沢尻エリカ、最強の弁護団で不起訴に? 19年はマトリに組対5課がボロ負けで焦りも⁉

 どんな展開を迎えるのか、いまだ不透明な状況だ。

 合成麻薬MDMAを所持した疑いで逮捕された女優・沢尻エリカ容疑者の事件で、東京地裁は検察側の求めに応じ、12月6日までの10日間の勾留延長を認める決定を下した。

「これまでの供述では『10年以上前から大麻やMDMA、LSD、コカインを使用していました』と違法薬物の使用を認めている沢尻ですが、尿鑑定の結果はシロ。クローゼットにあった薬物も『預かったもの』と言われてしまえばそれまで。毛髪鑑定が残されているものの、不起訴になる可能性が高まってきています」(芸能記者)

 沢尻容疑者を逮捕したのは“組対5課”こと「警視庁組織犯罪対策5課。これだけ世間に衝撃を与える大ニュースにしておいて、不起訴となればとんだ赤っ恥になるが……。

「沢尻の『自供』の詳細がメディアに漏れているのは、彼女が“完落ち”したように見せたいから。公判を維持できる材料があるのであれば、普通は不利にならないよう情報は出しません。今年は犬猿の仲である“マトリ”こと『厚労省地方厚生局麻薬取締部』がピエール瀧や元KAT-TUNの田口淳之介を検挙し、注目を集めていたから、その焦りもあるのでしょう」(芸能ジャーナリスト)

 そんな状況のなか、所属事務所であるエイベックスが沢尻容疑者に付けた主任弁護人は、『無罪請負人』弘中惇一郎弁護士とタッグを組んできた河津博史弁護士だ。

「郵便不正事件で、厚生労働省の村木厚子元事務次官の無罪を勝ち取ったほか、日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告の主任弁護士も務めている若手の敏腕です。逮捕を受けて沢尻容疑者には10億円とも言われる損害賠償金が発生すると予想されており、エイベックスとしてはそれを会社が払うことだけはなんとしても避けたい。沢尻容疑者が『逆転無罪』のシナリオを伝授されれば、風向きは大きく変わりそうです」(前出・芸能ジャーナリスト)

 メディアの前に登場するのは、12月9日頃と言われている沢尻容疑者。仮に不起訴だとしても芸能界への復帰は難しそうだが、果たして彼女の口から何が語られるのだろうか。

周防正行最新作、成田凌が“七色の声を持つ天才”を演じる『カツベン!』鑑賞券プレゼント

 
 成田凌が初主演を務める映画『カツベン!』が、12月13日より全国公開されます! メガホンを取るのは『シコふんじゃった。』『Shall we ダンス?』『それでもボクはやってない』など数々のヒット作を手掛けた周防正行監督で、本作は5年ぶりの最新作。映画(活動写真)がサイレントでモノクロが主流だった大正時代を舞台に、「活動弁士」(無声映画の解説者)を目指す青年と、日本映画の未来を夢見る人々の奮闘をコミカルに描いた作品です。一体どのような内容となっているのでしょうか。早速あらすじを見てきましょう!

 一流の活動弁士を目指している染谷俊太郎(成田凌)は、その夢を安田虎夫(音尾琢真)ら悪い仲間に利用されて、盗人の片棒を担ぐ日々を送っていた。ちょうどその頃、隣町の映画館「靑木館」に流れ着く。ライバル映画館に、客も人材も取られて閑古鳥の鳴く靑木館で、「今度こそ本物の活動弁士になる!」と意気込む俊太郎だったが、待っていたのは「人使いの荒い館主夫婦」「傲慢で自信過剰な弁士」「酔っぱらってばかりの弁士」「気難しい職人気質な映写技師」といったクセ者ばかり。雑用ばかり任される俊太郎の前に、大金を狙う泥棒、泥棒とニセ活動弁士を追う警察、そして幼なじみの初恋相手が現れる。夢を追うどころか、人生最大のピンチに……。

 七色の声を持つ天才的な活動弁士・俊太郎役を射止めた成田ですが、「声」にまつわる壮絶なオーディションを勝ち抜いたとのこと。ヒロインには若手注目女優の黒島結菜が選ばれ、永瀬正敏や高良健吾、池松壮亮、井上真央、竹野内豊など豪華出演者が脇を固めます。

 今回は、映画『カツベン!』の鑑賞券を3名の方にプレゼント。「あのクソ生意気そうなメンノンモデルの子が、映画初主演!?」と、おばのような気持ちをくすぐられているサイ女読者の皆さま、ぜひ奮ってご応募ください。お待ちしております!

※12月9日正午〆

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【五所純子/ドラッグ・フェミニズム】売春婦かつ女衒だった少女・和日子と雛子にただよう覚醒剤の幻

――覚醒剤、コカイン、大麻、向精神薬……クスリに溺れる女たちを嗤うのはたやすい。だが、彼女らの声に耳を澄ませば、セックスやジェンダーをめぐる社会の歪みが見えてくる。これは、文筆家・五所純子による“女とドラッグ”のルポであり、まったく新しい女性論である。

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中学時代、雛子は援デリのビジネスを取り仕切ったが、卒業後はレディースの一員に。(写真/草野庸子)

 20歳の和日子と雛子はたがいを“古い友達”と紹介した。“親友”という言葉をそれとなく避けた。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、ともに過ごした日々はあまりに濃い。けれど、ふたりはそれを紐帯としない。親友、家族、兄弟、姉妹、マイメン、シスター、ソウルメイト、スパダチ、いくらでも言えそうなのに、ふたりして割り切ろうとする。含羞というには心が刺々しく、冷淡というには記憶が密々と絡みすぎている。

「きっかけは和日子」

「雛子がいなかったらクスリやってない。あの子はなんでもやる子だから」

 和日子と雛子はひとつの町に生まれ育った。再開発で高級住宅街のイメージに塗り替えられつつあるが、地名を聞けば“ガラの悪い町”と誰もが口をそろえる。「どっちにしろグレる気がしてた」「大学生とか見たことなかったし」「悪い見本しかなくて」「エグいことばっかで、記憶がちょいちょい潰れてる」。仕事帰りの和日子の瞼は重く、喘息もちの雛子はしきりに咳をする。

 工場の物流ラインで働く和日子の日々は規則正しい。平日は朝から夜まで働いて、週末が休息日。「毎日行くところがあるっていうのが支えです。けど、疲れきってくるとクスリを思い出してしまう。怖い」。雛子は露出度の高い衣装と淫猥なポーズで撮影されるモデル、いわゆる着エロの仕事を不定期で請ける。「15歳からやってるから、これが普通のグラビアだと思ってた。体見せるのは抵抗ない。他の仕事につながるかもしれないし、使える武器は使っとけって。クスリなんてもうやんないよ、くだらない」

 親のこと、家のこと、学校のこと、出会いのこと、遊びのこと、お金のこと、恋愛のこと、話の起点はいくらでもある。「クスリの話だよね」と取り仕切ったのは雛子だった。

「自分から手を出す奴なんていない。きっかけは必ず他人。最初は13歳のときに脱法ハーブ【註1】。あの頃は合法だったし安かったし、ウチらの町には“パイプ屋”も多かったから」

「駅前で遊んでたら男がナンパするのに持ってくる。遅かれ早かれクスリには出会ってた。そういう環境です」

「グレたのは中学のとき。よくある話だよ。弱い子をかばったら先輩とぶつかった。喧嘩したら仲間になった。不良のほうが正義感も仲間意識も強いって、当時は思ってた。援デリ【註2】始めたのは和日子が先だね」

「うん、13歳のとき。女の先輩から言われて、業者がまとめてるグループに入りました。先輩には逆らえないです。女の子を紹介すると業者から1~2万円もらえて、私はたくさん紹介したから、もう抜けさせてよって思ってました。雛子を紹介したのは私です」

「そう。客が払うのは1・5~2万円。ウチらがもらえるのは半分で……」

 あれ、金もったいなくね? なんで中抜きされてんの? これ自分でできるくない? そう気づいた雛子は援デリ業者の仕組みを覚え、みずから派遣型売春ビジネスを始める。14歳だった。

「ネットで適当な顔写真を拾って偽造免許証をつくって、それを女の子たちのプロフにでっちあげて、comm、ワクワク、Pメールとか出会い系に書き込んでた。地元にプロの偽造屋みたいなのがいたんだよね、もう飛んじゃっていないけど。1人2万で売れたら1万を私がもらう。1・5万だったら5000、7500はしょうがないから2500。ゴムあり厳守で。7万とか払う客のときは自分で売ってた」

 搾取される売春婦から、搾取する女衒へ。あるいは女子たちの互助会のような組織だったのか。

「お金がない子はいっぱいいた。『お金欲しいんだけど』ってよく相談されたし、『困ったら言ってよ』って私も声かけてた、優しい感じでね。儲けたお金でみんなに奢ったりもして」

「あのときはみんな仲よかったね。いまは連絡とってないけど」

 危ない目に遭わなかったかと問われると、ふたりは対照的な反応をした。雛子はかちんと否定する。和日子はすとんと肯定する。

「やり逃げとかほぼなかったですよ。徹底してお金取ってたし」

「私は殴られたことある。中出しされたこともあります」

「まぁ、出会い系はなかったけど、ひまトークみたいなチャットだとオラオラ系が出てきて、『追加5万で動画撮らせて』とか。渡された封筒をあとで見たら、新聞紙が入ってたことはある」

「雛子がひとりで仕切ってるって知らない子が多かったよね。いまでもわかってないんじゃないかな。私も微妙」

「ウチのバックにヤクザがついてるって、女の子たちは思ってたね。まわりの男子は、女子たちがちょっと援交やってるだけでしょって思ってた。だから女の子と揉めることもなかったし、男にビジネスを妨害されることもなかった。私、そういう賢さだけはあったから。男だったら最初は本職の使いっ走りで、気づいたら組織に入れられて、そんなのばっか。使われて終わりたくないでしょ」

「なんで雛子はビジネスやめたん?」

「わかんない。ダルくなったっていうか、気分? ウチのあとに真似して始めた子がいたけど、ダメだったよね」

 後人に、次代に、妹に、ノウハウが伝授されることはなかった。

「ウチの得にならないし。男は武勇伝になるかもだけど、女は悪い噂ふりまかれて足引っ張られるだけ。人に知られたら困る過去、だよ」

 雛子がそう言うと、和日子はわずかに顔を横に向けた。たがいに腹の奥までは探り合わずに保っている何かがある。経営者の才覚と、私利私欲の動機と、セーフティネットの側面と、私はどれから顔を背けたか。

 みんなどうしてるだろうね。ばらばらに散った彼女たち。もともと束になどなっていなかった子どもたち。

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メルカリで「悪い」評価を避ける方法 失敗例と簡単にできる対策!

 メルカリで「悪い」と評価されてしまったこと、ありますか?

 「悪い」評価をされると、落ち込みます。お酒の席で、よかれと思って余計な一言を発してしまった翌日の朝くらい、落ち込みます。

 というわけで今回は、わたしがどんな理由で「悪い」と評価されてしまったか、その事例と、どうすれば「悪い」評価を避けることができたのか? の対策を書いていきます。

フリマアプリの「評価」とは…?
 そもそも「評価」とは、いったい何なのか? メルカリを始めフリマアプリでの取引は、最後の「評価」をもって、終了となります。購入者、出品者の双方が、取引の際の相手の印象や、届いた商品の状態などをもとに、「良い」「普通」「悪い」の3段階の評価をつけるのです。(※1)

 この評価は、商品を購入する際の判断材料のひとつになります。当然「良い」評価が多い出品者は信頼でき、「悪い」評価が多い出品者とは、あまり取引をしたくない、と感じる方が多いと思います。

 また1度ついてしまった「悪い」評価は、消すことができません。フリマアプリでは、複数のアカウントを持つことができないので、一生消えない「悪い」の傷が残ってしまうのです。

 「悪い」評価がついてしまった後に、「違うんだよ! これは、アレコレこういう事情があって……」と言い訳したくても、なすすべもなく。ただただ落ち込むのみなのです。

 では、改めて、わたしの取引の中から、付いてしまった数少ない「悪い」にまつわる体験談と、できたかもしれない対策をお届けします。

悪い評価が付いた例 パターン1「匂い」
【購入者からの評価】
商品から刺激臭がしました。

【出品者からの言い訳】
 梱包前に、よかれと思って、商品をアルコール除菌シートで拭いたことが、匂いの原因と思われます。わたしは、匂いに極めて鈍感なので、気付くことができませんでした。

【こうすればよかった!対策】
 発送したことを知らせる際に、取引メッセージで「梱包前に、アルコール除菌シートで、商品を拭いたので、多少匂いが残っているかもしれません。」と送っておけば、ていねいに除菌してくれたのか? と、逆に「良い」評価になったかもしれません。

 後悔先に立たずとは、このことです。

悪い評価が付いた例 パターン2「不良品?」
【購入者からの評価】
何度やっても正常に動作しません。

【出品者からのいいわけ】
 こちらは、カードを入れて読み込む、子ども用の知育玩具に対して、ついてしまった「悪い」評価です。こちらの商品は、元々購入時からカードの情報をうまく読み取れないことが多々あったため、わたし自身もメーカーに問い合わせたことがありました。

 ですので、商品紹介ページには「元々接触が良くなく、カードが読み取れないことがあるので、難ありということで、相場より安く出品します。」と、注意書きをしておいたのですが…。

【こうすればよかった!対策】
 商品紹介ページを、ちゃんと読んでくださる方もいれば、あまり読まずに購入される方もいます。購入いただいた後に改めて、取引メッセージで「商品紹介ページにも書きましたが、元々接触が良くなく…(以下略)」と送っておけば、「悪い」評価は避けられたのか? どうなのか?

 今更悔やんだところで、あとの祭りです。

悪い評価が付いた例パターン3「髪の毛?」
【購入者からの評価】
髪の毛のかたまりが入っていました。

【出品者からのいいわけ】
 こちらは、使わずにしまってあった、毛糸をまとめて出品した時のことです。ついてしまった「悪い」評価を見て、「梱包の際に何度も確認したのに、そんなわけない!」と思った後、ふと思い出しました。

 大量の毛糸の中に、ぱっと見髪の毛と見間違えてしまうような、極めて細い黒の毛糸があったことを……。もしかしたら、購入された方は、見た瞬間「わっ! 髪の毛」と思い、そのままゴミ箱に? などと想像しつつも、大変申し訳ない気持ちになりました。

【こうすればよかった! 対策】
 こちらも、取引メッセージで事前に「ぱっと見髪の毛と見間違えるような、細い黒い毛糸があります。」と送っておけばよかったのでしょうか。いや、そんなメッセージを送ったら、受け取った側に、逆に「めんどくさいやつなんじゃ?」と思われかねない、そんな気もします。

 転ばぬ先の杖が、良い方向に働くとも限りません。

悪い評価が付いた例パターン4「思ったより…」
【購入者からの評価】
思ったより大きかったです。

【出品者からのいいわけ】
 商品紹介ページに、商品のサイズは細かく書いておいたので、こればっかりは「知らんがな」です。十人十色、世の中には、いろいろな人がいるものです。

「悪い」評価を避けるために…
 わたしに限らず、「悪い」評価のコメントで、よく見かけるのが「傷や汚れ」「髪の毛」「匂い」です。特に洋服などの場合をは多く、出品をする際は以下の点に気を付けてみてください。

・傷や汚れは隠さず、写真に撮ってUPすること。面倒な場合は「〇回以上着た中古品ですので、傷や汚れの見落としがあるかもしれません!」など、正直に書くこと。
・梱包の前に、必ずコロコロをかけること、ポケットの中なども確認すること。
・世の中には匂いに極めて敏感な人がいると意識すること。
 やった! 売れた! からの、突然の「悪い」評価で、ムダに落ち込まないためにも、できる限りの対策を! どこまですればいいのやら、ですが。

※1 PayPayフリマでは、購入者側からの評価のみ

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前田敦子が3年ぶりに生歌披露…過去にはあの歌手とのデュエットで「放送事故」も

 元AKB48で女優の前田敦子が、11月28日に行われた日本マクドナルドによる『グラコロCMアニメ化試写会&商品発表会』に出席。その中で、CMソングを即興で歌うシーンがあり、前田本人も生歌を披露するのは3~4年ぶりだと不安がっていた。

「3年前にラゾーナ川崎で行われたアルバム発売イベントでも彼女の生歌を聞いたことがありますが、広い野外でもよく通るきれいな声で、会場のお客さんからは大歓声が上がっていました。今回のイベントでも、美声は昔と変わらず。アカペラで見事に歌い上げていて、お見事でした」(芸能記者)

 しかし、そんな前田といえば、過去に番組で生歌を披露した際には「放送事故」レベルの醜態をさらしたこともあったという。

「2015年に『水曜歌謡祭』(フジテレビ系)で、太田裕美の名曲『木綿のハンカチーフ』を本人と一緒に歌った時のことです。喉の調子が悪かったのか声がかすれていて、音程も外れまくっていた。視聴者からは『あっちゃん、声出てない』『放送事故だろこれ』などと辛らつな声が飛び交い、太田との歌唱力の差を露呈させていました」(エンタメ誌ライター)

 そのときのトラウマから前田も生歌に不安を感じていたのかもしれないが、今回は無事に大成功。女性ファンと一緒にグラコロを頬張るなど、終始笑顔溢れる時間となったようだ。

加藤紗里が豊胸疑惑に言及! 男にバストを触らせながら明かした意外な秘密とは?

 かつて炎上系キャラでブレイクしたモデルの加藤紗里が11月28日、自身のブログを更新。狩野英孝との二股騒動が発覚して以来、世間から騒がれていた「豊胸疑惑」に言及した。

 彼女は「豊胸豊胸偽乳偽乳ゆわれすぎて、、、」と、男性からバストをツンツン触られる動画を投稿。そして、驚くべき秘密を明かしたという。

「なんと、彼女が大きなバストの育乳に成功したのは、鹿児島産うなぎを毎日まるまる一匹食べているからだそうです。昔からうなぎは精がつくと言われてい流ので、あながちウソとは言い切れませんが……」

 こう話すのは、狩野英孝との騒動から加藤紗里を追いかけてきた芸能記者。さらにこう続ける。

「同じ内容を投稿した加藤のインスタグラムには、タレントのフィフィから『さすがです。』とのコメントも見られ、芸能界からも注目されているようです。肝心の豊胸疑惑についてですが、以前、バラエティー番組で高須クリニックの高須克弥院長が彼女のバストを触診し、『本物です!』と断言したこともある。また、狩野との騒動が起こる前のブログの画像を遡って見ると、どの写真も大きなバストが目立ちますから、本物である可能性が高いでしょう」

 加藤のブログを見た女性ファンが殺到し、大量のうなぎが売り場から消える日が来るかもしれない。

「ダラダラするだけの休日」に罪悪感……「風呂に入りなさい」プウ美ねえさんが助言

家族関係、恋愛、夫婦関係、仕事、結婚、介護、人生……サイ女読者のお悩みに“プウ美ねえさん”こと熊田プウ助が、いつもそばに置いておきたい“エプロンメモ”とともに回答します。

<今回のお悩み>
「無理にでも外へ出かけるべきなのでしょうか」
 会社が休みの日、何もしないまま過ごしてしまうことがあります。昼過ぎに起きて、コンビニへ食べるものを買いに行き、テレビを見ながらダラダラして、眠くなったら寝る……そうこうしているうちに、夜になり、「明日からまた仕事だ」と思うと、途方もない罪悪感に苛まれるのです。だったら、無理にでも外に出かけるべきなのでしょうか。それとも、罪悪感を覚えること自体が間違っているのでしょうか。プウ美ねえさんはどう思いますか(はなさん、30歳)

【プウ美ねえさんの回答】
 貴重な自由時間を無為にすごしたという罪悪感でしょうか。時間的、体力的にハードなお仕事をしていると、休みの日は自然に活動的な気分転換をしたくなるというはなしも聞きます。おねえさんには想像もできません。もしかしたら、貴女もそんなにはつらくないお仕事をされていて、そこそこ毎日を楽しんでおられるのではないでしょうか。そうであれば、そのままでよい気もするのです。

 お悩みというのは主観的なもので、「もっとつらいひとのことを考えてみなさい」という回答はするのもされるのも好きではありませんが、あえてちょっとだけ。ほんとうに激務で、休日は寝るだけで精一杯、という状態を想像してはいかがでしょうか。とくに体の不調もなく、コンビニでの買い物やテレビ鑑賞を楽しめることが大変プレシャスに感じられますよ。また、無理をして買い物や旅行やセックスをしてもむなしく、反動が来やすいものです。何もせずゆるやかに過ごせるあなたは、ぐっと大人らしく落ち着いています。あなたが男性でタイプだったらおねえさんは寄り添って過ごしたいものです。

 おねえさんも、おつとめしていたことがあります。平日と休日で気持ちの切り替えを強要されるかんじが苦手でした。いまやどれだけ寝つづけても、どれだけダラダラしてもなにも感じません。そもそも罪の意識を感じたからといって、喜ぶひとはいないのです。それよりも早く仕事を上げろと編集者さんが言うだけです。

【今月のエプロンメモ】
もしも手っとりばやく休みの手応えを感じたかったら、風呂に入りなさい。湯をためて長風呂するのです。銭湯へ行ってもよろしい。そしてマッサージを受けなさい。ごくごく簡単に、休みを満喫したという実感がもてます。

熊田プウ助(くまだ・ぷうすけ)
1969年生まれ、ゲイ漫画家。都内でひっそりと飼い猫と暮らす日々を描いたエッセイマンガ『世界でヤろう!! おひとりホモ☆』(ぶんか社)、『世界一周ホモのたび 狂』(同)、『TOKYO中年駄ホモ生活』(同)など。

<お悩み大募集>
サイゾーウーマン読者の皆さんから、プウ美ねえさんに相談したいお悩みを募集しています。下記フォームよりご応募ください。

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【セレブの「オーマイゴッド!」な瞬間】テイラー・スウィフト、セレーナ・ゴメスほか7連発!

 世界中にファンがいるセレブスターたち。普段は歓声を浴びている側の彼ら・彼女たちにも、当然、小さいころからの憧れの人がいる。売れっ子となっても、その気持ちは変わらぬまま。憧れていたセレブを目の前にすると、うれしさと興奮のあまり、普段は決して見せない“素の自分”に戻ってしまうのだ。今回はそんな、“憧れの人に会ったセレブたち”のリアクションを紹介しよう。

ブランディ<憧れのスター:ホイットニー・ヒューストン>

 
 
 
 
 
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 1990年代後半にアメリカで大ヒットしたテレビコメディ『モエシャ』で、国民的子役となったブランディ。彼女の憧れのスターは、ホイットニーだった。

 2人は、95年の子どもの祭典『キッズ・チョイス・アワード』でパフォーマンスすることに。ブランディは、リハーサルでホイットニーを待ち伏せ。「優しい人かな。私のこと、好きになってくれるといいけどなぁ」と緊張している彼女に、ホイットニーは気さくに「ハ~イ! ベイビー・ガール!」と声をかけた。実際にホイットニーを目の前にしたブランディは、思わず「きゃ~」と叫び泣きながら逃げてしまう。ホイットニーは「何やってんの! 逃げないで! 泣かないでよ!」と両手を広げて迎え入れながらブランディをハグ。彼女はずっと憧れていたホイットニーに「がんばってるのね」と涙を拭いてもらい、大感激していた。

 ブランディはその後、ホイットニーと母娘のような絆を築き、テレビ映画『シンデレラ』(97)でも共演。ホイットニーは晩年、ブランディの弟レイ・Jと交際するなど縁深い関係にあった。ブランディは、憧れのホイットニーからもらった最後の言葉が「誰もあなたになれない。あなたらしくいることよ」だったと明かしている。

ブリトニー・スピアーズ<憧れのスター:ブラッド・ピット>

 アイドルとして人気絶頂だった2004年に自宅でインタビューを受けた際、インタビュアーに立派なフォトフレームに入れたブラッドとのツーショット写真を発見されてしまったブリトニー。インタビュアーに「まだ彼のこと好きなの?」と聞かれると、「まだまだ続いているわ。ちょっと、それ見せないでよ!」とめちゃくちゃ照れていた。

 それから10年以上たった15年、イギリスの朝のトーク番組に出演したブリトニーは「私が一番ノックアウトされたスターはブラッド・ピットよ」と告白。「10年くらい前に『ティーン・チョイス・アワード』で見かけたんだけど。その時の彼は長髪でね。もう一瞬でやられちゃったわ」「思わず、彼のもとに走り寄っちゃった。すごく高いヒールを履いていたのに、バカみたいに走っていって、『オーマイゴッド! 私、あなたの大ファンなんです!』と言ったの。あの時の私は正気じゃなかったわね。私の人生の中で一番ダサい瞬間だったと思う。でもね、彼はとってもセクシーだったわ」と、うっとりと語った。そして、「また会いたいわ」と述べ、彼のそばにいられるのなら、彼とアンジェリーナ・ジョリーの子どもたちのナニーになってもいいと明かした。

 ブリトニーだが、16年に受けたインタビューでも「一番最初に好きになったスターはブラッド・ピット」と明かし、当時彼女はシングルだったことから「今、彼もシングルなのよね!」とウキウキした声で語っていた。

 16歳の時にカントリー歌手としてデビューしたテイラー。長身、細身、ロングブロンドヘアの美少女だった彼女は、妖精のように美しく、たちまち人気者に。そんなテイラーの心を射止めたのは、人気ボーイズグループ「イン・シンク」の最年少メンバーだったジャスティン。当時、全米の女子が自室の壁にジャスティンのポスターを貼っていたといわれたが、テイラーもジャスティンに首ったけだったのだ。

 テイラーがデビューした時、ジャスティンはソロアーティストとして大成功を収めていた。テイラーは『エレンの部屋』に出演した時、ジャスティンの大ファンだと告白。2度目に同番組に出演した2008年11月、司会者のエレン・デジェネレスはサプライズでジャスティンを登場させたのだ。ジャスティンを見て、テイラーは思わず口を大きく開けびっくり。信じられないという表情で、ジャスティンをまじまじと見つめていた。

 その後、テイラーとジャスティンは友人となったが、テイラーはジャスティンの前では“いちファン”に戻り、キャーキャーと取り乱してしまうことが多い。その姿が最高にかわいいとファンは大喜びしている。

セレーナ・ゴメス<憧れのスター:シャイア・ラブーフ>

 長らくインスタグラムで最多フォロワーを持ち、“インスタの女王”と呼ばれていたセレーナ。彼女は、ディズニー・チャンネルの大先輩であるシャイアの大ファン。その理由を、「ディズニー番組(『おとぼけスティーブンス一家』)の子役からハリウッド映画スターに華麗なる成長を遂げた。すごく尊敬している」と説明しているが、シャイアの画像を見るたびに「超かっこいい!」とニヤけるところをみると、恐らく顔がタイプなのだろう。

 そんなセレーナが2011年6月にテレビ局でトーク番組の収録をしていた時、スタッフから「控え室にファンが来ているから、会ってあげて」と声をかけられた。気さくなセレーナは笑顔で向かい、「ハロー!」と声をかけたところ、そこにいたのはシャイア。驚いたセレーナはきびすを返し、スタッフに「だますなんてひどい!」というような顔をするも、追いかけてきたシャイアの顔を見て破顔。シャイアは「応援してくれて、ありがとうな」とハグし、セレーナは「お時間をとらせてしまって、本当にごめんなさい。私、あなたのことを崇拝していて」と照れまくり。ツーショット写真を撮ってもらったセレーナは、飛びきりのスマイルを見せていた。

 シャイアが去ってからも、セレーナは「超かっこよかった!」と大興奮。スタッフを「私のファンをダシに使うなんてひどい!」となじったものの、すぐさまご機嫌になっていた。

 映画『世界にひとつのプレイブック』(2012)で、13年度アカデミー賞主演女優賞を獲得。若き実力派女優として世界中から注目されるようになったジェニファー。受賞直後、アカデミー会場でのインタビューを受けているジェニファーの背後に、額の汗を拭き拭きしながら忍び寄ったのが、彼女が尊敬しているジャックだった。

 彼は汗が落ち着いたところでジェニファーに語りかけるのだが、思わぬ人の登場に大きく息をのむジェニファー。「見事な仕事だったよ」「インタビューを邪魔するつもりじゃなかったんだけど、おめでとうって言いたくてね」と話しかけるジャックに、パニック状態のジェニファーは「本当に、(邪魔するなんて)失礼だわ」とヘタな冗談を言ってしまう。

 去り際に「きみは昔付き合っていた彼女を思い出させるんだよ」と言うジャックに、ジェニファーは「え? 新しい彼女に見えるですって?」とポーズをとり、「考えとくよ」と言われる。ジェニファーは「オーマイゴッド!」と顔を覆い、インタビュアーに「まだいる? まだいる?」と興奮しまくり。「今夜一番記憶に残ることは、確実にこれよね!」と笑顔を見せた。

 ジェニファーはその後、ニュース番組のインタビューで「あれから花束と(高級シャンパンの)クリスタル、そして“もうきみが恋しいよ”というメモが贈られてきたの!」と、ジャックからアプローチされたことを告白。「ノロけるわけじゃないけど」「っていうか、これ秘密にしたほうがいいのよね! 私とジャックだけの」と、うれしそうに語った。

カミラ・カベロ<憧れのスター:エド・シーラン>

 先日受けた英紙「ザ・サン」のインタビューで、「アドバイスが必要な時には、いつもエド・シーランに聞く」と明かしたカミラ。「友人として長く付き合っているけど、アーティストとしての彼を友達としては見ていない。だって私は12歳のころから……彼がデビューアルバム『+』(2011)をリリースする前からの大ファンだから」「インタビューで『誰のファンですか?』と聞かれたら、必ず『エド・シーラン』と答えてた」「彼は私の音楽的なヒーローなの。テイラー・スウィフトもそうだけと、同じくらい大好きなの」「初めて一緒に仕事をした時は、なんだか非現実的な感じだった。(彼との仕事は)夢だったから」と喜びを表現していた。

 そんなカミラがエドに初めて会ったのは13年。「これまでで一番恥ずかしかった時は、初めてエド・シーランに会った時。3分後にはトイレに駆け込んで号泣しちゃったの。うれしすぎて」と回想。「エドには見られなかったけど。でも、いま告白するわ」とお茶目に語っていた。

 小さいころ、イギリスの女性グループ「スパイス・ガールズ」の大ファンだったという女優エマ・ストーン。そんな彼女を喜ばせようと、2014年に彼女が出演したオーストラリアのラジオ番組が、メラニー・ブラウンからのビデオメッセージを用意した。サプライズでビデオが再生された瞬間、エマは「オーマイゴッド! メル・Bが私に話しかけてくれてるの!? 本当に??」と興奮しながら涙目になり、あまりにも本気なリアクションにDJたちはドン引き。

 メルからの「スパイス・ガールズのファンでいてくれてありがとう。でも、私よりベイビー・スパイス(エマ・バントン)が好きなんですって? 罰としてスパイス・ガールズの曲を歌って」というメッセージを、口をパクパクさせながら「あっ!」「あ~」「スパイス・ガールズ、めちゃくちゃ好きなのよ!」と大感激しながら聞き、スパイス・ガールズの大ヒットソング「Wannabe」のラップ部分を上機嫌で披露した。

 エマは今年6月にスパイス・ガールズ再結成ツアーの会場へ足を運び、ベイビー・スパイスと対面。エマの本名はエミリーなのだが、ベイビー・スパイスの本名を意識してエマと名乗るようになったほど彼女に憧れているのだ。ツーショット写真のエマにはハリウッドスターのオーラはなく、“スパイス・ガールズ大好きな少女”に戻っており、大きな話題となった。

アリアナ・グランデ<憧れのスター:ジム・キャリー>

 
 
 
 
 
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 アリアナが、子役からアイドル歌手へと転身し、世界中から注目を集めていた2014年4月。大ヒット曲「Problem」のティーザーをお披露目した重要な日に、新曲よりも見てほしいとばかりに、ジムと初対面した動画を投稿した。動画のアリアナは「憧れのスターに会ったファン」そのもので、ジムと握手し、ハグをしてもらっても、涙をこらえるのに必死で言葉が出ない。すでにテレビ業界で成功を収めた子役とは思えぬ、素の少女に戻っていた。

 動画を投稿した日、アリアナはTwitterにも「子どものころから大好きだったジム・キャリーに会った。言葉が出なくって、話なんてできなかった。彼は優しくて、温かくて、人間だった。めちゃくちゃうれしい」「胸がいっぱいになっちゃってたんだけど、ママが『この子の最初の芸名は、ジムキャリーファン42@aol……』だってベラベラしゃべっちゃって。もう死にたい」「彼ったらね、『ずっと人間のままでいろよ』ってアドバイスをくれたの」と大興奮していた。

 ジムは今年のイースターに、マンチェスターのテロ事件、元恋人の死、婚約者との破局で精神的に落ち込んでいたアリアナに向けて、励ますようなツイートを発信。アリアナを大喜びさせていた。

天皇の“愛人”だった女官たち……知られざる皇室ロマンスと女の牢獄【日本のアウト皇室史】

 
 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

天皇による“愛人女性”の青田買い!?

――前回のラストでは、戦前の御所に仕えていた女官たちの“秘密”の私生活に、お話がおよびました。

堀江宏樹(以下、堀江) ただね、上級女官になればなるほど、御所暮らししていたことの記録をほとんど公(おおやけ)にはしていません。しかし、前回も出てきた大正天皇生母の柳原愛子(やなぎわら・なるこ)こと「早蕨典侍(さわらびのすけ)」さんは、姪の柳原白蓮(やなぎわら・びゃくれん)に、いろいろぶっちゃけトークしちゃってるんですね。

――柳原白蓮といえば、NHKの連続テレビ小説『花子とアン』で女優・仲間由紀恵が演じた、主人公の「腹心の友」・蓮子(れんこ)さんのモデルでしたっけ。

堀江 そうそう! 大正天皇の従姉妹にあたる公家華族出身の女性なんですけど、政略結婚させられた夫を捨て、若い恋人と駆け落ちしたりするから、華族から除名されちゃった「不良」です。だからというか、因習には縛られないんですね、白蓮さんは。

 叔母の柳原愛子がこっそり語った御所の内実を、彼女は書き残してくれています(笑)。例えば、美少女として有名だった柳原愛子には10歳を過ぎたころから、御所、つまり明治天皇から「私の女官にならないか?」というお誘いが頻繁に来たそう。これは天皇による“愛人女性”の青田買いみたいなもの。しかし、天皇の本当の目的に気付いた父親が、申し出を拒むのですね。娘にはちゃんと“正式”に結婚させてやりたい、と。すると明治天皇ではなくて、「明治天皇の母君にあたる英照皇太后にお仕えしないか?」と持ちかけられ、断れなかったといいます。

――そんなに熱意を伝えられたら、断れないかも……。そして? 

堀江 毎日のように明治天皇は、英照皇太后のところにご機嫌を伺いにやってきて。結局、それは柳原愛子狙いということが誰の目にも明らかになり、2人は恋仲に……。

 愛子は明治天皇との間に2人の皇子と、1人の皇女を生んだけれど、そのうち2人の皇子は幼くして亡くなってしまいます。すると、御所では「『小倉の局』なる女官の祟りだ」とささやかれたそうです。

――「小倉の局」とはなんでしょうか?

堀江 都市伝説ですね。とある天皇に愛された、小倉家出身の女官というくらいしか、わかりません。彼女は別の女官と同時期に妊娠し、天皇から「一刻でも早く皇子を生んだ方を皇太子にする」と言われていました。しかし、その争いに半日の差で負けてしまい、その後、あれこれあって、「天皇家を七代にわたって呪ってやる~。世継ぎの皇子一人を残し、あとの子の生命は全部いただく~」などと言って、(皇位を狙えないように)すでに出家させられていた息子と共に自害したそうな。
 
 「小倉の局」の呪いを恐れる宮中関係者は多くいて、明治初期、和宮 の母君だった中山慶子という女官が、正式に神社でお祀いをしています。和宮は明治天皇の叔母にあたり、十四代将軍・徳川家茂と政略結婚した方ですね。悲劇の皇女といわれます。 しかし、御所が京都から東京に移動した後も、例の「小倉の局」がらみの呪いというか、呪いの伝説は明治時代の御所でも現役で語られ続けました。それはある意味、御所で暮らす女官たちの社会が、いかに閉鎖的だったかという表れかもしれません。

――この頃、ほかにもたくさんの皇子・皇女が亡くなっていたそうですね。

堀江 そう。これが明治初期の話です。西洋文明に触れ、どんどん近代化していく世間と、明治維新以前と変わらない閉鎖的な宮中の世界のギャップを感じてしまいます。

 後の大正天皇となる皇子を柳原愛子が生んだのが、明治12年のこと。彼女は「呪い」のプレッシャーを打ち破ったのでした。ま、「呪い」っていうけど、実質は呪いにかこつけた「人災」。廊下に油を垂らして、妊娠中のライバル女官が滑って流産するように画策したとか、呪いの人形が御所内の大きな木に打ち付けてあるとか、なかなか香ばしいんですね。

――東京・世田谷にある大宅壮一文庫で見つけてきた、1968年6月10日号の『週刊サンケイ』(産業経済新聞社)に、「豆を入れた麻袋を水にひたして放置、豆がはちきれて潰れそうになる」のを、「お腹の子が無事に外には出られなくするためのおまじない」として黒魔術的に行っている女官がいたと書いてあります。あまりにも、ホラーな話に震えてしまいそう……。

堀江 柳原愛子も「私は顔では美しく笑っていても、心はいつでも泣いている」的なことを白蓮相手に言ったそうです。ただ、自分が苦労したからなのか、周りの人には優しく接したので、身分を超えていろいろな人たちから慕われました。身分の低い女官たちは、上級女官の前で敬服したり、そもそも視界に入らないようにものかげに隠れたり、いろいろしなくてはいけないのですが、柳原愛子は「おかまいなく、おかまいなく」といってフレンドリーに接したそうな。

 そんな彼女も、明治天皇が崩御なさってからは東京・四谷信濃町に一軒家を構えて移り住んだそうです。ドラマなどでは「側室」でも、男子を生むと威張っていますが、実際はそういうわけにはいきません。使用人は使用人、実質的には大正天皇の実母でも、身分は皇后陛下直属の女官、つまり使用人にすぎないのです。だから明治天皇が崩御なさると、皇太后様の手前、肩身が狭かったのだと思いますね。ただ、御所の外に出た後も、展覧会で女性のヌード画を見た際、「おいど(=御所言葉で、おしりの意味)を出して、まぁ~」などと言ったそうです。

――西洋画ですかね。御所の中では、見る機会が少なかったのでしょうか?

堀江 おそらく。一生涯を女官で過ごしていたのだもの、世間の基準からはズレてしまっていても当然ですわな。フジテレビ系で放送されていた、ドラマシリーズ『大奥』以上に引いちゃうような“女の牢獄”っぽい世界でしたから。

――ということは明治天皇もおモテになったとか!? ますます御所内がドラマ『大奥』みたいになってしまいそう……。

堀江 明治天皇は長身でカッコよかったみたいですよ。あと名実ともに肉食天皇だった。675年、天武天皇が最初の「肉食禁止令」を出し、牛や豚、鶏などの肉を食べることが残虐だとして禁止させています。食べてもいいケモノの肉もあったりするし、徹底されていなかったようですが、約1200年間、天皇の肉食はおおむね禁止されていました。

 それが解禁になったのが、明治天皇の時代。1872年のことです。お肉がすごくお好きだったといい、そしてというか、かなり“精力的”でもあった、とか(笑)。天皇と肉食についての話は、また別の機会に……。

――高身長といっても、どれくらいあったのですか? 

堀江 数字的には170センチ位だといわれていますが、当時の男性の平均身長は160センチなかったようですから、高い方ですね。幕末の有名人の中では、長身だとされる坂本龍馬も実際はそれくらいだったと言われます。明治期の日本で、明治天皇のお姿をお目にかかることができる人はかなり限定されていました。一方で、日本滞在中の外国人たちの前には、わりと気軽に姿を見せたようですが。

 例えばアメリカから来た外国人教師の娘、クララ・ホイットニーが書いた日記には、天皇の姿を間近に見たという経験が何回か登場し、彼女は明治天皇を「誰よりも背が高くていらっしゃる」などと書かれています。ちなみに、クララは勝海舟の息子の妻になりました。

――イケメン天皇に女たちが翻弄されるって、まさにフジテレビの『大奥』めいた御所の世界ですね。でも、御所は昭和天皇のお声掛かりによって、改革することになったんですよね?

堀江 昭和天皇の「後宮改革」と言われるもので、戦前と戦後の2回行われています。大正天皇は、皇后にぞっこんでしたし、昭和天皇になる皇子などお子様は全員、皇后がお産みになりました。大正天皇は実母が本当に母だと思っていた昭憲皇太后ではなかったと知って、大ショックだったようです。

 “公式”には愛人を持たなかった大正天皇時代の後宮は、一見“クリーン”でしたが、逆に闇深いところでした。女官の一部には、せっかく縁談を断ってまで未婚、そして処女のまま御所に上がったというのに、天皇からのお声掛けもないまま朽ち果てていく人生に嫌気がさした人もいます。そのような女官と、宮中の侍従など男性職員が恋仲になってしまうケースもあり、密かに問題になっていたのです。あと、実際には大正天皇にも、女官との恋のウワサはあったみたいですが、その話は長くなるのでまた別の機会にお話します。

 それらを熟知した昭和天皇は即位後、「後宮改革」を断行。具体的には、(特に上級)女官が天皇の愛人候補生として、御所に上がるという制度自体をなくしてしまったのでした。ほかには、前回出てきた源氏名とか、そもそも典侍などといった女官のクラス分けも廃止することに。

――大正時代まで、「女官」には天皇の“愛人”もしくはその候補生という、ウラの意味が期待されていたんですよね?

堀江 ぶっちゃけ言うと、そうです。だから彼女たちは未婚=処女のままで御所に上がるわけです。そして、実家にもほとんど戻れず、御所内で人生を過ごしていたのですが、昭和天皇の「後宮改革」以来、女官といわれる人々の大半が通勤制に変更されました。

 ようするに、女官から“愛人”のカラーはなくなり、宮内庁の“女性職員”に生まれ変わったということ。また、女官の人数も、明治期の御所では総数300人以上いたものの、かなり減少したし、御所の上級女官の大半が未亡人……つまり、人生経験が豊富な、年長の女性こそが女官には望ましいというふうになったというのも「時代だなぁ」と言わざるを得ません。

 ちなみに、かつては女性皇族付きの女官に指名されると、なかなか断れなかったみたいです。しかし、現・上皇后様こと、美智子様の皇后時代には「畏れ多い」などと言いながらも、激務だというウワサが世間に漏れているため、各方面から辞退者が相次ぎ、なかなか決まらない時期もあったようですよ。これも「時代だなぁ」といわざるを得ませんね(笑)。

――次回は、12月14日更新予定です!

堀江宏樹(ほりえ・ひろき)
1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。2019年7月1日、新刊『愛と欲望の世界史』が発売。好評既刊に『本当は怖い世界史 戦慄篇』『本当は怖い日本史』(いずれも三笠書房・王様文庫)など。Twitter/公式ブログ「橙通信

さっき捕まえた「ヨーダ似の老婆」舞い戻ってきた!? 万引きGメンの「世にも奇妙な物語」

 こんにちは、保安員の澄江です。

 レギュラーで入っているスーパーで勤務していたときのことです。小学校低学年くらいに見える可愛らしい双子の姉妹が店に入ってきました。どうやら一卵性双生児のようで、服や靴はもちろん、持ち物に髪形までもがお揃いで、親でなければ見分けられないほどよく似ておられます。あまりに可愛らしく「初めてのおつかい」を見る気分で幼い2人の動向を気にしながら巡回していると、同じタイミングで同じ商品を手に取り、その瞬間に同じ言葉を発する場面を目撃。以心伝心とはこのことだと、とても不思議で興味深かったです。

 まるで孫を見送る祖母のような気持ちで、お菓子を片手に仲良く店を出て行く姉妹の背中を見送りつつ、ふと、先日起きた薄気味悪い事件を思い出しました。

 それはついこの前のことです。新規の契約先となった総合スーパーにて、初日の勤務を任されました。契約初日の勤務を任されるのは、会社から信頼されている証。そう言ってしまえば聞こえはいいですが、結果を出さなければならないプレッシャーが強く、慣れた現場における勤務よりも疲れます。

「ウチは、常習さんも含めてたくさんいるけど、大丈夫? この仕事は、長いの?」
「はい、40年ちょっとくらいになります。いればわかると思いますので、充分に注意して巡回しますね」
「ほー。今日は、忙しくなりそうだなあ」

ヨーダ似の老婆が見せた熟練の早業

 目を丸くして感心しつつも、まるで期待してなさそうなゴリラ顔の店長さんに挨拶を済ませて、妙なプレッシャーを感じながら現場に入ると、邪悪な目をした老婆が店に入ってくるのが見えました。

(あのおばあさん、やりにきたのかな)

 『スター・ウォーズ』に出てくるヨーダに似た目をした老婆から、溢れ出るような犯意を感じた私は、その行動を確認するべく彼女の行動を確認します。するとまもなく、ヨーダは厚揚げ、ちくわ、ウインナーなどの商品を手にし、店の死角通路で花柄の刺繍が入った黒のトートバッグに商品を全て隠すと、なにひとつ買うことなく外に出ていってしまいました。その熟練された早業は、この仕事に長年従事してきた私からしても目を見張るほどの技術で、相当な常習者だと感じられます。

「お店の者です。このバッグの中に入れたモノ、お支払いただけますか?」
「あら、いやだ。うっかりしてた! いま払うから……」
「申し訳ないけど、事務所でお支払いただけますか?」
「なんで? 嫌だよお……」

 声をかけると同時に、踵を返して店内に戻ろうとしたので、腰元を咄嗟に掴んで制止します。両足の爪先を立てて一歩も歩こうとしないヨーダの体を、後方から押すようにして事務所に連れていき、事務作業中の店長さんに引き渡しました。

「万引きです」
「え? もう? スゲエなあ」

 指定の場所にヨーダを座らせ、トートバッグに隠したモノをデスクに出させると、計5点、合計1,200円ほどの商品が出てきました。話を聞けば、ヨーダはこの店の近くに住んでいるといい、年齢は78歳で、身分を証明するモノは持っておらず、所持金は300円ほどしかないと言います。買取不能であることが判明した途端に、顔色を変えた店長は、少し乱暴な口調でヨーダを責め始めました。

「一度あんたのバッグに入れられたものを、お店で売るわけにはいかないから買い取ってもらいたいんだけど、家の人とか、誰か立て替えてくれる人は呼べるの?」
「妹と一緒に住んでいるけど、いまケンカしてるから頼りたくない。全部返すから、それで勘弁しておくれ」
「なんで盗っちゃうんだよ? 悪いことだって、わかってんだろ?」
「年金だけじゃあ、生活が苦しくて、食べていけないのよ。あたしじゃなくて、世の中が悪いんだよお」

 まるで反省の見えない態度で店長さんに許しを乞うたヨーダは、まもなく警察に引き渡されると、なにかしらの前科があったらしく簡易送致されることになりました。

(一件挙がって、カッコもついたし、後半はゆっくり回ろう)

 所轄警察署における逮捕手続きを終えて、食事休憩を済ませて店内に戻ると、先程まで隣の取調室で喚いていたヨーダの姿が目に入りました。

(意外と早く解放されたみたいだけど、何をしにきたのかしら? 謝罪に来るようなタイプではないし……)

 一度捕らえた被疑者に、私から声をかけることはありません。報復を始め、何が起こるかわからないので、気付かれないように姿を隠して、動向を見守るのがセオリーなのです。目的がわかるまで行動を注視すると決めて、遠巻きにヨーダの行動を見守っていると、伊達巻やさつま揚げ、ウインナー、梅干しなど、朝に盗んだモノと同じような商品ばかりをカゴの中に放り込んでいきます。確か、彼女の所持金は、300円ほどしかなかったはず。状況が変わっていないとすれば、カゴの中の商品を買うことはできません。

(ちゃんと払えるのかしら?)

 あたりまえの疑問を胸に注視を続けると、しきりと後方を振り返りながら死角通路に入ったヨーダは、左手首にかけたトートバッグの中に商品を隠し込みました。なにひとつ商品を買うことなく、またしても盗むだけ盗んで店の外に出たヨーダに、言い知れぬ怒りを堪えて声をかけます。

「あなた、さっき捕まったばかりなのに、なにやってんのよ」
「へ? あんた、なんだい? 知らないよ」

 同じ人を複数回捕捉することは、さほど珍しいことではありません。過去には、半年くらいの間に、合わせて8回も声をかけさせられた痴呆症の常習老女もおられました。しかし、半世紀近いキャリアの中でも、1日のうちに同じ人を2回捕まえた経験はありません。

「あなた、よく言うわねえ。とにかく、お金払ってもらわないと」
「ああ、はいはい」

 事務所に連れて行くと、彼女の顔を見た店長さんが、顔を真っ赤にして怒鳴りました。

「おい、ばあさん。なに考えてんだよ? あんた、さっき捕まって警察に行ったばかりだろう」
「はあ? あたし、警察になんか行ってないよ」

 怒る店長さんを宥めて、先と同じ段取りで商品を出させると、計6点、1,800円ほどの商品が出てきました。どこで手に入れてきたのか、お金は持っているというので見せてもらうと、5,000円ほど所持しています。

「このお金、どうしたの?」
「どうしたのって、あたしのお金だよ」
「こんなにあるんだったら、さっきのやつも買ってくれたらよかったのに」
「さっきのやつって、なによ?」

 あからさまに否認を続けるヨーダの態度を、どこかおかしいと感じた私は、通報に必要な人定事項を事故処理表に書いてもらいました。警察への通報を終えて、前件の事故処理表を手に戻ってきた店長が、それを受け取って照合します。

「あれ? 住所は同じだけど、名前が違う!」
「それ、なんて名前よ?」

 店長が名前を読み上げると、苦笑したヨーダは言いました。

「それ、姉さんの名前だわ」
「ええっっ!?」
「私たち、双子なのよ」

 その後、駆けつけた警察官によれば、この姉妹は所轄内で名を馳せる常習者とのこと。いつもは共犯でやるのにと首を傾げていましたが、恐らくはケンカをしている最中のため、別々に来て盗んだのでしょう。同じ日に、同じ店で、同じようなことをして、同じ人に捕まる。この奇跡が、双子だからこその能力だとすれば、もっといいことに使ってほしいものです。

 ひどく重たい気持ちで警察署に戻ると、地域課の前にある廊下で、ようやくに取り調べを終えたらしい姉と、これから取り調べを受ける妹が遭遇する場面がありました。よく観察してみれば、靴とトートバッグがお揃いで、色違いのモノを着用しています。

「あら、迎えに来てくれたの?」

 同じ顔で、2人同時に同じ言葉を発する双子の老姉妹を見ても、少しも可愛いとは思えませんでした。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)