“子宮系”にハマった妹は自殺未遂を犯した――信じる心が“狂気”になる、ありふれた可能性【後編】

 誰にでも、心が弱ってしまう時はあります。救いを求める先が、信頼できる家族や友人ではないこともあるでしょう。「こうすれば幸せになる」と語りかける心理カウンセラー、スピリチュアリスト、霊能力者。彼らを見ていると、「私を救ってくれそう」「この人たちのようになれるかも」と、次第にそんな気持ちが膨らみ……ちょっと待って! それ、本当に信じて大丈夫? スピリチュアルウォッチャー・黒猫ドラネコが、無責任なことばかり言っている“教祖様”を、鋭い爪でひっかきます。

 3年ほど前、私の妹は、“子宮委員長はる”と、心理カウンセラー・心屋仁之助氏に心酔していました。「好きなことだけして生きていく」「いい人をやめてスッキリする」という彼らの教えに従って、妹は育児を放棄し、当時勤めていた会社を突然退職。そうこうするうち、妹の夫から「もう限界」とSOSが……。私は妹をなんとか目覚めさせようと、妹の夫も含めた3人で、家族会議を開きました。

(前編はこちら)

妹は“教祖様”になる寸前だった

 そこで出た話によると、妹は子宮委員長らのセミナーに通うたびに、「布ナプキン」「パワーストーン」「メモリーオイル(油の入ったミニ香水瓶)」などのグッズを購入していて、その数は増えていくばかりだったそう。物欲のままに買ったブランド物のバッグや洋服なども含め、これまでの浪費は数百万円まで膨れ上がっていました。妹のお財布から出たお金ならいいですが、もちろんそんなはずはなく、夫婦の貯金や、日々の生活費まで消えていました。

 さらに妹は、タロットカードなどを用いた別のスピリチュアル系講師になるため、毎月数万円を支払って「認定講師講座」に通っていることが発覚。新しくブログを開設し、参加費5,000円の“お茶会”を開こうと参加者募集をかけていたところで、もはや新たな“教祖様”となるのも時間の問題……という状況だったのです。

 私は、金遣いの荒さや育児放棄について妹を追及しましたが、彼女は「何が悪いの?」と笑うだけ。しかし、子宮委員長はるの奔放な生き方や、心屋氏の「迷惑をかけていい」といった思想について指摘すると、途端にヒステリーを起こし、「子宮の声を聞いて、自分がやりたいようにして、幸せになった人もたくさんいる! 宗教なんかじゃないのに!」と私たちを怒鳴りつけました。

 高圧的な態度の妹に対し、夫である義弟は極めて冷静。離婚届を妹の目の前に出し、「身勝手を繰り返して開き直る君を、もう受け止められない。このままではどちらにせよ子どもに影響が及ぶので、離婚するか、考えを改めるか選んでくれ」と告げました。いつも穏やかな義弟のその言葉には、強い“怒り”がにじんでいたように思います。

 夫と子どものことも、“子宮系”の教えも捨てられない妹は、離婚を告げられたことで激昂し、ついに「もう私、死んでいい!? なんでこんなに責められるの!」と言って、ベランダに飛び出して柵に足をかけました。ここはマンションの5階。飛び降りれば、命を落とす可能性も……。義弟は泣き叫んで暴れる妹を抱えて部屋に押し戻し、その間に私は、家にあった包丁やハサミなどの刃物類を、すべて見えないところに隠しました。パニック状態の妹は、「死なないから1人にして!」という叫びを残し、ついに玄関から逃走。LINEは既読になるものの返信はなく、そのまま2日間ほど消息を絶ちました。

 この間、妹がどこで何をしていたか、今でもわかりません。彼女が行方不明になったと聞き、伯母や従兄弟まで妹宅へ集合。いよいよ警察に「捜索願」を出そうとしたところ、妹は憔悴しきった状態で、自宅に戻ってきました。高熱を出していたのですぐに病院へ連れていき、医者は「しばらく安静にするように」と一言。義弟も私もひとまず生きて帰ってきたことに安堵し、その瞬間、ドッと体に疲れが出て、倒れこんでしまったことを覚えています。

 それから4~5日たって、改めて3人での話し合いを行うことに。妹はもう一切取り乱すことはなく、私たちの話に耳を傾けていました。そして「ネットで知り合った人たちが自由で、楽しそうだったのがうらやましかった。でも、家庭を壊してまでスピリチュアルの世界にいたいとは思わない。本当に申し訳ないことをした」と、初めて反省を口にしたのです。「自分がここまで“のめり込む”とは思わなかった。取り返しがつかないことをしちゃった」。そう言って、彼女は泣き崩れました。

 この一件を経て、妹は“子宮系女子”とつながっていたブログやSNSアカウントを、自らすべて削除。パワーストーンなどのグッズや、認定講座のテキスト、子宮系委員長はるや心屋氏の本なども処分しました。そして義弟は、「よくわからないスピリチュアルより、家族を信じてもらえるように、もっと妻と向き合います」と言い、会社に事情を話して、自身の仕事をセーブ。そんな夫の協力もあり、壊れかけた家庭は少しずつ修復されています。(ちなみに、妹にはもう“子宮の声”は聞こえないようです)

 子宮委員長はるや、心屋氏のようなスピリチュアルによって、すべての人が妹と同じ経験をすると決めつけているわけではありません。私と義弟の説得も、妹にとってはかなり荒療治で、一歩間違えると非常に危なかった。同じような境遇のご家族に、マネしてほしいと言いたいわけでもありません。しかし、世の中には、心が弱った人を“救う”のではなく、都合のいいように人を信じ込ませ、金を巻き上げる“ビジネス”が存在する。これは確信を持って言えることです。

 「好きなように生きよう」といった甘い言葉の中には、金銭感覚がおかしくなる思想や、周囲に迷惑を掛けても問題ないという考えに陥る、“猛毒”が含まれているかもしれない。考えもせずに丸飲みすると、自分勝手な“モンスター”へと成長を遂げてしまう――。妹は、「自分がここまで“のめり込む”とは思わなかった」と言っていました。あなたにも、あなたの家族にも同じことが起こるかもしれないということだけは、決して忘れないで下さい。

■黒猫ドラネコ
 1983年5月生まれ。性別、職業は非公表。大分県出身、学生時代から大阪で過ごし結婚を機に上京。穏やかで細かい性格。自分勝手な人が嫌い。趣味はスポーツ観戦、カフェ巡り、漫画・アニメ鑑賞など。甘党でお酒よりジュースを好む。ショートスリーパーにつき夜行性。

Twitter/ブログ「黒猫ドラネコのブログ(仮)

中学受験の塾選びで失敗……「難関校請負」の大手塾で、なぜ娘は円形脱毛症になったのか?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。


 中学受験ではその対策として、一般的に“大手塾”を利用することが多い。そのため、中学入試合格実績においても大手塾の寡占状態。専門家の先生方の集計を見てもそれは明らかで、首都圏では大手6塾からの総合格者数が9割、関西圏でも総合格者数の大半は大手9塾の塾生である。このような状況に鑑みると“中学受験の合格は大手塾が担っている”と言えるのである。

 この“大手塾”、中学受験に馴染みがない方にとっては、普通の塾と何がどう違うのかもわからないだろう。説明するならば「大手塾はファミレス」と思っていただけると理解が早いと思う。

 ファミレスは、中華、和食、洋食など、さまざまなおいしい料理を提供し、幅広い顧客の胃袋を満足させるということを目的に置いている。どのチェーン店の店舗に入ろうが、品質管理の徹底、社員教育も一定以上、メニューも充実、値段設定も安心価格という具合で「合格点」を付けて帰る人は多いだろう。

 大手塾も同じで、日々スキルを磨いて、合格実績を上げ、多くの塾生、保護者の満足度を得ている。一方で、地元の中小塾は、さしずめご当地食堂みたいなイメージで、合格実績の点で「当たりはずれがある」とも言えるのだ。

 そんな大手塾だが、一つ気をつけなければいけないことがある。どのファミレスのハンバーグでも、一定以上はおいしいが、「料理方法」に違いがあるのだ。

中学受験において、塾選びは大事なポイントで、これが勝敗を分けるとも言えるので、安易に「聞いたことがあるし、近いからここでいいわ」と決めてしまうのはかなり危険なことになる。

 敦子さん(仮名)はフルタイムで仕事をしている、いわゆるキャリアウーマン。娘のエリカちゃん(仮名)が新小学4年生になる時、敦子さんの希望で「中学は私立」という選択をしたそうだ。学区中学の評判が芳しくなかったことと、小3のクラスが、学級崩壊していたことが理由になったらしい。

 そこで敦子さんは、どうせ行くならば、大学合格実績も良いと言われている偏差値の高い学校に行かせたいと思い立ち、難関校に強い大手塾の門を叩いた。「どの塾を選んでも同じようなものでしょ?」という気持ちだったらしい。

 ところが、この塾は、勉強量と、受験までに終えなければいけない学習内容を仕上げる早さに定評があり、したがって「子どもが自分で学習できるようになるまでは親のサポートは必須。特に宿題の優先順位を決めること、プリント管理は親の仕事」というスタンスだったという。つまり、よほど学習習慣が根付いている子でない限り、親の出番が多いという塾だったのだ。

 その頃、敦子さんは管理職になったばかりで、とても忙しく、エリカちゃんの勉強に付き合う時間も取れない状態だった。頼みの夫は単身赴任で戦力外。それでも、エリカちゃんはきちんと塾に通っているし、真面目な子であるため、「きっと、塾の勉強についていけてる、大丈夫だ」と思い込んでいたという。

 敦子さんには「だって、難関校請負塾だって評判のところに行かせているのだから」という根拠のない自信もあったのだそうだ。しかし、気が付くと、エリカちゃんは組み分けテストの度にクラスが下がっていく。

 敦子さんは心配して「エリカは真面目にやっているのだから、きっと合格するわよ。最後はコツコツ型が勝つのよ!」と励ましたという。ところが、この叱るでもなく、怒るでもない“励まし”の言葉の方が、エリカちゃんにはつらかったようだ。

 エリカちゃんは敦子さんに、頻繁にこう尋ねるようになった。

「ママ、エリカのこと好き? 嫌いになってない?」
「大好きよ。嫌いになるわけがないじゃない? エリカはママの大切な子どもよ」

 そんな問答が毎日のように交わされていたらしい。

 そうこうしていた5年生の冬に、ある事件が起こった。敦子さんは、エリカちゃんの頭に500円玉大の禿げを見つけた。円形脱毛症だ。敦子さんは、「こんなに幼い娘に、私はなんというストレスを与えていたのか……」とショックを受けたという。 

 その時、初めてエリカちゃんは、自分の気持ちを打ち明けてくれたそうだ。

「前は(塾で満点を取ると)“ごほうびシール ”をもらえることもあって、それを見せるとママが喜んでくれたから、頑張ろうって思えたんだけど、今はもう1枚も取れない。算数の先生が何を言っているのかもよくわからない。どうしていいのかもわからない……」

 中学受験は、一度参入してしまうと、そこから抜け出すことが難しいという“罠”がある。子ども自身がそれを拒否するのだ。敦子さんも「そんなに苦しいなら、受験はやめよう」とエリカちゃんに提案したそうだが、首を縦に振らない。ある程度、塾生活を送った子たちは、どんな状況下に置かれても、大抵の場合「受験はやめない」と言い切るのだ。

 敦子さんは自虐気味にこう話してくれた。

「私が浅はかだったんです。自分に中学受験の経験がないせいで、なんだか簡単に考えていて……。塾にも性格があって、その特性に合った子ならば伸びるし、逆の場合はこんなにもストレスを与えてしまうものなのかと、自分を殴りたいような心境でした」

 そして、新6年生になった段階で転塾を決めたそうだ。

「前に行っていた塾は、確かに素晴らしいカリキュラムでしたし、考えられた問題を出してくれるので、『さすがだな』って思うことも、たくさんありました。でも、いかんせん、エリカの性格には合わなかったんです。あの塾は“負けず嫌い”のお子さんが伸びる塾なんですね。エリカのように、おっとりとしていて、人との競争を好まない子には向いてなかったなぁって思っています。それで、マイペースなエリカに合う、ガツガツ勉強をやらせないという大手塾に転塾しました」

 5年生の段階で全ての単元を終えていたエリカちゃんにとっては、授業でも聞き覚えのあることも多かったようで、少しずつ自信を取り戻していく。

 その塾の先生の「エリカ、完璧は必要ないぞ。これで十分、合格圏内!」という言葉にも励まされ、徐々に、元のような笑顔を見せてくれるようになったという。 そして、この春、エリカちゃんは無事に第一志望校に合格した。この塾が掲げている「自分のトップ校へ行こう!」というスローガンを体現した形だ。敦子さんは、中学受験を終えた今、どんなことを思っているのだろうか。

「エリカは真面目だから大丈夫と思ってしまっていたんです。真面目だからこそ、きちんとやろうとして消化不良を起こしちゃったんですよね。うまく誘導したり、ストップをかけたりすることこそが親の仕事なのに、あんな状態になるまで気が付かなかったなんて、親失格です。でも、回り道はしましたが、中学受験をすることで、エリカに合った環境をプレゼントできたと思っています」
(鳥居りんこ)

中学受験の塾選びで失敗……「難関校請負」の大手塾で、なぜ娘は円形脱毛症になったのか?

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。


 中学受験ではその対策として、一般的に“大手塾”を利用することが多い。そのため、中学入試合格実績においても大手塾の寡占状態。専門家の先生方の集計を見てもそれは明らかで、首都圏では大手6塾からの総合格者数が9割、関西圏でも総合格者数の大半は大手9塾の塾生である。このような状況に鑑みると“中学受験の合格は大手塾が担っている”と言えるのである。

 この“大手塾”、中学受験に馴染みがない方にとっては、普通の塾と何がどう違うのかもわからないだろう。説明するならば「大手塾はファミレス」と思っていただけると理解が早いと思う。

 ファミレスは、中華、和食、洋食など、さまざまなおいしい料理を提供し、幅広い顧客の胃袋を満足させるということを目的に置いている。どのチェーン店の店舗に入ろうが、品質管理の徹底、社員教育も一定以上、メニューも充実、値段設定も安心価格という具合で「合格点」を付けて帰る人は多いだろう。

 大手塾も同じで、日々スキルを磨いて、合格実績を上げ、多くの塾生、保護者の満足度を得ている。一方で、地元の中小塾は、さしずめご当地食堂みたいなイメージで、合格実績の点で「当たりはずれがある」とも言えるのだ。

 そんな大手塾だが、一つ気をつけなければいけないことがある。どのファミレスのハンバーグでも、一定以上はおいしいが、「料理方法」に違いがあるのだ。

中学受験において、塾選びは大事なポイントで、これが勝敗を分けるとも言えるので、安易に「聞いたことがあるし、近いからここでいいわ」と決めてしまうのはかなり危険なことになる。

 敦子さん(仮名)はフルタイムで仕事をしている、いわゆるキャリアウーマン。娘のエリカちゃん(仮名)が新小学4年生になる時、敦子さんの希望で「中学は私立」という選択をしたそうだ。学区中学の評判が芳しくなかったことと、小3のクラスが、学級崩壊していたことが理由になったらしい。

 そこで敦子さんは、どうせ行くならば、大学合格実績も良いと言われている偏差値の高い学校に行かせたいと思い立ち、難関校に強い大手塾の門を叩いた。「どの塾を選んでも同じようなものでしょ?」という気持ちだったらしい。

 ところが、この塾は、勉強量と、受験までに終えなければいけない学習内容を仕上げる早さに定評があり、したがって「子どもが自分で学習できるようになるまでは親のサポートは必須。特に宿題の優先順位を決めること、プリント管理は親の仕事」というスタンスだったという。つまり、よほど学習習慣が根付いている子でない限り、親の出番が多いという塾だったのだ。

 その頃、敦子さんは管理職になったばかりで、とても忙しく、エリカちゃんの勉強に付き合う時間も取れない状態だった。頼みの夫は単身赴任で戦力外。それでも、エリカちゃんはきちんと塾に通っているし、真面目な子であるため、「きっと、塾の勉強についていけてる、大丈夫だ」と思い込んでいたという。

 敦子さんには「だって、難関校請負塾だって評判のところに行かせているのだから」という根拠のない自信もあったのだそうだ。しかし、気が付くと、エリカちゃんは組み分けテストの度にクラスが下がっていく。

 敦子さんは心配して「エリカは真面目にやっているのだから、きっと合格するわよ。最後はコツコツ型が勝つのよ!」と励ましたという。ところが、この叱るでもなく、怒るでもない“励まし”の言葉の方が、エリカちゃんにはつらかったようだ。

 エリカちゃんは敦子さんに、頻繁にこう尋ねるようになった。

「ママ、エリカのこと好き? 嫌いになってない?」
「大好きよ。嫌いになるわけがないじゃない? エリカはママの大切な子どもよ」

 そんな問答が毎日のように交わされていたらしい。

 そうこうしていた5年生の冬に、ある事件が起こった。敦子さんは、エリカちゃんの頭に500円玉大の禿げを見つけた。円形脱毛症だ。敦子さんは、「こんなに幼い娘に、私はなんというストレスを与えていたのか……」とショックを受けたという。 

 その時、初めてエリカちゃんは、自分の気持ちを打ち明けてくれたそうだ。

「前は(塾で満点を取ると)“ごほうびシール ”をもらえることもあって、それを見せるとママが喜んでくれたから、頑張ろうって思えたんだけど、今はもう1枚も取れない。算数の先生が何を言っているのかもよくわからない。どうしていいのかもわからない……」

 中学受験は、一度参入してしまうと、そこから抜け出すことが難しいという“罠”がある。子ども自身がそれを拒否するのだ。敦子さんも「そんなに苦しいなら、受験はやめよう」とエリカちゃんに提案したそうだが、首を縦に振らない。ある程度、塾生活を送った子たちは、どんな状況下に置かれても、大抵の場合「受験はやめない」と言い切るのだ。

 敦子さんは自虐気味にこう話してくれた。

「私が浅はかだったんです。自分に中学受験の経験がないせいで、なんだか簡単に考えていて……。塾にも性格があって、その特性に合った子ならば伸びるし、逆の場合はこんなにもストレスを与えてしまうものなのかと、自分を殴りたいような心境でした」

 そして、新6年生になった段階で転塾を決めたそうだ。

「前に行っていた塾は、確かに素晴らしいカリキュラムでしたし、考えられた問題を出してくれるので、『さすがだな』って思うことも、たくさんありました。でも、いかんせん、エリカの性格には合わなかったんです。あの塾は“負けず嫌い”のお子さんが伸びる塾なんですね。エリカのように、おっとりとしていて、人との競争を好まない子には向いてなかったなぁって思っています。それで、マイペースなエリカに合う、ガツガツ勉強をやらせないという大手塾に転塾しました」

 5年生の段階で全ての単元を終えていたエリカちゃんにとっては、授業でも聞き覚えのあることも多かったようで、少しずつ自信を取り戻していく。

 その塾の先生の「エリカ、完璧は必要ないぞ。これで十分、合格圏内!」という言葉にも励まされ、徐々に、元のような笑顔を見せてくれるようになったという。 そして、この春、エリカちゃんは無事に第一志望校に合格した。この塾が掲げている「自分のトップ校へ行こう!」というスローガンを体現した形だ。敦子さんは、中学受験を終えた今、どんなことを思っているのだろうか。

「エリカは真面目だから大丈夫と思ってしまっていたんです。真面目だからこそ、きちんとやろうとして消化不良を起こしちゃったんですよね。うまく誘導したり、ストップをかけたりすることこそが親の仕事なのに、あんな状態になるまで気が付かなかったなんて、親失格です。でも、回り道はしましたが、中学受験をすることで、エリカに合った環境をプレゼントできたと思っています」
(鳥居りんこ)

テレビが取り上げない「毎日ホストに通う女」の実態……シャンパンコールの裏にある光景

 ホストにハマりすぎている女たち――通称“ホス狂い”。「ホストに多額のカネを貢ぐ女」というイメージだけが横行する中、外の世界からはわからない彼女たちの悲喜劇がある。「ホストにハマらなかったら、今頃家が建っていた」という、新宿・歌舞伎町では名の知れたアラサー元風俗嬢ライター・せりなが、ホス狂いの姿を活写する。

 ホストクラブには、表面にあるキラキラした魅力のほかに、陰の部分がある。なんてことは世に出ているホストマンガ・ドラマで散々描かれている。「光り輝くホストより、女の闇は深い」とウシジマくんも言っていた。「光が強ければ闇もまた濃い」とは大文豪ゲーテの言葉だ。

 新宿を歩けば、ひっきりなしにイケメンホストのトラックが走る。それを追いかけるように、「高収入! 高収入!」と歌うトラックが走る。それもまた、光と闇と言えるだろうか。

 今回、私が書くエピソードが果たしてホストクラブの「闇」なのか、それは受け取り方次第である。しかし、今回は一般的なイメージに則って、キラキラした店内や、シャンパンコールを「光」だと仮定する。そして、その反対側の「闇」について話したい。最終的に、それが本当に「闇」なのかは、このテキストを読んだ後に、読者一人ひとりに判断してもらいたい。願わくば、そのガイドになれるといい。

 ということで、私が実際に経験したエピソードより話を始めようと思う。数年前――簡単にいえば、私がホストクラブに毎日通い始めた頃のことだ。ある一つの光景に驚いたことがある。端っこのテーブルにいた女の子が、担当ホストではなくヘルプとずっとゲームをしていたのだ。テーブルの上にはコーラ。お酒は置かれていない。

 担当ホストはたまに現れ、スマホを触りながら女の子と少し話し、去っていく。関係性を知らない第三者から見れば、選挙期間中に繁華街で手当たりしだい有権者と握手をするおじさん候補者よりはるかに、適当な対応のように見える。選挙なら落ちてる。間違いなく。

 実際ホストクラブに通うまで、そこはお金を払ってイケメンとキラキラしたひと時を過ごす――まるで、夢を買うような場所だと思っていた。テレビやマンガで出てくるホストクラブは、なんかまあ、そういう感じだったのだ。だから、初めて見たときは「想像していたホストクラブと違う」と驚いて、その光景をじっと観察してしまった。

 しかも、行く日も来る日もホストクラブへ通う内に、そんな女の子は一人二人ではなく、相当数いるということがわかってきた。たとえるなら、教室の隅っこのようなシーンがずらりと並んでいるとでもいえばいいだろうか。いずれにせよ、率直に、すごい絵面である。

 「シャンパンコールでワイワイ」というイメージをホストに抱いている人たちには、もしかしたら、その事実は想像しづらいかもしれない。その空間に実際に足を踏み入れなければ、きっとピンと来ない。はずだ。

 しつこく、比喩を用いて説明を試みる。そうだな…………祭りの中心と教室の隅っこが奇妙に同居する空間。それがホストクラブである。とでも言おうか。どうだろうか? 余計にわからなくなった気がしないでもないが、とにもかくにも、「ホストクラブ」というだんじりの上では、さまざまな人種のサラダボウルが展開されているのだ。男も女も。究極の多様性である。ギャグだと思うかもしれないが、なかば本気で言っている。

 毎日来店しては売れないヘルプと来る日も来る日もポケモンをプレイしている――私のホスト狂い友達の中にも、そんな女の子は何人もいた。仕事終わりに「今日は○○くんがレアなポケモンを交換してくれるんだ」とホストクラブへ向かっていったサキ(仮名)もその一人だ。
強調しておきたいことは、サキはかまってくれない担当への当てつけとして、そんな時間を「仕方なく」過ごしていたわけではない。むしろ、逆だ。彼女はそんな緩い時間を「進んで」選択していたのだ。

 もちろんホストクラブの楽しみ方は人それぞれ。本気の疑似恋愛を楽しむ人もいれば、割り切ったストレス発散でお酒を飲み騒ぐ人もいる。それと同じように、にぎやかな光景の片隅でゲームや読書に励む人もいるということだ。これが正解、なんてものはない。あえていえば、そのどれもが正解なのである。

 ちなみに余談ではあるが、私が通っていたホストクラブでは「ゲーム禁止令」が発令されたことがあった。ゲームに夢中になるあまり、女の子、ホストともに飲み物を注文しなくなる、という事態が発生したのである。本末転倒だ。また、店の売れっ子ホストも同ゲームにのめり込んで成績を落とした。彼は、成績が戻るまでゲーム機を没収、店の金庫へ封印されてしまったそうだ。余談終わり。

 ここまでの話を聞いて、読者のみなさんはある体験を思い出したかもしれない。みんなで騒いでいる陽キャラと、隅っこで一人の時間を享受する陰キャラ。そんな本来、相容れない人たちが一つの狭い空間に押し込まれる。そう、学校の教室である。しかも、さまざまな家庭環境や属性、ときには人種さえ混ざり合う公立の学校。

 ホストクラブは、教室と非常によく似ている。いや、もっといえば、居心地のいい「部室」なのかもしれない。ホストクラブで過ごす時間は「放課後」なのだ。少なくとも、その延長線上にある。違うところと言えば、「自分以外は全員異性」というところだろうか(なんだか少し乙女ゲームを想起させる)。

 授業を終えると、何はなくても、とりあえず向かう場所。きっといつもの仲間が今日も今日とてワイワイとやっているに違いない。少なくとも、見知った人間(ホスト)も、一人くらいはいるだろう。

 そこで、仕事やプライベートのグチをホストたちに報告する。今日はどうしてたのと、日常を報告し合う。それが当たり前になる。いつしかホストクラブに通うこと自体が「日常」になっている。サキも初めは担当目当てに店に通っていたはずだが、そうなったときには、コーラ片手にポケモンゲットだぜ、という楽しみ方をするようになっていたわけだ。彼女のポケモン図鑑は、恐らく埋まったことだろう。

 こうやって講釈をタレているが、いまだに私もそんな「教室」の一員である。最近はゲームではなく原稿を書いている。遅れてきた青春の沼から、かれこれ5年以上、抜け出していない。いや、それはフェアな表現ではないだろう。私は、遅れてきた青春のなかに、肩からどっぷりと浸かっている。そろそろのぼせてもよさそうなものだが、いかんせんぬるま湯であるので、いまだにそんな予感すらない。

 歌舞伎町の雑居ビル。財布の諭吉を数えてから、扉を開ける。部活動にしては、やや高くつく。今日も今日とて見知った顔が並び、「おはよう」と声をかける。時間が何時でも、だ。ホストクラブは夢を買う場所だと思っていた、と冒頭の方に書いたが、お金を払う限りは永遠に終わらない平和な放課後も、夢を買っていると言って差し支えないのかもしれない。

 さて、ここで冒頭に話は戻ってくる。果たして、ホストクラブの端っこでゲームをしている客は、キラキラのシャンパンコールを浴びる客にとっての「陰」だろうか。お金で買う放課後は、ホストクラブの「闇」だろうか。私は判断しない。そもそも、陰は、突然生まれ落ちるものではないと思う。時間や状況によって、陰は向きを大きく変える。それは結局、太陽の位置次第だ。

せりな
新宿・歌舞伎町の元風俗嬢ライター。『マツコが日本の風俗を紐解く』(日本テレビ系)で、 現役時代のプレイ動画を「徹底した商業主義に支配された風俗嬢」 と勝手に流されたが、 ホストに貢いでいたのであながち間違いではない。その他、デリヘル経営に携わるなど、業界では知られた存在。 現在も夜な夜な歌舞伎町の飲み屋に出没している。
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【バックナンバー】
第1回:歌舞伎町の元風俗嬢が語る、愛しき“ホス狂い”たち――「滑稽だけど大真面目」な素顔
第2回:担当ホストに月200万円……OLから風俗嬢になった女が駆け上がった「ホス狂い」の階段
第3回:容姿や年齢より「使った金額」! ホス狂いたちが繰り広げる、担当ホストのエースをめぐる闘争
第4回:Twitterで「担当ホストの本命彼女」を暴露!! ホス狂い界隈を絶望させた“ある女の復讐劇”
第5回:ホストに月200万円使う女は、どんな接客を受けるのか? 究極の接客「本営」の実態
第6回:ホストにハマる女は「まじめ」になる。引きこもり風俗嬢が出会った「ホスト・コミュニティ」

「おばあちゃんに捕まえられるの?」意地悪なクライアントに見せた、ベテラン万引きGメン熟練の技

 こんにちは、保安員の澄江です。

 来年開催される東京五輪に向けて、繁華街に高性能な防犯カメラを設置するなど、国の防犯対策も激しくなってきました。商業施設においても同様で、改装などに合わせて顔認証機器や動作認証機器を導入する店舗が増えてきています。数年前までは、防犯カメラから不審者の写真を取り出し、事務所に貼り出すなどして警戒するのが一般的でした。それがいまや顔認証登録されている者が入店すると同時に発報し、不審者の顔写真や位置情報が表示される時代なのです。認証技術が進んだ現在、無人店舗の開発も急速に進んでいるので、これも自然の流れといえるでしょう。

 その効果なのかはわかりませんが、万引き被害は減少傾向にあり、以前に比べると私の関わる捕捉件数も少なくなってきました。それでも、現場によっては被害が頻発しており、いつも気の抜けない状況にいることに違いはありません。今回は、最新の防犯機器を導入している店舗で捕捉した常習犯について、お話したいと思います。

 当日の現場は、東京近郊のベッドタウンにあるショッピングセンターX。真新しいモニターに囲まれた防災センターで、新装開店に合わせて昇進異動してきたという30代前半に見える若いマネージャーに勤務開始の挨拶を済ませると、「最新の顔認証システムを導入したから」と専用の受信端末を持たされました。不審者の顔登録は、各クライアントの判断によるもので、私たちが携わることはありません。

「運用を始めたばかりで、まだ数人しか登録できていませんが、発報したら必ずチェックしてください。毎日同じ時間に来て、たくさん持っていく人もいるので、お願いします」

 昇進したばかりだからなのか、やる気に満ちあふれ、自分の査定に直結する商品ロスを少しでも減らしたい気持ちで一杯らしいマネージャーは、値踏みするような表情で1枚のプリントを差し出しました。

(こんなおばあちゃんに、万引き犯が捕まえられるのか?)

 きっとそう思っているだろうマネージャーの眼差しを無視してプリントを受け取り、その内容を確認すると、50代くらいに見える女性が正面口から入店してくる様子や、食品売場でカゴから自分のバッグに商品を移し替えている瞬間など複数枚の写真が掲載されていました。入退店時刻を確認すれば、そのほとんどが午前11時台に集中しています。本日の業務は、午前11時から。マネージャーによれば、毎日来店して、その都度犯行に及んでいるようで、なんとなく縁があるような気がしてきます。

(このマネージャーを、見返してやりたい)

 写真に写る女の顔と、犯行に用いたバッグの形状を覚えた私は、使い慣れない端末を持って現場に入りました。

 まずは、ランチ目当ての買物客であふれる地下の食品売場を中心に、ゆるりと巡回を始めます。気持ちに左右されて頑張りすぎてしまうと、思い込みなどから誤認事故発生のリスクが高まるので、気楽に巡回するくらいがちょうどいいのです。するとまもなく、持たされている顔認証端末が発報。情報の確認をするべく、パスワードを入力してみましたが、どうにもうまく開けません。エスカレーターに近い売場の陰で、それを何度か繰り返していると、11時の女が一階から降りてくるのが見えました。いつものバッグも手にしており、今日もやる気を感じさせます。

 追尾すると、果実や総菜、菓子、 消臭剤などをバッグに隠した彼女は、売場の死角に空になったカゴを放置すると、なにも買うことなくエスカレーターに乗り込みました。在店時間は、ほんの3分ほどで、なにも買っていないので、ただ盗みに来たといえる状況です。後ろ向きに乗車して後方を警戒しているところを見れば、悪いことをしている自覚はあるようですが、捕まりたくないという気持ちも強いのでしょう。素知らぬふりをしてエスカレーターに乗り込んだ私は、そそくさと外に出ていく彼女に声をかけます。

「あの、お客さ………」

 捕捉時の口上を言い終える前に走り出した彼女は、出口脇に停められた自転車のカゴに隠した商品を詰めたバッグを放り込むと、自転車に跨って逃走を図りました。

「待ちなさい!」

 走り出そうとする自転車を制止するべく、叫びながら咄嗟にリアキャリアを掴みます。すると、バランスを崩した彼女は転倒して、自転車の下敷きになりました。

「危ないから逃げないで! 大丈夫ですか?」
「すみません、びっくりしちゃって……」

 彼女は正気を取り戻したのか、逃走を断念したらしく、自転車を起こしてあげると、腰をさすりながら防災センターへの同行に応じました。身分確認をさせてもらうと彼女は56歳で、ここから自転車で10分くらいのところにあるアパートに、旦那さんと二人で暮らしていると言いました。この日の被害は、計8点、合計2,800円ほど。女の所持金は、2,000円に満たないので、被害品の全てを買い取るには少し足りない状況です。

「盗っちゃった理由、なにかありますか?」
「主人が糖尿病で足を失ってしまって……働けなくなったので、お金がないんです」
「ご自身は、お仕事されてないの?」
「はい。この歳ですし、主人の看病もあるので、なかなか見つからなくて……」

 館内放送で防災センターに呼び出されたマネージャーは、応接室で涙を流す彼女の顔を見るなり、話をしようともせずにスマホを取り出して警察に通報しました。臨場した警察官に、今までの経緯を説明したマネージャーは、被害届を出すと息巻いています。

 実況見分を終えて、警察署に向かうことをマネージャーに報告すると、意地悪気な顔をしたマネージャーがいいました。

「このシステムがあれば、捕まえるの、簡単でしょう?」
「実は、パスワードを入れても見れなかったので、ちょっとわからないです」
「はあ? じゃあ、なんでわかったの?」
「タイミングさえあえば、写真だけでも十分でございますよ」

 そんなシステムなどなくても、十分に仕事はできるのです。

 その後、微罪処分とされた女は、両足がないはずの旦那さんが歩いて現れ、その日のうちに帰宅を許されました。どんよりとした気持ちで家路についたのは、言うまでもありません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

「おばあちゃんに捕まえられるの?」意地悪なクライアントに見せた、ベテラン万引きGメン熟練の技

 こんにちは、保安員の澄江です。

 来年開催される東京五輪に向けて、繁華街に高性能な防犯カメラを設置するなど、国の防犯対策も激しくなってきました。商業施設においても同様で、改装などに合わせて顔認証機器や動作認証機器を導入する店舗が増えてきています。数年前までは、防犯カメラから不審者の写真を取り出し、事務所に貼り出すなどして警戒するのが一般的でした。それがいまや顔認証登録されている者が入店すると同時に発報し、不審者の顔写真や位置情報が表示される時代なのです。認証技術が進んだ現在、無人店舗の開発も急速に進んでいるので、これも自然の流れといえるでしょう。

 その効果なのかはわかりませんが、万引き被害は減少傾向にあり、以前に比べると私の関わる捕捉件数も少なくなってきました。それでも、現場によっては被害が頻発しており、いつも気の抜けない状況にいることに違いはありません。今回は、最新の防犯機器を導入している店舗で捕捉した常習犯について、お話したいと思います。

 当日の現場は、東京近郊のベッドタウンにあるショッピングセンターX。真新しいモニターに囲まれた防災センターで、新装開店に合わせて昇進異動してきたという30代前半に見える若いマネージャーに勤務開始の挨拶を済ませると、「最新の顔認証システムを導入したから」と専用の受信端末を持たされました。不審者の顔登録は、各クライアントの判断によるもので、私たちが携わることはありません。

「運用を始めたばかりで、まだ数人しか登録できていませんが、発報したら必ずチェックしてください。毎日同じ時間に来て、たくさん持っていく人もいるので、お願いします」

 昇進したばかりだからなのか、やる気に満ちあふれ、自分の査定に直結する商品ロスを少しでも減らしたい気持ちで一杯らしいマネージャーは、値踏みするような表情で1枚のプリントを差し出しました。

(こんなおばあちゃんに、万引き犯が捕まえられるのか?)

 きっとそう思っているだろうマネージャーの眼差しを無視してプリントを受け取り、その内容を確認すると、50代くらいに見える女性が正面口から入店してくる様子や、食品売場でカゴから自分のバッグに商品を移し替えている瞬間など複数枚の写真が掲載されていました。入退店時刻を確認すれば、そのほとんどが午前11時台に集中しています。本日の業務は、午前11時から。マネージャーによれば、毎日来店して、その都度犯行に及んでいるようで、なんとなく縁があるような気がしてきます。

(このマネージャーを、見返してやりたい)

 写真に写る女の顔と、犯行に用いたバッグの形状を覚えた私は、使い慣れない端末を持って現場に入りました。

 まずは、ランチ目当ての買物客であふれる地下の食品売場を中心に、ゆるりと巡回を始めます。気持ちに左右されて頑張りすぎてしまうと、思い込みなどから誤認事故発生のリスクが高まるので、気楽に巡回するくらいがちょうどいいのです。するとまもなく、持たされている顔認証端末が発報。情報の確認をするべく、パスワードを入力してみましたが、どうにもうまく開けません。エスカレーターに近い売場の陰で、それを何度か繰り返していると、11時の女が一階から降りてくるのが見えました。いつものバッグも手にしており、今日もやる気を感じさせます。

 追尾すると、果実や総菜、菓子、 消臭剤などをバッグに隠した彼女は、売場の死角に空になったカゴを放置すると、なにも買うことなくエスカレーターに乗り込みました。在店時間は、ほんの3分ほどで、なにも買っていないので、ただ盗みに来たといえる状況です。後ろ向きに乗車して後方を警戒しているところを見れば、悪いことをしている自覚はあるようですが、捕まりたくないという気持ちも強いのでしょう。素知らぬふりをしてエスカレーターに乗り込んだ私は、そそくさと外に出ていく彼女に声をかけます。

「あの、お客さ………」

 捕捉時の口上を言い終える前に走り出した彼女は、出口脇に停められた自転車のカゴに隠した商品を詰めたバッグを放り込むと、自転車に跨って逃走を図りました。

「待ちなさい!」

 走り出そうとする自転車を制止するべく、叫びながら咄嗟にリアキャリアを掴みます。すると、バランスを崩した彼女は転倒して、自転車の下敷きになりました。

「危ないから逃げないで! 大丈夫ですか?」
「すみません、びっくりしちゃって……」

 彼女は正気を取り戻したのか、逃走を断念したらしく、自転車を起こしてあげると、腰をさすりながら防災センターへの同行に応じました。身分確認をさせてもらうと彼女は56歳で、ここから自転車で10分くらいのところにあるアパートに、旦那さんと二人で暮らしていると言いました。この日の被害は、計8点、合計2,800円ほど。女の所持金は、2,000円に満たないので、被害品の全てを買い取るには少し足りない状況です。

「盗っちゃった理由、なにかありますか?」
「主人が糖尿病で足を失ってしまって……働けなくなったので、お金がないんです」
「ご自身は、お仕事されてないの?」
「はい。この歳ですし、主人の看病もあるので、なかなか見つからなくて……」

 館内放送で防災センターに呼び出されたマネージャーは、応接室で涙を流す彼女の顔を見るなり、話をしようともせずにスマホを取り出して警察に通報しました。臨場した警察官に、今までの経緯を説明したマネージャーは、被害届を出すと息巻いています。

 実況見分を終えて、警察署に向かうことをマネージャーに報告すると、意地悪気な顔をしたマネージャーがいいました。

「このシステムがあれば、捕まえるの、簡単でしょう?」
「実は、パスワードを入れても見れなかったので、ちょっとわからないです」
「はあ? じゃあ、なんでわかったの?」
「タイミングさえあえば、写真だけでも十分でございますよ」

 そんなシステムなどなくても、十分に仕事はできるのです。

 その後、微罪処分とされた女は、両足がないはずの旦那さんが歩いて現れ、その日のうちに帰宅を許されました。どんよりとした気持ちで家路についたのは、言うまでもありません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

GWで保育園閉園! 「子どもを預ける場所がない」ママたちは10連休をどう過ごしたのか?

保育園、幼稚園、小学校、おけいこ事の教室などでは、日々子どもの保護者と施設側の間でトラブルが発生している。ほんの些細なことでも、自分のこと以上に気になってしまうのが親心というものなのか。わが子のことを思ってとクレームを入れるママもいれば、モンペと呼ばれることを恐れて我慢するママも。そんなトラブル事例とママの葛藤をつづる。

 新元号を迎え、かつてないほどの大型連休となった2019年のGW。まだ一人で留守番ができない未就学児の子どもを持つ家庭にとっては、保育園や幼稚園が閉園となり、子どもが四六時中家にいるため、肉体疲労もいつも以上だっただろう。

 祝日も関係なく仕事がある親は、連休中の子どもの預け先を見つけることだけでも簡単ではない。ひとくちに「大型連休」といっても、「楽しめずに苦労だけが増えた」という家庭も多かったようだ。

 看護師として働きながら、郊外にある認可保育園に3歳になる男児を預けている明子さん(仮名)は、10連休の間に夫婦仲が悪化したように感じたという。

「急患の受け入れや、入院施設がある私立病院に勤務しています。子どもが1歳を迎えてからは、時短勤務が終わり夜勤も始まりました。夫はフリーランスで、イラストレーターやデザイナーをしており、在宅とはいえ、打ち合わせなどで外出する機会も多いので、普段は私が中心となって育児を行っています。今回の大型連休は、準夜勤の日もあり、夫が息子とほぼ丸一日一緒に過ごす日が多かったんですが、夫は、家庭用ゲーム機で遊んだりした後は、息子にパソコンで動画を見せたまま放置するだけで、公園に出かけたりすることはなかった様子。それなのに、『子どもの子守で疲れる』と言ってきて、イライラしてしまいましたね」

 また、共働き家庭からよく聞かれるのは、連休中、子どもの預け先の受け皿が少なすぎるという点。明子さんは、「預け先が見つからなくても自分たちでなんとかしてくれ」という世間の空気を感じたという。

「大型連休であることは事前にわかっていたので、普段預けている保育園も、連休中に開園して、子どもの受け入れを可能にしてもらいたかったです。園に問い合わせた時は『うちは暦通り、連休になります』と一言だけ。役所に問い合わせても、自治体が用意した休日保育が可能な園は10園にも満たないし、受け入れ人数が少なくて、申し込んでもダメでした。もう少し国や自治体に、子どもの預け先のことを考えてもらいたかったです。夫からは『年末年始の休みは、臨時保育所に頼んで』と言われ、言い争いになってしまいましたよ」

 保育園に預けられなかった子どもたちは、一体どこでGWを過ごしたのか。都内にある認証保育園に、5歳の女児と2歳の男児を通わせている麻衣子さん(仮名)は、「連休中の出勤日は、実家に子どもたちを預けた」という。

「私は販売業なのですが、出産を機に接客から事務職に異動しました。正社員から時間給のパート社員になって収入は減ったものの、子どもが小さいうちだけの我慢だと思っています。普段もシフトによって土曜勤務はあるのですが、今回の大型連休も、ECサイトなどで販売を続けている関係で、出勤しなければならなくなったんです。夫はウェブサイトの運営を行うシステムエンジニアで、夫の休日出勤と私の出勤日がどうしてもずらせず、埼玉の実家に子どもを預けました」

 連休中に開いている臨時保育所もあったが、子ども二人だと費用が高く、「諦めた」と話す。

「出勤日の前日から実家に預けたのですが、とても後悔しました。母親は、上の子がジュースを飲んだら『虫歯になる。悪い歯が生える』、iPadで動画を見てたら『今からこんなのを与えていたら、ゲーム課金して勉強しなくなる』といちいち文句を言ってくるんです。『まだオムツしているの?』と言って、むりやり長男のオムツを取ろうとすることもあったようで、やっぱり高くつくけど、臨時保育に預ければよかったと思ってしまいました。それ以前に、保育園が開園してくれていれば何の問題もなかったんですけどね」

 一方で、子どもを預けられる親側も不満を抱えていたようだ。GW中、幼稚園に通う4歳の孫を世話していたという67歳の瑞希さん(仮名)は、「今回の連休は長く感じた」と語る。

 瑞希さんの孫は、12歳と4歳の男児。中学受験を控える長男は、連休中ずっと塾通い、瑞希さんの娘である母もそのサポートのため忙しく過ごしていたという。自宅に次男がいると、走り回ったりしてうるさいため、日中は、近隣のマンションに一人で住んでいる瑞希さんの部屋に預けられることになったそうだ。

「次男は、娘の旦那さんに見てもらいたいですが、一人で公認会計士事務所を切り盛りしているため、忙しいようなのです。実の娘だから言いづらくて黙っていますが、次男は遊びたい盛りで部屋中を飛び回り、下の階からクレームが来ました。娘には、ファミリーサポートや有料のベビーシッターに頼むように言ったものの、『知らない人に、大事な子どもを預けるなんて心配』といって聞いてくれませんでしたね」

 一方で保育士は、今回の大型連休は、ゆっくりと休めたのだろうか。認可や認証保育園など、ある程度、労働条件が明確な園の場合は、完全に休むことができたようだが、認可外の保育所で働いて2年になる智子さん(仮名)は、保護者からクレームが入ったため、急遽、出勤になったと漏らす。

「うちの園は、普段から土曜も預かっていますが、5月4日の土曜日だけは休園予定でした。しかし一部の保護者から『連休中も開けてもらいたい』という要望があり、結局4日と、そのほかの祝日も、少ない人数の保育士で対応することになったんです。私は実家が北海道なので、連続した休みがないと帰省できず、今回は見送りました」

 また、智子さんは、連休明けの出勤が不安だという。

「連休明けは、子どもたちの情緒が不安定になりやすいんです。10連休によって、保育園に行くという生活習慣をすっかり忘れてしまい、登園に拒否反応を見せるようになる子も少なくありません。お休み中も登園していた子はいいですが、完全に休んでいた子や、4月から入園して慣らし保育が終わったばかりの子は、またイチからその生活スタイルに慣れなければいけません。グズる子も多いだろうし、保護者の方もイライラするだろうし、憂鬱ですね」

 大型連休が終わって、ほっとしているママも多いのではないだろうか。今後の大型連休に向けて、国や自治体には「連休中も子どもを預けられる」制度や仕組みを検討していってもらいたいものだが……。
(池守りぜね)

ケイティのシャンデリア、ビリーの黄金づくし、エミリーの半裸ドレスも! METガラ2019のスライドショー

 毎年5月第1月曜日に、ニューヨークのメトロポリタン美術館服飾研究所が開催する展示会を彩る、ファッションイベント「METガラ」。今年展示会のテーマは、米作家スーザン・ソンタグが執筆した『Notes on Camp』。定義が難しいが、「皮肉、ユーモア、パロディ、誇張」というのが共通認識で、招待客はこのテーマに沿った装いで出席する決まりとなっている。

 選ばれた人だけが招待される「METガラ」では、誰もが気合を入れて準備する。スタイリスト、ブランドの担当者らと綿密に打ち合わせし、多少窮屈で着心地が悪くても、「最高に美しく、ゴージャスに、そして話題をさらえるようなファッション」で「METガラ」に出陣するのだ。

 今回は、現地時間5月6日に開催された2019年度の「METガラ」に出席したセレブたちの様子を紹介しよう。

 

ケイティのシャンデリア、ビリーの黄金づくし、エミリーの半裸ドレスも! METガラ2019のスライドショー

 毎年5月第1月曜日に、ニューヨークのメトロポリタン美術館服飾研究所が開催する展示会を彩る、ファッションイベント「METガラ」。今年展示会のテーマは、米作家スーザン・ソンタグが執筆した『Notes on Camp』。定義が難しいが、「皮肉、ユーモア、パロディ、誇張」というのが共通認識で、招待客はこのテーマに沿った装いで出席する決まりとなっている。

 選ばれた人だけが招待される「METガラ」では、誰もが気合を入れて準備する。スタイリスト、ブランドの担当者らと綿密に打ち合わせし、多少窮屈で着心地が悪くても、「最高に美しく、ゴージャスに、そして話題をさらえるようなファッション」で「METガラ」に出陣するのだ。

 今回は、現地時間5月6日に開催された2019年度の「METガラ」に出席したセレブたちの様子を紹介しよう。

 

認知症の母は壊れてなんかいない。本質があらわになっただけ【老いてゆく親と向き合う】

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。2017年版「高齢者白書」(厚生労働省)よれば、65歳以上の認知症患者は462万人(12年)。25年には700万人を超え、約5人に1人になると推計している。自分の身の回りを見渡してみると、必ずどこかに認知症の人がいるという状態になるのは間違いない。

 福田涼子さん(仮名・48)の母親(78)も、その一人だ。

お母さんは、壊れてしまった

 「お母さんは、壊れてしまった」――福田さんの父も兄も、口をそろえて言う。

 福田さんの母がアルツハイマー型認知症と診断されたのは5年前のことだ。認知症の始まりは突然だった、と福田さんは振り返る。

「物忘れが激しいとか、冷蔵庫の中に同じものがたくさん入っている、というのはよく聞きますが、うちの母はそういう『あれ? おかしいな』という兆候は、私が見た限りではまったくありませんでした」

 母親の「あれ? おかしいな」は、突然入った“怒りのスイッチ”だった。

 その頃、父親が入院、手術をしていた。体調はまだ十分とは言えなかったが、「早く自宅に戻りたい」と言う父に押し切られる形で退院が決まったのだ。それを聞いた母が福田さんに電話をかけてきて、こうまくしたてたのだ。

「『なんでこんなに早く退院させるんだ。涼子が勝手に決めたんだろう! お前は会社に行って楽しているくせに』と、私がいくら『お父さんが決めたことだよ』と言っても聞く耳をもたず、何時間も一方的に私を責め続けました」

 これ以来、母の怒りスイッチは、理由もなく、頻繁にオンになるようになっていった。標的となるのは、福田さんだけではない。毎日顔を合わせている父には「お前なんかいらない。役立たず!」と暴言を浴びせ続けた。父はそのたびに号泣し、うつ状態になった。止めに入った兄まで泣いてしまうこともあったという。

 介護認定だけは兄が説得して何とか受けさせることができたものの、ヘルパーやデイサービスなどの介護サービスは絶対に受け付けない。尿失禁も多くなったが、おむつをすることも、入浴もかたくなに拒否した。精神的に追い詰められた父は、とうとう意識障害を起こして倒れ、入院してしまう。半年後に退院できるようになったものの、うつ状態もひどかったことから、母のいる自宅には戻せないと判断し、有料老人ホームに入居することになった。

 福田さんは仕事帰りに毎日実家に通い、母の暴言を浴びながら、大量の汚れものと格闘した。そんな生活は1年近く続いた。兄も福田さんも、ギリギリのところでなんとか踏ん張っている状態だったが、見かねた父のホームの施設長が間に入ってくれた。

 具合の悪くなった母を、病院帰りに体験入居という形でホームに宿泊させたのだ。プロの技のおかげか、母はその夜、素直に入浴したと聞いて、福田さんと兄は狂喜した。そして、母親はよく事情が理解できないまま、父のいるホームに本入居となったのだ。

 父母がホームに入ったことで、福田さんの過酷な介護生活はようやく終わりを迎えた。スタッフの声かけで、薬もおとなしく飲むようになったので、母の状態は自宅にいるときと比べるとずいぶん落ち着いた。ただ、今でも母の怒りスイッチは何かの拍子に突然入る。同じホームにいる父に怒りの矛先が向かうため、父親へのケアは欠かせないという。

 父も兄も、事あるごとに「家庭的で、主婦として完璧だった母はもういない。壊れてしまった」と嘆く。

「でも、私にはそうは思えないんです」

 母は明治生まれの父親に厳しく育てられ、骨の髄まで「女は男に尽くすものという封建的価値観」が沁み込んでいる、と福田さんは思う。

「私が幼い頃から、母は、父や兄を一番に立ててきましたし、私もそうすることを要求されてきました。両親は、私が結婚して家を出た後、『老後のことを考えて』という理由で、郊外の戸建てから、私の住む町の近くのマンションに越しています。それは、娘である私に老後の面倒を見てもらおうと考えてのことでした。母の持論は『家と財産は長男が継ぐのが当たり前。親の世話は、娘のお前がするのが当然』でしたから……」

 男尊女卑。封建的価値観――それまで理性や建前で覆い隠され、父や兄には見せてこなかった母の偏狭な性格が、認知症になってむき出しになっただけだと、福田さんは冷ややかだ。

 そういえば確かに、母親の暴言は、「お前たちは私をバカにしている」「私が死ねばいいと思っているんだろう」というものばかりだ。「財布を盗まれた」「食事をさせてもらえない」といった類いの言葉は一切ない。

 だとしたら、母親も時代の被害者なのかもしれない。

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ
・父の遺産は1円ももらっていないのに――仲睦まじい姉妹の本音
明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心

【介護をめぐる親子・家族模様】シリーズ