水原希子、ヒスグラ35周年のセクシーなビキニ姿に大反響「キコちゃんにメロメロだわ」

 水原希子が4日、自身のインスタグラムを更新して話題になっている。

 水原といえば先日、「先日、東京国際フォーラムで行われた細野晴臣さんの50周年記念公演イエローマジックショー3に妹の佑果と出演させて戴きました とっても緊張しましたが、すごく素敵な思い出が出来ました。いつも ありがとうございます」とつづり、妹でモデルの水原佑果とのセーラー服ツーショットを公開し、「希子ちゃん違和感ゼロ」「制服とても似合ってて二人とも可愛すぎ」など、絶賛の声が寄せられていたばかり。

 そんな水原がこの日の投稿で「Hysteric Glamour」などとコメントを添え、数枚の写真を公開しした。

 人気ファッションブランド「HYSTERIC GLAMOUR(ヒステリックグラマー)」の設立35周年を記念したブランドムックが3日に発売されていたが、その表紙を飾っているのが水原だった。

 今回公開したのも、その時に撮影した写真のようで、ビキニにダウンジャケットを羽織ったり、赤いニーハイブーツを合わせたりというセクシーな写真にファンからは歓喜の声が上がっている。

「カッコいい」

「わぁーセクシー」

「cute&カッコイイ キコちゃんに、メロメロだわ」

「ほんとにほんとに素晴らしいです」

 ブランドイメージにぴったりな水原の姿に多くの反響が渦巻いていた。

水原希子、ヒスグラ35周年のセクシーなビキニ姿に大反響「キコちゃんにメロメロだわ」

 水原希子が4日、自身のインスタグラムを更新して話題になっている。

 水原といえば先日、「先日、東京国際フォーラムで行われた細野晴臣さんの50周年記念公演イエローマジックショー3に妹の佑果と出演させて戴きました とっても緊張しましたが、すごく素敵な思い出が出来ました。いつも ありがとうございます」とつづり、妹でモデルの水原佑果とのセーラー服ツーショットを公開し、「希子ちゃん違和感ゼロ」「制服とても似合ってて二人とも可愛すぎ」など、絶賛の声が寄せられていたばかり。

 そんな水原がこの日の投稿で「Hysteric Glamour」などとコメントを添え、数枚の写真を公開しした。

 人気ファッションブランド「HYSTERIC GLAMOUR(ヒステリックグラマー)」の設立35周年を記念したブランドムックが3日に発売されていたが、その表紙を飾っているのが水原だった。

 今回公開したのも、その時に撮影した写真のようで、ビキニにダウンジャケットを羽織ったり、赤いニーハイブーツを合わせたりというセクシーな写真にファンからは歓喜の声が上がっている。

「カッコいい」

「わぁーセクシー」

「cute&カッコイイ キコちゃんに、メロメロだわ」

「ほんとにほんとに素晴らしいです」

 ブランドイメージにぴったりな水原の姿に多くの反響が渦巻いていた。

HiHi Jets鎌倉ロケは年間ベストの見応え、Travis Japanは美 少年を大絶賛【ジャニーズJr.チャンネル週報】

 ジャニーズ事務所が動画配信サイト・YouTubeに開設した「ジャニーズJr.チャンネル」。現在、Snow Man(水曜)Travis Japan(木曜)7 MEN 侍(金曜)美 少年(土曜)HiHi Jets(日曜)がオリジナル動画を投稿中だが、その出来ばえは実にさまざま。そこで、「しょせんジャニオタ向け」と切り捨てるにはもったいない動画と、「ジャニオタでもしんどい」動画をジャニーズウォッチャー・中村チズ子が解説&ツッコミ! 今回は、11月28日~12月4日公開の動画を注目度順に紹介します!

HiHi Jetsの鎌倉ロケは年間1位レベルの満足感

 12月1日の動画は「HiHi Jets【懐かしガラケー】漢字一文字でゴールできるのか…激走編」(再生回数は6日時点で20万台)。あらかじめ言っておくと、とにかく今回は猪狩蒼弥の優秀さ、人柄の良さに惚れ惚れする回だ。企画自体は、前週(11月24日)の「【懐かしのガラケー】漢字一文字だけで出会いゴールできるのか?迷走編」の続きで、ロケの舞台は神奈川・鎌倉。猪狩、井上瑞稀、高橋優斗が3km圏内のバラバラな場所から出発し、スマートフォンなどを使わずに“出会うことができるのか?”の検証を行っている。

 ガラパゴス携帯に届くヒントを頼りに「この街のどこかにあるゴールを探し出す」ことが目的で、全員がゴール地点にたどり着けばクリアとなる(制限時間は約90分)。所持品はメモ帳と10円玉10枚で、ガラケーは受信専用のため、メンバーへの連絡手段は公衆電話のみ使用可能だという。前編では、「鎌」「倉」「大」「長」「海」「由」のキーワードをきっかけに、由比ヶ浜方面へ向かうと決めた3人。公衆電話を発見した猪狩が双方とコンタクトを取り、それぞれの居場所や情報を集約した上で、司令塔として機能していたのだ。なお、7つ目の文字「比」の時点で、残り時間は50分。一人だけ観光モードの井上は「由比ヶ浜やん、こんなの。わかっちゃった。はい、勝ち!」とゴールを確信しつつ、土産物店には寄らずに海を目指した。

 8つ目に送られてきたのは「荘」で、以降は「紫」「陽」「花」と、怒涛のヒントラッシュが続く。後半の3文字は「紫陽花」(あじさい)を表していたが、井上&高橋はピンときておらず、時間だけが経過。地図とにらめっこする高橋は「花」に影響を受けて、「花がキレイなところありますよね? 確か鎌倉って。あじさいとか。季節じゃないか」と、たまたま「あじさい」とは口走ったものの、漢字の読み方はわからなかったようだ。ここで、由比ヶ浜駅に着いた猪狩は、ひとまず公衆電話へ。メールを確認すると、「紫。次、陽……花。あじさい……か?」「紫陽花の花がスゴい咲き誇ってる、『紫陽花荘』みたいなところがあるのかな?」と、すぐにあじさいに結びつけていた(これでも3人の中では最年少の17歳)。

 そんな猪狩は「ってことは、電話しないでも、別に『紫陽花荘』ってとこ目指しゃ、みんないるんじゃないですか?」と、電話をかけずにボックスの外へ。「ただ、みんなが“あじさい”って読めるかどうかは……」(スタッフ)「さすがに読めるでしょ」(猪狩)「大丈夫ですかね?」(スタッフ)「だって俺が読めたんだもん。余裕だべ」(猪狩)と、猪狩は2人を信じていたのだが……。直後にガラケー画面を見つめる高橋が「むらさきようか」と発した場面を挟むあたり、猪狩と最年長・高橋(20歳)の対比がうまく描かれている。

 猪狩の予想通り、実際のゴールは宿泊施設の「あじさい荘」。この日の猪狩は特に冴えており、浜沿いを歩くうちに右か左のルートを選択する場面でも、「ノリ」で正解の方向へ進んでいた(超能力者?)。しかも、足元に「10分歩く 走路10分」の砂文字を見つけ、制限時間10分を残してあじさい荘に到着! その頃、井上&高橋は聞き込みで「あじさい」と突き止め、偶然にも道中で再会していた。一方、3人が揃わなければクリアにならないため、猪狩は「あいつら、呼べるな」「一回俺、走って探しに行きます」と、ゴール地点で留まらずに再出発。「走りますね」と一言断ってから動き出すあたりも、カメラマンへの配慮が素晴らしい。

 終盤は緊迫感を煽るBGMのおかげもあり、視聴者側はドキドキしながら彼らの行く末を見守ることになるだろう。砂浜を激走する猪狩は「いません! もうさすがに間に合わないんで、戻ります」と、井上&高橋があじさい荘に向かっていると願いつつ、来た道を逆戻り。途中、砂浜に「この先にいる Garry」と、2人へのメッセージを記す展開も、やけにドラマチックだ。井上と高橋は走り続けた結果、残り2分であじさい荘を示す看板と出くわし、なんとか滑り込みセーフ。そこには猪狩の姿はなかったが、数秒後に悠然とした態度で「よう!」(猪狩)と、カッコよく登場。ギリギリ1分前で、3人が奇跡的な合流を果たしたのだった。

 井上&高橋は地元民に声をかけても有力な情報をゲットできなかったものの、「『行くしかねぇ、ローラー作戦だ』って」(高橋)「ひたすら海岸沿いを走る作戦に出たら、マジでたまたま着いた」(井上)とか。答え合わせをする最中、猪狩は「えっ!? わかんない!? 紫陽花」と驚くも、「普通に生きてたら使わないか」と、不思議な理由で納得(猪狩はラップ作りで言葉を勉強してるから知っていたのか……?)。脱出ゲーム回(3月と9月に配信)や、「【ポケベル知ってる?】数字だけで出会えるか!」(9月配信)でチームワークの良さを証明したほか、今回は個々で奮闘して成功にこぎつけたHiHi Jets。彼らならば、どれだけ離れたところにいても集合できるのでは……と、信頼感は増すばかりだ。この前後編、今年の「Jr.チャンネル」でのベスト1位に選びたいほど、見応え十分の動画となっていた。

 ファンの間でも「猪狩くんがあじさい荘のことを2人に電話しなかったから、ドラマが生まれたと思う。これは計算?」「猪狩くん、『紫陽花わかんない!?』って驚いた後、「普通に生きてたら使わないか』って、人を否定しない力がスゴい」「編集が神がかってるし、スタッフさんもいっぱい走ってお疲れさまです。猪狩さんの閃きや、勘の良さにビックリ」「何、この青春ストーリー……。ゴールしても2人を探しに行くガリさん、カッコ良すぎる。3人で手を抜かず全力でゴールしようとしていて感動した!」と、大興奮の書き込みが相次いでいる。

 具体的に5組に対してスタッフがどのような体制で携わっているのかはわからないが、HiHi Jetsチームのような面白さ、現場の楽しそうな雰囲気が、もう少し美 少年チームにもあれば……と感じてしまうのは、筆者だけだろうか。5月の「HiHi Jets【試練】釣り堀でお蔵入り企画か!?」の頃は、どうしたものかと呆れてしまったが、近頃は持ち直した印象(担当編集が変わった?)。スキャンダルで芸能活動を自粛している作間龍斗&橋本涼の分もグループを盛り上げようと、3人の結束力が高まっている点も、功を奏しているのかもしれない。HiHi Jetsチームには、今後も良質な動画を生み出してくれることを期待したい。

 11月28日の動画は「Travis Japan【ガチ本気】本音でステーキなお食事会」。9月配信の「異なる競技でスピード勝負」にて決まったお食事会で、今回は舞台『虎者-NINJAPAN-』の公演先である京都で決行している。対決に勝ったチーム(中村海人・松田元太・宮近海斗)の要望により、訪れたのは京都の老舗ステーキハウス。代金は負けたチーム(七五三掛龍也・松倉海斗・吉澤閑也)と、MCを務めた川島如恵留の自腹とのこと。“人の金で食うメシ”とあって、ヒモキャラが定着しつつある中村は冒頭からハイテンションだ。

 YouTubeでのお食事会は、5月配信の東京・下北沢編に次いで2回目。7人は前菜を味わいながら、6月からの「Jr.チャンネル」企画を振り返った。8~9月にかけては福岡ロケの模様が公開されたが、「写真だけで…その場所へたどり着け!」の撮影に関して、宮近は「『オープニング撮ります』ってなった時、もうみんな車で寝ちゃってて。起きてない状態の時に、如恵留が『みんなちゃんとやろうよ』みたいな。言ってたよね」と、裏話を告白。しっかり者の川島は、普段から進行役を任されることが多いが、こうして遠慮なくメンバーに注意できる点も、彼の長所だろう(真面目!)。

 お肉の焼き上がりを待っていると、今度は本音トークに突入。七五三掛は「4月ぐらいは、しゃべるのが怖くなっちゃってた」と切り出し、宮近が「“変な空気にしちゃったらどうしよう”とか?」と掘り下げると、「そういう心配がある。やっぱり、自分が何か発したことによって、シーンとなっちゃったりとかしたらヤダなって……」と、打ち明けた。しかし、「みんなでご飯とかして、いろいろ話して。本当にYouTubeが毎回楽しめる場になってきて。それはスゴく、俺はうれしく感じてる」(七五三掛)と、今では気楽に取り組めているようだ。

 そんな中、宮近は「本当の食事会と言ったらアレだけどさ。カメラ回ってない食事会もあったわけじゃん。その時にいろいろさ、吐露してさ。閑也が泣いたりとかさ」と暴露。本人は「『泣く』言うな!」と恥ずかしがっていたものの、メンバーいわく、いつもあまり感情を表に出さない吉澤が涙を見せたのは、珍しい出来事だったという。吉澤といえば、7~8月公開の特別企画「蓮とビス」をはじめ、随所で一発ギャグを披露してきたが、「スベる気持ちはわからないじゃん、やっぱ。それがね、ストレスになったりする時もあるわけよ」と実は重圧を抱えていたようだ。

 また、SixTONESとSnow Manが同時CDデビューを発表したコンサート『ジャニーズJr.8・8祭り ~東京ドームから始まる~』の終了後、雑誌などで「どう思いますか?」と聞かれる場面が多いという話も。川島は、先輩のNEWSや関ジャニ∞が2003年~04年にデビューした一方で、06年にCDを出したKAT-TUNがブレークした事実に言及。「俺らも、『昔そういうふうに言われたんだよ』って、いい意味で笑い話にできるように……」(川島)「何事も、最後には笑い話にできれば、俺はいいと思う」(宮近)と、奥の深い言葉が飛び出した。

 一方、宮近は“自分がジャニーズに所属していなかった”として、Snow Man、Travis Japan、7 MEN 侍、美 少年、HiHi Jetsの5組のうち、「担当(ファン)になるなら?」と質問。松倉は、Snow Manの最年少で16歳・ラウールを挙げ、堂々としたパフォーマンス力に惹かれていると述べた。松田は美 少年・那須雄登を選び、理由を話す前に宮近が「ビックリしない? 那須くんってさ、俺らとか先輩だからさ、『おはようございます』って、ちゃんとしっかりしてんじゃん。美 少年のYouTubeとか見ると、『ウェーイ!』って感じで。“那須くん、そういうのやるんだ”みたいな」と、那須の多面性に衝撃を受けた様子。

 続けて、メンバーも「お仕事もするし、会ったらしっかりなんか、挨拶」(松田)「礼儀正しい」(七五三掛)「目をちゃんと見て、コンタクトとれるっていうかさ、人間としてスゴくいいなと思って。素敵だよ」(松田)と那須をベタ褒めした。このほか、宮近は同じく美 少年の岩崎大昇を推し、「最初、大昇に対して思ったのは、なんかちょっとホワホワしてる子なんだろうなと思ったら、あの歌声とか。そのギャップにやられてるんだよね。で、俺目線になっちゃうんだけど、いろいろ努力して。大昇が近くにいるから感じれるから、大昇かなって思う」と、魅力を説明。

 七五三掛がHiHi Jets・高橋優斗の名前を出したところ、「可愛いなと思って」(七五三掛)「可愛らしいよね。優斗はさ、優斗にしか出せない可愛さみたいのがあるよね」(宮近)「不思議な雰囲気あるなと思う」(七五三掛)と、宮近も共感を示した。川島が「優斗ってさ、昔の滝沢(秀明)くんっぽさない? Jr.を引っ張ろうっていう気持ちみたいな」と高橋に抱いたイメージを口にすれば、周囲も納得の反応。今年20歳になった松田が「あっちのハタチ、超しっかりしてるね」と自虐的に発言した際は、宮近が「でもそれも味。俺は元太は好きだし。みんな好きだし」と、けなさずにフォローを入れたのだった。「Jr.チャンネル」の撮影こぼれ話や、ジャニーズ仲間のことまで語り尽くしたお食事会。再生回数は12月6日時点で29万台を記録している。

 美 少年の動画は、通常の「【神ゲーしりとり】ワードバスケットがおもしろすぎた!」(11月30日)と、プロモーションの「【タピオカの次はこれ!】ジャスミンチーズミルクティーがくる~」(12月2日)の2本が配信中。通常回は、浮所飛貴が家族でやっている「ワードバスケット」というボードゲームを楽しんでいるもの。単純に言えば「しりとり」(3文字以上)だが、いかに言葉や名詞を知っているかが重要。佐藤龍我は、オープニングから一人だけ「イェーイ!」とハイテンションだったものの、ゲーム開始後すぐに「ムズいじゃん、だって!」(1分12秒頃)と嘆いていた。手札が残り1枚になった時は「リーチ」と申告するルールになっており、1回戦は岩崎大昇が真っ先に宣言。すると、画面には「バンジー飛べない男がまさかの最初のリーチ」とのテロップが。

 その「バンジー」とは、「【ドッキリ罰ゲーム】バンジージャンプで衝撃の結末!」(11月2日公開)での出来事を指している。この日のロケで、メンバーは静岡県の「御殿場プレミアム・アウトレット」へ向かうと思っていたのだが、実際はドッキリであり、岩崎の罰ゲーム執行が含まれていたのだ。撮影内容を聞いた岩崎は「本当に言いたいんですけど、罰ゲームじゃないんですよ、これ。俺がキャニオニング(6月公開の動画)で、ジャンプしなかっただけで……」と、不満をポロリ。納得していない状態でバンジージャンプの現場に着くも、「マジで怖い。進めん!」(岩崎)などと、飛べずにしばし格闘。30分が過ぎてインストラクターストップがかり、最終的にリタイアしてしまったのだった。実は、11月23日公開の「はじめしゃちょーのお宅拝見」内でも、100万円の自転車が出てきたシーンで「チキン岩崎が乗ってみることに…」と、テロップでイジられている。そこに続いての今回とあって、「Jr.チャンネル」スタッフは岩崎がバンジーを飛べなかったことを、とことんネタにしていく方針のようだ。

 また、岩崎がさほど騒いでいないにもかかわらず、「岩崎くんうるさいです」(9分2秒)とテロップで指摘するなど、バンジーの一件以降、やたらと当たりが強いのでは……と、気になってしまう。そんな中、ゲームを持ち込んだ浮所は遊び方を理解できているほか、「すずな」(春の七草の1つ)と、高校生ではあまり馴染みがなさそうな単語を発して、一番ノリでフィニッシュ。「龍我のお助け入ってあげる」と、苦戦している佐藤のフォローに回る優しさも好印象だ(その後、メンバーの肩を揉んで癒やしてあげていた)。それでも、うまくいかずにいら立ちが募る佐藤は「出てこないんだけど、マジで!」(3分56秒頃)と、声を荒げる始末。仕方なく、2回戦は浮所が4文字以上、佐藤の場合は“2文字でも可”というハンデがつけられ、佐藤が2位で勝ち抜けた。

 こうした佐藤の言動について、SNSやコメント欄では「龍我は子どもっぽいところが可愛いんだけど、自分の機嫌はコントロールしよう」「龍我くん、激甘なハンデと浮所くんに助けてもらって、手札減らせたらわかりやすく機嫌戻ってたな(笑)」「龍我、わかりやすく機嫌悪くなるのは気をつけてほしい」と、懸念のコメントも出ている。

 2本目は「セブン-イレブン・ジャパン」の商品「ジャスミンチーズミルクティー」のPRで、2択を受けて「しいて言うならどっち?」を指定するゲーム企画。第2問で嵐やKing&Princeの話題が出たほか、「京都or静岡」を選ぶ場面で、浮所は「大昇が『静岡』って聞いて顔が曇ったんだけど」と、切り出した。「曇ってないよ」(岩崎)「また行くでしょ?」(藤井直樹)「また行けるじゃん」(浮所)と周囲が茶化す中、「罰ゲームは終わってません」(テロップ)と、なんとしてでも罰を受けてもらおうという、スタッフの執念が垣間見える。なおも、第8問で「バンジージャンプorスカイダイビング」と、バンジーのお題をぶっこむスタッフ。岩崎は「頭おかしいよ。どういうことですか!?」と、困惑するばかりだった。

 こうしてメンバーが仲間をからかう様子はまだ見ていられるが、スタッフ側が思春期の男の子をネチネチと追い込むさまは、個人的にあまり好ましい状況ではない。正直に言って、胸くそ悪い動画だ。なぜならば、そこにはスタッフの岩崎に対する“愛”が、イマイチ感じられないからだ。ネット上でも「スタッフさん、そんなにバンジーの件を根に持ってるの?」「スタッフ、『バンジー飛べない男』とか『うるさいです』とか、大昇のこと軽蔑してるよね」「美Tubeの大昇イジり、度が過ぎていじめみたいになってる。このまま続くならスタッフを変えてほしい」「大昇がバンジー飛ばなくて叱るのは理解できるけど、いつまでこのイジり続けるの? いじめじゃん」「大昇イジりもほどほどにしてよ。それ面白いと思ってるの?」と、辛口コメントが続出している。

 また、美 少年のプロモーション動画は「【カレーのトッピング選手権】アイスにカレーが美味い??」(11月25日公開)に続いて2週連続となっただけに、「美 少年、プロモ多いな。少なくとも今年いっぱいはHiHi Jetsには来ないのかな」「プロモ動画、HiHiは5人にならないと難しいか……毎週待ってるんだけどな」「美 少年、プロモ仕事多いね。HiHi Jetsの分がまわってるのかな?」と、驚きの声も。再生回数は1本目が18万台、2本目は20万台(12月6日時点)。

 4日に配信されたのは「Snow Man【人類を超越している男】深澤辰哉の食べたい中華は?」(再生回数は6日時点で31万台)。恒例企画となっている「○○の食べたいものを当てろ」編で、今回は深澤のリクエストで本格中華料理店にやって来た。普段の深澤は進行役に徹しているが、この日は冒頭の説明などを向井康二が担当。仕切りではなく、自身がメインの回となったことで、深澤の新たな一面が見られる1本だ。

 最初は点心メニューの「エビ蒸し餃子」「シューマイ」「小籠包」「春巻」「チャーシュー入りまんじゅう」「焼き餃子」の6種から選択。ラウールが「一発目ならこれだろってことですよね?」と話を振ったところ、深澤と長い付き合いの面々は「普通の人だったらね」(岩本照)「言っとくけど、人の常識、通用しないから」(佐久間大介)と、暴言連発。「ちなみにラーメン屋さんに行って、俺が餃子食ってるとこ見たことある?」(深澤)「ない!」(向井)「大ヒント!?」(阿部亮平)「だからこそ……みたいなパターンある」(渡辺翔太)「そうそう。今のはヒントじゃないんだよ」(岩本)「せっかく中華料理に来たんだから……っていうのはある。正直」(深澤)と、周囲を戸惑わせた。

 その結果、宮舘涼太のみ餃子、ほか7人は小籠包と予想。しかし、深澤の答えはチャーシュー入りまんじゅうで、メンバーは一斉に「ふざけやがって!」(佐久間)「こいつなんなんだよ!」(渡辺)「おい、やってんな!」(阿部)と、激高した。さらに「一番ないと思ったわ」(目黒蓮)「俺も!」(ラウール)「だって、まんじゅうだよ!? まんじゅうだよ!?」(阿部)「お前とはホント合わないわ」(岩本)「もう信じらんない」(阿部)と否定の言葉が続き、思わず深澤は「これ、俺の回だよね? あれ?」と、意気消沈。

 主役の深澤だけが堪能し、「どんな味するの?」(佐久間)と尋ねれば、「チャーチュー」と、甘噛み。「俺が想像してたのは、なんか……っていうよりも、味が濃い。チャーシューの実っていうのかな? 具がめちゃくちゃ味濃くて」(深澤)と味をレポートした際も、「チャーシューの実?」(岩本)「チャーシューの実は違う」(阿部)と総ツッコミが入っていた。続いて、「味がしっかりしてるのよ。だからやっぱ、外と中の、こうね……」とまで話した後、まんじゅうをパクリ。中途半端な区切りで食べ物を口に運ぶ行動をはじめ、以降もたびたび“浅すぎる食レポ”を責められたのだった。

 また、予想合戦が盛り上がった7分53秒頃は、渡辺が「(深澤に)そこまでの脳があるとも思えない」と、バッサリ。第4問の海鮮料理では、エビ、アワビ、カニ、ホタテを顔で表現するという、深澤の新技にも注目。司会の立場を離れ、彼のおバカなキャラや、ポンコツぶりが露呈した回でもあった。

 29日の動画は「7 MEN 侍【目指せハワイロケ!】いい感じの数字で以心伝心」。オープニングは矢花黎のどアップからスタートするが、再生するといきなり目元が映し出されるため、なかなか心臓に悪いシーンとなっている(未視聴の人は再生時に覚悟が必要)。企画自体は矢花、今野大輝、佐々木大光、中村嶺亜、本高克樹の5人で質問に対する回答を合わせる以心伝心ゲーム。グループ名にかけて、お題は全て数字にちなんだもので、10問揃えばハワイロケ、8問クリアなら国内ロケ、5問正解で焼き肉と、ご褒美がランク分けされていたが……。

 第1問は「遠足のオヤツといえばいくらまで?」。「俺ね、駄菓子いっぱい買ってた」(中村)「違うな、俺。駄菓子じゃねーな」(今野)と互いの答えを探るうち、「“野口以下”よね?」(本高)「野口以下だね」(中村)と、野口英世の肖像が使われている千円札以下の金額だと、示し合わせた。そんな中、今野に不安を抱いた本高が「こんぴ、野口以下だよ。なんかね、スゴい持ってきそう」と声をかけると、佐々木は「あいつ、金銭感覚おかしいから」と、指摘。なおも本高は「怖いんだよね、こんぴ」と、全員一致に向けて今野がネックになるのではないかと予想していた。実際は矢花が外してしまい、ハワイロケの夢はあっさりと消滅。

 また、「学校まで遠い! 徒歩何分?」という問題でも、今野のセレブぶりが明らかに。「俺らの普段の稽古場、駅から近く感じる? 遠く感じる?」(中村)「あれはバリ遠い」(佐々木)「遠いよね」(中村)「遠いっすか?」(矢花)と会話する間、頬杖をついて何か考えている表情の今野。次の瞬間、「学校まで歩いたことないんすよね」「親にバイクで送ってもらうか、車で」との爆弾発言が飛び出し、本高は「お坊ちゃんいました!」「ウゼー!」と嫌悪感をあらわに。とはいえ、今野は「みんなが『遠い』で、何分かはだいたいわかる」と自信をのぞかせ、ここも矢花以外の4人は「30分」で意見が合っていた。

 さらに、「中学一年生のお小遣いといえば?」の問いでは、再び今野が「お小遣いもらったことないんですけど」と告白し、「みんないくらもらってんだよ……」と、見当もつかないといった様子でうつむいてしまう。すると、ついさっきは今野に否定的だった本高も「リアルな話、俺もお小遣いもらったことないんだよね」と告白したほか、中村が「俺もないわ」と、同調。「なんか、都度都度だったわ」(本高)と聞き、今野は「そう。欲しいものあったら買ってもらってた」と、何気なくポロリ。なんとも羨ましい学生時代を過ごした今野に対し、本高は「お前それ、何人か敵に回したぞ」と、ツッコんでいた。

 後半は、ある意味で温室育ちとも言える今野が「もう帰る、俺」「マジでYouTube出なくなるよ」と不機嫌になる場面も。普段、あまり口数の多くない今野からインパクト大なエピソードが放たれ、本編とは関係なく“収穫”のある回だった。ただ、再生回数は12月6日時点で12万台と、伸び悩んでいる。
(中村チズ子)

暴力を受けたのはあなたが悪いからじゃない、私たちは誰にも支配されない。DV・虐待・性暴力の被害者たちがシュプレヒコールを上げる「むらさきロード」

 11月3日、東京・表参道の街中で、DVや虐待、性暴力の被害者たちが社会に思いを届けるパレード「あるこうよ むらさきロード2019」(以下、むらさきロード)が開催された。

 むらさきロードは2009年から毎年開催しており、今年で11回目を迎える。この日も、DV(ドメスティック・バイオレンス)や虐待、性暴力被害の当事者や支援者、賛同者など男女約150人が参加した。

 本記事では、その様子を一部レポートする。

サバイバーの声を社会に伝えるパレード
 「むらさきロードには女性や子どもの被害の声を社会に伝える、なかったことにされないようにするという意味があります」と、実行委員長の波多野律子さんは話す。

 むらさきロードを始めたのは、被害を受けて生き延びてきた人=サバイバーたちに、仲間がいる、ひとりじゃないという実感を持ってもらった上で、自分の思いについて声をあげ、非暴力を訴えられるような機会や場が必要だと考えたからという。

 参加者には、深刻な被害体験を持つサバイバーもいる。ただし、波多野さんたちは、被害者をエンパワメントするためにも、なるべく楽しい雰囲気で開催することを心がけているそうだ。

 この日も、オープニングイベントでスタッフたちによる「ブレイク・ザ・チェーン」というダンスが披露されたり、参加者が自由に利用できるアロママッサージコーナーが設けられたりと、気軽に参加できるような工夫がされていた。

華やかな仮想グッズで気分を盛り上げる
 パレードでは、参加者たちが紫やオレンジを基調としたグッズで仮装をして街を歩く。パレードの名前に「むらさき」を冠しているのは、「女性への暴力根絶」の象徴であるパープルリボンに由来しているからだ。また、紫とともにオレンジが使われているのは、「児童虐待防止」の象徴がオレンジリボンだからという。

 参加者が仮装をするのは、パレードに参加していることが知られると危ない(加害者から身を隠さなければならない)被害の当事者もいるので、安心して声をあげられるように環境を整えるためだという。仮装や特殊メイクを施した後は、写真撮影をして楽しむ参加者の姿も見られた。

 パレードは東京・渋谷区表参道の「東京ウィメンズプラザ」前からスタートし、表参道から原宿方面へ、約1時間ほどかけて行進した。

声を挙げながら行進する
「『お前のためだ』は愛なのか?」「いや、暴力だ!」
「体罰・暴言はしつけじゃない!」
「抵抗しないのは、合意しているからじゃない!」

 女性や子どもへの非暴力を訴えるシュプレヒコールのほか、ガンビアやセネガルの太鼓や琉球太鼓による演奏で、パレードは賑やかに行われた。

 沿道からは外国人を中心に好意的に写真撮影をしたり、手を振ったりして応援する人の様子が見られた。

 一方で、不思議そうにパレードを眺める人の姿も印象に残っている。
 
 この取材の前に、筆者は同世代(20代後半)の友人女性たちに「#MeToo運動を知っている?」と聞いてみた。すると、6人中4人から「知らない」という答えが返ってきた。パレードを不思議そうに眺めていた人の中には、むらさきロードのような活動も、「#MeToo」も、全く知らない人もいたかもしれない。

 だからこそ、こうした被害や性差別が存在することを知らない人たちへ、地道に伝えていく必要があるのではないかと感じた瞬間であった。

暴力を受けた、あなたは悪くない
 パレードの後の交流会では、スタッフや参加者からの語りの場が設けられた。

「むらさきロード」実行委員の須藤延恵さん
 実行委員の須藤延恵さんからは、「女性や子どもへの暴力、DVやセクハラなどは個人の問題ではなく社会の問題です。みんなと繋がっていきたい」という挨拶があった。

 実行委員の松本和子さんは、今年のパレードを総括し、「助けを求められていないDV・虐待の被害者はまだまだ多くいると思っています。パレードで歩いてみて興味を持ってくれたり応援してくれたりした人もいましたが、関心の薄さを感じました。社会を変えていくためには日本人の無関心を変えていかなくてはいけないと感じています」と話した。

 また、来年についても「一人ひとりが集まると大きなうねりを紡ぎだします。今年は例年より多くの人が集まり、若い人の参加もあり日本には希望があると感じました。来年は今年の参加者が一人ずつ連れてきて、倍の参加者でパレードを歩きたいです」との前向きな抱負が語られた。

 交流会では、シンガーソングライターの志万田さをりさんによる歌とギターの演奏もあった。

 志万田さんの曲には、「あなたは悪くない」というメッセージが込められており、会場には涙を流す参加者の姿も見られた。被害を受けた側には落ち度はなく悪いのは加害者の方なのだが、被害者は第三者から「あなたがこうしないのが悪かった」と言われたり、本人が「私が悪かったんだ」と思い込んで自分を責めてしまったりすることはよくあることだという。そうして何度も傷ついてきた被害者に「あなたは悪くない」とメッセージを送ることは、大きな意味のあることだと感じた。

参加した女子生徒「同世代が言うことで自分ごとのように感じてもらえる」
 むらさきロード参加者の一人で、都内の高校に通う女子生徒に話を聞いた。

――むらさきロードに参加した理由を教えてください。

「元々男女平等の問題が気になっていましたが、母がむらさきロードのスタッフであったことと、野田市のDV・虐待事件(※)をきっかけに、何もせずにはいられないという気持ちになりました。
 中学生の頃、友達カップルの間でデートDVがありました。男子から女子へのデートDVだったのですが、私は『早く別れた方がいいよ』と友達に声をかけつつも、それが適切な対応なのかわからなかったんです。子どもは大人に正しいことを言われても『大人の言うことだから子どもの気持ちを理解しているわけではない』と思ってしまうこともありますが、同世代同士で問題提起をすると、自分ごとのように感じてもらえると思うので、同世代の啓発のためにも活動をしています」

(※)野田市DV・虐待事件=2019年1月、千葉県野田市の小学四年生の栗原心愛さん(当時10歳)が、父親と母親から暴行を受けて虐待死した事件。心愛さんは小学校のアンケートで父親からの暴力を訴えており、児童相談所に一時保護されていたがのちに自宅に帰され、事件が起こった。事件後、母親は夫からDV被害を受けていたことが判明している。父親は傷害致死罪と傷害罪で逮捕された。また、母親は夫の暴力を制止しなかったなどの傷害ほう助罪に問われ、千葉地裁は6月、母親に懲役2年6カ月、保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡している。

――「むらさきロード」のパレードを通して、どんなことを伝えたいですか?

「被害者を責めないでほしいなと思います。野田の虐待事件では、加害者である母親もまたDVの被害者でもありました。ニュースを見る時は、事件の本質を考えることが重要だと思うようになりました。
 また、日本では『泣かないで強くなれ』という空気が強いですが、辛ければ泣いてもいいと私は思います。助けを求めた時、もし一か所で助けてもらえなくても、他にも手を差し伸べてくれる場所はあります」

――同世代へのメッセージはありますか?

「学校の友人にむらさきロードの活動に参加していることを話しても、『そういう活動をしていてすごいね』で終わってしまって、内容に興味を持ってもらえないことは残念です。友人の中には通学中に痴漢被害に遭っている人もいるのですが、『うざい』『気持ち悪い』で終わってしまっているんです。そこで、私が痴漢抑止バッジの話をすると、痴漢は犯罪なんだと気づいてくれます。
 また、都立高校の入試で男女別に募集が行われていて、同じ点数でも男女で合否が変わってしまうことにも問題意識を持っています。私の世代だからこそ気づく問題を伝えていきたいと思います」

 取材を通して、むらさきロードは暴力に対して声をあげるイベントでありながら、辛い体験をしてきた被害者たちが安心し、ともに明るい気持ちになって楽しむことのできる場所でもあると感じた。

 むらさきロードは2020年も開催を予定している。

 この記事を読んでいるあなたが、もし一人で悩んでいて、似た体験をした人と一緒に声をあげたいと思うなら、ぜひ参加を検討してみてほしい。

 性暴力の問題を相談する際には、第三者の悪意のない言葉に傷つき、二次被害を被ってしまうケースもある。同じ体験をした人が集まって、自分の気持ちをわかってもらえる、安心していられるという空間は、きっとあなたの気持ちを楽にしてくれるはずだ。

〇「むらさきロード」実行委員会
公式Twitter<@purpleroadjapan>
公式Facebook<@purpleroadjapan>

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老人ホームを断固拒否! 要介護4の母抱える社員のピンチ、超ホワイト企業が取ったスゴい行動

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

「正直なところ、ホッとしました」――

 そう語るのは、「介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘」で紹介した斎藤雅代さん(仮名・45)の上司、正木俊宏さん(仮名・56)だ。正木さんは要介護4の母親を自宅で介護する斎藤さんが、介護離職寸前であることに危機感を抱き、なんとか介護離職を食い止めることができないかと奔走してきた。

 前掲の記事で斎藤さんが繰り返していた言葉がある。「施設に入れると、お母さんがかわいそう」というものだ。

いくらホワイト企業でももう彼女を守れない

「彼女のお母さんはほとんど寝たきりでした。平日はデイサービスに行くのですが、それまでに朝食を準備して、時間をかけて食べさせているようです。弊社はフレックス勤務が可能なので、出勤するのが午前11時になっても午後8時まで勤務すればいいので問題はないのですが、時間休を取って早めに帰って、デイサービスから戻るお母さんを迎えることもありました。お母さんの体調が悪くなることも多く、そうなると彼女が病院に連れて行くのでたびたび欠勤することになります」

 話を聞くと、正木さんの会社は超ホワイト企業だ。1時間単位で使える介護育児休暇や介護育児休業のほか、前年から繰り越せる有給休暇、福祉休暇という名前の育児や介護で取得できる休暇もあるという。これらをフルで使うと、なんと1年の3分の1は休むことができるというのだから、ブラック企業の社員でなくとも誰もがうらやむ恵まれた労働環境なのだ。

 ところが、斎藤さんはこれらの休暇を毎年すべて使い果たしていたうえ、今年前半には使える休暇がほとんど残っていなかったという。いくらホワイト企業でも、これ以上この状態が続けば、斎藤さんを守りきれないところまで来ていたのだ。

「ほかにお母さんの介護を手伝ってくれる人はいないのか聞いても、家庭事情が複雑なようで、彼女一人が奮闘している状態でした。家族はいるのですが、彼女の足を引っ張る存在でしかないんです。お父さんは頑固で、両親の仲もあまりよくなかったうえに、弟さんとも合わない。彼女が言うには、自宅はお父さんと弟がため込んだゴミがあふれ、とてもお母さんを介護できる環境ではない。そのため、お母さんと彼女が2人でアパートを借りて住んでいるということでした。そのうえ、弟がウツになり仕事を辞めてしまった。両親のわずかな年金と彼女の給料で4人分、それも別に住んでいる2世帯の生活費を賄っているという状態だったんです」

 斎藤さんが介護離職してしまうと、一家4人が路頭に迷うことは明白だったため、なんとしても仕事を辞めさせるわけにはいかなかった。これ以上、介護を負担させないためには、「お母さんを施設に入れるしかない」と、数カ月説得を続けてきていたという。しかし、「そのたびに彼女が繰り返すのは『施設に入れると、お母さんがかわいそう』と。ここですべての思考がストップしているんです。こうなると、もう会社としても手の打ちようがない」。

 社内に、介護をしながら仕事もちゃんとやって母親を看取った女性社員がいたので、その人から斎藤さんに助言をしてもらってはどうかという案も出た。

「その女性社員も『私でお役に立てるなら』と乗り気でした。でも、その社員と斎藤さんとはタイプが違いすぎました。その社員は、総合職で仕事もできる。うまく介護サービスを利用していたので、参考になるかと思ったのですが、斎藤さんはどう見てもそういう才覚があるとは思えない。よく言えば癒やし系。ほわーっとしていて、こちらが何か言っても、どこまでわかっているのか今ひとつつかめない。うまく介護と仕事を両立した社員の話を聞いても、同じようにできるはずがない。斎藤さんがさらに自信をなくす可能性もあったので、この話は流れました」

 さらに正木さんは、知り合いやそのまた知り合いまでたどって、斎藤さんが介護離職しなくて済むためにどうしたらいいのかアドバイスを求めた。斎藤さんの住む自治体の担当者やケアマネジャー、民間の相談機関まで……正木さんは単なる上司以上の動きをしていたのだ。

「ただ個人情報の関係で、いくら彼女の上司とはいってもこれ以上は踏み込めないというラインがあって、最終的には彼女が動かないとどうしようもないというところで終わるんです。今のケアマネが、彼女の深刻な状況を把握していなくて、適切なケアプランを示すことができていないのが一番の問題だろうと、何人もの人に言われました。彼女との信頼関係が築けて、彼女一人が抱え込まなくてもいいような方法を提案できるケアマネに替えないことには始まらないと言われました。しかし彼女は、『そんな余裕はないし、母に合うケアマネをどうやって選べばよいかわからない。地域包括支援センターも紹介してくれない』と言う。

 だったらもうお母さんを施設に入れるよう、こちらでおぜん立てをしてあげようと、民間の相談機関の人に会社まで来てもらって、お母さんを施設に入れる必要性から施設選びのアドバイスまで、それは丁寧に説明してもらったんです。彼女さえ『はい』と言えば、私も一緒に施設探しや見学に同行するとまで言ったのですが……」

 それでも、斎藤さんは煮え切らない返事をするばかりだった。ついには、正木さんもしびれを切らして、「もうどうなっても知らんぞ」と投げやりな言葉が出かかったという。

 これほど情の厚い大企業に、一般職とはいえ斎藤さんはよく入社できたものだ。幸運と言うほかない。それにしても、ここまでくると斎藤さんや正木さんが担当する仕事にも影響が出ていたに違いない。他人事ながら心配になった。

 ところが、というか、そのうえ、というか、この会社はとんでもなく懐が広かった。

――続きは12月21日公開

老人ホームを断固拒否! 要介護4の母抱える社員のピンチ、超ホワイト企業が取ったスゴい行動

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

「正直なところ、ホッとしました」――

 そう語るのは、「介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘」で紹介した斎藤雅代さん(仮名・45)の上司、正木俊宏さん(仮名・56)だ。正木さんは要介護4の母親を自宅で介護する斎藤さんが、介護離職寸前であることに危機感を抱き、なんとか介護離職を食い止めることができないかと奔走してきた。

 前掲の記事で斎藤さんが繰り返していた言葉がある。「施設に入れると、お母さんがかわいそう」というものだ。

いくらホワイト企業でももう彼女を守れない

「彼女のお母さんはほとんど寝たきりでした。平日はデイサービスに行くのですが、それまでに朝食を準備して、時間をかけて食べさせているようです。弊社はフレックス勤務が可能なので、出勤するのが午前11時になっても午後8時まで勤務すればいいので問題はないのですが、時間休を取って早めに帰って、デイサービスから戻るお母さんを迎えることもありました。お母さんの体調が悪くなることも多く、そうなると彼女が病院に連れて行くのでたびたび欠勤することになります」

 話を聞くと、正木さんの会社は超ホワイト企業だ。1時間単位で使える介護育児休暇や介護育児休業のほか、前年から繰り越せる有給休暇、福祉休暇という名前の育児や介護で取得できる休暇もあるという。これらをフルで使うと、なんと1年の3分の1は休むことができるというのだから、ブラック企業の社員でなくとも誰もがうらやむ恵まれた労働環境なのだ。

 ところが、斎藤さんはこれらの休暇を毎年すべて使い果たしていたうえ、今年前半には使える休暇がほとんど残っていなかったという。いくらホワイト企業でも、これ以上この状態が続けば、斎藤さんを守りきれないところまで来ていたのだ。

「ほかにお母さんの介護を手伝ってくれる人はいないのか聞いても、家庭事情が複雑なようで、彼女一人が奮闘している状態でした。家族はいるのですが、彼女の足を引っ張る存在でしかないんです。お父さんは頑固で、両親の仲もあまりよくなかったうえに、弟さんとも合わない。彼女が言うには、自宅はお父さんと弟がため込んだゴミがあふれ、とてもお母さんを介護できる環境ではない。そのため、お母さんと彼女が2人でアパートを借りて住んでいるということでした。そのうえ、弟がウツになり仕事を辞めてしまった。両親のわずかな年金と彼女の給料で4人分、それも別に住んでいる2世帯の生活費を賄っているという状態だったんです」

 斎藤さんが介護離職してしまうと、一家4人が路頭に迷うことは明白だったため、なんとしても仕事を辞めさせるわけにはいかなかった。これ以上、介護を負担させないためには、「お母さんを施設に入れるしかない」と、数カ月説得を続けてきていたという。しかし、「そのたびに彼女が繰り返すのは『施設に入れると、お母さんがかわいそう』と。ここですべての思考がストップしているんです。こうなると、もう会社としても手の打ちようがない」。

 社内に、介護をしながら仕事もちゃんとやって母親を看取った女性社員がいたので、その人から斎藤さんに助言をしてもらってはどうかという案も出た。

「その女性社員も『私でお役に立てるなら』と乗り気でした。でも、その社員と斎藤さんとはタイプが違いすぎました。その社員は、総合職で仕事もできる。うまく介護サービスを利用していたので、参考になるかと思ったのですが、斎藤さんはどう見てもそういう才覚があるとは思えない。よく言えば癒やし系。ほわーっとしていて、こちらが何か言っても、どこまでわかっているのか今ひとつつかめない。うまく介護と仕事を両立した社員の話を聞いても、同じようにできるはずがない。斎藤さんがさらに自信をなくす可能性もあったので、この話は流れました」

 さらに正木さんは、知り合いやそのまた知り合いまでたどって、斎藤さんが介護離職しなくて済むためにどうしたらいいのかアドバイスを求めた。斎藤さんの住む自治体の担当者やケアマネジャー、民間の相談機関まで……正木さんは単なる上司以上の動きをしていたのだ。

「ただ個人情報の関係で、いくら彼女の上司とはいってもこれ以上は踏み込めないというラインがあって、最終的には彼女が動かないとどうしようもないというところで終わるんです。今のケアマネが、彼女の深刻な状況を把握していなくて、適切なケアプランを示すことができていないのが一番の問題だろうと、何人もの人に言われました。彼女との信頼関係が築けて、彼女一人が抱え込まなくてもいいような方法を提案できるケアマネに替えないことには始まらないと言われました。しかし彼女は、『そんな余裕はないし、母に合うケアマネをどうやって選べばよいかわからない。地域包括支援センターも紹介してくれない』と言う。

 だったらもうお母さんを施設に入れるよう、こちらでおぜん立てをしてあげようと、民間の相談機関の人に会社まで来てもらって、お母さんを施設に入れる必要性から施設選びのアドバイスまで、それは丁寧に説明してもらったんです。彼女さえ『はい』と言えば、私も一緒に施設探しや見学に同行するとまで言ったのですが……」

 それでも、斎藤さんは煮え切らない返事をするばかりだった。ついには、正木さんもしびれを切らして、「もうどうなっても知らんぞ」と投げやりな言葉が出かかったという。

 これほど情の厚い大企業に、一般職とはいえ斎藤さんはよく入社できたものだ。幸運と言うほかない。それにしても、ここまでくると斎藤さんや正木さんが担当する仕事にも影響が出ていたに違いない。他人事ながら心配になった。

 ところが、というか、そのうえ、というか、この会社はとんでもなく懐が広かった。

――続きは12月21日公開

残るのは『MUSIC FAIR』だけ!? 音楽番組がオワコン化でテレビから消滅カウントダウン

  昭和なら『ザ・ベストテン』(TBS系)や『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)、平成なら『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(同)や『うたばん』(TBS)と、テレビ界には時代ごとに必ず人気音楽番組が存在したが、1つまた1つと番組が減り、残る番組も軒並み視聴率は低迷。いよいよ民放地上波から音楽番組が消えそうな勢いだ。

 民放のレギュラー音楽番組がいかに不人気か? これは数字を見れば一目瞭然だ。11月の民放レギュラー音楽番組でもっとも数字が良かったのは、16日放送の『MUSIC FAIR』(フジテレビ)で、視聴率は6.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。2ケタに遠く及ばないのが現状だ。芸能誌のライターが言う。

「民放の音楽番組がどんどん減る中、アーティストの頼みの綱は『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)でした。しかし、放送年数が30年目を超えてさすがにマンネリ感が強く、視聴率が低迷。今年10月に21時台に移りましたが、回によっては視聴率が5%前後ですから、これはもう“危険水域”です。一説には、来年75歳になるタモリがいよいよ仕事を減らしたがっているという話もありますし、特番はまだ悪くない数字を残しますから、『ミュージックステーション』という看板は残したまま、レギュラーは終わる方向で調整が進んでいるようです」(スポーツ紙記者)

 この他、現在民放地上波の残る音楽番組は、フジの『MUSIC FAIR』と『Love music』、テレビ朝日の『関ジャム完全燃SHOW』、TBSの『COUTDOWN TV』くらい。どの番組もお寒い状況なのは変わりないようだ。キー局の関係者が言う。

「いま音楽番組で一番視聴率が良いのはNHKの『うたコン』で、視聴率は10%前後。幅広い歌手を豪華に集めており、あれは別格です。そして次に数字が良いのは、おなじみの『NHKのど自慢』。民放でも素人カラオケ番組は好視聴率を叩き出しますから、いよいよ“プロ”は必要とされなくなってきています。一方、特番となると、日テレの『ベストアーティスト』や『THE MUSIC DAY』、TBSの『音楽の日』、フジの『FNS歌謡祭』、テレビ東京の『テレ東音楽祭』などは、いずれも好視聴率を取りますから、もう30分や1時間の番組で歌を聞かせる時代は終わり、半期に一度のお祭り形式でイベント化していくのが音楽番組の流れでしょう。

 唯一、『MUSIC FAIR』だけは塩野義製薬という大スポンサーが付いており、終わる気配はまったくなさそうですが、視聴率はテレ東を除いて時間帯最下位が定位置ですから、いつまで今の形が許されるのか……」(キー局関係者)

 どうやら、アーティストが歌う姿を見たいだけなら、ネットなどで見ればよいという時代になってしまったのか。一部のアイドルや超大物ミュージシャンを除き、CDが売れない時代になり、音楽業界はいよいよ大きな曲がり角に差し掛かっているようだ。

【セレブ自叙伝・衝撃の話題作ベスト5】ホイットニーとの同性愛、ダグラス家の闇……

 近年、海外セレブの間で何度目かの自叙伝ブームが到来している。「今だから明かせる秘話や暴露話」によって再び自身に注目が集まるきっかけになり、ベストセラーになれば「作家」という肩書や莫大な報酬も手に入る。セレブにとってはプラスになることばかりなのだ。

 9月には女優デミ・ムーアが初の自叙伝『Inside Out』を発売し、3番目の夫であるアシュトン・カッチャーから3Pを提案されたこと、42歳の時にアシュトンとの子を妊娠6カ月で亡くした過去を明かした。10月発売の歌手エルトン・ジョンの自叙伝『Me』も、「故ダイアナ妃をめぐる、シルベスター・スタローンとリチャード・ギアの一触即発の事態」「エリザベス女王が言うことをきかないおいを何回も往復ビンタした」ことなど、世界的大スターの彼が見聞きした話を次から次へと紹介し、話題騒然となった。

 今回は、“自叙伝の当たり年”である2019年に発売された、興味深いセレブの自叙伝を5冊紹介しよう。

ラマー・オドム『Darkness to Light』

 父親は家族を捨てたヘロイン中毒者で、女手ひとつで育ててくれた母親は12歳の時に大腸がんで死去という苦境の中で育った、元プロバスケットボール選手のラマー・オドム。NBAロサンゼルス・レイカーズ時代に全盛を極め、2004年のアテネオリンピックではアメリカ代表として銀メダル獲得に貢献した。プライベートでは、09年にカーダシアン姉妹の三女クロエと電撃婚。新婚生活がリアリティ番組として放送されたが、ラマーはカメラを嫌い、クロエとも不仲に。薬物に逃げ、浮気までウワサされるようになり、クロエから離婚を突きつけられた。そして、離婚成立直前の15年10月、ネバダ州の売春宿でオーバードーズにより意識不明の重体に。奇跡的に回復するが、再び薬物に手を出し、入院時からずっと支えてきたクロエに見捨てられる。その後、リハビリ施設に入って、ようやく薬断ちの道筋が見えるようになった。

 そんなラマーが今年5月に発売した『Darkness to Light』では、自分がどれほど重度な薬物依存症/セックス依存症だったかをつづっている。

 「クロエと結婚した当初から浮気していた。コカイン依存だったことも隠していた」といい、「(クロエとの結婚による)スポットライトが、薬物依存症、選手としてのキャリアの低迷、不貞行為と混じり合い、致命的なカクテルとなってしまった」と分析。そして、「自分は、妄想症、不安症、うつ病にコカイン中毒。それにセックス依存症でもあった」「薬物依存症の人間は、悪習慣を隠すのがとても上手。そんなオレに、クロエは見切りをつけたんだ」と離婚に至った経緯を明かした。クロエのことは心の底から愛していたそうで、「後悔で今でも胸が苦しくなる。でも後悔は慣れなければならないものだから。仕方ないね」。

 また本の中では、これまでセックスした女性の数は2,000人を超えると告白。「本当に多くのストリッパーと寝たから、正確な数は覚えていない。自分にとっては大したことではなかった。時々彼女たちにお金をあげたけど、軽く見たことは一度もない」といい、セックスはスナック菓子を食べるような感覚だと正直につづった。

 自叙伝執筆時はリハビリのおかげでクリーンだったが、「自分は今も依存症患者」「今も苦しんでいる。でももう闇のそばには行かない。絶対に」と、強い意志を持って薬物・セックス依存症に打ち勝つと宣言。彼は長らくクロエに未練を持っていたが、先日パーソナル・トレーナーの女性と婚約。ファンは、今度こそは幸せになってほしいと心から願っているようだ。

 名優カーク・ダグラスを祖父に、セクシーな演技派俳優マイケル・ダグラスを父に持ち、大豪邸で生まれ育ったキャメロン・ダグラス。両親の離婚後は映画プロデューサーの母親に育てられたが、祖父、父と同じく俳優の道を歩む決心をし、1997年にジャッキー・チェン主演の香港映画『ナイスガイ』で銀幕デビューを果たした。『グロムバーグ家の人々』(03)では祖父、父、祖母と共演して大きな話題となるも、待望の主演映画『National Lampoon’s Adam & Eve』(05)が大コケしてからは、薬物事件で繰り返し逮捕されるようになり、10年には違法薬物取引で禁錮5年の実刑判決を受けた。

 裁判では、カークとマイケル、継母で女優のキャサリン・ゼタ=ジョーンズも嘆願書を出し、薬物を断ち切れるよう応援されたキャメロンだったが、収監中にも薬物を使用し、仮釈放は16年1月まで延びた。その後もマリファナ所持などトラブルを起こしているが、今はかなり落ち着いたとみられている。

 そんなキャメロンが今年10月、自叙伝『Long Way Home』を出版。セレブ一族の3世として生まれ、何不自由なく育った彼がどのように転落していったのかが、生々しく描かれている。

 「幼少期、父から『葉っぱを紙に巻いて、おじさんに渡しなさい』と言われて、お手伝いしていた。まだ小さかったから、それがマリファナだとは知らなかった」「もう少し大きくなると、近所の邸宅をのぞき見して、“美しい大人たちがやっている秘密のアレコレ”を目の当たりにするようになった」「7歳の時に母親から父が浮気していると告げられ、『どうしよう』と相談された」などと、映画に出てくるような非日常的な話をサラッと明かしている。

 さらには、「両親が離婚し、13歳で寄宿学校に入れられ、ホームシックに」「父のエロティックな映画(87年公開の『危険な情事』)が大ヒットしたことでいじめられた」など、悲しい思春期についても告白。寄宿学校でマリファナに手を出したキャメロンは退学処分となり、地元で悪い仲間とつるむように。「15歳でコカイン、17歳で覚醒剤、19歳で液状コカイン、26歳でヘロインに手を出すようになった」そう。彼の人生は、覚醒を溶かし、注射器で血管に打つやり方を覚えたことで大きく狂ったそうで、「打った途端、クスリが体中に回る。頭の中で鐘の音が鳴り響くような興奮と爽快感がある」と説明。その結果、1時間に2、3回打つほどの中毒者となり、痙攣を起こしながら毎回オーバードーズ寸前まで打っていたという。マイケルが「このままだと死んでしまう」と小遣いを制限したため、薬物を買うために盗みを働いたり、売人を拳銃で脅して薬物を奪ったり。最終的に売人となり、09年に逮捕された。

 薬物依存に陥ったことについて、「偉大な父・祖父の存在や、ハリウッドの重圧は関係ないし、環境のせいでもない。自分自身の問題」と断言している。キャメロンは、今も薬物断ちに励んでいる状態。17年12月に生まれた娘のためにも、そして交際3年目になる恋人のためにも、もう刑務所には戻らないと誓っている。

 1970年代にパンクロックバンド「ブロンディ」の美女ボーカリストとして、世界的な人気を博したデボラ。その小悪魔的な魅力は音楽業界だけでなくファッションやアート業界も席巻し、ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルが彼女のルックスにほれ、肖像画を手がけたことは有名だ。

 デボラは、バンドのギタリスト、クリス・ステインと長年交際。共に重度の薬物依存症という状態で、荒れた私生活を送ってきたという。ブロンディは82年に解散後するも97年に再結成し、デボラは70歳を越えた現在も、歌手、アーティスト、慈善家として活動している。

 10月に発売した自叙伝『Face It』では、ブロンディの絶頂期の音楽業界についても書かれている。

 77年、故デヴィッド・ボウイにコカインをあげたときには、お礼のつもりだったのか、「イチモツを見せてくれた」そう。「彼は超巨根で、男でも女でも構わず下半身を見せるのが好きだった。おもしろくて、かわいくて、セクシーな人だった」と回想。現在、殺人罪で服役している音楽プロデューサー、フィル・スペクターの自宅を訪問した時は、「片手に拳銃、もう片方の手には酒のボトルを持っていた」そうで、恐怖を感じたと暴露した。

 ロックな生活は楽しいことばかりではなく、クリスとヘロインにどっぷり浸かり自己破産したこと、70年代初めにライブの後、クリスとアパートに戻る際に後をつけてきた男に刃物で脅され、縛られ、ギターやカメラを盗まれた上にレイプされたという。ギターを盗まれたことのほうがショックだったそうだが、クリスに慰めてもらったから精神的に立ち直れたと明かした。ほかにも、元恋人に拳銃で脅されたり、後に死刑となった連続殺人鬼テッド・バンディの車に偶然ヒッチハイクをしていて乗り込んだりと、散々危ない目に遭ってきたそう。

 それでも、自叙伝のプロモーション・インタビューで「後悔していることは?」と聞かれ、「何もない」と即答。そんな彼女の姿は「70歳を過ぎても最高にかっこいい」と絶賛されている。

 2018年の平昌オリンピックに、男子フィギュアスケート選手として出場したアダム・リッポン。個人戦では振るわなかったが、団体戦では銅メダルを獲得した。同性愛者をカムアウトしている彼にはアンチも多いが、彼らにひどい言葉をかけられても怒らず、絶賛するファンに媚びることもなく、マイペースな姿に多くの人が興味を抱き、オリンピックが終わる頃にはすっかり人気者になっていた。

 オリンピック後は、アマチュア競技から引退。プロのスケーターとしてツアーに参加したり、コンペ番組やリアリティ番組に出演したりと大忙し。そんな彼が今年10月、自叙伝『Beautiful on the Outside』を発売した。米芸能誌「People」のインタビューでは、「アスリートの引退直後のことはあまり話題にならない。次の生活へ移行し、環境が一変することでうつになる人も多い。自分は恵まれているほうだけど、それでも大変だと感じる。本を書くことはセラピーになった」と、30歳の若さで自叙伝を出した理由を説明した。

 幼いころは「男子なのに、アイスホッケーではなくフィギュアスケートをやっているのか」といじめられたそうで、「4年生の時、『スケートをやってるなんてゲイだろ』と言われた時には、なんのことだか理解できなかった。でもクラスのみんなの前で侮辱されているのは理解できた。なんでそんなことされるのか、ゲイとはなんなのか、まったく知らなかったけれど」と回想。「自分は大好きなスケートを毎日していたから楽しかったけど、自分をからかった子たちを気の毒に感じて。スケート教室には理解し合える仲間がいたから、(いじめは)つらくなかった」という。

 選手としては繰り返し挫折しており、オリンピックをあきらめかけたことも何度もあったとか。それでも「自分のやってきたことは素晴らしいはず!」と思考を変えて乗り越えたそう。このようにポジティブかつウィットに富んでいる自叙伝だが、一方でこれまで明かされなかった“最悪な”元恋人について赤裸々につづられている。

 「People」のインタビューでは、「暴露しようと思ったわけじゃない」と前置きした上で、「この関係はやめたほうがいいとわかっているのに、恋人関係を続けている人は多いでしょう? 自分はそうならないと思っていたのに、一瞬にして『なんでこんな目に?』という状態になっていて呆然とした」「この交際でたくさんのことを学んだ。自分には価値があるんだって。例えば、モラハラやDVを受けても『仕方ない。自分も悪いから』と思う人がいるかもしれない。でも、相手から尊敬されずに交際するなんてダメ!」と、自分を大切にするよう呼びかけている。

 2012年2月にホテルの浴槽で溺死し、世界中に大きな衝撃を与えたホイットニー・ヒューストン。司法解剖の結果、入浴中にコカイン摂取の影響で心臓発作が起き、溺れ死んだ可能性が高いと発表された。この時、多くのファンから「あなたが彼女のそばにいれば、死ななかったのに!」と非難された女性がいた。その女性とは、ホイットニーが無名だった頃からの大親友で、同性愛関係をウワサされてきたロビン・クロフォード。00年にホイットニーの元を去ったといわれている元アシスタントだ。

 ロビンは現在フィットネス・トレーナーとして働いており、芸能事務所に勤める女性と同性婚し、養子を2人を育てながら穏やかに暮らしている。そんなロビンが長年の沈黙を破り、「ホィットニーに捧げる」自叙伝を執筆したのだ。

 11月に発売されたばかりの本作では、「19歳のときに地元のサマーキャンプで17歳だったホイットニーと出会い、すぐに恋に落ちた」「歌手として契約を結ぶ前、スキャンダルになるからと体の関係は終わらせた。だから肉体関係を持ったのは2年間だけ」「深い絆で結ばれていたため、互いに性的な関係がなくても構わないと思っていた」などと赤裸々に告白。

 ホイットニーの男性遍歴についても「キャリア初期に(ジャクソン5の)ジャーメイン・ジャクソンと付き合ったし、ロバート・デ・ニーロには口説かれたがなびかなかった」「ホイットニーはエディ・マーフィーに夢中だったが、彼はあまのじゃくな性格で、安定した交際にはならなかった」「でも(ホイットニーの夫)ボビー・ブラウンとの結婚式当日、エディから電話がかかってきて『結婚はやめろ』と言われた」などと暴露した。

 また、ホイットニーは自分と付き合い始めた当初から一緒にマリファナを吸っていたといい、彼女自身、コカインに手を出したのは14歳のときと言っていたそう。そして「やめられるけど、今はその時期じゃない」と、スターになってからもドラッグを続けていたという。これにより、「ボビーがホイットニーにドラッグを勧めて中毒者にさせた」というメディアにおける定説を覆した。

 その一方で、ボビーはホイットニーを心身共に支配していたDV男というウワサは真実だと断言し、「ボビーからのDVと薬物依存から抜け出すのは、ホイットニーの強い意志がなければできない。自分は彼女を救えないから、アシスタントを辞任したのだ」とつづった。

 ホイットニーの死の一因として、ツアーの過密スケジュールのせいで薬物依存が悪化したと報じられてきたが、彼女の死後、事務所側は「公演をたくさん入れたのは、彼女と娘が路頭に迷うことを回避するためだった」と説明したそう。それに対し、ロビンは「そうやって彼女にプレッシャーをかけたのね」と激怒し、事務所側とケンカしたとのこと。なお、ホイットニーの娘ボビー・クリスティナも、母の死後に薬物依存に陥り、15年1月、ホイットニーと同じように浴槽で意識を失っている状態で発見。意識を回復することなく、半年後に22歳の若さで死去している。

【セレブ自叙伝・衝撃の話題作ベスト5】ホイットニーとの同性愛、ダグラス家の闇……

 近年、海外セレブの間で何度目かの自叙伝ブームが到来している。「今だから明かせる秘話や暴露話」によって再び自身に注目が集まるきっかけになり、ベストセラーになれば「作家」という肩書や莫大な報酬も手に入る。セレブにとってはプラスになることばかりなのだ。

 9月には女優デミ・ムーアが初の自叙伝『Inside Out』を発売し、3番目の夫であるアシュトン・カッチャーから3Pを提案されたこと、42歳の時にアシュトンとの子を妊娠6カ月で亡くした過去を明かした。10月発売の歌手エルトン・ジョンの自叙伝『Me』も、「故ダイアナ妃をめぐる、シルベスター・スタローンとリチャード・ギアの一触即発の事態」「エリザベス女王が言うことをきかないおいを何回も往復ビンタした」ことなど、世界的大スターの彼が見聞きした話を次から次へと紹介し、話題騒然となった。

 今回は、“自叙伝の当たり年”である2019年に発売された、興味深いセレブの自叙伝を5冊紹介しよう。

ラマー・オドム『Darkness to Light』

 父親は家族を捨てたヘロイン中毒者で、女手ひとつで育ててくれた母親は12歳の時に大腸がんで死去という苦境の中で育った、元プロバスケットボール選手のラマー・オドム。NBAロサンゼルス・レイカーズ時代に全盛を極め、2004年のアテネオリンピックではアメリカ代表として銀メダル獲得に貢献した。プライベートでは、09年にカーダシアン姉妹の三女クロエと電撃婚。新婚生活がリアリティ番組として放送されたが、ラマーはカメラを嫌い、クロエとも不仲に。薬物に逃げ、浮気までウワサされるようになり、クロエから離婚を突きつけられた。そして、離婚成立直前の15年10月、ネバダ州の売春宿でオーバードーズにより意識不明の重体に。奇跡的に回復するが、再び薬物に手を出し、入院時からずっと支えてきたクロエに見捨てられる。その後、リハビリ施設に入って、ようやく薬断ちの道筋が見えるようになった。

 そんなラマーが今年5月に発売した『Darkness to Light』では、自分がどれほど重度な薬物依存症/セックス依存症だったかをつづっている。

 「クロエと結婚した当初から浮気していた。コカイン依存だったことも隠していた」といい、「(クロエとの結婚による)スポットライトが、薬物依存症、選手としてのキャリアの低迷、不貞行為と混じり合い、致命的なカクテルとなってしまった」と分析。そして、「自分は、妄想症、不安症、うつ病にコカイン中毒。それにセックス依存症でもあった」「薬物依存症の人間は、悪習慣を隠すのがとても上手。そんなオレに、クロエは見切りをつけたんだ」と離婚に至った経緯を明かした。クロエのことは心の底から愛していたそうで、「後悔で今でも胸が苦しくなる。でも後悔は慣れなければならないものだから。仕方ないね」。

 また本の中では、これまでセックスした女性の数は2,000人を超えると告白。「本当に多くのストリッパーと寝たから、正確な数は覚えていない。自分にとっては大したことではなかった。時々彼女たちにお金をあげたけど、軽く見たことは一度もない」といい、セックスはスナック菓子を食べるような感覚だと正直につづった。

 自叙伝執筆時はリハビリのおかげでクリーンだったが、「自分は今も依存症患者」「今も苦しんでいる。でももう闇のそばには行かない。絶対に」と、強い意志を持って薬物・セックス依存症に打ち勝つと宣言。彼は長らくクロエに未練を持っていたが、先日パーソナル・トレーナーの女性と婚約。ファンは、今度こそは幸せになってほしいと心から願っているようだ。

 名優カーク・ダグラスを祖父に、セクシーな演技派俳優マイケル・ダグラスを父に持ち、大豪邸で生まれ育ったキャメロン・ダグラス。両親の離婚後は映画プロデューサーの母親に育てられたが、祖父、父と同じく俳優の道を歩む決心をし、1997年にジャッキー・チェン主演の香港映画『ナイスガイ』で銀幕デビューを果たした。『グロムバーグ家の人々』(03)では祖父、父、祖母と共演して大きな話題となるも、待望の主演映画『National Lampoon’s Adam & Eve』(05)が大コケしてからは、薬物事件で繰り返し逮捕されるようになり、10年には違法薬物取引で禁錮5年の実刑判決を受けた。

 裁判では、カークとマイケル、継母で女優のキャサリン・ゼタ=ジョーンズも嘆願書を出し、薬物を断ち切れるよう応援されたキャメロンだったが、収監中にも薬物を使用し、仮釈放は16年1月まで延びた。その後もマリファナ所持などトラブルを起こしているが、今はかなり落ち着いたとみられている。

 そんなキャメロンが今年10月、自叙伝『Long Way Home』を出版。セレブ一族の3世として生まれ、何不自由なく育った彼がどのように転落していったのかが、生々しく描かれている。

 「幼少期、父から『葉っぱを紙に巻いて、おじさんに渡しなさい』と言われて、お手伝いしていた。まだ小さかったから、それがマリファナだとは知らなかった」「もう少し大きくなると、近所の邸宅をのぞき見して、“美しい大人たちがやっている秘密のアレコレ”を目の当たりにするようになった」「7歳の時に母親から父が浮気していると告げられ、『どうしよう』と相談された」などと、映画に出てくるような非日常的な話をサラッと明かしている。

 さらには、「両親が離婚し、13歳で寄宿学校に入れられ、ホームシックに」「父のエロティックな映画(87年公開の『危険な情事』)が大ヒットしたことでいじめられた」など、悲しい思春期についても告白。寄宿学校でマリファナに手を出したキャメロンは退学処分となり、地元で悪い仲間とつるむように。「15歳でコカイン、17歳で覚醒剤、19歳で液状コカイン、26歳でヘロインに手を出すようになった」そう。彼の人生は、覚醒を溶かし、注射器で血管に打つやり方を覚えたことで大きく狂ったそうで、「打った途端、クスリが体中に回る。頭の中で鐘の音が鳴り響くような興奮と爽快感がある」と説明。その結果、1時間に2、3回打つほどの中毒者となり、痙攣を起こしながら毎回オーバードーズ寸前まで打っていたという。マイケルが「このままだと死んでしまう」と小遣いを制限したため、薬物を買うために盗みを働いたり、売人を拳銃で脅して薬物を奪ったり。最終的に売人となり、09年に逮捕された。

 薬物依存に陥ったことについて、「偉大な父・祖父の存在や、ハリウッドの重圧は関係ないし、環境のせいでもない。自分自身の問題」と断言している。キャメロンは、今も薬物断ちに励んでいる状態。17年12月に生まれた娘のためにも、そして交際3年目になる恋人のためにも、もう刑務所には戻らないと誓っている。

 1970年代にパンクロックバンド「ブロンディ」の美女ボーカリストとして、世界的な人気を博したデボラ。その小悪魔的な魅力は音楽業界だけでなくファッションやアート業界も席巻し、ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルが彼女のルックスにほれ、肖像画を手がけたことは有名だ。

 デボラは、バンドのギタリスト、クリス・ステインと長年交際。共に重度の薬物依存症という状態で、荒れた私生活を送ってきたという。ブロンディは82年に解散後するも97年に再結成し、デボラは70歳を越えた現在も、歌手、アーティスト、慈善家として活動している。

 10月に発売した自叙伝『Face It』では、ブロンディの絶頂期の音楽業界についても書かれている。

 77年、故デヴィッド・ボウイにコカインをあげたときには、お礼のつもりだったのか、「イチモツを見せてくれた」そう。「彼は超巨根で、男でも女でも構わず下半身を見せるのが好きだった。おもしろくて、かわいくて、セクシーな人だった」と回想。現在、殺人罪で服役している音楽プロデューサー、フィル・スペクターの自宅を訪問した時は、「片手に拳銃、もう片方の手には酒のボトルを持っていた」そうで、恐怖を感じたと暴露した。

 ロックな生活は楽しいことばかりではなく、クリスとヘロインにどっぷり浸かり自己破産したこと、70年代初めにライブの後、クリスとアパートに戻る際に後をつけてきた男に刃物で脅され、縛られ、ギターやカメラを盗まれた上にレイプされたという。ギターを盗まれたことのほうがショックだったそうだが、クリスに慰めてもらったから精神的に立ち直れたと明かした。ほかにも、元恋人に拳銃で脅されたり、後に死刑となった連続殺人鬼テッド・バンディの車に偶然ヒッチハイクをしていて乗り込んだりと、散々危ない目に遭ってきたそう。

 それでも、自叙伝のプロモーション・インタビューで「後悔していることは?」と聞かれ、「何もない」と即答。そんな彼女の姿は「70歳を過ぎても最高にかっこいい」と絶賛されている。

 2018年の平昌オリンピックに、男子フィギュアスケート選手として出場したアダム・リッポン。個人戦では振るわなかったが、団体戦では銅メダルを獲得した。同性愛者をカムアウトしている彼にはアンチも多いが、彼らにひどい言葉をかけられても怒らず、絶賛するファンに媚びることもなく、マイペースな姿に多くの人が興味を抱き、オリンピックが終わる頃にはすっかり人気者になっていた。

 オリンピック後は、アマチュア競技から引退。プロのスケーターとしてツアーに参加したり、コンペ番組やリアリティ番組に出演したりと大忙し。そんな彼が今年10月、自叙伝『Beautiful on the Outside』を発売した。米芸能誌「People」のインタビューでは、「アスリートの引退直後のことはあまり話題にならない。次の生活へ移行し、環境が一変することでうつになる人も多い。自分は恵まれているほうだけど、それでも大変だと感じる。本を書くことはセラピーになった」と、30歳の若さで自叙伝を出した理由を説明した。

 幼いころは「男子なのに、アイスホッケーではなくフィギュアスケートをやっているのか」といじめられたそうで、「4年生の時、『スケートをやってるなんてゲイだろ』と言われた時には、なんのことだか理解できなかった。でもクラスのみんなの前で侮辱されているのは理解できた。なんでそんなことされるのか、ゲイとはなんなのか、まったく知らなかったけれど」と回想。「自分は大好きなスケートを毎日していたから楽しかったけど、自分をからかった子たちを気の毒に感じて。スケート教室には理解し合える仲間がいたから、(いじめは)つらくなかった」という。

 選手としては繰り返し挫折しており、オリンピックをあきらめかけたことも何度もあったとか。それでも「自分のやってきたことは素晴らしいはず!」と思考を変えて乗り越えたそう。このようにポジティブかつウィットに富んでいる自叙伝だが、一方でこれまで明かされなかった“最悪な”元恋人について赤裸々につづられている。

 「People」のインタビューでは、「暴露しようと思ったわけじゃない」と前置きした上で、「この関係はやめたほうがいいとわかっているのに、恋人関係を続けている人は多いでしょう? 自分はそうならないと思っていたのに、一瞬にして『なんでこんな目に?』という状態になっていて呆然とした」「この交際でたくさんのことを学んだ。自分には価値があるんだって。例えば、モラハラやDVを受けても『仕方ない。自分も悪いから』と思う人がいるかもしれない。でも、相手から尊敬されずに交際するなんてダメ!」と、自分を大切にするよう呼びかけている。

 2012年2月にホテルの浴槽で溺死し、世界中に大きな衝撃を与えたホイットニー・ヒューストン。司法解剖の結果、入浴中にコカイン摂取の影響で心臓発作が起き、溺れ死んだ可能性が高いと発表された。この時、多くのファンから「あなたが彼女のそばにいれば、死ななかったのに!」と非難された女性がいた。その女性とは、ホイットニーが無名だった頃からの大親友で、同性愛関係をウワサされてきたロビン・クロフォード。00年にホイットニーの元を去ったといわれている元アシスタントだ。

 ロビンは現在フィットネス・トレーナーとして働いており、芸能事務所に勤める女性と同性婚し、養子を2人を育てながら穏やかに暮らしている。そんなロビンが長年の沈黙を破り、「ホィットニーに捧げる」自叙伝を執筆したのだ。

 11月に発売されたばかりの本作では、「19歳のときに地元のサマーキャンプで17歳だったホイットニーと出会い、すぐに恋に落ちた」「歌手として契約を結ぶ前、スキャンダルになるからと体の関係は終わらせた。だから肉体関係を持ったのは2年間だけ」「深い絆で結ばれていたため、互いに性的な関係がなくても構わないと思っていた」などと赤裸々に告白。

 ホイットニーの男性遍歴についても「キャリア初期に(ジャクソン5の)ジャーメイン・ジャクソンと付き合ったし、ロバート・デ・ニーロには口説かれたがなびかなかった」「ホイットニーはエディ・マーフィーに夢中だったが、彼はあまのじゃくな性格で、安定した交際にはならなかった」「でも(ホイットニーの夫)ボビー・ブラウンとの結婚式当日、エディから電話がかかってきて『結婚はやめろ』と言われた」などと暴露した。

 また、ホイットニーは自分と付き合い始めた当初から一緒にマリファナを吸っていたといい、彼女自身、コカインに手を出したのは14歳のときと言っていたそう。そして「やめられるけど、今はその時期じゃない」と、スターになってからもドラッグを続けていたという。これにより、「ボビーがホイットニーにドラッグを勧めて中毒者にさせた」というメディアにおける定説を覆した。

 その一方で、ボビーはホイットニーを心身共に支配していたDV男というウワサは真実だと断言し、「ボビーからのDVと薬物依存から抜け出すのは、ホイットニーの強い意志がなければできない。自分は彼女を救えないから、アシスタントを辞任したのだ」とつづった。

 ホイットニーの死の一因として、ツアーの過密スケジュールのせいで薬物依存が悪化したと報じられてきたが、彼女の死後、事務所側は「公演をたくさん入れたのは、彼女と娘が路頭に迷うことを回避するためだった」と説明したそう。それに対し、ロビンは「そうやって彼女にプレッシャーをかけたのね」と激怒し、事務所側とケンカしたとのこと。なお、ホイットニーの娘ボビー・クリスティナも、母の死後に薬物依存に陥り、15年1月、ホイットニーと同じように浴槽で意識を失っている状態で発見。意識を回復することなく、半年後に22歳の若さで死去している。

ヤクザ業界大激震! 「ヒットマンは大親分」の衝撃――元極妻が考える今後の山口組抗争その3

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

組長が銃撃の実行犯として逮捕

 びっくりしましたねー。山健組のトップが銃撃の実行犯として逮捕されました。神戸山口組の若頭代行で、その中核組織である五代目山健組を率いる中田浩司組長です。報道によりますと、中田組長は12月3日、対立する六代目山口組傘下の弘道会系の組員を銃撃したとして殺人未遂などの容疑で兵庫県警に逮捕されています。今年の8月に、弘道会関連施設の前で弘道会関係者が撃たれて全治3カ月のけがをしているのですが、その時の現場の監視カメラの映像で中田組長と特定されたようです。

 田岡一雄三代目の大側近だったヤマケンこと山本健一親分が設立した山健組といえば、山口組の中でも名門で、五代目山口組の渡邉芳則組長ほかそうそうたる親分衆を輩出しています。その山健のスローガンといえば、「団結、沈黙、報復」なのですが、「最近は『報復』がない」「むしろ何を企んでるのかわからなくて怖い」と言われていたようです。

 でも、今は重罰化が進んでいて、そう簡単にカエシ(報復)もできないのが現実です。以前であれば、実行犯が自首すれば「だいたいOK」(例外もあります)でしたが、今は実行犯以外の幹部による殺人教唆などの逮捕が懸念されています。工藤會は、これで総裁も会長も逮捕されてしまいましたが、幹部不在だと組織の運営も厳しいですもんね。

 そういう中での神戸山口組の大幹部の中田組長の逮捕ですから、実話誌的には「ヤクザ業界大激震!」といったところでしょうか。この銃撃事件は、やっぱり4月に山健組の與(あたえ)則和若頭が弘道会系の組員に刺されたことが原因だといわれています。

 何度か書かせていただいてますが、若頭といえば事実上のナンバー2です。與若頭も生命こそ取り留めましたが、これで「カエシなし」はあり得ないでしょう。今までも何度か山健組と弘道会との事件は起こっていますが、これはかなり衝撃的でした。

 オットの兄弟分たちは、「さすが中田さんは俠(おとこ)!」「やっぱりヤクザはカエシをしてナンボやな!」と激賞していますが、「若頭代行が不在だと、組織の運営はどうなるのか……」と心配する声もあります。中田組長は、それでもカエシを選んだのですね。なんか映画になりそうです。

 実は、今回の中田組長逮捕の原因となった8月の銃撃事件の前月の定例会での中田組長の発言が気になっていました。この席で中田組長が、全直参を前に「たとえ一人になろうとも、山健組に残る」と宣言したそうです。翌月の銃撃を胸に秘めておられたのでしょうか。

 この記事を見た時、「ああ、やっぱり神戸山口組も厳しいんだなー」と思いましたね。もともと暴排の影響でシノギはきついし、2015年8月の山口組の分裂と神戸山口組の設立から、六代目山口組は出て行った関係者たちの「呼び戻し作戦」に力を入れていると聞いています。

 11月27日に射殺された神戸山口組の幹部で三代目古川組の古川恵一総裁も、神戸山口組への移籍が批判されていたと聞いています。30日には、古川総裁のお通夜が尼崎市内の斎場で営まれたそうですが、中田組長も逮捕前に列席できてよかったと思います。

 古川総裁の街中での射殺もあって、ますますヤクザへの締め付けは厳しくなるでしょうね。締め付けたところで、「本当のワル」はしっかり生き残る気がしますが、いかがでしょうか。