「一線越えたら即逮捕」「チケットで熱意が試される」!? 海外遠征で知っておきたい“オタク知識”

 “推し”のために何度も海外遠征をしている、K-POPファンとサッカーファンを招き行われた“オタク談義”。前編では、オタ活ならではの旅トラブルや、「わざわざ行く」からこそ得られる経験について語っていただいた。後編では、さらに具体的なオタ活事情、日本と海外の違いが話題となった。

【出席者】
カナコさん……アラフォー、既婚。K-POPアイドルにハマり、韓国に数えきれないほどの渡航歴アリ。2009年頃、洋楽好きな友達の勧めでK-POPを聴くようになり、その後、現在の推しが韓国でデビュー。13年頃に「この子しかいないっ!」と開眼してから、頻繁に遠征するようになった。なお、“推し”の名前は非公開。
しんいちさん……1974年生まれの45歳、既婚。サッカー日本代表や、Jリーグチーム・FC東京のサポーターとして海外に遠征。95年に「アンブロ・カップ」という国際親善大会のため、“聖地”と呼ばれるイギリスのウェンブリー・スタジアムに行ったのが初めての海外遠征。アニメやゲームも好きで、海外で行われる「アニメコンベンション」に参加することもある。

「言葉を間違えたら恥ずかしい」とは思わなくていい!

――海外遠征に行こうと思っても、なかなか一歩踏み出せない理由として、「言葉の壁」は大きいのではないかと思います。お二人はその点、どう克服しましたか?

カナコさん 私はK-POPにハマってから、韓国語を勉強しています。週に1回、先生のレッスンを受ける程度ですけどね。最初は「推しを見ているうちに自然と覚えちゃった!」って時期もあったんですが、それでは飽き足らず……。というか、言葉がわからないと、現場で“交渉”できないんですよ。

――何を交渉するんですか?

カナコさん 参加するイベントが毎回ちゃんとした運営だとは限らないという事情もあり(笑)、その場で概要が説明されるとか、列に並ばされたはいいけど、その後どうなるかわからないとか、結構あるんです。説明が理解できないとスタッフさんも困るし、何より自分が損をしちゃう。私の場合、韓国語がわかったから、足を運べるようになったというイベントもあります。

――しんいちさんは、英語圏に遠征することが多そうですが、言葉について不自由はないですか?

しんいちさん 最初に行ったイギリスでは、しばらく滞在するうちに耳が英語に慣れて、だんだん聞き取れるようになったんです。「よっしゃ~、だいぶ慣れたぞ~!」と安心していた頃にリヴァプールへ行ったら、もう、同じ英語とは思えないぐらい訛ってて(笑)。ちっとも聞き取れなかった経験がありますね。

 でもひとつ言っておきたいのは、向こうからしたら「外国語を話してるだけエライ!」「コミュニケーションをとろうとしてるだけでスゴイ!」って感じなので、「間違えたら恥ずかしい」とかは、本当に考えなくていい(笑)。物おじしないで話してみると案外通じますし、自然と度胸もつきますよ。

カナコさん 最初のうちは、言葉が通じなくて四苦八苦するのも、いい思い出になるんじゃないでしょうか。そこは覚悟してトライしてほしいですね。

――日本でも海外でも、オタ活に必要なものといえば、やっぱり“チケット”です。お二人は、どのように手配しているんですか?

しんいちさん サッカーの場合は、クラブチームから直接買うのが一番確実ですね。海外の試合であれば、オフィシャルツアーも組まれるはずなので、航空券・ホテル・試合のチケットがすべて一括で手配できるし、周りも日本人サポーターばかりなので、初心者にはオススメです。あとは国にもよるんですけど、オフィシャルツアーじゃないと入国できないパターンもあります。中東は特に大変で、入国するためのビザがなかなか下りないこともありますね。

 だけど、トーナメント戦の場合は、勝ち進んでみないと、どこで試合があるかわからないんですよ。トーナメントで当たった国によって、試合の開催国が変わったりするので。だからもう、先に「この日に日本とこの国が試合をやるハズだから、会場は多分ここになるだろう」とか予想して、航空券やホテルの情報を先に調べたり……。

――それってもはや“賭け”じゃないですか。

しんいちさん とはいえ海外試合の場合だと、チケットが完売しちゃうことって、そうそうないです。ワールドカップなんかはもちろん別ですが、よほどのビッグマッチじゃない限り、普通は売り切れないんですよ。もちろん海外まで行くんですから、なるべく事前に手配できるものは手配したほうが安心ですけど、会場に入るチケットだけなら、結構なんとかなっちゃうんじゃないかな? 海外出張のついでに現地でサッカー観戦、みたいなことをしている友達もいますよ。

――K-POPのチケット事情はどうですか?

カナコさん 韓国は今、“本人確認ブーム”の嵐が吹き荒れていて……。今回のミュージカルも結構、本人確認のルールが厳しいんです。昔は当日券でなんとかなることもあったんですけど、今は難しいですね。外国人がチケットを買う場合、パスポートの確認が必要ってこともあるし。そもそも、「外国人は買えません」っていうチケットもあります。韓国って住民登録番号(RNN)と携帯電話の番号などが全部ひもづいていて、外国人っていうだけですごく購入のハードルが上がるんですよね。

――今回のミュージカルのチケットは、どうやって手配したんですか?

カナコさん 外国人向けのグローバルサイトがあるので、そこで買いました。韓国って座席は“早い者勝ち”のものが多いので、チケットの発売日には、熱心なファンがネットカフェの高速回線を使って買ったりするんです(笑)。そういう点では、ある程度努力すればいい席を取れる可能性があるので、日本の抽選式よりは、熱意が試されてるかもしれませんね。

――海外の現場に行ってみてわかる、「日本のここが好き」「海外ってすごい」というポイントはありますか?

しんいちさん 僕が感じるのは、日本のホスピタリティの良さ。海外のスタジアムに行くとわかるんですけど、スタジアムのホスピタリティって、圧倒的に日本が良いんですよ。そりゃもう、ズバ抜けて良いんです(笑)。海外はほったらかしというか、自由にしていられるんだけど、越えちゃいけない一線がそれぞれの場所であって。それを越えたらもう、注意じゃなくて「即、逮捕!」みたいな感じなんです。スタジアムに入ってから、大勢の警察官に囲まれた中で応援する……みたいな国もありました。

――怖っ! “一発レッドカード”ってことですか!?

しんいちさん もちろん、普通にしていれば怖い目に遭うことなんてないですよ。でも、調子に乗っているとヤバイ。国によっては、警察官が一般市民に本当に銃向けますからね。あとアジア圏だと、スポーツと政治を絡めたがる人たちがいます。一目で国がわかるユニフォームを着て街を歩いていると、ちょっかい出されることとか……。そういう時は、「日本ってやっぱり平和なんだな」と思いますね。

カナコさん 私は、日本では体験できないことや知り得ないことを知る、違う文化に触れられるのが、単純に楽しいです。K-POPは韓国のアイドルと言いつつ、香港や台湾にアジアツアーもするし、コンサートやイベント会場には、世界各国からファンが集まるんですよ。あと最近は、中国のエンターテインメントがすごい勢いだなって思います。K-POPファンの中でも、感覚の鋭い人はもう、中国のアイドルに移っていたり。

――そういうファンの方って、アジア圏のアイドルをどんどん深めていく感覚なんですか?

カナコさん というよりも、今一番“新しいもの”が好きなんじゃないかな? K-POPって、昔はマニアックな趣味というか、アジアのちょっと珍しい面白いもの・キッチュなもの、っていう感じで受け取られていたと思うんですけど、今はむしろトレンドの最先端になっているじゃないですか。K-POPのファンは、K-POPがどんどん発展して、洗練されていくのをずっと目の当たりにしてきたんです。そうやって、韓国や中国のエンターテインメントが恐ろしい勢いで発達しているのを見て、ファンは楽しんでいるんだと思います。それと同時に、日本の文化やエンターテインメントがどんどん古く・つまらなくなっているのを、かなり前から肌で感じていたんじゃないでしょうか。

しんいちさん “新しいもの好き”な人が国内のエンタメに満足できなくなっているというのは、正直すごく感じます。

カナコさん これからグローバル化が進んでいくことを考えると、日本の中で一生懸命に新しいことや楽しいものを探さなくてもいいのでは、と思います。世界中を見渡しながら、「今は何が一番新しくて、面白いのかな?」という視点で、“推し”を探す人が増えるかもしれませんね。

「一線越えたら即逮捕」「チケットで熱意が試される」!? 海外遠征で知っておきたい“オタク知識”

 “推し”のために何度も海外遠征をしている、K-POPファンとサッカーファンを招き行われた“オタク談義”。前編では、オタ活ならではの旅トラブルや、「わざわざ行く」からこそ得られる経験について語っていただいた。後編では、さらに具体的なオタ活事情、日本と海外の違いが話題となった。

【出席者】
カナコさん……アラフォー、既婚。K-POPアイドルにハマり、韓国に数えきれないほどの渡航歴アリ。2009年頃、洋楽好きな友達の勧めでK-POPを聴くようになり、その後、現在の推しが韓国でデビュー。13年頃に「この子しかいないっ!」と開眼してから、頻繁に遠征するようになった。なお、“推し”の名前は非公開。
しんいちさん……1974年生まれの45歳、既婚。サッカー日本代表や、Jリーグチーム・FC東京のサポーターとして海外に遠征。95年に「アンブロ・カップ」という国際親善大会のため、“聖地”と呼ばれるイギリスのウェンブリー・スタジアムに行ったのが初めての海外遠征。アニメやゲームも好きで、海外で行われる「アニメコンベンション」に参加することもある。

「言葉を間違えたら恥ずかしい」とは思わなくていい!

――海外遠征に行こうと思っても、なかなか一歩踏み出せない理由として、「言葉の壁」は大きいのではないかと思います。お二人はその点、どう克服しましたか?

カナコさん 私はK-POPにハマってから、韓国語を勉強しています。週に1回、先生のレッスンを受ける程度ですけどね。最初は「推しを見ているうちに自然と覚えちゃった!」って時期もあったんですが、それでは飽き足らず……。というか、言葉がわからないと、現場で“交渉”できないんですよ。

――何を交渉するんですか?

カナコさん 参加するイベントが毎回ちゃんとした運営だとは限らないという事情もあり(笑)、その場で概要が説明されるとか、列に並ばされたはいいけど、その後どうなるかわからないとか、結構あるんです。説明が理解できないとスタッフさんも困るし、何より自分が損をしちゃう。私の場合、韓国語がわかったから、足を運べるようになったというイベントもあります。

――しんいちさんは、英語圏に遠征することが多そうですが、言葉について不自由はないですか?

しんいちさん 最初に行ったイギリスでは、しばらく滞在するうちに耳が英語に慣れて、だんだん聞き取れるようになったんです。「よっしゃ~、だいぶ慣れたぞ~!」と安心していた頃にリヴァプールへ行ったら、もう、同じ英語とは思えないぐらい訛ってて(笑)。ちっとも聞き取れなかった経験がありますね。

 でもひとつ言っておきたいのは、向こうからしたら「外国語を話してるだけエライ!」「コミュニケーションをとろうとしてるだけでスゴイ!」って感じなので、「間違えたら恥ずかしい」とかは、本当に考えなくていい(笑)。物おじしないで話してみると案外通じますし、自然と度胸もつきますよ。

カナコさん 最初のうちは、言葉が通じなくて四苦八苦するのも、いい思い出になるんじゃないでしょうか。そこは覚悟してトライしてほしいですね。

――日本でも海外でも、オタ活に必要なものといえば、やっぱり“チケット”です。お二人は、どのように手配しているんですか?

しんいちさん サッカーの場合は、クラブチームから直接買うのが一番確実ですね。海外の試合であれば、オフィシャルツアーも組まれるはずなので、航空券・ホテル・試合のチケットがすべて一括で手配できるし、周りも日本人サポーターばかりなので、初心者にはオススメです。あとは国にもよるんですけど、オフィシャルツアーじゃないと入国できないパターンもあります。中東は特に大変で、入国するためのビザがなかなか下りないこともありますね。

 だけど、トーナメント戦の場合は、勝ち進んでみないと、どこで試合があるかわからないんですよ。トーナメントで当たった国によって、試合の開催国が変わったりするので。だからもう、先に「この日に日本とこの国が試合をやるハズだから、会場は多分ここになるだろう」とか予想して、航空券やホテルの情報を先に調べたり……。

――それってもはや“賭け”じゃないですか。

しんいちさん とはいえ海外試合の場合だと、チケットが完売しちゃうことって、そうそうないです。ワールドカップなんかはもちろん別ですが、よほどのビッグマッチじゃない限り、普通は売り切れないんですよ。もちろん海外まで行くんですから、なるべく事前に手配できるものは手配したほうが安心ですけど、会場に入るチケットだけなら、結構なんとかなっちゃうんじゃないかな? 海外出張のついでに現地でサッカー観戦、みたいなことをしている友達もいますよ。

――K-POPのチケット事情はどうですか?

カナコさん 韓国は今、“本人確認ブーム”の嵐が吹き荒れていて……。今回のミュージカルも結構、本人確認のルールが厳しいんです。昔は当日券でなんとかなることもあったんですけど、今は難しいですね。外国人がチケットを買う場合、パスポートの確認が必要ってこともあるし。そもそも、「外国人は買えません」っていうチケットもあります。韓国って住民登録番号(RNN)と携帯電話の番号などが全部ひもづいていて、外国人っていうだけですごく購入のハードルが上がるんですよね。

――今回のミュージカルのチケットは、どうやって手配したんですか?

カナコさん 外国人向けのグローバルサイトがあるので、そこで買いました。韓国って座席は“早い者勝ち”のものが多いので、チケットの発売日には、熱心なファンがネットカフェの高速回線を使って買ったりするんです(笑)。そういう点では、ある程度努力すればいい席を取れる可能性があるので、日本の抽選式よりは、熱意が試されてるかもしれませんね。

――海外の現場に行ってみてわかる、「日本のここが好き」「海外ってすごい」というポイントはありますか?

しんいちさん 僕が感じるのは、日本のホスピタリティの良さ。海外のスタジアムに行くとわかるんですけど、スタジアムのホスピタリティって、圧倒的に日本が良いんですよ。そりゃもう、ズバ抜けて良いんです(笑)。海外はほったらかしというか、自由にしていられるんだけど、越えちゃいけない一線がそれぞれの場所であって。それを越えたらもう、注意じゃなくて「即、逮捕!」みたいな感じなんです。スタジアムに入ってから、大勢の警察官に囲まれた中で応援する……みたいな国もありました。

――怖っ! “一発レッドカード”ってことですか!?

しんいちさん もちろん、普通にしていれば怖い目に遭うことなんてないですよ。でも、調子に乗っているとヤバイ。国によっては、警察官が一般市民に本当に銃向けますからね。あとアジア圏だと、スポーツと政治を絡めたがる人たちがいます。一目で国がわかるユニフォームを着て街を歩いていると、ちょっかい出されることとか……。そういう時は、「日本ってやっぱり平和なんだな」と思いますね。

カナコさん 私は、日本では体験できないことや知り得ないことを知る、違う文化に触れられるのが、単純に楽しいです。K-POPは韓国のアイドルと言いつつ、香港や台湾にアジアツアーもするし、コンサートやイベント会場には、世界各国からファンが集まるんですよ。あと最近は、中国のエンターテインメントがすごい勢いだなって思います。K-POPファンの中でも、感覚の鋭い人はもう、中国のアイドルに移っていたり。

――そういうファンの方って、アジア圏のアイドルをどんどん深めていく感覚なんですか?

カナコさん というよりも、今一番“新しいもの”が好きなんじゃないかな? K-POPって、昔はマニアックな趣味というか、アジアのちょっと珍しい面白いもの・キッチュなもの、っていう感じで受け取られていたと思うんですけど、今はむしろトレンドの最先端になっているじゃないですか。K-POPのファンは、K-POPがどんどん発展して、洗練されていくのをずっと目の当たりにしてきたんです。そうやって、韓国や中国のエンターテインメントが恐ろしい勢いで発達しているのを見て、ファンは楽しんでいるんだと思います。それと同時に、日本の文化やエンターテインメントがどんどん古く・つまらなくなっているのを、かなり前から肌で感じていたんじゃないでしょうか。

しんいちさん “新しいもの好き”な人が国内のエンタメに満足できなくなっているというのは、正直すごく感じます。

カナコさん これからグローバル化が進んでいくことを考えると、日本の中で一生懸命に新しいことや楽しいものを探さなくてもいいのでは、と思います。世界中を見渡しながら、「今は何が一番新しくて、面白いのかな?」という視点で、“推し”を探す人が増えるかもしれませんね。

かつて、痴漢は“娯楽”だった――「痴漢を語ればみえてくる」、現在の痴漢と地続きな大問題

 10代の女性アイドルがビキニ姿で痴漢被害について話したり、痴漢の触り方が図解されていたりする。痴漢の手口や痴漢しやすい場所、路線の選び方や、ターゲットの選定方法、さらには騒がれたときの対処方法のほか、2019年現在もテレビに出ている男性芸能人が、痴漢の加害経験を話している。

――突然、何の話かと思ったかもしれない。

 11月に発売された『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)では、1970年代~1990年代のメディア(主に雑誌や新聞)において、痴漢を“娯楽”として楽しんできた歴史が暴かれていた。冒頭の文章は、同書で紹介されていた当時の雑誌等についてのものだ。本当に、そういう雑誌記事があったのである。

 当時の雑誌には「痴漢のススメ」特集や、痴漢の体験を被害者が語る人気コーナーがあった。メディア側も読者も、痴漢を一種のエンタメコンテンツとして消費していた。同書はそうしたメディアの変遷を辿っている。

 痴漢がエンタメコンテンツであったという"事実”を、現在も発生している現実の痴漢問題と地続きなものとして分析している同書を、筆者は沈鬱な気持ちで読了した。

 11月23日、都内の青山ブックセンターでは同書の刊行記念イベントが行われ、著書の牧野雅子さんや、漫画家の田房永子さん、版元であるエトセトラブックス社長の松尾亜紀子さんが登壇してトークが繰り広げられた。イベントの様子を一部紹介する。

牧野 雅子さん
1967年富山県生まれ。龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員。警察官として勤めたのち、 京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(人間・環境学)。 専門は、社会学、ジェンダー研究。 著書に、『刑事司法とジェンダー』(インパクト出版会)、 『生と死のケアを考える』(共著、法藏館)がある。

 

 
田房 永子さん
1978年東京都生まれ。漫画家、ライター。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。母からの過干渉の苦しみと葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を12年に刊行、ベストセラーに。他に、『ママだって、人間』(河出書房新社)、『「男の子の育て方」を真剣に考えてたら夫とのセックスが週3回になりました』(大和書房)など著書多数。

 

松尾 亜紀子さん
エトセトラブックス代表。2018年12月設立。フェミニズムにかかわるさまざまな本を出版している。フェミマガジンである『エトセトラ』は現在vol.2まで発売中。

 

痴漢が“娯楽”として楽しまれていた時代
 『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』にて、新聞や雑誌を中心として分析した理由について、著者の牧野雅子さんは次のように話していた。

牧野「若い人たちは昔、痴漢がどのようなものであったか、痴漢が犯罪とみなされるようになってきた経緯を知りません。例えば痴漢冤罪問題を議論するにしても、かつては痴漢がどのように扱われてきたのかという共通認識を持って議論したほうがいい。 インターネットと違い、雑誌というのはお金を払って情報を買うものです。その雑誌で、昔は痴漢情報がこのように掲載され読まれていた。それはつまり娯楽として扱われていたということです」

 イベントでは、本の中でも紹介されている一部の雑誌について解説があった。

 例えば1982年に青人社から出版された「ドリブ」(1997年休刊)という雑誌では、「快適通勤痴漢特集 ここまでならつかまらない スレスレ痴漢法」という特集が組まれていた。そこでは、どうやって痴漢をするか、もし被害者に騒がれたらどう逃げるかといった方法が面白おかしく解説されていた。

 さらに、1980年に出版された芸能・エンタメ誌(とくに男性をターゲットとした雑誌ではない) でも、当時10代の女性アイドルがビキニを着て胸の谷間を強調するようなポーズを取った写真とともに、痴漢被害について楽しそうに語っている様子が書かれていたという。

 当時中学生だった牧野さんは、この記事を目にして大きな違和感を覚えたそうだ。

 昔は痴漢に対する社会の目が甘かったという背景があったことを振り返りつつ、「その時代に生きていても『おかしい』という感覚はありました。なので『そういう時代だった』ということで話を終わらせられないと思います」と牧野さんは話した。

 当時の他の雑誌からも、通勤電車では痴漢行為をするのが当然のように描かれていた時代があったということが見えてくる。

 1990年代前半生まれの筆者は、日常的に電車に乗る年齢になったときにはすでに「痴漢=犯罪」という認識が社会で共有されていた。かつてメディアが痴漢を“娯楽”として扱い、読者に広く共有されてきたことなんて、全く知らなかった。この歴史を知り、大きな衝撃を受けた。

痴漢被害は「恥ずかしい」より「怖い、気持ち悪い」
 当たり前のことを確認するようだが、痴漢は迷惑防止条例で禁止されている行為だ。

 例えば東京都の迷惑防止条例では、<第5条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない>< (1) 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人 の身体に触れること>と書かれている。

 この迷惑防止条例の問題点について、イベントでは次のように語られた。

牧野「痴漢で検挙された加害者の約9割が、迷惑防止条例違反として検挙されたものですが、 この条例にも問題があると感じています。ひとつは、条例に『痴漢は女性の羞恥心を侵害する行為』として書かれていること。
 痴漢被害にあった場合、もし恥ずかしさがあったとしても、それは相手に対する気持ち悪さや怒り、恐怖といったいろいろな感情の中のひとつに過ぎません。つまりこの条例には、立案した人たちの『痴漢被害に遭った女性は恥ずかしいはずだ、恥ずかしがるべきだ』という偏った認識や視点が反映されていると感じられます」

 筆者も痴漢被害に遭ったことがあるが、その時に恥ずかしいという感情が少ないことには同感だ。「痴漢がいる」と声をあげることには勇気が要るし、周囲の注目を集めることに対して恥ずかしい思ってしまうことはあっても、加害者に体を触られたこと自体は、恥ずかしいというよりも、恐怖心や気持ち悪さで体や思考がフリーズしてしまうような感覚だった。

「痴漢冤罪」にまつわる問題

 痴漢冤罪問題といえば、2007年に公開された映画『それでもボクはやってない』(監督・周防正行)を思い浮かべる人も少なくないだろう。

 牧野さんは、「あの映画(『それでもボクはやってない』)は、痴漢をめぐる警察の取り調べや司法の問題点などを社会に投げかけた良作だと思います。ただし、あの映画では主人公の他に真犯人がいたにも関わらず、観客からは“痴漢をでっちあげる女の話”というふうに認識されてしまったことは残念でした。
 被害者が痴漢被害に遭ったことには変わりがなく、痴漢をした疑惑のある人が実際に犯人であるかどうかを確かめるのは警察の役割です。被害者が、犯人の確定まで責任を負うべきかと考えると、疑問に思います」と言う。

 映画『それでもボクはやってない』の中では、取り調べや裁判における問題が描かれていた。

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 一般的に、冤罪というと、痴漢行為そのものがなかったり、別に犯人がいるのに誤解されたりといったものをイメージするだろう。
 
 牧野さんの著書によれば、かつての男性誌においては、自ら痴漢行為に及んだにも関わらず、あたかも女性が触らせたと認識を歪めているケースさえも「冤罪」としていたことがつまびらかになっている。

 冤罪問題でさえ性的なコンテンツのように描かれていた過去からは、痴漢をする人と被害者との間で、見ている世界や認識に大きなへだたりがあったことを感じる。

 また、現在、女性専用車両への抗議活動をする男性たちもいる。

牧野「女性専用車両への抗議や、女性専用車両を『男性差別だ』と言うこと、そして痴漢冤罪“被害”を問題にして女性を非難する男性たちに対しては、なぜそこまで女性を敵視するのか疑問に思います。女性専用車両が必要なのは痴漢という犯罪があるからで、それを推奨するかのように痴漢をカルチャーとしてきたメディアや、それを享受してきた人たち、性暴力を軽視してきた文化に抗議をするべきで、相手を間違っているのではないでしょうか。女性を攻撃し、抑圧することは何の解決にもなりません」

 現代の痴漢をめぐる諸問題を考えると暗澹たる気持ちになるが、牧野さんは、知人に著書『痴漢とは何か』の感想を聞いた時のエピソードを話し、「希望が見えました」と述懐していた。

牧野「この本を知人に読んでもらったときに、私と同世代や上の世代からは『スッキリした!』『痛快だった!』といった感想をもらいました。他方で、若い人たちからは『読むのが辛い』『こんなに酷い時代があったのですね』という感想で、世代によって感想が二分されたんです。この本に『痛快だった』と感想を持ってくれた人たちがこれまでの社会を変えてきたわけで、今まで社会を変えてこれたなら、これからも変えていける、そんな希望を持ちました」

 痴漢問題に関しては、現在もさまざまな課題が残っている。筆者も、同書を読み終え、そして牧野さんの言葉を聞いて、今の子どもたちが大人になって振り返った時には「昔はこんなに酷かったんだ」と思ってもらえるよう、未来を変えていかなくてはならないと感じた。痴漢問題にほんの少しでも関心のある人はぜひ同書を読んでほしい。どうすれば変えていけるのか、考えていきたい。

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かつて、痴漢は“娯楽”だった――「痴漢を語ればみえてくる」、現在の痴漢と地続きな大問題

 10代の女性アイドルがビキニ姿で痴漢被害について話したり、痴漢の触り方が図解されていたりする。痴漢の手口や痴漢しやすい場所、路線の選び方や、ターゲットの選定方法、さらには騒がれたときの対処方法のほか、2019年現在もテレビに出ている男性芸能人が、痴漢の加害経験を話している。

――突然、何の話かと思ったかもしれない。

 11月に発売された『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)では、1970年代~1990年代のメディア(主に雑誌や新聞)において、痴漢を“娯楽”として楽しんできた歴史が暴かれていた。冒頭の文章は、同書で紹介されていた当時の雑誌等についてのものだ。本当に、そういう雑誌記事があったのである。

 当時の雑誌には「痴漢のススメ」特集や、痴漢の体験を被害者が語る人気コーナーがあった。メディア側も読者も、痴漢を一種のエンタメコンテンツとして消費していた。同書はそうしたメディアの変遷を辿っている。

 痴漢がエンタメコンテンツであったという"事実”を、現在も発生している現実の痴漢問題と地続きなものとして分析している同書を、筆者は沈鬱な気持ちで読了した。

 11月23日、都内の青山ブックセンターでは同書の刊行記念イベントが行われ、著書の牧野雅子さんや、漫画家の田房永子さん、版元であるエトセトラブックス社長の松尾亜紀子さんが登壇してトークが繰り広げられた。イベントの様子を一部紹介する。

牧野 雅子さん
1967年富山県生まれ。龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員。警察官として勤めたのち、 京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(人間・環境学)。 専門は、社会学、ジェンダー研究。 著書に、『刑事司法とジェンダー』(インパクト出版会)、 『生と死のケアを考える』(共著、法藏館)がある。

 

 
田房 永子さん
1978年東京都生まれ。漫画家、ライター。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。母からの過干渉の苦しみと葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を12年に刊行、ベストセラーに。他に、『ママだって、人間』(河出書房新社)、『「男の子の育て方」を真剣に考えてたら夫とのセックスが週3回になりました』(大和書房)など著書多数。

 

松尾 亜紀子さん
エトセトラブックス代表。2018年12月設立。フェミニズムにかかわるさまざまな本を出版している。フェミマガジンである『エトセトラ』は現在vol.2まで発売中。

 

痴漢が“娯楽”として楽しまれていた時代
 『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』にて、新聞や雑誌を中心として分析した理由について、著者の牧野雅子さんは次のように話していた。

牧野「若い人たちは昔、痴漢がどのようなものであったか、痴漢が犯罪とみなされるようになってきた経緯を知りません。例えば痴漢冤罪問題を議論するにしても、かつては痴漢がどのように扱われてきたのかという共通認識を持って議論したほうがいい。 インターネットと違い、雑誌というのはお金を払って情報を買うものです。その雑誌で、昔は痴漢情報がこのように掲載され読まれていた。それはつまり娯楽として扱われていたということです」

 イベントでは、本の中でも紹介されている一部の雑誌について解説があった。

 例えば1982年に青人社から出版された「ドリブ」(1997年休刊)という雑誌では、「快適通勤痴漢特集 ここまでならつかまらない スレスレ痴漢法」という特集が組まれていた。そこでは、どうやって痴漢をするか、もし被害者に騒がれたらどう逃げるかといった方法が面白おかしく解説されていた。

 さらに、1980年に出版された芸能・エンタメ誌(とくに男性をターゲットとした雑誌ではない) でも、当時10代の女性アイドルがビキニを着て胸の谷間を強調するようなポーズを取った写真とともに、痴漢被害について楽しそうに語っている様子が書かれていたという。

 当時中学生だった牧野さんは、この記事を目にして大きな違和感を覚えたそうだ。

 昔は痴漢に対する社会の目が甘かったという背景があったことを振り返りつつ、「その時代に生きていても『おかしい』という感覚はありました。なので『そういう時代だった』ということで話を終わらせられないと思います」と牧野さんは話した。

 当時の他の雑誌からも、通勤電車では痴漢行為をするのが当然のように描かれていた時代があったということが見えてくる。

 1990年代前半生まれの筆者は、日常的に電車に乗る年齢になったときにはすでに「痴漢=犯罪」という認識が社会で共有されていた。かつてメディアが痴漢を“娯楽”として扱い、読者に広く共有されてきたことなんて、全く知らなかった。この歴史を知り、大きな衝撃を受けた。

痴漢被害は「恥ずかしい」より「怖い、気持ち悪い」
 当たり前のことを確認するようだが、痴漢は迷惑防止条例で禁止されている行為だ。

 例えば東京都の迷惑防止条例では、<第5条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない>< (1) 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人 の身体に触れること>と書かれている。

 この迷惑防止条例の問題点について、イベントでは次のように語られた。

牧野「痴漢で検挙された加害者の約9割が、迷惑防止条例違反として検挙されたものですが、 この条例にも問題があると感じています。ひとつは、条例に『痴漢は女性の羞恥心を侵害する行為』として書かれていること。
 痴漢被害にあった場合、もし恥ずかしさがあったとしても、それは相手に対する気持ち悪さや怒り、恐怖といったいろいろな感情の中のひとつに過ぎません。つまりこの条例には、立案した人たちの『痴漢被害に遭った女性は恥ずかしいはずだ、恥ずかしがるべきだ』という偏った認識や視点が反映されていると感じられます」

 筆者も痴漢被害に遭ったことがあるが、その時に恥ずかしいという感情が少ないことには同感だ。「痴漢がいる」と声をあげることには勇気が要るし、周囲の注目を集めることに対して恥ずかしい思ってしまうことはあっても、加害者に体を触られたこと自体は、恥ずかしいというよりも、恐怖心や気持ち悪さで体や思考がフリーズしてしまうような感覚だった。

「痴漢冤罪」にまつわる問題

 痴漢冤罪問題といえば、2007年に公開された映画『それでもボクはやってない』(監督・周防正行)を思い浮かべる人も少なくないだろう。

 牧野さんは、「あの映画(『それでもボクはやってない』)は、痴漢をめぐる警察の取り調べや司法の問題点などを社会に投げかけた良作だと思います。ただし、あの映画では主人公の他に真犯人がいたにも関わらず、観客からは“痴漢をでっちあげる女の話”というふうに認識されてしまったことは残念でした。
 被害者が痴漢被害に遭ったことには変わりがなく、痴漢をした疑惑のある人が実際に犯人であるかどうかを確かめるのは警察の役割です。被害者が、犯人の確定まで責任を負うべきかと考えると、疑問に思います」と言う。

 映画『それでもボクはやってない』の中では、取り調べや裁判における問題が描かれていた。

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 一般的に、冤罪というと、痴漢行為そのものがなかったり、別に犯人がいるのに誤解されたりといったものをイメージするだろう。
 
 牧野さんの著書によれば、かつての男性誌においては、自ら痴漢行為に及んだにも関わらず、あたかも女性が触らせたと認識を歪めているケースさえも「冤罪」としていたことがつまびらかになっている。

 冤罪問題でさえ性的なコンテンツのように描かれていた過去からは、痴漢をする人と被害者との間で、見ている世界や認識に大きなへだたりがあったことを感じる。

 また、現在、女性専用車両への抗議活動をする男性たちもいる。

牧野「女性専用車両への抗議や、女性専用車両を『男性差別だ』と言うこと、そして痴漢冤罪“被害”を問題にして女性を非難する男性たちに対しては、なぜそこまで女性を敵視するのか疑問に思います。女性専用車両が必要なのは痴漢という犯罪があるからで、それを推奨するかのように痴漢をカルチャーとしてきたメディアや、それを享受してきた人たち、性暴力を軽視してきた文化に抗議をするべきで、相手を間違っているのではないでしょうか。女性を攻撃し、抑圧することは何の解決にもなりません」

 現代の痴漢をめぐる諸問題を考えると暗澹たる気持ちになるが、牧野さんは、知人に著書『痴漢とは何か』の感想を聞いた時のエピソードを話し、「希望が見えました」と述懐していた。

牧野「この本を知人に読んでもらったときに、私と同世代や上の世代からは『スッキリした!』『痛快だった!』といった感想をもらいました。他方で、若い人たちからは『読むのが辛い』『こんなに酷い時代があったのですね』という感想で、世代によって感想が二分されたんです。この本に『痛快だった』と感想を持ってくれた人たちがこれまでの社会を変えてきたわけで、今まで社会を変えてこれたなら、これからも変えていける、そんな希望を持ちました」

 痴漢問題に関しては、現在もさまざまな課題が残っている。筆者も、同書を読み終え、そして牧野さんの言葉を聞いて、今の子どもたちが大人になって振り返った時には「昔はこんなに酷かったんだ」と思ってもらえるよう、未来を変えていかなくてはならないと感じた。痴漢問題にほんの少しでも関心のある人はぜひ同書を読んでほしい。どうすれば変えていけるのか、考えていきたい。

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【森下くるみ×伊藤和子弁護士対談】AV業界の問題を浮き彫りにしたのは外部の声「無関心」という悪

  2019年の下半期、大きな話題を集めたドラマがある。それが、動画配信サービス「Netflix」のオリジナルドラマ『全裸監督』だ。80年代に活躍したAV監督・村西とおる氏の自伝がモチーフになった作品だが、同ドラマでは引退してかなりたつAV女優・黒木香さんの半生と当時の活躍ぶりにもスポットが当てられている。

 前編では、Netflix側が黒木さんの了承を得ることなくドラマを制作したと言われており、それが世間で「人権侵害では?」と物議を醸した件について、元AV女優で文筆家の森下くるみさんと、NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子弁護士に話をお聞きしたが、後編ではお二人に、AV業界全体の問題についてうかがった。

前編:『全裸監督』黒木香さんから考える「AV女優の人権」とは

過去作品は自分の知らないところで販売され続ける

――森下さんは、AV女優として活動していた作品の販売停止を行いましたよね。どのような経緯から販売停止を行ったんですか。

森下くるみさん(以下、森下) 二次使用に関して、きちんとした契約がなかった時代にデビューしたので、20年近く前に撮影した作品がいつまでも使い回されていて……。直接のきっかけになったのは、コンビニで販売されていた雑誌の付録に1998年のデビュー作がついていたことですね。販売するといった連絡もなければ、いくら売れても出演者には1円も入ってこない。そんな時、二村ヒトシ監督に「いまだに私の女優時代の作品が、二次使用で売られている」と話したところ「引き下げてもらえばいい」ってアドバイスしていただいて。その後は、AV人権倫理機構が販売停止を請け負っていることを知り、ホームページからフォーマットをダウンロードして、書類を作って送付。私の場合は、メーカー2社からしか出ていないので連絡が取りやすかったのか、ネットで配信されていたものに関しては、書類を申請してから1~2カ月で削除されました。まだ販売され続けているものがあるので、引き続き声を上げていこうと思います。

伊藤和子弁護士(以下、伊藤) 販売停止に関しては、販売や配信が続く限り時効になりません。今、“自分”が困っているならば、差し止めを求めることは可能です。しかし、AV業界では1回撮影すると、いつまでどこの販売元から、どのような形態で販売され続けるのかわからないという問題も発生してきました。例えば、A社が潰れると、作品の版権がほかの会社に譲渡されて、自分が知らない間に、全然違うAV女優の名前やタイトルに差し替えられ、その作品が売られていたりするケースも。さらに、海外のサイトで無修正版を配信されたり。そうすると、なかなかその映像流出って、止められないんです。

――先ほど、「契約がなかった時代」とお話されていましたが、詳しくお聞かせください。

森下 私がデビューしたのが98年で、契約書自体を見ことがなかったんですね。メーカーと、当時所属していた事務所は契約を結んでいたはずなのに。書面の確認もできずにいきなり専属女優として活動しはじめたという(苦笑)。幸い大きなトラブルはなかったのですが、不利な状態で活動していました。監督やスタッフと信頼関係があったので、AV強要問題などで取り沙汰されているような、殴られたりとか、恫喝とかもなかったですが。

――事前説明と撮影内容が違うといったトラブルはありましたか。

森下 ありましたよ。私の場合は「それは違うんじゃないですか。聞いていないので、できません」って話して、監督と気まずい雰囲気になって、撮影を止めたことも。あとは撮影を止めたくないという気持ちが勝り、「ずいぶんハードな内容だな……」って思いながら行ったプレイもあります。長い時間を使って事前に打ち合わせをしても、現場でどうなるかわかりませんからね。つい許容範囲以上のことを受け入れてしまって、正直辛かったなってことが何度か。また、『全裸監督』でも描かれていましたが、無修正が流出したケースも聞いたことがあります。知り合いの女優さんのマスターテープが流出してしまって、モザイクのかかっていない動画がネットに上がってしまうというトラブルが起こりました。

伊藤 私が担当したケースだと、現場で「こんなシーン聞いていません。私はできない」と監督さんに伝えても、撮影を止められないという事例が多くありました。監督さんによっては、女優さんと男優さんのどちらにも暴力を振るう人もいるみたいで、泣きながら撮影したという方もいますね。過去には、現場でトラブルが起こり、警察を呼んでも取り合ってもらえなかったという話もありました。

――ギャラについて、疑問を抱いたことはありますか。

森下 メーカーから事務所にいくら支払われたのか、まったく知らされていなかったです。19歳の頃かな、マネージャーに「ギャラを上げてくれ」と申し出たら、「業界の常識でいったらそんなことできないけど、何とかしてみる」なんて言われて、ほんの少しだけ上げてもらえて、それっきりです。

伊藤 私が知っている事例では、実際に支払われたギャラが、作品の販売収益額の100分の1っていうケースもありましたよ。メーカーとプロダクションとの契約はあっても、プロダクションと女優さんとの契約はまちまちのようで。

森下 むごいですね。今は契約書必須の時代だからいいけれど、それこそ20年前、女優同士で連絡先を交換させないようにしていたプロダクションもあって、つまりギャラとか都合の悪い話が漏れないようにってこと。月に何本も撮影の入るような売れっ子の女優さんから「1本あたり数十万円くらいしかもらっていない」と聞いた時は、さすがにちょっとそれはかわいそうだ……って思いました。「事務所を辞めなよ」とは言えなかったですが。

――AV女優同士の関係の希薄さが、連帯を生みにくくし、権利や訴えを起こしにくくしているんですかね。

森下 いや、単純にみんな「業界ってそんなもの論」を飲みこんじゃってたんじゃないかなって。「お金のことは言ったら悪いかな」っていう人間関係ができていたような気もします。会社(AVメーカー)があって、自分(AV女優)もいる、自分がいるから会社も潤うみたいな、依存ではないですが、お互いに共存している部分が大きかったのかもしれない。私も基本的には自分のために頑張っていたけど、女優として活動することで、会社やスタッフに還元できればいいなとは思っていましたし。

AV女優を守るためには

――伊藤弁護士がAV強要問題に取り組んでいく中で、業界の雰囲気に変化はありましたか?

伊藤 最初に調査報告書を公表した時には、「そういう事例はありません」みたいな風潮でしたね。活動を始めて数カ月たってから、強要の被害を訴える女性や、ギャラの問題、二次使用の問題など声が内部から上がってきました。二次使用についてもギャラが支払われるようになったり、前進している部分もあると思います

――改善すべき点は、どういう部分でしょうか。

伊藤 性行為をするので肉体的負担があります。にもかかわらず、性病の検査は、女優持ち。危険な撮影でも、保険に入っていないというような労働環境なんです。そのような労働環境についての問題はまだまだありますね。

森下 強要問題をきっかけに、AV業界の外にいる人たちによって、ようやく業界内の規則ができたという経緯があるので、この先、放っておいても特に何も変わらないと思うんですね。監督や女優さんが個人で性病検査なりを受けても、認知の限界がある。プロダクションだけでなく、大手メーカーなどにも“自発的な”対策を考えてほしいところです。その方が、一般社会や業界内部、お客さんにまで影響を広げられると思うので。

――元AV女優という立場から、AV業界を改善していくとすればどのような活動を行いますか。

森下 完全引退して10年くらいたっているので、今の現場や女優さんの状況についてはまったくわからないし、活動を行う予定もありません。ただ、現状のAV女優さんを知った上でなら、現場でのトラブル対策とか、引退後の生活のこととか、何でもアドバイスはできると思います。AV女優は今や何千人もいて、ギャラが数万円の人から数百万の人までさまざまです。中でも、「後悔してるけど誰にも相談できなくて苦しい」という方のお話は聞いてあげたくて。そういうのはメーカーや事務所は何もしてくれないから、いたたまれないですよ。

――現在のAV業界を見たとき、どのように感じていますか。

伊藤 AV強要問題については、前進はしている部分もあると思っています。でもそれが、AV女優さんの抱える問題の全体の10%なのか、30%なのか、全てを把握できてないんです。そういったことも含めて、業界は真摯に考えていってほしい。女優さんも横のつながりが分断されているようなので、森下さんみたいな人に声を上げていただけると、困っている人を励ますことにもなるので、そういうのが大事だと思います。

伊藤和子(いとう・かずこ)
弁護士 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
1994年弁護士登録。女性や子どもの権利、えん罪事件、環境訴訟など、国内外の人権問題に関わって活動している。2004年に日弁連の推薦で、ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。06年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外の深刻な人権問題の解決を求め活動中。また、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々奔走している。近著に『なぜ、それが無罪なのか 性被害を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)ミモザの森法律事務所(東京)代表

森下くるみ(もりした・くるみ)
文筆家 1980年秋田県生まれ。『小説現代』(講談社)2008年2月号に短編小説『硫化水銀』を発表。初の著作『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)は2012年に映画化、2018年に電子書籍としてkindle singlesで発売。他の著書に『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。現在は季刊誌『東京荒野』で育児考察を、dancyu webでは食について連載中。執筆は映画誌への寄稿や書評まで多岐にわたる。

【森下くるみ×伊藤和子弁護士対談】AV業界の問題を浮き彫りにしたのは外部の声「無関心」という悪

  2019年の下半期、大きな話題を集めたドラマがある。それが、動画配信サービス「Netflix」のオリジナルドラマ『全裸監督』だ。80年代に活躍したAV監督・村西とおる氏の自伝がモチーフになった作品だが、同ドラマでは引退してかなりたつAV女優・黒木香さんの半生と当時の活躍ぶりにもスポットが当てられている。

 前編では、Netflix側が黒木さんの了承を得ることなくドラマを制作したと言われており、それが世間で「人権侵害では?」と物議を醸した件について、元AV女優で文筆家の森下くるみさんと、NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子弁護士に話をお聞きしたが、後編ではお二人に、AV業界全体の問題についてうかがった。

前編:『全裸監督』黒木香さんから考える「AV女優の人権」とは

過去作品は自分の知らないところで販売され続ける

――森下さんは、AV女優として活動していた作品の販売停止を行いましたよね。どのような経緯から販売停止を行ったんですか。

森下くるみさん(以下、森下) 二次使用に関して、きちんとした契約がなかった時代にデビューしたので、20年近く前に撮影した作品がいつまでも使い回されていて……。直接のきっかけになったのは、コンビニで販売されていた雑誌の付録に1998年のデビュー作がついていたことですね。販売するといった連絡もなければ、いくら売れても出演者には1円も入ってこない。そんな時、二村ヒトシ監督に「いまだに私の女優時代の作品が、二次使用で売られている」と話したところ「引き下げてもらえばいい」ってアドバイスしていただいて。その後は、AV人権倫理機構が販売停止を請け負っていることを知り、ホームページからフォーマットをダウンロードして、書類を作って送付。私の場合は、メーカー2社からしか出ていないので連絡が取りやすかったのか、ネットで配信されていたものに関しては、書類を申請してから1~2カ月で削除されました。まだ販売され続けているものがあるので、引き続き声を上げていこうと思います。

伊藤和子弁護士(以下、伊藤) 販売停止に関しては、販売や配信が続く限り時効になりません。今、“自分”が困っているならば、差し止めを求めることは可能です。しかし、AV業界では1回撮影すると、いつまでどこの販売元から、どのような形態で販売され続けるのかわからないという問題も発生してきました。例えば、A社が潰れると、作品の版権がほかの会社に譲渡されて、自分が知らない間に、全然違うAV女優の名前やタイトルに差し替えられ、その作品が売られていたりするケースも。さらに、海外のサイトで無修正版を配信されたり。そうすると、なかなかその映像流出って、止められないんです。

――先ほど、「契約がなかった時代」とお話されていましたが、詳しくお聞かせください。

森下 私がデビューしたのが98年で、契約書自体を見ことがなかったんですね。メーカーと、当時所属していた事務所は契約を結んでいたはずなのに。書面の確認もできずにいきなり専属女優として活動しはじめたという(苦笑)。幸い大きなトラブルはなかったのですが、不利な状態で活動していました。監督やスタッフと信頼関係があったので、AV強要問題などで取り沙汰されているような、殴られたりとか、恫喝とかもなかったですが。

――事前説明と撮影内容が違うといったトラブルはありましたか。

森下 ありましたよ。私の場合は「それは違うんじゃないですか。聞いていないので、できません」って話して、監督と気まずい雰囲気になって、撮影を止めたことも。あとは撮影を止めたくないという気持ちが勝り、「ずいぶんハードな内容だな……」って思いながら行ったプレイもあります。長い時間を使って事前に打ち合わせをしても、現場でどうなるかわかりませんからね。つい許容範囲以上のことを受け入れてしまって、正直辛かったなってことが何度か。また、『全裸監督』でも描かれていましたが、無修正が流出したケースも聞いたことがあります。知り合いの女優さんのマスターテープが流出してしまって、モザイクのかかっていない動画がネットに上がってしまうというトラブルが起こりました。

伊藤 私が担当したケースだと、現場で「こんなシーン聞いていません。私はできない」と監督さんに伝えても、撮影を止められないという事例が多くありました。監督さんによっては、女優さんと男優さんのどちらにも暴力を振るう人もいるみたいで、泣きながら撮影したという方もいますね。過去には、現場でトラブルが起こり、警察を呼んでも取り合ってもらえなかったという話もありました。

――ギャラについて、疑問を抱いたことはありますか。

森下 メーカーから事務所にいくら支払われたのか、まったく知らされていなかったです。19歳の頃かな、マネージャーに「ギャラを上げてくれ」と申し出たら、「業界の常識でいったらそんなことできないけど、何とかしてみる」なんて言われて、ほんの少しだけ上げてもらえて、それっきりです。

伊藤 私が知っている事例では、実際に支払われたギャラが、作品の販売収益額の100分の1っていうケースもありましたよ。メーカーとプロダクションとの契約はあっても、プロダクションと女優さんとの契約はまちまちのようで。

森下 むごいですね。今は契約書必須の時代だからいいけれど、それこそ20年前、女優同士で連絡先を交換させないようにしていたプロダクションもあって、つまりギャラとか都合の悪い話が漏れないようにってこと。月に何本も撮影の入るような売れっ子の女優さんから「1本あたり数十万円くらいしかもらっていない」と聞いた時は、さすがにちょっとそれはかわいそうだ……って思いました。「事務所を辞めなよ」とは言えなかったですが。

――AV女優同士の関係の希薄さが、連帯を生みにくくし、権利や訴えを起こしにくくしているんですかね。

森下 いや、単純にみんな「業界ってそんなもの論」を飲みこんじゃってたんじゃないかなって。「お金のことは言ったら悪いかな」っていう人間関係ができていたような気もします。会社(AVメーカー)があって、自分(AV女優)もいる、自分がいるから会社も潤うみたいな、依存ではないですが、お互いに共存している部分が大きかったのかもしれない。私も基本的には自分のために頑張っていたけど、女優として活動することで、会社やスタッフに還元できればいいなとは思っていましたし。

AV女優を守るためには

――伊藤弁護士がAV強要問題に取り組んでいく中で、業界の雰囲気に変化はありましたか?

伊藤 最初に調査報告書を公表した時には、「そういう事例はありません」みたいな風潮でしたね。活動を始めて数カ月たってから、強要の被害を訴える女性や、ギャラの問題、二次使用の問題など声が内部から上がってきました。二次使用についてもギャラが支払われるようになったり、前進している部分もあると思います

――改善すべき点は、どういう部分でしょうか。

伊藤 性行為をするので肉体的負担があります。にもかかわらず、性病の検査は、女優持ち。危険な撮影でも、保険に入っていないというような労働環境なんです。そのような労働環境についての問題はまだまだありますね。

森下 強要問題をきっかけに、AV業界の外にいる人たちによって、ようやく業界内の規則ができたという経緯があるので、この先、放っておいても特に何も変わらないと思うんですね。監督や女優さんが個人で性病検査なりを受けても、認知の限界がある。プロダクションだけでなく、大手メーカーなどにも“自発的な”対策を考えてほしいところです。その方が、一般社会や業界内部、お客さんにまで影響を広げられると思うので。

――元AV女優という立場から、AV業界を改善していくとすればどのような活動を行いますか。

森下 完全引退して10年くらいたっているので、今の現場や女優さんの状況についてはまったくわからないし、活動を行う予定もありません。ただ、現状のAV女優さんを知った上でなら、現場でのトラブル対策とか、引退後の生活のこととか、何でもアドバイスはできると思います。AV女優は今や何千人もいて、ギャラが数万円の人から数百万の人までさまざまです。中でも、「後悔してるけど誰にも相談できなくて苦しい」という方のお話は聞いてあげたくて。そういうのはメーカーや事務所は何もしてくれないから、いたたまれないですよ。

――現在のAV業界を見たとき、どのように感じていますか。

伊藤 AV強要問題については、前進はしている部分もあると思っています。でもそれが、AV女優さんの抱える問題の全体の10%なのか、30%なのか、全てを把握できてないんです。そういったことも含めて、業界は真摯に考えていってほしい。女優さんも横のつながりが分断されているようなので、森下さんみたいな人に声を上げていただけると、困っている人を励ますことにもなるので、そういうのが大事だと思います。

伊藤和子(いとう・かずこ)
弁護士 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
1994年弁護士登録。女性や子どもの権利、えん罪事件、環境訴訟など、国内外の人権問題に関わって活動している。2004年に日弁連の推薦で、ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。06年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外の深刻な人権問題の解決を求め活動中。また、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々奔走している。近著に『なぜ、それが無罪なのか 性被害を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)ミモザの森法律事務所(東京)代表

森下くるみ(もりした・くるみ)
文筆家 1980年秋田県生まれ。『小説現代』(講談社)2008年2月号に短編小説『硫化水銀』を発表。初の著作『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)は2012年に映画化、2018年に電子書籍としてkindle singlesで発売。他の著書に『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。現在は季刊誌『東京荒野』で育児考察を、dancyu webでは食について連載中。執筆は映画誌への寄稿や書評まで多岐にわたる。

パルムドール受賞『パラサイト』を見る前に! ポン・ジュノ監督、反権力志向の現れた韓国映画『グエムル』を解説

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

 2019年のカンヌ国際映画祭で、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が最高賞であるパルムドールを受賞し、前年の是枝裕和監督『万引き家族』に続いて東アジアの作品が受賞する快挙となった。韓国国内は熱狂的な祝福ムードに包まれ、もちろん映画は大ヒット。最近では「アメリカでも記録的なヒットになっている」「早くもリメイク決定」といったニュースが聞こえてくる中、日本でも1月10日から公開となる。そこで今回は、同作品を手がけたポン・ジュノ(奉俊昊)監督を紹介すると同時に、過去作『グエムル―漢江の怪物―』(06)を取り上げてみよう。

ポン・ジュノ監督の「反権力」志向を形成した、祖父の存在

 文学に少しでも関心のある韓国人なら、『小説家仇甫(クボ)氏の一日』などで知られるモダニスト作家パク・テウォン(朴泰遠、1909~86)を知らないはずはないだろう。そして彼が、朝鮮戦争のさなか北朝鮮に渡り、歴史小説の大家として名をはせた南北文学界の巨匠だということも。だが韓国では長い間、北朝鮮へ渡った作家、すなわち「越北作家」の作品は出版を禁じられてきた。ソウルオリンピックを間近に控えた88年、当時大学の国文学科1年だった私は、民主化措置の一環として四半世紀ぶりに解禁された越北作家の本を、書店の片隅に設けられた「解禁書特設コーナー」で手に取ったのをよく覚えている。

 「ポン・ジュノ監督の話のはずが、なぜ突然、越北作家の話に?」と思われたかもしれない。だがこれは、そうやぶから棒な話ではないのだ。実はパク・テウォンは、ポン・ジュノの母方の祖父なのである。これが韓国でなければ、偉大な作家の孫が偉大な映画監督になったという美しい話で済んだかもしれない。だが私が2人の関係を知ったとき、まず頭をよぎったのは、2人の芸術家が血縁関係だったことの驚きではなく、「連座制」という名の恐怖だった。

 連座制とは、犯罪の責任を本人だけでなく、その家族・親族にまで着せようとする前近代的な悪法だ。以前のコラムで、「韓国における反共の強度」と「アカと断罪されることの恐ろしさ」について書いたが、越北とは、アカのレッテルを自ら進んで貼るも同然で、南に残された家族らは連座制によって越北した身内の責任を取り、政治的弾圧や社会的蔑視を受けなければならなかった。その影響は就職や旅行にまで及び、越北者の家族は常に国家権力の監視下に置かれ、行動の自由を極端に制限され、各地を転々としながら、逃げるような生活を余儀なくされた人も多かった。

 この制度は1894年にいったん廃止されたのだが、1961年、軍事クーデター直後にパク・チョンヒ(朴正煕)が反共強化のために復活させた。そして80年、同じくクーデターで実権を握ったチョン・ドゥファン(全斗煥)が再び廃止したものである(彼は国民大統合のためと豪語したが、5・18光州事件から国民の目をそらすためとみられている)。しかし制度廃止後も社会的偏見は根強く残り、家族らは相当な精神的苦痛を受け続けた。実際、ポン・ジュノ監督の叔父はそんな苦しみに耐えきれず、アメリカに移住したという。

 ポン・ジュノ監督自身が連座制の影響を受けてつらい経験をしたかどうか、具体的に語ってはいない。当事者と父子関係ではないことや、母方の家系であるため、直接的な影響はなかったとも考えられる。だが、近しい人たちから連座制の苦しみを聞き知っていたであろうことは推測できる。であるとすれば、ポン・ジュノ監督が子ども心に独裁権力への抵抗を感じていたと十分考えられる。そしてそれは成長と共により具体化し、作品に投影される監督の眼差し――「反権力」「社会的弱者(監督は“ルーザー”と呼ぶ)への寄り添い」――となったのではないだろうか。ポン・ジュノ監督の作品に一貫して見られるその眼差しは、大学教授・ジャーナリスト・検事を辛辣に風刺した韓国映画アカデミー卒業制作『支離滅裂』(94)で既に明白に表れている。

 さて、本題に入ろう。ポン・ジュノ作品を紹介するにあたって『グエムル―漢江の怪物―』を選んだのは、反権力と社会的弱者への寄り添いという監督の眼差しが最もよく表れている映画だからだ。公開当時「韓国の現実を暴いた映画」「監督は誰よりも韓国を見抜いている」と絶賛され、評論家たちも賛辞を惜しまなかった『グエムル』は、前作『殺人の追憶』(03)に続き、観客動員1,000万を超える大ヒットとなった。

【物語】

 ソウルを流れる漢江の河川敷に、突然得体の知れない怪物(グエムル)が現れて人々を襲い始める。瞬く間に修羅場と化す河川敷。父ヒボン(ピョン・ヒボン)の売店を手伝うカンドゥ(ソン・ガンホ)も中学生の娘・ヒョンソ(コ・アソン)を連れて逃げるが、手違いからヒョンソをグエムルにさらわれてしまう。携帯電話の着信で娘の生存を知ったカンドゥは、父、妹ナムジュ(ぺ・ドゥナ)や弟ナミル(パク・ヘイル)らとともに怪物からのウイルス感染を理由に隔離された病院を脱出し、ヒョンソを救うべくグエムルに立ち向かっていく。

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

 ありがちな怪獣映画のようにも見える本作がここまで大成功を収めた背景には、グエムルのリアルな造形や家族愛の物語など娯楽映画としてのクオリティもさることながら、韓国現代史を盛り込んだ社会批判的メッセージを、ポン・ジュノらしいわかりやすさで提示したことが大きいといえるだろう。実際、映画を観た観客が「反米的」と口をそろえたように、2000年2月に米軍が毒物(ホルムアルデヒド)を漢江に垂れ流すシーンから始まる本作は、まさにその時期に米軍が起こした事件を再現している。だがここでは、あからさまな反米的オープニングに監督の主眼があるのではない、という点を明らかにしたいと思う。

 オープニングに続いて、「2002年6月」の字幕とともに、2人の釣り人が奇形の生物を目撃しつつも取り逃してしまう様子が簡潔に描かれ、米軍が垂れ流した毒物がとんでもない怪物を生んだことが暗示された。その後「2006年10月」では、ひとりの男が橋の上から飛び降り自殺を図ろうとしている。川面をじっと見つめていた男は、その奥に何かがうごめくのに気づき、自殺を止めようとする仲間に向かって「お前ら見たか?」と問い、「見なかったか? おめでたい奴らだ」とつぶやいて身を投げる。男の体が吸い込まれていった水面の奥から、タイトル『괴물(グエムル)』の文字が浮かび上がり、主人公たちの登場シーンに移ることからつい見逃してしまいがちだが、男の最期のセリフには、なにか引っかかるものを感じる。日本語字幕はニュアンスを生かして意訳しているが、直訳すると「どこまで鈍いやつらなんだ」となるこのセリフは、グエムルの存在だけではない、「何か別のこと」を観客に向かってにおわせているようにも聞こえるからだ。

 私たちが見逃した、そして監督が伝えたかった「何か別のこと」の答えはすぐに見つかった。タイトル直後、店番すらできないカンドゥと、そんな息子に手を焼く父親に続いて、制服姿のヒョンソが登場した瞬間、何げなく通り過ぎていった「2002年6月」の文字と目の前の女子中学生が、まるでパズルの断片のように結びついたのだ。その答えは、2002 FIFAワールドカップ(日韓ワールドカップ)の熱狂のさなかに起こった、米軍の装甲車による女子中学生轢死事件である。

 02年6月といえば、W杯の真っただ中で、自国チームのベスト4進出に韓国全体が異様な盛り上がりを見せていた時期だった。メディアは朝から晩まで、チームの躍進に沸く国民の熱狂ぶりをわれ先にと報道していた。しかしW杯に目を奪われていたその裏で、韓国国民は悲しい事件を見逃していたのである。ソウル近郊で、狭い道路をすれすれに通る米軍の装甲車によって、逃げ場を失った2人の女子中学生が死に追いやられた「シン・ヒョスン、シム・ミソン轢死事件」だ。

 「在韓米軍地位協定」という不平等な条約に縛られている韓国では、当時は米兵の犯罪を直接裁くことができなかった(現在は重大事件の1次裁判権は韓国側にあるのだが、米軍側の要求があれば放棄するというバカげたことになっている)。案の定、米軍裁判所は装甲車の操縦士らに無罪の判決を下し、誠意のない米軍の態度に国民がようやく目を向けたのは、W杯が終わった後だった。手遅れになるまで気づかなかった自分たちは、なんと鈍かったのだろう――自責の念に駆られた国民によって、ネット上では黒いリボンの絵と「지・못・미(ジ・モッ・ミ)」(「守ってあげられなくてごめんね」という意味の略語)の追悼文が急速に広まった。今では当たり前になっている大規模なロウソクデモが始まったのも、この時の追悼集会からである。

 このように考えると、本作は「反米」という殻をまといながらも、その核にあるのは、守ってあげられなかった2人の幼い「ヒョンソ」への哀悼でもあることがわかってくる。狭い道路で轟音を発しながら迫ってくる装甲車は、2人の少女にとってグエムルそのものだったに違いない。ソン・ガンホ演じるヒョンソの父親カンドゥが、心優しいながらも「愚鈍」で「間抜け」な、およそヒーローとは似つかない人物として描かれているのは、国家的イベントに目を奪われて大事なことに気づかなかった、韓国国民の当時の「鈍さ」が投影されているのかもしれない。後から気づき、守ってあげられなかったことへの国民の悔しさは、一刻も早くヒョンソを助けに行かなければならないのに、米軍に捕まって動けなくなったカンドゥが「ヒョンソ、ごめんよ、パパが……」と叫ぶシーンで代弁されている。

 もちろん監督は、「グエムル」を単純に「米軍」の表象にのみ固定しているわけではない。映画に描かれる国家としての「韓国」が、米軍に振り回され、カンドゥたちの邪魔ばかりし、ヒョンソの救出に何の役にも立たないことからもわかるように、国際情勢を鑑みると、嫌でも米軍に頼らざるを得ない韓国の状況、それを利用して韓国を牛耳ろうとするアメリカの横暴さ、その犠牲となる弱者を守ることができない韓国の無力さという悪循環の構造こそが「グエムル」を生み出していることを、映画は浮き彫りにしている。

 命を懸けた死闘の末、カンドゥたちは自らの手でグエムルを倒すが、ヒョンソを救うことはできなかった。公開時、なぜヒョンソは死ななければならなかったかがしばしば議論の対象となったが、ヒョンソが犠牲になった2人の女子中学生の置き換えであることを考えると、残念ながらヒョンソの死は不可避な結末だったのだ。

 ただし、ポン・ジュノ監督は「二度と同じ悲劇は繰り返さない」とヒョンソ(ヒョスンとミソン)に約束でもするかのようなラストシーンを用意する――カンドゥはヒョンソによって助けられた小さい男の子、セジュは絶対守るといわんばかりに暗闇の中の漢江をにらみつける。そこには「見なかった鈍いやつ」はもういない。

 もうひとつ、気になったのは「母の不在」だ。映画にはヒョンソの父と祖父が登場するのに対して、母と祖母は描かれない。これもヒョンソの死と同じ文脈で考えると、ポン・ジュノ監督は「母の不在」と韓国における米軍の歴史を重ね合わせているように見える。

 独立直後の1945年に遡る米軍の駐屯は、韓国建国よりも古い歴史を持っている。全国の主要都市に置かれた基地と、それを囲むように形成されていった基地の町では、米軍相手の売春婦(米軍「慰安婦」や基地村女性と呼ばれる)を含む韓国人女性たちが、米兵にレイプされたり殺されたりする事件が多発してきた。中には92年に殺されたユン・クミのように、レイプ後に信じられないほど残忍な殺され方をした例もあるが、公になった事件はごく一部で、被害の全貌は明らかにされないままだ。だが前述したように、協定によって韓国側はユンの事件当時、容疑者の米兵を拘束することすらできなかったし、その後も大きなジレンマを抱え続けてきた。

 10代から60代にまで至る被害女性たち、言い換えれば「母」になり得た、そして「母」であった女性たちを守れず、死に追いやった韓国社会。本作における母の不在は、そうした韓国の歴史を象徴しているといえるだろう。

 ポン・ジュノ監督はあるインタビューで、本作の英題が「Monster」ではなく「Host」であることについて、「ホストには宿主だけでなく主人という意味もある。誰が主人なのかを問うために、政治・社会的な含意を込めて名付けた」と語っている。なるほど、ソファ(SOFA=在韓米軍地位協定の略)に座ってくつろいでいる「Host」は誰のことか? そしてその存在にしがみついている「Parasite」は?

 ポン・ジュノ監督は、新作『パラサイト 半地下の家族』では、どのような「韓国」を見せてくれるだろうか? ますます楽しみになってきた。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

パルムドール受賞『パラサイト』を見る前に! ポン・ジュノ監督、反権力志向の現れた韓国映画『グエムル』を解説

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

 2019年のカンヌ国際映画祭で、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が最高賞であるパルムドールを受賞し、前年の是枝裕和監督『万引き家族』に続いて東アジアの作品が受賞する快挙となった。韓国国内は熱狂的な祝福ムードに包まれ、もちろん映画は大ヒット。最近では「アメリカでも記録的なヒットになっている」「早くもリメイク決定」といったニュースが聞こえてくる中、日本でも1月10日から公開となる。そこで今回は、同作品を手がけたポン・ジュノ(奉俊昊)監督を紹介すると同時に、過去作『グエムル―漢江の怪物―』(06)を取り上げてみよう。

ポン・ジュノ監督の「反権力」志向を形成した、祖父の存在

 文学に少しでも関心のある韓国人なら、『小説家仇甫(クボ)氏の一日』などで知られるモダニスト作家パク・テウォン(朴泰遠、1909~86)を知らないはずはないだろう。そして彼が、朝鮮戦争のさなか北朝鮮に渡り、歴史小説の大家として名をはせた南北文学界の巨匠だということも。だが韓国では長い間、北朝鮮へ渡った作家、すなわち「越北作家」の作品は出版を禁じられてきた。ソウルオリンピックを間近に控えた88年、当時大学の国文学科1年だった私は、民主化措置の一環として四半世紀ぶりに解禁された越北作家の本を、書店の片隅に設けられた「解禁書特設コーナー」で手に取ったのをよく覚えている。

 「ポン・ジュノ監督の話のはずが、なぜ突然、越北作家の話に?」と思われたかもしれない。だがこれは、そうやぶから棒な話ではないのだ。実はパク・テウォンは、ポン・ジュノの母方の祖父なのである。これが韓国でなければ、偉大な作家の孫が偉大な映画監督になったという美しい話で済んだかもしれない。だが私が2人の関係を知ったとき、まず頭をよぎったのは、2人の芸術家が血縁関係だったことの驚きではなく、「連座制」という名の恐怖だった。

 連座制とは、犯罪の責任を本人だけでなく、その家族・親族にまで着せようとする前近代的な悪法だ。以前のコラムで、「韓国における反共の強度」と「アカと断罪されることの恐ろしさ」について書いたが、越北とは、アカのレッテルを自ら進んで貼るも同然で、南に残された家族らは連座制によって越北した身内の責任を取り、政治的弾圧や社会的蔑視を受けなければならなかった。その影響は就職や旅行にまで及び、越北者の家族は常に国家権力の監視下に置かれ、行動の自由を極端に制限され、各地を転々としながら、逃げるような生活を余儀なくされた人も多かった。

 この制度は1894年にいったん廃止されたのだが、1961年、軍事クーデター直後にパク・チョンヒ(朴正煕)が反共強化のために復活させた。そして80年、同じくクーデターで実権を握ったチョン・ドゥファン(全斗煥)が再び廃止したものである(彼は国民大統合のためと豪語したが、5・18光州事件から国民の目をそらすためとみられている)。しかし制度廃止後も社会的偏見は根強く残り、家族らは相当な精神的苦痛を受け続けた。実際、ポン・ジュノ監督の叔父はそんな苦しみに耐えきれず、アメリカに移住したという。

 ポン・ジュノ監督自身が連座制の影響を受けてつらい経験をしたかどうか、具体的に語ってはいない。当事者と父子関係ではないことや、母方の家系であるため、直接的な影響はなかったとも考えられる。だが、近しい人たちから連座制の苦しみを聞き知っていたであろうことは推測できる。であるとすれば、ポン・ジュノ監督が子ども心に独裁権力への抵抗を感じていたと十分考えられる。そしてそれは成長と共により具体化し、作品に投影される監督の眼差し――「反権力」「社会的弱者(監督は“ルーザー”と呼ぶ)への寄り添い」――となったのではないだろうか。ポン・ジュノ監督の作品に一貫して見られるその眼差しは、大学教授・ジャーナリスト・検事を辛辣に風刺した韓国映画アカデミー卒業制作『支離滅裂』(94)で既に明白に表れている。

 さて、本題に入ろう。ポン・ジュノ作品を紹介するにあたって『グエムル―漢江の怪物―』を選んだのは、反権力と社会的弱者への寄り添いという監督の眼差しが最もよく表れている映画だからだ。公開当時「韓国の現実を暴いた映画」「監督は誰よりも韓国を見抜いている」と絶賛され、評論家たちも賛辞を惜しまなかった『グエムル』は、前作『殺人の追憶』(03)に続き、観客動員1,000万を超える大ヒットとなった。

【物語】

 ソウルを流れる漢江の河川敷に、突然得体の知れない怪物(グエムル)が現れて人々を襲い始める。瞬く間に修羅場と化す河川敷。父ヒボン(ピョン・ヒボン)の売店を手伝うカンドゥ(ソン・ガンホ)も中学生の娘・ヒョンソ(コ・アソン)を連れて逃げるが、手違いからヒョンソをグエムルにさらわれてしまう。携帯電話の着信で娘の生存を知ったカンドゥは、父、妹ナムジュ(ぺ・ドゥナ)や弟ナミル(パク・ヘイル)らとともに怪物からのウイルス感染を理由に隔離された病院を脱出し、ヒョンソを救うべくグエムルに立ち向かっていく。

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

 ありがちな怪獣映画のようにも見える本作がここまで大成功を収めた背景には、グエムルのリアルな造形や家族愛の物語など娯楽映画としてのクオリティもさることながら、韓国現代史を盛り込んだ社会批判的メッセージを、ポン・ジュノらしいわかりやすさで提示したことが大きいといえるだろう。実際、映画を観た観客が「反米的」と口をそろえたように、2000年2月に米軍が毒物(ホルムアルデヒド)を漢江に垂れ流すシーンから始まる本作は、まさにその時期に米軍が起こした事件を再現している。だがここでは、あからさまな反米的オープニングに監督の主眼があるのではない、という点を明らかにしたいと思う。

 オープニングに続いて、「2002年6月」の字幕とともに、2人の釣り人が奇形の生物を目撃しつつも取り逃してしまう様子が簡潔に描かれ、米軍が垂れ流した毒物がとんでもない怪物を生んだことが暗示された。その後「2006年10月」では、ひとりの男が橋の上から飛び降り自殺を図ろうとしている。川面をじっと見つめていた男は、その奥に何かがうごめくのに気づき、自殺を止めようとする仲間に向かって「お前ら見たか?」と問い、「見なかったか? おめでたい奴らだ」とつぶやいて身を投げる。男の体が吸い込まれていった水面の奥から、タイトル『괴물(グエムル)』の文字が浮かび上がり、主人公たちの登場シーンに移ることからつい見逃してしまいがちだが、男の最期のセリフには、なにか引っかかるものを感じる。日本語字幕はニュアンスを生かして意訳しているが、直訳すると「どこまで鈍いやつらなんだ」となるこのセリフは、グエムルの存在だけではない、「何か別のこと」を観客に向かってにおわせているようにも聞こえるからだ。

 私たちが見逃した、そして監督が伝えたかった「何か別のこと」の答えはすぐに見つかった。タイトル直後、店番すらできないカンドゥと、そんな息子に手を焼く父親に続いて、制服姿のヒョンソが登場した瞬間、何げなく通り過ぎていった「2002年6月」の文字と目の前の女子中学生が、まるでパズルの断片のように結びついたのだ。その答えは、2002 FIFAワールドカップ(日韓ワールドカップ)の熱狂のさなかに起こった、米軍の装甲車による女子中学生轢死事件である。

 02年6月といえば、W杯の真っただ中で、自国チームのベスト4進出に韓国全体が異様な盛り上がりを見せていた時期だった。メディアは朝から晩まで、チームの躍進に沸く国民の熱狂ぶりをわれ先にと報道していた。しかしW杯に目を奪われていたその裏で、韓国国民は悲しい事件を見逃していたのである。ソウル近郊で、狭い道路をすれすれに通る米軍の装甲車によって、逃げ場を失った2人の女子中学生が死に追いやられた「シン・ヒョスン、シム・ミソン轢死事件」だ。

 「在韓米軍地位協定」という不平等な条約に縛られている韓国では、当時は米兵の犯罪を直接裁くことができなかった(現在は重大事件の1次裁判権は韓国側にあるのだが、米軍側の要求があれば放棄するというバカげたことになっている)。案の定、米軍裁判所は装甲車の操縦士らに無罪の判決を下し、誠意のない米軍の態度に国民がようやく目を向けたのは、W杯が終わった後だった。手遅れになるまで気づかなかった自分たちは、なんと鈍かったのだろう――自責の念に駆られた国民によって、ネット上では黒いリボンの絵と「지・못・미(ジ・モッ・ミ)」(「守ってあげられなくてごめんね」という意味の略語)の追悼文が急速に広まった。今では当たり前になっている大規模なロウソクデモが始まったのも、この時の追悼集会からである。

 このように考えると、本作は「反米」という殻をまといながらも、その核にあるのは、守ってあげられなかった2人の幼い「ヒョンソ」への哀悼でもあることがわかってくる。狭い道路で轟音を発しながら迫ってくる装甲車は、2人の少女にとってグエムルそのものだったに違いない。ソン・ガンホ演じるヒョンソの父親カンドゥが、心優しいながらも「愚鈍」で「間抜け」な、およそヒーローとは似つかない人物として描かれているのは、国家的イベントに目を奪われて大事なことに気づかなかった、韓国国民の当時の「鈍さ」が投影されているのかもしれない。後から気づき、守ってあげられなかったことへの国民の悔しさは、一刻も早くヒョンソを助けに行かなければならないのに、米軍に捕まって動けなくなったカンドゥが「ヒョンソ、ごめんよ、パパが……」と叫ぶシーンで代弁されている。

 もちろん監督は、「グエムル」を単純に「米軍」の表象にのみ固定しているわけではない。映画に描かれる国家としての「韓国」が、米軍に振り回され、カンドゥたちの邪魔ばかりし、ヒョンソの救出に何の役にも立たないことからもわかるように、国際情勢を鑑みると、嫌でも米軍に頼らざるを得ない韓国の状況、それを利用して韓国を牛耳ろうとするアメリカの横暴さ、その犠牲となる弱者を守ることができない韓国の無力さという悪循環の構造こそが「グエムル」を生み出していることを、映画は浮き彫りにしている。

 命を懸けた死闘の末、カンドゥたちは自らの手でグエムルを倒すが、ヒョンソを救うことはできなかった。公開時、なぜヒョンソは死ななければならなかったかがしばしば議論の対象となったが、ヒョンソが犠牲になった2人の女子中学生の置き換えであることを考えると、残念ながらヒョンソの死は不可避な結末だったのだ。

 ただし、ポン・ジュノ監督は「二度と同じ悲劇は繰り返さない」とヒョンソ(ヒョスンとミソン)に約束でもするかのようなラストシーンを用意する――カンドゥはヒョンソによって助けられた小さい男の子、セジュは絶対守るといわんばかりに暗闇の中の漢江をにらみつける。そこには「見なかった鈍いやつ」はもういない。

 もうひとつ、気になったのは「母の不在」だ。映画にはヒョンソの父と祖父が登場するのに対して、母と祖母は描かれない。これもヒョンソの死と同じ文脈で考えると、ポン・ジュノ監督は「母の不在」と韓国における米軍の歴史を重ね合わせているように見える。

 独立直後の1945年に遡る米軍の駐屯は、韓国建国よりも古い歴史を持っている。全国の主要都市に置かれた基地と、それを囲むように形成されていった基地の町では、米軍相手の売春婦(米軍「慰安婦」や基地村女性と呼ばれる)を含む韓国人女性たちが、米兵にレイプされたり殺されたりする事件が多発してきた。中には92年に殺されたユン・クミのように、レイプ後に信じられないほど残忍な殺され方をした例もあるが、公になった事件はごく一部で、被害の全貌は明らかにされないままだ。だが前述したように、協定によって韓国側はユンの事件当時、容疑者の米兵を拘束することすらできなかったし、その後も大きなジレンマを抱え続けてきた。

 10代から60代にまで至る被害女性たち、言い換えれば「母」になり得た、そして「母」であった女性たちを守れず、死に追いやった韓国社会。本作における母の不在は、そうした韓国の歴史を象徴しているといえるだろう。

 ポン・ジュノ監督はあるインタビューで、本作の英題が「Monster」ではなく「Host」であることについて、「ホストには宿主だけでなく主人という意味もある。誰が主人なのかを問うために、政治・社会的な含意を込めて名付けた」と語っている。なるほど、ソファ(SOFA=在韓米軍地位協定の略)に座ってくつろいでいる「Host」は誰のことか? そしてその存在にしがみついている「Parasite」は?

 ポン・ジュノ監督は、新作『パラサイト 半地下の家族』では、どのような「韓国」を見せてくれるだろうか? ますます楽しみになってきた。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

「アンチの言い分もわかる」? 話題の女性ラッパー・リゾ、批判ツイートを一蹴するも……

 今年6月の『BETアワード』、8月の『MTV ビデオ・ミュージック・アワード』で圧巻のパフォーマンスを披露し、世界中から大絶賛されるようになった女性ラッパー/歌手のリゾ。身長178cm、体重140kgとビッグサイズな彼女だが、下積み時代に不幸が重なり、ホームレスになった苦労人。5月に人気ラジオ番組『The Breakfast Club』で、ホームレス時代は今より36kgもやせていたが、「それでも男は、“きみは顔はイケてるのに、体がなぁ。(ダイエットを)がんばらないとなぁ”って言ってたのよ!」と回想。「男は女性の体がどんなサイズでも文句を言うけど、私はどんなサイズでもイケてる女なのよ」「自分はイケてると思うと、最高に気分がいい。そうすると、ますます自分はイケてる女だと思うわけ」と断言。まさにボディポジティブ(外見や体形の多様性を受け入れる)時代の旗振り役となっている。

 アシュリー・グラハムらプラスサイズモデルの活躍が当たり前になったという土壌が、スターとしてのリゾを生み出したともいえる。しかし、そんなリゾの活躍を苦々しく思っている者もおり、ネットでは彼女を「醜い」とののしる書き込みも少なくない。12月8日にTバック丸見えのドレス姿で小さな子どもたちも観戦するNBAの試合会場に現れ、最前列でトゥワーク(腰ふり)してからは、「調子に乗りすぎ」「TPOをわきまえて」「バスケが見たいのに、あんなもの見せられたら気分が悪くなる」と、アンチの数が一気に増えた。

 今週、そんなアンチに対して、リゾが華麗に反論したことが大きな話題になっている。

 事の発端は経済学者で政治アナリスト、作家としても活動しているボイス・D・ワトキンスが21日にTwitterで、「リゾが人気なのは、アメリカで肥満がまん延しているからだ。健康になるためにはがんばるべき肥満の人たちに、そのままでいいとウソをついている(ことで人気を集めているのだ)」「不幸なことに、肥満の人々の多くが糖尿病や心臓病で命を落としているのにね」と、リゾがもてはやされるのはよくない傾向だと警鐘を鳴らしたこと。

 これに対してリゾは23日にTwitterで、「私が人気なのは、いい曲を書くから。才能があるから。そして、1時間半にわたる“愛に満ちあふれたショー”をパフォーマンスできるからなの」と真っ向から反論。「がんばらなくちゃいけないのは、あなたのほうよ」「私の名前を口にするのはやめてくれない? それと、鏡で自分の姿を見てから私に挑んで」とはねつけ、「はい、ご注文いただいていた“注目”を差し上げましたよ」と皮肉たっぷりに言い放った。

 このリゾの反撃には、「うまい反撃!」「やせすぎた女性だって不健康なのに、これまで人気がでるのはやせた女性ばかりだった。ありのままの姿のどこが悪いの?」と絶賛されている。

 ボイスはこれを受け、「数年前、インディア・アリーという歌手が力強い曲を歌って話題になったよね。そして今、リゾも力強い女性だと話題になっている。180kgだかの体重で、Tバックをはいて、重力をものともしないトゥワークを披露して」と前置きした上で、「みんなに質問したい。自分の娘が成長したら、インディア・アリーのようになってほしい? それとも、リゾのようになってほしい?」と、リゾにではなくTwitterユーザーたちに問いかけた。さらに、前述のNBA試合会場でのトゥワークについて「娘が幸せならいいんじゃない?」と意見したユーザーに対し、「娘にリゾと同じことをしてほしいの? その子育ては間違ってるよ」と返信。リゾの奔放さも許せないと言わんばかりだった。

 この質問には、多くのユーザーが反応し、「どう考えてもインディアでしょ」「リゾでもいいよ。あれだけ成功してるんだし」「肥満でもやせてても、公共の場にTバック丸見えで現れるのはちょっと」「肥満は本当に不健康だし寿命を縮める。わが子には健康で長生きしてもらいたいのが親心だろう」などと、賛否がぶつかり合っている。

 実はボイス自身、肥満だった過去を持つ。Twitterでは、彼がリゾにかみついている理由を「禁煙した人がたばこの煙を極端に嫌うように、減量した人もデブを嫌うようになるのよね」と分析する人もいるが、「ボイスの意見は常識的で正論」「リゾのアンチといえばアンチなんだろうけど、きちんとした理由があるから共感できる」と冷静に捉えている人も多い。

 健康リスクを考えた上で「自分はこの体形で満足している」というのがボディポジティブの根幹にあるはず。ただ、アメリカでは肥満が社会問題となっているだけに、ボイスの考え方に共感する人が少なくないのかもしれない。

「アンチの言い分もわかる」? 話題の女性ラッパー・リゾ、批判ツイートを一蹴するも……

 今年6月の『BETアワード』、8月の『MTV ビデオ・ミュージック・アワード』で圧巻のパフォーマンスを披露し、世界中から大絶賛されるようになった女性ラッパー/歌手のリゾ。身長178cm、体重140kgとビッグサイズな彼女だが、下積み時代に不幸が重なり、ホームレスになった苦労人。5月に人気ラジオ番組『The Breakfast Club』で、ホームレス時代は今より36kgもやせていたが、「それでも男は、“きみは顔はイケてるのに、体がなぁ。(ダイエットを)がんばらないとなぁ”って言ってたのよ!」と回想。「男は女性の体がどんなサイズでも文句を言うけど、私はどんなサイズでもイケてる女なのよ」「自分はイケてると思うと、最高に気分がいい。そうすると、ますます自分はイケてる女だと思うわけ」と断言。まさにボディポジティブ(外見や体形の多様性を受け入れる)時代の旗振り役となっている。

 アシュリー・グラハムらプラスサイズモデルの活躍が当たり前になったという土壌が、スターとしてのリゾを生み出したともいえる。しかし、そんなリゾの活躍を苦々しく思っている者もおり、ネットでは彼女を「醜い」とののしる書き込みも少なくない。12月8日にTバック丸見えのドレス姿で小さな子どもたちも観戦するNBAの試合会場に現れ、最前列でトゥワーク(腰ふり)してからは、「調子に乗りすぎ」「TPOをわきまえて」「バスケが見たいのに、あんなもの見せられたら気分が悪くなる」と、アンチの数が一気に増えた。

 今週、そんなアンチに対して、リゾが華麗に反論したことが大きな話題になっている。

 事の発端は経済学者で政治アナリスト、作家としても活動しているボイス・D・ワトキンスが21日にTwitterで、「リゾが人気なのは、アメリカで肥満がまん延しているからだ。健康になるためにはがんばるべき肥満の人たちに、そのままでいいとウソをついている(ことで人気を集めているのだ)」「不幸なことに、肥満の人々の多くが糖尿病や心臓病で命を落としているのにね」と、リゾがもてはやされるのはよくない傾向だと警鐘を鳴らしたこと。

 これに対してリゾは23日にTwitterで、「私が人気なのは、いい曲を書くから。才能があるから。そして、1時間半にわたる“愛に満ちあふれたショー”をパフォーマンスできるからなの」と真っ向から反論。「がんばらなくちゃいけないのは、あなたのほうよ」「私の名前を口にするのはやめてくれない? それと、鏡で自分の姿を見てから私に挑んで」とはねつけ、「はい、ご注文いただいていた“注目”を差し上げましたよ」と皮肉たっぷりに言い放った。

 このリゾの反撃には、「うまい反撃!」「やせすぎた女性だって不健康なのに、これまで人気がでるのはやせた女性ばかりだった。ありのままの姿のどこが悪いの?」と絶賛されている。

 ボイスはこれを受け、「数年前、インディア・アリーという歌手が力強い曲を歌って話題になったよね。そして今、リゾも力強い女性だと話題になっている。180kgだかの体重で、Tバックをはいて、重力をものともしないトゥワークを披露して」と前置きした上で、「みんなに質問したい。自分の娘が成長したら、インディア・アリーのようになってほしい? それとも、リゾのようになってほしい?」と、リゾにではなくTwitterユーザーたちに問いかけた。さらに、前述のNBA試合会場でのトゥワークについて「娘が幸せならいいんじゃない?」と意見したユーザーに対し、「娘にリゾと同じことをしてほしいの? その子育ては間違ってるよ」と返信。リゾの奔放さも許せないと言わんばかりだった。

 この質問には、多くのユーザーが反応し、「どう考えてもインディアでしょ」「リゾでもいいよ。あれだけ成功してるんだし」「肥満でもやせてても、公共の場にTバック丸見えで現れるのはちょっと」「肥満は本当に不健康だし寿命を縮める。わが子には健康で長生きしてもらいたいのが親心だろう」などと、賛否がぶつかり合っている。

 実はボイス自身、肥満だった過去を持つ。Twitterでは、彼がリゾにかみついている理由を「禁煙した人がたばこの煙を極端に嫌うように、減量した人もデブを嫌うようになるのよね」と分析する人もいるが、「ボイスの意見は常識的で正論」「リゾのアンチといえばアンチなんだろうけど、きちんとした理由があるから共感できる」と冷静に捉えている人も多い。

 健康リスクを考えた上で「自分はこの体形で満足している」というのがボディポジティブの根幹にあるはず。ただ、アメリカでは肥満が社会問題となっているだけに、ボイスの考え方に共感する人が少なくないのかもしれない。