現代女子の目はなぜ異常なほど大きいのか? “盛る”女子たちの美意識の謎に迫った『盛りの誕生』

 90年代半ばの渋谷は、子ども心に少し怖い場所だった。世はコギャル全盛期で、ハイティーンのお姉さんたちが派手なメイクにルーズソックス姿で渋谷の街を闊歩していた。インターネットもまだほとんど普及していない時代で、「センター街を歩くとチーマーにカツアゲされる」「センター街のマクドナルドでポテトをつまんでいる女子高生は援助交際待ち」などと、根も葉もないウワサを信じていたものだ。コギャルブームの後も、“ガングロ”“ヤマンバ”“キグルミン”など、奇抜なメイクやファッションの流行は続いた。平成不況の折、世間には暗いムードが漂っていたが、渋谷は混沌として、活気にあふれていた。

 明らかに一般ウケ・男ウケしないメイクを、どうして彼女たちは好んでいたのだろうか。『「盛り」の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』(太田出版)は、メディア環境学者の久保友香氏が、地顔や写真に過剰な粉飾を施す現代女子の“盛り”についての考察をまとめた文化史の本だ。90年代半ばの「コギャルとプリクラの誕生」から、「ガラケー時代の盛りブログ」「デカ目加工された新世代プリクラ」「つけまつげの変遷」「カラーコンタクトの諸事情」「現代のスマホによる自撮り」「インスタ映え」「韓流オルチャンメイク」まで、それぞれの当事者にインタビュー取材を行い、“盛り”の誕生から25年の歴史をたどって、不可解な“盛り”の謎に迫っている。

 メイクの流行はテクノロジーの進歩によって変わっていく。「技術が変われば、女の子たちが目指す顔も変わる」「技術が女の子の目指す顔の基準を作っている」と久保氏は語っている。江戸時代以前は、白粉など白い化粧道具で目を細く見せることが目指されていたが、大正時代以降、アイシャドウの輸入により、目を大きく見せる化粧が流行し定着した。70年代、シンセサイザーの登場により、テクノミュージックが流行し、そのままジャンルとして確立したようなものだろうか。デジタル技術環境が発展すれば、極端なデカ目を目指す女の子が増えるのも自然なことなのだ。

 ではなぜ、女の子たちは “盛る”のか。本書では以下のように考察している。

「少し間を置いてから、彼女はこう答えた。「自分らしくあるため」私は驚いた。(中略)自然のままの人間の顔には多様性があるが、人工的に加工した顔は均一化する。「盛り」は自分らしさを消す行為だと考えていた。それなのに、彼女の「盛り」は自分らしさのために行っていると言う。私はその後、何人もの女の子に同じ質問をしたのだが、最終的に出てくるのは「自分らしさ」や「個性」という言葉だった。(略)日本の女の子たちの中には、最初から個性を表現するのではなく、まずは型を「守」り、それができたら「破」って個性を表し、それが真似されたら「離」れて新しい型を作ることができるという「守破離」の美意識がある。2000年代のデカ目にもそれが表れていたのだ。彼女たちが言う「個性」とは、最初から表す個性ではなく、コミュニティで共有するデカ目という「型」を守った上で表す個性。絶対的な個性ではなく、相対的な個性だったのだ」(本書P203-210)

 久保氏は、“盛り”が形成する女の子のコミュニティを、より重要視して語っている。個人主義の西洋では「コミュニティで作る個性」という概念がなかったが、インスタグラムなどSNSの普及により、コミュニティ主義に変化しているという。95年ごろからプリクラコミュニティを形成していた日本の女の子たちは、かなり先進的だったのだ。この“盛り”コミュニティの変遷についても、時代を追って詳しく述べられているので、興味がある方はぜひ読んでみてほしい。

 本書が他の社会学的アプローチの本と一線を画すのは、「女子がデカ目を目指すのは、日本人の西洋コンプレックスに起因している」などといった説教くさい論調と無縁な点にある。久保氏は女の子の“盛り”に概して肯定的で、“盛り”を楽しむ彼女たちの生き方を応援している。氏は最終章「オルチャン盛り」の項を次のように締めくくっている。、

「竹島? 私たちがオルチャンメイクをすることと、領土の話と、なんの関係があるの?」(本書P336)

 かつてシンディ・ローパーは「Girls just wanna have fun(女の子は楽しみたいだけ)」で鮮烈なデビューを果たし、日本のガールズバンド・プリンセスプリンセスは「好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ」(Diamonds)と歌い、大ヒットを記録した。女の子たちの生を謳歌するパワーに、今さらながら我々男性も見習うべきところがあるのではないだろうか。楽しむことに、国境も国籍も関係ないのだ。
(文=平野遼)

●久保友香(くぼ・ゆか)
1978年、東京都生まれ。2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。専門は、メディア環境学。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など歴任。日本の視覚文化の工学的な分析や、シンデレラテクノロジーの研究に従事。2008年「3DCGによる浮世絵構図への変換法」でFIT船井シストペーパー賞受賞。2015年「シンデレラテクノロジー」のための、自撮り画像解析による、女性間視覚コミュニケーションの解明」が総務省による独創的な人向け特別枠「異能(Inno) vation」プログラムに採択。

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宇垣美里、フォトエッセイ重版記念で美脚カットを公開も、「短い」とブーイングの嵐!

 元TBSアナウンサーで現在はフリーアナウンサーとして活動している宇垣美里。先月発売したファーストフォトエッセイ『風を食べる』(集英社)の重版が決定し、その記念として5月20日発売の『週刊プレイボーイ』(同)内で美脚カットを公開したのだが、現在物議を醸している。

 問題となっているカットは、白いニットワンピースを着用し、イスに座りながら素足を大胆に見せつけているというもの。ミニ丈のため、太ももから露わとなっている色っぽいカットということで、ファンからは「キレイ!」という声が。しかしその一方で、ネットでは「脚が短い……」「これなら私の方が!」「これのどこがキレイ?」とブーイングの嵐が起こっている。

「TBSアナ新人時代に全身写真が公開されたんですが、そのときから脚が短いとの指摘が多くあり、スタイルが悪いと言われていましたからね。“美脚”というにはちょっと無理があるかと思います」(芸能記者)

 そういわれてしまっているが、最近は女性ファッション誌に頻繁に登場。「anan」(マガジンハウス)では美尻カットを見せるなど、いろいろと挑戦しているようなのだが……。

「美尻カットで話題となりましたが、そのときもやはり『脚が短い』との指摘がネットでは多く上がっており、『ファッション誌には向かないタイプ』だとの声もありました。実際、続々と有名ファッション誌に登場していますが、よく見るとどれもメイクページでの起用。女性ファッション誌業界では『顔はいいけど、スタイル悪すぎてファッションページでは使えない』との話も聞きますよ」(女性誌ライター)

 同じTBS出身でフリーアナの先輩である田中みな実も、ファッション誌や美容誌などに登場。過激なカットに批判が集まるなど、物議を醸すことが多々あるが、先の女性誌ライターが言うには、「田中さんの方がスタイルはいいし、なによりストイックさが違うので需要があるでしょう」とのこと。

 コスプレぐらいしか生き残る道はないかもしれない!?

「日曜劇場」の“大げさ演出”は飽きられた!? 『半沢直樹』続編決定報道に「遅い」の声

 堺雅人主演『半沢直樹』(TBS系)の続編が、前作から約7年ぶりに放送されると報じられ、ネット上では「やったー!」「待ってました」と歓喜の声が相次いでいる。

 21日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)によれば、続編の放送は東京五輪開催前の来年7月スタート。現時点では、キャストは堺しか決まっておらず、前作で活躍した香川照之や及川光博などの出演は未定だという。

 なお、2013年7月クールで放送された『半沢直樹』は、期間平均視聴率28.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。最終回では驚威の42.2%を記録し、キャッチコピーの「やられたらやり返す、倍返しだ!!」は流行語となった。

「TBSはこれまで、堺サイドに大幅なギャラアップを持ちかけるなど、あらゆる作戦でオファーを出し続けてきた。しかし、堺の事務所がなかなか首を縦に振らず、時間だけがたってしまった」(テレビ関係者)

『半沢直樹』の続編ともなれば、前作同様に40%台も期待できそうだが、「せいぜい20%程度では?」と冷静に見る向きも。

「『半沢直樹』で目新しかった、あの大げさな演技や演出も、『ルーズヴェルト・ゲーム』や『下町ロケット』、『陸王』、『集団左遷!!』といった同じ路線のドラマが『日曜劇場』で量産されたことにより、すっかり定番化。昨年放送された『下町ロケット』シリーズ第2シリーズは期間平均13.6%と、シリーズ第1作の18.5%を下回る結果に。放送中の福山雅治主演『集団左遷!!』も、同路線ながら第2話で8.9%まで落ち込むなど苦戦している。『半沢直樹』も、続編をやるにはちょっと遅かったという印象です」(テレビ誌記者)

「大げさなドラマ」というブランドを確立させた「日曜劇場」。しかし、その賞味期限が少し心配だ。