工藤静香、奈良公園で鹿とたわむれる姿に驚きの声「どう見ても秋の服装」「季節感無さすぎ」

 工藤静香が20日、自身のインスタグラムのストーリーズを更新。投稿した写真が話題となっている。

 工藤といえば、12日にカバーアルバム『Deep Breath』を発売。13日からはコンサートツアー『工藤静香AcousticLiveTour2019 POPIN私とピアノ~DeepBreath~』をスタートさせ、全国各地のファンを喜ばせている。

 19日にはツアーで奈良へ訪れた工藤。ストーリーズには「鹿公園ではなく、、奈良公園、笑笑 奈良素敵でした!ありがとうございます。」というコメントと共に、奈良公園の鹿の前で立っている姿を公開した。

 しかし、ネット上では、この暑さの中、工藤の足元がレザーのブーツだったことで、鹿ではなく工藤の私服スタイルに視線が集中した。工藤の私服の季節感のない足元に、「季節感無さすぎて……」「季節を無視しすぎじゃない?これどう見ても秋の服装だよね」「絶対足が蒸れて臭くなってる」「この季節にこんなブーツ履いている人初めて見た」というような驚きの声が多数上がっていた。

 奈良公園自体、鹿の糞も多く転がっており、公園内はかなり歩くためブーツで訪れる場所ではないのかもしれない。この日の奈良のよほど涼しかったのだろうか。

藤井サチ『アウト×デラックス』で絶叫しすぎて嫌悪感殺到! ウザキャラ売りは事務所のお家芸?

 モデルの藤井サチが6月20日放送の『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に出演した。

 藤井は女性ファッション誌「ViVi」(講談社)の専属モデル。母はアメリカ人で父は世界的に有名なハイブランドの日本支社社長という、セレブ育ちな人物。そんな彼女が今回同番組で「釣り好きなのに魚嫌い」という面で登場した。

 挑戦することが好きということで釣りは好きという藤井。番組では同じく釣り好きで有名な水野裕子と一緒に釣りに出掛けることになったのだが、魚が釣れるたびに藤井は絶叫し、水野から「うるさい」と怒鳴られる始末。だが、自分がつった魚を刺身で食べた瞬間、「おいしい」「泣いちゃいそう」と急に泣き出し、スタジオでVTRを見ていたマツコ・デラックスらを笑わせていた。

 この放送にネットでは「本当に釣り好きなの?」「魚逃げちゃうから叫ぶって」「釣りなめるな」と世間の釣り好きから怒りの言葉が。また、食べて急に泣き出した姿に「ただの情緒不安定じゃん(笑)」といった声も上がっており、一様にいい反応は出てきていないようだ。 

 そんな、一気に嫌われてしまった藤井だが、出演で爪痕を残したのも事実。放送後にはトレンドワードにも名前が上がっており、知名度は上がったようだ。

 その一方で、この“嫌われ商法”は藤井が所属する事務所ならではのやり方だという見方もある。

「藤井さんが所属する事務所にはローラさんやダレノガレ明美さんも所属しているモデル事務所です。バラエティでは、ローラさんもダレノガレさんも世間で物議になるような態度で知名度を上げましたからね。そういう売り出し方がお家芸なんでしょう。まあ、藤井さんはこれまでセレブ売りしてましたが、全く芽が出なく、このまま消えていくのかと思ったら、今回のうざいキャラで話題となってましたから。本人としてもよかったんじゃないですか」(芸能ライター)

 嫌われキャラも売れるためには、必要なのかもしれない。

藤井サチ『アウト×デラックス』で絶叫しすぎて嫌悪感殺到! ウザキャラ売りは事務所のお家芸?

 モデルの藤井サチが6月20日放送の『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に出演した。

 藤井は女性ファッション誌「ViVi」(講談社)の専属モデル。母はアメリカ人で父は世界的に有名なハイブランドの日本支社社長という、セレブ育ちな人物。そんな彼女が今回同番組で「釣り好きなのに魚嫌い」という面で登場した。

 挑戦することが好きということで釣りは好きという藤井。番組では同じく釣り好きで有名な水野裕子と一緒に釣りに出掛けることになったのだが、魚が釣れるたびに藤井は絶叫し、水野から「うるさい」と怒鳴られる始末。だが、自分がつった魚を刺身で食べた瞬間、「おいしい」「泣いちゃいそう」と急に泣き出し、スタジオでVTRを見ていたマツコ・デラックスらを笑わせていた。

 この放送にネットでは「本当に釣り好きなの?」「魚逃げちゃうから叫ぶって」「釣りなめるな」と世間の釣り好きから怒りの言葉が。また、食べて急に泣き出した姿に「ただの情緒不安定じゃん(笑)」といった声も上がっており、一様にいい反応は出てきていないようだ。 

 そんな、一気に嫌われてしまった藤井だが、出演で爪痕を残したのも事実。放送後にはトレンドワードにも名前が上がっており、知名度は上がったようだ。

 その一方で、この“嫌われ商法”は藤井が所属する事務所ならではのやり方だという見方もある。

「藤井さんが所属する事務所にはローラさんやダレノガレ明美さんも所属しているモデル事務所です。バラエティでは、ローラさんもダレノガレさんも世間で物議になるような態度で知名度を上げましたからね。そういう売り出し方がお家芸なんでしょう。まあ、藤井さんはこれまでセレブ売りしてましたが、全く芽が出なく、このまま消えていくのかと思ったら、今回のうざいキャラで話題となってましたから。本人としてもよかったんじゃないですか」(芸能ライター)

 嫌われキャラも売れるためには、必要なのかもしれない。

小嶺麗奈ルートで”麻取”があの人気タレントを徹底マーク? 衝撃報道でテレビ関係者が青ざめたワケ 


 本当に逮捕されれば、芸能界に激震が走るのは間違いない。

 KAT-TUNの元メンバー・田口淳之介と“内縁の妻”で元女優の小嶺麗奈が大麻所持で逮捕されて、1カ月が経過しようとする中、6月20日の『東スポWeb』が「小嶺麗奈ルート」で“お笑い界の超大物”が厚労省麻薬取締部(以下、麻取)のターゲットになっていると報じ、ネット上をざわつかせている。

「記事によると、小嶺には芸能界では有名なアラフォー美女の親友女性がいて、その女性は、数多くのジャニーズタレントとも交友があったことで知られているといいます。小嶺と、その元カレであるサパークラブのオーナー、そして大物お笑いタレント、その彼女だった小嶺の親友女性は、頻繁に4人で会っていたようです。ある時には、この4人が挙動不審で言動不明瞭な様子で都内カフェで密会している場面が目撃されたこともあったとか。麻取の取り調べに対し、田口が小嶺から聞いていた話を素直にしゃべったことから徹底マークされ、いつ逮捕されてもおかしくない状況なのだといいます」(週刊誌記者)

 この報道に対し、ネット上では、すぐに小嶺の親友女性と大物お笑いタレントの捜索が始ままっている。特に親友女性については、ドラマ『イグアナの娘』(テレビ朝日系)で小嶺と共演し、元SMAP・稲垣吾郎と交際していた過去を持つ主演級女優、KAT-TUNの中丸雄一と熱愛報道のあったタレント兼女優の名前も上がったが、最も有力視されているのが、誰もが知るグラビアアイドル出身女優だという。

「男性トップアイドルと熱愛が報じられたこともある女優の名前が上がっています。件のアイドルに関しては週刊誌報道で違法薬物使用が取り沙汰されましたが、(前出の)大物タレントとも交友が話題になったことも。このあたり、東スポの記事と見事に符合してしまう。記事を見てテレビ関係者も皆、青ざめていたようです」(前出・週刊誌記者)

 ピエール瀧や田口の逮捕を的中させたと話題になった東スポ。二度あることは三度ある?

 

小嶺麗奈ルートで”麻取”があの人気タレントを徹底マーク? 衝撃報道でテレビ関係者が青ざめたワケ 


 本当に逮捕されれば、芸能界に激震が走るのは間違いない。

 KAT-TUNの元メンバー・田口淳之介と“内縁の妻”で元女優の小嶺麗奈が大麻所持で逮捕されて、1カ月が経過しようとする中、6月20日の『東スポWeb』が「小嶺麗奈ルート」で“お笑い界の超大物”が厚労省麻薬取締部(以下、麻取)のターゲットになっていると報じ、ネット上をざわつかせている。

「記事によると、小嶺には芸能界では有名なアラフォー美女の親友女性がいて、その女性は、数多くのジャニーズタレントとも交友があったことで知られているといいます。小嶺と、その元カレであるサパークラブのオーナー、そして大物お笑いタレント、その彼女だった小嶺の親友女性は、頻繁に4人で会っていたようです。ある時には、この4人が挙動不審で言動不明瞭な様子で都内カフェで密会している場面が目撃されたこともあったとか。麻取の取り調べに対し、田口が小嶺から聞いていた話を素直にしゃべったことから徹底マークされ、いつ逮捕されてもおかしくない状況なのだといいます」(週刊誌記者)

 この報道に対し、ネット上では、すぐに小嶺の親友女性と大物お笑いタレントの捜索が始ままっている。特に親友女性については、ドラマ『イグアナの娘』(テレビ朝日系)で小嶺と共演し、元SMAP・稲垣吾郎と交際していた過去を持つ主演級女優、KAT-TUNの中丸雄一と熱愛報道のあったタレント兼女優の名前も上がったが、最も有力視されているのが、誰もが知るグラビアアイドル出身女優だという。

「男性トップアイドルと熱愛が報じられたこともある女優の名前が上がっています。件のアイドルに関しては週刊誌報道で違法薬物使用が取り沙汰されましたが、(前出の)大物タレントとも交友が話題になったことも。このあたり、東スポの記事と見事に符合してしまう。記事を見てテレビ関係者も皆、青ざめていたようです」(前出・週刊誌記者)

 ピエール瀧や田口の逮捕を的中させたと話題になった東スポ。二度あることは三度ある?

 

新潟地震報道 津波注意報の解除前に……いち早く通常放送に戻してバラエティを流した日テレの無神経さ

 新潟県村上市で震度6強を記録した6月18日の大地震は、余震や土砂災害の可能性に加え、19日には大雨警報も発令。被災地住民の不安は続いている。そんななか、地震発生時のテレビ局の報道姿勢が波紋を呼んでいる。

 午後10時22分に発生した18日の地震。テレビ局の対応は早かった。テレビ情報誌の記者が語る。

「通常、平日22時台に報道番組をやっているのはテレビ朝日(『報道ステーション』)だけですが、地震発生後すぐに津波注意報が出されたこともあり、キー局はすべて、地震発生から15分ほどで報道特別番組に切り替えました。なかなか報道特別番組を放送しないテレビ東京もすぐに報道番組に切り替えたことが、今回の地震の大きさを表しています」(テレビ情報誌記者)

 これだけ大きな地震が起きれば、被災地住民はもちろん、それ以外の人間も情報を欲しがるのは当たり前だ。深夜の地震だけに、被害の全容がまるで分からないことも不安を増長させたが、一部の東京のテレビ局の対応は冷淡だった。新潟県内に親戚がいる40代男性はいう。

「民放各局がこぞって報道特別番組を放送するなか、日本テレビはいち早く24時で報道番組を打ち切り、0時から通常放送に戻してバラエティ番組を放映しました。その時点で、まだ津波注意報は解除されておらず、一部地域には避難指示が出ていました。しかも0時から放送したのは、総額100万円を目指してタレントや芸人が奮闘する『ザ!激走!サバイバルBINGO!』という番組です。リアルにサバイバル状態にある被災地の住民の逆鱗に触れるという発想はなかったのでしょうか」(40代男性)

 報道特別番組もいつかは通常放送に切り替えなくてはいけないが、確かにデリカシーに欠ける面はある。テレビ関係者は、こういった報道姿勢が招く危険性を指摘する。

「現在23時台は、有働由美子(日テレ)、小川彩佳(TBS)、三田友梨佳(フジ)、徳永有美(テレ朝)、大江麻理子(テレビ東京)ら女性キャスターが激しい視聴率戦争を繰り広げており、有働の『news zero』は視聴率争いではトップグループですが、小川や三田の猛追で、その差は縮まりつつあります。小川、三田、徳永が、日付が変わっても地震情報を伝える一方で、日テレが早々に地震番組を繰り上げたことについて、批判の声は少なくありません。今回のような報道軽視の姿勢は、今後の視聴率争いで、きっとボディブローのように効いてきますよ」(テレビ関係者)

 6月18日は、奇しくも昨年発生した大阪府北部地震からちょうど1年。「もはや地震など珍しくもない」と思ってしまったとすれば、恐ろしいが……。

浜崎あゆみ、キャミロンパースの大胆な私服姿に賛否飛び交う「なんでも似合う」「年齢考えて!」

 浜崎あゆみが19日、自身のインスタグラムを更新した。

 現在、全国ツアー『ayumi hamasaki TROUBLE TOUR 2019-2020 A -misunderstood-』(※「A」はロゴ)の真っただ中で、無事に広島公演を終えたばかりの浜崎。先日の投稿では、神社の境内で犬の散歩をしていた写真を投稿し、ネット上からは「神社境内はワンチャンの散歩コースではありません」などの批判コメントが飛び交ったばかり。

 そんな浜崎はこの日、「今日あっついねー。(中略)ちなみにこの写真、無性にせいろが食べたくなる ゆしんの拭き取りシートで顔ワイプする ミラー9のロンパース着る yelloのミュール履 WWFのキャップ被るで5分で家出たから髪ぼっさー。ももメン助けて。」などとつづり、黒色のミニキャミロンパースに黒いキャップと蛍光色のミュールを合わせた私服スタイルを公開した。

 露出が多い、大胆なコーディネートに、ネット上では、「可愛い!」「なんでも似合う」といった称賛の声のほか、「せいろ蒸しを食べに行く服装じゃない」「今時こんなミニワンピースに、ミュール合わせる人いるんだね。オシャレじゃないし」「年齢を考えて!」「肌を露出し過ぎ」「最近セクシー路線でいきたいのかもしれないけど、下品でしかない」などの厳しい声も噴出している。

 ライブ衣装も私服も露出が多くなってきている浜崎。今年はさらなるセクシー路線を目指す?

【後編】DV加害者に必要な対話とは? 暴力的なコミュニケーションを肯定する「男らしさ」の“学び落とし”

男性性にまつわる研究をされている様々な先生に教えを乞いながら、我々男性の課題や問題点について自己省察を交えて考えていく当連載。5人目の先生としてお招きしたのは、ドメスティック・バイオレンスの問題にジェンダーの視点から取り組み、『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』(作品社)などの著書もある立命館大学大学院教授の中村正さんです。

 前編では、直接的な暴行に限らず、束縛や不機嫌な態度によって相手を萎縮させ、縛りつけようとすることも「DV」であると認識を広げたうえで、DVと「男らしさ」の関係を見てきました。では、その「男らしさ」は男性の中でどのように醸成されていくのでしょうか。

 

中村正(なかむら・ただし)
1958年生まれ。立命館大学教授。臨床社会学の視点から家族病理や社会病理の問題を研究。家庭内暴力の男性加害者へのサポート行う「男親塾」「メンズサポートルーム」を立ち上げるなど、日本における「加害者問題」の研究・対策に取り組んでいる。著書に『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』(作品社)、『治療的司法の実践』(第一法規)などがある。

暴力と競争と友情が紙一重な男同士の関係性
清田代表(以下、清田) ここまで(前編)、直接的な「殴る」「蹴る」だけでない様々な暴力の在り方や、暴力と「男らしさ」の関係、またDV男性の言い分に見られる暴力加害の「中和化」にまつわるお話をうかがいました。こういった男性の加害性に、男性自ら目を向けることはそれほど簡単なことではないように感じますが、そもそも中村先生は、どういった経緯で暴力と男性性の問題に関わられるようになったのでしょうか?

中村正(以下、中村) 元々は「男性同士の関係性」に抱いていた疑問から始まったものでした。その源流をたどると、小学生の頃までさかのぼります。5年生のときにマサルくんというクラスメイトがいて、彼は背が高くて勉強もスポーツもできて、おまけにいいやつという非の打ちどころがない男子だったんだけど、あるとき児童会の役員を決める選挙みたいなものがあり、私とマサルくんが立候補する流れになったんですね。そしたら彼は「いいよ、正くんにあげる!」と譲ってくれまして……そこで私は敗北感を抱き、彼との関係がなんとなくぎくしゃくしてしまったんです。

清田 ちょっとわかるような気がします。勝手に比べて勝手に負けたような気持ちになってしまうことってありますよね。

中村 嫉妬しちゃったりね(笑)。もちろん当時はジェンダーとかフェミニズムなんてものは知らなかったわけですが、私の中には体験的なレベルで「男同士の付き合いって難しいな」という感覚が芽生えたんです。自分のライフヒストリーを振り返ってみるとそれを感じるシーンは他にもたくさんあって、例えば小さい頃は4歳下の弟を相手に負けるはずのないケンカを繰り返していたり、あと、うちの父親は竹馬とか竹とんぼを作ってくれた自慢のオヤジだったんだけど、そのパワーを借りて友達に「すごいだろ」って自慢ばかりしていたり。

清田 虎の威を借る狐的な(笑)。そう言えば僕も、小学生のときはサッカークラブの先輩の威光を盾に調子に乗りまくっていたような気がします。

中村 また、友達のちんちんがとても気になり始めたり、性的な関心をどう収めていいのか悩んだり、好きな女子を直視できなかったり、そしてモデルでありライバルのような男友達とどう距離を保てばいいのかなど、苦しかった思春期の記憶があります。

 そんなことをいろいろ思い出す中で、「そういった男同士のコミュニケーションの中で知らず知らずの内に刷り込まれていくものとはなんだろう?」という疑問がわいたんです。明確に暴力とは言いにくいんだけど、競争なのか友情なのか暴力なのかよくわからない、まだ名づけられていない領域が、男同士の関係にはあるんじゃないか。暴力とコミュニケーションが紙一重な環境の中で、男子は自己形成をしていくんじゃないか。DVや虐待問題の根底には、そのような男性性の問題があるんじゃないか──。そんなことを考えるようになったんです。

清田 暴力が肯定的に捉えられる環境って確かにありますよね。僕が子どもの頃は「少年ジャンプ」の全盛期で、『ドラゴンボール』のようなバトル漫画や『ろくでなしブルース』のようなヤンキー漫画において、暴力はひどいものというよりむしろカッコいいものとして描かれていたし、中高6年間を過ごした男子校でも、教師からの体罰はわりと日常的に存在していて、しかもそれにビビるのはカッコ悪いという価値観すらありました。

中村 私の時代にも『あしたのジョー』や『巨人の星』といった作品があった。男の人生からすると、暴力って「当たり前に存在しているもの」だったりするんですよね。

清田 僕は19歳のとき、駅で4人組の男たちから暴行被害に遭いました。友達とホームを歩いていたらいきなり「金を出せ」って絡まれて、周囲に人がたくさんいたから大丈夫だろうと思って無視したら、わけもわからないうちにボッコボコにされ、鼻の骨を折られて血だらけになって救急車で運ばれまして……。でも、そのことを“恥”のように思う気持ちが抜けなくて、本当は思い出すたびに動悸がしてくるようなトラウマ体験のはずなのに、「5000円出せって言われて断ったらボコられて、結果的に病院で治療費25000円取られた(笑)」って、周囲には笑えるネタのように話していた時期が長年続きました。

中村 それは大変な経験でしたね……。でも、暴力を受けても「被害」と認められないのも男性に特徴的な傾向なんです。弱音を吐けなかったり、人によっては傷を乗り越えたことを“武勇伝”にしてしまうこともある。そういう中で、男性の暴力被害も見えづらくなっていくわけです。

清田 自分もまさにそんな感じだったと思います。

中村 デボラ・カメロンという言語学者が「ジェンダーは名詞ではなく動詞である」と言っているんだけど、男性にとって「男らしさ」とは行動の指針やシナリオとして機能している。そういった視点を導入しないと暴力の問題は解き得ないのではないかと考え、大学院時代に学んだ「臨床社会学」の立場から暴力と男性性の問題に取り組み始めたというのが今に至る流れです。当時はまだDV防止法も成立していない時代で、それを説明するための言葉が全然なかったので、様々な男性たちの話を聞いたり、自分の内面を掘り下げたりしながらワードを構築していくところからのスタートでした。

 

非対称な関係性に根ざした「関係コントロール型暴力」
清田 中村先生は著書『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』で、「親密な関係」に秘められた危険性について述べられていました。距離が近く、身体接触の機会も多く、精神的な一体感があり、自他の境界や認識が薄れていく──。そういう関係の中で暴力も発生しやすくなるという指摘でした。

中村 そうですね。夫婦や恋人だけでなく、親子や師弟、教師と生徒や上司と部下なんて関係もそこに含まれると思いますが、こういった非対称な関係性に根ざして立ち現れる暴力を私は「関係コントロール型暴力」と呼んでいます。ここで言う暴力はもちろん身体的なものだけでなく、心理的、感情的、言語的な暴力も含まれますが、それらを用いて被害者の心や身体、思考などをコントロールしようとするわけです。

清田 前編で先生が挙げてくれた暴力の事例、過剰な束縛や性の強要、避妊の拒否、暴言、無視、侮辱、自尊心を打ち砕く、自由を奪う、相手を孤立させる、責任の転嫁や放棄、監視、ストーキング、セカンドレイプ、マインドコントロール、プライバシーの暴露……いずれも、まさにそれですよね。

中村 こういったものの土台にあるのが男らしさの問題です。これまで述べてきたように、そこでは暴力が容易に肯定されるどころか、暴力によって自己を形成し、他者との関係を構築していく習慣すらある。男性にとって暴力は相手との境界線を越えるためのツールになり得てしまうんですよね。古くは殴り合って友情を深める男性たちの姿が映画や漫画にはよく描かれていたし、競い合いによって互いに切磋琢磨していくとか、あるいはイジりやからかいによって絆を確かめ合うといったコミュニケーション様式も極めて男性的です。

清田 DVやデートDVも、そういう男性的コミュニケーションの延長線上にあるというわけですね。僕も昔、ヘアスタイルをショートボブに変えた恋人に対して「ちんちんみたいな髪型だね〜」とからかい、泣かせてしまったことがあるのですが、思えばあれも一種のデートDVだったのかもしれません。

中村 どうしてそんなことを言ってしまったの?

清田 そのとき周囲には男友達も数人いて、彼女をイジって笑いを取ろうという意図があったんですが、心の奥底のほうでは、恋人の新しい髪型があまり好みの感じではなく、その感情が攻撃性のあるイジりとして発露してしまっていたのではないか……と今の話を聞いていて思い直しました。

中村 もしそうだとすると、清田さんの取った行動は一種の「関係コントロール型暴力」ということになるかもしれませんね。

清田 こういう「男らしさ」に根ざした加害性について、我々男性はどのように自覚することができるのでしょうか?

中村 もちろん「男らしさ」といってもその内実は多義的だし、当人の性質やそのときに置かれた状況、また相手との関係性や社会状況なども関係してくるため、「これをすれば暴力は防げる」という万能な対策があるわけではありません。しかし、私も関わっている「脱暴力のプログラム」など、加害者臨床の現場で培われた知見やノウハウは非常に役立つと考えています。それは「アンラーン(脱学習)」といって、暴力と結びつきそうな男らしさの習慣や思考、認知の癖などを“学び落としていく”というものです。

 

感情の言語化とパワーの適切な使い方
清田 暴力と結びつきそうな男らしさを「アンラーン」していくプログラムとは、具体的にどういったものになるのでしょうか。

中村 脱暴力の対策は「暴力のナラティブ」を取り出すところから始まるんですね。ナラティブとは「自己の物語化」といった意味の言葉ですが、当人がどういう認識の元に暴力行為に及んだのか、まずはそこを聞き取ります。前編で挙げた「中和化のロジック」などもそれですね。

清田 都合のいい言い訳とか、正当化のための理屈などを検証し、修正していくというイメージでしょうか。

中村 そうではあるのですが、例えば「認知の歪み」というような価値判断はせず、あくまでナラティブとしてそのまま取り出します。「歪み」という表現に対しては「正しい認知」「適切な認知」が想定されることになるわけですが、ここには正解のようなものが存在するわけではないので。そうやって当人の言い分を聞き取った上で、どうしてそう思ったのか、相手はそのときどんな気持ちだったと思うかなど、いろいろ質問を投げかけながらナラティブを耕していきます。

清田 自分の感情や思考様式について言語化していくわけですね。

中村 そういう対話の中で男性たちの「意識覚醒(コンシャスネス・レイジング)」を促します。ただし、男性にとって感情の言語化というのはなかなか難しいもので、まさに清田さんの被害体験のように、DV加害者たちも自分の行為をある種の「エピソード化」してしまっていて、それを解体するのに時間がかかるわけです。

清田 僕も「あのとき自分は怖かったんだ」「本当は今でも悔しい気持ちが拭えない」というようなことを自覚し、認めるまでにものすごく時間がかかりました。

中村 基本的にはグループワークを通じた語り合いの中で言語化を進めていくことが多いけど、読書で言葉を仕入れたり、あるいは自分の体験を芝居にするというアプローチもある。諸外国の刑務所では「プリズンシアター」といって、受刑者たちが自分の犯罪を演劇で表現し、みんなで評しあうというプログラムが実際にあったりします。言葉にならないから行動化してしまったわけで、そこを改めて言葉にしていくことはとても大切です。

清田 ひと口に「言語化」といっても様々な手法があるんですね。

中村 ただ、もちろん言葉にするのは大事なんだけど、今度は脱暴力のプロセスによって“腑抜け”になってしまう男性も一定数いるんです。彼らにとって暴力とはパワーそのものなんですよ。誰かを攻撃することによって自分を奮い立たせてきた人にとって、脱暴力は生きる力を奪われることにすらなりかねない。そういう男性たちに対しては、例えばボクシングのようなプログラムが有効だったりします。つまり「殴るならちゃんと殴れ」「弱い者には手を出すな」と、卑怯な暴力を責任あるパワーに組み替えていくアプローチですね。プロボクサー経験者などが指導に当たっているところも多く、効果もてきめんです。これを「リフレーミング」と言います。

清田 なるほど。感情を言葉にしていくことと、持っている力を適切に使えるようになることは、男らしさの問題を考える上で重要な両輪となるわけですね。

中村 今回は暴力と男性性にまつわる話が中心になりましたが、DVの問題で真っ先にケアされるべきはもちろん被害者です。近しい人から暴力被害に遭うと信頼や安心の基盤が壊れ、常に恐怖を感じながら日常生活を送ることになります。自分を責めてしまったり、過剰に加害者の世話を焼いてしまったりする人すらいます。暴力が相手を異常な事態に追い込む行為であることは、すべての人が理解しておくべきだと思います。

清田 中村先生は「地雷とともに暮らしているようだ」「卵の殻の上で生活しているようだ」というDV被害者の声も紹介されていましたが、日常を奪われるのって最も苦しいことですよね……。

中村 被害者の保護および支援は引き続き拡充されていくべきですが、一方で加害者への対策も同時に進めていくべきだと私は考えています。かつて「売春」を「買春」と言い換え、買う男の問題なのだと読み替えたように、暴力をジェンダーの視点から捉え直し、男らしさに関する問題として掘り下げていく。まだまだ未開拓な部分も多いけど、男が自分たちで言葉を作っていかなくてはならない。

 私はよく「ワード(word)がワールド(world)を作る」と言っています。言葉がないと現実を認識できないので。でも、既製品の言葉に頼ると単に男らしさワールドが再生産されるだけなので、これを破壊する創造的なワードが必要です。そのためにはまず、競争的・暴力的に陥らない男同士の関係を模索していくことが大切です。そういう意味では、清田さんたちがやっている男同士の恋バナも有用な試みだと感じています。

清田 確かにそうですね。恋バナが暴力抑止につながるとは思いもよりませんでしたが……これからも語り合いを通じて男性性の問題を考えていきたいと思います!

 

服装が冬……原稿まとめに時間がかかってしまってすいません!

『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』(作品社)

 

【当連載が清田代表の新刊に収録されます!】

1200人以上の女性たちの失恋話や恋愛相談に耳を傾ける中で気づいた、失望される男性に共通する傾向や問題点とは? 「オトコ研究」の新たな地平を切りひらくフィールドワークの書!

 

『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(清田隆之/晶文社)

【後編】DV加害者に必要な対話とは? 暴力的なコミュニケーションを肯定する「男らしさ」の“学び落とし”

男性性にまつわる研究をされている様々な先生に教えを乞いながら、我々男性の課題や問題点について自己省察を交えて考えていく当連載。5人目の先生としてお招きしたのは、ドメスティック・バイオレンスの問題にジェンダーの視点から取り組み、『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』(作品社)などの著書もある立命館大学大学院教授の中村正さんです。

 前編では、直接的な暴行に限らず、束縛や不機嫌な態度によって相手を萎縮させ、縛りつけようとすることも「DV」であると認識を広げたうえで、DVと「男らしさ」の関係を見てきました。では、その「男らしさ」は男性の中でどのように醸成されていくのでしょうか。

 

中村正(なかむら・ただし)
1958年生まれ。立命館大学教授。臨床社会学の視点から家族病理や社会病理の問題を研究。家庭内暴力の男性加害者へのサポート行う「男親塾」「メンズサポートルーム」を立ち上げるなど、日本における「加害者問題」の研究・対策に取り組んでいる。著書に『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』(作品社)、『治療的司法の実践』(第一法規)などがある。

暴力と競争と友情が紙一重な男同士の関係性
清田代表(以下、清田) ここまで(前編)、直接的な「殴る」「蹴る」だけでない様々な暴力の在り方や、暴力と「男らしさ」の関係、またDV男性の言い分に見られる暴力加害の「中和化」にまつわるお話をうかがいました。こういった男性の加害性に、男性自ら目を向けることはそれほど簡単なことではないように感じますが、そもそも中村先生は、どういった経緯で暴力と男性性の問題に関わられるようになったのでしょうか?

中村正(以下、中村) 元々は「男性同士の関係性」に抱いていた疑問から始まったものでした。その源流をたどると、小学生の頃までさかのぼります。5年生のときにマサルくんというクラスメイトがいて、彼は背が高くて勉強もスポーツもできて、おまけにいいやつという非の打ちどころがない男子だったんだけど、あるとき児童会の役員を決める選挙みたいなものがあり、私とマサルくんが立候補する流れになったんですね。そしたら彼は「いいよ、正くんにあげる!」と譲ってくれまして……そこで私は敗北感を抱き、彼との関係がなんとなくぎくしゃくしてしまったんです。

清田 ちょっとわかるような気がします。勝手に比べて勝手に負けたような気持ちになってしまうことってありますよね。

中村 嫉妬しちゃったりね(笑)。もちろん当時はジェンダーとかフェミニズムなんてものは知らなかったわけですが、私の中には体験的なレベルで「男同士の付き合いって難しいな」という感覚が芽生えたんです。自分のライフヒストリーを振り返ってみるとそれを感じるシーンは他にもたくさんあって、例えば小さい頃は4歳下の弟を相手に負けるはずのないケンカを繰り返していたり、あと、うちの父親は竹馬とか竹とんぼを作ってくれた自慢のオヤジだったんだけど、そのパワーを借りて友達に「すごいだろ」って自慢ばかりしていたり。

清田 虎の威を借る狐的な(笑)。そう言えば僕も、小学生のときはサッカークラブの先輩の威光を盾に調子に乗りまくっていたような気がします。

中村 また、友達のちんちんがとても気になり始めたり、性的な関心をどう収めていいのか悩んだり、好きな女子を直視できなかったり、そしてモデルでありライバルのような男友達とどう距離を保てばいいのかなど、苦しかった思春期の記憶があります。

 そんなことをいろいろ思い出す中で、「そういった男同士のコミュニケーションの中で知らず知らずの内に刷り込まれていくものとはなんだろう?」という疑問がわいたんです。明確に暴力とは言いにくいんだけど、競争なのか友情なのか暴力なのかよくわからない、まだ名づけられていない領域が、男同士の関係にはあるんじゃないか。暴力とコミュニケーションが紙一重な環境の中で、男子は自己形成をしていくんじゃないか。DVや虐待問題の根底には、そのような男性性の問題があるんじゃないか──。そんなことを考えるようになったんです。

清田 暴力が肯定的に捉えられる環境って確かにありますよね。僕が子どもの頃は「少年ジャンプ」の全盛期で、『ドラゴンボール』のようなバトル漫画や『ろくでなしブルース』のようなヤンキー漫画において、暴力はひどいものというよりむしろカッコいいものとして描かれていたし、中高6年間を過ごした男子校でも、教師からの体罰はわりと日常的に存在していて、しかもそれにビビるのはカッコ悪いという価値観すらありました。

中村 私の時代にも『あしたのジョー』や『巨人の星』といった作品があった。男の人生からすると、暴力って「当たり前に存在しているもの」だったりするんですよね。

清田 僕は19歳のとき、駅で4人組の男たちから暴行被害に遭いました。友達とホームを歩いていたらいきなり「金を出せ」って絡まれて、周囲に人がたくさんいたから大丈夫だろうと思って無視したら、わけもわからないうちにボッコボコにされ、鼻の骨を折られて血だらけになって救急車で運ばれまして……。でも、そのことを“恥”のように思う気持ちが抜けなくて、本当は思い出すたびに動悸がしてくるようなトラウマ体験のはずなのに、「5000円出せって言われて断ったらボコられて、結果的に病院で治療費25000円取られた(笑)」って、周囲には笑えるネタのように話していた時期が長年続きました。

中村 それは大変な経験でしたね……。でも、暴力を受けても「被害」と認められないのも男性に特徴的な傾向なんです。弱音を吐けなかったり、人によっては傷を乗り越えたことを“武勇伝”にしてしまうこともある。そういう中で、男性の暴力被害も見えづらくなっていくわけです。

清田 自分もまさにそんな感じだったと思います。

中村 デボラ・カメロンという言語学者が「ジェンダーは名詞ではなく動詞である」と言っているんだけど、男性にとって「男らしさ」とは行動の指針やシナリオとして機能している。そういった視点を導入しないと暴力の問題は解き得ないのではないかと考え、大学院時代に学んだ「臨床社会学」の立場から暴力と男性性の問題に取り組み始めたというのが今に至る流れです。当時はまだDV防止法も成立していない時代で、それを説明するための言葉が全然なかったので、様々な男性たちの話を聞いたり、自分の内面を掘り下げたりしながらワードを構築していくところからのスタートでした。

 

非対称な関係性に根ざした「関係コントロール型暴力」
清田 中村先生は著書『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』で、「親密な関係」に秘められた危険性について述べられていました。距離が近く、身体接触の機会も多く、精神的な一体感があり、自他の境界や認識が薄れていく──。そういう関係の中で暴力も発生しやすくなるという指摘でした。

中村 そうですね。夫婦や恋人だけでなく、親子や師弟、教師と生徒や上司と部下なんて関係もそこに含まれると思いますが、こういった非対称な関係性に根ざして立ち現れる暴力を私は「関係コントロール型暴力」と呼んでいます。ここで言う暴力はもちろん身体的なものだけでなく、心理的、感情的、言語的な暴力も含まれますが、それらを用いて被害者の心や身体、思考などをコントロールしようとするわけです。

清田 前編で先生が挙げてくれた暴力の事例、過剰な束縛や性の強要、避妊の拒否、暴言、無視、侮辱、自尊心を打ち砕く、自由を奪う、相手を孤立させる、責任の転嫁や放棄、監視、ストーキング、セカンドレイプ、マインドコントロール、プライバシーの暴露……いずれも、まさにそれですよね。

中村 こういったものの土台にあるのが男らしさの問題です。これまで述べてきたように、そこでは暴力が容易に肯定されるどころか、暴力によって自己を形成し、他者との関係を構築していく習慣すらある。男性にとって暴力は相手との境界線を越えるためのツールになり得てしまうんですよね。古くは殴り合って友情を深める男性たちの姿が映画や漫画にはよく描かれていたし、競い合いによって互いに切磋琢磨していくとか、あるいはイジりやからかいによって絆を確かめ合うといったコミュニケーション様式も極めて男性的です。

清田 DVやデートDVも、そういう男性的コミュニケーションの延長線上にあるというわけですね。僕も昔、ヘアスタイルをショートボブに変えた恋人に対して「ちんちんみたいな髪型だね〜」とからかい、泣かせてしまったことがあるのですが、思えばあれも一種のデートDVだったのかもしれません。

中村 どうしてそんなことを言ってしまったの?

清田 そのとき周囲には男友達も数人いて、彼女をイジって笑いを取ろうという意図があったんですが、心の奥底のほうでは、恋人の新しい髪型があまり好みの感じではなく、その感情が攻撃性のあるイジりとして発露してしまっていたのではないか……と今の話を聞いていて思い直しました。

中村 もしそうだとすると、清田さんの取った行動は一種の「関係コントロール型暴力」ということになるかもしれませんね。

清田 こういう「男らしさ」に根ざした加害性について、我々男性はどのように自覚することができるのでしょうか?

中村 もちろん「男らしさ」といってもその内実は多義的だし、当人の性質やそのときに置かれた状況、また相手との関係性や社会状況なども関係してくるため、「これをすれば暴力は防げる」という万能な対策があるわけではありません。しかし、私も関わっている「脱暴力のプログラム」など、加害者臨床の現場で培われた知見やノウハウは非常に役立つと考えています。それは「アンラーン(脱学習)」といって、暴力と結びつきそうな男らしさの習慣や思考、認知の癖などを“学び落としていく”というものです。

 

感情の言語化とパワーの適切な使い方
清田 暴力と結びつきそうな男らしさを「アンラーン」していくプログラムとは、具体的にどういったものになるのでしょうか。

中村 脱暴力の対策は「暴力のナラティブ」を取り出すところから始まるんですね。ナラティブとは「自己の物語化」といった意味の言葉ですが、当人がどういう認識の元に暴力行為に及んだのか、まずはそこを聞き取ります。前編で挙げた「中和化のロジック」などもそれですね。

清田 都合のいい言い訳とか、正当化のための理屈などを検証し、修正していくというイメージでしょうか。

中村 そうではあるのですが、例えば「認知の歪み」というような価値判断はせず、あくまでナラティブとしてそのまま取り出します。「歪み」という表現に対しては「正しい認知」「適切な認知」が想定されることになるわけですが、ここには正解のようなものが存在するわけではないので。そうやって当人の言い分を聞き取った上で、どうしてそう思ったのか、相手はそのときどんな気持ちだったと思うかなど、いろいろ質問を投げかけながらナラティブを耕していきます。

清田 自分の感情や思考様式について言語化していくわけですね。

中村 そういう対話の中で男性たちの「意識覚醒(コンシャスネス・レイジング)」を促します。ただし、男性にとって感情の言語化というのはなかなか難しいもので、まさに清田さんの被害体験のように、DV加害者たちも自分の行為をある種の「エピソード化」してしまっていて、それを解体するのに時間がかかるわけです。

清田 僕も「あのとき自分は怖かったんだ」「本当は今でも悔しい気持ちが拭えない」というようなことを自覚し、認めるまでにものすごく時間がかかりました。

中村 基本的にはグループワークを通じた語り合いの中で言語化を進めていくことが多いけど、読書で言葉を仕入れたり、あるいは自分の体験を芝居にするというアプローチもある。諸外国の刑務所では「プリズンシアター」といって、受刑者たちが自分の犯罪を演劇で表現し、みんなで評しあうというプログラムが実際にあったりします。言葉にならないから行動化してしまったわけで、そこを改めて言葉にしていくことはとても大切です。

清田 ひと口に「言語化」といっても様々な手法があるんですね。

中村 ただ、もちろん言葉にするのは大事なんだけど、今度は脱暴力のプロセスによって“腑抜け”になってしまう男性も一定数いるんです。彼らにとって暴力とはパワーそのものなんですよ。誰かを攻撃することによって自分を奮い立たせてきた人にとって、脱暴力は生きる力を奪われることにすらなりかねない。そういう男性たちに対しては、例えばボクシングのようなプログラムが有効だったりします。つまり「殴るならちゃんと殴れ」「弱い者には手を出すな」と、卑怯な暴力を責任あるパワーに組み替えていくアプローチですね。プロボクサー経験者などが指導に当たっているところも多く、効果もてきめんです。これを「リフレーミング」と言います。

清田 なるほど。感情を言葉にしていくことと、持っている力を適切に使えるようになることは、男らしさの問題を考える上で重要な両輪となるわけですね。

中村 今回は暴力と男性性にまつわる話が中心になりましたが、DVの問題で真っ先にケアされるべきはもちろん被害者です。近しい人から暴力被害に遭うと信頼や安心の基盤が壊れ、常に恐怖を感じながら日常生活を送ることになります。自分を責めてしまったり、過剰に加害者の世話を焼いてしまったりする人すらいます。暴力が相手を異常な事態に追い込む行為であることは、すべての人が理解しておくべきだと思います。

清田 中村先生は「地雷とともに暮らしているようだ」「卵の殻の上で生活しているようだ」というDV被害者の声も紹介されていましたが、日常を奪われるのって最も苦しいことですよね……。

中村 被害者の保護および支援は引き続き拡充されていくべきですが、一方で加害者への対策も同時に進めていくべきだと私は考えています。かつて「売春」を「買春」と言い換え、買う男の問題なのだと読み替えたように、暴力をジェンダーの視点から捉え直し、男らしさに関する問題として掘り下げていく。まだまだ未開拓な部分も多いけど、男が自分たちで言葉を作っていかなくてはならない。

 私はよく「ワード(word)がワールド(world)を作る」と言っています。言葉がないと現実を認識できないので。でも、既製品の言葉に頼ると単に男らしさワールドが再生産されるだけなので、これを破壊する創造的なワードが必要です。そのためにはまず、競争的・暴力的に陥らない男同士の関係を模索していくことが大切です。そういう意味では、清田さんたちがやっている男同士の恋バナも有用な試みだと感じています。

清田 確かにそうですね。恋バナが暴力抑止につながるとは思いもよりませんでしたが……これからも語り合いを通じて男性性の問題を考えていきたいと思います!

 

服装が冬……原稿まとめに時間がかかってしまってすいません!

『ドメスティック・バイオレンスと家族の病理』(作品社)

 

【当連載が清田代表の新刊に収録されます!】

1200人以上の女性たちの失恋話や恋愛相談に耳を傾ける中で気づいた、失望される男性に共通する傾向や問題点とは? 「オトコ研究」の新たな地平を切りひらくフィールドワークの書!

 

『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(清田隆之/晶文社)

BTS(防弾少年団)の“兵役免除”議論が紛糾 ファンは「軍隊に行くべき」

 BTS(防弾少年団)を表紙に起用した「CanCam」(小学館)2019年8月号が、発売前から異例の売上を記録しているという。

 今月22日発売予定の「CanCam」では、表紙の他にもワールドツアーの合間を縫ってロサンゼルスで撮影された写真や、4000字におよぶBTSメンバーへのインタビューも掲載されており、日本はもとより海外からも大量の注文が入ったため急きょ増刷が決まったという。

 BTSは7月3日に日本シングル「Lights/Boy With Luv」をリリース。同月6日と7日に大阪のヤンマースタジアム長居で、同月13日と14日に静岡のエコパスタジアムで来日公演が予定されている。

BTSが7人揃って活動できる時間はあと少し
 精力的な活動を続けるBTSだが、ARMY(BTSファンの総称)のみならず、韓国社会をも揺るがす議論が起こっている。

 K-POPの男性アイドルには必ずついてまわる「兵役」の問題である。

 デビュー6周年を迎え、BTSのメンバーにも着々とそのタイムリミットが近づきつつある。これまでなら兵役は30歳まで延期できたのだが、昨年10月からは28歳以上の兵役延期に制限がかかるようになった。これにより来年28歳になる最年長のJIN は2020年に入隊することになると見られている。

 また、兵役前の25歳以上の男性の出国にも制限がかかるようになったため、国外での活動に支障をきたす可能性が出てきた。

 1回につき6カ月以内、2年の範囲内で原則5回まで国外渡航の許可を得ることができるが、ライブやイベントのため頻繁に海外を行き来するK-POPアイドルにとって入隊前のこの制限はかなり厳しい障害になると言われている。この規定によりBTSではSUGAの来年下半期からの活動に問題が出てくることになる。

BTSは今や地球規模での人気
 BTSの人気はもはや東アジアのみならず、北米、ヨーロッパ、南米など地球規模にまたがっている。

 昨年5月にリリースされたアルバム『LOVE YOURSELF 轉 ‘Tear’』では米ビルボードの総合アルバムチャート(Billboard 200)で1位を獲得する快挙を達成。その後に発売されたアルバム『LOVE YOURSELF 結 ‘Answer’』、『MAP OF THE SOUL: PERSONA』でも、同様にBillboard 200で1位を獲得している。

 BTSは現在ワールドツアー「LOVE YOURSELF: SPEAK YOURSELF」を行っているが、アメリカ3会場、ブラジル、イギリス、フランス、日本2会場を回るこのツアーの会場はどれも5万人以上の収容人数のスタジアムで行われた。

 特に、9万人以上の収容人数を誇るロサンゼルスのローズボウルスタジアム(東京ドームの収容人数は5万人)での公演は、ライブの行われた2日間で1660万ドルもの収益をあげ、公演会場史上最高記録を達成。テイラー・スウィフト、U2、ビヨンセ、リアーナといった錚々たるアーティストの記録を破ったという。

 BTSはこのツアーを通して60万枚以上のチケットを販売し、これから行われる日本公演もあわせるとチケット収入だけで1000億ウォンを突破するとされている。

 

BTSの兵役免除をめぐる議論
 昨年12月に、現代経済研究院が発表した「BTSの経済的効果」という報告書によると、BTSの年平均国内生産誘発効果は4兆1400億ウォンにもなり、その額は韓国の中堅企業の平均売上である1591億ウォンの26倍にあたるという(2019年6月10日付ニュースサイト「スポーツソウル日本版」より)。

 BTSの韓国社会への貢献は経済効果だけではない。BTSの音楽を通じて、韓国語を学び始めたり、韓国の文化や歴史に興味をもつ外国人は少なくなく、その延長で韓国への旅行者が増えるなど、明確に数値化できないものを含めれば、その影響は計り知れないと見られている。

 そういったことから、国会議員からもK-POPアイドルに関する兵役免除の議論が提起された。

 オリンピックで銅メダル以上を獲得したアスリートや、クラシックの国際コンクールで2位以上の成績をおさめた者など、世界的な活躍を見せる若者には兵役が免除される特例がある。

 しかし、芸能人はこの制度の枠内ではないので、K-POPアイドルで兵役免除となった例はいまだかつてない。

 昨年、ハ・テギョン議員はBTSを例にとりながら、現在の兵役特例は公平性に問題があると指摘した。

 これに対し、キ・チャンス兵務庁長は<国民的共感が得られない場合は困難>としつつも、<現実に適合させることができるように検討してみる>と答えたという(2018年7月26日付ニュースサイト「Kstyle」より)。

BTSのメンバーやARMYが「兵役」について思うこと
 BTSの兵役問題については、これからいよいよ本格的な議論に入っていくのだと思われるが、では、メンバー本人やARMYはこの問題についてどう考えているのだろうか?

 アメリカCBSの番組『サンデー・モーニング』に出演した際、兵役について質問を受けたJINはこのように答えている。

<韓国人として自然なことです。僕たちはいつか(兵役に)呼ばれたら駆け付けて、最善を尽くす準備ができています>(2019年4月26日付ニュースサイト「スポーツソウル日本版」より)。

 

 現段階で本人の口からはこのように言うしかないというのもあるだろうが、実は、ARMYも「兵役に行っておいた方が無難」といった考えをもつ人が多いようだ。

 「ユリイカ」(青土社)2018年11月号に掲載されたライターの巣矢倫理子氏による論文「外を見るファンダム あるARMYのナラティブから」には、韓国在住のARMYに「推しが兵役に行くことについてどう思うか?」という質問をぶつけた結果が書かれているのだが、その回答は意外なものだった。

<兵役に執着せざるをえない韓国の状況を理解する必要があります。アイドルにとって軍隊は、鶏肋(鶏ガラ:役には立たないが捨てるには惜しいもののこと)ではないかと思うのです。兵役を忌避すると、社会で培ってきたすべてのキャリアや評価が崩れて、アイドルとしての好感度を失います>
<男性アイドルだけでなく、男性芸能人はみな軍隊に行きたくないはずです。しかし、芸能人だということを理由に兵役に差別があってはならないと思います。芸能人ではない一般男性も、貴重な二年間を犠牲にするからです>

 この背景には、韓国社会における「兵役」についての考えがある。

 韓国社会において兵役は、男性ならば誰もが経験する通過儀礼であり、その務めを終えることで社会的に成熟した存在として見なされる価値観がある。

 しかし、その一方では、学業や仕事に集中できる若い時期を2年間も奪われる兵役に対し、「無駄な時間」と考える側面も同時に存在するため、その憎しみが女性蔑視につながっていると問題視する声もある。

 そういったことから、兵役に関しては「公平性」が重んじられる。芸能人や官僚などの特権階級にいる人が兵役逃れのようなことを画策し、それが表沙汰になると猛烈なバッシングが起こるが、BTSメンバーに対する兵役免除が本格的に議論されるようになれば、反発する声が起きるのは確実だろう。

 エンタメ系ニュースサイト「WoW!Korea」2019年6月11 日付の記事も、ARMYから<「兵役特例」が議論されることで、メンバーたちが傷つくことが目に見えてくる><今まで韓国の男性が「軍隊」に対する追求してきた盲目的な「公平性」を考えると、議論の過程であらゆる非難が集中することが予想できる>といった声が起きていると伝えている。

 

世界的な成功をおさめるK-POPグループ
 また、「WoW!Korea」の記事では、<一部のファンから騒がしく兵務庁などに問い合わせた場合、他のボーイズグループとの公平性も論争にもなる>といった指摘もあると書かれていた。

 世界的に活躍しているK-POPアイドルはBTSだけではない。

 たとえば、NCT 127は今年5月に発売したアルバム『NCT #127 WE ARE SUPERHUMAN』がBillboard 200で初登場11位にランクインする快挙を成し遂げた。MONSTA Xもアメリカの大手レコード会社・エピックレコードと契約して本格的なアメリカ進出を始めている。他にも、GOT7やStray Kidsなど、アメリカやヨーロッパをツアーで精力的にまわるグループをあげていけばキリがない。

 また、BTSが所属する事務所・Big HitエンターテインメントからBTSの弟分としてデビューしたTXT(TOMORROW X TOGETHER)などは、今年3月のデビュー当初から韓国での活動と同等、もしくはそれ以上にアメリカでの活動を重要視して行っている。今後はそうした活動方針をとるグループも増えてくるのかもしれない。

 こういった状況を勘案すると、海外での活躍を兵役免除の条件にするにしても、どこで線引きをするかが論争になるというのは、もっともな指摘であろう。

 とはいえ、東アジア出身の芸能人でBTSのような規模の世界的成功をおさめたのは稀なケースだ。

 そんな彼らが、せっかく掴んだチャンスにも関わらず、旬な時期で7人揃った完全体での活動ができなくなってしまう損失はあまりにも大きい。

 また、アジア諸国のみならず世界中にK-POP文化が広がった立役者は間違いなくBTSであり、彼らの不在がシーン全体の勢いを停滞させる可能性は大いにある。

 残された時間はもうあまり長くはない。議論の着地点はどこになるのだろうか。