「SNSで自分を装うことは、安心感にも中毒にもなる」世界を騙した“天才作家”が嘘をついた理由

 女装の男娼である自身の過去を綴った小説が大ヒットして時代の寵児になったJ.T.リロイ。処女作は多くのセレブに絶賛され、2作目の『さら、いつわりの祈り』はアーシア・アルジェント監督・主演作として映画化もされた。ところが、実はJ.T.リロイの正体はローラ・アルバートという女性で、2作とも自伝ではなくフィクションだった。この大スキャンダルの要の人物ローラ・アルバート本人が一連の騒動の真実を打ち明けたのが、ドキュメンタリー映画『作家、本当のJ.T.リロイ』。当時J.T.リロイのマネジャーを装っていた彼女は、なぜそのような嘘をつき続けたのか。来日したローラ・アルバートに映画で語られる真相の裏側をインタビューした。

■小説を書くことで、幼い頃からの悲劇を乗り越えようとした

――『作家、本当のJ.T.リロイ』では、ローラさんの過去とJ.T.リロイ誕生と熱狂、そして本当は実在しないことをニューヨークタイムズの記者に暴かれるまでが映し出されています。ローラさんは、完成した映画をご覧になって、どんな感想を持たれましたか?

ローラ・アルバートさん(以下、ローラ) 体が震えました。1回見ただけでは消化できないと思いましたね。私に、この映画の編集権はまったくなかったので、ジェフ・フォイヤージーク監督に、すべてを委ねたのです。私の持っている資料は、すべて彼に渡しました。それだけ監督を信頼していたのです。私がしたことが本当に悪いことならば、きっと映画には、悪い人として映し出されていると思いました。でも、この映画は、モラルを問う映画ではありません。私は欠陥人間で、虐待によるダメージを受けましたが、小説というアートを使って、自分を癒やそうと試みたのです。

 アメリカでは、私みたいな体験をすると、無力感を打ち消すための殺人に走る人もいるでしょう。でも、私は小説で、自分の無力感を打ち消そうとしました。それなのに、まるで殺人でもしたかのような扱いを受ける結果になって……。しかし、日本では、私がJ.T.リロイというアバター(化身)を使ったことを理解してもらえると思います。

――なぜ、日本だと理解してもらえると思うのですか?

ローラ アバターは、ドレスアップと同じです。日本では男性が女性的なファッションをしたり、その逆もあったり、そういうことに対する適応力があると思うのです。日本人は身動きできない現実に直面したとき、想像力を使って乗り越える方法を知っています。それがアートであることも理解しているので、そういう力を使って表現したり、仲間を増やしたりすることへの敬意があると感じるのです。

――別名で小説を発表することは、作家として珍しいことではありませんが、なぜペンネームだけでなく、「J.T.リロイ」を実在の人物として創り上げたのですか?

ローラ 70年代のアメリカでは、児童虐待の話などは、あまり公にならなかったんです。映画でも語っているように、私はずっと虐待を受けており、そのことを人には言えませんでした。でも、学校で同じような虐待を受けている子の話を聞くことがあり、それが金髪で青い瞳の、きれいな男の子だったのです。一方、私は太ったユダヤ人の女の子。私みたいな子は、虐待されても誰も助けてくれないんだと思い込んでいました。

 そんなときに、私の心の中に金髪で青い目の男の子が出て来たのです。虐待を受けた子どもにありがちな精神の解離が、私の中で起こったのですね。私なりに助けを求めていたのですが、誰も助けてくれなかったから、私は自分の中にいるその男の子に、虐待の事実を語りました。私は性同一性障害ではありませんが、その男の子は確実に私の中に存在し、外に出たがっていたのです。そのときに、私のそばに元夫の妹サバンナがいたので、「男の子」は彼女のボディを借りることにしました。

――ローラさんの心の中にいる男の子が、サバンナさんの体を借りていたのですね。でも、サバンナさんをJ.T.リロイとして演出していたのはローラさんですよね。

ローラ そうです。最初はしゃべり方の指示を出して、練習もしていました。でもそのうち、私の心の中にいたJ.T.リロイが、少しずつサバンナに移っていくような気がしました。そしてサバンナは、私が指示しなくても、リロイとして自然に話せるようになっていったのです。不思議なことに、男性のようにヒゲまで生えてきたんですよ。これは私だけじゃなく、メーキャップアーティストも語っていました。体形も変わり、生理もこなくなり、サバンナは自分が同性愛者であることをJ.T.リロイになって知ったのです。

 私自身のセクシュアリティは、虐待を受けたときに失い、私にとってセックスは意味のないものになっていました。そんなふうになってしまうのだから、やはり虐待は人の心と体に大きなダメージを植え付けるものなのです。その虐待の痛みもJ.T.リロイに現れ、サバンナは自分のスピリットに語りかけるだけで、J.T.リロイとして存在できるようになった。まるで憑依したようでしたね。

――2006年にJ.T.リロイの正体が暴かれますが、それまでの期間、怖くなかったですか?いつバレるかという気持ちになったことは?

ローラ いつかはわかってしまうだろうと思っていました。不治の病の子を育てているような気持ちというか、いつかお別れの日が来るとわかっているけど、一生懸命育てるしかないという感じですね。私の中では、誰かが暴くであろうことはリアルでしたけど、自分からJ.T.リロイをやめるわけにはいかなかった。ただ暴かれた時期が、あのときより前じゃなくてよかったです。なぜなら私は、暴かれても大丈夫なように、心身ともに準備ができていたから。外見が痩せてコンプレックスが多少消えただけではなく、それに耐える心の準備も整っていました。人は見た目だけが変わっても、心が整っていないと、真に変わることはできません。

――もうひとりの自分という意味では、今、日本でもSNSの流行により、真実の姿よりもよりよく見せよう、いい生活をしているように見せようと、偽りの自分というか、外見を装うことに夢中になる人もいます。そういう傾向を、ローラさんはどう思われますか?

ローラ ある人にとっては、真実よりも華やかに装うことが安心感につながると思いますが、人によってはドラッグやアルコールのような中毒にもなります。私がJ.T.リロイをやっていたときは、それが私にとっての酸素のようなものだったのです。でもそのアバターの世界が輝きを失ってくると、パートナーや子どもを悲しませ、苦しませることになります。アルコール中毒の人が、家族に隠れてお酒を飲み続けるようなものです。自分自身を知ってもらうために、真実よりも少しよく見せようとすることは悪くないと思いますし、SNSは便利な道具でしょう。でも、よく見せようとした自分が暴走し始めて、自分じゃなくなっていったら、それは危険だと思います。

 ただ、時代は変わりました。以前は、女性が権力を握ったり、男性が女性的なものを好んだりすることはよくない、恥だと思わされていたのですから。そんな恥は取り除くべきです。本当の自分は、ひとつじゃありません。人間にはいろんな面がありますから、それを認めることも大事。アメリカもトランプ大統領が変なことをしなければ、私のような人間でも大丈夫でしょう(笑)。

――作家としての今後について教えてください。

ローラ 作家としては、回想録を書いています。それが一番新しい作品になりますね。それにしても、今回来日できて本当によかったです。以前、映画『サラ、いつわりの祈り』のプロモーションで来たときは、J.T.リロイとしてサバンナがインタビューを受けていたので、私は、作品について深く掘り下げて語ることはできなかったのです。今回チャンスをいただけて、とてもシュールな気持ちだけど感動しています。映画『作家、本当のJ.T.リロイ』を見た方たちから、たくさんの“ありがとう”や“勇気をもらいました”などのメッセージをいただいて、うれしいです。

 書くことは痛みを伴いますが、解放感もあり、自分の書いたものが誰かの役に立ったり、助けてあげられたりするかも……と思うことがあります。映画『作家、本当のJ.T.リロイ』についても、マドンナなどのセレブが出てきますが、そこにばかり注目するのはもったいないことです。この映画が映し出しているのは“真実をどう語るか”です。

 例えば、もしもあなたの周りに肥満の子がいたら、笑うのではなく、何が原因か、何かに苦しんでいるのではないかと気にかけて、真実をつかんであげてほしいのです。苦しんでいる人にもはい上がる道具や希望があり、女性同士助け合い、サポートすることもできます。苦しみを乗り越える方法はゼロではありません。誰かに「NO」と言われても信じないで、きっと何かあるはずですから。
(斎藤香)

ローラ・アルバート
アメリカ、ニューヨーク市ブルックリン生まれ。2000年、本名を隠してJ.T.リロイ名義で執筆した『サラ、神に背いた少年』がベストセラーになり、時代の寵児となる。06年、J.T.リロイはローラ・アルバートであると暴露される。現在は本名で、ヴォーグ、ニューヨークタイムズなどの媒体に寄稿しつつ、回想録を執筆中。なお、J.T.リロイを演じ続けたサバンナ・クヌープは告白本を出版。これを原作にした映画も予定されている。

作家、本当のJ.T.リロイ
2007年4月8日より、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国ロードショー

あの元・有名ジャニーズJr.がグループ結成! 「Mステ出るなら、俺はパネル出演(笑)」

redrose

 元ジャニーズJr.の浜田一男(浅倉一男に改名)が、ダンスヴォーカルユニット「RED ROSE」を結成し、3月29日にお披露目ライブを開催した。1990年代の“Jr.黄金期”の中心メンバーとして活動するも、とある事情で事務所を去った浅倉だが、なぜこのタイミングでユニットを組むことになったのか? 今回、サイゾーウーマンでは結成の経緯や、今後の展望について本人に直撃した。

 浅倉は1995年にジャニーズ事務所入りし、Jr.ブームの中で滝沢秀明、今井翼や、現在の嵐メンバーらとテレビやコンサートに多数出演。ところが未成年だった99年、飲酒・喫煙したことが「フライデー」(講談社)に報じられ、事務所を離れることとなった。以後は俳優として活動中だ。

 そんな中、浅倉は2月19日に自身のTwitterで「新しくダンスvocalグループを結成しました」と発表し、デビューイベントの詳細を告知。彼が「KAZUO」の名で所属するRED ROSEは、TAKAMI(杭本隆海)、YU(梅原遊)、SAKAPI(坂下悠希)、REIからなる5人組男子グループ。3月29日、渋谷のclubasiaにて同グループ主催の『SUPER MEN’S LIVE 2017 VOL.1』が行われ、ライブデビューを果たした。

 今回、サイゾーウーマンではお披露目ライブ前のメンバーを直撃。5人が集まったきっかけや、メンバーのプロフィール、グループの目標などをたっぷり語ってもらった。

――まずは、本日がライブデビューということで、おめでとうございます! さっそくですが、グループ結成の経緯をお聞かせください。浅倉さん(以下、KAZUO)を中心に動き出したプロジェクトということでしょうか?

KAZUO そうですね。オーディションをして、今年に入ってからこのメンバーで始動しました。まぁ、僕もオーディションに参加したんですけどね。

――えっ、KAZUOさんもオーディションを受けたんですか?

KAZUO いやいや、審査員として参加したんです(笑)。みんなのことを見て、“あぁいいかな”と思って選びました。4人はもともと、ダンス経験があった子たちなんですよ。言い方は悪いですけど、基盤は“素人に毛が生えた子”を集めて始まりました。

――オーディションの審査もされていたとなると、KAZUOさんがプロデューサーの役割も担っているんでしょうか?

KAZUO 僕は、プロデューサーではなく、グループのリーダー的な感じですね。最初は事務所の関係者と相談して、このプロジェクトを「やろう!」ってことになったんですけど。

――ちなみに、グループ名の「RED ROSE」には何か意味があるのでしょうか? 公式サイトに掲載されているグループのロゴも、赤い薔薇が印象的でした。

KAZUO グループを作るにあたって、あまり“アイドルっぽくしたくない”と考えていたんです。トゲがあるって感じを出したかったので、ちょっとツンツンしてもいいんじゃないの? っていう。薔薇って「トゲがあるぞ! 香りだけじゃねぇーからな!」ってイメージあるじゃないですか。

――なるほど、そういうコンセプトで「RED ROSE」になったんですね。では、リーダーのKAZUOさんから、メンバーの特徴やキャラクターをご紹介いただけますか?

KAZUO 今日、ハットをかぶっているTAKAMIは“ナルシストで鏡好き”。稽古が始まる前もじっくりと鏡を見てたもんね。

TAKAMI 僕、自分の顔のパーツとかでキライなところがないんですよ。携帯電話に、赤ちゃんの頃からの写真を入れてるくらいなんで。自分、めっちゃ可愛いんですよ!

REI ウゼー(笑)。

KAZUO YUは甘い食べ物が好きだから、“スイーツ担当”かな。

YU 僕はもう、体の8割ぐらいが、おやつでできてます。ご飯をそんなに食べないんです。

KAZUO あとは見ての通り、YUはこの中で唯一の金髪です。グループが始動する時に俺が「髪染めろ!」って言ったんですけど。なんか、1人ぐらいK-POPアーティストみたいな子がいてもいいかなと思ったんで、YUに「金髪、似合いそうだからやってみろよ!」って言いました。

――リーダーの指示でヘアスタイルを変えたんですね。確かに、1人だけ金髪だとキャラが立って覚えやすいなと思います。「染めろ」と言われた時の心境はどうだったんですか?

YU とにかく髪の毛が乾かないんですよ、この色だと!

――今になってクレームが(笑)。では、REIさんはどうでしょうか?

KAZUO この中では、ダンスリーダー。彼はもともと小さい頃からストリートでダンスをやっていたんです。まぁ、今日のリハーサルでは間違えてたけどね(笑)。あと、SAKAPIは最年少なんで、“末っ子キャラ”かな。

SAKAPI はい、フレッシュ担当でいきます!

KAZUO でも、SAKAPIがはっちゃけたところって、まだ見たことないんですよ。どういう性格なのか、まだミステリアスな部分が多いですね。お酒を飲んでも変わらないし、グループ内では一番しゃべらないかも。

SAKAPI えー、そうですか?

YU 1対1だと普通に話すよね? 

KAZUO でも、MCとかだと誰かが話を振ってあげないと。それは俺の役目だと思いますけどね。

――末っ子キャラながらミステリアスって面白いですね。フレッシュ担当以外で、何か得意としてることはありますか?

SAKAPI 僕は洋服が好きで、もともとはそういう方向に進もうと思ってたんです。

一同 初めて知った(笑)!

SAKAPI なので、ゆくゆくはメンバーの衣装をどうするかとか、ファッションに関連した部分もやっていきたいですね。

KAZUO おぉ、いいねぇ! 実は、今俺らが着ている衣装は自前じゃなくて、衣装さんが各々のイメージに合わせて作ってくれたんですよ。自分たちは恵まれてると思います。「グループを組みました」ってところから、衣装もそうですし、ライブする機会まで与えてもらって。

――KAZUOさん自身は、この中でどんなポジションだと思いますか?

KAZUO 俺はただの下ネタ大王なんで、 “下ネタ担当”かな。お客さんからすれば、「今日、この人はどんな下ネタ言うんだろう?」みたいな。俺はもう自分を捨ててるから(笑)。まぁ、何でもアリはいけないけど、「MCも楽しいぜ!」っていうグループがいいんですよ。とにかくお客さんを飽きさせないようにしたい。あと、基本的にはライブをメインに活動していきますが、俺はたぶん個人でお芝居とかもするので。抜けてしまうこともあるかもしれないんですけど。

――今後の活動の中で、それぞれのキャラがどう定着するのか、楽しみですね。

KAZUO 俺も、メンバーがステージを経験してどう変わるのか、知りたいですね。お客さんの歓声が良い方に転ぶやつもいるし、調子に乗っちゃうやつもいるし、どうなるかわからないんですよ。そこは紙一重なんで。だって、これからみんなはファンの子に「キャーキャー」言われるんだよ?

――じゃあ、この中で“調子乗っちゃいそうだな”と思う人はいますか?

TAKAMI 自己申告すると、どっちかっていうと僕は「自分大好き」なタイプなんで……。

KAZUO あと、REIは隠れてコソコソと喜んでるタイプ。まぁとにかく、SAKAPI以外はみんな心配かな。とか言いながら、最年長の自分自身が一番心配なんですけど(笑)。でも、それも含めて楽しみですね、メンバーがステージに出るとどうなるのか。

――皆さんは、こういう形でステージに出た経験はあるんでしょうか?

SAKAPI 僕は、初めての舞台がバックダンサーの役でした。アンサンブルに近いんですけど、セリフはありませんでした。

REI 去年、3人組の音楽ユニット・WHITE JAMさんのツアーに、バックダンサーとして出たことはありますね。それもオーディションみたいな形で選ばれて、大阪の公演に出演しました。

――ところで、KAZUOさんと初めてお会いした時に、どんな印象を抱きましたか?

TAKAMI カズくんに会った時の印象ですか……。

KAZUO そもそもオーディションの時は、俺がメンバーだとは誰も思ってなかったんじゃないかな。俺はたぶん、普通に裏方だと思われていたような。

TAKAMI そうですね。だから、後になってから「あ、グループのリーダーだったんだ」っていう(笑)。

YU 僕も、最初は今後一緒に活動する方だとは思ってなかったですね。オーディションの時にスタッフさんの横に座られていて、「これ書いて」「これやって」っていう指示をされていたので。別に、見た目がどうのっていう話じゃなくて、本当にただの……(笑)。

KAZUO だって俺、みんなからすればオジさんだよ? 年齢でいうと俺の次がTAKAMI(28歳)なんですけど、それでも6歳差ですから。俺以外のメンバーは年齢差の開きがないんですけどね。だから、大変でした。俺、若く見られなきゃいけないし。「枕が臭いだけじゃないぞ」っていう(笑)。

――リーダーはこう自虐的に話してますけど、ジェネレーションギャップは感じますか?

REI いや~、感覚の違いは正直まったく感じませんね。踊りに関しても、「スゴく久しぶりだ」って言っておきながら、やっぱり振り付けを覚えるのは一番早かったですし。僕からしたら、全然年齢差は感じさせないです。

KAZUO マジで、踊るのは10年ぶりだったんですよ。最初に踊った時、久しぶりすぎて足の裏がつったんですから。で、レッスン帰りに電車乗ってたら、お尻までつりました(笑)。俺、どんだけ筋肉使ってなかったの? って思いましたよ。

――そもそも、「また踊ろう」と思ったきっかけって、何かあったんですか?

KAZUO なんでしょうね……。やっぱり、ジャニーズ時代の印象が“楽しい”ってイメージだったからかな。踊ることとか、みんなでワイワイとライブをやることに対して、そんなにイヤだとは思ってなかったので。そういう機会があればやってみたいなと思っていましたし、事務所を辞めてからも、舞台ではオープニングの1曲で踊ったりしてました。

――グループを結成して踊ることに、抵抗はなかったと。

KAZUO ただ、2~3曲連続して踊ったら、やっぱり年齢が体に出るので。それは、あらためてメンバーと一緒に活動するってことになって、3曲歌って踊った後に「これ、大変なことになっちゃったな」と思いました。3曲踊ったら、地べたに這いつくばって、しゃべれないんです。でも、ほかのメンバーは平気でしゃべってますからね。そこは、若いってさすがだなと思います。

TAKAMI 僕らは、「あ、カズくんまた倒れてる」って思いながらその様子を見てます。

KAZUO みんな、「大丈夫?」って声かけてくれるんですよ。

REI でも、だいたいそういう時って二日酔いじゃないですか(笑)。

YU あとはもう、単純に静観してますね。

――では、今回のライブに際して、体力作りはどのように?

KAZUO 僕はゴルフが趣味なんですが、ゴルフ場で移動する時はカートに乗らず、なるべく歩くように心がけました。でも、活動するにあたって週2~3日はずっとレッスンを繰り返してたんで、それなりに良い状態に持ってこれたかなと思ってます。

――始動する前に比べると、体重もだいぶ落ちたんですか?

KAZUO 前は酒を飲んでるだけで、汗をかくことがほとんどなかったですからね。正確には体重を3.5kg落としました。もともとは64kgぐらいだったんですけど、自分としては58kgがベスト体重なので、踊りやすい、動きやすい体形に近づけました。あとはもう、靭帯とかを損傷しないように注意するのみです。

――なるほど。出会ってから数カ月ということですが、皆さんのお話を聞いていると、もうすっかり良い関係性が構築されている印象を受けました。年齢差があることで、刺激になることもあるんじゃないですか?

KAZUO そうですね。俺は古いダンスの仕方しか知らないんですよ。今のダンスは、形が違うというか、細かい振りや動きが多いんです。だから、ダンス担当のREIを見てると勉強になります。

REI 今後はグループの振り付けも担当していきたいですね。

KAZUO 今回のライブでは5曲披露するんですが、それぞれ5人で振り付けを担当しました。曲調によってダンスのやり方、歌のとらえ方が違うので、それが振り付けに表れていたなと思います。

――じゃあ、KAZUOさんが振り付けをした曲は、ちょっとこう……現代的ではないというか……? あ、皆さんニヤついてますね。

一同 全然、そんなことないです!

KAZUO お前ら、笑うなよ! でも、それは否めません。ただ、俺は自分の振り付けが一番カッコいいって思ってますから(笑)。

――公式サイトを見ると、デビューイベント以降もコンスタントに5月までライブが決まっていますね。

KAZUO まずはライブで経験を積んでパフォーマンスのクオリティを上げて、ソロ活動とかもできるようになれば良いなと。年内にはCDを出したいです!

TAKAMI 東名阪ライブとかいいですね。僕、大阪出身なんで。凱旋ライブはやりたいですね。大阪での集客は、頑張ります!

――ライブ以外だと、どんな活動を展開していきたいですか?

KAZUO AbemaTVとか、インターネットのテレビ局があるじゃないですか。あとは、ツイキャスやLINE LIVEとかもやってみたいと思っています。規制が緩いっていうイメージだから(笑)。昔と違って、今はネットが発達したから、いろいろできますよね。

――例えば、テレビで出てみたい番組とか、雑誌はありますか?

KAZUO 俺は個人プレーになっちゃうかもしれないけど、バラエティ番組が好きだから出ていきたいかな。YUはスイーツを食べるんじゃなくて、自分で作るってのはどう?

YU 作れますかね……。あ、じゃあ作ってカズくんに食べさせますか?

KAZUO いや、俺はいいよ! ほかに何かないの?

YU 僕は、お芝居をしていた時期があるので、演技がしたいですね。ドラマや映画に出たりとか。

SAKAPI 僕は、個人的にファッション誌に出たいですね。やはりファッションが好きなので、いずれ出ることができたらうれしいです。

TAKAMI 僕は読者モデルみたいな形で、男性ファッション誌の「FINEBOYS」(日之出出版)とか、サーフ系の雑誌にちょっとだけ出たことがあるんです。当時は日焼けサロンに通っていて、色が黒かったのでギャル男っぽかったんですが。

REI 僕は、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出てみたいですね。せっかくやるなら。

KAZUO あぁ……。その時にはたぶん、俺がいないと思う! ジャニーズとカブってるから、無理かな。異例だけど、パネルで出演とか(笑)。

TAKAMI 僕が出てみたい番組は『アメトーーク!』(同)ですね。ナルシストキャラ括りでもいけますし、実はディズニーも大好きなんですよ。

YU ちょいちょい、可愛いキャラを出してくるね。

KAZUO ちょっと、可愛いキャラは、末っ子のSAKAPIにとっておいてよ!

――なかなか、個性豊かな5人が集まったんですね。では、今後の目標を教えてください。

KAZUO 目標は今年中にワンマンライブを開催することと、ゆくゆくは海外公演もやってみたいです。……誰も犯罪してないよね? ビザとれなくなっちゃうよ。

――今さら確認ですか(笑)。皆さん、リーダーがこう言ってますが?

一同 大丈夫です!

KAZUO よかった(笑)。あとは基本的にお客さんに近いライブをやりたいですね。舞台スキルが上がったら、いずれはトークショーやトークイベントとかも開催したいなと。デパートとか、子どもが遊びに来るような会場でもやっていきたいんですよ。「ラーメン博」とかいろんなイベントがあるじゃないですか。

YU 僕は、学校の文化祭とかを回っても楽しいんじゃないかと考えています。

KAZUO とにかくまずは、ライブを経験してCDがリリースできれば。またそこで、新たな野望が出てくるとは思いますけどね。あと、実はメンバー全員でお酒を飲んだのは、まだ1回だけなんです。だから、そういう機会をもっと増やしたいし、5人で旅行とかにも出掛けたいな。

一同 いいですね~。行きたい!

 当日のライブでは、公式のマフラータオルやうちわを手にするお客さんを前に、歌やダンスを披露したRED ROSE。ステージ経験豊富なKAZUOを筆頭に、MCでも会場を沸かせていた。まだまだ発展途上の彼らだけに、今後の活躍に期待したい。

RED ROSE公式サイト

ゲイで黒人の自分も「そういう存在」だから――はみ出し者が扉を開く映画『ぼくと魔法の言葉たち』

 映画『ぼくと魔法の言葉たち』(2017年4月8日公開)は、自閉症の少年・オーウェンが自立する姿を追い駆けたドキュメンタリー作品だ。2歳のときに自閉症により、言葉を発しなくなったオーウェン・サスカインド。そんな彼が、ある日、大好きなディズニーアニメーションのセリフを発し、そこから心の扉を開いていく。自閉症の彼を、実にユーモラスに愛情いっぱいに映し出した本作を作り上げたのは、デビュー作『Music by Prudence』で、アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞したロジャー・ロス・ウィリアムズ監督。来日した監督に、オーウェンとの日々、自閉症の堅い扉を開くまでのこと、自身が乗り越えた疎外感について語っていただいた。

■社会からはみ出した人物を撮るのは、自分もそういう存在だから
――自閉症の少年が青年へと成長していく本作は、涙涙の感動作というより、オーウェンの楽しいキャラクターのおかげで、ユニークな青年の映画になったと思います。もともとオーウェンの父親(ロン)と知り合いだったそうですが、この作品はそこからスタートしたのでしょうか。

ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督(以下、ウィリアムズ) ロンは長年の友人で、彼はピューリッツァー賞作家でもあります。彼がオーウェンについて書いた『ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと』という本があるのですが、この本の執筆中に僕はオーウェンとディズニーアニメーションの関係を彼から聞いて「これは映画になる」と思いました。撮影当初、僕には自閉症の知識もなく、オーウェンとどう接していいのか戸惑ったのですが、彼と長い時間一緒にいるうちにわかったんです。自閉症は障害ではなく、個性、人との相違なのです。

――監督は社会からはみ出した人物を映画のテーマに取り上げることが多いですが、それはなぜでしょう。

ウィリアムズ 僕は、自分もその仲間だと思っているからです。ゲイで黒人の自分もそういう存在だと思っていましたし、オーウェンと同じように幼いときは疎外感がありました。オーウェンは幼少期、まったく話せなかったのに、ディズニーアニメーション『リトル・マーメイド』のセリフをつぶやいたことをきっかけに、外への扉が開かれます。僕の場合は、物語を綴ることでしたね。物語作りに関してはアクティブな想像力を発揮して、子どもの頃から短編を書いていましたし、作文の授業は大好きでした。ストーリーテリングをし続けてきたことが、創造力の訓練になり、クリエイティブな筋肉がついたと思います。そして、オーウェンはストーリーを読むエキスパート。ディズニーの寓話を介して世界、生き方を読み取っているんです。

――ディズニーを通して世界、生き方を読み取るというのは、具体的にどういうことでしょう。

ウィリアムズ 僕はオーウェンほどディズニーアニメーションに詳しくはないし、影響は受けなかったけど、それでもポピュラーな作品はいくつか見ています。ディズニーの物語は基本クラシックな寓話で、それらを現代風にアレンジしてアップデートしているのです。ストーリーの基本は、人と人をつなげている“もの”で、オーウェンはそこで外の世界とつながったんですよ。最初は人と直接かかわることはなかったけど、ディズニーアニメーションのセリフを覚えて、それを介してコンタクトを取れるようになっていったんです。ディズニーの世界を介して人生を掴みとったというのは、そういうことです。

 映画を見ていただくとわかるのですが、彼はガラリと変わります。そして青年になった今、彼はご両親が驚くほど社交性が出てきました。この映画はアカデミー賞ドキュメンタリー賞の候補になり、私とオーウェンは授賞式のレッドカーペットを歩きましたが、全然人と話せなかった彼が、いまやレッドカーペットでスポットライトを浴びて、インタビューで話せるくらいになったんですよ(笑)。

――自閉症の子どもとの接し方に悩んでいる人には、オーウェンと家族の姿に、そのヒントがありそうな気がします。

ウィリアムズ ありますね。サスカインド夫妻はいいお手本になると思います。最初、オーウェンが自閉症になり話せなくなったとき、父親のロンは悩み「まるで息子が誘拐されてしまったような気持ちだ」と語っていました。でも、夫婦は諦めなかった。特にオーウェンの母親・コーネリアスは、ずっとオーウェンに付き添って、彼とつながる方法を探し続けた。そして彼女はディズニーアニメに気付いたのです。

 一番大切なのは、自分たちのいる世界にオーウェンを戻そうとせず、彼のいるディズニーアニメの世界へと入って行ったことです。一緒にセリフで会話をしたりして、ディズニーアニメの世界の住人になった。だからオーウェンはディズニーを介して扉を開けることができたのです。

ゲイで黒人の自分も「そういう存在」だから――はみ出し者が扉を開く映画『ぼくと魔法の言葉たち』の画像2

■「オーウェンが私たちに声を与えてくれた」
――彼の一番の変化は何でしょう。

ウィリアムズ 自立したことでしょう。これまでお母さんにいろいろお世話してきてもらっていたけど、それらを全て自分でやるのですから。自立前にミーティングをしたのですが、彼は、これから自分で全ての選択をして、自分の生活をコントロールできることが楽しみだと語っていました。これからは、ディズニーアニメをオールナイトで見ることもできるわけですからね(笑)。少年時代は重度の自閉症だから、学校でも集団生活は無理だ、面倒みられないと言われ、お母さんが家で勉強を教えるくらいだったオーウェンが、一人暮らしですよ。これは大きな変化です。あと恋愛についても語っていましたが、彼は正直に何でもしゃべっちゃうところがあったり、人との距離の取り方が難しく、好きだとくっつきすぎるところがあります。でも、自分でもそれをわかってきて、距離の取り方を意識するようになったみたいですね。

――この映画はすでに世界中で公開されていますが、監督のところにはいろいろな人からメッセージが届いているのでは? 印象に残っているメッセージはありますか?

ウィリアムズ たくさんいただきました。若い夫婦から「最近、子どもが自閉症の診断を受けたけど、この映画を見て希望が持てた」と言われました。自閉症と診断された方にも見ていただいたのですが、みなさん「オーウェンが私たちに声を与えてくれた」「ポジティブな生き方を描いてくれた」「自分自身を見ることができる映画です」と言ってくれて、とてもうれしかったです。自閉症と診断された方の周囲の人たちは、とにかく治すとか、自分たちのいる場所に連れてこようとせず、ありのままの姿を受け入れ、愛してあげてください。
(斎藤 香)

ロジャー・ロス・ウィリアムズ
1973年、アメリカ生まれ。テレビプロデューサー、演出家として活動し、ABC、NBCなどの放送局で活躍後、ドキュメンタリー映画『Music by Prudence』で監督デビューし、アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞。

■映画『ぼくと魔法の言葉たち』
2017年4月8日より、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
・公式サイト
【原作】ロン・サスカインド「ディズニー・セラピー」(ビジネス社・刊)
【製作】ジュリー・ゴールドマン『アイ・ウェイウェイは謝らない』 / ロジャー・ロス・ウィリアムズ
【出演】オーウェン・サスカインド / ロン・サスカインド ほか

 

“社会的弱者のお涙頂戴”は狙いではない——「東京ろう映画祭」初開催の意図とは?

 4月7日から9日まで東京・渋谷ユーロライブで開催される、第一回「東京ろう映画祭」。ろう者のスタッフが厳選した、ろう者出演のドキュメンタリー映画や監督作の上映、今まで日本語字幕がなかった邦画の字幕付き上映ほか、さまざまな企画も予定されている、ろう者のカルチャーを紹介する映画祭だ。今年初の開催ということで、同映画祭のディレクターでアーティストでもある諸星春那さんに、映画祭誕生の経緯やどのような意図があるのかなど、お話を伺った。

■日本映画は字幕がないから、ろう者は見られない

――2017年に初めて開催される「東京ろう映画祭」。映画祭開催のきっかけは、どのようなことだったのでしょうか?

諸星春那さん(以下、諸星) 一緒にディレクションを担当した牧原依里と3~4年前に知り合ったのですが、2人ともろう者で、彼女は実写映画を撮っていて、私はコマ撮りのアニメ作品を作っていました。私はフランスに関心があって、ヨーロッパ最大のろう芸術祭があると聞いて見に行ったのですが、牧原はイタリアのローマで開催された、ろう国際映画祭へ行っており「日本でもあんなふうに、ろう映画祭ができればいいね」と話していました。最初はお茶を飲みながら、軽い気持ちで話していたんですよ。「日本映画は字幕がないから、ろう者は見られない。日本でろう映画祭やるときは、字幕を付けよう」なんて、2人で構想を練っていました。

 当時、牧原は自分の監督作品『LISTENリッスン』に取り組んでおり、私もその仕事のお手伝いをしていました。映画が公開されて一息ついたとき、「東京ろう映画祭」をやるなら今かな、という気持ちに傾いていました。

――諸星さんも牧原さんも、映画祭を主催するのは初めてですよね。どうやって進めていかれたんですか?

諸星 牧原が映画『音のない世界で』の配給に関係していて、映画業界のことがある程度わかっていたこと、私はブリジット・ルメーヌ監督の作品が気になっていて、どうしても見たい、映画祭で上映したい作品があったこと、もちろん牧原にも上映したい作品がたくさんありました。そういう思いが一致して、「映画祭、やろう」ということになったんです。本格的に始動したのは『LISTENリッスン』の上映が落ち着いてから。最初は2人から始まり、同作に関わった広報担当者さんたちもチームに入ってくださって、計4人で映画祭の準備を進めていったのです。海外の映画を上映することについては、それぞれが公式サイトの問い合わせ先や作品のフェイスブック、メールを通して連絡を取り合い、作品上映の許可などを進めていきました。

■“お涙頂戴系”の映画ではなく、テーマ「視覚の知性」に合った作品を選定

――作品の選定は、どのようにされたのでしょう?

諸星 牧原と私が見たい作品を選んでいきました。ひとつだけ言えるのは、“お涙頂戴系”の映画はあまり好きではないんです。ろう者の映画にはそういった作品もあるのですが、私たちは涙の感動作ではなく、自分たちが見たい映画というところにポイントを置きました。また今回は「視覚の知性」がテーマなので、そのテーマに合った作品ですね。だからろう者が出演していたり、監督していたりしても、今回は選ばれない作品も出てきました。

――園子温監督の『愛のむきだし』が特別上映企画に入っていますね。これは4時間弱の長尺の作品で、園監督のアフタートークも予定されています。この映画を特別上映に選んだ理由は?

諸星 牧原が園監督の映画が好きで、『愛のむきだし』が見たいのに、字幕版がなくて見られなかったんですよ。『ヒミズ』には字幕があったので、2人とも見られたんですけど。ろう者にとって、日本映画は字幕がなくて見られない作品が多いんです。インディーズ映画は特にそうですが……。だから今回、まずは園監督のこの映画に字幕を付けて、ろう者の皆さんにも見ていただきたいと思って企画しました。園監督のアフタートークもあるので、牧原は緊張でドキドキしていると思います(笑)。

――初めての映画祭を開催するにあたって、いちばん大変だったことは何でしょう?

諸星 今もまだ大変なんですけど(苦笑)。私も牧原も、これまでの映画祭のスタッフとしてしっかり関わった経験がなく、ボランティアで少し手伝ったことがある程度なのです。2人でできる範囲で、さまざまな方にあらゆる交渉をして、字幕制作、協賛、宣伝、チケットはどうするのかなどを話し合い、仕事を分担して進めてきました。ひとつ終わると「じゃあ、次はアレどうする?」という感じで、片づけていく感じです。うまく段取りしながら、手探りでここまで来ました。

 私は主に関連企画を手掛けています。この映画祭関連のアートの企画で、ろうの美術作家・神津裕幸の個展をArt Lab AKIBAで開催したり(3月で終了)、映画『新・音のない世界で』の日本初上映を記念して、俳優レベント・ベシュカルデシュの手話と身体のワークショップを企画しました。そして、写真家の井上孝治さん(故人)のドキュメンタリー映画『井上孝治、表象を越えた写真家』(ブリジット・ルメーヌ監督)を4月7日と8日に上映するにあたり、本映画祭の関連企画として、アメリカ橋ギャラリーで井上孝治写真展を4月5日から開催しますので、よろしくお願いいたします。

■ろう者と聴者の芸術の違いは、世の中の視線

――今回の映画祭で、さまざまなろう者の映画作品などが見られますが、聴者の作りだす世界との違いはあるのでしょうか? 

諸星 捉え方によりますが、違いはあると思います。アーティストは作りたいものを作るので、そういう意味では映画も制作物も、どれも一緒です。ただ、ろう者が出ている映画は、社会的な弱者の作品として取り上げられやすいとは思います。でもそれは世の中の方たちの捉え方の違いというだけで、内容とは別ですね。

――どういう人に、この映画祭へ来てほしいですか?

諸星 たぶん牧原と私は違うかもしれませんが、私は、もちろん、ろう者の方にも見てほしいけれど、ぜひ聞こえる方にこの映画祭に来てほしいです。ろう者の映画監督や役者やアーティストたちの世界をできるだけ多くの方に知ってほしいです。

――ろう者の作品のイメージでは、かなり前になりますが、ドラマ『愛していると言ってくれ』(TBS系)がありました。常盤貴子さんと豊川悦司さんのラブストーリーです。一般の人はあのようなイメージを抱いていると思いますが、ろう者の方から見ると、ああいったドラマはどんなふうに見えるのでしょうか?

諸星 知っています。学生のときに見ました。ろう学校の先生からも「どう思う?」と聞かれました。昔なのでうろ覚えなのですが、たぶん耳が聞こえる人と聞こえない人とでは、感想が違うだろうなと思いました。豊川悦司さんがろう者の役で、手話で会話されていましたよね。とても自然だったので、私は「誰が手話指導されたのだろう?」と思いました。

 ろう者が出てくるドラマで手話を見ると、ときどき引っかかることがあります。不自然だったり、硬いと思ったり。できれば、ろう者の俳優さんが出演できればいいのにと思います。ろう者はマイノリティで、その中でも役者さんは数少ないのですが、もっと活躍の場が広がればいいなと。ただコミュニケーションに壁があり、手話通訳さんをつける問題もありますから、普通の役者さんよりも、もっと頑張らないといけないことが多く、大変なのかなと想像します。

――なるほど、ろう者の方にとっては、厳しい世界なのですね。でもだからこそ、この映画祭を成功させて、役者さんの表現力も含めて、ろう者の映画やアートをもっと見て知ってほしいですね。この映画祭は、毎年開催する予定ですか?

諸星 2年に一度できたらと考えています。初年度の今回どうなるか、たくさんお客さんに来ていただいて盛り上がれば2年後の可能性も、もっと高まると思います。
(斎藤香)

「東京ろう映画祭」(TOKYO DEAF FESTIVAL 2017)
日程:2017年4月7日(金)〜9日(日)
会場:ユーロライブ(渋谷)
公式HP

独身でも子持ちでも生きやすい社会とは? 佐々木俊尚×白河桃子が語る、「変わりゆく暮らし」の選択肢

(前編はこちら)

 論客としても著名なジャーナリストの佐々木俊尚氏と白河桃子氏。現代日本の家族観やライフスタイルをテーマにした書籍を多数手掛ける両氏に聞く、「これからの時代の女性の生き方」。後編では、変わりゆく家族の枠組み、そして生き方の選択肢について語っていただいた。

■シェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢

――夫婦は唯一無二の味方として、お互い助け合いながら生きていますよね。結婚という枠組みを取っ払って、そうした持続的な関係性を求められる相手というのは見つけられるものでしょうか?

佐々木俊尚氏(以下、佐々木) よく「夫婦は鉄の扉の中で2人きり過ごしていて、外に出ると7人の敵がいる」といわれますが、家の外に出ると全部が敵っていう考えはおかしい。仲間だっているんですよ。さらに言えば、家の中に自分の言うことをなんでも聞いてくれる夫がいるという幻想を持っている人がやたら多いですけど、それは違うと思うんですよね。夫婦ともに相手をコントロールできる人間と考えるのは間違っています。家でも外でも対等な関係性を築くことが、望ましいのではないでしょうか。

白河桃子氏(以下、白河) 面白いのが、アメリカなどの激しい競争社会だと、やはり家族が一番になるんですよね。かつて日本は、企業コミュニティがしっかりあって、そこに所属していれば良かったんです。お給料がもらえて、一生安泰だった。ところが、そこが段々崩壊し、さらには核家族とあって不安定です。いまの若手で、会社に一生所属して生きられると考えている人はいないですよね。だからこそ、いま日本人は迷っているんです。

佐々木 日本は、企業コミュニティが強くなりすぎた。農村共同体が終戦後に崩壊していく中で、その代替として昭和20年代から30年代にかけて、企業共同体に変わっていったんですね。日本の福祉制度が貧困なのは、全部会社に任せたからですよ。でも、結局、会社が崩壊して、コミュニティの機能がなくなりつつある状況の中、今度は家族に会社の代替を求めている。

――それでいうと、新しい共同体のかたちとして、シェアハウスを選ぶ人が増えていますよね。

佐々木 僕の知り合いに30代の独身女性がいて、新宿で11人のシェアハウスに住んでいるんですが、「結婚する必要があるのか、悩む」って言ってます。結婚する理由は3つあって、「寂しい」「老後不安」「子ども」だとすると、シェアハウスに住んでいると寂しくはないし、老後不安もない、なんとなくこのまま一緒に暮らしていれば、皆と一緒に年を取っていく。それで、彼女は一緒にシェアハウスに住んでくれることを前提に彼氏を募集して、いま付き合っています。でも、シェアハウスで子どもを育てるのは難しい。プライバシーの確保は難しいですよ。

白河 確かにシェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢ですよね。私は、中高年をターゲットにした大人向けのシェアハウスができると予測していました。身軽な独身だと、今まで一人暮らしが主流でしたが、「寂しいけど、まだ介護は必要じゃないよね」っていう人も多いと思うんです。

――続いて、子どもを持つかどうかですが、本能的に欲しい場合と、やや打算的に将来の孤独感解消や介護を期待している場合があると思うのですが、それについてはいかがでしょうか?

白河 介護要員とは思いませんが、私は子どもがいないので、母の病院へ付き添っていく際に、「将来、自分の時はどうしよう」と心配にはなります。でも、そのために子どもを作るのは違うと思います。介護してほしいとかリスク軽減だけじゃなくて、女性はただ子どもが欲しいんですよね。そう思う人が産みやすい環境を整えることが大事になるんじゃないでしょうか。

佐々木 将来、介護要員にされる子どもも、たまったもんじゃないですよね。子どもに過剰な期待を抱くのは、もう無理ですよ。今の20代ぐらいの若者の親って、50代だと思うんですが、そうすると、豊かな人はもうほとんどいないというのが現実です。親も子どもも貧しいのが当たり前、どちらも期待できないという状況になってきている。その状況の中で、介護要員として子どもを持つという発想自体が生まれにくいと思うんです。福祉制度を家族に負わせるのは間違いで、介護は公共の福祉の問題です。

白河 それこそ、シェアハウスで子どもが育てられないのって、安心感がないと子どもって産めないからだと思うんですよね。なんとかなるっていう感覚がないと、女性は思い切って子どもを産まない。いろいろなことがうまくいっていると感じた瞬間、女性は出産という一番大事なことをするんだと思うんです。

 前に面白いシェアハウスで暮らしている人に「そのうちハウスの中で、子どもが産まれたりして」と言ったら、「可能性はある。全員で育てるかもしれない」と言っていました。シェアハウスが安心できる場所になり得ると思います。みんなで子育てして、そこで初めて、子どもを媒介にして、もっと強固なつながりができるのかもしれない。やっぱり自立した大人だけのつながりは、もろいところがあるけれど、どうしても面倒見なきゃいけない人がいると、結びつきがより強くなる。皆がしっかり立っているだけというのは、ちょっと違うと思っています。

佐々木 新しい子どもの育て方、新しい結婚の仕方っていうのは、転職が自由じゃない、家制度が残っている中では、いくら「自由な生き方をしましょう」と言っても、「それは無理だよね」となります。同時多発的にいろいろなものが少しずつ壊れていって、変わっていくしかないんですよ。そういう中から、次の時代のロールモデルが出てくる。それが、仕事だけじゃなくて、家庭のあり方も変えていくと思います。

白河 これから、ますます未婚女性が多くなると思いますし、子どもを産まない女性が3人のうち1人くらいになる将来予測もあります。だからこそ、共同体的なものがあった方が絶対いいと思っています。特に、病気になった時とか、面倒を全部見てくれなくてもいいから、「ちょっとごめん、いま入院しているから、これ買ってきて」と言えるかどうか。すごく重要じゃないですか? そういう共同体的なものが必要だと思います。3人くらいで、ゆるくつながっていこうよ――って思うと、気が楽になるのではないでしょうか。

 ただ、見返りを期待しちゃいけないとは思います。「私はすごく面倒見てあげたのに、相手はあまり……」といった話はよく聞くので、そんなに期待はしないけど、いざとなったら頼りになる関係はどうやったら作れるか。それはある程度、一緒に切磋琢磨する場面がないと駄目で、楽しいだけではなかなかできないと思います。

佐々木 最近、結婚しないことに対する不安が高まりすぎですよね。テレビやネットの記事でも「無縁社会」や「孤独死」だとか、それを目にすると、ますます「結婚しなきゃ」と焦って、一生懸命に婚活する。でも、すればするほど泥沼にはまっていって結婚できない。それはあまりにも不健康じゃないかな。「結婚なんかしなくても別にいいじゃないか」「子どもがいなくてもいいじゃないか」って、思考転換すればいい。自分の好きにすればいいわけだし、独身でも楽しい老後が待っているイメージが見えてくるといいんじゃないかと思います。
(末吉陽子)

独身でも子持ちでも生きやすい社会とは? 佐々木俊尚×白河桃子が語る、「変わりゆく暮らし」の選択肢

(前編はこちら)

 論客としても著名なジャーナリストの佐々木俊尚氏と白河桃子氏。現代日本の家族観やライフスタイルをテーマにした書籍を多数手掛ける両氏に聞く、「これからの時代の女性の生き方」。後編では、変わりゆく家族の枠組み、そして生き方の選択肢について語っていただいた。

■シェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢

――夫婦は唯一無二の味方として、お互い助け合いながら生きていますよね。結婚という枠組みを取っ払って、そうした持続的な関係性を求められる相手というのは見つけられるものでしょうか?

佐々木俊尚氏(以下、佐々木) よく「夫婦は鉄の扉の中で2人きり過ごしていて、外に出ると7人の敵がいる」といわれますが、家の外に出ると全部が敵っていう考えはおかしい。仲間だっているんですよ。さらに言えば、家の中に自分の言うことをなんでも聞いてくれる夫がいるという幻想を持っている人がやたら多いですけど、それは違うと思うんですよね。夫婦ともに相手をコントロールできる人間と考えるのは間違っています。家でも外でも対等な関係性を築くことが、望ましいのではないでしょうか。

白河桃子氏(以下、白河) 面白いのが、アメリカなどの激しい競争社会だと、やはり家族が一番になるんですよね。かつて日本は、企業コミュニティがしっかりあって、そこに所属していれば良かったんです。お給料がもらえて、一生安泰だった。ところが、そこが段々崩壊し、さらには核家族とあって不安定です。いまの若手で、会社に一生所属して生きられると考えている人はいないですよね。だからこそ、いま日本人は迷っているんです。

佐々木 日本は、企業コミュニティが強くなりすぎた。農村共同体が終戦後に崩壊していく中で、その代替として昭和20年代から30年代にかけて、企業共同体に変わっていったんですね。日本の福祉制度が貧困なのは、全部会社に任せたからですよ。でも、結局、会社が崩壊して、コミュニティの機能がなくなりつつある状況の中、今度は家族に会社の代替を求めている。

――それでいうと、新しい共同体のかたちとして、シェアハウスを選ぶ人が増えていますよね。

佐々木 僕の知り合いに30代の独身女性がいて、新宿で11人のシェアハウスに住んでいるんですが、「結婚する必要があるのか、悩む」って言ってます。結婚する理由は3つあって、「寂しい」「老後不安」「子ども」だとすると、シェアハウスに住んでいると寂しくはないし、老後不安もない、なんとなくこのまま一緒に暮らしていれば、皆と一緒に年を取っていく。それで、彼女は一緒にシェアハウスに住んでくれることを前提に彼氏を募集して、いま付き合っています。でも、シェアハウスで子どもを育てるのは難しい。プライバシーの確保は難しいですよ。

白河 確かにシェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢ですよね。私は、中高年をターゲットにした大人向けのシェアハウスができると予測していました。身軽な独身だと、今まで一人暮らしが主流でしたが、「寂しいけど、まだ介護は必要じゃないよね」っていう人も多いと思うんです。

――続いて、子どもを持つかどうかですが、本能的に欲しい場合と、やや打算的に将来の孤独感解消や介護を期待している場合があると思うのですが、それについてはいかがでしょうか?

白河 介護要員とは思いませんが、私は子どもがいないので、母の病院へ付き添っていく際に、「将来、自分の時はどうしよう」と心配にはなります。でも、そのために子どもを作るのは違うと思います。介護してほしいとかリスク軽減だけじゃなくて、女性はただ子どもが欲しいんですよね。そう思う人が産みやすい環境を整えることが大事になるんじゃないでしょうか。

佐々木 将来、介護要員にされる子どもも、たまったもんじゃないですよね。子どもに過剰な期待を抱くのは、もう無理ですよ。今の20代ぐらいの若者の親って、50代だと思うんですが、そうすると、豊かな人はもうほとんどいないというのが現実です。親も子どもも貧しいのが当たり前、どちらも期待できないという状況になってきている。その状況の中で、介護要員として子どもを持つという発想自体が生まれにくいと思うんです。福祉制度を家族に負わせるのは間違いで、介護は公共の福祉の問題です。

白河 それこそ、シェアハウスで子どもが育てられないのって、安心感がないと子どもって産めないからだと思うんですよね。なんとかなるっていう感覚がないと、女性は思い切って子どもを産まない。いろいろなことがうまくいっていると感じた瞬間、女性は出産という一番大事なことをするんだと思うんです。

 前に面白いシェアハウスで暮らしている人に「そのうちハウスの中で、子どもが産まれたりして」と言ったら、「可能性はある。全員で育てるかもしれない」と言っていました。シェアハウスが安心できる場所になり得ると思います。みんなで子育てして、そこで初めて、子どもを媒介にして、もっと強固なつながりができるのかもしれない。やっぱり自立した大人だけのつながりは、もろいところがあるけれど、どうしても面倒見なきゃいけない人がいると、結びつきがより強くなる。皆がしっかり立っているだけというのは、ちょっと違うと思っています。

佐々木 新しい子どもの育て方、新しい結婚の仕方っていうのは、転職が自由じゃない、家制度が残っている中では、いくら「自由な生き方をしましょう」と言っても、「それは無理だよね」となります。同時多発的にいろいろなものが少しずつ壊れていって、変わっていくしかないんですよ。そういう中から、次の時代のロールモデルが出てくる。それが、仕事だけじゃなくて、家庭のあり方も変えていくと思います。

白河 これから、ますます未婚女性が多くなると思いますし、子どもを産まない女性が3人のうち1人くらいになる将来予測もあります。だからこそ、共同体的なものがあった方が絶対いいと思っています。特に、病気になった時とか、面倒を全部見てくれなくてもいいから、「ちょっとごめん、いま入院しているから、これ買ってきて」と言えるかどうか。すごく重要じゃないですか? そういう共同体的なものが必要だと思います。3人くらいで、ゆるくつながっていこうよ――って思うと、気が楽になるのではないでしょうか。

 ただ、見返りを期待しちゃいけないとは思います。「私はすごく面倒見てあげたのに、相手はあまり……」といった話はよく聞くので、そんなに期待はしないけど、いざとなったら頼りになる関係はどうやったら作れるか。それはある程度、一緒に切磋琢磨する場面がないと駄目で、楽しいだけではなかなかできないと思います。

佐々木 最近、結婚しないことに対する不安が高まりすぎですよね。テレビやネットの記事でも「無縁社会」や「孤独死」だとか、それを目にすると、ますます「結婚しなきゃ」と焦って、一生懸命に婚活する。でも、すればするほど泥沼にはまっていって結婚できない。それはあまりにも不健康じゃないかな。「結婚なんかしなくても別にいいじゃないか」「子どもがいなくてもいいじゃないか」って、思考転換すればいい。自分の好きにすればいいわけだし、独身でも楽しい老後が待っているイメージが見えてくるといいんじゃないかと思います。
(末吉陽子)

アイドルや宗教は家族の代わりになるか? 無縁の共同体の可能性――佐々木俊尚×白河桃子対談

 女性の未婚率が年々上昇している。なぜ結婚しないのか、理由は人の数だけある。しかし、ライフスタイルが多様化する中で、積極的に結婚しない人生を選択している女性が増えていることは確かだろう。その背景にある社会や個人の価値観の変遷を追いかけているのが、ジャーナリストの佐々木俊尚氏と白河桃子氏だ。

 ITから政治・経済・社会・文化・食に至るまで、幅広いジャンルにおける深い考察と提言が支持されている佐々木氏は、これからの「暮らし」をテーマにした『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)を刊行。グローバル化によって揺れ動く日本の生活者の変化と、これからの暮らしの可能性をひもといている。

 また、少子化ジャーナリストとしても活躍する白河氏は、『「専業主夫」になりたい男たち』(ポプラ新書)や、『進化する男子アイドル – なぜ大人の女性たちはアイドルを「家族」として選んだのか?』(ヨシモトブックス)などの著書で、家族観や女性のライフスタイルについて、鋭く分析している。

 目まぐるしく変化する日本社会の中で、自分のこれからに迷い、不安を抱えるすべての女性たちにとって羅針盤となる“生き方のヒント”を、論客としても著名なお2人に語っていただいた。前編は、女性にとっての結婚の意味について。

――お2人とも切り口は異なるものの、ライフスタイルや家族をテーマに、講演や執筆をされているかと思います。まずは、近著を手掛けられたきっかけについて教えてください。

佐々木俊尚氏(以下、佐々木) 私は「グローバリゼーションと近代の終わり」や「テクノロジーの進化」などをライフワークとしていますが、この2つの変化が我々の生活に徐々に侵食し、人間社会に何をもたらすのかを考察し続けています。特に、東日本大震災以降の5年は、「新しいライフスタイルって何なのか」ということについて考えるようになり、その集大成として『そして、暮らしは共同体になる。』を書きました。

白河桃子氏(以下、白河) 私は、これまで家族が担ってきたセーフティネットとしての機能が「核家族化」「未婚化」「男性大黒柱型機能の喪失」によって限界が来ていることを感じています。しかし「共働き共育て」の夫婦への移行もすすまない。気になっていた「アイドルと女性たち」、そして「そこから派生するライフスタイルと家族の絡み」について書きたいと思いました。

――「家族」という装置に求められてきたものが、徐々にアイドルへと転化していっている点を突かれていて、とても興味深かったです。

白河 アイドルを追いかける“大人の女性”がいるのは、日本だけの現象なんですよね。そもそもアイドルの機能のひとつには、「癒やし」があります。お母さんって、いつも家族を応援しているのに、自分を応援してくれる人は誰もいないんですよね。そこをケアしてくれるのがアイドルという存在。女性たちはアイドルを家族の中に取り込むことによって、逆にそれが「安全弁」の役割をして、家族の機能を維持していることに気がつきました。取材をさせていただくと、アイドルの写真を家族写真に紛れ込ませて飾っている方もいました。こうした例からも、アイドルがアイドルの枠を超えて、家族と同化しているのは、日本ならではかもしれません。

佐々木 一見すると「AKB48と男性ファン」の図式に似ていますが、男性と女性ではアイドルに対する向き合い方が違いますよね。宗教に置き換えると、男性は「神と自分の一対一」、女性は「教会に集まる人たちとの共同体」を重視しているように感じます。女性は神を中心に据えた横のつながりを大事にするんですよね。追いかけているアイドルを中心に、新しい共同体みたいなものがつながっていくのかな。

白河 男性はファン同士でも競争関係、女性たちは共感関係でした。「SMAPがなくなると、コミュニティがなくなる」という話を耳にしましたが、今のお話を聞いて、なるほどと思いました。

佐々木 もともと、宗教って自然に共同体ができるんですよ。共同体が希薄になってきている現代では、宗教的なものを拠り所にしようとする感覚は理解できます。どちらかというと、“ふわっとした宗教感覚”、たとえばパワースポットとか神社仏閣巡りとか、そういうものが新しい共同体の核になるんじゃないかと思うんです。これって、アイドルの話と、どこかで重なるような感じがします。

――「夫婦」は共同体の最小単位ですが、それでは満たされないものがある、ということでしょうか?

白河 日本の夫婦は、愛情はアイドルで代替というカップルもいる。ただ、「結婚なんて馬鹿らしいよね」「アホらしいよね」と、家族からの脱却を主張していた女性たちも「婚活」をする時代です。婚活ブームでびっくりしたのは、やっぱりみんな結婚したかったのかと。それは、結婚に代わる新しい共同体や男女の形が、まだまだ見つかっていないからだと思いますが。

佐々木 景気の減速もあるんじゃないですかね。

白河 それも大いに関係していますね。リーマンショックと婚活ブームって重なったんですよ。経済的な不安を持った人が、経済的に頼れるものを求めて婚活に走ったんです。

佐々木 「結婚しない」「子どもを産まない」という自由主義的で、多様性のある生き方の追求が少しずつ広がってきていたはずですが、結局、リーマンショックや東日本大震災があってから、すごい勢いで景気が減速して、やっぱり「結婚した方が安心だよね」となった。また、生き方の選択肢は増えれば増えるほど、公務員志望者が増えるともいわれますよね。でも全員が公務員にはなれないので、多様な生き方を引き受けざるを得ないのが今の状況ですよ。

――女性にとっては、自由なことが、逆に不自由だということでしょうか?

佐々木 自由ってつらいですよ。たとえば、誰の命令でもなく自分で相手を選んだとして、失敗すると自分で責任を取らなきゃいけないですよね。一方で、お見合い結婚って、今ほとんどなくなっちゃいましたけど、結婚した相手の出来がよくなくても、これは私が選んだ相手じゃないからって諦められる。自由はないけれども、気が楽だという考え方もありますよね。

白河 日本だと、まだまだ夫に経済を頼る結婚が多い。女性は子育てをすることが主流で、夫はお金を持ってくる役割を担っている。片や、フランスだと保障があって、シングルマザーでも仕事をしながら子育てできる体制が整っているんです。最悪、仕事を失っても子育てだけはちゃんと国が支えるというメッセージを発信しているので、出生率が上がっています。それに比べると、日本はまだまだ多様な家族のあり方を受け入れられていないと思います。

――あと、結婚後に問題になりがちなのが、相手の家族との関係がこじれてしまうケースですよね。

佐々木 男女間の恋愛で結婚して、親は関係ないと言いながらも、結局は相手の親に引きずられるんです。結婚した瞬間に“家問題”が生じてしまう。そこのジレンマは結構あるんじゃないですかね。同時に夫婦って一対一の狭い関係ですから、あまりに夫婦の関係が強すぎると息苦しい。そうじゃない、もう少し自由な選択ができるような関係性を求める人もいると思います。「出入り自由な共同体」「束縛されないけど安心感がある共同体」、二律背反したものを求める人が実際増えてきている。“無縁の共同体”が、いい関係性を作れるんじゃないかと期待しています。

白河 ただ、いまの社会では、多くの女性は、まだそこまでの新しい生き方を求められないんじゃないかと思います。結婚しないままの関係でいいかというと、女性の方がそんな保障のない関係にメリットを見いだせていない。そこは、やっぱり子どもを持っても女性の経済力が失われないという安心がないと、なかなか無縁の共同体を選ぶまでには、至らないんじゃないでしょうか。

佐々木 確かに結婚を「保障」とする考えは根強いです。とはいえ、いまや結婚適齢期世代でも非正規雇用が増えていて、安定と結婚がイコールにならないという残念な状況。もはや経済的なセーフティネットとして結婚を捉えきれないんですよ。でも、たった1人で社会に立ち向かうってのは大変じゃないですか。というか、そんなの不可能です。それができる人って、10人に1人くらいじゃないかな。だからこそ、僕はやっぱり結婚よりも仲間が重要だと思うんです。

 僕の新聞記者時代を振り返ってみても、よく手柄を横取りされるとか、ひどい目に遭ったんですよ。でも、そのときに必ず親しい先輩がすっとそばに来て、「佐々木、見ている人は見ているからな」って声を掛けてくれる。こういう感じの共同体って、大事だと思うんですよね。よく仲間っていうとコミュニケーション能力が必要といわれますが、コミュ力がなくても、目立っていなくても、それをちゃんとカバーしてくれて、かつ居心地がいい仲間って、どこかにいると思うんです。
(末吉陽子)

(後編へつづく)

「誰でも、何度でも結婚していいんです」バツ3でも幸せになる方法

 結婚しない「ゼロ婚女性」が増える一方で、芸能界では山口もえや土屋アンナ、千秋など子持ちで再婚する女性が目立つ。こうした傾向は一般の女性にも見られるが、そもそも再婚する女性と、一度も結婚しない女性との違いはどこにあるのだろうか?『堂々再婚~何度でも結婚できる技術』(WAVE出版)を上梓し、ご自身も子連れで3度目の結婚をされている三松真由美(二松まゆみから改名)さんにお聞きした。

■「結婚はムリ」と思い込んでいるのは、世間ではなく自分自身

――国内の夫婦の3組に1組が離婚する時代となり、離婚そのものは珍しい時代ではなくなりました。

三松真由美さん(以下、三松) むしろ今は、初婚の相手と一生添い遂げるほうが難しいのかもしれません。私のようなバツ2や、あるいはバツ3でも幸せな方は、たくさんいらっしゃいます。私は反省だらけの結婚生活を経験し、今とても幸せなので、「結婚は何回失敗してもいいし、自分から動けば幸せになれる」ということを身に染みてわかっているつもりです。これを皆さんに知ってほしくて、本を書きました。バツアリだけではなく、ゼロ婚女子の方も、ぜひ本書を読んで幸せをつかんでいただきたいですね。

――子連れでの再婚、アラフォー以上の初婚は、ハードルがとても高い気がします。

三松 たしかに子連れの場合、「子どもがかわいそうだから」と離婚に踏み切れない方も多いと思います。でも、夫に愛されていない、あるいは夫を愛することもできず、愛されなくて輝いていないママより、生き生きとしているほうがお子さんもうれしいと思います。理解できる年齢になった時に徹底的に話して、もし離婚していなければ、今の幸せはなかったと伝えてください。

 そして、ゼロ婚の方も同様なのですが、「自分はやっぱり結婚に向いていないのでは……」とか「こんなトシだから結婚はムリ」「若い女性には負ける」などと、つい思いがちですよね。けれど、そう思い込んでいるのは、実は世間ではなく自分自身なんですよ。子連れでもアラフォーでも、結婚して幸せになっている方はたくさんいらっしゃいますから。

――なるほど。まずは自分の考えを変えることから始めるべきですね。

三松 そうです。もちろん、離婚はかなり疲れます。私も、身も心もボロボロになりました。でも、離婚は、次の幸せをつかむための投資だと思ってください。詳しくは本を読んでいただきたいのですが、私も過去の結婚の失敗からたくさんのことを学んで、お伝えしたいことはたくさんあります。もちろんゼロ婚の方も、「もういいトシだし、かわいくないし……」と思わないで、幸せな結婚へ向けて歩きだしてほしいです。

■古典的なアクションも大いに活用

――ある程度年齢がいってしまうと、出会いの機会を探すのも難しいですね。本書では婚活パーティーのほか、流行の「相席サービス」のある居酒屋や、カフェなどの利用も勧められています。

三松 むしろ、ナンパも奨励しています。「相席サービス」は、女性は無料や低料金で楽しめるので、モノは試しとして、お得に飲む程度の感覚で行かれてはいかがでしょう? 私も行ってみましたが、なかなかよかったですよ。

 とにかく、きっかけは自分で作ってください。お部屋を探す時と同じで、不動産の物件のように、たくさん見た中から選ぶほうがいいのです。自宅と会社の往復だけで、出会いがあるわけないじゃないですか。まずは、自分の興味のあるところに、自分で行くことです。たとえば、いつも行くファストフードではなく、ちょっとオシャレなカフェに行って周囲を見てみてください。一人で過ごしているイケメンさんが結構いますよ。とはいえ、ルックスだけで選ぶと、失敗の可能性も高いのですが。まずは裾野を広げる。

――知らない男性に声をかけるのは、勇気が必要です。

三松 ダメ元でいいんですから、どんどんアタックしてください。婚活パーティーよりも気軽でいいのではないでしょうか。いきなり「付き合いましょう」ではなく、「よくこのお店で本を読まれてますね」など、無難なあいさつから開始します。目の前でハンカチを落とすなど、古典的なアクションも大いに活用することです。ファーストアクションで人生激変。成功と失敗はフィフティフィフティですから、5割の確率で彼と話がはずむと信じてみてください。

 それから、恥ずかしがらずに「再婚したい」あるいは「結婚したい」という意思を周囲にオープンにするのもオススメです。そうすることで、誰かを紹介してもらったり、独身の男性が来るパーティーや飲み会に誘ってもらえたりするようになります。

 そして、パーティーなどの席では、一番目立たない男性と一番目立つ男性に声をかけるのがコツです。所在なげにしている男性には飲み物を取ってあげるとか、みんなと話している男性には、「楽しかったので、また呼んでください」と声をかけたりして、「安心感のある、話しやすい女性」を印象づけるのです。本命となる人は、こんなあなたをきっと見ています。振れ幅を広く持ちましょう。

■離婚の経験があると、相手に求めすぎないことの大切さがわかる

――気になる人がいても、なかなか次の行動に移れません。

三松 離婚して傷つくのが怖くなっているのはわかりますが、一度は男性から「選ばれた女性」なのですから、自信を持ってください。ゼロ婚女性より、勝るところも多いと思ってください。それに、男性は、女性以上に結婚願望の強い方が多い印象です。「老後はどうしよう?」とか、「家事ができない」とか、不安が多いのでしょうが、単純に「寂しがり屋さん」ということもあります。

 一方で、男性は「女性を守ってあげたい」と思うものですから、夫のいない寂しさを少しだけ見せるのもテクニックです。

――気をつけるべきことって、ありますか?

三松 過去の失敗を思い出してみましょう。離婚の経験がある方は、相手に求めすぎないこと、寛容さを持つこと、「男ゴコロ」を理解しようと努力することなどの大切さがわかると思います。それに、男性を見る目も養えていますよね。

 それから、年下も、ぜひターゲットにしてください。最近の若い男性は「年上の女性にリードされたい」と考えることに抵抗がないようです。飲み物をこぼしてしまった時にすぐにティッシュを出してふいたり、せきをしている人にのど飴をあげたりする「必要な時に必要なものを出せる」など、オトナの女としての気配りに惹かれる男性は多いです。私はこれを「チョイ妻行動」と呼んでいます。ぜひ意識してください。

■「元人妻」として、色っぽさは維持

――本書の中では、セクシャルな魅力についても強調されています。

三松 やはり男性は女性を性的な対象として見ますから、セクシーさは必須です。「元人妻」として、色っぽさはぜひ維持してください。

 最近の芸能人の再婚で驚いたのは、やはり千秋さんです。お相手が15歳下というのは、たいしたものです。千秋さんは40代だけど、お肌もツヤツヤだし、おしゃれでかわいい女性ですよね。

「もうオバハンだから」と言わないで、メイクを変えてみるとか、おしゃれな下着を身に着ける、ムダ毛の処理を怠らない、そして一人エッチも大切です。セクシーで女性ホルモンの分泌が盛んなら、お肌もきれいになりますし、老けにくくなります。

■失敗しても、立ち直ればいいだけ

――ゼロ婚の女性はどうしたらよいでしょうか?

三松 ゼロ婚女子は、単独行動がオススメですね。合コンや婚活パーティーだとグループができてしまい、なかなかカップルに進展しません。周囲は敵だらけという環境でもあります。興味のあるところに一人で行くことから始めてください。

 いわゆる「引き寄せの法則」ってありますよね。考えていることが現実になるのです。「どうせ私なんか……」と言っていたら、いつまでたってもダメです。心も体も硬直し、ターゲットを見つけても動くことができません。ネガティブなことを考えていたら、ネガティブなことしか起こりません。失敗しても、立ち直ればいいだけです。「もっと幸せになってやる!」と思って行動してください。きっと実現しますよ。すべての女性が幸せになれることをお祈りしています。
(蒼山しのぶ)

三松真由美(みまつ・まゆみ)
2017年3月3日までは「二松まゆみ」名で活躍。再婚を機に改名。コミュニティサイト「恋人・夫婦仲相談所」所長、夫婦仲コメンテーター、コラムニスト。専業主婦から主婦マーケティング会社経営を経て、ネット上に相談所を設立、恋人や夫婦仲の円満化をサポートしてきた。メールマガジン「となりの寝室事情・うちの寝室事情」の読者は1万3,000人を超え、メディアでも注目を集める。05年にはイケメンの男性医師のチーム「イケメンドクターズ」のオーナーに就任するなど人脈作りにも定評がある。『堂々再婚』ほか『40歳からの女性ホルモンを操る53の習慣』(扶桑社)、『キョウイクSEX』(主婦の友社)『新・抱かない男の見分け方』(スターツ出版)など著書多数。公式サイト 

親が離婚した子の「幸せ」とは? わが子に会えない父親の本音と「親子断絶防止法」の意味

 今年2月、歌手の高橋ジョージが『モシモノふたり』(フジテレビ系)で、タレント・三船美佳との離婚後、子どもと会えなくなった父親としての心情を吐露して話題を呼んだ。現在、国会では、未成年の子どもがいる夫婦の離婚に際し、離別した親と子どもの断絶を防ぐ「親子断絶防止法案」が検討されている。子どもの健全な発育のために、親権者による一方的な面会拒否は避けるべきという意見と、DV被害者が危険な状態に置かれてしまうという見方もあり、議論を巻き起こしている。離婚や別居によって親権を失い、子どもと面会ができない父親たちの声を集めたルポタージュ『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)の著者・西牟田靖さんに、このような境遇に置かれた父親たちの現状と問題点について聞いた。

■父親が子育てに参加していても、調停や裁判では母親側が有利

――離婚後、子どもに会えない父親を取材することになったきっかけはなんですか?

西牟田靖さん(以下、西牟田) ちょうど3年前に自分自身が離婚を経験しました。元妻が子どもを連れて実家に帰り、そのまま離婚に至ったのですが、あまりの喪失感でその頃の記憶は曖昧になり、体重が10キロも減少するほど憔悴しました。その様子を見かねた先輩のノンフィクション作家から「共同親権ネットワーク(kネット)」という団体を教えてもらい、当事者たちの交流会に参加しました。そこで自分よりも過酷なケースを知るにつれ、これは社会問題だと気がついたんです。

――18人の父親たちのケースが本書には登場しますが、どのように選んだのですか?

西牟田 自ら立候補してくださった方と、出会った中で特にひどい経験をされた方にお願いした二通りです。「ひどい経験」というのは、父親側からすると非がないように見えるのに、全く面会できないという方です。『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンのように、一切れのパンを盗んだだけで投獄されるようなことがあるんです。

――本書には「DV加害者という濡れ衣を着せられた」と主張する方も多く登場しましたが。

西牟田 実際の真相はわかりませんが、本人はその意識がなくとも、語気が鋭いために精神的DVと捉えられてしまったのではと感じる方もいましたし、グレーなのではと感じるケースもありました。一方で、父親が子育てに参加して子どもと良好な関係を築いていても、調停や裁判にもつれ込んだときに弁護士が母親側に有利に進めるために、ちょっとしたことをDVと疑われるケースもあります。

――子どもへの愛情より、「DVの濡れ衣を晴らしたい」「身の潔白を証明したい」「奥さんに一泡吹かせてやりたい」という気持ちが強いのでは、と感じる方もいましたが。

西牟田 それに関しては、離婚調停・裁判の過程の中で、怒りの燃料投下をされて炎が大きくなったのではないでしょうか。お互いの落ち度を指摘し合うのが調停や裁判ですから、泥沼の地獄を経験すると、どうしてもそうなってしまいます。

■面会を求める父親たちは、女性の権利を尊重している方が多い

――調停や裁判は双方の意見を第三者が聞いて、決着させるシステムですよね。

西牟田 そうとも限りません。2016年の離婚件数は21万7,000組。9割は協議離婚といわれていますが、平成27年度の面会交流調停の成立件数だけでも7,654件です。これだけの数をさばくためには、面会は月1回2時間、親権は母親が「相場」であるとパターンが決められていて、それで押し切られてしまうことが多々ある。たとえ子育ての主導が父親だとしても、個々の状況が反映されないことが多いのが現状です。子どもを大切に思う父親ほど、面会が月に2時間だけなんて愕然とします。

――それでも、結婚期間中に浮気をしたり家庭を顧みたりせずに、いざ離婚となって初めて子どもが大事というのは、勝手なんじゃないかと思いますが。それに「妻は料理や家事が下手」「女性は三歩下がるべき」という家父長的な表現も本の中にありました。

西牟田 この18人の旦那さんは家事や育児に熱心で、必ずしも非がある方ばかりではありません。それに、今回はあえてばか正直に表現することで、夫側が考えていることを可視化させる意図もありました。

 実感として、面会を求める父親たちは、女性の権利を尊重している方が多いという印象です。男女平等意識が浸透して、男性の育児参加も増えたからこそ、面会交流を求める人が増加しているのではないでしょうか。女性も子育てより働きたいと考える人もいるし、男性が中心で育児をするという考え方も認められていくでしょう。生き方が多様化していく中で、自動的に母親に親権が付与されている現状は、流れにそぐわないのではないでしょうか。

■当事者の中でも賛否ある「親子断絶防止法案」

――夫婦の合意がないままの「子連れ別居」を実質的に禁止し、離婚後も子どもとの面会交流を原則的に義務づける親子断絶防止法案についてはどう考えていますか?

西牟田 当事者の中でも賛否はあります。可決されれば、共同親権を実現するための一里塚となり得るでしょうが、運用次第では面会が困難になるケースも出てくるだろうし、現在の条文だけ見ても、どれだけ効力があるのが疑問です。ただ、DVに関しては個別に考えるべきです。面会を求める父親全員が暴力を振るうわけではない。そもそもそのこの法案が求めているのは、最初の連れ去りをやめてほしいということなんですね。突然、子どもに会えなくなるのはショックですから。

――最終的には共同親権を実現するべきだと思いますか?

西牟田 父親に暴力的な傾向がある、母親や子どもが折檻されていたケースは個別に考えなくてはなりませんが、現状の単独親権のみというのはあまりにも切ないし、生き方が多様化している時代にそぐわない。そもそも現状の離婚制度そのものが、簡素すぎて悲劇を招いている側面もあります。

 兵庫県明石市が行っている〈子ども養育支援に関する取り組み〉では、子どもの養育に関する合意書などの参考書式を離婚届に挟んで配布し、相談体制の充実やネットワーク会議を立ち上げて関係機関との連携を図るなど、自治体が積極的に動いています。協議離婚でも養育費、面会などの取り決めを促したり、母親が元夫に顔を会わせるのが嫌でも第三者が介入して面会させたり、自治体が踏み込む余地はあると思います。

――子どものメンタルが不安定になるから、父親に面会させない母親もいます。

西牟田 父親と面会することで母親の機嫌が悪くなることを心配したり、両親のいさかいを思い出して不安定になったりすることはあるでしょうね。でも、長い目で見ると、子ども自身が自分のルーツを知ることができるし、こんなにも愛してくれる人がいると実感できれば、自己肯定感が高まる場合もある。長期間、調停をしてまで面会したい人は愛情を持っている人が大多数なので、子どものためにも会わせてもいいのでは。ただし、子どもに全く会おうとしない人のケースは別です。

■労働環境の改善を含め、複合的な問題

――現状、父親側に子どもに会うためのオプションが少なすぎるのが問題ということでしょうか?

西牟田 家族形態が多様化する中で、離婚後の制度設計が追いついていないことで悲劇が生まれている側面があります。父親の育児参加が浸透する一方で、単身赴任や長時間労働など男性は「働く存在」であることが前提となっている企業も根強く存在する。労働環境の改善を含め、複合的な問題です。今後、別れた親も子育てに参加したい、子どもに会いたい親たちの声はますます大きくなるでしょう。それに応じて社会の仕組みも変化せざるを得ないでしょう。

――今後、女性側の意見を取材する予定はありますか?

西牟田 女性側を取材するなら、今回登場した18人の元奥さんに取材するのが筋なんですが、実際は守秘義務もありますし、僕が元奥さん側に連絡したことで面会が遮断されるのが一番怖い。それにシングルマザーに関する書籍もたくさんあるのに、いまさら自分がやる必要もないのかと思っていましたが、女性側にも取材すべきとの声もいただくので、なぜ会わせないのか、面会させてどんなひどい目にあったのか、母親側、子ども側のメンタルの変化を追う取材ができればと思っています。
(松田松口)

「性被害は被災と同じくらい大変なこと」被害者支援の立場から見た、性暴力を取り巻く社会の現状

 3月7日、政府は性犯罪の処罰のあり方を110年ぶりに見直し、厳罰化する刑法改正案を閣議決定した。この法案が通れば、男女とも性被害者として認められ、告訴なしで立件できるようになる。『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』(朝日新聞出版)を上梓した山本潤さんは、13歳の頃から実の父親から性暴力を受けていた被害者で、現在は性暴力被害者を支援する活動を行っている。今回の刑法改正で性被害の実情がどう変わるのか、山本さんに話を聞いた。

■性被害からの回復は、人との間で本来の自分を取り戻していくこと

――山本さんは著書の中で、大変つらい経験を乗り越えたことを書かれています。そのような経験を書くという作業は大変だったと思いますが、出版に至った経緯を教えてください。

山本潤さん(以下、山本) 昨年の2月1日に朝日新聞の“ひと”欄に『被害者から見た刑法についての発言をしている「性暴力と刑法を考える当事者の会」の活動をしている山本潤さん』ということで掲載されました。それを朝日新聞出版の編集者さんが見てくれていて。私は各地で講演をしているのですが、熊本の「国民のつどい」で講演をした講演録をネットで読んでくださり、「この内容を深めて本にできると思います」と、お話をいただいて、書くことにしました。

――書いている最中、性被害のフラッシュバックなどは起こりませんでしたか?

山本 思い起こしながら書くので、当時は遮断していたような感覚を取り戻して、深く味わうような感じです。だから、ずっとセラピーを受けながら執筆していました。セラピストさんと一緒に「これはどういうことなのだろうか」と探求しながら書きました。

――分析をしながら書くことによって、回復につながるような効果があったのでしょうか?

山本 私の場合は、「なぜそうなるのか」を自分が知りたいということがあったように思います。私は看護師として働いているので、患者さんの尿の入った尿瓶を扱う業務がありました。その際に尿を飲みたいという思いに襲われたんです。尿を飲みたいだなんて明らかにおかしい話ですし、自分でもなぜかがわからない。でも、あまり考えると、また(心の)傷口から血が吹き出して動揺するので、あまり考えないようにしていたのですが、書かざるを得なくなったので、セラピストさんと掘り起こしてみたら、「ああ、そういうことか」と自分でも納得ができたというか……。必ずしも書くことが必要なわけではなく、感覚的なものなので、被害で受けた傷を言葉にして整理するのはすごく難しいことでもあります。

――回復の方法は人によって違うのですか?

山本 はい。その人の置かれている状況によっても違うし、その人の行動によっても違うと思うのですが、基本的には、人を信頼できるようになるということがすごく大事です。そして、自分自身にも力があると信じられるようになることも大事。やはり、人との間で本来の自分を取り戻していくことですね。だから、セラピストさんを信頼できるかどうかもとても重要です。

――中には相性の合わないセラピストさんもいるということですか?

山本 そうですね。セラピストさんを探すのもすごく大変です。自分に合うセラピストさんをマッチングしてもらえるといいんですけど、なかなかそういうシステムもないので。でも、やはり良いセラピストさんと一緒だったら、“治療同盟”が結べるので、そこでいろいろなことを一緒に経験していくことができます。

――私自身、友人で性被害に遭った人がいるのですが、そういう人とどう接していけばいいのか悩みます。変に元気付けると傷をえぐるだけの場合もありますし……。

山本 やはり、責められたり「あなたが悪いんじゃないの?」と言われたりすることは、とても傷付きます。性被害のトラウマが大変だとわかる人はわかるのですが、“まったく大変と認めない人”や、“大変なんだろうけど、どうすればいいのかわからない人”がいます。

■“良い性的な関係”を築くためにはどうすればいいのか、わかっていない

――性被害を受けた人に言ってはいけない言葉はありますか?

山本 「そんな大変なことは忘れて、前を見ようよ!」と、被害者は言われがちなんですが、人は大きな被害を受けたとき、忘れることはできません。それは震災の被害に遭った方も同じですし、大切な人を殺されたり、大きな事故に遭ったりしたときも同じだと思います。同じくらい大変なんだよ、ということを想像しながら関わっていけばいいのではないかと思います。

――「忘れて前を見ようよ!」なんて、つい言ってしまいそうです。性被害者の心理に関する知識が広まるためには、どうしたらいいと思いますか?

山本 支援機関に携わっている人ならマストで知っていることなのですが、一般の人には広まっていないのが現状です。やはり、こうやって報道されることや、あとは教育をしていくことですね。

――教育は大事ですよね。キャンパスレイプも起こっていますし、特に若い世代は性暴力に関する知識があまりにもないのではと感じてしまいます。お酒で酔いつぶれた女性はOKサインだと思って性的暴行をした、という話も聞いたことがあります。

山本 そのあたりのことを学校はきちんと教えていません。アメリカだと、新入生に「性暴力対応トレーニング」を先輩が後輩に行うんです。何が同意で何が同意でないか、ということもそうだし、女性を酔いつぶしてレイプをしたら、それはもう犯罪なのだということ、そのような状況を見たらどう助けるのか、ということまで学びます。また、飲み物にクスリを入れられるケースもあるので、そういう具体的な手口も教えつつ、どうやって止めるのかもトレーニングで学ぶということをしています。

――日本にはそういった教育がありません。やはり、性暴力に関する法律が遅れていることも要因にあるのでしょうか?

山本 教育委員会や政治家の人たちの価値観によるものでしょう。市民が性暴力に関する現在の法律について、おかしいとわかってくれることが大事だと思います。そうすると、それが政治家を動かす力になるはずです。裁判員裁判だって、以前は司法の世界の昔ながらのやり方で、「強姦罪だったらこのくらいの刑」と下されていたものが、市民が入ることで、「こんなひどいことをされているんだから、その判決はおかしい!」というふうに、量刑が重くなったケースもあるので、市民感覚が反映されるのは重要だと思います。

 また、日本では性に関することはタブーになっていますが、その中でも性行動自体の内容は多岐にわたっています。セックスは本当に同意のある良い関係の人と行うと、健康寿命が伸びるというデータもありますし、悪いものではありません。そういう“良い性的な関係”を築くためにはどうすればいいのか、わかっていないから、ドラマやアダルトビデオ、漫画などから学んでDVが起こったりするのではないかと思います。

■“私たちの同意ガイドライン”を作っていきたい

――現在、性暴力に関する法律が変わろうとしています。法律が変わることによって、今後、社会はどう変わっていくと思いますか? また、性暴力の抑止になるとは思いますか?

山本 私の考えでは、暴行・脅迫要件が残るということは、性暴力=性犯罪にならないことだと思っています。ただ、今回の法改正で、男性も被害者と認められるようになりますし、今まで親告罪だったものも非親告罪になります。それは遅すぎたくらいで、法改正は当然のことです。あと、監護者(親など)による強制的な性交は犯罪であると認識されるようになることは、とても良いメッセージになるのではないかと思っています。

 ただ、どうしてこの暴行・脅迫要件は残るのかと考えると、抵抗したけど奪われてしまった場合でないとレイプと認められない、と考えられていることと根本は変わらないんじゃないかと思います。脅されたり殴られたり、刃物で刺されたり、そういうことがなくても、その人が同意していないのに性的なことをされること自体が暴力であり、そこで傷が発生するということを認識しなければ、まだ性暴力もキャンパスレイプも続くと思います。

――最後に、山本さんの今後の目標を教えてください。

山本 直近の目標は今行っている「ビリーブキャンペーン~刑法性犯罪改法プロジェクト~」の中で、性関係やパートナーシップにおける同意ガイドラインを作ることです。ロビイングに行くと、男性から「何が同意で何が同意じゃないのか、わからないから怖くて不安」という話を聞くことがあります。ワークショップをしながら1,000人くらいから意見を募り、何が同意で何が同意でないかの“私たちの同意ガイドライン”を作っていきたいです。例えば、セクハラにもセクハラガイドラインがあり、上司が「個人的に2人で会おう」と部下に言ったらアウトじゃないですか。

――そういう具体的な例を出さないと、なかなか理解が深まらないということですね。

山本 そう。そこで齟齬があったのなら、そこを共有することで、性暴力につながることもなくなっていくと思います。やはり、「同意なしに性的な行為をすることはおかしい」ということが広がっていくことが大事です。

――おかしいかどうかわからない状態だったら、何も変わらないとも言えますね。

山本 それもそうだし、今まで被害を受けたと声を挙げた人たちが「おかしな人」とか「かわいそうだけど騙されてバカな人」みたいな扱いを受けていたことが、なくなることも、とても大事ですね。そしてその時、性加害をした加害者を適切に処罰するなどの対応をして、「加害者に責任がある」という認識がしっかり広まるといいと思います。
(姫野ケイ)

山本潤(やまもと・じゅん)
1974年生まれ。看護師・保健師。「性暴力と刑法を考える当事者の会」代表。13歳から20歳までの7年間、父親から性暴力を受けていたサバイバー。性暴力被害者支援看護師(SANE)として、その養成にも携わる。性暴力被害者の支援者に向けた研修や、一般市民を対象とした講演活動も多数行う。

性暴力と刑法を考える当事者の会