
「引きこもりは犯罪者予備軍」――ここ最近、メディアではそんな論調のニュースが目立っている。5月28日、神奈川県・川崎の登戸駅付近の路上で、スクールバスを待っていた私立カリタス小学校の児童や保護者らが、51歳の男に相次いで刺され、19人が死傷するという痛ましい事件が起こった。加害者である岩崎隆一容疑者は自ら首を切って自殺し、現在警察が、動機の解明を進めている。
そんな中、メディアでは、岩崎容疑者が長年、引きこもり状態にあったことに着目。幼い時に両親が離婚、伯父夫婦と同居するようになり、事件当時も80代の伯父夫婦と3人で暮らしていたが、「コミュニケーションはまったくない」状態だったと、こぞって報じた。
こうした中、6月1日には、元農林水産省事務次官・熊沢英昭容疑者が、引きこもり状態にあった44歳の息子を殺害するという事件も発生。家庭内で暴力を振るっていた息子が、「小学校の運動会がうるさい」と言い出したことで口論になり、殺害に及んだとみられ、熊沢容疑者は、「川崎市登戸の事件が頭に浮かび、同じようにならないように考えた」といった趣旨の供述もしているそうだ。
熊沢容疑者の事件は、「引きこもりは犯罪者予備軍」というニュース報道が少なからず影響したという見方もあり、世間ではメディアに対して「引きこもりの当事者や家族を追い詰めないで」といった批判の声が飛び交うことに。しかし一方で、「引きこもり状態の人が凶悪事件を起こしたということに違いはない」といった指摘も出ている状況だが、これまで多くの引きこもりの当事者やその家族と接してきた精神科医は、「引きこもりは犯罪者予備軍」という意見をどう見るのか。『怖い凡人』(ワニブックス)や『一億総他責社会』(イースト・プレス)などの著者である精神科医・片田珠美氏に話を聞いた。
「最初に言っておきたいのは、テレビや週刊誌が『引きこもりは犯罪者予備軍』といった論調で報道するのは、よくないということです。引きこもり状態の方を余計追い詰めてしまうと思います」
第一声、そうきっぱり断言した片田氏は、続けて、「これまでの私の臨床経験に基づいて、引きこもりの方の精神状態について話したいと思います」と言い、“6つの特徴”を挙げてくれた。
「1つ目が、『強い怒りと恨み』、場合によっては『復讐願望』も抱いているという点です。みんながみんなそうではありませんが、“いじめ”が引きこもりのきっかけになったケースは多く、いじめの加害者等に怒りと恨みを抱いていることは珍しくありません。例えば、熊沢容疑者の息子さんも、名門の駒場東邦中学校2年生のときにいじめに遭っていたと報じられています。その際、転校するなどの選択肢もあったと思うのですが、父親である熊沢容疑者はキャリア官僚ですから、息子にも同レベルの学歴と職業を親が望み、転校を許さなかったのかもしれません。実際に、家庭内暴力もあったそうですし、いじめの加害者だけでなく、親に対しても強い怒りと恨み、復讐願望を抱いていたのではないかと考えられます」
熊沢容疑者の息子は、Twitterで「愚母はエルガイムMK-II(編註:プラモデル)を壊した大罪人だ」「私が勉強を頑張ったのは愚母に玩具を壊されたくなかったからだ」「中2の時、初めて愚母を殴り倒した時の快感は今でも覚えている」などとツイートしており、これらからは、母親に対する憎悪がありありと見て取れる。
「10代の頃にいじめに遭ったとしても、年を重ねると新たな人間関係ができ、日々の生活や仕事などで忙しくなって、過去のことにかまけていられなくなるものですが、引きこもり状態だと『あの時あんなことをされた』といったことを思い出し、怒りや恨み、そして復讐願望が募っていくことはあるでしょう。退職がきっかけとなって引きこもりになるケースも同様で、『過酷な仕事を与えられた』『パワハラに遭った』などと、怒りや恨み、復讐願望を抱いていることがあります」
2つ目は「自尊心が傷つき、絶望感を持っている」という特徴で、「敗北感を抱え、それを逆転したいと思っている人もいます」とのこと。3つ目は「対人関係への恐怖」で、これは先に示したように、いじめやパワハラによる影響もあると考えられるという。4つ目は「欲求不満」。家にずっといて将来への希望を持てないせいで、不満やストレスがたまった状態にあり、「家族に暴力を振るうことにもつながる」そうだ。
5つ目は「将来への不安」で、これは「長期化すればするほど強くなっていく」そうだ。事実「特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会」が発表した「2016年度ひきこもりに関する全国実態アンケート調査の報告」では、「家族調査、本人調査ともに、40歳以上の場合は40歳未満の場合よりも、現在および5年後に対する家族の不安が高いことが示されました。また、現在に対する不安よりも5年後に対する不安の方が高いことが示されました」と示されている。
「6つ目は『孤立』。当事者はもちろん、その親も孤立感を強く感じるようになります。子どもが引きこもり状態になることを、『恥』と感じ、近所づきあいや親せきづきあいを断ってしまい、親まで引きこもりがちになってしまうケースもあります」
片田氏が挙げた「引きこもり当事者の精神状態」の特徴は、犯罪につながることもあり得ると感じさせるものだ。ともすると「引きこもりは犯罪者予備軍」の説は正しいことになる気もするが……。
「確かに先ほど挙げた、強い怒りと恨み、復讐願望、また敗北感からの一発逆転を望むといった、引きこもり当事者にみられる精神状態の特徴が、凶悪事件につながる可能性はあるでしょう。しかし、そういった精神状況だとしても、実際には犯罪に走らない人の方が大多数です。そもそも、引きこもり状態ではない人でも、強い怒りや復讐願望などを抱いている場合もあります。大事件を起こすかどうかは、最後の引き金となる『きっかけ』の有無によって決まることが多い。例えば、川崎殺傷事件の場合では、伯父夫妻の手紙が、一つのきっかけになったのではないかと私は考えています」
伯父夫妻は、岩崎容疑者の将来を心配し、川崎市精神保健福祉センターに複数回相談の電話をかけており、今年1月には、市の提案を受けて、部屋の前に手紙を置いたという。その中にあった「引きこもり」という言葉に、岩崎容疑者は「自分のことは、自分でちゃんとやっている。食事や洗濯を自分でやっているのに、引きこもりとはなんだ」と激高したと報じられている。
「岩崎容疑者は、伯父夫婦と食事や入浴の時間をずらすことで、ほとんど接触せず、絶妙な距離感を保って生活していたそうです。そして自分が引きこもりであることを否認していた。しかし、あの手紙で、自分が引きこもり状態とみなされているという現実に直面し、『これまでのような生活ができなくなる』と、岩崎容疑者は思ったのではないでしょうか。それが犯行の引き金となった可能性も考えられます」
「引きこもりは犯罪者予備軍」という偏見に満ちた視線自体が、当事者を追い詰め、「犯行の引き金」になり得る可能性もあると片田氏。当事者だけでなく「社会のためにも、メディアはこうした表現は避けるべきです」。
片田氏は、引きこもりの当事者に「自立しなさい」「仕事をしなさい」と言うことも、「彼らを追い詰めてしまう可能性がある」と指摘する。
「精神科医としての長年の臨床経験から言って、10年以上引きこもり状態にある40~50代の方が再び就労するのは、極めて難しいと感じるところはあります。もちろん、みんながみんなそうではなく、就労を目指して頑張っている人もいれば、実際に就労できた人もいるでしょう。私もそうなってほしいとは思うのですが、現実問題としてはかなり厳しい。何としても自立や就労を目指そうとすると、本人に大きなプレッシャーがかかる恐れがあります。ですから、引きこもり状態を続けながら、経済的な問題をどうするのかを考えていく方が現実的ではないでしょうか」
また、追い詰められるのは当事者だけではない、その家族も同様だ。熊沢容疑者が息子を殺害した事件は、まさにその象徴のように見える。
「家族を追い詰めること自体も問題ですが、そもそも熊沢容疑者は、子どもを自分の所有物と考える『私物的我が子観』の持ち主だったのではないでしょうか。だからこそ、『自分の子どもなんだから、自分で始末すべき』と考え、犯行に及んでしまったわけです。こうした『私物的我が子観』の親を追い詰めると、我が子を道連れにした無理心中を誘発しかねません。また、もしかしたら熊沢容疑者のご家庭では、『いい学校を出て、いい会社に入ること』を良しとする勝ち組教育を行っていたのかもしれません。勝ち組教育が行き過ぎると、一度つまずくと立ち直れなくなり、子どもも親も追い詰められてしまいます」
引きこもりの当事者も、その家族も、決して追い詰めてはいけない――片田氏は繰り返しその重要性を口にしていた。内閣府が今年3月に発表した調査結果によれば、40~64歳までの中高年の引きこもり数は61万3000人にのぼるという。二度と悲劇が繰り返されないように、社会全体で引きこもりをめぐる構造的問題に関心を向け、理解する必要があるのではないだろうか。