アニメ関連DVD市場はアイドルDVDを超えた!? 新レーベル「あにぷぅ」担当者が語る展望

【オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より】

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「あにぷぅ」のドラマCD『英会話教師 前園君と後田君!!』。カバーイラストは“まゆたん”こと新條まゆ先生描き下ろし!
 アイドルDVDなどを多く手がけるメーカー・リバプールから、4月18日、アニメ関連の新レーベルが誕生した。その名も「あにぷぅ」。第1期ラインナップでは人気声優・島﨑信長さんらを起用したドラマCD『英会話教師 前園君と後田君!!』や、平川大輔さんが声をあてるアニメエクササイズDVD『俺と一緒にトレーニング』など、全4作品をリリースして、アニメイトで独占販売するという。  声優やアニメをフィーチャーした新レーベルということだが、その設立の経緯やアニメ関連DVD市場の現状について、リバプールの「あにぷぅ」担当者・佐藤氏に直撃した。 ──今回、アニメイト専売の新レーベル「あにぷぅ」を立ち上げた経緯や内容についてお教えください。 佐藤 「あにぷぅ」は、「アニメ好きの皆様の夢を叶えます」というメインテーマを掲げて作ったアニメイト様専売のレーベルです。「あにぷぅ」はアニメイト様の「あに」と、リバプールの「ぷぅ」を組み合わせました。今回はCD1枚とDVD3枚を発売し、今後ジャンルにこだわらずに様々な商品を展開していきたいと思っています。  立ち上げのきっかけとしては、弊社で作った『よくわかる!陸上自衛隊』というDVDのプロデューサーの方が、たまたまテレビアニメ『ガールズ&パンツァー』(以下『ガルパン』)も担当されていたので、コラボレーションのご提案をさせていただきました。「アニメのファンにも観ていただきたい」と、あくまで興味の範囲を広げるということでのコラボレーションでしたが、オリコンのDVDウィークリーチャートで1位を獲得しました。今、映像業界をけん引しているアニメ市場の力を実感いたしました。 ──実際の『ガルパン』効果というのは、どれくらいのものだったのですか? 佐藤 もともと『自衛隊』シリーズは、震災の影響もあり自衛隊への注目度が上がっていたため、第一弾から弊社のヒットコンテンツでした。シリーズものによくあるように第二弾はやはり少し売り上げが落ちましたが、『ガルパン』とコラボした第三弾は第一弾よりも売れていて、今も販売枚数が伸びています。シリーズ累計で20万本を超えるヒットシリーズです。 ──「アニメのDVD市場に気づいた」ということでしたが、実際「あにぷぅ」を立ち上げるにあたってどのように進めていったのですか? 【「おたぽる」で続きを読む】

『アナ雪』熱唱で改めて注目 歌手・松たか子の実力とキャリアとは?

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『アナと雪の女王 オリジナル・サウンドトラック』(WALT DISNEY RECORDS)

【リアルサウンドより】  現在大ヒット中の映画『アナと雪の女王』の勢いが止まらない。4月18日の公開36日間時点で累計動員数が800万人を突破し、4月19日には累計興行収入が100億円に到達したことが明らかになった。  この勢いは音楽業界にも波及しており、劇中で使用されている「レット・イット・ゴー」などの曲は、本国アメリカ版で同曲を歌っているイディナ・メンゼル、日本語吹き替え版の劇中で同曲を歌っている松たか子のほか、ヒットチャートを席巻しつつある。(参考:CDチャートには反映されない、史上空前の『アナと雪の女王』旋風)  その中でも歌手としての評価が一気に高まっているのは、同作品でエルサの声を務める松たか子である。俳優として一般的には認知されている彼女だが、音楽ファンの間では歌手として評価されることも実は少なくない。  6枚目のオリジナルアルバム『harvest songs』では小田和正や片寄明人(GREAT3)などを迎えて制作され、7枚目の『僕らがいた』ではスキマスイッチ、TRICERATOPS、真島昌利を、8枚目の『Cherish You』では竹内まりやを迎えるなど超一流の制作陣を迎えたアルバムをリリースしている。  豪華ゲストを迎えて高い評価を得てはいたものの、売上という面ではここまで日の目を見ていなかった彼女。その理由とは一体何なのだろうか? 音楽業界関係者はこう分析する。 「1997年に『明日、春が来たら』でデビューしたとき、既に彼女はトップ女優としてドラマや舞台で大活躍していました。同曲は話題性が先行して50万枚以上の売上を記録、自身最大のヒットとなりましたが、その後はどうしても『本業は役者』というイメージが払拭できなかった。また役者業が多忙なため通常のミュージシャンのように積極的なプロモーション露出ができなかったことも彼女の歌手業を一般に浸透できなかった要因でしょう」  最後にシングルがリリースされたのは2009年の「君となら」、その前だと2006年の「みんなひとり」まで遡る。その間アルバムこそリリースしていたものの、コンスタントにシングル盤をリリースできなかったことも「歌手・松たか子」として認知が高まらなかった理由かもしれない。  マルチな才能を持ったが故の不遇。しかし、ミュージシャンのなかには以前から松たか子のシンガーとしての実力を高く評価しているものも多い。山下達郎は自身がパーソナリティを務めるラジオ番組「山下達郎のサンデーソングブック」のなかで彼女について「松たか子さんは実はピアノが上手で読譜力も抜群なんです。(竹内まりや作詞作曲の『リユニオン』を聴きながら)こういうリズム感や安定感はさすがですね」と評した。また高橋優は「たまたまテレビで流れていた『ほんとの気持ち』という曲に一目惚れならぬ”一聴き惚れ”をしました。声や唄い方にビビッと来て、一気に松たか子という存在が僕の中で大きくなるのを感じました」と語っていた。  前述の業界関係者も「元々もっていた声質や音楽的素養に加え、ミュージカルの舞台を数多く経験することで歌の表現力が大きく広がった。キャリアを重ね脂が乗ったこの時期に『レット・イット・ゴー』が大ヒットしたことは必然だったのかもしれません」と話す。  4月26日(土)からは新たなバージョンとして、3D吹替え版の上映が全国でスタートするほか、映画にあわせて歌うことができる特別興行「みんなで歌おう♪歌詞付版」の上映も実施されるなど、『アナ雪』現象はまだまだ止まる所を知らないようだ。 (文=北濱信哉)

ついに「単純所持の禁止」導入が確定か!? 児童ポルノ法改定案が連休明けにも審議入りへ

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「自由民主党」公式HPより。(画像はイメージです。)
 児童ポルノ法改定問題をめぐり、改定案成立に向けた具体的な動きがゴールデンウィーク明けにも始まることが、明らかになった。  消息筋によると、ゴールデンウィーク明けにも改定案の審議に向けて衆議院理事懇談会にて討議が行われる予定とされている。委員会で審議が行われるのは6月になる見通しだ。  別の消息筋によると、現段階で与党側の改定案にある、マンガ・アニメなど創作物の性犯罪への影響についての調査研究に関する項目が外れるのは、ほぼ確実。残る問題である「単純所持の禁止」に関して、与野党間で調整が行われているという。 【「おたぽる」で続きを読む】

HaKU辻村有記が明かす音楽人生のターニングポイント「人間ってこういう風に変わっていけるんだ」

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【リアルサウンドより】  中性的で透明感あふれる辻村有記のボーカルと、人力のみで多角的な音を構築するオルタナティブ・ギターダンスロックバンド・HaKU。彼らの2ndアルバム『シンバイオシス』は、これまでの作品とは変わり、外に向かった作品。辻村の「どうしたら言葉が人の心に素直に入るのか」「どういう音作りをしたら自分の特徴的な声が人の気持ちの奥底に入るのか」という今作に向けた真摯な思いを聞くことができた。

「昔の自分は、音楽が救いだった」

――HaKUのニューアルバム『シンバイオシス』を聴くと、ツインリードギターとか所々でヘヴィメタルの要素を感じますが、辻村さんの音楽的なルーツを聞かせてください。 辻村有記(以下:辻村):メタルに関しては、中3のときにスレイヤー、パンテラとかからのめり込んだんです。リアルタイムの世代ではないんですが、近くにメタル好きがいて自然と染まったんです。元々はB'zが好きで、松本さんから速弾きギタリストのカッコよさに惹かれました。ダイムバック・ダレル、ケリー・キングとかのギタリストを知ったことで、メタルに入っていって、どんどんデスメタル、ブラックメタルとか聴いていきましたね。 ――ザ・ルーツとかのヒップホップも好きだったとか? 辻村:メタルに疲れたらR&Bを聴いてたんです(笑)。ベイビーフェイス、ブライアン・マックナイト、ディアンジェロとか。生音のヒップホップ、ザ・ルーツが好きで、そこからファンクに行ったり、ニューオリンズ系のギャラクティックを聴いたりしました。 ――楽曲からはポストロック的な感覚も感じますね。 辻村:そこはスクリーモとか、メタルの方から入ったんです。洋楽はいろいろ聴いてました。音楽が救いでもあったので。 ――音楽が救いだったというのは? 辻村:昔の自分は、自分で妄想するのが好きで、外とシャットダウンするひとつのアイテムでもあったんです。今は大人になったので大丈夫ですが(笑)。メタルに関しては、いなたくてカッコいい感じが好きだったんですよね。ギターが上手い友だちがいて、スレイヤーとかアイアン・メイデンとか見よう見まねでマネしてたんです。で、兵庫から18歳で音楽の専門学校に入るために大阪に出たんです。 ――バンドを組もうと思ったんですか? 辻村:いえ、照明の勉強をしたかったんですよ。B'zの京セラドームを見に行くのが恒例になっていて、毎回照明がすごかったんです。華やかなものを作るのに憧れたんですよ。でも照明の仕事って、どんなバンドでもカッコいい色を付けなきゃいけない。それを僕は一生の仕事にできないなって、早い段階で違うって気づいたんです。 ――そこから音楽をやる方向に向かったきっかけは? 辻村:ギター専攻にいた(藤木)寛茂と知り合って、学校のスタジオでセッションしてたんです。ソロを弾き合ってるのが楽しかったんですけど、もの足りなさが出てきて、ドラムとベースを入れようってこの4人が集まったんです。それがバンドのスタートですね。

「歌よりリフを歌ってしまう、そういうものが作れたらなって」

――全ての歌詞を辻村さんが手がけていますが、歌詞を書くことへの興味は強かったんですか? 辻村:全く無かったです。それこそ結成した頃は生音のヒップホップバンドをやろうと思っていたので、歌詞を作らずフリースタイルで歌ってたんです。でも全然お客さんとつながれなくて、どうしたら人と楽しめるのか、ライブをやる意味を見いだそうと試行錯誤した結果、ダンスミュージックにたどり着いたんです。 ――ダンスミュージックとの出会いは、何がきっかけだったんですか。 辻村:サカナクションのライブです。4つ打ちでお客さんがノッてる姿が新鮮で、こういう一体感のうまれ方もあるんだ、僕らもやってみようって思ったのが最初のきっかけですね。当時は、メンバーの誰も4つ打ち音楽を聴いてなかったので、だからこそ試行錯誤してオルタナティブでプログレッシブでダンスミュージックっていう、相反するものが全部くっついた音楽が生まれたんです。そこが今のHaKUの音楽の原点です。そこからいろんなものを付け足して、ようやく自分たちの音楽が今回のアルバム『シンバイオシス』でできたなと思います。 ――なるほど。ちなみに今はどんな音楽が好きですか。 辻村:EDMはかなり聴いてます。アヴィーチー、ゼッド、スクリレックスはもちろん、アフロジャックとか、『Tomorrowland Fes.』に出る人たちはみんな好きです(笑)。 ――HaKUは、ダンサブルなサウンドを人力で演奏するのが特徴的ですね。 辻村:最初、同期の能力が無かったんです(笑)。無ければ出る音を探せばいいだけで、それで出せたのがギターの音色で、そこから今の流れになっていくんですけど。結果的に生でやることによって伝わる力ってあると思うし。打ち込みだと作られたものだけになってしまうけど、お客さんの鼓動と一緒に自分の鼓動も上がって、自分の感情でコントロールして演奏できるのが良いなって。もちろん、この先に打ち込み入れないってことではないですよ。ただ、今はまだその面白さを追求してますね。 ――またメタルの話になってしまいますが、速弾き、2バスとか、メタルって人力感の究極を行ってるところありますよね。 辻村:それはすごい近いかも。ドラゴンフォースなんかどの曲もギターソロが3分あって、ライブでボーカルがステージをはけたり(笑)。それがカッコいいし、ショーとして成立してるじゃないですか。メタルのある種、Mみたいな部分が好きなんですよ(笑)。がんばってやるっていうのが心に響く。追い込んでやるみたいな気持ちはこのバンドにも通じてますね(笑)。 ――あと、ギターのリフって、ダンスミュージックのループ感に通じるなと。 辻村:それもあります。耳に残るギターフレーズが一番重要だなと思います。スウェーデンのEDMも耳に残るの多いじゃないですか。気持ちいいし覚えやすいし、口ずさめるし。歌よりリフを歌ってしまう、そういうものが作れたらなって。今回、そういう楽曲を作れたと思いますね。耳に残るもので、ちゃんとひねくれた部分も入ってるものが、すごくバランス良く録れたなって。

「25歳になったときに上がってる人と、落ちている人、2つしか見えなかった」

――ではアルバムの話題に寄せていこうと思います。この1~2年で辻村さんの中で、すごく変化があったそうですが。 辻村:そうですね。このアルバムは、人の変化の過程を楽しんでもらえるアルバムだと思っていて。人間ってこういう風に変わっていけるんだっていうのをひとつ表した作品だと思っています。まず、言葉の変化だと、これまではすごく内向的な楽曲、悲観する楽曲が多いバンドだったんです。問題提起をして、お客さんと一緒に答えを考えるような感じですね。ふわっとした今の世の中だから感じるものを楽曲の中で言って、曖昧なものを一緒に考えて答えを出そうよってスタンスでした。 ――もどかしさを、そのままを曲にしていたと。 辻村:そうです。ただ、26歳にもなると、ひとつやふたつ、正解だと思える答えが自分にも出てきて、それを教えてあげたいと思うようになっていったんです。それがここ2年くらいですね。自分なりに出てきた言葉も力強くて、その歌詞が歌えたのがうれしかったし。だからストレートな曲もすごくあるんです。「think about you」なんてタイトルが付けられる日が来ると思わなかったし、それができるようになったのがうれしくて。そういう変化はあります。 ――25~26歳の頃って、物事がフラットに見渡せるようになる時期だったりしますよね。 辻村:それはありました。20歳くらいだとみんなまだふわっとしてて、自分が幸せだと思ってるんだけど、でもそこからいろいろ抱えていき、25歳になったときに周りを見渡してみたら、そこから上がってる人と、落ちている人、2つしか見えなかったんです。僕は、前を走ってる人たちを見たときに、あと5年しか無いなって、良い意味で焦りを覚えたんです。 ――30歳までに何かしら目に見える結果を出さないとダメだってことですか? 辻村:決して30歳になって音楽をやめるってことではないけど、ここからの5年はすごく大きいなと思えたんです。それが自分に拍車をかけてくれて、前に進むスピード感をすごく与えてくれて、それが言葉にも出てきました。 ――ちなみにその25歳のときに見た「前を走っている人」というのは? 辻村:僕の場合は、バンドマンよりも、社会に出て働いてるサラリーマンの友だちですね。バンドを結成して7年くらいですけど、仲の良い友人が結婚して子供がいて、その子がちょうど7歳なんですよ。スタート地点は一緒だったけど、友人は僕よりもっと大きなものを背負っていて、社会に出て徐々に地位も上げているなって。もちろん、僕も気持ちよく前に進んでいると思ってますけど、それ以上に重みみたいなものを感じて、前に進んでる力が僕よりもあると思ってしまった時期があったんです。そこでもっとがんばって、逆に友人を越えたいと思ったし。音楽でもっと前に出たいと思ったのは大きいですね。 ――社会人でがんばっている友人から、自分に足りない部分に気づけたと。 辻村:気づけましたね。それによって言葉が変化したのもあるんですけど、あと、自分自身も受け入れられる姿勢が整ってきたと思います。20歳くらいだと、音楽でも人でも、好きなものだけで生きていけたんです。でも、音楽をやっていく中で、人に伝えるためには嫌いなものでも一度自分の腹の中に入れてみないと、その人の気持ちも分からないし、人に訴える言葉も出ないと思ったんです。好き嫌いじゃなく、一度自分の中に吸収して吐き出した言葉、曲が最近できるようになってきました。だから、情景が見える楽曲、人に歩み寄った楽曲ができたんです。それもこのアルバムでの変化ですね。

「僕たちは、たくさんのアーティストに夢を見れたギリギリの世代。そのワクワク感を伝えたい」

――例えば、食わず嫌いなものでも、なぜ嫌いかを確認する作業ができるようになったってことですよね。 辻村:そうです。僕らは多分、そういう確認ができるギリギリの世代なんです。 ――確認ができるギリギリの世代というのは? 辻村:嫌いな理由を知りたいというのは、音楽に通じますよね。今はネットで自由に音楽が聴ける時代で、嫌いなものを聴こうとする若い子はいないと思うんです。僕らは学生時代にバイトしてお金握りしめてレコードショップでCDを買いに行ってたんです。ジャケ買いをしたり、試聴機に並んで5時間聴いたりとか(笑)。大量に買って家で聴くってサイクルがあった。でもその中にも、はずれ、自分の好みじゃないものがちゃんとあったんです(笑) 。もちろん今、1曲だけでも買えて、音楽を聴きやすくなった状況は素晴らしいと思います。ただ、嫌いなものを受け入れる環境が昔に比べて少なくなったのは事実だし、僕らはそれに気づけるギリギリの世代。だからこそ、そういうことをもっと世の中に発表して、下の世代にも伝えていきたいというのはあるんです。 ――トライ&エラーは生きていく上で面白いというのを、音楽で伝えられる状態になったということですね。 辻村:そうですね。メタルの話をしましたけど、たくさんのアーティストに夢を見れたじゃないですか。そのワクワク感が学生時代に一番の楽しみだったんですよ。新しいアルバムを聴く感覚がたまらなく楽しくて。今みたくネットが発達してなかったので、雑誌見て発売情報つかんで、店着日に昼から並んでましたから(笑)。そういうワクワク感を知ったら最高だぜってことをどんどん提供できたらと思ってますね。 ――音楽を発信する側としての意識も高まったんじゃないですか? 辻村:はい。僕らは僕らで、アルバムを出す意味をすごく大事にしたいし。ひとつのパッケージされたもの、ジャケットも含めて、こういう気持ちを伝えたいって意思が見せるものを出していかないといけない。残るものはずっと作り続けていきたいし、そういう思いから今回のアルバムができたのはあります。

「音、言葉、全てのことに能動的に。自分たちが周りを動かしたい」

――タイトルの「シンバイオシス」には、共生という意味がありますが。 辻村:「シンバイオシス」ってタイトルは、ずっと持っていた言葉で、いつか付けられたらなと思っていたんです。素晴らしい言葉が歌えている、良い音楽ができているときに使える言葉だと思っていて。それがようやく使えるアルバムが生み出せたと思っていて。ともに生きる、人と一緒に生きるのは素晴らしいことですし、アルバムがいろんな世代に訴えかけられるものになればなって願いもありますね。今回のアルバムは、人に届けることを意識したので、だからライブをすごく意識しました。人が集まって交わることの終点はライブだと思うので。 ――外に向かっていく、発信していく思いは、歌詞、音からも感じます。言葉が変化したことで、制作においても変わったことが多かったんじゃないでしょうか? 辻村:どうしたらこの言葉が人の心に素直に入るんだろう、どういう音作りをしたら自分の特徴的な声が人の気持ちの奥底に入っていけるんだろうって、僕もメンバーも妥協せずに真剣に考えました。すごく明るいことを歌っているときは、明るい言葉を後押しして、内向的なことを歌ってるときは冷めた音でって。音が言葉を押し上げてくれる、そういうアルバムにしたかったんです。ここまで4人がひとつになって作ったのは無かったですね、話し合いもすごくしましたし。 ――そこは大きいですね。まず最初に共有していかなければいけないのはメンバーですし。 辻村:ほんとそうでした。まず4人が共有しなきゃ新しいものは生まれないと思いましたし。歌も、どういう歌い方をしたらもっと届くんだろうってすごく考えたし。音に関しても、前まではメタル感は押し出してなかったけどそこも素直に出せたんです。今まで押さえてた部分を爆発させたら、案外いけるなって、良い落としどころをこのアルバムでみんなが見つけられたんです。自分のスペースを見つけられて、それが上手い具合に絡み合えて。こういう風になったのは必然かなと思います。 ――アルバムの柱になった曲を挙げるとすると? 辻村:「dye it white」ですね。初めてタイトルに“白”って言葉が入ってるんです。“HaKU”ってバンド名を初めて楽曲の中に入れられたんです。サウンド面も、今まで培ったものをきれいにまとめて上手く削ぎ落して、なおかつちゃんとひねくれたものも残っていて、聴きやすくて乗りやすくてって、自分ら的には全部詰め込めたと思えて。これができて、このアルバムはいけると思いました。その過程で14曲目の「the day」ができて。日常的なものを切り取った歌詞、言葉を書けると思わなかったし、これをアルバムの最後に歌えたのがポイントになったと思います。 ――「the day」には、日常で傷つきながらも前に進んでいくポジティブな思いが詰まっています。 辻村:今までは、13曲目の「透明で透き通って何にでもなれそうで」みたいに、人に投げかけるように終わっていたアルバムが多かったんですが、初めて明るくアルバムの物語を終わらせられたのは、自分にとってすごくうれしかったことです。 ――人によって起きた気持ちの変化という意味では、海外でのライブも大きかったと思うんですが。 辻村:それはあります。マレーシア、インドネシアと海外でライブさせてもらえる機会があって、そこで受けた刺激も大きかったです。「What's with him」を英語詞で作ったんですけど、それは海外で出会った人たちと向き合った結果、生まれた曲ですね。あと個人的には、11曲目「行動と言動のキャスティング」の最後に“生きていく”って言葉を歌えたのも良かった。前の世代の負の遺産を自分たちが変えてやるって気持ちを歌えたので。力強さで言うとこの曲はデカいですね。今、一番歌いたいと思ったのはそういう言葉なのかなって。 ――喜怒哀楽が全て歌に表れてますね。 辻村:答えの見えない今までのスタンスを貫いてる曲もありますけど、でも力強く歌えた自分がいたのも事実ですし。こういうアルバムって二度と作れないと思うんです。 ――変化の過程が詰まった、HaKUにとってのターニングポイントの作品と言えますね。 辻村:そうですね。音、言葉、全てのことに能動的で、自分たちが周りを動かしたいって思いが込められるアルバムだなって。自分でもすごくワクワクするし、リスナーが1曲目から再生してドキドキし続けられるものができたと思うし。それはバンドマン冥利に尽きるなって。 (取材・文=土屋恵介)
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HaKU『シンバイオシス』(EMI RECORDS)

■リリース情報 『シンバイオシス』 発売:4月30日(水) 価格:初回限定盤(CD+DVD) ¥3,800(税抜)    通常盤(CD) ¥3,000(税抜) <収録曲> 1.dye it white 2.think about you 3.masquerade(シンバイオシスmix) 4.What’s with him(シンバイオシスmix) 5.リネイム 6.listen listen 7.アンドラマティック 8.黄昏の行方 9.Everything but the love 10.Archaic smile 11.行動と言動のキャスティング 12.Yeah Right! 13.透明で透き通って何にでもなれそうで 14.the day <初回限定盤DVD収録内容> インディーズ時代から「the day」ませのMV全てを収録(12曲) ・光 ・ないものなだり ・解放源 ・Karman Line ・Gravity ・1秒間で君を連れ去りたい ・アステリズム ・masquerade ・everything but the love ・What’s with him ・dye it white ・the day ■ライブ情報 『HaKU“シンバイオシス”Release TOUR 2014』 5月30日(金) 宮城・仙台 PARK SQUARE 6月1日(日) 北海道・札幌 SPIRITUAL LOUNGE 6月8日(日) 福岡・Queblick 6月14日(土) 東京・渋谷club asia 6月15日(日) 新潟・CLUB RIVERST 6月21日(土) 愛知・名古屋APOLLO BASE 6月22日(日) 大阪・心斎橋 Music Club JANUS ■iTunes http://itunes.apple.com/jp/album/id850376772 M-2 「think about you」iTunesプリオーダー(予約受付)スタート

空に絵を描く仏国人アーティスト出現!宮崎駿や荒木飛呂彦にも影響を与えたバンド・デシネって?

【オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より】

 フランスと言えば“芸術の国”というイメージを持つ人は多いのではないだろうか。ちょっと考えただけでも、世界最大級の美術館であるルーブル美術館があったり、ゴーギャンやモネと言った超有名な画家を輩出していたり、また日本からも黒田清輝や藤田嗣治など有名な画家が留学していたり…と様々な観点から美術史が証明している。しかし、これはあくまで美術史に名を残しているから、という部分が大きい。現代のフランスにはどんな芸術があるかご存知だろうか? 現代フランス芸術については学校などで学ぶ機会も少ないだろうから、知る人はあまりいないはず。というわけで、現代のフランス人アーティストをご紹介しよう。 今回紹介するのはThomas LAMADIEUだ。彼は空に絵を描くアーティストとして名を馳せている。ビルの間から見上げた空が彼のキャンパス。サイト(http://www.buzzly.fr/un-artiste-francais-remplit-le-ciel-avec-ses-superbes-illustrations-originales.html)に掲載されてい写真は、彼が撮影したものだ。どうだろう。「おしゃれな漫画の絵っぽい!」と感じないだろうか。 【「おたぽる」で続きを読む】

米津玄師が語る、“ボカロ以降”のポップミュージック「聴いてくれる人ともっと密接でありたい」

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【リアルサウンドより】  ボーカロイドプロデューサーの”ハチ”として数々の有名曲を発表後、本名名義で独自の歌世界を切り開きつつある米津玄師が、4月23日にセカンドアルバム『YANKEE』をリリースする。今作の特徴のひとつはバンドサウンドの導入。“ハチ”作品のエッセンスを取り入れつつ、前作『diorama』とも異なる、ダイナミックな演奏を聴かせている。インタビュー前編では、彼がシングル『サンタマリア』で宅録スタイルからバンドサウンドに移行したきっかけや、「普遍性」への志向、さらには想定するリスナー層についても語った。

「自分が作ったものに手を加えられるのが嫌だった」

――新しいアルバム『YANKEE』は、前作とはまた違ったバンド色の強い作品です。まず、どのような形で作り始めたのでしょうか。 米津:一曲一曲作っていって、曲が溜まってきたのでアルバムにしようと思って。だから前回とは全然違うアプローチで作りました。 ――前作『diorama』はコンセプトを決めてから? 米津:前回は「街」というコンセプトを決めて、そこから作り始めたんですが、今回はそういう感じはなかったですね。 ――今回、曲単位で作ったのはどんな理由からでしょうか。 米津:なんというか……前作でコンセプチュアルなものを作ったから、次は違うことをやろうというものがあって。というのも『diorama』は自分の家で一人で作って、誰かとやりとりして作ったものではなかったので。それが『サンタマリア』からバンド形式にして、ミュージシャンを招いてやるようになって。「これは慣れが必要だな」と思った。今まではやってこなかったことだったので、右も左も分からないというか。とりあえずそこに染まっていくために、ある程度時間と経験が必要だなと思いました。そういうところに向かって行くための実験とか訓練とか、そういう意味合いが少なからずありますね。 ――その「サンタマリア」以降、アレンジ面でもバンドサウンドになったわけですが、どんな発見がありましたか。 米津:『diorama』の頃は、自分が作ったものに手を加えられるのが嫌だったんです。手を加えられた結果として作品が悪くなったとか、他の人の感性が悪いものだとは思わないし、客観的に見るとそっちの方が良いという意見もあると思うんですけど、自分の中に明確な線引きがあって。エゴの塊というか、自分が「許す・許さない」の線引きがあって。自分の中で「許さない」のラインに入っているものを提示されると、それだけでもう嫌になってしまう。そういうのがあって、自分一人で作ってきたんですけど、そういうところでずっとやっていても、同じことの繰り返しになるし、一人で作ることには限界がある。だから、ある種無理やりにでも、そういうところから出て行かないといけないと思って。それで「サンタマリア」を作っていくうちに、だんだん許せるようになってきたんですよ。デモの状態から音一つずらされるだけで本当に嫌だったんですけど、だんだん許せるようになってきて。 ――なぜ許せるように? 米津:自分自身の変化もあると思いますが。ドラム、ベース、ギターにアレンジしたほぼ完成形のデモを渡して、で、レコーディングという手順を取っているんですけど、凄く良く理解してくれるんですよね。 ――今作参加のプレイヤーとの出会いが大きかったんですね。さて『diorama』の密室的な感じも良かったですが、今回の音の跳ね方、リズムの感覚はまた新しい一面だと思います。今回のレコーディングではどのような音を求めていました? 米津:大きく変わったのは、「いろんな人にわかりやすく、ポップに」というのを、すごく心がけましたね。 ――よりリスナーにダイレクトに伝わる音と? 米津:そう。 ――ただ、米津さんの音楽はオリジナル性が高いもので、このスピード感、このテイストの音、密度は他にないように思います。 米津:わかりやすくというのは心がけたんですが、人と同じことをやってもしょうがないと思うので、それをどう文脈に乗っ取ってやるか、どう外すかっていうのは自分の中でも考えるところ、重要視するところですね。

「普遍的なものに対する興味があった」

――歌詞などでも、内面を掘り下げていく部分が多く出ているのでは? 米津:なんかやっぱり、聴いてくれる人ともっと密接でありたいと思ったんですね。前作は言ってしまえばそういうところをあまり気にしていなくて、自分の中にある「街」を具現化するところに重きを置いていたので。「わかりやすく」というテーマはそのころからあったにはあったと思うんですけど。もっとこう、愚直に作っていたというか、自分の楽しいとか美しいと思うものっていうのを素直に純度高く抽出しようと思ったんです。  だからといって(今作は)別に美しくないものを作ろうというわけではなくて、「わかりやすいもの」。これってすごくネガティブにとられる可能性があるとは思うんですけど、決してそういうことではなくて、表現の一環としてそういうところに自分はこう落とし込んでいくというか。そうするとどうなるのかな、そういうことを自分はやれるのかな?という。チャレンジみたいな精神はあって。 ――わかりやすさの追求と、内面的な世界の掘り下げと。そうした一見相反する欲求が出てきたのは前作以降? 米津:ちょっと前から普遍的なものに対する興味があって。そもそも「普遍的」ってなんなんだろうと考えた時期がありました。それは『diorama』を作り終わって、『サンタマリア』を作るまでの時期だったんですけど、人間が意識の領域にまで持ち込まなくても、無意識の中に確実にあるものって何だろう……と探していたりしました。とても不思議な、なんで覚えたかわからないけど、知ってることってあるじゃないですか。自分の中にあるそういうものをピックアップして机の上に並べて。「これとこれは組み合わせると、どうなるんだ」とか考えてる時期があって。 ――組み合わせを通して普遍的なものを探す、というのは面白いですね。そうした志向は歌詞を書いたりとか、曲を作ったりする際にも? 米津:そうですね。実際に作る中で見つけていくというか。……具体的に言葉にはできないですが、なんかこう、性善説じゃないですけど、人間はそもそも一つの球体を持って生まれてくると思うんですよね。それが年を取るうちに削れてくる。無くしていくと思うんですよね。で、何を無くすかというところが個性になる。欠けた部分が個性になる。 ――傷つくのも個性を作るためには必要な要素だと。 米津:はい。 ――タイトルの『YANKEE』については。 米津:そんなに深い意味は無くて。元々「ヤンキー」って言葉が好きだったんです。歌詞にも使ってましたし。で、ある時「ヤンキーってどんな意味なんだろう?」と。日本だと「不良の少年少女」に対して使われるものですが、語源は何なんだろうと思って調べてみたところ、「移民」って意味があるらしくて。自分も(音楽業界からすれば)インターネットの土壌からやってきた移民だということで、「これがちょうどいいや」と思って付けましたね。 ――ご自身が移動しているというか、動いていく感じですね。 米津:そうですね。

「小学生、中学生くらいの子たちに聴いてほしい」

――それにしても、今回の作品は本当にいろんな捉え方ができる一枚だと思います。ある意味で宗教的な作品である一方で、パーティーミュージックっていう面もある。 米津:だんだん変わってきてはいるんです。『diorama』と『YANKEE』の2つに絞って比べてみると、『diorama』は一つの作品という言葉が正しいと思うんですけど、『YANKEE』はプレゼントとか手紙、そういう存在だと思います。誰かに対して、誰かの顔が思い浮かびながら、誰かに対してあげるものという意味合いが強いかなと思います。 ――今はとにかくリスナーに何かを届けたいという思いが強かった? 米津:いろんな人に。主にこのアルバムで個人的に思ってたのは、子供に対して。小学生、中学生くらいの子たちに聴いてほしい。彼らが喜んでくれるかどうか、許してくれるかどうかというのを考えながら作りましたね。 ――彼らが最初に夢中になれるポップミュージック。 米津:そういう存在でありたいなって思います。 ――ただ、一方で大人にも届くような気もします。 米津:なんか、小中学生の子供に対するあこがれがありますよね。子供って頭もいいし感性も豊かだし。そういう子たちに受け入れてもらえるというのは、凄く幸せなものかなって。 ――ご自身も子供の部分を持っていると思いますか? 米津:持ってたいと……思うんですけどね(笑)。 (後編【「最近はネットコミュニティを俯瞰で見ている」米津玄師が振り返る、ネットと作り手の関わり方】に続く) (取材・文=神谷弘一)
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米津玄師『YANKEE (初回限定盤)(映像盤)』(ユニバーサル・シグマ)

■リリース情報 『YANKEE』 発売:4月23日(水) 価格:初回限定生産 画集盤(CD+画集) ¥4,000(税別)    初回限定生産 映像盤(CD+DVD) ¥3,300(税別)    通常盤(CD) ¥2,760(税別) <CD収録内容> 1. リビングデッド・ユース 2. MAD HEAD LOVE 3. WOODEN DOLL 4. アイネクライネ 5. メランコリーキッチン 6. サンタマリア (ALBUM VER.) 7. 花に嵐 8. 海と山椒魚 9. しとど晴天大迷惑 10. 眼福 11. ホラ吹き猫野郎 12. TOXIC BOY 13. 百鬼夜行 14. KARMA CITY 15. ドーナツホール (COVER) <DVD収録内容> 1. リビングデッド・ユース (Music Video) 2. アイネクライネ (Music Video) ※映像盤のみ <画集収録内容> ・本人書き下ろしによるイラスト・マンガを含むハードカバー画集104ページ ・スリーブ仕様 ※画集盤のみ

『艦これ』&『コナン』人気で6時間待ち!? 横須賀が“カレー”と“艦隊”を求める亡者の街と化した!

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 筆者は大ブームの『艦隊これくしょん~艦これ~』(以下、『艦これ』)をプレイしている提督の一人である。始めた当時は大人気というわけでもなく、今の様に登録制限などもなくのんびりしたものだった。所属は初期サーバーである横須賀鎮守府なのが、ちょっと自慢。そんなわけで、元横須賀鎮守府(通称:横鎮)である海上自衛隊横須賀地方総監部で4月19日に開催された「護衛艦カレーナンバー1グランプリ in よこすか」に一提督として行ってきたのだ。  このイベントは、海上自衛隊の護衛艦や潜水艦で日頃食べられているカレーを一般に提供し、その投票で1位を決めようというイベントである。また前日からツイッターのTLに流れていた画像から、先日追加で2隻の建造が決まったものの、まだ国内に6隻しかないイージス艦が5隻も横須賀に集まっており、これに乗じてアレがナニするような事態になるのでは? という心配する声も上がっていた。が、提督的には、金剛四姉妹の「こんごう」「きりしま」が揃っているほうがポイント高い(笑)。当然参加である。開場は朝9時から。まぁ混んだとしても会場直後に並べば大丈夫だろう……という甘い予想の下、現地到着を9時として向かったのであるが……。
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 現地に到着して驚いた。まだ開場前だというのに行列は基地ゲート入り口からヴェルニー公園を過ぎ、ショッピングセンターの歩道橋を越えて続いていたのである(その距離、1kmを越える?)。100~200人の列ではない、まるでコミケである。並んでいる列とは対称的に、逆方法へ黙々と歩く人の列。この行列の最後尾を目指しているのであろう。人の流れに乗って歩き続けること15分ほど、ようやく列の最後尾に到着。すでに米軍基地ゲートも過ぎて、三笠公園のほうが近い位置である。角を曲がって、まばらに開き始めた商店街を10メートルも行ったあたりだろうか。心配になって情報を得ようとツイッターのTLを見ると主催者側が「6000食用意したが、2000食追加した」という心強い情報が。しかし、そんなに大量の人が基地内に入れるのかとも思う。コミケじゃあるまいし。 【「おたぽる」で続きを読む】

OSTER projectが語るボカロシーンの変化「今は視聴者も多様な曲を受け入れる体勢ができている」

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ボカロシーンの黎明期より活躍するOSTER project。

【リアルサウンドより】  2007年に初音ミクブームの火付け役の一端を担った楽曲「恋スルVOC@LOID」を手掛け、現在もボーカロイドシーンの先駆けとして活躍を続けるOSTER project。彼女が4月23日にリリースする『Attractive Museum』は、OSTER projectの特徴であるキュートな楽曲に加え、「Music Wizard of OZ」では20分という収録分数でミュージカル調の楽曲を繰り広げるなど、音楽的なチャレンジを盛り込んだアルバムとなっている。今回リアルサウンドでは、ボーカロイドシーンに黎明期から関わる彼女に、自身のルーツや初音ミクとの出会い、シーンの変化などについて語ってもらった。

「クリプトン社さんのページを巡回するのが趣味でした」

――音楽を作るようになったのはいつ頃からですか。 OSTER project(以下:OSTER):実際にパソコンを使って音楽を作り始めたのは13歳くらいからです。幼いころからクラシックピアノを習っていて、ショパンなどが好きだったんです。インターネット上でクラシックの曲を公開しているサイトを巡回していて、MIDIデータを聴いていました。その頃はmp3で公開できるような回線がなく、MIDIデータが主流の時代でしたから。聴いているうちに「このMIDIデータってどうやって作っているんだろう?」と興味が湧いて調べてみると、自分でもソフトを使えば作れることがわかったので、ソフトを購入しました。最初は既存の楽譜通りの音符を打ち込んでいたんですが、そのうち自分のオリジナル曲も少しずつ作り始めるようになったんです。 ――クラシックがベースになっているんですね。ゲームの音楽もお好きだということなんですが、当時のオリジナル曲にそうした趣向は反映されてましたか? OSTER:初めて「作り手」の存在を意識したのは、KONAMIの「BEMANI」シリーズです。様々なタイプのコンポーザーが参加しているので、幅広いジャンルを知ることが出来ました。私が色々なジャンルの音楽を作れるようになりたいと思ったきっかけも、このゲームに出会ったからです。彼らの存在を知ってからは「自分もいつかこういう職業に就きたいな」と具体的に思うようになりました。当時は彼らの音楽性に近いインストゥメンタル楽曲を夢中で作っていて、TOMOSUKEさんの作る音楽に一番影響を受けていました。 ――確かに、OSTER projectさんの作っている楽曲は彼の作るものに近い要素を感じます。別名義のZektbachに近い、叙情的でファンタジーな楽曲もあったり。 OSTER:中世ヨーロッパ的なテイストは元々好きだったので、「ドロッセルの剣」などの楽曲は、Zektbachさんの曲やTatshさんの「Xepher」にあるような中二的要素を意識して作った部分はあります。渋谷系に関しては、「GuitarFreaks&DrumMania」でCymbalsの「Show Business」を知ったのをきっかけにして、そこからいろんなアーティストを聴きました。昔のアーティストに関してはそういった形で知ることが多かったです。 ――当時世の中で流れていたJ-POPとはまた違う流れですね。そういうものは聴いていましたか? OSTER:小学生の頃はJ-POPが盛り上がっていたので、よく聴いていました。GLAYやMr.Children、安室奈美恵さんが流行っていた時代ですね。一方で、当時もアレンジ的に凝っていたり面白い進行の、曲に対して興味を持つことも多かったです。冨田ラボさんのアレンジがすごく好きで、自分の琴線に触れる曲のアレンジャーがほとんど冨田さんで。ああいう技巧的で玄人好みのアレンジは、言葉は悪いけど「バカ売れ路線」の曲には珍しいと思うんです。そういうスタイルを持ちながら、あれだけのヒット曲を書けるということに衝撃を受け、自分も技巧的でありながら多くの人に受け入れられるような曲を作りたい、と思うきっかけになりました。 ――そこからボーカロイドに出会うわけですね。OSTER projectさんの代表曲である「恋スルVOC@LOID」は、ボーカロイドのヒットナンバーの先駆けで、初音ミクが発売されて2週間ほどでリリースされました。ボーカロイドを見つけたきっかけは? OSTER:DTMオタクだったので、クリプトン社さんのページを巡回するのが趣味でした。巡回中に偶然、リリースされたばかりの初音ミクを見つけて、デモソングを聞いたらすごく良かったのですぐに買いました。これまで使ったことのなかったジャンルだったので冒険でしたけど、「かわいいしそんなに高くないからいいかな」みたいな感じもあって(笑)。音楽ソフトとしては安い部類でした。最初は周りから「お前あれ買ったの?」みたいな反応でしたが…… ――最初はみんな懐疑的だったんですね? OSTER:私は大学でコンピューター系の技術を学んでいて。クラスにもそういう方面に詳しい人は多かったので、みんな名前だけは知っていました。当時はまだ流行していなかったこともあり、俗物に近い扱いを受けていたようにも思えます。私はそんなつもりではなく、声を聞いて良かったから買ったんですけど、あまりそういう見方をしてくれる人はいなかったですね。
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『Attractive Museum』では、さまざまな音楽ジャンルに挑戦している。

「ボーカロイドという存在自体が、アーティストイメージに引っ張られることが少ない」

――萌えキャラ的な方向で見られていたということですね。それが一気にムーブメントになり、ある種のコミュニケーションのツールにもなっていきました。当事者としてはどう見ていましたか。 OSTER:意外でしたね。最初はこんな商業的に展開されるという予想も全然ありませんでしたし、着うたで配信されただけでも大騒ぎになっていた頃を経験しているので、よくこれほどまでになったな、と感慨深いです(笑)。 ――「声が良い」ということでしたが、ご自身で歌入れをすることは考えられなかったんでしょうか? OSTER:あったと言えばあったんですけど、聞くに耐えなかったです(笑)。それに当時はオーディオ系統の知識があまりないし、録音の仕方もよくわからなくて、MIDIで完結させてきたような感じでした。その中で、マイクなどの機材を使わずに、全部パソコンの中だけで完結させることができる、という新鮮さに惹かれたのも、ボーカロイドを買った理由の一つですし。生歌とボーカロイドを比べると、「やっぱり生いいな」とは思っちゃいますけど(笑)。 ――では、生歌ではなくボーカロイドだから出せる魅力とは? OSTER:ボーカロイドという存在自体が、アーティストイメージに引っ張られることが少ないことが一番大きな強みかもしれません。例えば辛辣な歌詞をアーティストに歌ってもらうと、どうしてもその人のアーティストイメージや意向が絡んできて、意図しない方向へ向かう場合があります。それに対してボーカロイドは、作り手の伝えたいメッセージを、ボーカリストのイメージを挟まずに直に発表できるツールだと思います。 ――今作『Attractive Museum』では、いろいろな形で活動してこられたキャリアを総括するような、様々なジャンルの楽曲が収録されています。この作品はご自身の中でどんな位置付けなのでしょうか? OSTER:かわいい系の曲がメインだった最初の頃に比べて、最近は曲のバリエーションを広げていこうと取り組んでいるんです。今回の『Attractive Museum』もタイトル通りの意味で、博物館の展示のように様々なジャンルの楽曲があって、制作スタイルの変化が見えてくるアルバムになりました。 ――「制作スタイルの変化」ということですが、具体的には初期のかわいい系からどのように変わってきたのでしょうか。 OSTER:変わってきたというより、インスト楽曲を作っていた頃に戻った感じです。ボーカロイドシーン自体が多様化してきて、かっこいい楽曲も最近では増えているので。初期の2007年頃は、かわいい系の楽曲で「私頑張って歌うよ」という、ボーカロイド自体をテーマにしたような曲が中心でしたよね。でも今は視聴者もいろいろな楽曲に対して受け入れ体勢ができたと思います。そういう流れの中で、自分も色々なことがやってみたくなったわけです。
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いずれは舞台音楽にも挑戦したいそう。

「最近はイベントに30-40代の主婦の方なんかも来てくれる」

――新曲をアップするたびに、視聴者の反応を感じ取っていると思いますが、どんな反応がありましたか? OSTER:やっぱり多くのリスナーにとっては、今までのかわいい楽曲のイメージが根付いていたので、一部から「Osterにこういうのは求めてない」という意見も正直に言うとありました(笑)。でもそれよりも「こういう路線もいけるんだ」という声があったことに手応えを感じました。 ――「Music Wizard of OZ」などは、20分という収録分数の中に、色々な側面が入ったミュージカルのような曲ですよね。 OSTER:かわいいだけで20分通すと、絶対に飽きちゃうと思ったので。三食パフェだと気持ち悪くなりますよね(笑)。この曲は「いろいろな楽曲を作っていこう」というポリシーの集大成として作ったものなんです。 ――OSTERさんの表現したい世界観の核の部分について伺います。何か一貫して変わらずに伝えたいものが頭の中にあって、それを表現していくタイプですか?それとも作っていく中で変化していくものに身を委ねるタイプですか? OSTER:音楽に関しては、自分で作っていく中で「次に何が来たら気持ち良いだろう」という風に考えながら作ります。私は音楽理論の勉強などをあまりしていないので、設計図や譜面は書かずに、頭のなかで思いついた音楽をマウスで打ち込んでいっています。それを繰り返していますね。それに、コンセプトを決めてから作り始める曲の方が多いです。頭の中でイメージや登場人物、それの向かう結末などを頭の中で固めて、それに沿って展開や歌詞に使う単語を考えると、歌詞も出来ていきます。 ――実際に、ユーザーとのコミュニケーションを含め、既に公開されている曲の手応えはいかがですか? OSTER:最近ニコニコ動画は人が減ってきているような印象があって、正直あんまりわからないんですけど、イベントなどではけっこういろいろな年代の方が来てくれています。30-40代の主婦の方なんかも来てくれていて話しかけてくれました。しかも内容が「いつも鮮やかな7th(コード)の使い方が素敵です」という(笑)。聴いてくれてる方はいるんだ、という実感はそういうところで感じます。 ――動画やアニメもそうですが、音楽以外の文脈もこの作品に流れ込んでいると思います。ご自身の音楽以外にバックグラウンドになっているものやカルチャーは? OSTER:私は本を読むのが苦手で、国語も全くわからないんですけど、昔から映画はわりと好きで、ミュージカルやアニメーション、ハリウッド映画が好きなんです。ジョン・ウィリアムズのような、誰が聴いても爽快感のある派手なオーケストラがすごく好みで。現在上映中の『アナと雪の女王』はミュージカル色が強くて、『美女と野獣』の頃のディズニーを思い出しました。あと、活字は嫌いですが、ハリー・ポッターは何回も読んでいます。 ――そういったミュージカルの劇伴のようなものを手がけることもいずれは視野に入れていますか? OSTER:やってみたいですね。ミュージカルは昔から憧れていたものなので、目標のひとつです。魔法的な世界観は好きなので、音楽の中で表現したいです。台詞の入った作品に関しては、ボーカロイドを使うことが難しいと思うので、実際の舞台音楽などを手掛ける機会があったらいいな、と思います。 ――ご自身が舞台演出からやってみるとか。 OSTER:演出となるとプロの方にお任せした方がいいと思います。音楽の分野でだったらもちろんやりたいです。いろいろなことを平行してやりつつですが、インストに力を入れたいですし、アーティストプロデュースもやってみたいし、ジャンルに縛られずいろいろチャレンジしたいです。いろいろですね、本当に(笑)。 (取材・文=編集部/写真=竹内洋平)

ペリーヌ、トム・ソーヤー、ビッケ…名作アニメのキャラが瑞々しいイラストで蘇る『関修一の世界』

【オタクに"なるほど"面白い!オタクニュース・ポータル「おたぽる」より】

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『関修一の世界――キャラクターデザイン・ワンダーランド』(東京書籍)より/『小さなバイキング ビッケ』©ZUIYO 公式ホームページ http://www.vicke.ne.jp
『小さなバイキング ビッケ』『ペリーヌ物語』『トム・ソーヤーの冒険』『家族ロビンソン漂流記 ふしぎな島のフローネ』『私のあしながおじさん』『トラップ一家物語』『ボスコアドベンチャー』……。一連のタイトルを見て胸がキュンとなった人はもちろん、アニメ黎明期の空気を知りたい人、アニメーターを目指している人などに朗報! これらの作品のキャラクターデザインを手がけたアニメーター・関修一氏による初の画集『関修一の世界 キャラクターデザイン・ワンダーランド』が、4月21日、東京書籍より発売された。  関氏は日本のテレビアニメ黎明期である1967年に業界入りを果たし、背景美術でキャリアをスタートさせたのち1969年に『忍風カムイ外伝』で初めてキャラクターデザイナーを担当(当時はまだキャラクターデザインという肩書が存在せず、単に「美術」と呼ばれていたそうだ)。以降47年もの間、アニメーター・キャラクターデザイナーとして活躍しているアニメ界の大ベテラン。2009年より、自身が生み出してきたキャラクターの日常を描く描き下ろしイラストを発表する個展も開き、毎回大盛況となっている。  しかし、関氏本人としては個展を開くまでは果たして自分にはどれほどのファンがいるのか想像もできなかったそうだ。 「展覧会をやるようになって“もっと早くこういう催しをやってほしかった”という声が多く届くようになって、びっくりすると同時に感謝しています。小さい頃に私のキャラクターを見て励まされていた、という声もありましたが、そういう方に出会うことで私も“また描かなきゃ”という力をもらっています」(関修一氏) 【「おたぽる」で続きを読む】

ファレル、全方位型スーパースターに 新作『ガール』ヒット&再ブレイクの理由

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ファレル・ウィリアムス『ガール』(SMJ)

【リアルサウンドより】  グラミー賞授賞式ではダフト・パンクやスティーヴィー・ワンダーと歴史的パフォーマンスを披露、アカデミー賞授賞式ではメリル・ストリープ、エイミー・アダムスらを踊らせて、アメリカの『徹子の部屋』=『Oprah Prime』ではオプラ・ウィンフリーの前で男泣き。アディダスやジースター・ロゥ(オランダのデニムブランド)では自身のコレクションを発売、コム デ ギャルソンと組んで香水を発表、現在はユニクロやレッド・ブルのコマーシャルでも大露出中。ちなみに日本ではすっかりヴィヴィアン・ウェストウッド=小保方晴子みたいなイメージがついちゃっているが、世界的にはファレルお気に入りのヴィヴィアンの帽子が大人気品切れ中。シングル『Happy』はビルボードのシングルチャート8週連続1位を記録中で、(リリースは昨年だけど)早くも「今年を代表する1曲」の座を確実なものに。先週世界中でネット中継されたコーチェラフェスでのパフォーマンスも大評判。4月23日にはハンス・ジマー、ジョニー・マーらと組んだ『アメイジング・スパイダーマン2』のサントラもリリース。とにかく音楽界、映画界、ファッション界、セレブ界、広告業界とすべてを巻き込んで、全方位的にファレル旋風が止まらないのである。  90年代後半から時代を牽引するプロデューサーとして活動していたファレル・ウィリアムスは、ブリトニー・スピアーズやグウェン・ステファニーらにヒットソングを提供する一方で、自らもバンド、N.E.R.D.のメンバーとして活躍してきた。そんな現在41歳のファレルがここにきてスーパースターとして君臨している現象を日本で言うなら(日本で言う必要があるのかというツッコミはひとまず置いておいて)、つんく♂がシングルチャートで8週連続1位をとっているようなものと言っていいだろう。世界的なファッションアイコンをつかまえて何を言ってるんだと思う人もいるかもしれないが、実際に昨年まで、具体的には2013年を代表する2大ヒット曲、ロビン・シック「ブラード・ラインズ」とダフト・パンク「ゲット・ラッキー」に参加するまでの数年間、ファレルの音楽シーンでの立ち位置はかなり微妙なものだったと言わざるを得ない。  4月30日に国内盤もリリースされる『ガール』は、10代後半で音楽業界に入ったファレルにとってその長いキャリアからすると意外にも思えるまだ2枚目のソロアルバム。2006年にリリースされたファーストアルバム『In My Mind』は、作品の内容はともかく、APEデザインのアートワークを今見るとなかなかの時代遅れ感がある。これはあまり指摘されてこなかったことだが、海外では別として、ここ日本では8年前のリリース時点でも「今さらAPE?」といったムードが確かにあったことを記しておきたい。ちなみに現在のファレルは『In My Mind』を振り返って「精彩を欠き、物事を前に推し進めるという意図も欠落していた」「初めてアルバムを作ったときは自己中心的過ぎた。あまり楽しめなかったし、ライヴでやるのが恥ずかしい曲もあったよ」と散々な言い草。いや、音楽的にはそこまでダメな作品じゃなかったんですけどね。  それまで勝ち続けてきたビリオネアボーイ(億万長者の少年)のファレルにとって、『In My Mind』での失望は大きなトラウマとなっていた。なにしろ昨年のダフト・パンク『ランダム・アクセス・メモリーズ』のレコーディングに参加した時点で、彼はソロアーティストとしての契約をどのレコード会社とも交わしていなかったのだ。実は今回のファレルのメガブレイクには、あの『ランダム・アクセス・メモリーズ』の膨大な制作費にGOサインを出したことでもその慧眼ぶりを発揮したコロンビアレコードのエグゼクティブ(具体的にファレルが名前を挙げているのはロブ・ストリンガーとアシュリー・ニュートン)による二つの決断が大きく寄与している。一つは、『ランダム・アクセス・メモリーズ』を最初に聴いた時点、つまりまだ「ゲット・ラッキー」が大ヒットする前の時点で、ファレルにソロアルバムの制作をオファーしたこと。もう一つは、グラミー賞授賞式、NBAオールスターズでのパフォーマンス、BRIT アワード授賞式(英国)、アカデミー賞授賞式と、2014年初頭の大きな舞台の出演が立て続けに決定した時点で、ファレルにアルバムの完成を急かしたことだ。ファレルのセカンドソロアルバム『ガール』が3月3日に(本国)リリースされることが突然発表されたのは今年の2月19日。それがレコード会社内部で決定したのは、なんとその10日前のことだったという。運をつかんで(Get Lucky)幸せ(Happy)になるのに一番大切なこと。それはタイミングなのだということを、現在のファレルの大躍進は教えてくれる。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集を経て独立。現在、「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「BRUTUS」「ワールドサッカーダイジェスト」「ナタリー」など、各種メディアで執筆中。Twitter