日テレの土曜ドラマ枠はジャニーズで視聴率低迷? 10月期に生田斗真の主演で不安の声

 やはり、日本テレビ系「土曜ドラマ」枠は、ジャニーズ事務所との癒着から抜け出すことはできないようだ。

 10月期の同枠で、生田斗真が主演する『俺の話は長い』が放送されることがわかった。生田が連ドラ主演を務めるのは。2015年1月期『ウロボロス〜この愛こそ、正義。』(TBS系)以来、4年9カ月ぶりで、日テレでは初となる。

 生田が演じるのは、大学卒業後、コーヒーにはまって起業したが失敗し、7年前から無職のニートとなった31歳の岸辺満役。満は口ゲンカだけは誰にも負けないという特殊能力があり、ヘリクツを駆使し、自分のダメさをごまかし続けて生きてきた。

 夫が残した喫茶店を営む母親に寄生しながら生活してきたが、マイホーム建て替えのため、一時避難で転がり込んでくる姉家族によって人生が一変。姉は満を「単なる現実逃避」と断じ、「弟がこうなったのは母さんにも責任がある」と糾弾。そんな窮地に、「満がこの災難を乗り越え、自立することができるのか?」を描いたホームコメディドラマだ。

 脚本は『きょうは会社休みます。』『世界一難しい恋』『ボク、運命の人です。』『もみ消して冬~わが家の問題なかったことに~』(いずれも日テレ系)などを手掛けた金子茂樹が担当する。

 日テレの「土曜ドラマ」は17年1月期まで、「土9」にオンエアされていたが、同4月期より、『嵐にしやがれ』と放送時間が入れ替わる形で、「土10」に異動。以後、オンエア時間が早まった『嵐にしやがれ』は好調だが、遅くなった「土曜ドラマ」は苦戦が続いている。

 元来、同枠はジャニーズ所属タレントが主演を務めることが多く、“ジャニーズ枠”とも呼ばれてきた。「土10」に移ってからは、同4月期から、4作連続でジャニタレが主演。同10月期には、Sexy Zone・中島健人が主演。

 今年1月期から、現在放送中の『ボイス 110緊急司令室』(唐沢寿明主演)まで、3作連続で非ジャニタレが主演を務めているが、10月期には再びジャニーズの生田が主役に起用されることになり、“ジャニーズ頼み”の姿勢は相変わらずのようだ。

「時間帯が異動した17年4月期以降、『土曜ドラマ』はただの1作も平均視聴率が2ケタに乗ったことがありません。嵐・櫻井翔が主演した『先に生まれただけの僕』(同10月期)でさえ、平均8.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と爆死してしまいました」(テレビ制作関係者)

 同枠では、ジャニタレが主役に起用されていなくても、必ずメインキャストでジャニタレが出てくるのが特徴だ。放送中の『ボイス』にもNEWS・増田貴久がキャスティングされている。

「これほど、ジャニーズとの癒着がひどいドラマ枠は、ほかにありません。特に若手のジャニタレが主役や準主役で出てきても、数字を取るのは難しいわけです。日テレもジャニーズへの依存をほどほどにしないと、周囲からも“ズブズブの関係”とみられてしまいますし、視聴率も振るわないのですから、脱ジャニーズを図った方が賢明なのではないでしょうか」(同)

 唐沢主演の『ボイス』は初回12.6%で好発進したものの、第2話で8.4%と急降下し、先行きに大きな不安を抱えた。それだけに、生田が主演する10月期は、なんとしても好視聴率をマークしたいところ。ジャニタレが一切出ないドラマもたまには見てみたいものだ。

嵐と元SMAPの全面抗争が勃発! パラリンピック利権を巡って露骨な嫌がらせも横行か

 公正取引委員会によるジャニーズ事務所への「注意」が話題を呼んでいる。

 そこにきて、7月25日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が、元SMAPメンバーの稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人に対する圧力の“主犯”が嵐の元マネージャーだったA氏と報じた。

「A氏はテレビ局との交渉やキャスティングを担当し、藤島ジュリー氏の右腕的存在。記事によれば、彼は元SMAPの3人を取り上げた番組や時間の長さをリストにしてテレビ局幹部に提示し、『なぜこうなったのか?』と追及したり、3人を起用した番組の担当者に『いつまで続けるつもり?』と圧力をかけていたといいます」(芸能記者)

 そんななか、25日には日本財団の笹川陽平会長がブログ にて「元SMAP 3人組」について言及。3人が日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)のスペシャルサポーターを務め、国際パラリンピック委員会の特別親善大使を務めているにもかかわらず、テレビからは干された状態にあることに対し、「テレビ出演は、すでに用意されているのでしょうか」とテレビ各局の姿勢を批判したのだ。

 本来なら、パラリンピックを盛り上げるためには欠かせない存在の”特別大使”だが、すでにジャニ―スサイドは対抗策を講じているという。

「今年5月に、突如、嵐が『NHK東京2020オリンピック・パラリンピック放送スペシャルナビゲーター』に就任することが発表されたのです。今後はパラリンピックに関する特番に出演していく予定で、本番でも競技場やNHK特設スタジオなどから協議の生の迫力と感動を伝えるのだとか。元SMAPのほうは『国際パラリンピック委員会』から任命された“公式”なのですが、ジャニーズが嵐に無理やり肩書きを持たせて、元SMAPのテレビ露出の機会を奪おうとする露骨な嫌がらせです」(広告代理店関係者)

 こうした両者の争いに意外な人物もかかわりを見せている。

「日本財団パラリンピックサポートセンターの顧問には、マツコ・デラックスも名を連ねているんです。お茶の間人気が絶大なマツコが元SMAPと連動した動きを見せるかどうかがカギとなるでしょう」(同)

 このままでは1年後に迫ったパラリンピンクを成功させることができるか不安になるが、公取委はさらなる動きを見せるか注視したい。

ポスト有吉弘行にあのR-1王者が急浮上! どん底からの毒舌芸が業界内で再評価

 どん底から這い上がってブレイクを果たし、芸能界で確固たる地位を築いた有吉弘行と同じ道を歩むのではないかと期待されている芸人がいる。

「2009年のR-1ぐらんぷりで優勝している中山功太です。7月8日に放送された『しくじり先生』(テレビ朝日系)がかなり好評なんです」(制作会社関係者)

 吉本興業の養成所であるNSC大阪校22期生で2002年にデビューした中山。同期デビュー組には、キングコング、山里亮太、なかやまきんに君、ダイアン、NON STYLE、ピース、平成ノブシコブシなどがいる。

 エッジの効いたネタでピン芸人として頭角を現し、2005年にR-1ぐらんぷり決勝戦に初進出。その後、2006年、2008年にも決勝に進み、2009年についに優勝することとなる。また、2008年から2010年までNHK大阪の帯番組『あほやねん!すきやねん!』でMCを務めるなど、順風満帆な若手時代を過ごしていた。

 R-1で優勝した翌年の2010年4月には『あほやねん!すきやねん!』を降板して東京進出。しかし、東京ではなかなか思うように仕事を得ることができず、ついにはアルバイト生活に突入してしまう。

「若くしてスポットライトを浴びていたにも関わらず、どん底を経験しているという点で、中山功太と有吉さんは似ている部分があります。そして、どん底を味わったがゆえの毒舌もまた近いものがありますね」(同)

『しくじり先生』では、「自分以外は面白くない」と思っていた若手時代を反省した中山。あくまで「昔はそう思っていた」という前提のもと、自分が面白くないと思う芸人について時折具体的な名前を出しつつ、分析する場面もあった。

「反省をしている体裁でほかの芸人を斬っているようなトークは、見事な毒舌でしたよ。それこそ、いろいろなタレントにあだ名を付けていた頃の有吉さんを彷彿とさせるものでしたね」(構成作家)

 有吉は『電波少年』でのヒッチハイクでブレイクしたわけだが、それ以前はライブシーンでネタが評価される“センス系”の芸人だった。

「センス系の芸人から始まって、一度脚光を浴びてからどん底に落とされるという点で、中山功太は完全に有吉さんと完全に一致する。特に好感度を意識するような芸風ではないところなんかもよく似ています」(同)

 有吉が再ブレイクを果たしてから、すでに10年近くが経とうとしている。

「ここ数年のバラエティー界の大きな課題は、“ポスト有吉”が不在だということ。また、サンドウィッチマンのような好感度の高い人気芸人はいるけど、毒のある芸人が少ないというのも課題です。そういう意味では、中山功太は今バラエティー界が求めている人材だと言えるでしょう」(同)

 数年後、中山功太がゴールデンタイムで何本も冠番組を持っているなんていう未来が訪れているかもしれない。

ニナミカ・ワールド全開!! 映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』鑑賞券をプレゼント

 小栗旬主演映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』が9月13日より全国公開されます! 本作は太宰が愛した3人の女性目線から、ベストセラー小説『人間失格』の誕生秘話に迫ったもの。写真家としても知られる蜷川実花が、色彩艶やかでビビッドな世界観で映像化します。構想に7年もの歳月を費やしたとのことですが、一体どのような内容となっているのでしょうか。早速あらすじを見てきましょう!

 天才作家・太宰治(小栗旬)は、身重の妻・美知子(宮沢りえ)と2人の子どもがいながら、弟子でもある作家志望の静子(沢尻エリカ)と未亡人の富栄(二階堂ふみ)という2人の愛人との関係を続けていた。乱れた女性関係に加え、酒に溺れ、自殺未遂を繰り返すといった自堕落な生活を送る太宰。その破天荒な生き様は文壇から疎まれていたものの、ベストセラーを連発し、スターダムにのし上がっていく。そして、自分にしか書けない「人間に失格した男」の物語の執筆に取りかかるが……。

 太宰と女性を取り巻く男性陣には、老舗出版社の若手編集者・佐倉純一役に成田凌、太宰の弟子で静子の弟・太田薫役に千葉雄大、坂口安吾役に藤原竜也、三島由紀夫役に高良健吾と豪華俳優陣が名を連ねます。予告編を見ただけでも、胃もたれを起こしそうな「ニナミカ・極彩色・ワールド」全開! 心して臨みたい一作ですね。

 今回は、映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』の鑑賞券を3名の方にプレゼント。夏の暑さにやられているというサイ女読者の皆さま、頭にガツンと来そうな『人間失格 太宰治と3人の女たち』をぜひ劇場で見てみませんか? 奮ってご応募ください。お待ちしております!

※8月5日正午〆

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【片山慎三】衝撃作『岬の兄妹』監督が推薦!――今の韓国映画の原型!? 60年前のサスペンス

――近年『新感染』『神と共に』など、国内でもメガヒット作を連発している韓国映画。そして、『冬のソナタ』ブームから15年近く経った現在も根強いファンをつけている韓流ドラマ。傑作揃いの韓国エンタメ作品群から、韓流の目利き達が独特の視点で映画・ドラマの深奥を語る。

■片山慎三(映画監督)

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1981年、大阪府生まれ。ポン・ジュノ監督の『母なる証明』(09年)や山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11年)などに助監督として参加。今春公開された自主制作映画『岬の兄妹』が話題を呼び、ロングラン上映されている。

 僕が韓国映画から学んだことはたくさんありますが、一番は「表現にブレーキをかけない」ということですかね。不快に思われるようなシーンも、しっかりと描く。『岬の兄妹』を撮るときも、それを意識していました。

 韓国とのつながりでいうと、オムニバス映画『TOKYO!』(08年)の撮影でポン・ジュノ監督と知り合ってから、1年ほど韓国に滞在して助監督として手伝ったこともありましたが、もともと僕が韓国映画を見始めたきっかけは『シュリ』からですね。

 この頃の作品で印象に残っているのが、イ・チャンドン監督のデビュー作『グリーンフィッシュ』【10】です。映画の終盤でヤクザの愛人と恋愛関係になった主人公が、銃で撃たれて殺されてしまうのですが、被弾して車のボンネットに倒れかかり、窓ガラス越しに吐く息の曇りが徐々に薄くなっていくという、死に至る演出がうまい。

 一方でタブー破りといったら、民主化闘争を描いた『1987、ある闘いの真実』など、実在の事件を題材にした作品は面白いですね。特にキム・ギドク監督の助監督だったチャン・チョルスの『ビー・デビル』【11】はヤバいです。ある女性がソウルから生まれ故郷の島に戻った際に、島に残っていた幼なじみの女性が旦那からDVを受けていたり、島民の慰み者にされていたことを知ります。長い間、島民たちに虐げられてきた女性は島から脱出しようとするのですが、その間にこれまで彼女をイビってきた姑や旦那に復讐していくんです。味噌を塗りたくって殺したりなんかもします。こう聞くと、キワモノ映画のように思われそうですが、作中ではちゃんと人間模様が描かれているので面白いです。

武田久美子、娘と同じ髪型で2ショット披露に「娘と張り合わないで!」の苦言相次ぐ

 武田久美子が、自身の公式ブログで、愛娘との2ショット写真を披露して話題になっている。

 現在、アメリカ・サンディエゴで暮らしている武田。今月上旬から来日し、娘のソフィアと日本を楽しんでいる様子をたびたびブログに投稿している。

 そんな武田だが、23日にもブログを更新し、「お揃いのヘアカット」というタイトルのエントリーを投稿。「娘とお揃いのヘアカットになりました~!」と、後ろと横から撮影した娘との2ショット写真を公開。日本のヘアサロンで髪を切ったことを明かした。

 髪型について武田は、「ヘアスタイリストが同じなのでお揃いでとオーダーしていなくても同じスタイルになりました~!」と告白。髪色こそ違うものの、長さやシルエットはほぼ同じ。「毛量と髪質は全く同じらしくカラーが同じだったら見分けがつかないようです」とつづっていた。

 しかし、この投稿にネットからは、「娘と張り合わなくても……。年齢を重ねたなりの素敵さを身につけたらいいのに」「自分の若さを主張したいんだろうか?」「髪型同じにして娘に勝てるとでも? やめたほうがいい」といった苦言が寄せられていた。

 仲良し親子をアピールしたかったのかも知れないが、「娘に対抗してる」と感じたネットユーザーが多かったようだ。

 

 

水嶋ヒロが「芸能界の不文律」で干されてから10年…その現在は

 ジャニーズ事務所への公取委「注意」や、吉本興業のパワハラ体質改善問題など、「芸能村」とマスメディアの歪な関係がついに変わろうとしている。思えばこれまで、大手事務所からの独立で「干された」とみられるタレントは多くいた。俳優として活躍していた水嶋ヒロも、その一人だ。

 かつて「イケメン俳優」として活躍していた水嶋ヒロ。水嶋は現在、経営者、投資家、ブランディングディレクター、プロデューサーなど複数の肩書を持つ。今年5月にはライフスタイルブランド「JUDROP(ジュードロップ)」を立ち上げオールインワンシャンプーの販売を開始した。

 現在35歳の水嶋ヒロは、2004~2010年まで大手芸能事務所・研音に所属し、連続ドラマ『花ざかりの君たちへ〜イケメン パラダイス〜』(2007/フジテレビ系)の出演によって人気俳優の仲間入りを果たす。しかし、人気絶頂期であった2009年、水嶋はシンガーソングライターの絢香との結婚を発表する。なお、事務所には事後報告だったそうだ。

研音から独立して以降、水嶋ヒロはテレビから消えた
 2010年、水嶋ヒロと絢香は研音から揃って独立。当時水嶋は24歳。以後、水嶋が連続ドラマに出演することはぱたりとなくなった。人気若手俳優だった水嶋が、同事務所の人気歌手と事務所に内緒で結婚するのは、お世話になっている事務所に「不義理」を働いたことになり“干された”のではないかという見方が強かった。実際、彼らの行動を責める論調の記事は多く流れた。

 また、独立から程なくして水嶋は齋藤智裕名義の小説『KAGEROU』(ポプラ社)が第5回ポプラ社小説大賞を受賞しているが、これについても「ヤラセだ」などとするネガティブな報道があった。

 2011年に絢香が歌手活動を再開しNHK紅白歌合戦に出演するなどしているのに対し、水嶋はほとんど俳優活動をしておらず、小説の次作が発表されることもないことから、絢香との結婚は“格差婚”であり、水嶋は“ヒモ”だと揶揄する声も未だに多い。水嶋・絢香夫妻は2015年に第一子が誕生しているが、ブログやInstagramで水嶋が育児絡みの投稿をすれば「働け」「こんな生活でよかったの?」「ヒモ生活万歳」と中傷される具合だ。芸能村の掟に背いてから、水嶋の世間的なイメージは一気に悪化したのだ。

水嶋ヒロ「自分に才能があるとしたら、それは“家族を大事にすること”」
 しかし俳優としての活動はしていないが、水嶋ヒロは経営者やプロデューサーとして才能を発揮している。

 今月17日公開の「Forbes JAPAN」のインタビューに登場した水嶋は、2010年の独立後は会社を立ち上げ経営について学んでいたと語っている。家族や社員も抱えていることから、必要だと思うことはとことん学んだそうだ。

 また、家庭と仕事の両立も常に気にかけているといい、自分のライフスタイルの延長線上に仕事を創るようにしているようだ。

<自分に才能があるとしたら、それは「家族を大事にすること」>

<プライベートと仕事の境界線をなくして、自分が理想とするライフスタイルの中で、自然と仕事もできたらいい。何よりも家族を中心に、どうやったらいい形で仕事ができるかな、といつも考えている>

 事務所を辞めたことで「干された」「仕事を失った」と言われる水嶋ヒロだが、愛する家族と共に、充実した日々を送っているのだろう。

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「新宿二丁目」伏見憲明氏が語る実態――世間的な「勝ち札」が通用しない“多様性の街”

 東洋一のゲイタウンとして名をはせた「新宿二丁目」。東西約300m、南北約350mという狭い区画の中には、雑居ビルが建ち並び、300を超えるゲイバーやレズビアンバーが店舗を構えている。

 戦前には遊郭が栄え、戦後は赤線・青線地帯だったこのエリアは、いつの間にかセクシュアルマイノリティが集う街へと変遷した。その事実を知っている人であっても、現在の新宿二丁目を“二丁目”たらしめている歴史的背景を熟知している人は少ないだろう。

 ベールに包まれた街の秘密を、膨大な資料に基づいてひもといた書籍が『新宿二丁目』(新潮新書)。自身も新宿二丁目でゲイバーを営む、著者の伏見憲明氏にインタビューを行い、いまなお新陳代謝が進む摩訶不思議な街の実態に迫った。

■ひと昔前は隠れるように歩き、忍び込む街だった

――LGBTタウンとして知られてきた新宿二丁目ですが、最近はヘテロセクシュアル(異性愛者)の男女も気軽に訪れることができる街に変容している印象です。

伏見憲明氏(以下、伏見) ええ、だいぶ変わりましたね。ひと昔前は、誰にも見られないように、店と店の間を小走りで移動する人が少なくなかった。隠れるように飲んで隠れるように帰る、そんな街でした。かつては、店の中は満席でスゴい熱気に包まれていましたが、外はがらんと誰もいない雰囲気でした。90年代後半まではそんな感じですね。現在は週末、とりわけ夏場なんか通りに人があふれているけど。

――著書『新宿二丁目』では、繁華街であるだけではなく、多様性や包摂を体現している街と表されています。雰囲気は変わっても、その本質は変わっていない印象ですか?

伏見 そうですね、というか、新宿自体が吹きだまりみたいな街ですからね(笑)。多様な人が集まって同じ空間を共有するわけなので、個人の感覚、趣味、主義主張だけ押し通すと、居心地が悪い。時には対立しても、譲り合ったり、我慢したり。だからこそ、新しい出会いから何が生み出されるんですよね。その積み重ねが、新宿二丁目の輪郭を形成してきたのだと思います。

――なるほど。ちなみに、2018年の東京レインボープライドでは、浜崎あゆみさんが新宿二丁目への思いを語って話題になりました。伏見さんもゲイバーを経営されていますが、女性一人で来店するお客さんも少なくないですよね。

伏見 ゲイバーといえば、かつては男性同性愛者が恋愛やセックスの相手を見つける場所でしたけど、いまや恋愛もセックスもマッチングアプリで調達できる時代ですからね。なので、男性同性愛者がゲイバーを訪れる動機も変わってきている気がします。バーもゲイ相手の商売だけでは、なかなか店が回らない。そうした変化を受けて、女性も足を踏み入れやすくはなっていますよね。

――ヘテロセクシュアルの女性は、もちろん恋愛やセックス目当てではないわけで、そうなると何を求めて足を運んでいるのでしょうか?

伏見 強いて言えば、“行き場のない何か”を抱えている人が多いような気がします。“オンナ”というジェンダーに違和感を持っていたり、オンナとしての商品性を競い合ったりするのに疲れているように見えます。だから女同士でいるよりも、ゲイが中心の空間のほうがリラックスできるのかも。ゲイバーは、たとえ女性が裸になったとしても「あ、服着てもらえますか? っていうか勘弁してください」と言われるような場所ですからね(笑)。性的に見られないことによる心地よさを求めているのかもしれません。

――ゲイバーは、ジェンダーに起因する疲れが生じない空間ということですか?

伏見 そう思います。というか、女同士って人間関係が大変じゃないですか。油断できないところがあるでしょ? じゃあ、対男性でいいかっていうと、それはそれで性的な記号としてのオンナ性を意識せざるを得ない場面も多い。いろいろ消去していった結果、ゲイが多い空間が一番楽じゃない?って(笑)。女性からすると「所詮オカマだろ?」だし、ゲイも「所詮オンナだろ?」って、お互いそこそこ馬鹿にし合っているがゆえの、均衡が保たれている気がしますね(笑)。差別ゆえの対等。

――絶妙なあんばいの人間関係ですね。

伏見 人間関係で一番難しいのは、実は“対等な関係”だと思うんです。上下関係やジェンダー規範に沿って行動しているほうが、案外楽なんですよね。それに比べて、対等性を維持することって思いのほか大変。女同士だと対等でいることに神経質にならざるを得ないし、対男性ならジェンダー的な気配りも求められる。だから、ある意味、“どうでもいい関係”が楽なんですよ。ゲイバーに来店した女性にとって、隣に座っているゲイは、どうでもいい関係でいられる相手。ゲイという記号性を媒介にすることで、難しい人間関係から解放されて楽になれる女性が多いのかなと思います。ただ、どうでもいいから、雑なコミュニケーションでOKっていうわけにもいかないところが難しいけど(笑)。

――とはいえ、ノンケNGのゲイバーも少なくありません。ちなみに、伏見さんのお店「A Day In The Life」は、さまざまなセクシュアリティの人を寛容に受け入れていらっしゃいますよね。

伏見 誰にでも開かれているってわけでもないですよ。ゲイバーがすべての人を受け入れたら、ゲイバーでなく、ただのバーですからね(笑)。やはり“特別な空間”でないとつまらない。ちなみに、僕の見立てですが、席の半数はゲイで埋まっていないと面白くならないかな。カクテルと同じで、何をベースにするかで、空間の面白さや個性が出るんですよね。なので、うちは、一応ゲイが主役というのを建前にしている。あとは脇役。それを排除だと言われても、「会員制なので」というスタンスを取ります。ちなみに、初来店の女性のお客様には、「“ブス”って言われても“下女”って言われても、それを楽しんで受け入れられますか?」って聞いて、ゾーニングというか、ふるいにかけていますね(笑)。

――ゲイバーとしての個性を保つためには、排除と寛容のバランスが大切だということですか? お客さんの中には、“二丁目らしいコミュニケーション”を求めている人も多いように思いますが、二丁目にはユーモラスでウィットに富んでいる、特異なコミュニケーションのありようが存在していますよね。

伏見 そうですね。たとえば、勤め先や肩書、どんな車に乗っているかとか、つまり自分がどれだけ勝ち札を持っているかに左右される“マウンティングのコミュニケーション”で成り立つハイソな街もありますが、その点、二丁目って世間的なヒエラルキーはそれほど重要ではない。どんな大会社の社長も、フリーターも、同じ空間にいて違和感がありませんから。

 女性もどれだけきれいかとか、おしゃれかで評価が上がるわけでもなく、むしろレベルが低ければ低いほど面白がられるわけです。たとえば、「アンタ、ほんとにブスね!」って言われて、どう返すかがむしろ大事。「これでも整形してるんです!」くらいネタで言ってほしい(笑)。だから「お金持ちのお嬢様です」ってアピールされても、「へぇー……」みたいな感じ? 自虐のコミュニケーションっていえばいいのか、“負け札をどれだけ楽しめるか”に根差したコミュニケーションが受け継がれているんですよね。

――それを面白がれる人が集う場所って、肩の力が抜けるというか、無理したところで見抜かれるからこそ心地よいのかもしれないですね。特異であり、希有な街として、いまもなお存在感を放つ二丁目を、伏見さんも著書で「生きることを共有する場であった」と回顧されていますが、それはつまり、どのような場所でしょうか?

伏見 いまでこそ、LGBTフレンドリーな人も増えましたけど、僕が若かりし頃なんてセクシュアルマイノリティであることを、家庭や職場で大っぴらにできない時代でした。正直な自分をさらけ出せなかった時代、「本当の自分」で生きることができたのは二丁目だったんです。でも、僕自身、最初から好きだったわけではないですね。

――それは、なぜでしょう?

伏見 僕が初めて足を踏み入れたときは、あまりにも性的な街で、ゲイにとっては、それはそれで闘いがあるんです。ゲイバーの扉を開くと、あからさまに値踏みされましたからね。イケメンだったらいいけど、僕みたいなブスはあっさり終了。闘う前に試合が終わってるもんだから、「揚がっちゃってるわよね~」なんて言われて「天ぷらホモ」とか、4年に1回しかチャンスがないからって「オリンピックホモ」とか、ヒドいあだ名付けられちゃって(笑)。本当にモテなかったので、二丁目に足を運んでも、つらかったし面白くなかったんです。

――いまはどうですか?

伏見 大人になると、ブスにはブスなりの楽しみ方があることがわかってきます(笑)。また、不思議な出会いやワクワクすることが自然と生まれるところに、面白みを感じられるようになりました。

――たとえば、どのようなことでしょう?

伏見 最近デビューしたドラァグクイーンのユニット「八方不美人」も、うちの店でたまたま飲んでいた作詞家の及川眠子さんの、「楽曲を提供するわよ~」なんてひと言がきっかけで生まれたり、うちの店長のこうきが絵本を出したときも、やっぱりうちで飲んでいた中村うさぎさんが「文章を書くわよ~」なんて言ってくれたことで刊行が決まったり。あと、うちは「生産性を上げなきゃ」ってことで、店で男女の出会いをアシストすることもあるんですよ(笑)。僕自身おせっかいな仲人ババアの趣味があって、それで自分の快楽を満たしているだけなんですけどね。

――集う人の価値観が変わると、ひいては街も変わりますよね。伏見さんは、これからの二丁目を、どのように展望されていますか?

伏見 確実に、「ゲイの街」ではなくなっていくでしょうね。いまの流れに従って、男性同性愛者の出会いの場としての機能は縮小し、女性や外国の方が増えて、本当の意味で多様な街になると思います。

 あと、現在二丁目全体がビルの老朽化による建て替え期に差し掛かっているので、家賃の上昇も予想されます。うちみたいな小さなスナックだと、いつまで商売を続けていけるのかなとは思いますね。料金を高く設定しないと商売が成り立たなくなると、二丁目の文化も変わっていくと思います。かつての赤線・青線地帯からゲイタウンに変貌を遂げたのも、数十年とたたないうちですから、仕方ないとうえば仕方ないですよね。街は、そうやってどんどん変わっていくものなのかなって思っています。
(末吉陽子)

伏見憲明(ふしみ・のりあき)
作家。1991年、『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房)でデビュー。『魔女の息子』(河出書房新社、第40回文藝賞受賞作)、『欲望問題』(ポット出版)など著書多数。最新刊は『新宿二丁目』(新潮新書)。2013年、新宿二丁目にゲイバー“A Day In The Life “を開店。
アデイonline

「反抗期の娘、愛し続けられるか不安」プウ美ねえさんが“母子関係のこじれ”に思うこと

家族関係、恋愛、夫婦関係、仕事、結婚、介護、人生……サイ女読者のお悩みに“プウ美ねえさん”こと熊田プウ助が、いつもそばに置いておきたい“エプロンメモ”とともに回答します。

<今回のお悩み>
「日に日に、義妹に似てくる娘に困惑」
 私には中2の娘がいます。不登校気味ですが、私自身も学校が楽しくはなかったので、励ましつつ、無理せぬように見守っています。年頃から、母親の言動がいちいち気に障るようで、たびたび言葉の暴力を奮われていますが、母としては一過性のものだと甘んじて受ける覚悟でいました。

 ところが、最近その娘の姿形に、義妹が重なってくるのです。義妹は、私が生涯出逢った人中ワースト3に入るほど反りの合わない人で、親戚とは言え、自ら会う気には中々なれず、疎遠にしています。もちろん、娘のことはとても愛しています。ですが、反抗を繰り返し、口汚く私を罵り、日に日に義妹に似てくる娘を、愛し続けることができるのか? いつか心が折れてしまうかもしれないと思うと不安です。(紅あずまさん、42歳)  

【プウ美おねえさんの回答】
 お嬢様はいま大人同士の関係を学ぶ年頃です。イライラをぶつけたらどうなるか、思ったことを全部言ったらどうなるか、一生懸命研究しておられるのです。この時期にあばれておかないと、プウ美おねえさんのように面倒な人間になります。つとめて、なまぬるくそばにいましょう。おねえさんは野生動物が好きです。しかし飼い慣らしたいとは思いませんし、そばにいって糞や泥にまみれるのもごめんです。距離がだいじです。

 義理の妹さんとお嬢様がかさなる時は、お嬢様だけの美点を探してごらんなさい。若さとか、あなたや彼女の父君に似ているところを見ましょう。おねえさんの母親は明るい善人ですが、 意見があわずお互いイラつく存在でした。つかみあいの喧嘩もしました。 大人になってからは数年間会うのをやめましたが、その間によいところだけを思い出すことで楽になりました。いまでは会うたびに「元気でいてくれてありがとう」と言葉で伝えあう仲です。相性を乗り越えて愛せることを学べて、感謝しているものです。あなたは義理の妹さんと「距離を置く」という最善の選択ができたのですから、きっとうまくやれます。

 親の立場にこだわりすぎると、若い人を操縦したくなります。でも親は先に死ぬものです。永遠に面倒はみられません。子の親離れを喜びましょう。気分をかえて素で接してみてはどうですか。学校嫌いという共通項を思い出してガールズトークなどよいものです。無意味なガングロメイクで淡々と接し、お嬢様を不安にさせるのも一興でしょう。素手のタイマンもよいかもしれません(かならずレフェリーをつける)。お嬢様にも、あなたにも発見があるはずです。

【今月のエプロンメモ】
いつか穏やかな関係になるかもしれないし、そのあとまた絶交の危機がおとずれるかもしれない。ひとの関係は、流動的だということを覚えておきましょう。親子だって絶対ではありません。「あの人は味方」「あいつは敵」などと決めつけず余裕をもつことが、ひとづきあいを楽しむコツです。

熊田プウ助(くまだ・ぷうすけ)
1969年生まれ、ゲイ漫画家。都内でひっそりと飼い猫と暮らす日々を描いたエッセイマンガ『世界でヤろう!! おひとりホモ☆』(ぶんか社)、『世界一周ホモのたび 狂』(同)、『TOKYO中年駄ホモ生活』(同)など。

<お悩み大募集>
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女性天皇の皇位継承問題……「結婚は許されない」伝統に逆らった女帝【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。最近では、女性・女系天皇論争の皇位継承者問題や秋篠宮家の長女・眞子さまの婚約者・小室圭を巡る一連の騒動などが注目されているものの、実は、こんなのは大した騒動ではなかった……? 「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

女性天皇はわずかにいたが、“結婚”は許されない……

――天皇、皇后両陛下の長女・愛子さまへの皇位継承を望む声が聞こえてきますが、現在の皇室の制度では、女性が天皇になることは認められていませんよね。古代には女性天皇が何人かおられたようですが。

堀江宏樹(以下、堀江) 人数としては「8人」だけですが、その中の2人は生涯で2度、天皇に即位しているので、合計「十代」です。ただ、朝鮮では女王が歴代王朝を通じて累計3人、中国ではたった1人しか女帝はいないので、それに比べれば“多い”と言えます。

――どのような時に女性天皇が即位するのでしょうか?

堀江 簡単に言うと、ほかに適任の男性皇族がいない場合や、次期天皇が若すぎる場合などの“時間稼ぎ”です。天皇家のパワーの源は、いにしえから代々受け継がれた“血”と“伝統のカリスマ性”だと考えられます。だから、先代の天皇の血筋を色濃く受け継ぐ皇子、もしくは皇女が位を継承することはごく自然な流れなのです。

――ただ、男性天皇と異なり、女性天皇は結婚できないんですよね。

堀江 そう。特筆すべきは歴代の女性天皇の全員が、独身の状態で即位していること。中には結婚経験者もいますが、即位時には未亡人でした。それが大きなポイントになっていて、退位後も結婚や再婚をしていません。ちなみに日本だけでなく、朝鮮、中国の女帝についてもそういう感じですね。ただ、今回注目したいのは「女性天皇は結婚できなかった」という事実より、「女性天皇のパートナーとなる男性が、問題視されがちだった」という点です。

――女性天皇に夫がいたとしたら、その男性が女性天皇を操る“影の帝王”のようになる恐れがあるということでしょうか。

堀江 そうです。でも全ての女性天皇が、おとなしく「あなたは生涯独身!」という伝統を受け入れられたのかというと、そうでもなさそう。今回お話する、孝謙天皇/称徳天皇は明らかにそうではなかったと僕は考えています。

――“伝統”によって得たカリスマに逆らうとは、なかなかパワフルな女性天皇ですね。どのような方なのか気になります。

堀江 ちなみに、孝謙天皇は重祚(一度退位した天皇が再び即位すること)して称徳天皇とも呼ばれていますが、今回はわかりやすさを重視して、「孝謙さま」と統一しますね。彼女は聖武天皇と光明皇后の間に生まれた一人娘です。父親の聖武天皇は、奈良の大仏を最初に作らせた人と言えば想像しやすいのでは? また、母親の光明皇后は“有力者”である藤原氏の出身だったこともあり、聖武天皇の数いる妃(妻)たちの中でも権力や財力が飛び抜けていました。おまけに、容姿も美しかったといい、まるで光り輝く存在だったことから“光明”皇后と伝えられるようになったという説もあります。

――現在のように、天皇と結婚したら即・皇后になれるというわけではないと聞いたことがあります。

堀江 そうです。結婚した瞬間から、「オーディション」が始まるイメージ。多くの女性を出し抜き、皇子を生むことが皇后になるための条件ですが、光明皇后には実家・藤原氏のゴリ推しもありました。

――実家にそこまで応援されると、プレッシャーを感じて正直病みそうですが……。

堀江 「運もコネも実力のうち!」って割り切れる“鈍感力”こそ、天皇の後宮で生き抜くための必須条件だったのかもしれませんね。理由こそわかっていないものの、聖武天皇の母君は長年、重い心の病で面会謝絶状態が続いていたといいますが、天皇の妃としてプレッシャーの強い生活に疲れ果てた結果かもしれません。

――光明皇后はある意味、図太かったのかもしれませんね。

堀江 そう。しかも、聖武天皇とは夫婦仲もすごく良くて、今で言うダブルベッドで寝ていました。ちなみに、聖武天皇と光明皇后の“愛の暮らし”の遺品が、奈良の正倉院に保管されている正倉院御物(ぎょぶつ)です。奈良では、毎年秋の風物詩として「正倉院展」が開催されますが、今年は令和元年ということもあってか、東京でも正倉院展が開催されるんですよ。ぜひ行ってみてください。ダブルベッドは出品されるか知りませんが……(笑)

――ほかに男性皇族がいたのに、聖武天皇と光明皇后の一人娘が、“オトナの事情”で女性天皇になってしまったと聞いたことがあります。                     

堀江 有力な男性皇族たちが、ちょうど流行った疫病でバタバタと亡くなったと伝えられていますが、ホントは毒殺されたのかもしれません。いずれにせよライバルたちの病没によって、彼女は、史上初にして現時点では“唯一”の女性皇太子となりました。これが21歳の時で、まだ独身。そのまま帝王教育を受け、女帝として即位したことも異例です。

――運命に選ばれた、“特別”な女性とも言えそうですね。

堀江 良い意味でも、悪い意味でも、唯一無二の存在感を持つ女帝でしたが、同時にとても賢い人だったようです。ちょうど孝謙さまが即位する少し前、絶対に女帝の即位を認めなかった中国で、則天武后(武則天)という女帝が誕生しているんです。まぁーね、世界史の読み物の中では、スケベでビッチ、権力と欲の塊で悪女扱いされがちなのが則天武后なんですけど、「女性でも国のトップとして辣腕を振るうことができる!」と、証明した点では、孝謙さまにとって心の支えだったかもしれません。孝謙さまの時代は、元号が異例の漢字四文字なんですが、これは則天武后の中国の元号と同じ形式なので、影響を受けていたことを推測できます。

 次回は、そんな孝謙さまが入れ上げた“巨根”の僧侶との関係、国民から嫌われるに至った背景を深掘りします!

堀江宏樹(ほりえ・ひろき)
1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。2019年7月1日、新刊『愛と欲望の世界史』が発売。好評既刊に『本当は怖い世界史 戦慄篇』『本当は怖い日本史』(いずれも三笠書房・王様文庫)など。
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