきました。場の状況から察するに、この少年は地元で有名な暴走族のメンバーの1人で、日常的に警察の世話になっているようです。つい先日も、シンナーを吸った状態で他人のバイクを勝手に乗り回して捕まったそうで、「お前は少年院行きだ」と警察官に脅されていました。当の少年は、ろくに言葉を発することなく警察官を睨みつけるばかりで、反省の様子は微塵もみられません。少年院など、怖くない。そんな強がる気持ちばかりが伝わってくるのです。

 事件処理を済ませるため、少年とは別のパトカーで警察署に行くと、少年課の取調室に案内されました。たばこの煙で黄ばんだ部屋のなかで、座り心地の悪いパイプ椅子に腰を下ろせば、自分が犯罪者になったような気になるものです。それが不思議で、冤罪事件の温床を垣間みたような思いがしました。

「こいつ、悪いヤツだから、ちょっと時間かかるよ」

 “長さん”と呼ばれる初老の刑事は、苦々しい顔でくわえ煙草をしたまま言いました。犯人の少年は隣の部屋で取調べを受けており、体のデカい若い刑事さんが担当しています。

「てめえ、何度言ってもわからねえなら、道場で叩き直してやろうか?」
「あんまりいきがってると、締め落とすぞ!」 

 年齢より遥かに落ち着いていて、あまり怯まない感じの少年だったので、刑事さんも熱くなってしまったのでしょう。隣の部屋から時折聞こえてくる怒号や机とパイプ椅子がぶつかりあう音はプロレスのようで、大きな音が発せられるたびにドキリとしたことを覚えています。いま思えば、昔の警察は随分と威圧的で、人権意識の低い人ばかりでした。

 ひと通りの書類を書き終えて、長さんに先導される形で廊下に出ると、壁際に設置されたブラウンのベンチシートに、ひとりの中年女性が座っていました。みれば、身体全体から貧苦が漂っており、昭和枯れすすきを彷彿させるほどです。

「このたびは、ウチの息子がご迷惑をおかけしまして……」

 先ほど捕まえた少年のお母さんだった彼女は、消え入るような声で謝罪の言葉を述べると、その場に泣き崩れて私の足首をつかみました。

「ね、お願い! 今回だけは、許して! あの子、少年院に行くことになっちゃうの」

 確かに、彼女の可愛い息子を少年院の入口まで連れて行ったのは私です。しかしながら保安員の仕事は被疑者の捕捉で、その後の処分に関わることはありません。自分が捕まえた犯人の母親に謝られても居心地が悪いだけですが、それよりも自分の選んだ仕事が持つ破壊力を実感して心身が震えて、この場から逃げ出したい気持ちになりました。でもそれが嫌ではなかったから、いまもこの仕事を続けているのだと思います。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「オジサンの下心」はバレている! バーのママが目撃した「飲ませオヤジ」のスカッと顛末

(前回はこちら) 

どうも、紫帆です。都内の某飲み屋街で小さなバーを経営している私が、夜毎の営業中に目撃したクソ客・変な客・珍事件について、お話させていただきますね。さて、今宵のお客さまは――
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来るたび違う女性を連れてくるオジサン

 そのおじさんは毎回、女の子を同伴していらっしゃいます。

見た感じは50代半ば、チビ。自称会社社長とのことですが、ちょい悪オヤジ風でもなく、ダークスーツにポマードで髪をぴったり撫でつけた昭和風情漂う「シャチョー」さん。連れてくるのもクラブホステスなどいわゆる高めの女ではなく、右も左もわからない上京したての女子大生や、メンタルが弱いらしくお酒の席で急にお薬を飲み始めてしまう女性など、言ってしまえば「金にモノを言わせて、自分がなんとかできそうな女」ばかりです。

そんな女の子を隣に座らせては、ルックスに不似合いな甘い声で90年代バラード(中西○三や徳○英明など、王道のやつ)をささやき、瓶ビールをせいぜい1~2本で切り上げ夜の街へ消えていく……それが同伴おじさんの飲みパターン。

 いえ、別にいいんです。周りに迷惑をかけるような飲み方でもないし、誘いに乗ってきた女の子にお酒を奢って、カラオケでちょっといい気分になっているだけなのですから。ただわたしが生来のゲス気質から「なんで毎回、自分がマウント取れそうな女性ばかりなの?」「どうして二度と同じ女性は連れてこないの?」「『酒弱いからあまり飲まない』って言うけど、本当は後のエレクチオンに影響するからじゃ……?」などと穿った目で見て、勝手に不快に思っていたことは否定できません。

 そんなある夜、同伴おじさんが珍しく強めの美女を連れて来店しました。年は40前後で、ワイルドなロングヘアが似合う、ひと昔前のロックミュージシャンのような目力のある女性。彼女はおじさんに促される前に席について、カウンターに身を乗り出して注文します。

「ねえ、ビール頂戴。なんかこの人が奢ってくれるって言うからサ」

 この前に相当飲んできたのか呂律が回っていませんが、それもまた昭和の女優のような気だるいセクシーさを醸し出しています。これはカタギじゃない……そう予感しましたが、同伴おじさんは上機嫌で「どんどん飲んで。ご馳走してあげるから」などと酒を勧めています(このおじさん、酔わせてヤル気満々である)。

 はじめのうちはスポンサーであるおじさんにしなだれかかったりと「サービス」していた強め美女ですが、ビールを1本、また1本と飲み干すうちに獣へと変貌。同伴おじさんが歌うバラードで気分が昂揚したのか、艶めかしく踊りながら近くに座っていた常連の男性客に抱きついて、ねっとりとしたディープキスを始めたのです。

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「ちょっと、何やってんの!」

 歌を中断してたしなめる同伴おじさん。しかし彼女は

「うるせえ! てめえの女とでも思ってんのか!」

と、100倍くらいの迫力で怒鳴り返します。えーと、ここは昭和? おじさんは、あてが外れたとばかりにサッサとお会計を済ませ、美女を置いて帰ってしまいました。

 後で判明したことですが、その美女は界隈の飲み屋で有名な大トラ女。たしかにややメンタルが不安定だそうなのですが、少女時代から札付きの不良で一通りの悪いことはやっているという筋金入りのお方でした。そう言われるだけあってその後お帰りいただくのがなかなか大変でしたが……。

 下心アリアリの同伴おじさんに一撃お見舞いしてくれて、実にせいせいした夜でした。

(隔週金曜日・次回は7月6日更新)

プロフィール
浮川紫帆(うきがわ・しほ)
東京都内の繁華街の一角でバーを経営する30代バツイチ女性。ママ歴は6年。好きなお酒はマカストロングのお湯割り。

(イラスト=ドルショック竹下)

「外国人シェアハウス」ってどんな場所!? 男4女1が暮らす都内マンションに外専女子が潜入!

「外専女子初心者」にありがちな、どんな外国人もかっこよく見えてしまうマジックにかかっていた私。

 数カ月前にナンパしたオーストラリア人男子・エリックを奇跡のイケメンと錯覚し、夢にまで見た再会を果たしたところ、目の前に現れたのはただのブサメンでありました。さらにブサメンエリックは泥酔しており、タクシーで自宅に帰らせようとするも、私のよくわからない意地が発動し、エリックについていくことになり……。

前回はこちら

ここだけ異国!? ”異常に汚い”シェアハウスの内部

7-1

 エリックの住まいは5DKのマンションの一室、いわゆる「シェアハウス」。外国人の集うシェアハウスってどんなん!? と、ちょっとわくわくしながら到着。

 ドアを開けて玄関に入ると「グニョッ」。何か踏んだ――! 

 踏んだのは、くたくたになった外国人サイズのでっかいスニーカー。パンプスやサンダルなんかもごちゃごちゃと、重なり合って放置してある。私は、日本人専用のシェアハウスには何度かおじゃましたことがあって、そこの玄関もまあ散らかっているけど、どこかしら整理整頓しようとした痕跡はみられる。しかし、この散らかり方はさすが個人を重んじる外国人、って感じ! 東京だけどここは異国だと確信。

 ダイニングキッチンには夜中だからか、住人は誰もいない。電気をつけると、真ん中に大きなテーブルがある。住人共通で使うのだろう、テーブルの上には外国語で書かれたメモや手紙、お菓子、そして私たちはめったに目にすることのない在日外国人向けのフリーペーパーのようなものが雑に置かれている。ここには男性4人、女性1人が住んでいるらしいのだけど、男女ごちゃまぜって、「そういうこと」にならないんだろうか!? あとからエリックに聞いてみたら、「彼女はブスだから」って。おまえが言うな。

 床には母国から届いたであろう、異国情緒たっぷりの食品がつまった段ボール。どの国もそうなんだな、こうやって食料送ってくれるんだな〜と感心。

 ほかの住人に見つからないよう、そそくさとヤツの部屋に入ると、思わずため息の出る光景が……。

むき出しのマットレスでムリヤリ添い寝

 6畳1間のフローリングの部屋にはこじゃれた小物ひとつなく、白熱灯のランプがひとつだけ灯っていて、床には開いたまんまの大きいスーツケースにシャツや下着がだらしなくあふれており、家具は備え付けの勉強机と椅子、そしてむき出しのマットレス。色気もくそもない上、ヤツは早々とマットレスで寝てしまった。

 私はすることもなく、ヤツの横で寝てみることに。

……何も起こらない……。

「本当に寝たの!? 女が横にいるのに!!」私は悔しくなり、着ていたニットを脱ぎ、キャミ姿になってエリックを起こしてみる。「ねえ、暇なんだけど」と言うと、「う〜ん」と私をちらりと見て寝返りを打ち、また寝始めた。今度は背中を向けて横になっていると、彼の腕が私の体をまさぐり始めた!

 しめしめ、と思うも「やだ!」と振り払うと、その後まさぐってくることはなく……。ふつふつと「1回拒否っただけであきらめるのかよ!! ブサイクのくせに!!」という不条理な怒りがこみ上げてきた私。

「こいつどんなちんこしてるんだろう、ものすごいテクニックを持ってるかもしれん」「隣の部屋に人がいるとか、コーフンするかも」「ここまできてなんかもったいない」というヤル気が湧いて、半分意識のないヤツのボクサーブリーフをペロン! からの、ポロリ!

7-2

 わあ、これは……!! 見事なフツチン。

 例えるなら、市販のサラダドレッシングの大きさで、青白い。「ん〜、まあ、入れてみるか……」と、手で大きくしてはみたけど、酔っているので完全に硬くはない。「ねえ、ゴムある?」と聞くとヤツは起き上がって、机の引き出しからそれを出してきてくれたものの、私は心の中で「ええ!? あなたに日本でセックスチャンスがあったの……!?」と叫びました。我ながらなんという矛盾の数々。

 ゴムを装着して、ヤツをまたいで、いざ、フツチン挿入! 

 デカい外チン特有の激痛もなく、フツー。騎乗位で動いてみたものの、エリックは8割がた眠っているようで、口をパカーと半開きにして超マヌケ顔でウトウト。はだけたシャツからのぞく、これまた青白く引き締まっていないやや霜降りボディ! あの悪夢(デヴィット)を彷彿とさせる……。時折、意識が戻ってきたのか、下から2、3回弱く突かれて、止まる、の繰り返し。

 まさに、壊れかけた外国人ダッ○ワイフならぬ、ダッ○ハズバンドじゃないか!!

 「何やってんの、私……」

 今まで味わったことのないむなしさが私の体を突き上げ、ソッコーでフツチンを抜いて、無駄にヤル気でメラメラしている勝負下着を見ないようにしてつけ直し、服を着てダッシュでその部屋を去り、シェアハウスを脱出。チャリをこいで自宅にかけこみ布団にもぐったのでした。

 これから外専女子デビューする方、初期の“イケメン誤認”にはくれぐれもお気をつけくださいね。

(隔週火曜日・次回は7月3日更新)


<著者プロフィール>

音咲椿(おとさき・つばき)
男性向けグラビア誌編集長を経て、ポット出版社刊「女の子×女の子のためのエロチックブック・Carmilla」にてイラスト・漫画家デビュー。
単行本「イケメン外国人たちとベッドで異文化交流した結果。」(ぶんか社刊)好評発売・配信中。テレビ出演多数。


 

男性保育士は「娘の排せつ介助しないで」! 園へのクレームで孤立した“女の子ママの苦悩”

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 保育園、幼稚園、小学校、おけいこ事の教室などでは、日々子どもの保護者と施設側の間でトラブルが発生している。ほんの些細なことでも、自分のこと以上に気になってしまうのが親心というものなのか。わが子のことを思ってとクレームを入れるママもいれば、モンペと呼ばれることを恐れて我慢するママも。そんなトラブル事例とママの葛藤をつづる。

 アラサーやアラフォー世代には馴染みの薄い“男性保育士”という存在は、まだ全体的な割合は低いものの、都市部の保育園では珍しくなくなってきた。今回は、女性が当たり前だと思われていた保育士という職業に、男性が進出してきたことで見えてきた数々の問題やトラブルについて迫ってみたいと思う。今年4月に、家庭福祉員(保育ママ)宅での保育から、大型保育所に娘を転園させた香苗さん(仮名)は、こう語る。

「私は勤務時間が短いために、なかなか娘を保育園に入園させられず、保育士資格のある家庭で子どもの面倒を見てくれる保育ママさん(家庭福祉員)を利用していました。定員も3名だったので、保育ママさんには、娘を自分の孫のように可愛がってもらっていましたね」

 しかし、3歳になると保育ママの制度が利用できなくなるので、再度の保活の末、大型保育園に転園することになった。

「転園先の保育園へは施設見学などを行いましたが、園庭もあって広くて、設備には問題はなかったんです。ただ入園してみて、初めて男性保育士がいることを知りました。もし事前に知っていたら、第2希望の保育園にしたのにと悔やんでいます」

 入園した保育園では、3歳児クラスを若い男性保育士が担当していた。入園後に知らされたため納得がいかなかった佳苗さんは、園長に保育の分担について説明を求めた。保育士はシフト制のため、男性保育士がタイミングによってはおむつ替えや、排せつの手伝いなど行うケースもあると説明を受けた。

「ある時、娘が手を壁につけて“わんわんポーズだよ”と言ってお尻を突き出したんです。なんのことだろうと思って聞いてみたら、大きい方を排せつした時に残った汚物を拭きやすいようにするポーズらしく……。こんな恥ずかしいポーズを男性保育士がさせていると思ったら、いてもたってもいられず園長に男性保育士を外してもらうように相談しました」

 佳苗さんは、着替えや排せつ介助は女性保育士で対応をしてもらいたいと、園長に直訴。しかし、園長から得られたのは「人員の都合や、排せつのタイミングによっては、男性保育士が対応することもあるので了承してもらいたい」という口頭での説明だけだった。

 また佳苗さんは、娘が女性保育士に甘えるように、体格の良い男性保育士に抱っこしてもらったり、膝の上に座っているのを見て、「娘は嫌がるそぶりこそ見せていないけれど、過剰なスキンシップなのでは……」と、違和感を覚えたという。

 「男性保育士に不信感を覚えるのは自分だけなのか?」と、ほかの園ママに聞いてみても、「体力のある男性保育士は、子どもと一緒に遊べるのでいてほしい」という男児ママからの賛同の声や、「あの男性の保育士さんは、下のクラスからの持ち上がりだし、仕方ないよ」と割り切っているケースはあったが、断固として配置換えを希望しているのは彼女だけ。佳苗さんは親しいママ友もできず孤立してしまったという。

 都内の認証保育所で働いている保育士の幸子さん(仮名)は、職場に男性保育士がいることで息苦しさを感じている。

「今いる保育所は、ビルのワンフロアを利用した保育所なので、保育士の休憩スペースも狭いのです。男女別に着替えをするスペースがなく、男性保育士はトイレに行って着替えをしてもらっています。1人の男性保育士のために、ほかの女性保育士が気を使わなければならないのは面倒くさいですね」

 女性が多いという点もまた、なかなか男性が保育の現場に進出しにくい原因と言える。それは、保育士資格取得のために入る、専門学校や大学・短大の場でも同様だという。

 彼女の通っていた学校は男女共学だったため、少数ながらも男子学生も在籍していたが、「男子学生は、給与の安い保育士ではなく、体操教室の先生になったり、公務員試験を受けたりする人もいます。なのに、入学当初から保育士を志しているという男子生徒には、“なにかあるのではないか”と感じてしまっていた」と、幸子さんは言う。

「学校では、保育実習があったのですが、女児とやたらとスキンシップしている男子学生がいて、みんなで『もしかして、あいつやばいのでは……』とウワサになっていたこともあります。実際に保育園に就職をする男性保育士さんは、本当の子ども好きなのか、そうではないのか見極めが難しいですよね……」

 そう、言いづらそうに語った幸子さん。男性は保育士を志望するだけでも、周囲からこうした視線を浴びることになってしまうようだ。

 その一方で、認可保育園で副園長を務めている斎藤さん(仮名)は、男子保育士はいなくてはならない存在だという。女性保育士よりも、結婚や妊娠というリスクが少なく、遅い時間のシフトも組みやすい男性保育士は、雇う側としてはメリットが多い。また運動会や発表会など力仕事が発生する場合は、女性保育士だけでは時間のかかる作業も、男性保育士がいるとスムーズに準備ができるという。

「ただ、拘束時間が長いわりに給与が少ないので、30歳前に辞めていく人も多いです。0~1歳児はオムツ替えが日常的にあり、保護者からのクレーム対策として、男性保育士を配置しづらいという問題があります。必然的に4~5歳児クラスを受け持ってもらうことになりますが、今度は女児の着替えやプールなどで、『男性保育士が対応するをやめてもらいたい』という親も出てきます。男性保育士の配置換えは、実質的には難しいので、クレーマー体質の保護者には、納得するまで説明をしています」

 男性保育士が担任を持つと、「報告ノート(保育園での園児の様子を書いたノート)が読みづらい、字が汚い」というクレームや、「ズボンの前後が逆だった」というクレームが入ることがあるという。同様の行為を女性保育士が取った場合は、保護者からクレームはないそうで、男性保育士だと「男性だから雑」というように言われてしまう傾向があるとのこと。給与や条件面から考えると、男性保育士にとっては、決して好条件とは言えない保育士。子どもが好きという使命感で職務を全うしている男性保育士も多い中、女性保育士よりも評価が得られにくい面もあるのかもしれない。

 男性保育士の存在が世間的にまだ認められていないのは、保護者たちも彼らにどう接すればよいのかわからない中、男性保育士が起こした事件により、マイナスイメージばかりが強くなったからではないだろうか。園側は、男性保育士と女性保育士の間で明確な役割分担ができるよう、保育士の人材確保や保護者との連携を進めるべきなのかもしれない。
(池守りぜね)

元職員が語る「児童相談所」バッシング――目黒虐待死の事実は重い、それでも知ってもらいたいコト

 3月、東京都目黒区にあるアパートの一室で、船戸結愛ちゃん(当時5歳)が父親からの暴行により死亡していたことが発覚しました。今月6日に、父親が傷害罪および保護責任者遺棄致死容疑で逮捕、さらに母親も逮捕されています。

 児童虐待防止全国ネットワークの発表によると、虐待による死亡例は年間50件を超えるのだとか。未来ある子どもの命が週に1人失われていると思うと、このような痛ましい事件は1日でも早くなくさなければならないことは間違いありません。

 しかし、虐待による子どもの死が報じられるのと同時に子どもを守る側である“児童相談所”を叩く意見も世間から聞こえてきます。ネット上では「児童相談所の職員も罰するべきだ!」との過激な発言もあり、元職員である筆者としては複雑な思いです。今回、元職員という立場から、児童相談所の実情、そこで働く職員の思い、そして“救えなかった命”ばかりが報じられる裏側で、どのように職員が保護者と子どもと向き合っているのかをつづってみたいと思います。

保護者から「成績伸びない」という相談も

 児童相談所がメディアからたびたび叩かれるのは、世間に対して閉ざされた空間だと思われているためでしょう。保護者の中には「児童相談所って子どもを連れ去るところでしょ」と、そもそもあまりいいイメージを持たれていない方もいると思います。

 しかし、児童相談所の主な業務は“相談”と“対処”の2つ。特に、保護者や子ども、その関係者からの“相談業務”に主軸をおいている組織なのです。相談内容も事件性のある虐待から、誰しも経験する育児や教育に関する不安など、多岐に渡ります。

 筆者が職員だった頃は、保護者から「子どもとの接し方がわからない」「成績が思うように伸びない」のようなちょっとした相談から「つい手が出てしまう」「カッとなって暴言を吐いてしまう」など、虐待との境界が難しい悩みをいくつも聞いてきました。

 一方で、もちろん、児童相談所では“対処業務”として、虐待を受けている子どもを保護したり、実際に保護者に対して指導などもします。ただし、子どもを保護するにしてもあくまで一時的なもの。1~2週間から数カ月、次の進路が決まるまでの間のみとなります。

 ここで1つ、元職員として伝えておきたいのは、児童相談所は基本的に“子どもだけでなく保護者の味方でもありたい”と思っていること。保護するにせよ、まずは子どもと保護者との関係修復を第一に、難しいときにほかの選択肢を模索していくという考え方なのです。

 そこで働く職員についてですが、筆者は1施設しか経験していないので、ほかの施設のことまではわからないものの、ただ、少なくとも働いていた施設ではどの職員も常に全力で、保護者や子どもとぶつかっていました。実際は、子どもたちに反抗されて、ぶつかられることが多かったですが。

 しかし、どんなに保護者のこと、子どものことを思っていても、結愛ちゃんの事件のように救えなかった命があったこと、尊い子どもの命が失われた事実は重く受け止めています。現役の職員たちも同じ気持ちであることは間違いないでしょう。

 世間で言われている通り、児童相談所には行政執行として子どもを強制的に保護する権限がありますが、虐待の度が過ぎ、このままでは子どもの生命に危険がおよぶと判断されたときにのみ、その権限を行使します。

 一部のメディアから児童相談所の怠慢として指摘され、ネット上では「職員も罰せられるべき」などと言われていますが、確かに、結愛ちゃんの事件も強制保護をしていれば救えた可能性のある命であり、職員の対応に誤りがなかったとは決して言えません。

 ただし職員は、権限があると同時に、それを濫用しないよう戒める必要もあると考えます。可能性があるからと全て保護していたのでは、子どもから“保護者を取り上げること”にもなるのです。職員たちが常にグレーゾーンで綱渡りをしている――そのことを知っておいてもらいたいというのが本音です。

 一部のメディア、ネット上では児童相談所の対応不足に注目した情報ばかりが流れています。尊い子どもの命が失われたという事実に対して、憤りをもっともぶつけやすいところが児童相談所であり、職員だったということなのでしょう。

 しかし、反対に“児童相談所が救ってきた命もある”ことも事実です。筆者のいた施設は1~2週間で男女合わせて20人程度が保護され、長くとも半年ごとに子どもが入れ替わっており、年間で換算すると200人以上を保護したということになります。

 職員が保護者から子どもを保護することもあれば、他府県の施設から一時預かりすることもありました。一方で、保護者から子どもを預けてくることや、子どもが駆け込んでくること、中には、保護者(片方)と子ども、両方とも同じ施設内で保護するケースもあります。

 筆者が職員だった頃、虐待性のある保護者から子どもを保護したことがありました。保護者自身、「つい手が出てしまうんです」と言っており、止めたくても、ついカッとなって止められない、しつけという名の“暴力(虐待)”が常習化していたのです。

 そこで、一時的にでも子どもと距離を置くように、施設で保護することを提案しました。その保護者は子どもと過ごす時間が密になりすぎ、子どものちょっとした行動を過敏に捉えていたため、このままでは最悪のケースもあると考えたのです。

 その後、保護者には定期的な相談業務を、子どもには施設内での対処業務を。結果、この保護者と子どもは再び同じ空間で生活できるようになり、少なくとも筆者が職員だった期間は、暴力などのトラブルが再発したことはありませんでした。

 繰り返しになりますが、元職員として何を一番伝えたいかというと、“児童相談所の職員たちは保護者と子どもの味方”ということ。職員は自らが至らないことは理解しつつも、目の届く範囲、手の届く範囲の保護者たち、子どもたちを全力で守ろうとしていることです。

 もちろん、トラブルがあるからと必ず児童相談所に相談しなければならないわけではありません。ただ、「児童相談所に相談したら子どもと引き離されるんでしょ」と不安になり、児童相談所に相談することをためらうのだけはやめてほしいと願っています。

 児童相談所には、育児を経験した年配の職員から、今まさに育児に奔走している若い職員、施設によっては補助職員として大学生がいるところもあり、少なくとも“相談相手”という面においては、バリエーション豊かな職員が揃っています。

 “保護”というのはあくまで最終手段。基本的には保護者の、子どもの相談を親身になって聞くための施設です。児童相談所が世間に正しく理解され、保護者も子どもも、その関係者も気軽に相談できる空間になってほしいと、元職員である筆者は思います。

堀本一徳
福岡県在住。岡山理科大学で教育学を学び、卒業後は単身日本を飛び出し24カ国を放浪。旅中に見聞きしたことを伝えたいと思いライターとしてデビュー。ライターとして活動する傍ら、児童相談所や学童保育所、デザイン事務所などで勤務。現在はライター、デザイナー、カメラマン、コーダー、経営者と幅広い分野で活動中。得意ジャンルは旅行や教育、ビジネスなど。趣味は旅行に読書、写真に家事。

元職員が語る「児童相談所」バッシング――目黒虐待死の事実は重い、それでも知ってもらいたいコト

 3月、東京都目黒区にあるアパートの一室で、船戸結愛ちゃん(当時5歳)が父親からの暴行により死亡していたことが発覚しました。今月6日に、父親が傷害罪および保護責任者遺棄致死容疑で逮捕、さらに母親も逮捕されています。

 児童虐待防止全国ネットワークの発表によると、虐待による死亡例は年間50件を超えるのだとか。未来ある子どもの命が週に1人失われていると思うと、このような痛ましい事件は1日でも早くなくさなければならないことは間違いありません。

 しかし、虐待による子どもの死が報じられるのと同時に子どもを守る側である“児童相談所”を叩く意見も世間から聞こえてきます。ネット上では「児童相談所の職員も罰するべきだ!」との過激な発言もあり、元職員である筆者としては複雑な思いです。今回、元職員という立場から、児童相談所の実情、そこで働く職員の思い、そして“救えなかった命”ばかりが報じられる裏側で、どのように職員が保護者と子どもと向き合っているのかをつづってみたいと思います。

保護者から「成績伸びない」という相談も

 児童相談所がメディアからたびたび叩かれるのは、世間に対して閉ざされた空間だと思われているためでしょう。保護者の中には「児童相談所って子どもを連れ去るところでしょ」と、そもそもあまりいいイメージを持たれていない方もいると思います。

 しかし、児童相談所の主な業務は“相談”と“対処”の2つ。特に、保護者や子ども、その関係者からの“相談業務”に主軸をおいている組織なのです。相談内容も事件性のある虐待から、誰しも経験する育児や教育に関する不安など、多岐に渡ります。

 筆者が職員だった頃は、保護者から「子どもとの接し方がわからない」「成績が思うように伸びない」のようなちょっとした相談から「つい手が出てしまう」「カッとなって暴言を吐いてしまう」など、虐待との境界が難しい悩みをいくつも聞いてきました。

 一方で、もちろん、児童相談所では“対処業務”として、虐待を受けている子どもを保護したり、実際に保護者に対して指導などもします。ただし、子どもを保護するにしてもあくまで一時的なもの。1~2週間から数カ月、次の進路が決まるまでの間のみとなります。

 ここで1つ、元職員として伝えておきたいのは、児童相談所は基本的に“子どもだけでなく保護者の味方でもありたい”と思っていること。保護するにせよ、まずは子どもと保護者との関係修復を第一に、難しいときにほかの選択肢を模索していくという考え方なのです。

 そこで働く職員についてですが、筆者は1施設しか経験していないので、ほかの施設のことまではわからないものの、ただ、少なくとも働いていた施設ではどの職員も常に全力で、保護者や子どもとぶつかっていました。実際は、子どもたちに反抗されて、ぶつかられることが多かったですが。

 しかし、どんなに保護者のこと、子どものことを思っていても、結愛ちゃんの事件のように救えなかった命があったこと、尊い子どもの命が失われた事実は重く受け止めています。現役の職員たちも同じ気持ちであることは間違いないでしょう。

 世間で言われている通り、児童相談所には行政執行として子どもを強制的に保護する権限がありますが、虐待の度が過ぎ、このままでは子どもの生命に危険がおよぶと判断されたときにのみ、その権限を行使します。

 一部のメディアから児童相談所の怠慢として指摘され、ネット上では「職員も罰せられるべき」などと言われていますが、確かに、結愛ちゃんの事件も強制保護をしていれば救えた可能性のある命であり、職員の対応に誤りがなかったとは決して言えません。

 ただし職員は、権限があると同時に、それを濫用しないよう戒める必要もあると考えます。可能性があるからと全て保護していたのでは、子どもから“保護者を取り上げること”にもなるのです。職員たちが常にグレーゾーンで綱渡りをしている――そのことを知っておいてもらいたいというのが本音です。

 一部のメディア、ネット上では児童相談所の対応不足に注目した情報ばかりが流れています。尊い子どもの命が失われたという事実に対して、憤りをもっともぶつけやすいところが児童相談所であり、職員だったということなのでしょう。

 しかし、反対に“児童相談所が救ってきた命もある”ことも事実です。筆者のいた施設は1~2週間で男女合わせて20人程度が保護され、長くとも半年ごとに子どもが入れ替わっており、年間で換算すると200人以上を保護したということになります。

 職員が保護者から子どもを保護することもあれば、他府県の施設から一時預かりすることもありました。一方で、保護者から子どもを預けてくることや、子どもが駆け込んでくること、中には、保護者(片方)と子ども、両方とも同じ施設内で保護するケースもあります。

 筆者が職員だった頃、虐待性のある保護者から子どもを保護したことがありました。保護者自身、「つい手が出てしまうんです」と言っており、止めたくても、ついカッとなって止められない、しつけという名の“暴力(虐待)”が常習化していたのです。

 そこで、一時的にでも子どもと距離を置くように、施設で保護することを提案しました。その保護者は子どもと過ごす時間が密になりすぎ、子どものちょっとした行動を過敏に捉えていたため、このままでは最悪のケースもあると考えたのです。

 その後、保護者には定期的な相談業務を、子どもには施設内での対処業務を。結果、この保護者と子どもは再び同じ空間で生活できるようになり、少なくとも筆者が職員だった期間は、暴力などのトラブルが再発したことはありませんでした。

 繰り返しになりますが、元職員として何を一番伝えたいかというと、“児童相談所の職員たちは保護者と子どもの味方”ということ。職員は自らが至らないことは理解しつつも、目の届く範囲、手の届く範囲の保護者たち、子どもたちを全力で守ろうとしていることです。

 もちろん、トラブルがあるからと必ず児童相談所に相談しなければならないわけではありません。ただ、「児童相談所に相談したら子どもと引き離されるんでしょ」と不安になり、児童相談所に相談することをためらうのだけはやめてほしいと願っています。

 児童相談所には、育児を経験した年配の職員から、今まさに育児に奔走している若い職員、施設によっては補助職員として大学生がいるところもあり、少なくとも“相談相手”という面においては、バリエーション豊かな職員が揃っています。

 “保護”というのはあくまで最終手段。基本的には保護者の、子どもの相談を親身になって聞くための施設です。児童相談所が世間に正しく理解され、保護者も子どもも、その関係者も気軽に相談できる空間になってほしいと、元職員である筆者は思います。

堀本一徳
福岡県在住。岡山理科大学で教育学を学び、卒業後は単身日本を飛び出し24カ国を放浪。旅中に見聞きしたことを伝えたいと思いライターとしてデビュー。ライターとして活動する傍ら、児童相談所や学童保育所、デザイン事務所などで勤務。現在はライター、デザイナー、カメラマン、コーダー、経営者と幅広い分野で活動中。得意ジャンルは旅行や教育、ビジネスなど。趣味は旅行に読書、写真に家事。

ユニクロが抱える“3つの地雷”――「とにかく安い」「質がいい」崩壊の足音も?

 世間的には「低価格ファッション全盛」とか「ファストファッション全盛」と言われている現在。しかし一口に低価格ブランドと言っても、実は好調のブランドもあれば、不調のブランドもあります。今回から数回に分けて、低価格の庶民派ブランドの落とし穴を探っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 本題に入る前に、1つお伝えしておきたいのが、世間では「低価格ブランド=ファストファッションブランド」という認識がまかり通っているものの、厳密に言うと同じではないということです。ファストファッションというのは、流行を取り入れて店頭に投入する速度が「速い(ファスト)」であり、企画開始から店頭投入まで半年以上費やすブランドは、いくら低価格であっても「ファスト」とは呼びません。前者の代表はZARA、後者の代表はユニクロ、GAPです。ZARAは企画開始から店頭投入まで2~3週間くらいとされている一方、ユニクロは企画開始から店頭投入まで1年以上費やします。GAPも同じく半年以上は費やしますので、前者と後者は価格帯が同じでも事業構造が異なるのです。

 ユニクロは「国民服」ともいえる存在

 みなさんにもなじみの深いブランドで、ユニクロを買ったことがない人はいないほどの普及ぶりという、まさに「国民服」ともいえる存在です。通常のファッションブランドは、ターゲットの年齢や好むテイストを細かく絞り込みますが、ユニクロはベーシックなテイストを基本に、全年代・全テイストに向けて商品を作っています。通常のファッションブランドで、老人と若者が同じ店で買うことはまずあり得ないのですが、ユニクロでは珍しくありません。若者、中年、老人どの年代にも多くの固定客を持っています。ベーシックなデザインに徹して使用素材や縫製仕様の品質を高め、1型10万枚を軽く越える大量生産をすることにより製造コストを安く引き下げ、低価格を実現しています。高品質・低価格が全年代に評価されていると言えるでしょう。 まず、最初に取り上げるのは、日本を代表するグローバルブランドとなったユニクロです。

 ユニクロを運営するファーストリテイリングの2018年8月期連結は売上高がついに2兆円を突破して2兆1100億円となる見通しです。17年8月期連結の売上高が1兆8619億円でしたから、3000億円弱の増収ということになります。売上高1兆円を超えた日本のアパレル小売企業はファーストリテイリングが初めてで、17年8月期連結ではGAPを追い抜いて世界第3位の巨大アパレル小売企業になりました。2年前に前年比が悪化して「一人負け」とメディアから酷評されたユニクロですが、実は別にその時期でも「負け」てなどいなかったのです。減収したわけでも、減益したわけでもありません。増収増益を続けていましたがその伸び率が鈍化しただけなのです。

 こういった数字面からすると、実はユニクロには、取り立てて弱点らしい弱点は見当たりません。消費者目線からは、以前だと「ユニクロの服は色のトーンや柄が変」と言われ、例えば、ピンクやパープルなど、通常の人気ブランドとは色の彩度や明度が異なるものが多く、また柄も通常のブランドの物より特徴がはっきりと見えやすい物が多くありましたが、これも徐々に改善されており、18年春夏商品では、そこまでおかしな色柄の商品は見当たりません。

 また、ブランドステイタスが低いことがユニクロの弱点とされていたものの、クリストフ・ルメールとのコラボ「Uniqlo U」やJ.W.アンダーソンなど、世界的一流デザイナーとのコラボラインを発表し続けることでそれも克服しつつあります。今春からは新たにトーマス・マイヤーとのコラボラインも始まり、ユニクロはその財力を生かして今後もさらに一流ブランドとのコラボを続々と発表するのではないかと推測されます。

 業界的な話も1つ。ユニクロは、「インターネット通販比率が低いことが弱点」だとまことしやかに語られていますが、ユニクロのネット通販売上高は500億円前後あります。ユニクロは国内売上高が8000億円なので、単純計算だと6%超となり、確かに低いように思えますが、単独ブランドのネット通販売上高ではユニクロが断トツで首位なのです。ほかのブランドのインターネット通販比率の方が高かろうが、それは基準となる売上高そのものが小さいから、比率構成では高くなるというだけ。例えば、STUDIOUS(ステュディオス)やUNITED TOKYO(ユナイテッドトウキョウ)などのブランドを展開するTOKYO BASE(トウキョウベース)のインターネット通販比率は38.9%ありますが、トウキョウベースの売上高は127億円しかなく、インターネット通販の売上高も50億円ほどしかありません。ユニクロは基準となる売上高のケタが違うのです。それを無視して%表示だけで比較するから、このようなミスリードを引き起こしてしまうのです。

 とはいえ、この世界に完全無欠の企業なんて存在しませんから弱点もあるはずです。今回はそんな圧倒的強者になりつつあるユニクロの落とし穴を考えてみましょう。

1.原材料費の値上がりで「低価格・高品質」が崩壊!?

 衣料品の原材料費は年々値上がりしています。ユニクロはご存じのように低価格・高品質で評価されたブランドです。原材料費が値上がりすれば、その分商品価格を値上げするほかないのですが、ユニクロは14年秋冬に、原材料費の高騰を受けて5%の値上げ、15年秋冬にさらに10%の値上げをしたところ、売れ行きが伸び悩み、16年から値上げを撤回しました。一度値上げに失敗していますから、次からは、そう簡単に値上げはできません。

 衣料品の材料には、綿・麻・ウール(羊毛)・カシミヤ(高級獣毛)・ダウン(羽毛)などがありますが、このうちウールが今年年初に大幅に値上がりし、同じくダウンも値上がりしています。そして、カシミヤは毎年値上がりし続けているのです。多くの衣料品メーカーは「今年秋冬物向けの材料はほぼ確保できているので問題はないが、来秋冬からはウール、ダウン、カシミヤ製品は値上げせざるを得ない」と言い、ユニクロももちろん同様の危機に直面しています。

 また、綿も5月には値上がりし、綿(コットン)製品の価格も現状維持し続けられるかは不透明。特に「低価格・高品質」を看板にしてきたユニクロにとっては、低価格を捨てるのか、高品質を捨てるのかという厳しい選択が迫られる状況になることも、今後はあり得るかもしれません。一方、消費者にとっても、「低価格・高品質」の崩壊は、ユニクロの魅力がなくなるに等しいのではないでしょうか。

2.国内でユニクロ飽和状態、「どこにでもある」がネックに

 ユニクロの現在の国内売上高は8000億円で、店舗数は800店舗以上あります。国内でのブランド規模拡大はそろそろ限界に近付いていると言わねばなりません。また出店場所も全国的に目ぼしいところには出店し尽くしたと言えます。都心や郊外を見ても主要な商業施設・商業エリアにはほぼ出店してしまっています。8000億円のブランドなんて国内にはユニクロしかありません。先述の通り、一説には日本人の96%がユニクロの商品を購入したことがあると言われており、これ以上の国内でのシェア拡大はかなり難しいと言わねばなりません。

 とはいえ、成長を貪欲に追求する柳井正会長ですから、何としてでも売り上げ規模の拡大を狙うと考えられます。売上高を伸ばすには、「1.店舗数を増やす」「2.客単価を上げる」「3.買い上げ客数を増やす」の3つのうちのどれかを、または全部を実行する必要があります。1の店舗数を増やすことはこれ以上難しいでしょうし、3の買い上げ客数を増やすのも、ほとんどの人が所有しているといわれる状況ではこれも難しいと言わねばなりません。残るは2の客単価を上げることですが、目に見えた値上げも容易ではありません。どのような施策を取るのかに注目したいと思いますが、消費者にとっては客単価の上積を狙っての値上げは受け入れづらいのではないでしょうか。

3.最大の弱点は後継者問題! ユニクロが街から消える?

 これがユニクロを擁するファーストリテイリング最大の弱点です。2兆円企業に育てた柳井正社長兼会長は、公式には1949年生まれとされているので、来年70歳になります。ご本人は、70歳で社長職を譲り、会長職に専念することを現時点では予定されているようで、あと1年弱しかないのです。

 実はファーストリテイリングには「専任社長」がいません。柳井会長が社長も兼務していて、十数年になります。企業は、リーダーによって業績が大きく左右されます。以前、2003年頃、柳井会長は、当時同社社員で、のちにローソン代表取締役会長となった玉塚元一氏を後継者に据えようと、社長に就任させましたが、3年ほどで解任となりました。その理由については、玉塚氏の指揮が、柳井会長が思い描いていた企業の成長像とは異なっていたからだといわれています。そこから柳井会長はずっと社長を兼務したままで今に至ります。果たして柳井会長のお眼鏡にかなう後継者は誰なのか注目が集まりますが、人選を誤るとファーストリテイリングは一挙に崩壊する可能性もあります。街からユニクロが急速に消えてゆく――なんて最悪の事態も、十分あり得るということです。
(南充浩)

朝ドラ『半分、青い。』脚本家・北川悦吏子の“革命的な表現手法”“トレンディ霊力”をホメゴロス

テレビ・芸能ウォッチャー界のはみ出し者、佃野デボラが「下から目線」であらゆる「人」「もの」「こと」をホメゴロシます。

【今回のホメゴロシ!】Twitterと同時進行で楽しむ“神”朝ドラ『半分、青い。』が革命的な理由

 現在放送中のNHK連続テレビ小説『半分、青い。』がすごいことになっている。『愛していると言ってくれ』(TBS系)『ロングバケーション』(フジテレビ系)など、90年代に数々のヒット作を生み出し「恋愛の神様」の異名をとる北川悦吏子(以降「神」と呼ぶ)が脚本を手がける本作は、神自らNHKに企画を持ち込み3年の歳月をかけて成就させたという。「朝ドラに革命を起こした」と神自身が言い切るだけあって、このドラマ、かなり“革命的”だ。4つの革命ポイントをみていこう。

4本立てのメディアミックスが革命的

 放送開始の1年以上前から、独自の制作スタイルが耳目を集めていた。神がTwitterでドラマ内に取り込むネタを募集し、「ドアが3枚以上ある車ではモテない」や、漫画家を目指すヒロイン・鈴愛(永野芽郁)の相手役である律(佐藤健)の飼っているペットの種類(亀)とその名前「フランソワ」、漫画アシスタントの同僚・誠(志尊淳)の愛称「ボクテ」など、一般視聴者から寄せられた数多のネタがそのままの形で劇中に反映されたのだ。この軽やかさと大胆さ。さすがは一時代を築いたインフルエンサーである。

 神の“お示し”であり、民との交わりの場であるTwitterは、うつろいやすい神のお気持ちを著したポエムをはじめ、脚本の進捗、制作中の愚痴、熱い自画自賛などのツイートが頻繁に更新されており、ドラマのサブテキストとして必読だ。放送直後に《あれ、今後のストーリーの伏線にもなって来ます》と、わざわざ伏線のありかを教えてくださったり、行間を読んだ視聴者の感想ツイに神自ら「そうじゃない」と訂正されたり、批判的な意見を述べる視聴者に「嫌なら観ないでいい」と忠告されることもある。こうした「脚本家による視聴者との距離の取り方」も非常に革新的である。

 また、台本に書いた台詞がカットされたことに大層おキレになり《みんな!オンエアが完璧なものとは思わないで!》《やさしく脳内補完を、お願いします》という“お触れツイート”を投下されたこともあった(現在は削除済み)。さらにその後続けざまに《カットされたセリフやシーンが蘇ります。 半分、青い。 上 [楽天]》と、ノベライズ版の宣伝を差しこむあたりの商魂もたくましい。

 つまり『半分、青い。』とは
・ドラマ本編
・Twitterでの神による補足説明
・ノベライズ版(上下巻)
・視聴者による「やさしい脳内補完」
の4点セットで初めて完結する、まったく新しいタイプのメディアミックス朝ドラなのだ。あの『パ★テ★オ』も『赤い糸』(ともにフジテレビ系)もなし得なかった4本立てである。これは斬新というほかない。

 神は、シーンと台詞ありきで後から背景を書き足す作風で知られる。「恋愛の神様」が描く「北川世界」において最も重要なのは「きゅんきゅんシーン」と「萌える台詞」であり、そこに至る背景や物語は二の次。『半分、青い。』はその集大成といえる仕上がりで、「Why」や「How」の過程は映像で描かず、台詞かナレーションで「こういう設定だから。そういうことでよろしく」と唐突に説明される。この手法もまた2018年の今、5周ぐらい回って新しいといえるのかもしれない。

 本作では鈴愛の亡き祖母・廉子(風吹ジュン)による「空から降るナレーション」が登場人物たちの心の動きや、すでに映像上に存在する情報をわざわざ説明・反復してくれるのがお約束となっている。これは視聴者の理解力を小学校低学年程度に想定している神の“親切心”。つまり廉子のナレーションは作り手である神自身の声なのだ。「この台詞ときめくでしょ?」「今から面白いことを言いますよ。どう? 面白いでしょう?」と、本来はBDやDVDを購入しなければ聴けない、脚本家によるオーディオコメンタリーをOAで聴けてしまうというお得感。これも神のサービス精神の成せる業だ。

《コメディが得意です》と公言するだけあって、神は笑いのセンスにかなり自信をお持ちのようだ。鈴愛の初デートを描いたエピソードについて《とにかく笑えます!(実は笑うのが好きなんです。泣かせるよりも)》とツイートで予告、自らハードルを上げるというストイックさをお見せになった。そのうえで放送された第3週「恋したい!」は、通学途中に出会った小林(森優作)の落としたカセットテープを拾った鈴愛が、小林のルックスを「微妙」と見下すにはじまり、初デートで突如飛び出した鈴愛の「拷問機具オタクの蘊蓄」で小林をドン引きさせ大失敗に終わるというあらまし。凡人の筆者にはどこで笑ったらいいのかわからなかったが、Twitterには「朝から超笑った〜」「鈴愛の天真爛漫さが最高www」などの声が上がった。 

 また、神が《渾身の一打や》となぜか突然、現役時代の清原のような口調で激推しした、廉子による「もうイントロ始まる? 星野源が歌いはじめる〜?」といういわゆる「メタナレ」もあり、『あまちゃん』(13年)におけるカーブやスライダーを自在に操るようなメタ技法とは趣を異にする“直球”の手法が話題を呼んだ。おそらく神のコメディセンスはイルカの超音波やモスキート音のように、聴こえる人にしか聴こえない“高次元”のものなのだろう。

 《もはや、ツイッターなくしては、ホン(脚本)が書けなくなってるな》《どうしたら脚本家になれますか、とかどういうお仕事ですかってお手紙をもらうけれど、私が書きながらつぶやくことを読んでもらえれば、それは一番いい答えになってるかもしれない》という神のツイートが物語るように、神・ドラマ・ツイートは三位一体であり、フラクタル(自己相似)の構図をなしている。ドラマは神に似て、神はドラマに似ている。ツイートは神を表し、ツイートはドラマを表している。 

 なるほど神はインタビューで『半分、青い。』について「自分の人生をもう一度生き直すようなつもりで書いている」と語り、ヒロイン・鈴愛の左耳失聴と、鈴愛の母・晴(松雪泰子)が「腎臓の持病で子供は諦めかけたが運良く授かった」という設定は、自らの境遇と同じにしている。《私の人生は、ずっと律を探す旅だった》とのことで、いつでも鈴愛を助けてくれる“ナイト”の律は神が深層心理で求め続けた存在。鈴愛の師匠である秋風羽織(豊川悦司)の「漫画の神様に愛された」天才性は神の自己評価の表れといえる。つまり『半分、青い。』は、神が登場人物たちに自己投影した新手の“自伝”であり、北川悦吏子の北川悦吏子による北川悦吏子のためのドラマなのだ。

 鈴愛は自分の要求を通すために師匠の秋風を「原稿を窓から捨てるぞ」「セクハラされたと吹聴して陥れてやるぞ」と恫喝したり、土下座する秋風の姿を写真に収めてキャッキャするような性質だが、誰からも叱られず、内省する姿もない。ボクテの「鈴愛ちゃんは自分が場の中心になるとDNAレベルで嬉しくなっちゃう」という台詞に象徴されるように、朝ドラ随一の「周りが見えていないヒロイン」として描かれる。神の分身ヒロインとしての人物造形が実に見事だ。翻って、神が自己投影した登場人物以外の脇役たちは「どんな趣味で休日に何をして過ごしているのか」などまったく想像できないほど「描き込み」がない。ぼかした背景画のようにひたすらヒロインを引き立て、ヒロインの今後に好都合な台詞を吐いてふわっと去っていく。本来脇役に課されるはずである第三者の目、つまりツッコミが不在なのだ。「私」と「私を守り崇めてくれるあなた」だけの世界を描く作劇は、作者自身の社会観と強く結びついている点も含め、奇警である。

 本作は時代考証の“ファジーさ”で有名だが、神はのたまう、《思い出せないことは、書けない》《仕方ないんだよ》と。「なつかしネタ」の情報ソースは神の記憶とTwitterの民からのタレコミのみ。さすがは全知全能の神である。下々の者の営みの記録である「史実」など調べる必要はないのだ。

 神のツイートから窺い知れる「語弊? 知るかよ」の精神、バブル型スノビズムと軽やかな足取りで地雷を踏み抜く作法は、そのままドラマの台詞に表出している。2010年代も終盤に差しかかった今日、権威主義、容姿至上主義、マイノリティへの差別・偏見がたっぷり盛り込まれた台詞を「トレンディ霊力」でふんわり押し切るという作家性は唯一無二といえよう。ポエティックな台詞回しも持ち味のひとつで、「鈴愛の口は羽より軽い」「あの出会いは宝石のように輝いていました」「その性根は腐っていました」などの、フットボールアワー後藤なら「ようこれ世に出したな。陶芸家なら割るやつやで」とツッコむであろう推敲なし……あ、いや、ライヴ感あふれる台詞で楽しませてくれる。さらに、「どちゃくそ」「〜的にあり/なし」など周回遅れの若者スラングを時代背景に関係なく「使いたいから使う」というあたりも「オカンアート」のデコパージュに突如STUSSYのロゴ入れちゃいました的な目新しさがある。

 こうした脚本における神の奔放さ、チェック機能とコントロールの無効ぶりをみるに、NHKは本作に限って特例的にコンプライアンスを取っ払ったのではないか、とさえ思えてくる。現に制作スタッフは、豊川悦司、原田知世をはじめ過去の北川作品出演者を脇に起用し、神の母校である岐阜県立加茂高等学校でロケを敢行し、神が個人的にヒロイン役の永野芽郁にプレゼントしたカエル柄のワンピースをストーリーに押し入れることを容認し、神が大ファンだという中村雅俊を鈴愛の祖父役に据え必然性なく劇中で歌わせるなど、神を喜ばせるために奔走した。これはもはやNHKさん、「接待」ではありませんか? いやはや、天下のNHKをも意のままに操る神の「トレンディ霊力」に畏怖の念を禁じ得ない。

 《褒めて!讃えて!》《いい?!あなたは私を肯定するためにいる!》――今日も神はTwitterで「称賛」という名の供物を求めお叫びになる。民はひれ伏し、受信料を払い、56歳にして“少女のような感性”を持った神の大掛かりな「リカちゃん遊び」を毎日視聴し、「神からの引用RT」という尊き授かり物にあやかるために感想ツイートを投稿し続けるのだ。とにかく我々は今、希有な視聴体験をしている。これは間違いない。

※文中《 》内は北川悦吏子氏のツイートから引用。省略以外は原文ママ。

佃野デボラ(つくだの・でぼら)
ライター。くだらないこと、バカバカしい事象とがっぷり四つに組み、掘り下げ、雑誌やWebに執筆。生涯帰宅部。