ジョン・キャラハンは最悪な人生を送っていた。幼い頃に実の母親に捨てられ、母親の名前すら知らない。養父母に育てられたが、13歳で酒を覚え、成人したときにはすっかりアルコール依存症となっていた。21歳のとき、酔った友人の運転する車が大破。ジョンは胸から下が麻痺状態となり、車イス生活を余儀なくされる。不幸に輪を掛けたようなドン底人生だったが、そんな中でジョンは親身に接してくれる人たちと出会い、やがて漫画家として活躍するようになる。ガス・ヴァン・サント監督の『ドント・ウォーリー』(原題『Don’t Worry ,He Won’t Get Far on Foot』)は、実話をベースにしたホロリとさせる人間ドラマとなっている。
不幸な星のもとに生まれたことを、呪って生きてきたジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)。車イスに乗るようになってからも、つらい現実を忘れるためにアルコールを手放せずにいた。そんなジョンに、キツい言葉を投げ掛ける人物が現われる。AAと呼ばれる断酒会を主宰するドニー(ジョナ・ヒル)だった。交通事故を起こしたのに見舞いにすら来なかった友人デクスター(ジャック・ブラック)を非難するジョンだったが、ドニーは「酔っぱらいの運転する車に、なんで君は乗ったんだ?」と問い掛ける。ジョンは「酔っぱらっていたので、覚えていない」と答えるのが精一杯だった。自分は同情こそされても、責められる立場ではないと思っていたのだ。
振り返ってみれば、ジョンのそれまでの人生は母親に捨てられたことを口実に、ずっと周囲へ不満を漏らしてばかりだった。世間をディスってばかりで、自分自身は何もしていなかったことにジョンは気づく。
ジョンは自分を育ててくれた養父母のことも嫌っていた。養父母は血の繋がった実の子どもは叱ったが、ジョンが悪戯をしても叱ることはなかった。ジョンはそのことに、ずっと疎外感を感じていた。障害者センターのスタッフの対応が悪いことにも腹を立てていた。自分の人生も周囲にいる人たちも、みんなまとめて呪い続けてきたジョン。だが、依存症だけでなく、さまざまなトラブルを抱えるドニーら断酒会のメンバーたちやセラピストのアヌー(ルーニ・マーラ)との交流によって、それまでの生き方を改めることになる。
得意のブラックジョークを生かそうと、うまく動かない手を使い、風刺漫画を描き始めるようになるジョン。社会の底辺から世界を見つめたジョンのひとコマ漫画は、賛否両論ながらも、地方新聞や雑誌に掲載されるようになっていく。人生、詰んじゃったな……としか思えない状況から、現実を噛み締めたジョンの本当の人生がゆっくりと始まった。
米国ポートランドを舞台にした本作の企画を立ち上げたのは、ガス・ヴァン・サント監督のヒット作『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97)に出演したロビン・ウィリアムズ。自身の主演作として漫画家ジョン・キャラハンの自伝の映画化をガス・ヴァン・サント監督に依頼していたが、ロビンは2014年に急逝。ホアキン・フェニックスが名優の遺志を継ぐ形で完成に至った。
兄リバー・フェニックスをオーバードースで失うなど、生と死を隔てるボーダーは紙一重であることをホアキンは知っている。宗教への依存を描いた『ザ・マスター』(12)や人工知能との恋愛ドラマ『her/世界でひとつだけの彼女』(13)と並ぶ、彼の代表作となりそうだ。
4月26日から上映が始まったドキュメンタリー映画『HOMIE KEI チカーノになった日本人』も、生死の狭間を味わった主人公が、それまでの最悪人生を逆回転させていく驚きのトゥルーストーリーとなっている。顔に大きな傷痕、背中には刺青、小指が欠けている元ヤクザのKEI。母親が育児放棄し、親戚や知り合いの家をたらい回しされながら育ったKEIは、中学卒業後は暴走族から暴力団組員へとワルの道を突き進んでいた。障害者の乗る車イスのパイプにコカインを隠して海外旅行させるなど、KEIは頭の回転がよく、ドラッグビジネスで大儲けすることになる。
ところがハワイでFBIの囮捜査に引っ掛かり、KEIは米国の重犯罪者用刑務所で10年以上を過ごすはめとなる。かわいがっていたはずの弟分の裏切りだった。人種のるつぼである米国の刑務所は、リンチや殺人が平然と行なわれるこの世の生き地獄だった。黒人グループやイタリア系グループなどが割拠する刑務所内へ日本人がたった一人で放り込まれたことは、オカマを掘られるか死を意味していた。どこにも逃げ場のない絶体絶命の状況にありながらKEIは「見下されるのなら、死んだほうがまし」と不敵な態度を貫き、刑務所内の最大勢力であるメキシコ系グループ“チカーノ”のボスに気に入られる。
刑務所で更生できずにいる受刑者が多い中、KEIはチカーノたちと出会ったことで人生が大きく変わっていく。人との繋がりを求めて暴走族や暴力団に身を置いていたKEIだったが、いつの間にか人間関係よりもお金のほうが大事になっていた。それに対してチカーノたちはお金や法律よりも、仲間同士の関係を大切にしていた。日本のヤクザが失っていた“仁義”が生きていた。KEIは刑務所でチカーノたちと家族同然の仲となり、刑務所内で上映されている映画と辞書で語学をマスター。日本に帰国後は、チカーノのファッションブランド店やクラブを経営し、成功を収めている。
薬物とはきっぱり縁を切り、現在はチカーノカルチャーを日本で広める他、児童クラブを無償で設立し、家庭や学校に居場所のない子どもたちとの交流を育んでいる。『ドント・ウォーリー』のジョンと同じく母親と一緒に過ごした幼少期の記憶のないKEIは、チカーノの一員となったことで家族の温かさをようやく知ることができた。7年ごしでKEIを追い続けたカメラは、KEIが子どもたちと一緒になって笑っている姿を映し出す。本当は自分が幼い頃に母親にしてほしかったことを、自分が母親代わりになって子どもたちにしてあげているかのように思える。
大事故に遭いながらも、命拾いしたジョン・キャラハン。いつ殺されてもおかしくない刑務所からの生還を果たしたKEI。2人とも単に運がよかっただけなのかもしれない。でも、ジョンもKEIも人生のドン底での出会いの中に幸運の種を見つけ、それを大事に育て続けた。彼らの本当の人生は、ドン底から始まった。
(文=長野辰次)

『ドント・ウォーリー』
原作/ジョン・キャラハン 監督・脚本/ガス・ヴァン・サント
出演/ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック、マーク・ウィーバー、ウド・キア、キャリー・ブラウンスタイン、ベス・ディットー、キム・ゴードン
配給/東京テアトル 5月3日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラスト渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
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http://www.dontworry-movie.com

『HOMIE KEI チカーノになった日本人』
監督/サカマキマサ 撮影/加藤哲宏 音楽/原夕輝
編集/有馬顕、大畑創、トラビス・クローゼ
配給/エムエフピクチャーズ 4月26日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
https://homie-kei.com







