SixTONES・Snow Man、両A面“共同”デビューに「滝沢いい加減にしろ」「クソ」と批判続出

 2020年の“同時CDデビュー”が決まっているジャニーズJr.内ユニット・SixTONESとSnow Man。10月23日、2組がYouTubeの「Johnny’s officialチャンネル」内でライブ配信を行い、来年1月22日に両A面のデビューシングルをリリースすると報告した。ジャニーズでは異例の方式をとる形となったが、双方のファンの反応は「なんで両A面にする必要があるの?」「別々がよかった。相手の曲はいらない」「デビューを夢見て頑張ってきたメンバーとファンが可哀想」と、冷ややかだ。

 SixTONESとSnow Manは、8月8日に東西のJr.が大集合したコンサート『ジャニーズJr.8・8祭り ~東京ドームから始まる~』のステージ上でCDデビューを発表。今回のライブ配信には両グループの計15人が勢揃いする中、まさかの“両A面デビューシングル”の発売が明らかになった。2グループはともに活動する機会も多く、9月にも舞台『少年たち To be!』(東京・日生劇場)で共演したばかりだ。

 良好な関係を築いているだけに、両A面シングルについてメンバーは「スノストの歴史があってこそできる」(SixTONES・田中樹)「2つのグループで1つの作品を作るという考え方でいいということですよね」(SixTONES・松村北斗)と、コメント。また、Snow Man・深澤辰哉は、この形のデビューに関して、「僕たちはともに成長して、お互い切磋琢磨して同じ日にデビューするSixTONESとSnow Man。最初の作品にして最後の共同作業をして、お互いにエール交換をし、それぞれの未来に向かうという意味を込めさせていただきました」と、話していた。

「SixTONESのレコード会社がSony Music、Snow Manはavex traxであるため、Sony Musicからは『SixTONES vs Snow Man』版、avex traxでは『Snow Man vs SixTONES』名義でリリースすることになるそうです。2つとも初回盤と通常盤に加えて『with Snow Man盤』『with SixTONES盤』を出し、計6形態に。デビュー曲のタイトルは未定だといい、CDの1曲目に自分たちの曲、2曲目に相手の曲を収録するスタイルだとか。さらに、双方のレーベルサイトによれば、初回盤のミュージックビデオのメイキングには相手グループのメンバーも出演。SixTONESバージョンの通常盤は、15名が参加するトークトラックも入るなど、どちらか片方だけのファンだとしても、複数の形態を購入する必要がありそうです。ほかにも購入者特典で、店舗によって絵柄が違う5種類のクリアファイルが付きます」(ジャニーズに詳しい記者)

 23日に配信された「スポーツニッポン」のウェブサイト「スポニチアネックス」の記事によれば、「vs」表記を決めたのは滝沢秀明副社長だったとのこと。「『戦い』の意味ではなく、本来『versus』という言葉が持つ『対になる』『対置』という意味合いで、切磋琢磨してきた2組を表現するのに一番適していた」と、その理由が記されていた。しかしその思いと裏腹に、ライブ配信中は、チャット欄やSNS上にファンの批判的な意見が続出。

 もちろん祝福の声も見受けられたが、「同日デビューなのも、ファンの気持ちを無視してるなと思ってたけど、ファンを対立させるような発表しておいて、今さら両A面?」「両A面とかクソじゃん。一生に一度のデビューシングルがほかのユニットと一緒なんて可哀想」「滝沢が何を考えてるかはわからないけど、Snow ManもSixTONESも1人前と見なしてないのと同じ」「こんなCD、誰も望んでない。滝沢、いい加減にしろよ」「滝沢、可愛がってるSnow Manの人気と実力を信じてないの? 単独じゃ結果残せないと思ってるの?」と、滝沢副社長への辛らつなコメントが飛び交っている。

 また、片方のグループのみを応援するファンは「vsとかいらない。さっさと決別して」「好きでもないグループに金を出す意味って何? みんながスノストファンだと思わないで」「何回考え直しても納得できない。コンサートとかでこれからもセットにされるのは目に見えてる」と、すっかり意気消沈しているようだ。

「滝沢副社長は今年から本格的にJr.のプロデュースに乗り出しましたが、新たなプロジェクトを発表する度に非難轟々です。今回の両A面デビューを受け、Jr.ファンの間には『滝沢が最悪すぎるせいでJr.を応援するのが苦しくなって、ファンをやめる未来が見える』『今後も合同デビューはありえる。負のループを終わらせるには、本社の副社長から滝沢を引きずり下ろすしかない』『これからのJr.とジャニーズの将来に不安しかない。希望が持てない』と、落胆ムードが広がっています」(同)

 また、昨年5月にデビューしたKing&Princeの「シンデレラガール」は発売初週に57.7万枚の大ヒットを遂げたことを引き合いに、「キンプリの売り上げを抜いたとしても、『どうせ合同』と一生言われなきゃいけないのか」「2組の売り上げを合わせても、キンプリの初週には及ばないと思う」と、引き合いに出す人も。果たして、SixTONESとSnow ManによるCDは、先輩たちの記録を上回ることができるだろうか。

後藤真希、息子が韓流アイドル風ヘアにしたことを報告するも非難轟々

 後藤真希が22日、自身のブログを更新して話題になっている。

 先月23日に34歳の誕生日を迎えた後藤。同日にはプレゼントのリップを塗った自身の写真をインスタグラムに投稿し、ファンからは「おめでとうございます!」「リップすごく似合ってます」といった祝福の声を集めたばかり。

 そんな後藤はこの日、「息子の髪の毛をイメチェン。すこーし長く伸びたのでヘアカットをしてきました。(中略)ツーブロックにしてサイドがスッキリ。韓国に行くと何故かモテモテになる息子ですが、このヘアスタイルにしたら親バカですが韓流アイドルチックに」とつづり、息子の髪型をツーブロックにしたことを報告した。

 この投稿に対し、ネット上からは「モテモテに? うん、親バカだね」「もう家庭のことを発信してもイメージ変わらない」「その子供を置いて不倫してたくせに」といった厳しい声が多く寄せられている。

 今年3月に不倫報道が出て以降、何をしても不倫のイメージが拭いきれない後藤。世間からはまだまだ厳しい声が寄せられそうだ。

木下優樹菜のタピオカ店恫喝で批判コメント12万件 『モニタリング』降板にも影響するか

 木下優樹菜が姉の働くタピオカ店オーナーへの恫喝DMを発端とした騒動は、今も収束していない。木下優樹菜がレギュラー出演中である『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS系)を降板するのかどうかも、注目が集まっている。

 木下優樹菜は今月6日、姉が勤務していたタピオカ店への不満をInstagramに投稿。同日、Twitter上では店の事情を知るという匿名のアカウントが、木下がタピオカ店に送りつけたInstagramのDMを公開した。

 公開された木下のDM文面は、相手を馬鹿にした言葉遣いで恫喝ととれる内容も含まれていたため、木下のInstagramには彼女を批判するコメントが殺到。9日に木下はInstagramに謝罪文を投稿したが、批判が止む気配はなく、矛先は夫であるFUJIWARA・藤本敏史にも向けられる始末だ。

 木下優樹菜のInstagramは9日の謝罪投稿を最後に更新が止まっているが、現在も批判コメントは相次いでおり、特に9日の投稿に寄せられたコメント数は12万件を超える。「芸能界引退」を要求するコメントや、「夫婦そろってゴミ」「最悪のママ」などの誹謗中傷コメントも見受けられる。

ベッキーは不倫騒動で『モニタリング』を降板
 恫喝DMが拡散されたことにより、木下優樹菜の仕事にはすぐ影響が出た。

 P&Gの食器洗い用洗剤「JOY」が、木下・藤本夫妻が出演するCMの動画をホームページから削除。木下がイメージキャラクターを務めていたCannonの「Kiss Mamaになろう。」のサイトも彼女の動画や名前を削除した。

 さらに22日には、神戸学院大学の大学祭中央実行委員会が、11月2日に予定されていた木下のトークショーについて、セキュリティ上の問題から出演を見合わせると発表した。

 また、木下がレギュラー出演中の『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS系)の公式Twitterには、「木下優樹菜を出演させないでほしい」と求めるコメントが多数寄せられている。

<木下優樹菜は放送しないでください>
<木下優樹菜が出るなら二度と見ません>
<木下優樹菜の出演の有無をツイートして下さい>
<木下優樹菜、降板ですよね? 出演者のところの名前をみるだけで不快です。視聴者への誠意をみせてください>
<木下優樹菜が出ないなら見ます>

 同番組では2016年2月、当時司会を務めていたベッキーが、ゲスの極み乙女。・川谷絵音との不倫を報じられたことを受け降板している。

 不倫騒動が表沙汰になった1月の段階では、同番組の関係者はベッキーについて「降板する予定はない」と説明していた。しかし実際の放送ではベッキーの出演シーンは不自然に少なく、ベッキーがなるべく登場しないよう編集したのではないかと話題になった。

 結局、2016年2月4日の放送を最後にベッキーは降板。木下優樹菜もベッキーと同じ道を辿る可能性もなくはない。

 一方で、木下の言動を支持する声もまばらながら存在する。最近の木下はママタレとして活動していたが、元々は「ヤンキーキャラ」として人気を博した。木下はInstagramのアンチコメントに強気に反撃するなどして度々炎上しているが、「ユッキーナらしい!」と支持するファンもおり、今回の騒動に対しても「ユッキーナは悪くない」と擁護するコメントはちらほら見られる。

 支持者がいる限り、ほとぼりが冷めれば芸能活動を再開するだろう。ただ、騒動以前と変わらぬ仕事内容になるかどうかはわからない。

辻希美、「モカはどうした?」SNSに出てこないペットを案ずる心配の声が相次ぐ

 辻希美が23日、自身のブログを更新して話題になっている。

 結婚生活13年目に突入した辻。現在はYouTubeチャンネルを開設し、順調に登録者数を伸ばしている。先日の投稿では、風邪のひき始めであることを明かしたものの、写真に写る娘の姿が半袖短パンスタイルであったことから、「痛々しい」などの批判が相次いだばかり。

 そんな辻はこの日、「癒しタイム」というタイトルでブログを更新し「クックと幸空と遊びタイムで癒しタイム。アメブロに動画がまた貼れなかったのでインスタを見て下さい。2人⁇ともかわぇぇ」とつづり、ペットと戯れる微笑ましい写真を披露した。

 可愛らしい様子に和まされる一方で、辻家で飼育されているペットたちを案ずる声が殺到している。

「モカは出さないの?いつも、どうして、なぜ?」

「何故いつもモカの存在消すのかな!?酷いね」

「クックとモカの扱いが違いすぎる!!」

「小鳥も飼ってたよね」

「ここんちのウサギどうした?」

「辻んちに飼われた動物たちは、いつの間にか消えて行く」

 辻家には今回登場しているクック以外にもモカという愛犬がいるはずなのだが、ゲージに入りっぱなしで、モカと家族が遊んでいる様子が公開される頻度は極端に少ない。

 そんな動物たちの行く末を心配するフォロワーたちの声は辻のもとへ届いているだろうか。

三田佳子、「心晴れました」ラグビー日本代表の健闘を能天気に讃える姿へ批判の声が相次ぐ

 女優の三田佳子が21日、自身のブログを更新して話題になっている。

 三田といえば60年代から現在まで数々の映画やドラマに出演してきた日本を代表する女優で、最近では今月17日、『凪のお暇』(TBS系)での老女役が評判を呼んだばかり。次男の高橋祐也容疑者が5度目の逮捕をされたことでも話題だ。

 そんな三田はこの日、「あ~、ほんとうに胸が一杯になりました。サクラの戦士たちの活躍に世界は驚き、その輝きが日本中を照らしてくれましたね。おつかれさまでした。ラグビーのことをあまり知らなかった私ですが、ワクワクドキドキが満載のスポーツですね。(中略)倒されても、弾かれても、仲間を信じ、自分を信じ、前へ前へ突き進む集中力、そして勇気。心晴れました」と投稿。現在開催されているラグビーW杯の日本代表の活躍について熱く語った。

 しかし、この投稿内容に対しネット上からは、「いや、心折れないと!!」「心晴れてる場合ですか?」「ラグビー観てないで息子どうにかしないと」といった厳しい声が多く寄せられている。

 息子の高橋祐也は覚醒剤で4度の逮捕歴があり、今回は内縁の妻への脅迫容疑で逮捕(不起訴処分)。これら事件の背景には毎月高額のお小遣いを渡すといった三田の”甘やかし”があると分析されていることから、「ラグビーで心を晴らす前に息子をどうにかすべき」と、三田に対しても批判の声が鳴り止まない状況になっている。

萱野稔人と巡る【超・人間学】「宇宙生物学と脳の機能から見る人間」(前編)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

今月のゲスト
吉田たかよし[医学博士]

今回のゲストは受験生専門の心療内科クリニック院長の吉田たかよし氏。NHKアナウンサー、政治家秘書、宇宙生物学、脳科学の研究者など、多彩な経歴を持つ吉田氏に生命の進化、人間の脳について問う。

“はやぶさ2”と生命の起源

萱野 吉田先生は東京大学大学院で、宇宙全体の観点から生命の成り立ちを考察する“宇宙生物学”を研究された後、医学部に再入学して医師免許を取得されました。NHKアナウンサーや政治家の秘書としても活躍され、現在は受験生専門の心療内科クリニックを開業されています。こうした極めて多岐にわたる経歴から吉田先生が「人間とは何か」についてどのようなお考えを持っているのかを、今回はおうかがいしたいと思います。まずは時事的なトピックでもありますし、小惑星探査機“はやぶさ2”の話から始めさせてください。

吉田 よろしくお願いします。

萱野 はやぶさ2が地球近傍小惑星“リュウグウ”の地下物質サンプルの採取に成功しました。このニュースは「生命の起源に迫ることができるかもしれない」と話題を呼んでいますが、そもそも宇宙の小惑星の地下物質と生命の起源がどうして関係があるのか、疑問に思う人も多いのではないかと思います。この点からご説明いただいてよろしいでしょうか?

吉田 まず、地球上に存在している生命を構成する最も基本的な物質は、水とアミノ酸です。

萱野 この2つが、生命が誕生するための根源的な必要条件であるということですね。

吉田 この2つがあれば、生命誕生の最低限の条件はクリアできます。まず、水は宇宙の至るところに存在しています。彗星は“汚れた雪だるま”なんていわれているように、ほとんどが凍った水でできていて、太陽の熱で溶けるから尾ができるのです。ですから、問題になるのはアミノ酸がどこから来たのか、ということになります。

萱野 アミノ酸といえば、結合して“タンパク質”を作るもの、というイメージがありますが。
吉田 アミノ酸から作られるタンパク質が、生物の“細胞”を構成するために最も重要な物質なんです。地球上で生きている生命はすべて、アミノ酸を組み合わせて作られた精密機械ともいえます。このアミノ酸がどこで生まれたのかという問題は、昔からさまざまな議論になってきました。かつて有力だったのは、アミノ酸は原始地球で生成されたとする説。1953年のアメリカの化学者ミラーの実験によるものです。この実験では原始地球の大気の成分とされるメタン、アンモニア、水素、水の混合気体に雷を再現する放電を行い、数種類のアミノ酸の合成に成功したんです。しかし、後に原始地球の大気にメタンやアンモニアが含まれていなかったことがわかり、ミラー説は怪しくなってきました。そこで、アミノ酸は地球ではなく、宇宙空間で合成されたのではないかという説が浮上してきます。それが何らかの方法で地球に運ばれて生命のもとになった、ということですね。私も東大工学部にいた頃、野辺山宇宙電波観測所で牡牛座暗黒星雲から飛んでくるマイクロ波の中にアミノ酸が合成される化学反応の痕跡を探すという研究プロジェクトに参加していました。しかし、アミノ酸の検出は大変難しく、これまで誰も成功していません。

萱野 宇宙空間でアミノ酸が合成されたと考えられる理由には、どのようなものがありますか?

吉田 太陽系にアミノ酸が存在する間接的な証拠はたくさん見つかっています。例えば、宇宙から飛来した隕石からもアミノ酸が見つかっています。隕石の表面には地球のアミノ酸が付着してしまっているのですが、隕石の内部からもアミノ酸が発見されているので、これは宇宙にアミノ酸が存在するという証拠のひとつです。とはいえ、隕石の内部で見つかったアミノ酸は微量なので、実験中の混入も完全には否定できません。ですから、はやぶさ2が持ち帰ってくる“リュウグウ”の地下物質が重要になるのです。もし、そこからアミノ酸が見つかれば、それはアミノ酸が太陽系に存在するという決定的な証拠になります。さらに、46億年前に太陽系ができたとき、地球などの惑星は誕生時のエネルギーでドロドロに溶けていますから、当然アミノ酸も壊れてしまっています。しかし、リュウグウなどの太陽から離れた小惑星は太古の状態をとどめているため、その地下物質からアミノ酸が検出されれば、アミノ酸は太陽系よりもさらに古いということになります。ということは、地球と同じタイプの生命が宇宙のさまざまな場所に存在していてもおかしくないわけです。そこにロマンがあるんですね。

萱野 水とアミノ酸が宇宙の至るところに存在しているのであれば、環境さえ整えば、どこでも生命が誕生する可能性はあるということですね。では、地球上の生命は、どのようなステップを経て生まれたと考えられるでしょうか?

吉田 まず細胞を再生産することができる能力を持つことを原始的な生命の定義としましょう。その誕生には複数の説がありますが、有力なのは、まず生命が誕生する前段階として細胞の原型となる“コアセルベート”という小さな袋状のものができたという説です。そこにアミノ酸が取り込まれて酵素ができ、膜の外のものを取り込む代謝の機能が生まれ、何らかの偶然でタンパク質の鋳型となる遺伝物質RNAが細胞に含まれて、再生産が行われるようになった――この生命誕生のプロセスが行われた場所として有力視されているのが、海底の“熱水鉱床”です。

萱野 熱水鉱床とは具体的にはどのようなところですか?

吉田 海底の火山活動によって熱水が噴き出し、そこに含まれる成分が冷却されて沈殿している鉱床です。ここでは水が高温高圧によって超臨界という特別な状態になっており、アミノ酸が自動的に結合することも可能です。さらに、熱水鉱床から少し離れたところでは水の温度は一気に下がっていて、この極端な温度差をエネルギー源に利用して生命が誕生したと考えられているのです。

萱野 その熱水鉱床と同じような条件が整えば、地球以外でも生命誕生の可能性はあり得るわけですね。

吉田 例えば木星の衛星エウロパには広大な海があり、海底には熱水鉱床が広がっているといわれています。そのほかにも、かつての火星や土星の衛星タイタンにも生命が誕生し得る環境があり、そう考えると、太陽系に限っても、地球以外に原始的な生命が存在する可能性は低くないでしょう。ただ、地球に誕生した生命の場合は、当初こそ熱水鉱床の熱をエネルギーにしていましたが、やがて光合成という太陽エネルギーを利用するシアノバクテリアが登場し、光合成によって地球上に酸素が増えると、今度は酸素を細胞の分裂に利用する生物が誕生――と進化を遂げていったんですね。ここでちょっとおうかがいしたいのですが、萱野先生はいわゆる“宇宙人”は存在すると思いますか?

萱野 地球外に生命が存在する可能性はあっても、人間のような高度な知性を持った生物が存在するかどうかはまったく別の話なのではないでしょうか?

吉田 そうです。地球外に生命が存在するということを、一足飛びに知的生命体が存在することと同一視してしまう人は案外多いのですが、これは全然違う話なんですね。地球上に生命が存在するのは必然だと思いますが、人間が存在するのは奇跡中の奇跡といってもいいぐらいの偶然が重なった結果だといえます。例えば、もし月がなかったとしたら、人間は地球上に存在していないでしょう。

萱野 月がなければ、地球に生物はいても、人間までは進化しなかったということですか?
吉田 月の潮汐力によって大陸まで潮が押し寄せて地殻を削った結果、ナトリウムが海に溶け出して“塩水”という環境ができあがりました。人間の体はナトリウムイオンを使って神経や筋肉をコントロールしていますが、それは生命を育んだ海水に由来しています。もし、月がなかったらこのような進化はあり得なかった。この海水の環境を作ることになった月も、太陽系ができたばかりの約45億年前、地球に原始惑星が衝突した“ジャイアント・インパクト”のときの破片が集まってできたものとされています。太陽の寿命自体があと50億年程度といわれていますが、もし月がなかったら、人類の誕生はそれまでに間に合っていなかったでしょう。

萱野 原始的な生命が誕生した約38億年前から人類の誕生まで長い時間がかかりましたが、その間には宇宙の成り立ちに関わる偶然もあったということですね。その過程をひと言で表すなら、何といえるでしょうか?

吉田 それは破壊と創造の連鎖だと思います。その意味で最も大きな影響を与えたのは“木星”の存在でしょう。

萱野 木星ですか?

吉田 木星の位置が絶妙なんです。この木星の距離が近すぎても遠すぎても、今の人類は存在しなかったと思います。人類が誕生するに至った最も大きな分岐点は、6500万年前にユカタン半島沖に隕石が落ちて恐竜が絶滅したことです。それまで恐竜に見つからないよう夜中にコソコソと活動していた哺乳類が活動領域を広げるようになり、急激に進化していきました。その頂点に立っているのが人類といえるわけです。それ以前にも何度か、隕石やそのほかの環境の変化によって地球上の生物は大量絶滅して、リセットされています。生物の進化には適度な間隔のリセットが必要なんですね。その中で人類にとって最も重要なリセットが6500万年前の隕石だったのです。もし木星の軌道がもっと外側だったら、木星の重力の影響が少なくなるため、地球に頻繁に隕石が降ってくることになります。6500万年前に恐竜がリセットされたことが哺乳類にとっては幸運だったわけですが、その後に同規模の隕石が降ってこなかったことも大きい。もし、降ってきていたら、そのときは哺乳類がリセットされて、また違う種が台頭していたはずです。ただし、高度な知性を獲得するには6500万年という年月が必要なので、リセットが頻繁だと、いつまでたっても高度な知性には到達できないはずです。逆に木星の軌道がもっと内側だったら、木星の重力に引っかかるので、6500万年前の隕石は降ってこなかった可能性が高い。そうすれば、今でも恐竜が地球を支配していたかもしれないし、少なくとも哺乳類が台頭する時代はもっと遅くなっていたはずです。

萱野 木星と地球との距離が人類誕生の大きな鍵となっているなんて、ものすごく壮大な生命観ですね。ところで、そうした隕石の落下による環境の激変も含めて、人類の誕生に至る生命の進化の過程というのは、複雑化の過程として考えられるものでしょうか?

吉田 単純に見える生物が複雑なシステムを作り上げていることはよくありますから、人間が最も複雑な生物であるとは断定できませんが、約40兆という細胞の数だけ見れば、それだけ複雑化しているということは間違いないでしょう。そしておっしゃる通り、環境の変化による大量絶滅は地球上で何度も起こっていて、その後に生まれた生物は確かにより複雑化しています。シアノバクテリアの登場によって原始地球にはなかった酸素ができましたが、当時の生き物にとって酸素は有毒でしたから、数多くの種が死に絶えました。しかし、今度はエネルギー効率のよい酸素を呼吸に利用する生物が生まれてきたのです。古生代にはカンブリア大爆発が起きて生物は一気に多様化しましたが、P-T境界で大量絶滅があって、その後の中生代で恐竜と哺乳類が誕生しています。環境の激変による大打撃で淘汰され、生き残った種が新たな環境に適応するために新たな体の仕組み、生きていく仕組みをより複雑化させるほうに進化していったといえます。

萱野 複雑化の結果として、地球上の生物はかなり多様化しました。ただその一方で、地球上の生命は水とアミノ酸から生まれたことを考えると、むしろ生物全体で共通しているところも多いのではないでしょうか?

吉田 これもまたびっくりすることなんですが、地球上のあらゆる生物の細胞の構造、働きは、基本的にすべて同じ。極論すると地球上の生物は“一種類”しかいないともいえます。バクテリア、原生生物、菌類、植物、動物、人、すべて細胞が生きる基本的な仕組みは共通しているんですね。

萱野 私が吉田先生の著作『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議』を読んで面白いと感じたのは、そのような基本的な仕組みのもとで人体を説明していくところでした。原子のレベルにおける基本的な仕組みから生命を論じていく宇宙生物学を見れば、人間も他の生物と変わらないという視点をとても斬新に感じました。

吉田 生命を化学的な反応から見れば、もちろんすべての生物は同等ですよね。人間だから特別な地位を与えるようなことはありません。ただ、そこには人間の“精神”や“心”という観点が欠落しています。例えば哲学者が人間を語るときは、そういった人間の確固たる意思や精神性といったものを前提にしているのではないですか?

萱野 そこは哲学者によっても変わってきますね。人間の意思や精神性を重視する哲学者がいる一方で、人間の身体や物質性を重視する哲学者もいます。両者の違いを端的に言うと、人間は信じるから祈るのか、それとも祈るから信じるのか、という違いです。私自身はどちらかといえば後者の立場です。人間の精神性はとりあえず“カッコ”に入れて、まずは“存在”としての人間がどういったものなのかというところから考えていこうという立場ですね。

吉田 それは、哲学者としては一般的な考え方なのでしょうか?

萱野 必ずしもメジャーとはいえないかもしれません。やはり中世以降のヨーロッパの哲学はキリスト教神学の発展と切り離せませんし、基本的に哲学は人間中心の学問として進展してきましたから。ただ、スピノザやハイデガー、フーコーなど、そうではない哲学の系譜も一方にはあって、そこでは逆に、人間中心の視点を一度“カッコ”に入れることではじめて「人間とは何か」を明らかにできると考えられています。

吉田 なるほど。「人間とは何か」という問いは、立場によって答えが変わってきますよね。1000の立場があれば、1000の答えがある。そして、“人間という物質”は間違いなく存在しているわけですから、その物質がどうなっているのかという側面を見る意味は大きいでしょう。
萱野 そうした吉田先生の視点には、人間中心の哲学を破壊するだけのインパクトがあると私は感じました。すべての生命を同じ仕組みのもとで見た場合、人間を特別な存在と見ることはできなくなりますよね。

吉田 物質として見た場合はそうしないと成り立ちません。

萱野 その上ではじめて、人間と他の生物の違いとは何かを考えることに意味が出てきます。その場合、その違いはやはり“環境の違い”ということになるのでしょうか?

吉田 私は“環境の多様性”こそが生命を生み出した本質だと思います。

(次号に続く)

吉田たかよし
1964年生まれ。医学博士。受験生専門の心療内科「本郷赤門前クリニック」院長。受験医学研究所代表。東京大学大学院工学系研究科卒業後、NHKに入局。その後、東京大学大学院医学研究科・医学博士課程修了。加藤紘一元自民党幹事長の公設第一秘書、東京理科大学客員教授も歴任。主な著書に『受験うつ』(光文社新書)、『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議 』(講談社現代新書) など。

萱野稔人
1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。主な著書に『国家とは何か』(以文社)、『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(小社刊行)など。

(写真/永峰拓也)

萱野稔人と巡る【超・人間学】「宇宙生物学と脳の機能から見る人間」(前編)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

今月のゲスト
吉田たかよし[医学博士]

今回のゲストは受験生専門の心療内科クリニック院長の吉田たかよし氏。NHKアナウンサー、政治家秘書、宇宙生物学、脳科学の研究者など、多彩な経歴を持つ吉田氏に生命の進化、人間の脳について問う。

“はやぶさ2”と生命の起源

萱野 吉田先生は東京大学大学院で、宇宙全体の観点から生命の成り立ちを考察する“宇宙生物学”を研究された後、医学部に再入学して医師免許を取得されました。NHKアナウンサーや政治家の秘書としても活躍され、現在は受験生専門の心療内科クリニックを開業されています。こうした極めて多岐にわたる経歴から吉田先生が「人間とは何か」についてどのようなお考えを持っているのかを、今回はおうかがいしたいと思います。まずは時事的なトピックでもありますし、小惑星探査機“はやぶさ2”の話から始めさせてください。

吉田 よろしくお願いします。

萱野 はやぶさ2が地球近傍小惑星“リュウグウ”の地下物質サンプルの採取に成功しました。このニュースは「生命の起源に迫ることができるかもしれない」と話題を呼んでいますが、そもそも宇宙の小惑星の地下物質と生命の起源がどうして関係があるのか、疑問に思う人も多いのではないかと思います。この点からご説明いただいてよろしいでしょうか?

吉田 まず、地球上に存在している生命を構成する最も基本的な物質は、水とアミノ酸です。

萱野 この2つが、生命が誕生するための根源的な必要条件であるということですね。

吉田 この2つがあれば、生命誕生の最低限の条件はクリアできます。まず、水は宇宙の至るところに存在しています。彗星は“汚れた雪だるま”なんていわれているように、ほとんどが凍った水でできていて、太陽の熱で溶けるから尾ができるのです。ですから、問題になるのはアミノ酸がどこから来たのか、ということになります。

萱野 アミノ酸といえば、結合して“タンパク質”を作るもの、というイメージがありますが。
吉田 アミノ酸から作られるタンパク質が、生物の“細胞”を構成するために最も重要な物質なんです。地球上で生きている生命はすべて、アミノ酸を組み合わせて作られた精密機械ともいえます。このアミノ酸がどこで生まれたのかという問題は、昔からさまざまな議論になってきました。かつて有力だったのは、アミノ酸は原始地球で生成されたとする説。1953年のアメリカの化学者ミラーの実験によるものです。この実験では原始地球の大気の成分とされるメタン、アンモニア、水素、水の混合気体に雷を再現する放電を行い、数種類のアミノ酸の合成に成功したんです。しかし、後に原始地球の大気にメタンやアンモニアが含まれていなかったことがわかり、ミラー説は怪しくなってきました。そこで、アミノ酸は地球ではなく、宇宙空間で合成されたのではないかという説が浮上してきます。それが何らかの方法で地球に運ばれて生命のもとになった、ということですね。私も東大工学部にいた頃、野辺山宇宙電波観測所で牡牛座暗黒星雲から飛んでくるマイクロ波の中にアミノ酸が合成される化学反応の痕跡を探すという研究プロジェクトに参加していました。しかし、アミノ酸の検出は大変難しく、これまで誰も成功していません。

萱野 宇宙空間でアミノ酸が合成されたと考えられる理由には、どのようなものがありますか?

吉田 太陽系にアミノ酸が存在する間接的な証拠はたくさん見つかっています。例えば、宇宙から飛来した隕石からもアミノ酸が見つかっています。隕石の表面には地球のアミノ酸が付着してしまっているのですが、隕石の内部からもアミノ酸が発見されているので、これは宇宙にアミノ酸が存在するという証拠のひとつです。とはいえ、隕石の内部で見つかったアミノ酸は微量なので、実験中の混入も完全には否定できません。ですから、はやぶさ2が持ち帰ってくる“リュウグウ”の地下物質が重要になるのです。もし、そこからアミノ酸が見つかれば、それはアミノ酸が太陽系に存在するという決定的な証拠になります。さらに、46億年前に太陽系ができたとき、地球などの惑星は誕生時のエネルギーでドロドロに溶けていますから、当然アミノ酸も壊れてしまっています。しかし、リュウグウなどの太陽から離れた小惑星は太古の状態をとどめているため、その地下物質からアミノ酸が検出されれば、アミノ酸は太陽系よりもさらに古いということになります。ということは、地球と同じタイプの生命が宇宙のさまざまな場所に存在していてもおかしくないわけです。そこにロマンがあるんですね。

萱野 水とアミノ酸が宇宙の至るところに存在しているのであれば、環境さえ整えば、どこでも生命が誕生する可能性はあるということですね。では、地球上の生命は、どのようなステップを経て生まれたと考えられるでしょうか?

吉田 まず細胞を再生産することができる能力を持つことを原始的な生命の定義としましょう。その誕生には複数の説がありますが、有力なのは、まず生命が誕生する前段階として細胞の原型となる“コアセルベート”という小さな袋状のものができたという説です。そこにアミノ酸が取り込まれて酵素ができ、膜の外のものを取り込む代謝の機能が生まれ、何らかの偶然でタンパク質の鋳型となる遺伝物質RNAが細胞に含まれて、再生産が行われるようになった――この生命誕生のプロセスが行われた場所として有力視されているのが、海底の“熱水鉱床”です。

萱野 熱水鉱床とは具体的にはどのようなところですか?

吉田 海底の火山活動によって熱水が噴き出し、そこに含まれる成分が冷却されて沈殿している鉱床です。ここでは水が高温高圧によって超臨界という特別な状態になっており、アミノ酸が自動的に結合することも可能です。さらに、熱水鉱床から少し離れたところでは水の温度は一気に下がっていて、この極端な温度差をエネルギー源に利用して生命が誕生したと考えられているのです。

萱野 その熱水鉱床と同じような条件が整えば、地球以外でも生命誕生の可能性はあり得るわけですね。

吉田 例えば木星の衛星エウロパには広大な海があり、海底には熱水鉱床が広がっているといわれています。そのほかにも、かつての火星や土星の衛星タイタンにも生命が誕生し得る環境があり、そう考えると、太陽系に限っても、地球以外に原始的な生命が存在する可能性は低くないでしょう。ただ、地球に誕生した生命の場合は、当初こそ熱水鉱床の熱をエネルギーにしていましたが、やがて光合成という太陽エネルギーを利用するシアノバクテリアが登場し、光合成によって地球上に酸素が増えると、今度は酸素を細胞の分裂に利用する生物が誕生――と進化を遂げていったんですね。ここでちょっとおうかがいしたいのですが、萱野先生はいわゆる“宇宙人”は存在すると思いますか?

萱野 地球外に生命が存在する可能性はあっても、人間のような高度な知性を持った生物が存在するかどうかはまったく別の話なのではないでしょうか?

吉田 そうです。地球外に生命が存在するということを、一足飛びに知的生命体が存在することと同一視してしまう人は案外多いのですが、これは全然違う話なんですね。地球上に生命が存在するのは必然だと思いますが、人間が存在するのは奇跡中の奇跡といってもいいぐらいの偶然が重なった結果だといえます。例えば、もし月がなかったとしたら、人間は地球上に存在していないでしょう。

萱野 月がなければ、地球に生物はいても、人間までは進化しなかったということですか?
吉田 月の潮汐力によって大陸まで潮が押し寄せて地殻を削った結果、ナトリウムが海に溶け出して“塩水”という環境ができあがりました。人間の体はナトリウムイオンを使って神経や筋肉をコントロールしていますが、それは生命を育んだ海水に由来しています。もし、月がなかったらこのような進化はあり得なかった。この海水の環境を作ることになった月も、太陽系ができたばかりの約45億年前、地球に原始惑星が衝突した“ジャイアント・インパクト”のときの破片が集まってできたものとされています。太陽の寿命自体があと50億年程度といわれていますが、もし月がなかったら、人類の誕生はそれまでに間に合っていなかったでしょう。

萱野 原始的な生命が誕生した約38億年前から人類の誕生まで長い時間がかかりましたが、その間には宇宙の成り立ちに関わる偶然もあったということですね。その過程をひと言で表すなら、何といえるでしょうか?

吉田 それは破壊と創造の連鎖だと思います。その意味で最も大きな影響を与えたのは“木星”の存在でしょう。

萱野 木星ですか?

吉田 木星の位置が絶妙なんです。この木星の距離が近すぎても遠すぎても、今の人類は存在しなかったと思います。人類が誕生するに至った最も大きな分岐点は、6500万年前にユカタン半島沖に隕石が落ちて恐竜が絶滅したことです。それまで恐竜に見つからないよう夜中にコソコソと活動していた哺乳類が活動領域を広げるようになり、急激に進化していきました。その頂点に立っているのが人類といえるわけです。それ以前にも何度か、隕石やそのほかの環境の変化によって地球上の生物は大量絶滅して、リセットされています。生物の進化には適度な間隔のリセットが必要なんですね。その中で人類にとって最も重要なリセットが6500万年前の隕石だったのです。もし木星の軌道がもっと外側だったら、木星の重力の影響が少なくなるため、地球に頻繁に隕石が降ってくることになります。6500万年前に恐竜がリセットされたことが哺乳類にとっては幸運だったわけですが、その後に同規模の隕石が降ってこなかったことも大きい。もし、降ってきていたら、そのときは哺乳類がリセットされて、また違う種が台頭していたはずです。ただし、高度な知性を獲得するには6500万年という年月が必要なので、リセットが頻繁だと、いつまでたっても高度な知性には到達できないはずです。逆に木星の軌道がもっと内側だったら、木星の重力に引っかかるので、6500万年前の隕石は降ってこなかった可能性が高い。そうすれば、今でも恐竜が地球を支配していたかもしれないし、少なくとも哺乳類が台頭する時代はもっと遅くなっていたはずです。

萱野 木星と地球との距離が人類誕生の大きな鍵となっているなんて、ものすごく壮大な生命観ですね。ところで、そうした隕石の落下による環境の激変も含めて、人類の誕生に至る生命の進化の過程というのは、複雑化の過程として考えられるものでしょうか?

吉田 単純に見える生物が複雑なシステムを作り上げていることはよくありますから、人間が最も複雑な生物であるとは断定できませんが、約40兆という細胞の数だけ見れば、それだけ複雑化しているということは間違いないでしょう。そしておっしゃる通り、環境の変化による大量絶滅は地球上で何度も起こっていて、その後に生まれた生物は確かにより複雑化しています。シアノバクテリアの登場によって原始地球にはなかった酸素ができましたが、当時の生き物にとって酸素は有毒でしたから、数多くの種が死に絶えました。しかし、今度はエネルギー効率のよい酸素を呼吸に利用する生物が生まれてきたのです。古生代にはカンブリア大爆発が起きて生物は一気に多様化しましたが、P-T境界で大量絶滅があって、その後の中生代で恐竜と哺乳類が誕生しています。環境の激変による大打撃で淘汰され、生き残った種が新たな環境に適応するために新たな体の仕組み、生きていく仕組みをより複雑化させるほうに進化していったといえます。

萱野 複雑化の結果として、地球上の生物はかなり多様化しました。ただその一方で、地球上の生命は水とアミノ酸から生まれたことを考えると、むしろ生物全体で共通しているところも多いのではないでしょうか?

吉田 これもまたびっくりすることなんですが、地球上のあらゆる生物の細胞の構造、働きは、基本的にすべて同じ。極論すると地球上の生物は“一種類”しかいないともいえます。バクテリア、原生生物、菌類、植物、動物、人、すべて細胞が生きる基本的な仕組みは共通しているんですね。

萱野 私が吉田先生の著作『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議』を読んで面白いと感じたのは、そのような基本的な仕組みのもとで人体を説明していくところでした。原子のレベルにおける基本的な仕組みから生命を論じていく宇宙生物学を見れば、人間も他の生物と変わらないという視点をとても斬新に感じました。

吉田 生命を化学的な反応から見れば、もちろんすべての生物は同等ですよね。人間だから特別な地位を与えるようなことはありません。ただ、そこには人間の“精神”や“心”という観点が欠落しています。例えば哲学者が人間を語るときは、そういった人間の確固たる意思や精神性といったものを前提にしているのではないですか?

萱野 そこは哲学者によっても変わってきますね。人間の意思や精神性を重視する哲学者がいる一方で、人間の身体や物質性を重視する哲学者もいます。両者の違いを端的に言うと、人間は信じるから祈るのか、それとも祈るから信じるのか、という違いです。私自身はどちらかといえば後者の立場です。人間の精神性はとりあえず“カッコ”に入れて、まずは“存在”としての人間がどういったものなのかというところから考えていこうという立場ですね。

吉田 それは、哲学者としては一般的な考え方なのでしょうか?

萱野 必ずしもメジャーとはいえないかもしれません。やはり中世以降のヨーロッパの哲学はキリスト教神学の発展と切り離せませんし、基本的に哲学は人間中心の学問として進展してきましたから。ただ、スピノザやハイデガー、フーコーなど、そうではない哲学の系譜も一方にはあって、そこでは逆に、人間中心の視点を一度“カッコ”に入れることではじめて「人間とは何か」を明らかにできると考えられています。

吉田 なるほど。「人間とは何か」という問いは、立場によって答えが変わってきますよね。1000の立場があれば、1000の答えがある。そして、“人間という物質”は間違いなく存在しているわけですから、その物質がどうなっているのかという側面を見る意味は大きいでしょう。
萱野 そうした吉田先生の視点には、人間中心の哲学を破壊するだけのインパクトがあると私は感じました。すべての生命を同じ仕組みのもとで見た場合、人間を特別な存在と見ることはできなくなりますよね。

吉田 物質として見た場合はそうしないと成り立ちません。

萱野 その上ではじめて、人間と他の生物の違いとは何かを考えることに意味が出てきます。その場合、その違いはやはり“環境の違い”ということになるのでしょうか?

吉田 私は“環境の多様性”こそが生命を生み出した本質だと思います。

(次号に続く)

吉田たかよし
1964年生まれ。医学博士。受験生専門の心療内科「本郷赤門前クリニック」院長。受験医学研究所代表。東京大学大学院工学系研究科卒業後、NHKに入局。その後、東京大学大学院医学研究科・医学博士課程修了。加藤紘一元自民党幹事長の公設第一秘書、東京理科大学客員教授も歴任。主な著書に『受験うつ』(光文社新書)、『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議 』(講談社現代新書) など。

萱野稔人
1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。主な著書に『国家とは何か』(以文社)、『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(小社刊行)など。

(写真/永峰拓也)