こんな時代もあった! 「働き方改革」の真逆を行く、お仕事大好きマンガ『働きマン』

 最近よく「働き方改革」という言葉を耳にするようになりましたね。フレックスタイム、時短勤務、モバイルワーク、高度プロフェッショナルにワークライフバランスなどなど……。ワークライフバランスなんて言葉は最高に憧れます! 一度でいいからバランス取ってみたい。そういえば、仕事が増えると過食になって体重も増える自分は、ある意味バランスが取れてるのかも!(そういうことではない)

 ……とまあ、そんなご時世ですが、2000年代には「働き方改革」とは真逆なコンセプトのマンガがもてはやされていました。それが、働く女子のバイブルともいわれた『働きマン』です。

『働きマン』の作者は安野モヨコ先生。「モーニング」(講談社)に2004~08年まで連載され、菅野美穂主演で07年10月期にテレビドラマ化もされました。同年1月期にはには『ハケンの品格』(いずれも日本テレビ系)なんてドラマもありましたし、とにかくデキる女性が社会に進出してバリバリ働く、というのが世の中の風潮だったのです。皮肉にも、その後すぐにリーマンショックがあり、派遣切りがあり……と、一気に不況ムードになってしまったわけですが。

 スピンアウト本もいくつか出ており、当時の勢いを感じさせます。『働きマン 明日をつくる言葉』(講談社)という名言集や、主人公・松方弘子(まつかた ひろこ)のライフスタイルをテーマにした『働きマン 松方弘子のMake It Beauty!』『働きマン 松方弘子のMake It Healthy!』(同)など。つまり弘子をお手本に、仕事ができて美しく、しかも健康的に生きる、かなり意識高めな女性像が理想とされていました。

 28歳独身、週刊「JIDAI」編集部の女性編集者である弘子は、人一倍熱い編集魂を持っており、一度仕事モードのスイッチが入ると、男勝りな「働きマン」となります。その間は通常の3倍のスピードで仕事をし、寝食恋愛衣飾衛生の観念は消失する……そう、仕事に命を削る性分なのです。そのため、彼氏とはたびたび険悪になり、セックスレス気味。お肌も体もボロボロ。負けん気の強さから同僚とも喧喧囂囂のバトルを繰り広げるなど、超絶ワーカホリック体質といえます。でも、当時はこれがカッコよかったんです。ブラック企業なんて言葉もありませんでしたし。

 作品中にちりばめられた名言の数々もグッときます。

「あたしは仕事したなーって思って死にたい」

「仕事で失ったもの、それを想い泣いた夜、でも仕事に救われる朝もあるから…」

「やれない理由を聞いてるんじゃなくて、どうやるか聞いてるんだ」

「若いのに、楽な仕事してんじゃねえよ」

などなど。実に熱いセリフですよね。でも今のご時世、本当にこんなこと言ったら、ブラック企業だとかパワハラだとか批判されかねません。時の移り変わりは価値観をここまで変えてしまうのです。

 主人公の弘子がこんなキャラクターなので、全体的にさぞかしブラック企業体質なマンガなのかと思いきや意外とそうでもなく、周囲のキャラクターはむしろ自分流を貫く、あんまり「仕事しない」人が結構出てきます。当時、率先して「働き方改革」を実践していたヤツらといえます。ではこれから、『働きマン』作品中で最高に「働かないマン」のベスト3を発表しましょう。

 

■田中邦夫(たなか くにお)

 編集部の新人類。趣味はファッション。できるだけ要領よく仕事をこなして、プライベートを大事するというスタンスなため、弘子には目の敵にされています。

「仕事終わってみんなで…みたいのが苦手。飲み行ってまで説教されたくねーっつーか。」

「オレは『仕事しかない人生だった』そんな風に思うのはごめんですね。」

 うん、わかるわかる! 仕事の時間を1秒でも少なくして帰社したい僕のような人間には、こういう考えのほうが共感できます。「働き方改革」な今こそ、彼みたいなスタンスは評価されるのかもしれません。

 

■梅宮龍彦(うめみや たつひこ)

 週刊「JIDAI」の編集長。かつて、大ニュースになった記事をいくつも生み出した凄腕編集者でしたが、「JIDAI」の全盛期が終わり、発行部数が半分になったところで編集長に据えられ、プライベートでは妻子と別居中。勤務時間中に他の社員に黙ってフラッと外出し、姿をくらましたり。やる気があるのかないのか、よくわからない感じです。

「オレは忙しーんだよ!! 鳥のエサ買いに行ったり、クリーニング屋行ったり、ゴミ出ししたり……」

「勢いだけがこの世で必要とされてるわけじゃない。侘びしい夜も侘びしい人もあっての世の中だ」

などなど、元凄腕編集者とは思えない、だいぶ枯れた感じになっています。しかし、いざ仕事モードになると弘子に対し、

「例の記事、お前好きなように書け、責任とってやっから」

 みたいな編集長らしいセリフも。仕事はしないが、責任は取る男――人望のある上司とは、案外そういうものかもしれません。

■梶舞子(かじ まいこ)

 編集部最強の「働かないマン」が、この舞子。独特のお姐さんな雰囲気を醸し出し、仕事をしなくても、定時上がりで連絡が一切つかなくなっても怒られない、治外法権ポジションにいます。

 担当する小説家センセイたちをとりこにする美貌で、しっかり遅れることなく原稿を取ってきます。もちろん、編集部内で「彼女が仕事してるの見たことないわよ、色目使ってんのは何度も見たけど」とか「担当の作家とはほとんど関係してるんじゃないの?」などと陰口を叩かれたりもしているのですが、

「弁解もしない、確かに私は男たちに特別扱いを受けているから」

などと、本人はいたって余裕です。実際、先生の趣味に付き合ってヌードモデルをやったりして、愛人同然の関係性なので、あながち陰口もはずれてはいないのですが。

「仕事…だと思ってないのかな。天才に奉仕するのは喜びだから」

と、持論を展開。さらに、社会人の基本「ほうれんそう」についても「抱擁、恋愛、創作」という独自解釈。誰にも真似できない高度なワークスタイルを実践しており、これこそまさに、究極の「働き方改革」といえるでしょう。

 というわけで、時短ムード漂う今だからこそ、胸に響くモノがあるかもしれない、ザ・お仕事マンガ『働きマン』を紹介してみました。実は作品としては完結しておらず、単行本4巻を最後に休載という形になっています。昨今の出版不況や働き方改革の風潮など、連載当時と今ではあまりにも状況が変わっているので、まったく同じ設定での再開は難しそうですが、復活するのであれば、今の時代をうまく取り入れつつ、出版不況をひっくり返すような熱さを持った新しい『働きマン』を読んでみたいな、なんて思ってしまいました。

(文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん <http://ablackleaf.com/>)

◆「ザオリク的マンガ読み」過去記事はこちらから

こんな時代もあった! 「働き方改革」の真逆を行く、お仕事大好きマンガ『働きマン』

 最近よく「働き方改革」という言葉を耳にするようになりましたね。フレックスタイム、時短勤務、モバイルワーク、高度プロフェッショナルにワークライフバランスなどなど……。ワークライフバランスなんて言葉は最高に憧れます! 一度でいいからバランス取ってみたい。そういえば、仕事が増えると過食になって体重も増える自分は、ある意味バランスが取れてるのかも!(そういうことではない)

 ……とまあ、そんなご時世ですが、2000年代には「働き方改革」とは真逆なコンセプトのマンガがもてはやされていました。それが、働く女子のバイブルともいわれた『働きマン』です。

『働きマン』の作者は安野モヨコ先生。「モーニング」(講談社)に2004~08年まで連載され、菅野美穂主演で07年10月期にテレビドラマ化もされました。同年1月期にはには『ハケンの品格』(いずれも日本テレビ系)なんてドラマもありましたし、とにかくデキる女性が社会に進出してバリバリ働く、というのが世の中の風潮だったのです。皮肉にも、その後すぐにリーマンショックがあり、派遣切りがあり……と、一気に不況ムードになってしまったわけですが。

 スピンアウト本もいくつか出ており、当時の勢いを感じさせます。『働きマン 明日をつくる言葉』(講談社)という名言集や、主人公・松方弘子(まつかた ひろこ)のライフスタイルをテーマにした『働きマン 松方弘子のMake It Beauty!』『働きマン 松方弘子のMake It Healthy!』(同)など。つまり弘子をお手本に、仕事ができて美しく、しかも健康的に生きる、かなり意識高めな女性像が理想とされていました。

 28歳独身、週刊「JIDAI」編集部の女性編集者である弘子は、人一倍熱い編集魂を持っており、一度仕事モードのスイッチが入ると、男勝りな「働きマン」となります。その間は通常の3倍のスピードで仕事をし、寝食恋愛衣飾衛生の観念は消失する……そう、仕事に命を削る性分なのです。そのため、彼氏とはたびたび険悪になり、セックスレス気味。お肌も体もボロボロ。負けん気の強さから同僚とも喧喧囂囂のバトルを繰り広げるなど、超絶ワーカホリック体質といえます。でも、当時はこれがカッコよかったんです。ブラック企業なんて言葉もありませんでしたし。

 作品中にちりばめられた名言の数々もグッときます。

「あたしは仕事したなーって思って死にたい」

「仕事で失ったもの、それを想い泣いた夜、でも仕事に救われる朝もあるから…」

「やれない理由を聞いてるんじゃなくて、どうやるか聞いてるんだ」

「若いのに、楽な仕事してんじゃねえよ」

などなど。実に熱いセリフですよね。でも今のご時世、本当にこんなこと言ったら、ブラック企業だとかパワハラだとか批判されかねません。時の移り変わりは価値観をここまで変えてしまうのです。

 主人公の弘子がこんなキャラクターなので、全体的にさぞかしブラック企業体質なマンガなのかと思いきや意外とそうでもなく、周囲のキャラクターはむしろ自分流を貫く、あんまり「仕事しない」人が結構出てきます。当時、率先して「働き方改革」を実践していたヤツらといえます。ではこれから、『働きマン』作品中で最高に「働かないマン」のベスト3を発表しましょう。

 

■田中邦夫(たなか くにお)

 編集部の新人類。趣味はファッション。できるだけ要領よく仕事をこなして、プライベートを大事するというスタンスなため、弘子には目の敵にされています。

「仕事終わってみんなで…みたいのが苦手。飲み行ってまで説教されたくねーっつーか。」

「オレは『仕事しかない人生だった』そんな風に思うのはごめんですね。」

 うん、わかるわかる! 仕事の時間を1秒でも少なくして帰社したい僕のような人間には、こういう考えのほうが共感できます。「働き方改革」な今こそ、彼みたいなスタンスは評価されるのかもしれません。

 

■梅宮龍彦(うめみや たつひこ)

 週刊「JIDAI」の編集長。かつて、大ニュースになった記事をいくつも生み出した凄腕編集者でしたが、「JIDAI」の全盛期が終わり、発行部数が半分になったところで編集長に据えられ、プライベートでは妻子と別居中。勤務時間中に他の社員に黙ってフラッと外出し、姿をくらましたり。やる気があるのかないのか、よくわからない感じです。

「オレは忙しーんだよ!! 鳥のエサ買いに行ったり、クリーニング屋行ったり、ゴミ出ししたり……」

「勢いだけがこの世で必要とされてるわけじゃない。侘びしい夜も侘びしい人もあっての世の中だ」

などなど、元凄腕編集者とは思えない、だいぶ枯れた感じになっています。しかし、いざ仕事モードになると弘子に対し、

「例の記事、お前好きなように書け、責任とってやっから」

 みたいな編集長らしいセリフも。仕事はしないが、責任は取る男――人望のある上司とは、案外そういうものかもしれません。

■梶舞子(かじ まいこ)

 編集部最強の「働かないマン」が、この舞子。独特のお姐さんな雰囲気を醸し出し、仕事をしなくても、定時上がりで連絡が一切つかなくなっても怒られない、治外法権ポジションにいます。

 担当する小説家センセイたちをとりこにする美貌で、しっかり遅れることなく原稿を取ってきます。もちろん、編集部内で「彼女が仕事してるの見たことないわよ、色目使ってんのは何度も見たけど」とか「担当の作家とはほとんど関係してるんじゃないの?」などと陰口を叩かれたりもしているのですが、

「弁解もしない、確かに私は男たちに特別扱いを受けているから」

などと、本人はいたって余裕です。実際、先生の趣味に付き合ってヌードモデルをやったりして、愛人同然の関係性なので、あながち陰口もはずれてはいないのですが。

「仕事…だと思ってないのかな。天才に奉仕するのは喜びだから」

と、持論を展開。さらに、社会人の基本「ほうれんそう」についても「抱擁、恋愛、創作」という独自解釈。誰にも真似できない高度なワークスタイルを実践しており、これこそまさに、究極の「働き方改革」といえるでしょう。

 というわけで、時短ムード漂う今だからこそ、胸に響くモノがあるかもしれない、ザ・お仕事マンガ『働きマン』を紹介してみました。実は作品としては完結しておらず、単行本4巻を最後に休載という形になっています。昨今の出版不況や働き方改革の風潮など、連載当時と今ではあまりにも状況が変わっているので、まったく同じ設定での再開は難しそうですが、復活するのであれば、今の時代をうまく取り入れつつ、出版不況をひっくり返すような熱さを持った新しい『働きマン』を読んでみたいな、なんて思ってしまいました。

(文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん <http://ablackleaf.com/>)

◆「ザオリク的マンガ読み」過去記事はこちらから

【特別描き下ろしマンガ】3ヵ月会社を休職しました~エピソード1~

 自身の闘病経験を漫画にした『統合失調症にかかりました』がインスタグラムで話題のタカモリサイコさん。3月のアカウント開設以来、増え続けたフォロワーは現在2万人を越え、その反響の大きさを物語っています。

 そして、多くの人に惜しまれながらも、先日最終回を迎えた『統合失調症にかかりました』。今回、サイゾーウーマンでは、特別描き下ろしで、「闘病の末、復職した主人公」のアフターストーリーを3話にわたってお送りいたします。

-「休むこと」の大切さについて、考えてみませんか?

3ヵ月会社を休職しました ~エピソード1~ /作・たかもりさいこ

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☆『統合失調症にかかりました』はこちらから☆
自己紹介編
まとめ前編1~9話/まとめ後編10~18話
19話/20話/21話/22話/23話/24話/25話/26話/27話/28話/29話/30話/31話/32話/最終話

※現役の医療従事者協力のもと、注釈を入れています。
※本作品は個人の経験に基づいたものです。統合失調症の症状もあくまでもその一部であり、絶対ではありません。個人差がありますことをご理解ください。

たかもりさいこ/@takamorisaiko
インスタグラムにて、統合失調症にかかった自身の体験マンガを日々投稿。
https://www.instagram.com/takamorisaiko/

【マンガ】”箱推し”は俳優だけじゃない!? 裏方も”推し”の2.5次元【推しゴト!!】

 城田優、斎藤工、宮野真守など、有名俳優も多く輩出している“2.5次元“の世界。

 「注目度の高いジャンルであることは知りつつも、なかなか一歩が踏み出せない……」そんな読者のために、ひょんなきっかけから2.5次元にハマった漫画家・吉田にくが、2.5次元素人の編集・ちーとともに、その楽しさとおっかけ舞台裏、人気のイケメン情報までを全力レポート!

(第1回はこちら:『ガラスの仮面』も2.5次元!? 見えないモノを見せる“技術”とは)
(第2回はこちら:”2.5次元ネットワーク”は侮れない!? 海をも超える「ヲタ活」の実態)
(第3回はこちら:宮崎秋人はハンガリーでも愛される!? 2.5次元愛と”チケットの壁”)
(第4回はこちら:「推し」は触れずに愛でるもの!? 2.5次元と”ガチ恋”とは)
(第5回はこちら:小越勇輝は「いい匂い」!?  “誕生日イベント”と握手の魔力)
(第6回はこちら:2.5次元俳優の愛は「課金で示す」!? 生身のキャラへの“愛情表現”)
(第7回はこちら:2.5次元オタの家には「必ずある」!? 2.5次元と“神棚”の存在”)

第8回:”箱推し”は俳優だけじゃない!? 

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(毎週日曜日・次回は6月17日更新)

吉田にく(よしだ・にく)
バリ島と2.5次元にどっぷりハマり続ける漫画家。
趣味は旅行と漫画を描くこと、2.5次元舞台歴まだ2年ちょいながらも、自由業であることを活かし平日も舞台に通っている。
2018年の推しメンは前山剛久、櫻井圭登、荒牧慶彦他にもわさわさ。
先行抽選チケットを勝ち取るために日々徳を積む事を心がけています!
近著に『バリ島だらだら旅』(ワニブックス)。

「ゲンコラ」で話題『はだしのゲン』、発売当初は返本の山もなぜか後押しされたワケ

 故・中沢啓治さんのマンガ『はだしのゲン』のワンシーンを用いた「ゲンコラ」と呼ばれるコラージュが流行するなかで、出版元の汐文社が「弊社書籍内のイラストの転載について」という声明を公開している。

 現在、Twitterを中心に流行している「ゲンコラ」は、作中のシーンを用いて、セリフを改変し、自分の趣味を人に伝えようとしてもうまくいかないことを4コマで表現する内容。Twitterでは「♯ゲンコラ」などのハッシュタグとともに多くの画像がアップされているが、同時に「著作権侵害ではないか」と非難する声もあった。

 6月4日、汐文社が公式サイト上に「弊社書籍内のイラストの転載について」として掲載した文書では、著作物の二次使用について許諾の要・不要などの詳細が記されたページがリンクされ「弊社は、弊社書籍内のイラストやマンガの転載は基本的にお断りしています」「作品の著作権者が不利益を被るような内容であると弊社が判断した場合には、著作権者にお知らせしています」とくぎを刺している。

 やはり、ゲンコラの著作権侵害を問題視した読者などからの問い合わせを受けて、対策に動いたのか。汐文社に問い合わせたところ「公式サイトにアップした声明がすべてです」という。

 明言は避けていたが、ゲンコラがブームになったことで対応を迫られたのではないかと思われる。

 もともとゲンコラは、数年前からすでにネット上に登場。Twitterだけではなく、同人誌でもパロディとしておおいに用いられてきた。

 考えてみれば、これは特異な現象だ。いうまでもなく『はだしのゲン』は、作者である中沢さんの被爆体験をもとに描いた作品。子どもにもわかるように、これでもかと原爆の悲惨さを伝えようとする描写が続く。読んだ後、夜眠れなくなったようなトラウマ体験を持つ人も多いだろう。

 原爆や戦争への怒りと憎しみが叩きつけられた「平和学習マンガ」あるいは、反戦思想を押し出した「左翼マンガ」というのが、『はだしのゲン』への一般的な評価といえる。そんな政治色が濃い作品にもかかわらず、恐れられながらも世代を超えて読み継がれているロングセラーになっている。

 理由はさまざまある。それはギャグにも長けた中沢の読者サービスともいえる表現。単に「戦争はダメだ」「核兵器をなくそう」ではなく、マンガとして存分に楽しませてくれた上で、本来の作者が伝えたかったテーマが浮かび上がってくるのだ。ゲンコラの著作権をめぐる是非はともかく「多くの人に愛されるマンガ」であることは、疑いない。

 だが、そんな作品の評価は一朝一夕でできあがったものではない。

「単行本になった当初は、まったく売れなかったんです……」

 そんな過去を語るのは、昨年まで広島女学院大学特任准教授を務めた西河内靖泰さん。

 西河内さんは『はだしのゲン』が単行本化された際に、草の根で広がった普及運動に参加した1人だ。

 ゲンコラの問題に対しては「昔ならともかく、今の汐文社はKADOKAWAグループ。著作権侵害には厳しいでしょうし」くらいの感想しか持たない西河内さんだが、その普及運動の中で見た出来事には、饒舌だった。

 『はだしのゲン』は当初『週刊少年ジャンプ』1973年25号に連載開始。74年39号まで続いたが、集英社から単行本化はされないまま、埋もれようとしていた。

 今となっては証言は錯綜しているが、これを知った日本共産党の同調者であるマンガ評論家の石子順さんが、当時は日本共産党系の出版社であった汐文社を中沢さんに紹介し、強く働きかけたのが単行本化の経緯である。

 西河内さんが『はだしのゲン』を知ったのは、75年2月のこと。

「東京の被爆教師の会と被爆二世の会で、石子さんと中沢さんを呼んでシンポジウムを開催したのです。この時に、中沢さんは原画をすべて持って来て『これは、もう出版してもらえないかもしれない』と話していたのです」

 その後、75年5月に単行本は刊行されているので、すでに出版に向けての動きはあったようだ。ただ、ここで石子さんからは「もっと、皆さんが普及してくれるというのならば、汐文社の感触もよくなるだろう」という発言があったという。つまり、出版社側としても『はだしのゲン』単行本化は、あまり乗り気ではなかったのだ。

 そんな状況の中での、全4巻での刊行。結果、売れ行きは、まったく芳しくなかった。この年の「赤旗まつり」ではサイン会もやってみたけれど、「好きな人」は来るが、売れ行きは伸び悩んだ。「朝日新聞」や「読売新聞」が記事で取り上げても同様。返本は7割にも達していたという。

 そんな作品が突然、売れ始めた。きっかけは、当時のフジテレビが午後3時から放送していたワイドショー『3時のあなた』に取り上げられたこと。放送が終わったとたんに、注文が殺到し営業部の電話は鳴りやまなかったという。

 なぜフジサンケイグループの一翼を担うフジテレビが、共産党系の出版社から刊行されている「左翼マンガ」を取り上げたのか。西河内さんは回想する。

「当時の自民党の、とある国会議員が、作品に感銘を受けてフジテレビに働きかけてくれたんです」

 現在では「左翼マンガ」という目で見られる向きも多い『はだしのゲン』。でも、当時、草の根の普及運動に熱心に取り組んだのは、反共・保守・右派に属する人も多かったという。出版元が共産党系なのに、思想的には真逆な人たちが『はだしのゲン』を支持したのである。

「ここまで『はだしのゲン』が普及したのは、作品のファンのおかげ。中沢さんが描いた原爆の悲惨さを、多くの人になんとか伝えたいと思った人たちが、思想の違いを気にせず頑張った成果です」

 まさに「ファンたちの熱い想い」によって、ロングセラーとなった『はだしのゲン』。「ゲンコラ」の問題は、永遠に愛される作品であることを知る奇貨となったのか。

(文=昼間たかし)

【マンガ】第1話 『アラサー女。基本、日雇いで生きてます。』

――「キツイ」「汚い」「男臭い」……なんとなく近寄りがたいイメージのある“日雇労働”。その、実態はどのようなものなのか? 日雇い労働を生業とするアラサー・柿ノ種まきこが、日雇いの日々と人間関係を紹介するマンガ連載がスタート。

第1話 『アラサー女。基本、日雇いで生きてます。』

kaki1_1話

 はじめまして! 稼業の農家をしつつ、日雇い労働に勤しむ柿ノ種まきこ(アラサー)と申します。面白不思議な日雇いワールドを漫画でご紹介していきますので、よろしくお願いします!

――毎週、木曜日に最新話を更新。次回2話は6月14日(木)更新予定です。

柿ノ種まきこ/@kakinotane_makiko
日雇いをしながらマンガを描くアラサー。過去には、「iVERY」にて婚活マンガ『女もつらいよ』を連載。現在はインスタグラムにて、マンガを不定期投稿。
https://www.instagram.com/kakinotane_makiko/

【マンガ】第1話 『アラサー女。基本、日雇いで生きてます。』

――「キツイ」「汚い」「男臭い」……なんとなく近寄りがたいイメージのある“日雇労働”。その、実態はどのようなものなのか? 日雇い労働を生業とするアラサー・柿ノ種まきこが、日雇いの日々と人間関係を紹介するマンガ連載がスタート。

第1話 『アラサー女。基本、日雇いで生きてます。』

kaki1_1話

 はじめまして! 稼業の農家をしつつ、日雇い労働に勤しむ柿ノ種まきこ(アラサー)と申します。面白不思議な日雇いワールドを漫画でご紹介していきますので、よろしくお願いします!

――毎週、木曜日に最新話を更新。次回2話は6月14日(木)更新予定です。

柿ノ種まきこ/@kakinotane_makiko
日雇いをしながらマンガを描くアラサー。過去には、「iVERY」にて婚活マンガ『女もつらいよ』を連載。現在はインスタグラムにて、マンガを不定期投稿。
https://www.instagram.com/kakinotane_makiko/

浮浪者が寝顔にオシッコ、父は援交で逮捕!? 「ほぼ路上」で暮らした13歳の“楽しい日常”

 家庭内DV当たり前の壮絶な家から、母親&兄妹と“昼逃げ”した先は、通行人と目が合う吹きっさらしの“ほぼ路上”だった――。

 連載がスタートするや、たちまち話題となった実録漫画『ほとんど路上生活』。6月2日に単行本(小学館刊)が発売された作者の川路智代さんに、その濃厚な数年間を伺った。なぜしばらくDVから逃げなかったのか。なぜ“ほぼ路上”に住み続けることができたのか。学校には通えたのか。これだけハードな生活を送っていてなぜ、病まずに生きていけたのか。平成末期とは思えぬ、驚きのサバイバル・ライフとは。

 

――この漫画を描くに至ったきっかけは、なんだったのでしょうか?

川路智代さん(以下、川路) 現担当編集さんに創作漫画を持ち込んだ際、「エッセイコミックは描けますか?」と言われたんです。そこで、自分の人生で何か面白いことはあったかなと思い返してみると、「そういえば中学生の頃、4年間だけ“ほぼ路上”に住んでいたなあ」と思い出したんです。それまで、すっぽりと忘れていましたから。

――それは、「忘れるほどたいしたことなかった」ということですか?

川路 そうですね。客観的には壮絶ですが、楽しかったので。

 川路さんが当時暮らしたのは、母親の実家であった魚屋に併設した宴会場。「客がいないから」と川路さん一家4人の住まいとなったが……。ドアがないため、外を歩く通行人と目が合う。天敵、虫や雨風との攻防戦。そして、寝顔に小便をかけてくるおじさんや、羽交い締めしてくるおじさんなど、侵入する不審者との戦い。数々のサバイバルを、川路さんは経験したのだ。しかしそうした暮らしを、笑顔で「楽しかった」と回想する。

 

川路 不思議なもので、人間って楽しい記憶ほど忘れちゃうし、思い出すことはないようで。一方で、宴会場に住む以前に暮らしていた実家での嫌な記憶は、嫌というほど残っています。

――実家は田舎の資産家で、祖父母、両親、兄妹と暮らしていたんですよね。物心ついて以降、覚えている記憶はどんなものですか?

川路 4、5歳頃ですかね、当時から絵を描くのが好きで、ずっと絵を描いていたことを覚えています。父親は、子どもが苦手だったのか、風呂から出た妹を唐突にスリッパで叩きまくるなどしていました。一方、祖母のほうは、子どもに対してはすごく優しくて、私のことも可愛がってくれていたように思います。

だけどある時、私が家の受話器をいたずらしたことで、祖父にぶん殴られて大泣きしたことがあったんです。すると兄が、祖母に連れられ、真剣な表情で私の前にやってきまして、おもむろに正座をして「智ちゃんは、殴られていないよ」と言ってきました。訳がわからないまま「なんで? 殴られたよ?」と返すと、「いや、殴られてないよ」と……。理解できず、パニックに陥りましたね。

――祖父に殴られたはずなのに、兄が来て、しかも殴られた事実を否定したんですか? 

川路 はい、今思えば、祖母は祖父をかばうために、兄に口裏を合わせるよう強要したのだと思います。当時は子どもでしたから、兄も大人の言うことを聞くしかなかったんでしょう。結構、ごちゃごちゃした内情の家でした。

――ですが、そうした“つらさ”などを感じさせない明るい作風です。当時は、「こんなつらい生活、嫌だ」とふさぎ込んでいたんでしょうか?

川路 いえ、つらいことはつらかったけど、そんなふうには思いませんでした。比較対象がなかったし、子どもって、自分がいる環境を受け入れる能力が長けているように思います。私はあの家で、それが当たり前のように育ったので。今でこそ「DV」という言葉を使っていますが、私にとっては「しつけ」でしたしね。祖父も父も、荒ぶっていましたね。

 作中、遺産相続で祖父と父が言い争う声を聞くシーンや、母や兄、妹が顔中にあざを作っている描写もある。祖父はまさに「荒ぶる」という言葉どおり粗暴なイメージを想起させる一方、父は違う。作中では、いつも表情の変わらぬ薄ら笑いを浮かべ、見方によっては可愛くも見えてくる「熊」として描かれている。

 

川路 これまでは父親の顔を忘れかけていたのですが、この漫画を描くにあたり思い出したんですよ。本当にあの絵のままの顔。喜怒哀楽がなくて、何を考えているのかまったくわからない不気味な人でした。顔は優しくて、とても暴力を振るうようには見えないし。

――作中では一切ありませんでしたが、父親らしいことをしてもらった記憶はありますか?

川路 ひとつだけあります。とある年の節分の日、四つんばいになった父の背中に私が馬乗りになり、手のひらに乗せた豆を父の口の前に差し出すと、食べてくれました。今考えれば、すっごい気持ち悪いんですけど(笑)。

――異常な家庭環境は、隠そうと思っても他人から見ると違和感を覚えることがあるかと思います。当時通っていた保育所や幼稚園の先生には、何か指摘されなかったんでしょうか?

川路 記憶にないですね。指摘されても、母親が必死にごまかしていたんだと思います。とにかく人の世話にならないように。

 父と結婚した母に降りかかったのは、まさに苦行だった。喜怒哀楽もなく会話もない夫。荒ぶる祖父。立つことが困難な曽祖父の介護を平然と押し付け、人一倍資産に執着する祖母。母は文句ひとつなく、自分の実家に泣きつくことなく、日々を真摯に生きた。子どもたちが生まれてからも、苦行を一手に背負い続けた。

 

川路 母のそういう話は、最近初めて聞いたんです。母も私と同じで、宴会場での記憶はないのに、嫌なことは本当によく覚えているんですよ。10時間以上話していましたが、それでも足りなそうなほどでした。

――祖父母や父の、母に対する仕打ちは、とても十数年前のエピソードだとは思えぬほどです。

川路 田舎ですからね~。たしかにあそこは簡単には逃げられそうにないです。すごく狭いコミュニティで、噂で成り立っている場所で、身動きが取れなかったんでしょうね。

――祖母の自殺の動機はなんだったのでしょうか?

川路 父には兄弟がいましたが、家系なのか、父含めほとんど働いていませんでした。それに、代々、女遊びと金遣いだけは荒かったそうで。曽曽祖父くらいかな、彼は女学校に出向き、「このなかで一番計算の早い娘を出してくれ」と言い、その子と結婚し、仕事をすべて任せたそうです。祖母も祖母なりに、何か悩み続けていたことがあったんだと思います。

 父もパチンコ狂いとして描かれ、働くそぶりは一切みせない。母と兄妹が家を出てからも、風俗店へ行ったり、女子高生と援助交際をし逮捕にまで至っている。そのおかげで晴れて両親が離婚できることになり、登場人物全員が歓喜に包まれた。

川路 家にいたときも、父が女の人の香水の匂いをさせて帰ってくることがありましたが、当時のことを母は、「本当にどうでもよかった。生きることに精一杯だったから」と振り返っていました。

――「生きることに精一杯」、たしかに日々の苦行がありすぎて、“死なずに生きる”だけでも相当なエネルギーを使う環境です。一方で宴会場での暮らしも、「生きることに精一杯=サバイバル」といった印象を受けます。たとえば、不審者が侵入し羽交い締めにしてきたり……。

川路 漫画に描いた人々をはじめ、動物の鳴きマネをするおばさんや、必ず外でうんちをしてしまうおじさんなど、町の顔として慣れ親しんでいたので、実は特に気にしていませんでした。「治安が悪いなあ」と思う程度で(笑)。一度、頭のしっかりした空き巣が侵入したことがあったそうで、母とカチ合うと、「○○さん家かと思いました」と言ったそう。母は腹が立って追い出したと話していましたが、いや警察呼べよ、と(笑)。あと、早朝、ホームレスの人に鍋を盗まれたことがありました。あれは朝ごはんが作れず最悪でしたね! その後裁判所から、裁判に出るか否かの電話がありましたが、母は「鍋ひとつで恥ずかしいから」と断っていました。

 宴会場での出来事を、笑顔まじりで話す川路さん。ふと気づくのは、彼女は当時、中学生だったということ。が、作中でもインタビュー中でも、学校でのエピソードがない。そう、川路さんは、学校には通っていなかったのだ。

川路 中学校には、1年生のとき最初の2、3カ月だけ行き、嫌になって行かなくなりました。転校生ということもあり浮いてしまったのと、もともと集団行動が苦手だったし、家で絵を描いている方が楽しかったから、母にそれを許してもらったんです。

――どんな生活をしていたんですか? 1日のスケジュールは?

川路 朝はみんなと一緒に起きて家のことを手伝い、妹の着替えなどをし、学校へ行く兄と妹を見送ってからは、家で絵を描いてすごしたり。外に出るときは、ローカルスーパーや、夜仕事の母が動物園に連れていってくれたりもしました。「絵を描くためには、いろいろなものを見ておいたほうがいいでしょう」と、貧乏なりに楽しんでいましたね。で、夕方には同級生が帰宅するので、家にこもっていました。

――一般的な母親は、義務教育は無理をしてでも行かせがちです。が、川路さんの母は、好きなことを積極的に学ばせてくれたんですね。

川路 普通はあり得ないですけどね。小さい頃から「漫画家になる」と言っていたようで、そのつもりでいてくれたみたいです。それに、中学校の校長先生がいい人で、絵の先生でもあったようで、たまに会いに行き一緒にデッサンをしていました。

――壮絶な幼少期を経験したからには、思春期にはリストカットなどをするなど病みそうなものですが、そうした段階は経ていないんですね。

川路 母がとにかく強く、病まないタイプなので、辛抱できたのかもしれません。あとは、父の血も入っているからかなあ。顔にナメクジが這っていてもなんとも思わないような人だから、私もそんな感じなのかもしれません。私はリストカットなど、自分を傷つけることも、薬を飲んだことも一度もないんです。リストカットに対しては、「血がすごく出るし、痛そう。でもやっちゃうってことは、痛くないのかな」と思うくらいの凡人の発想です。とにかく環境に恵まれていたんだと思います。

――宴会場での一連の経験がもたらしたものはありますか?

川路 「人間って優しいんだなあ」と知ることができたことでしょうか。実家では、家族といえど他人だったし、人間関係でこじれまくっていたから。宴会場では、私が絵を描いていると路上から話しかけてくれる優しい人がいたり。学校は行きませんでしたが、その分ほかの楽しさがありました。

 あとは、他人への偏見を持たないようになりました。どれだけ変な人でも、「その人にはその人の人生があるから」と思えて、気に留めないようになりました。自分だっていつどうなるかわからないし、「変人」だと思われる人生が、自分にはすごく身近に感じられます。なぜかというと、私には私の人生があって、その青春時代の思い出を「普通ではない」とみなさんに楽しんでいただけているからです。

――だから、不審者に対しても親しみを込めて話されるんですね。最後に、この漫画をどんな人に読んでほしく、どう感じてほしいですか?

川路 理想としては、小学生や中学生など、子どもに読んでもらいたいです。小さいうちから、「いろいろな人生を経験している人がいるんだ」というのを知っておいたほうがお得だぞ、と。そうすることで、世の中にある偏見を取っ払ってほしい。もし、子どもを持つ読者さんがいましたら、ぜひ読ませてあげてほしいと思います。

(文=有山千春)

 

<プロフィール>

川路智代(かわじ・ともよ)
日本画+少女漫画の表現技法を追求する漫画家。本作がデビュー作。
無料コミック・小説投稿サイト『エブリスタ』で『ほとんど路上生活』を連載中。
同作の単行本は6月2日、全国書店で発売。

浮浪者が寝顔にオシッコ、父は援交で逮捕!? 「ほぼ路上」で暮らした13歳の“楽しい日常”

 家庭内DV当たり前の壮絶な家から、母親&兄妹と“昼逃げ”した先は、通行人と目が合う吹きっさらしの“ほぼ路上”だった――。

 連載がスタートするや、たちまち話題となった実録漫画『ほとんど路上生活』。6月2日に単行本(小学館刊)が発売された作者の川路智代さんに、その濃厚な数年間を伺った。なぜしばらくDVから逃げなかったのか。なぜ“ほぼ路上”に住み続けることができたのか。学校には通えたのか。これだけハードな生活を送っていてなぜ、病まずに生きていけたのか。平成末期とは思えぬ、驚きのサバイバル・ライフとは。

 

――この漫画を描くに至ったきっかけは、なんだったのでしょうか?

川路智代さん(以下、川路) 現担当編集さんに創作漫画を持ち込んだ際、「エッセイコミックは描けますか?」と言われたんです。そこで、自分の人生で何か面白いことはあったかなと思い返してみると、「そういえば中学生の頃、4年間だけ“ほぼ路上”に住んでいたなあ」と思い出したんです。それまで、すっぽりと忘れていましたから。

――それは、「忘れるほどたいしたことなかった」ということですか?

川路 そうですね。客観的には壮絶ですが、楽しかったので。

 川路さんが当時暮らしたのは、母親の実家であった魚屋に併設した宴会場。「客がいないから」と川路さん一家4人の住まいとなったが……。ドアがないため、外を歩く通行人と目が合う。天敵、虫や雨風との攻防戦。そして、寝顔に小便をかけてくるおじさんや、羽交い締めしてくるおじさんなど、侵入する不審者との戦い。数々のサバイバルを、川路さんは経験したのだ。しかしそうした暮らしを、笑顔で「楽しかった」と回想する。

 

川路 不思議なもので、人間って楽しい記憶ほど忘れちゃうし、思い出すことはないようで。一方で、宴会場に住む以前に暮らしていた実家での嫌な記憶は、嫌というほど残っています。

――実家は田舎の資産家で、祖父母、両親、兄妹と暮らしていたんですよね。物心ついて以降、覚えている記憶はどんなものですか?

川路 4、5歳頃ですかね、当時から絵を描くのが好きで、ずっと絵を描いていたことを覚えています。父親は、子どもが苦手だったのか、風呂から出た妹を唐突にスリッパで叩きまくるなどしていました。一方、祖母のほうは、子どもに対してはすごく優しくて、私のことも可愛がってくれていたように思います。

だけどある時、私が家の受話器をいたずらしたことで、祖父にぶん殴られて大泣きしたことがあったんです。すると兄が、祖母に連れられ、真剣な表情で私の前にやってきまして、おもむろに正座をして「智ちゃんは、殴られていないよ」と言ってきました。訳がわからないまま「なんで? 殴られたよ?」と返すと、「いや、殴られてないよ」と……。理解できず、パニックに陥りましたね。

――祖父に殴られたはずなのに、兄が来て、しかも殴られた事実を否定したんですか? 

川路 はい、今思えば、祖母は祖父をかばうために、兄に口裏を合わせるよう強要したのだと思います。当時は子どもでしたから、兄も大人の言うことを聞くしかなかったんでしょう。結構、ごちゃごちゃした内情の家でした。

――ですが、そうした“つらさ”などを感じさせない明るい作風です。当時は、「こんなつらい生活、嫌だ」とふさぎ込んでいたんでしょうか?

川路 いえ、つらいことはつらかったけど、そんなふうには思いませんでした。比較対象がなかったし、子どもって、自分がいる環境を受け入れる能力が長けているように思います。私はあの家で、それが当たり前のように育ったので。今でこそ「DV」という言葉を使っていますが、私にとっては「しつけ」でしたしね。祖父も父も、荒ぶっていましたね。

 作中、遺産相続で祖父と父が言い争う声を聞くシーンや、母や兄、妹が顔中にあざを作っている描写もある。祖父はまさに「荒ぶる」という言葉どおり粗暴なイメージを想起させる一方、父は違う。作中では、いつも表情の変わらぬ薄ら笑いを浮かべ、見方によっては可愛くも見えてくる「熊」として描かれている。

 

川路 これまでは父親の顔を忘れかけていたのですが、この漫画を描くにあたり思い出したんですよ。本当にあの絵のままの顔。喜怒哀楽がなくて、何を考えているのかまったくわからない不気味な人でした。顔は優しくて、とても暴力を振るうようには見えないし。

――作中では一切ありませんでしたが、父親らしいことをしてもらった記憶はありますか?

川路 ひとつだけあります。とある年の節分の日、四つんばいになった父の背中に私が馬乗りになり、手のひらに乗せた豆を父の口の前に差し出すと、食べてくれました。今考えれば、すっごい気持ち悪いんですけど(笑)。

――異常な家庭環境は、隠そうと思っても他人から見ると違和感を覚えることがあるかと思います。当時通っていた保育所や幼稚園の先生には、何か指摘されなかったんでしょうか?

川路 記憶にないですね。指摘されても、母親が必死にごまかしていたんだと思います。とにかく人の世話にならないように。

 父と結婚した母に降りかかったのは、まさに苦行だった。喜怒哀楽もなく会話もない夫。荒ぶる祖父。立つことが困難な曽祖父の介護を平然と押し付け、人一倍資産に執着する祖母。母は文句ひとつなく、自分の実家に泣きつくことなく、日々を真摯に生きた。子どもたちが生まれてからも、苦行を一手に背負い続けた。

 

川路 母のそういう話は、最近初めて聞いたんです。母も私と同じで、宴会場での記憶はないのに、嫌なことは本当によく覚えているんですよ。10時間以上話していましたが、それでも足りなそうなほどでした。

――祖父母や父の、母に対する仕打ちは、とても十数年前のエピソードだとは思えぬほどです。

川路 田舎ですからね~。たしかにあそこは簡単には逃げられそうにないです。すごく狭いコミュニティで、噂で成り立っている場所で、身動きが取れなかったんでしょうね。

――祖母の自殺の動機はなんだったのでしょうか?

川路 父には兄弟がいましたが、家系なのか、父含めほとんど働いていませんでした。それに、代々、女遊びと金遣いだけは荒かったそうで。曽曽祖父くらいかな、彼は女学校に出向き、「このなかで一番計算の早い娘を出してくれ」と言い、その子と結婚し、仕事をすべて任せたそうです。祖母も祖母なりに、何か悩み続けていたことがあったんだと思います。

 父もパチンコ狂いとして描かれ、働くそぶりは一切みせない。母と兄妹が家を出てからも、風俗店へ行ったり、女子高生と援助交際をし逮捕にまで至っている。そのおかげで晴れて両親が離婚できることになり、登場人物全員が歓喜に包まれた。

川路 家にいたときも、父が女の人の香水の匂いをさせて帰ってくることがありましたが、当時のことを母は、「本当にどうでもよかった。生きることに精一杯だったから」と振り返っていました。

――「生きることに精一杯」、たしかに日々の苦行がありすぎて、“死なずに生きる”だけでも相当なエネルギーを使う環境です。一方で宴会場での暮らしも、「生きることに精一杯=サバイバル」といった印象を受けます。たとえば、不審者が侵入し羽交い締めにしてきたり……。

川路 漫画に描いた人々をはじめ、動物の鳴きマネをするおばさんや、必ず外でうんちをしてしまうおじさんなど、町の顔として慣れ親しんでいたので、実は特に気にしていませんでした。「治安が悪いなあ」と思う程度で(笑)。一度、頭のしっかりした空き巣が侵入したことがあったそうで、母とカチ合うと、「○○さん家かと思いました」と言ったそう。母は腹が立って追い出したと話していましたが、いや警察呼べよ、と(笑)。あと、早朝、ホームレスの人に鍋を盗まれたことがありました。あれは朝ごはんが作れず最悪でしたね! その後裁判所から、裁判に出るか否かの電話がありましたが、母は「鍋ひとつで恥ずかしいから」と断っていました。

 宴会場での出来事を、笑顔まじりで話す川路さん。ふと気づくのは、彼女は当時、中学生だったということ。が、作中でもインタビュー中でも、学校でのエピソードがない。そう、川路さんは、学校には通っていなかったのだ。

川路 中学校には、1年生のとき最初の2、3カ月だけ行き、嫌になって行かなくなりました。転校生ということもあり浮いてしまったのと、もともと集団行動が苦手だったし、家で絵を描いている方が楽しかったから、母にそれを許してもらったんです。

――どんな生活をしていたんですか? 1日のスケジュールは?

川路 朝はみんなと一緒に起きて家のことを手伝い、妹の着替えなどをし、学校へ行く兄と妹を見送ってからは、家で絵を描いてすごしたり。外に出るときは、ローカルスーパーや、夜仕事の母が動物園に連れていってくれたりもしました。「絵を描くためには、いろいろなものを見ておいたほうがいいでしょう」と、貧乏なりに楽しんでいましたね。で、夕方には同級生が帰宅するので、家にこもっていました。

――一般的な母親は、義務教育は無理をしてでも行かせがちです。が、川路さんの母は、好きなことを積極的に学ばせてくれたんですね。

川路 普通はあり得ないですけどね。小さい頃から「漫画家になる」と言っていたようで、そのつもりでいてくれたみたいです。それに、中学校の校長先生がいい人で、絵の先生でもあったようで、たまに会いに行き一緒にデッサンをしていました。

――壮絶な幼少期を経験したからには、思春期にはリストカットなどをするなど病みそうなものですが、そうした段階は経ていないんですね。

川路 母がとにかく強く、病まないタイプなので、辛抱できたのかもしれません。あとは、父の血も入っているからかなあ。顔にナメクジが這っていてもなんとも思わないような人だから、私もそんな感じなのかもしれません。私はリストカットなど、自分を傷つけることも、薬を飲んだことも一度もないんです。リストカットに対しては、「血がすごく出るし、痛そう。でもやっちゃうってことは、痛くないのかな」と思うくらいの凡人の発想です。とにかく環境に恵まれていたんだと思います。

――宴会場での一連の経験がもたらしたものはありますか?

川路 「人間って優しいんだなあ」と知ることができたことでしょうか。実家では、家族といえど他人だったし、人間関係でこじれまくっていたから。宴会場では、私が絵を描いていると路上から話しかけてくれる優しい人がいたり。学校は行きませんでしたが、その分ほかの楽しさがありました。

 あとは、他人への偏見を持たないようになりました。どれだけ変な人でも、「その人にはその人の人生があるから」と思えて、気に留めないようになりました。自分だっていつどうなるかわからないし、「変人」だと思われる人生が、自分にはすごく身近に感じられます。なぜかというと、私には私の人生があって、その青春時代の思い出を「普通ではない」とみなさんに楽しんでいただけているからです。

――だから、不審者に対しても親しみを込めて話されるんですね。最後に、この漫画をどんな人に読んでほしく、どう感じてほしいですか?

川路 理想としては、小学生や中学生など、子どもに読んでもらいたいです。小さいうちから、「いろいろな人生を経験している人がいるんだ」というのを知っておいたほうがお得だぞ、と。そうすることで、世の中にある偏見を取っ払ってほしい。もし、子どもを持つ読者さんがいましたら、ぜひ読ませてあげてほしいと思います。

(文=有山千春)

 

<プロフィール>

川路智代(かわじ・ともよ)
日本画+少女漫画の表現技法を追求する漫画家。本作がデビュー作。
無料コミック・小説投稿サイト『エブリスタ』で『ほとんど路上生活』を連載中。
同作の単行本は6月2日、全国書店で発売。

【エッセイマンガ】統合失調症にかかりました~最終回~

 100人に1人の割合で発症するといわれていわれている「統合失調症」。身近な病気であるにもかかわらず、多くの人が病気に対する知識や理解が不足し、根深く社会的な差別や偏見存在するという現状がある。

 「統合失調症とはどのような病気なのか?」決して他人事ではないこの病気を“知るきっかけ”の一端として、インスタグラムで現在連載中の闘病エッセイマンガ『統合失調症にかかりました』(著:たかもりさいこ)最新話を、サイゾーウーマンで先行公開してきました。今回の更新が、最終回となります。

統合失調症にかかりました ~最終回【回復期編】~ /作・たかもりさいこ

33_話「闘病エッセイついに完結いたしました。病状をわかりやすく一人でも多くの方に伝わればと思い描き続けました。 病気のときはすごく苦しかったし大変でしたが、今はこうやって漫画にできています。 当たり前のことが大切、幸せだと思えるようになりました。健康は大切です。 今しんどくても笑える日は絶対にきます。私の漫画で、何かが伝わればいいなと思います。」(たかもりさいこ)

【過去記事はこちらから】
自己紹介編
まとめ前編1~9話/まとめ後編10~18話
19話/20話/21話/22話/23話/24話/25話/26話/27話/28話/29話/30話/31話/32話

※現役の医療従事者協力のもと、注釈を入れています。
※本作品は個人の経験に基づいたものです。統合失調症の症状もあくまでもその一部であり、絶対ではありません。個人差がありますことをご理解ください。

たかもりさいこ/@takamorisaiko
インスタグラムにて、統合失調症にかかった自身の体験マンガを日々投稿。
https://www.instagram.com/takamorisaiko/