
“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
中学受験の世界に、一旦身を置いてしまうと、そこは“競争社会”なのだということを意識せざるを得ない現状がある。多くの中学受験塾は、学力ごとにクラス編成を組んでいるし、毎週のように行われるテストは、偏差値という数字で評価される。どちらかと言えば、子どもより親の方がその数字に一喜一憂するのである。
それゆえ、中学受験生の親は、常に「上へ上へ」という気持ちに駆り立てられ、子どもが偏差値上位校に入らなければ「負け!」という感覚に陥る人もたくさんいるのだ。
世間一般にも、「中学受験=偏差値の高い学校を狙う」というイメージがあり、例えば、偏差値30台の私立を目指そうものなら、「勉強ができなければ公立行かせればいいのに。お金の無駄では?」といった偏見の目を向けられてしまうことも、少なくない。しかし、私立中高一貫校を、偏差値順のランキングのみで判断することは、とても危険なことなのだ。
理由は2つある。1つは“偏差値”というものの不安定さだ。偏差値は、“塾が決めているに等しい”部分があり、それも常に一定ではなく上下する。さらにいえば、偏差値ランキングというのは、10年たったとき、まったく違う並びになっているものなのだ。その“不安定な数字”だけを軸にして、我が子の学び舎を決めてしまうのはリスクが大きすぎる。
もう1つは、偏差値が高くても子どもに合わない学校があるという点だ。私学は、創始者の確固たる“建学の理念”によって創設され、その信念が泉のごとく湧き続けている場所。「こういう子を育てたい」「こういう大人として社会に出したい」……そんな創始者の強烈な意志が、各校それぞれの特徴となっている。ゆえに、その“校風”に我が子が合うのかどうかという点が、中学受験では、何よりも優先されるべき問題なのだ。
今回はあえて偏差値ではなく、校風に惹かれ“偏差値30台の学校”を受験したという親子にスポットライトを当ててみよう。
恵子さんが、息子の誠也君を通わせた塾の方針は、こうだった。
「学校訪問時には偏差値表を見ない」
これはつまり、「先入感を持たず、自分に合う学校を探せ!」という教えである。その塾は「たとえ、その学校の偏差値が70近くあって、今の自分の偏差値が40しかないとする。それでも、行きたいのであれば、目指せばいい」という雰囲気に満ちていたらしい。「偏差値が高いから無理」とか、逆に「偏差値が自分に合ってるから、ここ」という、“偏差値で区切る受験”には意味がないと、繰り返し言われていたという。
恵子さんは、そういう環境下で誠也君と共に受験生活を送っていた影響により、偏差値表を封印。そして自宅から通学しやすいと思われる学校を、誠也君と共に回っていたらしい。
恵子さんは当時を振り返り、こう筆者に語ってくれた。
「誠也は頑固な性格で、自分で納得しないと動かないところがあるのですが、私がいくら『この学校、どう?』って薦めても『ここは僕とは合わない』『ここは違う』と首を横に振るばかりで、6年生になろうかという時期にも、本命校が見えてこないという有様でした」
ところが、ある日、2人で訪れた学校にピンと来るものがあったのだそうだ。
「誠也が校舎の中でこう言ったんです。『ここがいい!』って。不思議な話ですが、私もその時、同じことを感じていて、『あ、ここが誠也に合う!』って思っていました」
恵子さんは大人なので、さすがに雰囲気だけで本命校は決められないと、学校の教育方針などを冷静にじっくりと聞いたそうだが、最終的に、こう判断するに至ったそうだ。
「ここなら誠也は楽しいはず!」
そう確信して、初めてその学校の偏差値を見ると、まさかの30台。誠也君の当時の偏差値は60前後だっただけに、「正直、もったいないかな? って思いました。でも、その後、誠也は何度学校に足を運んでも、その決意が揺るがないんですよ。『僕はここがいい!』と」
当然、親戚筋からは「頭がいいのに、なぜわざわざ中学からそんな学校に?」との横やりが頻繁に入ったらしい。しかし、恵子さんは、「誠也の人生。誠也が進路を決めなくてどうする。それを応援することが唯一、親のできること。この学校は偏差値という数字を除けば、とてもいい学校」と考え、受験に突き進んだという。
そして、誠也君は自らの意志を貫き、その学校に入学を果たした。その時、誠也君は「お父さん、お母さん、僕の行きたい学校に行かせてくれてありがとう」と言ってくれたそうだ。
入学後の誠也君の“成績”を振り返って、恵子さんは苦笑しながら、こう教えてくれた。
「当然、余裕でぶっちぎりのトップにいるだろうと思ったら、甘かったんです(笑)。上には上がいて、やはりどんな学校であっても、トップの子たちはすごいなって!」
それから年月が経過し、現在、誠也君は“難関”とされる大学に通っている。偏差値30台の中高に入って勉強を怠けたということはなかったようだ。
恵子さんが息子の中高時代を懐かしむような眼差しで言った言葉が、筆者の胸に強く印象に残っている。
「誠也は、部活に勉強にと、中高を本当に目一杯楽しんでいました。一生の友達になるんだろうなっていう仲間との交友であるとか、本当に親身になってくださった先生方との信頼関係であるとか、目に見えないものをたくさんいただけたように思える、充実した6年間でした。やはり、この学校で間違っていなかったって心から思います」
世の中には、数字という指標を超えた“進路”というものがあるように思う。中高一貫校の意義は、親から離れて、巣立ちをするまでの間、徐々にその子がその子らしさを発揮し、自己を肯定しながら、社会に出られる素地を作ることにほかならない。
そう鑑みると、中学受験は“親離れ”“子離れ”のための助走であるとも言える。それゆえ、中学受験における一番、大切なことは“本人の意志”であり、その“意志”を親が尊重し、応援していくことが、次の良いステップにつながると、筆者は確信する次第だ。
(鳥居りんこ)


