昨年3月、東京都目黒区で船戸結愛ちゃん(当時5歳)が両親から虐待され死亡したとされる事件で、母親の優里被告(27)に懲役8年(求刑懲役11年)の判決が下された。東京地裁は、「両親による食事制限はひどく、医療処置を受けさせなかったことも悪質で強く非難されるべきだ」とした上で、元夫・雄大被告(34)の「意向に従ってしまった面が否定できない」と言い渡した。
事件の発覚当時、父親から日常的に暴力を振るわれ、十分な食事を与えられず衰弱死したという悲惨な虐待の内容と、結愛ちゃんが書いた「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」という手書きの文章は、社会に大きな衝撃を与えた。それから1年半の時が経過する中で、行政面では児相の体制強化や体罰禁止などの法改正が進んだが、一方で、事件への関心が徐々に薄れつつあったことも否定できないだろう。
サイゾーウーマンでは、昨年に【目黒事件から改めて虐待を考える】と題した全5回の特集を展開している。母親・優里被告に判決が下ったいま、改めて記事を再掲する。この機会に、ぜひ読んでいただきたい。
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(初出:2018年8月24日)
今回の【目黒事件から改めて虐待を考える】特集では、すでに起こっている虐待事案のデータを分析し、児童相談所の対応や虐待している側の心理などをテーマに5回にわたって専門家のインタビューを掲載してきた。実際に凄惨な虐待事案が起きた場合は児童相談所などの関係機関の対応が要になるが、虐待を予防するためにできることは私たちにもあるはず。最終回では、各専門家に聞いた「虐待を防ぐために必要なこと」を掲載する。
他人との距離感がわかりにくい時代、自分が傷つきたくないがために他人への無関心を装ったり、必要以上に遠慮したり、夫婦であっても話し合いを持たないことは珍しいことではない。ただ、目黒区の結愛ちゃん事件もほかの虐待死事案も「誰かがもう少し気にかけていれば」「ちゃんと話を聞いていれば」の積み重ねが、最悪のケースを招いたともいえる。虐待事件報道のたびに感じる「やりきれない気持ち」をそのままにせず、幼い子の命を守るため、専門家の提言を一歩踏み出す力に変えてほしい。
【第1回】「加害者の半数は実母」「幼児より新生児の被害が圧倒的に多い」――児童虐待の事実をどのぐらい知っていますか?
【第2回】児童相談所の権限強化や警察との全件共有は、本当に救える命を増やすのだろうか?
【第3回】悲しいことに結愛ちゃんが書いた「ゆるして」は珍しくない……子どもへの暴力を認めている日本の現状
【第4回】虐待した保護者、虐待された子のその後は――? 児童相談所の「措置機能」を考える
【第5回】なぜ「虐待する親」「パートナーの虐待を止めない親」が生まれるのか、臨床心理士が心理状態を分析
虐待を防ぐのは配偶者のサポート 「子どもの虹情報研修センター」専門相談室長・小出太美夫さん
虐待を防ぐためにすべきことは「孤立を防ぐこと」。虐待加害者の半数が「母親」である現状では、孤立を防ぐためには配偶者である父親のサポートが重要です。日本のお父さんは子育ての「協力」と「サポート」の違いがわかってないのかもしれません。「協力」は家事や子どものおむつ替えで、「サポート」は子育てのメインになりがちな母親の話を聞く、評価し褒めることです。とはいえ、仕事を理由に「協力」はおろか、「サポート」すらしない男性も多い。そういった夫婦は、情緒的ネグレクトとなっているケースが多いように見受けられます。例えば夕食を作ってもらっても、「おいしいね」と言うこともなく、それが当然だと思っている。また、母親が子どもの話をしても無視する。一方的に交流を断つことは一種のネグレクトで、それを続けられたら母親は子育てする気力が出てこない。配偶者のサポートというのは、虐待の予防や再発防止、虐待連鎖を断つ大きな力です。
さまざまな“貧しさ”をなくすこと 日本社会事業大学専門職大学院教授・宮島清さん
貧しさをなくすこと。貧しさというのは、金銭的な貧しさ、時間の貧しさ、空間の貧しさ、発想の貧しさを含みます。結愛ちゃんの父親のように、幸せなろうとして努力したのに失敗してしまった人を、単純に鬼畜だと考える想像の貧しさ。児童相談所の職員を「税金で楽してる」と考え、がんばっている人を追い詰める貧しさ。人生で当たり前に起こり得るさまざまな困難や失敗に陥った人を蔑み、社会が共有している税金を使うことを嫌がったり、福祉に関わる人を「単純労働だから給料が安くても構わない」と思ったりする心の貧しさです。こういった貧しさからなんとか脱却していかないと、虐待はなくならない。虐待をはじめ、さまざまなニュースを自分のことだと思って考える当事者性を持たなければ、社会は良くならない。
他人になにか言われても、他人の感情を引き受けすぎない NPO法人「児童虐待防止全国ネットワーク」理事・高祖常子さん
社会が子育て中の親に対して、「見張る」のではなく「見守りの目」を向けること。電車の中で赤ちゃんが泣いていたら周りの人は思わずそちらを見ることが多いでしょうが、親が「刺さるような目」と感じるのか、「見守ってくれてるな」と感じるのか。それだけでも子育てのしやすさは違うはずです。「この時期の子は泣いちゃうんだよね」「うちの子も泣いてたわ」と声をかけるだけで、普段肩身の狭い思いをしている親はふと肩の荷が下りる。小さなことですが、虐待加害者を厳罰化するよりも、温かい目で見る人を増やしていく方が子育ては楽しくなるし、みんなが暮らしやすい世の中になると思います。
私の肌感覚ですが、いまも10人中9人ぐらいは子育てしている人に優しいのではないかと思います。ただ親としては、「私がこんな行動をしたから、あの人は怒ったんじゃないか」と機嫌が悪そうな人に過敏になってしまう。共感することも大事ですが、他人の感情は他人のもの。過剰にそれを引き受け過ぎないことが大事です。それは子どもに対しても同じです。「子どもが泣きやまないのは、私がうまくできないからだ」と自分を責めるのではなく、「泣きたいときだってあるよね」と子どもの気持ちを受け止め、割り切って考えてもいいんです。
「叩いてしまった」を繰り返さないのが大切 臨床心理士・杉山崇さん
虐待の社会的背景には、貧困問題があると思います。人は、お金がないとみじめな気持ちになり、自尊心を失うもの。こうした貧困によって受けた苦痛を、今度はほかの誰かに与えたいとする心理が働き、それが児童虐待につながっている面もあるのではないでしょうか。そもそも今の日本社会は、アメリカナイズされたビジネスの価値観が浸透しています。例えば、内向的な人より外交的な人、消極的より積極的な人が優れているといった考え方で、人と比べることによって優劣が成り立つ、つまり“自尊心の奪い合い”が起こっているんです。大きな話になってしまいましたが、虐待の原因が自尊心の欠落に関係しているとすれば、“負け組”を生み出す社会構造に問題がある、虐待防止には、その点にも目を向けるべきといえるのではないでしょうか。
一方で、親がすべきことについて。もし感情的に叱ったり、叩いたりしてしまったときは、ただ自分を責めるのではなく、「どんな親でも、子どもが敵に見えてしまうことはある」「大切なのは繰り返さないためにどうしたらいいか」と、考えるようにしてほしいです。乳幼児期は脳が未発達なので、全力で欲求を訴えます。そんなとき、「親を困らせようとしているのではない」ということを頭の片隅においておけば、気持ちが少し楽になるかもしれません。
SOSを出すことは親としての責務 子ども家庭福祉学者・柏女霊峰さん
社会がすべきことは、子どもとその保護者に、関心を寄せること。民生委員/児童委員という制度があり、高齢者のご家庭には、委員の方が「今日は暑いけど、ちゃんと水飲んでる?」などといって、気軽に立ち寄ることもあるようなんですが、子育てをしているご家庭には、「なかなか入りにくい」と足が遠のいてしまいがちだそうです。地域の中で、人々が関心を持ち合うことができれば、赤ちゃんの泣き声が止まらないご家庭に、「どうしたの?」と声をかけにいってあげられますよね。今は、「すぐに児童相談所に通告を」といわれていますが、まずは地域での関係性を密にすることが大事だと思っています。
また、親がすべきことは、周囲に対してSOSを出すこと。昔は、おじいちゃんやおばあちゃん、ご近所さんが声をかけてくれたから、親も何とか子育てができていたけど、今はもうそういった環境が減ってきています。だからこそ、親自らが、子どもと自分のために、SOSを出さなければいけないんです。周囲を頼ること、助けを求めることは、親としての“権利”であり、“責務”でもあると考えるべきだと思います。




