マンコでスプーンを曲げ、火を吹く――“花電車”を始めたワケ【伝説のストリッパー・ファイヤーヨーコ対談】

個人デリヘルを経営し風俗嬢としてプライベートセックスレッスンを行う曼荼羅の不定期対談コーナー「曼荼羅の部屋」。今回は伝説のストリッパー・ファイヤーヨーコさんに会ってきました。ヨーコさんがストリッパーになった理由から、伝説と呼ばれるワケまで聞いてきました。

◎ゲスト:ファイヤーヨーコさん
高知県生まれ。年齢不詳。20代後半でホステスからショーパブに転身。日本各地をショーパブで行脚するなか、30歳でストリップデビュー。以降、マンコで鉛筆を折り、アソコでスプーンを曲げ、アソコで火を吹くなどの「花電車」芸で伝説の人物となる。著書に『21世紀の「性器考」 』(河出書房新社)。現在は、全国のストリップ劇場やライブハウスのステージに立つかたわら、自身が考案した尿もれトラブル改善の「お尻プルプル体操」の講習を行う。指南DVD『ヨーコのお尻プルプル体操』も好評発売中。

タダで体を触られるなら、金を取ってやろうと思った

曼荼羅 “伝説のストリッパー”といわれているヨーコさんが、そもそもストリップを始めたきっかけから教えていただけますか?

ファイヤーヨーコ はじめは物撮り専門のカメラマンをしていたんですけど、ヘルニアになっちゃって、デカい機材を持てなくなったんですよ。それでカメラを諦めて、次にやることをホステスしながら、ちょっと考えようと思って。それがバブルの後半だったんです。そしたら、お客さんが自分の売掛金を200万円くらい飛ばしていなくなっちゃって、私の借金になったわけですよ。でも私は、やる気が全然ないホステスだったんで、給料の中から200万円を返していくのが結構難しくて。

 それで、裸で踊るショーパブに行ったんです。借金を返して各地を放浪しつつ、店のプロデュースを頼まれたりしていたんですが、「もういい加減、30歳でショーパブっていうのもどうかな〜」って思ってたんですよ。でもやりたいことがなく、どうしようみたいな。そしたら、「ストリップ行けばいいのに」って。私、ショーパブで花電車をやってたんですね。風船を吹き矢で割ったりとか、ラッパを吹いたりとか古典的な花電車の芸を、その頃からやってたんです。それを見たお客さんに、「それだけで食っていけるし、あんたならいける。勝てるから」って、ずっと言われてた。ただ顔出しをしないといけない。新聞に、来週の出演者として顔が出るわけですよ。それでずっと躊躇してたんだけど、ラストチャンスだと思って。まず十三ミュージックでデビューが決まりました。

曼荼羅 そもそもなのですが、水商売時代にハダカを使おうと思ったきっかけはなんですか?

ファイヤーヨーコ やっぱりね、同伴で食事に行っても、車でホテルに連れ込まれたりとか、そういうお客さんにホントうんざりしてたんですよ。店でも、自分のお客さんだったらいいですけど、ヘルプで座った時に、もう乳揉まれるわ、パンツに手突っ込まれそうになるわとかね。そんなふうにタダで触られるくらいだったら、金取って触られた方がよっぽどマシだと思って。ショーパブでテーブルダンスみたいなの、あるじゃないですか。それだったら丸々自分の収入になるし、それでホステスをやめてショーパブに行ったんです。

曼荼羅 私、大阪のショーパブみたいな「おっパブ」で少し働いてたことがあるんです。吹き矢で飛ばすショーとかやってたんですよ。まさか同じお店だったり……?

ファイヤーヨーコ はいはい。そこですよ。

曼荼羅 え!? ご本人様かな? ×××の……。

ファイヤーヨーコ そうですそうです、おんなじ店です。チップとか、結構景気は良かったでしょ?

曼荼羅 はい。えぇーすごい。あの時、まだ19歳だったんですけど、「なんだろうこの世界は」ってショーに圧倒されて。

ファイヤーヨーコ ショーパブは、タダで男に触られる屈辱感からの解放でしたね。そこの従業員に、ラッパを渡されたんです。「音が鳴るようになったら、ショータイムに出れば手当てがつくから」って。それを持って帰って、母ちゃんが買い物に行った隙にパンツ脱いでやってみたんですよ。そしたら「プッ」って。「あ〜、ここの筋肉だ」っていうのがすぐわかって、その日のうちに「パフパフパフ」って鳴るようになりました。それが、花電車のきっかけだね。

曼荼羅 そもそも練習して、そう簡単にできるもんじゃないですよね。

ファイヤーヨーコ なんかね、筋肉でわかった。素質として必要なのは、筋肉を動かす器用さ。ここの筋肉を単体で動かすとか。例えば「右の耳だけを動かしてください。左は動かさずに」って言っても、できない人がいる。ここの筋肉なんだよ、って教えてもできない人はいる。でも私には、その器用さがある。そういうのは特技みたいなものですね。

曼荼羅 じゃあラッパができるようになられてから、ショーの方を本格的に? ファイヤーヨーコといわれるようになった、火を吹く芸はどう生まれたんですか?

ファイヤーヨーコ そうですね。ラッパができる=吹き矢もできるし、タバコを飛ばすこともできるし。勝負はそっからですよね。ストリップデビューの時に、花電車のライバルが10人くらいいたわけですよ。私は30歳という、引退する歳でデビューしてるんで、もう後がない。その10人を追い抜かないと、仕事がなくなって去らざるを得ない。じゃあ何をしようか? その10人ができないことをやんなきゃいけない。

 それで、マンコで火を吹いてみたんです。あと、スプーン曲げといったパワー系。最初は割り箸折りだったんですよ。ところが、今日みたいな雨の日は湿気が強く、箸は曲がるだけで、折れないことがあった。それに、箸が斜めに裂けたりするんで、中に傷がついたりいろいろ問題があったんですよ。で、硬さは格段に硬いんですけども、鉛筆折りに移行して、その鉛筆の数が、1本2本3本4本って増えていく中で、スプーンに変わって……。その時には、花電車のライバルはもうほとんどいなかったですね。

曼荼羅 師匠についたりしないで独学で習得したんですか?

ファイヤーヨーコ はい独学で。落語と一緒で、大体は師匠がいてその人にネタを教えてもらう、継承していくみたいな感じ。三遊亭一門のネタを林屋一門は勝手に取れないわけですよ。でも、ラッパを吹いたり、風船割りとかはもう特許切れみたいなもんでね。昔からあるので、それはやりますけども、勝手に人のネタをパクれない。私の場合はやろうと思ってもできないところに到達しちゃったっていうか。絶対にマネできない。それが、おかげさまで生き残ってこれた勝因なのかなと思ってます。

曼荼羅 お弟子さんは、ほとんどいらっしゃらない?

ファイヤーヨーコ はい。あまりにも鍛えすぎて、もう弟子もできません。「やりたいんですけど」「教えてもらえませんか?」って言われたことは何回もあるんですけども、私のショータイムを見てもらうと、鉛筆折りの時点で「すいません」って、帰っていく(笑)。だから弟子が1人もいない状態。

曼荼羅 ストリップの客層や男女差は、数十年の中で変わってきてますか?

ファイヤーヨーコ もちろんもちろん。ストリップの観客にも世代交代があります。若い人が多くなってきたんですが、残念ながら、今の若い人って遊び方を教えられてないでしょ? 例えば、お金払いがあまり良くなかったりとか、キャァーキャァー盛り上げればいいみたいなね。ストリップ劇場のマナーって、映画館と一緒なんで。携帯出さないタバコ吸わない、騒がないのがマナー。そのマナーを履き違えたお客様が入ってくるのも事実です。でも、一回来てくれると、それがわかってくれるかなって。

曼荼羅 3年くらい前に浅草のストリップ劇場へ行った時、客席から投げられる紙テープのタイミングも決まっているんだとわかって、独特の世界だなと思いました。でも、決して料金は安くもないですし、最近では風俗の方が安価になりすぎて値段に差があまりなくなってきていますね。それでも、あえて“射精できない”ストリップショーを見に行くお客さんは何目的なんだろう? と不思議なんです。独特の世界観を堪能したり、美しいものを見る感覚?

ファイヤーヨーコ 抜きが必要じゃない男性が、ショーパブに行ったりキャバに行ったりする延長線上なんじゃないかな〜と思う。高いとは言え定額だし、延長もないしね。ほかにお金があんまりかからないし、ずーっといられる。

曼荼羅 どこもそうなんですか? 劇場の開演から終演までいられる?

ファイヤーヨーコ そうです。時間制なし。そういう安心感もあるんじゃないですかね。最初は、女の子のいやらしいところばっかり見てると思うんですけど、ずっと見てると飽きてくる。でも何回か見に行ってるうちに、「オキニ」ができてくるとかね。あとは、踊りのめちゃくちゃうまい子に当たって、その踊りを愛でるようになっていく。目が肥えていくにつれて、芸のある子にハマっていくとか、見方が変わっていくんですね。それと、誰かに恋をしたりとか。そこですよね。だったらもう、キャバ行くよりは絶対安いし、別に抜きはいらないし。

 曼荼羅 ヨーコさんの花電車を見に来る方は、男性と女性のどっちが多いですか?

ファイヤーヨーコ ストリップ劇場ではなくライブハウスとかだったら、半々ですね。女性の方が多いかもしれない。エロがないんで、私(笑)。いいんだか悪いんだか、パンツを脱いでもエロくないんですよ。だから、「えぇーストリップ?」っていう女性の偏見をブッ飛ばしてしまうみたいで。気軽に見に行けるストリップの代表なんじゃないかと思うんですよ。要するに、電撃ネットワークの女版みたいな。そんなノリなんで、別にまったくエロじゃないですね。

曼荼羅 女子同士で誘い合っても行けそうですね。

ファイヤーヨーコ そうそうそうそう。「全然そんなんじゃないから」って言える、数少ない本当に“エロが全くない芸人”です。良いのか悪いのかわかりませんけど(笑)。

曼荼羅 逆に、エロいショーだとどんなものがありますか?

ファイヤーヨーコ まぁストリップだと、天狗ショーとかね。バイブレーターを入れながらオナニーするとか。ディルドをアナルと前の二本挿しする人もいましたし。それでも、綺麗な女の子がやれば、女性が見ても綺麗なものに見えるし。踊る子の目指すとこによって、エロくもなればエロくなくなりもしますね。演者次第かな。

曼荼羅 ヨーコさんが見てきたストリッパーの中で、強烈だった方はいますか?

ファイヤーヨーコ 私は踊りの部分が苦手だったんですよ。そんな別に、大してうまくない。苦手意識がすごく強くて、踊りがうまい人のステージを見て泣いたこと、泣かされたこといっぱいありますよ。「あなた『劇団四季』でも行けたのに、なんで? なんで脱いでんの?」っていうようなね、そんな人を見てきました。もうプロ顔負けというかね。『劇団四季』超えてるでしょ! っていうような子がいっぱいいるんですよね。それ見ると、鳥肌立つし泣かされるし。私が鼻くそほじっている時に努力してるから、差がつくのは当たり前なんですけど。

曼荼羅 いますよね。そういう脱がなくても生きてけそうな人。

ファイヤーヨーコ 私はデビュー当時、花電車の技量的には完成されていたし、若かったのでパワーもあって最盛期。でも、こっち(トーク)がついてこなかったんですよ。ステージって集団催眠みたいなもんで、お客さんを盛り上げるのは、“しゃべり”に懸かってるわけじゃないですか。その緩急のつけ方、笑わせ方とか間の取り方とか、それを勉強するためにお笑いとか見に行きましたね。

曼荼羅 お笑いとはびっくりです! どういった方を見てきましたか?

ファイヤーヨーコ 一番勉強になったのは電撃ネットワーク。今はもう亡くなられた、司会の三五十五さん。この方の緩急のつけ方、話の持って行き方、気合の入れ方とかね、お客さんに向かってパワーがバンバン出てるわけですよ。この人はすげぇなと思って、しょっちゅう日本全国、海外まで追っかけていましたね。実際に可愛がってもらって、全国ツアーの前座で出させてもらったりとか。でも、それだけじゃ物足らず、しょっちゅう追っかけてました。

曼荼羅 ファン?

ファイヤーヨーコ ファンです。仕事仲間でもあり、先輩であり、ファンでありみたいな感じで、そっから学びましたね。こっち(トーク)が身になるまで、5年くらいかかりましたね。集団催眠状態に持っていけるまで。

曼荼羅 でも尊敬できる人や勉強になるなって思える人に出会えたのってラッキーですよね。

ファイヤーヨーコ そうそう。

*曼荼羅*(まんだら)
デリヘルで風俗デビューし、出稼ぎ&吉原ソープを掛け持ちした後、現在は素人童貞などSEXに自信のない悩める男性のためにプライベートレッスンをしているアラフォー風俗嬢。子宮筋腫と腎臓の手術経験があり、現在は子宮頸がん中等度異形成持ち。売りはHカップのおっぱい。
ブログ「続・おちぶれ続けるアラフォーでぶ女の赤字返済計画
悩める男性のためのSEXレッスン「プライベートレッスン

――後編は7月◎日公開

SixTONES・田中の態度に苦言続出、HiHi Jets・作間「この仕事一番キツイ」!【ジャニーズJr.チャンネル週報】

 ジャニーズ事務所が動画配信サイト・YouTubeに開設した「ジャニーズJr.チャンネル」。現在、Snow Man(水曜)Travis Japan(木曜)SixTONES(金曜)東京B少年(土曜)HiHi Jets(日曜)がオリジナル動画を投稿中だが、その出来ばえは実にさまざま。そこで、「しょせんジャニオタ向け」と切り捨てるにはもったいない動画と、「ジャニオタでもしんどい」動画をジャニーズウォッチャー・中村チズ子が解説&ツッコミ! 今回は、7月4日~10日公開の動画をチェックします!

Travis Japan・松田、松倉に暴力を振るう!?

 4日に配信されたのは「Travis Japan【被っちゃダメよ】間違えるたびに罰ゲームがキツくなる !?」。メンバー7人で、お題に対する回答が被らないように意識する「被っちゃダメよ」ゲームに挑戦。1問失敗することに、激酸っぱい&独特なニオイのノニジュースの濃度を濃くしていくという。ゲームは、神奈川県・逗子へ向かうロケバスの車内で敢行。「給食のメニュー」「高校の部活の文化系」「お祭りの屋台といえば?」といった全10問に取り組む中、それぞれ学生時代の思い出話など、貴重なエピソードが盛りだくさん。

 第7問の「江戸時代の偉人といえば?」を受け、中村海人が浮世絵師・葛飾北斎(かつしかほくさい)を「ほくしゃい」と甘噛みする場面(14分19秒頃)も。テンションの上がった松田元太は「グッチグッチグッチグッチ……具志堅用高!」と一発ギャグを披露し、流れで隣にいた松倉海斗のこめかみ辺りにパンチをお見舞いした。いきなり殴られた松倉は「痛っ」と耳をおさえ、「普通に暴力だよ」と、“ガチトーン”で注意。やりすぎを実感した松田は「ごめん」とすぐに謝り、ひとまずその場が丸く収まった(16分35秒頃)。

 ちなみに、最終問題は「嵐の曲といえば?」で、七五三掛龍也&吉澤閑也の答えが「One Love」で一致すると、川島如恵留が「しめしずかよ、結局。やっぱりしめしずかよ!」と、発言。昨年11月公開の「【ベストフレンドS】話題のカードゲームで大盛上がり!」にて、「やっぱり松松(松倉&松田コンビ)かよ!」と放った一言が話題になっていたが、これに続く「やっぱり○○かよ!」が飛び出し、ファンは「如恵留の『やっぱり~』シリーズ天才」「松松に続いてやっぱりシリーズにしめしずが加わった(笑)」「如恵留くん、次は『やっぱりしめしずかよ』をはやらそうとしてる」と、食いついている。

 今回の動画は22分23秒の長尺ながら、正直に言って会話の内容はファンが楽しめる話ばかりで、一般向けではないと感じた。しかし、再生回数は22万台(12日時点)と好調なため、なぜこんなに伸びているのか……!? と、ついつい疑問が残ってしまった。

 5日の動画は「SixTONES【10万円アポなし旅】1泊2日弾丸バスツアー第1弾!」(再生回数は公開後1週間で63万台)。5月31日~6月28日にかけて、埼玉・秩父へのドライブ企画が配信されたばかりだが、今回もまたSixTONESが“旅”に出発している。冒頭、田中樹が「このチャンネル始まって以来のスペシャル企画」と前置きし、今から予算10万円の“アポなし旅”を行うと発表。突然の展開に、メンバーは「1泊2日!? パンツ、マジで持ってきてないでしょ!?」(松村北斗)「それって(事前に)説明ないと無理じゃない?」(京本大我)「俺、明日美容院なんだけど」(高地優吾)と、困惑した。

 移動時のマイクロバスは自由に使えるものの、食事と宿は全て自分たちで手配しなければならないとか。1泊2日、6人分の食事代などを10万円でやりくりし、翌日の朝にメンバーが行きたがっていたという富士サファリパークSPツアーに参加するそう。午後6時半、バスに乗り込んで富士方面へ。夕食のお店を決める車内のトークでは、ジェシーが「(東京)恵比寿に知り合いがさ、焼肉屋やってるんだよね」「一人5,000円でいけるんだよ」と、プライベート情報をポロリ。以降は、撮影許可つきで6名が宿泊できる宿探しに大苦戦。ジェシーがある宿泊施設に電話をかけ、「6人なんですけど、撮影も兼ねてですね、『ジャニーズJr.チャンネル』のYouTubeのチャンネルでやってるんですけども」と伝えた時、ようやく6人1部屋を確保できた。

 電話で予約を受けたのは男性だったが、高地が「京本です」と名乗ると、先方は「あぁ、京本様ですか?」と、リアクション。京本政樹を父に持つ本人は「そりゃ知ってるわな。あんな偉大な父親がいるわけだから」と、つぶやいた(電話口の男性はSixTONESの存在を知っていたのか……?)。次に、田中がひっそりと目星をつけたお店に電話で撮影許可を取ったところ、向かった先は回転寿司チェーン「くら寿司 御殿場店」。お寿司を食べる間には、田中が「SixTONES全員、戸塚くん(A.B.C-Z・戸塚祥太)に連れて行ってもらった」「俺あと、(King&Princeの)永瀬廉と2人で寿司行ったことある」と、先輩&後輩とのお寿司エピソードを明かしていた。

 空腹の彼らはあっという間に平らげ、合計金額は1万2,549円。レジできちんと「ごちそうさまでした、ありがとうございました!」とお礼の言葉を述べた田中は、バスに戻った時も運転手に「ホテルまでお願いしま~す」と、律儀に挨拶。高い声を出して「レッツゴー!」とかわい子ぶる一幕もあったが、12分2秒頃からは車内にもかかわらずサングラスをかけ、“オフモード”に突入してしまった。一方、ここで森本慎太郎が美 少年・藤井直樹にアポなし電話。「いきなりなんだけどさ、なんか相談事ってある?」と問うと、藤井は「えっ……」と戸惑いつつも、「リアルなやつだと、あれですね。身長が伸びない」と打ち明けた。

 おそらく藤井は、唐突に先輩からかかってきた電話で(しかも夜)、何の事情もわからずに応対したのではないだろうか。そんな中、グループ内でも小柄(164cm)に見える彼の“自虐”は視聴者側にとってもわかりやすいネタであり、不意の無茶振りにしては、バッチリの回答だ(個人的に藤井の好感度が急上昇)。しかし、問題のシーンはその直後。「身長が伸びない」と聞き、森本は「あぁ……」と笑いながら、隣に座る田中の方をチラ見。その時、サングラス姿の田中は何やら下を向いており、森本の視線に気づいたのか、小声で「うるせぇんだけど」と、ボヤいた。

 不機嫌だと察知した森本は「身長が伸びないのが悩み?」と藤井との電話を再開し、「はい。牛乳を飲んでみたりとか……」「伸びないですね」(藤井)「家系上、どうなの?」(松村)「家系で言うと、あの~……。藤井家の中では僕が一番、身長が高いですね」(藤井)「高いんだ!」(森本)「高いの!?」(京本)「なぁくんはやっぱ、ちっちゃいままの方が可愛いキャラでいれるんじゃないかな?」(森本)と、会話。今度はジェシーが「電波が悪くなってきた。もしも……」「あっ、でっ、もしもっ……」と“ウザ絡み”を始め、「おうおうおう……」と、あしらう藤井。

 電話中、高地も笑顔で耳を傾けていたのだが、田中だけは一連の流れに加わろうとせず、そっぽを向いたまま。ジェシーの電波のくだりは、白い歯を見せて笑うも、基本的には無関心の姿勢を貫いている。気を遣った森本は田中の表情をうかがい(12分54秒頃)、藤井に別れを告げた後も田中を除く5人がSnow Man・佐久間大介&阿部亮平に電話をかけるかどうかを話し合う展開に。

 では、ジェシーの冗談に対してもツッコミを入れなかった田中は、一体何をしていたのか? 13分9秒以降、スマートフォンらしきものを見ている1コマが何度か映り、飲み物を口にする森本が、ふと田中の方に視線を落として様子をチェックする一幕も見られた。そもそも、森本が自分のスマホを使って電話し、松村もあくびをしてスマホをイジるほど素の状態になっていたため(13分10秒頃はタップが異様に速い)、田中もついプライベート用のスマホを操作していたのかもしれない。緊急のメッセージ、もしくは進行役として、旅に関する情報を検索していた可能性もあるが、それにしてもアポなし電話に付き合わずに仏頂面は、いかがなものか。

 ネット上の反応を見ても、「携帯といい態度といい、挙げ句の果てに『うるせぇ』って最悪」「樹、なんであんなにピリピリしてるの? 『うるせぇんだけど』って、なぁくんと仲悪いわけじゃないよね?」「『うるせぇ』が、藤井くんか慎太郎に向けたものなのかはわからないけど、ダサいからやめてほしい」「仕事中、あからさまに不機嫌になったり、スマホをイジるのはダメでしょ」と、批判的な声が多い。

 とはいえ、中には「急なお泊まり企画だし、必要な連絡とかもあるんじゃないの。樹くんが携帯触ってても何とも思わない」との感想も。田中の冷たい素振りは、今後に向けた何らかの伏線になっているのか、それとも単なる怠慢なのか……? また、度重なる旅企画について、「なんで突然10万円も与えられた?」「SixTONESがデビューして『Jr.チャンネル』を卒業するから、ご褒美で10万円プレゼントなのかな」「KYゲームや、すとらじなど低コスト動画でも再生回数を伸ばせるSixTONESにいきなり与えられた10万円……なんかのご褒美か、利益が出た?」と、不思議がるファンのコメントも見受けられた。

 美 少年の動画は通常回の「【Cosmic Melody】川下りしながら歌ってみた」(6日公開)と、プロモーションの「【SUP体験】水上スポーツでバトルロイヤル!」(8日公開)の2本が配信中。1本目は前週のキャニオニングに続いて、東京・奥多摩での水遊び第2弾。足にフィンを着け、1人用のボートで川を下る「ハイドロスピード」を体験しつつ、彼らのオリジナル曲「Cosmic Melody」を歌うという。

 前回、滝すべりや高所からの飛び込みに抵抗を示し、編集サイドに“チキン岩崎”の称号を与えられた岩崎大昇は、またも絶不調。5人よりも遅れるわ、岩にぶつかって転覆するわ、スタート早々に散々な目に遭っていた。岩崎といえば、近頃のコンサートで美空ひばりの名曲「川の流れのように」をソロ歌唱していたが、同曲を歌ってる人が“川の流れに乗れない”という状況に面白みを感じたのは、筆者だけだろうか。結局、6人はまともに「Cosmic Melody」を歌えないまま、スピード対決を実施。那須雄登を押しのけた浮所飛貴が1位になり(ズルい)、流されてしまった那須は5位、岩崎が最下位となった。

 2本目は株式会社ディーエイチシー(DHC)とのコラボ動画。日焼け止めの宣伝とあって、冒頭は前回同様に再び美 少年が上半身裸で登場している。ロケ地の江戸川にて、ボードの上に立ってパドルを漕いで進む水上スポーツ「SUP」にチャレンジ。水面で長さ約3mのボードに立ち上がる際は、余裕でこなす藤井、佐藤龍我、金指一世に比べ、“チキンキャラ”がすっかり定着した岩崎は「とても怖いです。とても怖いです……」と、ビビりまくり。佐藤が近づいて岩崎のボードを突くと、「バカ! お前、ホントに……お前マジで!」と、しゃがみこんでしまった。

 その後の川下りでは、はぐれる金指、はしゃぐ佐藤、気持ちよさそうに楽しむ那須&藤井。6分頃からはイタズラっ子・佐藤が隣の那須にちょっかいを出し、川に落とそうと格闘していた。結局、“なすりゅ”が一緒に落水すると、「最高だ!」(佐藤)と満足げ。勢いが止まらない佐藤は岩崎らに次々と襲いかかり、“戯れる美 少年”の映像がしばし堪能できる。一旦、引き上げると、浮所は「龍我がね、悪魔だったね」と、佐藤の暴走を振り返った。そして、後半は30mのSUPレースを行い、那須が1位に。当初は実質トップだったハイドロスピードでのスピード対決に続き、ゲーム企画は苦手な那須が、今回のスポーツ対決で底力を見せた。再生回数は1本目が13万台、2本目は16万台。

 7日に配信されたのは「HiHi Jets【覚醒】色んな缶詰食べてみたら意外にイケた!」(再生回数は12日時点で19万台)。変わり種、ゲテモノ系までさまざまな種類の缶詰を味わう企画。単純に全員が食べられるわけではなく、各々が食べたい缶詰を指差し、少数派が実食できるというルールだ。第一試合はたこ焼きとだし巻き卵で、たこ焼きを選んだ高橋優斗&作間龍斗がゲット。次はサバカレーに3票集まり、かたや国産サヴァのレモンバジル味をチョイスした猪狩蒼弥&井上瑞稀が試食すると、「うまっ! これ超うまいよ!」(猪狩)と、大興奮した。猪狩はよほど口に合ったのか、残った汁を飲み干して「レモンバジルは栄養しかないでしょ」と断言。

 第三試合はチョコ缶とチョコレートプリンの2択だったが、先ほど完食した猪狩は「選択しないっていう選択肢はないですか? 俺、ちょっと両方とも苦手です。チョコっとだけ苦手です」と、コメント。ところが、不運にも井上とともにチョコレートプリンに当たってしまい、珍しく「食べたくない、ヤダ!」と、駄々をこねる猪狩。対照的に「俺は好きだから良かった」と言う井上は「めっちゃおいい」「缶詰のクオリティじゃない!」と、好反応を示した。猪狩は渋々食べるも、「サバ余ってないですか?」と、お口直しを要求(チョコがダメでレモンバジルに惹かれるようでは、将来酒飲みになりそう……)。

 第四試合はアザラシ(大和煮)といなご(甘露煮)の究極の対決で、なんとこちらは高橋のみがいなごをセレクトした。いなごといえば、バッタの仲間で昆虫食の代表格。初めこそ嫌がっていた高橋は1つ食べて「うまっ!」と目を見開き、「甘く煮た煎餅?」「煎餅よりも食べやすい」と、ベタ褒めした。すると、おいしさを共有したい高橋は「作ちゃんに口渡しするんだったらいいよ」と切り出し、「ヤダよ、ヤダよ、ヤダよ! なんでも口渡しは嫌だよ!」と、反抗する作間。高橋がいなごを口に咥えて待機していると、「これ一番キツイ! 仕事始まって一番キツイ」と、嫌悪感をあらわにした(そんなに!?)。ノリノリな高橋が作間の隣にスタンバイし、運命の瞬間が。覚悟を決めた作間は顔を近づけ、顎と顎をくっつけ合いながらいなごにパクついた(9分5秒頃~)。

 作間は「あぁ~!! そして、いなご! 足~!」などと苦しんでいたものの、見守るメンバーは爆笑。「新しいペアができましたね」(猪狩)「“いなさく”だ、これ。いなさくヤバイね」(井上)「ちょっと前まで“いがさく”で頑張ってたんですけど。あらためまして、いなさくで!」(猪狩)「いなごと作間で」(高橋)と、勝手に大盛り上がり。9分36秒頃、いなごを噛んだまま、妙な手つきでフリーズする作間に対し、優しい橋本涼が頭をポンポンして労った。ラストの激辛カレーは高橋のみ食すはずが、猪狩の仕掛けで作間も餌食に。策士・猪狩が高橋に向けて手元の水を飲むよう顎で指示し(11分34秒頃)、目の前で水を飲み干された作間は涙が出るほどの辛さに悶えていた。

 10日の動画は「Snow Man【気持ちを読み取れ】ラウールの食べたいお寿司を当てろ!」で、メンバーの食べたいものを予想し、正解した人だけが食べられるゲームの第2弾。前回は京都の天ぷら屋で行った目黒蓮バージョンだったが、今回のラウール編はお寿司屋で開催。寿司ネタの出題は2~3択から絞る方式で、ラウールが事前に注文済みとのこと。第1問は生サーモンorウニで、ここは正解の生サーモンを言い当てた目黒、深澤辰哉、向井康二、渡辺翔太が獲得。最初に味わったラウールは恍惚の表情を浮かべ、「僕がなくなっちゃう」と、独特の表現で場を和ませる。さらには、「サーモン大好き! みんなおいしい!」と喜びを伝える素直さが可愛い。

 続いて、イクラ、エビ、カンパチの3択はイクラを選んだ佐久間、深澤、目黒、渡辺翔太が勝利。岩本照のみカンパチとコールしたが(後に向井が“カンパチ兄さん”と命名)、ラウールは「俺、カンパチも好きですよ。食べたことあります」と、岩本をフォロー。実はラウール、1問目の段階で「ウニも大好きですけど、一番サーモンが好きなんですよ」と話しており、予想を外した人だけでなく “選ばれなかった寿司ネタ”に対しても気を使っているように見えた(良い子……)。

 3問目は、寿司ではなくあさり汁、赤だし、あら汁で、全員不正解のためラウールだけが実食。どれも飲んだことがなかったといい、好奇心で決めた赤だしを一口すすった際には「赤ってなんの赤ですか?」と、ポツリ。この疑問に対し、佐久間がすかさず「味噌よね」と返すと、「え、オネエ? 佐久間ママ?」(岩本)と、新キャラが誕生するシーンも。本ズワイカニ天ぷら、ゲソからあげ、活タコポン酢の問いは、向井が一人勝ち。勢いで立ち上がると、横のラウールが抱きつき、2人で喜びを分かち合った。

 向井はタコに箸をつけるかと思いきや、付け合せのサラダにがっついたことで、渡辺が大口を開けて爆笑。「タコ食えよ!」「おもしろ、マジで!」と、心の底から楽しんでいた一方、佐久間は真顔で“無の境地”になっていた(人狼ゲーム企画で最初に殺された時とほぼ同じ顔)。最終的に3ポイントを稼いだ向井&目黒がMVPに輝き、お店名物の「スペシャル超天丼(ツリー丼)」が到着。ラウール含め、偶然にも1月に新加入した新メンバー同士のご褒美タイムとなった。

 7月9日にジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が死去したことを受け、コメント欄にはジャニー社長への感謝のメッセージなども書き込まれている。再生回数は12日時点で27万台。
(中村チズ子)

長瀬智也はジャニーズ退所しなければ歌えないのか? 「バンド」としてのTOKIOへの愛

 ジャニー喜多川氏の逝去を受けて、ジャニーズ事務所所属タレントの大量離脱が予想されている。「週刊文春」(文藝春秋)2019年7月4日号では、「ジャニーさんがいなくなったら事務所を出る」と周囲に漏らしているという堂本剛(Kinki Kids)などの名をあげているが、そのリストに含まれているのが長瀬智也(TOKIO)だ。

 長瀬智也にジャニーズ事務所退所の噂が出たのは、ジャニー氏が体調悪化で救急搬送されるよりもずっと前、今年1月のことだった。長瀬は山口達也の退所以来TOKIOとしての音楽活動ができていないことに不満をもっており、自由な音楽活動のために退所を希望していると報じられた。

 確かに長瀬智也の音楽活動に対する思いは強く、昨年11月にはプライベートの仲間と組んだバンドでライブを行ってもいる。それだけにTOKIOでの音楽活動がまったくできなくなってしまった現状に、不満をもっているとしてもおかしくはない。それはメディア上の発言からも読み取れる。

 ラジオ番組『木村拓哉 Flow supported by GYAO!』(TOKYO FM/2019年2月3日放送回)にゲスト出演した際は、木村との会話のなかでジャニーズ事務所のことを<プリズンみたいなもんじゃないですか(笑)>と表現。あくまでジョークとしてではあるが、自らの所属する会社を「刑務所」と呼ぶのは、それなりに不満がたまっている証拠だろう。

長瀬智也は独力で楽曲制作・レコーディング技術を習得した
 長瀬の音楽にかける思いがどれほど強いものなのかは、「音楽と人」(音楽と人)2017年1月号掲載のインタビューを読むとよくわかる。

 長瀬はTOKIOの楽曲制作に深く関わり、2013年2月発売のシングル「リリック」以降は、同年3月リリースの「手紙」以外、すべてのシングルA面曲が長瀬の作詞作曲による曲で占められている。「音楽と人」のインタビューによれば、未完成のものも含めると自作曲のストックは500曲にもおよぶという。

 長瀬の音楽に対する情熱がどれほどのものかは、楽器演奏のみならず、楽曲制作やレコーディングに関する知識・技術を、ほとんど独力で習得したというエピソードからも明らかだ。

 彼はPro Tools(プロの現場でも使われる楽曲制作やレコーディングのためのソフト)を購入し、どうすれば自分の望む音をつくることができるかを勉強した。パソコン1台で楽曲をつくることができるぐらい技術があがったころ、自分のやっている作業はミュージシャンではなくエンジニアがやる範疇のことだと知ったという。しかし、その知識は決して無駄ではない。

 そうした音楽への探究心は楽器についても同じで、ギターであれば、どんな木材を使ったギターで、どんなケーブルやマイクを使えばいいかといった知識まで学んだという。

 長瀬がそこまでしたのは、自分の音楽活動をサポートしてくれる環境がジャニーズ事務所にはなかったからだ。自分の欲しい音を得るためには具体的にどうすればいいのか、方法を知らなければその音は絶対に得られない。彼は「音楽と人」でこのように語っている。

<良くも悪くも僕らの会社は、音楽に特化した会社じゃないから、それを知ってるスタッフがいるわけじゃないんです。ってことは、自分がまず先頭に立って、そのスタッフに指示しなくちゃいけないんですね>
<誰かの音楽を聴かせて「こんなサウンドでやりたい」って言ってもダメ。自分がちゃんと理論的に説明出来なきゃいけないんです>

長瀬智也が音楽にのめり込んだ理由
 長瀬がそこまで音楽にのめり込んだのはなぜなのか? 彼はこのように語っている。

<だって音楽って、自分がいいと思ったものが正解なんですよ。自分のやることが正解だって、これまで思えたことなかった。周りの評価や数字がすべてだったから。音楽は自分がジャッジ出来るし、これが自分だって胸を張れる、そういうものだと思ったんですね>

 映画・ドラマでの俳優の仕事でも、バラエティ番組での仕事でも、どちらの仕事においても演者はあくまでもチームのなかで与えられた役割のひとつをこなすことを求められる。

 もちろん、そのなかで各々の創造性を発揮する場面はあるわけだが、クリエイティブにおけるリーダーは監督やディレクターであり、俳優やタレントに決定権はない。なので、自ずと周りの評価や数字が気になる面は出てくるだろう。

 もちろんTOKIOとしての音楽活動にも、バンドやスタッフとの人間関係、CDの売上やライブの動員数などの数字が出てくるが、まず誰かにオファーされなければなにも始まらない俳優やバラエティタレントとしての仕事と、自分ひとりで作品を1からつくることのできるミュージシャンとしての仕事が明らかに違うのは確かだ。それは、アイドルとして多様な仕事をする長瀬にとって、ひとつの安らぎであったのかもしれない。

長瀬智也にとってのTOKIOとは?
 「音楽と人」のインタビューを読んでいると、テレビでの彼しか知らない人には驚くような会話が続出する。たとえば、自宅のスタジオでは音楽ソフト(Logic Pro)を使ってタワー・オブ・パワー(1970年にデビューしたアメリカのファンク・R&Bバンド)やグレイトフル・デッド(1965年デビューのアメリカのロックバンド)の楽曲を再構築しているといった話や、ジョン・スコフィールド(アメリカのジャズ・フュージョン系ギタリスト)が来日する時は必ずライブに行くが、彼のソロ中に伴奏するギタリストの技術が気になるので、ついついそちらの方ばかり見てしまうという話など、長瀬の話からは音楽に対する深い愛情がひしひしと感じられる。

 インタビュアーが思わず<そこまで音楽的な素養が深くなってしまった人が、TOKIOだけで満足しているのは何故なんですか?>と質問してしまうと、長瀬はTOKIOに対する強い愛情を語ったという。

<長年一緒にやり続けてきたグルーヴや、人と人との信頼から生まれる音に勝るものはないと思うんです>
<だからTOKIOで音を出すことが、僕にとっては1番なんですよ。何十年も重ねてきた、俺たちでしか出せないグルーヴがちゃんとある>
<音楽は最終的に人が心で鳴らすもんなんだから。TOKIOはそれが出来るバンドなんですよ>

 長瀬にとって音楽活動は大事だが、ミュージシャンとして活動できるのならばどんなかたちでもいいわけではない。あくまでも長年連れ添った仲間たちと、TOKIOとして音楽をやることが大事なのだ。

 現在報じられている長瀬のジャニーズ事務所退所の話は、現段階では週刊誌による噂に過ぎない。TOKIOが置かれている現状に長瀬が不満をもっていることはある程度事実なのだろうが、ここで会社を辞めてしまったら今後、TOKIOとして活動することはおそらく二度とできなくなってしまう。

 ただ、山口達也がいないTOKIOで、長瀬が望む<長年一緒にやり続けてきたグルーヴ><俺たちでしか出せないグルーヴ>が出せるのかという問題もあるだろう。山口が今後TOKIOに復帰することがわるのかは分からない。もし将来的にそのようなことが現実になったとしても、ここ数年での話ではないだろう。

 このまま音楽活動ができない状況に長瀬がどこまで納得できるのかという問題はあるが、しかし、TOKIOに対する長瀬の発言を見ると「ひとりでも音楽をやりたいからジャニーズ事務所を退所」と簡単に割り切れる問題ではなさそうだ。

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認知症の義母の介護中に、倒れた夫……ダブル介護を背負った嫁 【老いてゆく親と向き合う】

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”

――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考える当シリーズ……なのだが、ヨロヨロがなく、突然ドタリという人もいる。その代表的な疾患が脳卒中だ。昔なら「ピンピンコロリ」で、ある意味うらやましがられたものだ。先日、くも膜下出血で倒れ、間もなく亡くなったジャーニさんもその一人だろう。しかし今、脳卒中で「ピンピンコロリ」というのはもはや少数だ。ドタリと倒れてから長い介護生活がはじまるのだ。

「お父さんが死にそうだからすぐに来て」と言う義母

 藤本千恵子さん(仮名・58)は、この10年余り介護を続けている。始まりは、すぐ近所に住んでいた義母のヨシエさんからだった。たくさんの「おかしいな」が重なった。

 この頃、夫の公男さん(63)は仕事帰りにヨシエさんが一人で暮らす実家に一旦立ち寄り、戸締りをして自宅に帰る。朝も実家に寄ってから出勤するというのが日課だった。

「その日、夫が夜9時頃に実家に寄ると、お風呂が沸かしっぱなしで、室内に水蒸気が立ち込めていたそうです。義母は気づかずにぐっすり寝ていて、夫が実家に寄っていなかったら、間違いなく火事になっていたでしょう」

 ほかにも、お金の管理ができなくなって、藤本さんに「1万円貸して」とたびたび言ってきたり、家事が億劫になってきたヨシエさんのために弁当のデリバリーを注文したが「受け取っていない」と言ったりと、ただの物忘れとは思えない言動が増えていった。

「決定的だったのは、夜中に電話がかかってきて『お父さんが死にそうだからすぐ来て』と言うんです。『お父さんは、もうとっくに亡くなっていますよ』と言っても、『ベッドで死にそうになっている』と言い張るので、夫と駆け付けました。すると家中に灯りがついて、玄関で義母が『早く来て!』と呼んでいるんです。もう間違いなく認知症だと確信しました」

 病院に行きたくないと言っていたヨシエさんを、なんとか連れて行った。病院では、公男さんのことを「弟」と呼んでいたという。診断結果はアルツハイマー型認知症だった。その後室内で転倒、骨折し、要介護2に認定された。

 ヨシエさんの介護は、訪問介護とデイサービスを利用することで比較的スムーズに進んだ。週2~3回はデイサービスに行き、それ以外の日はヘルパーが入った。

「もともと義母は面倒見が良くて、さっぱりした性格。大正生まれの気丈な人でした。それが人の世話を受けるというのは、嫌だったんでしょう。最初はデイサービスにも行きたくないと言っていましたが、行ってみると結構気に入って、楽しく通うようになりました。私はパート勤めをしていたので、朝、義母の身支度を手伝い、デイサービスの準備をしてから出勤し、パートから帰ると、デイサービスから戻った義母の晩ご飯をつくる。義母が食べ終わって、片付けてから自宅に戻るという毎日でした」

 そうして3年ほどたった。ヨシエさんの足腰が弱くなってきたと感じていたある日、いつものように実家に寄って出勤しようとした公男さんが倒れた。脳出血だった。

「高血圧だったのに、何かと理由をつけて薬も飲んでいなかったので、いつか倒れるんじゃないかとヒヤヒヤしていました。運悪く、倒れたのは義母がデイサービスに行ったあと。義母がデイサービスから帰って、送ってきたスタッフに発見されるまで7時間くらい放置されることになりました。パート先に電話が来て、『義母に何かあったのかな』と思って出たら、義母ではなくて夫だったんです」

 意識がもうろうとしていた公男さんは、手術を受けた。

「手術後はずっと眠った状態だったので、10日ほどたって目を開けて言葉を発したときには、娘たちと思わず歓声を上げました」

 こうして、千恵子さんにとってはダブル介護が、公男さんにとっては過酷なリハビリがはじまったのだ。

――次回(7月28日更新)に続く

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ

介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘
父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル
・父の遺産は1円ももらっていないのに――仲睦まじい姉妹の本音
明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心
認知症の母は壊れてなんかいない。本質があらわになっただけ

【介護をめぐる親子・家族模様】シリーズ

認知症の義母の介護中に、倒れた夫……ダブル介護を背負った嫁 【老いてゆく親と向き合う】

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”

――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考える当シリーズ……なのだが、ヨロヨロがなく、突然ドタリという人もいる。その代表的な疾患が脳卒中だ。昔なら「ピンピンコロリ」で、ある意味うらやましがられたものだ。先日、くも膜下出血で倒れ、間もなく亡くなったジャーニさんもその一人だろう。しかし今、脳卒中で「ピンピンコロリ」というのはもはや少数だ。ドタリと倒れてから長い介護生活がはじまるのだ。

「お父さんが死にそうだからすぐに来て」と言う義母

 藤本千恵子さん(仮名・58)は、この10年余り介護を続けている。始まりは、すぐ近所に住んでいた義母のヨシエさんからだった。たくさんの「おかしいな」が重なった。

 この頃、夫の公男さん(63)は仕事帰りにヨシエさんが一人で暮らす実家に一旦立ち寄り、戸締りをして自宅に帰る。朝も実家に寄ってから出勤するというのが日課だった。

「その日、夫が夜9時頃に実家に寄ると、お風呂が沸かしっぱなしで、室内に水蒸気が立ち込めていたそうです。義母は気づかずにぐっすり寝ていて、夫が実家に寄っていなかったら、間違いなく火事になっていたでしょう」

 ほかにも、お金の管理ができなくなって、藤本さんに「1万円貸して」とたびたび言ってきたり、家事が億劫になってきたヨシエさんのために弁当のデリバリーを注文したが「受け取っていない」と言ったりと、ただの物忘れとは思えない言動が増えていった。

「決定的だったのは、夜中に電話がかかってきて『お父さんが死にそうだからすぐ来て』と言うんです。『お父さんは、もうとっくに亡くなっていますよ』と言っても、『ベッドで死にそうになっている』と言い張るので、夫と駆け付けました。すると家中に灯りがついて、玄関で義母が『早く来て!』と呼んでいるんです。もう間違いなく認知症だと確信しました」

 病院に行きたくないと言っていたヨシエさんを、なんとか連れて行った。病院では、公男さんのことを「弟」と呼んでいたという。診断結果はアルツハイマー型認知症だった。その後室内で転倒、骨折し、要介護2に認定された。

 ヨシエさんの介護は、訪問介護とデイサービスを利用することで比較的スムーズに進んだ。週2~3回はデイサービスに行き、それ以外の日はヘルパーが入った。

「もともと義母は面倒見が良くて、さっぱりした性格。大正生まれの気丈な人でした。それが人の世話を受けるというのは、嫌だったんでしょう。最初はデイサービスにも行きたくないと言っていましたが、行ってみると結構気に入って、楽しく通うようになりました。私はパート勤めをしていたので、朝、義母の身支度を手伝い、デイサービスの準備をしてから出勤し、パートから帰ると、デイサービスから戻った義母の晩ご飯をつくる。義母が食べ終わって、片付けてから自宅に戻るという毎日でした」

 そうして3年ほどたった。ヨシエさんの足腰が弱くなってきたと感じていたある日、いつものように実家に寄って出勤しようとした公男さんが倒れた。脳出血だった。

「高血圧だったのに、何かと理由をつけて薬も飲んでいなかったので、いつか倒れるんじゃないかとヒヤヒヤしていました。運悪く、倒れたのは義母がデイサービスに行ったあと。義母がデイサービスから帰って、送ってきたスタッフに発見されるまで7時間くらい放置されることになりました。パート先に電話が来て、『義母に何かあったのかな』と思って出たら、義母ではなくて夫だったんです」

 意識がもうろうとしていた公男さんは、手術を受けた。

「手術後はずっと眠った状態だったので、10日ほどたって目を開けて言葉を発したときには、娘たちと思わず歓声を上げました」

 こうして、千恵子さんにとってはダブル介護が、公男さんにとっては過酷なリハビリがはじまったのだ。

――次回(7月28日更新)に続く

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ

介護施設は虐待が心配――生活が破綻寸前でも母を手放せない娘
父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル
・父の遺産は1円ももらっていないのに――仲睦まじい姉妹の本音
明るく聡明な母で尊敬していたが――「せん妄」で知った母の本心
認知症の母は壊れてなんかいない。本質があらわになっただけ

【介護をめぐる親子・家族模様】シリーズ

【ジャニー喜多川氏追悼特集2】全メディアが沈黙した「中居の中絶」と「長瀬と山口らの乱交パーティー」

 日本芸能界において数々の功績を残したジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川氏が急逝した。ここでは特別寄稿として、雑誌ジャーナリズムにおける、ジャニーズ事務所と対峙した“縁のある識者”らに、彼が残した芸能界への功績と寄稿者によるジャニーズ関連記事への思いを振り返ってもらいたい。第二回目は、「噂の真相」芸能記者の常田裕氏。

◇ ◇ ◇

 ジャニー喜多川氏が亡くなった。

その功績については、多くのメディアが言葉を尽くして報じている。また、氏が育て、家族として愛し続けたタレントたちからも、愛すべき人柄やエピソードが語られることだろう。

 日本の芸能界に「少年」のアイドルグループというジャンルを定着させ、ジュニアというスター育成システムを作り上げたジャニー氏の功績に異論はない。ファンであれアンチであれ、それぞれの時代への影響は計り知れない。

 ジャニーズ事務所は「ジャニーさんが育ててメリーさんが売る」と言われたように、主に経営やマスコミ対策を担っていたのは実姉のメリー氏だったが、それもジャニー氏のカリスマがあってこそのものだ。

 しかし、光が強ければ影もまた濃いもの。とりわけジャニー氏の持つ影は暗く濃いものだった。

 私がかつて所属していた月刊誌『噂の真相』は、何度となくジャニーズ関連の記事を掲載した。所属タレントのスキャンダルはもちろん、 “帝国”と呼ばれたシステムの実情や圧倒的なタレントパワーをバックにしたメディア支配など、ジャニーズ事務所は多くの問題を抱えていたからだ。

 その中でも際立っていたのがメディア支配の問題だ。私がかかわった記事も見事に「無かったこと」にされている。たとえば長瀬智也や山口達也、堂本光一らも参加していた「TBS芸能人乱交パーティ」ではジャニーズタレントの名前ほとんど報じられなかった。中居正広の中絶スキャンダルでも、メリー氏に「あんな雑誌が書くことを信じるの!?」と恫喝されたメディアは続報を流してはくれなかった。

 昨今、SMAPの解散騒動などを通じ、ジャニーズ事務所と大手メディアのいびつな関係はようやく一般にも知られるようになってきたが、ジャニーズの基本姿勢は変わっていない。大手はビジネスでのメリットや圧力、忖度でコントロールし、弱小メディアやネット情報は黙殺するという常套手段は健在だ。

 そういえば、この12日に身内や所属タレントたちだけで執り行われた「家族葬」でも、現場に取材カメラを出していたのは『週刊文春』『フライデー』、東京スポーツの3媒体だけだったという。マスコミに対する取材自粛要請はよくあることだが、ここまで従順に守られることはめったにない。

 では、そもそもジャニーズはなぜこれほどまでにマスコミ支配に力を入れるようになったのか。

 もちろんビジネス面での理由は大きかったはずだ。所属タレントのイメージダウンを防ぎ、競合ライバルたちを潰すためにもこの上なく効果的ではある。

 ただ、私はそれ以上に大きな理由があったと考えている。それは、ジャニー喜多川氏がジュニアに対して強いてきた性的虐待の問題だ。

 ジャニー氏の性的指向がどのようなものであったとしても、それじたいは自由である。しかし、未成年ジュニアに対する性的虐待は、決して看過されていいものではない。

 最初にこの疑惑が報じられたのは実に50年以上も前となる67年のこと。以降、多くの元所属タレントたちがジャニー氏からのグロテスクな性的虐待を告白しており、『噂の真相』でも何度となく取り上げている。

 それでも世間はこの疑惑を無視し続けたが、そんな状況に風穴を開けたのが99年に始まった『週刊文春』による「ホモセクハラ追及キャンペーン」だ。これらの記事は衆議院の特別委員会でも取り上げられ、さすがのジャニーズも文春を名誉棄損で訴えている。しかも最高裁まで行ったこの裁判では、ジャニー氏による「セクハラに関する記事の重要部分は真実」とハッキリ認定されているのだ。

 ジャニー氏はこの裁判の法廷で、お互いの顔が見えないよう、衝立を挟んで証言に立った元ジュニアに対し「嘘をついている」と反論したというが、いったいどのような心境だったのか、今となっては永遠の謎である。

 しかも、この判決が出て以降も社会ではほとんど問題視されていないのだ。今回の訃報でも、大手メディアでこの件に触れたのは朝日新聞のみである。ネットメディアではジャニーズに忖度しない情報が大量に流れているが、残念ながら旧来の紙媒体に比べて信頼性はまだ及んでいない。

 そのため多くの人にとって、ジャニー氏による性的虐待はいまだに「噂は聞いたことはあるけど、本当なの?」という都市伝説になっているのだ。

 何もこんな時に蒸し返さなくても、というお叱りがあるのは承知している。しかし、日本中がジャニー氏を賛美し、美化している今だからこそ触れておくべきだろう。

 その成功を支えた少年に対する天才的な審美眼は、氏の性癖とは切り離せないものだったはずである。ジュニアはジャニー氏が作り上げた「楽園」であり、ジャニーズのアイドルビジネスを支える根幹でもあった。その聖域を守るため、メリー氏はマスコミを支配しようとしていたのではないか。

 ジャニー氏を守ってきたのはメリー氏だけではない。芸能界での成功やビジネス、エンターテインメントの成果を享受するため、所属タレントたちやマスコミ、ファンも見て見ぬふりをしながらこの“怪物“を許し、育ててきたことを忘れてはならない。

文●つねた・ゆう

1968年1月生まれ。福島県出身。立教大学文学部卒。『噂の眞相』編集部で芸能記事を担当。2004年よりフリーランス。主な著作に『ジャニーズで今、何が起きているのか?』、「SMAP解散騒動の全内幕」(いずれも宝島社)など。

あのガチアイドル歌手にAVデビュー間近の声! 不倫騒動からの家庭崩壊で決意か

 平成時代を疾走したアイドルらが、こぞってSNSでママタレに転身する令和の昨今。一強の勝ち組・辻希美以外は討ち死の様相を呈し、ジリ貧の芸能生活を余儀なくされているようだ。

 そんな中、 一部AVレーベルが口説きにかかっているのが、スーパーアイドルの名をほしいままにしてきたGだという。

「Mは今年3月に元交際相手との不倫が発覚し、その後、夫が男性を訴えて裁判に発展しました。今月に入り、Mはインスタを再開し、さらに写真誌に夫婦ツーショットの写真を掲載させて、活動再開をアピール。しかし、夫婦関係はもはや崩壊寸前で、M本人も別れる方向で準備を進めてます。そんな彼女に身内でもあるYが”救いの手”を差し伸べているようです」(週刊誌記者)

 Yといえば、人気絶頂のMに続いて芸能界デビューするも飲酒が発覚して引退へ。その後、逮捕歴もあるいわくつきの人物である。

「Y周辺では5年前にも、MのAVデビューを画策する動きがありました。大手メーカーが数千万単位の契約を提示し、撮影直前まで話が進んだと言われてます。しかし、Y氏の取り分でもめて話は頓挫し、Gは一般人男性と結婚してしまいました。その幻のAVデビュー話が今回の騒動を受けて再燃しているんです」

 Y氏は、DV説がささやかれるMの夫の行動に不信感を募らせているようだ。またMは結婚後、度を越えた束縛のせいで芸能活動を「Instagramでのタイアップ広告」と、たまに行われるかつての所属グループのイベントくらいに制限されているようだ。

 かつてのトップアイドルが”週の食費を4000円”に節約する凋落を見れば、Yとして我慢ならないのは無理もない。

「不倫でイメージを損ってしまい、ママタレ活動やCMなど、まっとうな復帰の道は難しい。しかし、SNSで見せる肌艶は”劣化を感じさせない”とむしろ評判です。まだ30代前半とあって商品価値も高いので、AVデビューは確実に近付いています」

 母親業に商機を見つける者もあれば、アダルトな魅力を求められる者もある。世を席巻したトップアイドルの第2ラウンドから目が離せない。

【マンガ】毎日4種類の薬を摂取……なぜか断捨離がはかどったワケ【第75回】

「生理痛なんて、みんな一緒!」

1カ月ごとにやってくる、尋常じゃない腹痛・寒気・吐き気……。
周囲の言葉を信じて10数年も耐え続けた「生理痛」、医者にかかってみたらビョーキと診断されちゃった!?

30歳から治療を開始した「月経困難症」との向き合い方をつづる、日常闘病コミックエッセイ。

ちょっと引く

――「私の生理、病名がつきました。」は、毎週日曜更新になります。今後ともお楽しみに!

 

<著者プロフィール>

まお

月経困難症。体験した事や思った事を4コマ漫画にしています。自分の体、大切な人の体を考える事や、行動する事のきっかけになればうれしいです。ポジティブに生きてるオタク。



<バックナンバーはこちら>

第1回~第10回まとめ読み……私の生理、ビョーキでした!?
第11回~第20回まとめ読み……ピル服用、7カ月の間に起きたこと
第21回~第30回まとめ読み……ピル服用で「不正出血」が止まらない!?
第31回~第40回まとめ読み……「生理を知らない成人男性」って実在したの!?
第41回~第50回まとめ読み……卵巣に「のう腫」が見つかったらどうする?

【第51回】新しい職場で大寝坊!
【第52回】30代で更年期障害!?
【第53回】ピル由来と思しき「新たな症状」
【第54回】3度めの「低容量ピル」
【第55回】「不正出血」が起きたワケ
【第56回】ピルを飲むと太るって本当?
【第57回】「ピル太り」実録レポート!
【第58回】ピル太りに効いたダイエット方法
【第59回】自己管理できない人、じゃない!
【第60回】初めて知った「太った人」の辛さ
【第61回】「心無い言葉」への対処法
【第62回】引越し先、選ぶ基準は○○への距離!
【第63回】半年間で「卵巣のう腫」はどうなった?
【第64回】ピル処方、4度目の転院! 
【第65回】はじめての院外処方
【第66回】超・低容量ピルの結果は
【第67回】こんな医者はイヤだ!
【第68回】鎮痛剤、そんなにもらえるの!?
【第69回】派遣の条件は「休めること」!
【第70回】「謎の吐き気」がやってきた
【第71回】PMSは気付かない!?
【第72回】漢方薬の正しい飲み方
【第73回】漢方には白湯がいい
【第74回】漢方薬のヤバイ中身

父が息子を「刺殺」という最悪の結末も――中学受験で「子どもの人生を乗っ取る」親の愚かさ

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 日本人は儒教の影響もあり、昔から「家」や「家族」というものを重要視する傾向にあると言われている。そのため、家族は連帯責任という有形無形の圧力をかけられてしまいがちだ。

 その良い例が、有名芸能人の子どもの不祥事である。芸能人自身が起こした不祥事ではなく、しかも成人している子どもの罪なのに、世間という名の不特定多数に向けて、謝罪しなければ許されない状況に追い込まれていく現状がある。こういう謝罪会見を、私たちはもう何度目にしたことだろう。有名芸能人ばかりではない。警察官に重傷を負わせて、拳銃を奪った犯人の親が責任を取って、自らの職を辞したのは記憶に新しい。

 これらの出来事は欧米をはじめとした「個人主義」が当たり前とされている国々では驚きをもって受け止められているという。「子どもの人生と親の人生はまったく別物」という社会的コンセンサスがある国々では、成人年齢を遥かに超えている人間に対しても、親が延々と責任を取らなければならないという社会的圧力は、奇異に感じるものなのだろう。

 そういう風潮があるせいで、私たちはともすると「子どもの人生」と「親の人生」を混同しがちになるという危険性を孕んでいるのではないだろうか。成人している子であっても、親の責任を問うてくる世の中である。ましてや、未成年である子を育てている親は、余程注意深く、自身の言動を顧みていなければ、子どもの人生を乗っ取ってしまう可能性が大なのだ。

 中学受験ではその「可能性」が高まるということを親は肝に銘じておかなければならない。先日も「自分の母校に子どもを行かせたい」という理由で始めた中学受験で、結果、息子を刺し殺してしまった父親の裁判が始まったと、ニュースが報じられた。この父親は、息子に勉強させようと日常的に暴力を振るっていたそうだが、彼もまた自分の人生と子どもの人生を混同し、支配しようとしていたように見える。

 子どもの未来を応援するための中学受験で、最悪の結果になってしまったケースがこれであるが、殺人まではいかないにしても、中学受験において、子どもの心を壊してしまう例は枚挙にいとまがない。たとえ親が学校の先生といった専門家でも、我が子の勉強の面倒はみられないという話もよく耳にする。なぜなら、我が子ゆえに冷静にはなれず、「キレ」てしまうからだそうだ。両親どちらであっても、言葉も含め暴力は言語道断。子どもに取り返しがつかないダメージを与えてしまうので、絶対にやめていただきたい。

 以前、小学校5年生の克己君(仮名)の母親・リエさん(仮名)から、「夫が息子の勉強をみるにあたって、殴る蹴るの暴力を振るっている。どうすればいいだろうか?」という相談が筆者の元に入った。 聞けば、夫の茂さん(仮名)は高学歴であり、一流企業で働いているものの、仕事的にはうまくいっていない状況だという。

「夫はまるで、仕事でうまくいかないというストレスを息子にぶつけているかのようです。息子がため息をついただけでもビンタをしていますし、教えたところを間違えようものなら、もう……」

 リエさんは、「夫にとっては、私も克己も“所有物”でしかない」と感じていたそうだ。解決策として、筆者はまず離婚か別居を勧めたが、経済力がないという理由で二の足を踏んでいるということだった。であれば、とりあえずの手段として、父能研(父親が受験指導するという意味のスラッグ)を止めて、指導力が高い個別塾に、克己君を“緊急避難”させるように伝えた。塾に行っている時間を引き延ばすことで、父親との物理的接触を減らそうとしたのだ。

 そして同時に、塾の老練な先生に、茂さんを指導してもらうようにした。茂さんのようなタイプは、今の中学受験の実態並びに傾向と対策を論理的に筋道立てて教えられると、意外にもプロの言いなりになる場合がある。

 茂さんは見事にそれにハマってくれたのだ。その塾の先生は「茂さんの気持ちは解る」と共感した上で「古来より、優れた子にするためには、他人を師と仰ぐ方が効果的」という話をし、「お子さんを私に預けなさい」「預けたからには口出し無用」と説得したようだ。

 一方で、筆者はリエさんに、もっと強くなることと精神的・経済的自立を助言した。そんなこんなで3カ月ほどがたった頃、これはたまたまなのだが、茂さんに辞令が下りて海外赴任をすることになったのだ。リエさんは頑なに同行を拒否。こうして、晴れて、リエさんは克己君と弟の3人暮らしになった。

 リエさんは今まで、茂さんからの暴力を結果的に止められなかった非を心から克己君に詫びたそうだ。そして、「克己、ママはこれから強くなって、どんなことがあっても克己を守る。約束する。でも、克己の人生は自分のものなのだから、自分の好きなように生きなさい」とも伝え、受験をやめるように提案したという。

 しかし、克己君の答えはこうだった。

「このままやめたら、アイツ(茂さん)に殴られ損だろう?」

 克己君はそれから、なぜかスイッチが入ったが如く勉強に取り組みだし、結果、見事にS学園の特待生として合格した。将来の夢は、克己君を救ってくれた塾の先生のようになることだそうだ。

 リエさんは、もともと持っていた資格を生かして、再就職。さらにステップアップするために勉強中である。現在も海外にいる茂さんとは将来的には離婚するという意志を固めている。

 中学受験は親主導の受験ではあるが、やるのは子どもだ。自分の人生の1ページをどう描くのかは子ども自身が決めていくということは、中学受験も変わらない。親の役割は「安心安全な環境」での「見守り」だけだ。これが途切れた時に、中学受験は「家庭崩壊」を簡単に招いてしまうものであることだけは、お伝えしておきたい。
(鳥居りんこ)

田代まさしさん「NHK出演」の意味とは? 元女囚が考える、覚醒剤中毒者の社会復帰

 覚醒剤の使用や密売などで逮捕起訴され、通算12年を塀の中で過ごした後、その経験を基にさまざまな活動を続ける中野瑠美さんが、女子刑務所の実態を語る「知られざる女子刑務所ライフ」シリーズ。

■ピエール淳之介さん(苦笑)

 マーシーこと田代まさしさんがNHKのEテレで「ぶっちゃけ授業」をされたのが話題ですね。覚醒剤中毒だった自分について話すという番組でした。ふだんはテレビをあまり見ない私も、しっかり見ましたよ。

 マーシーは最初から「ピエール淳之介です」とかすべり気味で、司会の方に「ろれつがあんまり回ってないけど、今もクスリをヤッてんですか?」と聞かれてました。でも、ここは真顔で「いや、クスリを使ってる時のほうがろれつが回るし、手の震えも止まるんです」とキッパリと返していて、私も「あー、それはホンマやね」と、独りテレビに向かってうなずいてしまいました。

 マーシーはかなり正直に、獄中(なか)では売人と知り合って密売について語り合ったことや、ひたすら「クスリやりてぇ」と思っていたことなどをダジャレも交えながら話していました。要するに、「今のムショでは更生はムリ」ちゅうことですね。ここ大事です。ムショに入ってもポン中は治りません。

 あれっと思ったのは、独房のはずのマーシーが売人と話せていることですが、そういえばマーシーは1回目は独房で、2回目は雑居やった……と聞いたことがありましたね。芸能人も、本人の希望とかで雑居に行けることもあるのです。前にも書きましたけど、獄死した松山ホステス殺害事件の福田和子も雑居でした。

「『自分は依存症ではないから、いつでもやめられる』と思っていたのが間違いだった。だから、再逮捕されても全然やめられなかった」

 番組でのマーシーの言葉です。これも「ポン中あるある」ですね。なんか「自分だけは違う」って思ってしまうんです。クスリに限らず、お酒や万引とかも同じでしょう。司会やゲストの人も、マーシーの話を聞いて、「今までは、クスリをやめられない人はダメ人間と思ってたけど、依存症は病気だから、批判するだけではダメなんですね」と、わかってくれたようでした。

 ちなみに番組を見ていた編集者さんから、「テレビカメラの前で自分のことをすべて話すのは、相当しんどいでしょうね」と言われました。いやいや、むしろそのほうが気が楽になるんでしょう。ホンマのことですからね。私も自分から覚醒剤について話すことで、過去に向き合ってきました。

 マーシーや清原和博さんがどんどんテレビに出て、本音でしゃべってくれたら、ポン中への理解も深まるし、社会復帰もしやすいのにと思います。レディー・ガガとか海外のロックスターたちも、過去のクスリ体験をオープンにしてますしね。日本も、そうなっていけばいいですね。

■居場所としてのダルク

 番組ではマーシーが「ダルク」のスタッフとして働いているところも紹介されました。ダルク(DARC、Drug Addiction Rehabilitation Center)とは、自分も覚醒剤の使用歴のある近藤恒夫さんが1985年に作られた薬物依存者回復施設です。今は全国に組織があって、それぞれがピラミッド型ではなくヨコでつながっているそうです。

 ダルクにも、「ミーティングの時にみんなでなんでも話す」というリハビリがあって、「私ならここまで言わんけど」的なことまで、なんでも話すのだそうです。そしたら、気持ちがすっきりするんですね。マーシーがダルクの仲間たちと、毎日「今日もクスリをやめられた」と話しながら真面目に生活している姿を見てもらうことは、家庭や仕事があるのと同じくらい大事やなと改めて気づきました。

 世間の皆さんが温かい目で見てくれたら、更生も早いです。私もテレビや雑誌の取材を受けて、「こんな私を信じて話を聞いてくれる記者さんたちを裏切ったらアカンな」と思いましたからね。バッシングで、いいことは何もないです。

中野瑠美(なかの・るみ)
1972年大阪・堺市生まれ。特技は料理。趣味はジェットスキーとゴルフ。『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)や『新・情報7daysニュースキャスター』(TBS系)などへの出演でも注目を集める。経営するラウンジ「祭(まつり)」

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