ネグレクトと過保護は紙一重? 11.6%スタートの高畑充希『過保護のカホコ』に良作の予感

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 昨年秋の『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)以来となる遊川和彦脚本のドラマ『過保護のカホコ』(日本テレビ系)が12日、第1話を迎えました。視聴率は11.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、まあまあの好スタートです。  物語の主人公は、大学卒業を控えて就活に落ちまくっている女子大生・カホコこと根本加穂子(高畑充希)。毎朝、お母さんの泉(黒木瞳)に起こしてもらい、お弁当を作ってもらい、着ていく服を選んでもらい、駅まで車で送ってもらうという、超「過保護」に育てられた箱入り娘です。  そんな純粋培養で育ったカホコは、毎晩お母さんと一緒に子どもの頃の自分のホームビデオを見ることや、誕生日ともなれば母の実家で一度、父の実家で一度、さらに自宅で家族水入らずの誕生パーティが開かれることにも、特に疑問を持っていません。いつもニコニコですし、ちょっと気に食わないことがあっても「んむー」と表情を変えるだけで周囲が察してくれるので、まさしく、なんの苦労もなく22歳まで生きてきました。そして、娘がなんの苦労もなく育っていることこそが、母・泉の人生を支える唯一絶対の生き甲斐なのでした。  一方で、カホコの父・正高(時任三郎)はカホコを「過保護」にしすぎているという自覚があります。ことあるごとに娘・カホコの自立を促そうと心に決めますが、泉の圧力とカホコの純粋無垢な笑顔を前にすると、ついつい用意していた言葉を飲み込んでしまいます。 ■高畑充希って、やっぱりすごーい  ドラマを見始めて、まず目を奪われるのが高畑充希のお芝居です。完全に、そういう人にしか見えない。もう何度も、いろんな役どころで目にしている女優さんであるはずなのに、まるで初めて目の前に現れたカホコにしか見えない。やばい。かわいいし、バカみたいだし、過去のどんな役の面影もない。  今回の役であるカホコは、第1話では「主体性がない」キャラクターとして登場します。これ、ものすごい難役だと思うんです。  こういう母親がいて、その影響下で生きてきた空っぽの人物なので、キャラ作りのロジックとして受け身しかない状態で始まらなければいけないし、今後さまざまな経験を詰め込まれていくための“容器”でもあるので、第1話の段階で人物像として出せる情報はかなり限られてくるわけです。  そういう、ごくごくせまーいところで、あれだけ生き生きとカホコを演じ切るわけですから、さすがというか、この女優さんの仕事が途切れない理由がよくわかります。そりゃ売れるわ、と思うわ。 ■無邪気vs無邪気という構図  そんなわけで無邪気に育ったカホコと大学の学生課で偶然出会ったのが、麦野初(竹内涼真)でした。こちらは就活に失敗し続けるカホコとは違い、もともと就職する気がありません。「ピカソを超える」と言い張って、画家として身を立てていくつもりの、カホコとは別のベクトルで無邪気な人物です。  ハジメは、出会ったそばからカホコにその無邪気さを爆発させます。「おまえみたいな過保護な人間が日本をダメにする」と言い放ったり(このときの「なんかわからんけど刺さった……」というカホコのリアクションが絶妙!)、自信満々だった自作の抽象画が大学の先生に評価されなければヒステリーを起こして破り捨て、カホコの「もう就活辞めて花嫁修業する、お母さんがそうしろって言ったから」という言葉に「なんのために働くのか考えろ」と八つ当たり。さらに、自分のティッシュ配りやピザ配達のバイトをカホコに押し付けたかと思えば、ファミレスでピラフをおごったり、眠りこけちゃったカホコの寝顔を、やおらスケッチしだしたり……。  無邪気な世間知らずであるカホコと、無邪気な常識人のハジメ。この2人の邂逅によって、物語が始まることになりました。第1話で「このドラマで何が始まるのか」をきっちり見せ切っていますし、2人とも愛嬌があっていい感じなので、いい作品になる予感が漂っています。 ■「ネグレクト」との対比としての「過保護」  ドラマは、カホコの母・泉が過保護であることを、決して否定的には描いていません。ハジメに押し付けられたバイト作業で、カホコの「働く能力」が開花します。今まで働いたことのないカホコは、ハジメに言われるがまま、なんの疑いもなく笑顔でティッシュを配り、ピザを届けました。これは、カホコが過保護に育ったからこそ持ち得た能力でしょう。そうして他人に感謝されることの喜びを知り、「なんのために働くのか」の答えを見出しました。 「人を幸せにする仕事がしたい」  世間知らずのかわゆい女の子・カホコの成長譚として、このドラマは走り出すことになりました。  だけど本当に描かれるのはたぶん、カホコの成長ではないんじゃないかな、と思うんです。遊川さんはきっとこの『過保護のカホコ』を『はじめまして、愛しています。』との対比として書いているんだと思うんです。 『はじめまして、愛しています。』では、育児放棄された孤児の魂が救われる様が描かれました。一方で、ネグレクトせざるを得ない状況に陥ってしまった実の母親と孤児との間の断絶は、回復させませんでした。  子を育てるという行為において、いわば対極である「ネグレクト」と「過保護」を両面から描くことで、初めて現代における「母親とは」「育児とは」という問題を語れると、遊川さんはそう考えているんじゃないかなと思うんです。 『はじめまして、愛しています。』で子を捨てた母親も、『過保護のカホコ』で子を溺愛する母親も、ともに「泉」という名前を与えられています。捨てられた子の名前は、本作でもキーパーソンになるであろう「ハジメ」でした。  過保護の親にとって、子どもの自立は「生き甲斐を奪われること」に他なりません。そして、その子の自立を促すハジメは、必然的に泉にとって「奪う側」になります。『過保護のカホコ』は、もうひとつの「泉とハジメの物語」でもあるわけです。  奪われることになる泉に、どんな救済がもたらされるのか。そんなところにも注目して見ていきたいと思います。このドラマ、かなり楽しみです、はい。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

ネグレクトと過保護は紙一重? 11.6%スタートの高畑充希『過保護のカホコ』に良作の予感

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 昨年秋の『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)以来となる遊川和彦脚本のドラマ『過保護のカホコ』(日本テレビ系)が12日、第1話を迎えました。視聴率は11.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、まあまあの好スタートです。  物語の主人公は、大学卒業を控えて就活に落ちまくっている女子大生・カホコこと根本加穂子(高畑充希)。毎朝、お母さんの泉(黒木瞳)に起こしてもらい、お弁当を作ってもらい、着ていく服を選んでもらい、駅まで車で送ってもらうという、超「過保護」に育てられた箱入り娘です。  そんな純粋培養で育ったカホコは、毎晩お母さんと一緒に子どもの頃の自分のホームビデオを見ることや、誕生日ともなれば母の実家で一度、父の実家で一度、さらに自宅で家族水入らずの誕生パーティが開かれることにも、特に疑問を持っていません。いつもニコニコですし、ちょっと気に食わないことがあっても「んむー」と表情を変えるだけで周囲が察してくれるので、まさしく、なんの苦労もなく22歳まで生きてきました。そして、娘がなんの苦労もなく育っていることこそが、母・泉の人生を支える唯一絶対の生き甲斐なのでした。  一方で、カホコの父・正高(時任三郎)はカホコを「過保護」にしすぎているという自覚があります。ことあるごとに娘・カホコの自立を促そうと心に決めますが、泉の圧力とカホコの純粋無垢な笑顔を前にすると、ついつい用意していた言葉を飲み込んでしまいます。 ■高畑充希って、やっぱりすごーい  ドラマを見始めて、まず目を奪われるのが高畑充希のお芝居です。完全に、そういう人にしか見えない。もう何度も、いろんな役どころで目にしている女優さんであるはずなのに、まるで初めて目の前に現れたカホコにしか見えない。やばい。かわいいし、バカみたいだし、過去のどんな役の面影もない。  今回の役であるカホコは、第1話では「主体性がない」キャラクターとして登場します。これ、ものすごい難役だと思うんです。  こういう母親がいて、その影響下で生きてきた空っぽの人物なので、キャラ作りのロジックとして受け身しかない状態で始まらなければいけないし、今後さまざまな経験を詰め込まれていくための“容器”でもあるので、第1話の段階で人物像として出せる情報はかなり限られてくるわけです。  そういう、ごくごくせまーいところで、あれだけ生き生きとカホコを演じ切るわけですから、さすがというか、この女優さんの仕事が途切れない理由がよくわかります。そりゃ売れるわ、と思うわ。 ■無邪気vs無邪気という構図  そんなわけで無邪気に育ったカホコと大学の学生課で偶然出会ったのが、麦野初(竹内涼真)でした。こちらは就活に失敗し続けるカホコとは違い、もともと就職する気がありません。「ピカソを超える」と言い張って、画家として身を立てていくつもりの、カホコとは別のベクトルで無邪気な人物です。  ハジメは、出会ったそばからカホコにその無邪気さを爆発させます。「おまえみたいな過保護な人間が日本をダメにする」と言い放ったり(このときの「なんかわからんけど刺さった……」というカホコのリアクションが絶妙!)、自信満々だった自作の抽象画が大学の先生に評価されなければヒステリーを起こして破り捨て、カホコの「もう就活辞めて花嫁修業する、お母さんがそうしろって言ったから」という言葉に「なんのために働くのか考えろ」と八つ当たり。さらに、自分のティッシュ配りやピザ配達のバイトをカホコに押し付けたかと思えば、ファミレスでピラフをおごったり、眠りこけちゃったカホコの寝顔を、やおらスケッチしだしたり……。  無邪気な世間知らずであるカホコと、無邪気な常識人のハジメ。この2人の邂逅によって、物語が始まることになりました。第1話で「このドラマで何が始まるのか」をきっちり見せ切っていますし、2人とも愛嬌があっていい感じなので、いい作品になる予感が漂っています。 ■「ネグレクト」との対比としての「過保護」  ドラマは、カホコの母・泉が過保護であることを、決して否定的には描いていません。ハジメに押し付けられたバイト作業で、カホコの「働く能力」が開花します。今まで働いたことのないカホコは、ハジメに言われるがまま、なんの疑いもなく笑顔でティッシュを配り、ピザを届けました。これは、カホコが過保護に育ったからこそ持ち得た能力でしょう。そうして他人に感謝されることの喜びを知り、「なんのために働くのか」の答えを見出しました。 「人を幸せにする仕事がしたい」  世間知らずのかわゆい女の子・カホコの成長譚として、このドラマは走り出すことになりました。  だけど本当に描かれるのはたぶん、カホコの成長ではないんじゃないかな、と思うんです。遊川さんはきっとこの『過保護のカホコ』を『はじめまして、愛しています。』との対比として書いているんだと思うんです。 『はじめまして、愛しています。』では、育児放棄された孤児の魂が救われる様が描かれました。一方で、ネグレクトせざるを得ない状況に陥ってしまった実の母親と孤児との間の断絶は、回復させませんでした。  子を育てるという行為において、いわば対極である「ネグレクト」と「過保護」を両面から描くことで、初めて現代における「母親とは」「育児とは」という問題を語れると、遊川さんはそう考えているんじゃないかなと思うんです。 『はじめまして、愛しています。』で子を捨てた母親も、『過保護のカホコ』で子を溺愛する母親も、ともに「泉」という名前を与えられています。捨てられた子の名前は、本作でもキーパーソンになるであろう「ハジメ」でした。  過保護の親にとって、子どもの自立は「生き甲斐を奪われること」に他なりません。そして、その子の自立を促すハジメは、必然的に泉にとって「奪う側」になります。『過保護のカホコ』は、もうひとつの「泉とハジメの物語」でもあるわけです。  奪われることになる泉に、どんな救済がもたらされるのか。そんなところにも注目して見ていきたいと思います。このドラマ、かなり楽しみです、はい。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

韓流リメイクドラマに拒否反応強し! 長瀬智也『ごめん、愛してる』初回がよもやの“壮絶爆死”

韓流リメイクドラマに拒否反応強し! 長瀬智也『ごめん、愛してる』初回がよもやの壮絶爆死の画像1
TBS『ごめん、愛してる』番組公式サイトより
 TOKIO・長瀬智也が主演するTBS日曜劇場『ごめん、愛してる』が9日、25分拡大でスタートしたが、平均視聴率は9.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)で、2ケタに乗せられぬ“壮絶爆死”となった。同枠ドラマの初回が1ケタ台に甘んじたのは、昨年1月期の香取慎吾主演『家族ノカタチ』以来、1年半ぶりだ。  フジテレビ系のライバルドラマ、渡部篤郎主演『警視庁いきもの係』がまるで注目を集めていなかっただけに、『愛してる』は圧勝とみられていたのだが、いざフタを開けてみれば、『いきもの係』は8.9%をマーク。結果的に、両ドラマはまさかの僅差の争いとなったのだ。 『愛してる』は、2004年に韓国KBSで放送され大ヒットしたドラマで、舞台を日本に置き換えて制作されている。ただ、初回の序盤から中盤まではソウルが舞台で、セリフの大半は韓国語。韓流リメイクドラマというだけで拒否反応を示す人が少なくない中、それを前面に打ち出した展開に、『いきもの係』に流れた視聴者も少なくなかったようだ。 「韓流ブームの頃ならともかく、なぜいま韓国ドラマのリメイクなのか? しかも、この枠でラブストーリーというのは違和感ありすぎです。『日曜劇場』ではなく、『金10』枠あたりが適切だったのでは?」(テレビ誌関係者)  日曜劇場は、『半沢直樹』『下町ロケット』のようなビジネスドラマ、前クールの『小さな巨人』のような硬派なドラマが主流で、コアなドラマファン、男性が主たる視聴者層。同枠で韓流リメイクのラブストーリーは、少々無理があったかもしれない。  ただでさえ「数字を持っていない」とされる長瀬にとっては、正念場となりそうな気配だ。ヒロインには吉岡里帆、3番手には坂口健太郎というブレーク中の若手2人が起用されているが、この2人でどれだけ視聴者を引っ張れるかがポイント。主演の長瀬にとっては他力本願にならざるを得ない状況だが、結果が出ないとなると、確実に“低視聴率男”の烙印を押されることとなる。  一方、『いきもの係』もドラマ自体の評価は芳しくなく、連ドラ初ヒロインとなる橋本環奈の人気に頼らざるを得なくなりそう。今期の「日9」は、低レベルの争いになりそうだ。 (文=田中七男)

長瀬智也、TBS『ごめん、愛してる』香取慎吾以来の1ケタ発進! “韓流臭”に評価ぱっくり

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 TBSの人気枠「日曜劇場」で、TOKIO・長瀬智也主演、浅野妙子脚本の恋愛ドラマ『ごめん、愛してる』が9日にスタートしました。  原作は韓国KBSで2004年に放送され、最高視聴率29.2%を叩き出した連続ドラマ。当時、韓国では『ミアナダ サランハンダ』というタイトルを略して「ミサ」と呼ばれ、見終わると強烈な余韻から何も手につかない「ミサ廃人」を生み出すなどの社会現象を巻き起こしたそうです。  さらに、日本でも06年にテレビ東京で日本語吹き替え版が放送されたほか、トルコ、タイ、中国でもリメイクされているとか。こりゃあ、日本でも「ミサ廃人」ならぬ「ご愛廃人」現象が起こっちゃうわ! と思いきや、初回平均視聴率は9.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と微妙な滑り出し。「日曜劇場」では、昨年1月クールのSMAP(当時)・香取慎吾主演『家族ノカタチ』以来の1ケタ発進となりました。  ちなみに、前クールの長谷川博己主演『小さな巨人』初回は13.7%、その前の元SMAP・木村拓哉主演『A LIFE~愛しき人~』初回は14.2%でした。安定のキムタク!  というわけで、微妙な結果となった『ごめん、愛してる』の初回を振り返ります。

韓国のひったくりが怖すぎ

 冒頭は、スタイリストの凛華(吉岡里帆)が、ソウルの空き地に置いてある汚いマットレスの上に花を手向けるシーンからスタート。どうやら、誰か死んだみたいです。っていうか、誰がどう見ても主人公が死ぬドラマですね、これ。  で、時間軸が巻き戻り、主人公の律(長瀬)が登場。律は韓国の裏社会で生きているため、長瀬の男臭さにも拍車がかかります。さらに、草なぎ剛よろしく、韓国語もしゃべります。  若頭のラン(イ・スヒョク)から可愛がられている律ですが、チンピラ連中のやっかみの的に。ランからもらった報酬をチンピラたちに力づくで奪われたりと、孤立しています。  一方、凛華は、スタイリングを担当するアイドルピアニストのサトル(坂口健太郎)の公演に同行するため、ソウルへ。サトルに24年間も片思いしている凛華ですが、サトルは天才サックス奏者の塔子(大西礼芳)と公演後にデートへ。そんなサトルは、ホテルに着くと凛華の前でフルチンでフラフラ。幼なじみでもある凛華を、女として見ていないようです。あと、サトルは心臓が弱く、発作が起きないよう薬を飲んでるみたいです。  これに落ち込んだ凛華は、街をフラフラ。すると、ランの舎弟が現れ、凛華のスーツケースとバッグを強引にひったくっていきました。このひったくりは、怖すぎます。  凛華が困っていると、すかさず律が登場。2人はそのまま警察にも行かず食堂へ(なんで?)。マッコリを飲んで凛華が酔っ払うと、そこへさっきのチンピラが登場。本来なら酔っ払った凛華をチンピラに引き渡し、女を売りさばくところですが、凛華に情が沸いたのか、律はチンピラどもを殴って凛華を逃がします。  その後、律と凛華は冒頭の汚いマットレスへ。2人はそのまま添い寝。凛華が目を覚ますと、スーツケースが戻されていました。律が奪い返してくれたみたいです。

韓流ドラマ臭に賛否

 後日、ホテルでランの誕生日パーティーが開かれますが、ホテルマンの中にランを狙う殺し屋が。銃声が響くも、律がランを庇ったため、ランは無傷。律は顔や体を撃たれてしまいます。ジャニーズの顔を傷ものにするなんて!  一命を取りとめた律ですが、頭の中に銃弾が残ってしまい、それが時限爆弾化。医師から「数カ月で手足が痺れ、いずれ全身が麻痺して死んでしまう」と告げられます。ひぃ!  律はそれならと、赤子の頃に自分を捨てた母親に一目会うため、日本へ。脳に障害を持つ幼なじみの若菜(池脇千鶴)や、若菜の息子・魚などと出会いながら、母親の居場所を突き止めます。  母親の自宅を訪れると、そこはサトルの家。なんと、サトルの母・麗子(大竹しのぶ)が、律の母親のようです。なんという偶然でしょう! 世界は狭い!  律は、制止しようとする凛華を押し退け、麗子の自宅にズカズカ! 麗子は自分の子だとは気付かず、「得体の知らない人間、家に入れないでちょうだい!」と叫びます。そりゃそうだ。  これにショックを受けたのか、正体を明かさないまま泣きながら家を後にする律。えーー! おそらく視聴者全員が、「『律です』って言え! 『律です』って言え!」と心で念じたことでしょう……。  そんな初回でしたが、とにかくTBSの生真面目さが現れていた印象。真面目にリメイクしすぎたがために、多くの視聴者に「韓流ドラマ臭ぇ~」という感想を持たれてしまったようです。案の定、ネット上でも、評価は大きく真っ二つに割れています。  とはいえ、響いた人にはガツンときたのでは? 今後、数字はさらに下がっていきそうな予感もしますが、熱狂的ファンを生み出しそうな空気をバンバンに感じました。というわけで、当サイトでは、『ごめん、愛してる』を最終回までレビューしていきます。 (文=どらまっ子TAMOちゃん)

WOWOWドラマ『アキラとあきら』と、『半沢直樹』『花咲舞』の知られざるつながりとは?

『アキラとあきら』と『半沢直樹』『花咲舞』の知られざるつながりとは?の画像1
WOWOW『アキラとあきら』番組サイトより
 あの人とあの人は、先輩後輩関係だった?  7月9日、WOWOWにて向井理&斎藤工W主演ドラマ『アキラとあきら』がスタートした。同作は、『半沢直樹』シリーズなどのベストセラー作家・池井戸潤氏の“幻の長編”を連ドラ化したもの。文庫本は発売から約1カ月で50万部を突破する超話題作となっている。 「『アキラとあきら』は約10年ほど前に月刊誌『問題小説』(徳間書店)で連載されていたもので、書籍化もされずに埋もれていたのをWOWOWのプロデューサーが見つけたことで、ドラマ化や書籍化が実現しました。『半沢直樹』(TBS系)、『花咲舞が黙ってない』(日本テレビ系)の原作となった銀行小説シリーズと並行して、池井戸氏が『自身の銀行小説の集大成』として書いていたという本作を“発掘”したというわけです」(出版関係者)  物語の舞台は1986年。メガバンクの産業中央銀行の新人研修で、最も成績優秀だった2チームが実戦形式で融資戦略の研修を実施。彬(向井)のチームは融資を申し込む会社側、瑛(斎藤)のチームはそれを吟味する銀行側になり名勝負を繰り広げた。2人の「あきら」は良き友人、ライバルとして互いに刺激し合いながら、バンカーとして苦難を乗り越えていくが、過酷な試練に見舞われていくというストーリー。だが、そこに“ある視点”を入れると、さらに10倍楽しめるという。 「産業中央銀行といえば、1992年に半沢直樹が入行する設定になっています。つまり、2人のあきらは、半沢の6年先輩に当たるというわけです。さらに、産業中央銀行は2002年に東京第一銀行との合併を経て、世界第3位のメガバンク・東京中央銀行となります。その東京第一銀行には、花咲舞が入行しています。読売新聞で連載された『花咲舞が黙ってない』には半沢が登場するシーンもあり、池井戸ワールドの中ではすべての登場人物はつながっているといえます」(ドラマ関係者)  別の作品の登場人物との関係性を知りながら『アキラとあきら』を見るのも、池井戸ファンならではの楽しみ方かもしれない。

満を持して民放連ドラ初主演の高畑充希 “高視聴率枠”の日テレ「水10」で真価問われる

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 昨年前期のNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』でヒロインを務め、平均22.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)の高視聴率をマークした高畑充希が、満を持して民放連ドラ初主演に挑む。  7月12日スタートの日本テレビ系『過保護のカホコ』(水曜午後10時~)は、何から何まで親の庇護のもと、ぬくぬくと生きてきた“最強の箱入り娘”根本加穂子(高畑)が、雑菌まみれの世の中に飛び込み、自分とは正反対の環境で育った一人の青年・麦野初(竹内涼真)と出会って新しい自分を知り、家族の問題を解決していく姿を描いた作品だという。  脚本は、『家政婦のミタ』『〇〇妻』『偽装の夫婦』(同)などのヒット作を手掛けた遊川和彦氏が担当。主題歌は、“時の人”でもある星野源が担当する。  そのほか主な出演者は、黒木瞳、時任三郎、三田佳子、西岡徳馬、西尾まり、佐藤二朗、平泉成、濱田マリらで、やや地味目な演技派中心のキャスティングになっている。  舞台を中心に活動していた高畑は、2007年からテレビドラマに進出。13年後期の朝ドラ『ごちそうさん』で、主人公・め以子(杏)の義妹・希子役を演じてブレークを果たした。そして、後の『とと姉ちゃん』で、“若手演技派女優”としての評価を確かなものにした。  これまで民放連ドラでは、昨年1月期の吉田鋼太郎主演『東京センチメンタル』(テレビ東京系)でヒロインを務めたことはあるが、主演は初めて。それだけに、『過保護のカホコ』は高畑の真価が問われる作品になりそうだ。  日テレの「水10」は、女性主人公中心で高視聴率をキープし続けてきた枠。脚本家の遊川氏は『家政婦のミタ』をはじめ、同枠ドラマを頻繁に手掛けており、柴咲コウ主演『〇〇妻』(15年1月期)は平均14.3%、天海祐希主演『偽装の夫婦』(同10月期)は平均12.2%と、いずれも高い数字をマークした。それだけに、高畑に課されるハードルは高くなりそうだ。  15年後期の朝ドラ『あさが来た』でヒロインを務めた波瑠は、昨年7月期の『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』(フジテレビ系)で民放連ドラ初主演を果たしたが、低迷するフジのドラマとあってか、平均8.1%と苦戦を強いられた。波瑠とほぼ同時期に朝ドラのヒロインを演じた高畑だけに、『過保護のカホコ』と『ON』は何かと比較されることになりそうだ。 (文=田中七男)

いよいよ最終回! 宮脇咲良の敗北と、AKB48が探し求めた“アツさ”の先『豆腐プロレス』

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テレビ朝日系『豆腐プロレス』番組サイトより
 今回が最終回となる『豆腐プロレス』(テレビ朝日系)。前回から試合が続いているので軽くおさらいすると、劇中ではただいま、主人公のチェリー宮脇(HKT48宮脇咲良)と、WIPのスター選手・ハリウッドJURINA(SKE48松井珠理奈)による「OVER THE TOP」決勝戦が行われている。仲間からの寄せ書きの入ったマントをもらい決勝のリングに上がったチェリー宮脇だが、極度の緊張でなかなか実力を発揮できない。WIPの矢崎英一郎(渡辺いっけい)から「チェリー宮脇が目を覚ます前に倒せ」というアドバイスをもらっていたハリウッドJURINAは、そんな宮脇に試合開始から全力で攻撃。付け入るスキを与えない。チェリー宮脇はリング外で気を失ってしまう……というところで前回は終わっていた。  リング外で気を失っていたチェリー宮脇は、夢を見る。前回見ていた夢と同じように、すでに練習用リングがなくなった錦糸町道場で、宮脇は寝そべっている。電話の音が鳴り響き、それに出ると、なんと電話口からは死んだはずの父・ウロボロス洋平(菅原大吉)の声が。ウロボロス洋平は「リングに戻れ!」と宮脇に声をかけ続ける。宮脇は次の瞬間夢から覚め、カウントギリギリ、ボロボロの体でなんとかリングに生還。  しかし、ハリウッドJURINAは攻撃の手を緩めない。延髄斬り、フェイスクラッシャー……すでにボロボロの宮脇を、連続攻撃でさらに痛めつけていく。膝に相手の体を落とす「アイスブレイク」を宮脇に食らわせ、これで勝負あったかと思われたタイミングで、ハリウッドJURINAは、なぜか技を一瞬解いてしまう。  そしてハリウッドJURINAは、チェリー宮脇に「まだこんなもんじゃないよね?」とだけ声をかけると、張り手の連続。そして続けて「はやく目覚ませよ!」と声をかける。これに呼応するように、宮脇は叫び声をあげると、覚醒したのか本調子を取り戻し、エルボーでハリウッドJURINAになんとか対抗していく。これに対し、ハリウッドJURINAは「最初からそれやってくれない?」と挑発的な発言。  このあとは、技のオンパレード。ハリウッドJURINAは、フライングJURINAかと思われたトップロープに立つ場面でなぜか飛び降りる直前、両手を合わせて拝むポーズをとり、ライバルであったユンボ島田(島田晴香)の必殺技「拝みギロチンドロップ」を披露するという展開。しかし宮脇はこれでも屈しない。ジャンピングサクラ、ロングスピーチ横山との試合で初登場した技・サクラスペシャルなどから、なんとかカウントスリーに持っていこうとするが、どちらもギリギリの「カウント2.9」で返し続ける。46分45秒の熱戦を制したのは、なんと主人公のチェリー宮脇ではなく、ハリウッドJURINAであった。主人公が最終回で負けるという予想外の展開。  ラストシーンでは、エンディングテーマとして「シュートサイン」(キングレコード)が流れたあと、道場の前でひったくりを捕らえ、卍固めをするチェリー宮脇の前に、AKB48大家志津香やAKB48中西智代梨をはじめとした、「豆腐プロレス The REAL 2017 WIP CLIMAX」に参戦予定のメンバーたちが登場。試合の後のおまけのシーンでは、リアルでのプロレスイベントや次回作を匂わせるような表現が数多く見られた。  意外だったのは、やはり主人公のチェリー宮脇があっさり負けてしまったことだ。ただ、これまでこのドラマを観てきた方であれば、「まあ、それもアリかな」という気持ちもわかるのではないだろうか。  このドラマ、ほとんど実質的な主人公は、チェリー宮脇よりもハリウッドJURINAであった。そのハリウッドJURINAのライバル、ユンボ島田もまた主人公以上に魅力的で、「女子プロレスを扱ったドラマ」というニッチな仕事でありながら、2017年9月をメドにAKB48を卒業し、芸能界を引退することを明言している島田晴香には、その引退を惜しむ声が多い。  ハリウッドJURINAとユンボ島田の試合が行われた放送回は、この2クールの間でドラマの盛り上がりが最高潮になった瞬間だったのではないだろうか。ほかにもオクトパス須田(SKE48須田亜香里)、バード高柳(SKE48高柳明音)などは、それらを演じるメンバー自身とも重なるエピソードを演じ番組を盛り上げた。おそらくその身体能力を買われ出演が決定したであろうAKB48湯本亜美やNGT48加藤美南といったメンバーは、劇中での見せ場こそそこまでなかったものの、それが「もったいない」と思えてしまうほどであった。  このように名前を挙げていくと、同ドラマのなかで輝いたメンバーというのは実はたくさんいて、そのなかで宮脇咲良が演じるチェリー宮脇というキャラクターは、主役ながら埋もれてしまっていた印象が否めない。もちろん、トーナメント戦で出番がない試合の回が多く主役ながら出番が少なかったというのもあるかもしれないが、ことこのドラマだけについて見れば、宮脇咲良は他のメンバーに「食われていた」といえるだろう。先に挙げたように、ユンボ島田とハリウッドJURINAの試合がこのドラマの面白さの頂点で、それに比べると最終回にしては盛り上がりに欠けたというのが正直な感想だ。主人公のチェリー宮脇は、「亡き父の思いを背負ってリングに挑む」という役柄だったが、それも物語の面白さにはあまり噛んでいなかったように思う。  AKB48グループがプロレスに挑戦するという意外性で注目を集めたこのドラマだったが、全体的に深夜ドラマのようなチープさが目にあまり、ファンでなければ続けては観ていなかったと思う。しかし、逆にファンにとってはとても楽しいドラマだったはずだ。先に挙げた松井珠理奈、島田晴香、あるいは須田亜香里、高柳明音といった面々は、このドラマで活躍し、新境地を開拓したといえるだろう。特にいま挙げたメンバーのファンは、自分の推しの活躍に大いに満足したのではないだろうか。  AKB48のドラマでは、それを演じるメンバーのキャラクターを役柄に反映させる手法が数多くとられてきた。そのことにはこれまで何度か触れてきたが、それを小ネタのレベルでとどめるのではなく、ひとつの試合を通して表現し切っていたのは、この「豆腐プロレス」が初めてだったのではないかと思う。先に挙げたメンバーは、この表現手法にうまくハマったメンバーだが、主人公の宮脇がそこまでこのドラマにハマりきっていなかった。宮脇はもともと運動神経がいいわけではないし、アイドルとしてのグループや仕事への愛や情熱は強いものの、プロレス的な“アツさ”とはあまり相性がよくない。最終回の盛り上がりがいまひとつだったのは、そういった役柄やストーリーと、演じるメンバーの相性の問題もあっただろう。  しかし、この豆腐プロレスに「ハマった」島田晴香も、実はいままでも声の大きさやガキ大将のようなキャラクターを活かした役にはいくつか挑戦している(『マジすか学園3』で演じた「ウルセーヨ」など)が、どれもそこまでのハマり役だったわけではない。演じる俳優のキャラクターを活かせるかどうかということには、努力だけではどうにもできない運の要素もあるのかもしれない。ただ、ここまで「ハマり役」がたくさんいたAKB48グループのドラマを観たのは久しぶりだ。AKB48には、このようにテレビに出演するメンバーだけでなく、チーム8や研究生なども含め、魅力的なメンバーがたくさんいる。今後この「豆腐プロレス」の続編が作られるか不明だが、今後のAKB48のドラマでもたくさんの新しい「ハマり役」が出てくれることを期待したい。 (文=MC内郷丸)

『孤独のグルメ Season6』第11話 ゴローちゃんに強力ライバルが出現? 最も食べたい料理は水煮牛肉

『孤独のグルメ Season6』第11話 ゴローちゃんに強力ライバルが出現? もっとも食べたい料理は水煮牛肉の画像1
テレビ東京系『孤独のグルメ Season6』番組サイトより
 気がつけば、暑い季節がやってきました。  そんな季節に食べたいのは、冷たいものとか辛いもの。そんな視聴者の気持ちに合わせてテーマを決めてくれるスタッフには、感謝の気持ちすら湧くのが、今回です。  さあ、今回ゴローちゃんこと井之頭五郎(松重豊)がやってきたのは、文京区は茗荷谷。つくづく思うのですが、初見の人にはまったく読めない地名です。だいたいの読めない人は「……(読めない)……たに?」とか言うのですが、一度だけ「いらにや」と読む人に遭遇したことがあります。  ともあれ、今回ゴローちゃんがこの街にやってきた理由は取材。片桐仁演じる編集者に、インテリア雑誌の取材を受けることになったのです。しょっぱなから「撮影から始めさせていただきます」と言われて「こんなハズじゃなかった……」と戸惑うゴローちゃん。おまけに、インタビューになれば「モテそうな部屋のデザイン」を聞かれてしまい、苦笑するしかありません。  なお、このシーンの冒頭で挿入される出版社の外観と編集部は文溪堂。学校教材とか児童書の出版社なんですが、どういう都合でこちらを借りたのでしょうか?  慣れないだけでなく、アホな取材ですっかり疲れたゴローちゃん。播磨坂桜並木をトボトボ歩けば腹も減ります。取材のシーンで使っていたカフェとかもそうなんですが、播磨坂桜並木あたりは、文京区で最もスカしたハイソな人々(笑)が集うところなので、ぜひ見物にお出かけください。  いつも通り店を探しに歩き始めたゴローちゃんですが、今回はあまり迷わず。播磨坂桜並木の突き当たり、共同印刷のある信号を左に曲がって歩くこと100メートルあまり。見つけたのは「中国料理 豊栄」です。 「今の腹ぺこ具合には、やっぱり中華の油が欲しいかな」  この年齢でなお体が油を求めるゴローちゃんを見習いたいと本気で思う、今日この頃。 「お、黒板メニューか……冷やしタンタンいいなあ」  いきなりこの店はおいしそうではありませんか。入る前、隣の蕎麦屋と迷ったゴローちゃんは「一挙両得」と喜びます。  迷うことなく注文するのは、冷やしタンタン麺とウーロン茶。ホント、ゴローちゃんてば、ランチで1,000円札を消滅させるのに躊躇がありませんよね。普段から儲かっているのか? 「よし、とりあえず冷やしタンタン確保。お次は……」  ランチタイムなのに、どれだけ頼むんだよ。今さらだけど。  一風変わったメニューの名前に、いろいろと迷い始めるゴローちゃん。「アボカドのせいろ蒸し」「中華茶碗蒸し」「回鍋肉」「白ご飯」。  水沢エレナ演じる店員は涼しい顔で注文を受けているわけですが、この客は明らかにオカシイ。  近くのテーブルを見て「昼間っから大胆に店を広げちゃってるなあ~」と言うけど、アンタもな。  そうして届いた「食卓のプール開き」である冷やしタンタン麺。器もしっかり冷やされている逸品です。汁なしタイプのそれを、ゴローちゃんはとにかくまぜまぜ。 「うん、うまい、あれ……ぜんぜん辛くない。ていうかなんだ? 見た目は確かにタンタン麺だけど、味は冷やし中華っぽいぞ……んおほお、これメチャクチャうまい……」 「これ、ひょっとして大傑作じゃないの?」  とにかく褒めまくりながら、えらいスピードで食べ進めるゴローちゃん。 「冷やしなのに食欲を燃え上がらせる……全然、まだ食える」  こうしてゴローちゃんは、いつも以上に不穏なセリフ。 「オレ、今さらながら相当腹が減っていた。ここがゼロ地点だ……」  並べられるのは、「アボカドのせいろ蒸し」「中華茶碗蒸し」「回鍋肉」「白ご飯」。 「まずは、チャイニーズアボカド」  タレに浮かんでいるアボカドという、未知のうまさを視聴者にアピール。 「わほう、何これ? アボちゃん蒸すと、こんなにうまくなるの……とろっとろ、アボの大トロだ……」  それをご飯にのせれば「アボカドゴロネーゼ……おお、これ最高! さいこうたかもり!」と、例えようのないおいしさは、例えようのない寒いギャグで煽られます。  続く「中華茶碗蒸し」は、日本の茶碗蒸しとは違う食べ物。 「これはいくらでも入るヤツだ」  なにせこの料理、旨みは凝縮されているけど、具はないのです。自信がなければ出せない料理であることは間違いありません。  でも、こんなのはまだ前座。今日のゴローちゃんのメインは回鍋肉なんですから。 「うん、うまい。これぞ空腹にクサビを打ち込む男メシだ。中華の中の中華キングオブ中華……座っているのがやっとなほどうまい」  この回鍋肉、使っている肉がバラ肉を厚めに切ったもののよう。そりゃ、味が染みこんでうまくなるのは必然ではないでしょうか。  本来なら、ここでラストスパートに入るハズが、今回はちょっとイレギュラー。栗原英雄演じる常連客が、水煮牛肉を注文するのです。水煮牛肉といえば、最近はちょっとメジャーになった辛い料理。この店では特に辛いのか、周囲に唐辛子に味と臭いをまきちらし店員も恐れおののいています。 「ここの水煮牛肉好きなんですよ……」  ガチでむせながら食べる栗原。  これはズルイ……。このシーンで、いつものラストスパートのゴローちゃんの印象が、まったく吹き飛んでしまうのです。 「ああ、腹パンパン……」  次回は、あの辛いヤツを着替え持参で汗ダラダラかきながら食べてみようと決意するゴローちゃん。いや、このままじゃレギュラーの座がヤバイ?  ま、単に食べるだけなのにライバルが出現する展開は『食の軍師』でもやってますしね。 (文=昼間たかし)

サイゾーなのに……! 嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』を初回から絶賛し続けた「たったひとつの理由」

サイゾーなのに……! 嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』を初回から絶賛し続けた「たったひとつの理由」の画像1
フジテレビ系『貴族探偵』番組サイトより
 なんだか大仰な見出しをつけてしまいましたが、面白かったから面白かったと書いていただけなんです。この3カ月、読者のみなさんの「サイゾーなのに……!」という反応が楽しかったので、つい、すみません。 (過去のレビューはこちらから)  さて、『貴族探偵』(フジテレビ系)の最終回ですが、まあ正直、震えたし、痺れました。テレビを見ていて「画面に飲まれる」という感覚を、久しぶりに味わったような気がします。見終わった瞬間は、原稿やべえな、どうしようかなと、ちょっとこれは言葉にならんぞという気分で。原作者の麻耶雄嵩さん風にいえば「ハレルヤ!」の一言です。はい。  それにしても、この足腰の強靭さというか、ブレなさはなんなのでしょう。最後の最後まで、きっちり本格ミステリーでありながら、とびきり楽しいエンタメ作品でした。おまけに、鮮やかな月9でもあった。もうね、ヒーローですよ。このドラマを作った人たちは、完全無欠の比類なきヒーローです。どうしよう、ホントに書くことないくらい総決算で、いいところが全部出た最終回でした。  もう、せっかく「初回から絶賛し続けた」と見出しを立てたことですし、第1話から自分が書いたレビューの一部を抜粋して、終わってみてどうだったかを考えてみることにします。手抜きじゃないよ。 【第1話】麻耶さんによる事件設計なので、どれだけ演出面で弾けても根幹がブレないのです。原作の段階で、「謎を作る」「謎を解く」という作業そのものに、作家の魂が込められているからです。記事参照)  やっぱりまず、このドラマを底支えしたのは「謎の設計」そのものの強さ・安定性だったと思います。でも、回を追うごとに感じたのは、このドラマの作り手の方々が、ただ原作をなぞればいいとは、全然思ってないなということで。麻耶さんの作る事件って、飛距離が長くて破壊力がある反面、余白もけっこう存在していたんだと思うんです。そういう余白を「映像ならでは」「連ドラならでは」で埋めていく、ある意味で原作の事件推理に対する批評的な創作が行われているな、と感じていました。なかなか、相当な自信と決意がないとできることじゃないと思います。 【第2話】もともと当代きっての推理作家が脳汁を噴出させながら組み上げた精緻な事件設計を一度解体し、その本質を変容させないまま再構築するという作業にフジテレビが挑み、成功させているのです。記事参照)  第2話の段階で、すでに「これは大変なことをやってるぞ」という感触だった『貴族探偵』でしたが、全話終わった今考えると、これを単話でやりつつ、全11話を通じてもやってた、多重のレイヤーでやってたわけですから、とんでもないと思います。同じ第2話のレビューでは「最後までうまくいったら偉業だと思う」とも書いてましたが、ハイハイ、軽々と偉業達成です。おめでとうございます。偉そうに言ってすみません。 【第3話】私が原作を読んで「足りない」と感じていたものが、ドラマではありありと画面に現れているからです。精巧な骨格標本が、血肉をまとってイキイキと疾走し始めた。その興奮にヤラれてしまっているんです。記事参照)  こういう疾走感というか、人物の血肉感を大きく引っ張っていたのが、今考えれば鼻さん(生瀬勝久)なんですよね。このころはまだ貴族も使用人ズもぶっきらぼうだし、愛香(武井咲)は無能で頼りないし、ほかの人はだいたい死ぬか殺してるかだし、いわゆる視聴者から見て「乗れる」キャラクターとして、鼻さんが躍動していたからこそ、推理が始まるまでの捜査パートを、動的なものとして楽しむことができたのだと思います。何しろ、鼻さんが出てる間は相葉ちゃんが出ないわけですので、課せられたハードルは高かったはずです。 【第4話】松重豊を風呂に入れたり座敷わらしを映り込ませて話題作りも怠らない。そういうわけで、今回の『貴族探偵』って、かなり全方位的に全力で頑張ってると思うんですけど記事参照)  松重豊を裸にするとか、幽霊映り込み騒ぎを誘発するとか、本来ならあんまり歓迎したくない無駄な演出である反面、最近の連ドラではむしろこうした話題作りの挿入こそがセオリーになりつつあるような気がしてるんです。見慣れた話題作り、よくある奇をてらった演出……普段なら「そんなことやってるからフジはダメなんだよ」とか書き殴るところですが、ここまで見てきて全然ダメじゃないから仕方がないよね。好意的に受け取っちゃうよね。という話。 【第5話】別に原作通り作ったって面白いだろうに、こうした複雑なシナリオの改編・拡張を、オリジナルで構築することを、フジテレビの現場の人たちは選んだんです。実に誇り高き創作行為だと思いますよ。記事参照【第6話】それはフジテレビが、この『貴族探偵』を単に原作モノの翻訳ドラマとして作るのではなく、あくまで「1クールの連続ドラマ」として成立させようとした結果なのだと思います。記事参照)  この第5~6話から、『貴族探偵』は原作を離れて、本格的なチャレンジを始めることになりました。愛香の師匠である喜多見切子(井川遥)が「死んでいる」と明示されることで、貴族探偵に対する愛香の心情に明確な変更が与えられることになります。  あ、今気付いたんですが、このレビューで武井咲のお芝居について一度も触れてませんでした。最終回まで見た今も、特に何も語るべき印象がないんです。基本的にこの作品の語り手は愛香なので、視聴者の目線は愛香を通すことになる。そこに違和感があっては、視聴者の没入を妨げることになります。  武井咲には、まるで妨げられた感じがしない。  これが武井さんのキャラによるものか、演技スキルによるものかわかりませんが、そういう意味で完璧な仕事だったのだと思います。お顔もけっこう好きよ。 【第7話】ところが今回、貴族探偵の秘書・鈴木として仲間由紀恵が実際に画面に登場しました。そして、この鈴木が貴族の命令によって「Giri」のアップデートに介入し、アプリをハッキングしたことが明かされました。記事参照)  これ、ホントにびっくりしましたよね。この回のレビューにも書いていますが、「Giri」の声が仲間由紀恵なのって、いかにもフジテレビ的な賑やかしだと思ってたんです。そういう自局のパブリックイメージを逆手に取っていたこともまた批評的だなと感じた次第ですし、何しろミステリーに触れていて「騙されて痛快」という感触を得られるというのは、これは最高のギミックですからね。 【第8話】小さなパズルの精巧さにばかり気を取られていましたが、それは、全話を通じたとてつもなく巨大なクリエイティブのごく一部だったんです。記事参照)  しかも、たぶんホントに撮影しながらシナリオ作ってたわけでしょう。ちょっと想像できないんです。どこまで準備がしてあって、どこを撮影中に作ったのか、とか。  自分に刺さるか刺さらないか、好みかどうかは別として、「巨大だ」と感じる作品ってあると思うんです。映画でいえば最近のジェームズ・キャメロンだったりクリストファー・ノーランだったり。そういう大作然とした作品に感じる畏怖のようなものが芽生え始めたのが、このころでした。  でも、そういう畏怖も、最終回で「みんなスッキリ!」しちゃった。「完全なる月9」に鮮やかな着地を決めたもんで、「あ、月9だった!」と。長い旅から帰ってきたような、心地よい解放感というか、そういうやつです。 【第9話】ここのスタッフは、原作の推理劇としての強度を信じ切ることはもちろん、自分たちが勝手に構築した「『貴族探偵』は一方で楽しいバカドラマですよ」という映像作家としての主張と技量も、とことん信じ切っている。記事参照)  それもそうなんですが、バカドラマとして成立した要素として、すごく大きいのは、やっぱり「30周年の月9だった」ってことなんだと思うんです。どれだけ能力が優れていても、予算がなかったらここまでバカ騒ぎできなかったと思う。第2話の謎解きで使われた数分間のストップモーションアニメなんて、あれを作る予算だけで裏番組の『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)が何本撮れるのかと。  このドラマに批判的な意見の一部として「麻耶だし、地味に深夜でやるべきだった」というのがあって、それはそれで一理あると思うんですが、やっぱりこの楽しさというのは、麻耶なのに予算を投下したフジテレビ上層部の英断(蛮勇?)によるものだったと思います。ありがとう蛮勇。 【第10話】相葉ちゃんにも新たな演技プランが与えられることになりました。少し、変えただけだと思うんです。少し変えただけなのに、格段に華やかな人物として「貴族探偵」が浮き立ってくる。記事参照)  最終回も冴えてましたね、相葉ちゃん。言うことないっす。おつかれさまでした。ありがとう相葉ちゃん。 ■というわけで、まとめです。  視聴率はよくなかったし、記事のPVもあんまりよくなかったけど、楽しい3カ月間でした。  いろいろあるけど、テレビドラマって、やっぱり面白くあるべきだと思うんです。なぜかといえば、面白いドラマは人と人をつないで、世界を平和にするからです。私もTwitterとか見てましたけど、『貴族探偵』界隈、すごく平和だった。美しい光景だったと思う。必然的に多くの人の目に触れることになるテレビドラマを作る仕事というのは、世界を平和にする仕事なんだと、強く思いました。  そんなところでしょうか。そろそろ、編集長などという雑事に戻る時間がきたようです。ではまた夏クール、どこかのドラマで~。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

サイゾーなのに……! 嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』を初回から絶賛し続けた「たったひとつの理由」

サイゾーなのに……! 嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』を初回から絶賛し続けた「たったひとつの理由」の画像1
フジテレビ系『貴族探偵』番組サイトより
 なんだか大仰な見出しをつけてしまいましたが、面白かったから面白かったと書いていただけなんです。この3カ月、読者のみなさんの「サイゾーなのに……!」という反応が楽しかったので、つい、すみません。 (過去のレビューはこちらから)  さて、『貴族探偵』(フジテレビ系)の最終回ですが、まあ正直、震えたし、痺れました。テレビを見ていて「画面に飲まれる」という感覚を、久しぶりに味わったような気がします。見終わった瞬間は、原稿やべえな、どうしようかなと、ちょっとこれは言葉にならんぞという気分で。原作者の麻耶雄嵩さん風にいえば「ハレルヤ!」の一言です。はい。  それにしても、この足腰の強靭さというか、ブレなさはなんなのでしょう。最後の最後まで、きっちり本格ミステリーでありながら、とびきり楽しいエンタメ作品でした。おまけに、鮮やかな月9でもあった。もうね、ヒーローですよ。このドラマを作った人たちは、完全無欠の比類なきヒーローです。どうしよう、ホントに書くことないくらい総決算で、いいところが全部出た最終回でした。  もう、せっかく「初回から絶賛し続けた」と見出しを立てたことですし、第1話から自分が書いたレビューの一部を抜粋して、終わってみてどうだったかを考えてみることにします。手抜きじゃないよ。 【第1話】麻耶さんによる事件設計なので、どれだけ演出面で弾けても根幹がブレないのです。原作の段階で、「謎を作る」「謎を解く」という作業そのものに、作家の魂が込められているからです。記事参照)  やっぱりまず、このドラマを底支えしたのは「謎の設計」そのものの強さ・安定性だったと思います。でも、回を追うごとに感じたのは、このドラマの作り手の方々が、ただ原作をなぞればいいとは、全然思ってないなということで。麻耶さんの作る事件って、飛距離が長くて破壊力がある反面、余白もけっこう存在していたんだと思うんです。そういう余白を「映像ならでは」「連ドラならでは」で埋めていく、ある意味で原作の事件推理に対する批評的な創作が行われているな、と感じていました。なかなか、相当な自信と決意がないとできることじゃないと思います。 【第2話】もともと当代きっての推理作家が脳汁を噴出させながら組み上げた精緻な事件設計を一度解体し、その本質を変容させないまま再構築するという作業にフジテレビが挑み、成功させているのです。記事参照)  第2話の段階で、すでに「これは大変なことをやってるぞ」という感触だった『貴族探偵』でしたが、全話終わった今考えると、これを単話でやりつつ、全11話を通じてもやってた、多重のレイヤーでやってたわけですから、とんでもないと思います。同じ第2話のレビューでは「最後までうまくいったら偉業だと思う」とも書いてましたが、ハイハイ、軽々と偉業達成です。おめでとうございます。偉そうに言ってすみません。 【第3話】私が原作を読んで「足りない」と感じていたものが、ドラマではありありと画面に現れているからです。精巧な骨格標本が、血肉をまとってイキイキと疾走し始めた。その興奮にヤラれてしまっているんです。記事参照)  こういう疾走感というか、人物の血肉感を大きく引っ張っていたのが、今考えれば鼻さん(生瀬勝久)なんですよね。このころはまだ貴族も使用人ズもぶっきらぼうだし、愛香(武井咲)は無能で頼りないし、ほかの人はだいたい死ぬか殺してるかだし、いわゆる視聴者から見て「乗れる」キャラクターとして、鼻さんが躍動していたからこそ、推理が始まるまでの捜査パートを、動的なものとして楽しむことができたのだと思います。何しろ、鼻さんが出てる間は相葉ちゃんが出ないわけですので、課せられたハードルは高かったはずです。 【第4話】松重豊を風呂に入れたり座敷わらしを映り込ませて話題作りも怠らない。そういうわけで、今回の『貴族探偵』って、かなり全方位的に全力で頑張ってると思うんですけど記事参照)  松重豊を裸にするとか、幽霊映り込み騒ぎを誘発するとか、本来ならあんまり歓迎したくない無駄な演出である反面、最近の連ドラではむしろこうした話題作りの挿入こそがセオリーになりつつあるような気がしてるんです。見慣れた話題作り、よくある奇をてらった演出……普段なら「そんなことやってるからフジはダメなんだよ」とか書き殴るところですが、ここまで見てきて全然ダメじゃないから仕方がないよね。好意的に受け取っちゃうよね。という話。 【第5話】別に原作通り作ったって面白いだろうに、こうした複雑なシナリオの改編・拡張を、オリジナルで構築することを、フジテレビの現場の人たちは選んだんです。実に誇り高き創作行為だと思いますよ。記事参照【第6話】それはフジテレビが、この『貴族探偵』を単に原作モノの翻訳ドラマとして作るのではなく、あくまで「1クールの連続ドラマ」として成立させようとした結果なのだと思います。記事参照)  この第5~6話から、『貴族探偵』は原作を離れて、本格的なチャレンジを始めることになりました。愛香の師匠である喜多見切子(井川遥)が「死んでいる」と明示されることで、貴族探偵に対する愛香の心情に明確な変更が与えられることになります。  あ、今気付いたんですが、このレビューで武井咲のお芝居について一度も触れてませんでした。最終回まで見た今も、特に何も語るべき印象がないんです。基本的にこの作品の語り手は愛香なので、視聴者の目線は愛香を通すことになる。そこに違和感があっては、視聴者の没入を妨げることになります。  武井咲には、まるで妨げられた感じがしない。  これが武井さんのキャラによるものか、演技スキルによるものかわかりませんが、そういう意味で完璧な仕事だったのだと思います。お顔もけっこう好きよ。 【第7話】ところが今回、貴族探偵の秘書・鈴木として仲間由紀恵が実際に画面に登場しました。そして、この鈴木が貴族の命令によって「Giri」のアップデートに介入し、アプリをハッキングしたことが明かされました。記事参照)  これ、ホントにびっくりしましたよね。この回のレビューにも書いていますが、「Giri」の声が仲間由紀恵なのって、いかにもフジテレビ的な賑やかしだと思ってたんです。そういう自局のパブリックイメージを逆手に取っていたこともまた批評的だなと感じた次第ですし、何しろミステリーに触れていて「騙されて痛快」という感触を得られるというのは、これは最高のギミックですからね。 【第8話】小さなパズルの精巧さにばかり気を取られていましたが、それは、全話を通じたとてつもなく巨大なクリエイティブのごく一部だったんです。記事参照)  しかも、たぶんホントに撮影しながらシナリオ作ってたわけでしょう。ちょっと想像できないんです。どこまで準備がしてあって、どこを撮影中に作ったのか、とか。  自分に刺さるか刺さらないか、好みかどうかは別として、「巨大だ」と感じる作品ってあると思うんです。映画でいえば最近のジェームズ・キャメロンだったりクリストファー・ノーランだったり。そういう大作然とした作品に感じる畏怖のようなものが芽生え始めたのが、このころでした。  でも、そういう畏怖も、最終回で「みんなスッキリ!」しちゃった。「完全なる月9」に鮮やかな着地を決めたもんで、「あ、月9だった!」と。長い旅から帰ってきたような、心地よい解放感というか、そういうやつです。 【第9話】ここのスタッフは、原作の推理劇としての強度を信じ切ることはもちろん、自分たちが勝手に構築した「『貴族探偵』は一方で楽しいバカドラマですよ」という映像作家としての主張と技量も、とことん信じ切っている。記事参照)  それもそうなんですが、バカドラマとして成立した要素として、すごく大きいのは、やっぱり「30周年の月9だった」ってことなんだと思うんです。どれだけ能力が優れていても、予算がなかったらここまでバカ騒ぎできなかったと思う。第2話の謎解きで使われた数分間のストップモーションアニメなんて、あれを作る予算だけで裏番組の『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)が何本撮れるのかと。  このドラマに批判的な意見の一部として「麻耶だし、地味に深夜でやるべきだった」というのがあって、それはそれで一理あると思うんですが、やっぱりこの楽しさというのは、麻耶なのに予算を投下したフジテレビ上層部の英断(蛮勇?)によるものだったと思います。ありがとう蛮勇。 【第10話】相葉ちゃんにも新たな演技プランが与えられることになりました。少し、変えただけだと思うんです。少し変えただけなのに、格段に華やかな人物として「貴族探偵」が浮き立ってくる。記事参照)  最終回も冴えてましたね、相葉ちゃん。言うことないっす。おつかれさまでした。ありがとう相葉ちゃん。 ■というわけで、まとめです。  視聴率はよくなかったし、記事のPVもあんまりよくなかったけど、楽しい3カ月間でした。  いろいろあるけど、テレビドラマって、やっぱり面白くあるべきだと思うんです。なぜかといえば、面白いドラマは人と人をつないで、世界を平和にするからです。私もTwitterとか見てましたけど、『貴族探偵』界隈、すごく平和だった。美しい光景だったと思う。必然的に多くの人の目に触れることになるテレビドラマを作る仕事というのは、世界を平和にする仕事なんだと、強く思いました。  そんなところでしょうか。そろそろ、編集長などという雑事に戻る時間がきたようです。ではまた夏クール、どこかのドラマで~。 (文=どらまっ子AKIちゃん)