ピエール瀧は愛されているか。三度の覚せい剤逮捕にもかかわらず蘇る岡村靖幸のように

3月12日に麻薬取締法違反の疑いで逮捕された、電気グルーヴのメンバーであり俳優のピエール瀧(本名:瀧正則・51)被告。4月2日に起訴されたのち、翌日に弁護人が保釈を申請。4日にこれが認められ、瀧被告は400万円の保釈保証金を支払い、5日夜、勾留先の湾岸署から保釈された。地検の発表によれば瀧被告は3月12日ごろ、東京・世田谷区にあるマンション一室でコカイン若干量を使用したとされている。調べに対し「20代の頃からコカインや大麻を使っていた」と罪を認めている。

 電気グルーヴは結成30周年を迎え、1月にはアルバム『30』をリリース。『電気グルーヴ30周年“ウルトラのツアー”』の真っ最中で、東京公演を控えたタイミングでの逮捕だった。俳優としても精力的に活動していた瀧被告の逮捕を受け、テレビ・映画業界は出演見合わせや配信停止、代役への交代など、おおむね消極的な方向の対応を取ったことは既報の通り(https://wezz-y.com/archives/64364)。追い討ちをかけるように、起訴された同日、株式会社ソニー・ミュージックアーティスツは瀧被告のマネジメント契約解除を発表した。

 逮捕から起訴まで、“芸能人・ピエール瀧”を抹消するかのような対応が各社でなされたが、唯一、5日公開の映画『麻雀放浪記2020』だけは公開に踏み切られた。だが今後、瀧被告の公判が終結し罪を償い終わったとしても、そして薬物依存を治療できたとしても、彼の俳優としての居場所はないだろう。少なくともテレビドラマは難しいのではないか。

 電気グルーヴとしての活動はどうか。逮捕直後からCDの発売や音源のリリースは中止となっており、過去作まで及んだ。企業がイメージやコンプライアンス遵守を重視する昨今、違法行為に手を染めた“芸能人”の禊が終わるのはまだ当分先のはずだ。

 瀧被告をめぐる業界の厳しい対応を目にする中、時折目にする意見は「昔はもっと甘かった」というものだ。ライター近藤正高氏による記事『槇原敬之が覚醒剤事件から復帰できたワケ』https://president.jp/articles/-/28222(プレジデントオンライン)では、過去に芸能人が不祥事を起こした際の復帰までの道のりを詳しく記している。これによると芸能界においては1960年代から不祥事が度々見られたが、禊の期間は短く、ペナルティも軽かった。ミュージシャンの不祥事でCDの販売が初めて停止となったのは1999年、槇原敬之(49)が覚せい剤取締法違反で逮捕された頃からだ。尾崎豊が1987年に覚せい剤取締法違反で逮捕された際も、半年で復帰を果たした。

 「時代が違う」というが、時代性だけなのだろうか。その人物の人脈、居場所、そして愛され度によるところも大きいのではないか、と筆者は思う。槇原敬之に坂本龍一が手を差し伸べたように。そして10年ほど前でも、覚せい剤取締法違反で三度逮捕され、服役の後、復活したミュージシャンがいる。岡村靖幸(53)だ。

 1986年に「OUT OF BLUE」でデビューした岡村靖幸は、その後「だいすき」「カルアミルク」「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」など、名曲をリリースし続けたが、2005年7月、覚せい剤取締法違反で起訴されたことが唐突に報じられた。岡村の逮捕は、これが初めてではなかったのである。実はこの2年前である2003年2月にも、同罪で逮捕起訴され、翌月に執行猶予付きの有罪判決を下されていたことが、2005年の逮捕の際に初めて公表されたのだ。

 執行猶予中の再犯であったことから、懲役1年6カ月の実刑判決を受けた岡村は服役。出所後の2007年、小林武史が主催するイベントにて復帰を果たすが、その翌年には三度目の同罪での逮捕となる。懲役2年の実刑判決を受け、服役。それでも岡村はミュージシャンとして復活する。出所後の2011年に2枚のアルバム発売とツアーを発表し、本格復帰を果たし、今に至る。何事もなかったかのように楽曲はタイアップされ、一流オシャレ雑誌「GINZA」(マガジンハウス)で“結婚したい”をテーマに対談連載を持ち、テレビ『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にだって出演しちゃうのだ。

 もう少し詳しく逮捕から復活までの経緯を見ていこう。

 2005年までひた隠しにされていた2003年の逮捕時は、奇しくも瀧被告の相棒である石野卓球(51)とのユニットでシングルとアルバムのリリースが予定されていた。これらは発売中止となり、またエピックソニー25周年記念コンサート「LIVE EPIC 25」の出演もキャンセルとなった。同年3月には有罪判決が下され、所属していたEPICソニーを離れているのだが、なんと同年の夏には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2003」に出演。その後ツアーも行われている。つまり逮捕から裁判終結までは活動を停止していたが、これは周知せず、落ち着き次第すぐに活動を再開する措置が取られたようだ。その後は吉本興業所属となり、アルバム発売や書籍刊行など精力的に活動を続けるが、2005年の逮捕が公となったことも影響したか、このときは所属事務所との契約も終了し、ファンサイトも閉鎖となった。

 三度目の逮捕の際も、予定されていたツアーの中止や、発足したばかりのファンクラブの解散など、それなりの措置が取られはしたが、先述の通り出所後はまもなく活動再開している。書籍を出版するなど文化人の側面もあるものの、あくまでもミュージシャンとしての活動がメインだったためか、不祥事からの復帰は概ね早い。三度も繰り返しているなか、三度目の復帰すらも出所から長い時間を要さなかったのは、彼がかかわる企業のイメージダウンやコンプライアンスを問われるような事態にならなかったことも幸いしている。

 そして何といっても、岡村の音楽的才能を愛するファンの多さが決め手なのだろう。そしてファンは業界内にも非常に多いのだ。不祥事を起こしたのちの復帰の道のりは、その芸能人がどれだけファンに愛される存在だったか、そして周囲の同業者に愛されていたかで決まると言えよう。

 翻って、ピエール瀧はどうか。電気グルーヴのメンバーとして30年活動してきた。すでに起訴前の3月26日には、ライブストリーミングサイトdommuneで、配信・出荷停止となった電気グルーヴの楽曲のみを配信する特別企画が組まれ、この日の視聴者は46万人にのぼった。少なくともミュージシャンの瀧被告を愛し、その復帰を待つファンや同業者は、多いと言えるかもしれない。

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駅のロッカーに無記名の同人誌封筒を入れるだけ! 進化する同人誌自家通販

 同人誌はコミックマーケットなどのイベントで頒布されるのがメジャーだが、通販を行うサークルも多い。「とらのあな」など各種通販販社もあるが、自宅から発送する「自家通販」派もいる。近年は住所や氏名などを先方に明かさずに通販する方法もあるのだ。さらに今は駅のロッカーから同人誌を送ることすらできる。進化を続ける最先端の配送方法を実践してみた。

 

個人情報を出さずに同人誌を送付できる「あんしんBOOTHパック」

 私はオフ同人活動を4年前から行っており、当初はイベントで頒布した残部を通販会社に委託して販売してもらっていたが、今は自家通販を行っている。

 イラストコミュニケーションサービスPixivでは、BOOTHと呼ばれる通販プラットフォームも提供している。その中には自分の住所や氏名などの個人情報を明かさずに同人誌のやりとりができる「あんしんBOOTHパック」なるものもある。

 あんしんBOOTHパックの概要や、梱包グッズのそろえ方など詳しくはこちらに書いている(参照記事:住所や本名を知らせずに同人誌を自家通販できる! あんしんBOOTHパックを試してみた)。

 私は二次創作の小説を書いており、今まで7冊の同人誌を出したが、それぞれ発行部数は30~100冊だ。100冊は調子こいて刷りすぎてしまったケースであり、在庫が押し入れで隠しきれない存在感を放っている。30~50冊が、しみじみと火傷しないちょうどいい部数だ。

 私はイベントには年1回か2回しか参加しないし、飽き性なので二次創作の対象ジャンルがころころ変わる。出した7冊の同人誌のジャンルは4つになり、ジャンルによっては1冊しか同人誌を出さなかったケースもある。

 ジャンルが変わると、旧ジャンルの同人誌はほぼイベントでは手に取られなくなってしまう。これは、イベントはジャンルごとに配置場所が異なるというのがとても大きい。よって旧ジャンルほど通販は生命線になる。晴れてこの間、旧ジャンルの同人誌のひとつが完売になったが、通販なしで完売はあり得なかっただろう。

 

従来のあんしんBOOTHパックの弱点「コンビニだと微妙に面倒」

 BOOTHが提供する匿名で自家通販できる「あんしんBOOTHパック」は、コンビニからでも同人誌が送れるのが魅力だが、コンビニで送ろうとすると微妙に手間だった。

【コンビニであんしんBOOTHパックを送る流れ】

(1)コンビニの端末(チケットを発券するあの機械)にBOOTHからのQRコードをかざす

(2)レシートが出てくるのでそれをもってレジへ行く

(3)レジで店員がレシートから「宛先(匿名配送なのでそれ見ても送付先の住所はわからない)」を発券するのを見守る

(4)発券された宛先と、「宛先を入れるシール状の袋」を店員から渡されるので、同人誌が入った封筒にシール状の袋を貼り、その中に宛先を入れる。店員はその工程を見守る

(5)店員に封筒を託す

 どんなに早くやろうと思ってもトータルで2分はかかる。(3)(4)で店員さんと私が互いに見守り合う工程があるのと「宛先」をわざわざシール状の袋に入れる形式にしたのかがしみじみと謎だ。

 最初から「宛先をシール1枚にする」にするか、いっそ端末が出したレシートを封筒に貼るだけにすれば一連の工程は大幅に短縮できただろう。ヤマト運輸の偉い人の都合でこう決まったのだろうが、いざコンビニでそれをやる側としては、往年のアニメの名台詞「偉い人にはそれがわからんのですよ」とぼやく絶好の機会の到来だ。

 このやり方は手間であることを公式も承知の上なのか、あんしんBOOTHパックの案内には“なるべく空いている時間にコンビニを利用してね”という旨が書いてあるが、コンビニは昼時などを外してもそれなりに人がいる。R-18のボーイズラブ同人誌が入った封筒にシール状の袋を貼っている間に、後ろに人があれよあれよと並んでしまうと焦ってしまうし、特に送るものが複数ある場合、焦りはミスにもつながりかねない。

 もう少し心穏やかに同人誌を送りたいと思っていたが、21世紀は便利すぎる。その手法もすでに開発されていた。

 それが当記事画像の宅配ロッカー「PUDOステーションだ」。駅や商業施設、駐車場などに設置されており、さまざまな宅配業者の荷物をそこで受け取ることができる。マツコ・デラックスもヤマト運輸のTVCMで不在届を手に宅配便のお兄さんに詫びていたが、不在届は心苦しいものだ。小さなものであれば通勤や通学で使う最寄り駅の宅配ロッカーで受け取れれば互いに楽だろう。

 さらにPUDOステーションはあんしんBOOTHパックと提携しており、「発送する」こともできるのだ(※PUDOステーションを利用した「発送」は提携事業者のみ対応。BOOTHのほか、メルカリなども対応している)。

 PUDOステーションを利用したあんしんBOOTHパックの利用方法は以下の通りになる。

(1)PUDOステーションの端末にBOOTHで発行されたQRコードをかざす

(2)荷物の大きさなどを端末で操作

(3)ロッカーが開くのでその中に同人誌の入った封筒を入れる。封筒には何も貼る必要なし。

 同人誌の入った封筒をロッカーに入れるだけであり、コンビニで発送するときの半分以下の時間で済む。何より目の前に店員さんもいなければ後ろに人が並ばれることもまずないため、プレッシャーなくのびのびと作業ができるのがいい。

 特にいいのが「送る同人誌が複数あるとき」だ。あの人には同人誌AとBを、この人には同人誌Cを送る、というときは決して間違えられない。BOOTHでは同人誌の注文ごとにQRコードと、数字のコードが発行される。そのため私は同人誌を入れた封筒に数字のコードを書いた付箋を張り付けておいて、発送の際、QRコードをかざすたびにコードを読み上げて、付箋とあっているか指さし確認をしている。無人のため、心配性の人も気の済むまで確認し放題なのもいい。

 

令和のこれから、オフ同人は最高にやりやすい

「昨今、オフ同人をやりにくくなった」という意見をTwitterなどで見るが、この手の人たちはSNSでの他人の動向や自身の反響をかなり気にしているケースが多い。そういう人にとってこの高度情報化時代におけるオフ同人は、売れっ子もしくは交流厨でなければ相当シビアなものに見えるだろう。

 しかしそれ以外の要素に目を向ければ、印刷料金はかつてよりは安くなったし小口でも印刷できるし、配送の封筒なども100円ショップですべて揃うし、フリーの画像ソフトも充実しているし、こうして自宅から完全匿名で発送もできるようになっている。私は10年前ならオフの同人活動は面倒すぎてやろうと思わなかっただろう。気にしなければ今は、有史以来最高にオフ同人をやりやすい時代ともいえる。

(文/石徹白未亜 [https://itoshiromia.com/]

 

駅のロッカーに無記名の同人誌封筒を入れるだけ! 進化する同人誌自家通販

 同人誌はコミックマーケットなどのイベントで頒布されるのがメジャーだが、通販を行うサークルも多い。「とらのあな」など各種通販販社もあるが、自宅から発送する「自家通販」派もいる。近年は住所や氏名などを先方に明かさずに通販する方法もあるのだ。さらに今は駅のロッカーから同人誌を送ることすらできる。進化を続ける最先端の配送方法を実践してみた。

 

個人情報を出さずに同人誌を送付できる「あんしんBOOTHパック」

 私はオフ同人活動を4年前から行っており、当初はイベントで頒布した残部を通販会社に委託して販売してもらっていたが、今は自家通販を行っている。

 イラストコミュニケーションサービスPixivでは、BOOTHと呼ばれる通販プラットフォームも提供している。その中には自分の住所や氏名などの個人情報を明かさずに同人誌のやりとりができる「あんしんBOOTHパック」なるものもある。

 あんしんBOOTHパックの概要や、梱包グッズのそろえ方など詳しくはこちらに書いている(参照記事:住所や本名を知らせずに同人誌を自家通販できる! あんしんBOOTHパックを試してみた)。

 私は二次創作の小説を書いており、今まで7冊の同人誌を出したが、それぞれ発行部数は30~100冊だ。100冊は調子こいて刷りすぎてしまったケースであり、在庫が押し入れで隠しきれない存在感を放っている。30~50冊が、しみじみと火傷しないちょうどいい部数だ。

 私はイベントには年1回か2回しか参加しないし、飽き性なので二次創作の対象ジャンルがころころ変わる。出した7冊の同人誌のジャンルは4つになり、ジャンルによっては1冊しか同人誌を出さなかったケースもある。

 ジャンルが変わると、旧ジャンルの同人誌はほぼイベントでは手に取られなくなってしまう。これは、イベントはジャンルごとに配置場所が異なるというのがとても大きい。よって旧ジャンルほど通販は生命線になる。晴れてこの間、旧ジャンルの同人誌のひとつが完売になったが、通販なしで完売はあり得なかっただろう。

 

従来のあんしんBOOTHパックの弱点「コンビニだと微妙に面倒」

 BOOTHが提供する匿名で自家通販できる「あんしんBOOTHパック」は、コンビニからでも同人誌が送れるのが魅力だが、コンビニで送ろうとすると微妙に手間だった。

【コンビニであんしんBOOTHパックを送る流れ】

(1)コンビニの端末(チケットを発券するあの機械)にBOOTHからのQRコードをかざす

(2)レシートが出てくるのでそれをもってレジへ行く

(3)レジで店員がレシートから「宛先(匿名配送なのでそれ見ても送付先の住所はわからない)」を発券するのを見守る

(4)発券された宛先と、「宛先を入れるシール状の袋」を店員から渡されるので、同人誌が入った封筒にシール状の袋を貼り、その中に宛先を入れる。店員はその工程を見守る

(5)店員に封筒を託す

 どんなに早くやろうと思ってもトータルで2分はかかる。(3)(4)で店員さんと私が互いに見守り合う工程があるのと「宛先」をわざわざシール状の袋に入れる形式にしたのかがしみじみと謎だ。

 最初から「宛先をシール1枚にする」にするか、いっそ端末が出したレシートを封筒に貼るだけにすれば一連の工程は大幅に短縮できただろう。ヤマト運輸の偉い人の都合でこう決まったのだろうが、いざコンビニでそれをやる側としては、往年のアニメの名台詞「偉い人にはそれがわからんのですよ」とぼやく絶好の機会の到来だ。

 このやり方は手間であることを公式も承知の上なのか、あんしんBOOTHパックの案内には“なるべく空いている時間にコンビニを利用してね”という旨が書いてあるが、コンビニは昼時などを外してもそれなりに人がいる。R-18のボーイズラブ同人誌が入った封筒にシール状の袋を貼っている間に、後ろに人があれよあれよと並んでしまうと焦ってしまうし、特に送るものが複数ある場合、焦りはミスにもつながりかねない。

 もう少し心穏やかに同人誌を送りたいと思っていたが、21世紀は便利すぎる。その手法もすでに開発されていた。

 それが当記事画像の宅配ロッカー「PUDOステーションだ」。駅や商業施設、駐車場などに設置されており、さまざまな宅配業者の荷物をそこで受け取ることができる。マツコ・デラックスもヤマト運輸のTVCMで不在届を手に宅配便のお兄さんに詫びていたが、不在届は心苦しいものだ。小さなものであれば通勤や通学で使う最寄り駅の宅配ロッカーで受け取れれば互いに楽だろう。

 さらにPUDOステーションはあんしんBOOTHパックと提携しており、「発送する」こともできるのだ(※PUDOステーションを利用した「発送」は提携事業者のみ対応。BOOTHのほか、メルカリなども対応している)。

 PUDOステーションを利用したあんしんBOOTHパックの利用方法は以下の通りになる。

(1)PUDOステーションの端末にBOOTHで発行されたQRコードをかざす

(2)荷物の大きさなどを端末で操作

(3)ロッカーが開くのでその中に同人誌の入った封筒を入れる。封筒には何も貼る必要なし。

 同人誌の入った封筒をロッカーに入れるだけであり、コンビニで発送するときの半分以下の時間で済む。何より目の前に店員さんもいなければ後ろに人が並ばれることもまずないため、プレッシャーなくのびのびと作業ができるのがいい。

 特にいいのが「送る同人誌が複数あるとき」だ。あの人には同人誌AとBを、この人には同人誌Cを送る、というときは決して間違えられない。BOOTHでは同人誌の注文ごとにQRコードと、数字のコードが発行される。そのため私は同人誌を入れた封筒に数字のコードを書いた付箋を張り付けておいて、発送の際、QRコードをかざすたびにコードを読み上げて、付箋とあっているか指さし確認をしている。無人のため、心配性の人も気の済むまで確認し放題なのもいい。

 

令和のこれから、オフ同人は最高にやりやすい

「昨今、オフ同人をやりにくくなった」という意見をTwitterなどで見るが、この手の人たちはSNSでの他人の動向や自身の反響をかなり気にしているケースが多い。そういう人にとってこの高度情報化時代におけるオフ同人は、売れっ子もしくは交流厨でなければ相当シビアなものに見えるだろう。

 しかしそれ以外の要素に目を向ければ、印刷料金はかつてよりは安くなったし小口でも印刷できるし、配送の封筒なども100円ショップですべて揃うし、フリーの画像ソフトも充実しているし、こうして自宅から完全匿名で発送もできるようになっている。私は10年前ならオフの同人活動は面倒すぎてやろうと思わなかっただろう。気にしなければ今は、有史以来最高にオフ同人をやりやすい時代ともいえる。

(文/石徹白未亜 [https://itoshiromia.com/]

 

明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心【老いゆく親と向き合う】

 あえて言おう。「ピンピンコロリ」は幻想だ。シリーズを始めるにあたって、まずはこの文を読んでほしい。

【大方の高齢者は、70代までは元気であっても、晩年期の80代、90代の老いの坂を「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける「ピンピン・ヨロヨロ・ドタリ」の高齢期を生きる時代になっている】――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 平均寿命が延びて、人生100年時代になろうとも、人間は必ず老い衰えていく。「ピンピンコロリ」が叶うのは“少数の幸運な人だけ”(前掲書)なのだ。そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか――“終活”ならぬ“終末”ライター・坂口鈴香が、さまざまな家族の姿から考えます。

明るく聡明な母を尊敬していた

 岩崎武志さん(仮名・54)は大手企業の管理職だ。東京近郊で妻、娘と暮らしている。妻の実家は歩いて5分ほどの“スープの冷めない距離“にある。妻の両親も健在で、妻や娘は頻繁に行き来しており、平日は遅くまで仕事、週末はゴルフで忙しい岩崎さんにとっては、安心できる環境だと思っている。

 北海道出身の岩崎さんは、大学入学時に実家を出て以来ずっと首都圏で暮らしてきた。父親は早くに亡くなった。80代の母親は北海道の実家で一人暮らしをしているが、今のところ足腰もしっかりしているし、社交的な性格で友人や親せきも周りにたくさんいる。それに、姉が実家から車で15分ほどの場所に住んでいるので何かあっても安心とばかりに、岩崎さんは年に1回帰省する程度で済ませていた。とはいえ、妻や娘も「明るく聡明なおばあちゃん」のことを慕っており、電話でよく会話もしていた。

「離れて暮らしていることもあるのでしょうが、妻は母から嫌な思いをさせられたことは一度もないと言っていて、関係は良好。私もしっかり者の母を誇りに思っていました」

 こんなエピソードもある。岩崎さんの一人娘は、高校入学後まもなく登校できなくなった。望んでいた高校ではなかったこと、親の期待に応えられなかったことなどから、家から外に出ることができなくなったのだ。岩崎さんも心配したが、妻の心労は人一倍だった。日頃から、孫をかわいがっていた妻の両親はオロオロするばかりで、どう対処したらよいのかわからない。腫れ物に触るような毎日を過ごしていた。

 いらぬ心配をかけまいと、岩崎さんの母には何も伝えていなかったが、その年の暮れに一人で帰省した岩崎さんは事情を打ち明けざるを得なかった。

「なるべく深刻にならないよう伝えたつもりだったんですが、母には娘のつらさや妻の憔悴がわかったんだと思います。母は『今は本人が居場所を探しているとき。自分で見つけ出すことができるまで、周りは静かに見守るしかないね』と言ってくれました」

 暗闇に光が差し込むように感じた。岩崎さんは、妻にも母の言葉を伝え、娘を信じて見守ることにしたのだ。

 そして1年ほどたつと、娘は自ら高校を中退。フリースクールに通いながら大検を受け、今は希望の大学に楽しそうに通っている。

「正直なところ、私たちが望んでいたような大学ではありませんでしたが、娘の選択を尊重することができているのは、母の言葉があったからです。改めて母を見直しました」

 姉から「お母さんが入院した」という連絡が来たのは、岩崎さん一家に穏やかな日常が戻ってしばらく経ったころだった。トイレで倒れている母を姉が発見し、救急車で病院に運んだという。

「原因は不明だったものの生命にかかわる状態ではないとのことでしたし、姉が毎日病院に行ってくれているようなので、ひとまず大丈夫だろうと。ちょうど仕事も忙しい時期だったため、様子を聞きながらも姉任せにしていたんです」

 そんな岩崎さんのもとに電話が入った。姉の長女からだった。

「姪から怒られてしまいました。『おじちゃん、自分のお母さんでしょ。何やってるの?』と。『これまでも、うちのお母さんは仕事しながら、おばあちゃんの様子を頻繁に見に行っていた。それは娘だから当然だけど、今回の入院でさすがにお母さんも疲れている。おじちゃんもおばあちゃんの子どもなら、お母さんと替わってあげるくらいしたら?』って、これにはこたえました」

 姪の怒りももっともだ。慌てて金曜の夜、仕事を終えると飛行機に乗り、母親の病院に駆け付けた。

「面会時間は過ぎていましたが、事情を話して母の部屋に行きました。母は寝ているようでしたので、起こさないように座っていたのですが、ふと母が目を覚まして僕を見たんです。それで『お母さん、大変だったね。大丈夫?』と声をかけたところ、母はこれまで見たことのない厳しい表情に変わったんです」

 もう一度「お母さん」と呼んで手を握った岩崎さんに、母親は厳しい表情のまま、吐き捨てるように言ったのだ。

 「息子は、嫁の家に盗られてしまって、いないも同然」と――

「おそらく入院して環境が変わったことによる“せん妄”だったんでしょう。そうだとわかってはいても、これが母がずっと胸にしまっていた本心だと思えて仕方ないんです。めったに顔を出さない僕のことはもういないものとして、あきらめようとしていたんじゃないかと思うと、なんとも……」

 幸いなことに、その後母親は回復し、岩崎さんの毎週末の帰省は2カ月ほどで終わった。

「正直ヘトヘトでしたが、姪への意地もありし、頑張るしかありませんでした。でもこれ以上続くとこちらがダウンでしたね。遠距離介護をしている人を尊敬しますよ」

 母にはもちろん、姉にも、妻にも、せん妄時の言葉は伝えていない。

 母は再び元の穏やかな母に戻り、一人暮らしを再開した。でも、もう岩崎さんは母の入院前の自分には戻れない。

 「息子は、嫁の家に盗られてしまった」という言葉は、今もはっきり耳に残っている。

明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心【老いゆく親と向き合う】

 あえて言おう。「ピンピンコロリ」は幻想だ。シリーズを始めるにあたって、まずはこの文を読んでほしい。

【大方の高齢者は、70代までは元気であっても、晩年期の80代、90代の老いの坂を「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける「ピンピン・ヨロヨロ・ドタリ」の高齢期を生きる時代になっている】――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 平均寿命が延びて、人生100年時代になろうとも、人間は必ず老い衰えていく。「ピンピンコロリ」が叶うのは“少数の幸運な人だけ”(前掲書)なのだ。そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか――“終活”ならぬ“終末”ライター・坂口鈴香が、さまざまな家族の姿から考えます。

明るく聡明な母を尊敬していた

 岩崎武志さん(仮名・54)は大手企業の管理職だ。東京近郊で妻、娘と暮らしている。妻の実家は歩いて5分ほどの“スープの冷めない距離“にある。妻の両親も健在で、妻や娘は頻繁に行き来しており、平日は遅くまで仕事、週末はゴルフで忙しい岩崎さんにとっては、安心できる環境だと思っている。

 北海道出身の岩崎さんは、大学入学時に実家を出て以来ずっと首都圏で暮らしてきた。父親は早くに亡くなった。80代の母親は北海道の実家で一人暮らしをしているが、今のところ足腰もしっかりしているし、社交的な性格で友人や親せきも周りにたくさんいる。それに、姉が実家から車で15分ほどの場所に住んでいるので何かあっても安心とばかりに、岩崎さんは年に1回帰省する程度で済ませていた。とはいえ、妻や娘も「明るく聡明なおばあちゃん」のことを慕っており、電話でよく会話もしていた。

「離れて暮らしていることもあるのでしょうが、妻は母から嫌な思いをさせられたことは一度もないと言っていて、関係は良好。私もしっかり者の母を誇りに思っていました」

 こんなエピソードもある。岩崎さんの一人娘は、高校入学後まもなく登校できなくなった。望んでいた高校ではなかったこと、親の期待に応えられなかったことなどから、家から外に出ることができなくなったのだ。岩崎さんも心配したが、妻の心労は人一倍だった。日頃から、孫をかわいがっていた妻の両親はオロオロするばかりで、どう対処したらよいのかわからない。腫れ物に触るような毎日を過ごしていた。

 いらぬ心配をかけまいと、岩崎さんの母には何も伝えていなかったが、その年の暮れに一人で帰省した岩崎さんは事情を打ち明けざるを得なかった。

「なるべく深刻にならないよう伝えたつもりだったんですが、母には娘のつらさや妻の憔悴がわかったんだと思います。母は『今は本人が居場所を探しているとき。自分で見つけ出すことができるまで、周りは静かに見守るしかないね』と言ってくれました」

 暗闇に光が差し込むように感じた。岩崎さんは、妻にも母の言葉を伝え、娘を信じて見守ることにしたのだ。

 そして1年ほどたつと、娘は自ら高校を中退。フリースクールに通いながら大検を受け、今は希望の大学に楽しそうに通っている。

「正直なところ、私たちが望んでいたような大学ではありませんでしたが、娘の選択を尊重することができているのは、母の言葉があったからです。改めて母を見直しました」

 姉から「お母さんが入院した」という連絡が来たのは、岩崎さん一家に穏やかな日常が戻ってしばらく経ったころだった。トイレで倒れている母を姉が発見し、救急車で病院に運んだという。

「原因は不明だったものの生命にかかわる状態ではないとのことでしたし、姉が毎日病院に行ってくれているようなので、ひとまず大丈夫だろうと。ちょうど仕事も忙しい時期だったため、様子を聞きながらも姉任せにしていたんです」

 そんな岩崎さんのもとに電話が入った。姉の長女からだった。

「姪から怒られてしまいました。『おじちゃん、自分のお母さんでしょ。何やってるの?』と。『これまでも、うちのお母さんは仕事しながら、おばあちゃんの様子を頻繁に見に行っていた。それは娘だから当然だけど、今回の入院でさすがにお母さんも疲れている。おじちゃんもおばあちゃんの子どもなら、お母さんと替わってあげるくらいしたら?』って、これにはこたえました」

 姪の怒りももっともだ。慌てて金曜の夜、仕事を終えると飛行機に乗り、母親の病院に駆け付けた。

「面会時間は過ぎていましたが、事情を話して母の部屋に行きました。母は寝ているようでしたので、起こさないように座っていたのですが、ふと母が目を覚まして僕を見たんです。それで『お母さん、大変だったね。大丈夫?』と声をかけたところ、母はこれまで見たことのない厳しい表情に変わったんです」

 もう一度「お母さん」と呼んで手を握った岩崎さんに、母親は厳しい表情のまま、吐き捨てるように言ったのだ。

 「息子は、嫁の家に盗られてしまって、いないも同然」と――

「おそらく入院して環境が変わったことによる“せん妄”だったんでしょう。そうだとわかってはいても、これが母がずっと胸にしまっていた本心だと思えて仕方ないんです。めったに顔を出さない僕のことはもういないものとして、あきらめようとしていたんじゃないかと思うと、なんとも……」

 幸いなことに、その後母親は回復し、岩崎さんの毎週末の帰省は2カ月ほどで終わった。

「正直ヘトヘトでしたが、姪への意地もありし、頑張るしかありませんでした。でもこれ以上続くとこちらがダウンでしたね。遠距離介護をしている人を尊敬しますよ」

 母にはもちろん、姉にも、妻にも、せん妄時の言葉は伝えていない。

 母は再び元の穏やかな母に戻り、一人暮らしを再開した。でも、もう岩崎さんは母の入院前の自分には戻れない。

 「息子は、嫁の家に盗られてしまった」という言葉は、今もはっきり耳に残っている。

【マンガ】30代で「更年期障害」!? バケツをかぶったような汗に驚愕!【第52回】

「生理痛なんて、みんな一緒!」

1カ月ごとにやってくる、尋常じゃない腹痛・寒気・吐き気……。
周囲の言葉を信じて10数年も耐え続けた「生理痛」、医者にかかってみたらビョーキと診断されちゃった!?

30歳から治療を開始した「月経困難症」との向き合い方をつづる、日常闘病コミックエッセイ。

寝ていただけなのに

(つづく)

――「私の生理、病名がつきました。」は、毎週日・月・火の週3回更新になります。お楽しみに!

 

<著者プロフィール>

まお

月経困難症。体験した事や思った事を4コマ漫画にしています。自分の体、大切な人の体を考える事や、行動する事のきっかけになればうれしいです。ポジティブに生きてるオタク。



<バックナンバーはこちら>

第1回~第10回まとめ読み……私の生理、ビョーキでした!?
第11回~第20回まとめ読み……ピル服用、7カ月の間に起きたこと

【第21回】2度目の生理は…地獄!
【第22回】婦人科でセカンドオピニオン!
【第23回】婦人科で…言葉責め!?
【第24回】2人目の医者は果たして…
【第25回】ナカで動かさないで!
【第26回】「前と同じピル」でも平気なの?
【第27回】3カ月のピル実験!
【第28回】「低用量ピル」が合わない体質!?
【第29回】はじめての漢方は?
【第30回】漢方がマズかった理由
【第31回】「中容量ピル」にいよいよ挑戦!
【第32回】”血栓”は他人事じゃない!?
【第33回】生理痛に無理解な職場
【第34回】「中容量ピル」に変えて3日後
【第35回】足のむくみって……痛いんだ!
【第36回】不正出血がなくなった!
【第37回】職場のストレスが体に出た!
【第38回】「生理」を知らない男性
【第39回】生理を「知る機会」
【第40回】「ブラック企業」と生理
【第41回】ブラック企業、心の支えだったのは
【第42回】月経困難症から、結婚へ
【第43回】医者の「紹介状」ってどんなもの?
【第44回】「とりあえず」の通院先、どう選ぶ?
【第45回】産婦人科の隣にラブホテル!?
【第46回】卵巣に「のう腫」がある!?
【第47回】卵巣のう腫は良性?悪性?
【第48回】中容量ピル、長期服用はNG?
【第49回】婦人科の悩みは人それぞれ
【第50回】コンビニで短期バイト!
【第51回】新しい職場で大寝坊!

皇室ウォッチャーが平成最後に選ぶ、「天皇陛下と皇后さま」胸震える4つのエピソード

 4月1日、菅義偉官房長官により新元号「令和」が発表された。5月1日の新天皇即位の日より、「令和」の使用が開始されることになり、約30年続いた「平成」も残り1カ月を切った。そこで今回、皇室ウォッチャーX氏に、感動が胸に押し寄せた「天皇陛下と皇后さまの4つのエピソード」を語ってもらうことに。皇室を見つめてきたX氏が、天皇陛下と皇后さまが国民から愛される理由に迫る。

【その1】沖縄で火炎瓶を投げられた夜……異例の談話に込められた想い

 1975年に今の両陛下が皇族として初めて沖縄県を訪問されたことは、皇室の歴史的にも大きい出来事です。当時はまだ、沖縄県民の中で戦争責任がある昭和天皇への負の思いが強かった時期でした。両陛下が「ひめゆりの塔」に献花された際、火炎瓶が投げられ一同騒然となる事件が起きてしまったのです。陛下が素晴らしいところはここからで、その夜、陛下は異例の談話を発表されて「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、一人ひとり、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」と、語られたのです。昭和天皇の負の遺産をご自分が行動で償っていくという強いお気持ちを現在も持たれていて、計11回も沖縄を訪問され、戦没者への慰霊も欠かさず行われています。

【その2】生前退位のお気持ち発表は、歴史の重大な1ページ

 2016年8月の天皇陛下の「生前退位」のお気持ち発表も、歴史的に大きい出来事でした。近代の皇室では、崩御によるお代替わりが通例で、皇室典範でも規定されている法律。しかし、陛下は数年前から退位の可能性を模索され、宮内庁関係者や皇太子さま、秋篠宮さまと話し合いを重ねられていたのです。確かに、ご高齢になってきちんと公務をこなせない場合があるにもかかわらず、天皇としての仕事をまっとうしなければならない制度に疑問はありました。今上天皇が今回の決断をなさらなければ、今後もずっと同じ制度が続いていたのかもしれません。陛下の思いが国民の同感を得られて成立した退位特例法は、間違いなく皇室の歴史の中でも重大な1ページとなったことでしょう。

 両陛下は、今でこそ皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻にその役を譲られましたが、以前までは「こどもの日」にちなんだ施設訪問をされていました。今の両陛下は、「国民とともにある皇室」を重要視されているのですが、01年の東京・大井倉田保育園ご訪問時にも、それを強く感じました。両陛下が保育園内に入られると、園児たちが音楽に合わせてお遊戯を始めたのですが、両陛下も園児たちと一緒に笑顔で踊りだしたのです。園児たちもそれを見て楽しそうにしていて、両陛下と子どもたちの距離が一気に縮まりました。この場所だけではなく、さまざまな場所で国民と触れ合われていた両陛下のお姿は、まさに「平成流」と言える新しい皇室の形でした。

【その4】東日本大震災の対応……皇居の御所を「自主停電」に

 平成は自然災害が多い時代だったと言えますが、その中でも11年の「東日本大震災」は甚大な被害をもたらしました。その際の両陛下の対応は、とても心に残っています。毎週のように被災地を訪れて被災者を励まし続けたり、震災による避難者に栃木県の那須御用邸を開放したり、御料牧場から卵や豚肉、サツマイモなどを避難所に提供されていました。さらに、電力危機による計画停電を実施した際に、皇居がある千代田区は対象外でしたが、東京電力が発表した1回につき2時間の計画停電スケジュールに合わせて、皇居の御所を自主停電されていたのです。国民の一大事に、思いを共にされ、国民を励まし続けた両陛下だからこそ、国民からの絶大な信頼を得られているのでしょう。

 最後に番外編として、平成の30年間で最も興奮した「皇室」のワンシーンもご紹介します。天皇ご一家が一同に会するのはかなり珍しいのですが、それが実現したのが、09年横浜・こどもの国にお出ましになったとき。こどもの国は、両陛下が結婚された際、全国から寄せられた祝い金を基に設立されたもので、この日はなんと、両陛下と皇太子ご夫妻、秋篠宮ご一家、黒田清子さん夫妻もいらっしゃったのです。当時3歳だった悠仁さまが、普段ご交流が見られない雅子さまに手助けされながら、園内の牛に餌をあげるなど、レアな展開が盛りだくさん。皇太子さまと眞子さま、佳子さまが3人で一緒に乗り物に乗る場面もあるなど、天皇ご一家の仲の良さを垣間見ることができました。日本国民のお手本である天皇ご一家の微笑ましいイベントに、心が和んだ人々は多かったと思います。

元女囚が考える「致死量100倍の覚醒剤」――あれはシャブをよく知らない人の使い方

 覚醒剤の使用や密売などで逮捕起訴され、通算12年を塀の中で過ごした後、その経験を基にさまざまな活動を続ける中野瑠美さんが、女子刑務所の実態を語る「知られざる女子刑務所ライフ」シリーズ。

■LINEできてたなら、シャブではないかも?

 会員制のデートクラブで知り合った女性に「致死量100倍」の覚醒剤を飲ませたとして殺人容疑で逮捕(パク)られていた会社役員が、傷害致死と覚せい剤取締法違反(使用)の罪で起訴されたそうですね。ニュースでは、「殺意は認定できなかった」そうで、「殺人」ではなくなったそうです。たしかに殺そうと思ってすることではないです、多分。

 それにしても、「致死量100倍」は謎すぎますよね。致死量は1グラムで、今どきグラム2万円はしますから、最低でも100グラムで200万円。加害者はお金持ちっぽいから、実際はもっと払ってたと思います。

 そもそも事件は2018年7月。去年かーい。ニュースでは、加害者が自分で救急車を呼んで、救急隊員が駆け付けたら、もう被害者さんは亡くなってたと。そして、その時は全裸……。でも、それ以外の覚醒剤は現場になくて、任意の調べの時には「具合が悪そうだったので、女性のバッグの中に入っていた薬を飲ませた」と話したらしいので、立件までに時間がかかったようです。

その日、被害者さんは加害者の豪邸でお酒を飲んでて、覚醒剤を勧められています。LINEでお友だちに「覚醒剤を勧められて断った」「日本酒に薬物を混ぜられた」と連絡してるんですね。

 いや、これはどうなんですかね。もしも「薬物」を大量に混ぜられた酒を飲まされたら、ちんたらLINEなんかやってられませんよ? それに苦しみだしたのは夜だそうで、時間差がありすぎです。それに、いつ全裸になったんでしょう? 最初から脱いでたんですかね? あと、加害者は尿検査されてないんでしょうか? そういう報道は見当たりませんでした。

 ちなみに、お酒に混ぜるにしても、いっぺんに100グラムの覚醒剤をお酒に混ぜるって、そもそも溶けませんし、仮に100グラム溶かしたら、多分シャーベットみたいになって、イッキでは到底飲めないと思います。それに、そんなもん飲んだらメチャ苦いです。そしたら、どうやって飲ませたのでしょうか?

 あるとしたらチューブで「鼻から」でしょうね……。ここからはまるっきり推理ですが、お友だちにLINEした時は、シャブではなくて睡眠薬を飲まされてたんかなと思います。せやから、もうろうとしててもLINEできたのとちゃうんかな?

 で、遺体から出てきた「100倍」いうのは、睡眠薬の成分も「込み」みたいな感じやったかと。それでも多いけど。でも、そんなふうにしたらエッチはもうできないですよね。多分意識飛んでますよね……。漫画みたいですが、もしかして、加害者はそういうプレイがお好みなんでしょうか?

 それにしても被害者さんは、相当苦しかったと思います。私も量が多かった時は、少し「菊の悶々」がフワッと緩んだ記憶がありますね……。

 死刑を執行する時にも紙おむつをはかせるそうですが、これは体の穴がぜんぶ開いちゃうからだそうで、OD(オーヴァードース、過剰摂取)もそんな感じです。

 私も大昔ですが、打ったあとに間違えて、もっぺん打って(「追い打ち」いいます)しまい、この時は死を覚悟しました。もう心臓バックバクなんてもんと違いますよ。目にシャッターが下りたような感じで、開けていられないんです。もちろん「穴」も開いちゃってる感じで、やっぱり漏れそうでした。0.3グラムでこれですよ?

 それに、たとえ10億円の現金が手元にあっても、私なら200万円の覚醒剤をイッキに使うことはないです。単純に「もったいない」からです。つまりこの事件は、「シャブのことをよう知らん人」がやらかしたのです。これも推理でしかないですが、加害者さんはお金だけはようけあるから、売人に「これ全部イッたら、オンナはヒーヒーですわ」(想像)とかなんとか言われて、「全部」を「イッキ」と間違えたんちゃうかなあ……と。それ以外は考えられないです。

 いずれにしても、お気の毒なお話です。被害者さんのご冥福をお祈り申し上げます。南無阿弥陀仏。

中野瑠美(なかの・るみ)
1972年大阪・堺市生まれ。特技は料理。趣味はジェットスキーとゴルフ。『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)や『新・情報7daysニュースキャスター』(TBS系)などへの出演でも注目を集める。経営するラウンジ「祭(まつり)」

※この連載が本になりました!
女子刑務所ライフ!』(イースト・プレス)発売中です。

横浜流星、金髪でもイケメンと話題!『はじ恋』“ゆりゆり”の看板を背負って今年ブレイク俳優NO.1に

 今年冬に放送された人気ドラマ『初めて恋をした日に読む話』(TBS系)でピンク髪の不良少年・“ゆりゆり”こと由利匡平役でブレイク。深田恭子演じる主人公の塾講師・春見順子とのピュアな恋愛模様が視聴者を魅了し、現在はInstagramのフォロワーが78.5万人と人気急上昇中の横浜流星。

 そんな横浜が4月2日、都内で行われた映画『L・DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』(公開中)の舞台あいさつに出演し、新たなヘアスタイルと髪色を披露したことが話題となっている。横浜がピンクの髪色から茶髪に変化した姿で登場し、「ニューヘアーの横浜です」と笑顔を振りまくと、会場は女性客からの「かっこいい!」の嵐が。黄色い声援が止まらぬ中、横浜は「ありがとう」とはにかんだ笑顔を見せていたという。

「髪色を変えても“ゆりゆり効果”は抜群ですね。横浜は今年大ブレイクする俳優NO.1と言われており、所属事務所のスターダストプロモーションも、今年は横浜に力を入れていると聞きました」と語るのは、芸能事務所関係者。

「横浜はその美形っぷりから、同時期に出てきて先にブレイクした“顔面国宝”俳優・吉沢亮と比べられることが多くなりました。しかし吉沢に関しては、たしかに顔はとても美しいのですが、身長が170cmと小柄な上に足も短め。スタイルが悪いのが残念と言われています。加えて、吉沢に関しては彼の演技がヒットに繋がったと言えるような、いわゆる代表作のドラマや映画がパッと思い浮かばないのも弱点だと言えましょう」

 知名度に関しては現時点で吉沢が勝っている印象があるが、横浜のほうに分がある部分は多い、と関係者は熱く語る。

「吉沢に比べて横浜は元モデルということもあり、身長は174cmですが足は長く小顔とスタイル抜群。演技力にも定評がありますし、代表作も『初めて恋をした日に読む話』がある。ミステリアスな雰囲気や放っておけない魅力があるとして、“ポスト中村倫也”などと言われていますよ」

 今年は横浜流星の年になりそう!?

横浜流星、金髪でもイケメンと話題!『はじ恋』“ゆりゆり”の看板を背負って今年ブレイク俳優NO.1に

 今年冬に放送された人気ドラマ『初めて恋をした日に読む話』(TBS系)でピンク髪の不良少年・“ゆりゆり”こと由利匡平役でブレイク。深田恭子演じる主人公の塾講師・春見順子とのピュアな恋愛模様が視聴者を魅了し、現在はInstagramのフォロワーが78.5万人と人気急上昇中の横浜流星。

 そんな横浜が4月2日、都内で行われた映画『L・DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』(公開中)の舞台あいさつに出演し、新たなヘアスタイルと髪色を披露したことが話題となっている。横浜がピンクの髪色から茶髪に変化した姿で登場し、「ニューヘアーの横浜です」と笑顔を振りまくと、会場は女性客からの「かっこいい!」の嵐が。黄色い声援が止まらぬ中、横浜は「ありがとう」とはにかんだ笑顔を見せていたという。

「髪色を変えても“ゆりゆり効果”は抜群ですね。横浜は今年大ブレイクする俳優NO.1と言われており、所属事務所のスターダストプロモーションも、今年は横浜に力を入れていると聞きました」と語るのは、芸能事務所関係者。

「横浜はその美形っぷりから、同時期に出てきて先にブレイクした“顔面国宝”俳優・吉沢亮と比べられることが多くなりました。しかし吉沢に関しては、たしかに顔はとても美しいのですが、身長が170cmと小柄な上に足も短め。スタイルが悪いのが残念と言われています。加えて、吉沢に関しては彼の演技がヒットに繋がったと言えるような、いわゆる代表作のドラマや映画がパッと思い浮かばないのも弱点だと言えましょう」

 知名度に関しては現時点で吉沢が勝っている印象があるが、横浜のほうに分がある部分は多い、と関係者は熱く語る。

「吉沢に比べて横浜は元モデルということもあり、身長は174cmですが足は長く小顔とスタイル抜群。演技力にも定評がありますし、代表作も『初めて恋をした日に読む話』がある。ミステリアスな雰囲気や放っておけない魅力があるとして、“ポスト中村倫也”などと言われていますよ」

 今年は横浜流星の年になりそう!?