3月12日に麻薬取締法違反の疑いで逮捕された、電気グルーヴのメンバーであり俳優のピエール瀧(本名:瀧正則・51)被告。4月2日に起訴されたのち、翌日に弁護人が保釈を申請。4日にこれが認められ、瀧被告は400万円の保釈保証金を支払い、5日夜、勾留先の湾岸署から保釈された。地検の発表によれば瀧被告は3月12日ごろ、東京・世田谷区にあるマンション一室でコカイン若干量を使用したとされている。調べに対し「20代の頃からコカインや大麻を使っていた」と罪を認めている。
電気グルーヴは結成30周年を迎え、1月にはアルバム『30』をリリース。『電気グルーヴ30周年“ウルトラのツアー”』の真っ最中で、東京公演を控えたタイミングでの逮捕だった。俳優としても精力的に活動していた瀧被告の逮捕を受け、テレビ・映画業界は出演見合わせや配信停止、代役への交代など、おおむね消極的な方向の対応を取ったことは既報の通り(https://wezz-y.com/archives/64364)。追い討ちをかけるように、起訴された同日、株式会社ソニー・ミュージックアーティスツは瀧被告のマネジメント契約解除を発表した。
逮捕から起訴まで、“芸能人・ピエール瀧”を抹消するかのような対応が各社でなされたが、唯一、5日公開の映画『麻雀放浪記2020』だけは公開に踏み切られた。だが今後、瀧被告の公判が終結し罪を償い終わったとしても、そして薬物依存を治療できたとしても、彼の俳優としての居場所はないだろう。少なくともテレビドラマは難しいのではないか。
電気グルーヴとしての活動はどうか。逮捕直後からCDの発売や音源のリリースは中止となっており、過去作まで及んだ。企業がイメージやコンプライアンス遵守を重視する昨今、違法行為に手を染めた“芸能人”の禊が終わるのはまだ当分先のはずだ。
瀧被告をめぐる業界の厳しい対応を目にする中、時折目にする意見は「昔はもっと甘かった」というものだ。ライター近藤正高氏による記事『槇原敬之が覚醒剤事件から復帰できたワケ』https://president.jp/articles/-/28222(プレジデントオンライン)では、過去に芸能人が不祥事を起こした際の復帰までの道のりを詳しく記している。これによると芸能界においては1960年代から不祥事が度々見られたが、禊の期間は短く、ペナルティも軽かった。ミュージシャンの不祥事でCDの販売が初めて停止となったのは1999年、槇原敬之(49)が覚せい剤取締法違反で逮捕された頃からだ。尾崎豊が1987年に覚せい剤取締法違反で逮捕された際も、半年で復帰を果たした。
「時代が違う」というが、時代性だけなのだろうか。その人物の人脈、居場所、そして愛され度によるところも大きいのではないか、と筆者は思う。槇原敬之に坂本龍一が手を差し伸べたように。そして10年ほど前でも、覚せい剤取締法違反で三度逮捕され、服役の後、復活したミュージシャンがいる。岡村靖幸(53)だ。
1986年に「OUT OF BLUE」でデビューした岡村靖幸は、その後「だいすき」「カルアミルク」「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」など、名曲をリリースし続けたが、2005年7月、覚せい剤取締法違反で起訴されたことが唐突に報じられた。岡村の逮捕は、これが初めてではなかったのである。実はこの2年前である2003年2月にも、同罪で逮捕起訴され、翌月に執行猶予付きの有罪判決を下されていたことが、2005年の逮捕の際に初めて公表されたのだ。
執行猶予中の再犯であったことから、懲役1年6カ月の実刑判決を受けた岡村は服役。出所後の2007年、小林武史が主催するイベントにて復帰を果たすが、その翌年には三度目の同罪での逮捕となる。懲役2年の実刑判決を受け、服役。それでも岡村はミュージシャンとして復活する。出所後の2011年に2枚のアルバム発売とツアーを発表し、本格復帰を果たし、今に至る。何事もなかったかのように楽曲はタイアップされ、一流オシャレ雑誌「GINZA」(マガジンハウス)で“結婚したい”をテーマに対談連載を持ち、テレビ『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にだって出演しちゃうのだ。
もう少し詳しく逮捕から復活までの経緯を見ていこう。
2005年までひた隠しにされていた2003年の逮捕時は、奇しくも瀧被告の相棒である石野卓球(51)とのユニットでシングルとアルバムのリリースが予定されていた。これらは発売中止となり、またエピックソニー25周年記念コンサート「LIVE EPIC 25」の出演もキャンセルとなった。同年3月には有罪判決が下され、所属していたEPICソニーを離れているのだが、なんと同年の夏には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2003」に出演。その後ツアーも行われている。つまり逮捕から裁判終結までは活動を停止していたが、これは周知せず、落ち着き次第すぐに活動を再開する措置が取られたようだ。その後は吉本興業所属となり、アルバム発売や書籍刊行など精力的に活動を続けるが、2005年の逮捕が公となったことも影響したか、このときは所属事務所との契約も終了し、ファンサイトも閉鎖となった。
三度目の逮捕の際も、予定されていたツアーの中止や、発足したばかりのファンクラブの解散など、それなりの措置が取られはしたが、先述の通り出所後はまもなく活動再開している。書籍を出版するなど文化人の側面もあるものの、あくまでもミュージシャンとしての活動がメインだったためか、不祥事からの復帰は概ね早い。三度も繰り返しているなか、三度目の復帰すらも出所から長い時間を要さなかったのは、彼がかかわる企業のイメージダウンやコンプライアンスを問われるような事態にならなかったことも幸いしている。
そして何といっても、岡村の音楽的才能を愛するファンの多さが決め手なのだろう。そしてファンは業界内にも非常に多いのだ。不祥事を起こしたのちの復帰の道のりは、その芸能人がどれだけファンに愛される存在だったか、そして周囲の同業者に愛されていたかで決まると言えよう。
翻って、ピエール瀧はどうか。電気グルーヴのメンバーとして30年活動してきた。すでに起訴前の3月26日には、ライブストリーミングサイトdommuneで、配信・出荷停止となった電気グルーヴの楽曲のみを配信する特別企画が組まれ、この日の視聴者は46万人にのぼった。少なくともミュージシャンの瀧被告を愛し、その復帰を待つファンや同業者は、多いと言えるかもしれない。



覚醒剤の使用や密売などで逮捕起訴され、通算12年を塀の中で過ごした後、その経験を基にさまざまな活動を続ける中野瑠美さんが、女子刑務所の実態を語る「知られざる女子刑務所ライフ」シリーズ。