2018年1月11日、愛知県豊田市の自宅で生後11か月だった三つ子の次男を床にたたきつけて死なせたとして、母親が傷害致死罪で逮捕された。裁判では、多胎育児の過酷さが浮き彫りになった。出産前から三つ子育児に不安を感じていたという母親は、1日24回の授乳で寝る暇もなく、泣き声に苦痛を感じるようになった。飲食店経営の両親や、育休から職場復帰した夫を頼ることができず、市の相談でも「三つ子」を想定した対応は手薄と感じ、ファミリーサポートセンターも面談に3人の乳児を連れて行くことが難しく利用に至らなかった。
事件発生からおよそ1年2か月後の2019年3月15日、母親に下された判決は懲役3年6か月(求刑懲役6年)。判決理由は、「無抵抗、無防備の被害者を畳の上に2回たたきつける態様は、危険性が高く悪質」「行政などの対応が(被告への)非難の程度を軽減できる事情があったとも認められない」。また、犯行時の母親はうつ病状態だったが、判決では完全責任能力があったとされた。母親は3月26日付で控訴している。
この判決を受けて、一般社団法人日本多胎支援協会(通称:JAMBA)は、多胎育児家庭を支援するさまざまな活動経験に基づき、母親個人のみに責任を帰するような判決には問題があるとして、減刑および執行猶予のついた判決を求める署名活動をおこなっている。
「『1人』で多胎児を育てるのは不可能と思われます」と語るのは、多胎育児に詳しいNPO法人ぎふ多胎ネット理事長の糸井川誠子氏だ。糸井川氏はこの事件の裁判を傍聴し続けてきた。
NPO法人ぎふ多胎ネット理事長 糸井川誠子
特定非営利活動法人ぎふ多胎ネットは岐阜県内とその周辺市町村において双子・三つ子など多胎家庭を支援。2019年4月現在、活動者数はコーディネーター21人、ピアサポーター57人、計78人。糸井川氏自身も三つ子の母。
糸井川氏「調査結果からも明らかなように、多胎妊婦は切迫早産になりやすく、妊娠30週を越えると入院になることが多いのです。4~6週の寝たきり生活で体力も筋力も無くなった状態での出産となり、母体の回復も遅れます。回復しない体で2人以上の乳児の世話という過酷な状況。しかも、赤ちゃんたちは低体重で産まれた育てにくい子です。低体重で早産で産まれた赤ちゃんは力がなく、哺乳力が弱く、授乳させてもすぐに疲れて寝てしまいます。ですから飲みが悪く、授乳が頻回になります」
ぎふ多胎ネットが聞き取り調査を実施したところ、多胎児を出産した母親は退院後、双子の場合は1日で約20回、三つ子の場合は1日で約30回の授乳を行っていたという。
糸井川氏「これはお母さんたちの『小さく産まれたから、なんとかたくさん飲んで早く大きくなってほしい』という気持ちの表れもあると思いますが、この授乳に加え、同じ回数のゲップ出し、同じ回数のオムツ替え、同じ回数の寝かしつけをするのだから大変です」
赤ちゃんは放っておけば自動的に寝ている、というわけではない。授乳を終え、ゲップを出させ、親が寝かしつけるのだ。当然、すぐに寝てもくれない。グズグズ泣いたりもする。
糸井川氏「お風呂入れ、2人以上の乳児の衣服や下着やタオルなどの洗濯、哺乳瓶などの大量の洗い物、オムツやミルクなどの買い物、オムツやミルクのゴミの処理……。赤ちゃんのことだけでも、これだけやることがあります」
一人を育てるだけでも大変なことだが、多胎児の多くは低体重で生まれてくる。
糸井川氏「ゲップを出すにも、低体重児は腹筋や背筋が弱いので30分以上抱っこしないと出ないこともあります。ゲップを出させたら今度は寝かしつけますが、すぐには寝てくれません。また、低体重児は胃がきちんと締まっていないのでミルクの吐き戻しや垂れ戻しが多く、1日に何度も着替えます。これに家事や自分の食事や入浴など必要最低限の生活時間が加わると24時間で足りるはずはなく、誰かの助けや何らかの支援がなければ生活は破綻します」
多くの家庭において、これらをメインで行うのは、多胎児を出産し、体力や筋力が低下した状態の母親だ。
糸井川氏「圧倒的な育児量から慢性的な睡眠不足になる多胎育児を、母体の回復の悪いヘロヘロの母親がやるのですから、想像を絶する負担と疲労です。しかも、その労働を初めて行うわけですから、この難業を不安の中で手探りでやっていくわけです。ある母親は『まるで無人島で1人で育児しているみたい』と言ったことがあります。その難業には、外出困難と『単胎児の子育てとの違いによる疎外感』も加わって孤独でもあるのです」
母体負担が大きい多胎児の出産、過酷な多胎育児。しかし「一般にはあまり知られていない」と糸井川氏はいう。
糸井川氏「当事者もその立場になって初めて知るということは非常に問題だと思います。『困った』と思った時にはもう遅いからです。出産後は忙しすぎて助けてという声を上げることさえできなくなります。ですから、妊娠中に行政や関係機関が関わって多胎家庭の支援体制を整えておくこと、支援計画を立てておくことが望まれます」
多胎育児における行政サポートは全国的には不足しているという。
糸井川氏「先進的な取り組みとして、平成29年度に『一般社団法人日本多胎支援協会』が厚生労働省の研究委託を受け調査したところ、ぎふ多胎ネットをはじめ、一部の団体サポートや行政サービスはありますが、全国的に見ると多胎家庭に特化したサービスは、ほとんどない状態です。
地域の支援体制としては、保健師、助産師、子育て支援関係職員はもちろん、母子保健推進員、主任児童委員、子育て支援員、子育て支援団体、多胎支援団体など、官民のソーシャルキャピタルを総動員し、それらの人々が連携して子育て家庭を温かく見守り支える仕組みを作ることです。また、支援の時期も何重にもして、妊娠中から出産、子育て期を通して切れ目のない支援の仕組みを作ることです」
糸井川氏が理事長を務めるNPO法人ぎふ多胎ネットでは、行政や医療や子育て支援機関、研究者と連携しながら、妊娠期から出産、育児期を通して多胎家庭に対して以下のような「切れ目のない支援」を行っている。また、多胎に関する情報を発信し、当事者に役立つ情報はもちろん、全国的な多胎支援の情報も収集している。
以下の取り組みを参考にしてほしい。
・多胎プレパパママ教室……多胎妊婦家族を対象として、多胎妊娠・出産 に関する知識講座と、多胎育児経験者家族との交流会を開催
・病院サポート訪問……多胎妊産婦を対象として病院に定期的にサポーターを派遣し、相談活動をする
・家庭訪問……妊娠期から育児期の多胎家庭を対象として家庭に訪問し、相談活動をするもの
・多胎児健診サポート……市町村の4 カ月健診、10か月健診などにサポーターを派遣し、介助や相談活動をする
・多胎育児教室……県内各地に出向き、おおむね0歳~3歳の多胎児を持つ親を対象に育児教室を開催
・多胎のつどい訪問……行政主催の多胎のつどいなどにサポーターを派遣し、相談活動をする
・多胎イベント……多胎家庭を対象としたイベントの開催
・多胎に関する研究の開催……当事者、子育て支援者、保健師など専門職やさまざまな立場の人に向けた研修会の開催
・多胎支援に関する講師の派遣……様々な集まりに、依頼に見合った多胎支援に関する講師を派遣
▼NPO法人ぎふ多胎ネット