加藤浩次「このままなら吉本興業辞める」 ノブコブ吉村崇らも追随で、別組織が誕生か

 

 これはもうひと波乱ありそう?

 7月22日、2日前に行われた宮迫博之と田村亮の「号泣会見」を受ける形で、吉本興業の岡本昭彦社長が会見を開いたが、そのぐだぐだな答弁に視聴者はイライラさせられっぱなしだった。

「とにかく記者からの質問と答弁がかみ合わず、イエスかノーかも言えない。あれほど要領の得ない人がお笑い界のトップたる吉本興業の社長なのかと愕然としましたね。身内の芸人たちからも呆れ声を通り越して怒りの声まで挙がっています」(芸能記者)

 岡本社長の会見で繰り返された『テープ回してないやろな』『全員クビにするぞ』といった恫喝、パワハラ発言についての『和ませようと思った』という弁明は、典型的なパワハラする側の論理だった。

「50%の減俸などでは誰も納得するわけもなく、『このままの体制が続くなら吉本を辞める』と公言した加藤浩次が行動を起こせば、すでに賛同の意思を示している平成ノブシコブシ・吉村崇らほかの芸人も追随する可能性もある。下手をすれば、ヤクザ組織の山口組のように『任侠吉本』が誕生してもおかしくない状況となったように思います」(同)

 一方で、今回のこうした顛末はすべて吉本興業サイドの”台本どおり”と見る向きもある。

「叩かれはしましたが、結果的に宮迫や亮も解雇せずに済み、岡本社長も大崎洋会長のクビもつながりましたからね。今のところ得をしたのは吉本だけです。このままだと吉本は何も変わらないまま宮迫、亮はひとまず明石家さんまの個人事務所に在籍して、慈善活動などをしながら禊を済ませた後に元サヤに収まりそう。しかし、加藤の『辞める』発言だけは想定外だったはず。世論の風向きとともに幹部陣営は相当頭を悩ませているでしょう」(同)

 キーマンが松本人志から加藤に代わったことで、仁義なき戦い第2章が始まりそうだ。

吉本興業 岡本社長の会見失敗で、“幹部サイド”松本人志への批判が高まる恐れ

 所属タレントらが特殊詐欺グループとの間に行った闇営業に発する一連の騒動で、吉本興業の岡本昭彦社長が22日、東京都新宿区内で問題発覚後初めて記者会見を開いた。

 この日の岡本社長の会見は、雨上がり決死隊の宮迫博之とロンドンブーツ1号2号の田村亮が20日に行った謝罪会見を受ける形で行われたが、5時間を超える異例のロング会見となった。

 とはいえ、その中身は要領を得ないもので、インターネット上にはテレビなどを通じて会見を見た一般視聴者から不満の声があふれ、所属芸人からもSNSなどを通じて批判の声が上がる結果に。

 加えて業界内の見方も厳しいようだ。大手芸能事務所の幹部はこう語る。

「宮迫さんや田村さんの謝罪会見と比べると、岡本社長は終始歯切れが悪く、的を射ない回答に終始している印象でした。パワハラ疑惑も浮上している『お前ら全員クビにする力があるんだ』発言についても場を和ませようとする冗談のつもりだったと話していましたが、言い訳としてはかなり苦しい。宮迫さんも田村さんもこれまでお笑いの第一線で活躍してきた芸人です。人並み以上に“空気”を読む力には長けているわけで、冗談か本気かくらいの判別はつくでしょう。会社とタレントのギャラ配分についても『5:5から6:4』などと説明していましたがそんなわけはないですし、実際に複数の所属芸人がSNSで真っ向から反論していますからね」

 そのうえで、今回の会見に関してはダウンタウンの松本人志の“動き”が裏目に出たと語る。

「岡本社長からしてみれば、かつて自身がマネジャーを務めて大恩ある松本さんから『会見をしろ』と要求され、居ても立ってもいられず会見を開いたのでしょうが、あまりに準備が不足していた。その結果、自身や会社はさらなる窮地に立たされて、世間の風向きとしては岡本社長やその上の大崎(洋)会長を擁護しようとした松本さんにまで懐疑的な目が向けられるようになっていますからね」(別の大手芸能プロ幹部)

 松本にしてみれば、子飼いの後輩の宮迫やかつてのマネジャーの岡本社長、恩人の大崎会長、みんなを守ろうとしたつもりだろうが、ことはそう簡単には進まなかったようだ。

「極楽とんぼの加藤浩次さんが『スッキリ』(日本テレビ系)で涙の訴えをしていましたが、中堅、若手芸人からすると、“ダウンタウン閥”が幹部を占める今の吉本興業内で松本さんは“芸人代表”というよりは“幹部サイド”と見られている。そういう意味では、まだ明石家さんまさんの方が“芸人側”の立ち位置ですからね。今後は松本さんへの批判が高まる可能性もあり、そうなれば松本さんを守る意味でも大崎会長や岡本社長の辞任は避けられないのではないでしょうか」(同・幹部)

 今後もまだまだ吉本に激震が走りそうだ。

田中圭、歌手デビューも『あな番』の役名“手塚翔太”名義にこだわる理由とは?

 俳優としてだけでなく、歌手としてもブレイクするか?

 俳優の田中圭が主演ドラマ『あなたの番です -反撃編-』(日本テレビ系)にて役名の「手塚翔太」として、主題歌『会いたいよ』を担当していることがわかった。

「第11話でお披露目となった楽曲は歌手名も曲名も伏せられており、『田中なのではないか』と話題を呼んでいました。そんななか、第12話前日に7月6日放送の音楽特番『THE MUSIC DAY』にゲスト出演した田中は司会の水卜麻美アナからこの話を振られると、『反撃編の主題歌は主人公が歌っています』と説明。水卜アナが『じゃあ、田中圭さんですね』とツッコミを入れると、『いや、僕は歌ってないです。主人公が歌っています』と最後まで“手塚翔太”だと言い張っていました」(テレビ誌ライター)

 では田中はなぜ、頑なに自分ではなく役名にこだわっているのか。音楽ライターが言う。

「過去には長瀬智也が『桜庭裕一郎』として『ひとりぼっちのハブラシ』、柴咲コウが『RUI』で『月のしずく』、亀梨和也と山下智久が『修二と彰』で『青春アミーゴ』を大ヒットさせ、プロモーションにつながった例がある一方で、橋本環奈は『セーラー服と機関銃-卒業-』、仲里依紗は映画『ゼブラーマン -ゼブラシティの逆襲-』の主題歌をそれぞれ役名で歌って、大不発に終わったケースもある。あくまで作品のために歌手に挑戦したとのエクスキューズがあれば、万が一、曲が売れなくても俳優はダメージを受けない。ドラマで俳優が歌手デビューするのは、プロモーションや権利関係以外に、『コケた時の逃げ道』という意図もあるようです」

 視聴率が右肩上がりの『あなたの番です』。“手塚翔太”の歌声で、さらに勢いづくことができるだろうか。

ざわちん、別人レベルの画像加工に批判殺到「現実から逃げてない?」

 ものまねタレントのざわちんが19日、自身のツイッターを更新した。

 ざわちんはこの日の投稿で「ベッドカバー白に変えただけで爽快。とゆーことで皆様おはようございます。ヘア、ロングに戻りました。でもまた近々ショートに戻ると思います」とつづり、自撮り写真を公開した。

 ショートヘアだったざわちんだが、エクステを付けてロングヘアにチェンジした様子が伺える、この投稿にファンからは、「ロングでいいじゃん 似合ってるよ」「どんな髪型も似合うから羨ましい」「めちゃめちゃカワイイ」といった称賛コメントが寄せられていた。

 しかし、その一方で「加工お疲れ様です」「加工して別人なんだから可愛いく見えるのは当たり前。実物見てから言いましょうね」「自分の顔覚えてる?大丈夫?現実から逃げてない?」など、写真の加工について批判する声も飛び交ってしまった。

 以前から別人レベルの画像加工に批判が集まっているざわちん。そろそろ彼女の素顔が見たいというファンもいるはず?

工藤静香、自撮りの過剰すぎる画像加工が物議に「どんだけ修正してるの?」

 工藤静香がインスタグラムのストーリーズにアップした自撮り写真が物議を醸している。

 現在全国ツアーを行っている工藤。SNSでは会場移動中のオフショットなどを公開し、ファンからの反響を集めている。

 そんな中、工藤は21日に安城市民会館で行われる愛知公演前にインスタグラムのストーリーズを更新し、「今日、安城満席ですが、機材席を開放して9席だけ当日券作りました。是非」とコメントし、自撮り写真を投稿した。写真に写る工藤は車で移動中なようで、車内の様子が映り込んでいた。

 また、その後も「機材席を整え更に15席作りました!」と、増席したことを報告。今度は新幹線の車内から撮影したようで、帽子をかぶってほほ笑む工藤が映っていた。

 しかし、車内で撮影された写真をよく見ると、かなり白く加工されており、着用しているシートベルトまで真っ白に。

 この写真についてネットからは、「白飛ばしし過ぎてシートベルトと一体化してる…」「シートベルトまで白ってどんだけ修正してるの?」「自撮り率が多すぎる。思春期の女の子みたい」といった厳しいツッコミが集まってしまっていた。

 実は工藤、先月14日に『工藤静香のオールナイトニッポンGOLD』(ニッポン放送)に出演した際、「ちょっと嫌です、加工は」と加工について否定的に語っていただけに、今回の画像修正に違和感を覚えた視聴者が多くいたようだ。

元ジャニーズの「暴露記事」増加の兆候か……公取委から注意で「出版社への圧力」も弱まる?

 元ジャニーズJr.が、7月23日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)で、今月9日に解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血で死去したジャニー喜多川氏との思い出を語り、一部アイドル誌編集者の間で物議を醸しているという。

「記事によると、元ジャニーズJr.の田中斗希は、ジャニー氏から食事をご馳走になったことや、お小遣いをもらうことがあったといい、またKis-My-Ft2が2013年8月に発売したシングル『キミとのキセキ』のMV撮影で、田中がバックダンサーとして参加した際、ジャニー氏が前方のポジションに変更してくれたことなど、ジャニー氏の温かい人柄がわかる数々のエピソードを明かしました」(ジャニーズに詳しい記者)

 だが、その田中は14年6月発売の「週女」に、当時現役のJr.だったにもかかわらず、新宿2丁目のホストクラブに勤務していたことを報じられている。

「その後、田中はジャニーズから謹慎処分を下されました。しかし、謹慎期間中に、ファンも参加する“慰めパーティー”を開催していたことを、『フライデー』(講談社)に報じられ、ジャニーズを退所することになったんです。退所後は飲食店を経営し、現役Jr.との交流もあったとうわさされています」(同)

 そんな田中が、“天敵”であるはずの「週女」に登場し、ジャニー氏に関するインタビューに答えたため、一部アイドル誌界隈は「なぜ?」と騒然となったという。

「『週女』は近頃ジャニーズとの距離を縮めているようですが、基本的に“アンチジャニーズ媒体”として有名。そういった意味では、田中が『週女』のインタビューに答えるのは何ら不思議ではありません。一方で、アイドル誌界隈では、こうした元ジャニーズが現役時代のことを語る機会が今後増えていくのではないかともささやかれています」(同)

 その背景には、ジャニーズ事務所が、元SMAPでジャニーズを退所した稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の3人への“圧力”をめぐって、公正取引委員会(公取委)から独占禁止法違反につながる恐れがあると、注意を受けていたことが関係しているという。

「この一件は17日に各メディアで一斉報道され、大きな話題を呼びました。ジャニーズはこれを受け、テレビ局などに対して『圧力などをかけた事実はない』と否定し、『今後は誤解を受けないように留意したい』と発表しましたが、となると、今後出版社サイドにも圧力をかけにくくなるはずです。これまでであれば、ジャニーズから決して許されなかったであろう“元ジャニーズの暴露記事”も世に出やすくなることでしょう」(同)

 今回は“思い出話”を披露しただけだが、いつかそれが“爆弾投下”とならないことを祈るばかりだ。

元ジャニーズの「暴露記事」増加の兆候か……公取委から注意で「出版社への圧力」も弱まる?

 元ジャニーズJr.が、7月23日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)で、今月9日に解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血で死去したジャニー喜多川氏との思い出を語り、一部アイドル誌編集者の間で物議を醸しているという。

「記事によると、元ジャニーズJr.の田中斗希は、ジャニー氏から食事をご馳走になったことや、お小遣いをもらうことがあったといい、またKis-My-Ft2が2013年8月に発売したシングル『キミとのキセキ』のMV撮影で、田中がバックダンサーとして参加した際、ジャニー氏が前方のポジションに変更してくれたことなど、ジャニー氏の温かい人柄がわかる数々のエピソードを明かしました」(ジャニーズに詳しい記者)

 だが、その田中は14年6月発売の「週女」に、当時現役のJr.だったにもかかわらず、新宿2丁目のホストクラブに勤務していたことを報じられている。

「その後、田中はジャニーズから謹慎処分を下されました。しかし、謹慎期間中に、ファンも参加する“慰めパーティー”を開催していたことを、『フライデー』(講談社)に報じられ、ジャニーズを退所することになったんです。退所後は飲食店を経営し、現役Jr.との交流もあったとうわさされています」(同)

 そんな田中が、“天敵”であるはずの「週女」に登場し、ジャニー氏に関するインタビューに答えたため、一部アイドル誌界隈は「なぜ?」と騒然となったという。

「『週女』は近頃ジャニーズとの距離を縮めているようですが、基本的に“アンチジャニーズ媒体”として有名。そういった意味では、田中が『週女』のインタビューに答えるのは何ら不思議ではありません。一方で、アイドル誌界隈では、こうした元ジャニーズが現役時代のことを語る機会が今後増えていくのではないかともささやかれています」(同)

 その背景には、ジャニーズ事務所が、元SMAPでジャニーズを退所した稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の3人への“圧力”をめぐって、公正取引委員会(公取委)から独占禁止法違反につながる恐れがあると、注意を受けていたことが関係しているという。

「この一件は17日に各メディアで一斉報道され、大きな話題を呼びました。ジャニーズはこれを受け、テレビ局などに対して『圧力などをかけた事実はない』と否定し、『今後は誤解を受けないように留意したい』と発表しましたが、となると、今後出版社サイドにも圧力をかけにくくなるはずです。これまでであれば、ジャニーズから決して許されなかったであろう“元ジャニーズの暴露記事”も世に出やすくなることでしょう」(同)

 今回は“思い出話”を披露しただけだが、いつかそれが“爆弾投下”とならないことを祈るばかりだ。

【マンガ】夢のような恋愛がしたい【『 俺たちつき合ってないから』16話】

ゆりかには年収3,000万超えのハイスペックな彼氏がいる。彼女にとって、彼に身を捧げ共に過ごす夜は幸せな時間だった。周囲のどんな女の彼氏よりもハイスペックな彼氏。優越感に浸るゆりかだが、彼氏の本当の姿は嘘で塗り固められたクズ男だった……。しかし、ゆりかは彼氏に騙されていることに気づかない。いや、気づかないようにしている……。彼に尽くすため、ゆりかは終わりの見えない闇へと進んでいく。

萱野俊人と巡る【超・人間学】ーー「化石人類から見える人間の根源」(後編)

(前編はこちら)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。(月刊サイゾー7月号より)

今月のゲスト
更科 功[分子古生物学者]

萱野稔人の新連載企画。前号に引き続き、分子古生物学者の更科功氏をゲストに招いて“人類の進化”を論じ合う。更科氏は“一夫一婦制”が人類を特有の方向に進化させたという。その真意は――!?

■進化を促進させた一夫一婦制

萱野 前回の最後で更科さんはこうおっしゃっていました。「(人類において)オス同士の争いが減っていったことと直立二足歩行の進化が同時に起きたことを説明することができる仮説がひとつだけあって、それが“一夫一婦制”です」と。

 チンパンジーの場合、群れのなかでオスもメスも複数の相手と交尾をしますよね。ですので、生まれてきた子の父親は誰かわからず、子は群れのなかで育っていく。これに対して、人類はオスとメスが一対一のつがいとなって子を生み、そのつがいが子を育てる“一夫一婦制”のなかで進化してきた、ということですか?

更科 もちろん、チンパンジーのような多夫多妻から人類がすぐに完全な一夫一婦制になったわけではありません。最初は集団の中に一夫一婦的なつがいが少しいるだけでいいんです。例えば、一匹のオスが複数のメスと交尾をして何人もの子を作っていたとしても、あるとき「これは自分の子だ」とわかる子がいて、自分の子に優先的に食べ物を持ってくる。そういう行動をとるオスが集団内に数頭できるだけでかまわないんです。

萱野 オスが浮気をしなくなったということではなくて、どの子が自分の子かわかるようになることが重要なんですね。そもそも“浮気”は一夫一婦制が確立してから生まれた概念なので、順序が逆ですし。

更科 チンパンジーのような多夫多妻の場合は、発情している数少ないメスに多くのオスが集中します。それでオス同士の争いが起きるわけです。そして、メスもオスを基本的には誰でも受け入れる。ですから、子どもの父親はわかりません。しかし、完全ではないとしても一夫一婦的なつがいができることによって、全体としてはオス同士の争いは減りますよね。その形質が自分の子に受け継がれていくことで一夫一婦制が広がって、オス同士の争いはさらに減っていきます。その結果として、犬歯の縮小を説明することができるのです。

萱野 集団のなかで特定のオスが特定のメスと安定的な関係を維持するようになり、それが集団内で互いに承認されるようになって、オス同士の争いが減っていったということですね。

更科 他の霊長類でも一夫一婦制に近い生態をとっている種もありますが、大抵はオスとメスが孤立して二匹だけで生きている。集団内でオスとメスがペアを作っているのは人類だけなんです。それは今おっしゃったように、その関係性が集団全体で承認されているといってもいいでしょう。

萱野 集団内で特定のオスとメスの関係が承認されていけば、オス同士のメスをめぐる争いも減っていく。その結果、犬歯の縮小が進んでいったと。では、そのことは直立二足歩行と、どう関係するのでしょうか?

更科 直立二足歩行は先ほども言ったように自分の生存には不利な進化です。ですから、チンパンジーのように誰が自分の子かわからない状態だったら、直立二足歩行は進化しません。他人かもしれない子に食べ物を運ぶよりは、自分で食べてしまったほうが得なわけですから。自分にとって損な行動が進化する可能性があるのはひとつだけ。それは自分の子が他の子より生き残る可能性が高まる場合です。そのためには自分の子が判別できなくてはいけない。一夫一婦制であれば自分の子がわかりますから、その子のために食べ物を運んでくる意味があります。そうして育った子は、直立二足歩行で自分の子に食べ物を運ぶという形質を受け継ぎます。一夫一婦制が生まれることによって、直立二足歩行と犬歯の縮小というふたつの進化がいっぺんに説明できるのです。

萱野 なるほど。となると、一夫一婦制が人類の進化に果たした役割はきわめて大きいですね。

更科 そうです。現代に生きる私たちが特定の相手に愛情を感じてパートナーにしようとすることが、一夫一婦制が進化してきた証拠ではないでしょうか。チンパンジーだったら、同じような年齢と健康状態であれば相手を選びません。しかし、人間は違う。それは人類が一夫一婦制的な形質を受け継いできたからだと思います。

■人類の進化と暴力の減少

萱野 とても興味深いのは、人類が進化してきた初期の段階ですでに、現在の人間社会における結婚や家族の原型があらわれているということです。こうした人間関係のあり方は、進化論的にいっても、人類の根源的な社会形態だと考えてもいいのかもしれません。

更科 チンパンジーも食べ物を分け合うことはありますが、それは仲間に要求されて仕方なく分け前を与えるだけです。人類のようなパターンは他の霊長類には見られない行動です。

萱野 例えば同じ類人猿でもボノボはとても平和な種として知られていますが、なぜ人類のような進化が生まれなかったのでしょう。

更科 ボノボもチンパンジー同様に多夫多妻の群れを作りますが、争いが起こりそうになると性器をこすり合わせるなどして緊張を解きます。争いが起きることがあっても、殺し合いになるようなことはまだ観察されていないようですし、チンパンジーやゴリラと比べてかなり平和な種であることは間違いないでしょう。しかし、それでも大きな犬歯が発達しています。進化の過程において使わないものにエネルギーを費やすのは不利なので、牙は使われなければ人類のように縮小するはずです。ボノボでは争いが起こること自体がまれかもしれませんが、それでも牙は使う争いのなかで進化をしてきたということでしょう。逆にいえば、人類はそんなボノボよりも平和な生き物ということです。

萱野 同じ類人猿でも、種によってオス同士の争いの激しさが違う。その違いはどこからくるんでしょうか?

更科 考えられるうちのひとつは、オスと交尾ができる発情期のメスの比率です。チンパンジーはメスが発情していないと交尾ができませんが、ボノボの場合は疑似発情期というものがあって、メスは発情期でなくても交尾をすることができるのです。チンパンジーでは群れの5~10頭のオスに対して発情しているメスの割合は1頭ですが、ボノボの場合は2~3頭のオスにメス1頭という割合です。ゴリラはその中間ぐらい。私たちヒトには発情期はありませんが、初期人類でも発情期がなくなっていた可能性があります。そうであれば、初期人類もヒトと同じように男女比は1対1に近くなっていたのではないでしょうか。このオスに対して交尾できるメスの比率は、チンパンジー、ゴリラ、ボノボ、人類と、オス同士の争いが激しい種の順と相関しているのです。

萱野 結局、オスは自分の子を少しでも多く残すために、生殖機会をめぐって他のオスと争う。人類における一夫一婦制はオス同士の争いを減少させると同時に、オスに自分の子を残す安定的な方法を提供したのかもしれませんね。

更科 基本的に自然選択というものは、「多くの子を生んだほうが残る」ことが原則です。走るのが速い、力が強い、知能が高いといった特性も進化に有利に思われがちですが、究極的には“子の数”だけが問題なんです。走る速さや知能の高さは、子の数には直結しませんよね。しかし、直立二足歩行で子に食べ物を運ぶという行動は子の生存率を高めるわけですから、子の数と直結します。これは自然選択ではものすごく強く働くわけです。

萱野 相乗的な効果になりますよね。最初は一夫一婦制は群れの一部で成立していただけかもしれないけれど、そちらのほうが子を多く残せるのであれば、同じように一夫一婦制のもとで自分の子に食べ物を運ぶ個体がどんどん増えていく。と同時に、オス同士も争いを減らして集団の結束を強めていくことになりますから、それも生存には有利に働く。

更科 それぞれが自分の利益と欲望のために争うよりも、長期的に見れば争いが少なくて平和なほうが理にかなっているわけです。もちろん、進化そのものはそういった“理想”を考慮するはずもなく勝手に進んでいくものですが。人類の場合でも争いが減って集団が大きくなることで、結果的に他の種からの防衛力も高まることにつながり、それも進化を促進させたのでしょう。もちろん、人類同士で争いがなくなったわけではなく、ネアンデルタール人でもホモ・サピエンスでも殺し合いをした痕跡は見つかっています。ただ、化石として出てくる証拠を比べると、かなり少ない。死亡率を推定するのは難しいのですが、約700万年の人類の歴史を見てみると、同種間の争いは減少傾向にあったと思われます。ただ、グラダナ大学のホセ・マリア・ゴメス氏の論文「人類における致死的暴力の系統的起源」で紹介されていますが、数千年前からそれが再び増えてきたという研究もあるんですね。

■人類の本性は暴力的なのか!?

萱野 非常に興味深い研究です。人類のあいだで農耕が始まった時期が約1万年前ですね。もしこの研究の内容が妥当なものだとすれば、人類は進化の過程で平和な関係を築いてきたにもかかわらず、農耕社会に入ることによって暴力性を高めたと考えることも可能です。日本の場合でも、縄文時代の人間の化石からは他の人間によって殺された痕跡はあまり出てこないが、農耕が始まった弥生時代以降の化石からは一気にその痕跡が増える、という研究もあります。果たして人間の暴力性は、農耕以降の社会制度によって高められたのかどうか。かつてマルクス主義は、狩猟採集社会から農耕社会になったことで支配関係が生まれ、国家の原型が形成され、それによって戦争もなされるようになったと考えました。他方で、マルクス以前の哲学者では、本性として人間は暴力的な傾向を宿していると考える人も少なくありません。

更科 例えばホッブズの社会契約説では、無政府状態では人間は常に争いを起こすと言われていますよね。実際、現代でも無政府状態に陥ると略奪が起きたりします。化石からは人類の本性であるとか支配関係というものは当然見えてきませんが、オス同士の争いが減ってきたことは間違いないと考えられます。それと1万年前以降の人類同士の暴力が増えてきたということが私のなかではうまくつながらないんです。ただ、殺し合いをするということは、それによって得られるものがあるということですよね。つまり、何か奪えるものがなければ、大規模な殺し合いは起きない。

萱野 おっしゃる通りだと思います。その日の獲物ぐらいしか奪うものがなければ、他の集団と戦争をするメリットはありません。農耕以前は人間の数も少ないし、他の集団と接触することも少なかったでしょうから、集団同士の戦争のような争いはほとんど起こらなかったのではないでしょうか。それが農耕社会になると、ストックされた収穫物や家畜だけでなく、土地さえもが奪い合いの対象となる。また、農耕によって人口も増えましたから、食料を生産したり調達したりする土地も手狭になり、他の集団と接触する機会も増え、近接の集団とテリトリーをめぐる争いが起こるようになったのかもしれません。マルクス主義の学説をどこまで認めるかという問題とは別に、人類社会のあり方が進化することによって、暴力が大規模に組織化されるようになったという側面は確かにあると思います。人間は農耕社会が始まってから、問題解決の手段として暴力を用いることがもっとも早くて有効だということを、社会制度を作りながら学んでいったのかもしれません。

更科 確かに暴力がもっとも手っ取り早いかもしれない。

萱野 チンパンジーのオスがメスをめぐって殺し合うのも暴力ですし、人間が政治の世界で従わないものを処罰したり戦争をしたりするのも暴力です。人類は進化の過程でメスをめぐって殺し合うような暴力を集団内で減らすことには成功した。それは、そのほうが子を残すには有利だったから。しかし、農耕社会以降の大規模な定住社会になると、集団のなかで従わない人間を処罰したり他の集団と戦争をしたりするために組織的に暴力を用いるほうが、自分たちの子を残すには有利になった。そんなふうに暴力をめぐるベクトルが、約1万年前に大きく変化したのかもしれませんね。

更科 人類が進化の過程で抑えてきたのは主にメスをめぐる争いなので、現代の戦争のような暴力とはまた違いますよね。チンパンジーはメスの取り合いで日常的に殺し合いをしていますが、人間はさすがにそんなことはありません。そのレベルでは、人類はチンパンジーと比べて平和な種だともいえます。

■人間の新たな傾向性の分岐点

萱野 更科先生は、文明が人類の暴力性を高めたと考えますか?

更科 新たな暴力性を付け加えたという感じではないでしょうか。人間の殺人はチンパンジーの殺し合いと比べて圧倒的に少ない。チンパンジーのオスの3~5割は、それで死にますから。人間の戦争のような暴力は、身近な人ではなく、基本的に遠くの人を殺すものですよね。古代の人類は、そもそも自分たちの集団の外にいる遠くの人を、ほとんど認識することはできませんでした。そういう意味でも、戦争のような暴力は、人類にとっては新しい行動なのかなと思います。

萱野 有史以降の人間社会を観察すると、そこには一貫して「仲間は殺すな」「敵は殺せ」というふたつの傾向性があることがわかります。仲間や身内を守るために結束して敵と戦う。仲間や身内のあいだでは暴力を排除する傾向性を発揮しているのですが、自分たちに対立する敵に対しては容赦なく暴力を行使する傾向性があるのです。さらには、集団のメンバーであっても、その連帯を破壊する裏切り者や犯罪者は徹底的に排除してきた。こうした、仲間や身内のなかで団結して平和と生存を維持するという意識は、ひょっとしたら数百万年前の人類から私たちに受け継がれてきたものかもしれません。

更科 それが文明という新しい環境にさらされることによって人類に新たな暴力性を付け加えたと考えると、うかつに「古代の人類は本質的に平和だったのに、現代は……」みたいに二極対立で考えるのはあまり意味がないですね。

萱野 現在の人間が生きている環境は、古代の人類が直面していなかったものですからね。

更科 文明が始まってから人類が別の生物に進化したわけではないですが、環境が変化したことによって性質も変わってきたと。

萱野 人間の経済活動の規模が大きくなるにつれて、人口も増え、地球が狭くなったということもあるでしょうね。かつてチンパンジーと人類の共通祖先が暮らしていた森林が狭くなったのと同じように。

更科 視点を変えてみれば、共通祖先からチンパンジーと人類が分岐したのと同じようなことが、今まさに起きているのかもしれません。

萱野 森林から追い出された種が人類に進化していったように、地球が狭くなることによって新しい進化が人類に起きるかもしれないと。今がその淘汰と進化の分かれ目になっている可能性があるというのは、人類史を俯瞰することで初めて得られる視点ですね。

更科 功
1961年生まれ。東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師。東京大学大学院理学系研究博士課程修了。専門は分子古生物学。『化石の分子生物学――生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で第29回講談社科学出版賞を受賞。その他の著書に『絶滅の人類史――なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『進化論はいかに進化したか』(新潮選書)など。

萱野稔人
1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。主な著書に『国家とは何か』(以文社)、『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(小社刊行)など。

萱野俊人と巡る【超・人間学】ーー「化石人類から見える人間の根源」(後編)

(前編はこちら)

――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。(月刊サイゾー7月号より)

今月のゲスト
更科 功[分子古生物学者]

萱野稔人の新連載企画。前号に引き続き、分子古生物学者の更科功氏をゲストに招いて“人類の進化”を論じ合う。更科氏は“一夫一婦制”が人類を特有の方向に進化させたという。その真意は――!?

■進化を促進させた一夫一婦制

萱野 前回の最後で更科さんはこうおっしゃっていました。「(人類において)オス同士の争いが減っていったことと直立二足歩行の進化が同時に起きたことを説明することができる仮説がひとつだけあって、それが“一夫一婦制”です」と。

 チンパンジーの場合、群れのなかでオスもメスも複数の相手と交尾をしますよね。ですので、生まれてきた子の父親は誰かわからず、子は群れのなかで育っていく。これに対して、人類はオスとメスが一対一のつがいとなって子を生み、そのつがいが子を育てる“一夫一婦制”のなかで進化してきた、ということですか?

更科 もちろん、チンパンジーのような多夫多妻から人類がすぐに完全な一夫一婦制になったわけではありません。最初は集団の中に一夫一婦的なつがいが少しいるだけでいいんです。例えば、一匹のオスが複数のメスと交尾をして何人もの子を作っていたとしても、あるとき「これは自分の子だ」とわかる子がいて、自分の子に優先的に食べ物を持ってくる。そういう行動をとるオスが集団内に数頭できるだけでかまわないんです。

萱野 オスが浮気をしなくなったということではなくて、どの子が自分の子かわかるようになることが重要なんですね。そもそも“浮気”は一夫一婦制が確立してから生まれた概念なので、順序が逆ですし。

更科 チンパンジーのような多夫多妻の場合は、発情している数少ないメスに多くのオスが集中します。それでオス同士の争いが起きるわけです。そして、メスもオスを基本的には誰でも受け入れる。ですから、子どもの父親はわかりません。しかし、完全ではないとしても一夫一婦的なつがいができることによって、全体としてはオス同士の争いは減りますよね。その形質が自分の子に受け継がれていくことで一夫一婦制が広がって、オス同士の争いはさらに減っていきます。その結果として、犬歯の縮小を説明することができるのです。

萱野 集団のなかで特定のオスが特定のメスと安定的な関係を維持するようになり、それが集団内で互いに承認されるようになって、オス同士の争いが減っていったということですね。

更科 他の霊長類でも一夫一婦制に近い生態をとっている種もありますが、大抵はオスとメスが孤立して二匹だけで生きている。集団内でオスとメスがペアを作っているのは人類だけなんです。それは今おっしゃったように、その関係性が集団全体で承認されているといってもいいでしょう。

萱野 集団内で特定のオスとメスの関係が承認されていけば、オス同士のメスをめぐる争いも減っていく。その結果、犬歯の縮小が進んでいったと。では、そのことは直立二足歩行と、どう関係するのでしょうか?

更科 直立二足歩行は先ほども言ったように自分の生存には不利な進化です。ですから、チンパンジーのように誰が自分の子かわからない状態だったら、直立二足歩行は進化しません。他人かもしれない子に食べ物を運ぶよりは、自分で食べてしまったほうが得なわけですから。自分にとって損な行動が進化する可能性があるのはひとつだけ。それは自分の子が他の子より生き残る可能性が高まる場合です。そのためには自分の子が判別できなくてはいけない。一夫一婦制であれば自分の子がわかりますから、その子のために食べ物を運んでくる意味があります。そうして育った子は、直立二足歩行で自分の子に食べ物を運ぶという形質を受け継ぎます。一夫一婦制が生まれることによって、直立二足歩行と犬歯の縮小というふたつの進化がいっぺんに説明できるのです。

萱野 なるほど。となると、一夫一婦制が人類の進化に果たした役割はきわめて大きいですね。

更科 そうです。現代に生きる私たちが特定の相手に愛情を感じてパートナーにしようとすることが、一夫一婦制が進化してきた証拠ではないでしょうか。チンパンジーだったら、同じような年齢と健康状態であれば相手を選びません。しかし、人間は違う。それは人類が一夫一婦制的な形質を受け継いできたからだと思います。

■人類の進化と暴力の減少

萱野 とても興味深いのは、人類が進化してきた初期の段階ですでに、現在の人間社会における結婚や家族の原型があらわれているということです。こうした人間関係のあり方は、進化論的にいっても、人類の根源的な社会形態だと考えてもいいのかもしれません。

更科 チンパンジーも食べ物を分け合うことはありますが、それは仲間に要求されて仕方なく分け前を与えるだけです。人類のようなパターンは他の霊長類には見られない行動です。

萱野 例えば同じ類人猿でもボノボはとても平和な種として知られていますが、なぜ人類のような進化が生まれなかったのでしょう。

更科 ボノボもチンパンジー同様に多夫多妻の群れを作りますが、争いが起こりそうになると性器をこすり合わせるなどして緊張を解きます。争いが起きることがあっても、殺し合いになるようなことはまだ観察されていないようですし、チンパンジーやゴリラと比べてかなり平和な種であることは間違いないでしょう。しかし、それでも大きな犬歯が発達しています。進化の過程において使わないものにエネルギーを費やすのは不利なので、牙は使われなければ人類のように縮小するはずです。ボノボでは争いが起こること自体がまれかもしれませんが、それでも牙は使う争いのなかで進化をしてきたということでしょう。逆にいえば、人類はそんなボノボよりも平和な生き物ということです。

萱野 同じ類人猿でも、種によってオス同士の争いの激しさが違う。その違いはどこからくるんでしょうか?

更科 考えられるうちのひとつは、オスと交尾ができる発情期のメスの比率です。チンパンジーはメスが発情していないと交尾ができませんが、ボノボの場合は疑似発情期というものがあって、メスは発情期でなくても交尾をすることができるのです。チンパンジーでは群れの5~10頭のオスに対して発情しているメスの割合は1頭ですが、ボノボの場合は2~3頭のオスにメス1頭という割合です。ゴリラはその中間ぐらい。私たちヒトには発情期はありませんが、初期人類でも発情期がなくなっていた可能性があります。そうであれば、初期人類もヒトと同じように男女比は1対1に近くなっていたのではないでしょうか。このオスに対して交尾できるメスの比率は、チンパンジー、ゴリラ、ボノボ、人類と、オス同士の争いが激しい種の順と相関しているのです。

萱野 結局、オスは自分の子を少しでも多く残すために、生殖機会をめぐって他のオスと争う。人類における一夫一婦制はオス同士の争いを減少させると同時に、オスに自分の子を残す安定的な方法を提供したのかもしれませんね。

更科 基本的に自然選択というものは、「多くの子を生んだほうが残る」ことが原則です。走るのが速い、力が強い、知能が高いといった特性も進化に有利に思われがちですが、究極的には“子の数”だけが問題なんです。走る速さや知能の高さは、子の数には直結しませんよね。しかし、直立二足歩行で子に食べ物を運ぶという行動は子の生存率を高めるわけですから、子の数と直結します。これは自然選択ではものすごく強く働くわけです。

萱野 相乗的な効果になりますよね。最初は一夫一婦制は群れの一部で成立していただけかもしれないけれど、そちらのほうが子を多く残せるのであれば、同じように一夫一婦制のもとで自分の子に食べ物を運ぶ個体がどんどん増えていく。と同時に、オス同士も争いを減らして集団の結束を強めていくことになりますから、それも生存には有利に働く。

更科 それぞれが自分の利益と欲望のために争うよりも、長期的に見れば争いが少なくて平和なほうが理にかなっているわけです。もちろん、進化そのものはそういった“理想”を考慮するはずもなく勝手に進んでいくものですが。人類の場合でも争いが減って集団が大きくなることで、結果的に他の種からの防衛力も高まることにつながり、それも進化を促進させたのでしょう。もちろん、人類同士で争いがなくなったわけではなく、ネアンデルタール人でもホモ・サピエンスでも殺し合いをした痕跡は見つかっています。ただ、化石として出てくる証拠を比べると、かなり少ない。死亡率を推定するのは難しいのですが、約700万年の人類の歴史を見てみると、同種間の争いは減少傾向にあったと思われます。ただ、グラダナ大学のホセ・マリア・ゴメス氏の論文「人類における致死的暴力の系統的起源」で紹介されていますが、数千年前からそれが再び増えてきたという研究もあるんですね。

■人類の本性は暴力的なのか!?

萱野 非常に興味深い研究です。人類のあいだで農耕が始まった時期が約1万年前ですね。もしこの研究の内容が妥当なものだとすれば、人類は進化の過程で平和な関係を築いてきたにもかかわらず、農耕社会に入ることによって暴力性を高めたと考えることも可能です。日本の場合でも、縄文時代の人間の化石からは他の人間によって殺された痕跡はあまり出てこないが、農耕が始まった弥生時代以降の化石からは一気にその痕跡が増える、という研究もあります。果たして人間の暴力性は、農耕以降の社会制度によって高められたのかどうか。かつてマルクス主義は、狩猟採集社会から農耕社会になったことで支配関係が生まれ、国家の原型が形成され、それによって戦争もなされるようになったと考えました。他方で、マルクス以前の哲学者では、本性として人間は暴力的な傾向を宿していると考える人も少なくありません。

更科 例えばホッブズの社会契約説では、無政府状態では人間は常に争いを起こすと言われていますよね。実際、現代でも無政府状態に陥ると略奪が起きたりします。化石からは人類の本性であるとか支配関係というものは当然見えてきませんが、オス同士の争いが減ってきたことは間違いないと考えられます。それと1万年前以降の人類同士の暴力が増えてきたということが私のなかではうまくつながらないんです。ただ、殺し合いをするということは、それによって得られるものがあるということですよね。つまり、何か奪えるものがなければ、大規模な殺し合いは起きない。

萱野 おっしゃる通りだと思います。その日の獲物ぐらいしか奪うものがなければ、他の集団と戦争をするメリットはありません。農耕以前は人間の数も少ないし、他の集団と接触することも少なかったでしょうから、集団同士の戦争のような争いはほとんど起こらなかったのではないでしょうか。それが農耕社会になると、ストックされた収穫物や家畜だけでなく、土地さえもが奪い合いの対象となる。また、農耕によって人口も増えましたから、食料を生産したり調達したりする土地も手狭になり、他の集団と接触する機会も増え、近接の集団とテリトリーをめぐる争いが起こるようになったのかもしれません。マルクス主義の学説をどこまで認めるかという問題とは別に、人類社会のあり方が進化することによって、暴力が大規模に組織化されるようになったという側面は確かにあると思います。人間は農耕社会が始まってから、問題解決の手段として暴力を用いることがもっとも早くて有効だということを、社会制度を作りながら学んでいったのかもしれません。

更科 確かに暴力がもっとも手っ取り早いかもしれない。

萱野 チンパンジーのオスがメスをめぐって殺し合うのも暴力ですし、人間が政治の世界で従わないものを処罰したり戦争をしたりするのも暴力です。人類は進化の過程でメスをめぐって殺し合うような暴力を集団内で減らすことには成功した。それは、そのほうが子を残すには有利だったから。しかし、農耕社会以降の大規模な定住社会になると、集団のなかで従わない人間を処罰したり他の集団と戦争をしたりするために組織的に暴力を用いるほうが、自分たちの子を残すには有利になった。そんなふうに暴力をめぐるベクトルが、約1万年前に大きく変化したのかもしれませんね。

更科 人類が進化の過程で抑えてきたのは主にメスをめぐる争いなので、現代の戦争のような暴力とはまた違いますよね。チンパンジーはメスの取り合いで日常的に殺し合いをしていますが、人間はさすがにそんなことはありません。そのレベルでは、人類はチンパンジーと比べて平和な種だともいえます。

■人間の新たな傾向性の分岐点

萱野 更科先生は、文明が人類の暴力性を高めたと考えますか?

更科 新たな暴力性を付け加えたという感じではないでしょうか。人間の殺人はチンパンジーの殺し合いと比べて圧倒的に少ない。チンパンジーのオスの3~5割は、それで死にますから。人間の戦争のような暴力は、身近な人ではなく、基本的に遠くの人を殺すものですよね。古代の人類は、そもそも自分たちの集団の外にいる遠くの人を、ほとんど認識することはできませんでした。そういう意味でも、戦争のような暴力は、人類にとっては新しい行動なのかなと思います。

萱野 有史以降の人間社会を観察すると、そこには一貫して「仲間は殺すな」「敵は殺せ」というふたつの傾向性があることがわかります。仲間や身内を守るために結束して敵と戦う。仲間や身内のあいだでは暴力を排除する傾向性を発揮しているのですが、自分たちに対立する敵に対しては容赦なく暴力を行使する傾向性があるのです。さらには、集団のメンバーであっても、その連帯を破壊する裏切り者や犯罪者は徹底的に排除してきた。こうした、仲間や身内のなかで団結して平和と生存を維持するという意識は、ひょっとしたら数百万年前の人類から私たちに受け継がれてきたものかもしれません。

更科 それが文明という新しい環境にさらされることによって人類に新たな暴力性を付け加えたと考えると、うかつに「古代の人類は本質的に平和だったのに、現代は……」みたいに二極対立で考えるのはあまり意味がないですね。

萱野 現在の人間が生きている環境は、古代の人類が直面していなかったものですからね。

更科 文明が始まってから人類が別の生物に進化したわけではないですが、環境が変化したことによって性質も変わってきたと。

萱野 人間の経済活動の規模が大きくなるにつれて、人口も増え、地球が狭くなったということもあるでしょうね。かつてチンパンジーと人類の共通祖先が暮らしていた森林が狭くなったのと同じように。

更科 視点を変えてみれば、共通祖先からチンパンジーと人類が分岐したのと同じようなことが、今まさに起きているのかもしれません。

萱野 森林から追い出された種が人類に進化していったように、地球が狭くなることによって新しい進化が人類に起きるかもしれないと。今がその淘汰と進化の分かれ目になっている可能性があるというのは、人類史を俯瞰することで初めて得られる視点ですね。

更科 功
1961年生まれ。東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師。東京大学大学院理学系研究博士課程修了。専門は分子古生物学。『化石の分子生物学――生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で第29回講談社科学出版賞を受賞。その他の著書に『絶滅の人類史――なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『進化論はいかに進化したか』(新潮選書)など。

萱野稔人
1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。主な著書に『国家とは何か』(以文社)、『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(小社刊行)など。