柴咲コウやベッキーもやっていると話題の「ヘアドネーション」 髪の毛をカットして社会貢献!?

 柴咲コウや水野美紀、ベッキーなど、人気の女性芸能人が長い髪をバッサリと切り、寄付したことで一気に注目を集めたヘアドネーション。寄付された髪の毛で作った「フルオーダーメイドの医療用ウィッグ」は、病気や事故などが原因で頭髪に悩みを持つ18歳以下の子どもたちに無償でプレゼントされる。この活動が一般にも徐々に浸透しつつある今、ヘアドネーションの草分け的存在であるNPO法人Japan Hair Donation & Charity(通称:JHDAC、ジャーダック)の代表・渡辺貴一さんに、活動を始めた動機や意図などについて話を聞いた。 

■「もったいない」が始まり

 大阪で美容室を経営しながら、JHDACを運営する渡辺さんは、2008年、ビジネスパートナーと現在の店舗を立ち上げた時、本来、営利目的である美容室で、あえてそれとは逆の、お金儲けにはならないけれど世の中に役立つことをしたい――という考えで、ヘアドネーション活動を始めた。

 「せっかくの髪の毛がもったいない、今まで切って捨てていたものを何かに役立てたい――という美容師としての職業意識」と、動機について語る渡辺さん。また、当時ヘアドネーションを行っている美容室がなかったのもきっかけだそうだ。

 08年から美容室のHPで「髪の毛の寄付を集めております」と表明、09年にはNPO法人化。ヘアドネーションの活動を綴ったブログも開始した。法人化前に送られてきた髪の毛は月に1~2束だったが、法人化後は週1~2束に。送られてきた髪の毛を撮影し、ブログにアップし始めると、寄付がさらに増加した。それでもひとつのウィッグを完成させるのに20~30人分の髪の毛が必要となるため、最初のウィッグを完成させるのに約2年半かかったそうだ。

 現在は郵便で届く髪の毛が1日100~150通にも上る。髪の毛を寄付する「ドナー」は日本に住む日本人にとどまらない。留学生、在日外国人や、海外に住んでいる日本人からも髪が届くという。

■震災と芸能人のSNSによって拡大

 美容室を営みながらの活動は忙しく、ヘアドネーションのPRに、あまりお金や時間を費やすことはできない。しかし、そんな状況でもJHDACに送られてくる髪の毛は増え続けている。渡辺さんは、ドナー増加の背景には、大きな2つの出来事と、世の中の流れの後押しがあるとみている。

 まず、11年3月11日の東日本大震災以降、寄付は急激に増加。

「やはり、あれほどの災害を目にして、皆さんの中に『誰かの役に立ちたい』というボランティアへの意識が高まったことは、自然な流れなのでは」

 また、昨年から今年にかけて、水野美紀や柴咲コウ、ベッキーといった芸能人がJHDACに髪の毛を寄付したことも、ドナー増加の追い風となったそうだ。

 柴咲は、昨年12月、美容室を通じて寄付した髪の毛の束の写真を、自身のインスタグラムにアップした。その投稿が多くの人にシェアされて広がり、JHDAC の活動はNHKのドキュメンタリー番組でも紹介された。

 社会を根底から揺るがし、人々の心に大きな影響を与えた震災、芸能人による寄付といった出来事に加えて、スマートフォンの普及とそれに伴うSNS文化の浸透という世の中の流れによって、今までボランティアに興味がなかった若い世代にも広く知られるようになったのではないか――と、渡辺さんは冷静に分析している。 

■髪の毛に同封された手紙から浮かぶ、ドナーの人物像

 髪を寄付するのはほとんどが女性だが、まれに男性もいる。年齢は下は3歳から上は60代まで。繰り返し、同じ人が寄付することもある。そして、事務所には、髪とともに手紙が同封されて届くことが多い。「一つひとつの手紙にドラマがある」と渡辺さんは言う。手紙には親や兄弟、友達など身近な人が病気であったり、さまざまな理由で頭髪を失ったり、闘病の末に亡くなったことなどが綴られていて、「自分には、もっと何かできることがあったんじゃないか?」という後悔にも似た想いが感じられるそう。

 もちろん「ちょうど切るタイミングだったので」という軽い気持ちで提供する人も少なくない。中には、夏休みの自由研究で髪を寄付する子どもも。また、今年の夏は、髪の寄付だけでなく、仕分けなどのボランティア体験をするために、関東、九州、シンガポールから20組以上の子どもたちが保護者とともに訪れた。

■頭髪のない人が自然に受け入れられる世の中が理想

 これまで124台のウィッグを子どもたちに提供してきた、JHDAC。提供先は、8~18歳以下の子どもが対象で、約9割が女子、約1割が男子。幼い子どもの場合は親が、高校生以上の場合はスマートフォンなどで調べて、自ら申し込むケースが多いという。

 もちろん、心からウィッグを望み、手に入れた子どもは非常に喜ぶが、現実はもう少し複雑だ。幼い子どもの場合、保護者が子どものためにウィッグを求めるケースがほとんどで、特に母親の場合は、我が子に対して責任を感じてしまいがちだという。

「脱毛などの症状には、特に遺伝的要因は見られない。抗がん剤治療など、原因が特定できるもの以外は、脱毛のほとんどが原因不明(突発性)であると専門医も認めているんです。いつ、誰がなってもおかしくない」

 がんなどの病気の場合、皮膚が過敏になっているので、ウィッグを着けること自体が子どもの身体に負担になってしまう場合もある。また、生まれつき頭髪のない子どもであれば、本人や周りがその状態を自然な姿だととらえているので、ウィッグに戸惑うこともある。親が子どものためを思って申請したウィッグであっても、子ども自身が嫌がって着用しないケースもある。保護者の気持ちは十分すぎるほど理解できるが、まずは、使用する本人の気持ちを十分に尊重してほしいと渡辺さんは考えている。

「本当に求められているのはウィッグそのものではなく、安心できる普通の生活。ウィッグがなくても、頭髪がない状態の人がいてもじろじろ見られたりせず、自然に受け入れられる世の中が理想だと思う。そのような世の中で、ネイルやつけまつげみたいなおしゃれ感覚で、気軽にウィッグを装着できるようになればいい」

■賛同美容室も約1,500店舗に増加

 ヘアドネーションに対応したカットを行う、ウィッグを要望に応じてカットする、何人分かの髪の毛をまとめて事務所に送付するなど、さまざまな形でJHDACに協力する賛同美容室は、2016年11月時点で1,500店舗に迫る勢いで増加し続けている。しかしこれまで、特に協力を呼びかけたわけではないそうだ。

 ドナーが寄付に対応した方法でカットするようリクエストしたことで、美容室がヘアドネーションについて知ったり、「美容師さんがきちんと束ねて切ってくれなかったから、髪がバラバラになってしまった」「対応してくれる店を教えてほしい」という問い合わせがJHDACにあったりなど、ドナー個人の働きかけが大きかったとのこと。

 そこで、ヘアドネーションについて協力してくれていた美容室を、了解をとってHPに掲載したことが、賛同美容室の始まりだという。最初は東京や大阪など都市部のみだったが、募金箱を置く、ステッカーを張るといった条件を定め、賛同美容室のシステムを作り、協力方法を整理したことで徐々に増加。ヘアドネーションの知識も広まり、美容室側から協力を申し出てくることも多くなった。現在では月に100店舗前後(先月の2016年10月は97店舗)のペースで増えている。また、賛同美容室として登録されていない美容室から、髪の毛の束がまとめて送られてくることもあるという。

■髪を寄付する上で、一番気をつけてほしいこと

 毎日大量の髪が送られてくるJHDACの事務所だが、受け取る際、困っていることもある。「まずは、HPの情報をしっかりと読んでいただきたい」と渡辺さんは言う。

 JHDAC のHP(ヘアドネーションの仕方)では、送る際の手順を図解し丁寧に説明しているが、きちんと見られていないのか、間違った方法で髪の毛が送られてくることも少なくないそうだ。

 よくあるのは、毛束をラップやテッシュを重ねて包む過剰包装。ゴミが増え、作業の負担となっている。包装を解こうとして髪がバラバラになることもあるので、「可能な限り、簡易包装でお願いしたい」とのこと。また、特によくないのは、湿った髪の毛。「髪の毛が少しでも濡れているとカビが発生し、周囲にあるほかの毛束まで使えなくなってしまうので、完全に乾燥させてから送ってほしい」と渡辺さんは訴えた。

 前述した通り、寄付する側にはたくさんの思いがあるが、渡辺さん自身は気負いすぎず自然体だ。

「僕らはウィッグを必要とする子どものニーズに寄り添い、寄付したい人とつなげているだけです。ヘアドネーションを経験した多くの人々が、無毛症や病気で頭髪をなくした人たちの『普通の生活』について考えたり、思いやるためのきっかけとして、この活動が広がっていけばいい」

(谷町邦子)

NPO法人Japan Hair Donation & Charity 

柴咲コウやベッキーもやっていると話題の「ヘアドネーション」 髪の毛をカットして社会貢献!?

 柴咲コウや水野美紀、ベッキーなど、人気の女性芸能人が長い髪をバッサリと切り、寄付したことで一気に注目を集めたヘアドネーション。寄付された髪の毛で作った「フルオーダーメイドの医療用ウィッグ」は、病気や事故などが原因で頭髪に悩みを持つ18歳以下の子どもたちに無償でプレゼントされる。この活動が一般にも徐々に浸透しつつある今、ヘアドネーションの草分け的存在であるNPO法人Japan Hair Donation & Charity(通称:JHDAC、ジャーダック)の代表・渡辺貴一さんに、活動を始めた動機や意図などについて話を聞いた。 

■「もったいない」が始まり

 大阪で美容室を経営しながら、JHDACを運営する渡辺さんは、2008年、ビジネスパートナーと現在の店舗を立ち上げた時、本来、営利目的である美容室で、あえてそれとは逆の、お金儲けにはならないけれど世の中に役立つことをしたい――という考えで、ヘアドネーション活動を始めた。

 「せっかくの髪の毛がもったいない、今まで切って捨てていたものを何かに役立てたい――という美容師としての職業意識」と、動機について語る渡辺さん。また、当時ヘアドネーションを行っている美容室がなかったのもきっかけだそうだ。

 08年から美容室のHPで「髪の毛の寄付を集めております」と表明、09年にはNPO法人化。ヘアドネーションの活動を綴ったブログも開始した。法人化前に送られてきた髪の毛は月に1~2束だったが、法人化後は週1~2束に。送られてきた髪の毛を撮影し、ブログにアップし始めると、寄付がさらに増加した。それでもひとつのウィッグを完成させるのに20~30人分の髪の毛が必要となるため、最初のウィッグを完成させるのに約2年半かかったそうだ。

 現在は郵便で届く髪の毛が1日100~150通にも上る。髪の毛を寄付する「ドナー」は日本に住む日本人にとどまらない。留学生、在日外国人や、海外に住んでいる日本人からも髪が届くという。

■震災と芸能人のSNSによって拡大

 美容室を営みながらの活動は忙しく、ヘアドネーションのPRに、あまりお金や時間を費やすことはできない。しかし、そんな状況でもJHDACに送られてくる髪の毛は増え続けている。渡辺さんは、ドナー増加の背景には、大きな2つの出来事と、世の中の流れの後押しがあるとみている。

 まず、11年3月11日の東日本大震災以降、寄付は急激に増加。

「やはり、あれほどの災害を目にして、皆さんの中に『誰かの役に立ちたい』というボランティアへの意識が高まったことは、自然な流れなのでは」

 また、昨年から今年にかけて、水野美紀や柴咲コウ、ベッキーといった芸能人がJHDACに髪の毛を寄付したことも、ドナー増加の追い風となったそうだ。

 柴咲は、昨年12月、美容室を通じて寄付した髪の毛の束の写真を、自身のインスタグラムにアップした。その投稿が多くの人にシェアされて広がり、JHDAC の活動はNHKのドキュメンタリー番組でも紹介された。

 社会を根底から揺るがし、人々の心に大きな影響を与えた震災、芸能人による寄付といった出来事に加えて、スマートフォンの普及とそれに伴うSNS文化の浸透という世の中の流れによって、今までボランティアに興味がなかった若い世代にも広く知られるようになったのではないか――と、渡辺さんは冷静に分析している。 

■髪の毛に同封された手紙から浮かぶ、ドナーの人物像

 髪を寄付するのはほとんどが女性だが、まれに男性もいる。年齢は下は3歳から上は60代まで。繰り返し、同じ人が寄付することもある。そして、事務所には、髪とともに手紙が同封されて届くことが多い。「一つひとつの手紙にドラマがある」と渡辺さんは言う。手紙には親や兄弟、友達など身近な人が病気であったり、さまざまな理由で頭髪を失ったり、闘病の末に亡くなったことなどが綴られていて、「自分には、もっと何かできることがあったんじゃないか?」という後悔にも似た想いが感じられるそう。

 もちろん「ちょうど切るタイミングだったので」という軽い気持ちで提供する人も少なくない。中には、夏休みの自由研究で髪を寄付する子どもも。また、今年の夏は、髪の寄付だけでなく、仕分けなどのボランティア体験をするために、関東、九州、シンガポールから20組以上の子どもたちが保護者とともに訪れた。

■頭髪のない人が自然に受け入れられる世の中が理想

 これまで124台のウィッグを子どもたちに提供してきた、JHDAC。提供先は、8~18歳以下の子どもが対象で、約9割が女子、約1割が男子。幼い子どもの場合は親が、高校生以上の場合はスマートフォンなどで調べて、自ら申し込むケースが多いという。

 もちろん、心からウィッグを望み、手に入れた子どもは非常に喜ぶが、現実はもう少し複雑だ。幼い子どもの場合、保護者が子どものためにウィッグを求めるケースがほとんどで、特に母親の場合は、我が子に対して責任を感じてしまいがちだという。

「脱毛などの症状には、特に遺伝的要因は見られない。抗がん剤治療など、原因が特定できるもの以外は、脱毛のほとんどが原因不明(突発性)であると専門医も認めているんです。いつ、誰がなってもおかしくない」

 がんなどの病気の場合、皮膚が過敏になっているので、ウィッグを着けること自体が子どもの身体に負担になってしまう場合もある。また、生まれつき頭髪のない子どもであれば、本人や周りがその状態を自然な姿だととらえているので、ウィッグに戸惑うこともある。親が子どものためを思って申請したウィッグであっても、子ども自身が嫌がって着用しないケースもある。保護者の気持ちは十分すぎるほど理解できるが、まずは、使用する本人の気持ちを十分に尊重してほしいと渡辺さんは考えている。

「本当に求められているのはウィッグそのものではなく、安心できる普通の生活。ウィッグがなくても、頭髪がない状態の人がいてもじろじろ見られたりせず、自然に受け入れられる世の中が理想だと思う。そのような世の中で、ネイルやつけまつげみたいなおしゃれ感覚で、気軽にウィッグを装着できるようになればいい」

■賛同美容室も約1,500店舗に増加

 ヘアドネーションに対応したカットを行う、ウィッグを要望に応じてカットする、何人分かの髪の毛をまとめて事務所に送付するなど、さまざまな形でJHDACに協力する賛同美容室は、2016年11月時点で1,500店舗に迫る勢いで増加し続けている。しかしこれまで、特に協力を呼びかけたわけではないそうだ。

 ドナーが寄付に対応した方法でカットするようリクエストしたことで、美容室がヘアドネーションについて知ったり、「美容師さんがきちんと束ねて切ってくれなかったから、髪がバラバラになってしまった」「対応してくれる店を教えてほしい」という問い合わせがJHDACにあったりなど、ドナー個人の働きかけが大きかったとのこと。

 そこで、ヘアドネーションについて協力してくれていた美容室を、了解をとってHPに掲載したことが、賛同美容室の始まりだという。最初は東京や大阪など都市部のみだったが、募金箱を置く、ステッカーを張るといった条件を定め、賛同美容室のシステムを作り、協力方法を整理したことで徐々に増加。ヘアドネーションの知識も広まり、美容室側から協力を申し出てくることも多くなった。現在では月に100店舗前後(先月の2016年10月は97店舗)のペースで増えている。また、賛同美容室として登録されていない美容室から、髪の毛の束がまとめて送られてくることもあるという。

■髪を寄付する上で、一番気をつけてほしいこと

 毎日大量の髪が送られてくるJHDACの事務所だが、受け取る際、困っていることもある。「まずは、HPの情報をしっかりと読んでいただきたい」と渡辺さんは言う。

 JHDAC のHP(ヘアドネーションの仕方)では、送る際の手順を図解し丁寧に説明しているが、きちんと見られていないのか、間違った方法で髪の毛が送られてくることも少なくないそうだ。

 よくあるのは、毛束をラップやテッシュを重ねて包む過剰包装。ゴミが増え、作業の負担となっている。包装を解こうとして髪がバラバラになることもあるので、「可能な限り、簡易包装でお願いしたい」とのこと。また、特によくないのは、湿った髪の毛。「髪の毛が少しでも濡れているとカビが発生し、周囲にあるほかの毛束まで使えなくなってしまうので、完全に乾燥させてから送ってほしい」と渡辺さんは訴えた。

 前述した通り、寄付する側にはたくさんの思いがあるが、渡辺さん自身は気負いすぎず自然体だ。

「僕らはウィッグを必要とする子どものニーズに寄り添い、寄付したい人とつなげているだけです。ヘアドネーションを経験した多くの人々が、無毛症や病気で頭髪をなくした人たちの『普通の生活』について考えたり、思いやるためのきっかけとして、この活動が広がっていけばいい」

(谷町邦子)

NPO法人Japan Hair Donation & Charity 

「電通事件は過労死の歴史からすると非常に特殊」産業医が語る、働く女性が身を守る方法

 新卒で電通に入社した女性社員、高橋まつりさんが長時間労働の末に自ら命を絶った事件が毎日のように報道されています。高橋さんのSNSには、長時間労働だけでなくパワハラやセクハラとも取れる凄まじい苦痛が綴られており、事件の痛ましさがリアルに伝わってきます。どうすればこのような悲劇に見舞われずに済むのか、労働者はいま一度考えてみる必要がありそうです。今回は、労働者のメンタルヘルスや健康に詳しい、下村労働衛生コンサルタント事務所の下村洋一所長に、過労死から身を守る方法を聞きました。

■睡眠が5時間以下になると、病気になりやすくなる

――今回亡くなった電通の女性社員は、月105時間の残業をしていたと報道されています。一般的に、人は月に何時間以上働くと、体調を崩してしまうのですか?

下村洋一所長(以下、下村) 人によって疲れを感じやすい人と感じにくい人がいるので、何時間以上労働すると体調を崩すと一概には言えませんが、現在は睡眠時間を基準に考えられています。法定労働時間が8時間です。月20日間出勤し、100時間残業をすると1日当たり5時間の残業をすることになり、13時間労働することになります。1日は24時間なので、労働後の時間は11時間しか残りませんよね。そのうち、通勤や食事、入浴など生活に必要な時間に最低5時間ほど取られます。特に女性は出かける支度にも1時間ほどかかりますよね。となると、睡眠に使える時間は5時間ほどしか残りません。

 いろんなデータを見ると、睡眠時間が5時間以下になると、病気になりやすいという結果が出ているんです。逆に、8時間以上寝ても病気になりやすいという研究結果もあるのですが、基本は5時間以上寝ないと不調を感じやすくなります。なぜ眠れなかったかというと、仕事で遅くなったせい。これは人権侵害なのではないかということで、100時間以上の時間外労働は過労死につながるという基準ができたんです。

――睡眠時間は人によってもさまざまですよね?

下村 はい。アインシュタインは8時間以上寝ていたとされていますが、ナポレオンは3時間睡眠でも大丈夫だったといわれています。人によって適した睡眠時間が違うので、過労死かどうかは、過労死裁判の際に裁判官ですら判断に迷います。しかし、現在の基準では、1日5時間以上睡眠を取らないと調子を崩しがちになるという考えです。

■全ての仕事で満点を取ろうと思わず、マラソンのペースで走る

――現代は総合職などでバリバリ働く女性も多いです。男性の過労死と女性の過労死で、何か違う点や、気をつけるべき点などはありますか?

下村 そもそも、女性は平均寿命も長く、女性ホルモンがコレステロールを下げる作用をするおかげで、男性よりも病気になりにくいんです。40代までの女性が心筋梗塞で突然死するなんて、聞いたことないでしょう? 女性で若くして亡くなる人は、乳がんや子宮がんなど婦人科系のがんが多く、この場合は労災にはなりません。これまで過労死といったら男性特有の労働災害だったんです。だから、今回電通の女性社員が過労自殺をしたのは、過労死の歴史からすると非常に特殊な例だと思います。

 1985年に男女雇用均等法が制定され、男性と同じような働き方をする女性が増えてきました。それ以前は、結婚したら仕事を辞めて専業主婦になる人が多かったのですが、会社で働くことでストレスのかかる生活をするようになり、女性の健康が脅かされつつあります。今後は女性の過労死も増えてくるのではないかと思います。女性はもっと、美容だけでなく、自分の健康に気を使うべきです。

――ストレスに強い人と弱い人がいると思うのですが、どんな人が過労によるうつになりにくく、どんな人がなりやすいのですか?

下村 うつになりにくいのは、会社で偉い人ですよね(笑)。うつになりやすいのは、やはり新卒で入ったばかりの社員。今は、会社から即戦力を求められ、若い人にガンガン仕事が振られる時代です。でも、100mをずっと全速力で走っていたら、疲れてしまいます。「腰掛け就職をして、あとは結婚して寿退社」という考えの女性ならばいいですが、多くの人は定年まで50年近く働くわけです。100mダッシュでは50年間も走れません。だから、定年までなんとか走れるよう、ペースを考えてマラソンをするんです。

 具体的に言うと、頑張るときは頑張って、暇なときは休むんです。A、B、C、3つの仕事があるとしたら、まずは絶対にやらないといけない仕事Aに手をつけます。次に、できたらやるBの仕事。そして、Cの仕事は、やってもやらなくてもどちらでもいいならば適当にやる。絶対にやらないといけない仕事と、そうでない仕事があると思うんです。優先順位をつけて、メリハリをつけましょう。全部で満点を取ろうと思わず、適当にサボることも大事です。

■ポジティブな思考や、健康的な生活を心がける

――具体的にどのような症状が出たら、うつを疑うべきですか?

下村 やはり不眠です。眠れなかったら要注意。ぐっすり眠る人に、体調不良の人はあまりいませんからね。仕事で失敗をしたことで眠れなくなり、寝不足のまま出社したら体調が悪いからもっと失敗して怒られる、そしてまた眠れなくなるという負のサイクルです。しっかり眠れば元気に出社できて、仕事もうまくいくんです。

 また、物の考え方をポジティブにするのも重要です。例えば、やりたくない仕事を上司から振られたとします。これを「こんな仕事やりたくない、嫌だな」と思うか、「この仕事をやるのは、チャンスかもしれない」と思うかです。

――ポジティブな思考をするには、どうしたらいいのでしょうか?

下村 良い方向に持っていこうと心がけることです。このような思考は、良質な睡眠でしか生まれません。そして、きちんと食事をとり、飲酒やタバコを控えること。健康的な生活の基本を意識してください。

――もし、過労によるうつのような症状を感じた場合、どうしたらいいのでしょうか?

下村 まず疲れによる体調不良は、生活習慣の改善で治すという発想を持ってもらいたいです。「寝てなければ、体調が悪くなるのは当たり前」と考えてください。それでも体調が回復しないようなら、産業医や、かかりつけ医や、心療内科医といった医師に相談してください。焦りのあまりパニックにならないよう、落ち着いて考えることも重要です。つらいときは、嵐をやり過ごすような気持ちを持つことです。時間がたてば、嘘のように気分がよくなることも多いのです。ご両親や親しい方に相談することも重要です。

――眠れないとき、「寝ないといけない」と思うと、ますます眠れなくなった経験があるのですが、どうすれば眠れますか?

下村 寝なくたっていいじゃない。いつかは眠くなりますから。その日は眠れなくても、翌日は確実に眠れます。それに、若い人は1日くらい寝なくても大丈夫ですよ(笑)。

(姫野ケイ)

下村洋一(しもむら・よういち)
下村労働衛生コンサルタント事務所所長。関東地区を中心に顧問医・委託産業医業務を行う。中小企業や事業所の健康管理に力を入れている。

独身でも孤立しない暮らし方 住人同士が協力して暮らす「コレクティブハウス」の魅力とは?

 「おひとりさま」という言葉が流行語になってから10年あまり。いまや、ひとり旅、ひとり焼肉、ひとりカラオケ……などなど、ひとりでも楽しめるレジャーが充実し、ひとり行動をポジティブに捉える「ソロ活」という言葉も生まれ、ひとりが必ずしもさびしいことではなくなってきた。一方で、未婚化・晩婚化は進み、孤独死が問題になっている現代社会。女性が独身で生きていく上で、孤立しない暮らし方を考えてみたい。

 中でも最近注目されているシェアハウスやコレクティブハウス(私生活の領域とは別に共用空間を設け、食事・育児などを共にすることを可能にした集合住宅)は、新しいライフスタイルというよりは、むしろ昔ながらの町内会やご近所との関係に近いが、プライバシーも適度に保たれることで、より快適な住まい方といえるのかもしれない。今回はコレクティブハウスの現状を追ってみた。

■干渉も孤立もない「居場所」

 コレクティブハウス運営のコーディネートなどを行う団体である特定非営利活動法人コレクティブハウジング社(東京都豊島区、2000年設立)では、現在、国内4カ所でコレクティブハウスの運営を支援している。

 そのうちの1つである多摩市の「コレクティブハウス聖蹟」は、新宿駅から特急で約30分の京王線・聖蹟桜ヶ丘駅より徒歩5分ほどの場所に位置するモダンな2階建ての建物である。現在、1~80歳代の25人(大人18人と子ども7人)が入居し、独り暮らしから子どものいる家庭まで、属性も職業も幅広い。

「コレクティブハウスでは、準備の段階から居住希望者がプロジェクトに関わりますが、ここでは、竣工(09年4月)より前の07年6月に居住希望者の募集を開始しました。私たち夫婦もその段階から参加し、のちに居住を決めたのです。大家さんに地域を案内してもらったり、設計者と話し合いながら、建物から内装まで決めていくプロセスに参加してきました」

 現在も家族で居住しながら、NPOの理事も務める矢田浩明さんは、こう説明する。矢田さんがコレクティブハウスに興味を持ったのは、子育てがきっかけ。

 「子育ての環境を考えた時に、隣の人の顔も知らないようなマンションよりも、人と人が関わり合うような環境があるほうがいいと思ったのです。とはいえ、実は最初は『人と関わって住む』ということに抵抗はありました。妻は、あまり抵抗がないようでしたが」と振り返る。

「でも、建物の間取りを話し合っている時に『みんなのいるリビングの前を通らず、直接自分の部屋に行けることは大事』という意見が多くの人から出て、これなら大丈夫かなと思いました。プライバシーに配慮した関係を望んでいるとわかったからです」(矢田さん)

 誰にも会いたくない時には自室へ直行できる一方で、コモンスペースでみんなで食事をしたり、残業の時などは子どもを見てもらったりすることもできる。孤立も、干渉したりされたりということもない、ほどよい距離感。コレクティブハウスの魅力は、そこにあるようだ。

■各人が少しずつ役割を担う

 コレクティブハウス聖蹟の居住スペースは、ワンルームから1LDK、2K、2LDKとさまざまで、各住戸にキッチンや浴室があるが、水回りを共有するシェアタイプもある。 共用スペースは、リビングとキッチンと食堂、ミーティングルームなどを兼ねた「コモンスペース」のほか、屋上に菜園と物干しスペース、テラス、電動のこぎりなどを備えた工作室、ランドリー室、外部の友人も泊まれるゲストルームもある。また、廊下には住人が持ち寄った本を置く図書スペースがあり、ソファ、電子ピアノなども置かれている。

 「共有できるスペースやモノが多いので、多様でありながらエコロジカルでもあります」と矢田さん。大きな家電や家具は、個人で持つよりも共有したほうが便利な場合も多い。コレクティブハウスには、人間関係だけでなく、エコロジカルな面でもメリットがあるのだ。

 気になる賃料は、各住戸の家賃のほかにコモンスペースなど共用部分の賃料、水道光熱費を含む組合費(運営費用)大人1人あたり9,900円で、入居時には前家賃と敷金も支払う。ワンルームで家賃7.9万円からと安くはないが、高額でもない。

 そして、コレクティブハウスの最も大きな特徴は、住人が「何らかの役割」を担っていることだ。

「自分たちの暮らしは、自分たちで運営していくのが基本ですから、料理や掃除、庭や屋上菜園の手入れ、バーベキューなどのイベント開催を、それぞれが担当します。夫婦で住んでいても、役割は一人ひとりが担います」(同)

 交代で夕食を作る「コモンミール」も大切な活動のひとつだ。居住者が交代で、食材の買い出し、調理、後片付けまでを担当する。

「今は、順番が回ってくるのは。月に1~2回程度。買い物のレシートはキッチンに置いてあるので、材料もすぐにわかるようになっています。食べるのはコモンスペースでも自室でもいいし、食べなくてもいいんです」(同)

 月に1回の定例会では、さまざまな話し合いを行っている。

「定例会では、いろいろな話が出ますし、単純に多数決で決めず、話し合うので時間はかかりますが、大事な時間ですね。ただ、結論が出るまでに時間がかかることを苦痛に思う人もいるでしょう。こうしたことは、人によってはデメリットと感じるかもしれません」(同)

 居住者同士は暮らしを通して信頼関係を作っているが、それだけでなく、地域との交流も考えている。地域の雑貨市に出店したり、流しそうめんや餅つき、地元の酒店とのコラボによる試飲会などを開催したりと、多彩な内容だ。これらは、居住者組合として取り組むものもあれば、有志が実施するものもあり、全てが一律というわけではない。

■「終の棲家(ついのすみか)」となり得るか

 コレクティブハウジング社がコーディネートするコレクティブハウスは、年齢や家族構成、性別などに制限はなく、70代以上の住人も珍しくない。 どこに住んでいても人は老い、人間関係は煩わしいものだが、コレクティブハウスではそれを踏まえた上で「ゆるい関係」を構築していることがうかがえる。では、コレクティブハウスは高齢者の「終の棲家」にもなるのだろうか?

「居住者の中には『コレクティブハウスでの役割を果たせなくなった時が、退去の時』とおっしゃる方もいます。福祉施設ではないので、基本的に介護はできないのですが、在宅ケアを受けながら、隣人から少しの手助けがあればやれることを担って、できるだけ長く住み続けることは可能だと考えていますし、本人の代わりにヘルパーさんが掃除などの当番を果たすなどは、話し合いで決めることもできます」(同)

 コレクティブハウスとは、1970年代、女性の社会進出が早かった北欧で、ワーキングマザーたちが家事や子育てをシェアできる住宅として広まったといわれる。ようやく日本でも認知度が高まり、興味を持つ人も増えてきている。

「一部のハウスは『退去者待ち』の状態です。聖蹟は少し空きがあるので、ぜひ見学会にいらしてください」(同)

 暮らし方の選択肢のひとつとして、コレクティブハウスは期待できそうだ。

(蒼山しのぶ)

特定非営利活動法人コレクティブハウジング社

貯金も保険もない「おひとり様」になるつもり? 病気や不安を軽くする「入るべき保険」とは

 将来起きうるかもしれない病気や死に対する防衛策のひとつである“保険”。大雑把に言えば、一定の保険料を毎月支払うことで、万が一の時には支払った総額にかかわらず、その保険がカバーする内容に応じた金額が受け取れるという仕組みである。

 人生のリスクヘッジには持ってこいだが、実際のところ医療保険と生命保険だけみてもその数も種類もさまざま。さらに、最近は女性向けの保険商品も幅広く、もはやどれに加入していいのか決めきれないという人も多いのではなかろうか。そこで、ファイナンシャルプランナー(FP)の梅田雅美さんに、保険にまつわる疑問をぶつけてみた。

■医療保険は絶対に入っておくべき

――日本は健康保険や年金制度が充実しているので、とくに独身で子どもがいない 会社勤めの女性の場合、個人で保険に加入する必要性をあまり感じないのではと思うのですが、率直に言って保険は必要ですか?

梅田雅美さん(以下、梅田) はい、必要です。現在、日本人は健康保険などの 社会保障制度で守られており、とても恵まれています。また、年齢や所得に応じて、医療費の自己負担額が著しく高額になった時に支給される「高額療養費制度」もあるので、医療保険に入らなくても大丈夫という人もいます。

 しかし、これから少子高齢化が進んだら、今と同じ医療給付が未来永劫続くとは限りません。そもそも健康保険制度も年金制度も、社会の状況でいかようにも変わるものなのです。

――つまり医療費の自己負担が高額になるという可能性もあるのでしょうか?

梅田 もし、健康保険の財源が減って支出が増えれば、当然内容の見直しを迫られます。医療給付の内容を減らす方向にいく可能性も十分あります。そうなったら、私たちは自助努力で保障を補てんしなくてはいけません。

 ちなみに現在、年末調整の際に対象の保険に加入した人に対して、課税所得を減らす「生命保険料控除」がありますね。つまりは、「自分で医療保険に加入すれば、できるだけ税負担を減らすから、自助努力でなんとかできるように頑張って」というメッセージです。ですから、将来のことを考えて医療保険は絶対に入っておくべきでしょう。

■看板商品はとりあえずお得!

――そもそも「医療保険」とは、どのようなものなのでしょうか?

梅田 医療保険のベースは、「入院と手術にかかる費用の保障」です。さらに、オプションとして「先進医療」を付けるのが最近は一般的です。先進医療とは厚生労働省が定める「高度な医療技術を用いた治療」のことで、技術料が健康保険の対象となりません。健康保険適用外の医療で、高額になることが多いのです。たとえば、がんの重粒子線治療では、トータルで200万円から300万円かかると言われています。また、先進医療は、よく「がんの治療」と思っている方も多いようですが、厚生労働省のホームページを見ると、先進医療が対象とする病気の項目はざっと100種類以上で、がんだけではなく日々更新されています。

 もし病気になった時、どんなことをしても治したいと思っても、やはりお金がないと高額な治療は受けられないわけです。そういう意味では残念ながら、日本には健康保険制度があるにもかかわらず、貧富の差で受けられる医療のレベルが違ってくるのです。経済的に厳しいと高額な治療を諦めざるを得ない。そんな時に頼りになるのが、医療保険だと思います。

――最近、よくCMなどで耳にするのが、「がんになったら一時金が支払われる」という医療保険ですが、これはどのようなものなのでしょうか?

梅田 入院や手術とは別に、がん(上皮内又は悪性新生物)と診断されたら一時金が受け取れ、その後条件を満たせば複数回受け取れるというものがほとんどです。最近はがんが見つかっても、すぐに入院や手術が必要ではなく、通院で抗がん剤治療などを行い、がんを小さくしてから次の治療方法を判断するというケースが増えています。医療が進んだことで、がんと付き合いながら生活できるよう変わってきていますので、逆に入院と手術でしか、保険金が支払われないという医療保険だと不十分かと思います。

――ちなみに、医療保険はどれくらいの保険金額が受け取れるものが良いのでしょうか?

梅田 入院給付が5000円~10,000円で、先進医療は2,000万円くらいが妥当だと思います。貯金があれば加入しないという人は、老後やその他生活資金とは別に500万円以上の医療用貯金があるなら加入しなくてもいいとも言えますね。ただ、長生きする“リスク”が予想される昨今、極力貯金は老後のために残しておいた方がいいと思います。

――ただ、新しい保険商品も続々と販売されるので、どれを選んだらいいのか迷ってしまいます。

梅田 まずは、自分のライフスタイルを考えたうえで、保険のプロに良いアドバイスを受けて選びましょう。ただし、アドバイザーでも、新人の方や転職して間もない方など、必ずしも豊富な知識がある方とは限りません。有益な情報をたくさん聞き出すためには、できればFPの資格を持っている方や、店長などで経験のある方を指名するといいでしょう。

 また、各保険会社の“看板商品”、つまり保険会社が開発に力を入れた自信のある商品はお得なので、探すといいかもしれません。そういう商品は単体で購入することが可能で、別の保険商品と組み合わせて自分に合ったセットを作ることができます。保険料を抑えて保障内容もアップする一石二鳥のお得ワザですね。

■貯蓄性のある終身保険がおすすめのワケ

――やはり保険の見直しはした方がいいのでしょうか?

梅田 治療方法も日々進歩しており、医療保険は常にアップデートされています。そのため、掛け捨ての場合、ずっと同じものに加入しているのははっきり言って損することが多いので、定期的に見直すことが重要です。保険会社の代理店等に行って最新のものを教えてもらうことをおすすめします。常に医療事情に合っていて給付が受け取れる保険に入っておくことが大事です。一度加入したからと安心してはダメです。よりたくさんの給付金や充実した保障を手に入れるためには、見直しは必須です。

 例えば、これから医療事情が変わって、入院に手厚い保険から通院を重視した保険に変わっていく可能性も考えられます。将来そうした内容に切り替える時、それまでに支払った保険料は少ない方がいいですよね。そのため、支払い方法を一生涯にして、月々の保険料を低額に抑えておくのも良いでしょう。

――では、女性が入るとしたら、どのような種類の保険が望ましいでしょうか?

梅田 医療保険にプラスして、長生きのリスクや万一に備えて貯蓄性のある終身保険がおすすめです。就職したら計画的に資産形成もできるので早めに入っておいた方が良いと思います。若ければ保険料も安いですし、生命保険料控除を活用すれば、節税にもなります。

 また、年齢に関係なく、突然亡くなることもあるわけです。その際、お葬式の費用などをご両親の老後資金から出すことになりかねないので、社会人の良識として他人に迷惑をかけないように保険に入っておくのは必要なことです。

――「女性特約」が付いた医療保険もよく聞きますが、これはどのような内容なのでしょうか?

梅田 「女性特約」は、女性特有の病気や妊娠・出産時に発生した治療に対して保障が付くケースが多いです。また、がんになったら給付金が2倍支払われるといった保険もあります。ただ保険会社によって保障の範囲にかなり差があるので、そこはよく比較検討されたほうがいいと思います。

――また、新ジャンルの医療保険というのはありますか?

梅田 最近、不妊治療をカバーする保険ができたのですが、それは今入っておけば、将来不妊治療をする際に給付されるというものです。現在治療をしている人も入れますが、給付が出ない免責期間があります。そうすると、その期間に治療が終わってしまうことも考えられます。ただ、不妊治療の保障ができたのは画期的なことなので、今後の商品も含めて注目したいですね。

 また、もう一つ、“予防治療のための保険”が出てきました。どんな病気も早期発見と早期治療が大切ですが、この保険は病気の初期段階でしっかり治療をすることを目的に、たとえば糖尿病や慢性腎不全などの慢性的な病気で通院や投薬をしている場合、入院の有無に関係なく、一時金が支払われます。早期治療を積極的に行い、重症化しないように予防するための保険という扱いです。長生きすることで慢性的な病気にかかる可能性も高くなるので、高齢化社会の日本にとっては、これから需要が高まる保険かと思います。

――ちなみに、将来も独身のままで身よりもない天涯孤独の「おひとり様」になる可能性もあるかもしれません。そんな時、貯金もなく保険にも入っていないとしたら、医療費や亡くなった後のことは、誰がどのように対処してくれるのでしょうか?

梅田 まずは親戚を探しますね。親戚さえもいないとしたら、火葬や納骨などは自治体に託されることになります。また、身の回りの物を整理するにも結構な費用がかかりますが、賃貸の場合は家の所有者、大家さんが負担します。

 あと、余談ですが最近問題になっているのが、ネットで投資や通販の定期購入をしている場合、借金を残したまま亡くなるケースが増えているそうです。ある程度の年齢になったら、心も体もしっかりしているうちに、マナーとしてメモ程度でもいいのでエンディングノートを書いておくと良いと思います。自分がどういうことにお金を使っていて、どんな保険に入っているか、どの銀行で貯金しているかなどを記しておきましょう。

(末吉陽子)

貯金も保険もない「おひとり様」になるつもり? 病気や不安を軽くする「入るべき保険」とは

 将来起きうるかもしれない病気や死に対する防衛策のひとつである“保険”。大雑把に言えば、一定の保険料を毎月支払うことで、万が一の時には支払った総額にかかわらず、その保険がカバーする内容に応じた金額が受け取れるという仕組みである。

 人生のリスクヘッジには持ってこいだが、実際のところ医療保険と生命保険だけみてもその数も種類もさまざま。さらに、最近は女性向けの保険商品も幅広く、もはやどれに加入していいのか決めきれないという人も多いのではなかろうか。そこで、ファイナンシャルプランナー(FP)の梅田雅美さんに、保険にまつわる疑問をぶつけてみた。

■医療保険は絶対に入っておくべき

――日本は健康保険や年金制度が充実しているので、とくに独身で子どもがいない 会社勤めの女性の場合、個人で保険に加入する必要性をあまり感じないのではと思うのですが、率直に言って保険は必要ですか?

梅田雅美さん(以下、梅田) はい、必要です。現在、日本人は健康保険などの 社会保障制度で守られており、とても恵まれています。また、年齢や所得に応じて、医療費の自己負担額が著しく高額になった時に支給される「高額療養費制度」もあるので、医療保険に入らなくても大丈夫という人もいます。

 しかし、これから少子高齢化が進んだら、今と同じ医療給付が未来永劫続くとは限りません。そもそも健康保険制度も年金制度も、社会の状況でいかようにも変わるものなのです。

――つまり医療費の自己負担が高額になるという可能性もあるのでしょうか?

梅田 もし、健康保険の財源が減って支出が増えれば、当然内容の見直しを迫られます。医療給付の内容を減らす方向にいく可能性も十分あります。そうなったら、私たちは自助努力で保障を補てんしなくてはいけません。

 ちなみに現在、年末調整の際に対象の保険に加入した人に対して、課税所得を減らす「生命保険料控除」がありますね。つまりは、「自分で医療保険に加入すれば、できるだけ税負担を減らすから、自助努力でなんとかできるように頑張って」というメッセージです。ですから、将来のことを考えて医療保険は絶対に入っておくべきでしょう。

■看板商品はとりあえずお得!

――そもそも「医療保険」とは、どのようなものなのでしょうか?

梅田 医療保険のベースは、「入院と手術にかかる費用の保障」です。さらに、オプションとして「先進医療」を付けるのが最近は一般的です。先進医療とは厚生労働省が定める「高度な医療技術を用いた治療」のことで、技術料が健康保険の対象となりません。健康保険適用外の医療で、高額になることが多いのです。たとえば、がんの重粒子線治療では、トータルで200万円から300万円かかると言われています。また、先進医療は、よく「がんの治療」と思っている方も多いようですが、厚生労働省のホームページを見ると、先進医療が対象とする病気の項目はざっと100種類以上で、がんだけではなく日々更新されています。

 もし病気になった時、どんなことをしても治したいと思っても、やはりお金がないと高額な治療は受けられないわけです。そういう意味では残念ながら、日本には健康保険制度があるにもかかわらず、貧富の差で受けられる医療のレベルが違ってくるのです。経済的に厳しいと高額な治療を諦めざるを得ない。そんな時に頼りになるのが、医療保険だと思います。

――最近、よくCMなどで耳にするのが、「がんになったら一時金が支払われる」という医療保険ですが、これはどのようなものなのでしょうか?

梅田 入院や手術とは別に、がん(上皮内又は悪性新生物)と診断されたら一時金が受け取れ、その後条件を満たせば複数回受け取れるというものがほとんどです。最近はがんが見つかっても、すぐに入院や手術が必要ではなく、通院で抗がん剤治療などを行い、がんを小さくしてから次の治療方法を判断するというケースが増えています。医療が進んだことで、がんと付き合いながら生活できるよう変わってきていますので、逆に入院と手術でしか、保険金が支払われないという医療保険だと不十分かと思います。

――ちなみに、医療保険はどれくらいの保険金額が受け取れるものが良いのでしょうか?

梅田 入院給付が5000円~10,000円で、先進医療は2,000万円くらいが妥当だと思います。貯金があれば加入しないという人は、老後やその他生活資金とは別に500万円以上の医療用貯金があるなら加入しなくてもいいとも言えますね。ただ、長生きする“リスク”が予想される昨今、極力貯金は老後のために残しておいた方がいいと思います。

――ただ、新しい保険商品も続々と販売されるので、どれを選んだらいいのか迷ってしまいます。

梅田 まずは、自分のライフスタイルを考えたうえで、保険のプロに良いアドバイスを受けて選びましょう。ただし、アドバイザーでも、新人の方や転職して間もない方など、必ずしも豊富な知識がある方とは限りません。有益な情報をたくさん聞き出すためには、できればFPの資格を持っている方や、店長などで経験のある方を指名するといいでしょう。

 また、各保険会社の“看板商品”、つまり保険会社が開発に力を入れた自信のある商品はお得なので、探すといいかもしれません。そういう商品は単体で購入することが可能で、別の保険商品と組み合わせて自分に合ったセットを作ることができます。保険料を抑えて保障内容もアップする一石二鳥のお得ワザですね。

■貯蓄性のある終身保険がおすすめのワケ

――やはり保険の見直しはした方がいいのでしょうか?

梅田 治療方法も日々進歩しており、医療保険は常にアップデートされています。そのため、掛け捨ての場合、ずっと同じものに加入しているのははっきり言って損することが多いので、定期的に見直すことが重要です。保険会社の代理店等に行って最新のものを教えてもらうことをおすすめします。常に医療事情に合っていて給付が受け取れる保険に入っておくことが大事です。一度加入したからと安心してはダメです。よりたくさんの給付金や充実した保障を手に入れるためには、見直しは必須です。

 例えば、これから医療事情が変わって、入院に手厚い保険から通院を重視した保険に変わっていく可能性も考えられます。将来そうした内容に切り替える時、それまでに支払った保険料は少ない方がいいですよね。そのため、支払い方法を一生涯にして、月々の保険料を低額に抑えておくのも良いでしょう。

――では、女性が入るとしたら、どのような種類の保険が望ましいでしょうか?

梅田 医療保険にプラスして、長生きのリスクや万一に備えて貯蓄性のある終身保険がおすすめです。就職したら計画的に資産形成もできるので早めに入っておいた方が良いと思います。若ければ保険料も安いですし、生命保険料控除を活用すれば、節税にもなります。

 また、年齢に関係なく、突然亡くなることもあるわけです。その際、お葬式の費用などをご両親の老後資金から出すことになりかねないので、社会人の良識として他人に迷惑をかけないように保険に入っておくのは必要なことです。

――「女性特約」が付いた医療保険もよく聞きますが、これはどのような内容なのでしょうか?

梅田 「女性特約」は、女性特有の病気や妊娠・出産時に発生した治療に対して保障が付くケースが多いです。また、がんになったら給付金が2倍支払われるといった保険もあります。ただ保険会社によって保障の範囲にかなり差があるので、そこはよく比較検討されたほうがいいと思います。

――また、新ジャンルの医療保険というのはありますか?

梅田 最近、不妊治療をカバーする保険ができたのですが、それは今入っておけば、将来不妊治療をする際に給付されるというものです。現在治療をしている人も入れますが、給付が出ない免責期間があります。そうすると、その期間に治療が終わってしまうことも考えられます。ただ、不妊治療の保障ができたのは画期的なことなので、今後の商品も含めて注目したいですね。

 また、もう一つ、“予防治療のための保険”が出てきました。どんな病気も早期発見と早期治療が大切ですが、この保険は病気の初期段階でしっかり治療をすることを目的に、たとえば糖尿病や慢性腎不全などの慢性的な病気で通院や投薬をしている場合、入院の有無に関係なく、一時金が支払われます。早期治療を積極的に行い、重症化しないように予防するための保険という扱いです。長生きすることで慢性的な病気にかかる可能性も高くなるので、高齢化社会の日本にとっては、これから需要が高まる保険かと思います。

――ちなみに、将来も独身のままで身よりもない天涯孤独の「おひとり様」になる可能性もあるかもしれません。そんな時、貯金もなく保険にも入っていないとしたら、医療費や亡くなった後のことは、誰がどのように対処してくれるのでしょうか?

梅田 まずは親戚を探しますね。親戚さえもいないとしたら、火葬や納骨などは自治体に託されることになります。また、身の回りの物を整理するにも結構な費用がかかりますが、賃貸の場合は家の所有者、大家さんが負担します。

 あと、余談ですが最近問題になっているのが、ネットで投資や通販の定期購入をしている場合、借金を残したまま亡くなるケースが増えているそうです。ある程度の年齢になったら、心も体もしっかりしているうちに、マナーとしてメモ程度でもいいのでエンディングノートを書いておくと良いと思います。自分がどういうことにお金を使っていて、どんな保険に入っているか、どの銀行で貯金しているかなどを記しておきましょう。

(末吉陽子)

「セックスして傷付いてる女性は多いのかもしれない」SM、AVを経験したヤリマンアイドルの自己肯定感

第3回 ヤリマンアイドル白玉あも(後編)

(前編はこちら)

■初めての普通の彼氏との、普通の生活

「その頃、プロレス会場でよく見かけてたバンドマンと付き合うようになったんです。“今日も来てるね”みたいに話すようになって、向こうもすぐ“付き合いたい!”って、ガツガツくるタイプだったんで」

 交際を申し込まれたのは、初めてのことだった。

「当時バンドマンがよく使ってた『魔法のiらんど』ってサイトの日記に“はなちゃん(※本名)と写真撮ってきた。これ見てたら連絡してね!”って書いたりしてたんです。堂々と私のこと“好きだ”って言ってくれる人初めてでうれしくなっちゃって、その時はまだ彼とセックスしてなかったけど、連絡したら“付き合って”って言われて、“いいけど、私ソープ嬢だよ”って言ったら“えっ!?”って(笑)」

 驚くのも無理はない。

「でも、“じゃあ俺がソープ上がらせる”って言って家借りてくれて、“家賃も払わなくていいし、これでもうソープしなくていいでしょ?”って。私それくらい強引に引っ張ってってくれないと、人と付き合えないんだと思うんですよね。それからは、またカフェで働いて、27歳くらいまで3年半くらいは同棲してました。セックスもたまにするし、家で一緒にご飯食べるし、休みの日は出かけるし、向こうの友達とも仲良くなったり、ホントやっと普通の人みたいなことができるようになって楽しかったです」

 特に手首を切ることもなく、彼女の人生でほぼ初めてともいえる“普通の生活”だった。

「出会い系もやらなかったし、そもそも男の人と遊ばなかったです。彼がまったくお酒飲まない人だったから、私も仕事終わったらすぐ帰らなきゃダメで、“家帰ってご飯作らなきゃ”って、お嫁さんみたいな感じでしたね。でも、長く同棲してるから“結婚あるかな”と思ってたんですけど、それは“ない”ってはっきり言われたんで別れました。“一生懸命低賃金で頑張って働いて、毎日家事もして一緒にいるのに、このまま年取って老けていくのは嫌だ”って思って、それからまたヤリマンに(笑)」

■汚れてる自分は“カワイイ”って思える

 そしてまた、彼女は風俗嬢に戻った。

「ほかに何していいかわからないから、とりあえず風俗でしたね。それまではヘルスとかソープやってたけど、“もう30歳が迫ってる”“30歳までにやりたいこと、興味あること、全部やらなきゃダメだ”って思って、ハードなことをやり始めました。ソープも中出しのノースキンの店に行ったり。“即即NN(即尺即ベッド生中出し)”ですけど、やっぱり合わなくて、3カ月ぐらいで辞めちゃいました。そのあとはSMクラブかな。そっちは長くて2年以上できましたね」

 SMの方が肌に合ったということのようだ。

「収入もよかったけど、おもしろいっていうのが一番の理由かな。演技みたいなことするのがおもしろくて、お客さんも外ではちゃんとした人たちなんだろうけど、そこではホントの姿が見れるっていうか。ドSみたいなお客さんなのにウンコかけても勃起してたりしていて、“この人ホントはMなのかなぁ”とか」

 それまでSMなんてやったこともなく、怖いと思っていたが、ストレス発散にもなった。人間の裏側が見られたことがよかったのか、一般的にはよりハードだと思われているSMクラブの方が、ノーマルセックスのソープランドよりも、彼女には合っていた。

「セックス自体が、そんな好きじゃないのかもしれない。なきゃないでいいというか。SMは、単純に抜くのが目的の人たちじゃないんでよかったです」

 彼女の変態志向は、その後に出演するAVについても同じであった。

「AVも30歳になる手前のギリギリで始めたんですけど、SMクラブが楽しかったから、“楽しんでる時の自分を客観的に見たい。じゃあAVかな?”と思って。自分でプロダクションを探して始めたんですけど、やっぱり普通のセックスから始めて、だんだん“アナル解禁”“SM解禁”というように進めていくものだったんですよね。でも、私は、最初のノーマルなセックスの仕事は要らなかったんですよ。スカトロやってる私が見たかったから、最初から“3大NG”の方がやりたかった」

 AV界で3大NG事項といわれ、多くの女優が忌避する「アナル、スカトロ、ハードSM」というマニアックな世界。それこそが白玉あもの求めているものであった。

「最初は信頼がないから“試しに普通の現場行ってみて”って言われて嫌だったんですけど、普通の現場だと男優さんが“カワイイね”とか言ってくるんですよ。それがホントに嫌で、イライラして機嫌が悪くなっちゃって……。だって嘘だから。もっと若くてカワイイ女優なんていっぱいいるのに、そんなこと思ってるはずないですもん。昔から“カワイイ”って言われても否定しちゃうんですよ。お世辞が嫌いだから」

 白玉あもは、「自分のルックスも好きじゃない」という面倒臭い女優だった。しかし、場所が変われば気持ちも変わった。実際に出演したノーマル作品は5本程度、マニア作品は約30本。活動期間は半年くらいだが、想い出に残っているのは、やはりマニア系だ。

「全国のファンの家に行って、応募してきた素人とスカトロプレイをする『全国うんこ紀行』とか、楽しかったです。あとは『糞接吻』ってウンコ味のキスするレズものとか、1本糞でポッキーゲームをやるとか、どれも楽しかったですね。普段絶対できないことだったし、最高でしたね。そういう出演作は自分でも見ますね。パッケージにも糞まみれの自分がいて、“すごいなぁ!”って。そういう顔を“あもちゃんカワイイ”って言われると、“でしょ!?”って思えるんですよね。汚れてる自分は“カワイイ”って思える。やっぱり感覚がおかしいですよね、むちゃくちゃですよね」

■“セックスは楽しんでいいこと”っていう感覚に変わってきた

白玉あもバッグ

 AV引退後は風俗からも足を洗い、“ヤリマンアイドル”“メンヘラアイドル”なる肩書で活躍する現在に至る。「居場所を作るための行為」でしかなかったセックスも、次第に変わってきた。

「30歳越えてからは、“セックスで気持ちいい”ってのがわかるようになりました。イクとか(笑)。たぶん10~20代の頃は、『セックス=やましいこと』っていうのがあったんだけど、30歳過ぎてからはAVに出た経験もあるし、わりと性に対してオープンになって、“楽しんでいいこと”って感覚になったからだと思う。相変わらず彼氏はできないけど、“セックスして気持ちよければいいか”って感覚になってきています」

 長い年月がかかったが、今の彼女は、初めて「ヤリマンとして存在していい」という心境になったのだ。ところで、結婚願望はあるのだろうか?

「今はそんなにないですね。同棲してた時はすごくしたかったんですけど、別れてからは結婚願望なくなって、今は『彼氏欲しいな』とは思いますけどね。付き合いたい。セックス以外の遊びもしてみたいですね。普通は昼に集合して映画見てご飯食べて帰るとか、そういうデートもあるんですよね。私の場合は集合時間が夜の20時とかで、飲みに行ったら、ホテル、セックスになっちゃう。男の人に誘われたらセックスがあるもんだと思って行くし、“セックスはちょっと……”っていうくらいなら飲みに行かないです」

 つまり、彼女にとっては「飲みに行く=セックス」のようだ。

「普通に会話できる人はいいんですけど、だんだん話すことがなくなって困ったら、“ホテル行った方がいいかな”って思うんですよ。体で会話です(笑)」

 だいたいの男性は楽しい会話がセックスにつながると思っているだろうが、彼女は会話がつまらない人とセックスして楽しいのだろうか?

「“あもちゃんと飲みに行って失敗したな”って思われたくないから、1個くらい、いいもの持って帰ってほしいなって」

 それでも、相変わらずセックス後の自己嫌悪は残っているという。

「一応楽しく考えるようにはしてます。いちいち傷付いてたらキリがないし……。でもホントのこと言ったら、いまだにセックスして“やんなきゃよかった”とか“付き合うことにならなくて無駄撃ちだった”とか、勝手に中出しされて“うわぁ”とか、“セックスで、なんでこんな気持ちになるんだろうなぁ”って傷付いたりしてますけど、最近だと“楽しいセックス話のネタができたかな”くらいに考えるようにしてます」

 経験人数およそ1,000人。そんな痛々しい性体験を自虐ネタにして、ヤリマンアイドルはトークライブで多くのファンを持っている。

「ライブで、お客さんの前で話すのは楽しいですね。一般的には“ひどいヤリマン”で、“どうしようもない女の子”なのに、会場には“それでいい”って言ってくれる人がいる。“ヤリマンがOK”なんだったら“育ちのこともOK”なのかなって思うし。あと私、女の子のファンが意外に多いんですよ。ヤリマンとかメンヘラとか、普通嫌われそうじゃないですか? “死にたい”とかブログに書いててもメッセージやコメント来たりするし、共感してくれる気がします。世の中にも、セックスして傷付いたりしてる人が多いのかもしれないですね」
(文・写真=福田光睦/Modern Freaks Inc.代表/Twitterアカウント:@mitutika

「セックスして傷付いてる女性は多いのかもしれない」SM、AVを経験したヤリマンアイドルの自己肯定感

第3回 ヤリマンアイドル白玉あも(後編)

(前編はこちら)

■初めての普通の彼氏との、普通の生活

「その頃、プロレス会場でよく見かけてたバンドマンと付き合うようになったんです。“今日も来てるね”みたいに話すようになって、向こうもすぐ“付き合いたい!”って、ガツガツくるタイプだったんで」

 交際を申し込まれたのは、初めてのことだった。

「当時バンドマンがよく使ってた『魔法のiらんど』ってサイトの日記に“はなちゃん(※本名)と写真撮ってきた。これ見てたら連絡してね!”って書いたりしてたんです。堂々と私のこと“好きだ”って言ってくれる人初めてでうれしくなっちゃって、その時はまだ彼とセックスしてなかったけど、連絡したら“付き合って”って言われて、“いいけど、私ソープ嬢だよ”って言ったら“えっ!?”って(笑)」

 驚くのも無理はない。

「でも、“じゃあ俺がソープ上がらせる”って言って家借りてくれて、“家賃も払わなくていいし、これでもうソープしなくていいでしょ?”って。私それくらい強引に引っ張ってってくれないと、人と付き合えないんだと思うんですよね。それからは、またカフェで働いて、27歳くらいまで3年半くらいは同棲してました。セックスもたまにするし、家で一緒にご飯食べるし、休みの日は出かけるし、向こうの友達とも仲良くなったり、ホントやっと普通の人みたいなことができるようになって楽しかったです」

 特に手首を切ることもなく、彼女の人生でほぼ初めてともいえる“普通の生活”だった。

「出会い系もやらなかったし、そもそも男の人と遊ばなかったです。彼がまったくお酒飲まない人だったから、私も仕事終わったらすぐ帰らなきゃダメで、“家帰ってご飯作らなきゃ”って、お嫁さんみたいな感じでしたね。でも、長く同棲してるから“結婚あるかな”と思ってたんですけど、それは“ない”ってはっきり言われたんで別れました。“一生懸命低賃金で頑張って働いて、毎日家事もして一緒にいるのに、このまま年取って老けていくのは嫌だ”って思って、それからまたヤリマンに(笑)」

■汚れてる自分は“カワイイ”って思える

 そしてまた、彼女は風俗嬢に戻った。

「ほかに何していいかわからないから、とりあえず風俗でしたね。それまではヘルスとかソープやってたけど、“もう30歳が迫ってる”“30歳までにやりたいこと、興味あること、全部やらなきゃダメだ”って思って、ハードなことをやり始めました。ソープも中出しのノースキンの店に行ったり。“即即NN(即尺即ベッド生中出し)”ですけど、やっぱり合わなくて、3カ月ぐらいで辞めちゃいました。そのあとはSMクラブかな。そっちは長くて2年以上できましたね」

 SMの方が肌に合ったということのようだ。

「収入もよかったけど、おもしろいっていうのが一番の理由かな。演技みたいなことするのがおもしろくて、お客さんも外ではちゃんとした人たちなんだろうけど、そこではホントの姿が見れるっていうか。ドSみたいなお客さんなのにウンコかけても勃起してたりしていて、“この人ホントはMなのかなぁ”とか」

 それまでSMなんてやったこともなく、怖いと思っていたが、ストレス発散にもなった。人間の裏側が見られたことがよかったのか、一般的にはよりハードだと思われているSMクラブの方が、ノーマルセックスのソープランドよりも、彼女には合っていた。

「セックス自体が、そんな好きじゃないのかもしれない。なきゃないでいいというか。SMは、単純に抜くのが目的の人たちじゃないんでよかったです」

 彼女の変態志向は、その後に出演するAVについても同じであった。

「AVも30歳になる手前のギリギリで始めたんですけど、SMクラブが楽しかったから、“楽しんでる時の自分を客観的に見たい。じゃあAVかな?”と思って。自分でプロダクションを探して始めたんですけど、やっぱり普通のセックスから始めて、だんだん“アナル解禁”“SM解禁”というように進めていくものだったんですよね。でも、私は、最初のノーマルなセックスの仕事は要らなかったんですよ。スカトロやってる私が見たかったから、最初から“3大NG”の方がやりたかった」

 AV界で3大NG事項といわれ、多くの女優が忌避する「アナル、スカトロ、ハードSM」というマニアックな世界。それこそが白玉あもの求めているものであった。

「最初は信頼がないから“試しに普通の現場行ってみて”って言われて嫌だったんですけど、普通の現場だと男優さんが“カワイイね”とか言ってくるんですよ。それがホントに嫌で、イライラして機嫌が悪くなっちゃって……。だって嘘だから。もっと若くてカワイイ女優なんていっぱいいるのに、そんなこと思ってるはずないですもん。昔から“カワイイ”って言われても否定しちゃうんですよ。お世辞が嫌いだから」

 白玉あもは、「自分のルックスも好きじゃない」という面倒臭い女優だった。しかし、場所が変われば気持ちも変わった。実際に出演したノーマル作品は5本程度、マニア作品は約30本。活動期間は半年くらいだが、想い出に残っているのは、やはりマニア系だ。

「全国のファンの家に行って、応募してきた素人とスカトロプレイをする『全国うんこ紀行』とか、楽しかったです。あとは『糞接吻』ってウンコ味のキスするレズものとか、1本糞でポッキーゲームをやるとか、どれも楽しかったですね。普段絶対できないことだったし、最高でしたね。そういう出演作は自分でも見ますね。パッケージにも糞まみれの自分がいて、“すごいなぁ!”って。そういう顔を“あもちゃんカワイイ”って言われると、“でしょ!?”って思えるんですよね。汚れてる自分は“カワイイ”って思える。やっぱり感覚がおかしいですよね、むちゃくちゃですよね」

■“セックスは楽しんでいいこと”っていう感覚に変わってきた

白玉あもバッグ

 AV引退後は風俗からも足を洗い、“ヤリマンアイドル”“メンヘラアイドル”なる肩書で活躍する現在に至る。「居場所を作るための行為」でしかなかったセックスも、次第に変わってきた。

「30歳越えてからは、“セックスで気持ちいい”ってのがわかるようになりました。イクとか(笑)。たぶん10~20代の頃は、『セックス=やましいこと』っていうのがあったんだけど、30歳過ぎてからはAVに出た経験もあるし、わりと性に対してオープンになって、“楽しんでいいこと”って感覚になったからだと思う。相変わらず彼氏はできないけど、“セックスして気持ちよければいいか”って感覚になってきています」

 長い年月がかかったが、今の彼女は、初めて「ヤリマンとして存在していい」という心境になったのだ。ところで、結婚願望はあるのだろうか?

「今はそんなにないですね。同棲してた時はすごくしたかったんですけど、別れてからは結婚願望なくなって、今は『彼氏欲しいな』とは思いますけどね。付き合いたい。セックス以外の遊びもしてみたいですね。普通は昼に集合して映画見てご飯食べて帰るとか、そういうデートもあるんですよね。私の場合は集合時間が夜の20時とかで、飲みに行ったら、ホテル、セックスになっちゃう。男の人に誘われたらセックスがあるもんだと思って行くし、“セックスはちょっと……”っていうくらいなら飲みに行かないです」

 つまり、彼女にとっては「飲みに行く=セックス」のようだ。

「普通に会話できる人はいいんですけど、だんだん話すことがなくなって困ったら、“ホテル行った方がいいかな”って思うんですよ。体で会話です(笑)」

 だいたいの男性は楽しい会話がセックスにつながると思っているだろうが、彼女は会話がつまらない人とセックスして楽しいのだろうか?

「“あもちゃんと飲みに行って失敗したな”って思われたくないから、1個くらい、いいもの持って帰ってほしいなって」

 それでも、相変わらずセックス後の自己嫌悪は残っているという。

「一応楽しく考えるようにはしてます。いちいち傷付いてたらキリがないし……。でもホントのこと言ったら、いまだにセックスして“やんなきゃよかった”とか“付き合うことにならなくて無駄撃ちだった”とか、勝手に中出しされて“うわぁ”とか、“セックスで、なんでこんな気持ちになるんだろうなぁ”って傷付いたりしてますけど、最近だと“楽しいセックス話のネタができたかな”くらいに考えるようにしてます」

 経験人数およそ1,000人。そんな痛々しい性体験を自虐ネタにして、ヤリマンアイドルはトークライブで多くのファンを持っている。

「ライブで、お客さんの前で話すのは楽しいですね。一般的には“ひどいヤリマン”で、“どうしようもない女の子”なのに、会場には“それでいい”って言ってくれる人がいる。“ヤリマンがOK”なんだったら“育ちのこともOK”なのかなって思うし。あと私、女の子のファンが意外に多いんですよ。ヤリマンとかメンヘラとか、普通嫌われそうじゃないですか? “死にたい”とかブログに書いててもメッセージやコメント来たりするし、共感してくれる気がします。世の中にも、セックスして傷付いたりしてる人が多いのかもしれないですね」
(文・写真=福田光睦/Modern Freaks Inc.代表/Twitterアカウント:@mitutika

「ヤッたからって恋人とは限らない」メンヘラの“ヤリマンアイドル”にとって、セックスする意味とは?

 “誰とでもセックスするヤリマン”と聞くと、我々は、受け身の人間性を想像してしまいがちである。確かに、一昔前に“サセ子”“公衆便所”と呼ばれていたようなヤリマン女性たちのイメージは、男の欲望に無条件に従う(どこか頭の弱い)女というものである。つまり、完全に他者の価値観、他者の欲望の中で生きているような女性像だ。

 しかし、昨年から“ヤリマン”を冠したトークライブを主催している筆者が会うような近年のヤリマン女性たちの多くは、驚くほど自己中心的で、自らの欲望を最優先する「捕食者」のメンタリティーなのだ。果たして、“ヤリマン”を自称する女性は、女性読者の目にはどう映るのだろうか?

第3回 ヤリマンアイドル白玉あも(前編)

■「セックス=恋人」じゃないって思った

 前回、前々回と紹介したヤリマンが「陽のヤリマン」なら今回紹介するのは「陰のヤリマン」。果てしなく暗い北の大地が育んだ、世にも不思議な“ヤリマンアイドル”白玉あも(33歳)である。

 ヤリマンアイドルは、歌を歌うわけでも、CDを出すわけでもない。アイドルがイベントで歌を歌うように、エロ系のトークライブに出てエロ話をし、アイドルがファンと触れ合ってチェキを撮るように、客に直接“顔面騎乗をしながら”チェキを撮る。

 北海道の最東部、人口3万人の根室市。年の離れた3人兄姉の末っ子として生まれ、小学生の頃には両親が離婚、母親とのいびつなふたり暮らしが始まる。情緒不安定な女の子、いわゆる「メンヘラ」だった。現在もたまにしているという自傷行為、リストカットを始めたのは中学生の頃。

「“死にたい”という気持ちもなかったし、理科室に、ちょうどよさそうな刃物があって、単純に切ってみたいと思っちゃった。感覚的におかしいんでしょうね、自分を傷付けてみたいって……。その時は1回で止まったんだけど、高校生くらいからは、急に机をドーンってやったり、教室で発狂したり してました。今となっては“親がいなかったのが寂しかったんだろうな”ってわかるんだけど、当時はなんで自分がそうなっちゃうかわかんなくて」

 そんな多感な15歳の頃にした初めてのセックスが、その後のセックス観を決定づけた。

「中3の時、同じく母子家庭の、すごく仲のいい同級生がいて、その彼が熱で学校を休んだんですね。それで学校から届け物を持っていったんですけど、彼の部屋でちょっとしゃべってたら『隣に来て』って言われて、一緒に蒲団に入ったらモゾモゾしだして、そこでセックス。

 “これで私も大人の女になったんだ”ってうれしかったし、ヤッたんだから“もう私と付き合うことになるだろう”って思った。その彼は、私が毎日一緒に学校行ってた女友達と付き合ってたんですよ。その子には悪いんだけど“最近うまくいってない”って聞いてたし“いいかな”って。どっかで“私の方が勝っちゃった”って感覚だったと思う」

 しかし、初セックスの相手とは、思うような関係にはならなかった。

「しばらくは仲良くしていたんですが、ある放課後、彼に呼ばれて行ってみたら、女友達がたくさん集まっていて、その前で“俺、オマエと別に付き合ってねえから”って言われた。私も内心傷付いたけど、“セックスをしても付き合えないんだ”って、そこから『セックス=恋人』じゃないって思った。だから、奥さんや彼女がいる人とも平気でヤるようになっちゃったんだと思う」

■援助交際で稼いだお金を、親にたかられる

 高校生になると携帯電話を持ち、多くのセックスを重ねてゆく。

 知らない大人と伝言ダイヤルやツーショットダイヤルで会って援助交際。札幌に遠征したこともある。先にお金が振り込まれると夜行バスで向かい、カラオケや食事に行き、ラブホでセックスしてお金をもらう。1回3万円から5万円ほど稼いだお金は、食費に充てていたという。

「離婚後、ママはご飯も作らなくなったし、洗濯もしないし、パパからの養育費は毎月入ってたんですけど、それは私に使ってくれなくなった。最初はそば屋でもバイトしてたんですけど、給料入ったら全部ママが持ってっちゃうんですよ。それで“バイトなんかしてらんない”って援交始めたんです」

 しかし、そのお金にまで母親の手がつく。

「後々通帳を調べられてバレて、“なんでこんなにいろんな人から振り込みがあるの!? アンタなにやってんの!?”って言われたんですけど、私が援交やめたらママも困るし、最終的には“この子は稼いでる”ってわかったので“車ぶつけたから×万円貸してくれない?”って私にたかってくるようになったんですよね……高校生の娘に3万円とか借りて、それでパチンコ行くんですよ。キチガイですよね……」

 ほとんどひとりで投げ出された状態で、援助交際で暮らしていた根室の高校生。そんなところに、セックスの快感などあるはずもない。

「気持ちいいって感覚は特になかったけど、こういうことしてる時って男の人、優しいなって思ったし、“ヤラせれば家に泊まりに来てくれる”って感覚がありました。長く関係が続いていたのは、地元のお祭りの運営サークルの人。そこには大人もいっぱいいて、飲み会にも呼んでもらってたんですよね。だから、そこの人とはだいたいヤッてます。

 一番多かったのは20歳過ぎの若い人で、あとはおじさんたち。奥さんもいる30歳過ぎのおじさんが車の中でイタズラしてきたり、家に呼んでベロベロに酒飲ませてヤッたり、別荘で乱交したり……」

 しかし、その中の誰ひとりとして恋愛関係はないというのだ。そのような異様な境遇で、“セックスを断る”という選択肢はなかったのだろうか?

「ないです。なんで断らなきゃいけないのかわかんなかったし、断った時にガッカリされるのが怖いっていうか。明日から連絡なくなるんじゃないかとか、“もう要らない”とか言われそうな気がして……。性的な役割でも必要とされているのはうれしかったです。ヤればまた遊んでくれるし、居場所は作れる」

 しかしその代償として、今も拭えない罪悪感が、彼女のセックスにはつきまとっている。

「セックスの後、嫌な気持ちになることが多いのは、奥さんや彼女がいるところで、なんにもないふりをするのがキツかったから。みんな、私とヤることは秘密なわけじゃないですか。だからセックスは“言っちゃいけないこと”って感じでした。もしも私のセックスを堂々と言えてたら、ちょっと人生変わってたかもしれないと思う」

■親戚からのひどい仕打ち

 実はその性へのネガティブな意識は、幼児期にまでさかのぼる。

「幼稚園に上がる前くらいの時に、高校生の従兄弟にオナニーの相手させられた。昼寝して起きたら、私のパンツを下ろして、太ももにこすりつけて素股みたいなことやってて、ハアハア言って……。そのまま精子をぶっかけられた」

 親戚からも、幼少期から性の対象としてばかり見られていたのだ。

「“これはママに言っちゃいけない”ってことは、なんとなくわかってた。私、なんか変なことしゃべったらいけないから、家族とか親戚で集まっても、あんまりしゃべらなくなったんですよ。みんな楽しくしてても 、“あのお兄ちゃん、私にエッチなことしたよね”と思ってたし……とにかく嫌でしたね、親戚といるのは」

 どこでも公言できないまま、異常な性体験だけを重ねていった10代だった。高校を出て函館の専門学校に通うようになって、家族関係のストレスはなくなったと思われたが、姉の早世で帰省した彼女に、容赦なくそれは襲いかかった。

「姉は脳腫瘍で倒れて3カ月くらいで死んだんだけど、葬式終わった後、ご飯食べたりする席で、従姉妹が“っていうか、なんでいるの? お姉ちゃんは子どももいるし生きていなきゃダメな人だったけど、アンタはいてもいなくても変わんないんだから、アンタが病気になって死ねばよかったんだよ”って言いだして。そしたらウチのママも泣きながら“そうなのよねえ”って言いだして……。いい大人がみんなそんな感じになっちゃって、“もうこんなところ一生関わりたくない”って思って、急遽その夜に飛行機とって帰って、その人たちとは一生バイバイですよね」

■東京へ出て風俗嬢に

 彼女は、函館の五稜郭前の交差点で援交相手と出会いまくっていた最中にも、セックスによって東京へ出る段取りをつけていた。

「高校3年生くらいから、ツーショットダイヤルで知り合った東京の人と、遠距離恋愛みたいな感じで付き合ってることにして、全然好きじゃなかったけど、“東京に出るための口実”を、その時点から作ってたんですよ。その人をキープしながら援交でお金をためて、東京に行く資金にしようって」

 もはや何かの復讐劇のような壮絶な話だが、彼女は必死にセックスをして、北海道を出たのだった。

「家は“東京に出てきたら同棲しよう”って、その人が用意してくれました。申し訳ないですけど、その人のことはまったく好きじゃなくて、1年くらいで別れました……ひどいですよね」

 上京した彼女はカフェの店員 になって働いたものの、半年ほどで辞めてしまう。風俗嬢になったのだ。風俗も、感覚的には援交と変わらないということだろうか?

「変わらないです。それよりもよかったのは、自分で獲物探さないでも、待ってればお金持ってる人が来るし、援交なら帰るタイミングわからないんでドライブ付き合ったりしてたんですけど、風俗は60分、90分とかで帰るんで、“なんていい仕事なんだ!”って思いましたね。人と深い話しなくていいし、嘘の名前で働けるし」

 なし崩しで始めたような風俗の仕事も、実は昔からの予定通りだった。

「東京に風俗の仕事があるって知って、“早くしたい”って思ってたんです。田舎の嫌なのって、横のしがらみだらけ。東京に出てしまえば、人殺した人もいるだろうし、もっと育ちが悪い人もいるだろうし、そういうところに出れば紛れるかなって思って……」

 世の中には、プロ野球選手に憧れる少年がいるように、風俗嬢に憧れる少女もいるのだ。

「風俗は、朝から夕方までの昼番でやってたので、彼氏にはカフェで働いてるふりをしてました。でもだんだん気付いていったっぽいんです。おごったり、プレゼントあげたりしてたから、お金持ってるってわかってたと思うし。彼氏もママみたいになってきて、“今月、車の支払いキツいなー”とか言ってくるんですよ。それで、私は困ってるの見るのに弱いから、“今月貸す?”“いいの?”みたいになって。だんだん関係性が変わっていくんですよね」

 たまたまの巡り合わせなのか、彼女が周囲をそうさせているのか、どこまでいっても、お金とセックスが基盤になった人間関係なのである。そんな彼とも別れ、歌舞伎町のソープランドに転職した23歳頃、彼女に初めてのまともな彼氏ができる。
(文・写真=福田光睦/Modern Freaks Inc.代表/Twitterアカウント:@mitutika

(後編に続く)

セックス目的の空間には寄り付かない――女性目線のラブホテルデザインに見る女の願望

 

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 「少子高齢化」といわれて久しい現在、かつてカップルが愛を育む場所であったラブホテルの需要は減りつつあるという。業界内では、「ラブホテル」を「レジャーホテル」と呼称し、その数自体も年々減少傾向にあることを、前回ご紹介した。

 ラブホテル運営側は生き残るための活路を見いだしつつある。いわゆる「カップルのためのホテル」という位置付けを見直し、女子会やおひとりさま向けのプランはもちろん、外国人観光客のステイ先としてのPRも活発化しているようだ。

 そんな中、女性デザイナーが手がけるホテルが活気付いているという。男性が多いという業界において注目を集める“女性目線のラブホテル”とは、一体どういった空間なのだろうか?

■男性の考える“女性の好むもの”はズレている

 今回お話を聞かせていただいたのは、Re Design代表のデザイナー・オザワリエ氏。「HOTEL AROMA」シリーズの5店舗を始めラブホテル以外にリゾートホテル・温泉施設などをプロデュース。女性の“五感”に訴える空間作りをコンセプトに、数々の好成績を実現している。

 いわゆるラブホテルがはやり始めた1970年代と現在とでは、目に見える変化として、城や遊園地などを模した外装や内装といったテーマパーク性が薄くなっていることが挙げられるだろう。この点についてオザワ氏は、客にとってのラブホテルの位置付けが大きく変化しているのでは、と語る。

「当時はあまり娯楽がなかったんですよね。シティホテルに限らず、ラブホテルに泊まりに行くことで、非日常感を味わいたかったのではないかと思います。そのために、ラブホテルの中にテーマパーク性を盛り込んだのではないでしょうか。しかし時代は移り変わり、あらゆる娯楽が存在するようになったことで、ラブホテルに、いわゆる“テーマパーク的な楽しみ”を求める人が減っていったと感じます」

 オザワ氏は、ラブホテルの派手な造形だけでなく、定番である“豊富なアメニティグッズ”や“カラオケやゲーム、マッサージチェア、ジェットバスなどの充実した設備”についても疑問を抱き、「時代が進んだ今でも、業界内では『ラブホテルとはこうでなければならない』という既成概念を引きずっているような気がしたんです」と語る。そこでオザワ氏は、「ラブホテルの改革」に打って出たそうだ。

「“私が行きたくなる空間”を作っています。それまでのゲームやカラオケなど“ラブホテルになくてはならないもの”を全部排除したんです。煌びやかなネオンや娯楽設備に頼らず、音や香り、質感などの、女性の五感に訴える空間を作りたいと考えました。私はラブホテルやレジャーホテルとは呼ばずに『プライベートホテル』と呼んでいて、カップルはもちろん、女性同士も使いたくなる空間を提案したいんです」

 しかしその改革は、簡単には進まない。ラブホテルオーナーの多くは団塊世代の男性。女性の好むホテルに改装しようとしても、彼らの視点で考えるそれと、女性が望んでいるものとでは明らかに趣向が異なっていたという。

「ラブホテルにありがちな赤やピンクの照明、真っ白なレースの天蓋、パッと見てゴージャス感を出せる大理石などが、男性の考える“女性の好むもの”なんですが、女性はピンと来ないのではないでしょうか。また、そもそもラブホテルの部屋は、お客様目線で作られていないんです。例えば、よくあるビニールレザーのソファやプラスチックのティッシュケースなんかは、ホテル側が“掃除がしやすい”から選ばれている。どんなに『最新のマッサージチェアを入れました!』と宣伝したところで、お客さんが触れる床材、壁の素材、ティッシュケースなどの小物一つひとつにまでこだわらないと、女性のお客さんの中で、そのホテルのポイントは下がってしまいます。私はそんな男性やオーナー目線の事柄を一つずつ潰していきたくて、自然素材のものを使って空間を作りたいと考えました」

■色っぽい自分を感じられる仕掛け

 では実際に、オザワ氏はどのような空間を作っているのだろう。彼女の最新作である新潟県新潟市「月とうさぎ」は、ぼんやりと柔らかな外観ライトの照明をくぐると、その先には和紙や木に囲まれた和空間が広がる作りになっている。室内で特徴的なのは、墨色に染められた透け感のある素材で作られた天蓋。白×レースが一般的なところを墨色にした分、派手さはないが、女性の肌を少し綺麗に映すのではないかと期待させる。

「『ラブホテルに行く』というだけで、女性にとっては後ろめたいことだと思うんです。私はその後ろめたさや嫌悪感を一切排除したくて。女性が綺麗に見えて、心地よいと感じるような、清潔感ある空間作りをしました。ここの空間にいる自分は、自宅にいるときよりも綺麗で、ちょっと色っぽいなと思えたら、気分も盛り上がるし、カップルの関係もよくなるんじゃないかなと思うんです」

 また、オザワ氏が初めて手掛け、現在も池袋にある「池袋ホテルアロマ」では、外装や内装だけでなく、“匂い”に着目。もともとオザワ氏は、人と人が交わり続けることで発せられるラブホテルの“独特な匂い”が嫌いだったといい、そのため天然のアロマを焚くようにしたそうだ。こういった仕掛けは、女性を心身ともにリラックスさせるだろう。

「もともとホテルアロマは、池袋駅から離れた場所にあった古くてボロボロのラブホテルをリノベーションしたものです。リノベーション前は、一室につき月10万の売上だったのが、リノベーション後には月130万にアップ。立地も悪いので、最初はあまり売り上げは伸びなかったのですが、口コミから少しずつお客さんが増えていき、リノベーションした年のクリスマスには行列ができたんです。その時に、業界の常識をひっくり返した“女性が好む空間”というホテル作りは間違いではなかったんだなと感じました」

■ラブホテルからプライベートホテルへ

 女性目線を取り入れることで、業界にも光が見えてきた。しかしやはり、全体的に見るとラブホテルの利用者は減少傾向にある。現在、ラブホテルの平日日中の主要ユーザーはシニア層だというが、現在の30~40代が10~20年後にシニアになったとき、同じように利用してくれるのかというと疑問が残るようだ。

「今のシニア層って元気なんです。でも、今の30~40代は元気がないから、シニアになったとき、ホテルを利用する人は少なくなるのではないでしょうか。これからは業界全体で、そのあり方を変えていかないといけないなと思います。地方のホテルでは、ラブホテルを一般の旅館業法にシフトして、中国人の観光客をバスで連れて来るような営業手法に転換されているところも多いですし……本当に居心地のいいホテルでないと生き残れないのではないでしょうか」

 オザワ氏は、アロマホテルを作った際、ラグジュアリーホテルに近い内装にしたいと構想していたという。一泊5~10万円支払うことが当たり前、私たちにとっては高嶺の花だが、そういった空間を楽しむのと同じような感覚を、リーズナブルな価格で提供してくれるのが、オザワ氏のいう「プライベートホテル」なのだ。ハイクラスな癒やしを、手軽に与えてくれるサプリメント的な存在とも位置付けられるだろう。

 ラブホテルはセックスをするための場所、という時代は終わったのかもしれない。確かに、今の若者は性に消極的だといわれるだけに、セックスだけが目的の空間を与えても寄り付かないだろう。しかし、“カップルだけの空間がほしい”という声も、決してなくならないはずだ。だからこそ、これからは「プライベートホテル」という名のように、カップルや夫婦、友人などが“関係性を深めるため”の居心地よい空間と定義される場所が、さらに必要とされるのではないかと考えられる。セックスをしたいのではなく、セックスによって関係性を深めたい――ラブホテルからプライベートホテルへの変遷に、そんな人々の心の奥底にある願望を感じた。
(取材・文=いしいのりえ)