「窃盗症(クレプトマニア)には刑罰より治療を」ベテラン万引きGメンの私が納得できないワケ

 こんにちは、保安員の澄江です。

 先日、執行猶予中にもかかわらず万引きを繰り返して、逮捕起訴された元マラソン選手の原裕美子元被告に対して、再度の執行猶予判決が下されました。原元被告は、現役時代から続く摂食障害、また、衝動を抑えられずに万引きを繰り返してしまう窃盗症(クレプトマニア)の治療を受けているそうで、今回、執行猶予判決となった理由は、「治療の継続は再犯防止に一定程度効果がある。社会内での更生に向けた態勢が整っている」からとのこと。執行猶予中に再度犯罪を犯せば、実刑判決というのが司法のセオリーですが、近頃は窃盗症という病名により、再度の執行猶予判決を得る摂食障害系万引き常習者が増えているのです。

 しかし現場で多くの万引き犯の言動を目撃している私たちは、昨今の“クレプトマニアへ救済の手を”という流れがどうしても理解できません。今回、前後編に分けて、なぜベテラン万引きGメンである私がそう感じているのかを、お伝えしていきたいと思います。前編では、香川大学教育学部准教授で教育心理学・犯罪心理学・社会心理学をご専門にしている大久保智生先生にお話をお聞きしながら、私がクレプトマニアに抱いている違和感を紐解いていこうと思います。

 大久保先生いわく、「クレプトマニアはアメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアルで疾患として認められていますが、日本だけではなくアメリカなどでもクレプトマニアについての診断は難しいととらえられています。日本ではクレプトマニアの基準について、一部の精神科医が疑問を投げかけていて、診断が難しいにもかかわらず、積極的に診断が行われている現状があります」とのこと。やはり日本のマスコミで取り上げられている状況を、そのまま受け止めるのは難しく思えてきます。

 テレビに出ていた精神保健福祉士によると、万引きを止やめたくてもやめられなかったり、気がついたら盗ってしまっているとか、自分の気持ちだけではコントロールできないという症状のある人は、窃盗症の疑いがあると話していました。家族関係や家庭環境に問題を抱える人が多く、摂食障害による過食嘔吐を繰り返して経済的に苦しくなると、食べ吐きを繰り返す目的のために商品を盗むようになるのが窃盗症の典型例だそうです。ですが、大久保先生は「厳格に診断基準を適用すると診断がつかないというのはアメリカも日本も同様です」と言われており、このような理由だけでは簡単に診断ができない事実もあるといいます。

 確かに、万引きする人は孤独で、経済的に恵まれないような状態にある方ばかりなので、精神科医などが病気だと認めれば多くの被疑者が何かしらの疾患に該当してしまうことでしょう。しかし、それらを全てクレプトマニアだと決めるのは、専門家の目からするといささか疑問に感じると大久保先生は言います。。

「日本では現在、一部の精神科医と弁護士を中心として、万引きを繰り返す常習者を積極的に疾患としてとらえていく傾向がありますが、クレプトマニアを疾患ととらえることが何をもたらすのかについて議論されていないのが現状です。全米万引き防止協会(National Association for Shoplifting Prevention)によると、アメリカではクレプトマニアの診断が裁判所の判断に影響を及ぼすことはないそうです。しかし、日本では一部の精神科医と弁護士が疾患を理由に減刑させるための活動を行っています。私の行った調査によると、クレプトマニアのふりをしている人もいると思う精神科医は約8割存在しており、その結果をみても現状に違和感を覚えます」

 医療現場においてクレプトマニアの診断は難しく、また減刑目的の詐病者がいる可能性がある。それにもかかわらず「刑罰より治療を」とする声を、多くのメディアが取り上げていました。先生の話を聞いていると、それがクレプトマニアではない万引き犯に対する免罪符にもなりかねず、言い訳による犯罪格差のようなものまで感じてしまいます。

 大久保先生も同様に危惧されています。

「万引きとは、悪いことはわかっているが、言い訳ができてしまう犯罪であると私は思います。クレプトマニアという診断がつけば、とても都合の良い言い訳になってしまうわけです。専門的に言うと、現在の日本では、クレプトマニアが万引きの動機の語彙として用いられてしまうということではないでしょうか」

 さらに、クレプトマニアに関係する一部の医療関係者や法曹関係者について、先生はこう指摘されました。

「私の調べで、『診断は難しい』と考える精神科医は約8割存在し、積極的に診断をしていくことの賛否は、ほぼ半々です。非常に診断が難しい現状であるにもかかわらず、一部の精神科医が積極的に診断し、そうした被告の弁護を専門的に受任する弁護士が存在している。つまりクレプトマニアが利用されている、言ってしまえばビジネスになりつつあると感じています」

 万引きの現場を知る保安員からみても、果たして「現代の医療現場ではっきりと診断できない病気を、犯行理由にしていいものだろうか」と、大きな疑問を覚えます。

 報道によると、クレプトマニアと診断された原元被告は、化粧品なども盗んでいたそうですが、摂食障害系の万引き常習者の女性が食料品以外の商品に手をつけることは滅多にありません。また、万引き実行後には、捕まえてほしくて店員と目を合わせたこともあったと、原元被告は涙ながらに話していましたが、現場に立つ私たちの観点からいえば、捕捉を恐れて店内の様子を見まわす事後動作(周囲を窺い、不自然に後方を振り返る動作)ともいえ、それこそが彼女の抱える犯意の表れだと考えてしまいます。

 原元被告のように「気がついたら盗っていた」「頭の中が真っ白になり、パーッとなった」と言い訳する常習者も多く、でもその割には巧みな手口で多くの商品を盗み出していくので、このような弁解を信じたことはありません。例えば認知症患者による万引きの場合には、悪意がないためなのか、周囲を窺うなど不審な挙動を示さないまま、まるで自分の家にあるものを扱うように堂々と実行していきます。たとえ頭の中が真っ白になったり、パーッとなったとしても、善悪の判断基準があるにもかかわらず、その衝動を制御できずに一線を越えてしまうことが犯罪だと思うのです。

 さらに、原元被告は、最後に捕まる時まで数えきれぬくらい万引きしてきたと、過去の犯行も告白していました。果たして、過去に盗んだ商品の賠償は、どうするつもりなのでしょうか。どこでどれだけ盗んだか、正確にはわからないでしょうから、全てを賠償することは、およそ不可能なこと。たとえ彼女の贖罪や治療が済んだとしても、その被害が消えることはないのです。

「私、本当はこんなことする人間じゃないんです。病気の影響なんです」

 これは万引きして捕捉された中年女性が、よく言うセリフの1つですが、原元被告は、このタイプなのかもしれませんね。一連の発言を聞いていて、病気の影響を理由に、その罪が軽減されることに、現場で彼らと関わる者として、大きな違和感を覚えたのは言うまでもありません。

 後編では、私が実際に経験した「摂食障害を主張する万引き常習犯」について語ろうと思います。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

(後編につづく)

「窃盗症(クレプトマニア)には刑罰より治療を」ベテラン万引きGメンの私が納得できないワケ

 こんにちは、保安員の澄江です。

 先日、執行猶予中にもかかわらず万引きを繰り返して、逮捕起訴された元マラソン選手の原裕美子元被告に対して、再度の執行猶予判決が下されました。原元被告は、現役時代から続く摂食障害、また、衝動を抑えられずに万引きを繰り返してしまう窃盗症(クレプトマニア)の治療を受けているそうで、今回、執行猶予判決となった理由は、「治療の継続は再犯防止に一定程度効果がある。社会内での更生に向けた態勢が整っている」からとのこと。執行猶予中に再度犯罪を犯せば、実刑判決というのが司法のセオリーですが、近頃は窃盗症という病名により、再度の執行猶予判決を得る摂食障害系万引き常習者が増えているのです。

 しかし現場で多くの万引き犯の言動を目撃している私たちは、昨今の“クレプトマニアへ救済の手を”という流れがどうしても理解できません。今回、前後編に分けて、なぜベテラン万引きGメンである私がそう感じているのかを、お伝えしていきたいと思います。前編では、香川大学教育学部准教授で教育心理学・犯罪心理学・社会心理学をご専門にしている大久保智生先生にお話をお聞きしながら、私がクレプトマニアに抱いている違和感を紐解いていこうと思います。

 大久保先生いわく、「クレプトマニアはアメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアルで疾患として認められていますが、日本だけではなくアメリカなどでもクレプトマニアについての診断は難しいととらえられています。日本ではクレプトマニアの基準について、一部の精神科医が疑問を投げかけていて、診断が難しいにもかかわらず、積極的に診断が行われている現状があります」とのこと。やはり日本のマスコミで取り上げられている状況を、そのまま受け止めるのは難しく思えてきます。

 テレビに出ていた精神保健福祉士によると、万引きを止やめたくてもやめられなかったり、気がついたら盗ってしまっているとか、自分の気持ちだけではコントロールできないという症状のある人は、窃盗症の疑いがあると話していました。家族関係や家庭環境に問題を抱える人が多く、摂食障害による過食嘔吐を繰り返して経済的に苦しくなると、食べ吐きを繰り返す目的のために商品を盗むようになるのが窃盗症の典型例だそうです。ですが、大久保先生は「厳格に診断基準を適用すると診断がつかないというのはアメリカも日本も同様です」と言われており、このような理由だけでは簡単に診断ができない事実もあるといいます。

 確かに、万引きする人は孤独で、経済的に恵まれないような状態にある方ばかりなので、精神科医などが病気だと認めれば多くの被疑者が何かしらの疾患に該当してしまうことでしょう。しかし、それらを全てクレプトマニアだと決めるのは、専門家の目からするといささか疑問に感じると大久保先生は言います。。

「日本では現在、一部の精神科医と弁護士を中心として、万引きを繰り返す常習者を積極的に疾患としてとらえていく傾向がありますが、クレプトマニアを疾患ととらえることが何をもたらすのかについて議論されていないのが現状です。全米万引き防止協会(National Association for Shoplifting Prevention)によると、アメリカではクレプトマニアの診断が裁判所の判断に影響を及ぼすことはないそうです。しかし、日本では一部の精神科医と弁護士が疾患を理由に減刑させるための活動を行っています。私の行った調査によると、クレプトマニアのふりをしている人もいると思う精神科医は約8割存在しており、その結果をみても現状に違和感を覚えます」

 医療現場においてクレプトマニアの診断は難しく、また減刑目的の詐病者がいる可能性がある。それにもかかわらず「刑罰より治療を」とする声を、多くのメディアが取り上げていました。先生の話を聞いていると、それがクレプトマニアではない万引き犯に対する免罪符にもなりかねず、言い訳による犯罪格差のようなものまで感じてしまいます。

 大久保先生も同様に危惧されています。

「万引きとは、悪いことはわかっているが、言い訳ができてしまう犯罪であると私は思います。クレプトマニアという診断がつけば、とても都合の良い言い訳になってしまうわけです。専門的に言うと、現在の日本では、クレプトマニアが万引きの動機の語彙として用いられてしまうということではないでしょうか」

 さらに、クレプトマニアに関係する一部の医療関係者や法曹関係者について、先生はこう指摘されました。

「私の調べで、『診断は難しい』と考える精神科医は約8割存在し、積極的に診断をしていくことの賛否は、ほぼ半々です。非常に診断が難しい現状であるにもかかわらず、一部の精神科医が積極的に診断し、そうした被告の弁護を専門的に受任する弁護士が存在している。つまりクレプトマニアが利用されている、言ってしまえばビジネスになりつつあると感じています」

 万引きの現場を知る保安員からみても、果たして「現代の医療現場ではっきりと診断できない病気を、犯行理由にしていいものだろうか」と、大きな疑問を覚えます。

 報道によると、クレプトマニアと診断された原元被告は、化粧品なども盗んでいたそうですが、摂食障害系の万引き常習者の女性が食料品以外の商品に手をつけることは滅多にありません。また、万引き実行後には、捕まえてほしくて店員と目を合わせたこともあったと、原元被告は涙ながらに話していましたが、現場に立つ私たちの観点からいえば、捕捉を恐れて店内の様子を見まわす事後動作(周囲を窺い、不自然に後方を振り返る動作)ともいえ、それこそが彼女の抱える犯意の表れだと考えてしまいます。

 原元被告のように「気がついたら盗っていた」「頭の中が真っ白になり、パーッとなった」と言い訳する常習者も多く、でもその割には巧みな手口で多くの商品を盗み出していくので、このような弁解を信じたことはありません。例えば認知症患者による万引きの場合には、悪意がないためなのか、周囲を窺うなど不審な挙動を示さないまま、まるで自分の家にあるものを扱うように堂々と実行していきます。たとえ頭の中が真っ白になったり、パーッとなったとしても、善悪の判断基準があるにもかかわらず、その衝動を制御できずに一線を越えてしまうことが犯罪だと思うのです。

 さらに、原元被告は、最後に捕まる時まで数えきれぬくらい万引きしてきたと、過去の犯行も告白していました。果たして、過去に盗んだ商品の賠償は、どうするつもりなのでしょうか。どこでどれだけ盗んだか、正確にはわからないでしょうから、全てを賠償することは、およそ不可能なこと。たとえ彼女の贖罪や治療が済んだとしても、その被害が消えることはないのです。

「私、本当はこんなことする人間じゃないんです。病気の影響なんです」

 これは万引きして捕捉された中年女性が、よく言うセリフの1つですが、原元被告は、このタイプなのかもしれませんね。一連の発言を聞いていて、病気の影響を理由に、その罪が軽減されることに、現場で彼らと関わる者として、大きな違和感を覚えたのは言うまでもありません。

 後編では、私が実際に経験した「摂食障害を主張する万引き常習犯」について語ろうと思います。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

(後編につづく)

ZOZOが抱える“3つの地雷”! 「ゾゾスーツ」のつまずきと、「ゾゾヒート」のいまさら感

 少しばかり前のことになりますが、ZOZOTOWNを運営するZOZOが、2018年9月中間決算(第2四半期連結)で大幅減益となりました。要するに儲けが著しく減ったということです。売上高は25.9%増の537億円と大幅増収しているものの、営業利益が27.3%減の100億円、純利益が34.1%減の62億円でした。100億円もの営業利益を稼いでいるので経営はびくともしませんが、売上高が大幅に増えているのに、儲けが大幅に減るのは、それだけの損失があったということです。

 会見によると、減益の要因は、プライベートブランド(PB)「ZOZO」の一環である採寸用ボディ「ゾゾスーツ」配布などを行い、広告宣伝費や人件費が増加したとのこと。PB単体では7〜9月の四半期で39億円の営業損失を計上しています。もともとPB「ZOZO」は、初年度の売上高計画として200億円を掲げてスタートしましたが、9月末時点では、受注額15億円強で回収金額が5億円強止まり。残り半年で185億円もの受注があるということは、ペース配分から考えるとほぼ不可能と言わざるを得ません。

 採寸用「ゾゾスーツ」の発表時、一部の支持者からは大いに期待されたPB「ZOZO」がどうして伸び悩んでいるのかを今回は考えてみたいと思います。

 PB「ZOZO」には、3つの落とし穴があると考えられます。それを詳しくみていきましょう。

1.見切り発車すぎたゾゾスーツに失望!?

 インターネット通販市場全体の売上高は年々伸びており、現在は16兆円に達するとの統計があります。そのうち衣料品の売上高はどれくらいかというと、2018年9月25日付「繊研新聞」のコラムで、9500億円とされていました。つまり衣料品の売上高はインターネット市場全体の16分の1未満ということになり、現在のところそれほど大きな市場とはいえません。

 この理由については諸説あります。代表的なものは「1.試着できないから通販で服は買いにくい」「2.インターネット通販では低価格衣料品が売れている」の2つ。1の説だと、通販そのものが衣料品を売りにくいということになりますし、2の説だと、枚数は売れているのかもしれませんが単価が安いために合計金額も低くなるということになります。個人的には両方が混然一体となったのが9500億円という結果だと考えています。

 計測用の「ゾゾスーツ」は、この「試着てきない」という問題を解決するために開発されたはずでした。しかし、ここからZOZOブランドの蹉跌が始まります。当初、発表されたゾゾスーツは、着用してスマホと連動させれば何秒間かで体の全サイズが計測できるというものでした。そのため、申し込みが殺到したものの、一部のインフルエンサー以外を除いてはさっぱり配布されず。そして4月下旬になって、突如としてこの機能のゾゾスーツではなく、水玉柄の新型のゾゾスーツを配布すると発表したのです。

 新型ゾゾスーツは、夏頃までにほぼ配布されましたが、計測精度は低く、サイズが大きすぎたり小さすぎたりする例が相次ぎ、それがインターネットで拡散されました。ここでゾゾスーツの信頼性は大きく低下したのです。当初のゾゾスーツのままだったなら、もしかすると満足度も高かったのかもしれません。しかし、結局量産できなかったということは、何かがあったということ。その要因を検証せずに、ゾゾスーツを大々的に発表したZOZOは、見切り発車といわれても仕方がないといえます。

 夏に発表したZOZOのオーダースーツの大幅な納期遅れは問題視されました。ゾゾスーツのサイズ計測には不安が残るものの、オーダースーツは大いに注目されていたのですが、10月になっても商品が届かないばかりか、12月末まで納期が遅れるとの発表がある始末。PBの受注金額が15億円なのに回収金額が5億円しかないのはどうしてかというと、オーダースーツの納期遅れが大きな比重を占めているということです。

 ここまで大幅な納期遅れが生じたということは、ZOZOには製造及び生産管理に関する経験知やノウハウがまるでなかったと考えられます。通常、アパレル企業は、自家縫製工場を抱えている場合が少なく、外部の協力工場で商品を縫製しますが、製造工程に関する知識や生産管理のノウハウがそれなりにあります。そのため、大幅な納期遅れは起こさないことがほとんどですが、インターネット通販モールの運営会社だったZOZOにはその一切がまったくなかったのではないでしょうか。また、生産ラインの確保も不十分だったと考えられます。

 もちろん急ピッチで、それなりの体制を作ろうとした痕跡は認められますが、ノウハウは一朝一夕に蓄えられるものではありませんし、生産ラインもすぐには確保できませんから、その浅さが露呈してしまったといえます。人々が抱いていたオーダースーツへの期待は、大きな失望へと変わってしまいました。

 高単価商品への取り組みをやめたことも、ZOZOに大きな影を落としています。オーダースーツの失敗で意気消沈したのか、10月以降、12月までに発表した商品は3,800円のブラックジーンズと、990円~1,290円の保温肌着「ZOZOHEAT(ゾゾヒート)」のみ。売上高200億円までには程遠い実績ですから、本来はここで高単価商品を投入すべきだったのです。

 アパレル企業のほとんどは、ウールのコート、ダウンジャケット、カシミヤセーター、革ジャンなどの高単価商品が主力となる秋冬の方が売上高は高くなります。夏の主力商品となるTシャツやポロシャツと値段を比べると、優に3倍は超えるでしょう。にもかかわらず、ZOZOはこの秋冬、低単価商品のみの投入で終わり、12月現在、200億円に到達することは極めて難しくなったと考えられます。しかも、ユニクロのベストセラー「ヒートテック」だけでなく、しまむらの「ファイバーヒート」、グンゼの「ホットマジック」、イオンやイトーヨーカドー、ドン・キホーテなど大手各社が何年間もやり続けてきた過当競争激化の低価格保温肌着市場への後発参入ですから、勝ち目は極めて薄いのではないでしょうか。そもそもゾゾヒートの存在さえ知らない人も少なくないようにも感じます。

 こうした負の状況を反映して、ピーク時には4,800円もあったZOZOの株価は2,300~2,500円くらいにまで低迷しています。一部の熱狂的なファンを除いては静観の構えで、ゾゾヒート発表後もさして上昇していません。根本から衣料品の製造を勉強しないことには、今後PB「ZOZO」は存続すら難しくなるのではないかと思えてしまいます。
(南充浩)

ZOZOが抱える“3つの地雷”! 「ゾゾスーツ」のつまずきと、「ゾゾヒート」のいまさら感

 少しばかり前のことになりますが、ZOZOTOWNを運営するZOZOが、2018年9月中間決算(第2四半期連結)で大幅減益となりました。要するに儲けが著しく減ったということです。売上高は25.9%増の537億円と大幅増収しているものの、営業利益が27.3%減の100億円、純利益が34.1%減の62億円でした。100億円もの営業利益を稼いでいるので経営はびくともしませんが、売上高が大幅に増えているのに、儲けが大幅に減るのは、それだけの損失があったということです。

 会見によると、減益の要因は、プライベートブランド(PB)「ZOZO」の一環である採寸用ボディ「ゾゾスーツ」配布などを行い、広告宣伝費や人件費が増加したとのこと。PB単体では7〜9月の四半期で39億円の営業損失を計上しています。もともとPB「ZOZO」は、初年度の売上高計画として200億円を掲げてスタートしましたが、9月末時点では、受注額15億円強で回収金額が5億円強止まり。残り半年で185億円もの受注があるということは、ペース配分から考えるとほぼ不可能と言わざるを得ません。

 採寸用「ゾゾスーツ」の発表時、一部の支持者からは大いに期待されたPB「ZOZO」がどうして伸び悩んでいるのかを今回は考えてみたいと思います。

 PB「ZOZO」には、3つの落とし穴があると考えられます。それを詳しくみていきましょう。

1.見切り発車すぎたゾゾスーツに失望!?

 インターネット通販市場全体の売上高は年々伸びており、現在は16兆円に達するとの統計があります。そのうち衣料品の売上高はどれくらいかというと、2018年9月25日付「繊研新聞」のコラムで、9500億円とされていました。つまり衣料品の売上高はインターネット市場全体の16分の1未満ということになり、現在のところそれほど大きな市場とはいえません。

 この理由については諸説あります。代表的なものは「1.試着できないから通販で服は買いにくい」「2.インターネット通販では低価格衣料品が売れている」の2つ。1の説だと、通販そのものが衣料品を売りにくいということになりますし、2の説だと、枚数は売れているのかもしれませんが単価が安いために合計金額も低くなるということになります。個人的には両方が混然一体となったのが9500億円という結果だと考えています。

 計測用の「ゾゾスーツ」は、この「試着てきない」という問題を解決するために開発されたはずでした。しかし、ここからZOZOブランドの蹉跌が始まります。当初、発表されたゾゾスーツは、着用してスマホと連動させれば何秒間かで体の全サイズが計測できるというものでした。そのため、申し込みが殺到したものの、一部のインフルエンサー以外を除いてはさっぱり配布されず。そして4月下旬になって、突如としてこの機能のゾゾスーツではなく、水玉柄の新型のゾゾスーツを配布すると発表したのです。

 新型ゾゾスーツは、夏頃までにほぼ配布されましたが、計測精度は低く、サイズが大きすぎたり小さすぎたりする例が相次ぎ、それがインターネットで拡散されました。ここでゾゾスーツの信頼性は大きく低下したのです。当初のゾゾスーツのままだったなら、もしかすると満足度も高かったのかもしれません。しかし、結局量産できなかったということは、何かがあったということ。その要因を検証せずに、ゾゾスーツを大々的に発表したZOZOは、見切り発車といわれても仕方がないといえます。

 夏に発表したZOZOのオーダースーツの大幅な納期遅れは問題視されました。ゾゾスーツのサイズ計測には不安が残るものの、オーダースーツは大いに注目されていたのですが、10月になっても商品が届かないばかりか、12月末まで納期が遅れるとの発表がある始末。PBの受注金額が15億円なのに回収金額が5億円しかないのはどうしてかというと、オーダースーツの納期遅れが大きな比重を占めているということです。

 ここまで大幅な納期遅れが生じたということは、ZOZOには製造及び生産管理に関する経験知やノウハウがまるでなかったと考えられます。通常、アパレル企業は、自家縫製工場を抱えている場合が少なく、外部の協力工場で商品を縫製しますが、製造工程に関する知識や生産管理のノウハウがそれなりにあります。そのため、大幅な納期遅れは起こさないことがほとんどですが、インターネット通販モールの運営会社だったZOZOにはその一切がまったくなかったのではないでしょうか。また、生産ラインの確保も不十分だったと考えられます。

 もちろん急ピッチで、それなりの体制を作ろうとした痕跡は認められますが、ノウハウは一朝一夕に蓄えられるものではありませんし、生産ラインもすぐには確保できませんから、その浅さが露呈してしまったといえます。人々が抱いていたオーダースーツへの期待は、大きな失望へと変わってしまいました。

 高単価商品への取り組みをやめたことも、ZOZOに大きな影を落としています。オーダースーツの失敗で意気消沈したのか、10月以降、12月までに発表した商品は3,800円のブラックジーンズと、990円~1,290円の保温肌着「ZOZOHEAT(ゾゾヒート)」のみ。売上高200億円までには程遠い実績ですから、本来はここで高単価商品を投入すべきだったのです。

 アパレル企業のほとんどは、ウールのコート、ダウンジャケット、カシミヤセーター、革ジャンなどの高単価商品が主力となる秋冬の方が売上高は高くなります。夏の主力商品となるTシャツやポロシャツと値段を比べると、優に3倍は超えるでしょう。にもかかわらず、ZOZOはこの秋冬、低単価商品のみの投入で終わり、12月現在、200億円に到達することは極めて難しくなったと考えられます。しかも、ユニクロのベストセラー「ヒートテック」だけでなく、しまむらの「ファイバーヒート」、グンゼの「ホットマジック」、イオンやイトーヨーカドー、ドン・キホーテなど大手各社が何年間もやり続けてきた過当競争激化の低価格保温肌着市場への後発参入ですから、勝ち目は極めて薄いのではないでしょうか。そもそもゾゾヒートの存在さえ知らない人も少なくないようにも感じます。

 こうした負の状況を反映して、ピーク時には4,800円もあったZOZOの株価は2,300~2,500円くらいにまで低迷しています。一部の熱狂的なファンを除いては静観の構えで、ゾゾヒート発表後もさして上昇していません。根本から衣料品の製造を勉強しないことには、今後PB「ZOZO」は存続すら難しくなるのではないかと思えてしまいます。
(南充浩)

学力優秀な息子が、名門私立に落ちた理由――中学受験の“都市伝説”に翻弄された母の姿

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 首都圏だけでも毎年5万人もの受験生がいると言われている中学受験。「親子の受験」である側面を考えると、“受験生”の総計は、この5万という数字の上に、その子たちの親の数が加算されるわけだ。

 これだけの人が集まると、本来の受験とはかけ離れたところで、親同士、特に母同士の“戦い”が勃発することがなきにしもあらず。よその子どもの成績が異様に気になりだし、子どもを通じて探らせてみるのは序の口で、ひどい場合だと、倍率を落とそうとして志望校に関する良くない情報を流したり、真偽不明のウワサ話を触れ回る母も出現する。実際に、水面下で足の引っ張り合いをしている中学受験生の母は珍しくない。

 今回は、ママ友から聞いた“都市伝説”のような話を鵜呑みにし、に翻弄されてしまった母の事例をご紹介しよう。

 ある名門私立中学では、体育実技を試験に取り入れている。同校を志望している司君の母・京子さんは、ママ友ランチで、「実技にもいろいろあるけど、例えば『キャッチボール』の場合、受験生何人かに1人の割合で、先生が強くボールを投げて、その子の反応を見るらしい」という話を聞きつけた。

 あくまで“都市伝説”なので真偽のほどは不明だが、京子さんは「うちの子は大丈夫か?」と不安で頭がいっぱいになってしまう。そんな時、別のママ友に、こう耳打ちされたそうだ。

「お宅と同じ中学を狙っているっていう潤君は、実技対策でAスポーツクラブに通っているんだって」

 焦った京子さんは、無理やり司君を、体育実技対策専門のコーチに付けるという行動に出た。哀しいかな、運動嫌いのインドア派である司君にとって、そのレッスンは“地獄の時間”になったようで、特にマットと跳び箱は「見るのも嫌」というほどのトラウマを生んだらしい。

 これが直接の原因ではないとは思うが、司君は本番では不合格となった。「学力的には問題ないので、体育実技の特訓によるトラウマが、受験に対して弱気な態度を引き出したのでは?」とは塾の分析である。そもそも、その中学は体育専門学校ではないので特訓は必要なく、もっと言えば、実技のできる/できないは合否の基準ではないのだ。

 一方、潤君は順当に合格した。聞けば、潤君がスポーツクラブに通いながら受験勉強をしていたことは事実だったそうだが、それは幼少期からやっているトランポリンを“息抜き”としてやり続けていただけで、受験対策ではなかったという。「潤君には負けられない」という京子さんの勝手なライバル意識が誤解を生み、結果、司君に負担を強いたケースだろう。

 中学受験生の母の間では、こういった真偽不明の“都市伝説”がたくさん飛び交っている。例えば「A学園の受験番号1番は落ちる」であるとか、「受験当日の朝、B学院の坂を走った者は受からない(=先生がチェックをしている)」といったものに代表される。また「シングル家庭は敬遠される」といった「何時代だ?」といった時代錯誤的なものまで流布されることがあるのだ。

 最近、筆者が相談されて驚いた事例も紹介したい。清子さんは、娘・笑里ちゃんが中学受験塾に入塾したタイミングで社会復帰を果たした。以前から望んでいた会社に採用されたのだ。

 ところが、だんだんと仕事がハードになっていき、学年が上がるごとに増える笑里ちゃんの“受験サポート”との両立に悩む日々を送っていた。その時、ママ友集団からこんなことを言われたそうだ。

「やっぱり、中学受験は母子の入試だから、お母さん次第よね」
「そうね。塾での勉強より、結局は、家で母親がどれだけ子どもの勉強に手をかけられるかで、合否は決まるらしいわ」
「D学園に行ったCちゃんのママ、仕事辞めて、受験に賭けたそうよ」
「ああ、だからCちゃんは、最難関総舐めって万々歳な結果だったのね?」

 その時、清子さんは「笑里の成績急降下は、もしかしたら自分のせい?」と、困惑したとのこと。そこで、悩んだ末、やはり家で笑里ちゃんのサポートをしようと思い立ち、仕事を辞めたという。それはそれで、1人の大人の決断として構わないのだが、清子さんはたびたび笑里ちゃんにこう言ってしまったらしい。

「ママがせっかく得られた仕事まで辞めて、いろいろやってあげてるのに、なんでこんな偏差値しか取れないわけ?」

 当時の笑里ちゃんは何も言い返さず、勉強に取り組んでいたそうだが、結局、第3志望の中学に入学。清子さんはここでも、「ママが仕事を諦めたのに、ここなの?」と漏らし、笑里ちゃんはうつむきながら「ごめんなさい」と言うほかなかったそうだ。

 それから、数年がたった。笑里ちゃんは今、学校に行けなくなり、公立高校への受験準備をしている。反抗期を迎えた笑里ちゃんは京子さんに対し、「アンタが仕事を辞めたのはアンタの勝手で、私のせいじゃないから! なんでも私のせいにしないで! アンタなんて親だと思ったことは一度もないから。私のことはほっといて!」と、責め立てているという。

 このケースも真偽不明のウワサ話に振り回され、中学受験における“大切なこと”を見失ったケースと言えよう。ママ友情報ほど、当てにできないものはないのだ。

 中学受験は小学校4年生から参戦することが多く、母にとってはこの3年間という長き日々は、出口の見えないトンネルに入るようなもの。そのため孤独と不安を必要以上に感じてしまうことがあり、母は「共に励まし合い、共感し合える、同じ立場のママ友」と話がしたくてたまらなくなるという“病”に侵される。しかし、“悪夢”はそういう時に、そっと忍び寄るのだ。

 最後に、筆者が悩める中学受験生の母に伝える格言のひとつをお教えしておこう。「受験にママ友必要なし!」。

(鳥居りんこ)

公園より「児童館デビュー」の時代? 「馴染めないと行き場なくなる」と悩める乳幼児ママ

保育園、幼稚園、小学校、おけいこ事の教室などでは、日々子どもの保護者と施設側の間でトラブルが発生している。ほんの些細なことでも、自分のこと以上に気になってしまうのが親心というものなのか。わが子のことを思ってとクレームを入れるママもいれば、モンペと呼ばれることを恐れて我慢するママも。そんなトラブル事例とママの葛藤をつづる。

 日中でも、コートなしでは寒さが厳しい冬に突入し、乳幼児を持つ親にとっては、「長時間の公園遊びができない」のが目下の悩みになっているようだ。そんな時に、子連れでの外出先として、公園に代わって利用されているのが、乳幼児の遊べる遊具などを揃えた児童館だ。

 子どもが生まれるまでは、足を踏み入れる機会がほとんどない児童館という閉鎖的空間。つい先日も、熊田曜子が区の児童館に子どもを3人連れていき、入館拒否されたという話題が世間を騒がせたばかりだ。今回は、児童館で起こった出来事に苦悩するママたちの声をレポートする。

 最近では、公園デビューという言葉よりも児童館デビューの方が、育児雑誌やネットでも目にする機会が増えている。産後2カ月くらいのタイミングで、子どもの発育具合や虐待の心配などがないか確認するために、子育てアドバイザーが自宅に訪問をする母子訪問(新生児訪問)という制度があるが、この際、その地域にある支援センターと呼ばれる施設や児童館に乳児を連れて行くのを勧められるケースもあるという。都心部の公園では、ケガなどを防ぐために遊具が使用できないようになっていたり、マナーが良くない大人たちがベンチなどを占拠していることもあり、児童館のニーズが高まっていると言える。

 2歳になる娘を育てている専業主婦の薫さん(仮名)は、子どもが1歳頃に、児童館を利用していた。

「子どもが生まれてから、ずっと在宅で育児をしていました。実家も遠いし、出産前に引っ越したこともあって、周りに知り合いがいない状況だったんです。母子訪問に来た子育てアドバイザーが育児相談員として児童館にいるという日に、児童館デビューしました。その日は、ベビーマッサージ教室で、無料ともあって大広間の和室はギュウギュウ。私は端の方に押しやられて、ほとんど立っているのに近い状態で、娘だけタオルに寝かせてマッサージしました」

 インストラクターの様子も見づらい場所から、ベビーマッサージを行ったという薫さん。児童館の職員が子どもの様子を見に来たとき、心ない言葉を掛けられたという。

「その職員の女性は、私の母親くらいの年代の女性でした。娘をマッサージしても、あまり反応がないのが気になったみたいで、『どうしたのかしら』『あなたが子どもにいつも笑いかけていないからじゃないの?』など、次々と娘がおかしいというような言い方をされたんです」

 彼女はこのことがきっかけで、自分の育児が良くないのではないのかと落ち込むようになり、心療内科を受診した。振り返ると、周りに育児を相談できる相手がいなかったので、児童館の職員に言われたことを全て信じ切っていたという。児童館で行われた歯科アドバイスでは、乳児用りんごジュースやスポーツ飲料を与えていることを職員から注意され、離乳食が進まない時にジュースを与えるか悩んだこともあったそうだ。

「子どもの育児がひと段落した職員が多くて、昔の育て方を強いられて苦痛でした。もっといろいろな年代のアドバイザーや立場の人が、相談に乗ってくれるようになってほしいです」

 児童館は、幼稚園に入園する年齢になるまで、在宅育児をしている専業主婦や、育児休暇中のワーママたちの交流場となっているようだ。混雑緩和のために、午前中の時間帯は、主に月齢が低い乳児が集まりやすくなるよう、親子体操や絵本の読み聞かせなどが行われている。

 6カ月になる息子を育てている専業主婦の由香里さん(仮名)は、里帰り出産だったために、産院でママ友ができなかった。そこで、同じ月齢の子どもを持つママ友が欲しいと、児童館に遊びに行くようになった。午前中は、0~2歳児くらいまでが一緒に遊べるようになっているため、給湯室や電子レンジの前には行列ができていたという。

「児童館ではもうグループができあがっていて、レンジや粉ミルク用のお湯を使うのも、常連ママグループが先。イスやテーブルも全て仲間内で場所取りをされていて、私は床にタオルケットを敷いた上に娘を座らせてミルクを与えようとしました。また、お湯ポットの使い方がわからなくて困っていたら、近くにいたママから『これ使えば』と、シンクにある熱湯がでる蛇口を教えられたんです。知らずに出てきた湯を触って、火傷しそうに……。熱湯が出る蛇口の水は浄水器つきでもないし、不安だったので、結局、急いで帰宅することにしました」

 由香里さんは、児童館であった出来事を抗議したくても、どこに/誰に言えばよいのかわからないと漏らす。直接、危害を加えられたわけではないからだ。結局、児童館の職員たちからは、自分からもっと積極的になってママ友を作るように言われたという。児童館を利用するママたちは、ベビーカーや子ども乗せ自転車で行ける範囲から来ているため、地域のママ友づくりには役立つが、雰囲気に馴染めなかった場合、行き場所がなくなる可能性がある。

 児童館スタッフとして働いている元保育士の佐々木さん(仮名)は、「公園よりも、ケガのリスクが少なく、乳児用遊具が充実している児童館が、キッズカフェ代わりに利用されている」と語る。

「課金制のキッズカフェと違ってのんびり過ごせるせいか、子どもを遊ばせっぱなしにして、スマホの画面に夢中のママさんがいるので、ヒヤヒヤしています。この地域は、芸能人が出産することで有名な産院やタワマンも建っているため、一見、セレブ風のママさんも多いのですが、リトミックや英会話など無料イベントの時には、毎回ギュウギュウ詰め。狭いせいか、2歳児のヒジが赤ちゃんにぶつかったり、子ども同士のトラブルも多くて、目が離せなくて困っています」

 ママ同士のトラブルは、職員が間に入って対応するが、保育園や幼稚園とは違い、同じ園に所属しているわけではないため、ママ友から借りたものをそのままにして、児童館に来なくなってしまうマナーの悪いママもいるという。

 公園以外に、乳児連れで出かけられる場所が少ない都心部では、児童館にママと子どもが集中するのも頷ける。自宅育児のママのために、保育園の一時保育の受け入れ増加や、児童館の受け入れ人数の補充など、さまざまな対応が必要なのかもしれない。
(池守りぜね)

「恥ずかしくないの?」中学受験で“子どもに言ってはいけない言葉”を浴びせた母の猛省

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験は「親子の受験」。それは、ある“危険”を常に孕んでいることにもなる。親が絶対的権力者になり、思い通りにならないわが子に向かって、暴言を浴びせてしまうのだ。

 人間は否定され続けると“やる気バロメーター”がゼロになっていく生き物なので、常に暴言を吐き続けている親からは“お受験スーパーヒーロー”は生まれにくい。しかし、哀しいことに、親も人間。修業が足らず、ついつい言わなくていいことどころか、“言ってはいけないこと”までを言い放ってしまいがちになる。

 ただでさえ時間がないのに、説教タイムで時間を浪費し、それどころか我が子の“やる気”を完全に断ち切るような愚行を繰り返すのだ。合格を後押ししたいのか、邪魔したいのか、親自身、訳がわからなくなるのである。この矛盾を一番感じているのが、怒ってしまう当の親本人だということが、いっそう切ない。

 筆者が子どもの中学受験を体験した母に行ったアンケート調査によると、親が言い放つ3大暴言の傾向はこれだった。

「金」「頭」「強制終了」

 「金」は「いくら金かけてると思ってる?」に代表される、“コスパの悪さ”に対する苛立ちを我が子にぶつける言葉。「頭」は「アンタみたいなバカ、見たことない!」に代表される、思うように偏差値が上がらない苛立ちを我が子にぶつける言葉。

 そして、とどめが「強制終了」。その代表は「受験なんかやめちまえ!」である。中学受験は資本ありきなので、たいていは親主導でスタートする。にもかかわらず、親の独断で「もう受験はやめ!」という“リタイヤ宣言”をしがちになるのだ。しかも、始末が悪いことに、本気で受験をやめさせたいわけではなく、我が子自身が「やる気のなさ」を猛省し、親が思う「正しい受験道」に邁進してくれとの願いを込めての暴言。まったく、多くの親には忍耐と寛容いう修業が足らないのなのかもしれない。

 今回は、親が暴言を吐いてしまったケースとその後を見てみよう。ある日、筆者に、小学6年生の洋貴君の母、幸子さんから電話が入ったことがある。

「私、今、洋貴にひどいことを言っちゃって……。『もう、こんなんじゃ、(最上位校には)どこにも受からないね。友達より成績悪くて、恥ずかしいと思わないの?』って……」

 洋貴君は、塾の最上位クラスをキープしているほど優秀だったのだが、そこは6年ともなると非情なる世界で、競争も激化。次回のクラス編成では最上位クラスにいられるかも微妙な立ち位置になっていたそうだ。幸子さんは筆者に動揺を隠さず、こう言った。

「私、洋貴が言い返さないことをいいことに、いつも言いたい放題なんです。同じクラスの子たちに、ウチだけが負けるわけにはいかないって思い込んでしまって……。それで、焦って、またあんなことを言ってしまいました」

 志望校特訓から帰宅した洋貴君は、母の暴言を聞いた後、泣きながら「みんな、すごすぎて。自分は全然、できない。こんなにやっているのに、これ以上、どう頑張ればいいのか教えてほしい」と訴えたという。

 幸子さんから見ると、洋貴君は塾には楽しそうに通っているし、比較的、ヘラヘラしているように映っていたので、まさか、そんなに追い詰められているとは夢にも思わなかったそうだ。慌てた幸子さんが必死に洋貴君に謝り、まだ挽回できる時間は十分にあることなどを告げたそうだが、洋貴君は一言も返さず、部屋に籠りきりになったという。

 幸子さんは、成績が伸びない洋貴くんを叱ったのではなく、自分の不安を洋貴くんにぶつけていただけなのだろう。筆者はアドバイスとして「塾に駆け込め!」とだけ伝えた。その足で幸子さんは塾に行くのであるが、室長は幸子さんに力強く、こう言ったという。

「男は泣いて、またいっそう、強くなるんですよ。洋貴は這い上がってくるから、心配ないです。お母さんは笑顔の方が良いに決まっていますが、そうもいかないのが中学受験です。それもこれも込みなのが、中学受験。困ったときには、我々に任せてください」

 そこで、幸子さんは塾の先生方にお任せして、もう何も言わずに、息子を見守ろうと誓ったという。

「洋貴をこんなにも追い詰めたのは私です。やめるのも、続けるのも洋貴の自由。私はどちらの選択であっても洋貴の応援団であり続けようと思います」

 その半年後、最難関中学の入学式には、晴れやかな笑顔の洋貴君と幸子さんがいた。

 後日、筆者が洋貴君に「あの時の母の暴言をどう思ったか?」を聞いてみたところ、「う~ん? そんなことがあったかな? 母は口数が多い方なので、僕はあんまり聞いていなくて(笑)。でも、母がこの世の中で誰よりも僕の事を心配してくれているってことだけは、わかっているんで」と返って来たので笑って、そして、ちょっと泣けてきた。

 言わなくてもよい暴言を言ってしまうのが親。親なればこそということもある。でも、子どもはそれをも超えていってくれる。

 筆者はこう思っている。中学受験に親の暴言は付き物だ。良い悪いでいえば、悪い。しかし、親も修業の最中。時には自分の暴走を内省し、まずいと思ったら、改める。そして、煮詰まったら、第三者に助けを求める。少し、冷静になれるから。子どもに暴言を言ってしまうのは、疲れている印。その時は迷わず、一息付く。そうやって、親子で手探り、行きつ、戻りつして進むのが中学受験なのだ。
(鳥居りんこ)

「完食教育」でカレーを戻した娘は、陰であだ名をつけられ……母が小学校に怒りの訴え!

保育園、幼稚園、小学校、おけいこ事の教室などでは、日々子どもの保護者と施設側の間でトラブルが発生している。ほんの些細なことでも、自分のこと以上に気になってしまうのが親心というものなのか。わが子のことを思ってとクレームを入れるママもいれば、モンペと呼ばれることを恐れて我慢するママも。そんなトラブル事例とママの葛藤をつづる。

 ここ最近、幼い子どもを持つ保護者にとって、にわかに話題として上がっている“完食”。その名の通り、給食を残さず食べきるように指導するのが“完食”であり、食育の一環として教育の現場でも捉えられているようだ。しかし昨年、完食を指導された小学校の生徒たちが5人も嘔吐するなど、学校側の行き過ぎた指導がニュースに。子どもに無理をして食べさせる方針は減ってきているそうだが、ゼロになったわけではないだろう。本来なら楽しいはずの給食の時間が苦痛となっては、本末転倒と言える。

 現在、30代になる世代の中には、給食の時間中に食べきれなかった場合、昼休みの時間を使って完食をさせられた苦い思い出や、好き嫌いを言わずにすべて完食しなければ、午後からの授業を受けさせてもらえなかったという経験をした者をいるのではないだろうか。こういった子ども時代に受けた行き過ぎた“完食”指導が、社会人になった時、会食を苦痛と感じる原因となるという説もある。

「もったいない」年配の先生から厳しく指導され……

 関東にある小学校に、小2の娘を通わせている真樹さん(仮名)は、食が細い娘について悩んでいる。

「夫の両親がケアハウスに入居したため、娘が小学校に入学するタイミングで、夫の生まれ育った実家に引っ越してきたんですが、娘は幼稚園で一緒だった友達がいないと、入学当初は泣いてばかりいましたね。しかもこの小学校、明治時代に創立されたため、同じ小学校に通っていたという親世代も多く、地元民の結びつきが強いんです。それも、娘により強い疎外感を与えてしまったのかもしれせん。さらに、ここは給食の指導が厳しく、なにかあると年配の先生が『もったいない』『残さないようにして食べろ』と言うので、娘を追い詰めてしまったようなんです」

 周りの生徒たちは、近隣の幼稚園などが同じような教育方針であるため、“完食指導”に関しては、疑問に感じていないようだという。

「娘が通っていた保育園では、おかずなどは無理させず、『一口だけでも食べられればいい』という考えでした。娘は、元々食が細くて、よく咀嚼しないと飲み込めないんです。でも学校では給食時間が終了すると、すぐにトレーなど返さなければならないため、先生から『あともう少しだ』と言って、無理やり口に入れるように言われたようで……。娘は急いでカレーを口に詰め込み、立ち上がって廊下に出た途端、戻してしまったといいます」

 この一件以来、真樹さんの娘は、同級生から、陰で汚いあだ名で呼ばれたり、「また吐いたら嫌だから」と言われて、給食の時間に同じ班の子から机を離されたという。学校側に、事実確認をし、担任にも配膳量を減らすようにお願いしたというが、“完食”指導自体は変わらなかったそうだ。

「夫に言っても、そのような風習に慣れているらしく、『今は食べられなくても、そのうち体が大きくなったら食べられるようになる』とあまり気にしていないようなんです。娘は、毎日ではありませんが、登校を嫌がる日があり、弁当対応にしてもらう相談をしようか迷っていますが、聞き入れてくれるかどうか」

 学校側が完食を勧める背景には、食べきれずに廃棄される食品を減らしたいという意図があるようだ。私立の認証保育園で調理補助として働いている由香子さん(仮名)は、毎年、年末年始の献立に頭を悩ませているという。義務教育とは違い、親の仕事の都合で預けられている園児たちは、事前に登園予定日を出してもらっても、予定が変わりやすい。特に、お盆の時期や年末年始は、急な仕事や予定が入るかもしれないと、保育園が開いている日を、“念のため”登園予定にしているものの、前日や当日になって欠席が相次ぐケースもある。そうすると、最初に予定していた園児数分の食品に無駄が出てしまう。由香子さんは「給食用の仕入れ業者を利用しているため、食材の使い回しも難しい」と語る。

「廃棄食材を減らすため、普段から園でも子どもたちに、“完食”するよう勧めています。最近は、偏食の子が多くて、かぼちゃなどの果菜を使ったメニューやうどんなどに、食べ残しが目立つ傾向があります。中にはデザートの果物から食べ始めたり、ご飯をほとんど食べずに残す子もいますね」

 本来なら、小さい頃から偏食にならないように、いろいろな食材を使った料理を食べさせるのは、家庭での役割だと、由香子さんは語る。しかし、実際はレトルト食品を使ったメニューや、コンビニで購入できる総菜などを食べさせている保護者も多いという。共働き家庭が増える中、それも致し方ないとは思いつつ、子どもたちが“完食”できない一因には、家庭での食事にあると、由香子さんは考えているようだ。

 都内にある小学校で、教育補助員として働いていた藤本さん(仮名)は、“完食”が目に見えるルールとして常態化している状況に、違和感を覚えたそう。彼が働いていた小学校は、1学年3クラスと児童数も多く、休み時間は外遊びを促すなど、活気があった。そんな同校では、学年を越えてクラス単位で完食できた人数を競う、「完食強化週間」というものが施行されていた。その結果、食べるのが遅くて完食ができない子や、小柄で少食な子は、おかわりをするような食欲旺盛な子から、「なんで食べれないの?」と嫌がらせをされることもあったという。

「この学校では、“完食週間”の間、クラスで完食ができた人数を掲示するシステムになっていました。個人によって食べられる量はさまざまなのに、完食しなければいけないという雰囲気が漂っていたんです。ある児童は、牛乳が苦手で飲まずに持ち帰っていたのがばれ、先生から注意されていました。子どもをそれほどまで追い詰める完食週間の方が間違いなのでは? と感じますよ」

 高学年になれば食べられる量もわかってくるため、給食当番に配膳量を少なくしてもらうように伝える子も出てくるが、低学年の児童はまだ自分がどれくらいの量が適量なのかわかっていないという。

「完食したらもらえるシールが欲しくて、無理やり食べている子どももいます。苦手なものが食べられたらシールがもらえるなど、完食でなくても達成感が得られるルールではダメなのでしょうか……」

 性別や体格など、個人によって“適量”は違うが、給食は配膳量の基準が曖昧に見受けられる。一人ひとりに合わせた適量ではないため、“完食”が負担となってしまうのだろうあ。好き嫌いをなるべくなくし、全てを食べきること……その事実だけを見るのではなく、家庭で、そのためには何が必要かを考え、実践していく食育も必要と言えるかもしれない。
(池守りぜね)

「テストの点改ざん」「親のお金を盗む」中学受験どころではなくなった、元優等生女子の復活劇

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験はどう取り繕おうが、子どもに対して「勉強」というものを、文字通り「強く」「勉めさせる」ものである。自発的に勉強し続ける子もいるにはいるが、大抵は親がスケジュール管理をしながら、志望校合格までの道のりを伴走する。

 当然、そこには、遊びたい盛りの子どもに、「遊び」よりも「勉強」を優先させなければならないという親の葛藤が生まれる。「受験するのだ!」という親子の覚悟があってこその受験道なのだが、やはり一筋縄ではいかない世界。中には、さまざまな理由により、中学受験を途中で辞めるケース、またリタイアしたものの「やっぱりやろう」と戻ってくるケースも稀ではない。

 今回はそんな再チャレンジした親子の話をしてみたい。

受験と水泳の両立で過労に……

 雄介君は水泳に熱中していたが、学区公立中学にはプールがなく、従って水泳部もなかったそうだ。このまま公立中学に進学して、ほかの部活動とスイミングスクールでの活動を両立させるか、私立の水泳部のある設備の整った環境に進ませるかという2つの選択肢がある中、雄介君は新5年生の段階で中学受験を自ら選択したという。

 小5の雄介君のスケジュールは次の通り。

 学校の後は、週3日塾に通い、塾がない日はスイミングスクール、週末は模試。

 最初はどうにか両立でき、成績も順調に上がっていったそうだが、小学6年になった5月、雄介君に悪夢のような出来事が襲う。「急性胃腸炎」で緊急入院となり、入院期間は2週間に及んだという。

 ドクターは雄介君のお母さんである美和子さんにこう言ったそうだ。

「これは過労のようなもの。小学生にこんな生活をさせて……。塾も水泳もなんて、とんでもない。どっちかやめないと、また入院することになるよ! お母さん、勉強より命の方が大事でしょ?」

 美和子さんはこのドクターの言葉に打ちのめされ、「良かれと思っていたことなのに、私は最愛の息子に無理をさせていたの?」と苦悶したそうだ。

「私は人から指摘されないとわからないくらい、受験にのめり込んでいたみたいで、肝心な息子の体力を過信していたんです……。でも、水泳が生きがいのような雄介から、水泳を取り上げることはできません。なので、残された選択肢は1つしかありませんでした」

 それは、問答無用での退塾。しかし、夏が過ぎて秋を迎えた頃、体調が回復した雄介君は、美和子さんにこう切り出したという。

 「ママ、もう1回、中学受験塾に行かせてもらえないかな? 中学に入った時のことを考えたら、やっぱり地元のプールなしの学校よりも、あの私立中学に行きたい。あそこで思い切り、泳ぎたいんだよ」

 6年生での半年間のブランクは相当だろう、これを今から挽回できるのか? と美和子さんは躊躇したそうだ。加えて、雄介君に無理だけはさせたくないという気持ちもあったという。そこで、以前通っていたような集団塾は諦め、個別塾に切り替える作戦にしたそうだ。

 「個別塾の先生が『お母さん、受験は期間ではなく熱量ですよ』っておっしゃったので、それならば、雄介にやる気がある以上、親は応援あるのみだと思いました」と美和子さん。雄介君は「もう、あんなヘタはこかない」と言い、受験が終わるまでという条件でスイミングスクールを週1日に減らす。そして、遅れを取り戻すべく、個別塾でただひたすら、志望校の過去問を解き続けていたそうだ。

 その甲斐あって、雄介君は見事に第1志望校に合格。今現在は強豪水泳部で活躍中とのことだ。このケースは、中学受験がいかに小学生にとって過酷なものかを実感させられるとともに、小学生とはいえ、本人が決めた意志はやはり強いのだなぁと感心させられた出来事となった。

小5までは優等生、なのに問題行動は出始め……

 もう1つ、別のケースを紹介しよう。花音ちゃんは小3から受験塾に通いだした利発な女の子。中学受験は母である明日実さんの希望であったそうだ。

 花音ちゃんは5年生までは最上位クラスにいたものの、徐々に下位クラスに移動し、6年生の段階では下から数えた方が早いクラスが定位置となっていたそうだ。

 その頃から、花音ちゃんに問題行動が出始める。テストの得点を改ざんしたり、親の財布からお金を盗むようになり、明日実さんもその度にコンコンと花音ちゃんを諭していたそうだが、泣いて謝るわりには同じことが繰り返される。

 明日実さんは筆者に当時の心境を教えてくれた。

「もう受験どころじゃないなって……。成績が悪いより何より、親にも先生にも、平気で嘘をつくってことが許せませんでした。親子のバトルは激しくなり、主人との夫婦喧嘩も絶えなくなっていったんです。その内、主人は家に帰って来なくなりました」

 そんな明日実さんをさらに追い詰めたのが、ご主人と花音ちゃんからのある言葉だったという。当時のことを思い出したのか、明日実さんは目に涙を浮かべて話を続ける。

「主人も花音も口を揃えて、言うんですよ。全部、私が悪いって……」

 もう何もかもが嫌になったという明日実さんは、花音ちゃんにも何も言わずに退塾届を提出。これで成績を気にすることも、点数で座席を決められてしまうこともなくなった花音ちゃんは、さぞかし自由を満喫すると思いきや、「そうではなかった」そうだ。

「退塾届を出したのは6年生の9月のことなんですが、11月の頭あたりに、塾の室長から電話があったんです。『どうです? お母さん、もう1回、花音にチャンスを与えませんか?』って。聞けば、退塾したはずの教室に花音は毎日のように顔を出して、ただ室長の横に居させてもらっていたんだそうです。びっくりしました……」

 明日実さんは、その時「私は花音の気持ちを、まったくわかろうとしていなかった」と感じたという。

 花音ちゃんは、ほかの受験生よりも早い、3年生入塾。「ずっと勉強を頑張ってきたのに、このままでは志望校に受からない。大好きな先生たちの期待に応えられない。そのストレスをどうしていいのかがわからなかった。でも、受験はやめたくない」と、室長先生にポツリポツリと語っていたそうだ。

 室長先生は、明日実さんに「お母さん、花音は『なぜ勉強するのか?』『どうして私立中学に行きたいのか?』『そのためには何が必要か?』……紆余曲折を経て、ようやくわかってきたところです。これは彼女にとって、決して無駄な遠回りではありません。人生にとって、とても大きなことを学んだんですよ」と語り、背中を押してくれたという。

 結果、花音ちゃんの希望で、受験は再開。結果は第1志望には届かなかったものの、「ここも好き」という第3志望校に入学となり、現在、演劇部で大活躍。成績も優秀で、家でもよく家事を手伝ってくれる優しい子に成長したそうだ。

 中学受験は一筋縄ではいかないことが普通だ。親子のバトルもあるし、「もう、受験はやめ!」と絶望する日も多い。だが、筆者は思う。人間は疲れたら休めばいいのだ。そして、また沸々とエネルギーが湧いてきた時に「やっぱり、この道」と思う方向に行けば、それで間違いない。さまざまな葛藤あってこそ、学び多き濃い時間こそが中学受験なのだと思う。

 蛇足ではあるが、明日実さんの夫婦仲も、花音ちゃんの問題行動が収まると同時に、何事もなかったかのように元に戻ったと聞いている。
(鳥居りんこ)

高畑充希、満島ひかり、早見あかり――食べる女性はなぜあんなにも美しいのか?

 高畑充希の主演ドラマ『忘却のサチコ』(テレビ東京系)が話題だ。

 出版社に勤務する佐々木幸子(高畑)が、結婚式当日に婚約者・俊吾(早乙女太一)に逃げられるという心の傷を負いながら、様々な食べ物によってそれを乗り越えていくという物語。漫画原作によるコミカルさと、融通が利かない幸子を演じた高畑の演技が見ものだが、なんと言っても一番の魅力は、彼女の食事シーンである。

 ひとつひとつの食材をゆっくりと口に運び、慈しむように味わう。おいしさを表現するモノローグのセリフや、CGを使った演出もいいが、高畑のうっとりとした表情が実に魅力的だ。おそらくは、演技だけでなく、本当においしいと思って食べており、その気持を表現に乗せているのではないかと思う。

 このような演技を見せるためには、いくつかの才能が必要である。

 まず、食べ物を「おいしい」と感じる“感性”だ。これはもしかすると、生まれついての能力、あるいは育ってきた環境によるかもしれない。鮮度の良さや、ちょっとした味付けの違いを感じ分ける舌を持っていないといけない。

 次に、“上品な食べ方”だろう。ただ単に空腹を満たすために、食べ物を口に詰め込むような雑な食べ方では、見ていてあまり気持ちのいいものではない。かと言って、少しずつちょこちょこと食べているのも味気ない。その絶妙な加減を心得ているのだ。演技指導はあるにせよ、食事という日常の行動に、その人の品位のようなものが表れると思う。

 最後に、その根底にある食物に対する“感謝の念”だ。おいしいものをおいしく食べ、自分の命が繋がっていく、その根源的な尊さを感じる気持ち。それは画面を通しても伝わるものだ。

 実は、この「美女と食べ物」系のドラマ、ここ数年で話題作が結構ある。

■後藤まりこ/ドラマ『たべるダケ』(テレビ東京系)

  2013年に放送された、ドラマ『たべるダケ』(テレビ東京系)。これは、とにかく魅力的な食べ方をする謎の女性・シズル(後藤まりこ)に魅了された男・柿野(新井浩文)が、彼女を追って騒動を巻き起こす物語。ロックミュージシャンでもあった後藤の食べっぷりは、まるで音楽をかき鳴らすような迫力と輝きに満ちていた。

 

■武田梨奈/ドラマ『ワカコ酒』シリーズ(テレビ東京系)

 15年から放送され、人気シリーズとなった『ワカコ酒』(テレビ東京系)は、落ち着いたグルメ作品だ。女優の武田梨奈が、主人公・村崎ワカコを演じている。26歳のOLワカコが、会社帰りに、美味い肴を食べながらひとり酒を楽しむというストーリーだ。

 武田の上品で、どこか庶民的な雰囲気が抜群にいい。ゆっくりと美味いつまみを食べ、最後には「ぷしゅー」というセリフと共に、幸せを噛みしめるといった具合だ。

■早見あかり/ドラマ『ラーメン大好き小泉さん』(フジテレビ系)

 同じく15年放送の『ラーメン大好き小泉さん』(フジテレビ系)も、このカテゴリーだろう。とにかくラーメン好きの女子高生・小泉さん(早見あかり)が、タイトル通り、大好きなラーメンを食べ歩くというもの。

 この時の早見あかりの食べっぷりも見事だった。長い髪を後ろに束ね、手首をコキコキと鳴らしてからラーメンを食べる姿。哲学を持ってラーメンに挑んでいる主人公の思いを、見事に表現していた。彼女は、「ももいろクローバー」の一員として、多くの人の前でパフォーマンスをしてきた人だ。そんな経験がこの役に活きていたことは間違いないだろう。

 

 ■満島ひかり/「キリン一番搾り生ビール」CM

 最後に、ドラマではないが、「キリン一番搾り生ビール」のCMキャラクターを務めている満島ひかりも挙げておきたい。若い女性が一人で焼き肉を食べ、ビールをぐいっと飲む。最後の「あぁ、幸せ!」という時の表情も実にいい。彼女もまた、演技だけではなく、本当においしさを感じていることが伝わってくる。

 これらのドラマ・CMには、実は共通点がある。それは、多くの場合、「女性が一人で食事をしている」ということだ。

 女性というのは、友達や仲間と一緒に行動しがちだし、一昔前には、「女性が一人で食事なんかして……」という風潮があったことも事実だ。しかし、今はそんな時代ではない。女性だって男性と同じように一人で食事し、その幸せを味わえばいい。そもそも食べるという行為は、ごく個人的で孤独なものだ。

 作品で描かれた女性はみな、食事と真剣に向き合い、その何たるかを突き詰めていく。それは、「生きるための糧」かもしれないし、「人生を豊かにするためのもの」であるかもしれない。物語の中で、どこか生きづらさを感じている主人公たちは、「ものを食べる」という行為において開放される。そこにカタルシスが生まれるのである。

 それにしても、なぜ、美女が食事をする姿は、これほどまでに私達の心を惹きつけるのだろうか?

 それは、突き詰めていけば、食べるということが“生命の根源となる行為”だからではないだろうか。そもそも、なぜ男性が美しい女性に惹かれるのか、それはより優良な子孫を残すためだ。生まれながらに備わったものだと言っていい(もちろん容姿に限らず内面も含めてであるが)。

 一方、ものを食べるということも、本能的な欲求だ。その2つが合わさって、我々の目の前に提示されるのだ。それはもう、魅惑的なものに映って当然である。「美しい女性がおいしそうにものを食べる」というだけで、命を授けてくれた神への儀式のようにすら思えてくる。

 近年、大食いの女性タレントが人気であることも、その一端の表れではないかと思う。

「食べる姿が美しいのは名女優」ということもいえるだろう。真剣に食べ物と向き合うことによって、彼女たちはまた、自分自身とも向き合っているのである。

 これからも、見ていてお腹が空いてくるようなドラマが作られるとともに、それを見事に表現してくれる女性が現れることを期待したい。

 ただし、こんなに素敵な女性の食べっぷりばかり見ていると、若手の女性タレントが、食べ歩き番組などで「おいしい~」などと小さな口で頬張っている程度では満足できなくなってしまう。その点はご注意を!

(文=プレヤード)