“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

中学受験ではその対策として、一般的に“大手塾”を利用することが多い。そのため、中学入試合格実績においても大手塾の寡占状態。専門家の先生方の集計を見てもそれは明らかで、首都圏では大手6塾からの総合格者数が9割、関西圏でも総合格者数の大半は大手9塾の塾生である。このような状況に鑑みると“中学受験の合格は大手塾が担っている”と言えるのである。
この“大手塾”、中学受験に馴染みがない方にとっては、普通の塾と何がどう違うのかもわからないだろう。説明するならば「大手塾はファミレス」と思っていただけると理解が早いと思う。
ファミレスは、中華、和食、洋食など、さまざまなおいしい料理を提供し、幅広い顧客の胃袋を満足させるということを目的に置いている。どのチェーン店の店舗に入ろうが、品質管理の徹底、社員教育も一定以上、メニューも充実、値段設定も安心価格という具合で「合格点」を付けて帰る人は多いだろう。
大手塾も同じで、日々スキルを磨いて、合格実績を上げ、多くの塾生、保護者の満足度を得ている。一方で、地元の中小塾は、さしずめご当地食堂みたいなイメージで、合格実績の点で「当たりはずれがある」とも言えるのだ。
そんな大手塾だが、一つ気をつけなければいけないことがある。どのファミレスのハンバーグでも、一定以上はおいしいが、「料理方法」に違いがあるのだ。
中学受験において、塾選びは大事なポイントで、これが勝敗を分けるとも言えるので、安易に「聞いたことがあるし、近いからここでいいわ」と決めてしまうのはかなり危険なことになる。
敦子さん(仮名)はフルタイムで仕事をしている、いわゆるキャリアウーマン。娘のエリカちゃん(仮名)が新小学4年生になる時、敦子さんの希望で「中学は私立」という選択をしたそうだ。学区中学の評判が芳しくなかったことと、小3のクラスが、学級崩壊していたことが理由になったらしい。
そこで敦子さんは、どうせ行くならば、大学合格実績も良いと言われている偏差値の高い学校に行かせたいと思い立ち、難関校に強い大手塾の門を叩いた。「どの塾を選んでも同じようなものでしょ?」という気持ちだったらしい。
ところが、この塾は、勉強量と、受験までに終えなければいけない学習内容を仕上げる早さに定評があり、したがって「子どもが自分で学習できるようになるまでは親のサポートは必須。特に宿題の優先順位を決めること、プリント管理は親の仕事」というスタンスだったという。つまり、よほど学習習慣が根付いている子でない限り、親の出番が多いという塾だったのだ。
その頃、敦子さんは管理職になったばかりで、とても忙しく、エリカちゃんの勉強に付き合う時間も取れない状態だった。頼みの夫は単身赴任で戦力外。それでも、エリカちゃんはきちんと塾に通っているし、真面目な子であるため、「きっと、塾の勉強についていけてる、大丈夫だ」と思い込んでいたという。
敦子さんには「だって、難関校請負塾だって評判のところに行かせているのだから」という根拠のない自信もあったのだそうだ。しかし、気が付くと、エリカちゃんは組み分けテストの度にクラスが下がっていく。
敦子さんは心配して「エリカは真面目にやっているのだから、きっと合格するわよ。最後はコツコツ型が勝つのよ!」と励ましたという。ところが、この叱るでもなく、怒るでもない“励まし”の言葉の方が、エリカちゃんにはつらかったようだ。
エリカちゃんは敦子さんに、頻繁にこう尋ねるようになった。
「ママ、エリカのこと好き? 嫌いになってない?」
「大好きよ。嫌いになるわけがないじゃない? エリカはママの大切な子どもよ」
そんな問答が毎日のように交わされていたらしい。
そうこうしていた5年生の冬に、ある事件が起こった。敦子さんは、エリカちゃんの頭に500円玉大の禿げを見つけた。円形脱毛症だ。敦子さんは、「こんなに幼い娘に、私はなんというストレスを与えていたのか……」とショックを受けたという。
その時、初めてエリカちゃんは、自分の気持ちを打ち明けてくれたそうだ。
「前は(塾で満点を取ると)“ごほうびシール ”をもらえることもあって、それを見せるとママが喜んでくれたから、頑張ろうって思えたんだけど、今はもう1枚も取れない。算数の先生が何を言っているのかもよくわからない。どうしていいのかもわからない……」
中学受験は、一度参入してしまうと、そこから抜け出すことが難しいという“罠”がある。子ども自身がそれを拒否するのだ。敦子さんも「そんなに苦しいなら、受験はやめよう」とエリカちゃんに提案したそうだが、首を縦に振らない。ある程度、塾生活を送った子たちは、どんな状況下に置かれても、大抵の場合「受験はやめない」と言い切るのだ。
敦子さんは自虐気味にこう話してくれた。
「私が浅はかだったんです。自分に中学受験の経験がないせいで、なんだか簡単に考えていて……。塾にも性格があって、その特性に合った子ならば伸びるし、逆の場合はこんなにもストレスを与えてしまうものなのかと、自分を殴りたいような心境でした」
そして、新6年生になった段階で転塾を決めたそうだ。
「前に行っていた塾は、確かに素晴らしいカリキュラムでしたし、考えられた問題を出してくれるので、『さすがだな』って思うことも、たくさんありました。でも、いかんせん、エリカの性格には合わなかったんです。あの塾は“負けず嫌い”のお子さんが伸びる塾なんですね。エリカのように、おっとりとしていて、人との競争を好まない子には向いてなかったなぁって思っています。それで、マイペースなエリカに合う、ガツガツ勉強をやらせないという大手塾に転塾しました」
5年生の段階で全ての単元を終えていたエリカちゃんにとっては、授業でも聞き覚えのあることも多かったようで、少しずつ自信を取り戻していく。
その塾の先生の「エリカ、完璧は必要ないぞ。これで十分、合格圏内!」という言葉にも励まされ、徐々に、元のような笑顔を見せてくれるようになったという。 そして、この春、エリカちゃんは無事に第一志望校に合格した。この塾が掲げている「自分のトップ校へ行こう!」というスローガンを体現した形だ。敦子さんは、中学受験を終えた今、どんなことを思っているのだろうか。
「エリカは真面目だから大丈夫と思ってしまっていたんです。真面目だからこそ、きちんとやろうとして消化不良を起こしちゃったんですよね。うまく誘導したり、ストップをかけたりすることこそが親の仕事なのに、あんな状態になるまで気が付かなかったなんて、親失格です。でも、回り道はしましたが、中学受験をすることで、エリカに合った環境をプレゼントできたと思っています」
(鳥居りんこ)