笑ってはいけないシチュエーションほど、大きな笑いを生む。誰もが知っている笑いの鉄則だが、映画『テリアビブ・オン・ファイア』はそんな笑いの鉄則にぴったりハマった優れもののコメディだ。イスラエル・パレスチナ問題という超シリアスな題材をネタに、イスラエル人とパレスチナ人との間にある緊張関係を笑い飛ばすことに成功している。
主な舞台となるのはイスラエルのテレビ局と検問所の2カ所。エルサレムで暮らしているパレスチナ人の青年サラーム(カイス・ナシェフ)はアラブ語の他にヘブライ語も話せることから、テレビドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』のヘブライ語指導をしている。言語指導とはいっても、実際はペーペーの雑用係だった。その日の収録を終え、自宅に帰るために検問所を通ろうとしたサラームは、検問所を仕切るイスラエル軍の司令官アッシ(ヤニブ・ビトン)に職業を問われ、つい見栄を張り、『テルアビブ・オン・ファイア』の脚本家だと答えてしまう。
コワモテな司令官アッシは、サラームの答えに興味津々。『テルアビブ・オン・ファイア』はイスラエル全土で人気となっており、アッシの妻や母も夢中になっていた。サラームが持っていた脚本を取り上げたアッシは「ドラマの結末を教えろ」「イスラエル軍のイメージがよくない。もっと紳士に描け」と次々と無茶ぶりをする。検問所を通してもらうため、「わかった」と安請け合いするサラームだった。
劇中劇として描かれるテレビドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』は、パレスチナ系のヒロインであるラヘル(ルブナ・アザバル)がフランス系ユダヤ人だと偽り、イスラエル軍の将軍イェフダにスパイとして近づくサスペンス。アッシから言われていたアイデアのいくつかをサラームは自分の意見として提案したところ、プロデューサーたちは「なかなかいいんじゃないか」と採用されることに。折から脚本家がプロデューサーや主演女優と揉めていたことから急遽降板。サラームは脚本家に昇格することに。それまで厄介でしかなかった検問所が、サラームにとっては脚本のアイデアをもらうための大切な場所となる。
ドラマ制作の舞台裏を描いた本作を観た人は、三谷幸喜の舞台『笑いの大学』を思い浮かべるのでないだろうか。『笑いの大学』は西村まさ彦と近藤芳正の2人芝居として、1997年に初演された。大戦を間近に控えた昭和初期、コメディ劇団「笑いの大学」の座付き作家・椿(近藤)は、警視庁の検閲官・向坂(西村)から上演台本の厳しい検閲を受ける。
「このご時勢に笑いなど不謹慎だ」と向坂は台本から笑いの部分を削除しようとするが、椿は向坂の指導に従いながら台本を書き直し、その結果、さらに笑える台本になっていく。権力からの圧力が掛かることで、笑いの力がますますアップするという逆説的な物語を描いたこの舞台は、ロシアや香港など海外でも上演され、劇作家・三谷幸喜の代表作となった。
三谷が得意とするバックステージものと同じ面白さが、本作にもある。サスペンスドラマだったはずの『テルアビブ・オン・ファイア』だが、アッシの強い意向で女スパイとイスラエル軍の将軍が危険な恋に陥る大恋愛ドラマへと変貌していく。アッシは大のロマンチストだった。検問所の中でアッシとサラームがドラマ展開についてブレストしていることは、2人だけの秘密だ。『テルアビブ・オン・ファイア』の思わぬ方向転換に、パレスチナ人もイスラエル人も大喜び。これまで以上の高視聴率を記録するようになる。
冴えない雑用係から人気脚本家へと出世したサラームは、意中の女性マリアム(マイサ・アブドゥ・エルハディ)への想いを劇中の台詞として託すなど、どんどん大胆になっていく。さらにはサラームを気に入った主演女優からは、「一緒にパリに行かない?」とフランス行きを誘われることに。検問所のない欧米での自由な暮らしは、サラームにとっては長年の憧れだった。脚本家の私生活がそのままドラマに反映され、人気ドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』は誰も予測できない意外な結末を迎えることになる。
脚本のいい作品は、小道具の使い方もうまい。本作で重要な役割を果たすのは、パレスチナの伝統的な家庭料理の「フムス」だ。ヒヨコ豆を潰したペースト状の料理であり、ピタパンにたっぷり塗って食べるとすごくおいしい。イスラエル人のアッシは、このフムスに目がない。パレスチナ人のサラームに「美味しいフムスを持ってきたら、脚本のアイデアを提供してやる」と脚本料代わりにフムスを要求する。一方のサラームはフムスが大嫌い。子どもの頃に戒厳令が敷かれ、外出できずにフムスばかり食べさせられ、フムス嫌いになってしまったのだ。
1948年にイスラエルが建国され、それまで暮らしていた土地を追われたパレスチナ人の多くはパレスチナ難民となり、今も紛争が絶えない。軍事的・政治的には厳しく対立しているイスラエルとパレスチナだが、本作を観ているとテレビドラマなどの娯楽産業や食文化においては、両者の間に境界線は存在しないことが分かる。脚本のやりとりを重ねるうちに、アッシとサラームも友人とは呼べないまでも人間的な交流が生じるようになっていく。イスラエル政府が建造させ、軍隊が守るイスラエル西岸地区の分離壁のなんと無意味なことだろうか。
笑ってはいけないシチュエーションが、より大きな笑いを呼ぶ。本来、笑いとは場の空気を壊す不謹慎なものだ。パレスチナ系イスラエル人であるサメフ・ゾアビ監督が生み出した『テルアビブ・オン・ファイア』は、イスラエルとパレスチナとの緊張関係を笑い飛ばす、超強力な破壊兵器だと言えるだろう。
(文=長野辰次)

『テルアビブ・オン・
監督/サメフ・ゾアビ 脚本/サメフ・ゾアビ、ダン・クランマン
出演/カイス・ナシェフ、ルブナ・アザバル、ヤニブ・ビトン配給/アットエンタテイメント 11月22日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開(c)amsa Film – TS Productions – Lama Films – Films From There – Artémis Productions C623
http://www.at-e.co.jp/film/telavivonfire

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