ファッション誌「ViVi」(講談社)が自民党の“宣伝”をしたとして、先月ネット上で大きな波紋を呼んだ。同誌公認のインフルエンサーである“ViVigirl”たちが、「ハッピーに生きていける社会にしたい!」「自分らしくいられる世界にしたい」などと“理想の未来”を語り、記事の最後には、「#自民党2019」「#メッセージTシャツプレゼント」のハッシュタグとともに、「どんな世の中にしたいか」という自身の思いをSNSに投稿するよう促し、抽選で“ViVigirl”がデザインしたTシャツがプレゼントされる、との内容が記載されていた。
このコラボPR記事が出回ると、ネット上では「政治の知識がまだ浅い子に向けて広告を出すのが気持ち悪い」「『ViVi』はファッション誌じゃなくて自民党の“広報誌”に成り下がった」と厳しい声が続出。ファッションが政治的なメッセージを発信することは珍しくないが、それは“反体制的”な意見であることが多い。例えば、クリスチャン・ディオールの2017年春夏コレクションでは、「We Should All Be Feminists(男も女もみんなフェミニストでなきゃ)」というメッセージが書かれたTシャツが登場し、ファッションで「男女平等」を訴えている。
これまでのファッションと政治の関わり方とは“真逆”の流れともいえる「ViVi」騒動。これは、ファッションの歴史の中でどのような意味を持つのだろうか。文化服装学院専任講師で、近現代西洋服飾史・ファッション文化論を専門とする、朝日真氏に話を聞いた。
ファッションは常に“反体制”の象徴だった
――「ViVi」のPR広告の件について、いつどこで知りましたか。
朝日真氏(以下、朝日) 「朝日新聞」の記事でした。最初に抱いたのは、「なぜ講談社? なぜ『ViVi』だけ?」という疑問でしたね。政治に少しでも興味のあるファッション業界人は、総じてネガティブなイメージを持っているようで、「愉快な話ではないよね」「気味が悪い」と言っています。
――政権与党が特定のファッション雑誌を使いPRを行うといった、「ViVi」のような例は過去にもありましたか?
朝日 私が知る限りではないですね。政権与党がファッションに“擦り寄る”なんて、初めて聞いた気がします。歴史を振り返ると、ファッションは常に、“反体制”の象徴としてありました。一番最初の事例が、1960年代後半、ベトナム戦争下にアメリカで起こった「反戦運動」です。このときは、純粋な反戦の意思表示が大きなムーブメントとなり、ピースマークのTシャツなどファッションも“ヒッピームーブメント”につながっていきました。
――ヒッピームーブメントとは、どのようなものだったのでしょうか。
朝日 一般社会人が着るスーツではなくジーパンをはいたり、襟のあるシャツではなくTシャツを着たり、いわゆる“体制”への反発から、新しい若者のファッションが生まれました。体制側の保守的な格好にアンチテーゼを示しめすためだけでなく、“仲間意識”を高めるために、若者の間で自然発生的に共通のアイテムを持つようになったのではないでしょうか。最近でも、2014年に香港で起きた民主化要求デモ「雨傘革命」や、18年にフランスで起きた「イエローベスト運動」も、やはり共通アイテムを効果的に使って運動を推し進めました。
――ヒッピー以外にも、反体制的な動きがムーブメントにつながった例はありますか。
朝日 イギリスでは70年代に、経済状況の悪化から大学生の就職難など、保守政権に対する批判が相次ぎ、そうした怒りから“パンクムーブメント”が生まれました。ヒッピームーブメントとの違いは、それにデザイナーなどファッションのプロが目をつけたことです。マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドは、パンクムーブメントをファッションの手法としてうまく利用したのです。
――反体制的なことが大衆に受け入れられた、ということでしょうか。
朝日 そもそも“おしゃれ”というのは、“反体制”的なんですよ。大きな権力に対するアンチは、カッコよく見えますよね。だからこそ、マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドは、意図的にビジネスとして仕掛けたのだと思います。
今年6月に発表されたGUCCIの2020年リゾートコレクションが掲げたテーマは、人工中絶を制限する法制度に反対を示す「My Body My Choice(私の体、私の選択)」で、これはローマン・カトリックという体制への批判です。このように、「体制に反抗することがおしゃれ・カッコいい」というファッションの歴史的な前提を踏まえると、「ViVi」と自民党のしたことは、全然おしゃれじゃない。ファッションらしくないわけです。
――世界的に見て、「体制がファッションを取り込む」ような出来事はありましたか。
朝日 アドルフ・ヒトラーの「ナチス」は、ファッションをプロパガンダに使いましたね。ベニート・ムッソリーニの「ファシスト党」もそう。もっと言えば、ナポレオンもそうです。彼らは“カッコいい軍服”をデザインさせて、軍隊に若者を引き込む手法を用いていました。そうしたファシズム的な、絶対的権力下には、ファッションのプロパガンダ利用がありました。しかし、日本のような民主主義の下では、同じような事例を見たことがありません。もしかしたら、自民党の「メッセージTシャツ」は、党を支持する人たちが着る“ユニフォーム”を意図していたのかもしれませんね。
――日本では、「反体制としてのファッション」が生まれにくいような気がします。
朝日 新しいファッションは若者から生まれますが、日本の若者は諸外国に比べると、政治に対する興味関心が薄い気がします。それが、反体制とファッションが結びつかない理由のひとつかもしれません。
――日本は政治とファッションの関わりが薄いのでしょうか。
朝日 60年代のヒッピームーブメントの時代、日本人も「ベトナム反戦運動」や「フォークゲリラ」に参加し、70年代には日米安保により「学生運動」が起こりました。でも、80年代以降の日本の若者は、体制に逆らわなくなった。2015年に安全保障関連法案に反対する大規模デモが行われましたが、あれが久しぶりだったのではないでしょうか。日本のファッションは基本的に、政治とはあまり関係ない場所で流行が生まれてきたと思うのですが、しかし、影響はされているでしょうね。
――どういった影響が見られますか。
朝日 日本のファッションは60年代~90年代まで、「ヒッピー」とか「コギャル」とか、流行がわかりやすくはっきりしていたんです。でも、2000年代以降って何がはやったかカテゴライズするのが難しくて、10年代になると、流行なんだか流行じゃないんだか、わかりにくいファッションが多くなってしまいました。そんな時代だからこそ「ViVi」の広告が掲載できたとも言えるでしょう。ファッションが好きでこだわりのある人から見れば、これはおしゃれじゃないですから。今までの歴史では、あり得ないことです。
しかし裏を返せば、これは日本の若者のファッションに対する意識がレベルアップしたということでもあります。「流行の服を着てないと不安」とか、「みんなと同じ横並びという安心感」から脱却したんですよね。
――このPRは、成功したといえるのでしょうか。
朝日 これだけ話題になれば、炎上商法的には成功したんじゃないでしょうか。それに、さほど政治に興味のない人にとっては、印象に残ったという意味で、自民党にプラスに働いているようにも思います。この記事に嫌悪感を抱いた人は、そもそも政治に関心を持っている人でしょうし。ただ、今までの価値観から見ると、“ダサい”ですけどね。
――ファッションと政治は、どのような距離感が最適だと思われますか。
朝日 政治とファッションがつながること自体は、悪いことではないと思います。政治に興味のない人も、ファッションによって興味を持つ入り口になるから。でも今回の件に、「ViVi」読者に対して「政治の興味を持ってほしい」という意図があったとするなら、自民党だけじゃなくほかの政党の話題も取り上げる誌面を作るべきですね。現状だと、“偏り”がありますから。
――こうした現状がいきすぎて、ファッションが体制に取り込まれる可能性はあるのでしょうか。
朝日 それはないと思います。ファッションは、“アンチ”じゃないとファッションじゃない。おしゃれじゃないと、ファッションにはならないです。今も昔も、そこは絶対に揺るぎません。
(番田アミ)
■朝日真(あさひ・しん)
文化服装学院専任教授、専門は西洋服飾史、ファッション文化論。1988年、早稲田大学卒業後、文化服装学院服飾研究科にて学ぶ。『もっとも影響力を持つ50人ファッションデザイナー』(グラフィック社)共同監修。NHK『テレビでフランス語』(NHK出版)テキスト「あなたの知らないファッション史」連載。NHK『美の壺』他テレビ出演。