撤去された「平和の少女像」を展示――丸木美術館学芸員が語る、表現の自由と「慰安婦」問題

 3年に一度の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』内の展覧会『表現の不自由展・その後』が、開幕からたった3日で中止となった。旧日本軍の「従軍慰安婦」をモチーフにした、キム・ソギョン氏-キム・ウンソン氏夫妻による「平和の少女像」などの作品に対し、一部から「税金を使った展覧会に、反日作品を展示するとは何事か」といった批判が噴出。事務局には「大至急撤去しろ。ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」とのFAXはじめ、誹謗中傷や脅迫が送られる事態となり、実行委員長の大村秀章・愛知県知事が“続行不可能”を決断したのだ。

 『表現の不自由展』は、もともと2015年、東京都練馬区にある「ギャラリー古藤」で行われた展覧会だった。『あいちトリエンナーレ』の公式サイトによると「日本における『言論と表現の自由』が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集めた展覧会」と紹介され、今回中止となった『表現の不自由展・その後』は、「(15年の展覧会で)扱った作品の『その後』に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示」していたという。

 「平和の少女像」もまた、かつて“撤去”された作品だった。12年、東京都美術館で開催された『第18回JAALA国際交流展-2012』に、少女像のブロンズ製のミニチュアが出品されたが、美術館サイドが「政治的主張の強い作品の展示を禁止した使用規定に該当する」という理由で、展示を終了させる事態に。主催団体のJAALA(日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)は「表現の自由を侵害する」と反発したものの、受け入れられることはなかったという。しかし、「平和の少女像」のミニチュアが、その後急遽、埼玉県東松山市にある丸木美術館の『今日の反核反戦展2012』に出品されたという事実をご存じだろうか。なぜ丸木美術館は、撤去された「平和の少女像」をあらためて展示したのか――今回、同館学芸員である岡村幸宣氏に、展示の経緯、そして『表現の不自由展・その後』中止問題、さらに「平和の少女像」という作品をどうとらえているか、話を聞いた。

 まず、岡村氏は、東京都美術館の展覧会から撤去された「平和の少女像」を、丸木美術館で展示に至った経緯について、次のように説明してくれた。

「JAALAから丸木美術館に『東京都美術館から撤去されたのですが、展示してもらえないでしょうか』という話があり、『今日の反核反戦展2012』に展示することになりました。同展は、アンデパンダン展……つまり『反核反戦』の趣旨に賛同する者であれば、誰でも展示ができる展覧会なので、ほかの作家の作品同様に受け入れたということです。恐らく、JAALAが連絡をしたのは丸木美術館だけだったと思います。JAALAの作家の方々が同展に出品されている背景もあり、受け入れ先として思いつくのが丸木美術館だったのでしょう」

 丸木美術館は正式名称「原爆の図丸木美術館」。1967年に開館し、丸木位里氏、丸木俊氏夫妻による「原爆の図」連作が展示されていることで広く知られ、「『平和の少女像』に限らず、ほかでは展示が難しいという作品が持ち込まれることはよくある」そうだ。では『反核反戦展』の来場者からは、どのような反響があったのだろうか。

「7年前なので、記憶があいまいな部分もありますが、目立った反響はなかったです。ブロンズ製のミニチュア版だったため、作品自体に気づかず、通りすぎる来場者の方も多かったと思います。気づく人だけが気づく作品だったのではないでしょうか。我々も、『政治的意見を主張する作品』と強調するつもりはなく、とりわけそのような説明もしませんでしたし……『大きな騒動にならないように配慮した』とも“言えなくはない”です。とはいえ私は『平和の少女像』を、必ずしも『政治的意見を主張するだけの作品』とは思っていません」

 ただ、『反核反戦展』の出品作家から、「ああいった政治色の強い作品を展示すのであれば、私はもう出品しない」と拒否反応があったことは強く記憶しているという。その作家は、実際に翌年から同展への出品をやめたそうだが、「それもまた作家の自由」と岡村氏は言う。

「しかし、ほかの方から『出品しない』との声が出たからと言って、『平和の少女像』の出品を取り下げることはありません。無審査で誰でも出品できるというアンデパンダン展の趣旨は大事にしなければいけないと思いました」

 そんな岡村氏は、『表現の不自由展・その後』中止問題をどう見たのか。「平和の少女像」について、河村たかし・名古屋市長が「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの」と批判し、世間でも同様の抗議が聞かれている。岡村氏は「平和の少女像」も出品された15年開催の『表現の不自由展』では「目立った拒否反応が出ていなかった」点を踏まえつつ、「今回大きな騒動になったのは、やはり『公的な展覧会で「平和の少女像」が取り上げられた』という点が大きかったのではないでしょうか」と見解を述べる。

「こうした背景を踏まえると、どうやら今この国の『表現の自由』というものは、プライベートな空間においては一定許されるが、パブリックな空間においては制限される――そんな暗黙の了解を感じ取りました。それ自体を、私はおかしいと思っています。日本では、上からの指示に従うのが『パブリック』の在り方なのか。本来は、少数弱者の意見も主張できる機会を担保するのが、『パブリック』の重要な役割だと思うのですが……日本の『パブリック』は成熟していないという現状を感じました」

 なお東京都美術館の件は、公立の展示施設が、主催団体(JAALA)にスペースを貸し出し、その展示作品に対して撤去の判断を下した構図で、「こちらも新聞報道されましたが、今回のような大きな騒ぎにはならなかった」という。

 一方で、岡村氏は学芸員として、「表現の自由」の難しさに直面することもあるという。「あくまで私個人の見解であり、ほかの美術館の学芸員の方とは異なるかもしれませんが」と前置きした上で、次のように「表現の自由」に対する思いを語ってくれた。

「美術館というのは、ある種の権威にならざるを得ない部分もあるのです。よく丸木美術館は『表現の自由の牙城』だと言われることがあります。ただ、それはあくまで一面から見ればそうなのであって、別の意見を持っている人から見るとそうではない。例えば、丸木美術館では『戦争賛成』をテーマにした展示はやりません。もちろん、できる限り規制はしたくないと思うのですが、展示によっては、本来存在しないはずのボーダーがどこにあるかを探り当てる仕事を、せざるを得ないのです。その場所の『文脈』を著しく外れるものが現れた時に、どう対処するかは、誰かが決断しなければいけない。そう考えると、学芸員は、時に『表現の自由』を制限する側に回らざるを得ない仕事だと、私は思っています。ですから、『表現の自由』という言葉を使う際には、少しうしろめたい気持ちになります」

 『あいちトリエンナーレ』にもまた、そもそもボーダーは存在しない。しかしその中で、一定の合意を得られるボーダーを見極めていくのは、簡単なことではないだろうと、岡村氏は言う。

「丸木美術館でも、作家に対して『この作品は刺激が強いので、ネガティブな反応も予想されるが、どう思うか』と意見を聞き、作家の判断で丸木美術館の文脈や歴史性を踏まえた別の作品を出品したことは実際にあります。表現を委縮させてしまってはいけないが、作家と対話を重ねて、この場所で展示をする意味を考え、しかし予定調和に陥ることのない表現とは何かを探って、合意していくプロセスは大事。同時に、『どんな反応が起こり得るか』『その反応に現場の職員が対応できるか』という現実的な問題も考え、十分に対処する必要があるのではないでしょうか。そこまで準備して初めて、展示が決定すると思っているので、『表現の不自由展・その後』が3日で中止となったことについて、私は『それでも社会に一石を投じたことに意味がある』とは言えません」

 『あいちトリエンナーレ』芸術監督の津田大介氏に対しては、「作家を受け入れる側としては、最後まできちんと向き合う必要がありますし、展示を決断した以上は最後まで継続するのが最低限の責任と思っています」と岡村氏。しかし今回、「それがなされないほどの大きな圧力がかかったのでしょう。もちろん一番問題なのは、不当な圧力をかける側なのは間違いありません」という。

 一方で岡村氏は、「平和の少女像」をどういった作品ととらえているのか。また『表現の不自由展・その後』が中止に追いやられる一端になってしまったことを、どう見ているのか。

「実は私もブロンズ製のミニチュアしか見ていなかったときは、単純に『政治的な意見を主張する作品』なのかなと、少し思っていた面があったのです。しかし、15年の『表現の不自由展』で、彩色されたFRP(繊維強化プラスチック)製の等身大の像を見た時、印象が変わりました。少女像の隣には椅子が置かれ、実際に座ることができるのですが、はじめはとても緊張したんです。隣に座って、同じ視線から等身大の少女像を見ると、赤くてふっくらした幼さのある頬、本来三つ編みだったであろうにバラバラに切り刻まれ不揃いになった髪、一点を見つめるように緊張するまなざし、ぎゅっと握りしめられた手、不安定に浮いている踵など……細かいニュアンスがわかり、少女の方がこわばっていることが伝わってきました。それはブロンズ製のミニチュアではわからなかったことです」

 また、少女像の隣に座ることによって、「『自分がもし生身の少女と二人きりでいた場合、何をするのか、何ができるのか』想像をかき立てられた」そうだ。

「その時、私は『日本と韓国の関係がどうだ』といったことを考えなかったんです。これは『慰安婦』問題でもたびたび語られることですが、もっと普遍的な人権の問題……どこの国にも、どの時代にもある問題について表現された作品だと感じました。作家であるキム夫妻も、日韓の歴史認識の問題だけを意図して作っているわけではないと思います。しかしそれを逆手に取るように『日本だけがやったことではないのだから日本に罪はない』と少女像の存在を抹殺してしまうことは、二重三重に暴力を上塗りすることになります。『平和の少女像』は、国境線を引いて攻撃するための像ではない。むしろ真逆なのではないか、そう思いました」

 彩色された等身大の少女像、その隣に座るからこそ伝わる「物語や歴史の正体がある」と岡村氏は言う。それを体感できる機会であったはずの『表現の不自由展・その後』が中止になったことに、なおのこと悔しさを感じる人は少なくないだろう。

「今回の騒動もそうですが、『平和の少女像』については、作品が置き去りにされ、記号的な先入観ばかりが暴走している、そしてそれが繰り返されているような気がします。ニュースでも、政治家の発言ばかりが取り上げられ、肝心のキム夫妻のコメントが全然出てきません。そういう意味では、『慰安婦』と呼ばれる女性たちが置き去りにされ、国と国の問題で対立が深まり、それが繰り返されているのと同じなのかもしれませんね。津田さんは、『あいちトリエンナーレ』のキュレーションにおいて、出品作家の男女比を半々にするなど、ジェンダー平等のいい試みをしていたと思ったのですが、結果的にこの騒ぎによって、ジェンダー的な圧力が強調され、しかもそれに屈するという形になってしまった。とても残念ですし、もったいないと思います」

 「平和の少女像」という作品を、そして「少女」を置き去りにしてはいけない。『表現の不自由展・その後』中止騒動を、「騒動」だけで終わらせないために何をすべきか。いま一度考えてみたい。

岡村幸宣(おかむら・ゆきのり)
「原爆の図丸木美術館」学芸員。1974年東京都生まれ。東京造形大学造形学部比較造形専攻卒業。同研究科修了。著書に『非核芸術案内―核はどう描かれてきたか』(岩波書店)、『《原爆の図》全国巡回』(新宿書房)、主な共著に『「はだしのゲン」を読む』(河出書房新社)などがある。

関ジャニ∞の活動休止で村上信五と小島瑠璃子が「結婚」? マツコ炎上に便乗か

 メンバーの脱退が予想され揺れる関ジャニ∞。錦戸亮だけでなく、大倉忠義と安田章大も脱退を希望しているとの話もあり、グループは活動休止に入るという見方が強い。もしそうなった場合、村上信五と小島瑠璃子の結婚が近づくと、9日公開の「日刊ゲンダイDIGITAL」記事が伝え、ファンの動揺を誘っている。

 それによれば、村上と小島はすでに両親への挨拶を済ませており、あとはジャニーズ事務所からの判断を仰ぐだけだという。関ジャニ∞が活動を休止することによって、結婚に追い風が吹くという見解だ。

 しかも記事では、二人の結婚に関しては、『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で村上と共演しているマツコ・デラックスも賛同しており、マツコがジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長に口利きをするとも言っているとある。さらに、村上は今年6月のG20大阪サミット開幕に際して安倍晋三首相にインタビューをしており、その縁から「隠れ関ジャニ∞ファン」だという安倍昭恵夫人も、村上の結婚をサポートするというのだ。

 村上信五と小島瑠璃子の密会を報じたのは、2017年10月発売の「FRIDAY」(講談社)。村上のマンションに小島が通っているという内容の記事だった。これについて村上は『月曜から夜ふかし』でマツコ・デラックスに「で、どうなの?」と聞かれ、深夜に小島が自宅を訪れたことは認めつつも、村上は「隣にも座ってくれへんかった。ずっと対面」と、恋愛関係は否定した。しかし2019年2月にも「FRIDAY」は、小島が関ジャニ∞の新年会に参加していたとして、二人の交際継続を報じている。

 なぜ急に「マツコ・デラックスが結婚を後押し」などという話が出てきたのか。これは、マツコとメリー喜多川副社長との蜜月が囁かれるようになったからだろう。

 今月1日、「週刊文春」(文藝春秋)が「新しい地図」の稲垣吾郎との共演をマツコが拒否した件で直撃した記事が世に出たことで、マツコの“親ジャニーズ事務所”が取り沙汰されている。マツコは「新しい地図の3人には需要がない」「ジャニーズ事務所からテレビ局への圧力はない」と発言し、これを「悪名高きジャニーズ事務所の味方につくのか」と批判する声が噴出、大炎上した。マツコは「週刊女性」(主婦と生活社)にて「文春」記事の文脈を否定したが、鎮火の気配ない。とはいえ仮にマツコがメリー氏と昵懇の間柄だとしても、村上の結婚の許しを請うようなお節介を焼くだろうか。まして、いくらミーハーだといえ総理夫人までいちタレントの結婚に巻き込むとは、話が飛躍しすぎている。

村上信五が誰といつ結婚するも自由
 そもそも村上信五と小島瑠璃子は交際を否定している。

 2017年に最初に二人の交際が伝えられた際、小島はラジオ番組で「先輩です。それ以上でも以下でもありません」とキッパリ否定した。また二回目の報道の際には村上も否定。「お付き合いはされていますか?」と質問する「FRIDAY」の記者に対して村上は、「ない、ない(笑)」と笑顔で答えている。

 そのうえで前述のように、『月曜から夜ふかし』で、マツコ・デラックスから小島との関係について突っ込まれ、交際を否定。「コメントを取りに、うちのマンションの玄関まで(記者が)来はったんですよ。だからもうそれはもう何にもないから、もうホンマに! もう勘弁してください! ホンマに」「あともうホンマにこじるりに申し訳ないから」と改めて釈明したのだった。

 ジャニーズ事務所のタレントは熱愛報道に対して基本的にスルーを貫いているが、村上信五の場合は再三にわたり否定している。ここまで否定しているにも関わらず、「実は交際していた」となれば、ファンから反感を買うことは免れない。策士・村上がそのような危険な橋を渡るだろうか。

 ちなみに、村上は昨年3月のひとり舞台「If or…X」後の囲み取材の際、自身の結婚について「2020年まではない」「まだまだ仕事もやりがいがあります」と断言している。

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進次郎&滝クリのデキ婚を唯一掴んでいた? あのテレビ局が逃していた”幻のスクープ”

 8月に入り、有名人の結婚が相次いでいるが、最も注目を浴びたのは衆議院議員の小泉進次郎とタレントの滝川クリステルだろう。

 結婚を発表した8月7日の午後2時前。複数の在京テレビ局が生放送番組から地方局制作の別番組に切り替わるタイミング、さらに官邸での結婚&妊娠発表という前代未聞の展開だったことで、各局とも大慌てだったようだ。

 これまで交際情報が一切聞かれなかった2人だけに、世間に与えたインパクトは絶大だったが、実は1人だけ「怪しい」と踏んでいた人物がいたという。

「日本テレビの記者です。実は永田町では『近々、進次郎が結婚するらしいぞ』という情報が流れていた。一方、芸能界では滝クリが電通を通じてビールのCMを降板する話をしていることも漏れていた。この記者は2人が東京五輪の誘致活動などで面識があったことを思い出してピンと来たそうで、裏取りに動き出した矢先の発表となり、幻のスクープを悔しがっていたそうです」(芸能記者)

 また、会見の時間が昼過ぎになったのにも、滝川サイドの事情があったという。

「滝クリは長らく俳優の小澤征悦と交際していました。その小澤は不定期で日テレの情報番組『スッキリ』にコメンテーターとして登場しています。たまたまこの日の出演はありませんでしたが、万が一出演していたらコメントを求められるのは必至。それだけは避けたかったようです」(芸能関係者)

 もし日テレが事前に情報をキャッチして小澤のコメントを取っていれば、視聴率は跳ね上がっていたに違いない?

進次郎&滝クリのデキ婚を唯一掴んでいた? あのテレビ局が逃していた”幻のスクープ”

 8月に入り、有名人の結婚が相次いでいるが、最も注目を浴びたのは衆議院議員の小泉進次郎とタレントの滝川クリステルだろう。

 結婚を発表した8月7日の午後2時前。複数の在京テレビ局が生放送番組から地方局制作の別番組に切り替わるタイミング、さらに官邸での結婚&妊娠発表という前代未聞の展開だったことで、各局とも大慌てだったようだ。

 これまで交際情報が一切聞かれなかった2人だけに、世間に与えたインパクトは絶大だったが、実は1人だけ「怪しい」と踏んでいた人物がいたという。

「日本テレビの記者です。実は永田町では『近々、進次郎が結婚するらしいぞ』という情報が流れていた。一方、芸能界では滝クリが電通を通じてビールのCMを降板する話をしていることも漏れていた。この記者は2人が東京五輪の誘致活動などで面識があったことを思い出してピンと来たそうで、裏取りに動き出した矢先の発表となり、幻のスクープを悔しがっていたそうです」(芸能記者)

 また、会見の時間が昼過ぎになったのにも、滝川サイドの事情があったという。

「滝クリは長らく俳優の小澤征悦と交際していました。その小澤は不定期で日テレの情報番組『スッキリ』にコメンテーターとして登場しています。たまたまこの日の出演はありませんでしたが、万が一出演していたらコメントを求められるのは必至。それだけは避けたかったようです」(芸能関係者)

 もし日テレが事前に情報をキャッチして小澤のコメントを取っていれば、視聴率は跳ね上がっていたに違いない?

戦地であったがゆえの凄惨な性暴力とコミュニティからの孤立――日本軍による中国人性被害者の知られざる実態

 第1回、第2回で述べたように、ひとくくりに「慰安婦」といえども、彼女たちの国籍や、慰安婦となった場所で被害のあり方は大きく異なる。中でも中国は戦地ということもあり、軍が管理した慰安所に留め置かれた「従軍慰安婦」に加え、戦場レイプの被害者、前線の日本軍部隊が作った即席の“慰安所”に監禁された女性など、さまざまな性暴力の被害者を生み出した。一部の被害女性たちは日本政府の謝罪と賠償を求めて裁判を起こしたが、中国政府は1972年の日中共同声明で日本政府への賠償請求権を破棄。それを理由に日本の司法は被害女性たちの訴えをすべて却下した。

 韓国人「慰安婦」同様に、戦後から1990年代まで長らく沈黙を強いられてきた中国人被害者たち。住んでいた土地を追われたり、精神的なトラウマに苦しんだりと、深刻な性被害は「その後」の人生にも影を落とし続けた。体調が悪化すれば病院に連れて行くなど、常に彼女たちに寄り添い、支援を続けながら被害証言を集めた班忠義氏が監督を務める映画『太陽がほしい 劇場版』が現在、東京・大阪・愛知で上映中だ。同作に登場した被害女性や加害を告白した日本軍兵士は高齢のため亡くなった人が多く、それと入れ替わるように、日本では「南京虐殺はなかった」「『慰安婦』は性奴隷ではなく売春婦だ」などと過去を歪曲する動きが見過ごせないほどの勢力を得ている。戦争を知らぬ世代は、今後どうやって歴史と向き合うべきか? 班氏に話を聞いた。

【特集】「慰安婦」問題を考える第1回 今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか

【特集】「慰安婦」問題を考える第2回 なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ”

――韓国では名乗り出以降、年々、元「慰安婦」への関心や支援の動きが高まっていますが、中国では元「慰安婦」はどう扱われているのでしょうか?

班忠義監督(以下、班監督) 「慰安婦」という言葉自体が、まだ正しく理解されていないですね。私が調査した中国籍の女性80人のうち、慰安所にいた経験を持ち、自ら「慰安婦」を名乗る女性は2~3人ほどでした。ほかの方は、戦地での性暴力被害者です。中国人は、慰安所にいた「慰安婦」については、敵国(日本)側の人間だと思っていますね。中国は戦後、言論統制が敷かれ、「慰安婦」に関する調査が進んでいない。そのため彼女たちがどんな仕打ちを受けてきたのか、その被害がまったく知られていないのです。また農村部などの戦地で監禁された被害者から見れば、「私たちと『慰安婦』はまったく違う」「私たちはお金(「慰安婦」が兵士からもらっていた軍票)ももらってないし、食事もろくに与えてもらえなかった」という主張になる。このような分断は、戦闘地域ならではのパターンですよ。

――映画では、抗日勢力とのゲリラ戦地だった山西省の女性たちが多く登場します。彼女たちは、日本軍に拉致・レイプされたり、自宅に押し入ってきた日本軍や傀儡軍兵士にレイプされたりと、部隊が自分たちで作った「即席慰安所」の被害者ですね。彼女たちへの目はどうでしょうか?

班監督 彼女たちの多くは、抗日兵士の妻や娘たちでした。ゲリラ戦で多くの犠牲者を出し、僻地を長期にわたって占領する日本軍にとって、彼女たちは敵対国の人間であるだけでなく、仲間の兵士たちを死に追いやった存在でもある。このような二重の憎しみが、凄惨な暴力となって表れています。それが慰安所の「慰安婦」とは違うところです。とはいえ、性被害という点においては、それぞれに悲惨な状況があり、区別や軽重をつけられるものではありません。ただ、あえて違いを挙げるとすれば、慰安所にいた朝鮮半島の女性たちは植民地支配下で常に差別を受けてはいたが、日本兵にとっては“同族”であったのに対し、中国の現地女性たちは敵であり、日本兵たちが憎しみの気持ちを抱いていただろうという点でしょうか。

 一党支配の中国においては、常に党の「利益」が中心に考えられます。現在の日中関係において、「慰安婦」問題は利益につながらないと考えられているため、中国政府も長らく放置しているのだと思います。私が「慰安婦」問題に関心を持つようになったのは、映画にも登場した万愛花さんの存在を知ったのがきっかけです。彼女が92年に「日本の戦後補償に関する国際公聴会」に登壇した際、被害を訴えるうちに、失神してしまった。彼女の話を聞いたときも、私自身そんなことがあるのかと信じられなかった。そのぐらい中国では知られていない。当時、中国にも支援するような市民組織が生まれていたが、当局の監視の下で自由に活動できないので、結局、被害女性たちは日本の民間人からの支援を受け、裁判などを行ったのです。

――愛花さんは共産党員だったため、日本軍兵士に「党員名簿を渡せ」と迫られ、ひどい拷問も受けて肉体的にも大きなダメージを負いました。ほかの女性も、子どもを持てなかった人、養女を育てても中国は血縁を重視する社会のために養女から養育放棄される人、望まない結婚をせざるを得なかった人など、多くの人が苦しい人生を歩むはめになりました。また被害者自身がコミュニティーからスティグマ化されるという、性暴力被害ならではの問題もありますね。

班監督 そうですね。愛花さんは、住んでいた村の人たちとうまく関係が作れず、後ろ指をさされるような状況だったので都会に逃げました。都会なら一人の女性として社会に紛れられるから。その後、裁縫や子守で生計を立てながら、細々と暮らしていました。映画の中には、村人たちが協力してその年の農作業を終えているのに、一人で畑に出ているおばあさんがいたと語られる場面があります。彼女も性暴力被害者で、戦後はコミュニティーから疎外され、その後自死しました。

――自身の奇行に悩む女性もいますね。

班監督 彼女たちの多くは、14~15歳で、日本軍が山を掘って作ったような「強姦所」や民家に監禁されていました。窓はひとつしかなく、真っ暗中一人で監禁され、複数の兵士に集団で強姦されるわけです。私たちが想像できないほどの恐怖を抱いたでしょう。そのため、深刻なトラウマを抱えています。日本軍から解放された直後は室内にいられず、ずっと外で過ごしたという女性もいました。傷が癒えたと思っても、思いもよらぬことで傷口が開くこともあります。日本との戦争が終わった後に、中国では大きな飢饉がありました。そのときにとある女性は、どうにかして子どもを守らなきゃいけない、というストレスが引き金となって発作を起こし、全裸で外に飛び出すという奇行をしてしまった。あとは男性をまったく受け付けなくなる人、逆に性的に奔放になる人もいました。

――そのように現在まで続く苦しみに悩む被害女性に対し、日本は国家賠償をしておらず、謝罪においても「軍が関与した」という表現にとどまり、国として明確な責任を認めていません。一方で、映画の中では旧日本軍兵士だった加害男性や、日本の市民団体が被害女性たちに直接謝罪する場面があります。個人や市民団体の謝罪を、彼女たちはどう受け止めていましたか?

班監督 金学順さんが初めて元「慰安婦」として名乗り出た90年代以降の日本での草の根運動、市民団体の活動、そして彼らの謝罪は、彼女たちの心をすごく癒やしたたと思います。長年そばで見てきて、彼女たちの中にも「もう許したい」という気持ちがあったように思います。でも日本政府が謝らないから、許すこともできない。彼女たちのほとんどがそうであるように、愛花さんも賠償金にはほとんどこだわりがなくて、「なぜ日本軍は女性への性暴力をはじめ、赤ん坊まで殺すような残虐な行為をしたのか。なぜ性被害や虐殺を認めないのか。本当のことが知りたい。真理(真実の究明、謝罪、後世への教育)を取り戻したら友達になれる」とまで言っていました。

――真理を求める被害者に抗うように、いまの日本では歴史を歪曲するような動きが目立っています。班さんが映画を作ろうと思った背景には、歴史修正主義への危機感があったそうですが、具体的にそれを感じた出来事は?

班監督 95年に、私は中国人被害女性への支援活動を始めました。その募金の呼びかけが朝日新聞に取り上げられたときに、私の連絡先が掲載されたのですが、とある大学の教授から電話がきたんです。彼は、4歳で内モンゴルから山西省に来た愛花さんのことを「彼女は奴隷妻、童養媳(トンヤンシー)だろ?」と聞いてきました。童養媳とは、将来その家の男児の妻にするつもりで、女児を買って育てるという、中国にあった婚姻制度のことです。要は「一度中国人が奴隷とした女性を、なぜ日本人が踏みにじってはいけないのか?」という主張なのです。この考えに、すごくビックリしました。

 この映画を作ろうと思った直接的な原因は、2013年の当時の大阪市長・橋下徹氏のいわゆる「橋下発言」(※)ですね。先ほどの大学教授と同じような考えを持った政治家が出てきた。「ほかの軍隊もやっていたのに、何が悪い」という主張は、歴史修正主義の根本です。悪を横並びにして、「私だけが悪いんじゃない」という理屈には断固反対です。

――おっしゃる通りですが、それでもいまは歴史修正主義が日本社会に侵食しており、それがあいちトリエンナーレの少女像への政治家・市民からの撤去要請に至ったように思います。日本人が歴史と向き合うには、どうすべきでしょうか?

班監督 近年、留学する日本人が減っていますが、日本以外で歴史を学ぶということはすごく大事です。日本の教育の場では日中戦争のことを全然教えないで、太平洋戦争の被害の部分ばかりを取り上げていると思います。戦争について学ぶ時間が短いし、教科書からは「慰安婦」の文字も消えました。そのため、他国、特にアジア諸国との近現代史の認識・理解のギャップが大きい。一部の日本人は「日本軍」という三文字がついているだけで、アレルギー反応のように感情的になっていると思います。中国でも、反日デモがあると、無知な人が一番盛り上がり、過激な行動を取るんですよ。

 まずは日本という枠組みから一歩踏み出し、一つの空間、一つの歴史、一つの利益から解放され、俯瞰的な視点に立つこと。そしてナショナリズムのフィルターを外すこと。そのために、戦争に対する正しい知識を自分から積極的に調べて、身につける。そうすればどんな歴史からも逃げずに受け止められるようになるし、そのことが自分自身の人生を豊かにしてくれるはずです。

※「慰安婦」問題に関して、「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきた」「世界各国もsex slaves、sex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならない」と、「慰安婦」の存在を認めつつも、日本政府の責任を転嫁するような持論を展開した。

班忠義(はん・ちゅうぎ)
1958年、中国・遼寧省撫順市生まれ。そこで日本人残留婦人と出会い、残留婦人問題についてつづった『曽おばさんの海』(朝日新聞社)を出版し、第7回ノンフィクション朝日ジャーナル大賞を受賞。92年、中国人元「慰安婦」万愛花さんと出会い、中国人・韓国人元「慰安婦」だけでなく、加害を証言した旧日本軍兵士からも聞き取り調査を始める。『チョンおばさんのクニ』『ガイサンシーとその姉妹たち』『亡命』といったドキュメンタリー映画を監督。

『太陽がほしい 劇場版』

「私は慰安婦ではない――」。中国人女性の言葉に耳を傾け、寄り添い、支え、記録を続けた20年。「慰安婦」という言葉からは想像できない過酷な人生がそこにあった。

東京:アップリンク渋谷(終了日未定)、大阪:シネ・ヌーヴォ(〜8月23日)、愛知:シネマスコーレ(〜8月16日)にて公開中! ほか、神奈川、新潟、京都、兵庫、広島など全国順次公開。

(取材・文=小島かほり)

ジャニーズ”中居正広潰し”のしわ寄せで「国民的アニメ」仁義なき戦いが勃発

 ジャニーズの「中居潰し」がアニメ界に飛び火?

 10月から、テレビ朝日の看板音楽番組『ミュージックステーション』が、夜8時から9時台に移動すると、先日、一部スポーツ紙に報じられた。この意図を芸能関係者はこう読み解く。

「金曜9時といえば、TBSではバラエティ番組『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』が放送されています。ジャニーズと『Mステ』は長年にわたって蜜月関係にあり、毎週のようにジャニーズグループが出演。そんな番組をあえて『金スマ』にぶつけるということは、来年、事務所退所が噂される中居正広を潰すためとしか思えません」

 その一方で、しわ寄せを食らいそうなのがアニメ業界。『Mステ』の番組変更により、金曜に放送されていた人気アニメ『クレヨンしんちゃん』『ドラえもん』の放送日が土曜に変更されるという。

「現在、テレビアニメの視聴率は、日曜夕方に家族が揃って観られる『サザエさん』(フジテレビ系)が安定の強さを誇っています。これに続いて熾烈な2位争いを繰り広げているのが、『クレヨンしんちゃん』『ドラえもん』『名探偵コナン』(日本テレビ系)の3作。いずれも視聴率は6~8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)台でしのぎを削っています。テレ朝の2作がどの時間帯に移るのかまでは報じられていませんが、1日3作とも子供に見せようとする親は少ないように思える。金曜はCM枠も取りやすくCM料金も高く設定できましたが、土曜になるとそうも行かなくなる。収益ガタ落ちが予想されるため、広告代理店や局の営業担当者は頭を抱えていますよ」(業界関係者)

 まもなく始まる「国民的アニメ決定戦」、果たして勝つのは?

『べしゃり暮らし』漫才が題材のドラマに立ちはだかる、ネタ再現の難しさ

 

 8月3日に放送された『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系)の第2話。このドラマの見どころと問題点が次第に浮き彫りになった回だったと思う。毎回、役者が長尺の漫才に挑むようだが、そこで起こる笑いにはあまり期待しないほうがいい。

第2話あらすじ 主人公を「おもんない」と酷評する中堅芸人

 文化祭でアドリブ漫才を大成功させた上妻圭右(間宮祥太朗)と辻本潤(渡辺大知)。舞台後、辻本は「芸人を目指してみいひんか?」と圭右を誘ったが、お笑い嫌いの父・潔(寺島進)に気兼ねして、圭右は消極的だった。

 相方をやる気にさせたい辻本は、先輩芸人である人気漫才コンビ「デジタルきんぎょ」のライブ会場に圭右を連れて行く。この日に備えて、圭右は自作の漫才台本を持ってきていた。デジタルきんぎょの金本浩史(駿河太郎)に渡し、批評をお願いする圭右。読み終わった金本は「おもんない」と斬って捨てた。激昂した圭右がネタを破り捨てていると、金本の相方・藤川則夫(尾上寛之)が現れ「始めからホームラン打てる天才はいない」「努力できる才能を持ってる奴が天才と呼ばれる」と圭右を励ました。

 一方、元相方の辻本を追いかけて上京した鳥谷静代(小芝風花)。彼女は「俺らの漫才はもう限界や!」という辻本の言葉に納得していない。「ほんまに限界か、ここでもう1回私とネタやって」と辻本に言い、2人は舞台を借りて復活漫才をすることに。客席で観ていた圭右は2人の漫才の素晴らしさに驚くが、ネタの途中で辻本は漫才を中断し「俺らは終わりや」とつぶやいた。実は、辻本は静代を好きになってしまっていた。しかし、笑いに取り組むと相方とどうしてもぶつかり合う。静代のことを嫌いになりたくないし、嫌われたくもない。仲良く漫才をして芸の質を落とすより、好きなまま解散することを辻本は選んだのだ。

 2人の漫才を観た圭右は「ネタは面白いけど、自分たちが楽しめてねえ」と感想を伝える。辻本は「圭右と漫才をやったら楽しめる」と再認識し、圭右も「辻本と漫才したときは鳥肌が立った」と思い出した。圭右は芸人を目指すことを決意した。

 初回レビューにも書いたが、お笑い、特に漫才を題材にしたドラマは舞台の再現が難しい。芸人に扮して役者がネタをやっても、面白い出来になったことはほとんどない。今作の演出担当・劇団ひとりは「お笑いナタリー」のインタビュー(2019年7月27日)で「たぶん笑えないと思います(笑)」と発言。その辺については、はっきりと開き直っている。

 ただ、売れっ子芸人や誰が認める若手芸人の役ならば、雰囲気だけでも有能と感じさせてほしい。「つまらなそう」と視聴者に思わせると、ドラマの説得力が途端になくなってしまうからだ。

 まず、主演の間宮祥太朗について。クラスの人気者がプロの世界に入ると、実は芸人に向いていなかったという現象はお笑い界のあるあるの1つである。どうも、その手のお調子者に見えてしまうのだ。ただ、駿河が間宮のことを「このままやったら、学園一のおもしろ人間やで」とからかっており、もしかしたら演出通りなのかもしれない。

 続いて、辻本を演じる渡辺大知。原作の辻本は圭右よりも引き気味のタイプだ。テンションより知性とスマートさが魅力の芸人。その持ち味を渡辺から窺うことはできなかった。ハイテンションな圭右と好相性の相方であり、ある意味“教育係”ともいえる頼れる存在。非常に難しい役どころだが、我々の中にある辻本像により近付いてほしいと願うばかりだ。

 そして、金本役の駿河太郎。ご存じ、笑福亭鶴瓶の息子だ。このキャスティングは良かった。しゃべりだけでなく、立ち居振る舞いに妙な安心感を感じさせる。いかにも、中堅芸人。後輩への接し方を見ても、劇場で会いそうな兄さんの雰囲気を漂わせている。

 森田まさのりのマンガは、誰がモデルか丸わかりの登場人物がよく出てくる。金本のモデルは間違いなく千原ジュニアだろう。しかし、ドラマになったからと本当にジュニアを起用するのは芸がない。ましてや、現在のジュニアは芸能人ランクが高過ぎる。キャスティングには無理があるように思う。色々な意味で難易度の高い役どころだが、駿河はうまく演じていた。

裏では一言も交わさないお笑いコンビは時代遅れ?

 初回レビューで「原作の連載時とは受け入れられる笑いの形が変わった」と書いた。人を貶して起こる笑いも、かつては広く受け入れられていた。しかし、昨今は拒否反応を示す人がかなり多いようだ。10年前には成立していたものを、今の時代にそのままトレースすると歪みが生じることがある。

 漫才コンビ「デジタルきんぎょ」に迫った第2話。舞台では息が合っているのに、裏では会話を交わさず、顔も合わせない。駿河と尾上の間にはそんな関係性がある。

「仕事以外で藤川の顔なんか見たない。向こうかってそうやろ。携帯の番号も知らん。才能は認めるけど、ハッキリ言うてお互いめちゃくちゃ嫌い合うてる」(駿河)

 こういう距離感こそ漫才コンビのあるべき姿と、以前は持てはやされていたものだ。しかし、現在は仲の良いコンビが主流。さまぁ~ず然り、サンドウィッチマン然り、霜降り明星然り。「仲が悪くてもそれでええねん。意地のぶつかり合いの中からおもろいもんが生まれることも知ってる」という駿河の訓示が今の若い視聴者にどう受け止められるのか、ちょっと興味がある。

 小芝を好きになってしまったがゆえ、コンビ解散を渡辺が決意したくだりも隔世の感だ。何しろ、「キングオブコント2017」で準優勝したのは恋人同士のにゃんこスターだった。好き合っていてもコンビ別れせず結果を残した男女コンビもいるのだ。この10年で笑いのあり方は本当に変わった。

 今夜放送の第3話では、“学園の爆笑王”圭右が舞台で思い切りスベる挫折のフェーズが描かれるはず。原作でも圭右の契機となる、重要エピソードである。

 やはり、『べしゃり暮らし』はお笑いドラマというより、キャラクターの成長を見守る作品と捉えたほうが適当だろう。人間ドラマなのだ。

(文=寺西ジャジューカ)

寵愛した“巨根”男性を天皇に!? 公私混同で国民総スカンの「嫌われ女帝」とは【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。最近では、女性・女系天皇論争の皇位継承者問題や秋篠宮家の長女・眞子さまの婚約者・小室圭を巡る一連の騒動などが注目されているものの、実は、こんなのは大した騒動ではなかった……? 「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

男に突き動かされた!? アグレッシブな女帝・孝謙天皇

――前回は、ほかにも男性皇族がいるのにもかかわらず、“オトナ”の事情で女性天皇なった、女帝・孝謙天皇についてうかがいましたが、どのようなことを行ったのか詳しく教えてください!

堀江宏樹(以下、堀江) 孝謙天皇は重祚(一度退位した天皇が再び即位すること)して称徳天皇とも呼ばれていますが、前回と同様にわかりやすさを重視して、「孝謙さま」と統一しますね。まずは、皇室のお約束からおさらいしましょう。天皇が代々受け継ぐ“血統”は男子しか継承できません。また、女子は天皇に即位できても結婚が許されないので、次の世代にバトンを渡せないのです。

――この制度を現代に当てはめると、疑問点しか見つからないですが……。

堀江 昔と今では、人権の前提がまったく違うのは事実なんです。ちょっと脱線するとね、男系相続にこだわる国は、男子なら側室の子でもぜんぜんOKというのが大前提。大正時代までの日本の皇室もそういう感じ。一方、一部ヨーロッパの王室みたいに、女系相続でもOKという伝統の国もあります。でもこれは裏返せば、正室の子でないと「絶対にダメ」という意味。正室の子なら、女子でもOKということは、「王様でも浮気はダメ絶対!」というキリスト教的な道徳に縛られた結果なのです。そこから考えると、現在の日本の皇室は「側室ダメ」、しかも「男子でなきゃダメ」と、かなり“高い”ハードルを押し付けられてしまっている状態になりますね。これらの継承問題はまた後々、お話するとして、歴史の話に戻りましょう。女性天皇が即位するというのは、皇位の男子継承の流れが一時的に途絶えそうな時や、ほかに適切な男子が即位できる状態になるまでの「中継ぎ」です。

 孝謙さまが天皇に即位した背景には、母親・光明皇后の実家である藤原氏がほかの男性皇族を抑えこむという「猛プッシュ」がありました。しかし、即位はしたものの、実権は長い間、母親・光明皇后とその愛人といわれる藤原仲麻呂という男に握られ、その二人に“言われた通り”に政治を行うだけ。758 (天平宝字2) 年8月には皇位を親族の男性に譲り、淳仁天皇として即位させ、「孝謙天皇」としてはここで退位です。ちなみに譲位理由は母・光明皇后に娘として孝行したいから、というものでした。

――前回、「女性天皇は退位後でも結婚や再婚をしない」と聞きましたが、孝謙さまも結婚をしなかったんですか?

堀江 そう。ただ、上皇になった孝謙さまが、天皇であることの重責から解き放たれ、大人しく表舞台から去っていったかというと、ぜんぜん違います。ちょうどこの頃、彼女を長年押さえつけてきた、“毒親”・光明皇后が亡くなります。すると孝謙さまは、母親の愛人であった藤原仲麻呂とドロドロの関係になり……。

――母と娘で一人の男性を共有って、なんだか一昔前の昼ドラみたいな世界観ですね。

堀江 まぁ、藤原仲麻呂との関係がどうだったかは、立証はできないんですけどね。その後、次第に孝謙さまと藤原仲麻呂との関係はうまくいかなくなり、さらには母親とその愛人の言いなりで即位させた淳仁天皇にも不満が膨らんでいきます。この頃、上皇として悩み、心身の調子を崩しがちだった孝謙さまは、僧侶・道鏡からケアを受けることに。この時代は医療が発達していなかったため、医師ではなく宗教者が医療的なケアも担当していたんです。道鏡は介護僧と言われていましたが、実際は体調を崩し弱気になっていた時に世話をしていた“だけ”の関係のようです。ただ、孝謙さまは道鏡に“特別な縁”をビビビと感じてしまったようですけどね。

――ネットで道鏡と検索すると、“巨根”など下半身ネタが出てくるのですが……。

堀江 その手の下ネタは有名ですが、実は全て後世の創作。「独身女性は欲求不満だから、大きいのがお好きなんでしょ」という、セクハラとモラハラから生まれた作り話です(苦笑)。ちなみに、中国唯一の女帝・則天武后(武則天)も、その手の巨根男子寵愛説がありますが、不自然なまでにアンチエイジングに勤しんでいた則天武后の場合は、もしかしたら本当かもしれません……。ただ、「巨根が好きな女」という創作は、中国や日本では“最低の侮蔑表現”だったことは確かです。儒教の道徳では、性に積極的な女は許されざる存在だからですねぇ。

――「皇族バッシング」ともとれる、「侮辱表現」はこの頃からあるんですね。

堀江 そうそう。皇族は“生き様”で自分が存在している価値を世間に問わねばならないんです。孝謙さまの女帝としての振る舞いの数々は、客観的に見てもあまりに強引すぎたので、嫌われたのでしょう。この後、詳しく説明しますが男性皇族に天皇の候補がいるのにもかかわらず、道鏡をなんとかしてでも天皇に即位させようとして、世間からの総スカンを食らったことも。また、道鏡への“寵愛”が原因で、藤原仲麻呂たちとの仲がこじれた際には、「私が最高権力者として政治を執る! 一番大事なことは私がやるから、淳仁天皇と藤原仲麻呂は雑務でもしておけばよい!」などと言い出したそうですよ。結局、藤原仲麻呂たちとはガチの戦争になりました……。

――腕力で解決しちゃうとは、良く言えばアクティブな女帝なんでしょうけどね。

堀江  いや、それはどうだろ。戦いを選んだ時点でえらいことになります。そのガチの戦争というのが、764(天平宝字8)年に勃発した「藤原仲麻呂の乱」と呼ばれる戦。ここで藤原仲麻呂と孝謙さまは戦い、孝謙さまが見事、勝者となりました。敗者である藤原仲麻呂の一族は、(ほぼ)皆殺しされます。名実ともに最高権力者となった孝謙さまは、周囲を見渡し、「私のおメガネにかなう男性皇族なんかいない! 古代中国の易姓革命を真似て、現在の天皇家とは違う一族に天皇位を任せることにしよう!」的なコトを言い出し、彼女が慕う道鏡を天皇にしようと画策しはじめます。

――さすがにこれは公私混同も甚だしいですね!

堀江 すでにこの時代から、天皇“個人”というよりも天皇“家”という“血筋”を重視する傾向があったので、周囲の人々もさすがにダメだろ~と困り果てていたとか。天皇家の血筋が道鏡の生まれた一族である弓削(ゆげ)氏に世襲されることになると、それはつまり、「史上初の民間天皇」が誕生してしまうことになるんですから。

 そこに和気清麻呂 (わけのきよまろ)という役人が、宇佐八幡宮から「神様が、そんなテキトーな譲位はダメだとおっしゃっている!」という神託を持ち帰りました。向かうところ敵なしの孝謙さまに、果敢にもそう報告するのですが、激怒した孝謙さまは彼のことを「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」という、いかにも“汚そう”な名前に改名させ、職を解任・流刑してしまいます。それにしても、すごいアレなセンス。

――穢麻呂(笑)! 有吉弘行に並ぶ悪口のセンスですね。しかし、そういう事情があって、孝謙天皇の人気は歴代天皇の中でもかなり低いんですね。

堀江 そうですね……。少なくとも孝謙さまは、「女帝はその場しのぎでしかない」という、皇室の伝統にガチで抵抗した存在だといえます。古代人の孝謙さまですら、そう感じるわけで、なんで女帝は結婚しないの? できないの? という現代人が持つような疑問は、古くからあったはず。特に当事者として、「未婚でいなさい。それが伝統だからです」と言われても納得できないことは多かったと思います。古くからの伝統であればあるほど、理性や常識に照らすと、多くの疑問が出てきますが、そういう伝統を疑わずに信じ、受け入れて、真っ直ぐに生きて行ける人こそが、男女問わず望ましい帝位の後継者だと言えるんでしょうね。

 次回以降も、歴史の中の破天荒な天皇家の方々の姿を追いかけていきたいと思います!

堀江宏樹(ほりえ・ひろき)
1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。2019年7月1日、新刊『愛と欲望の世界史』が発売。好評既刊に『本当は怖い世界史 戦慄篇』『本当は怖い日本史』(いずれも三笠書房・王様文庫)など。
Twitter/公式ブログ「橙通信

寵愛した“巨根”男性を天皇に!? 公私混同で国民総スカンの「嫌われ女帝」とは【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。最近では、女性・女系天皇論争の皇位継承者問題や秋篠宮家の長女・眞子さまの婚約者・小室圭を巡る一連の騒動などが注目されているものの、実は、こんなのは大した騒動ではなかった……? 「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

男に突き動かされた!? アグレッシブな女帝・孝謙天皇

――前回は、ほかにも男性皇族がいるのにもかかわらず、“オトナ”の事情で女性天皇なった、女帝・孝謙天皇についてうかがいましたが、どのようなことを行ったのか詳しく教えてください!

堀江宏樹(以下、堀江) 孝謙天皇は重祚(一度退位した天皇が再び即位すること)して称徳天皇とも呼ばれていますが、前回と同様にわかりやすさを重視して、「孝謙さま」と統一しますね。まずは、皇室のお約束からおさらいしましょう。天皇が代々受け継ぐ“血統”は男子しか継承できません。また、女子は天皇に即位できても結婚が許されないので、次の世代にバトンを渡せないのです。

――この制度を現代に当てはめると、疑問点しか見つからないですが……。

堀江 昔と今では、人権の前提がまったく違うのは事実なんです。ちょっと脱線するとね、男系相続にこだわる国は、男子なら側室の子でもぜんぜんOKというのが大前提。大正時代までの日本の皇室もそういう感じ。一方、一部ヨーロッパの王室みたいに、女系相続でもOKという伝統の国もあります。でもこれは裏返せば、正室の子でないと「絶対にダメ」という意味。正室の子なら、女子でもOKということは、「王様でも浮気はダメ絶対!」というキリスト教的な道徳に縛られた結果なのです。そこから考えると、現在の日本の皇室は「側室ダメ」、しかも「男子でなきゃダメ」と、かなり“高い”ハードルを押し付けられてしまっている状態になりますね。これらの継承問題はまた後々、お話するとして、歴史の話に戻りましょう。女性天皇が即位するというのは、皇位の男子継承の流れが一時的に途絶えそうな時や、ほかに適切な男子が即位できる状態になるまでの「中継ぎ」です。

 孝謙さまが天皇に即位した背景には、母親・光明皇后の実家である藤原氏がほかの男性皇族を抑えこむという「猛プッシュ」がありました。しかし、即位はしたものの、実権は長い間、母親・光明皇后とその愛人といわれる藤原仲麻呂という男に握られ、その二人に“言われた通り”に政治を行うだけ。758 (天平宝字2) 年8月には皇位を親族の男性に譲り、淳仁天皇として即位させ、「孝謙天皇」としてはここで退位です。ちなみに譲位理由は母・光明皇后に娘として孝行したいから、というものでした。

――前回、「女性天皇は退位後でも結婚や再婚をしない」と聞きましたが、孝謙さまも結婚をしなかったんですか?

堀江 そう。ただ、上皇になった孝謙さまが、天皇であることの重責から解き放たれ、大人しく表舞台から去っていったかというと、ぜんぜん違います。ちょうどこの頃、彼女を長年押さえつけてきた、“毒親”・光明皇后が亡くなります。すると孝謙さまは、母親の愛人であった藤原仲麻呂とドロドロの関係になり……。

――母と娘で一人の男性を共有って、なんだか一昔前の昼ドラみたいな世界観ですね。

堀江 まぁ、藤原仲麻呂との関係がどうだったかは、立証はできないんですけどね。その後、次第に孝謙さまと藤原仲麻呂との関係はうまくいかなくなり、さらには母親とその愛人の言いなりで即位させた淳仁天皇にも不満が膨らんでいきます。この頃、上皇として悩み、心身の調子を崩しがちだった孝謙さまは、僧侶・道鏡からケアを受けることに。この時代は医療が発達していなかったため、医師ではなく宗教者が医療的なケアも担当していたんです。道鏡は介護僧と言われていましたが、実際は体調を崩し弱気になっていた時に世話をしていた“だけ”の関係のようです。ただ、孝謙さまは道鏡に“特別な縁”をビビビと感じてしまったようですけどね。

――ネットで道鏡と検索すると、“巨根”など下半身ネタが出てくるのですが……。

堀江 その手の下ネタは有名ですが、実は全て後世の創作。「独身女性は欲求不満だから、大きいのがお好きなんでしょ」という、セクハラとモラハラから生まれた作り話です(苦笑)。ちなみに、中国唯一の女帝・則天武后(武則天)も、その手の巨根男子寵愛説がありますが、不自然なまでにアンチエイジングに勤しんでいた則天武后の場合は、もしかしたら本当かもしれません……。ただ、「巨根が好きな女」という創作は、中国や日本では“最低の侮蔑表現”だったことは確かです。儒教の道徳では、性に積極的な女は許されざる存在だからですねぇ。

――「皇族バッシング」ともとれる、「侮辱表現」はこの頃からあるんですね。

堀江 そうそう。皇族は“生き様”で自分が存在している価値を世間に問わねばならないんです。孝謙さまの女帝としての振る舞いの数々は、客観的に見てもあまりに強引すぎたので、嫌われたのでしょう。この後、詳しく説明しますが男性皇族に天皇の候補がいるのにもかかわらず、道鏡をなんとかしてでも天皇に即位させようとして、世間からの総スカンを食らったことも。また、道鏡への“寵愛”が原因で、藤原仲麻呂たちとの仲がこじれた際には、「私が最高権力者として政治を執る! 一番大事なことは私がやるから、淳仁天皇と藤原仲麻呂は雑務でもしておけばよい!」などと言い出したそうですよ。結局、藤原仲麻呂たちとはガチの戦争になりました……。

――腕力で解決しちゃうとは、良く言えばアクティブな女帝なんでしょうけどね。

堀江  いや、それはどうだろ。戦いを選んだ時点でえらいことになります。そのガチの戦争というのが、764(天平宝字8)年に勃発した「藤原仲麻呂の乱」と呼ばれる戦。ここで藤原仲麻呂と孝謙さまは戦い、孝謙さまが見事、勝者となりました。敗者である藤原仲麻呂の一族は、(ほぼ)皆殺しされます。名実ともに最高権力者となった孝謙さまは、周囲を見渡し、「私のおメガネにかなう男性皇族なんかいない! 古代中国の易姓革命を真似て、現在の天皇家とは違う一族に天皇位を任せることにしよう!」的なコトを言い出し、彼女が慕う道鏡を天皇にしようと画策しはじめます。

――さすがにこれは公私混同も甚だしいですね!

堀江 すでにこの時代から、天皇“個人”というよりも天皇“家”という“血筋”を重視する傾向があったので、周囲の人々もさすがにダメだろ~と困り果てていたとか。天皇家の血筋が道鏡の生まれた一族である弓削(ゆげ)氏に世襲されることになると、それはつまり、「史上初の民間天皇」が誕生してしまうことになるんですから。

 そこに和気清麻呂 (わけのきよまろ)という役人が、宇佐八幡宮から「神様が、そんなテキトーな譲位はダメだとおっしゃっている!」という神託を持ち帰りました。向かうところ敵なしの孝謙さまに、果敢にもそう報告するのですが、激怒した孝謙さまは彼のことを「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」という、いかにも“汚そう”な名前に改名させ、職を解任・流刑してしまいます。それにしても、すごいアレなセンス。

――穢麻呂(笑)! 有吉弘行に並ぶ悪口のセンスですね。しかし、そういう事情があって、孝謙天皇の人気は歴代天皇の中でもかなり低いんですね。

堀江 そうですね……。少なくとも孝謙さまは、「女帝はその場しのぎでしかない」という、皇室の伝統にガチで抵抗した存在だといえます。古代人の孝謙さまですら、そう感じるわけで、なんで女帝は結婚しないの? できないの? という現代人が持つような疑問は、古くからあったはず。特に当事者として、「未婚でいなさい。それが伝統だからです」と言われても納得できないことは多かったと思います。古くからの伝統であればあるほど、理性や常識に照らすと、多くの疑問が出てきますが、そういう伝統を疑わずに信じ、受け入れて、真っ直ぐに生きて行ける人こそが、男女問わず望ましい帝位の後継者だと言えるんでしょうね。

 次回以降も、歴史の中の破天荒な天皇家の方々の姿を追いかけていきたいと思います!

堀江宏樹(ほりえ・ひろき)
1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。2019年7月1日、新刊『愛と欲望の世界史』が発売。好評既刊に『本当は怖い世界史 戦慄篇』『本当は怖い日本史』(いずれも三笠書房・王様文庫)など。
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板野友美似の美少女万引き犯に、店長デレデレで「警察呼ばなくていい」――保安員が見た顛末

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ようやくに梅雨明けしたかと思えば、凄まじく暑い日々が続いていますね。丈夫な体だけが自慢の私ですが、つい先日、生まれて初めて熱中症にかかってしまいました。最寄り駅から現場に向かう道中、緩やかに続く長い坂道と路面の照り返しに体力を奪われて意識が朦朧とし、事務所に到着すると同時に手足が痙攣して動けなくなってしまったのです。油断することなく日傘を差し、水分補給もしっかりしていたのに、この結果。エアコンの効いた涼しい休憩室で、しばらく横にならせてもらうことで回復できましたが、人通りの少ない路上で倒れていたらと思うと、ぞっとします。私が子どもの頃は、気温が30度に達することさえ珍しかったものですが、いまや40度を超える勢いとなりました。命がけで通勤する時代を迎え、地球環境の大きな変化をあらためて痛感した次第です。

 環境の変化といえば、最近の日本国内は、どこにいっても外国人の方が多いですよね。私たちの現場も同様、ここ数年、まったく喜ばしくない形で国際交流してきました。これまでの経験からすれば、ベトナム、中国を筆頭に、韓国、北朝鮮、フィリピン、タイ、インド、ブラジル、アメリカ、モンゴル、ロシア、ウクライナなどの国籍を持つ万引き犯を扱った経験があります。語学留学生による換金目的の大量盗難や、万引きで商材を仕入れる自営業者の犯行が目立ちますが、観光目的で来日した外国人による犯行も珍しくありません。今回は、とある高級スーパーで捕らえた異国の万引き犯について、お話していきたいと思います。

 当日の現場は、K市にある高級スーパーS。治安が悪いことで有名な街の中心部にある店舗は、国際空港に近いため外国人観光客の姿も多く、私からすれば、行けば何かが起こるお店の一つです。この日も、勤務開始からまもなく、いくつかの惣菜パンをポケットに隠して外に出たホームレスのおじさんを捕捉しました。いわゆる食うに困っての犯行とは言え、失うものがない人特有の全てに投げやりな態度が、志願兵(自ら進んで刑務所に入ろうとする人)の雰囲気を漂わせています。逮捕されれば、寝食の確保はできる。そんな発想で万引きしているようですが、たとえ逮捕要件(カネなし、ヤサなし、ガラウケなし)が揃っているとしても、本人が刑務所入りを希望するほど逮捕してもらえないものなのです。

「今日は別件もあって忙しいし、こいつらは娑婆にいた方がつらいから、タレ(被害届のこと)は勘弁ね」

 結局、今回も被害届の代わりに、被害申告の意思がない旨が記された上申書に店長が署名することで、全ての処理は終了しました。買取不能の被害品は、もれなく廃棄されます。どうせ捨てるなら、食べさせてあげたい。毎回、そんな気持ちに駆られますが、そういうわけにもいきません。食べる予定だった被害品が、次々と捨てられていく光景を見つめるおじさんの目が、食べ物の恨みの恐ろしさを物語っているように思いました。

「お前、この店、永遠に出禁だから。二度と来るなよ」

 罪を許されたおじさんは、自分より若い警察官に激しく罵倒された後、店の外に出たところで解放されました。こうした光景を目にするたび、まともに扱われず開放された被疑者が、より大きな罪を犯さないか心配になります。

(なによ、少しも座れないじゃない……)

 警察が扱うことなく、商品の買取すらかなわない結末は、重い徒労感だけを残します。仕方なく現場に戻って巡回を再開するも、どうにもやる気が湧かずに、大過なく時間は過ぎていきました。

(あれ? あの子、どこかで見たことあるような……。もしかして、芸能人かしら?)

 疲労もピークに達した業務終了間際。ディズニーランドの大きな袋を肩にかけて店内に入ってきた髪の長い女の子が、私の目に止まりました。どこか輝いているように見えたからです。そのあまりの可愛さに、少しの間見惚れていると、彼女は桃やいちご、シャインマスカットなど、いくつかの高級果実を手にし、お菓子売場の方に向かって歩いていきます。すれ違うお客さんも振り返るほどの可愛さで、大学生くらいの男の子二人組などは、元AKB48の板野友美さんではないかとうわさし、何度も振り返って確認してしまう始末です。

(確かに似ているけど、本物は、もっと小さくて細いはずよね)

 そんなことを思いつつ、何気なく彼女の姿を目で追いながら業務終了の時を待っていると、彼女が手にしていたはずの高級果実が、いつの間にか消えていることに気づきました。商品の行方が気になって、チョコレートを物色する彼女に近づいてみれば、先ほどまで手にしていたはずのいちごやシャインマスカットが、ビニール袋に描かれたミニーちゃん越しに透けて見えます。

(チョコレートも、きっとやる)

 そう確信してまもなく、比較的高価な箱入りチョコレートを次々と袋の中に隠した彼女は、なに一つ買うことなく店の外に出ていきました。ただ盗みに来たという状況だけに鑑みれば、先に捕らえたホームレスのおじさんと、彼女のやっていることに違いはありません。時計を見れば、業務終了2分前。ここで声をかけてしまえば残業必至の状況ですが、プロとして見送るわけにもいかないので、邪念を捨てて声をかけます。

「あの、お客さ………」
「キャー! ナニ、アナタ、ヤメテ! STOP!」

 声をかけると同時に振り返って悲鳴をあげた彼女は、外国人のイントネーションによる日本語で叫ぶと、私の前に両手を広げて突き出しました。

「あら、あなた。外国の人なの? フルーツとチョコレートのマネー、ちゃんと払わないと。わかる?」
「ゴメンナサーイ、オカネナカッタ」

 商品を隠した袋を指差しながら、知っている英単語を並べて問いかけると、アヒル口を尖らせて犯行を認めた彼女は、素直に事務所までついてきてくれました。ある程度の日本語はしゃべれるようで、21歳の大学生だと話した彼女は、東京ディズニーランドで遊ぶことを目的にマレーシアから来たと話しています。被害は、計9点で、合計4,500円ほど。盗んだ理由を聞けば、ディズニーランドでお金を使いすぎてしまい、チョコレートはお土産にするつもりだったそうです。

「このフルーツは、どうするつもりで?」
「コレハ、タベタカッタ。ゴメンナサイ、ヘヤデ、カレシマッテル。ハヤクオネガイシマス」

 ホテルの部屋で待つ彼氏も、お金を持っていないというので、もはや商品を買い取る術はありません。どことなく千鳥のノブさんに似た比較的若い店長を呼んで事情を説明すると、被疑者の顔を見た途端に鼻の下を伸ばして、妙に親しげな様子で彼女と会話を始めました。その乱心ぶりに気づいた彼女も、この場を収めるべく誘うように体をくねらせて、最後の夜に馬鹿なことをしたと、目に涙を溜めながら許しを請うています。

「明日、国に帰るって言うしさ、警察は、呼ばなくてもいいんじゃない?」

 同情したのか、良い格好をしたいのかわかりませんが、店長がなかったことにするというなら仕方ありません。念のため、警察から全件通報の指示を受けていることと、被疑者が外国人の場合は必ず通報するよう本部から強く指導されていることを伝えると、一転して表情を曇らせた店長が言いました。

「面倒はごめんだから、やっぱり呼ぼう」

 店長を籠絡しきれず、警察に引き渡された彼女は、外国人だからなのか、その場で逮捕となりました。彼女を逮捕するくらいなら、午前中に捕まえたホームレスのおじさんこそ逮捕するべきだったのではないかと、逮捕者として腑に落ちない思いがしましたが、ただの保安員である私に言えることはありません。

「こんなに可愛い子が逮捕されちゃうなんて、なんかショックだなあ」

 手錠をはめられ泣きわめく彼女を見つめる店長の表情が、いつもより興奮気味に見えて、美女の持つ力を思い知った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)