『ザ・ノンフィクション』茨城ディープ・ママたちに癒やされる「酒と涙と女たちの歌 ~塙 山キャバレー物語~ 前編」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月30日の放送は「酒と涙と女たちの歌 ~塙 山キャバレー物語~ 前編」。

あらすじ

 茨城県北部、日立製作所の企業城下町でもある日立市。商業施設が並ぶ国道沿いに、昭和で時が止まったかのような、簡素な青いトタン張り平屋建てのスナック、居酒屋が並ぶ渋い一画「塙山(はなやま)キャバレー」がある。60年ほど前に誕生してから、現在は13軒が営業中だ。

 「ふじ」の美代子ママは塙山キャバレーの組合長も務めている。30歳で離婚し、店を切り盛りしながら、夫にとられた息子も取り戻したという。疲れた様子で来店した男性客にはハイボールに金粉をあしらって出していた。酒のつまみは会話だと思うと話し、店の様子も楽し気だ。

 「いづみ」には、蓉子ママを慕い酒が飲めないが来店し、コーヒーを飲む客もいる。蓉子ママは別の街でもスナックを繁盛させたやり手だったが、「ここのほうが好きだったんだね」と、40歳で儲けがあまり出ない塙山に移る。

 「めぐみ」は、唐揚げと刺身がお通しで出てくるリッチな店だ。恵子ママは、母親に17歳で芸者の置屋に売られ、死に物狂いで逃げ出し、27歳で塙山キャバレーに流れ着いたという。

 塙山キャバレー最高齢、「京子」を営む82歳の京子ママは穏やかな物腰で、ほかの塙山の店のママたちも、客として訪ねてくるなど慕われており「ママのママ」的存在だ。京子ママの息子の一人は、50代の若さで亡くなったという。息子の内縁の妻だった人とその友人が店を訪ねた際は、焼酎をグラスに注ぎカウンターに陰膳として添えていた。

 かつて塙山キャバレーに店を出していた人も客として訪れる。のぼるは、かつてラーメン店をキャバレー内に出していたが、店の漏電が原因で、5軒が全焼する火事を出してしまう。それにより、塙山キャバレーはかつてあった敷地中央の「島」部分がいまもぽっかりと空いた状態だ。

 のぼるは現在生活保護を受けており、塙山キャバレーで1杯のビールをゆっくりと飲むのを楽しみにしている。火事の負い目もあるのか引きこもり、自殺も考えたというが1杯のビールを糧に、「何もやってねえよりはやることがあったほうがまだいい やることがなかったら気が狂うべ」と近所の草むしりを続けている。

 かつては「その筋の人」がやってくるなど怖い思いをしながら、協力し合い、苦難を乗り越えてきた塙山のママたち。そんな塙山キャバレーにもコロナの影響が直撃する。2月、茨城県独自の緊急事態宣言により、店は午後8時閉店を余儀なくされる。塙山から感染者を出さない、という思いでママたちも、新規客を断るなど徹底した対策を取り、苦しい経営を強いられる。

 「ラブ」の美佐子ママは、さばけた雰囲気だが、自分のことをあまり語りたがらない。そんな美佐子ママのもとに、2020年の暮れに、ママの娘、夏海が訪ねてくる。美佐子ママはかつて農家に嫁ぎ、3人の子どもに恵まれたが、実家の借金を背負うことで義実家との関係が悪化、当時10歳の夏海ら子どもたちを置いて、家を出ていったという。夏海自身が母親になり、母に会いたい思いで探し当て20年ぶりの再会となった

 夏海の話によると、美佐子の舅姑はかなり厳しい人だったようだが、美佐子にも別の男の影があったようで、また美佐子ママの実家の借金も義理の家が結局返したなど、さまざまな事情があったようだ。親子の対面は、最初は和やかな様子だったものの、出ていった真相を知りたい娘、言いたがらない母との間で、徐々に雲行きは怪しくなっていく。

ママと客に流れる「いい酒」の雰囲気

 春という時期的な事情もあると思うが、最近の『ザ・ノンフィクション』は社会に出たての若者をテーマにした回が続いていた。しかし、やはり『ザ・ノンフィクション』は中高年の人間を見つめるときに本領を発揮する。改めてそう思うほどの「神回」だった。

 ママたちだけでなく、客もよかった。客たちの笑顔がとてもくつろいでいて「いい酒」であることが伝わってきた。仲間内で酒を飲み盛り上がり、ここがホームグラウンドだと上機嫌で話す客もいれば、イヤなことがあったのか、一人沈んだ顔でカウンタ―に座っていたものの、ママからハイボールに金粉をサービスされて、少し笑顔を取り戻した客もいた。

 わいわいやりたいときも、イヤなことがあって、このまま家に帰るのも……というときでも、人生のベテランのママたちが笑って受け入れてくれる。うちの近所に、なぜ塙山キャバレーがないのだろうと思った人は、私も含め多いと思う。

 人生を生き抜いてきた魅力的なママがたくさん出てきた回だったが、そもそもなぜスナックやクラブなどの女性店主は「ママ」と呼ばれるのか。webサイト「雑学トリビア王」によると、ホステスたちが上司である女性店主に対しママ、と呼んだのが客にも移っていった、とある。

 こういった飲食店の店主が男性の場合は「パパ」ではなく「マスター」か、寿司屋なら「大将」だろう。「ママ」という言葉には甘え、敬愛など、大人だからこそ恋しくなる要素がたくさん入っている。日立のホテルに連泊し、塙山キャバレーを思う存分はしごする、という夢ができた。

 次週は今週の続編。美佐子ママと夏海の20年ぶりの再会はどうなっていくのか。

 

『ザ・ノンフィクション』フォロワー40万人、20歳の六本木ダンサーの悩みとは「夢と涙の六本木 2~ミレイとモモの上京物語~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月23日の放送は「夢と涙の六本木 2~ミレイとモモの上京物語~」。

あらすじ

 東京・六本木の日本最大級のショークラブで働く二人の二十歳の「上京女性」を見つめる。1人目はミレイ。2020年秋、故郷・熊本から上京する。芸能界を目指し高校卒業後、さまざまなオーディションに応募をしていたのだが落選続きで、最後のチャンスとしてショークラブを選ぶ。女手一つで育てた母は、当初ミレイの上京に猛反対していたが、最後はミレイの背中を押す。

 しかしミレイは接客も酒も苦手。人見知りで高校時代不登校になりかけたこともあり、その時ミレイに話しかけてくれた友人も、ミレイがショークラブで働くことに驚いた様子だった。

 いざ働き始めるも、酒もほとんど飲めず、接客も苦手なミレイは徐々にホールに出る時間やレッスンで遅刻が目立っていき、マネジャーに呼び出され滔々と諭され涙するも、返事は最後まで「はい」ではなく「うん」だった。

 番組上ではミレイの言葉はあまり聞かれず、何を考えているのか今一つわからなかったが、実家から母の手紙とクッキーの差し入れがあったときは涙を流し喜んでいた。

 もう一人は同じ店で働くモモ。2年前香川から上京し、最初は店に馴染めず、続くかどうか危なげな様子だった。しかし今やすっかり人気者になって、ミレイが入店した時はフロアの客に明るく慣れた様子でミレイを紹介していた。

 モモが常連客を増やすために注力したのが、TikTokなど、各種SNSでの発信、動画投稿だ。退勤後の早朝、午前5時、自宅で撮影用ライトを設置し自分で撮影から編集まですべてこなし動画を投稿していた。努力の甲斐ありフォロワー総数は40万人を超え、その際は店で記念パーティーも行われた。

 モモは幼少期の転校が多く、いじめられたこともあり、自分の存在を認めてほしい、人気者になりたいという思いを叶えるため六本木にやってきた。その夢はSNSを通じ現実となったが、一方、SNSでの心ない中傷や、人気キャストゆえにホールであまりモモが対応できないことに文句を言う客など、接客での苦労が増え、常連客が心配するほど表情が疲れていく。

 モモは一度香川に帰省。家族に気持ちを打ち明け、英気を養い六本木に戻る。ショークラブはコロナの影響を受けつつも、今日もミレイ、モモは六本木の町で働いている。

▼前回の上京物語(モモの上京当初)▼

フォロワー40万人のモモに気になること

 実家でリフレッシュできたモモは番組の最後に「みんなに元気を与えられるよう頑張りたい」と話していたが、それよりもモモは、自分の元気を奪っていく「痛客」のあしらい方を習得したほうがいいのではないかと思った。客をえり好みするようで、贅沢かもしれないが、モモには累計40万人がいるのだ。

 自分の誕生日にモモが出勤していないことに文句を言う客や、人気キャストであるモモの接客時間が短いことに文句を言う客は「痛客」「痛ファン」に思える。まして、本名では絶対に書けないであろう心ない中傷をモモのSNSに残す人らに至っては、店に金を落とす「客」ですらない、ただの「痛い人」の可能性が高い。

 そんな痛い面々に心を乱されるのはもったいないことだと思う。「批判も貴重なご意見」は相手がまっとうな場合にしか該当しないし、憂さ晴らしのような発言に付き合う必要はないだろう。

 一方、もう一人のキャスト、新人のミレイは遅刻も多く接客は苦手と、「プロ意識」の面では同い年のモモに遠く及ばない。しかしミレイにはモモにはない長所がある。ミレイは、息を合わせることが必要なショーのグループ練習を直前でドタキャンしたり、マネジャーからも勤務態度を説教されと、こんな毎日を過ごしていたら店に居づらくなると思うのだが、ミレイは辞めずに働き続けていた。

 高校で不登校になりかけた、という状況だけ見るとミレイは繊細なように見えるのだが、店での行動を見るとむしろ他人の言動をあまり気にしないタイプに見える。こういう「他人の言動を気にしない」性格は、ハードな人気商売で生きていくなら、あったほうがいい気質だろう。

 「気にする」「気にしない」は天性のものもあると思うが、面倒な客やSNSの誹謗中傷に落ち込むモモは、案外ミレイの「気にしなさ」から得るものがあるのではないかと思った。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「酒と涙と女たちの歌 ~塙山キャバレー物語~ 前編」。茨城県日立市、チェーン店が並ぶ国道沿いに、終戦直後にタイムスリップしたような佇まいの一角がある。13軒の小さな飲み屋が並ぶ「塙山キャバレー」。店を守ってきた女たちの人生について。

『ザ・ノンフィクション』納棺師からドライバーに転職した国立大卒の25歳「東京、タクシー物語。後編~シングルマザーと新人ドライバー~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月16日の放送は「東京、タクシー物語。後編~シングルマザーと新人ドライバー~」。

『ザ・ノンフィクション』納棺師からドライバーに転職した国立大卒の25歳「東京、タクシー物語。後編~シングルマザーと新人ドライバー~」の画像1

あらすじ

 45歳のシングルマザー、恭子は3年前から東京の葵交通でタクシー運転手として働いている。同社の約150人のドライバーの中で、取材を始めた2020年秋時点では、女性は恭子一人だった。もともと恭子は故郷である茨城の映画館で長年働いていたのだが、娘のこころが2歳のときに離婚。当時の月収は20万円ほどで、娘の将来を思い、もっと稼げる仕事をと40歳を過ぎてから東京でタクシー運転手へと転身。会社が借り上げた部屋で70歳になる母とこころの3人で暮らしている。

 しかし、20年春から感染が拡大した新型コロナウイルスによる社会の変化が、恭子一家の生活も一変させる。度重なる緊急事態宣言で街からは人が消え、飲食店の営業は都からの時短要請が入り、テレワークにより通勤者も減りと、タクシー運転手にとって頼みの綱である深夜の乗客が激減してしまう。それまで30万円ほどあった恭子の月収も10万円台まで減少してしまう。

 厳しい状況でタクシードライバーを辞める人も多いが、新たにこの世界に飛び込んでくる若い女性もいる。25歳のちひろは国立大学出身。前職は葬儀屋で納棺師として働いていたが、コロナ禍により葬儀の規模縮小、自粛が続いたことで職を失い、30社以上も面接を受け、葵交通に採用されたという。

 23歳の直子は、一流店で働いていた元料理人。厨房で大けがをしてしまい、それをきかっけに引きこもりがちになってしまったという。たまたま乗ったタクシーの運転手に身の上話を聞いてもらい救われた経験から、タクシー運転手を志す。一発合格は難しいとされる地理試験(主要な交差点や幹線道路などを回答する)も、一度でクリアする努力家だ。

 ちひろ、直子の教育係は恭子が受け持つことになり、しばらく恭子が助手席に同乗した。恭子は、「無事故・無違反で笑顔で帰ってきなさい、っていうことが一番」と話し、クラクションを鳴らす後続車や、黄色信号で止まったことを咎めるような乗客がいても、気にしてはいけないと後輩二人に説く。

 直子の研修時に、直子が選んだルートにいつまでもネチネチ文句を言う厄介な乗客がいたときは、下車後に休憩を取るなど「笑顔で帰ってくる」ための心の置き方について恭子は行動で示す。難しい乗客もいる一方で、直子と恭子が研修中だとわかると、コンビニで温かいお茶を買って差し入れをする乗客もいた。

 しかし、ちひろは徐々に会社を休みがちになり、会社を退職してしまう。そして葵交通の決算も創業以来最悪の赤字となってしまう。暗いニュースが続く中、小学生になるこころが会社の保育園を卒園。会社からのプレゼントで恭子親子にタクシーでの浅草観光がプレゼントされ、しばしの休息を楽しんでいた。

 ちひろにしてみれば、頑張って勉強して国立大学に入り、合っていたと話す葬儀の仕事に就いたものの、コロナ禍でその職を失い、転職活動に励むも30社以上に採用されず、やっと決まったタクシードライバーの仕事だ。しかし、それも半年程度で退職するという、まだ若いのに気の毒になるほど、踏んだり蹴ったりな状況が続いている。タクシードライバーの仕事を休みがちになったとき体の不調があり、ごはんを食べられなくなっていたと話していたが、体がSOSを出していたのならば、辞めてよかったのではないかと思う。

 イヤなことがあってもお金になるのであれば耐える原動力になったのかもしれないが、タクシードライバーは給料における歩合の割合が高く、コロナで乗客が減り恭子の月収も10万円台という状況が続く中、おそらくちひろも「さほど」という状況だったのではないかと推測できる。

 就職してもうまくいかず退職を選ぶ、というのはその時点だけを見れば「失敗」かもしれないが、「もう次はあんな思いをしたくないからこうしてみよう」という創意工夫につながる。その時はとてもつらかったが、長いスパンで見ればむしろいい経験だったと思える「失敗」が私にもいくつかあり、今では失敗知らずの方がむしろ危険ではないかと思う。

 だが、これはずいぶんあとになってからわかることなので、今のちひろは非常につらいだろうなと思う。25歳なので、仕事が順調にいっていそうな周りの人がまぶしく見えがちな時期だと思うが、どうか焦らずに、とちひろの今後の幸せを願う。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「夢と涙の六本木2~ミレイとモモの上京物語~」。夢を追いショーダンサーとして六本木で働く20歳のミレイとモモ。ミレイは心が疲弊してショーの練習を休んでしまう。一方、モモは常連客を増やすべくSNS発信に励み、フォロワーは40万を超えるがそれによる誹謗中傷で悩むようになる。

『ザ・ノンフィクション』コロナ禍のタクシードライバーと乗客たち「東京、タクシー物語。前編 ~コロナとシングルマザーの運転手~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月9日の放送は「東京、タクシー物語。前編 ~コロナとシングルマザーの運転手~」。

あらすじ

 45歳のシングルマザー、恭子は3年前から東京の葵交通でタクシー運転手として働いている。同社の約150人のドライバーの中で、取材を始めた2020年秋時点で女性は恭子一人だ。もともと恭子は故郷、茨城の映画館で長年働いていたのだが、娘のこころが2歳のときに離婚。娘の将来を思い、もっと稼げる仕事をと、40歳を過ぎてから東京でタクシー運転手へと転身する。

 仕事は午後1時から翌朝9時までと深夜乗務が基本となり、タクシー会社が運営する保育園に娘を預けながら、会社が借り上げた部屋に69歳の母と3人で暮らしている。休憩時間中、こころとスマホでビデオ通話をする時間を心の支えに、恭子はハンドルを握る。

 しかし、20年春から感染が拡大した新型コロナウイルスによる社会の変化が、恭子一家の生活も一変させてしまう。度重なる緊急事態宣言で街からは人が消え、飲食店の営業は都からの時短要請が入り、テレワークにより通勤者も減りと、タクシー運転手にとって頼みの綱である深夜の乗客が激減してしまう。

 タクシー運転手は給料における歩合の割合が高く、コロナ以前の社会情勢に基づいていたのであろう求人広告では「月収40万円以上も可能です」と記されていたが、20年秋において恭子の月収は10万円超という。娘、母と暮らし家計を支える立場としては、非常に厳しい状況が続く。日頃は渋谷を回っていた恭子だったが、背に腹は代えられず、泥酔客が多くて苦手な深夜の歌舞伎町も回るようになる。

 年末になると感染がさらに広がり、通常なら大勢の人が行き交う渋谷のスクランブル交差点でさえ人はまばらだった。人員整理が始まったタクシー会社などもある中で、葵交通、田中秀和社長は特別見舞金として5万円を社員に振る舞う。恭子はこころにクリスマスプレゼントとしてゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」を贈り、おせちを家族で食べ、初詣に行くなど一息つく。

 しかし、コロナの状況はその後さらに悪化の一途をたどっていく。恭子のタクシーに乗った赤坂のホステスは、「お客さんはだいぶ減りました。人気店だったんです。去年の今頃は(お客さんの)待ちが出るくらい。の人気店だった。(今は)すごくすごく暇です」と話し、またクラブなどで働いているのであろう20代の女性3人組は「接待の領収書系の人は『(領収書が)切れない』って言ってこなくなった。本当のお金持ちしか来なくなったよね」と話す。

 たまたま乗車した吉本興業の芸人、西村真二(コットン)は「『(コロナで)諦めがついた』って言う芸人もいっぱいいて、これを機に辞める芸人もいますね」と話した。

 コロナ禍の新宿の大通りで、恭子が走る道の反対車線も「空車」の赤いランプが光るタクシーが何台も並ぶという過酷な状況だった。一方で、このコロナ禍においても月間100万円以上の売り上げを叩き出すこともあるという切れ者ドライバーもいる。恭子の同僚で、前職は芸能事務所で働いていたという倉本氏だ。

 ドライバーたちの乗務記録から「売れる」エリアを研究するなど、仕事熱心な倉本氏が導き出した今の答えは「歌舞伎町・明け方・ホストクラブ帰りの女子」だという。番組内でも、日が昇り始めた新宿で、ホストクラブで飲んだあとと思われる派手な身なりの女子たちが歩いていた。

 倉本氏は、ホストクラブで遊んだあとの女性は疲れて電車で帰りたくないとその心理を分析し「(ホストクラブ帰りの女子たちが)『タクシー乗る? 乗らない?』とかそういう会話も聞こえてくるので、止まってドア開けちゃったりとか」と、冷静に話す。深い洞察と観察力にあわせ機を逃さない的確な行動力、うなるほどできる人だ。

 ホストクラブはシラフでいたら多くの人がためらうであろう金額を、すました顔で支払うのが「嗜み」ともいえる場所だ。そんなところでポーンと大金を支払ったあと、数千円を惜しみ健気に始発で帰るというのは、やってみたことはないものの、非常にわびしい気持ちになりそうなのは想像できる。ホストクラブで楽しんだあと、“姫”が家に帰るまでのかぼちゃの馬車は、やはりタクシーがふさわしい。

 しかし、泥酔した人をタクシーに乗せる上で気になるのが「嘔吐問題」だ。知人が若い頃タクシーで粗相をしてしまい、3万円を払ったと話していたが、3万円受け取ったとしてもそのあとの始末を考えれば割に合わないとすら思う。

 特にコロナで吐しゃ物は「単にイヤなもの」だけでなく「感染源になりかねない」という意味も増えた。心臓が悪い70歳になる母親と同居し、タクシー運転手という不特定多数に会わざるを得ない仕事をしている恭子にとっては、なるべく避けたいものだろうと思う。

逆境で出てくる人間性と本性

 タクシー運転手の給料は歩合の割合が高いという。収入減にあえぐ全ドライバーに対し、葵交通の田中秀和社長が年末に5万円の見舞金を出しており、大した人だと思った。逆境のときにどう振る舞うかに、その人の本性は出ると思う。

 私もコロナにはうんざりだが「コロナに対しどんな発言をしたか、どんな行動をしたか」は、その人の人間性が垣間見える。「コロナに関しての発言や行動でイラッとしたり、モヤっとした知人や親類」は誰しも数人いるのではないだろうか。

 乗客の赤坂のホステスや吉本芸人・西村は、恭子のことをねぎらいつつ下車していた。番組のカメラがあるからでしょ、という見方は意地悪すぎるかもしれないが、それでも、逆境時にそういう気遣いが自然にできる人はやはり感じがいいし、そうありたいと思う。

 また、個人的には倉本氏が早朝の歌舞伎町で乗せるホストクラブ好き、いわゆる「ホス狂い」の女子たちにも話をぜひ聞いてみたい。これは別に、「今、この時世にホストクラブに行く是非」を問いたいものではない。『ザ・ノンフィクション』では「ホストクラブ」を舞台にした放送が過去にいくつもあったのだが、それらはほぼ「ホスト側」の話だったので、姫である客が、何を思い店に足を運び、朝の歌舞伎町でタクシーに乗るのか、という思いを聞いてみたいと思ったのだ。

 次回は今回の後編。離職を選ぶドライバーもいる中で、葵交通には2人の20代女性ドライバーが入社する。2人はなぜこの困難な時期にタクシードライバーの道を選んだのか?

『ザ・ノンフィクション』緊急事態宣言下でも「外で飲酒したい人」への疑問「銀座の夜は いま…2 ~菜々江ママとコロナの1年~」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月2日の放送は「銀座の夜は いま…2 ~菜々江ママとコロナの1年~」。

あらすじ

 銀座の一等地に立つ高級クラブ「クラブNanae」。オーナーママの唐沢菜々江は18歳のときに埼玉・春日部のスナックで働きはじめ、25歳で銀座のクラブにスカウトされてからは銀座一筋22年だ。菜々江は「クラブNanae」以外にも事業を展開し、さらに銀座で働くホステスのために、時短美容ができる総合サロンを2020年4月に開業する予定だった。

 しかし20年2月、横浜・大黒ふ頭沖に停泊中のクルーズ船から新型コロナウイルスの集団感染者が起きたことから、コロナの脅威と不安が徐々に日本国内に広がりはじめる。そして翌月3月30日、東京都より酒場などへの自粛を呼びかける会見が行われ、その翌日から「クラブNanae」は営業を中止する。

 当初は短期間の休業を想定していたが、同年4月7日の緊急事態宣言を受け、菜々江はGWまでの休業を決断。銀座の街からは人が消え、クラブNanaeの20年3~5月の売り上げは前年同期比で8割以上減、金額にして2.2億円のマイナスという非常に厳しい状況となる。融資や助成金を借りてなんとかしのぐも、店を開けられず厳しい状況は続き、ホステス、黒服スタッフの離職も相次ぐ。

 20年6月19日、ナイトクラブの休業要請が解除に。当初客足は復活するものの、徐々にそれも遠のいてしまう。8月時点で店を訪ねると客はおらず、スタッフが「掃除するしかない」と話すありさまだった。菜々江も赤坂の自宅を手放すなど金策に励む。

 その後、再度の時短営業要請などもスタッフと乗り切り、年末には忘年会で労をねぎらい合ったが、その会場は昨年の高級焼き肉店から、新橋のガード下に変わっていた。

 21年1月7日、飲食店に午後8時までの時短営業要請があり、さらに再度の緊急事態宣言と、再起を図ろうにも店のスタッフ、ホステスの明日が見えない厳しい状況は依然変わらないままだ。

 なお、昨年5月も、初の緊急事態宣言下の中、奮闘を続ける菜々江の様子が伝えられている。『ザ・ノンフィクション』人が消えたナイトクラブの苦悩「銀座の夜は いま…菜々江ママの天国と地獄」。

闇営業の店に行ってまで「飲酒したい人」とは

 東京は緊急事態宣言下にあり、「夜は外で酒が飲めない」状況が続いているが、中には“闇営業”をしている店もあるだろう。この状況下、闇営業をしているナイトワーカーは袋叩きに遭うのは想像に難くなく、実際に、闇営業のナイトワーカーがネットニュースにもなっていた。個人的にも、今の時期に闇で営業する人、そこで働く人の声、そして特に、その店に通う人の意見は聞いてみたい。

 これは決して非難したいのではなく、純粋に、「店で飲酒したい人」とはどんな動機を持っているのか、その本当のところを知りたいからだ。

 私は酒好きだが、酒好きには「酒が飲めればいい人」と「外で飲みたい人」の2種類がいるように思う。前者は酔っぱらえれば一人でもどこでもいいが、後者は友人とワイワイ集まるのが好きな人、せんべろや居酒屋を巡るのが好きな人、高級クラブやバーなどの接客やら雰囲気やらを楽しむ人などさまざまだが、「酒」だけでなく「酒+α」を求めているところに共通点がある。

 もちろん「酒が飲めればいい人」でも人恋しいときは友人と飲みたくなったり、にぎやかな酒場に足を運ぶだろう。しかしそれでも、「酒があればいい」のか、それとも「酒+α」がよいのか、という傾向はあるように思う。

 私は外で飲むのも好きだが、「酒があればいい」のほうが強い。なので、この状況下であえて闇営業であっても、それでも店に足を運ばずにいられない人に、その心理を聞いてみたい。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は「東京、タクシー物語。前編 ~コロナとシングルマザーの運転手~」。6歳の一人娘を持つシングルマザーの恭子、45歳。離婚をきっかけに、もっと稼げる仕事をと東京でタクシー運転手の仕事に就いたのが3年前。しかし、新型コロナウイルスの影響は、持病がある70歳の母と3人で暮らす恭子一家にも降りかかる。

嵐・櫻井翔、『ネメシス』での演技がヘタすぎる!? ドラマ評論家が指摘する“欠点”ゆえの持ち味

 広瀬すずと嵐・櫻井翔がダブル主演を務める連続ドラマ『ネメシス』(日本テレビ系)。「探偵事務所ネメシス」に在籍する“自称天才”のポンコツ探偵・風真尚希(櫻井)と、天才助手・美神アンナ(広瀬)の凸凹コンビが、難事件を解決していくミステリーエンターテインメントだ。

 櫻井にとっては、3年ぶりのドラマ主演とあって、ファンからは「待ってました」と喜ばれているが、一方で視聴者の間では、「櫻井の演技がヘタすぎる」「コントのように見える」など、の演技力に疑問の声が飛び交った。

 櫻井はこれまで、ドラマ『山田太郎ものがたり』(TBS系)『謎解きはディナーのあとで』『家族ゲーム』(ともにフジテレビ系)など、数々の人気ドラマに主演してきたが、世間的には、『news zero』(日本テレビ系)でのキャスター業の印象が強く、俳優としての特徴やポテンシャルを論じられてきたことは少ないのかもしれない。

 そんな中、ドラマ評論家の成馬零一氏は、過去にサイゾーウーマンで、俳優・櫻井翔についてを考察。「櫻井の演技は基本的に軽くて平坦だ」と、その欠点を述べ、「記号的なキャラクターを演じる際にはすさまじいポテンシャルを発揮する」と評していた。

 『ネメシス』での櫻井の演技が物議を醸している今、あらためて同記事を掲載する。このコラムを読んだ上で、ぜひ『ネメシス』を観賞していただきたい。
(編集部)


(初出:2017年10月30日)
嵐・櫻井翔『先に生まれただけの僕』で持ち味になった、役者としての「欠点」

 日本テレビ系で土曜午後10時から放送されている『先に生まれただけの僕』は、総合商社から高校に出向してきた35歳の青年が、校長として経営を立て直そうとする異色の学園ドラマだ。主人公の鳴海涼介を演じるのは、嵐の櫻井翔。脚本は木村拓哉が型破りの検事を演じた『HERO』(フジテレビ系)や、大河ドラマ『龍馬伝』(NHK)といった作品で知られる福田靖。

 福田の脚本は、明るい社会派とでも言うようなテイストで、少し癖のある型破りの変人キャラの主人公が周囲をかき乱しながら、問題を解決していくという物語を得意としている。本作も、商社マンが校長として学校の経営に挑むという物語を入り口に、今の学校が抱える奨学金制度やいじめの問題などを扱い、重たい題材を軽快に見せることに成功している。その意味で福田作品で一番近いのは、沢村一樹演じる医師が病院の立て直しを行う『DOCTORS~最強の名医~』(テレビ朝日系)ではないかと思う。

 しかし、普段の福田脚本にある全編を通しての喉越しの良さが、今作では感じられない。見ている時の緊張感も後味の悪さも普段とは段違いだ。理由はチーフ演出の水田伸生の演出だろう。坂元裕二・脚本の『Mother』(日本テレビ系)や『Woman』(同)を筆頭に、ハードな社会派ドラマを得意とする水田の映像は暗くて重苦しいものとなっている。

 福田のライトな脚本を、水田が重苦しく演出しているため、チグハグなところがいくつかあるのだが、それが予定調和で終わらない緊張感をドラマに与えていて、面白い相互作用を起こしているように思う。コメディ色の強い脚本家・宮藤官九郎と『ゆとりですがなにか』(同)を手掛けた時も、宮藤の軽さと水田の重々しい演出が相互作用を起こして面白いドラマとなっていたが、本作にも同じことがいえるだろう。

 とはいえ、軽さと重さという正反対の要請が脚本と演出から来るのだから、演じる役者は大変ではないかと思う。特に、櫻井翔が演じる鳴海というキャラクターはこの作風の象徴のような存在で、軽さの中に重たい内面が見え隠れする難しい役どころだ。そのため、演技のさじ加減が難しいと思うのだが、鳴海の中にある分裂した要素を見事に統合している。これは櫻井にしかできないことではないかと思う。

 俳優としての櫻井翔を初めて意識したのは2002年の『木更津キャッツアイ』(TBS系)だ。

 本作は5人の若者の青春群像劇で、櫻井が演じた「バンビ」というあだ名の青年は、1人だけ童貞で、他4人とは違って大学生でもあり、体育会系のグループの中に1人だけいる繊細で頭のいい醒めた男の子という立ち位置だった。しかし、実際に出来上がった作品では、そういうキャラ設定はあまり生きてなくて、仲間に溶け込んで一緒に盛り上がっている末っ子の弟分的な立ち位置となっていた。それはそれで、当時の櫻井の持つ初々しいかわいらしさが出てきて魅力的だったので結果オーライだったが、バンビを演じるには、当時の櫻井には演技力が足りなかったのだろうと今は思う。

 それは09年の『ザ・クイズ・ショウ』(日本テレビ系)にも同様のことがいえる。この作品で櫻井は、軽薄なトーンで人の心の闇をえぐっていく冷酷なクイズ司会者を演じた。ニュース番組の司会をやるような知性派の櫻井に、露悪的なトリックスターを演じさせたいという作り手の意図はわかるのだが、与えられた役柄の奥にある「凄み」を、櫻井が演じきれているとは思わなかった。

 櫻井の演技は基本的に軽くて平坦だ。その軽さは、例えば映画『YATTERMAN~ヤッターマン~』の主人公・ヤッターマン1号やドラマ『謎解きはディナーのあとで』(フジテレビ系)の皮肉を言う執事のような、記号的なキャラクターを演じる際にはすさまじいポテンシャルを発揮する。

 しかし、軽い振る舞いの中に複雑な内面を抱えた人間を演じるとなると、裏側にある奥行きをうまく出せず、単純に軽くて薄っぺらい人間に見えてしまう、ということが初期の作品では続いていた。

 そんな中、大きな転機となったのは13年の『家族ゲーム』(日本テレビ系)だろう。本作で櫻井は何を考えているのかわからない不気味な家庭教師を演じ、この役には今までとは違う説得力があった。これはキャリアを積んで、櫻井の演技力が上がったからともいえるが、櫻井が30代になったことも大きいのではないかと思う。

 櫻井と同世代にあたる、30代で頭角を現した若手政治家やベンチャー企業の若手社長といわれている人たちを見ていると、年齢よりも幼く見えて心配になるが、ネットの普及以降に思春期を過ごした人間が持つ、合理的な考え方とフットワークの軽さに可能性を感じることも多い。そんな彼らと『先に生まれただけの僕』の鳴海は重なるものがある。

 その意味で、櫻井が演じてきた頭でっかちな青年は、今の30代にとってはリアリティのあるロールモデルとなっているのだろう。櫻井の軽くて平坦な芝居は、かつては欠点だったが、今はその軽さこそが役柄の説得力につながっているのだ。
(成馬零一)

『金田一少年の事件簿』で始まり『俺の家の話』で終わった、ジャニーズドラマ“一つの時代”と『夢中さ、きみに。』に見る新時代

1990年から2020年までのテレビドラマの歴史について、3人の脚本家を軸にまとめた一冊、『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)。その刊行にあたって、著者の成馬零一氏に同時代のジャニーズドラマの変遷について書き下ろしてもらった。『金田一少年の事件簿』から始まったというジャニーズアイドルドラマは、今後ドラマ界でどんな道を歩むのだろうか?

『人間・失格』『未成年』野島伸司作品におけるジャニーズの役割

 拙著『テレビドラマクロニクル1990→2020』は、野島伸司、堤幸彦、宮藤官九郎の作品を通してテレビドラマの歴史を綴った年代記(クロニクル)だが、彼らの作品を時系列順に追いかけていくと、ジャニーズ事務所のアイドルたち(以下、ジャニーズアイドル)がいかに重要な役割を果たしていたかを実感し、改めて驚いた。

 たとえば、1994年に発表された野島伸司脚本の学園ドラマ『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』(TBS系、以下『人間・失格』)にはKinKi Kidsの堂本剛と堂本光一が出演している。

 本作は、いじめを苦に自殺した息子の父親が、息子を死に追いやった教師や生徒たちに復讐する悲劇を描いた作品だった。堂本剛はいじめを苦に自殺した中学生・大場誠を演じ、堂本光一は誠に対して同性愛的な感情を抱く影山留加を演じた。

 私立の名門男子中学校を舞台にした本作は、『トーマの心臓』や『風と木の詩』(ともに小学館)といった少女漫画のテイストを学園ドラマに持ち込んだ怪作で、演技経験に乏しい10代の俳優が演じるため、たどたどしい部分もあるのだが、それが逆に生々しい迫力を与えており、思春期の少年に宿る神々しい切迫感は他の追随を許さないものだった。

 『人間・失格』は『高校教師』、『未成年』と並ぶ野島伸司のTBSドラマ3部作といわれる初期代表作だが、『高校教師』では女子高生に投影されていた無垢なる存在への憧れが、本作では少年たちに投影されている。対して『未成年』では、SMAPの香取慎吾が演じる知的障害者のデクがその役割を果たすこととなるのだが、野島が描こうとした無垢なる魂を体現する役割を果たしたのがジャニーズアイドルの少年たちだった。

土9『金田一少年の事件簿』という記念碑

 その後、堂本剛は95年にミステリードラマ『金田一少年の事件簿』(以下、『金田一』)で主演を務める。土9(日本テレビ系の土曜9時枠、現在は土曜10時枠に移動)で放送された本作は、ジャニーズアイドル主演×漫画原作によるティーン向けドラマという方向性を決定付けた記念碑的作品だ。

 チーフ演出を務めたのは映像作家の堤幸彦。MVやバラエティ番組で培った堤作品の映像は、当時のテレビドラマとしては異質なもので、カット数が多い細切れの映像の中、俳優はアニメのキャラクターのように撮られていた。

 同時に堤の映像はドキュメンタリー的でもあり、当時のホラー映画ではやっていた手持ちカメラ一台で撮影される揺れのある映像は、独自のリアリティを生み出し、人工的でありながら生々しい映像を展開していた。堤がここで開花させた映像美学はジャニーズアイドルと相性が良く、アニメや漫画の手法を実写ドラマの中に取り込むキャラクタードラマの嚆矢となった。

 90年代は、木村拓哉を筆頭とするSMAPのメンバーが、月9(フジテレビ系月曜9時枠)の恋愛ドラマや金曜ドラマ(TBS系金曜夜10時枠)の硬派な作品で主演を務めることで、当時はまだ俳優としての評価が低かったジャニーズアイドルの活躍の場を広げ、国民的スターへと上り詰めていく時期だった。

 一方、SMAPが切り開いた「歌もバラエティも俳優も司会も全部やる」という全方位型アイドルとしてキャリアをスタートしたTOKIO、KinKi Kids、V6といったジャニーズアイドルの主演作を引き受けていたのが、日本テレビの土9で撮られた堤幸彦のドラマだった。

『池袋ウエストゲートパーク』で始まったジャニーズのドラマ本格進出

 彼らが出演するアイドルドラマは、当時のドラマシーンにおいては異端の存在だったが、00年代に入ると、大人向けドラマ枠にも影響が広がり、新しい時代のスタンダードへと変わっていく。

 大きな転機となったのが2000年に堤がチーフ演出を務めた長瀬智也主演の青春ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系、以下『池袋』)だろう。本作の脚本家に抜てきされた宮藤官九郎の登場によって、ジャニーズアイドルのドラマ進出は本格的なものへと変わっていき、V6・岡田准一が主演し、嵐・櫻井翔が共演した『木更津キャッツアイ』(同)や嵐・二宮和也が主演で錦戸亮が重要な役どころを演じた『流星の絆』(同)といった数々の名作を生み出すことになる。

 宮藤のドラマに登場する男の子たちは、性欲や暴力性を内に秘めた等身大の存在で、アイドルが演じるには生々しかった。しかし、ジャニーズ事務所は宮藤の男臭いドラマに、所属アイドルを積極的に起用し、彼らは宮藤のドラマに出演して切磋琢磨することで俳優として成長していった。

 その筆頭は、やはりTOKIOの長瀬智也だろう。

 長瀬は00年の『池袋』以降、クドカンドラマの初期集大成と言える落語を題材にした05年の『タイガー&ドラゴン』(TBS系)、向田邦子賞を受賞した10年の『うぬぼれ刑事』(同)に出演。ドラマ脚本家としての宮藤は、長瀬と共に成長してきたと言える。そして今年の冬クールに作られたドラマ『俺の家の話』(同)は宮藤と長瀬にとって集大成と言える作品だった。

 長瀬が演じたのはピークを過ぎた42歳のプロレスラー・観山寿一。車椅子生活となった父親の介護と、家業の能楽師を継ぐために寿一が実家に戻る物語は、3月でジャニーズ事務所を退所する長瀬のバックボーンが強く反映された作品で、プロレスラーをアイドルに置き換えて見れば、そのまま長瀬の物語だったと言えるだろう。

 寿一が、父を看取り能楽師として家業を継ぐのではなく、突然、命を落とし、家族を見守る守護霊のような存在となってしまう結末は、視聴者に衝撃を与えた。自分を顧みずに家族のために生きた末に、永遠の存在となる寿一の姿は、ジャニーズアイドルと長瀬の姿を寓話的に描いていたように、筆者には見えた。

 ともあれ、『俺の家の話』は宮藤とジャニーズアイドルが積み上げてきた歴史の到達点であると同時に、一つの時代の終わりを告げるものだった。

 堤や宮藤と並走してきたジャニーズアイドルが、40代に入り、立ち位置が変わりつつある中、現在のジャニーズ事務所の課題は、10代20代の若いジャニーズアイドルたちに活躍の場を用意し、世代交代を果たすことだったが、その試みは少しずつ成果を見せ初めている。

 たとえば『俺の家の話』と同じ冬クールにMBSのドラマ特区で放送された深夜ドラマ『夢中さ、きみに。』は、関西ジャニーズJr内ユニット・なにわ男子に所属する大西流星が出演し、鮮烈な印象を残した。

 本作は新進気鋭の漫画家として注目される和山やまの同名漫画(KADOKAWA)をドラマ化した青春ドラマで、大西が演じた林美良は不思議な魅力を持った天使のような少年だ。林と女子生徒の松屋めぐみ(福本莉子)の関係は、男女の恋愛というよりは、推し(アイドル)とオタク(ファン)の関係にように見えた。

 芥川賞を受賞した宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』(河出書房新社)を筆頭にアイドルとファンの関係を通して、新しい世界像を語ろうとする物語が近年増えているのだが、その時にジャニーズアイドルが重宝されることは間違いないだろう。

 昨年は、ジャニーズJr.内グループ・HiHi Jetsに所属する高橋優斗が『#リモラブ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)、King&Princeの高橋海人が『姉ちゃんの恋人』(フジテレビ系)といったプライムタイムの連続ドラマに出演。5月から始まる連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK)には、同じくKing&Princeの永瀬廉が出演することが決まっている。

 LDH等の新興勢力の台頭によって、ここ数年は存在感が薄かったジャニーズアイドルだったが、すでに若手の逆襲が始まっている。今後、彼らがかつての堤や宮藤のような新世代のクリエイターと組んでドラマを作ることができれば、ジャニーズアイドルの新時代が到来するはずだ。
(成馬零一)

※『テレビドラマクロニクル1990→2020』4月22日まで先行販売中。詳細・購入はこちら 

『ザ・ノンフィクション』北九州連続監禁殺人事件、犯人の息子が伝えたかったこと「放送1000回SP 後編」

日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月18日は「放送1000回SP 後編」というテーマで放送された。

あらすじ

 今放送で1,000回目を迎えた『ザ・ノンフィクション』。前週の999回から番組26年の歴史を、前後編で振り返っている。

 当番組の初回は1995年10月15日。登場したのは、同年にロサンゼルス・ドジャーズに入団した野茂英雄投手で、放送2回目は同年3月に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教。その後も「大事件の関係者」「芸能、スポーツの有名人」などを取り上げることが多かったが、徐々に番組は市井の人たちにスポットライトを当てていく。

 今回の後編では、東日本大震災(2011年3月)以降の10年間が取り上げられた。震災の翌月には、犠牲者が全市町村で最多であった宮城県石巻市に暮らす3組の家族を取材。別の回では、田舎暮らしに憧れて、福島県浪江町に単身移住した老齢男性が、福島第一、第二原発事故により終の棲家と考えていた場所を失うことに。また、葛尾村の酪農家夫婦は飼っていた牛とも別れねばならず、牛の頭を撫で牛舎の片隅で涙する妻の姿を伝えていた。

 2017年に放送された、「人殺しの息子と呼ばれて…」。世間を震撼させた北九州連続監禁殺人事件の主犯、松永太死刑囚、緒方純子受刑者を両親に持つ息子の声を伝えたこの回は、大きな話題になった。事件当時彼は9歳。番組の取材を受けた際は、24歳になっていた。事件では緒方の親族6人が犠牲となっており、息子は事件後、身寄りがなく児童養護施設に預けられ、壮絶な半生を送る。彼は「ネットとかで(自分のことを)書かれるじゃないですか。その息子は今まともになっていないだろうなとか。知りもしない人たちが僕のことを悪く言うっていうのに納得ができなくて」と取材に応じた思いを話した。

 また、自身の体と心の性が異なる人たちについても、番組は何度か取り上げている。新宿ゴールデン街の名物ママ・真紀さん(当時76歳)は若い頃に性別適合手術を受け、当時の時代背景もあり家族に迷惑をかけられないと、故郷の鹿児島にはそれから一度も戻らなかったが、「せつなくて故郷」では47年ぶりとなる帰省の様子を取材。真紀ママはその後亡くなり、故郷の墓で眠っている。「しっくり来る生き方」では風呂ナシ、38歳で女装し地下アイドル活動をする男性の姿を見つめていた。彼は大学を出て働くも、その生活がどうもしっくりこず、はじめて「しっくりきた」のが、女性用のワンピースに袖を通したときだったという。

 社会問題に対し、長年にわたって献身的な活動をしてきた人についても番組では多く取り上げている。杉並区で動物病院を営みながら、休日は犬猫の避妊手術を行う太田快作獣医師を追った「花子と先生の18年」をはじめ、動物愛護活動に携わる多くの人たちを伝え、1,000回総集編の最後では、非行、不登校など問題のある子どもたちを「逃げるな」と支え続け、2019年に亡くなった愛知県西居院の熱血和尚、廣中邦充さんを伝えていた。

※「人殺しの息子と呼ばれて…」「切なくて故郷」は、FOD(フジテレビオンデマンド)で全編が視聴できる。

 かつて番組のホームページには「2011年の東日本大震災から、何かが変わった。その何かがこの国の行方を左右する」と記載があり、似たようなことが今回の後編のナレーションでも伝えられていた。私は宮城県出身で、震災で価値観や考え方が変わったが、震災の体験者や被災者、そうした者を家族や友人に持たない人は、価値観の本質的な部分は特に変わっていないように思う。それは自然なことだろう。当事者とそうではない人が、完全に同じように感じるなんて無理だ。

 「2011年の東日本大震災から、何かが変わった」という言葉を番組が伝え、今回の前後編の区切りも東日本大震災だったのは、番組スタッフが被災直後から被災地を何度も訪ね、被災した人たちの声を聞いてきたからこそだろう。「何かが変わったのだと伝えたい」という願いに似たものを感じる。この願いは、震災から10年たった2021年、新型コロナウイルスの蔓延により、「大きな困難により価値観、考え方が変わる」ということが、日本全国にようやく伝わったのではないかと思う。

 震災の被害が場所によりまったく違うように、新型コロナウイルスの被害も、職業によってその経済的な損失も全く違うので、さほど変化なく暮らせているように見える人がいる一方で、なぜ自分だけが、という深い絶望にある人もいる。絶望や孤独の状況にある人たちが歯を食いしばっているから社会は成立しているのだと思う。

 当事者やそれに近い人が感じた気持ちと同じように、自分が体験したことのない出来事を受け取るのは不可能だと思うが、それでも知ることで、相手に対する想像力は育まれる。こんなときに映像はとても雄弁だ。

 DV問題を追った回では、DV被害者の妻からの手紙と離婚届を代理人経由で受け取った加害者である夫の姿を遠くから映していた。手紙の中から離婚届を見つけた夫の手は、遠目でも「わなわなと」震え、動揺から手紙を持ったまま部屋をウロウロし続け、代理人から何度も座るように促されてもやめられない様子だった。

 夫の顔にはモザイクがかけられていたものの、その行動から、離婚届が夫にとっては「青天の霹靂」であったことが伝わり、夫が「それまで自分が妻にしてきた暴力について、全く理解していなかったこと」がよく伝わった。ここまで加害側は無自覚なのかと、DVの恐ろしさと、DVに耐えることの不毛さがよく伝わる映像だった。

 『ザ・ノンフィクション』は、ドキュメンタリー番組の中でも登場人物が自分の思いを話す割合が高い番組だと思うし、そこが魅力の一つだと思うが、私は番組のこんな「言葉がない、映像だけのシーン」も好きだ。言葉では語りきれない多くのことを伝えていると思う。

 次回は「銀座の夜は いま…2 ~菜々江ママとコロナの1年~」銀座の超高級クラブを経営する唐沢菜々江ママ、47歳。新型コロナウイルスに翻弄されながらも模索を続ける姿を昨年20年5月の放送でも伝えていた。しかし、その後1年、「夜の銀座」の状況は改善される兆しすら見えない厳しい状況が続いている。銀座の今の姿とは。

『ザ・ノンフィクション』「放送1000回SP 前編」、目の前の一日に人間が必死に向き合う生々しさ

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月11日は「放送1000回SP 前編」というテーマで放送された。

 『ザ・ノンフィクション』「放送1000回SP 前編」、目の前の一日に人間が必死に向き合う生々しさの画像1

あらすじ

 今回が放送999回目になる『ザ・ノンフィクション』。当番組の初回は1995年10月15日。登場したのは、同年にロサンゼルス・ドジャーズに入団した野茂英雄投手で、番組テーマソングはおなじみの「サンサーラ」ではなかった。放送2回目は同年3月に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教をテーマにし、番組史上唯一となる、朝の情報番組のようなスタジオ形式が採用されていた。

 初期はこのような「大事件の関係者」「芸能、スポーツの有名人」などを取り上げたものが多かったが、徐々に番組は市井の人たちにスポットライトを当てていく。なお、『ザ・ノンフィクション』は被写体との距離の近さが特徴だが、これは、撮影用の高画質のビデオカメラが家庭用とほぼ遜色ないほど小型化したことも影響しているという。

 山一證券が自主廃業した97年に放送された「借金地獄物語」は借金を返済するためにファッションヘルスで働く女性や、事業に失敗し家を手放す高齢女性と競売屋のやりとりを伝え、日曜午後としては驚異的な視聴率15.9%を記録。

 番組は隅田川の川べりで共同生活をする50代のホームレスの男女、段ボールを拾い集めて生活する人、道に落ちているお金を拾う「地見屋」といった、「持たざる」人たちの暮らしのほか、北新地のホスト、ヤマンバギャル、ダウン症の子どもたちのダンス教室、BSE騒動で米国産の牛肉の輸入が禁じられ、牛肉の争奪戦となった中での大阪・鶴橋の人気焼き肉店の様子や、昔ながらの応援団に入った中学生が成長していく姿など、さまざまな境遇にある人たちの姿を映していた。なお、番組で最多放送シリーズは過去15回放送された「上京物語」になる。

子どもだけでなく、大人が年を取る姿も心を揺さぶる

 『ザ・ノンフィクション』の魅力の一つは、長い期間にわたって、一人の人を見つめていくところだろう。「花の中学生応援団」では、当時中学校では唯一の応援団といわれていた、明治大学付属明治高等学校・中学校に入団した中学1年生の生徒が高校3年生になるまでの6年間を追っていた。中学1年生の頃は、ぶかぶかの学ランに着られているようなか細い子どもが、高校3年ではすっかりたくましい青年になっていた。

 子どもが大人に成長していく姿はそれだけでまばゆいものだが、一方で、「年齢を重ねていく姿」は大人であっても心を揺さぶられるものがあると思ったのが「おっぱいと東京タワー」だ。

 こちらは、『ザ・ノンフィクション』の信友直子ディレクターが乳がんになった自分の姿を撮ったものだが、そこには直子を看病するため広島・呉から上京し、穏やかに励ます直子の母親、文子の姿が映っている。

 当時文子は70代くらいに見える。抗がん剤で髪の毛が抜ける娘の背中にコロコロをかけ、家事をし、病院に付き添う姿は心強いが、その後文子は85歳で認知症を発症し、洗っていない洗濯物の上で寝転んだりするようになる。一方でそんな自分へのふがいなさ、悲しさもあるようで、文子が葛藤する様子も『ザ・ノンフィクション』で放送されている。

 その後、文子は2020年に亡くなっている。文子が年齢を重ね、生きる姿は胸に迫るものがあった。

 番組名物と言えるテーマソング「サンサーラ」は03年から6人、2組のアーティストに歌い継がれている。番組ファンにはおなじみのサビのメロディは、番組プロデューサーがインド旅行中に浮かんだものだという。

 「サンサーラ」という言葉も本来はサンスクリット語で「輪廻」という意味のようだが、番組ナレーションではサンサーラの意味を「繰り返す命の営み」と説明していた。たしかにこちらのほうがずっと『ザ・ノンフィクション』らしいと、番組ファンとしては思う。生き死にの長いスパンをどこか遠くから見下ろしているのではなく、目の前の一日に人間が必死で向き合う生々しさこそ『ザ・ノンフィクション』だと思う。

番組初期と今の違いをナレーションに見る

 現在『ザ・ノンフィクション』は女性芸能人のナレーションが多いが、初期のころは男性局アナが務めることが多かったようだ。さらに、その話し方も感情を抑制した、どこか物々しさを感じるナレーションで、それが番組の雰囲気に実にあっていた。

 のどかな日曜の午後に、こんな雰囲気の番組が始まれば「何事だ」と視聴者は思うだろう。日曜昼にどかんとやって驚かせてやる、と番組スタート時の意気が感じられてなかなかよかった。

 今は先述の通り女性芸能人がナレーションを務めることが多い。話す内容も優しく、登場人物に寄り添うようなものが多い。今の時代が寄り添い、優しさを求めている、という番組側の判断もあるのかもしれない。同じように、NHKの『ドキュメント72時間』も、ナレーションに優しさが感じられる。

 しかし個人的には淡々と、感情を出さずに対象から距離をとってドライに伝えているナレーションのほうが、『ザ・ノンフィクション』の濃すぎる内容とマッチしているように思う。さらに言えば『ザ・ノンフィクション』の題字も、最近リニューアルしたものではなく、以前の物々しい字体のほうが好きだ。

 こんなふうに、いちファンがあれこれ言いたくなるくらい、のどかな日曜の午後に変化球を投げてくる『ザ・ノンフィクション』。これからも繰り返される人間の営みを大切に見ていきたい。

 放送1,000回となる次週は今回の後編。なお、前後編の区切りは東日本大震災。番組は震災で何がどう変わった、ととらえたのか。

『ザ・ノンフィクション』名店レストランを3カ月で辞めた“何もわかってない”18歳「新・上京物語 後編 ~夢と別れのスカイツリー~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。4月4日は「新・上京物語 後編 ~夢と別れのスカイツリー~」というテーマで放送された。

あらすじ

 2020年6月、北海道、製紙工場の煙突が立ち並ぶ苫小牧市から料理人を目指し上京した18歳の一摩。就職先はかつて人気テレビ番組『料理の鉄人』(同)にも出演した、洋食の巨匠・大宮勝雄シェフが経営する浅草の名店「レストラン大宮」だ。

 一摩は幼い頃に両親が離婚し、父親も若くして亡くなったため、祖父母に育てられた。祖父の美智男は料理人で、天皇陛下の皇太子時代に料理を提供したこともあるという。美智男は肺がんを患い2年前に現役を引退したが、今も家ではシェフコートを着て家族に本格的な料理を振る舞う。

 美智男は東京で修業時代を共にした大宮シェフに一摩を託す。一摩は一流の料理人になりたいと祖父母や友人にも話し、その姿は自信がみなぎっているが、自分で料理をしたことはほとんどない。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、2カ月遅れでようやく上京できた一摩は、東京駅の目の前にある新丸ビル内の、レストラン大宮の支店で働くことになる。しかし勤務初日、包丁を持つ手つきもおぼつかない一摩は、右も左もわからない厨房の中で、それまでの意気揚々とした様子から一変、見るからにションボリとしていき、賄いの昼食もろくに喉を通らない。そしてその晩、大宮シェフに初日にして辞めたいとまで伝えてしまう。

大宮シェフの説得もあってレストランにとどまった一摩は、ノートにポイントをまとめるなど料理の勉強を続けるものの、厨房でてきぱきと動けず、先輩から叱咤される日々が続く。徐々に仕事を休みがちになっていき、3カ月で結局レストラン大宮を辞めてしまう。

苫小牧に戻った一摩に対し、祖父母が何か責めるようなことはなかった。その後、美智男は他界。現在一摩は地元のコンビニでアルバイトをしながら就職先を探している。

料理をしたことないのに「できる」と思う“わかってなさ”

 それまで料理をしてきたことがない、という言葉通り、一摩は勤務初日、見ていてハラハラするくらい包丁使いがなってなかった。一摩の祖父は料理の世界で生きてきた人なのだから、事前に一摩に自宅で料理をさせていればよかったのに、と思った。

 何事も、手を動かしているときではなく、頭の中で思い描いているときが一番何もわかっていない。だからこそ、上京前の一摩が「一流の料理人になる」と口にしていたように、大きなことも言える。

 しかし実際に手を動かしてみれば、実際に思い描いていた夢の世界とはかけ離れた、パッとしない自分の姿と向き合うことになる。失望するし、ガッカリするのだが、頭の中で夢の世界に浸っているよりは確実に前進はしているのだ。

 こういった夢と現実の落差をまったく知らないまま、いきなり一流の世界に飛び込んでしまったことが、3カ月での退職につながった要因の一つのようにも思える。 

 『ザ・ノンフィクション』では今回に限らず、京都の舞妓さんなど、社会に出た若者を長い期間追い続けるシリーズがいくつかある。そういったシリーズを見ていると、最初はソツのないように見えたタイプが、意外と長続きしないケースが散見される。

 一方、今回の一摩のように、面接など話を聞いている場ではしっかりしているように見えるのだが、いざ勤務してみると初日から人が変わったように不安を感じさせるタイプもいる。「人を採用する」というのは本当に難しい。

 自分の周りを見ても、20代の頃は仕事をバリバリやりそうと見えたタイプで今仕事をしていない人もいるし、ほどほどにやれればいいように見えていた人がしっかり存在感を示したりもしている。転職したら人が変わったようにイキイキしだした人もいる。

 結局のところ、仕事をどこまでやれるかは本人だってやってみないとわからないのだ。採用する側にしてみたら、ますますわからないことだろう。

 番組の最後では、一摩の一年後輩にあたる2021年度のレストラン大宮入社の2人の若者が紹介された。一摩をはじめ若手の離職に頭をかかえる大宮シェフは、その2人について「いいと思います、今回は……と思いたい」と苦笑しつつ、率直な気持ちを話していた。

 どんな職場にも「なんでこんな人を採用したのだろう。採用した人は何を考えていたのだろう」と頭を抱えたくなるような人が一人はいるとは思うが、そういう人とて、採用時には採用担当者が「いいと思います……と思いたい」と思って採用したのだろうし、当の本人だって、頑張れる自分を信じていたのだ。人を採用するのは本当に難しい。

 次週の『ザ・ノンフィクション』は『ザ・ノンフィクション 放送1000回SP 前編』まもなく放送1,000回を迎える『ザ・ノンフィクション』。26年にわたる歴史の中で描いてきたものは一体何なのか。