菅義偉官房長官との定例会見での攻防で、すっかり有名になった東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者。望月記者の著書を原案にしたのが、社会派サスペンス映画『新聞記者』だ。韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(11)や『怪しい彼女』(14)で名演を見せたシム・ウンギョンと『娼年』『孤狼の血』(18)での熱演が印象に残る松坂桃李が共演した異色作となっている。
原案となっている『新聞記者』(角川新書)には、森友学園・加計学園問題を精力的に追う望月記者の生い立ちから、レイプ事件を起こしたTBSの元男性記者は官邸と懇意にしていたことから逮捕を免れた……などのマスコミの裏側について書かれている。また、加計学園問題で官邸側に不都合な発言をした文部科学省の前事務次官が出会い系バーに通っていたことを読売新聞がスクープしたのは、官邸側からの報復リークだった可能性が高いことにも触れている。
テレビ局が入った製作委員会方式では決して作られることのない本作を企画したのは、配給会社「スターサンズ」を設立した河村光庸プロデューサー。北朝鮮と日本とに引き裂かれた実在の家族を描いた安藤サクラ主演作『かぞくのくに』(11)や寺山修司原作のボクシング映画『あゝ、荒野』(17)などクセの強い作品を次々と放っている。本作でも安倍政権に“忖度”することなく取材活動を続ける望月記者をモデルに、映画的フィクションも加えた上で「世界の報道の自由度ランキング」で下位に低迷するようになった現在の日本の問題点に斬り込んでいく。
東都新聞に勤める社会部記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、父は日本人、母は韓国人で、NYで生まれ育った帰国子女。そのため、日本語はどこかたどたどしく、場の空気を読むという日本社会の特性にもなじめずにいた。ある夜、東都新聞に差出人不明の怪文書が届く。両目が黒く塗りつぶされた羊のイラストの付いた怪文書は、新設大学の認可に疑問を投げ掛けたものだった。フェイクニュースか、それとも関係者からの内部告発なのか。デスクの陣野(北村有起哉)から命じられ、吉岡は盲目の羊の正体を追うことになる。
注目すべきは、松坂桃李が演じるもうひとりの主人公・杉原だ。外務省でキャリアを積んできたエリート官僚の杉原だが、内閣府へと出向となり、「内閣情報調査室」で働くようになる。“内調”と呼ばれるこの諜報機関は、非常に謎が多い。安倍総理は菅官房長官よりも内調のトップである内閣情報官と綿密に接していることでも知られている。
劇中の杉原は、現政権を守るための情報操作やマスコミ工作をもっぱら手掛けている。現政権にとって不都合な言動をする人物は内調によってマークされ、尾行のプロである公安がその人物の周辺を洗い、弱点を探り出す。杉原の上司である内閣参事官の多田(田中哲司)はマークした人物は民間人でも「犯罪者予備軍」と呼び、公安がつかんだスキャンダルをマスコミやSNSへとバラまき、社会的に抹殺するよう杉原に指示するのだった。
公僕として国民のために汗を流すことを生き甲斐にしてきた杉原は、内調での仕事が苦痛だった。とはいえ、妻の奈津実(本田翼)はもうすぐ出産を控えており、今の生活を放り出すこともできない。そんなとき、外務省時代の尊敬していた上司で、数年前から内閣府の別の部署にいた神崎(高橋和也)が高層ビルから投身自殺を遂げたという悲報が届く。怪文書のキーパーソンとして神崎に注目していた吉岡と神崎の通夜に参列した杉原は、悲しい出会いを果たすことになる。
日本映画ではとても珍しい現在進行形の問題を扱った社会派ドラマであり、謎多き諜報機関「内閣情報調査室」に果敢にスポットライトを当てたことを評価したい。自殺した神崎が勤めていた内閣府は、各省庁からの出向者がほとんどで、プロパーは少ないという。組織としての自律性が低く、官邸側の意向に逆らうことができない。内閣府に勤める公務員たちは元の省庁に戻りたいがゆえに、上からの指示に粛々と従い、与えられた仕事を黙々と片付ける。それが汚れ仕事だと気づいても、気づかないふりをする。まさに盲目の羊たちだ。この国にはびこる悪しき組織構造を、本作は浮かび上がらせる。
本作が描いているように内調が世論を操作しているのなら、安倍政権が多くの問題を抱えながらも、のらりくらりと長期政権を維持できているのは内調のおかげだということになる。安倍政権が長期化する一方、「世界の報道の自由度ランキング」はG7(先進7カ国)中最下位が日本の定位置となってしまった。報道の自由度が低いほうが、政権を安定させるには都合がいいらしい。官僚たちだけでなく、官僚や官邸の不正をチェックするはずのマスコミや選挙権を持つ国民も、同調圧力によって盲目の羊化が進みつつあるようだ。クライマックスで明かされる羊をめぐる謎かけの答えには、ゾッとさせられる。
弾けるような笑顔を『サニー 永遠の仲間たち』や『怪しい彼女』で見せたシム・ウンギョンだが、本作ではずっと苦虫を噛み潰したような固い表情のままだ。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)ではゾンビ化する女性感染者として1シーンだけ出演したが、本作もつらそうに映る。同調圧力に弱い日本社会の縮図の中、役に成り切って見せる彼女にとって感情を爆発させることのない記者の役は、ゾンビ役と同じくらいしんどい体験だったに違いない。
(文=長野辰次)

『新聞記者』
原案/望月衣塑子、河村光庸 脚本/詩森ろば、高石明彦、藤井道人 監督/藤井道人 音楽/岩代太郎
出演/シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、宮野陽名、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司
配給/スターサンズ、イオンエンターテイメント 6月28日(金)より新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー
(c)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
https://shimbunkisha.jp
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