
楳図かずお的な迫力
タダならぬ表情の少年像。これぞ、李承福(イ・スンボク)クンという9歳の少年が、北朝鮮兵に襲われるも、勇敢に「僕は共産党が嫌い」と訴え、殺されてしまうシーンを再現した像である。……なんだそれ。
平和ボケしている身には理解できない、こんな心穏やかでない像が立つスポットがあると聞き、2018年には冬季オリンピックが行われる平昌(ピョンチャン)郡の山の中まで行ってきた。
ソウルから珍富(チンブ)という、珍スポ趣味者を歓迎するかのような名前の小さな村まで、バスで3時間。そこからさらに村バスに乗り換え、30分ほどで「李承福記念館」に到着だ。

予想以上に立派な佇まい
四方を山に囲まれた、がらんとした巨大な駐車場の先に、立派な門構えの公園が待ち構えている。これまた立派な警備室の前を通ると、整えられた広場に立派な少年像が屹立していた。

真似したくなる、いいポーズ
事件が起きたのは1968年と、一昔前のこととはいえ、少年、このあと大変な目に遭うんでしょ? と思うと、そわそわする。「勇敢すぎるにもほどがある」と言いたい。
この公園はハイキングコースにもなっており、紅葉はとても美しいのだが、お子様連れのご家族はどのような気持ちでこの像を眺めるのだろう?
少年像をあらゆる角度から激写する私の横を、「僕は共産党が嫌い!」と彼のキメゼリフを楽しそうに口ずさみながら、お年寄りの団体が通り過ぎて行った。

叫ぶ少年像と、観覧コースを紹介するお姉さんとのギャップがぐっとくる
記念館はこの像以外にも、李少年に関わる展示がめじろ押しだ。
次に現れたのは、北朝鮮兵の襲撃を受けた自宅を復元したもの。本物の家は、ここから5キロ先の山奥にあったそうだが、「わかりやすいように(日本語パンフより)」ここに設置したのだという。

いずれにせよ、戸締りはしっかりしたほうがいい
お次は、記念館のメインコンテンツといえる、李少年の9年間が詰まったミュージアム「本館展示室」だ。
中に入ると、右手には厳かな追悼室があり、左手には映画の上映室があった。先客がいるので扉の外で待っていたところ、中からおどろおどろしい叫び声が聞こえてくる。しかも、テープの延びきったような割れた音で。ここはお化け屋敷か。
『李承福の一代記』というタイトルの、20分ほどの白黒映像を見て、事件のあらましを知り、おなかいっぱいになるが、展示室はここからが本番だ。
薄暗く重々しい雰囲気の中、事件のことはもちろん、李クンの人生や人となり(「成績は良好、性格は活発でおおらか」とある)、家族のその後を紹介する詳細なパネル展示がずらりと並ぶ。さらには、彼が実際に使っていた箸や皿まで……。

「李承福茶碗」というシュールなキャプション

そして、この不穏な油絵は……

ひいいい
極めつきは、事件の様子を描いた一連の油絵。李クンが北朝鮮兵に口を裂かれるシーンは、トラウマ級のグロさ! あの石像の次の瞬間は、こんなのなのか……。
別のところには、さらりと北朝鮮兵の死体写真も並んでるし、観覧客をビビらそうとしているとしか思えない。
この記念館が生まれたのは、南北関係がもっと緊張していた1982年(翌年には韓国大統領が北朝鮮の工作員に暗殺されかけるラングーン事件が起きる)。李少年とこのスポットを通じて、国民の反共精神を叩きこもうとしたことは間違いない。
ちなみに当時は、韓国の多くの小学校に李承福像が立っていたそう。日本でいうところの、二宮金次郎状態だ。
対北感情がはるかに穏かになった昨今は、グロ絵を用いるほどのスパルタ反共教育はさすがに行われていない。時が止まったようなここ李承福記念館は、当時の韓国のイケイケな雰囲気を味わえる、貴重なスポットといえる。
なお、ウィキペディアによると90年代、とある雑誌が「李承福事件はねつ造である」と書いたことにより、真偽はともかく国民の多くが李承福事件を冷めた目で見るように。小学校にあった李承福像も、大部分が撤去されたとか。
展示館では李クンの性格から愛用していた食器の形まで、思わず詳しくなってしまったが、記念館はこれで終わりではない。敷地の一番奥にはなんと、彼が通っていた小学校までもが復元されている。情報量、濃すぎるのだが……。

李承福少年の通っていた校舎が丸ごと登場

校舎の中も見学できる。あらゆる場所に李クンが
園内には李承福関連以外にも、動植物の剥製や標本が並ぶ「自然学習場」、戦車や戦闘機などが準備されている。さらりと見学した後、1時間に1本あるバスに乗って下山した。
李クンの何倍も長く生きているが、果たしてこれだけ広い庭園を埋めるだけのコンテンツを私は持っているのか、自問自答せざるを得なかった。
●李承福記念館
住所 江原道平昌郡龍坪面雲頭嶺路500-11
営業時間 9:00~18:00(11~2月、~17:00)
(文・写真=清水2000)