渡辺志保さんと辰巳JUNKさんによる、2019年米ショービズ界を振り返る対談は、これが最終回。ヒップホップ界における「男性らしさ」の変化、アーティストの融和路線、そして多様な人種をキャスティングして挑戦的な作品を作ってきたといわれるディズニーの進歩路線と中国資本の影響など、ショービズ界における「社会正義」について語ってもらいました。
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【米エンタメ2019年総決算】2019年はボディポジティブで稼いだセレブ、来年は環境系ビジネスに注目!?【渡辺志保×辰巳JUNK対談(中)】
――近年は「#MeToo」ムーブメントからさらに進んで、アメリカでは「有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)」という概念が広がってきたように思います。カミソリメーカー「ジレット」が1月に啓蒙的なCMを作って大きな話題となりましたし、ブラッド・ピット主演の『アド・アストラ』(2019)も作品の根底には男らしさへの懐疑といったテーマがあったように見受けられます。お二人は、それを象徴するようなニュース、出来事で印象に残っているものはありますか?
渡辺志保さん(以下、渡辺) 私はヒップホップ界隈を中心に見がちなんですが、ここ1~2年、どんどん「マスキュリニティ」自体をどう表現していくか、その意味合いも含めて変化してきていると感じました。
――長年ヒップホップ界隈は男性社会で、成功の証しとして「家・車・オンナ」を歌ってきたし、ミソジニー(女性蔑視・女性嫌悪)やホモフォビア(同性愛嫌悪)が強い業界といわれてきましたが……。
辰巳JUNKさん(以下、辰巳) ヒップホップ界隈だと、ジェイ・Zの動きは早かったと思います。2017年に発売したアルバム『4:44』に収録された「Smile」という曲では母親が同性愛者だと告白しているし、ライブでは客席にいる女の子に向かって「いまのアメリカは人種差別主義より、性差別のほうがキツい。でもきみは何にでもなれるんだよ。きみが信じれば大統領にだってなれる」と語りかけたニュースもインパクトが大きかった。彼はヒップホップ界のスーパースターじゃないですか。そういう人が性差別を認めたのは大きい。ケンドリック・ラマーも賛否はあれど「フォトショップ修正していない、ストレッチ・マークがついたリアルな体のほうがいい」とラップして話題になったり、その次はドレイクが女性スターを集めて称賛した……。
渡辺 「Nice for What」のMVですね。
辰巳 ドレイクゆえに商業的というか、なんかあざとい(笑)。でも「あざとい」と言われようと、スーパースターがそういう動きを見せたのは、やっぱり大きな変化ですし。今年は何より女性ラッパーの活躍が目に見えて大きいから、確実に時代は変わってきてますよ。
渡辺 辰巳さんのおっしゃる通りだと思います。そして、ここに至るまではカニエ・ウェストの動きも大きかったのでは、と。彼はファッションデザイナーとして活動していることもあって、ルイ・ヴィトンやバルマン、クリスチャン・ディオールの人たちと付き合い始めたんですよ。メゾン界は同性愛者の男性も少なくないと思うのですが、そういう人たちと仕事することを全く厭わない。ヒップホップはマッチョなイメージ強いから、男性は常にダボダボのファッション、でかい服を着て体をでかく見せることがひとつのスタンダードだったんです。その中でカニエがタイトなファッションに身を包んで、同性愛者のデザイナーと行動を共にするのは、大きなブレイクポイントだったと思うんです。
その後にオッド・フューチャーというクルーが台頭してきて。オッド・フューチャーには、レズビアンのシドがいたり、「初恋の相手は男性だった」とカミングアウトしたフランク・オーシャンがいたりと、ジェンダーやセクシャリティの観点から見ても非常に多様性に富んだクルーなんです。それが世界規模で人気を得た。同じ頃に人気を得たエイサップ・モブというクルーのエイサップ・ロッキーも、アレキサンダー・ワンやリック・オウエンスなどのファッションブランドとも仲良く付き合っていて、彼自身もフェミニスト。そういう下地がヒップホップのシーンにはあったんです。
今年は、ミーガン・ジー・スタリオンやリゾ、去年大ブレイクしたカーディ・Bら、言いたいことをはっきり言って、自分がいいと思う姿のままで作品を作り続けるような女性アーティストが台頭してきた。なので、ヒップホップにおけるミソジニー、マスキュリニティはここ5年ぐらい、すごいスピードで変わってきていると感じます。
辰巳 タイラー・ザ・クリエイターが今年新作アルバム『IGOR』を出したんですが、その中に「A BOY IS A GUN」という曲があって。もともとフェミニストのスローガンの「A GIRL IS A GUN(女性を弱い存在と決めつけるな)」というフレーズを逆転させて「A BOY~」とすることで、「どんなジェンダーや性別でも、恋愛関係は銃のように危険だよな」という曲になっているらしくて。もともとタイラーは過激な歌詞を書いたことで、オーストラリアから入国拒否されたこともあって……。
渡辺 そうそう。彼はかつて蔑視用語である「Faggot」(男性同性愛者を侮辱する言葉)を多用して、人権団体から抗議されたこともあったんですよ。でも彼の周りにはフランク・オーシャンやシドがいて、もともとそういうコミュニティの中にいたからこその発言だったのかなとも思うんだけど。
辰巳 しかも本人も、男性に対するセクシャリティをほのめかしている。そういう経緯もあって、なおかつそんな彼がセクシャリティについて考えさせるような曲を作り、売れているという現象を含めて、多様になっているのがおもしろいですよね。
渡辺 アメリカで今年一番売れたのはリル・ナズ・Xの「Old Town Road」ですが、彼も自分がゲイだとカミングアウトしてます。あれは飛び道具的なヒット曲ではあるけど、「Billboard Hot 100」で19週連続1位という大記録を更新するほどのヒット曲を歌っているラップアーティストが同性愛者だというのは、興味深いトピックとして挙げられると思います。
――去年に続いてカーディ・Bの躍進がすさまじく、一方でラップ界の女王ニッキー・ミナージュは「アデルとコラボした」と軽はずみなリップサービスし、それを真に受けたファンからバッシングされたり、結婚・引退宣言をしたり(その後すぐ撤回)、なにか空回りしているような空気がありました。
渡辺 カーディはセールス的な面もすごいのですが、彼女は10代の頃からストリッパーとして働いていて、それを隠すことなく、SNSでのぶっちゃけキャラとしても人気を博した。ニッキーは、その反対なんですよ。彼女もメジャーデビュー前は露出度高い格好で売っていたんですが、メジャー契約した途端に「バービー」になった。ピンクのウイッグをつけて、ジャケ写でもありえないくらい脚を長くして、自分をお人形さんに仕立て上げて、ラッパーとしてのキャリアを築いていった。彼女はリル・ウェインやドレイクがいるヤングマネーというクルーに所属してるんですけど、その中の紅一点という形でデビューしたんですよ。カーディにそういうクルーはおらず、自分ひとりでのし上がった。今はもう「自分」をどんどん出していって、セルフメイドなアーティストじゃないと成功しないことを、カーディが証明したのかなと私は思っていて。今年リゾとかミーガン・ジー・スタリオン、キャッシュ・ドールといった女性ラッパーがブレイクして、いろんな女性ラッパーがいていいんだよという扉を開いたのが、カーディだったんじゃないかなと思います。
辰巳 今まで「ヒップホップのクイーンは1人しかいない」と神話的な感じでいわれてたらしいんですけど、カーディが2週連続1位を獲った後にリゾが1位を獲ったり、いろんな女性アーティストが出てきたということは、その神話が崩れて、もっとバラエティー豊かになるんじゃないのかな。あとポップシンガー含む、女性アーティストの融和路線が目立ってきているといわれていて、リゾやビリー・アイリッシュもそうですが、ほかのアーティストとケンカしない。これまでケイティ・ペリーとレディー・ガガがレーベルに楽曲のリリース日をぶつけられたことがあったけど、最近はそういうのもないですね。
渡辺 ティナーシェという黒人女性アーティストが、「男性ラッパーは何百といるのに、黒人女性アーティストといったら、ビヨンセかリアーナしか聞こえてこない」みたいなことをインタビューで言っていて。多分それはヒップホップ界の女性ラッパーにとっても同じで、ここ10年ぐらい席がひとつだけっていう時代だったんでしょうが、今年はラプソディやイギリスのリトル・シムズといった女性ラッパーたちも素晴らしいアルバムを出している。しかもそれがちゃんと評価されている。当たり前ですけど、ヒップホップだけを見ても、男性アーティストは誰かひとりだけに絞るなんてない。ジェイ・Zもカニエもケンドリックも同時代に売れてるし、ほかにもいろんな席がある。女性ラッパーもそういった状況になり始めてきているのかなと、去年~今年、非常に感じるところですね。
――融和路線でいえば、長年いがみ合っていたケイティ・ペリーとテイラー・スウィフトが今年電撃和解をしましたが、辰巳さんはどう見ていましたか?
辰巳 あれも融和路線ですよね。融和路線は多分、アリアナ・グランデの「thank u, next」という曲ぐらいからブームになってきていて。アリアナが曲で元カレたちをディスるのかと思ったら、彼らとの付き合いを肯定して前に進むような、ポジティブな感じのムードが生まれましたね。最近は明るいポップなムードの曲のはやりが戻ってきて。テイラーも、その流れについてきていますね。明るく友好的な愛を説いている。
渡辺 辰巳さんは、2020年はどういうムードになると思いますか?
辰巳 どうなんですかね。2019年は、キャンセルカルチャー(炎上や批判などによって商品やサービスを停止に追い込むだけではなく、特定個人のキャリアに終止符を打とうとする動き)や、行きすぎたウォークカルチャー(awake<目覚める>から派生したスラングで、不当な差別などに目覚めてアクションを起こすというもの)への批判が活発になったと聞きました。アリアナ・グランデ、チャーリー・XCXらも間接的にですが、「フェイクウォーカー」を批判したこともあったんです。この場合、「フェイク」とつくので、社会正義運動のように見せかけて精査せずにバッシングするユーザーやメディア媒体を批判するニュアンスで、キャンセルカルチャーと距離が近い。
渡辺 あらを探そうと思えば、絶対誰もが持っているじゃないですか。
辰巳 そうなんですよ。でも批判に対して、企業側も自粛しすぎたことがキャンセルカルチャーを勢いづけた部分もあると思う。バーバリーのショーに参加したモデルが、マリン・テーマのフーディーについて「ひもが、首つり自殺のひもに見える」との批判をインスタグラムに投稿したら、メディアがすぐに「バーバリーが自殺フーディーを発売」と報じて、バーバリー側もすぐ謝る。個人的に、このケースは、議論を深めていってもよかったと思うんですが……企業側はメディア対応も大変でしょうし、すぐに火消ししたほうが商売的には楽なんでしょうね。そういったキャンセルカルチャー的な動きは、反省や再構築が進みそうです。でもアメリカのポップカルチャーがすごいのは、カニエとか、映画『ジョーカー』(2019)のトッド・フィリップス監督ら、ウォークカルチャーなどの今までネガティブ意見を言いにくかった潮流を批判したクリエイターの作品が、興行的・数字的にもトップを取っていて。
渡辺 そこがすごいところですよね。みなさんが作品として享受するし、金になるし、作品は消えない。
辰巳 いろんな議論があって、その賛否両方が作品にすぐさま取り込まれるし、それを表現した作品も受け入れられる。議論としてどっちが良い悪いという話ではなくて、ダイナミズム自体、吸収力自体がすごいところだなと思います。
渡辺 確かに日本だとキャンセルカルチャーって、炎上してなくなって終わりになることのほうが多い。
辰巳 あと「社会正義」系列でいうと、近年はディズニー映画の進歩主義路線が賛否を呼んでいるわけですが、実はハリウッドの劇場大作は世界各地で売り上げを立てなきゃいけない。業界として一番重視しているのが中国市場なわけです。セクシャルマイノリティを感じさせるシーンを入れると、中国などで規制されるリスクがある。実写版『美女と野獣』(2017)やフォックスの『ボヘミアン・ラプソディ』(18)が複数の国で規制対象や騒動になってからは(※1)、ハリウッド・スタジオ全体が抑えめになってきていると報道されています。それはキャンセルカルチャーとかじゃなく、国家介入、表現規制の問題ですよね。
渡辺 しかも今ハリウッドって、中国資本が至る所に入ってるわけですから。
辰巳 ドルチェ&ガッバーナの事件(※2)のように、本当に市場から締め出される恐怖もある。NBA騒動(※3)もありましたし、2020年以降は他国市場のコンテンツ検閲リスクに関する議論が大きくなるのではと思っています。今は自由でクリエイティブといわれている「ネットフリックス」も、競争の中で国際展開重視になってきてるし、新しい実験的な作品を出すというスタイルは続けられないかもしれない。なので、2010年代はいろんな議論や反発があり、ウォークカルチャーのストレスもたまっているんですが、将来2010年代を振り返ったときに、「1970年代みたいに自由とか開放とか革命とかがあったよね」「中国とかインドの興行をあまり気にせずに作品を作れた時代だった」と言われる可能性もあると思います。国際情勢を考えたら、グローバル展開コンテンツがアメリカ的自由を世界中で貫くというのは難しいかもしれない。
――今まではアメリカの自由を流布できたけど、今後は中国とかインドで受け入れられるものに、どうしても近づかざるを得ない?
渡辺 インドは今、エンタメ的にボリウッド時代とは違う注目のされ方だと感じます。「Spotify」でも「デシラップ」という公式プレイリスト(現在はインドの国番号を用いた「+91」というタイトルに改名)が人気を集めています。「デシ」ってインド系、またはインドに近いバングラデシュなどの南アジア系の人々や文化を指す言葉とのことで、場合によっては差別的な意味合いを持つので、Spotifyのプレイリストも改名されたのではと思うのですが。今年、アカデミー賞の短編ドキュメンタリー賞を撮ったのが『ピリオド ―羽ばたく女性たち―』という作品なんです。これはインドの女の子たちの生理事情、ナプキンなどの生理用品が手に入らず、でもそれをどうにかしようという内容の、30分のショートドキュメンタリー。それがアカデミー賞を受賞して、かつネットフリックスで公開されている。インドは今、経済的にもすごい勢いで発展しているし、人材的にも優秀な人がそろっている国。今後アジアは、韓国・日本・中国ではなく、インドや東南アジアが注目されていく時代なのかもしれません。
辰巳 そうですね。ビジネス的にも、インドの時代といわれてます。
渡辺 だから、どうアジアが発展するかで、アメリカにおけるアジアの立ち位置や、カルチャーの流れも変わっていくと思います。
※1 『美女と野獣』はマレーシアで、『ボヘミアン・ラプソディ』は中国で、キャラクターが同性愛者だと感じさせるシーン、カミングアウトするシーンが削除・修正された
※2 もともとドルチェ&ガッバーナの中国向け広告動画において、「不自由そうに箸でピザを食べる」といった描写があり、人種差別的だと批判が相次いだ。その後、とあるインスタグラムユーザーが、同ブランドのデザイナー、ステファノ・ガッバーナとのやりとりの中で、彼が中国を侮辱するようなコメントをしたとスクリーンショット付きで拡散(ステファノはアカウントが乗っ取られたと主張)。予定したファッションショーが中止になったほか、中国最大のネットショッピングサイト「アリババ」や百貨店、免税店などが同ブランドの商品の取り扱いを中止するなど、事実上、中国市場から締め出された形となった
※3 米プロバスケットボール(NBA)のヒューストン・ロケッツのジェネラルマネジャー、ダリル・モーリー氏が、香港でのデモを支持する旨をTwitterに投稿。これに対し、NBAをスポンサードしていた中国企業が出資の取りやめ・一時停止を次々と発表し、中国におけるNBAの放映権を持つテンセントも一時放映を停止した。その後、ダリル氏は該当ツイートを削除したが、米メディアやファンは「NBAから表現の自由が失われる」と批判。後日、スポンサードの一時停止が解消され、試合の放映も再開されたが、米中共に禍根を残す形となった