尼神インターの渚は、『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)のことを「でっかい大会」と称し、銀シャリの橋本直は「スケジュール見て『でっかい大会入った』って言ってます」と告白する。(ともに3月17日放送分)
もちろん、あくまでギャグとして放たれた一言だが、芸人にとって、それくらい無駄にプレッシャーの掛かる番組であることは間違いない。
爪痕を残そうと奮闘する者、空回りから脱出できず震えが止まらなくなる者、怖気づいたがゆえ、波風立てず無傷であろうとする者。
明石家さんまが好むのは、当然“爪痕を残そうと奮闘する者”である。「俺らがなんとかフォローしたるさかい!」「空回りしたって笑いになったらええやないか!」、場所を提供する向上長の懐は意外に深いが、そこには「自己責任」の4文字も付いて回る。だからこそ、芸人からは感情の揺れ動きがあからさまに透けて見える。あのスタジオで起こる出来事は、バラエティであり、もはやドキュメンタリーでもある。
■見せ場をナダルに横取りされた加藤が立ちすくむ
面白い流れが発生すると夢中になり、バランスの喪失も厭わなくなるさんまの司会術。ひな壇トークはチームプレイだとよく言われるが、前に出ようとする芸人が複数存在すると、途端にチームワークは破綻する。
同番組の4月7日放送分がすごかった。ケガを恐れ、置きに行く芸人も少なくない中、異常なモチベーションで前に出ていくのはザブングルの加藤歩とコロコロチキチキペッパーズのナダルだ。
この日、ゲストとして出演した加藤は意気込んでいた。「芸人は芸一筋であるべき!」と主張し、「いろんな特技がある奴は芸人辞めてしまえ!」というクレームを用意して、アート界で活躍する野性爆弾のくっきーや、コメンテーターでもあるカンニング竹山を攻撃するのだ。
すると、ナダルが「僕も特技ないんです」と、話の流れに割り込み始める。彼は基本的に、チームワーク無視だ。流れを止めておいて、なのに「手押し相撲が特技です」と中途半端なことを言い、不思議な形で流れを着地させてしまった。まさに、インターセプト! すっかり、話の主役は加藤からナダルへと移ってしまう。立ちすくむ加藤は、黙っていられない。
「ナダル! お前、やってくれたなあ。僕もいろいろあったんですよ。いつ言おうかなと思ったら、こいつがやってくれましたわ!」
見せ場を奪われた加藤とナダルの対立構造が、見事にできあがった。
■本気のネタを見せ、本気で心が折れたナダルに、本気で心配する加藤
ゆりやんレトリィバァは、世界進出を狙っているらしい。番組はチャド・マレーンを呼び、各芸人の“世界に寄せたネタ”を披露させる。
もちろん、爪痕を残したい加藤とナダルも名乗りを上げた。まずは、ナダルの出番。想像の架空の友だちを紹介するというネタを、チャドの前で行ったのだ。
「チャドさん、紹介します。鹿児島から来た青森君です。2人目は、世界の山ちゃんで働いてる松ちゃんです。3人目は、のっぽ王国から来てくれたチビです」
いつまで経っても笑いは起きない。次第に、ナダルの表情は引きつり始める。今度は、加藤が割り込んだ。
加藤 なんやねん、今の。スベる前提でやってるやんけ。
ナダル そんなことない、あと5人やったらメチャメチャ爆笑になっとたんや!
加藤 本気のやつやってくれよ!
ナダル わかった、わかった。……座っとってくださいよっ!!
爪痕を残したいナダルはネタを続行する。
「デジタル帝国から来た手作業です。大自然王国から来たメトロポリスです。……(ふてくされた表情で)おもろいやろ」
勝手に舞台を降りようとするナダルに、加藤が近付いて行った。
「待てよ。ちょっ、マジで。なんや、芸人辞めるんか?」
この日一番の爆笑は、ここだ。手練の芸人らの笑い声がスタジオにこだまする。真剣にネタをやり、ガチで心の折れたナダルに、ドンピシャの言葉をかける加藤。心象風景が痛いほどわかる芸人らは、うれしくて仕方がない。身に覚えがあるし、シンパシーを感じるし、バラエティ番組に不相応なガチ展開との温度差に笑いを禁じ得ない。
ナダルに続いて加藤もネタを披露したが、彼もスベってしまっている。涙を流す加藤と、うなだれるナダルに、さんまは「まだやれるって、明日があんねんから! やまない雨はないもんな!」と言葉を掛けた。芸人の悲哀を見せた2人に、酸いも甘いも知り尽くした大御所が掛けるねぎらいの言葉。素晴らしい大団円だ。
社会生活を送る上で、人間は生身の感情を出すことに抵抗を感じている。空気を読み、大人の態度を貫いてカモフラージュしがちだ。
「虚構の中でしか描けない真実」というものは、絶対にある。芸人が流れの中で道化を演じ、笑いを起こすために生身をさらけ出すことも厭わない。そこで浮かび上がるのは、人間としての“本気”だ。
この日の『さんまのお笑い向上委員会』は、「虚構の中でしか描けない真実」を確実にあぶり出していた。日常生活では滅多に目撃できない真実が見れたからこそ、笑いは発生した。すごいものを見たからこそ起こる種類の笑い。
勇気を持ってまな板の上の鯉になった加藤とナダルにも、拍手を贈りたい。
(文=寺西ジャジューカ)