SNS上で「いいね」をどれだけ集められるかが人気の目安となっている現代社会において、真逆の世界を突き進んでいるのがデンマークのラース・フォン・トリアー監督だ。絶望感たっぷりな『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)や『ドッグヴィル』(03)を見終わった後はぐったりするが、さらに『アンチクライスト』(09)や『ニンフォマニアック』(13)になると、人間の暗部をますますえぐり出すようになった。そして5年ぶりの新作『ハウス・ジャック・ビルト』(原題『The House That Jack Built』)は、観る者に共感を求めない孤高の作品となっている。
往年の青春映画スター、マット・ディロン演じる殺人鬼ジャックが主人公。本作は5章仕立てとなっており、ジャックが12年間にわたって手を染める4つの殺人事件が描かれる。最初のエピソードは、雪道で立ち往生していた中年女性(ユマ・サーマン)をジャックが車に同乗させたことから始まる。この中年女性は態度がやたらとデカく、ジャックが運転する車に強引に乗り込み、お礼も言わずに文句ばかりダラダラとしゃべり続ける。その挙げ句に、「乗るんじゃなかった。あなた、殺人鬼かも」と言い出す。『キル・ビル』(03)で大暴れしたユマ・サーマンが、あっさりと撲殺される。これがジャック、初めての殺しだった。
最初の殺人に味を占め、ジャックの犯行の手口はどんどん大胆かつ陰惨なものとなっていく。夫に先立たれた初老の女性(シオバン・ファロン)の自宅に保険の調査員だと偽って上がり込むや、彼女を殺害。完全犯罪をもくろむジャックは、犯行現場に血痕が残らないよう何度も何度も執拗に清掃を繰り返す。現場から離れられずにいるうちにパトロール中の警官が現われたため、慌てて逃げ出すジャック。袋詰めにした死体をワゴン車で引きずりながらの逃走となるが、ジャックは車が走った後の路上に延々と血痕が残されていることに気づいていない。強度の潔癖性なのに、やることはズボラ。ジャックの行動は支離滅裂で、理解できない。
地球滅亡の日を描いたトリアー監督のSF映画『メランコリア』(11)は、壮大なブラックジョークの世界だった。どうやら、本作もそっち系の作品らしい。第2の殺人事件のブラックなオチを見たあたりから、ようやくそのことに気づく。サイコパスを主人公にした超絶なブラックコメディ、それが『ハウス・ジャック・ビルト』なのだと。ジャックの思考性や言動はまったく共感することができない。でも、それは彼がシリアルキラーなのだから当然だ。逆に快楽殺人鬼の気持ちがよく分かる、というほうがヤバいだろう。
ジャックの狂気がピークに達するのは、第3の殺人だ。この日は爽やかなピクニック日和。ジャックは交際中の女性(ソフィー・グローベール)と彼女のまだ幼い2人の息子を連れて、森へと出掛ける。楽しい1日になるはずだった。ところが、その楽しみ方は、母子とジャックとでは180度異なっていた。猟銃を手にしたジャックは、鹿の親子をハンティングするように母子に銃先を向ける。引き金を引く順番は、小さい子から、次にお兄ちゃん、そして母親。いちばん残酷な殺害方法だ。サイコパスであるジャックに、罪悪感はまるでない。快心の狩りを満喫するジャックだった。
ジャックは建築家を目指しており、湖畔の土地に理想の家を建てようとするが、これまでの殺人のようにはうまく進まない。いったい、サイコパスが考える理想の家とはどんなものなのだろうか。吉田大八監督の青春映画『桐島、部活やめるってよ』(12)では、校内きっての人気者・桐島にも悩みがあることが浮き彫りとなった。人気者には人気者としての高次元の苦悩があるらしい。今年4月にフリーになった元TBSの宇垣美里アナウンサーは「人それぞれに地獄がある」と語った。宇垣アナの言葉に従えば、サイコパスにはサイコパスなりの、常人とは異なる夢と葛藤があるということになる。理解しがたい世界だが……。クライマックスでジャックの考える理想の家がようやく完成するが、これはもう苦笑せずにはいられない。
暴力の限りを尽くしたジャックは、最終的には現実世界を離れ、中世の詩人ダンテが書き残した叙事詩「神曲」の世界へと飛び込んでいく。ジャックをあちらの世界へと案内するのは、「神曲」と同様、ヴァージことローマの詩人ウェルギリウス(ブルーノ・ガンツ)だ。サイコパスの主観で描かれた『ハウス・ジャック・ビルト』は、ますますシュールなステージへと突入する。
共感できないままクライマックスを迎えることになるが、ひとつだけ言えることは、ひとりの人間の頭の中で理解できる世界はとても狭いということ。自分が共感できる世界、「いいね」を押したくなる世界よりも現実の世界はもっと広く、他人が妄想する世界はさらにもっと広い。「いいね」を押したくなる世界しか見ないことは、世界のほとんどを見ていないことに等しい。自分が今まで使っていた物差しだけでは、この世界を計ることは到底不可能だ。
トリアー監督は2011年、『メランコリア』がカンヌ映画祭で上映された際に「ヒトラーは善人とは言えないが、僕は少しだけシンパシーを感じるんだ」と記者会見で冗談まじりに口走り、カンヌ映画祭から追放処分となっていた。本作は8年ぶりのカンヌ復帰作だ。ジャックをあの世へと案内するヴァージ役のブルーノ・ガンツは今年2月に亡くなったドイツの名優。彼の代表作には『ベルリン・天使の詩』(87)と並んで、アドルフ・ヒトラーを演じた『ヒトラー 最後の12日間』(04)がある。ヒトラーは罪の意識を感じることなく、600万人ものユダヤ人や障害者たちを粛正した。トリアー監督に言わせれば、常識では考えられない、とんでもないことをやらかすのが人間の本質だということか。
理解不能なジャックの言動だが、第1の殺人事件の犠牲者となった高慢ちきな中年女性は、ジャックでなくてもムカつくはずだ。また、第2の殺人事件の後、ジャックは強迫観念に駆られて執拗に現場を清掃するが、強迫観念に囚われることは多くの人が経験しているに違いない。もしかすると、1人ひとりの人間の中に、ジャックのようなサイコパス気質の芽が潜んでいるのかもしれない。カンヌ映画祭での本作の上映中、途中退場者が続出したそうだが、観客の中には自分の中に小さなジャック、リトル・ジャックの存在を感じ、逃げるように席を立った人もいるのでないだろうか。トリアー監督が放つブラックジョークの世界、あなたは最後まで笑って見ていられる?
(文=長野辰次)

『ハウス・ジャック・ビルト』
監督・脚本/ラース・フォン・トリアー
出演/マット・ディロン、ブルーノ・ガンツ、ユマ・サーマン、シオバン・ファロン、ソフィー・グローベール、ライリー・キーオ、ジェレミー・デイビス
配給/クロックワークス、アルバトロス・フィルム R18+ 完全ノーカット版
新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、T・ジョイPRINCE品川、横浜ブルク13、川崎チネチッタほか全国ロードショー
(C)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31,ZENTROPA SWEDEN,SLOT MACHINE,ZENTROPA FRANCE,ZENTROPA KOLN
『パンドラ映画館』電子書籍発売中!
日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』
が電子書籍になりました。
詳細はこちらから!
