「平成」を代表する歌姫のひとりに、浜崎あゆみがいる。かつて全盛期の浜崎あゆみ人気はすさまじいものがあったが、ひとつの時代が終わろうとしている現在、“浜崎あゆみ”というポップアイコンもまた変化の時を迎えている。
象徴的だったのが、3月27日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で持ち上がった話題だった。この日、同番組では「埼玉女子」特集が放送され、埼玉出身の女性ゲストらが歌手の浜崎あゆみを崇め奉った。
番組では、若槻千夏がコギャル時代の写真を披露したが、若槻のスクールバックには黄色い花のハワイアン・レイがあしらわれていた。これを突っ込まれた若槻は、かつて憧れていた浜崎あゆみがハワイアン・レイをよく着用しており、真似していたと説明する。
若槻が「やっぱ埼玉県民はあゆを信じているところがあるので。女性はあゆを信じてて、男性はキムタク信じてる。2人は神なわけですよ」と熱弁すると、同じく埼玉県出身の夏菜や岡井千聖も同調し、「埼玉県民はあゆを神と崇めている」説が浮上。ネットでも、「めっちゃ分かる」「春日部の私もあゆちゃんの大ファンです!」と話題になっていた。
若槻千夏がコギャル姿でハワイアン・レイを身に着けていた2000年代前半、歌姫・浜崎あゆみは人気の絶頂期にあった。1998年にエイベックスからデビューした浜崎あゆみは瞬く間に若い世代の女性を中心にファンを獲得し、 “カリスマ歌姫”の名を恣にしていたのだ。当時の“あゆ”の曲はもちろん、ファッションや言動は、埼玉県民どころか日本中の女子を夢中にさせていたのだから、「平成」という時代を語るならば、浜崎あゆみとその周辺で沸き起こった大ブームは、必ず避けては通れないトピックだろう。
浜崎あゆみのパフォーマンスやルックスは“劣化”?
しかし現在でも浜崎あゆみは全国をめぐるホールツアーを行い、精力的な活動を続けているが、かつてのような人気や勢いはすっかり鳴りを潜めている。
昨年7月、浜崎あゆみは約5年ぶりに『2018 FNSうたの夏まつり』(フジテレビ系)に登場した。このときは、往年のヒット曲『BLUE BIRD』と『Grateful days』を披露した。この時、浜崎あゆみの体は少しふっくらとしたように見え、声も細く、ハスキーになっており、多くの視聴者がイメージする全盛期の“あゆ”から、遠く離れた姿だった。
また、生放送にもかかわらず、なぜかVTR出演だったこと、アップショットが皆無だったことについては、「音程ズレで放送事故を防ぐため」「加工なしのカメラ映りを気にしている」などと、ネガティブな憶測が飛び交った。アンチが声を大きくしており、今では浜崎がInstagramに自身の写真を投稿するたび「加工されすぎ」と批判を呼び、ネットでひと騒動を起こすというのがお決まりの流れだ。
浜崎のパフォーマンスやルックスが「“劣化”した」などと袋叩きにされるのは、見ていて気持ちの良いものではない。浜崎あゆみのデビューからすでに20年もの時間が流れている。誰だって、いつまでも全盛期のまま留まることは不可能だ。時代や流行が変わり、本人も年を重ねる以上、人間が“変化”をするのも自然なことだろう。
では、現在の浜崎あゆみ本人が、自身の“変化”をどのように捉えているのか。
全盛期は「辞めたかった」
3月28日発売の「Numero TOKYO」(扶桑社)は、今年キャリア21年目を迎える浜崎あゆみのインタビュー記事を掲載。浜崎あゆみは、デビュー当時から現在にかけての“変化”について語った。
大ブレイクしていた時期は、<何かしたことが社会現象になったり、ちょっとしたことが良くも悪くもメディアに取り上げられたり>し、追い詰められたこともあったという。<私はきちんとこの世に存在しているんだとは思えなかった><もう誰も見ないでって――。あの頃が一番、“浜崎あゆみ”を辞めたいと思った時期だったと思う><むしろ逃げ出したかった>というほどに。
しかし常々彼女が公言してきたように、“浜崎あゆみ”は彼女の本名であると同時に、チームプロジェクトでもある。スタッフの入れ替わりは非常に少なく、長い年月をかけて同じチームで仕事し、家族のような関係を作り上げてきたと彼女は自負している。その家族みんなと人生をかけてエンターテインメントの世界に生きるという決意が伝わってくる内容だった。彼女は何が何でも“浜崎あゆみ”を“浜崎あゆみ”のまま、続けていく覚悟なのだろう。それが、埼玉女子をはじめファンたちに支持されている。
音楽業界、芸能界におけるポジションや流行、彼女自身のルックスや声は変化していくけれども、“浜崎あゆみ”の世界観は良くも悪くもずっと変わらない。ライブでも新旧の楽曲を混ぜ、<ライブを見に来てくれたアーティスト仲間や後輩、先輩>に「よく、そんな昔の歌を違和感なく歌えるね」「自分だったら照れくさくて『今から懐メロやります』みたいな感じにしちゃう」「それよりも新しい曲をやりたい」等と言われるのだという。
彼女自身は違和感を覚えることなく昔の歌をたくさん歌う。それは浜崎あゆみのヒット曲が普遍性を持っているということなのかもしれないが、彼女は<いつかそうありたいというか、そんな大人になりたい――みたいな気持ちで書いた歌が多いからじゃないですかね>と分析している。彼女にしてみれば、背伸びしていた楽曲にようやく年齢が追いついた、というところなのだろうか。
ちなみに“キラキラ輝いて見える人”という問いに、浜崎あゆみは<本気で怒る人。本気で酔ってバカやっちゃう人。本気で集中しすぎて、気づいたらずっと寝てなかったってくらい仕事をしちゃう人。そういう側面がある人って輝いてるなって思う>と答えている。平成というより昭和感がすごい。盟友であるエイベックス代表取締役松浦勝人氏はまさにそういう人らしい。その松浦氏は自社社員にも「そういう人」であることを要求し、炎上したことがあるが。
「浜崎あゆみというブランドに対するプライド」
「20年間で、自分が一番大事にしてきたものは何か」という質問に、浜崎あゆみはこう答えている。
<独りよがりではなくて、浜崎あゆみというブランドに対するプライド。それはみんな(ダンサーズやスタッフ)で守っているものだから。結果、間違ってしまうことが今でもありますし、失敗することもありますけど、それでもやっぱり、そこを傷つけちゃいけないというのは常にある>
どんなものであっても価値は変動する。平成を駆け抜けた浜崎あゆみというブランドも同じで、その価値をもっとも高いところで維持することは難しく、常に変化し続けている。昨年5月には、松浦勝人氏のTwitterに、浜崎ファンから「どうにかしてください」「コンサートがマンネリ」「ダンサーが多すぎ」等の苦情が寄せられ、レスバトルに発展したこともある。浜崎あゆみというブランドに傷がついていないとは言えない。
一方で「あゆはあゆのままでいい」「変化しないでいい」との声も同時に寄せられていた。今の浜崎あゆみを好きだというファンももちろんいる。そんなファンたちの笑顔や涙につながるよう、浜崎あゆみは一座でエンタメをつくる覚悟をとっくに決めているようだ。
安室奈美恵が昨年引退し、浜崎にも「潔く引退を」と投げかける声があったが、浜崎あゆみは浜崎あゆみだ。彼女にやりたいという気力がある以上は、たとえマンネリでもこのプロジェクトは続いていくのだろう。