『ザ・ノンフィクション』中高年の「図太さ」は若者にない武器「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」

NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。9月29日の放送は「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」。舞台女優を目指し上京した娘・渡邊美代子と娘の夢を過剰に応援する母・美奈世のステージを目指す日々。

あらすじ

 舞台女優を目指し高校卒業後長野県から上京した美代子。オーディションを受け続けるも芽が出ず生活に追われる日々が続く。それから3年、22歳になった美代子に母、美奈世は地元のご当地アイドルの仕事を紹介する。しかし美代子は、10歳近く年下の他メンバーとなじめず、結局3か月で辞めてしまう。それからさらに4年後、26歳になった美代子はアルバイト先の先輩と結婚し子どもをもうけていた。家賃が安いからと長野へ戻ることを決め、夢を追うことから「卒業」する。

 一方の母・美奈世は、美代子の夢をサポートしていくうちに、芸能関係の仕事を目指していた少女時代の気持ちが再燃。新しいご当地アイドルユニットの結成を手伝ってほしいという話が舞い込んだ際には、それに奔走、娘・美代子がもともと縁のあった作曲家と意気投合し、番組の最後には作曲家の高円寺のライブで歌を披露するなど、娘に代わり夢を追い続ける。

若者は不安でいっぱい――娘・美代子の場合

 娘、美代子は理想や夢(舞台女優になること)はあるものの、具体的な像(どんな舞台女優になりたい、誰の作品に出たい、舞台女優としての自分の強みとは何かなど)は放送を見る限り今一つ見えず、どこかフワフワとしている。

 さらに、仕事がない状態で母が取ってきた地元・長野のご当地アイドルの仕事も、自分が望んだ仕事でないこともあってか、やる気をあまり感じない。それは、10歳近く年下のメンバーから「気を使われてるのもわかってる」とこぼしたり、長野での仕事が終わると、すぐ東京へ戻る生活からも感じられる。3カ月でアイドルの仕事を辞めた後、スタッフにどうするのか問われても「将来的なことも決めかねているから」 と、またしてもフワフワしている。

 「ビジョンはあるようだが、どうもフワフワしてて現実感がない」「受け身でやる気を感じない」というのは、何も美代子に限らず、むしろ若者はそういうほうがスタンダードなのではないだろうか。

 若者は年長者に比べ経験や実績が乏しい。経験が乏しく「実際の落としどころはこんなもん」というのを会得できていないため、理想は逆に高くなりがちだ。よって若者は「高い理想とさえない現実のギャップ」に苦しみ、不安に駆られやすい。そして不安が強いと失敗することがますます怖くなるので、つい受け身がちになったり、及び腰になって、やる気がないように見えてしまうのではないだろうか。

 結婚して子どもができた美代子は、夢を追っていた日々の焦燥感から解き放たれたのか、イラついた雰囲気がなくなり、フワフワしたことも言わなくなり、地に足のついた落ち着きを見せていた。美代子にとっては、こう生きる方が向いているのだろう。しかし、夢を追っていた日々は無駄ではなかったと思う。「やりたくてやってみたけど、ダメだった」という経験を積むことで、現実の落としどころを知る大人になっていくのだろう。

 若者特有の「不安」は年を取ると案外、解消する。まず、生きていれば自然と場数を踏んでいくので「経験不足で不安に駆られる」場面は減っていく。

 さらに、歳をとれば程度の差はあれ誰しも図太くなっていく。こういった図太さは「老害」と否定的にとられがちだが、一方でそんな中高年の母・美奈世は、図太さの利を生かして、なかなか楽しそうなのだ。

 美奈世はかなり図太い。美奈世は介護職に従事してきたのだが、美代子の活動を間近で応援してきたことで、「(今後は自分も)マネジメントとかプロデュースとか(をやってみたい)」 と抱負をテレビカメラの前でニコニコと臆せずに語る。年を取れば誰しも図太くなるとは言え、ここまで言えるのはかなりのタマだ。

 しかし、実際それでご当地アイドルのグループの結成の仕事に携わることになり、またしても「秋元(康)さんみたいになれるかな」 と微笑む。ためらわずに抱負を言える図太さが、チャンスを引き寄せたのかもしれない。

 結局、新しいアイドルグループの話はメンバーが集まらず白紙となってしまうのだが、しかし、その立ち上げに関する打ち合わせで何度も顔を合わせた作曲家が美奈世を気に入り、ライブへゲストで呼ばれ、生歌まで披露していた。

 作曲家は美奈世のことを「美代子ママは、俺の歌とか結構聞いてらっしゃるじゃないですか」 と話していた。美奈世は仕事相手である作曲家の作品をよく研究し、おそらく、本人に曲の素晴らしさなどを伝えていたのだろう。

 仕事相手にこういったことをやれない、したがらない人は結構多い。恥ずかしかったり、おべっかのように思えて嫌だ、という気持ちからなのかもしれない。もちろん心にもないのに褒める必要はないし、そんなウソは相手にすぐ伝わってしまう。しかし、実際に「良い」と思うのなら、「あなたの作品を買いました、好きです、良かったです」と伝えたほうが、相手も当然、悪い気持ちになるはずもなく、その後つかむチャンスも増えるはずだ。

美奈世は単に図太いだけでなく、そういった細やかさも併せ持った人なのではないかと、この流れを見て思った。

中高年が元気で、若者が暗い理由は「世代的レンズ」の違い?

 私の回りを見ても、口では「疲れた」と言いながら、美奈世のように若年層よりよほどエネルギッシュに各地を飛び回り仕事をする中高年をよく見かける。もちろん個体差はあるが、この世代はそもそも元気な人が多い。これには育った時代の価値観の影響もあるのではないかと思う。

 私はそれら中高年より下、いわゆる「失われた10年」の不景気世代だ。就職で苦労したので、世の中を見る基本的な“レンズ”が「どうせ良くならない」と暗い。「失われた10年」に続く「ゆとり」「さとり」など下の世代も、レンズは暗い人が多いのではないだろうか。

 一方で、中高年層の世の中を見るレンズはそこまで暗くない感じがする。たまたま日本が豊かな時代に、思春期や青年期を送った恵まれた人たちともいえるが、美奈世や、また自分の身の回りのパワフルな中高年は楽しそうに働く人が多いし、そういう人を見ているとつられてこちらも楽しくなってくる。

 よって、「レンズが暗め」世代で、物事を暗く批判的にとらえがちで、それゆえに腰が重くなりがちな人ほど、美奈世の道なき道を突き進む図太く明るい生き方が、案外いいヒントになるのではないかと感じた。

 次週のザ・ノンフィクションは『好きなことだけして生きていく 前編~元ニートの再々再々出発~』。40歳になっても「好きなことだけして生きていく」はできるのか? 日本一有名なニート、京都大学卒のpha(ファ)。彼と仲間の6年を見つめる。

石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂

アインシュタイン稲田が公私にわたってモテまくり⁉ 空前の「ブサイク芸人」ブームが到来中のワケ

 吉本興業が毎年行う「ブサイクランキング」を3連覇中のアインシュタイン・稲田直樹をはじめ、宮下草薙・草薙航基、金属バット・友保隼平など、このところ、バラエティ番組では「ブサイク芸人」が重宝されている。

 その理由を制作会社スタッフが明かす。

「昨今の芸能界では不倫は命とり。その点、ブサイク芸人の場合は、女性スキャンダルのリスクが低い。また、先日はAマッソが差別ネタで批判を浴びましたが、現在は炎上必至の人を傷つけるネタはご法度。その点でもブサイク芸人は基本的に“人から傷つけられる側”であるため、スポンサーとしても安心感がある。稲田と草薙は『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の加地倫三プロデューサーのお気に入りですから、今後はさらなるブレイクが期待されます」

 一方、女優の蒼井優を射止めた山里亮太のように、「ブサイク芸人」がモテる時代もやってきている。「実際、稲田の女性人気は凄いことになっている」と言って放送作家はこう証言する。

「信じがたいですが、稲田はハンパなく女性にモテていますよ。彼が登場すると、昔なら『ギャーッ』という悲鳴だったのが、今や『キャーッ』という歓声に変わってきています。プライベートで言い寄ってくる女性も多いと聞いていますよ」

 そんな稲田に警鐘を鳴らしているのがあの男。前出の放送作家が続ける。

「お笑い界に、『ブサイク芸人会』という集まりがあるんですよ。先日には山里の“脱退式”が行われ、逆にナインティナイン・岡村隆史が加入したようです。会の中心人物はアンガールズなのですが、稲田は『チヤホヤされるのは一瞬だから、調子に乗るな』と助言されていたそうです」

 かつて、「抱かれたくない男」のトップにいた出川哲朗は、今や11社のCMに起用される人気ぶり。ネオブサイク芸人たちも調子に乗らず、愛され続けることが大事だろう。

”元アウトローのカリスマ”瓜田純士、ブラックエンペラー2代目総長の実父への想いをラップに乗せる!

「親父、調子はどうだ?」――ユーチューバーとして、そしてミュージシャンとして精力的に活動中の“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(39)が、瓜田夫婦名義で新たなミュージックビデオを発表した。曲のタイトルは「TO FATHER」。伝説の暴走族「ブラックエンペラー」の2代目総長で、元極道でもある実父(遠藤吉寿氏)に向けたラップソングだ。父の背中を追うようにアウトローの世界に足を踏み入れた瓜田だったが、やがて両者は対立し、疎遠状態に……。あれから5年。更生し、家庭を持った元不良息子が、父への思いを曲に刻んだ。

――なぜ今この時期に、「父親」をテーマにした曲を発表したのでしょうか?

瓜田純士(以下、純士) 親父とは久しく会っていないんですが、今年の夏、知人から近況を聞きまして。その晩、親父について、あれこれ考えたんですよ。構ってもらえなかった少年時代や、対立していた極道時代は「あんな奴は親じゃねえ」とうそぶいていましたが、大人になって更生した今では「俺が子どもだったな」「実はいろんなところで守られていたんだな」と思えるようになった。そこで、親父に対するそうした思いを曲にしようと決めました。

――純士さんとお父様の関係性を教えてください。

純士 俺が小6か中1のときに両親は離婚したんですが、お袋との結婚期間も外に女を作っていたから、年に一度ぐらいしか家に帰ってこないような親父でした。だから、「どんな人なんだろう?」という興味があり、親父の本棚を漁ると、暴走族時代の本(『俺たちには土曜しかない』遠藤吉寿著)や映画(『ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR』)のVHSが出てくるから、憧れも抱くようになって。

 でもお袋は、親父が帰ってこない間、姑の近くにいたせいでノイローゼ気味になってしまい、俺は親父への憧れを表に出すことができなかったんですよ。子ども心に「お袋の味方をしないといけない」という思いがあったから、いつもお袋の目を盗みながら親父関連の作品を見ていました。

――ご両親が離婚してから、お父様との交流は?

純士 ますます疎遠になったんですが、ある日、おばあちゃんから、「親父には弟がいた」という話を聞きまして。そこの家庭もいろいろと問題があって、おばあちゃんは弟らを残して、長男である親父だけを連れて家を出てきちゃったらしいんです。

 生き別れになった弟からしたら、お兄ちゃんに会いたい。やがて風のウワサで「1万人クラスの巨大暴走族の総長になっている」と聞き、だったら自分もバイクに乗って新宿に行けば兄貴に会えるんじゃないか。そう思って中免を取って、バイクで新宿に出てきたときに、弟は交通事故で亡くなったそうです。

 そういう話も聞いていたので、俺も弟さんが思ったように、ヤクザかなんかになって新宿で目立っていれば、いつか親父と会えて認めてもらえるかもしれない、という期待も抱きつつ、17でヤクザとしての登録を終えて、歌舞伎町をウロチョロし始めたわけです。そしたら18ぐらいのとき、歌舞伎町のセントラルロードを仲間と歩いていたら、親父とバッタリ会いまして。

――そのとき、どんな会話を?

純士 連絡先を交換して、「夜に出てこい」と言われて、その晩、飲み屋で近況を語り合いました。そこからお互いヤクザということで、シノギの話とかも出てくるようになり、たまに会うようになったんですよ。

 親父とは組織は別でした。ただ、俺の組織の幹部も若かりし頃、ブラックエンペラーとケンカしていたなどの縁から、親父をみんな知っていました。普段は口もきけないような上の幹部の人たちが、われわれ親子の飲みの席に同席して、「なんだお前、遠藤さんの息子だったのか」「お父さんに心配をかけるなよ」などと声をかけてくれることも度々ありまして。今にして思えば、それは親父が作ってくれた“場面”なんでしょうね。そういう席を設けてくれたのは、もしかしたら守ってくれていたのかな、と思うんですよ。「俺の実子を安いチンピラみたいに扱うなよ」という意味だったと思うんです。

――だとしたら、お父様の優しさを感じますね。

純士 ただ、それが悪いほうに転がることもあって。親父が何かトラブルを起こすと、「息子を捕まえたら親父と話せるぞ」ということで、俺が追い込みをかけられる場面も出てきたわけです。それはさすがに背負いきれず、逃げ出す意味で「親父のことを俺に聞くな。あんなの親じゃねえ」と言っていた時期もありましたし、そうしたことが原因で、親父と殺し合いをしかねないほど憎み合った時期もありました。そんなこんなが重なって、いつしか再び疎遠になってしまったという感じです。

――最後にお父様と会ったのはいつでしょう?

純士 2014年頃だったかな。親父はすでにヤクザをやめていて、「やっと肩の荷が下りた」と言っていました。そのときはその言葉の意味がわからなかったけど、先日、近況を知人から聞いたときに、「親父もいろいろ大変だったんだろうな」と思いました。俺よりも圧倒的に面倒な立場にいたんだろうし、立場上、したくもない態度を取っていたんだろうし、引くに引けなかったこともあったんだろう、と。俺も大人になったから、そうしたことがわかるようになってきたんですよ。

――お父様の近況は?

純士 それはご想像にお任せします。が、その知人いわく、千葉の美浜で俺が刺されたとき(参照記事)、親父は俺のことを心配して、水面下でいろいろと動いてくれていたらしいんです。また、俺が切腹してICUにいたときも、お袋は俺が死ぬと思ったらしく、誰に相談していいかわからずに別れた親父に連絡を取ったら、親父は病院の近くまで駆けつけてくれたそうで。

 そんな話を聞くうちに、憎しみは消え去り、親父に向けた曲でも作ろうか、という気になりました。

――まず、リリック(歌詞)から作ったのでしょうか?

純士 いや、今回はトラックが先に決まっていました。前作、前々作同様、Kombow氏の作品の中から、秋らしいトラックに目をつけていたんですよ。で、そのトラックにハマりそうな秋らしい感傷的なリリックということで、最初は「嫁と嫁のお父さんの物語」を書こうと考えていたんです。大阪から出てきて、俺みたいな男と一緒になって、いろいろ苦労もあっただろう、と。

「TO FATHER」で、俺がフック(サビ)を歌う部分があるじゃないですか。あそこの部分に、「ウチ、寂しかったんよ。ウチ、ほんまにパパに大事にされていたんよ」みたいな関西弁の嫁の歌を入れる予定だったんですが、その案を嫁にぶつけたら、「アホちゃうか。ウチの年齢でそんなメンヘラな歌を歌ったら恥ずかしわ。純士のためにも、それだけはほんまにやめといたほうがええで」とフル却下されまして(笑)。

 一歩間違えたら、とんでもない駄作を世に発表するところでしたが(笑)、そこへたまたま自分の親父の近況が舞い込んできたから、新たにリリックを書いて、そのトラックにハメ込みました。結果オーライですが、うまいことハマったと思います。

――英語のリリックも印象的でした。

純士 歌詞の内容的に、日本語で歌うと間抜けになりそうな部分だったから、英語にしました。ただし、英語をしゃべれない奴が英語で歌うという禁じ手をやる以上は、ちゃんとした英語にしなかったら笑われる。だから、ネットで調べたり、外国の偉人の名言を引用したりしつつ、文法的にも発音的にも間違えがないように努めました。

――フックを純士さんが担当したのは、今回が初めてですね。

純士 前から嫁に「フックを歌ってみたら?」と言われていたので、今回初めて挑戦してみました。どうでした?

――歌がうまく、声が優しいことに驚きました。

純士 人って、自分の声が一番わからないじゃないですか。最初、DJのTVXI氏が完成形に近い音源を上げてきたときに、「あれ? こんなはずじゃない」と自分の声に引いちゃいまして。DJに「ああしてほしい」「こうしてほしい」とボーカルをイジるように、何度もリメイクの指示を出してしまったんですよ。

 ところが、リメイクしてもらった数パターンの声と、元の声を何日もかけて聴き比べてみると、「やっぱ元の声のほうがいい」ということがわかった。だから今後はDJから上がってきた音に返信をするのは、少なくとも丸一日聴き込んでからじゃないとダメだなと反省しました。

 矢沢永吉とかマイケル・ジャクソンもきっと細かい注文を出すんでしょうけど、ああいう人たちって、ベース、ギター、ドラム、編曲者などの一人ひとりに大金を払って、初めて発言しているわけじゃないですか。それをこっちは業界最安値クラスでやっているくせに、永ちゃんばりに指示がうるさい(笑)。そりゃ周りもウンザリするわ、と思いました。

――麗子夫人の歌声も美しかったです。奥様にお聞きしますが、あのメロディは自分で考えたんでしょうか?

瓜田麗子(以下、麗子) メロディの基礎はすべて、純士が鼻歌で作るんですよ。「こんな風に歌って」と。あとはDJの意見も取り入れつつ、自分でアレンジして歌いました。

純士 メロディ作りは完全に俺。なのに嫁は、「自分で作ってる」って思いたがるんですよ。

麗子 作ってるやん!

純士 基礎は俺なんですよ。

麗子 そう言うてるやん! その純士の毎回変わる適当な鼻歌を覚えるのが思いっきり大変やねんから、歌いやすいように自分でアレンジするしかないねんやん。

純士 そんな嫁を説得するのが大変で……。暴走したら違うもんになっちゃいますからね。レコーディング中にDJからも「これは旦那さんの曲だから、奥さんはもう少し控えめに」と注意されていましたから(笑)。まぁ、最終的にいい感じに仕上がったらよかったけど。

麗子 いつもウチのおかげでよくなってるやん!

純士 要するに瓜田夫婦は、アリとキリギリスなんですよ。アリがせっせと頑張っているのに、キリギリスが手柄を横取りしようとするから、アリは疲れるばかりなんです。結局、アリですから俺は。

――今回も、制作中に夫婦ゲンカが絶えなかったのでしょうか?

純士 なぜ夫婦で音楽活動する人が世の中に少ないのか。その答えが今回、出ましたね。夫婦でやったらケンカになるし、ヘタしたら離婚までありますって。それぐらい今回も、ケンカになったんで。せっかちな俺と、おおらかな嫁だと、必ずケンカになるんですよ。

 嫁はすべてにルーズ。時間を守らないし、何事もギリギリまで動かない。なのに、誰よりも偉そうにしている(笑)。それが非常にムカつくんだけど、嫁がいないと作品が出来上がらないのも事実だから、俺はノッてもいないのにノッているフリをしてあげる場面も多かった。99パーセントは俺の頑張りなんだけど、五分五分の作品に見せるのにも苦労しました。

――奥様、反論をどうぞ。

麗子 毎度のことやけど、純士は物作りしだしたら寝ている以外は毎日ピリピリするから、ほんま嫌やねん。協力せぇへんかったらよかったわ、って毎回後悔すんねん。もう一緒に物作りをするのは、ほんま嫌。途中で何回もそう思うねん……。

純士 こっちはそんな嫁のことを、ひたすら機嫌を取らないといけない。ちょっとでも機嫌を損ねると、「もうやらん!」「ウチは帰るで!」とゴネだすから大変でした。彼女は、自分がマドンナかブリトニー・スピアーズにでもなった気でいるんですよ。

麗子 なってへんわ! 今回一番揉めたのは、撮影のためにホテル(バリアンリゾート)に行くか行かないか、って問題でした。ウチはどうしても行きたかったんですよ。すごく楽しいし、あそこで撮ったら動画にもよい艶が出るじゃないですか。女子会ではよく行っていたんですけど、2人では一度も行ったことがなかったから、「この機会に行こ!」って誘ったんです。

純士 俺は、女子会でラブホを使うっていう文化を知らなかったんです。俺の中でラブホといえば、「ポン中、デリヘル、監禁」という悪い思い出しかなかったので、最初は「けがらわしいから嫌だ」と断ったんですよ。これまでずっと低予算で撮ってきたのに、わざわざ金を払って撮影場所を確保することにも抵抗があったし。

 でも、いざ行ってみたら楽しくて(笑)。タダでコーヒーを飲めるし、菓子も食い放題だし、遊べるし。そこで動画を撮って、「こんだけいいところだから、どこで撮ったかバレねえだろ」と思っていたら、視聴者のコメントを見ると、「その鏡はバリアンですね」「バリアンで撮ったんだぁ」とバレまくっているという(笑)。あれはちょっと恥ずかしかったですね。

――作品の仕上がりには満足していますか?

麗子 大満足ですね。1曲目、2曲目、3曲目とも、全部色が違うじゃないですか。中でも今回は最高のものができたと思っています。

純士 曲の仕上がりはこれまでで一番だし、映像もカメラをGoProに替えてよくなったと思います。音楽は半年前から、シロートの状態で始めたんですよ。トラックやDJはどこで探して、どうコンタクトを取ればいいのか。スタジオではどうやって録音するのか。曲と映像はどう合わせればいいのか。音源の配信はどうやってやるのか。そんなこんなを半年前はまったくわからなかったんだけど、今こうして3曲目の制作を終えて思うのは、「たいがいのことは頑張ればできる」ということ。コツコツ勉強してコツコツ努力さえすれば、「もっと複雑な表現も、やろうと思ったらできるだろう」という自信がつきました。アリなんで。

麗子 ほんま、アリやな。

純士 「新宿の虎」と言いたいところだけど、「新宿のアリ」だよ俺は(笑)。

(取材・文=岡林敬太)

※瓜田夫婦「TO FATHER」(feat.dj TVXI & Kombow)各種ストアで配信中
https://linkco.re/amp/68ptPFrX?

※瓜田純士のYouTube好評配信中(瓜田純士プロファイリング ) https://www.youtube.com/channel/UCv27YAy0FZ-4wwisy5zPmeg

※「“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士、かく語りき」の記事一覧 https://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/

妻カーディ・Bのセクシー衣装&腰振りダンスに、オフセットがインスタグラムで「ヤリたい!」とばかりに発情

 いま米ヒップホップ界で最も話題性のあるカップル、ヒップホップトリオ「ミーゴス」のオフセットと、ラッパーのカーディ・B夫妻。カーディーはストリッパーだった過去だけでなく、闇医者から受けた豊尻手術や中学生の時に逮捕された過去についてあっけらかんと明かすほどオープンな性格でも知られている。

 ブレーク直前に出演していた人気リアリティ番組『Love&Hip Hop』で、服役中だった当時の恋人との別れを真剣に迷っている時にも、「最後に一発セックスしたいの。そして決断したいのよ」と発言。理屈よりも体の相性を重視しているようなこの言葉に、女性視聴者から共感が集まったものだった。

 その恋人とは破局し、2017年1月に自身の楽曲「Lick」でコラボしたオフセットと交際をスタート、同年9月に極秘結婚した。ステージやSNSでラブラブな姿を見せてきたが、オフセットの不貞のウワサに悩み、18年12月初頭にインスタグラムで「別れました。実際に離婚するまでは時間がかかるかも」と公表した。米ニュースサイト「TMZ」に「女2人と3Pしようとしていた」とすっぱ抜かれたオフセットは、プライドをかなぐり捨て、カーディへの謝罪を開始した。

 最初は本気で嫌そうな顔をしていたカーディだが、12月末にインスタグラム・ライブで、オフセットのちんこが「恋しい」と発言。その直後、オフセットがインスタグラムに「プッシー(※「女性器」のスラング)のK.O.勝ちだ。ノックアウトされちまった」「(カーディとの結婚記念日の)9/20」というメッセージと共に、マイケル・ジャクソンの曲が流れる中、ズボンの上からイチモツをつかみ、腰をクイクイさせる動画を投稿して、カーディとの肉体関係が戻ったことをうれしそうに報告していた。

 「離婚するか決める前に一発したかった」と思ったのかどうかは定かではないが、カーディはインスタ・ライブで、「フ〇ックしたかっただけ。以上!」とニンマリ。今年2月に開催されたグラミー賞には2人仲良く出席し、レッドカーペットで生々しいベロチューをして復縁をアピールしていた。

 そんなカーディが客演した、ラッパーのフレンチ・モンタナの「Writing on the Wall」のミュージック・ビデオが、9月27日に公開された。すると、まるでポルノスターのようなセクシーランジェリーを身に着け、フレンチの隣で「もうちょっと激しくプッシュしたい、もうちょっと早く、もうちょっと深く」と腰を振りながらラップするカーディの姿を見たオフセットが大興奮。自身のインスタグラムに、極浅Tバック姿で自分の胸を押し上げるカーディのスクリーンショット画像を投稿し、「ダイヤモンドよりも貴重だよ。軽食、がっつりした食事、食欲を増進させる前菜だな。おまえの魂を食ってやる!」と舌なめずりの絵文字まで使って感想を書き込み、「辛抱たまらん」と言わんばかりに妻を絶賛していた。

 カーディだが、この曲で「ウワサを銀行に預けられればいいのに。家の金庫はいっぱいいっぱいよ」とラップしており、夫の浮気報道やカーディが浮気相手を知り合いの男性に殴らせた件で逮捕されたことを嘆いたものだと話題になっている。しかし、オフセットはラップの内容よりも、カーディの妖艶な姿を見て率直に「ヤリたい!」と反応し、その熱い気持ちを世間に向けて発信せずにはいられなかったようである。

 下半身はだらしないが、自分を愛し、求めてくれるオフセットを「神からのプレゼント」と確信し、伴侶に選んだカーディ。おそらく体の相性は最高で、なかなか別れられないのだろう。

 そんなカーディだが、28日、2020年春夏コレクションショーが開催されているパリの街中を、花柄のテーブルクロスのような布で、顔を含め頭のてっぺんからつま先まで全身を覆った衣装で闊歩。ロンドンの若手デザイナー、リチャード・クインがデザインした“露出ゼロ・ファッション”で、視界不良なのか、ボディガードに手を引かれながらえっちらおっちら移動し、こちらも大きな話題となっていた。

 カーディにぞっこんのオフセットだが、露出ゼロのカーディの姿にも欲情するのだろうか? 非常に気になるところである。

ジャニーズWEST・藤井流星、「結納の感じ」と評された嵐・相葉雅紀との“濃い”関係とは?

 ジャニーズWESTの冠番組『エージェントWEST!』(朝日放送)が、9月28日深夜に放送。同番組は、ゲストの“ささやかな願い”を叶えるトークバラエティで、今回はお笑いコンビ・ドランクドラゴンの鈴木拓が出演した。

 鈴木の「ささやかな願い」とは、「ゲーム『荒野行動』で対戦して負けた、後輩芸人のハナコ・秋山寛貴にふざけてゲンコツをしたら、ムッとした顔をしていたので、どう思っているのか本心を知りたい」というもの。この願いを叶えるロケは、すでに濵田崇裕が実行済みだが、ロケVTRを見るには、ゲストはWESTメンバーからの質問に答えなければならない。

 まずは番組恒例となった、ゲストのスマートフォンチェックからスタート。保存されている写真の中に、お笑い芸人・東野幸治の姿を見つけた重岡大毅は、鈴木に「東野さんとはお友達なんですか?」と質問。すると、鈴木は「お友達と思ってくれてれば、お友達です」と、なぜか微妙な返答をする。ちなみに、2人はよく一緒に釣りに行くという間柄なのだそう。

 さらにここで、中間淳太から「ジャニーズの中で交友関係ってありますか?」という質問があり、鈴木がまず名前を出したのは、嵐・二宮和也。“ゲーム繋がり”ということなのだが、二宮と一緒にプレイしていたゲームが上達しなかったため、鈴木は「こないだ『もう遊ばないって』(二宮に)言われちゃいましたけど……」と、悲しい事実を明かした。

 次に名前が出たのは、同じく嵐の相葉雅紀。するとここで、藤井流星も相葉と交友があると名乗り出る。メンバーからも「舎弟1号やもんな」(小瀧望)「正月一緒に過ごしたんでしょ? 相葉くんのお家で」(中間)と2人の交流が語られ、鈴木は「結納の感じだよね、それ」と濃い関係に驚き。調子に乗った藤井は、カメラ目線で「相葉くん、今度婚姻届渡しに行きますね!」とプロポーズをしたのだった。

 この相葉との仲良しエピソードに「うらやましいわ~」と口にしたのは濵田崇裕。自分が先輩に好かれないのは「面白くないから」だと思っているそうで、メンバーは口々に「そんなことないよ!」とフォローを入れたものの、鈴木は、思わず「やめて! メンバーにフォローさせるの!」とツッコミ。これに濵田は「えらいすんません!」と、真剣な面持ちで謝罪していた。

 今回の放送にネット上では、「流星くんが相葉さんと結婚しようとしてるのかわいい。どんだけ好きなのよ(笑)」「相葉さんの話題が出るとうれしそうな流星くん……さすが舎弟だね!」「突然プロポーズしちゃう流星くん、ぶっ飛んでて好き」などのコメントが寄せられた。
(アズマミサト)

嵐・二宮和也、『ニノさん』ゲストの“交代”を要求!? 「代わりは?」と小声で訴えたワケ

 嵐・二宮和也の冠バラエティー『ニノさん』(日本テレビ系)が9月29日に放送され、ゲストに俳優の北村総一朗、タレントのリサ・ステッグマイヤー、内山信二、お笑い芸人のあばれる君が登場。先週に引き続き、9月25日に誕生日を迎えたゲスト4人の誕生日を盛大に祝う企画「芸能人合同誕生会」が行われた。

 番組冒頭で、二宮はあばれる君の方を見ながら「代わりはいなかった? 奥の人(あばれる君)、浅田真央さんと交代できない?」と、進行役の青木源太日本テレビアナウンサーに小声で不満をこぼす。青木アナは「いろいろ整わず、あばれる君になったと聞いています」といい、“仕方なく”あばれる君がキャスティングされたと告白。このやりとりに動揺したあばれる君が、「いや、ちょっと聞こえてますよ!」とツッコむと、「聞こえるように言ってるんですよ、こっちも!」と二宮が強めの口調で反撃していた。

 そんな中、今年で84歳になった北村が、2004年放送の連続ドラマ『南くんの恋人』(テレビ朝日系)で二宮と共演したという話題に。その中で北村は、「いろいろと二宮くんもね、大きくなったよね。うん……本当にたいしたもんだよ」と、感慨深そうに二宮の活躍を称賛。二宮はこれに「ありがとうございます」と、何度も深々お辞儀をしたのだった。

 その後のクイズコーナーでは、青木アナが二宮に「嵐のみなさんも、メンバーでプレゼント贈り合いますよね?」と質問。すると二宮は、今年は嵐メンバーから「めちゃくちゃ高い靴」をプレゼントされたと答え、「まだ履いていない」とも告白。さらに「革靴だから、いつ履いていいのかわかんないんですよね。僕、基本的にだいたいのシーズンはサンダルで生活してるので……」と、言い訳する。

 この話は二宮がパーソナリティを務めるラジオ『BAY STORM』(bayfm、8月11日放送)でも語られており、その際も「もうちょっとね、待ってもらおうかな。まあ、来年ぐらいには(履く)」と話していた。とはいえ、『ニノさん』を見ていたファンからは、「ニノちゃん、そろそろ履いてもいんじゃない? どんな靴か気になる!」「もう夏も終わったし、ビーサンじゃなくて革靴にしよう!」「このまま一生履かなそうで怖い(笑)」との声が上がっていた。

 一方で、「プレゼントを大事にしてるからこそ履けないんだろうなあ」と推測する人も。一体いつ「めちゃくちゃ高い靴」が姿を現すのか、ファンの期待は高まるばかりだ。

【関電幹部の金品受領】検察が立件を見送り、マスコミが長きに渡って沈黙した不可解さ

 関西電力の八木誠会長をはじめ幹部20人が、2011~17年の7年間にわたり、総額3億2,000万円相当の”原発マネー”を受け取っていたことが金沢国税局の税務調査で明るみに出た。

 前代未聞の原発スキャンダルである。在阪の大手紙社会部記者が語る。

「高浜原子力発電所のある福井県高浜町の元助役・森山栄治氏が金品を届けていたのですから驚きです。森山氏は、関電の原発工事を受注している地元の建設会社・吉田開発の顧問役。この会社から少なくとも3億円相当の金品を森山氏が受け取り、関電幹部に提供しました。原資はまさに原発マネー。関電幹部の元には、中元や歳暮として、高額のスーツ引換券や現金が届いていたようですが、あまりにも高額なため、森山氏に返そうとしたところ拒まれ、個々人で一時保管していた、などと関電側は苦しい釈明に追われています」

 この記者によると、森山氏は1977~87年に助役を務めた際、高浜原発3~4号機の誘致を成功させるため、関電と深い仲になったという。

事実を矮小化した関電は改めて会見を開くハメに

 退職後も、町長をしのぐ実力者にのし上がり、関電の原子力事業本部に在籍した歴代幹部と緊密な関係を築いたとみられている。

「そのため、森山氏による金品提供は2011年以前にも行われていたとみるのは当然。実際、八木会長は原子力事業本部に在籍し、2006~10年の間に金品を受け取ったと認めています。それなのに、関電は9月27日の記者会見で2011年以降に限定し、『幹部20人に3億円』と矮小化して発表してしまった。マスコミ各社の突き上げに遭い、関電は改めて10月2日に会見を開くハメに追い込まれています」(前出・記者)

 ところで今回の原発スキャンダルは、通信社のスクープを引き金に一斉報道された。在京の大手紙社会部デスクが言う。

「森山氏が90歳で亡くなった今年3月以降、在阪メディアに今回の裏金疑惑を告発する文書が出回りました。すでにその前年から金沢国税局は存命中の森山氏を追及中でしたが、途中、肝心の森山氏が亡くなり、税務調査は頓挫し、メディアの取材は沙汰止みになっています。しかし金沢国税局の孤軍奮闘で、関電幹部たちに修正申告させるところまでたどり着き、関電の社内調査も始まった頃合いを見て、9月26日深夜に共同通信が先行する形で一斉報道しました。毎日新聞も先行取材をしていて、翌27日の朝刊は一面トップでした」

 こうしたマスコミ事情について、事件取材に強いある古参ジャーナリストは、「むしろマスコミは半年もの間、疑惑を放置してきたというべきだろう」と憤慨して言う。

「告発文書が出たのは今年3月のこと。この時点ですでに、原発マネーをヤミで受け取った森山氏を金沢国税局が摘発していたし、一部のマスコミはこの事実をつかんでいたと聞いている。なのに、生前の森山氏を捕まえて取材をした形跡もないし、関電内部に深く入り込んで、独自に掘り起こして独自報道をしたわけでもない。ずっと黙って金沢国税局による税務調査や社内調査の推移を見守り、先方に都合よく取捨選択された情報だけを報じているに過ぎないのではないか」

 その言葉通り、古参ジャーナリストが入手した告発文を見てみると、頷ける部分がある。

 文書は今年3月10日付け。関電の岩根茂樹社長宛になっており、今回明らかになった森山氏や地元の原発工事会社「吉田開発」摘発の事実や、関電の八木会長たちに原発マネーが”還流”していると予告。

 その上で、関電がこうした疑惑について「無視、あるいは、もみ消し工作をするようであれば、次のような対応をとります。容赦はしません」「把握している限りの情報を、下記の諸団体、諸組織、マスコミ等に公表し、徹底的に解明、訴追してもらいます」と警告を発し、以下(※告発文ママ)のようなタレコミ先を列挙しているのだ。

・松井?新大阪市長(言わずもがな、大株主ですね。)
・神戸市長
・橋下徹氏
・福井新聞
・朝日新聞
・立憲民主党 ~ 国勢調査権の発動 大罪⑤対応
・日本共産党 ~ 国勢調査権の発動 大罪⑤対応
・原発設置反対小浜市民の会
・福井から原発を止める裁判の会 他
・テレビ朝日
・TBS
・金沢国税局
・大阪地検特捜部
・その他

 前出の古参ジャーナリストが言う。

「私が確かめたところ、列挙された関係先には告発文が届いていたし、ここに書かれていない他のメディアも文書を入手していた。第一、今回の事件は査察案件だったから、告発先となる検察も事前に概要を把握していたとみるのが自然だ。マスコミはこれだけの原発スキャンダルを検察にもみ消されてしまった疑惑こそ追及すべきだろう。そこに政治力が働いていないか検証すべきではないか。金沢国税局が必死になってつかんだ事実だけを報じて手柄話にすり替えるなんて、本末転倒。マスコミこそ、半年間も沈黙してきた咎(とが)を責められるべきではないか」

 ここにきて、立憲民主党の枝野幸男代表は、今回の原発スキャンダルについて「原発を推進してきた電力会社の姿勢と、それを後押ししてきた自民党政治の本質に関わる。臨時国会で最大の課題かもしれない」と国会で厳しく追及する構えを見せている。

 関電をめぐる原発マネーの全容解明をはじめ、検察が立件を見送ってマスコミが長きにわたって沈黙していた事情が、果たして、国会の場で明るみに出るときは来るのだろうか。

【関電幹部の金品受領】検察が立件を見送り、マスコミが長きに渡って沈黙した不可解さ

 関西電力の八木誠会長をはじめ幹部20人が、2011~17年の7年間にわたり、総額3億2,000万円相当の”原発マネー”を受け取っていたことが金沢国税局の税務調査で明るみに出た。

 前代未聞の原発スキャンダルである。在阪の大手紙社会部記者が語る。

「高浜原子力発電所のある福井県高浜町の元助役・森山栄治氏が金品を届けていたのですから驚きです。森山氏は、関電の原発工事を受注している地元の建設会社・吉田開発の顧問役。この会社から少なくとも3億円相当の金品を森山氏が受け取り、関電幹部に提供しました。原資はまさに原発マネー。関電幹部の元には、中元や歳暮として、高額のスーツ引換券や現金が届いていたようですが、あまりにも高額なため、森山氏に返そうとしたところ拒まれ、個々人で一時保管していた、などと関電側は苦しい釈明に追われています」

 この記者によると、森山氏は1977~87年に助役を務めた際、高浜原発3~4号機の誘致を成功させるため、関電と深い仲になったという。

事実を矮小化した関電は改めて会見を開くハメに

 退職後も、町長をしのぐ実力者にのし上がり、関電の原子力事業本部に在籍した歴代幹部と緊密な関係を築いたとみられている。

「そのため、森山氏による金品提供は2011年以前にも行われていたとみるのは当然。実際、八木会長は原子力事業本部に在籍し、2006~10年の間に金品を受け取ったと認めています。それなのに、関電は9月27日の記者会見で2011年以降に限定し、『幹部20人に3億円』と矮小化して発表してしまった。マスコミ各社の突き上げに遭い、関電は改めて10月2日に会見を開くハメに追い込まれています」(前出・記者)

 ところで今回の原発スキャンダルは、通信社のスクープを引き金に一斉報道された。在京の大手紙社会部デスクが言う。

「森山氏が90歳で亡くなった今年3月以降、在阪メディアに今回の裏金疑惑を告発する文書が出回りました。すでにその前年から金沢国税局は存命中の森山氏を追及中でしたが、途中、肝心の森山氏が亡くなり、税務調査は頓挫し、メディアの取材は沙汰止みになっています。しかし金沢国税局の孤軍奮闘で、関電幹部たちに修正申告させるところまでたどり着き、関電の社内調査も始まった頃合いを見て、9月26日深夜に共同通信が先行する形で一斉報道しました。毎日新聞も先行取材をしていて、翌27日の朝刊は一面トップでした」

 こうしたマスコミ事情について、事件取材に強いある古参ジャーナリストは、「むしろマスコミは半年もの間、疑惑を放置してきたというべきだろう」と憤慨して言う。

「告発文書が出たのは今年3月のこと。この時点ですでに、原発マネーをヤミで受け取った森山氏を金沢国税局が摘発していたし、一部のマスコミはこの事実をつかんでいたと聞いている。なのに、生前の森山氏を捕まえて取材をした形跡もないし、関電内部に深く入り込んで、独自に掘り起こして独自報道をしたわけでもない。ずっと黙って金沢国税局による税務調査や社内調査の推移を見守り、先方に都合よく取捨選択された情報だけを報じているに過ぎないのではないか」

 その言葉通り、古参ジャーナリストが入手した告発文を見てみると、頷ける部分がある。

 文書は今年3月10日付け。関電の岩根茂樹社長宛になっており、今回明らかになった森山氏や地元の原発工事会社「吉田開発」摘発の事実や、関電の八木会長たちに原発マネーが”還流”していると予告。

 その上で、関電がこうした疑惑について「無視、あるいは、もみ消し工作をするようであれば、次のような対応をとります。容赦はしません」「把握している限りの情報を、下記の諸団体、諸組織、マスコミ等に公表し、徹底的に解明、訴追してもらいます」と警告を発し、以下(※告発文ママ)のようなタレコミ先を列挙しているのだ。

・松井?新大阪市長(言わずもがな、大株主ですね。)
・神戸市長
・橋下徹氏
・福井新聞
・朝日新聞
・立憲民主党 ~ 国勢調査権の発動 大罪⑤対応
・日本共産党 ~ 国勢調査権の発動 大罪⑤対応
・原発設置反対小浜市民の会
・福井から原発を止める裁判の会 他
・テレビ朝日
・TBS
・金沢国税局
・大阪地検特捜部
・その他

 前出の古参ジャーナリストが言う。

「私が確かめたところ、列挙された関係先には告発文が届いていたし、ここに書かれていない他のメディアも文書を入手していた。第一、今回の事件は査察案件だったから、告発先となる検察も事前に概要を把握していたとみるのが自然だ。マスコミはこれだけの原発スキャンダルを検察にもみ消されてしまった疑惑こそ追及すべきだろう。そこに政治力が働いていないか検証すべきではないか。金沢国税局が必死になってつかんだ事実だけを報じて手柄話にすり替えるなんて、本末転倒。マスコミこそ、半年間も沈黙してきた咎(とが)を責められるべきではないか」

 ここにきて、立憲民主党の枝野幸男代表は、今回の原発スキャンダルについて「原発を推進してきた電力会社の姿勢と、それを後押ししてきた自民党政治の本質に関わる。臨時国会で最大の課題かもしれない」と国会で厳しく追及する構えを見せている。

 関電をめぐる原発マネーの全容解明をはじめ、検察が立件を見送ってマスコミが長きにわたって沈黙していた事情が、果たして、国会の場で明るみに出るときは来るのだろうか。

朝ドラ『なつぞら』平均21.0%獲得も、「テーマがぶれぶれ」「結局、何の話?」と“駄作”の評価続出

 女優の広瀬すずがヒロインを務めたNHK連続テレビ小説ドラ『なつぞら』の最終回が9月29日に放送され、全話平均視聴率が21.0%(ビデオリサーチ調べ/関東地区)だったことがわかった。100作目となる節目の作品として大台の20%超えを記録し、有終の美を飾ることができたが、一部のネットユーザーからは「テーマがぶれぶれ」など、“駄作”との声が続出している。

 『なつぞら』は、広瀬演じる戦争孤児・坂場(奥原)なつが、戦死した父の戦友・柴田剛男(藤木直人)に連れられ、北海道・十勝の酪農一家で幼少期を過ごしたのち、アニメーターを目指して東京で奮闘するというストーリーが描かれた。

「主人公がアニメーターということで、オープニングにアニメーションが取り入れられるなど、当初は『斬新な試み』と話題になっていましたが、フタを開けてみると、話の主軸となった人物は、なつが『じいちゃん』と慕っている柴田泰樹(草刈正雄)。中盤こそ、生き別れになっていた兄妹の奥原咲太郎(岡田将生)、奥原千遙(清原果耶)とのストーリーやアニメーターとしての苦労が描かれていましたが、なつの活力となっていたのは、常に泰樹の存在で、ストーリーには欠かせない人物でした。そのため、ネット上では『アニメーターじゃなくても良かったんじゃないの?』『北海道での話だけにすればよかったのに』などの声が上っていたようです」(芸能ライター)

 さらに、最終回の内容に対しても、「アニメの話は一体何だったの?」と疑問の声が噴出していた。

「夫でアニメ演出家の坂場一久(中川大志)となつが『過酷な戦争を生き抜く子どもたちの映画を作りたい』と夢を語り、12年後にそれを叶えたというナレーションが入って、そのアニメ映像が流れる……という最終回でした。しかし、この演出が『最後に無理やりアニメを入れてきた感が半端ない』『今回の朝ドラは、アニメ制作の話がメインかと思ってたけど、最後までざっくりしか描かれなかったね』『戦争孤児、酪農、アニメ……テーマを詰め込みすぎて、結局何の話なのか、わからなかった』など、かなり不評を買っていましたね」(同)

 高視聴率を記録したものの、最終回で一部視聴者の間から「つまらなかった」「やっと終わってくれたって感じ」といった声が上がってしまった『なつぞら』。果たして、戸田恵梨香がヒロインを務める次の朝ドラ『スカーレット』はどのような作品になるのだろうか。

嵐・大野智、20年間で一度だけ“ブチギレた相手”を告白……「ムカついた」と恨み節

 嵐の冠番組『嵐にしやがれ 超メモリアル!丸ごと嵐!秋の怒涛の3時間SP』(日本テレビ系)が、9月28日に放送された。この日は、グループ結成20周年を記念した3時間スペシャルで、「記念館」のコーナーでは、嵐自身がゲストとなり、結成からの歴史を振り返っていった。

 コーナーMCを務めた羽鳥慎一アナウンサーから、「今でこそ仲のいいイメージの5人ですが、結成当時はちょっとギクシャクしていたメンバーもいた」と話を振られ、それが櫻井翔と相葉雅紀の関係性だと明かされる。これに2人は「ギクシャクっていうか……」と言葉を濁しつつ、櫻井が「接点がなかった」と告白。ゲスト出演していた風間俊介は、「翔くんとニノ(二宮和也)がライブの部屋とかで一緒にいた。(松本)潤くんと相葉ちゃんはタッキー(滝沢秀明)とかと一緒にいることが多くて」と、当時の関係性を説明。さらに、「番組とかでもイジられてたりしたけど、タッキーと翔くんはそこでもちょっと確執的なものが……」と口を滑らせ、櫻井が「おい、やめろ!」と焦る一幕もあった。

 櫻井に対して「先輩」という意識が強かったため、ジャニーズJr.時代はなかなか打ち解けられなかったと、理由を語る相葉。「電話番号も、最後まで翔ちゃんのだけ知らなかったから」といい、どちらかの誕生日に番号を交換するまで、なかなか距離が縮まらなかったと明かす。

 また、大野智と松本の間にも確執があるといい、羽鳥アナの説明によると、大野が20年間で一度だけ“ブチギレた相手”が、松本とのこと。「全然覚えてない」と苦笑いする松本に対し、大野は「デビューして2、3年かな。当時、マネジャーが最寄りの駅に降ろして、そこから電車で帰ってたんだけど」と鮮明な記憶があるようで、ある日たまたま松本と2人で新宿に降ろされた日のことを振り返った。

 大野いわく、新宿に到着しても松本が車から降りず、「ねえ、リーダー、今から飯でも行く?」と、しつこく5分ほど絡んできたとのこと。大野はその時、一刻も早く自宅に帰りたかったそうで、最終的に「早く降りろよ!」と、松本を怒鳴ってしまったそう。

 「松潤もさすがにびっくりしたらしく、真顔になって、サーッて降りていった」と、大野がその時の状況を説明。結局「ちょっとたってからメールが来て、『俺が悪かったなら、ごめんね』みたいな」と、松本から謝罪メールのようなものが届き、この件は収まったようだ。そんな話を聞き、スタジオでは「お前が悪いんだよ!」と謝罪メールの内容にツッコミが入っていたが、松本は「納得いってないんだろうね」と苦笑い。この“開き直りメール”で、大野は「さらにムカついた」と話していた。

 このエピソードに視聴者からは、「5人の間の確執なんて、『確執(笑)』みたいな感じなんだもんね」「確執っていうか、ただの小さいケンカじゃん。平和かよ(笑)」「確執とか不仲とか、嵐ってそういう言葉が一番似合わないグループだわ」という声が寄せられた。
(福田マリ)