木村拓哉のワガママ三昧で、波留と福士蒼汰の新ドラマ宣伝費が大幅カットの大ヒンシュク

 TBS上層部の顔は引きつっているに違いない。

 10月スタートのTBS日曜劇場『グランメゾン東京』で主演を務める木村拓哉の暴走が止まらないようだ。

 今作で木村が演じるのはシェフ。産地偽装を見抜けずに料理界から追放されてしまうも、再び世界最高の3つ星レストランを目指し立ち上がるというストーリーだという。

「一部報道によれば、木村のこだわりによって、都内の3つ星レストランでの撮影の予定がフランスの3つ星店に変更されることとなったようです。結果、出演者はフランスまでファーストクラスで移動、数十人のスタッフの宿泊費、1話100万円の食材費など、ドラマの制作費は当初の予算を大きくオーバーし、1話あたり約1億円もかかってしまうことになった。となると、視聴率は15%以上取れない元が取れない計算になる。2桁は行くと予想されていましたが、木村はみずからハードルを上げた格好です」(テレビ誌ライター)

 このままでは大きな赤字が予想されるとあって、その分はほかのドラマへのしわ寄せがくるのは当然の流れ。前出のテレビ誌ライターが続ける。

「前クールの『ノーサイド・ゲーム』もロケや観客エキストラに金がかかり、予算オーバー。それでいて、来年4月期には堺雅人主演の『半沢直樹』続編も予定されており、こちらはかなりの宣伝費が投入されることになりそう。となると、 今期放送の波留主演の『G線上のあなた』、福士蒼汰主演の『4分間のマリーゴールド』あたりは制作費や宣伝費が大幅に削られることになるでしょう。波留は『サバイバル・ウェディング』(日本テレビ系)が全話平均視聴率8.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)、福士は『Heaven? ~ご苦楽レストラン~』(TBS系)は同じく8.6%と、共に前作の連ドラが爆死しているため、なんとしても挽回したいところでしょうが……」

 波留や福士は木村の制作費使い過ぎに、「ちょ、ちょ待てよ!」と言いたかったことだろう。

沢尻エリカ、『人間失格』『ヤンジャン』でのボディ出し惜しみに「今さら隠すな」の大ブーイング

 小栗旬が根性なしだったのか、沢尻エリカが出し惜しみしたのか……。

 9月14日、映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』公開記念舞台挨拶に蜷川実花監督、主演の小栗、沢尻、二階堂ふみらが登壇した。

 今作は、太宰治による小説『人間失格』の誕生秘話を、彼のスキャンダラスな女性関係とともに虚実交えて描き、小栗が太宰を演じたほか、正妻・津島美知子に宮沢りえ、作家志望の愛人・太田静子に沢尻、若き未亡人・山崎富栄に二階堂が扮している。

「撮影初日から太宰と静子のラブシーンがあったそうですが、舞台挨拶で小栗はそのシーンをしきりに反省。沢尻は『小栗さんはこういう撮影慣れてらっしゃるのかな?と思っていたら、全然来ない。どうやらここまで激しいのはやったことなかったそうで、意外だなと。もっと来いよ!みたいな感じでした』とダメ出し。蜷川監督も『もっとグイグイ行って! 胸触って!』と指示を飛ばしていたものの、小栗は恥ずかしさから結局触ることができず、“役者失格”だったと苦笑していました」(映画ライター)

 実際、映画を観たファンからは辛辣な声が飛び交っているという。芸能記者が語る。

「沢尻は過去に蜷川監督作品の『ヘルタースケルター』で全裸を披露していたことから、濃厚な濡れ場を期待して足を運んだ観客も多かった。しかし、劇中ではヌードになっていたのは二階堂だけで、沢尻の露出は控え目。来年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』に出演が決定したことで抑えたのかもしれませんが、二階堂もNHK朝ドラ『エール』のヒロインを務めますから条件は同じです。沢尻といえば、約12年ぶりの登場となった9月12日発売の『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で水着姿を披露したことが大々的に宣伝されていますが、フタを開けると、乳房のラインが出にくいスポーティーな水着で、しかも上から衣装を羽織ったり、わずかに谷間を見せるだけだったりと、思い切りの悪いグラビアでした。映画にしろグラビアにしろ、出るならもっと覚悟を決めてほしかったですね」

「なぜ今さら隠す必要があるのか」との声は、沢尻の耳にも入っているだろうか。

美 少年のLA動画に嵐・松本の姿、活動自粛HiHi Jets・作間は「ストイック」!?【ジャニーズJr.チャンネル】

 ジャニーズ事務所が動画配信サイト・YouTubeに開設した「ジャニーズJr.チャンネル」。現在、Snow Man(水曜)Travis Japan(木曜)7 MEN 侍(金曜)美 少年(土曜)HiHi Jets(日曜)がオリジナル動画を投稿中だが、その出来ばえは実にさまざま。そこで、「しょせんジャニオタ向け」と切り捨てるにはもったいない動画と、「ジャニオタでもしんどい」動画をジャニーズウォッチャー・中村チズ子が解説&ツッコミ! 今回は、9月5日~11日公開の動画をチェックします!

Travis Japan、聞き込みロケでクレーム続出

 Travis Japanは、通常回の「【福岡大捜索】写真だけで…その場所へたどり着け!」(5日)と、資生堂ジャパン株式会社の商品「ギャラリーコンパクト」のプロモーション動画「【絵心は崩壊中】コンパクトデザインでイラスト伝言ゲーム」(9日)の2本が配信された。1本目は福岡ロケ編で、1枚の写真だけを頼りに、その場所に行けるかどうか、2チームに分かれて対決している。組み合わせは宮近海斗、松倉海斗、中村海人、松田元太の「チーム宮近」と、七五三掛龍也、川島如恵留、吉澤閑也による「チーム七五三掛」。情報収集にあたって携帯電話の使用は禁止、移動は公共交通機関のみとなっている。

 Travis Japanといえば、7月25日公開の「【あなたの部活は?】鎌倉で大捜査!チームバトル」にて、神奈川県・鎌倉で街頭インタビューを敢行。一般人やお店の人に声をかけ、学生時代に入っていた部活動について調査するゲーム企画だったが、コメント欄やSNS上で否定的な感想が相次ぐ事態となった。ファンは、一般人とコミュニケーションを図るロケ、メンバー自体がメインではない動画を望んでいないようで、「鎌倉で一般人の部活って。今すぐ企画班クビにして」「他人の部活に興味ない」といった不平不満が続出したのだ。

 さて、今回のテーマは何かの銅像の手をアップで写した1枚。それぞれ、写真を手に街を歩き出し、チーム七五三掛はさっそく「話聞いていいですか?」(吉澤)と、聞き込みを開始した。しかし、近くにいた女性2人組は観光客で、残念ながら有力な情報を得られず。一方、KinKi Kids・堂本光一主演ミュージカル『Endless SHOCK』の博多公演で福岡に滞在した松倉&松田がいるチーム宮近は「記憶にある」(松田)「なんかある」(松倉)と、正解にたどり着けそうな予感も。松倉は前週の水族館ロケで罰ゲームを与えられ、語尾に「ぎょぎょ」をつけて話さなければならないが、「あぁ~! もうやだよ、『ぎょぎょ』マジで……」と、うっかり本音を漏らしていた(2分50秒頃)。

 その後、「すみません、今ってお時間ないですよね?」(宮近)「今ってお時間ありますか?」(中村)「1つだけ質問……」(宮近)と懸命にアタックするも、「ない! 急ぎの用!」などと断られてしまい玉砕。かたや、チーム七五三掛も「俺らでも今、1人しか声かけてないぜ」(川島)「ちょっと恐怖心生まれてるよね。前の前回のやつで」「もう~、声かけにくいよ~。助けてよ~」(吉澤)と、鎌倉ロケをきっかけに、通行人への声がけに戸惑いが芽生えてしまった様子。川島は「そう考えるとマジでさ、街中で声かけてくれる人ってさ、超勇気振り絞ってるよね」と、ファンの気持ちに寄り添っていた。

 相変わらず果敢に挑むチーム宮近は、一人の女性との出会いによって、運命が大きく変わることに。チーム七五三掛は地図を見て銅像がありそうな観光スポットを探し、しまいには「聞かなくても探せそうだよね。聞くのがあれなんだけどさ……」(吉澤)と、街ゆく人に尋ねずに自力でリサーチする方針にシフト。最終的に「市役所の人に聞いてみようぜ!」(吉澤)と、たまたま後方にあった福岡市役所へ入り、公式情報冊子をもらって目的地を絞り込んだのだった(市役所は観光案内に行くぐらいギリギリの手法では……)。同じ場所に向かった2組のどちらが勝利したのかは、ぜひ動画で確かめてほしい。また、負けたチームは昨年11月公開の「【捜索願い】松田元太がデートで行く場所を推理!?」にも登場した“におい袋”の刑を受けていた。

 前述の通り、鎌倉の街頭インタビューは大不評だったが、今回もコメント欄は「7人が楽しんでいるようには見えないし、暑い中でこんなに歩かせるのは可哀想。7人がたくさん笑ってる企画が見たい」「本人たちも疲れてるのか口数少ないし、特に盛り上がるところもない。せっかく声かける企画なのに声かけないし……どの部分を楽しいと思って見ればいいの?」「トラジャがみんな疲弊してる上に、トラウマで笑顔もなく、泣きっ面に蜂で罰ゲーム。そんな動画、誰も望んでない」と、手厳しい声が目立っている。

 複数人が改善策、企画案を投稿していたが、果たして今後こうした意見が動画に反映される日は来るのか……。再生回数は、通常の午後8時より約2時間30分遅れで配信された1本目が23万台、2本目は28万台(13日時点)。

 6日の動画は「7 MEN 侍【vs HiHi Jets】相撲七番勝負!!」(再生回数は13日時点で31万台)。Travis Japan、美 少年とのコラボレーションに続き、新入りの7 MEN 侍がHiHi Jetsと一緒に撮影を楽しんでいる。HiHi Jetsといえば、先日は作間龍斗&橋本涼に関するプライベートの写真がネット上に流出。10日、この問題を重く受け止めたジャニーズ事務所は、今年12月末まで2人の芸能活動を自粛させると発表し、出演中だった舞台『DREAM BOYS』(東京・帝国劇場)も降板した。今回の動画は処分が決まる前に配信されていただけに、13日現在も削除されることなく公開状態となっている。

 動画の本題は、グループ対抗の相撲七番勝負。それぞれ代表者を選出し、1戦ごとに異なる○○相撲で対決する。最初に7 MEN 侍・佐々木大光がくじを引いたところ、紙に書かれていたのは「指相撲」の文字。すると、途端に今野大輝が「指相撲!」と興奮し、その場の流れが一瞬ストップ(子どもみたいなリアクションが可愛い)。そんな今野はよほど指相撲に自信があったようだが、対戦者の井上瑞稀にあっさりと負けてしまった。ちなみに1分47秒頃、猪狩蒼弥が「身体検査」と称して井上の衣服内に顔を突っ込む“セクハラ行為”にも注目(『超いい匂い』がするらしい)。

 次の腕相撲は、井上VS矢花黎。男性にしてはかなり細い腕の矢花はなんとか粘るも、意外に腕力のある井上がリード。途中で「腱鞘炎が……」(矢花)と弱音を吐いたにもかかわらず、井上は矢花の腕を振って余裕の表情を見せていた。「イタイ! イタイ!」と大騒ぎしたため、仲間の菅田琳寧が助け舟を出し、矢花がギブアップ。7 MEN 侍はバンドスタイルのパフォーマンスも行うだけに、翌日も公演を控えている矢花は、手首をおさえてしゃがみこんでしまった。その時、相手チームの橋本は、矢花の背中に触れて気遣い、なぜか立ち位置も7 MEN 侍寄り。こうした優しい一面を見ると、プライベートの過ちが原因で活動自粛に追い込まれたことが、もったいないと感じてしまう。

 また、橋本自身は菅田とカニ相撲で格闘。これは、仰向けになり、両手を後ろについたスタイルで押し合うというもので、先に土俵から出るか、お尻が地面についた方が負け。体を鍛えている菅田が筋肉美を披露すると、HiHi Jets・高橋優斗は「上裸同士でやったら、スゴいんじゃないですか?」と、提案した。上着を脱いだ2人は、足を絡め合ってアクロバティックな試合を展開。橋本は菅田の体に乗り上げてしまい、降りた際に自ら地面にお尻をつけてしまった。佐々木VS高橋によるヒモ引き相撲では、佐々木が高橋にキス顔で迫ったほか、力みすぎて足がつるハプニングも。菅田らがストレッチを手伝う間、勝手に暴れて痛い目にあった佐々木に対し、7 MEN 侍&HiHi Jetsメンバーは大爆笑だった。

 7日の動画は「美 少年【We are Bi shonen!】ロサンゼルスでのステージ裏側を大公開!」(再生回数は13日時点で30万台)。8月上旬、美 少年の6人はアメリカ・ロサンゼルスで行われた『二世週日本祭(二世ウィーク)』や、高野山米国別院でのライブ『ありがとう~KOYASAN~』に参加。「Jr.チャンネル」はその裏側に密着しており、2回にわたって公開するという。

 そもそものきっかけは、岩崎大昇と那須雄登が「海外に行きたい」と、ジャニー喜多川社長に直談判したこと。2人の願いを受け、ジャニー社長は自身の故郷・LAのリトル・トーキョーにて毎年8月に開催されている『二世週日本祭』に、美 少年を連れて行くと決意。『ジャニーズ銀座2019 Tokyo Experience』の2日目(4月29日)に、ジャニー社長が「君たちはパスポート持ってるの?」と確認し、「もしかしたら8月に海外に行かせるかも」と、予告したのだった。

 無念にもジャニー社長は7月9日に他界してしまったが、美 少年の“武者修行”は実現。Jr.内ユニット・少年忍者の織山尚大も帯同し、オープニングは7人横並びで挨拶している。織山は、海外はもちろん、飛行機自体も初めて乗ったそうだが、LAの感想を聞かれると、「全く違う景色で。もう映画のワンシーンに入り込んでる。スゴいっすね!」と、堂々とした話しぶり。あまり緊張している様子が伝わってこないだけに、美 少年にとっては心強いサポーターなのかもしれない。

 8月10日午前8時30分、7人は『二世週日本祭』の会場へ移動。車内では岩崎が英語のスピーチを音読し、「ヤバい」とつぶやきながら練習に励んでいた。大役を任されている岩崎は「ボチボチ緊張してます」と、本音を吐露。暗記できていないのか、ステージ上のリハーサルは紙を持って臨んだ(冒頭から気になってはいたものの、岩崎の靴下の丈はこれで正解なのか……?)。その後、ホテルで休憩する一同。大のウェットティッシュ好きという金指一世は「スゴい厚手! さすがアメリカ! 匂いもいい! 癒やされます、これ」と、薄気味悪いほどニヤニヤしていた。

 織山と美 少年メンバーがお菓子を食べてくつろぐ中、1人だけ離れた場所で集中モードの那須。「Jr.チャンネル」スタッフに向けて、「初めの大昇が読んでいたスピーチを、急きょ僕がやることになって……。まぁ、スゴいうれしいんですけど、だいぶ焦ってます。カンペなしです。暗記です。ちょっとヤバイっす」と、事情を打ち明けた。一生懸命に復唱していた岩崎が可哀想……と同情してしまうシーンだが、本人もやや悲しげな顔で「とりあえず送るね、エアドロ(AirDrop)で。速いバージョン、ゆっくりバージョンあるから」と、那須にスピーチの音声を送ってあげたようだ。見せ場を持っていかれた岩崎の胸中は複雑だろうが、那須に対しては嫌味な態度をとることもなく、また那須も彼の協力に「OK、センキュー!」と、素直に感謝。

 さらに、バナナを食べつつ那須のもとにやって来た佐藤龍我は「変更? え、ヤバいじゃん! ヤバいじゃん!!」と、なぜかハイテンション。バナナを差し出して茶化し、最初はのけぞって拒否していた那須も、観念して一口パクリ。練習の邪魔をされ、冷たい態度をとってもおかしくない状況にもかかわらず、懐の深い那須は優しい声で「ん、ありがとう」と、お礼した。気が済んだ佐藤は「これはちょっとヤバイっすね。俺だったら無理です」と、その場を後に。以降も那須は4時間後の本番に備えて、必死に練習を続けていたのだった。おそらく、Jr.はこういった急な変更を与えられるのは当然の世界で、たとえ自分が納得いかなくても、“大人の判断”に従わなければいけない場面も多いはず。リアルな舞台裏を垣間見て、切ない思いがこみ上げてきた視聴者も多いのではないだろうか。

 午後1時、ジャニー社長の父親にとって縁のある寺院・高野山米国別院へ。リハーサルの合間、佐藤は「ジャニーさんのお父さん……。うれしいですね。ステージに立てるのは。ジャニーさんに伝えたかったですね。『成功したよ』って。まぁ、成功してないけど。『うまくいったよ』っていうのは、ちょっと伝えたかった。(ジャニーさんは)絶対見てますよ」と、今は亡きジャニー社長に思いを馳せた。

 本番まで2時間に迫り、那須が相変わらずスピーチに苦労している一方で、金指、浮所飛貴、藤井直樹はホテルの部屋でお昼寝中。童顔に似合わず意外と脚の毛が濃い藤井、「東京B少年【バースデーサプライズ】『夏祭り!裸の少年』舞台ウラ公開」(昨年9月公開)での昼寝タイム同様にうつ伏せで寝る浮所、目をこする仕草や表情が幼い子どものような金指……と、普段はなかなか見られないポイントも盛りだくさん。岩崎と織山は街に繰り出して買い物を満喫する余裕もあった。そして、いよいよ準備に入ると、那須が浮所の着替えをフォローするほか、岩崎と金指も互いの衣装を直し合うなど、仲睦まじい1コマも(8分35秒~54秒頃)。

 いざステージに立つと、那須は無事に英語のスピーチをこなして一安心。歌&ダンスも一部公開し、日本から応援に来たファンの顔も、モザイクをかけずに遠慮なく映している。客席がスマートフォンやカメラで撮影しながら鑑賞できた点も、日本のジャニーズコンサートではありえない光景だ(個人的には後列のファンが持つ『#LAマウント』うちわが気になった)。終始、楽しそうにやり遂げた美 少年は最後までお客さんに手を振って降壇。移動車に乗る前、現地のスタッフらしき外国人男性と、グータッチをする那須の顔は晴れやか(目はキラキラ)で、まさに“美少年”そのものだった。

 実はこのLA旅の最中、ネット上で「嵐の松本潤が同行している」と、うわさに。現地へ駆けつけたファンが美 少年たちと行動をともにする松本の姿を目撃していたのだ。動画内では8分52秒頃、標識柱の横あたりに立ち、帽子&サングラスをかけた男性が画面内に出現。カメラが美 少年に寄ると、自身も映ってしまうと察知したのか、スッと後ろに下がっていた。13分48秒頃、藤井の後方に立つブラウン系のシャツを着た男性も、おそらく同一人物。ハッキリとは顔が見えないものの、複数のファンは当該シーンにチラ見えしていたのが松本だと指摘している。今回はあくまで美 少年が主役の旅とあって、松本は一歩下がった位置で見守り、裏方に徹していたようだ。

 コメント欄やSNS上の感想は「美 少年、見た目も心も美しい」「些細なことでも『ありがとう』が当たり前に言えたり、人を嫌な気持ちにさせる言動をしなかったり、美 少年って本当に育ちが良くて心がキレイなんだな」「大昇くん、英語のスピーチが自分じゃなくなってちょっと悔しさを滲ませたけど、那須くんにうまくいってほしいっていう気持ちも入り交じった顔」「『俺だったら無理』って言葉は、『那須だからできる』っていう那須くんへのリスペクトが見えた」と、感激の声が続出。

 ほかにも「潤くん、美 少年の密着で一瞬映ったよね? 本当に行ってたんだな」「潤くん、少し離れて見守ってるのがジャニーさんみたい。愛があふれてる」と、松本の“映り込み”を喜ぶ書き込みも多数出ていた。

 8日に配信されたのは「HiHi Jets【7 MEN 侍と一緒に】以心伝心で健康になれ?」(再生回数は13日時点で27万台)。ステージでの共演経験が多く、プライベートも交流の深いHiHi Jetsと7 MEN 侍が「以心伝心ゲーム」にチャレンジしている。「答えを揃えましょう」「かぶっちゃダメよ」の2パターンで出題されたうち、筆者が気になったのは最初の「11人の中で一番稽古(リハやレッスン)にストイックなのは誰?」。猪狩からは「申し訳ないけど、一人もいないよ!」「7(MEN 侍)一人もいないんだけど」と暴言もあったが、HiHi Jetsは高橋&猪狩が作間の名前を書き、本人も含めて残る3人が井上を選択した。また、7 MEN 侍も本高克樹&中村嶺亜が井上、矢花&菅田は猪狩、佐々木が高橋、今野は作間をチョイス。

 最も票を獲得したのは井上(5人)で、次が作間(3人)、猪狩(2人)、高橋(1人)といった順番。橋本のみ誰にも指名されず、唯一高橋に入れた佐々木も「HiHiに加入した時に、マジで頑張ってたんですよ」と、親友ならではの目線でつい選んでしまったようだ。ただ、筆者としては井上や作間のどんなところがストイックなのか、詳細なエピソードが聞けなかった点は非常に残念。そして、7 MEN 侍のレビューでも触れた通り、作間&橋本のスキャンダルを受け、コメント欄やSNS上はこの一件に絡めた感想が多く並んでいる。

 仲間にもストイックだと名指しされた井上に「報われてほしい」という声や、「橋本、ストイックな人を挙げる時に、唯一名前を書かれてなくて笑った」「作ちゃん、ストイックって言われてるのになんでこうなったの……」「やっと気持ちの整理がついて、この動画を見た。2人ともしっかり反省して」「謹慎期間中にアイドルの自覚を持ってほしい。これ以上ファンを失望させないでください」「この一件でライバルの美少年と差がついちゃったね。自業自得。自分はもう応援できない」と、ストレートな言葉がズラリ。報道を受けて冷やかし目的でアクセスした一般のネットユーザーのものらしき書き込みもチラホラあった。今後の動画はどのような体制になるのか、注目していきたい。

 11日の動画は、HiHi Jetsと同じく再び7 MEN 侍がゲスト出演した「Snow Man【7 MEN 侍が体験入学】阿部ちゃん先生~第6弾~」(再生回数は13日時点で45万台)。上智大学大学院理工学研究科を修了した阿部亮平による「阿部ちゃん先生」企画に、7 MEN 侍の6人が参戦。「夏期講習」の設定とあって、全員が制服ではなく私服姿で受講している。最初にSnow Manの出席をとった後、7 MEN 侍が元気いっぱいに登場。最後の矢花が教室のドアを閉めずに立ち位置につくと、これに気づいた佐々木がサッと動き、きちんと閉めて戻ってくる一幕もあった(グループ最年少の17歳なのに偉い!)。

 また、今野が自己紹介した時は、深澤辰哉が「昔の俺に『似てる』って言われたことない?」と尋ねるも、「いや僕、深澤くん本人から言われました」とのこと。周囲は「恥ずっ!」とおちょくり、16歳のラウールにも「うぬぼれちゃダメ!」と、ツッコまれる深澤だった。一方で、本高は中学生の時に数学で全国1位になったほどの秀才(阿部と同じ理系)。第1問は小手調べの「アメリカの首都は?」(ワシントンD.C.)という問題だったが、7 MEN 侍で正解したのはそんな本高のみ。佐々木は「ニューヨーク」を間違えて「ニョーヨーク」と書いていた上に、今野に至っては「ロンドン」(イギリスの首都)で、早くも先が思いやられる展開となった。

 2問目は、ロックバンド、クイーンのフレディ・マーキュリーが残した名言から出題。「音楽は○○と似ている。“理解しようとしたら楽しめない”」の空欄を埋めるもので、ここは本高の発言に一同の視線が集中。「宇宙」をイメージした本高はその理由について、「僕らは空を見ることによって、美しくて楽しむことができるじゃないですか。でも宇宙って、まだ未開なことが多いじゃないですか。そこをかけてちょっと、宇宙かな……」と明かすと、クラスに一人はいそうなヤンチャキャラ・岩本照が「お前、真面目だな」と、呆れ気味に言い放った(ちなみに正解は女性)。

 3問目は「新一万円札の『顔』になる人物は誰?」。昨年6月公開の「【ふっかちゃん】マジギレ!? 深谷市ご当地キャラに会いに行こう完結編」で埼玉・深谷市の「渋沢栄一記念館」に行ったSnow Manのオリジナルメンバーにとっては有利なクイズだったが、「オールバック」のヒントに流された渡辺はSixTONES・田中樹と記入。菅田はKing&Princeの平野紫耀と書き、「『お札にのりたい』って言ってたので……」と述べると、阿部がすかさず「早すぎねぇか!?」と、指摘。自分もJr.の名前を書いておきながら、批評家ぶる渡辺は「ちょっとやりすぎだな」と、“ガチのトーン”でダメ出しした。

 さらに、独特なセンスの持ち主・矢花が「世界のYAZAWA」(矢沢永吉)と斜め上を行く解答を出すと、渡辺は「お前、ムズいわ」と、バッサリ(自己紹介ギャグはウケていたのに……)。終盤はなぞなぞで締めくくり、全編にわたって総勢14名の賑やかな授業は、見ているこちらも元気になれる内容だった。
(中村チズ子)

木村拓哉からの伝統? ジャニーズアイドルの取材現場は全員パンツ一丁

 ジャニーズJr.グループ「HiHi Jets」(ハイハイジェッツ)のメンバー、橋本涼さん(18)と作間龍斗さん(16)に、ベッド写真と未成年飲酒疑惑が浮上し、年内いっぱいの芸能活動自粛を発表するなど、大わらわなジャニーズ事務所。彼らと肉体関係を持ったと暴露する一般女性の暴走に、ファンも呆れるしかない模様です。

 ジャニーさんの逝去から退所予想も盛んで、ついに関ジャニ∞の錦戸亮さんが脱退を発表するなど、とにかく騒ぎは尽きません。それでも芸能界はつつがなく回っていくわけで……毎週、毎月、たくさんの雑誌をジャニーズのタレントたちが彩ることは変わりません。今回も引き続き、ジャニーズタレントの取材現場の舞台裏をたっぷり公開していきます。不機嫌極まりなかった亀梨和也さんの「頭ポンポン」、山下智久さんのNGワードなどなど、気になる話題がてんこもりのアツトーークをご覧ください。

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 皆さん、ごきげんよう。アツこと秘密のアツコちゃんです!

 先週に引き続き、取材のアレコレについてお話していこうと思います。えっと、タレントさんがスタジオに着いたあたりまで紹介したんだったっけ。

 ジャニーズ事務所のタレントさんは大抵、会社の移動車に乗ってスタジオまで来られるのだけど、スッピン&私服で入ってくる場合がほとんど。みんな本当にオシャレでびっくりよ。

 グループならば家が同じ方面の人たち3~4人が一台に同乗してきて、違う移動車で何人かがやってくるんだけど、たまに誰かがうっかり寝坊しちゃったり、前の仕事が押して時間通りに来られなかったりとか、常に何らかのアクシデントが待ち受けるものなの。前々から頼んであった撮影用のソファーが当日になってなぜか届かないとか、不測の事態もしょっちゅう。

 メンバーの誰かが到着しない場合、お寝坊なら少し待てば大丈夫なんだけど、マネージャーさんが青ざめながら慌てふためくのは、たとえばこんな時。

「〇〇もそこの角まで車で一緒に来たんですけど、熱がとても高くて病院に行かせました。様子を見させてください」

 体調不良は心配もするし、ちょっとビビるかな。少し経って連絡してみると、そのアイドルくんは「インフルエンザにかかった」とかで、もちろん撮影には来れずだったの。グラビアもだけど、グループでの表紙撮影なんかもあるから、一人でもメンバーが足りないと大変で。

 でも今はたとえ合成になったとしても高い技術力があるから、意外と違和感なく「みんなで一緒に撮ったふう」の写真が出来上がってくるのよね。カメラマンさんも「本当にいい時代になったよなぁ。昔なら大騒ぎだったよ」なんて言って胸を撫で下ろしているもの。

 ちなみにインフルにかかってしまった可哀想なアイドルくんは数日後、完治してから一人で撮り直しをして、無事に表紙とページを撮り終えどうにか事なきを得たのでした。

「笑ってください」は禁句!
 どんなトラブルが起きようと何とか乗り越えて撮影やインタビューをするんだけど、メイクを終え、衣装を身につけてカメラの前に立つと、ため息が出ちゃうぐらいのオーラを出しまくって、文句なしのカッコイイ姿を見せてくれるのがジャニーズタレントさんの凄いところ。

 こちらの撮影テーマを瞬時に理解して、自分なりのポーズや表情で魅せてくれるから、カメラマンさんもノリに乗ってきて「いつもより多く撮ってます」状態になることも多々。カメラマンさんもそれぞれみんな個性的で、大声で「イエーイ」を連発する人や寡黙な人がいたりもして面白いのよ。

 そういえば、今は撮影で“禁句”になってるフレーズがあるの。それは「笑ってください」。なんでだと思う?

 慣れないカメラマンさんが業を煮やしてついうっかり「笑ってください」なんて言っちゃった時のこと。山下智久くんが「面白いことがないのに笑えないよ~」と意見したのよね。確かにごもっとも。正論です。山Pは正直者だから、「作り笑いってのもイヤだしさ。俺、写真で上手く笑えないんだよね。そりゃちょっと笑ったらパッと撮れてみんなの仕事が早く終わるだろうってことも理解してるんだけど、作った笑いでもいいの?  それで誰か喜ぶのかな?」と問われ、う~んと考え込んじゃった。

 確かに「笑え」って言われても急には笑えないもんね。ただ、怒ったような顔ばっかでも誰も喜ばないだろうし、その時は「次からはちょっと考えるけど、今回はテーマに沿った少し柔らかめの顔でとお願い」と話し合って撮影を再開したっけ。

 前回も、「今、ハマってることは?」という質問に山田涼介くんが「あのさ、そんな1カ月も経たないうちに同じ質問がきてさ。『今はコレにハマってます、これが周りで流行ってます』って答えられると思う?  ハマって趣味にしたんならとことん突き詰めたいじゃん。1カ月でハマってることが変わったとしたら、逆におかしくね?  嘘つきたくねー」と正論をかましてくれたと書いたけど、正直者にはかなわないわ。

 一方、「固め笑顔の殿堂入り」と言えば中居正広さんと堂本光一くんがワンツートップ。ご本人たちももうネタにするぐらいだけど、両者とも「俺、写真が大嫌いなのよ」と譲らず。「俺クラスになると、何十枚撮ろうと同じ顔ができるから。どの雑誌の表紙もグラビアもこの何十年ず~っと同じ表情だもん」と笑いながら豪語するほどで、お互い十分に分かっていることだから揉め事にはならず、撮影は淡々と進むのみ。

 ファンの皆さんも了承済みだと思うけど、今さら急に中居さんや光ちゃんがめちゃくちゃ笑顔で写真に収まっていたら、逆に違和感を覚えちゃうでしょ?  撮影もタレントさんの個性に合わせて進めていくことになるの。

 撮影にはかなりの時間を有するから、スケジュールが立て込んでいる時はまさに時間との戦いね。特に全員集合での撮影は誰か一人が目をつぶっていたりしたらアウトだから、いろんな号令をかけながら進めるの。

 優しいカメラマンさんに代わりコワモテ(!?)のアツが「ハイ、息吸って、吐いて、そのまま止めて3秒静止!」とか言うと「レントゲン写真じゃねーんだから」と総ツッコミが入ったり、「いい顔しよう、すぐ終わる」とか言うと「そんな標語ねーぞ」と突っ込まれたり、「ギャンギャン超音波でうるせーぞ」と叱られたり、若いグループだといつまで経ってもわちゃわちゃは止まらない!  あっと、全部アツのせいか、ごめんよ~。

インタビュー音源は「誰にも聞かせない」という約束
 でね、撮影合間にもインタビューはするんだけど、撮影後はグループ全員での対談もあるから個人インタビューも時間との戦いなの。大きい声じゃ言えないけれど、アイドルくんたちはインタビューの間、衣装を汚すことを恐れてか、ほぼほぼパンイチというお姿!

 夏でも冬でも年がら年中パンツ一丁。「風邪引くよ~」なんて言うんだけど、彼らの同意は得られず。木村拓哉さんから始まってのジャニーズのパンツ事情、アツはかなり詳しくなっちゃったかも。皆さん引き締まったいい体をしてらっしゃるから素敵なんだけど、こっちも一応インタビューで忙しいし、だんだん見慣れてきちゃって、今じゃ洋服を着ていると「どーしたの?  具合でも悪いの?」なんて聞いちゃうぐらい。ヤダ、慣れって怖いわぁ。

 インタビューもその時々に応じていろんな場所で行うんだけど、たまにメイク中にインタビューする時があるの。今はICレコーダーの性能もいいから音声が拾えるけれど、ちょっと前はドライヤーの音に音声がかき消される時もあってね。誰がドライヤー時間が長いって、皆さんのご想像通り、そう、御明答の稲垣吾郎さんです。

 もう吾郎ちゃんったら1時間近くガーガーワーワー(ワーワーは言わないか)ドライヤーをかけてるから、怒鳴り合い状態でインタビューしていたことがあって、後で聞き直したらなーんも聞こえなかったなんて時も。やっぱり場所は大事だからだいたいは楽屋で聞くことが多いかな。

 でも基本、アツの場合はタレントさんと1VS1のタイマンでのインタビューが多いの。というのも「ちゃんと話したいから」というタレントさんもいて、いつしかマネージャーさんも誰も付けずにインタビューをするようになっちゃったのよ。吾郎ちゃんなんかは「周りに人がいると、何か落ち着かないから」っておっしゃるしね、そのわりによく言い争いをさせていただいておりますがぁ(笑)。

 タレントさんとアツとICレコーダーの三者面談でインタビューして、インタビュー中に「このページはこんな感じの構成にするね」という打ち合わせもご本人と。よくライターさんがインタビューする時、編集者が隣りにいてICレコーダーを二台回す場合があるんだけど、アツの場合は説明通り編集者も立ち会わず。

 また、たとえ編集者のICレコーダーがなくても、ライターさんが撮った音源を後で編集者に送るというのが普通なんだけど、アツはそれもナシなの。タレントさんとの「この会話は誰にも聞かせない」という約束の元、音源は誰にも渡さないルールになっているのね。

 もちろん編集者には「こんな感じの内容だよ」という話はするけれど、タレントさんの「この場にいない人に音源だけ聞かせるって何かイヤだ」という思いはごもっともだし。ナイショ話っぽいけど、信頼関係の元、インタビューを行います。ゲラチェックもないから、アブナイ内容が飛び出した場合は本人と直に「この発言はちょっとないかも。どうする?」と相談したり。

 嘘を書いたらファンのみんなには「〇〇くんはこんなことは言わない」ってすぐ分かっちゃうし、読者の皆さんに少しでも何かが届けられるよう、まだまだ勉強不足だけれど、それなりにちょっと頑張ってインタビューしているつもりなの。

 もちろんインタビューするまでには、そのタレントさんが出演しているドラマや映画や舞台のレッスン場やロケ場所にも足繁く通うし、いつもみんなから「お前の顔、毎日見てるような気がするわぁ。親や友達より長い時間いるよな」とイヤそうに言われるのが常だけど、距離を縮めるためにはそんなこともしてみたり。猛暑だろうと厳寒の中だろうと、早朝だろうが真夜中だろうとイケイケどんどんガムシャラにロケに突撃も。とにかく微力ながらあの手この手で仲良くなるべく、あっちへこっちへと奔走するの。毎度しつこくて申し訳ない!

 まぁ中にはなかなか心を開いてくれない人もいるけど、それはこちらの努力不足もあるのよね。

 一方、「元々、取材が嫌い。俺のことはいいじゃん」ってハッキリ言ってくる人も。それは逆にもう潔いし、ギリギリまで粘るけど仕方ないかなぁって諦めることもあるわ。でもね、インタビュー後、原稿を書く時に改めてICレコーダーを聞き直すんだけど、ど~んよりした空気までキッチリ再現されていて、なお一層ヘコむ時もしばしば。なかなか難しいのよね~。

スポーツ紙の取材でジャニタレが手に汗握る理由とは?
 やっぱり対談なんかでめちゃくちゃ盛り上げてくださるのは嵐の皆さんがダントツかしら。対談を聞いていて、仕事なのにお腹を抱えて笑っちゃうもの。「傍観者じゃないんだから、参加しなさいよ。笑ってばっかいないでさぁ」と言われたことも……。いつだってめちゃくちゃ忙しいスケジュールなのに、嵐には本当に頭が下がるわ。

 Kis-My-Ft2のみんなもボケとツッコミが絶妙だし、ほったらかしておいても北山宏光くんがうまく回してくれるからいつも「ミツ様々!」と拝み倒しちゃうの。KAT-TUNも三者三様の立ち位置でトークを展開してくれるんだけど、ある時、いつになく亀梨和也くんのご機嫌が悪くて、口数が少ない時があったの。「人間だもの、そんな時もあるさ」と相田みつを先生を思い割り切ってインタビューしてたんだけど、やっぱり弾まず。

 どうにか打開しないとと思って、ダメ元で「今日、亀ちゃんのご機嫌がよくないと思う人~?」と言って手を挙げてみたの。アツとしては決死の覚悟でね。そうしたら他のメンバーも一斉に手を挙げてくれて、それを見た亀ちゃんが「うん、俺が悪かった。ゴメンゴメン」と言って頭ポンポン攻撃よ。もうね、コレは反則でしょ。いきなり撃沈しちゃって勝手ながら「一生、亀ちゃんに着いていく」と決め、今に至ります。

 いろいろあってもホントみんな憎めない。原稿を書きながら「もう少し突っ込んで聞けばよかったかな」と反省したり、思い出し笑いをしながらの毎日。何年経っても未だに毎回毎回がドキドキだもの。いつになったらカンペキにできるようになるんだろ?  はぁ~(涙)。

 ……って、またダラダラ書いちゃったけど、これがスポーツ紙の取材になると全然違うのよね。彼らの場合の多くはジャニーズ事務所内の会議室で、タレントさん、チーフマネージャーさん、現場マネージャーさん、広報部さん、レコード会社のスタッフ等など、周りにズラーリと人だかりが。1VS6ぐらいだから、単身乗り込む記者さんがと言うよりはタレントさんの方が緊張しちゃうんですって。「だって下手なことを言ったり、返しがうまくいかなかったりしたら、スタッフから怒られそうで。言葉も選ばなくちゃいけないからスポーツ紙の取材はホント手に汗握る」そうなの。

 スポーツ紙の皆さんは囲み取材では何度かタレントさんと相対してはいるけれど、個人インタビューはそんなになさらないから、タレントさんも知らない顔の記者さんを前にどう接していいか、ちょっと悩むみたい。それにスポーツ紙さんはゲラチェックがないから、タレントさんとしても「変なことを言ったらそのまま載っちゃうから気をつけないといけない」と気を引き締めて挑むんだとか。とはいえ、スポーツ紙さんだって敏腕記者揃い。何とか「恋バナ」を聞こうとグイグイ攻め込んでいくのよね。

 攻防戦を繰り広げつつも恋愛話まで広げられなかった場合は「見出しで煽る」のがお約束。スポーツ紙も一般紙も記事は取材した記者が書くんだけど、見出しは基本的に整理部がつけるので、多少の煽り見出しは当たり前。後で見出しがちょっとセンセーショナル過ぎて「記事の内容と合ってないじゃない」と事務所からクレームが入る時があるらしいんだけど、そんな時は「整理部が勝手に煽った見出しをつけちゃったんですよ。僕も知らなかったんです」と言って逃げ切るんだとか。やるなぁ。あ、ちなみにアツの原稿も見出しは編集者さんがつけてくれるんだけど、それが毎回楽しみなのよね。

 とまぁ、いろんな取材があるんだけど、どんなに泣いたり笑ったりのトラブルがあろうと、終わった時にはみんな「おぅ、またな!」と言ってスタジオを後にしていくの。いっつも何かしらの新しい発見があるし、どこを掘っても魅力は底知れず。ジャニーズのタレントさんたちは本当に人との距離感が絶妙で、常に成長していってるところが凄すぎる~!  気がつくとアツはすっかりおいてけぼりをくらってるもの。彼らは見えないところで人知れず努力して、充実した濃い時間を過ごしているんだろうなぁと感心するばかり。

 さぁて、声と態度だけがデカいアツがどこまで彼らに着いていけるのか?  随分と差が出来ちゃったけど、引き続き何とかボチボチ着いていこうと思う所存でありま~す。ムダに長いバカ話にお付き合いいただきありがとうございましたぁ。性懲りもなくまた来週!

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有料老人ホーム、「入居者家族とは一切しゃべるな」新人介護士への理不尽な命令

「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。今回は、親に介護サービスを提供する側、有料老人ホームの職員に話を聞いた。

離婚し、一人娘を育てるために介護職に

 山岸恵美子さん(仮名・44)は、有料老人ホームの管理職をしている。介護の世界に入ったのは7年ほど前。その肩書から想像すると、7年という経験年数は短いようにも思えるが、彼女には長い長い7年だった。

 山岸さんは、介護職につく10年以上前にヘルパーの資格は取っていた。そのときは将来役に立つかもしれない程度の軽い気持ちだったという。そんな山岸さんが介護職に就くことにしたのは、夫と離婚し、シングルマザーとして中学生の一人娘を育てていかなければならなくなったためだった。

「結婚以来ずっと専業主婦で、お金に困ることのない生活でしたが、離婚して、これから教育費のかかる子どもとどうやって生活していけばいいのか、途方に暮れました。頭の片隅に介護という選択肢もあったものの、現場で実習をしたときに介護の大変さを味わっていたので躊躇して。そんなとき、娘に『ママは介護の資格があるじゃない』と言われたんです。私は母を中学生のときに亡くしているので、娘が唯一の生きがい。娘に背中を押されたこともあり、自宅から近い介護施設なら娘に何かあってもすぐに帰ることができるだろうと考え、介護の世界に入ることを決めました」

 自宅の近辺で介護職を募集している施設を探したところ、歩いて通える場所に有料老人ホームが職員を募集していることがわかった。

 当初は介護の世界に入ることにためらいがあったとはいえ、働こうと決めさえすれば、あとは自分が頑張れいいだけだと考えていたと山岸さんはいう。独身時代にはサービス業に従事しており、明るく気さくな性格でお客さんからもかわいがられていたので、人と接することに不安はなかった。まさか、職員間の人間関係で悩むことになるとは思ってもみなかったのだ。

「介護職員を募集していたのは、有料老人ホームでした。自宅から近いとはいえ、それがどんなホームで、評判がいいのか悪いのかも知りませんでした。採用に応募してすぐに、ホーム長と介護主任から面接を受けたのですが、そのときから女性の主任が厳しそうだなとは感じていました」

 無事採用されて働くようになると、すぐに主任からの手厳しい洗礼を受けた。

「ホームの介護職員は全員が女性で、女社会のトップに君臨していたのが主任でした。彼女が黒といえば、絶対に黒なんです。その主任に、私はなぜか最初から嫌われてしまいました。もちろん、ほかの職員はみな主任に従うので、私は完全に無視されるようになり、研修期間なのに、私に業務を教えたくないとホーム長に直談判する人もいたようです。私は、何か教えてもらうたびに『すみません』を繰り返して、ひたすら低姿勢でいるようにしたのですが、風当たりはますます強くなりました。ホーム長からは『すみませんばかり言うと、なおさら嫌われるよ』と言われたので、今度は『ありがとうございます』と言うようにしましたが、何も変わりません。いかにホームが閉ざされた空間か、嫌というほど感じました」

 理不尽な態度はエスカレートしていった。入居者の家族が面会に来たときに、その入居者の日ごろの様子を家族に伝えたのが、火に油を注ぐことになった。「新人のくせに生意気だ」と非難され、主任から「入居者の家族とは一切しゃべるな」と命令されたのだ。

「主任がほかの電話に出ていたときに、もう一つの電話が鳴ったことがありました。ほかに誰もいなかったので、私が電話に出ないと怒られると思い、電話をとったら『ほかの人としゃべるなと言ったはずだ』と怒鳴られるんです。もう何をしても叱られる。家に帰っても翌日職場に行くのが怖いんです。毎日がつらくて、泣いてばかりいました。とうとうある日、ズル休みをしてしまいました。でも娘に『ママ、仕事に行かないの?』と言われて、娘を不安にさせてはいけないと思い、休むこともできませんでした」

 ホーム長は、山岸さんの好きなアイドルの曲をホームでかけて、「見ているよ」と無言で伝えてくれたり、食堂のおばさんからは「またキツいことを言われてたね。頑張りなよ」と励まされたりしたという。しかし入居者の多くは、職員のギスギスした雰囲気を敏感に察知していたようだ。

「主任に嫌われるとホームにいられなくなると感じるのか、私を避ける入居者の方もいました」

――次回につづく(9月29日更新)

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ

介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘
父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル
・父の遺産は1円ももらっていないのに――仲睦まじい姉妹の本音
明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心
認知症の母は壊れてなんかいない。本質があらわになっただけ

【介護をめぐる親子・家族模様】シリーズ

出刃包丁とナタで男をバラバラに――結婚誓った内妻の告白【荒川放水路バラバラ殺人事件・前編】

世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。

 戦後間もない昭和27年の東京都足立区。市民プールや学校にプールがあることが珍しかった頃、辺りにひしめくバラックに住む人々は、暑くなると荒川やその入江などで泳いでいた。現在、荒川の河川敷はさまざまに整備され、サッカーコートや広場がおかれているが、当時、荒川放水路東岸にあったひょうたん型の浅瀬は、子供子どもも川底に足がつくため、通称「日の丸プール」と呼ばれ、地域の子供子どもたち達に親しまれていた。

 5月10日の昼頃、ここで泳いでいた子供子どもたちが「変なものがある」と、魚釣りの大人に教えた。見ると、岸辺の芦の間にハトロン紙と麻ひもで荷造りした動物の死体らしい大きな包みが転がっている。ところどころから、どす黒い血がにじみ出て、臭気を放っていた。よく見るとどうも人間の胴体らしい。男は所轄の西新井署に急報、戦後初のバラバラ殺人事件が発覚した瞬間だった。

第5回:荒川放水路バラバラ殺人事件

 終戦から7年がたった昭和27年、戦後初めて開催されたメーデーに集まった群衆の一部が、解散地点の日比谷公園から皇居前広場になだれ込み、警察隊がこれに発砲。2人の死亡者を出した。それから数日後には、東京・新宿で火炎瓶騒ぎも起こった。「何か革命でも起こるのではないか」と案じる声も囁かれる中で発覚したバラバラ殺人だったことから、遺体の身元確認を進めると同時に、犯人の動機についての捜査も進んだ。

 胴体の発見後、直ちに西新井署に設けられた捜査本部により捜査が進められるなか、15日朝9時50分ごろ、死体の首が「日の丸プール」の対岸で発見される。さらに翌16日朝8時40分ごろ「日の丸プール」上流約9キロの新川鉄橋下で両腕が見つかった。この指紋を照合し、被害者の身元が判明。板橋区に住む志村署の警ら係、伊藤忠夫巡査(27=当時)であることがわかった。そのため捜査本部では伊藤巡査の内妻、志村第三小学校の教師をしていた宇野富美子(26=同)から事情を聞き追及した結果、同日夕方ごろ、犯行の一部を自供。逮捕に至った。

 殺害された伊藤が勤務していた志村署から北に2キロほど。工場と麦畑が広がる一角。そこにある、じめじめとした空き地で風車がギイギイと音を立てている。脇にぽつりとある2階建ての家で、伊藤と富美子、そして富美子の母と弟は暮らしていた。

 その家で事件が起こったのは、胴体が発見される4日前の夜。伊藤巡査が帰宅して寝入ったところ、富美子がその首を縄で絞めて殺害。ふと振り返ると、母シズがいつのまにかそばに立っていた。二人は相談し、道路に死体を放棄して他人に殺害されたように見せかけようとも話したが、女手二人では、60キロ以上ある伊藤巡査の遺体を運び出すことができなかった。次第に夜が明け始めたのでやむを得ず、遺体を行李に入れ、一旦押し入れに隠すことに。母親から死体をバラバラにして捨てることを勧められた富美子は出刃包丁とナタを購入しに出かけた。

 再びの夜がやってきた。2階に大きなタライを上げ、死体の入った行李をその上に乗せる。さらにタライの中に洗面器を置いて、出刃包丁とナタを使い首、手足、胴体と切り離していった。控えめに明かりのついた4畳間に、バラバラの体が積み重ねられて行き、タライの中の洗面器には切り離すたびにどす黒い血が溜まっていった。そして切り離した部分ごと、新聞紙とハトロン紙で包んでいく。この初めての大仕事を二人は2時間でやってのけたという。

 翌9日の日暮れを待ち、小学校の自転車を借りてきた富美子が胴体の包みをその自転車に乗せて一足先に家を出る。母親は首と手の包みを下げてバスで移動。先に新荒川大橋に到着した富美子は、ひんやりとした風が頬を撫でる新荒川大橋の上で、人がいなくなるタイミングを見計らい、橋の上から胴体の包みを投げ捨てた。やっとたどり着いた母親から包みを受け取ると、同じ場所から投げ込む。そして家に帰り、足をくるんだ包みと血を拭いた布切れを包んだものを自転車に積んで、再び出発。今度は戸田橋から投げ込んだ。すでに日付は変わり、10日の午前1時になっていた。遺体を刻んだ行李は細かに壊して燃やし、こうして、女性2人による死体損壊、遺棄行為を終えたのだった。

200通のラブレターを受け同棲、結婚を誓う

 なぜ富美子は夫を殺害するに至ったのか。

 遠縁にあたる二人が最初に出会ったのは終戦翌年、昭和21年の春のことだ。富美子は大阪に育ち、17歳の時に母方の親戚を頼って山形県の米沢へ疎開。米沢で高等女学校に通っていた。伊藤は山形に生まれ、地元の小学校を卒業し上京。戦時中は「日本光学(現・ニコン)」の行員をしていたが応召され、終戦で復員して米沢に戻ってきたころ、二人は出会う。伊藤は富美子に一目惚れだったらしく、結婚前に彼女に出したラブレターは200通に及んだ。

「頭の中はあなたのことでいっぱいです。会いたい。今はこの気持ちを抑えるためにせめてあなたのお名前を無性に書きまくっております」

 こうしたまっすぐな思いを、日々書き送っていたという。200通のほぼ全てが下書きの上、清書したものだった。それでも富美子は伊藤になびくことなく昭和22年、大阪の小学校への就職が決まり、米沢から転居。しばらく交渉も途絶えていた。2年生を受け持ち、教員としての仕事に邁進していた昭和24年、「昨年上京、今警視庁志村警察署に勤務している」と知らせを受け、再び文通を交わす仲となる。その年の夏に、伊藤の招待を受け、彼が住む東京の寮を訪ねた際、結婚の申し込みを受ける。最初は乗り気でなかった富美子も、ぶれることのない伊藤の気持ちに心を動かされ、事件前年の春、大阪から東京・板橋区にある小学校に転校すると同時に、同棲生活を始めた。

 富美子はのちに、手記を公開しているが、そこには伊藤への当時の思いがこう書き綴られていた。

「私の家は以前、相当手広く商売をやっていましたが、戦争と同時に不運が続き、ついに田舎に引っ込んでしまってろくな収入もなく、生活は苦しい最中でした。それだけに私は、自分の身の始末より『家のために働かねば』と言う気持ちが先に立ち、結婚問題などあまり真剣に考えなかったというのが、その頃の偽らぬ心情でした。

 しかしその反面、伊藤のプロポーズを受けて以来、彼を慕う気持ちが1日1日と高まっていたことが事実で、私が彼との結婚を固く心に誓ったのは、それから間もなくの事です」

 ところが一緒に暮らし始めると、それまでのまっすぐで真面目な伊藤の印象とは異なる顔が見え始める。

――後編につづく(9月16日更新)

出刃包丁とナタで男をバラバラに――結婚誓った内妻の告白【荒川放水路バラバラ殺人事件・前編】

世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。

 戦後間もない昭和27年の東京都足立区。市民プールや学校にプールがあることが珍しかった頃、辺りにひしめくバラックに住む人々は、暑くなると荒川やその入江などで泳いでいた。現在、荒川の河川敷はさまざまに整備され、サッカーコートや広場がおかれているが、当時、荒川放水路東岸にあったひょうたん型の浅瀬は、子供子どもも川底に足がつくため、通称「日の丸プール」と呼ばれ、地域の子供子どもたち達に親しまれていた。

 5月10日の昼頃、ここで泳いでいた子供子どもたちが「変なものがある」と、魚釣りの大人に教えた。見ると、岸辺の芦の間にハトロン紙と麻ひもで荷造りした動物の死体らしい大きな包みが転がっている。ところどころから、どす黒い血がにじみ出て、臭気を放っていた。よく見るとどうも人間の胴体らしい。男は所轄の西新井署に急報、戦後初のバラバラ殺人事件が発覚した瞬間だった。

第5回:荒川放水路バラバラ殺人事件

 終戦から7年がたった昭和27年、戦後初めて開催されたメーデーに集まった群衆の一部が、解散地点の日比谷公園から皇居前広場になだれ込み、警察隊がこれに発砲。2人の死亡者を出した。それから数日後には、東京・新宿で火炎瓶騒ぎも起こった。「何か革命でも起こるのではないか」と案じる声も囁かれる中で発覚したバラバラ殺人だったことから、遺体の身元確認を進めると同時に、犯人の動機についての捜査も進んだ。

 胴体の発見後、直ちに西新井署に設けられた捜査本部により捜査が進められるなか、15日朝9時50分ごろ、死体の首が「日の丸プール」の対岸で発見される。さらに翌16日朝8時40分ごろ「日の丸プール」上流約9キロの新川鉄橋下で両腕が見つかった。この指紋を照合し、被害者の身元が判明。板橋区に住む志村署の警ら係、伊藤忠夫巡査(27=当時)であることがわかった。そのため捜査本部では伊藤巡査の内妻、志村第三小学校の教師をしていた宇野富美子(26=同)から事情を聞き追及した結果、同日夕方ごろ、犯行の一部を自供。逮捕に至った。

 殺害された伊藤が勤務していた志村署から北に2キロほど。工場と麦畑が広がる一角。そこにある、じめじめとした空き地で風車がギイギイと音を立てている。脇にぽつりとある2階建ての家で、伊藤と富美子、そして富美子の母と弟は暮らしていた。

 その家で事件が起こったのは、胴体が発見される4日前の夜。伊藤巡査が帰宅して寝入ったところ、富美子がその首を縄で絞めて殺害。ふと振り返ると、母シズがいつのまにかそばに立っていた。二人は相談し、道路に死体を放棄して他人に殺害されたように見せかけようとも話したが、女手二人では、60キロ以上ある伊藤巡査の遺体を運び出すことができなかった。次第に夜が明け始めたのでやむを得ず、遺体を行李に入れ、一旦押し入れに隠すことに。母親から死体をバラバラにして捨てることを勧められた富美子は出刃包丁とナタを購入しに出かけた。

 再びの夜がやってきた。2階に大きなタライを上げ、死体の入った行李をその上に乗せる。さらにタライの中に洗面器を置いて、出刃包丁とナタを使い首、手足、胴体と切り離していった。控えめに明かりのついた4畳間に、バラバラの体が積み重ねられて行き、タライの中の洗面器には切り離すたびにどす黒い血が溜まっていった。そして切り離した部分ごと、新聞紙とハトロン紙で包んでいく。この初めての大仕事を二人は2時間でやってのけたという。

 翌9日の日暮れを待ち、小学校の自転車を借りてきた富美子が胴体の包みをその自転車に乗せて一足先に家を出る。母親は首と手の包みを下げてバスで移動。先に新荒川大橋に到着した富美子は、ひんやりとした風が頬を撫でる新荒川大橋の上で、人がいなくなるタイミングを見計らい、橋の上から胴体の包みを投げ捨てた。やっとたどり着いた母親から包みを受け取ると、同じ場所から投げ込む。そして家に帰り、足をくるんだ包みと血を拭いた布切れを包んだものを自転車に積んで、再び出発。今度は戸田橋から投げ込んだ。すでに日付は変わり、10日の午前1時になっていた。遺体を刻んだ行李は細かに壊して燃やし、こうして、女性2人による死体損壊、遺棄行為を終えたのだった。

200通のラブレターを受け同棲、結婚を誓う

 なぜ富美子は夫を殺害するに至ったのか。

 遠縁にあたる二人が最初に出会ったのは終戦翌年、昭和21年の春のことだ。富美子は大阪に育ち、17歳の時に母方の親戚を頼って山形県の米沢へ疎開。米沢で高等女学校に通っていた。伊藤は山形に生まれ、地元の小学校を卒業し上京。戦時中は「日本光学(現・ニコン)」の行員をしていたが応召され、終戦で復員して米沢に戻ってきたころ、二人は出会う。伊藤は富美子に一目惚れだったらしく、結婚前に彼女に出したラブレターは200通に及んだ。

「頭の中はあなたのことでいっぱいです。会いたい。今はこの気持ちを抑えるためにせめてあなたのお名前を無性に書きまくっております」

 こうしたまっすぐな思いを、日々書き送っていたという。200通のほぼ全てが下書きの上、清書したものだった。それでも富美子は伊藤になびくことなく昭和22年、大阪の小学校への就職が決まり、米沢から転居。しばらく交渉も途絶えていた。2年生を受け持ち、教員としての仕事に邁進していた昭和24年、「昨年上京、今警視庁志村警察署に勤務している」と知らせを受け、再び文通を交わす仲となる。その年の夏に、伊藤の招待を受け、彼が住む東京の寮を訪ねた際、結婚の申し込みを受ける。最初は乗り気でなかった富美子も、ぶれることのない伊藤の気持ちに心を動かされ、事件前年の春、大阪から東京・板橋区にある小学校に転校すると同時に、同棲生活を始めた。

 富美子はのちに、手記を公開しているが、そこには伊藤への当時の思いがこう書き綴られていた。

「私の家は以前、相当手広く商売をやっていましたが、戦争と同時に不運が続き、ついに田舎に引っ込んでしまってろくな収入もなく、生活は苦しい最中でした。それだけに私は、自分の身の始末より『家のために働かねば』と言う気持ちが先に立ち、結婚問題などあまり真剣に考えなかったというのが、その頃の偽らぬ心情でした。

 しかしその反面、伊藤のプロポーズを受けて以来、彼を慕う気持ちが1日1日と高まっていたことが事実で、私が彼との結婚を固く心に誓ったのは、それから間もなくの事です」

 ところが一緒に暮らし始めると、それまでのまっすぐで真面目な伊藤の印象とは異なる顔が見え始める。

――後編につづく(9月16日更新)

追悼・安部譲二さん――極道から作家になった「究極のお坊ちゃま」に合掌

今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■祖父は夏目漱石と同級生!

 映画化もされた半自伝的小説『塀の中の懲りない面々』(文藝春秋)などで知られる作家の安部譲二さんが、82歳で亡くなられました。謹んでお悔やみ申し上げます。

 事務所の公式サイトには、「かねてより自宅療養中でありました安部譲二は、急性肺炎により令和元年九月二日永眠いたしました。生前は多くの方々に安部譲二とその作品を愛していただき、心より感謝申し上げます。自宅でもサポートして下さる在宅医療の方々を常に笑わせ、明るく前向きな安部譲二ワールドを展開しておりました」とあります。最期まで安部さんらしい生き方をされたのですね。

 報道などによりますと、安部さんは1937年、昭和12年のお生まれだそうです。そんなお年でしたか。それよりすごいのは、プロフィールですよね。おじいさんは帝大で夏目漱石や正岡子規と同期、お父さんの仕事の関係でロンドンやローマで育った元祖帰国子女。麻布中学校で橋本龍太郎元総理と同期だったのは安部さん本人もよくネタにされていました。

 でも実際には「共産党に投票していた」とWikipediaにありました(笑)。

 それに、中学、高校と問題を起こし続けてヤクザになったのに、英語とイタリア語がペラペラで実家がエリート系ということで500倍の倍率を突破して日航に入社されました。そして、お客さんを殴ってクビになった……というのもすごいエピソードです。

 なんせお坊ちゃまですから、お父さんの本棚も充実していたそうです。漱石の全集や世界文学全集などはローティーンの頃に読破していて、文学の才能もあったんですね。中学生の頃に応募した小説が江戸川乱歩の目に留まり、「この子は心が病んでいる」と心配されたというのも以前に話題になりました。

 究極のお坊ちゃまで、貧困や差別には無縁なのに極道になったのは、やはり「心」のせいなのでしょうか。ケンカばかりしていて、あの安藤組の安藤昇さんにスカウトされています。当時の安部さん14歳、安藤さん26歳くらい。すごい時代です。やっぱり14歳特有の「中2病」もあって、いろいろやらかしたくなるんでしょうか。

■「オレのほうが安部よりおもしろい」

 安部さんが『塀の中の懲りない面々』を出版されたのは1986年、バブル全盛の頃でした。この頃ってゴルフやスキー、マリンスポーツや海外旅行、高級レストランなどにお金が使われた時代で、本はあまり売れていなかった……というのは後から聞きました。

 しかも、「国内で前科14犯、海外で前科3犯の40歳過ぎの元ヤクザ」ですから、当初はどこの出版社も相手にしなかったそうです。でも文藝春秋の編集者が評価して発売が決まり、発売1カ月で25万部のベストセラーになったんですね。

 編集者さんによりますと、10万部を超えると性別や世代、職業などに関係なく読まれるていることになるそうですから、読んでいたのはヤクザだけではないんですね。むしろサラリーマンさんとかのほうが溜飲を下げられていたかもしれません。

 でも、実は少なくないヤクザたちが、安部さんに対してヤキモチを焼いていたんですよ(笑)。今みたいにスマホもありませんから、ヤクザはけっこう本を読んでいました。それに、塀の中はヒマなので、読書の習慣もできるようです。

 安部さんをテレビや新聞で見かけるたびに、オットの兄弟分たちは「ワシのほうがおもしろいのを書ける!」とか「ここの文、間違ってる!」とか「こんなんウソばっかりや!」とか、言いたい放題でした。文句あるなら、自分も書いたらいいんですよ。特にアルコールが入るともう大変で、「アベを呼んでこい!」的なモードになってました。もちろん本当には呼ばないし、呼べませんけどね。

 過去にヤクザからの恐喝を含むイヤガラセが来たかどうか、安部さんに聞いてみたかったです。合掌

坂口杏里に必要な「支援」とは? ホストで借金、逮捕、自殺未遂……歌舞伎町の駆け込み寺に聞く

 8月27日、元タレント・坂口杏里さんが、ホストクラブ勤務の知人男性とトラブルを起こし、住居侵入の疑いで逮捕(不起訴)された。なお彼女は2017年にも、同じ男性への恐喝未遂容疑で逮捕(不起訴)されている。

 坂口さんといえば、有名女優・坂口良子さんの娘として広く知られる存在だ。6月に放送されたドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション ワケあって…坂口杏里』(フジテレビ系)によると、坂口さんは08年に芸能界デビューし、一時期は2世タレントとしてバラエティー番組に引っ張りだこだったが、13年に良子さんが亡くなってから、その寂しさを紛らわすように、ホストクラブにハマッていったという。気づけば多額の借金を抱えることになり、16年にはAVデビュー、そして、風俗嬢に転身。同番組では、自殺未遂をしていたことも明かされていた。

 しかし坂口さんは、そんな崖っぷちの状況から抜け出すため、昨年末、芸能界復帰を目指すと宣言していたわけだが、ここに来て2度目の逮捕――。芸能界復帰の夢は泡と消えそうな中、今度はYouTubeに「坂口杏里チャンネル」を開設し、良子さんの遺産や義理の父であるプロゴルファーの尾崎健夫氏について話す動画をアップしている状況だ。

 そんな坂口さんを、ネットの住民たちはどう見ているのか。絵に描いたような“転落人生”だと好奇の視線を向ける者、「もっと反省すべき」と厳しい言葉を投げかける者、はたまた、天国の良子さんを哀れむ者などさまざまだが、中には「支援を受けた方がいい」「誰か周りに頼れる人はいないの?」と声をかける者もいる。はたから見ていても、どこか心もとない彼女を心配しているのだろうが、その「支援」とは何か、誰もがわからない状況なのではないか。そこで今回、新宿・歌舞伎町で、家庭内暴力、DV、虐待、ひきこもり、ストーカー、金銭トラブルなど……さまざまな悩みを抱える人たちの問題解決に奔走してきた「公益社団法人日本駆け込み寺」の設立者で、「よろず相談研究所」所長・玄秀盛さんに取材を行い、坂口さんに多額の借金を背負わせたホストクラブの構造、彼女が抱える問題の正体、そして彼女が立ち直るために必要なことについて、見解を聞いた。

■ホストで借金地獄の女の子は「たくさんいる」

――坂口さんは、ホストクラブにハマッて、1300万円(18年6月時点)もの借金を抱えているそうです。

玄秀盛さん(以下、玄) そういう女の子は、杏里さん以外にもたくさんいるよ。そもそもホストクラブの構造自体が問題。ホストの最低保証給って、日給2,000円くらい。これは今から約40年前に「愛‐本店‐」の愛田武元社長が決めたもので、あとは歩合制で給料が決まるんやけど、歌舞伎町のホストって「カネと女が手に入る」と思って上京してきた地方出身者ばっかりやから、「日給2,000円」という現実は厳しいものがある。しかも「マンションの六畳一間に5人暮らし」「食事はカップラーメン」みたいな生活を目の当たりにする。そうすると、ホストは客に――しかもまだ20歳そこそこの子に、一晩30~50万円なんて大金を使わせようとしだすというわけや。

――女性客は危機感を持たないものなのでしょうか。

玄 女の子はマインドコントロールされてんねん。ホストは、アルコール慣れしてない20歳そこそこの子に酒を飲ませて、会話を盛り上げ、甘い言葉をささやく……俺から言わしたら、そんなん「悪魔のささやき」やけど、愛情と優しさに飢えてる子やったら、ハマっちゃうよ。しかもホストってイケメンやろ。でも、ホストは「値踏み」もしてる、「この子はどれくらい稼げるか」っていう。

――つまり、キャバクラや風俗で働かせて、いかに自分にお金を貢がせるか……ということですか?

玄 そうそう。歌舞伎町にはホストクラブが約200店舗あって、仮に1店舗10人在籍してるとして、約2,000人のホストがいる計算やけど、「何も持っていない女の子から、いかにカネをむしり取るか」を考えてる“ハイエナ”みたいな奴が多いのは確か。もちろん真面目に働いてるホストもいるけど、そういう奴は目立たんねん。キャバや風俗で稼がせるにしても、最初は性的サービスのないものから始めさせて、徐々に慣れさせていく。エグいけど、ホストが女の子に5年間の「AVを含む」モデル契約をさせるという話もあった。「AVを含む」ことに気づいた女の子が「聞いてなかった」と言っても、「キャンセル料30万円だよ」と迫り、断れなくする。逆にホストが保証人になって、「いいよ、ここは俺が払うよ」と言って、女の子側に借金を作ることもある。「彼が払ってくれたんだ」とほだされた女の子は、さらにホストにカネを使うようになり、そうしてできた借金を返すため、「彼のためならいいか」といって、風俗で働きだす。そしてまたホストにカネを使う。ホストクラブは、こういう負のスパイラルで成り立っているのが多い。

――テレビで放送されるホストのドキュメンタリー番組などでは、見えない一面ですね。

玄 最近は、ホストの数が増えて、客の奪い合いになり、どんどんあくどくなってる印象もある。あと、地方の若い女の子が「HOST‐TV.COM」(ホストクラブ動画・ホスト求人・密着・PV・バラエティ番組を毎日更新するサイト)を見て、歌舞伎町にやって来て、ホストクラブの負のスパイラルにハマッてしまうことも増えてるよ。客引き禁止条例ができてから、ネットで集客するようになってるんやな。俺はそういう風潮をよくないと思っていて、ホストやホストクラブのオーナー、「HOST‐TV」社長に「勉強会をしませんか?」と声をかけてます。勉強会を開こうと思ってる話は、新宿区や新宿警察署の関係者に話をしているよ。

■風俗を辞められないのは「孤独」が原因?

――坂口さんも、ホストクラブの負のスパイラルにハマッているのかもしれません。

玄 完璧にハマッてる。杏里さんは愛情が欲しいんやと思う。だから昔の男を追いかける。一度付き合った男とは、たとえ別れても距離が縮みやすいから。でも、そのホストの男に「こいつからはもうカネ取られへん」と思われてたら、厄介者扱いや。警察を呼ばれたのも、そういう事情があったのかなと思う。

――坂口さんは、昨年末に風俗を辞めて芸能界復帰を目指すと宣言しましたが、現状、辞められていません。

玄 辞められない理由は簡単やんか、孤独だからや。寂しいと、つい元カレのホストに電話して、飲みに行ったりして借金を作る、で、カラダで払う。その繰り返し。「女友達と遊べばいいのに」という人がいるかもしれんけど、女友達からは「『カネ貸して』と言ってくる厄介な子」だと思われて敬遠されるねん。男は別や。言い方は悪いけど、たとえカネはなくても「セックスはできる」と思って、ある程度は付き合ってくれるからな。

 こうやって、孤独によってどんどん落ちていく。その姿をマスコミが報じると、「悪名は無名に勝る」で、また杏里さんに人が群がる、もてはやす。本人もその気になって、ネオン街での脚光を求めてホストに出かけ、借金を作り、カラダで払う……という連鎖もあると思う。シャブ中と一緒や。なんでシャブ打つか知ってるか? スーパーマンになりたいんや。自分じゃない自分になるためにシャブを打つ。

――坂口さんも同様に、脚光を浴びることで、「自分じゃない自分になりたい」のかもしれませんね。彼女がこうした負の連鎖を断ち切るためには、まず借金を完済するのが重要なのでしょうか。

玄 うち(日本駆け込み寺)経由で、ホストへの350万円の借金を踏み倒して飛んだ子もおるよ。弁護士を入れて、借金の処理をしたことだって何度でもある。俺も債務保証で2回自己破産してるしな。お金の問題を処理するのは実は意外と簡単で、それより「男への依存」をどうするかが問題やねん。男に「褒められたい」「優しくされたい」「チヤホヤされたい」――シャブに依存するのと同じように、「男」に依存しているのを、どう断ち切るか。たとえ借金がなくなっても、心の問題が解決してなかったら、また借金するだけや。

 じゃあ断ち切るためにどうするのかというと、「私はここまで落ちた」ということを受け止め、過去を見つめて、生き直しをせなあかん。そうしたら立ち直れると思うけど、何よりも本人が「立ち直りたい」という意志を持つことが大切。シャブ中やったら実刑食らって、刑務所にいる間に目を覚ますこともできるけど、杏里さんの場合は実刑の対象ではないからな。

■まず「普通の生活」を教えたい

――例えば坂口さんが自らの意志で、日本駆け込み寺にやって来たら、玄さんは具体的に何をしますか?

玄 普通の生活を教えます。例えば「月収20万円」で暮らすとしたら、どんな生活になるのかを考えさせる。お金の価値をわからせる。月収20万円だと手取りはもう少し下がるけど、そこからいくら食費に割くか、1回の昼食代は何円に抑えなあかんか、と。まぁ昼食はなか卯で食べなあかんな。そういう生活を、まずは1年続けてみる。そういう姿を隠さずに、世間に見せることも大事や。まぁでも、月収20万円も得られるスキルが杏里さんにあるかどうか。昼間働いて、20万稼ぐというのは大変なことだと思うよ。それと並行して、依存から脱するため、メンタルクリニックに通うことを勧めるね。

――お金の話で言うと、『ザ・ノンフィクション ワケあって…坂口杏里』で、坂口さんがブランド品を身に着けていたことから、ネット上では「それを売って少しでも借金返済に充てるべき」といった声が出ていました。

玄 売れへん売れへん。売っても二束三文や。みんな単純に「売れば?」と言うけど、売ったらまた新しいものを買うことになるんやから、あるもんは使ったらええねん。それよりも、自分で生き直すと決意して、「平凡な生活」というものを積み重ねていくこと、それから同性でも異性でも友達を作ることの方が大事。その友達ってのは、「悪さをしない」奴やで。シャブかて、本人が「やめよう」と思っても、周りの奴らが誘いにくんねん。そういう奴らと縁を切って、「無償」の友達を作らんとあかん。

――ホストは、お金を介する「有償」の関係ですもんね。

玄 そうやで。杏里さんが本人の意志で直接ここに来て、「今後こうしたい」という話を聞かせてくれれば、もっと具体的なメニューを提案できると思う。ただ、杏里さんはいま、貴重な経験をしてるんやから、それを生かさなあかんと思うわ。まず自分を救って立ち直る、そしたら、同じように苦しんでる女の子を救うこともできる。俺、シャブ中だった奴に、シャブ中の奴の相談に乗るように言うことがあるんやけど、そうすることで「二度とシャブをやらない」と、自分に言い聞かせることにもつながるからな。

 ちなみにやけど、日本のダンス&ボーカルグループのAの親父も、悪い仲間と縁を切るために、うちの社員として3年半働いて、ボランティアの勉強をしてたんや。彼は杏里さんと逆バージョンの「息子の七光り」。周りからちやほやされて、勘違いしてるところもあったよ。でも、そんな彼も今では自立しました。

――坂口さんの現状を見て、「実の兄や義理の父親が支援すべき」という世間の声も根強いのですがいかがでしょう。

玄 傍観者はみんなそう言うよ。でも俺は違うと思う。そもそも家族は、「更生」を経験したことないやろ? 自転車に乗ったことのない奴に、むりやり乗れ乗れって言ったって、うまくいくはずがないやん。杏里さんも家族に対しては甘えが出るだろうし、「あの時こうしてくれなかったから、私の人生はめちゃくちゃになった」なんて、過去のことを言い出すと思うよ。杏里さんの更生には、絶対に第三者の「他人」が必要や。

 だいたいな、支援をしたこともない人間が、「支援」「支援」という言葉だけを口にしてるような気もする。何を根拠に「支援」なんですか? というのを聞きたいね。「弁護士に相談を」という人もおるやろうけど、お金の問題が片付いたとして、心の問題は? 「行政に相談を」って、じゃあ具体的にどこに? 俺は歌舞伎町で17年間、老若男女5万人の相談に乗ってきた。加害者でも被害者でも、救いを求めてるなら、話を聞くよ。加害者が二度と過ちを繰り返さないように、被害者が立ち直れるように。目の前のたった一人の人を助けるという思いでやってきた。杏里さんと似たような状況の女の子もたくさんいた。もし杏里さんがここに来てくれたら、1000通りでも1万通りでも更生のメニューを提案するよ。

玄秀盛(げん・ひでもり)
1956年、在日韓国人として大阪市西成区に生まれる。両親の離婚などによって、複雑な家庭環境で育ち、「4人の母」「4人の父」のもとを転々とする。2000年、自身が白血病をおこす可能性のあるウイルスの感染者であることを知り、ボランティアに目覚め、02年「NPO法人日本ソーシャル・マイノリティ協会」(通称・新宿歌舞伎町駆け込み寺)を立ち上げる。11年、NPOとしての活動を停止し、「一般社団法人日本駆け込み寺」を設立、その代表に就任。12年、内閣府より公益社団法人の認可を受け駆け込み寺を公益化し「公益社団法人日本駆け込み寺」に。今年5月、NHKで放送されたドキュメンタリー『信じる男 信じられた男~新宿歌舞伎町駆け込み寺~』は大きな反響を呼んだ。
日本駆け込み寺公式サイト(http://nippon-kakekomidera.jp/)
よろず相談研究所公式サイト(http://yorozusoken.com/)

“史上最速”で登録者数100万人突破! オリラジ中田敦彦がYouTubeで起こした革命

テレビ業界で最もYouTubeに詳しい新進気鋭の20代放送作家、白武ときお(「しもふりチューブ」)と長崎周成(「フワちゃんTV」)が、最新のYouTube事情と注目チャンネルについて語り尽くします!

<「超YouTube学」バックナンバーはこちらから>

長崎 最近話題のYouTubeトピックスといえば、史上最速で登録者数100万人を突破したオリラジ中田敦彦さんの「YouTube大学」ですね。チャンネル自体の開設は2018年2月なんだけど、ちゃんと走りだしたのはここ4カ月くらいで。

白武 東進ハイスクールの授業のようなスタイルで、時事ネタや、政治、社会情勢などを30分前後でわかりやすく解説してくれている。ブロックチェーンとか5GとかAIとか、新しいものが次から次へと出てくる激動の時代の中で、ベース知識として知っておくべき話を取り上げていて面白すぎますね。

長崎 「NewsPicks」や「東洋経済オンライン」を見て隙間時間に情報を取り入れたいサラリーマンなど、大人の視聴者層が通勤時間に視聴したり、朝支度しながらラジオ感覚で聞いたりしているとよく耳にします。動画の制作フローは、収録前日に取り上げるトピックスについて中田さんが自ら参考書を1冊選んで勉強して、かつスタッフがリサーチしたネタも精査して動画に落とし込むそうです。『しくじり先生』(テレビ朝日系)でも見せていた、中田さんの圧倒的“授業芸”がYouTubeと爆裂にマッチングしているんだと思います。

白武 歴史や小説系の動画の頃はチェックしていなかったんですけど、堀江貴文さんとか幻冬社の箕輪厚介さんとの20分対談や、「NewsPicks」で中田さんが人気企業を深堀りする番組「NEXT」が始まり、YouTubeでもAIや5Gを扱うようになってから見始めました。その時期のチャンネル登録者数の伸びはエグかったですね。取っつきづらいテーマでも、本当にわかりやすく説明してくれます。最初からホワイトボードに要点が全部書いてあるのがポイントですね。「NewsPicks」も中田さんの動画で前提知識を得てから見ると、さらに楽しめると思います。

長崎 見ることで知識が得られる「大人が見て面白いYouTube」っていう新ジャンルを開拓しましたね。

白武 これまでも東進みたいに学生向けに授業している人はいっぱいいましたけど、中田さんがひっくり返しましたね。革命が起きてます。

長崎 もはや、YouTubeにこのジャンルは合う合わないとか、ほとんど関係ないんですよね。YouTubeって少し前までは、一般的に10~20代が見てるコンテンツっていう認識だったと思うんですが、若年層はあまり見ていないのにチャンネル登録100万人ってことは、YouTube視聴者に大人が多数存在しているという証明になりました。面白ければOK、中田さんのように新ジャンル開拓者が勝ち上がっていく時代なのかもしれません。

白武 ほかの急上昇に載っているチャンネルの100万人とは違う層の100万人だから、これはかなりすごいことが起きている。中田さんは「今はYouTubeで頑張る時期だ」って言ってるのを聞きましたけど、ほぼ毎日こんなに濃い授業をするなんて、ちょっと他人がマネできるレベルじゃないですね。

長崎 予備校の先生とかどんどんYouTube進出していきそうじゃないですか?(笑)

白武 ぼくらが知らないだけで、結構あるのかも。ヨビノリたくみさんの「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」とかもそうですよね。

長崎 この前スタバに行ったら、隣で高校生がスマホ立てながら勉強してて、ちょっと覗いたら、動画見ていて。動画学習するスタイルは、もう若い子の間では全然あることなんじゃないかなと。

白武 「微分積分」って調べたら、微分積分の解説動画が出てくるからね。

長崎 学校の先生に質問に行くより、指先で調べたほうが早いですもんね(笑)。自分が先生に聞きにいく勇気がないとしたら、確実にそうするな。

白武 リプレイもできるし。本当、これからYouTubeはどんどん生活になくてはならない存在になっていくんじゃないかな。

(【2】に続く/構成=編集部)

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●しらたけ・ときお(@TOKIOCOM

▼放送作家▼1990年京都府生まれ▼「しもふりチューブ」毎日18時投稿▼担当番組:「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!絶対に笑ってはいけないシリーズ」「Aマッソのゲラニチョビ」「みんなのかが屋」▼お仕事と仲間を募集しております。お気軽にご連絡ください!【Mail】tokiocpu@gmail.com

●ながさき・しゅうせい(@shuuuuuusei

▼1991年生まれ神戸出身・放送作家▼芸人、テレビ制作会社勤務を経て放送作家に。テレビを中心に活動しながら、昨年「フワちゃんTV」(現在登録者数約31万人)/「フワちゃんFLIX」(現在登録者数約9万人) を開設▼担当番組:「ZIP!」「アオハル TV」「ドラえもん」「サムライバスターズ」「勝負の冬」など▼その他:広告案件、YouTubeチャンネルコンサルティング▼お仕事のご相談はMailかDMでどうぞ!【Mail】shusei6308@gmail.com