清武の乱、契約金超過問題、トドメに原の1億円……紳士なんかじゃない! 巨人軍スキャンダル史

【プレミアサイゾーより】
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『私の愛した巨人』(ワック)
 “球界の紳士””球界の盟主”と呼ばれてきた読売巨人軍が、「週刊文春」6月28日号の報道に端を発するスキャンダルに、揺れている。かねてより同球団に対しては球界の内外から毀誉褒貶相半ばしてきたが、今回の事件や”清武の乱”といった騒動が相次ぐなど、一体巨人軍はどうしてしまったのか? 球界関係者や昔からのファン、あるいは球団を取材してきた人物たちは、今の巨人軍をどう捉えているのか。それぞれの立場からの視線によって、現在の”巨人像”を浮かび上がらせてみよう――。 「巨人軍は常に紳士たれ」「巨人軍は常に強くあれ」「巨人軍はアメリカ野球に追いつき、そして追い越せ」――これは、読売巨人軍の創設者たる読売新聞社主・正力松太郎が遺した「巨人軍憲章」だ。日米野球興行出場チーム「大日本東京野球倶楽部」(1934年発足)から、「東京巨人軍」と改称された36年に正力が示したこの訓示は、とっくの昔に消え去った昭和の夢といっていいだろう。  巨人が「紳士ではない」ということは、球団発足から今日に至るまでのさまざまなスキャンダルがそれを証明している。プロ野球史上最も有名な、巨人が引き起こした醜聞といえば、78年の「空白の一日」事件【註1】だろう。前年のドラフト会議にてクラウンライターライオンズ(当時)の指名を拒否し、アメリカに留学中だった江川卓と、野球協約の穴を突く形で電撃契約。ほか11球団のみならず、世間からの大非難を浴びた。その後も、85年のKKコンビドラフト事件【註2】、90年の桑田真澄野球賭博疑惑【註3】、97年の高橋由伸入団にまつわる裏金疑惑【註4】、99年の篠塚和典コーチ車庫飛ばし事件【註5】、04年の一場靖弘”栄養費”事件【註6】……と、”順調に”スキャンダルを積み重ねてきた。  そして11年から今年にかけて、またしても球界を揺るがすようなトラブルが、巨人を震源として立て続けに巻き起こっている。11年日本シリーズ(福岡ソフトバンクホークス対中日ドラゴンズ)開始の前日であった11月11日、清武英利球団代表(当時)が、「読売巨人軍のコンプライアンス上の重大な件」を告発する記者会見を開催した。内容は、来季の巨人のヘッドコーチ人事について、渡邉恒雄球団会長が不当に介入し、同氏の”鶴の一声”によって人事がめちゃくちゃにされている。渡邉氏による巨人軍・プロ野球の私物化を許すことはできない――というもの。オリンパス事件が世を騒がせていた折、「コンプライアンス上の」と言うから「すわ、野球賭博の告発か」などと色めき立った野球ファン・マスコミは、いささか肩透かしを食らった格好になった。のちに「清武の乱」と呼ばれることになるこの告発については、当事者たる清武氏の言葉も参照してほしいが、巨人を見舞ったスキャンダルはこの後も容赦なく続いている。 ■「清武さんへ」と題された異例の呼びかけの行方は?  さらに今年3月15日、朝日新聞朝刊の一面を、「巨人、6選手に契約金36億円 球界申し合わせ超過」という見出しが飾った。97年~04年度に入団した、阿部慎之助選手・野間口貴彦選手・高橋由伸選手・上原浩治選手・二岡智宏選手・内海哲也選手の6人に対し、球界で申し合わせた新人契約金の最高標準額(1億円+出来高払い5000万円)を超える契約を結んでいたことをすっぱ抜くスクープだった。確かに”申し合わせ”は厳密なルールではないし、違法行為でもない。かつて横浜ベイスターズ(現DeNA)や西武ライオンズにおいても、契約金の超過が発覚したことはある。しかし、前出の一場靖弘にまつわる”前科”もあり、また何よりこの「36億円」という額のあまりの大きさが、かねてより批判されてきた”金にものを言わせて選手を引っ張ってくる”という巨人のやり方をさらに強調し、世間の反発を呼び起こした。  そして6月21日、「週刊文春」(文藝春秋)が、原辰徳監督の不倫スキャンダルをスクープ。現役巨人選手だった88年、関西遠征に際して球団で宿泊していたホテル従業員の女性と不倫関係に陥り、06年にその女性の日記を持っているという男性2人から1億円を要求され、原監督がこれに応じたとする内容だった。日記には原以外にも、2人の巨人コーチ(88年当時は同球団選手)の名前が記されていたとされる。この報道が世に出るとすぐ原は「清武さんへ」と題する談話を発表。「巨人軍の選手、OB、関係者を傷つける報道が相次いでいます。たくさんの暴露が行われ、巨人軍関係者を混乱させ、選手、OBを苦しませています。(略)こんなことがなぜ続くのか。清武さんのほかに、いったいだれがいるのか」と、本件の情報元が清武氏であると名指しで非難した(清武氏はこうした巨人側の発言を名誉毀損とし、7月25日に提訴)。原を脅した男性2人は暴力団関係者とされ、うちひとりは現役選手の父と報じられている。さらには、この男性2人と原を仲介したのが、巨人出身である現横浜DeNAベイスターズ監督・中畑清であったという報道も飛び出し、暴力団排除の機運が上がり続ける世の中において、巨人のずさんな体質が露呈した格好となった。  巨人は確かに発足の当初から球界における別格であり、数々の伝説やスーパースターたちが彩る華やかな歴史があり、それゆえに異形の存在でもある。以降の本特集では、元プロ野球選手や読売新聞関係者、巨人を取材してきたジャーナリスト、そして熱烈なファンら、識者たちの目を通して、現在の巨人軍の姿を見ていきたい。そこに浮かび上がるのは、崩落寸前の”盟主”の看板か、かつての輝きが垣間見える栄光の残滓なのか――。 (文/松井哲朗) ■巨人裏面史 【註1】「空白の1日」事件(78年) 77年のドラフトでクラウンライターライオンズから1位指名された江川卓。指名を蹴って1年浪人するが、同球団の入団交渉権が切れた78年11月21日、突然巨人入りを発表。翌日にドラフト会議を控え、”空白の1日”となる同日であれば希望の球団に入団できるという野球協約の穴を突いた契約だった。当然大問題になり、ドラフト会議は大荒れ。結局、江川はいったん阪神に入団し、その後、小林繁とのトレードによって巨人入りを果たした。 【註2】KKコンビドラフト事件(85年) PL学園の同級生だった清原和博と桑田真澄。巨人入りを熱望する清原に対し、桑田は早稲田大学進学を表明。ドラフトの目玉は清原、桑田は回避との予測が立ったが、実際は巨人が桑田を1位指名。清原には巨人以外の6球団から指名が集中した。桑田・巨人間の密約の存在が囁かれた。 【註3】桑田真澄野球賭博疑惑(90年) スポーツメーカーの営業マンだった中牧昭二氏が、告発本『さらば桑田真澄、さらばプロ野球』(リム出版)で、アドバイザリー契約の見返りに桑田から多額の金品を要求されたと暴露。当時桑田が親しかったメンバーズクラブ社長に登板日を伝えていたような描写があったため、野球賭博に関与していたのでは、と疑惑に火がついた。 【註4】高橋由伸入団裏金疑惑(97年) 97年ドラフトの目玉・高橋由伸。スカウト合戦をヤクルトが制し、読売グループ傘下の報知新聞さえ「ヤクルトへの逆指名」と報じていたが、巨人へ逆指名入団。その後、高橋の父が所有する不動産が焦げついて莫大な借金を背負っていたこと、それを巨人サイドが肩代わりしたことが報じられる。 【註5】篠塚和典コーチ車庫飛ばし事件(99年) 99年10月15日、巨人軍出身でコーチを務めていた篠塚和典が、家宅捜索を受けた。所有者を偽ってナンバーを登録する、「車庫飛ばし」を行っていた容疑で経営者が逮捕された自動車販売会社の役員に名を連ねていたことから、こうした事態が勃発。同社は後藤組のフロント企業とされていたため、篠塚本人と裏社会の交友も取り沙汰された。 【註6】一場靖弘”栄養費”事件(04年) 明治大学野球部4年だった一場靖弘に、巨人が栄養費などと称して総額約200万円を渡していたことが発覚。球団オーナー渡邉恒雄と社長の土井誠、球団代表の三山秀昭らが引責辞任した。 【「サイゾーpremium」では他にも巨人タブーを暴く記事が満載!】「マスコミには清武の味方になる理由がないだけ! 巨人の裏金は他球団が悪い」エモやんが語る球界と巨人「責任転嫁ばっかりしてると選手に呆れられる」“球界の野良犬”愛甲猛が知る原スキャンダルと野球賭博「巨人の四番に女性問題がないわけがない」ビビる大木が嫌いになれない“1億円を払う”原の天然ぶり
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カニバリズム、不幸の連鎖、身体障害者……キケンすぎる絵本の正しい愉しみ方

【プレミアサイゾーより】
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怪談えほんシリーズ『悪い本』
──子どもが想像力の羽を広げる絵本。教育のツールにもなるそれは、健全な物語が描かれていなければならないし、我が子に役立つ教訓が説かれていなければならないと多くの親は思うだろう。だが、そんな世間一般のイメージを打ち破るヤバい絵本が、この世には存在するのだ。 子どもの想像力をかき立てるべく親が読み聞かせる絵本は、健全な内容でなければいけない──。そんな暗黙のモラルがあるならば、あまりの恐ろしさに子どもがトラウマになるようにも思える絵本は、禁忌に抵触しているのか? 絵本作家養成の「あとさき塾」を共同主宰する編集者・小野明氏はこう話す。 「残酷さを一種のタブーと考えるなら、約150年ほどの近代絵本の歴史において、1847年に原書がドイツで刊行された『もじゃもじゃペーター』は古典的な名作として知られますが、かなり怖い。マッチで火遊びをする女の子が焼け死んだり、おしゃぶりの癖が治らない男の子が仕立て屋の巨大なハサミで指を切り落とされたり、子ども主体の残酷な10の小話が収録されています。また日本の恐い絵本の定番といえば、おばあさんを殺したタヌキを、ウサギがおじいさんに頼まれて仇討ちするという民話をベースにした『かちかちやま』。タヌキがおばあさんを殺して作った”ばば汁”を『このタヌキ汁、なんだかばぁさま臭くないか』とおじいさんが食べるくだりはゾッとする。この”ばば汁”の場面をはじめ数カ所が子どもには残酷だという理由で、現在は改作されたバージョンも多く流通しています。ただ、本作にはタヌキのような悪さをしたら懲らしめられるという教訓があるように、古くより絵本の中では子どもの”しつけ”のために怖い物語が描かれてきたのだと思います」  また違った怖さを追求した傑作として、米国の絵本作家エドワード・ゴーリーが61年に発表した『不幸な子供』を小野氏は挙げる。 「主人公は裕福な家に生まれた女の子ですが、火事や交通事故などあらゆる不幸が続き最終的に死ぬ、まったく救いようのない話。ゴーリーは残酷で不条理に満ちた作風で知られますが、ここまで徹底してダークな作品はほかにないと思う。しかしホラー映画/小説が存在するように、残酷さや不幸さを見たくなるのも人間の性にはあり、そうしたものをあくまで”虚構”として愉しむ方法を子どもに教え得る一冊のように思います」  そして恐怖絵本は、現在も生まれている。最近では、人気作家と画家/イラストレーターがコラボレーションした『怪談えほん』シリーズが2011年より刊行され、話題となった。児童文学の研究者・宮川健郎氏はこう述べる。 「学校の怪談などは子どもたちの語りと子どものための読み物として流布していましたが、怪談を絵本に落とし込んだ最初の例がこのシリーズといえます。特に怖がらせ方が異様なのが、作家の加門七海と画家の軽部武宏による『ちょうつがい きいきい』。主人公の男の子は、自室の扉のちょうつがいに挟まり”きいきい”と泣き叫ぶおばけを見つける。同様のちょうつがいが街のあちこちにあり、主人公と読み手はその音に精神的に追い込まれていきます。また宮部みゆきとイラストレーター・吉田尚令の『悪い本』は、心をもった”世界でいちばん悪い本”が読み手に”あなたは悪さをしたくなる”などと呪文のように語りかける。陰鬱な作品ですが、これを読んだ子どもは、自分を含めた誰の心にも”悪意”が潜んでいることに気づくかもしれません」 ■身体障害者に対する小学生の違和感と友情  ここまで恐怖絵本について述べてきたが、2000年代に日本でブームとなったチェコ絵本は、それ全体がある種のタブーを破ってきたのかもしれない。 「共産政権の締めつけが厳しかった戦後のチェコでは、芸術にとって最も自由な場のひとつが絵本。その絵は内容を補う”挿絵”と考えられていたため、絵画などの美術とは異なり、差し止めになることはまれでした。また当時は計画経済であり、国営企業である版元に予算が割り振られれば、内容は比較的自由に設定できた。こうして優れた美術家やイラストレーター、グラフィック・デザイナーらが絵本の領域で腕を振るい、そのレベルは高まっていったのです」  こう話すのは、チェコ雑貨と絵本の専門店「チェドックザッカストア」を運営する谷岡剛史氏。要は、共産政権下のチェコにおいて表現の自由は禁忌だったわけだが、絵本はそれを突破するアートフォームだったのだ。そんなチェコ絵本の中でも、より先鋭的なものとして次の作品を谷岡氏は挙げる。 「『イラストわらべうた』に描かれた動物や人間は、その毒々しい色使いと歪んだ肢体が独特。どこか不気味な印象を与えるので、子どもらしいキャラクターとはいえません。それから、新聞の風刺画を手がけていたボフミル・シュチェパーンの『狂ったお話』は、人面馬や長い手足をもつレモンといったコラージュが特徴的。モンティ・パイソンにも通じる、奇妙でシニカルな感触があります」  驚くことに、これらの主な読者対象は乳幼児。そして対象年齢がもう少し高いものとしては、『秘密の航海日誌』が異様だ。 「航海の日誌を綴るという体裁をとった絵本ですが、手書きの文章や無造作な挿絵などが100ページにわたり無秩序に配され、ストーリーは支離滅裂。アウトサイダー・アート(知的障害者や身体障害者による美術)にも近い。そんな精神倒錯的とすらいえる本書は、66年の初版時に2万5000部も刷られたそうです」(谷岡氏)  また人間の身体的な欠陥に触れた作品も、禁忌を犯した絵本だろうか。そうした領域に踏み込んだのが『はせがわくんきらいや』であると前出の宮川氏は述べる。 「作者の長谷川集平が小学生時代の自身の体験をベースに創作した作品で、子どものイタズラ書きのような文と絵で、”はせがわくん”の友達を語り手として物語は展開します。実は作者は乳児の頃に森永のヒ素ミルクを飲み、その後遺症で小学生の頃は周りの友人に比べて体が弱かった。そんな人間に違和感を覚えてしまう子どもの本心が、”はせがわくんきらいや!”という言葉を通して炙り出される。しかし物語が進むにつれて、”はせがわくん”と語り手の間に、それを超越した友情も芽生えます」  こう語る宮川氏は先に絵本界の外部の人間が参加した『怪談えほん』シリーズを取り上げたが、小野氏は同じく部外者である現代美術家・大竹伸朗による『ジャリおじさん』の特異点について話す。 「海を見て暮らしていた”ジャリおじさん”が、あるとき黄色い道に沿って歩いていくと、自分自身に出くわしたり、青い神様が現れたりといった出来事が起きる話ですが、”ジャリおじさん”は神様に気づかず通り過ぎてしまう。まあ”神様問題”は民族や文化の相違によってタブーとなり得るものでしょう。実際、この神様は欧米ではなかなか受け入れられなかったようです。本書を大人が読んだら、日本の作者が神を視覚化する動機や、その存在を主人公が認識できない理由、また自分自身と対面する意味などをあれこれ考えたくなるのかもしれません。しかし子どもはこうしたことを疑問に感じるよりまず、物語と画面全体をまるごと受け止めるようですね」 ■女の子がおののくかわいくない動物たち  ところで絵本にはしばしば動物が登場するが、おしなべて愛らしいキャラクターとして描かれる。絵本のそんな”定式”を崩すのが、『もりのおくのおちゃかいへ』だと宮川氏は指摘する。 「主人公の女の子がおばあちゃんの家にケーキを届けるという、よくありそうな物語で、道中の森で通りがかった家ではさまざまな動物が集まってお茶会を開いていて、女の子はそれに参加する。しかし、そこで出会った動物はミッフィーちゃんみたいなキャラクターではなく、獣臭さが漂ってきそうなほど生々しい。動物が住む世界はやはり人間界とは異質であり、動物界と対峙した人間は畏怖の念を抱かずにはいられないことが描かれているのではないでしょうか」  また、ストーリーが紡がれることも絵本の定式ではないだろうか。だが、物語がまったく展開しない絵本も世の中にはあるのだ。 「『ちへいせんのみえるところ』の各見開きには地平線まで見渡せる広野が描かれ、ページをめくるたびに『でました。』という一言と共にゾウや船、人の顔……といったものが脈絡なく現れます。78年に刊行された当初、そのあまりのナンセンス度合いに、ほどなく絶版となりました。でも、作者の長新太を熱烈に支持するファンは増え、98年に復刊。実際に子どもに見せればわかることですが、彼らは結構、長さんの絵本のファンですよ。ストーリーやメッセージがないからといって、大人のように『変だ』と受け取ることはあまりありませんね」(前出・小野氏)  ページを繰れば物語が進行し、結末で何かしらの教訓が唱えられる──。それから逸脱することも、絵本表現におけるある種の禁則なのだろう。ただ、その禁則は大人が設定したものであり、子どもには有効ではないのかもしれない。 「恐怖絵本にしろナンセンス絵本にしろ、子どもはどんな絵本でもそれをひとまず享受するのではないでしょうか。我が子に与えるのがはばかられる絵本があったとしても、子どもがそれを通じて想像力を育むことはあり得ます」(同)  その言葉が正しいかどうか、これらさまざまな”タブー”を破った絵本を子どもに読み聞かせ、自分の目で確かめてみてほしい。 (取材・文/池尾 優 ユーフォリアファクトリー) 【「サイゾーpremium」では他にもタブー本が満載!】『かちかちやま』『不幸な子供』『狂ったお話』一覧で見る古今東西のヤバい絵本たち『チーム・バチスタ』の海堂尊先生もご推薦!! 医師のみが知る禁断の医学書ワールド直木賞作家でも初版5000部!? 有名でも売れない大御所作家
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わがままタレントと編集者の仁義なき闘いの行方は!? 「発禁本」で泣いた浅田真央ちゃんの”真意”

【プレミアサイゾーより】 ──今年2月8日にポプラ社から発売予定だった浅田真央の『大丈夫、きっと明日はできる』が発売中止になったことは記憶に新しい。人知れずひっそりと出版されずに終わっていく「お蔵入り本」はなぜ発生してしまうのか?
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『浅田真央、20歳への階段』
 広告収入がある雑誌と違い、基本的には売り上げだけが頼りの書籍は、コツコツ売っていくことが前提となっている。ところが、何か不備があり回収騒ぎなんぞになっては、出版社も著者も実入りはゼロ。それどころかマイナスになってしまうケースも。よって、できる限りそのような事態は避けなければならない。そのために日夜努力しているわけだが、それでも、なんらかの事情によって発売前に出版中止に追いやられるケースがまれにある。それが「お蔵入り本」である。実際にどういった経緯でお蔵入りとなったのかを分析していくと、いくつかのパターンがあるようで……。  最も多いのは、著者と出版社の間にトラブルが発生して発売中止になるという、わかりやすいケース。最近の例としては、ポプラ社から2012年2月8日に発売予定だった、浅田真央の著書『大丈夫、きっと明日はできる』がある。一部報道では、先行予約用として書店に配布したポスターに書かれた「ママ、ありがとう。何度ありがとうと言っても足りません」というコピーに本人が憤慨したと伝えられた。 「浅田には、前年12月に亡くなった母親をビジネスの道具にしたくないという思いがあったので、宣伝コピーが決定打になったことは確かです。でも、ただそれだけが理由ではない。制作段階から彼女は、出版社と意思疎通がうまくいかないことに不信感を募らせていたようなんですよ。浅田が所属する事務所、IMG日本支社は、安藤美姫や室伏広治らスポーツ選手を多く抱えているんですが、中でも浅田はお姫様扱いされていて、本人が『もうやめた』と言えば、それ以上マネージャーや社長が出版を強いることは難しかった」(大手出版社編集A) 「タレントが本を出版する場合、印税はもちろん、話題性やイメージアップも目的としているので、多少の食い違いが起きても、できる限り歩み寄って出版しようとするでしょう。しかしアスリートの場合、本業はあくまで競技。当時、浅田は四大陸選手権を控えており、何よりも試合優先でした。浅田は普段からインターネットなどの誹謗中傷にとても敏感なタイプで、試合前に『母親の死で同情を買っている』といった悪口を書かれたくなかったようです。そういうさまざまな要因が重なったための結果で、ポプラ社は相手が悪かったという印象がありますね。その後浅田サイドには、多くの出版社重役から『ウチから出させてもらえないか』とのオファーが殺到したとか(笑)」(中堅出版社編集B)  実際、ポプラ社内部でも担当編集者に対するペナルティは特になかった模様。大御所芸能人、世界レベルのアスリートを相手にする際は、当人の機嫌を絶対に損ねないよう慎重に慎重を重ねる必要があるといえる。  ほかに芸能関係で多いパターンは、仲介者によるトラブルである。そのひとつに、08年7月に発売予定だった小室哲哉の自伝本『小室4年間の空白(仮)』がある。そもそもは、同年春に小室の事務所と某出版プロデューサーが組んで出版社に企画書を送ったことが始まり。複数の出版社が権利獲得に動いたが、この情報を嗅ぎつけたある媒体が小室サイドを直撃。金銭問題などについて質問したため、小室が激怒し、出版そのものを中止にしてしまったという。当時小室はかなり金に困っており、同年11月に詐欺容疑で逮捕された。自伝本の話はかなりナーバスな時期に出てきたことが、今となってみればわかる。 「本の中でも小室の経済状況に触れていて、それに小室側が難色を示したようです。企画会社や出版ブローカーが間に入ると、タレント側には『これだけの契約金が入ります』、出版社側には『あの大物タレントが告白する企画権利を持っています』と、どちらにもいい顔をして交渉がこじれることは多いですね。落ち目女性タレントの写真集なんかもこういうトラブルが発生しがちで、出版社には『脱がせます』と言っておいて、本人には詳細が伝わっていない……なんてことも」(中堅出版社編集C)  96年に起きた藤田朋子のヌード写真集『遠野小説』の出版差し止め騒動などは、まさにそのパターンであろう。また、昨今の韓流ブームの影響で、編集者のこんな嘆きもあった。 「最近、韓国系出版エージェンシーから『韓流スターの写真集を出さないか?』というオファーが結構来ますね。でも、よくよく尋ねると権利関係が曖昧だったりして不明点が多いし、とても手を出す気にはならない。実際、詐欺まがいに遭った編集者もいるとか」(中堅出版社編集D)  怪しい人のうまい話には要注意である。 ■さしこ報道”で青ざめた文春の担当者  内容によっては、どこか”上のほう”から圧力がかかり、中止に追い込まれることもある。  男性誌などで「売春島」として知られる三重県志摩市・渡鹿野島における黙認買売春の実態を論じた研究書『近現代日本の買売春』は、04年6月に発売予定だったが、出荷直前に志摩市から抗議を受けて出版中止になった。  社会的に問題となるようなこうした例は別として、個人からのクレームや告訴が予想される暴露本などの場合、そもそも大手出版社では初めから避けられる傾向にあるようだ。 「週刊誌を発行している出版社には、『タレントや政治家と寝た』なんていうネタの持ち込みは多い。でも、よほど重大な人物や事件を扱ったものならまだしも、私怨レベルでは、大した売り上げは見込めません。それでモメて騒動になっても、損するだけ。暴露本は、鹿砦社さんみたいな暴露本系の小さな出版社にお任せしますよ(笑)」(大手出版社編集E)  話題性と瞬発力が要求される週刊誌ならともかく、やはり書籍は長く販売され読まれることにこそ意味がある。なるべくリスクを回避するのは当然のことのようだ。  さらに、一度お蔵入りになった書籍が、別の会社から出るケースも。  幻冬舎から01年6月に発売予定だった中村うさぎの『屁タレどもよ!』は、著名人を辛辣に批判した毒舌本。発売5日前、見城徹・幻冬舎社長の判断により出版中止に。中村によれば「『内田春菊と北川悦吏子を外してくれ』と要請され、『嫌です』と断ったら刊行中止となった」とのこと。同社から単行本を出していた北川への配慮と、同社編集者による内田への”ある行為”を隠蔽するためではないかと報じられた。中村は同年10月にネットで販売を開始、04年には文春文庫より発売された。  08年に発売された、弊誌でもおなじみ町山智浩の『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか』は、「週刊現代」(講談社)の連載を中心としたコラム集。町山と講談社の間でトラブルとなり、太田出版から上梓。その後、文春文庫からも発売され、あとがきにそのトラブルの様子が綴られている。 「売れっ子作家は編集者にファンが多いため、トラブルがあっても他社で受け皿を探しやすい。著者と編集者の結びつきが強いからこそなせるワザですね」(中堅出版社編集F)  ちなみに、この中村&町山のワケあり物件を引き取った文藝春秋は、今年8月にAKB48の公式本を出版予定。もしや、「週刊文春」による指原莉乃のスキャンダル報道の手打ちか? などと思われたが……。 「もともと、例の”さしこ記事”とは関係ないところで企画が進んでいたんですよ。同社のAKB本担当編集者は『お蔵入りかも……』と青ざめたそうですが、『週刊文春は、ウチの中でも別会社のようなものですから』と言って乗り切ったらしい。先日の巨人・原辰徳ネタの時も、同社発行のスポーツ誌『Number』の編集者は、巨人関係者にやはり『週刊文春は別会社』と言い張っているとか(笑)」(大手出版社編集G)  文芸系では、こんな話も。 「作家の単行本が文庫化される際、新潮文庫に持っていかれるというのはよくある話。書店の売り場面積も広く、またなんといっても歴史的に”格”の高い新潮文庫を好む作家は多いんですよ。特に中堅の出版社から出た作品だと、どうしてもそういうことが多くなる。例えば、05年に扶桑社から出て200万部を超える大ベストセラーとなったリリー・フランキーの初の長編小説『東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン』なんかも、結局文庫化は新潮でしたからね」(中堅出版社編集H)  書籍は、読まれてこそ意味を持つ。読まれずに消えるお蔵入り本は、出版社にとって経済的なダメージを、制作した著者や編集者にとっては精神的ダメージをもたらす。「絶対に避けたい、避けなければいけない」のが、お蔵入り本の世界なのである。 (文/安楽由紀子) 【「サイゾーpremium」ではタブーな書籍の裏側が満載!】「月刊サイゾー」のご意見番(笑)高須基仁氏も参戦で徹底分析! やがて悲しきお蔵入り本列伝芸能界と出版界がニラミを利かす金脈コンテンツ――暴力団も関与した!? 芸能人暴露本の”顛末”昭和の歌姫から事故物件まで――出せばドル箱? 出版が噂される芸能人暴露本リスト
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【亜野芽】原宿系とは気合が違う!! “悪羅悪羅系女子”が夜の街で光り輝く

【プレミアサイゾーより】 ──ここ数年、ギャル→渋原系→原宿系と動いてきたガールズカルチャー。が、その裏で、もっと気合入った女子たちがいるのだ!
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(写真/オノツトム A/M)
 クラバーやキャバ嬢、外国人観光客などさまざまな人が行き交う、週末の六本木交差点。その中でも亜野芽は、異彩を放っていた──。  セクシーではあるがイカツいピアスやタトゥーで武装し、「男に媚びない」がモットーの”悪羅悪羅系女子”に注目が集まっている。その牙城たる雑誌「ソウルシスター」(ミリオン出版)は現在、実売10万部を突破。看板モデルである亜野芽も同性から圧倒的な支持を受けており、モデル業以外でも都内のクラブでダンサーやDJとして引っ張りだこだ。  厳格なクリスチャンの両親の元で「箱入り娘」だった彼女が、悪羅悪羅系の人気モデルになった最大のきっかけは、なんと「インド」。 「15歳から、父の仕事の関係で1年半インドに住んでたんです。日本の常識が通じなくて、『YESかNOか』をハッキリしないといいようにやられちゃう。それで『あ、これじゃ生きていけねぇ』って思って強くなりました(笑)」  帰国後、今度は東京でクラブカルチャーにどっぷりのめり込む。 「クラブが大好きで、仕事にしたいと思ってダンサーを始めたんです。最初はノーギャラだったけど、だんだん人気も出て雑誌にも出られるようになって。私、自分の直感を信じてるんですよ。『良いな』と思ったことを実行すると、大抵成功する。『萌え~』な服装がギャルの間で流行ってた時も、それに乗らずに反対に進んだから今があるわけで。次にやりたいのはバンドですね。もう実際にレコーディングもしてるんだけど、今はエレクトロブームじゃないですか。じゃあ今度は人間味のあるパンクがやりたいなって。モンゴル800とか大好きだし、『すげえ人間臭いことしてぇー』って(笑)」  今ライバル視してるのは「きゃりーぱみゅぱみゅ」。渋谷系ギャルとも原宿系カワイイとも違う彼女の快進撃は、「あの交差点」ではない、六本気交差点から始まる。 (構成/藤谷千明) 【拡大画像は「サイゾーpremium」グラビアギャラリーでご覧いただけます。】 亜野芽(あやめ) 1991年、アメリカ・ソルトレイク生まれ。幼少期から両親の仕事の都合により国内外を転々とし17歳で帰国した後上京する。DJ、ダンサーとしてクラブで活躍する傍ら、「ソウルシスター」のほか、「men's egg」「egg」(ともに大洋図書)の読者モデルや、地下格闘技大会のラウンドガールとしても活動中。 公式ブログ〈http://ameblo.jp/dpame/〉  公式ツイッター 〈http://twitter.com/ayame382/【「サイゾーpremium」では他にも悪羅悪羅な記事が満載!】ギャル雑誌の読者モデルを食い物にした鬼畜ギャルサー代表の淫行と手口【後藤まりこ】ダウナー系パンク娘が、恨みを綴った「恨み帳」を閉じて、イメチェン?【大川きょう子】「幸福の科学」を離れ、みちのくで被災地支援にいそしむ”ナイチンゲール(!?)”
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高い放射線量を計測したロックインジャパンと激安会場費の関係

【プレミアサイゾーより】
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(写真/有高唯之)
 8月3日~5日、音楽出版社のロッキング・オンが企画制作する「ROCK IN JAPAN FES.2012」が茨城県の国営ひたち海浜公園で行われた。  このフェスに関しては、福島第一原発の事故が起こった2011年に「原発近くでフェスをする必要があるのか?」と一部ファンから反発が起こり、この動きと呼応して「東海村JCO事故後の地元のイメージアップのために誘致され、会場費もタダ同然」という噂が流れている。  本誌では、この件について、国営常陸海浜公園事務所そして関東地方整備局などに問い合わせたが、現在明確な回答を得られていない。  一方、今年のフェスに際しても会場の一部で国の基準値を超える放射線量を計測し、公園側は除染を敢行。 「7月20日に表土剥ぎが完了した西口エリア⑤の放射線量を測定しました。測定の結果0・166μSv/hとなり0・23μSv/hを下回りました」(公園HP)としている。  しかし、実際に公園をガイガーカウンターを携えて計測すると、園内通路などでは確かに0・15μSv/hと、都内とさほど変わらない。  だが、メインステージ「GRASS STAGE」正面の林では、0・5μSv/h超を計測。最高で0・9μSv/hに到達するところもあった。園内各所で、国の定める基準値を超える放射線量を計測したのだ。  この結果を見て、事故後の福島原発周辺を取材するライターは「例えば都内市街地の数値よりは高いですが、ナーバスになるほどではない。相馬市あたりと同じくらいの値で、市民は普通に生活をしてるわけですから、問題ないはずです」と話す。  だが、開催2日前でも国の定める基準値を超えた数値が、園内各所で出ているという事実は、フェスの対応が不十分であることを示している。反原発フェス「NO NUKES」の制作にも携わる割には、少し認識が甘くはないだろうか。 (編集部) 『ロックインジャパンフェスティバル』 2000年から始まる夏フェス。企画制作するロッキング・オンの影響で、出演はすべて邦楽アーティストとなっている。主催はニッポン放送。 ■ロッキンオンとフェス事業 不況の出版業界の中でも、音楽系雑誌の凋落は著しく発行部数も、広告収入も落ち込み続ける一方だ。老舗音楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」も例外ではないが、近年はフェス制作事業に力を入れており、ごく一部で成果を上げている。音楽フェスだけでなく、11年から「食」がテーマの「まんパク」を開催。こちらも開催は、国営公園だった。 【「サイゾーpremium」では他にも話題のニュース記事が満載!】TSUTAYAのCCCとのキケンな提携で爆速ヤフーがついに衰退する!?あの恐喝・レイプ報道は"芸能界のドン"から息子への愛のムチなのか沢尻エリカ"大麻疑惑"の追求なし 平穏無事だったエイベックスの株主総会
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高い放射線量を計測したロックインジャパンと激安会場費の関係

【プレミアサイゾーより】
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(写真/有高唯之)
 8月3日~5日、音楽出版社のロッキング・オンが企画制作する「ROCK IN JAPAN FES.2012」が茨城県の国営ひたち海浜公園で行われた。  このフェスに関しては、福島第一原発の事故が起こった2011年に「原発近くでフェスをする必要があるのか?」と一部ファンから反発が起こり、この動きと呼応して「東海村JCO事故後の地元のイメージアップのために誘致され、会場費もタダ同然」という噂が流れている。  本誌では、この件について、国営常陸海浜公園事務所そして関東地方整備局などに問い合わせたが、現在明確な回答を得られていない。  一方、今年のフェスに際しても会場の一部で国の基準値を超える放射線量を計測し、公園側は除染を敢行。 「7月20日に表土剥ぎが完了した西口エリア⑤の放射線量を測定しました。測定の結果0・166μSv/hとなり0・23μSv/hを下回りました」(公園HP)としている。  しかし、実際に公園をガイガーカウンターを携えて計測すると、園内通路などでは確かに0・15μSv/hと、都内とさほど変わらない。  だが、メインステージ「GRASS STAGE」正面の林では、0・5μSv/h超を計測。最高で0・9μSv/hに到達するところもあった。園内各所で、国の定める基準値を超える放射線量を計測したのだ。  この結果を見て、事故後の福島原発周辺を取材するライターは「例えば都内市街地の数値よりは高いですが、ナーバスになるほどではない。相馬市あたりと同じくらいの値で、市民は普通に生活をしてるわけですから、問題ないはずです」と話す。  だが、開催2日前でも国の定める基準値を超えた数値が、園内各所で出ているという事実は、フェスの対応が不十分であることを示している。反原発フェス「NO NUKES」の制作にも携わる割には、少し認識が甘くはないだろうか。 (編集部) 『ロックインジャパンフェスティバル』 2000年から始まる夏フェス。企画制作するロッキング・オンの影響で、出演はすべて邦楽アーティストとなっている。主催はニッポン放送。 ■ロッキンオンとフェス事業 不況の出版業界の中でも、音楽系雑誌の凋落は著しく発行部数も、広告収入も落ち込み続ける一方だ。老舗音楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」も例外ではないが、近年はフェス制作事業に力を入れており、ごく一部で成果を上げている。音楽フェスだけでなく、11年から「食」がテーマの「まんパク」を開催。こちらも開催は、国営公園だった。 【「サイゾーpremium」では他にも話題のニュース記事が満載!】TSUTAYAのCCCとのキケンな提携で爆速ヤフーがついに衰退する!?あの恐喝・レイプ報道は"芸能界のドン"から息子への愛のムチなのか沢尻エリカ"大麻疑惑"の追求なし 平穏無事だったエイベックスの株主総会
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マラソン界はジレンマだらけ……企業に依存して勝てない! 駅伝に殺されたマラソン界

【プレミアサイゾーより】
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『猫まっしぐラン!!』(エフエム東京)
──ロンドン五輪の選考会で話題となった”ニートランナー”藤原新。彼の出現により露呈した実業団選手たちの低迷は、現在の日本のスポーツ全体におけるスポンサー依存の副産物だった──!?実業団チームの選手たちの声に耳を傾けつつ、その問題点に迫っていきたい。  ロンドン五輪において、久しぶりに男子マラソンに注目が集まっている。かつて、日本では五輪の花形競技だった男子マラソンも、ここ数年はアフリカ勢に大きく水をあけられ、今やメダルを期待する声も聞かなくなった。今回騒がれているのも、残念なことにメダルへの期待からではなく、代表に選出された藤原新が所属チームのない”ニートランナー”だったからだ。その藤原と最後まで代表を争った川内優輝もまた、”公務員ランナー”。実業団に所属して競技に挑むことが一般的とされた日本において、”非実業団”選手の活躍はそれだけ意外なものであったのだろう。では、そんな環境下において、実業団の選手たちはなぜ勝てなくなってしまったのだろうか。ここではマラソンの例をもとに見ていきたい。  日本でマラソン人気に火がついたのは1980年代。86年の北京国際では、旭化成の児玉泰介が以降12年間破られなかった日本記録を打ち出している。その児玉に続くように、同じ旭化成の宗茂・猛兄弟、エスビー食品の瀬古利彦、カネボウの伊藤国光、ダイエーの中山竹通らが次々と登場し、日本のマラソンは実業団の選手たちによって、80年代に黄金期を迎えた。しかし、92年のバルセロナ五輪で旭化成の森下広一が銀メダルを獲得して以降、男子マラソンの日本人メダリストは20年間不在のままなのだ。元マラソン日本記録保持者であり、ソウルとバルセロナで2度の入賞経験を持つ中山竹通氏は、その理由をこう指摘する。 「今の実業団の練習は、まず駅伝ありき。それがマラソンの練習とまったくかみ合わず、記録が出せなくなっているんです。マラソンの練習は1~2カ月ではできません。しかし、間に駅伝の試合を入れられてしまい、マラソン用の練習が長期スパンで組めなくなる。そんな練習法では、2時間10分を切ることはできませんよ」  駅伝といえば、正月に行われる箱根駅伝やニューイヤー駅伝など、お茶の間の人気種目。企業からすれば、ユニフォームに名前を載せて”広告”として走ってもらうことに、チームを抱える意義がある。安定した人気を持ち、短期間で調整も可能な駅伝に比重が置かれてしまうのは、当然のことだろう。 「陸上の場合、駅伝があるから実業団チームを維持しているという企業は多い。そのおかげでお金を出してもらえるからこそ、選手は競技に取り組むことができるんです。駅伝を”悪”としてしまうと、陸上競技全体の裾野を狭めることになりかねません」(元実業団陸上チームコーチ)  バブル崩壊後、実業団に対する企業内での風当たりは強く、90年代以降にはスポーツ全体で300以上のチームが廃部に追い込まれている。これはちょうど、日本の男子マラソンでメダルが獲れなくなった時期と同じ。陸上においても、NEC、ダイエー、沖電気宮崎など、名門と呼ばれたチームが次々と廃部し、マラソンの強化より、チームの維持に比重が置かれるようになったことがうかがえる。 ■スポンサーに多様化を! 希望は個人援助サービス  そんな中、今後必要になってくるのが、選手活動の多様化だ。企業スポーツへの支援を行う大崎企業スポーツ事業研究助成財団の事務局長、籏野俊彦氏はこう話す。 「実業団チームに代わって増えてきているのが、クラブチーム型と社団法人型。企業がチームを保持するのではなく、共にスポンサーの協賛によって運営されており、まだまだ可能性を秘めている」  このクラブチーム型とは、個人会費や後援会組織、支援企業などからの広告収入、地元自治体からの支援などにより運営すること。社団法人型は、チームそのものを法人化してしまうというものだ。陸上では、日本実業団陸上競技連合がクラブチームにニューイヤー駅伝本戦への出場を許可しないなど、まだまだ保守的な状況だが、海外においては五輪メダリストを輩出する陸上のクラブチームも多数存在している。今後、スポンサーとの関係に選択肢を増やしていける可能性は、十分にある。  その意味で、代表入りを果たした藤原は、新しい選手のあり方を力ずくで認めさせたといってもいいだろう。そもそも彼は、JR東日本の実業団選手だったが、10年、マラソンに専念するために退部。その後、健康器具販売会社レモシステムとスポンサー契約を結んだものの、同社の経営悪化により給与の未払いが起こり、契約を解除されている。しかし、それからも、定収入はないながら無所属で競技を続け、今年の東京マラソンで準優勝を果たし、見事、ロンドン五輪代表の切符を手に入れたのだ。  さらに、その東京マラソン後、藤原は動画配信サイト・ニコニコ動画と組んで個人スポンサーを募集。あっという間に定員の2万人を達成し、およそ1000万円の活動資金を得ることができた。個人がインターネットを通じて自分の活動に対する援助を受けるこうした仕組みは「クラウドファンディング」(以下CF)と呼ばれ、アメリカなどでは盛んに行われている。スポーツ選手の支援については、過去海外にも例がなかったが、実業団だけに頼らない今後のマラソンを考える上で、有効な方法になるのではないか。国内でスポーツ選手向けのCF「Cofter」の準備をしているDolphinon&companyの代表、丹野裕介氏は言う。 「トライアスロンやフェンシングのように、日本でマイナーなスポーツだとお金がなくて海外の遠征に行けなかったり、明日の試合にも出られないような世界ランカーが、実はたくさんいます。アルペンスキーの皆川賢太郎さんでさえ、10年の五輪出場直前に、スポンサーに困っていた事もあります。五輪選手ですら、企業から100万円スポンサードしてもらうのはとても大変なことなんです。しかし、それが1000人から1000円ずつだったら可能かもしれない。そういう思いから、このサービスの本格稼働を目指しています」  これらのサービスが今後どのように支援金を集めていくか、まだ先は見えない。しかし、これが機能すれば、新しいプロアスリートの形が生まれる可能性もある。さらに、「実業団がマラソン選手を社員として抱えるのではなく、いちスポンサーとして多少のお金や練習場、培ったノウハウを提供し、その上で選手がCFを活用できるようになるといいと思う。そうしたら、お互いにメリットが出てくる」(元実業団選手)かもしれない。  とはいえ、企業に支援されて当たり前という環境でやってきた日本のアマチュアスポーツ界は、果たして変われるのか。当特集【2】から現場の生の声を聞きつつ、その問題の核心に迫っていきたい。 (文/大熊 信) 【「サイゾーpremium」では他にもオリンピック関連記事が満載!】藤原新に女医のスポンサードあり 実業団陸上選手たちの不満が爆発! 実業団選手の"本音"座談会天才ランナーの中山竹通が辛辣な苦言を呈す「実業団依存のマラソン界は、もう勝てるわけがない!」猫ひろし騒動で露呈した国籍変更問題 五輪出場で国籍を変える選手たちの悲哀
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同語反復に過ぎないポストモダン議論などしょうもない! 国家に基づいたお金が流通する本当の理由

【プレミアサイゾーより】 ──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか......気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。 第24回テーマ「ポストモダンが見誤る市場経済」
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[今月の副読本] 『資本論 (一)』 カール・マルクス/岩波文庫(69年)/882円 言わずと知れた、マルクス経済学の根底をなす不朽の古典。初版は1867年に刊行。資本主義における市場経済や経済法則を分析し、その矛盾を顕にしながら社会主義の到来と必然を問う、当時としては画期的な論考だった。

 個人的な話からで恐縮ですが、私が大学に進学したのは1989年のことです。そのころの人文思想界ではポストモダンが全盛期で、少しでも哲学や思想に興味がある学生はほとんどと言っていいほどポストモダン思想(として紹介されていたもの)に感化されていました。愛知県の某地方都市でさして文化度の高くない高校生活を送っていた私は、ポストモダンなどというものが思想界を席巻していることを大学に入るまでまったく知らず、したがって当時スターとしてあがめられていたデリダやドゥルーズといった哲学者たちの名前も知らなかったので、大学で先輩や同級生がポストモダンの用語や思想家の名前を使っていろいろと議論しているのを見て驚いたものです。  ただ、その当時日本でなされていたポストモダン論議の大部分は、いまから振り返るとひじょうにしょうもないもので、当時よく話題にのぼっていた本や論文をいま読むと、あまりの無内容さと独りよがりな物言いに「よくこんなものにみんな熱中していたな」と恥ずかしくなってしまいます(もちろんだからといってドゥルーズやフーコーの議論が無内容だということではありません、あくまでも日本の思想界での話です)。あの時代、輝いてみえたポストモダン思想も、実際のところは、大学の研究者も含め、多くの人が「外部」だとか「力」とかいったポストモダン用語に振り回されて、本当は自分たちでもよくわかっていないことを印象論のレベルで論じていただけでした。ですので、当時のポストモダンの議論が現代の思想論壇やアカデミズムに有意味な影響をほとんど与えていないのも当然のことでしょう。とはいえ、それでもなお当時のポストモダン議論に影響を受けつづけ、当時のままの語彙や物言いで思想を論じている人間がまだまだいるのも事実で、そういった人間をみると、バカにつける薬はないというか、端的にうんざりします。  そうした当時のポストモダン議論の一つに貨幣をめぐる議論があります。たしかに貨幣は謎に満ちています。一万円札という紙幣は、いうなれば「壱万円」と印刷された紙切れにすぎないのに、なぜそれだけの価値があるものとして人びとのあいだで流通するのでしょうか。これは真に考えるに値する問題です。ポストモダン思想でもしばしば取り上げられました。ただし、そこでの「解決」はほとんど解決といえるようなものではありませんでした。  ポストモダン的な貨幣論では、往々にしてマルクスの『資本論』における価値形態論が引き合いにだされ、それが記号論的に読み替えられることで、「貨幣が貨幣としての価値をもつのは、みんながそれを貨幣として使っているからである(みんながそれを受け取ってくれるから、私たちは紙幣を価値あるものとして受け取るのである)」というような結論が導きだされます。岩井克人さんの『貨幣論』などがそうした議論の典型例ですが、しかし、これではそもそも問題に対する理論とはいえませんよね。なぜなら、本来考えるべきなのは「なぜみんながそれを価値ある貨幣として受け取ってくれるのか」という問題であり、貨幣が価値をもつ根拠を「みんなが使っているから」という点に求めるのは単なるトートロジー(同語反復)にしかならないからです。こんなことはちょっと冷静になって考えてみればわかることなのですが、当時は多くの人がこうした理論ならざる理論に惹き込まれていたのです。それが「ポストモダン」時代の知的状況でした(ちなみに、マルクスの価値形態論を記号論的に読み替えるという手法は当時のポストモダン議論のなかではよく使われたのですが、これも「貨幣と言語は構造的に類似している(たとえば貨幣と商品の関係は言語と事物の関係に等しい)」というような、まったくでたらめな断定にもとづくものです)。  では、なぜ紙幣は価値をもつものとして人びとのあいだで流通することができるのでしょうか。岩井さんは『貨幣論』の結論部分でそれを「無が有になる神秘」だと述べていますが、実際にはそれは「神秘」でもなんでもなく、そこにはちゃんとした根拠があります。その根拠を、中央銀行が設立されてきた過程をつうじて考察したのが前回の連載でした。  おさらいを兼ねて簡単に確認しましょう。もともと現在のような貨幣(紙幣)が生まれたのは、中央銀行のもととなったイングランド銀行が、それまで通貨として使用されていた金や銀を人びとから預かって、その代わりに利子のつく預かり証(捺印手形)を発行したことによってでした。その捺印手形が紙幣の原型となったのです。かつて紙幣は「兌換紙幣」として中央銀行が保有する金と交換可能だったのはそのためです。他方でイングランド銀行は、人びとから預かった金や銀をイングランド政府に貸し付けて、そのイングランド政府が税収からおこなう利払い分を、捺印手形の利払いに充てました。つまり、イングランド銀行の捺印手形を人びとが受けとってくれ、それを決済手段としてもちいる(すなわち紙幣が流通する)ことを支えたのは、イングランド政府の徴税力だったのです。徴税力とは単に政府の権力の大きさや国民からの支持だけを意味するのではありません。税を支払う人びと(国民)の経済力も、その政府がどれぐらいの税額を徴収できるかを決定します。要するに、徴税力とはその国の「国力」全体をあらわすものなんですね。これこそが貨幣の価値の裏づけとなる。だからこそ、政府の統治が機能していなかったり、財政政策がうまくいっていなかったり、経済力がない国の貨幣は、その価値が低下してしまうのです。  結局、貨幣が価値をもつのは、人びとがそれをさしたる根拠もなく貨幣として使っているからではなく、政府による徴税をつうじて国力とむすびついているからなんですね。「貨幣に価値があるのはみんながそれを貨幣として使っているからにすぎない」と述べることは、「当たり前だと思われているものでも実は確たる根拠などない」というポストモダン思想によくあるロジックであり、そんなことをいわれると聞いたほうはドキッとして「たしかにそうかもしれない」と思わず信じてしまうのかもしれません。しかし、それは単に理論の弱さからくるレトリックにすぎないのです。  問題は、こうしたポストモダン的な貨幣論が、貨幣の存立における国家の役割を見逃してしまい、貨幣が市場のメカニズムだけでなりたつと思い込んでしまっていることです。この点でいうと、ポストモダン貨幣論は、国家は市場からでていくべきだと主張する市場原理主義や、中央銀行が貨幣供給量を増やせば経済は活性化すると考える金融緩和論とひじょうに近い発想に立っています。どちらも市場経済は国家から自立的になりたつと考えるわけですから。しかし、市場経済は税という非市場的なお金の流れによって支えられなくてはけっしてなりたちません。2008年の金融危機の際、あれほど「政府は市場に口出しするな」と叫んでいた投資銀行に、税による莫大な公的資金が注入されました。税による支援がなければ市場経済そのものが機能不全に陥りかねなかったからです。たしかに、現在では紙幣と金との兌換は廃止されており、紙幣は何の実体的な価値ともむすびついていないヴァーチャルなものになっているように見えるかもしれません。しかし、だからこそよけいに貨幣の価値は政府の財政力とダイレクトにむすびついていることが理解されるべきなのです。国家は単に犯罪を取り締まり、市場での交換のもととなる所有権を保護することによって、外在的に市場とかかわっているのではありません。徴税をつうじて内在的に市場を構成しているのです。 かやの・としひと 1970年、愛知県生まれ。03年、パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。津田塾大学准教授。主な著書に『国家とはなにか』(以文社)、『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『権力の読みかた』(青土社)など。近著に『最新日本言論知図』(東京書籍)、『新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版新書)など。
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財界と社内のマネジメントから見る楽天・三木谷浩史の真価

──2011年6月、楽天が経団連を脱退することを、同社代表の三木谷浩史氏がツイッター上で発表した。それから1年、同氏はこの6月に、ウェブ事業者を中心にした「新経済連盟」を始動。97年の創業以来、順調に事業・組織を拡大してきた楽天を率いる三木谷氏とは何者か、我々は本当には知らないのかもしれない。彼は日本の経済界を変える救世主なのか? 財界の大御所を手玉にとる「ジジ転がし」なのか、あるいは、配下の人間に過酷な労働を強いるただの独裁者か。その”マネジメント能力”の真価を計る。
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三木谷浩史氏の著書『成功のコンセ
プト』
 2011年、楽天の中核をなす「楽天市場」の取扱高が1兆円を突破した。いまや国内企業が経営する最大のインターネットモールであることは、誰の目にも明らかである。三木谷浩史氏は今年最初の社員集会で「20年までに流通総額を10兆円に伸ばす」と高らかに宣言。その勢いはまだ衰えていない。一代で富を築いた彼だが、その歴史をさかのぼると、重大なターニングポイントでは常に経済界の重鎮たちによるバックアップを受けてきたことが浮き彫りになる。  生まれは1965年。父は高名な経済学者で神戸大学教授(現名誉教授)、母も同大卒のキャリアウーマンという、見事なエリート一家である。父がイェール大学の客員研究員として赴任した際には家族で渡米し、6歳からの3年間をボストンで過ごした。中学からテニスを始め、一橋大学時代にはテニス部部長として100名近くの部員を率いている。  大学を卒業した三木谷氏が就職先に選んだのが、日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)。3年後の91年、社内制度を利用してハーバード大学に留学し、MBAを取得。帰国後は大型M&Aを手がけ、期待の若手に育っていく。しかし95年の阪神大震災で叔父叔母を亡くしたことが、人生の転機となった。「人生は儚い。やりたいことをやらないと悔いが残る」と痛感し、同年末に興銀を退社。コンサルティング会社設立を経て、97年2月には楽天の前身となる会社を作り、同年5月に「楽天市場」を開設した。  まだネット黎明期、ECサイトの成功例もなければノウハウもない時代だった。開設当時の社員は妻を含めて6人、出店店舗はわずか13。彼はこの逆境を、猛烈な営業努力によって乗り切っていく。この頃発揮された「体育会系のアツさ」は、現在に至るまで楽天の社風としても根付いている。その働きの甲斐あって、99年にはテナント2000店舗、年間流通総額1億円超を誇り、あっという間に日本最大のインターネットショッピングサイトとなった。 ■人の話を聞くためのガラス張りの社長室  急成長の裏には、目標達成のための厳格なルール作りがある。「常に改善、常に前進」「スピード!! スピード!! スピード!!」などの「5つの社訓」は社内各所に掲示され、楽天成功の象徴として知られている。これは社員証にも印刷されており、社員は暗唱必須。ノルマも熾烈を極め、成績により細かい職級で格付けがされる。火曜朝8時から行われる定例会議では、遅刻すると入室を認めない徹底ぶり。だが、03年頃に在社した元社員は、当時の社内をこう振り返る。 「幹部クラスのほうが平社員よりも出社が早いから、文句は言えなかったですね。『豪腕』『独裁』とよく言われますが、毎月社員の合同誕生日会を開くなど、社員とも積極的にコミュニケーションを取っていくタイプ。社長室がガラス張りになっていることと、三木谷社長がよく飼い犬のチワワと出社してくることが印象的でした(笑)」  楽天を世間に最も印象づけたのは、04年のプロ野球界再編騒動だろう。先に参入に名乗りを上げていたのはライブドア社長(当時)・堀江貴文氏だったが、Tシャツ姿の彼とは真反対に、三木谷氏はスーツでメディアに登場。堅実さを印象づけた。そしてここで、彼の「ジジ転がし」の力が発揮される。加盟申請書に書かれた諮問委員には、トヨタ自動車会長・奥田碩氏、みずほコーポレート銀行頭取・齋藤宏氏ら、財界のそうそうたる顔ぶれが名を連ねていた。これでは球界の重鎮たちも首を縦に振らないわけにはいかない。結果、渡邉恒雄・読売巨人軍オーナーからのお墨付きも得て、50年ぶりの新規参入企業として選出された。『”教祖”降臨―楽天・三木谷浩史の真実』(05年/日経BP社)の著者で、当時を知るジャーナリスト・児玉博氏はこう語る。 「三木谷氏は興銀時代に孫正義氏や増田宗昭氏を顧客に抱え、ここから財界への足がかりをスタートした。03年には三井住友銀行頭取だった西川善文氏を社外取締役に迎えて地盤を固め、年配経営者たちとのパイプを強めるきっかけになる。奥田氏とはおそらく、当時頻繁に開催されていた政府関連の委員会などで知己を得たのでは。三木谷氏は起業からかなり早い段階で、いわゆる『ITベンチャー』というイメージとは決別したいと考えていました。そのためには先輩社長たちから学び、取り入ることが得策だと考えたのでしょう」  しかし興銀時代から続く人間関係があったとしても、百戦錬磨の財界人たちの懐に入るのは簡単なことではない。なぜ三木谷氏だけが彼らに可愛がられたのだろうか。 「三木谷氏は子どもの頃から、父の元を訪れる経済関係者たちの振る舞いを間近で見て育った。そこで、どんな人物ならお歴々に気に入ってもらえるか、自然と学んでいたのでしょう。テニスで鍛えたスポーツマンシップや体育会系のノリも、財界の大御所たちを惹き付ける魅力になった。トレードマークだったヒゲを剃ったことも、年配者への配慮のひとつで、クレバーな思考の象徴。そもそも球界参入のきっかけは、同じ神戸出身であり経済同友会の先輩でもあるオリックス会長・宮内義彦氏が近鉄買収を打診したことから。三木谷氏が準備を整えていたわけではなく、先輩に言われて慌てて手を挙げたのが本音。つまり子どもの頃から今まで、周りの環境に背中を押されるように育てられてきたんです」(児玉氏)  三木谷氏はこの後も「ジジ転がし」としての実力を遺憾なく発揮していく。特に財界のドン・奥田氏からは絶賛され、長年強力なバックアップを受けた。また、エイベックスの代表取締役社長・松浦勝人氏とは六本木や銀座の豪遊仲間とされるなど、コネクションは高齢実力者だけにとどまらない。さらに、政界にも人脈を持つ。興銀時代の同期には石原慎太郎都知事の三男で、前衆議院議員の石原宏高氏がいた。10年には民主党の細野豪志氏、馬淵澄夫氏など実力派中堅議員と秘密裏に会合を開き、党内の世代交代について助言したといわれている。ツイッターでも「心ある政治家はバックアップします」と宣言し、ネットを使った政治献金システム推進の旗を振る。  こうして強力な人脈を武器に財界をサバイブしてきた三木谷氏だが、やがて重鎮たちと袖を分かつ契機が訪れる。10年2月に立ち上げた「eビジネス推進連合会」。「ネット活用が進まなければ日本は開発途上国になる」と宣言し、副会長にヤフー副社長の井上雅博氏(当時)、幹事にはサイバーエージェント社長の藤田晋氏らを据えた。しかし当時三木谷氏は日本経団連の理事も務めていたため、「新団体を作るなら経団連を抜けるのが道理ではないか」と怒りを買い、11年6月、ついに脱退を決断した。 「経団連の意思決定はブラックボックスで、上層部の限られた人にしか真相がわからない。三木谷氏にとって、ジャッジの過程が見えないことはかなりストレスだったのでは。また、経団連に所属する最大のメリットは、そこで収集される国内外の情報を得られることですが、近年はその収集能力がとみに落ちている。楽天はアジアや南米に拠点を置くなど海外進出にも積極的ですが、そうなるとむしろ足を引っ張られると感じるようになったのでしょう。米倉弘昌氏が選出された会長人事でも、古い体制と求心力のなさに失望したはず」(同)  そして今年6月、「eビジネス推進連合会」は「新経済連盟」と改名し、活動を強化すると発表。「我々は未来志向だ」と力強く宣言するなど、ITこそが日本の財界を導くという信念と野望が透けて見える。冒頭に述べたように、彼の目指す先はさらなる高みであり、最終目標は「世界一のインターネット企業」だ。新局面に突入する三木谷氏は、これからどこに向かい、何を成し遂げるのだろうか?  「これまでは新興企業として尖った姿を見せて知名度を得てきたが、今はもうその必要もない。いわば『普通の大企業』になった。目立った行動は少なくなるかもしれないが、各界への影響力はさらに強まるでしょう。ひたすら分析と実行を繰り返した楽天のビジネスモデルは誰にでも真似ができるもので、彼の強みは興銀出身という背景を存分に生かしながら、その看板に驕らない冷静さと意志の強さにあります。その長所を忘れない限り、大きく凋落することはないのでは。それは反面、彼のつまらなさの象徴でもあるのですが」(同)  停滞する日本経済を救うのか、それとも単によくできたワンマン社長として終わるのか。以降では、楽天と三木谷氏を内側・外側それぞれから見てきた人々による、そのジャッジメントを見ていこう。 (取材・文/田島太陽)
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「サイゾーpremium」とは? 雑誌「サイゾー」のほぼ全記事が、
月額525円読み放題! (バックナンバー含む) 【「サイゾーpremium」では他にも楽天・三木谷関連記事が満載!】恵まれた環境と如才ない処世術でのし上がった"財界のジジ転がし"三木谷浩史が反旗を翻すまで「新経連なんて経団連の2軍に過ぎない」経団連に阻まれた三木谷の理念なき野望――評論家・佐高信"経団連"のペット三木谷が画策する維新の会とのタニマチ関係――経済ジャーナリスト・須田慎一郎

財界と社内のマネジメントから見る楽天・三木谷浩史の真価

──2011年6月、楽天が経団連を脱退することを、同社代表の三木谷浩史氏がツイッター上で発表した。それから1年、同氏はこの6月に、ウェブ事業者を中心にした「新経済連盟」を始動。97年の創業以来、順調に事業・組織を拡大してきた楽天を率いる三木谷氏とは何者か、我々は本当には知らないのかもしれない。彼は日本の経済界を変える救世主なのか? 財界の大御所を手玉にとる「ジジ転がし」なのか、あるいは、配下の人間に過酷な労働を強いるただの独裁者か。その”マネジメント能力”の真価を計る。
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三木谷浩史氏の著書『成功のコンセ
プト』
 2011年、楽天の中核をなす「楽天市場」の取扱高が1兆円を突破した。いまや国内企業が経営する最大のインターネットモールであることは、誰の目にも明らかである。三木谷浩史氏は今年最初の社員集会で「20年までに流通総額を10兆円に伸ばす」と高らかに宣言。その勢いはまだ衰えていない。一代で富を築いた彼だが、その歴史をさかのぼると、重大なターニングポイントでは常に経済界の重鎮たちによるバックアップを受けてきたことが浮き彫りになる。  生まれは1965年。父は高名な経済学者で神戸大学教授(現名誉教授)、母も同大卒のキャリアウーマンという、見事なエリート一家である。父がイェール大学の客員研究員として赴任した際には家族で渡米し、6歳からの3年間をボストンで過ごした。中学からテニスを始め、一橋大学時代にはテニス部部長として100名近くの部員を率いている。  大学を卒業した三木谷氏が就職先に選んだのが、日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)。3年後の91年、社内制度を利用してハーバード大学に留学し、MBAを取得。帰国後は大型M&Aを手がけ、期待の若手に育っていく。しかし95年の阪神大震災で叔父叔母を亡くしたことが、人生の転機となった。「人生は儚い。やりたいことをやらないと悔いが残る」と痛感し、同年末に興銀を退社。コンサルティング会社設立を経て、97年2月には楽天の前身となる会社を作り、同年5月に「楽天市場」を開設した。  まだネット黎明期、ECサイトの成功例もなければノウハウもない時代だった。開設当時の社員は妻を含めて6人、出店店舗はわずか13。彼はこの逆境を、猛烈な営業努力によって乗り切っていく。この頃発揮された「体育会系のアツさ」は、現在に至るまで楽天の社風としても根付いている。その働きの甲斐あって、99年にはテナント2000店舗、年間流通総額1億円超を誇り、あっという間に日本最大のインターネットショッピングサイトとなった。 ■人の話を聞くためのガラス張りの社長室  急成長の裏には、目標達成のための厳格なルール作りがある。「常に改善、常に前進」「スピード!! スピード!! スピード!!」などの「5つの社訓」は社内各所に掲示され、楽天成功の象徴として知られている。これは社員証にも印刷されており、社員は暗唱必須。ノルマも熾烈を極め、成績により細かい職級で格付けがされる。火曜朝8時から行われる定例会議では、遅刻すると入室を認めない徹底ぶり。だが、03年頃に在社した元社員は、当時の社内をこう振り返る。 「幹部クラスのほうが平社員よりも出社が早いから、文句は言えなかったですね。『豪腕』『独裁』とよく言われますが、毎月社員の合同誕生日会を開くなど、社員とも積極的にコミュニケーションを取っていくタイプ。社長室がガラス張りになっていることと、三木谷社長がよく飼い犬のチワワと出社してくることが印象的でした(笑)」  楽天を世間に最も印象づけたのは、04年のプロ野球界再編騒動だろう。先に参入に名乗りを上げていたのはライブドア社長(当時)・堀江貴文氏だったが、Tシャツ姿の彼とは真反対に、三木谷氏はスーツでメディアに登場。堅実さを印象づけた。そしてここで、彼の「ジジ転がし」の力が発揮される。加盟申請書に書かれた諮問委員には、トヨタ自動車会長・奥田碩氏、みずほコーポレート銀行頭取・齋藤宏氏ら、財界のそうそうたる顔ぶれが名を連ねていた。これでは球界の重鎮たちも首を縦に振らないわけにはいかない。結果、渡邉恒雄・読売巨人軍オーナーからのお墨付きも得て、50年ぶりの新規参入企業として選出された。『”教祖”降臨―楽天・三木谷浩史の真実』(05年/日経BP社)の著者で、当時を知るジャーナリスト・児玉博氏はこう語る。 「三木谷氏は興銀時代に孫正義氏や増田宗昭氏を顧客に抱え、ここから財界への足がかりをスタートした。03年には三井住友銀行頭取だった西川善文氏を社外取締役に迎えて地盤を固め、年配経営者たちとのパイプを強めるきっかけになる。奥田氏とはおそらく、当時頻繁に開催されていた政府関連の委員会などで知己を得たのでは。三木谷氏は起業からかなり早い段階で、いわゆる『ITベンチャー』というイメージとは決別したいと考えていました。そのためには先輩社長たちから学び、取り入ることが得策だと考えたのでしょう」  しかし興銀時代から続く人間関係があったとしても、百戦錬磨の財界人たちの懐に入るのは簡単なことではない。なぜ三木谷氏だけが彼らに可愛がられたのだろうか。 「三木谷氏は子どもの頃から、父の元を訪れる経済関係者たちの振る舞いを間近で見て育った。そこで、どんな人物ならお歴々に気に入ってもらえるか、自然と学んでいたのでしょう。テニスで鍛えたスポーツマンシップや体育会系のノリも、財界の大御所たちを惹き付ける魅力になった。トレードマークだったヒゲを剃ったことも、年配者への配慮のひとつで、クレバーな思考の象徴。そもそも球界参入のきっかけは、同じ神戸出身であり経済同友会の先輩でもあるオリックス会長・宮内義彦氏が近鉄買収を打診したことから。三木谷氏が準備を整えていたわけではなく、先輩に言われて慌てて手を挙げたのが本音。つまり子どもの頃から今まで、周りの環境に背中を押されるように育てられてきたんです」(児玉氏)  三木谷氏はこの後も「ジジ転がし」としての実力を遺憾なく発揮していく。特に財界のドン・奥田氏からは絶賛され、長年強力なバックアップを受けた。また、エイベックスの代表取締役社長・松浦勝人氏とは六本木や銀座の豪遊仲間とされるなど、コネクションは高齢実力者だけにとどまらない。さらに、政界にも人脈を持つ。興銀時代の同期には石原慎太郎都知事の三男で、前衆議院議員の石原宏高氏がいた。10年には民主党の細野豪志氏、馬淵澄夫氏など実力派中堅議員と秘密裏に会合を開き、党内の世代交代について助言したといわれている。ツイッターでも「心ある政治家はバックアップします」と宣言し、ネットを使った政治献金システム推進の旗を振る。  こうして強力な人脈を武器に財界をサバイブしてきた三木谷氏だが、やがて重鎮たちと袖を分かつ契機が訪れる。10年2月に立ち上げた「eビジネス推進連合会」。「ネット活用が進まなければ日本は開発途上国になる」と宣言し、副会長にヤフー副社長の井上雅博氏(当時)、幹事にはサイバーエージェント社長の藤田晋氏らを据えた。しかし当時三木谷氏は日本経団連の理事も務めていたため、「新団体を作るなら経団連を抜けるのが道理ではないか」と怒りを買い、11年6月、ついに脱退を決断した。 「経団連の意思決定はブラックボックスで、上層部の限られた人にしか真相がわからない。三木谷氏にとって、ジャッジの過程が見えないことはかなりストレスだったのでは。また、経団連に所属する最大のメリットは、そこで収集される国内外の情報を得られることですが、近年はその収集能力がとみに落ちている。楽天はアジアや南米に拠点を置くなど海外進出にも積極的ですが、そうなるとむしろ足を引っ張られると感じるようになったのでしょう。米倉弘昌氏が選出された会長人事でも、古い体制と求心力のなさに失望したはず」(同)  そして今年6月、「eビジネス推進連合会」は「新経済連盟」と改名し、活動を強化すると発表。「我々は未来志向だ」と力強く宣言するなど、ITこそが日本の財界を導くという信念と野望が透けて見える。冒頭に述べたように、彼の目指す先はさらなる高みであり、最終目標は「世界一のインターネット企業」だ。新局面に突入する三木谷氏は、これからどこに向かい、何を成し遂げるのだろうか?  「これまでは新興企業として尖った姿を見せて知名度を得てきたが、今はもうその必要もない。いわば『普通の大企業』になった。目立った行動は少なくなるかもしれないが、各界への影響力はさらに強まるでしょう。ひたすら分析と実行を繰り返した楽天のビジネスモデルは誰にでも真似ができるもので、彼の強みは興銀出身という背景を存分に生かしながら、その看板に驕らない冷静さと意志の強さにあります。その長所を忘れない限り、大きく凋落することはないのでは。それは反面、彼のつまらなさの象徴でもあるのですが」(同)  停滞する日本経済を救うのか、それとも単によくできたワンマン社長として終わるのか。以降では、楽天と三木谷氏を内側・外側それぞれから見てきた人々による、そのジャッジメントを見ていこう。 (取材・文/田島太陽)
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