「認知症は不便があっても不幸ではない」VRによる疑似体験で変わるもの

 最近、認知症と見られる高齢者が線路内や踏切内に立ち入り、電車にはねられて死亡する事故が相次いでいる。超高齢化社会に突入した日本は、国内の認知症高齢者が2012年時点で約462万人にのぼり、25年には1.5倍以上の700万人を超えると予想されている(厚生労働省発表)。もはや認知症は、誰にとっても他人事ではない時代になっているのだ。

 認知症になると、方向感覚が低下したり、家族など身近な人を認識できなくなったりするため、日常生活に支障が出てくることもある。現状では完治は難しく、「認知症になったら人生終わり」と思っている人も少なくないだろう。しかし、そうした認識を覆す啓蒙活動を先行している企業や団体も増えている。そのひとつが、高齢者向け住宅を運営するシルバーウッド。同社が手掛ける「VR認知症プロジェクト」では、VR(バーチャルリアリティー)の技術を活用して、認知症の症状や当事者の気持ちを疑似体験することができる。同社がこのプロジェクトを始めた経緯や目的、認知症のある人たちにとって暮らしやすい社会について、代表の下河原忠道氏に話を聞いた。

■従来の高齢者向け住宅に対するイメージを払拭したい

「認知症は重度でない限り、1人で電車も乗れますし、会話もできます。症状の出方はグラデーションで、人それぞれなんです。ただ、時として誰かに教えてもらわないと、自分がいまどこにいるのかわからなくなるケースもあります。じゃあ家に閉じこもっていればいいのか、というと、そんな押しつけはするべきではないし、認知症になったって自分らしく暮らす権利はあります。周囲に迷惑をかけたっていいんです」(下河原氏、以下同)

 こう語る下河原氏は、建築業から介護業に参入。インテリアや内装をはじめ、住み心地の良さを考えたサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀(ぎんもくせい)」を建築・運営する中で、認知症のある人たちに対する社会的心理環境に、さまざまな違和感を抱いたとなったという。

「よくある高齢者施設って、無機質な“ビニールクロスの館”みたいで、こんなところは住みたくないな……という印象しかなかった。認知症は、確かに病気には変わりありませんが、徘徊と呼ばれる行動ひとつとってみても、『当事者の方にとっては散歩なんじゃないのかな……?』 と思いましたし、運営者側の都合で入居者を“きれいな牢屋”に閉じ込めてしまうのは、ちょっと違うんじゃないかという気がします」

 高齢者や認知症の人が、一辺倒な暮らししか選べない現状に疑問を持った下河原氏。そこで、「銀木犀」では全館ヒノキの無垢フローリングを使用、家具や食器も厳選するなど、こだわったという。また、地域にオープンでありたいと、住居内に入居者が店長を務める駄菓子屋を作ったり、住民をおもてなしする趣旨のお祭りを開催したりと、斬新な試みをしている。

 こうした活動を続ける中で、特に課題を感じたのは、認知症の人たちに対して一般の人が抱くイメージだったそう。

「認知症になると、“不便”はあっても“不幸”ではないと思うんです。問題なのは認知症の当事者や家族が生きづらい社会。『認知症になったら人生終わり』という思い込みによる偏見をなくすためにはどうすればいいのかと考えた結果、VRが有効なんじゃないかと。啓蒙活動の一環には、『認知症サポーター養成講座』という約850万人が受講した有名な講座があるんですが、座学では得られないことをVRでは体験できるんじゃないかと思ったんです」

 VR作品の事例としては、電車で行き先がわからなくなるアルツハイマー病や、ないものが見える幻視という症状が特徴的なレビー小体型認知症など、認知症の中核症状を体験できるというものがある。内容は認知症の当事者や介護職員にリサーチの上、組み立てているそう。360度見渡せる臨場感ある映像への反響は大きく、学校や企業からVR体験会の要望が絶えず、1年で約3,500人が参加した。

 体験した人の中には、認知症のある人を家族に持つ人もいたという。

「認知症の親御さんが高齢者住宅に入居していて、近くのコンビニに買い物に行くそうなんですが、物忘れが進行していたので、心配した息子さんが『行っちゃダメだよ』と言い聞かせていたらしいんです。でも、VRを体験し終わってから、『親が買い物に行く楽しみを奪おうとしていた。自分は間違えていました』と話してくれました。その後、コンビニに行って店員さんに親御さんの顔写真を見せて、『これからも買い物に来ると思うので、何かあったら連絡をください』とお願いしたそうです。認知症のある人の生き方を否定することなく、我々が変わることが大事なんじゃないかなって思うんです」

 もちろんきれい事だけではない。スムーズなコミュニケーションが取れないことに、イライラすることだってあるはずだ。それでも、「病人だといって特別扱いをする必要はない」と下河原氏は考える。

 初作品から1年、認知症の中核症状を疑似体験できるものから、最近はストーリー性を重視したものにシフトチェンジしたという。

「認知症の疑似体験だけでは駄目だなと思ったんです。興味のない人たちに『認知症について勉強しよう』と言っても、ハートは動きませんよね。そこで、これからリリースを予定している6話目は、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんのストーリーを描くことにしました。冒頭は病院で告知を受けるところから始まります。エンターテインメント寄りのストーリーになっていますが、認知症のある人たちがどんな思いを抱えて生きているのか、作品をきっかけに想像力を働かせてもらえたら」

 下河原氏は、VR作品による追体験によって当事者ではない個人の心が動き、ひいては行動が変わっていくと考える。

「大事なのは“迷惑をかけられる側”がどうサポートしていいのかを把握すること。どこに行けばいいかわからなくなっている人が目の前にいれば、全力で何とかしてあげようと接すると思うんです。特に日本には、助け合いの精神が心に根付いていると僕は信じています」

■偏見なく想像力をもって認知症のある人たちに接する仲間が増えること

 差しあたっての目標はあくまでも、たくさんの人にVRで認知症を疑似体験してもらうことだという。

「これからは行政と企業を巻き込んでいきたいと思っています。やはり福祉施設や買い物先など、当事者の生活に密接に関わる現場での啓蒙活動が必要ではないでしょうか。ただ、どうやって収益をあげるか、ビジネスモデルはまだ確立していません。でも、我々のコンテンツをたくさんの人に見てもらえれば、結果はついてくると思います。ゴールは“偏見なく想像力をもって認知症のある人たちに接する仲間が増えること”です」

 今秋には、米サンダンス映画祭のVR部門で作品エントリーを目指しているという。コンテンツのクオリティが評価されることで、ますます注目度が上がることが期待される。個人の認知症リテラシーを高めることが、ひいては認知症の人に優しい社会、そして私たちが生きやすい未来の実現につながるはずだ。
(末吉陽子)

シルバーウッド

「認知症は不便があっても不幸ではない」VRによる疑似体験で変わるもの

 最近、認知症と見られる高齢者が線路内や踏切内に立ち入り、電車にはねられて死亡する事故が相次いでいる。超高齢化社会に突入した日本は、国内の認知症高齢者が2012年時点で約462万人にのぼり、25年には1.5倍以上の700万人を超えると予想されている(厚生労働省発表)。もはや認知症は、誰にとっても他人事ではない時代になっているのだ。

 認知症になると、方向感覚が低下したり、家族など身近な人を認識できなくなったりするため、日常生活に支障が出てくることもある。現状では完治は難しく、「認知症になったら人生終わり」と思っている人も少なくないだろう。しかし、そうした認識を覆す啓蒙活動を先行している企業や団体も増えている。そのひとつが、高齢者向け住宅を運営するシルバーウッド。同社が手掛ける「VR認知症プロジェクト」では、VR(バーチャルリアリティー)の技術を活用して、認知症の症状や当事者の気持ちを疑似体験することができる。同社がこのプロジェクトを始めた経緯や目的、認知症のある人たちにとって暮らしやすい社会について、代表の下河原忠道氏に話を聞いた。

■従来の高齢者向け住宅に対するイメージを払拭したい

「認知症は重度でない限り、1人で電車も乗れますし、会話もできます。症状の出方はグラデーションで、人それぞれなんです。ただ、時として誰かに教えてもらわないと、自分がいまどこにいるのかわからなくなるケースもあります。じゃあ家に閉じこもっていればいいのか、というと、そんな押しつけはするべきではないし、認知症になったって自分らしく暮らす権利はあります。周囲に迷惑をかけたっていいんです」(下河原氏、以下同)

 こう語る下河原氏は、建築業から介護業に参入。インテリアや内装をはじめ、住み心地の良さを考えたサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀(ぎんもくせい)」を建築・運営する中で、認知症のある人たちに対する社会的心理環境に、さまざまな違和感を抱いたとなったという。

「よくある高齢者施設って、無機質な“ビニールクロスの館”みたいで、こんなところは住みたくないな……という印象しかなかった。認知症は、確かに病気には変わりありませんが、徘徊と呼ばれる行動ひとつとってみても、『当事者の方にとっては散歩なんじゃないのかな……?』 と思いましたし、運営者側の都合で入居者を“きれいな牢屋”に閉じ込めてしまうのは、ちょっと違うんじゃないかという気がします」

 高齢者や認知症の人が、一辺倒な暮らししか選べない現状に疑問を持った下河原氏。そこで、「銀木犀」では全館ヒノキの無垢フローリングを使用、家具や食器も厳選するなど、こだわったという。また、地域にオープンでありたいと、住居内に入居者が店長を務める駄菓子屋を作ったり、住民をおもてなしする趣旨のお祭りを開催したりと、斬新な試みをしている。

 こうした活動を続ける中で、特に課題を感じたのは、認知症の人たちに対して一般の人が抱くイメージだったそう。

「認知症になると、“不便”はあっても“不幸”ではないと思うんです。問題なのは認知症の当事者や家族が生きづらい社会。『認知症になったら人生終わり』という思い込みによる偏見をなくすためにはどうすればいいのかと考えた結果、VRが有効なんじゃないかと。啓蒙活動の一環には、『認知症サポーター養成講座』という約850万人が受講した有名な講座があるんですが、座学では得られないことをVRでは体験できるんじゃないかと思ったんです」

 VR作品の事例としては、電車で行き先がわからなくなるアルツハイマー病や、ないものが見える幻視という症状が特徴的なレビー小体型認知症など、認知症の中核症状を体験できるというものがある。内容は認知症の当事者や介護職員にリサーチの上、組み立てているそう。360度見渡せる臨場感ある映像への反響は大きく、学校や企業からVR体験会の要望が絶えず、1年で約3,500人が参加した。

 体験した人の中には、認知症のある人を家族に持つ人もいたという。

「認知症の親御さんが高齢者住宅に入居していて、近くのコンビニに買い物に行くそうなんですが、物忘れが進行していたので、心配した息子さんが『行っちゃダメだよ』と言い聞かせていたらしいんです。でも、VRを体験し終わってから、『親が買い物に行く楽しみを奪おうとしていた。自分は間違えていました』と話してくれました。その後、コンビニに行って店員さんに親御さんの顔写真を見せて、『これからも買い物に来ると思うので、何かあったら連絡をください』とお願いしたそうです。認知症のある人の生き方を否定することなく、我々が変わることが大事なんじゃないかなって思うんです」

 もちろんきれい事だけではない。スムーズなコミュニケーションが取れないことに、イライラすることだってあるはずだ。それでも、「病人だといって特別扱いをする必要はない」と下河原氏は考える。

 初作品から1年、認知症の中核症状を疑似体験できるものから、最近はストーリー性を重視したものにシフトチェンジしたという。

「認知症の疑似体験だけでは駄目だなと思ったんです。興味のない人たちに『認知症について勉強しよう』と言っても、ハートは動きませんよね。そこで、これからリリースを予定している6話目は、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんのストーリーを描くことにしました。冒頭は病院で告知を受けるところから始まります。エンターテインメント寄りのストーリーになっていますが、認知症のある人たちがどんな思いを抱えて生きているのか、作品をきっかけに想像力を働かせてもらえたら」

 下河原氏は、VR作品による追体験によって当事者ではない個人の心が動き、ひいては行動が変わっていくと考える。

「大事なのは“迷惑をかけられる側”がどうサポートしていいのかを把握すること。どこに行けばいいかわからなくなっている人が目の前にいれば、全力で何とかしてあげようと接すると思うんです。特に日本には、助け合いの精神が心に根付いていると僕は信じています」

■偏見なく想像力をもって認知症のある人たちに接する仲間が増えること

 差しあたっての目標はあくまでも、たくさんの人にVRで認知症を疑似体験してもらうことだという。

「これからは行政と企業を巻き込んでいきたいと思っています。やはり福祉施設や買い物先など、当事者の生活に密接に関わる現場での啓蒙活動が必要ではないでしょうか。ただ、どうやって収益をあげるか、ビジネスモデルはまだ確立していません。でも、我々のコンテンツをたくさんの人に見てもらえれば、結果はついてくると思います。ゴールは“偏見なく想像力をもって認知症のある人たちに接する仲間が増えること”です」

 今秋には、米サンダンス映画祭のVR部門で作品エントリーを目指しているという。コンテンツのクオリティが評価されることで、ますます注目度が上がることが期待される。個人の認知症リテラシーを高めることが、ひいては認知症の人に優しい社会、そして私たちが生きやすい未来の実現につながるはずだ。
(末吉陽子)

シルバーウッド

「認知症は不便があっても不幸ではない」VRによる疑似体験で変わるもの

 最近、認知症と見られる高齢者が線路内や踏切内に立ち入り、電車にはねられて死亡する事故が相次いでいる。超高齢化社会に突入した日本は、国内の認知症高齢者が2012年時点で約462万人にのぼり、25年には1.5倍以上の700万人を超えると予想されている(厚生労働省発表)。もはや認知症は、誰にとっても他人事ではない時代になっているのだ。

 認知症になると、方向感覚が低下したり、家族など身近な人を認識できなくなったりするため、日常生活に支障が出てくることもある。現状では完治は難しく、「認知症になったら人生終わり」と思っている人も少なくないだろう。しかし、そうした認識を覆す啓蒙活動を先行している企業や団体も増えている。そのひとつが、高齢者向け住宅を運営するシルバーウッド。同社が手掛ける「VR認知症プロジェクト」では、VR(バーチャルリアリティー)の技術を活用して、認知症の症状や当事者の気持ちを疑似体験することができる。同社がこのプロジェクトを始めた経緯や目的、認知症のある人たちにとって暮らしやすい社会について、代表の下河原忠道氏に話を聞いた。

■従来の高齢者向け住宅に対するイメージを払拭したい

「認知症は重度でない限り、1人で電車も乗れますし、会話もできます。症状の出方はグラデーションで、人それぞれなんです。ただ、時として誰かに教えてもらわないと、自分がいまどこにいるのかわからなくなるケースもあります。じゃあ家に閉じこもっていればいいのか、というと、そんな押しつけはするべきではないし、認知症になったって自分らしく暮らす権利はあります。周囲に迷惑をかけたっていいんです」(下河原氏、以下同)

 こう語る下河原氏は、建築業から介護業に参入。インテリアや内装をはじめ、住み心地の良さを考えたサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀(ぎんもくせい)」を建築・運営する中で、認知症のある人たちに対する社会的心理環境に、さまざまな違和感を抱いたとなったという。

「よくある高齢者施設って、無機質な“ビニールクロスの館”みたいで、こんなところは住みたくないな……という印象しかなかった。認知症は、確かに病気には変わりありませんが、徘徊と呼ばれる行動ひとつとってみても、『当事者の方にとっては散歩なんじゃないのかな……?』 と思いましたし、運営者側の都合で入居者を“きれいな牢屋”に閉じ込めてしまうのは、ちょっと違うんじゃないかという気がします」

 高齢者や認知症の人が、一辺倒な暮らししか選べない現状に疑問を持った下河原氏。そこで、「銀木犀」では全館ヒノキの無垢フローリングを使用、家具や食器も厳選するなど、こだわったという。また、地域にオープンでありたいと、住居内に入居者が店長を務める駄菓子屋を作ったり、住民をおもてなしする趣旨のお祭りを開催したりと、斬新な試みをしている。

 こうした活動を続ける中で、特に課題を感じたのは、認知症の人たちに対して一般の人が抱くイメージだったそう。

「認知症になると、“不便”はあっても“不幸”ではないと思うんです。問題なのは認知症の当事者や家族が生きづらい社会。『認知症になったら人生終わり』という思い込みによる偏見をなくすためにはどうすればいいのかと考えた結果、VRが有効なんじゃないかと。啓蒙活動の一環には、『認知症サポーター養成講座』という約850万人が受講した有名な講座があるんですが、座学では得られないことをVRでは体験できるんじゃないかと思ったんです」

 VR作品の事例としては、電車で行き先がわからなくなるアルツハイマー病や、ないものが見える幻視という症状が特徴的なレビー小体型認知症など、認知症の中核症状を体験できるというものがある。内容は認知症の当事者や介護職員にリサーチの上、組み立てているそう。360度見渡せる臨場感ある映像への反響は大きく、学校や企業からVR体験会の要望が絶えず、1年で約3,500人が参加した。

 体験した人の中には、認知症のある人を家族に持つ人もいたという。

「認知症の親御さんが高齢者住宅に入居していて、近くのコンビニに買い物に行くそうなんですが、物忘れが進行していたので、心配した息子さんが『行っちゃダメだよ』と言い聞かせていたらしいんです。でも、VRを体験し終わってから、『親が買い物に行く楽しみを奪おうとしていた。自分は間違えていました』と話してくれました。その後、コンビニに行って店員さんに親御さんの顔写真を見せて、『これからも買い物に来ると思うので、何かあったら連絡をください』とお願いしたそうです。認知症のある人の生き方を否定することなく、我々が変わることが大事なんじゃないかなって思うんです」

 もちろんきれい事だけではない。スムーズなコミュニケーションが取れないことに、イライラすることだってあるはずだ。それでも、「病人だといって特別扱いをする必要はない」と下河原氏は考える。

 初作品から1年、認知症の中核症状を疑似体験できるものから、最近はストーリー性を重視したものにシフトチェンジしたという。

「認知症の疑似体験だけでは駄目だなと思ったんです。興味のない人たちに『認知症について勉強しよう』と言っても、ハートは動きませんよね。そこで、これからリリースを予定している6話目は、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された丹野智文さんのストーリーを描くことにしました。冒頭は病院で告知を受けるところから始まります。エンターテインメント寄りのストーリーになっていますが、認知症のある人たちがどんな思いを抱えて生きているのか、作品をきっかけに想像力を働かせてもらえたら」

 下河原氏は、VR作品による追体験によって当事者ではない個人の心が動き、ひいては行動が変わっていくと考える。

「大事なのは“迷惑をかけられる側”がどうサポートしていいのかを把握すること。どこに行けばいいかわからなくなっている人が目の前にいれば、全力で何とかしてあげようと接すると思うんです。特に日本には、助け合いの精神が心に根付いていると僕は信じています」

■偏見なく想像力をもって認知症のある人たちに接する仲間が増えること

 差しあたっての目標はあくまでも、たくさんの人にVRで認知症を疑似体験してもらうことだという。

「これからは行政と企業を巻き込んでいきたいと思っています。やはり福祉施設や買い物先など、当事者の生活に密接に関わる現場での啓蒙活動が必要ではないでしょうか。ただ、どうやって収益をあげるか、ビジネスモデルはまだ確立していません。でも、我々のコンテンツをたくさんの人に見てもらえれば、結果はついてくると思います。ゴールは“偏見なく想像力をもって認知症のある人たちに接する仲間が増えること”です」

 今秋には、米サンダンス映画祭のVR部門で作品エントリーを目指しているという。コンテンツのクオリティが評価されることで、ますます注目度が上がることが期待される。個人の認知症リテラシーを高めることが、ひいては認知症の人に優しい社会、そして私たちが生きやすい未来の実現につながるはずだ。
(末吉陽子)

シルバーウッド

「65歳以上」は部屋が借りられない!? 高齢者の“家探し問題”と解決策を不動産屋が明かす

 不動産業界の現実として、「65歳以上」の賃貸契約はほとんどできないのだという。収入や貯蓄があっても、年齢がわかった途端に断られることも珍しくない。一方で空き家や空き室は増える傾向にある。こうした課題を受けてスタートした「高齢者でも借りられる物件」を紹介する情報サイト「R65不動産」を運営する山本遼さんに、高齢者が賃貸物件を探す理由や物件探しにおける問題点について、お話を伺った。

■80歳女性の賃貸物件探しで断られた経験がきっかけ

「『高齢者』といっても、人それぞれですよね。お仕事をされている方もいらっしゃいますし、介護不要でお元気な方も少なくありません。本人の状況を何も見ないまま『○歳以上はダメ』と一律に断ることはしないで、不動産業者としてできることを常に考えています」

 そう話す山本さんは、2015年に自分の祖父母世代の部屋探しを支援するサイト「R65不動産」を単独で立ち上げた。同サイトを運営する株式会社R65は、東京、埼玉、神奈川、千葉の1都3県で、不動産会社の仲介のほか、自社管理物件も扱う。

 ありそうでなかったビジネスだが、設立のきっかけは自身の体験だった。以前の勤務先の不動産会社で80歳の女性の賃貸物件を探したが、断られ続けた。

「とても元気ではつらつとした方なのに、年齢だけで断られてしまうんです。とにかく探し続けて、最終的には見つかりましたが、こうした方の力になりたいと思いました。また、自分や自分の親が高齢者になった時に、賃貸で住める部屋がある社会にしたいということもあります」

 現在、同サイトは、山本さんとパートの女性の2人で運営しているが、今後は社員採用の計画もあるという。

「高齢者の雇い入れも、まったく問題ないですよ。むしろ高齢の方は僕がわからないことをいっぱい知っていて、教えていただけますから、勉強になります。『雇う』というよりは、教えてもらいながら、フラットに仕事をしていきたいと考えています」

 高齢者だけではなく、非正規雇用者や低所得層の賃貸住宅供給の問題は深刻だが、その一方で空き家や空き室は増加傾向にあり、政府も支援に乗り出している。4月19日には、高齢者や所得の低いシングルマザー世帯などのための賃貸住宅向けの空き家・空き室情報を登録・提供する制度などを盛り込んだ「改正住宅セーフティーネット法」が成立した。運用には人手不足などの課題も指摘されているが、日本の高齢化は国際的にもトップレベルであり、動向が注目される。

「孤独死や家賃滞納、ゴミ屋敷化、火災などのリスクは、高齢者に限ったことではないですよね。確かに事故は怖いですし、不動産賃貸において貸し手が強い風潮はありますが、高齢者に貸すことに興味を持ってくださるオーナーさんや業者さんも少しずつ増えてきました。できるだけリスクを減らせるように、事例の紹介など、関係者向けの勉強会も随時開催しています」

 実際、物件のオーナー側には、高齢者に貸すメリットがあるのだろうか?

「高齢の方は夜中に騒いだりすることもなく、お掃除も丁寧です。勉強会では、お年寄りに貸すメリットや事故の際の火災保険の活用など、大家さんの負担を軽減する事例などをご紹介しています」

 それでもやはり、若い世代に比べると、高齢者のほうが死のリスクが高いのは事実だろう。

「安否の確認はセンサーなどテクノロジーで対応できる部分もありますが、当社では入居者さんと定期的に会って話をしたり、お茶や食事を楽しむフォローをしています。むしろお年寄りが長生きできるのは喜ばしいことですし、『以前、この部屋には100歳までお元気だった方が住んでおられました』というのはいいことだと思うんです」

 現代社会においては人生の最期を病院で迎えるケースがほとんどだが、昔は家で亡くなるのが当たり前だった。高齢化の急速な進展は、日本人の死生観も変えるのかもしれない。

「今は、お年寄りの物件探しのサポートという形でやっていますが、『R65』と銘打たなくても、すべての不動産業者がお年寄りにも物件を紹介できるようになればいいと思っています」

 こう話す山本さんによると、高齢者が賃貸物件を探す理由はさまざまで、同社への問い合わせも増えてきているという。

「パソコンを使えない方でも、行政の窓口などから口コミで当社を知り、連絡をくださることも多いです。お部屋探しの理由は、ご家族が減って持ち家を管理できないとか、現在お住まいの物件が老朽化で取り壊されるとか、お子さんの家の近くに住みたいとか、本当にいろいろです」

 物件自体は少ないが、保証会社の審査条件や賃料、駅からの距離、エレベーターの有無まで、相談者の希望を聞き、妥協点を探る。

「どうしても妥協できないところ以外は、優先順位を低くしていかざるをえないのが現状です。また、お年寄りの場合は物件を見て回るのにも時間がかかり、すぐに決まりません。また、ご高齢だと環境の変化に弱くなりがちで、それまでと違う場所に住むことは大きなストレスになる場合が多いので、場所のマッチングも難しいですね」

 こうしたことは、確かに高齢者が顧客の場合にはネックになっていく。

「でも、時間をかけて探した物件を気に入っていただいて、幸せになっていただくのは本当にうれしいですよね。お一人ずつの笑顔がつながって、『地域社会』が生まれていきます。社会の高齢化に伴う諸問題は簡単には解決できませんが、少しずつでもお年寄りの楽しい暮らしのためのお手伝いができればと思っています。それに、施設に入らずに暮らしたい人も多いので、どんなところに住みたいか、本人の希望を優先していきたいです」

 「自分らしい暮らし」を死ぬまで続けるためには、どうすればいいのか? 選択肢を増やしておくことは、政府だけでなく個人個人の問題でもあるのだ。山本さんのような活動も、ひとつのヒントになるのではないだろうか。

山本遼(やまもと・りょう)
1990年、広島生まれ。不動産会社に勤務後、2015年5月から賃貸情報サイト「R65不動産」を運営。

(蒼山しのぶ)

「65歳以上」は部屋が借りられない!? 高齢者の“家探し問題”と解決策を不動産屋が明かす

 不動産業界の現実として、「65歳以上」の賃貸契約はほとんどできないのだという。収入や貯蓄があっても、年齢がわかった途端に断られることも珍しくない。一方で空き家や空き室は増える傾向にある。こうした課題を受けてスタートした「高齢者でも借りられる物件」を紹介する情報サイト「R65不動産」を運営する山本遼さんに、高齢者が賃貸物件を探す理由や物件探しにおける問題点について、お話を伺った。

■80歳女性の賃貸物件探しで断られた経験がきっかけ

「『高齢者』といっても、人それぞれですよね。お仕事をされている方もいらっしゃいますし、介護不要でお元気な方も少なくありません。本人の状況を何も見ないまま『○歳以上はダメ』と一律に断ることはしないで、不動産業者としてできることを常に考えています」

 そう話す山本さんは、2015年に自分の祖父母世代の部屋探しを支援するサイト「R65不動産」を単独で立ち上げた。同サイトを運営する株式会社R65は、東京、埼玉、神奈川、千葉の1都3県で、不動産会社の仲介のほか、自社管理物件も扱う。

 ありそうでなかったビジネスだが、設立のきっかけは自身の体験だった。以前の勤務先の不動産会社で80歳の女性の賃貸物件を探したが、断られ続けた。

「とても元気ではつらつとした方なのに、年齢だけで断られてしまうんです。とにかく探し続けて、最終的には見つかりましたが、こうした方の力になりたいと思いました。また、自分や自分の親が高齢者になった時に、賃貸で住める部屋がある社会にしたいということもあります」

 現在、同サイトは、山本さんとパートの女性の2人で運営しているが、今後は社員採用の計画もあるという。

「高齢者の雇い入れも、まったく問題ないですよ。むしろ高齢の方は僕がわからないことをいっぱい知っていて、教えていただけますから、勉強になります。『雇う』というよりは、教えてもらいながら、フラットに仕事をしていきたいと考えています」

 高齢者だけではなく、非正規雇用者や低所得層の賃貸住宅供給の問題は深刻だが、その一方で空き家や空き室は増加傾向にあり、政府も支援に乗り出している。4月19日には、高齢者や所得の低いシングルマザー世帯などのための賃貸住宅向けの空き家・空き室情報を登録・提供する制度などを盛り込んだ「改正住宅セーフティーネット法」が成立した。運用には人手不足などの課題も指摘されているが、日本の高齢化は国際的にもトップレベルであり、動向が注目される。

「孤独死や家賃滞納、ゴミ屋敷化、火災などのリスクは、高齢者に限ったことではないですよね。確かに事故は怖いですし、不動産賃貸において貸し手が強い風潮はありますが、高齢者に貸すことに興味を持ってくださるオーナーさんや業者さんも少しずつ増えてきました。できるだけリスクを減らせるように、事例の紹介など、関係者向けの勉強会も随時開催しています」

 実際、物件のオーナー側には、高齢者に貸すメリットがあるのだろうか?

「高齢の方は夜中に騒いだりすることもなく、お掃除も丁寧です。勉強会では、お年寄りに貸すメリットや事故の際の火災保険の活用など、大家さんの負担を軽減する事例などをご紹介しています」

 それでもやはり、若い世代に比べると、高齢者のほうが死のリスクが高いのは事実だろう。

「安否の確認はセンサーなどテクノロジーで対応できる部分もありますが、当社では入居者さんと定期的に会って話をしたり、お茶や食事を楽しむフォローをしています。むしろお年寄りが長生きできるのは喜ばしいことですし、『以前、この部屋には100歳までお元気だった方が住んでおられました』というのはいいことだと思うんです」

 現代社会においては人生の最期を病院で迎えるケースがほとんどだが、昔は家で亡くなるのが当たり前だった。高齢化の急速な進展は、日本人の死生観も変えるのかもしれない。

「今は、お年寄りの物件探しのサポートという形でやっていますが、『R65』と銘打たなくても、すべての不動産業者がお年寄りにも物件を紹介できるようになればいいと思っています」

 こう話す山本さんによると、高齢者が賃貸物件を探す理由はさまざまで、同社への問い合わせも増えてきているという。

「パソコンを使えない方でも、行政の窓口などから口コミで当社を知り、連絡をくださることも多いです。お部屋探しの理由は、ご家族が減って持ち家を管理できないとか、現在お住まいの物件が老朽化で取り壊されるとか、お子さんの家の近くに住みたいとか、本当にいろいろです」

 物件自体は少ないが、保証会社の審査条件や賃料、駅からの距離、エレベーターの有無まで、相談者の希望を聞き、妥協点を探る。

「どうしても妥協できないところ以外は、優先順位を低くしていかざるをえないのが現状です。また、お年寄りの場合は物件を見て回るのにも時間がかかり、すぐに決まりません。また、ご高齢だと環境の変化に弱くなりがちで、それまでと違う場所に住むことは大きなストレスになる場合が多いので、場所のマッチングも難しいですね」

 こうしたことは、確かに高齢者が顧客の場合にはネックになっていく。

「でも、時間をかけて探した物件を気に入っていただいて、幸せになっていただくのは本当にうれしいですよね。お一人ずつの笑顔がつながって、『地域社会』が生まれていきます。社会の高齢化に伴う諸問題は簡単には解決できませんが、少しずつでもお年寄りの楽しい暮らしのためのお手伝いができればと思っています。それに、施設に入らずに暮らしたい人も多いので、どんなところに住みたいか、本人の希望を優先していきたいです」

 「自分らしい暮らし」を死ぬまで続けるためには、どうすればいいのか? 選択肢を増やしておくことは、政府だけでなく個人個人の問題でもあるのだ。山本さんのような活動も、ひとつのヒントになるのではないだろうか。

山本遼(やまもと・りょう)
1990年、広島生まれ。不動産会社に勤務後、2015年5月から賃貸情報サイト「R65不動産」を運営。

(蒼山しのぶ)

「死ぬくらいなら会社辞める」のは簡単じゃないーー過労死マンガの作者が訴えたかったこと

 2015年12月25日に電通の女性社員が過労自殺したと、昨年大きく報道された。電通は労働基準法違反容疑で書類送検され、社長が辞任。この事件は世の多くの人に衝撃を与えたが、一方で政府は「働き方改革」を掲げながら、月の残業時間の上限を過労死ラインの80時間を上回る100時間未満にする方針で動いている。

 働き方に関して注目が集まっている今、自身の長時間労働の経験を綴った漫画がツイッターにて30万リツイートされたイラストレーターの汐街コナさん。その後、精神科医のゆうきゆうさんを監修に迎えてまとめた『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』(あさ出版)を上梓。汐街さんに、この漫画を描いた理由、過労死・過労自殺に至る心情について話を伺った。

■長時間労働による自殺未遂エピソードはよくあること

――今回の書籍化は、ご自身の長時間労働時のエピソード漫画をツイッターにアップし、反響があったことがきっかけだそうですが、その動機を教えてください。

汐街コナさん(以下、汐街) 私のアカウントをフォローしてくれているのは若い人たちが多いんです。過酷な環境でも我慢して働いている方もいたので、私が長時間労働のストレスにより電車に飛び込みそうになった経験を、「みなさんも注意してください」と伝えられたらと思ってアップしました。

 また、やはり電通の事件もきっかけですね。あの事件が起こったとき、多くの方が「死ぬくらいなら会社を辞めればいい」と言っていて、それは同意なんですけど、それができない状態に陥ってしまうんです。それを前もって知っていないと、陥ったときにはもう遅いということを含めて知っていただければと思いました。

――寄せられた反響のなかでも特に印象的だった感想やご意見は何ですか?

汐街 特に「これが」というものはないのですが、「あるある!」みたいな感じで、たくさん私と同じような経験をしたエピソードが寄せられ、若い人やデザインの業界だけでなく社会全体でとてもよくあることなんだなと思いました。私はこの漫画で、うっかり電車に飛び込みかけたことを描いていますが、同じように電車に飛び込みそうになった方や、クルマ通勤の方だと「ぶつかればいい」と思っていた方とかもいて……。

 長時間労働以外でも、家庭でのストレスによって視野が狭くなり、暗く出口が見えない状態になっている女性や、いじめられているという中学生からも「共感しました」と感想が寄せられました。そして、学校関係者から「いじめられて自殺しちゃう子の気持ちを伝えるために、参考の資料として配布させてください」という連絡もありましたね。

――家庭のストレスであれ、いじめの問題であれ、追いつめられたときの心情は過労と同じなのですね。汐街さんが過労自殺をしそうになったときに勤めていたデザイン会社は、新卒で入った会社ですか?

汐街 そうです。

――では、周りが残業ばかりしていると、残業をすることが当たり前と思っていた部分はありますか?

汐街 そうですね。特にデザインの業界は「残業があって当たり前、それをわかって入ってきますよね?」という暗黙の了解がありました。よく、「●●さんが倒れた!」「えーっ! この仕事どうするの?」ということが起こりがちで、倒れた人よりも仕事の心配になってしまうという。当時、全く知らない事務所のデザイナーさんが亡くなったこともあったのですが、そこの社長は「死ぬと思っていなかった」と言ったそうなんです。そして、私も含めて同じ業界の人たちは「なんでそれぐらいで死ぬのにデザイナーになったの?」という考えの人が多くて……。どちらかというと死んだ人を責めていましたね。

 実は私、デザイン会社の面接時に「20時に帰れますか?」と聞いたんですよ。それで面接に落ちたら、それでいいやと思って。そのときは「20時に帰れます」と言われたのですが、実際に入ってみると20時どころか24時でないと帰れない。本気で「私は何があっても20時に帰ります!」って言えば帰れたんでしょうけど、それができる人はなかなかいないと思います。

――空気が読めない、と思われてしまいますよね。

汐街 私はかなり空気が読めない方だったので、言いたいことは結構言っちゃっていました(笑)。でも、長時間労働による寝不足でツラいというのがありましたね。それにパワハラやセクハラが入ると、もっとツラかったと思います。ネット上では「パワハラやセクハラさえなければ100時間くらいの残業は平気なはず」という意見も見かけますが、過労死ラインが80時間となっているのは、それなりの根拠があってのことだと思うので、ちょっとおかしいなと思います。

――汐街さんは、母親や同級生からの助言で「このままこの会社で働いていたら死ぬかもしれない」と気づけたとのことですが、そういった状況に気づいていない方もいると思います。気づくためにはどうすればいいと思いますか?

汐街 人によってストレス耐性は全然違うので、200時間、300時間働いても平気な方もいます。でも、それも本当は平気じゃなくて、ただ自分の身を削っているだけですが……。だから、不眠や体調不良が出てきたら一つのサインだと思います。私も電車に飛び込みそうになる前、慢性的な目まいやおなかを下すことはあったのですが「たいしたことないかな」と気にしていませんでした。でも、そのような症状が出てきたら「今、体が悲鳴を上げている」と自覚した方がいいのかなと思います。ほかにも、普段は普通にできていることができなくなる、勝手に涙が出る、といった症状もそうだと思います。

――今回の作品は、精神科医のゆうきゆう先生が監修されています。監修をゆうき先生に依頼したのはなぜですか?

街汐 ゆうき先生自身、私がツイッターにアップした漫画を「すごくわかりやすいです」というコメントと共にリツイートしてくださったんです。私自身、ゆうき先生の『マンガで分かる心療内科』(少年画報社)という漫画をネットで拝見していました。鬱や心の問題は一般の人からすると少しハードルが高く、いきなり「心療内科に行こう!」とはならないと思うのですが、ゆうき先生の漫画は、わかりやすく「気構えなくていいんだな」ということが伝わってきて、もしご協力いただけたら読む方のお役に立てるのかなぁと。

――今、政府は「働き方改革」として、月の残業時間の上限を100時間未満とする方針で動き始めています。この「働き方改革」について汐街さんはどう捉えていますか?

汐街 過労死ラインが80時間となっているのに上限が100時間なのは、非常に疑問が残ります。ただ、この80時間にも定義に条件がついており、上限100時間のほうは毎月OKというわけではないので、総合的に考えれば同じくらいなのかもしれません。「36(サブロク)協定」(時間外労働に関する労使協定。労働基準法36条に基づき、会社は法定労働時間を超える時間外労働を命じる場合、労組などと書面による協定を結び、労働基準監督署へ届け出る必要がある)の締結・届出がない場合、無制限に残業させられていたという話も聞いたことがあるので、そこから考えると小さな一歩なのかなとは思います。

 ただ、「100時間まで残業OKなんだ」という捉え方をしてしまう企業は、おそらく非常に多く出てくるとは思います。労働力も少なくなってきていますし、若い方の意識もすごく高くなってきているので、働く方が「NO」を出していけるようになれば、変えざるを得ないのかなと。この本は、働く方の人にも変わってほしいという内容になっています。

――汐街さんが今後描きたいテーマはありますか?

汐街 本当は少女漫画を描きたいのですが、需要がないので(笑)。今後はもう少し労務の方向から働き方に関して描きたいです。漫画内にもあるYさんの例は、2週間前に辞める旨を伝えているのに会社側が辞めさせてくれず、最終的には労務に詳しいお父様が会社に電話した結果、辞められました。本来、法律上では2週間前までに申告すれば辞められるはずです。そういう労務的な知識を、働く側も持っていかなきゃいけないと思います。
(姫野ケイ)

汐街コナ(しおまち・こな)
広告制作会社のグラフィックデザイナーを経て漫画・イラストの活動を開始。装丁画・挿絵・ゲームキャラクターイラスト等を手がけている。

坂口杏里とタレント医師・脇坂英理子が奪い合ったナンバーワンホストの魅力とは?

 ホストクラブに行ったことがない人間からすると、なぜ、身を滅ぼすほどにホストに金を使うのかがわからない。しばしばテレビや雑誌に登場する人気ホストたちが、そこまで入れあげるほど魅力的にも見えない。水商売や風俗嬢なら「同業者だからホストとは気が合う」と感じるのかもしれないが、坂口は大女優の娘、脇坂は医師。2人とも小学校から名門私立に通い、なに不自由なく育ったお嬢様たちだ。そういう彼女たちが奪い合った人気ホストXはどういう人物か。Xと接したことがあるというノンフィクションライターの杉浦由美子さんに話を伺った。

■華やかさと健康的で気さくな雰囲気を兼ね備える人

――Xは歌舞伎町のトップクラスの人気ホストで、テレビのバラエティにも出ていました。出演番組を見ましたが、チャラくて、容姿も個人的にはかっこよく見えなかったんですが……。

杉浦由美子さん(以下、杉浦) カメラを通して映える顔と、実際、近くで見て美しい顔は違います。芸能人は、カメラを通した時に魅力が発揮できる容姿や資質を持っていますが、ホストたちはカメラを通すと魅力はないけれど、実際に会うと本当にかっこいいんですよ。私は仕事柄、芸能人にも会いますが、実際に間近で見て最もかっこよかったのは、歌舞伎町のホストたちでした。彼らの魅力はテレビや雑誌を通してではなく、直に会って横に座ってもらわないと味わえない。そのためにはホストクラブに行って指名しないといけませんよね。

――このXも実際に会うとそんなに美形なんですか?

杉浦 純粋にルックスだけだと、Xさんは見劣りしました。ほかのホストが美形揃いすぎたんですけどね(笑)。でも、ジャニーズのスターをスタイルよくしたような男子が並んでいた中で、Xさんはフェロモンがすごかったので、強烈なインパクトがありました。

――フェロモン? オーラみたいなものですか?

杉浦 そうですね。同行した若い女性編集者さんは怖がって、Xさんに近づこうともしませんでしたね。確かに20代の女子だと同じ空気を吸っただけで妊娠しそうなフェロモンを放っていました。テレビでは軽薄でナヨッとして見えますが、実際はその真逆です。ロックスターのような華やかさと、健康的で気さくな雰囲気を兼ね備える人でした。

――「健康的」とホストは結びつかないイメージがありますが……。

杉浦 ホストの前職はモデルや美容師などが多いそうですが、Xさんの前職は木工大工です。ホストクラブの情報サイトで、新人ホストが「普通、ナンバーワンのホストは僕らを相手にもしてくれないのに、Xさんは面倒見がいい」とコメントしていましたが、大工さんは後輩の面倒を見ますよね。歌舞伎町にいても、職人気質を捨てなかったんじゃないでしょうか。彼の腕の筋肉もスポーツクラブで人工的に鍛えたものではなく、建築現場の仕事で作り上げていったナチュラルなマッスルでした。

 また、ホストをやっていることを親に隠している人もいますが、Xさんはご両親も息子がナンバーワンホストになったことを心から喜んでいたようです。特にお母さんは元クラブ歌手で、「私の遺伝子のおかげでお前はナンバーワンになれた」と言ったとか。つまり、両親も彼もホストクラブは“エンターテインメント業”と捉えていたんでしょうね。仕事にも前向きで、とにかく明るかったですね。

■都会育ちのお嬢様には見たことない生き物

――なるほど。しかし、坂口も脇坂も超がつくお嬢育ち。そういう女性たちがなぜ、あそこまで彼にハマったんでしょうか?

杉浦 見たことない生き物だったからじゃないですか。小学校から名門私立に通っていた箱入り娘からすると、Xさんみたいな男性は新鮮だったんでしょう。ロックスターみたいなオーラを出しながら、後輩の面倒もみる“気のいい大工さんのあんちゃん”要素もある。都会育ちのお嬢様が地方出身の苦学生に惹かれるってよくあるんですが、そういうパターンだったのかもしれません。

 それがこんな大きな騒動に発展したのは、やはり、彼女たちとXさんとの関係が“お金”の上に成り立っていたからでしょう。Xさんはとっくに一生遊んで暮らせる分を稼いでいるはずなのに、ホストをやり続けるのは、彼にとって歌舞伎町の店のナンバーワンでいることこそが自己実現だからでは。トップクラスのホストは本命の恋人をつくらないんですが、理由のひとつは、客を愛せなくなるからだとか。彼らは自分の自己実現を支えてくれる太い客を本気で愛さないとならないんですから。お金を出せば愛してくれる男性って日常的にまず存在しないでしょう。この世で数少ない“お金を使えば愛してくれる男”を好きになってしまったところに、今回の2人の悲劇はあったのだと思います。
(水野妖子)

「墓じまい」がはやる時代の供養の形ーーLGBTや内縁関係でも入れるお墓が生まれたワケ

 遠い場所にお墓があるため管理が大変、自分の代以降管理をする人がいないといった理由から、近年、墓を片付ける“墓じまい”がブームとなっている。一般的には子孫が続いていく前提で作られている先祖代々の墓。しかし、多様な生き方が世に認められつつある風潮を受け、外国人や友人同士、LGBTのカップル、籍を入れていない内縁の夫婦など、どんな間柄でも入れる「関係性を問わないお墓」に取り組んでいるのが證大寺。證大寺の住職、井上城治さんに、最近のお墓の問題や同寺独自の取り組みについて話を伺った。

■お墓の伝統的な仕組みが時代に追いついていない

――墓じまいブームや、Amazonでお坊さんの派遣が登場するなど、近年はお墓に関する新しい取り組みも登場しています。これらからわかる最近の、お墓の問題について教えてください。

井上城治住職(以下、井上) お墓は代々家族で継承していくものだったのが、現在は核家族化や少子高齢化の進行で、そのような前提条件が整わない方も増えてきました。だから、墓じまいがはやっているんです。

 お墓がある人は、まだいいんです。実は、東京に暮らす団塊の世代の方たちで、お墓がない方がけっこういるんです。みなさん地方から東京に出てきて、一気に人口形成したわけですから、生まれも育ちも東京という人は、団塊の世代ではまだ少ないです。その方たちは実家にお墓があったのですが、東京で家のローンを払いつつ、子どもも東京の郊外に住んでいるとなると、もう実家に帰ることはほとんどありません。実家にお墓があっても、独立した人は帰りづらい。あとは逆に言うと、本家自体から東京へ来ている人は、もう帰らないからお墓を整理したいと思っている。だから、新しくお墓を買うという人はまれですね。

――お墓を片付けたい人が多いなか、證大寺側では何か対応を行っていますか?

井上 私どもはお寺を構えているのですが、埼玉県東松山市と千葉県船橋市で霊園を運営しています。「子どもがいなくて墓を継承する人がいないので、自分が生きているうちに片付けたい」という要望を受けまして、霊園内に3年前、永代供養墓を建立しました。我々はそのお墓を「浄縁墓」と呼んでおります。既存の約1万2,000の墓から、1,000人ほどが浄縁墓に移られました。なかにはお子さんがおられる方もいましたが、「子どもに負担をかけたくないから、自分が生きているうちに整理したい」という方も多かったですね。お墓の伝統的な仕組みが時代に追いついていないというのが、近年の問題だと思います。

――「関係性を問わないお墓」への取り組みを始めたきっかけはあるのでしょうか?

井上 いま申し上げた永代供養墓をご提供した際、たくさんの方からお申し込みがあったのですが、そのなかで「永代供養でもいいのだけれど、せっかく連れ添った夫婦なのだから一緒に入りたい」とおっしゃった方がいたんです。でも、同じタイミングでご遺骨になることは、なかなかありません。「亡くなった順番に埋葬します」と言ったのですが、「それでは離れ離れになってしまうので、どちらかが亡くなったらお寺で遺骨を預かっていただき、もう一人が亡くなってから、一緒に永代供養墓に入れてほしい」と言われまして……。

 これに僕らは大反対だったんです。死んだら一緒というより、生きているうちに決めようよと。お骨で結婚するわけではないのだから、夫婦で入るためにどっちかが一度待つというのはおかしいのではないか。

――でも、そのように考えるカップルもいるんですね。

井上 100年くらい前の日本では、大名じゃない限り、お寺にお墓などなく、一般の人は村の共同体の墓に埋葬されていて、ある意味、永代供養墓だったんです。お参りするための五輪の塔などがあり、そこでお参り、もしくは本堂でお参りして、死んだらみんな平等に浄土だったわけです。でも、今の日本は、お骨信仰が強い。僕らとしては、永代供養墓の利用者が「夫婦だから自分たちは、ほかの人の骨とは分けてくれ」というのには抵抗がありました。

 そのうち、ご家族ではない方が永代供養墓の申し込みにくるケースもあり、ひょっとしたら籍を入れていない内縁の夫婦や、長く一緒に暮らしているパートナーという可能性もあると気がついて、永代供養墓とは別に「間柄を問わないお墓」を思い立ったんです。それを「&<安堵=あんど>」と名付けました。籍を入れていない愛人関係だったとしても、故人への思いがあるので、よほどのことがなければお参りはします。思いと戸籍は、あんまり関係ないじゃないですか。そういった人がお参りできないのは、制度がズレているなと思います。それならば、昔の人が村の共同墓地でお参りしていたように、元に戻せばいいんです。

 

――関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」は、LGBTのカップルでも入れる点が時代に合っているように思いました。全職員でLGBTに関する勉強会や座談会を行ったとのことですが、それまで住職は、LGBTに関してよくご存じなかったのですか?

井上 いやぁ、知らなかったですね。知らなかったというか、新宿二丁目にひっそりと集まっている人たちという印象で「友達にはなりたくないな」という偏見を持っていたほどです。でも、その人たちがお墓を求めているという理由で勉強したのではありません。ある雑誌に「性的少数者は自殺率が一般的な人と比べて4倍も高い」と書いてあり、その理由が「自分の自己肯定感が弱い」「アイデンティティーがない」「自分の評価の拠り所である親からも認められない場合がある」というものでした。そうなると、自分で肯定感も持てないですよね。

――同性愛を禁じている宗教もありますが、仏教だと、どういった考え方になるんですか?

井上 仏教では、LGBTへの批判や否定は全くありません。大乗仏教では老いも若きも、男も女も、あの世では関係ありません。救いの対象に入っています。でも、それを今までお寺側が伝えられていなかったのだと思います。伝えられていないというか、差別しまくっていたんだなと……。それで、證大寺のパートさんを含めた全職員で勉強会を行って、当事者の人を招いて座談会も行いました。

 結果、LGBTの人って少数じゃないなと思いました。“性”も大事ですが、それ以上に人として“いいやつ”かどうか、“好き”かどうかで普段から付き合っているのですから、LGBTに特化というのも、おかしいのではないかと思います。

――LGBTは、仏教の教えには反しないのですね。関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」は、戸籍上の婚姻関係に当たらない人も対象としていますが、愛人のような関係は、仏教ではどのように考えられているんですか?

井上 一応、仏教には倫理の教えという面はあります。愛人の場合、キリスト教的には別れなくてはいけませんが、別れられない場合、自暴自棄になってしまう恐れもある。ところが仏教の場合、「別れられないのなら、別れられないと認めて大事にしなさい」となります。そうすると、「子どもを大事にするのだから、認知してね」とか「お金をちゃんとちょうだいね」となります。相手ときちんと向き合い、何をやっているかわかっているのか、という認識を徹底するのが大切なんです。

 

――今後はやはり、関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」のニーズが高くなってくるとお考えでしょうか?

井上 社会の動向と一緒じゃないですかね? 今は戸籍を入れていないカップルも多いですし。でも、僕はお墓そのものよりも、お参りについてしか重要と考えていません。お墓は、宗教・宗派関係なく、お参りできる場所として存在していればいいんです。お参りは、子どもを連れて「お父さん、来たよ」と報告するのではなく、故人と向き合って「お父さんがいたら何と言うかな?」と考えて時間を過ごすことが大事です。それがお参りなのです。一方的な報告だと、SNSと一緒になってしまいます。お参りは向き合うことなので、故人に手紙を書くことも推奨しています。

――でも、「手紙を書く」ということも一方的な行為ですよね?

井上 その通りです(笑)。本当は手紙をもらう方が大事。だから、僕らは生前にお墓を買ってくれた人に対して、自分の子どもや家族、パートナーに向けて「ラストレター」を書いてもらい、いったんこちらでお預かりしているんです。そして、その人が亡くなった四十九日のときに渡すんですよ。関係性を問わないお墓「&<安堵=あんど>」の場合は2人しかいないですから、生きているときにお互いを思って書きます。そして、パートナーが亡くなって寂しくなったときに、その手紙を読んで返事を書いてもらうのが目的です。

 でも、手紙は自分の死と向き合って書かねばならないので、本当にハードルが高くて、みなさん書きながら号泣されます。でも、「書けない」と感じることも大事です。そして、書くと気持ちが整理されます。お墓を買うということは、死と向き合うことに一番近いのに、みんな死ぬことを考えていないんです。
(姫野ケイ)

井上城治(いのうえ・じょうじ)
證大寺住職。仏教に人生を学ぶ「仏教人生大学」や、手紙寺・證大寺「銀座道場」の開設など、仏教を通してさまざまな活動を行っている。

魅惑の「二日酔い回復点滴」、その効果は? ドクターが教える「医師界の悪酔い対策」

 「貼るだけで二日酔いが防げる」という「二日酔い予防パッチ」なる夢のような製品が一部の酒好きの間で話題になっており、その効能について前編でシロノクリニック銀座院副院長笠井美貴子医師に伺ってきた。後編では、人気の美容点滴と笠井医師ご自身の二日酔い対策についてもお聞きした。

■魅惑の「二日酔い回復点滴」、その効果
――シロノクリニックでの二日酔い回復点滴は、打った瞬間から効き目が表れるのでしょうか。

笠井美貴子医師(以下、笠井) 打った途端に楽になるというより、点滴を打ち終わって楽になるという感じですね。何より、二日酔いの方ですと脱水の状態で、お水を取らないといけないのに、気持ち悪くてお水を飲むことができないことが多いですよね。なので、点滴で100~200mlの水が体に戻ることで、まず楽になるんです。点滴時間は大体30分くらいです。

――こういった点滴はどういった方が受けられますか?

笠井 サラリーマンの方も多いですが、夜のお仕事の方が出勤前に受けられることも多いですね。

――二日酔い対策以外に、美容系の点滴メニューを提供されていますが、どういったメニューが人気なのでしょうか。

笠井 人の胎盤から抽出したプラセンタは、そういった成分に抵抗のない方からは人気ですね。プラセンタは栄養素が豊富に含まれており、さらに抗酸化作用があるので、肌に直接打つ方もいますよ。美白作用だったり、ニキビの炎症を抑えたりする働きがあります。夜よく眠れるようになったという話も患者さんから伺います。免疫力が高まるので、風邪も引きにくくなります。

 また、高濃度ビタミンC点滴も人気です。経口では取れないくらいの高濃度を一度に体内に入れることで、美白やアンチエイジングのほか、抗酸化作用もあります。

――ビタミンCは、取りすぎると体外に出ていってしまうのでは?

笠井 確かに、ビタミンCは汗や尿で出ていってしまうので、普段取るのであれば朝、昼、晩でちょこちょこ取った方がいいですね。ですが、ピンポイントでかなりの量を入れるとそれとはまったく別の効果が出るんです。日焼けする前にビタミンC点滴をしておくと日焼けしにくくなりますし、日焼けして赤くなった肌も引きやすいなどの効果が見られます。こうした美容点滴の際は、その方固有のお悩み、たとえば「シミを薄くしたい」などでしたら通常の点滴料金にプラス1,000円程度からで他成分の追加を対応しています。固有のご要望にあわせて用意しますので、ご相談ください。

――点滴や注射医療でよく見かける「ニンニク注射」は、効果があるなどとよく聞きますが、なにが効いているんでしょうか?

笠井 ビタミンB1が主な成分です。なぜニンニク注射というかというと、ビタミンB1はとても臭いんです。ニンニクの匂いそのものというわけではないんですが、それに近いのでニンニク注射と呼ばれているんです。ニンニクにもビタミンBは含まれているので、まったく関係なくはないのですが、ニンニクから取ってきた成分をどうかして……とか、そういうのではないですね。

――ニンニクは関係ないんですか!

笠井 はい。ニンニク注射はお薬自体も臭いのですが、打った瞬間、すぐ自分の鼻にも匂ってくる感じなんです。耳鼻科の嗅覚テストにも使われるくらい強い匂いなんですよ。ただ、自分では匂いますが、周囲の人に匂うわけではないので、そこは安心してください。ニンニク注射は匂いが苦手という方もいらっしゃいますが、打った瞬間鼻に匂いがくるので「来た! という感じがしていい」という方もいらっしゃいますね。スポーツ選手の方が試合前にされるケースもあります。それですごくパワーが出るというわけではないですが、疲労はしにくくなり、回復も早くなりますね。

――先生ご自身は点滴や注射を打たれたりしますか?

笠井 風邪気味なときはしますね。ビタミン、ニンニク注射の成分を入れたり、プラセンタも入れたりします。

――先生はお酒を飲まれますか? 飲まれるならどのような対策をされているでしょうか?

笠井 飲みますね(笑)。ビタミンBとCは飲む前と飲んだ後にたくさん飲むようにしています。あとは胃薬ですね。PPI(プロトンポンプ阻害薬)、という胃潰瘍などで処方される胃薬が酔いにくいというのは研究としても出ているので、適応外の使い方ではありますがドクターの中では先にPPIを飲んでいるという方もいます。二日酔い点滴は飲む前も飲んだ後でも受けられますので、お酒が好きな方やどうしても飲まないといけない予定がある方などは、対策方法として活用してみるのもよいかもしれませんね。

(石徹白未亜)

「犬畜生だと思ってた」偏屈オヤジも夢中に――アニマルセラピーがもたらす老後の生きがい

 癒やし効果があるといわれるものには、いろいろな種類がある。音楽や朗読など耳に心地よいもの、アロマテラピーや風や川のせせらぎなど自然に包まれることなど、挙げればキリがない。中でも、ペットとして飼われている犬や猫の存在は、動物好きな人にとって、何よりの癒やし効果を生むだろうということは想像に難くない。

 しかし、犬や猫などの動物に何の関心もない人、嫌いな人に対して、動物は何の効果ももたらさないのだろうか? 長年、東京都世田谷区内の老人ホームなどに動物を連れて訪問し続けているボランティアグループ「アマノ・アニマルセラピーサークル」の代表、天野喜美子氏にお話を伺った。

■飼い犬を連れてお見舞いに行ったのがスタート

——天野さんは、いつ頃からアニマルセラピーの活動をされているのでしょうか? 始めたきっかけは、どういうことでしたか?

天野喜美子氏(以下、天野) アニマルセラピーを始めて、もう20年以上の月日がたちました。最初は、「アニマルセラピー」という言葉も知らないくらいで、単にうちで飼っていた犬と猫をお見舞いに連れて行ったのが始まりです。

 あるとき、知り合いのおばあさんが、入院していた病院からリハビリ施設に移ったと聞いたので、お見舞いに行きました。ちょうどそのとき、同じ施設にいる人と、ささいなことでケンカを始めた場面に遭遇して。施設の職員さんに様子を聞くと、入所している人の多くがイライラしていて、険悪な雰囲気になることがよくあるということでした。それで、何かできないかと思い、「うちのペットを連れてきて良いですか?」とたずねたら、「ぜひ来てほしい」というお話をいただいたので、次にお見舞いに行くとき、わが家で飼っていた犬と猫を連れて行きました。そうしたら、なんとなくその場の空気が和やかになり「また連れてきてほしい」と頼まれて。それでまた伺うことにしました。だから最初は、私ひとりでのスタートでした。

——その後は、どういう活動をされてきたのですか? どんな動物を連れて行かれたのでしょうか?

天野 それからも私ひとりでうちの犬と猫を連れて定期的に訪問していたのですが、ひとりでは間が持てない。そこでお仲間をつくろうと思いました。獣医師で動物病院を経営していた夫亡き後の寂しさもあり、生き甲斐としてアニマルセラピーをライフワークにしようと思っていたので、うちの動物病院に来ていた患者さんや病院のスタッフ、知り合いを誘ったり、近くにある駒沢公園に行って、犬を連れた人にも声をかけました。その頃、私がノーフォークテリアを飼っていたので、同じ犬種を連れた人を誘い、メンバーが少しずつ増えていきました。

 その後は、メンバーの1人が始めたブログを見て参加する人や、世田谷区の区報に載せた告知の効果で人数が増えました。現在、活動としては、20年以上、毎月1回必ず伺っている介護老人保健施設「ホスピア三軒茶屋」のほか、2カ所の有料老人ホームと、年1回、重症心身障害者施設にも訪問しています。

 訪問のときに連れて行くのは、今は犬だけです。以前は猫も連れて行ったことがありましたが、猫はどんなに人になれている子でも、知らない場所に連れて行くと隠れてしまったりするので難しいですね。

——現在、メンバーの方は何人くらいいらっしゃるのでしょうか? また、参加する犬には、特別な訓練を施していますか?

天野 今、サークルのメンバーは27名。いつでも全員が参加するわけではありませんけれど。登録している犬は22頭です。すべてメンバーの飼い犬です。犬たちにはセラピーのための特別な訓練はまったくしていません。ただ、人が好きで性格的に落ち着いた子、嚙んだり、吠えたりしないこと、膝に乗せてもおとなしくしているような子に参加してもらっています。

 特別な訓練をしなくても、犬たちはよく理解しています。訪問したとき、高齢者の方に犬を紹介する際には、必ず「セラピードッグの○○ちゃんです」と言います。そうすると、犬なりに自覚するんです。私がアメリカで作ってきたセラピードッグのユニフォームを犬たちに必ず着せるのですが、それで犬自身もセラピードッグとしてのお仕事モードに入るのか、キリッとしますね。

 また、初めての訪問でも、ほかの犬がやっているのを見て、しっかりマネをします。だから最初でもちゃんとやり遂げることができますね。今まで20年以上の間、人を嚙んだり、何か事故を起こしたりというトラブルは、一度も起きていません。

■動物がいるだけで、高齢者は自然な笑顔に

——メンバーの方たちは、どんな気持ちで参加されているのでしょうか?

天野 長く参加してくれている人、最近参加するようになった人、みんなそれぞれいろんな思いでいるのでしょうが、きっとやりがいを感じてくれているんだと思っています。自分の飼っている犬が、「セラピーに行くよ」と言うと、本当に喜んで行くからです。だから、飼い主であるメンバーも生きがいを持って参加してくれていると思います。

——これまで訪問されて、高齢者の方たちはどんな反応が多いですか?

天野 エピソードは本当にいろいろありますが、だいたい動物好きな方は、以前ご自分が飼っていた犬や猫の話をされることが多いです。今まで動物と触れ合った経験のない方、生まれて初めて犬を触るような方は「こんなに温かいんですね」と感動されたりします。ごはんを食べたことを忘れる方が、犬の名前を覚えているということもあります。

 それから、これは7~8年前のことですが、ある特別養護老人ホームに伺ったとき、「犬は嫌い」とはっきり拒否する方がいました。それが、何度も伺ううちに、だんだん大丈夫になって触れることができるようになりました。また、それまで自分が育った田舎では犬畜生でしかなかったから、ずっとそう思っていたという方からは、初めて犬を抱いて「こんなに気持ち良いとは思わなかった」と言われたりしました。

 また以前、教師をされていたという、絶対に笑顔を見せない、施設のスタッフにも厳しく気難しい性格の方がいました。その方も犬たちと何度も会ううちに、だんだん笑顔が見られるようになったと言って、スタッフさんも驚いていました。本当に動物の持つ力はすごいと思いますね。

——今後はどのように活動をしていきたいと考えておられますか?

天野 今まで20年以上、ずっと無報酬のボランティアで、和気あいあいの楽しいグループとして活動をしてきました。せっかく長く続いているので、私がいなくなっても、このまま続けてほしいと思っています。そのためには、単なるサークルではなく、NPO法人にしたい。そうして、ずっとアニマルセラピーを続けていってもらいたいと思います。

 同サークルが月1度訪れている介護老人保健施設「ホスピア三軒茶屋」の職員は、「わんちゃんが来ると、どの高齢者の方も自然な笑顔になります。天野さんたちがお帰りになった後も、みなさん穏やかに過ごされています」と話す。毎月楽しみにしている入所者も多く、セラピー効果を実感しているそうだ。

(村田泰子)