叶姉妹の「謎」はすでに明かされていた セレブライフの入り口と半生

 叶姉妹が、3月27日更新のブログで、収入に関して「約30年以上前から株や為替、投資などをしております」と明かした。 

 ブログでは叶姉妹の写真を無断使用したTwitterの広告画像をUPし、「詐欺行為ですのでご注意ください」と警告。その広告は、<叶姉妹はdocomoの権利収入で月6,000万円もの収入があるのを知っていますか?>というものだ。すでに弁護士を通じて対応済みだそうだが、「ラインなどを使い拡散しているらしいですので、念のためにお知らせさせていただきました」と注意を呼びかけている。

 “叶姉妹はdocomoの権利収入で月6,000万円もの収入がある”というのはネットの噂だ。ブログでは続けて、収入に関する誤解をとく文章を綴っている。

<『念のために』私達の愛する大切な皆さんのピュアな心をふみにじるような詐欺的行為に巻き込まれない為にもちょっとだけお話ししておきますね。日常的なツイートの中に“叶姉妹の収入源は…謎”などと、よくお見かけいたしますが、私達は、芸能のお仕事以外にも約30年以上前から株や為替、投資などをしておりますよ。バブル経済の時代にはものの価値が今とは何倍も違いました。そしてバブル経済が崩壊した時ですら世界的な動きを見ながら緻密な先々の見通しと直感でほぼ損をしたことがありませんよ>

 確かに、叶姉妹がなぜあのような高価なジュエリーやドレスを身につけ、セレブライフを送ることができるのか「疑問だ」という声は、ずっと前からあった。

 しかしそのことについて知りたければ、叶姉妹の言葉を追いかければいい。2013年、messyにて公開した「叶姉妹はなぜ、セレブライフを送ることができるのか?」という記事をここに再掲する。

叶姉妹はなぜ、セレブライフを送ることができるのか?
 1990年代後半から「芸能人」としてメディアに登場し、ゴージャスなセレブキャラでお馴染みになった叶姉妹。姉の恭子さん、妹の美香さん(そして次女の晴栄さん、というのもいた)は、年齢不詳、仕事も不詳(バラエティ番組やイベント出演といった芸能仕事だけでセレブライフを維持できるわけがない、と見られている)、日本人離れしたスタイルと宝くじが当選しても手が届かないほどの高価な宝石の数々……とにかく「謎」の姉妹だ。

 ゆえに、「石油王の愛人」「高級売春婦として稼いでいる」などとウワサされ、顔も体も人工的だと散々叩かれてきたが、最近ではもはや「それをツッコむのは野暮でしょ」という空気が出来上がりつつある。芸能人なんて、多かれ少なかれ庶民的ではない生活をしているし、テレビで見せる顔は虚像だ。しかし、いわく

・本当にセレブならば、バラエティ番組に出演して微々たるギャラを稼ぐ必要などないはず
・本当にセレブならば、セクシー写真集を出版する必要などないはず
・本当にセレブならば、「歌がうまい王座決定戦」に出場する必要などないはず
・本当にセレブならば、パチンコ屋のイベントに出演して小金を稼ぐ必要などないはず

  「アンチ叶姉妹」は、こういった批判を繰り返し、彼女たちが公開している豪華な衣装や宝飾品はレンタルだとか、はべらせているメンズたちは経費で雇っているだけだと推測している。しかし仮に彼女たちが仕事用のキャラクターだという理由のみで、あそこまで徹底して自由奔放なセレブキャラを演じているとしたら、よほど賢く理性的、かつ本来の自分を抑えることのできるものすごい人物だと言えるだろう。小倉優子だって「こりん星から来たゆうこりんだぷー」というキャラを演じ続けることはできなかった。

 叶姉妹のすごいところは、カメラの回っていない舞台裏でも、決してそのキャラを崩さないところである。長きにわたり、周囲をも巻き込んでセレブキャラを維持しているうえ、次女の宝石持ち逃げ事件・実父の暴行事件などがあっても、本人たちは「この機にキャラチェンジを」などと目論むことはなく、それまでとまったく変わらぬ姿勢を貫いている。

 ここ数年、芸能人はブログやTwitterを通じて私生活を見せることも多くなってきた。叶姉妹もアメブロ上に公式ブログ「ABUNAI SISTERS」を開設した2009年当初は、一カ月に100~200本以上もの記事を更新し、ファンとの交流もはかっていた。それなのに更新は翌年から一気に減り、今年上半期はひと月平均9本。内容も、その月に誕生日を迎えることをコメント欄で申告したファンへの「ハッピーバースデー」コメントと、出演番組告知ばかりだ。これでは彼女たちの日常をうかがい知ることはまったくできない。そこで、叶姉妹がこれまでにリリースしてきた著書や写真集といった作品から、「叶姉妹」というタレントを読み解いていきたいと思う。

(※編集部註:2019年現在はブログやInstagramを頻繁に更新している)

 

叶恭子という人生
 まずは2000年(ミレニアム、懐かしい)に発行された恭子さんの自叙伝と言うべき一冊。第5章~7章にかけて、年老いた石油王との見合い相手として選ばれた経緯がつづられているが、彼女自身が「これはまさに映画の世界だ、と思いました。映画のシナリオにしても、ちょっとできすぎていて、むしろ陳腐という感じがするほどです」と述懐するほど、その部分は幻想的なストーリーになっている。

 ここに登場する彼女の家族は、「輸入会社」を経営する父親と、あまり家事をしない母親、妹の晴栄さん。父はよそに家庭をいくつも持っているプレイボーイで、あちこちで妾を囲って子供ももうけている。戸籍上では、7人の子供を認知しているが、他にももっといるのではないかと親戚たちは話しているという。美香さんもそのうちの一人で、いわゆる異母姉妹だと記されている。

子供心に、「なぜうちのお父さんは他にも家があるの?」「男の人は、なぜそういうことをするの?」と疑問に思い、やがて「それが男性の習性なのだ」と諦めるようになっていったという恭子さん。

 遠足に吉兆の三段重を持たせて白いリンカーン・コンチネンタルで送迎するほど経済的に余裕のある家庭だったそうだが、小学校は公立だったのか、恭子さんは好奇に満ちた視線にさらされ孤独を味わったという。その後、彼女が10代後半になり家を出たころに父親の会社が倒産。両親は離婚している。

恭子さんに数億円の現金を貢いだ男の存在
 学校で「規則」に縛られることに息苦しさを覚えた恭子さんは、高校時代から大阪のクラブに通う夜遊びを楽しむようになった。そして高校三年生の時に出会った、「秋田犬のような純朴さ」を持つ27歳の実業家男性と恋をする(後に、この男は実は30歳で子持ちだったと判明して恭子さんを失望させるのだが)。

 クラブでナンパしてきたこの男は、資産家だった父の遺産を相続して金には一切困っていないとのことで、会うたびに高級ブランドの品をプレゼントしてくれた。何百万もする高価な品物だが、いかんせん趣味が悪く、恭子さんはそれを身に着けることはできない。そこで、「気持ちは嬉しいけど、せっかくもらっても私は使わない。やめてほしい」と率直に告げたところ、男はなんと使い古した紙袋に一千万円の札束を入れてよこしたという。

 裕福な家庭で育った恭子さんでも、一千万円の塊を見たのはその時が初めて。その後も、男はたびたび現金をプレゼントしてくれ、たいていは一千万円(この塊を1ブロックと呼ぶそう)だったが、使いきらないうちにまた現金をプレゼントされるので、「どんなに高価な物を買ったところで使っても使っても減らない」状態に。恭子さんは一人暮らしの部屋で段ボール箱にその塊をキープした。一度に五千万円を受け取ったこともある。男は彼女をつなぎとめるために、湯水のように現金を渡し続けたという。彼女の部屋には現金の束が積み上げられ、まさに「マネー・トゥリー」状態だった。

 彼女は、『hon-nin』(太田出版)のインタビューで、辛酸なめ子に「恭子さんのように、無邪気にお金で遊べるようになるにはどうすればいいのか」と尋ねられ、「たくさんのお金をたくさんいただく経験が必要」と明言している。まさにこの、総計数億円はくだらないだろうと思われる現金を貢がれた経験が、その後の彼女の人生を大きく変えたと言っていいのかもしれない。

 さて、男とそんな関係が四年間続き、ある時、恭子さんは「彼が年齢を3つごまかしている。別の女性との間に子供もいる」という事実を知らされる。これで二人は恋愛関係にピリオドを打つことになるのだが、男は最後まで「僕を捨てないでくれ」「君を知ったらもう、普通の女の人を愛することができなくなってしまった」とすがった。

 この男が貢ぎ続けた金塊が資金となって、恭子さんは「自分で会社を興し、ビジネスをしてみよう」と考え、個人事務所を設立する。なぜそんなにいい暮らしができるのか、と問われた時に、「彼がとてつもなくお金持ちで」と素直に話したところで、誰も信用してくれないだろうと思ったからだ。その後、宝石・貴金属・時計を並行輸入する会社を設立。バブル好景気の影響もあり、「年商10億円を超える優良企業に成長」したという。また、彼女は株取引の手腕にも長けていた。男に貢がれた現金をただ蓄えておくのではなく、殖やしていった……というわけである。

 

謎の老紳士と石油王
 10代で数億もの大金を(男からの貢物として)手にし、会社を興して軌道に乗せた恭子さん。ある日、オフィスからほど近い赤坂でショッピングをしている最中に、老紳士と女性秘書から声をかけられる。その老紳士から差し出された名刺を見ると、「ああこの方」と納得するほど著名な、某企業の社長だったという。

 翌日、ショールームも併設された恭子さんのオフィスに訪れた老紳士は、恭子さんに縁談を持ちかける。しかもその相手は、80代の高齢男性で、アメリカの石油王。資産は880億円。これまで5人のハリウッド女優がその石油王とお見合いをしたが、縁談はまとまらなかったそうだ。

 恭子さんはこの「エキサイティングなお見合い大作戦」に乗り、フランスの古城に滞在しているという石油王の元へ赴く。石油王は彼女を気に入ったようだったのだが、即結婚、というわけにはいかない。帰国後、老紳士から「彼が結婚に踏み切るまでには、相当時間がかかる」「最低一年」と告げられた恭子さんは、待てないと言いお見合いを破談する。そしてこのお見合いそのものを受けたことに対する「御礼」を支払うという老紳士に、10億円を要求。すごい金銭感覚だ。

辻褄は合うのでは…
 『蜜の味』に書かれていることが、すべて事実かどうかは分からない。07年12月に、恭子さんの実父(同著によれば、美香さんの実父でもあるはずだが)が「金を返せ」と乗り込み、姉妹に傘を突きつけたなどとして暴力行為法違反の現行犯で逮捕されるという事件があったが、この時の週刊誌報道では、「父親は大阪で自動車部品の工場を経営していた」とされている。また、「羽振りがよかった頃、愛人を作って家を出ていったが、その後、工場が倒産して金策にあえいでいた」とも。

 なるほど、こうして照らし合わせてみると、輸入関係の会社か自動車部品工場かの違いはあれども、父が社長であったことは間違いないらしい。であれば、多少表現に誇張がある可能性は否めないとしても、『蜜の味』は十分に叶恭子の自伝として成立しているのかもしれない。

 多くの視聴者が疑問に思っている「叶姉妹の収入源」についても、「元カレが尋常じゃない額を貢いでくれたおかげで、それを元手に会社経営や株取引などの資産運用をしている」。これが正解だと思えば、彼女たちが高級売春婦だとウワサするよりもスッキリする。

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腎臓移植手術の電撃ネットワーク・南部虎弾の“不死身伝説”がスゴすぎる!?

 電撃ネットワークの南部虎弾が、5月に腎臓移植手術を受けることがわかった。持病の糖尿病の悪化のため腎機能が低下しており、移植を行うという。

 電撃ネットワークといえば「牛乳を鼻から飲んで目から出す」「ドライアイスを口に含んで白い息を吐き出す」「クラッカーを口の中で爆発させる」といった過激なパフォーマンスで知られる。見た目のインパクトが大きく、言葉を必要としないため海外での活躍も多い。デーブ・スペクターによって名付けられた異名「TOKYO SHOCK BOYS」としても知られているが、数々の危険なパフォーマンを成し遂げてきた南部には、さまざまな不死身伝説がある。

「南部はもともとダチョウ倶楽部のメンバーでしたが、上島竜兵の家に電話をかけ『ビー玉を飲めるか?』と訊くなど、エキセントリックなキャラクターすぎるためメンバーを脱退。それでも『過激なパフォーマンスならば海外で受けるのでは?』とコンセプトを思い立ちメンバーを集めます。初期のころには、金魚を飲み込んで吐き出す『人間ポンプ』の進化系としてピラニアを使ったところ、出てこなくなってしまい『ケガをした』というと仕事が来なくなると思い、魚が胃壁に噛み付く激痛を我慢したそうです。その後、ビールを飲んだところ、血だらけの状態で出てきたそうです」(芸能関係者)

 こうした変人エピソードは、ほかにも存在する。

「ダチョウ倶楽部を脱退し、電撃ネットワークを結成する前に、大工のアルバイトをしていたところ、強風でパネルが頭を直撃します。病院で検査を受けていたところ、鼻水が出てきたと思いきや、髄液だったそうです。ただ奇跡的に異常なしで後遺症もなく現在に至っているそうです。もともと体はタフなのかもしれません」(同)

 これまで数々の不死身の活躍を続けてきた南部だけに、今度の手術も乗り越えて欲しいものだ。
(文=平田宏利)

腎臓移植手術の電撃ネットワーク・南部虎弾の“不死身伝説”がスゴすぎる!?

 電撃ネットワークの南部虎弾が、5月に腎臓移植手術を受けることがわかった。持病の糖尿病の悪化のため腎機能が低下しており、移植を行うという。

 電撃ネットワークといえば「牛乳を鼻から飲んで目から出す」「ドライアイスを口に含んで白い息を吐き出す」「クラッカーを口の中で爆発させる」といった過激なパフォーマンスで知られる。見た目のインパクトが大きく、言葉を必要としないため海外での活躍も多い。デーブ・スペクターによって名付けられた異名「TOKYO SHOCK BOYS」としても知られているが、数々の危険なパフォーマンを成し遂げてきた南部には、さまざまな不死身伝説がある。

「南部はもともとダチョウ倶楽部のメンバーでしたが、上島竜兵の家に電話をかけ『ビー玉を飲めるか?』と訊くなど、エキセントリックなキャラクターすぎるためメンバーを脱退。それでも『過激なパフォーマンスならば海外で受けるのでは?』とコンセプトを思い立ちメンバーを集めます。初期のころには、金魚を飲み込んで吐き出す『人間ポンプ』の進化系としてピラニアを使ったところ、出てこなくなってしまい『ケガをした』というと仕事が来なくなると思い、魚が胃壁に噛み付く激痛を我慢したそうです。その後、ビールを飲んだところ、血だらけの状態で出てきたそうです」(芸能関係者)

 こうした変人エピソードは、ほかにも存在する。

「ダチョウ倶楽部を脱退し、電撃ネットワークを結成する前に、大工のアルバイトをしていたところ、強風でパネルが頭を直撃します。病院で検査を受けていたところ、鼻水が出てきたと思いきや、髄液だったそうです。ただ奇跡的に異常なしで後遺症もなく現在に至っているそうです。もともと体はタフなのかもしれません」(同)

 これまで数々の不死身の活躍を続けてきた南部だけに、今度の手術も乗り越えて欲しいものだ。
(文=平田宏利)

石野卓球は本当にシロ!? ピエール瀧逮捕後の沈黙破り“怒りの連続ツイート”のワケ!

 ミュージシャンで俳優のピエール瀧容疑者が逮捕され、「電気グルーヴ」として瀧容疑者と長年行動を共にしてきた石野卓球にも注目が集まっている。

 ネット上には有象無象の噂が飛び交っている。「瀧がやっていて、卓球がやってないわけない」「ドイツに高飛びした?」「昔のクラブなんて、ドラッグありきみたいなもんだったしな」など、ファンですら石野の薬物使用を認めるような有様である。

 これに対し逮捕後は沈黙を守っていた石野も24日ついに「アホか!しばらく仕事キャンセルになってんのに日本にいる必要ある? 容疑者の相方は自宅でじっとしてろってか?」と激しく反論。そのうえ電気グルーヴを表す「電」のタトゥーを入れた腕の写真をアップし、「あと51歳初Tattoo入れました! “Zin-sayは電気グルーヴ、電気グルーヴは人生” 真似すんなよ」と言い放った。

「報道は加熱する一方ですので、いい加減うんざりもしますよね。自分が取り調べを受けたわけでもないわけですから。本人が言うように海外には知人のお見舞いに行ったことも確かです。謝罪をしないことで方々から批判も集めていますが、言葉で瀧容疑者の擁護はせず、暗にエールを送る一連の行動には石野卓球流のセンスを感じますが」(音楽誌ライター)

 だが、沈黙を守っていた石野が挑発的な態度に出た背景には、22日に瀧容疑者にコカインを譲り渡したとして田坂真樹容疑者が逮捕されたことが影響しているとの見方もある。

「田坂真樹容疑者は1989年の『電気グルーヴ』結成当時から瀧容疑者と友人関係にありました。しかも夫であるDJ TASAKAは石野卓球主催イベントでもレギュラーを務めており、ライブツアーにも参加していますので、『電気グルーヴ』との関わりは非常に密接です。その田坂真樹容疑者の逮捕を受け、石野は今後さらに自身への疑惑が深まると感じ取ったのかもしれませんね」(同)

 かつてインタビュー内で「だからさ、やりたきゃやりゃあいいと思うよ、別に。全員やりゃあいいだろ、やりたい奴は(笑)」などと語り、ドラッグ肯定論と取られても仕方ない発言をしただけに、疑われても仕方ないところがある石野卓球。ファンのためにもこのまま身の潔白を証明し続けてほしいものだが。

勝地涼、“家族愛アピール”連続投稿で仕事急増!? 目指すは辻希美&杉浦太陽夫婦の座か

 女優の前田敦子と結婚し、現在は1児のパパである俳優・勝地涼が幸せそうだ。勝地は3月22日、自身のInstagramで愛息子のために服をたくさん買ったことをファンに報告。「息子よ。公演終わりふらっと子供服のお店に入ってみたら大変だったよ どれもこれもおまえさんに着させたいとゆう親バカモード発動だよ」「これ以上買うとお母さんに買いすぎと言われてしまいそうだなと自粛したよ はやくあったかくなってお出かけかましたいもんだな」と愛あふれる文章を綴り、最後に「息子よ。ムスコよ。ムスコのムスコよ。おっきくなれよ」と照れ隠し(?)の下ネタでシメるなどしていた。

 この勝地の投稿に対し、ネットでは「あらま、シアワセね」「見せたくてしょうがないんだね」と勝地の浮かれぶりを微笑ましくみる声や、「浮かれてるんだろうけどだんだん嫁&ベビーネタお腹いっぱいになってきた」「良いパパアピールはもういいって」「最近、勝地涼は太陽辻ちゃん夫婦みたいになりたいんだろうな、と思えてきた。一世を風靡した元アイドルと微妙な知名度の俳優の出来婚って、共通点も多いし、絶対意識してるよね」などといった辛辣な声も上がっていた。

 勝地と前田といえば、2018年7月30日に交際から4カ月で結婚し、今年3月4日に勝地により前田が第一子となる男児を無事に出産したことを発表。勝地は3月13日もInstagramにて前田にホワイトデーのプレゼントを贈る様子を動画で公開。「1日早いはっぴーほわいてぃーん パパバック ママバック おチビバック いつかお気にのジュース おもちゃ 入れてお出かけしような」と書くなど、頻繁に愛妻と愛息子に関するツイートを行っている。

「前田さんとも交際してからすぐ結婚したというのもあったり、お子さんが生まれたてというのもあり、毎日が幸せでしょうがないんでしょうね(笑)。たしかに俳優や女優はイメージ商売なのであまりプライベートを公にしない人が多い中、勝地さんのあけっぴろげなSNSは珍しいケース。このまま愛妻家のイメージがつけば、たしかに夫婦共演でのCMのオファーはすごそうです」(芸能事務所勤務)

 結婚してから仕事が増えているタレントといえば、辻希美&杉浦太陽夫婦を筆頭に、多数の家庭用品のCMに出演している藤本美貴と「ミキティー!」のギャグでお馴染みの庄司智春夫婦、2月末から夫婦にて台所用洗剤のCMに出演している木下優樹菜&藤本敏史夫婦など枚挙に暇がないが、全員SNSで夫婦仲の良さを発信しているといえる。

「勝地さんが新規の夫婦共演の仕事を意識しているかどうかは分かりませんが、このままSNSで愛妻家のイメージをつけると、新たなキャラが確立し“良き夫&父親”として個人や夫婦での仕事が増えるのは間違いありません」(同上)

 SNSで見せる“良き家庭人の顔”は狙ってるのか無意識か? 勝地の今後の展開に要注目だ。

週刊誌報道にヤキモキ!? 南野陽子「夫の金銭トラブル」よりも触れられたくない過去

 夫の金銭トラブルが週刊誌で報じられ、離婚の危機が取り沙汰される女優の南野陽子(51)。

「彼女はキツい性格なので、今回の件も、はらわたが煮えくり返っていることでしょう。私は過去にあの代表作に触れて、いきなり激怒されました」

 そう語るのは、かつて南野と一緒に仕事をしていた関係者。なんでも、南野は誰もが知っているデビュー直後の“あの役”を封印したがっていたという。

 今回のスキャンダルでは、週刊誌やスポーツ紙で、「許さんぜよ!」という、南野の往年の名フレーズが多用された。

 40代以上であれば、鮮明な記憶があるであろう「おまんら、許さんぜよ!」のセリフ。1985~86年に放送された『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』(フジテレビ系)で南野が演じた主人公・麻宮サキ(2代目)の決めゼリフだ。武器のヨーヨーは悪役を懲らしめるシーンで、パカッと側面のフタが開いて警察の旭日章がお目見えする。当時の小中学生はレプリカのヨーヨーを欲しがり、誰もがクラス替えの時期になると、麻宮サキがいた「3年B組」(当初は2年B組)を意識するほどの大ブームとなった。

 ドラマでは、2代目麻宮サキは高知出身で「許さんぜよ」は土佐弁という設定なのだが、「それがナンノさんを怒らせる、一番のNGワード」(前出関係者)だというのだ。

「ナンノさんと打ち合わせをしていて、何げなくスケバン刑事の話題を振ると『今さらスケバン刑事っていうイメージを持たれたくないのよ!』と激怒された。仕事に厳しい人なので、いろいろな場面で怒られたが、あんなに激怒されたのは初めてでした。『許さんぜよ!』は、ナンノさんの中でよっぽど黒歴史になっているようです」(同)

 事実、YouTubeをはじめとする無料動画サイトを探しても、あれだけ人気があった『スケバン刑事II』の動画はなかなか見つけられない。また、南野が回顧モノの番組に出てスケバン刑事について語ることもめったになく、作品が事実上“封印” されていると見る芸能関係者もいる。

「あまりに役柄のインパクトが強すぎたんでしょう。五十路を過ぎた今でも美しさを保ち、女優としてドラマや舞台で活躍しているナンノさんですから、『今の私を見てほしい』という気持ちが強いのでは?」(同)

 今さら、夫のスキャンダルよりも過去の黒歴史が再注目されることに、激怒しているのかも!?

市原隼人と藤原竜也はモノマネ芸人にマジギレ!? 冗談が通じない芸能人たち

 芸能人は好感度が命。しかし、たったひとつの発言や行動で好感度はすぐに急降下してしまう。MV監督としても活躍する俳優・市原隼人は、モノマネ芸人に苦言を呈してイメージダウンを招いていた。

 市原は2013年にブログで、「何を伝えたいか分からず、役者を馬鹿にしてなめてるとしか思えない」と怒りを露わに(現在は削除済み)。さらに「応援させて頂いているのですが、失礼な言い方で申し訳ありません」と前置きした上で、「役のキャラクターを楽しんで見て頂けるのであれば分かるのですが『市原隼人』として一つの形に答えを出し、お客様にイメージを決めつけ押し付けるのは違うんじゃないかな?」と綴っている。

 市原は特定の名前を挙げていないが、ネット上からはモノマネ芸人・花香よしあきに向けて発信したものと予想する声が。市原の苦言ブログには、「心が狭いわ」「モノマネって認知度がないと通用しないし、ありがたいことだと思うけれども」「市原隼人は冗談が通じなさそうだね。仕事相手にも友達にもなりたくないタイプだわ」などの声が続出していた。

 今回は市原のように、“冗談が通じない”と話題になった芸能人たちをご紹介していこう。

 

●ガッツ石松

 以前放送された『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)では、陣内智則がマジギレされた相手を告白している。陣内はとある番組の収録中、初対面だったガッツ石松の頭を叩いてツッコミ。しかし、この一撃にガッツが大激怒し、陣内の頭を叩き返して脚蹴りをお見舞いしたという。

 ガッツは、まだ怒りが収まらなかったようで、本番中にも関わらずスタジオを後にして帰ってしまったそうだ。『行列』では、ガッツが陣内に激怒した実際の映像を放送。マジギレするガッツを見た伊東四朗は、苦笑いを浮かべ「マジ?」とドン引きしていた。また14年放送の『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ)では、大久保佳代子もガッツにマジギレされたと告白。大久保が「うるせぇよ、このジジイ!」とガッツにツッコミを入れたところ、ガッツは「女が生意気なこと言ってんじゃねぇよ!」と激怒。大久保は水をかけられてしまったそうだ。

 

●藤原竜也

 同じく『行列』では、藤原竜也がスタジオの空気を凍りつかせている。番組には、藤原のモノマネをしている芸人のGたかしが登場。藤原が出演した映画『カイジ』シリーズや『藁の楯』(2013年)のシーンを本人の前で再現することに。

 Gたかしは、「金だ金だ金だ! 俺には金が必要なんだ!」などのセリフを誇張気味に再現。最初は笑っていた藤原だが、ネタを見て行くうちだんだんと無表情になっていった。モノマネの感想を聞かれた藤原は「素晴らしかったです」と言ったものの、顔は無表情のままで返答。この様子を見ていた視聴者は、「藤原竜也、感じ悪いと思った」「最後は笑いをこらえてるようにみえたし、怒ったフリでしょ?」「自分が一生懸命努力して磨いてきた演技を、ネタにされたらいい気はしないよね」といった声が。実際にキレていたのかは不明だが、ネット上をざわつかせていた。

市原隼人と藤原竜也はモノマネ芸人にマジギレ!? 冗談が通じない芸能人たち

 芸能人は好感度が命。しかし、たったひとつの発言や行動で好感度はすぐに急降下してしまう。MV監督としても活躍する俳優・市原隼人は、モノマネ芸人に苦言を呈してイメージダウンを招いていた。

 市原は2013年にブログで、「何を伝えたいか分からず、役者を馬鹿にしてなめてるとしか思えない」と怒りを露わに(現在は削除済み)。さらに「応援させて頂いているのですが、失礼な言い方で申し訳ありません」と前置きした上で、「役のキャラクターを楽しんで見て頂けるのであれば分かるのですが『市原隼人』として一つの形に答えを出し、お客様にイメージを決めつけ押し付けるのは違うんじゃないかな?」と綴っている。

 市原は特定の名前を挙げていないが、ネット上からはモノマネ芸人・花香よしあきに向けて発信したものと予想する声が。市原の苦言ブログには、「心が狭いわ」「モノマネって認知度がないと通用しないし、ありがたいことだと思うけれども」「市原隼人は冗談が通じなさそうだね。仕事相手にも友達にもなりたくないタイプだわ」などの声が続出していた。

 今回は市原のように、“冗談が通じない”と話題になった芸能人たちをご紹介していこう。

 

●ガッツ石松

 以前放送された『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)では、陣内智則がマジギレされた相手を告白している。陣内はとある番組の収録中、初対面だったガッツ石松の頭を叩いてツッコミ。しかし、この一撃にガッツが大激怒し、陣内の頭を叩き返して脚蹴りをお見舞いしたという。

 ガッツは、まだ怒りが収まらなかったようで、本番中にも関わらずスタジオを後にして帰ってしまったそうだ。『行列』では、ガッツが陣内に激怒した実際の映像を放送。マジギレするガッツを見た伊東四朗は、苦笑いを浮かべ「マジ?」とドン引きしていた。また14年放送の『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ)では、大久保佳代子もガッツにマジギレされたと告白。大久保が「うるせぇよ、このジジイ!」とガッツにツッコミを入れたところ、ガッツは「女が生意気なこと言ってんじゃねぇよ!」と激怒。大久保は水をかけられてしまったそうだ。

 

●藤原竜也

 同じく『行列』では、藤原竜也がスタジオの空気を凍りつかせている。番組には、藤原のモノマネをしている芸人のGたかしが登場。藤原が出演した映画『カイジ』シリーズや『藁の楯』(2013年)のシーンを本人の前で再現することに。

 Gたかしは、「金だ金だ金だ! 俺には金が必要なんだ!」などのセリフを誇張気味に再現。最初は笑っていた藤原だが、ネタを見て行くうちだんだんと無表情になっていった。モノマネの感想を聞かれた藤原は「素晴らしかったです」と言ったものの、顔は無表情のままで返答。この様子を見ていた視聴者は、「藤原竜也、感じ悪いと思った」「最後は笑いをこらえてるようにみえたし、怒ったフリでしょ?」「自分が一生懸命努力して磨いてきた演技を、ネタにされたらいい気はしないよね」といった声が。実際にキレていたのかは不明だが、ネット上をざわつかせていた。

萩原健一さん死去──“もうひとつの体の秘密”って?

 俳優の萩原健一さんが26日に亡くなったことが報じられた。萩原さんは、2011年からGIST(消化管間質腫瘍)を患っていたが、本人の強い希望で伏せられていた。自身の死に関しても、葬儀が終わった後に公表され、こちらも萩原さんの遺志といえそうだ。

 萩原さんといえば、“ショーケン”の愛称で知られ『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』(ともに日本テレビ系)などで活躍した。役者業に対してストイックな性格で知られ、『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事役は人気者ではあったが、アイドル的な扱いをされることに嫌気が差し、自ら脚本家に談判して、自身の殉職シーンを描かせたエピソードもある。

 私生活では大麻所持、飲酒運転による人身事故、映画出演をめぐるトラブルによるスタッフへの恐喝未遂などで逮捕歴があり、お騒がせの人物といった印象がある。だが、同時に萩原さんは病気を最後まで隠し通すなど繊細さを併せ持った人物であり、知られざるもうひとつの体の秘密があった。

「萩原さんは幼少期から、片方の耳がほとんど聴こえなかったようですね。それでも、ミュージシャンをしていたわけですから、かなりの苦労があったといえるでしょう。ただ、それを表立って主張することはありませんでした。萩原さんとはいえば、何かと大声を上げるといったイメージもありますが、そちらも耳が聞こえないことが原因だったといわれています」(業界関係者)

 萩原さんは、先日亡くなった内田裕也さんの訃報に関してもコメントを発している。再び一緒の企画をやりたい思いもあったようだ。やはり68歳というのは今の時代としては早すぎるといわざるを得ないだろう。平成の終わりに、レジェンドと呼ばれる人たちが次々と亡くなっていくのは切なさを感じざるを得ない。萩原健一さんのご冥福をお祈りしたい。

(文=平田宏利)

平成が終わっても浜崎あゆみは引退しない?「浜崎あゆみというブランド」を維持する困難さ

 「平成」を代表する歌姫のひとりに、浜崎あゆみがいる。かつて全盛期の浜崎あゆみ人気はすさまじいものがあったが、ひとつの時代が終わろうとしている現在、“浜崎あゆみ”というポップアイコンもまた変化の時を迎えている。

 象徴的だったのが、3月27日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で持ち上がった話題だった。この日、同番組では「埼玉女子」特集が放送され、埼玉出身の女性ゲストらが歌手の浜崎あゆみを崇め奉った。

 番組では、若槻千夏がコギャル時代の写真を披露したが、若槻のスクールバックには黄色い花のハワイアン・レイがあしらわれていた。これを突っ込まれた若槻は、かつて憧れていた浜崎あゆみがハワイアン・レイをよく着用しており、真似していたと説明する。

 若槻が「やっぱ埼玉県民はあゆを信じているところがあるので。女性はあゆを信じてて、男性はキムタク信じてる。2人は神なわけですよ」と熱弁すると、同じく埼玉県出身の夏菜や岡井千聖も同調し、「埼玉県民はあゆを神と崇めている」説が浮上。ネットでも、「めっちゃ分かる」「春日部の私もあゆちゃんの大ファンです!」と話題になっていた。

 若槻千夏がコギャル姿でハワイアン・レイを身に着けていた2000年代前半、歌姫・浜崎あゆみは人気の絶頂期にあった。1998年にエイベックスからデビューした浜崎あゆみは瞬く間に若い世代の女性を中心にファンを獲得し、 “カリスマ歌姫”の名を恣にしていたのだ。当時の“あゆ”の曲はもちろん、ファッションや言動は、埼玉県民どころか日本中の女子を夢中にさせていたのだから、「平成」という時代を語るならば、浜崎あゆみとその周辺で沸き起こった大ブームは、必ず避けては通れないトピックだろう。

浜崎あゆみのパフォーマンスやルックスは“劣化”?
 しかし現在でも浜崎あゆみは全国をめぐるホールツアーを行い、精力的な活動を続けているが、かつてのような人気や勢いはすっかり鳴りを潜めている。

 昨年7月、浜崎あゆみは約5年ぶりに『2018 FNSうたの夏まつり』(フジテレビ系)に登場した。このときは、往年のヒット曲『BLUE BIRD』と『Grateful days』を披露した。この時、浜崎あゆみの体は少しふっくらとしたように見え、声も細く、ハスキーになっており、多くの視聴者がイメージする全盛期の“あゆ”から、遠く離れた姿だった。

 また、生放送にもかかわらず、なぜかVTR出演だったこと、アップショットが皆無だったことについては、「音程ズレで放送事故を防ぐため」「加工なしのカメラ映りを気にしている」などと、ネガティブな憶測が飛び交った。アンチが声を大きくしており、今では浜崎がInstagramに自身の写真を投稿するたび「加工されすぎ」と批判を呼び、ネットでひと騒動を起こすというのがお決まりの流れだ。

 浜崎のパフォーマンスやルックスが「“劣化”した」などと袋叩きにされるのは、見ていて気持ちの良いものではない。浜崎あゆみのデビューからすでに20年もの時間が流れている。誰だって、いつまでも全盛期のまま留まることは不可能だ。時代や流行が変わり、本人も年を重ねる以上、人間が“変化”をするのも自然なことだろう。

 では、現在の浜崎あゆみ本人が、自身の“変化”をどのように捉えているのか。

全盛期は「辞めたかった」
 3月28日発売の「Numero TOKYO」(扶桑社)は、今年キャリア21年目を迎える浜崎あゆみのインタビュー記事を掲載。浜崎あゆみは、デビュー当時から現在にかけての“変化”について語った。

 大ブレイクしていた時期は、<何かしたことが社会現象になったり、ちょっとしたことが良くも悪くもメディアに取り上げられたり>し、追い詰められたこともあったという。<私はきちんとこの世に存在しているんだとは思えなかった><もう誰も見ないでって――。あの頃が一番、“浜崎あゆみ”を辞めたいと思った時期だったと思う><むしろ逃げ出したかった>というほどに。

 しかし常々彼女が公言してきたように、“浜崎あゆみ”は彼女の本名であると同時に、チームプロジェクトでもある。スタッフの入れ替わりは非常に少なく、長い年月をかけて同じチームで仕事し、家族のような関係を作り上げてきたと彼女は自負している。その家族みんなと人生をかけてエンターテインメントの世界に生きるという決意が伝わってくる内容だった。彼女は何が何でも“浜崎あゆみ”を“浜崎あゆみ”のまま、続けていく覚悟なのだろう。それが、埼玉女子をはじめファンたちに支持されている。

 音楽業界、芸能界におけるポジションや流行、彼女自身のルックスや声は変化していくけれども、“浜崎あゆみ”の世界観は良くも悪くもずっと変わらない。ライブでも新旧の楽曲を混ぜ、<ライブを見に来てくれたアーティスト仲間や後輩、先輩>に「よく、そんな昔の歌を違和感なく歌えるね」「自分だったら照れくさくて『今から懐メロやります』みたいな感じにしちゃう」「それよりも新しい曲をやりたい」等と言われるのだという。

 彼女自身は違和感を覚えることなく昔の歌をたくさん歌う。それは浜崎あゆみのヒット曲が普遍性を持っているということなのかもしれないが、彼女は<いつかそうありたいというか、そんな大人になりたい――みたいな気持ちで書いた歌が多いからじゃないですかね>と分析している。彼女にしてみれば、背伸びしていた楽曲にようやく年齢が追いついた、というところなのだろうか。

 ちなみに“キラキラ輝いて見える人”という問いに、浜崎あゆみは<本気で怒る人。本気で酔ってバカやっちゃう人。本気で集中しすぎて、気づいたらずっと寝てなかったってくらい仕事をしちゃう人。そういう側面がある人って輝いてるなって思う>と答えている。平成というより昭和感がすごい。盟友であるエイベックス代表取締役松浦勝人氏はまさにそういう人らしい。その松浦氏は自社社員にも「そういう人」であることを要求し、炎上したことがあるが。

「浜崎あゆみというブランドに対するプライド」
 「20年間で、自分が一番大事にしてきたものは何か」という質問に、浜崎あゆみはこう答えている。

<独りよがりではなくて、浜崎あゆみというブランドに対するプライド。それはみんな(ダンサーズやスタッフ)で守っているものだから。結果、間違ってしまうことが今でもありますし、失敗することもありますけど、それでもやっぱり、そこを傷つけちゃいけないというのは常にある>

どんなものであっても価値は変動する。平成を駆け抜けた浜崎あゆみというブランドも同じで、その価値をもっとも高いところで維持することは難しく、常に変化し続けている。昨年5月には、松浦勝人氏のTwitterに、浜崎ファンから「どうにかしてください」「コンサートがマンネリ」「ダンサーが多すぎ」等の苦情が寄せられ、レスバトルに発展したこともある。浜崎あゆみというブランドに傷がついていないとは言えない。

 一方で「あゆはあゆのままでいい」「変化しないでいい」との声も同時に寄せられていた。今の浜崎あゆみを好きだというファンももちろんいる。そんなファンたちの笑顔や涙につながるよう、浜崎あゆみは一座でエンタメをつくる覚悟をとっくに決めているようだ。

 安室奈美恵が昨年引退し、浜崎にも「潔く引退を」と投げかける声があったが、浜崎あゆみは浜崎あゆみだ。彼女にやりたいという気力がある以上は、たとえマンネリでもこのプロジェクトは続いていくのだろう。

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