山田優、新たな“炎上女王”に! その理由は「自意識」?

 モデルでタレントの山田優が、新たなSNS炎上キャラになりつつある。平成から令和の改元をめぐって「天皇皇后両陛下 お疲れ様でした」とインスタグラムに投稿し「言葉の使い方がなってない」と炎上したのだ。

 山田はこれまでもたびたびSNSが炎上することで知られている。2018年6月の大阪北部地震発生時には、「道が混んでてつかないー。困りました」と能天気な様子をさらしてしまった。さらに7月の西日本豪雨のあとに「梅雨も明けた?ので夏の必需品~!」として日焼け止めスプレーを紹介する記事をアップロードし「ステマ優先の不謹慎記事」と炎上している。

 山田は新たなSNS炎上女王となりつつあるが、その理由はなんだろうか。

「山田優のインスタグラムの特徴としては、自撮りの多さがあげられますね。常に自分の写真と何かを絡めて投稿しています。そのため、何事にも自分優先かと批判を集めてしまうのでしょう。さらに、やたらと時事ニュースに絡めた発言も、不用意なツッコミを浴びやすいといえますね」(芸能関係者)

 いわば山田の「自意識」が炎上を招いているといえそうだ。

「山田は小栗旬との間に2人の子供をもうけていますが、こちらに関しても『生後2カ月の子供を居酒屋に連れ出して炎上』をまねいています。ただ、最近は子育てネタはあまり出てこず、もっぱら自撮りとファッション関係のステマ記事に埋め尽くされています。こうしたセレブモデルアピールも何かとアンチを集めやすいといえます」(同)

 芸能人は悪い意味で世の中とずれた人間が少なくない。10代から芸能活動を始めていた山田もその一人なのかもしれない。すっかり炎上キャラが板についてきた山田は、これからも問題発言をする可能性は高そうだ。
(文=平田宏利)

山田優、新たな“炎上女王”に! その理由は「自意識」?

 モデルでタレントの山田優が、新たなSNS炎上キャラになりつつある。平成から令和の改元をめぐって「天皇皇后両陛下 お疲れ様でした」とインスタグラムに投稿し「言葉の使い方がなってない」と炎上したのだ。

 山田はこれまでもたびたびSNSが炎上することで知られている。2018年6月の大阪北部地震発生時には、「道が混んでてつかないー。困りました」と能天気な様子をさらしてしまった。さらに7月の西日本豪雨のあとに「梅雨も明けた?ので夏の必需品~!」として日焼け止めスプレーを紹介する記事をアップロードし「ステマ優先の不謹慎記事」と炎上している。

 山田は新たなSNS炎上女王となりつつあるが、その理由はなんだろうか。

「山田優のインスタグラムの特徴としては、自撮りの多さがあげられますね。常に自分の写真と何かを絡めて投稿しています。そのため、何事にも自分優先かと批判を集めてしまうのでしょう。さらに、やたらと時事ニュースに絡めた発言も、不用意なツッコミを浴びやすいといえますね」(芸能関係者)

 いわば山田の「自意識」が炎上を招いているといえそうだ。

「山田は小栗旬との間に2人の子供をもうけていますが、こちらに関しても『生後2カ月の子供を居酒屋に連れ出して炎上』をまねいています。ただ、最近は子育てネタはあまり出てこず、もっぱら自撮りとファッション関係のステマ記事に埋め尽くされています。こうしたセレブモデルアピールも何かとアンチを集めやすいといえます」(同)

 芸能人は悪い意味で世の中とずれた人間が少なくない。10代から芸能活動を始めていた山田もその一人なのかもしれない。すっかり炎上キャラが板についてきた山田は、これからも問題発言をする可能性は高そうだ。
(文=平田宏利)

“神の沈黙”をデビュー作で描き切った注目の才能!! 岩井俊二、是枝裕和の再来を思わせる新鋭監督現わる

 神さまは本当にいるの? 人間は死んだらどうなるの? 誰しも子どもの頃に頭を悩めた問題ではないだろうか。大人たちに尋ねても答えてはもらえず、結局答えが分からないまま自分も大人になってしまった。そんな少年期のモヤモヤ感を瑞々しい映像で、ユーモアと残酷さを交えて描いてみせたのが新人・奥山大史監督だ。長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』は奥山監督が青山学院大学在学中に撮った低予算の自主映画ながら、スペインのサンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞(22歳での同賞受賞は史上最年少記録)。ストックホルム国際映画祭とダブリン国際映画祭では最優秀撮影賞を受賞するなど、すでに海外でその才能が高く評価されている。

 物語の主人公は、転校先の小学校がミッション系だったことに戸惑う少年・ユラ(佐藤結良)。神の存在について考えるようになったユラの前に小さな小さな神さま(チャド・マレーン)が現われ、ひとりぼっちだったユラは「友達ができますように」と祈る。その願いは叶えられ、サッカーが得意な和馬(大熊理樹)という親友ができる。次々とユラの願いを叶えてくれる神さまだったが、やがてユラに大きな試練も与えることに―。

 現在は大手広告会社に勤める奥山監督に、宗教や死生観という深淵なテーマを扱ったデビュー作について語ってもらった。

──『僕はイエス様が嫌い』は学生時代に撮った作品ですが、青山学院大学には映画学科はありませんよね?

奥山大史(以下、奥山) はい、芸術系の大学のような映画学科はありません。大学の卒業制作として撮ったわけではなく、あくまでも学生が撮った自主映画です。でも、社会人になったらのんびり自主映画をつくる余裕もなくなるだろうから、その前に形になるものを残しておきたいという思いがあり、学生時代の集大成のつもりで撮り上げた作品なんです。

──神さまはいるの? 死後の世界はあるの? と子どもの頃は真剣に考えましたが、大人になると悩んでいたことさえも忘れてしまう。そんな誰もが体験した宗教観や死生観を、デビュー作で見事に描いています。

奥山 大人になると忙しくなるので、いくら考えても仕方ないってことなんでしょうね。僕自身、子どもの頃に「本当に神さまはいるのかな」とすごく考えていた時期があります。その頃の体験を、映画を撮ることで改めて考えるようになりました。最初はもっとガチガチに宗教観や死生観を描いたものにしようとプロットを書いてみたんですが、あまりに取っ付きにくい偏った宗教映画になってしまいそうだったので、もう少し普遍性のある一人の少年の成長ドラマにすることにしたんです。

神さまはイマジナリーフレンドだった!?

──ひとりぼっちのユラの前に、愛嬌のある小さな神さまが現われる。神さまを子どもの頭の中にいるイマジナリーフレンドとして描いている点が斬新でした。現実に対して非力な子どもたちにとって、神さまはイマジナリーフレンドと同じくらい身近な存在なんだなと感じました。

奥山 姿が見えないのに、みんながその存在を信じている神さまって、どこかイマジナリーフレンドと近いものなのかもしれません。何か迷ったときに相談にのってくれたり、答えへと導いてくれる神さまは、子どもたちにとって、とても身近な存在だと思います。特定の宗教じゃなくても、自分だけの神さま、困ったときに悩みを共有してくれるイマジナリーフレンドって、みんないたんじゃないかと思うんです。

──ひとりっ子のユラの望みを、小さな神さまは次々と叶えてくれる。『ドラえもん』ののび太とドラえもんの関係も連想させます。

奥山 そう言われれば、確かにそうですね(笑)。映画をつくっているときは意識していませんでしたが、3Dアニメ版『STAND BY ME ドラえもん』(14)も、のび太の前からドラえもんが消えてしまう物語でした。“神の沈黙”というか“ドラえもんの沈黙”が描かれていたわけですよね。オールマイティーな存在がいて、自分の味方になってくれるけど、やがて姿を消してしまうという展開は、ある意味では少年の成長ドラマを描く上での王道なのかもしれません。王道の世界に宗教を絡めたところが、観てくれた人たちには新鮮に感じてもらえたようです。

──千円札を折って作った紙人形と神さまを紙相撲対決させるなど、けっこうブラックジョークも効いています。

奥山 そうですね(笑)。小道具を使うときは、単純にそのシーンを盛り上げるためだけじゃなくて、物語の伏線になるように考えました。そうじゃないと出す意味がないと思うんです。でも、あまり説明的になり過ぎないようにも意識しました。観ていただいた方に考える余白がちょっとあるくらいが、楽しんで観てもらえるんじゃないかと思うんです。神さまを演じてくれたチャド・マレーンさんに海外の映画祭向けの英語字幕も付けてもらったんですが、お笑い芸人なだけあって、字幕を出すタイミングや意訳の仕方が抜群だとほめてもらっています。海外で評価が高かったのは、チャドさんの力がかなりあると思います。サンセバスチャン映画祭に応募するための仮編集版、映画祭上映版、その後の修正版……と編集し直す度に、チャドさんが英語字幕を付け直してくれたので、本当に感謝しています。

──ユラがミッション系の学校に転校し……というストーリーは、奥山監督自身の体験がベースになっているんですよね?

奥山 はい、幼稚園の途中から大学までミッション系の学校に通いました。最初はすごく戸惑いがありました。みんな楽しげに礼拝堂で聖句を唱えているんですが、どうして姿も見えないものをそんなに信じることができるんだろうって。集団で祈るという行為にも抵抗がありました。でも、子どもの頃の記憶をすべて鮮明に覚えていたわけではなくて、脚本を書く前に母校に1週間ほど通い、いろいろと思い出していった感じでした。ユラが親友となる和馬と仲良くなり、そして別れることになるのも、僕自身の体験を投影したものです。僕にとって初めての親しい人との死別でした。彼が亡くなったとき、周囲の人たちが意外とあっさりと日常生活に戻っていったことにも違和感がありましたし、自分も亡くなったらこんなふうに忘れられていくんだなぁ……とか考えるようになったんです。

──映画とはもしかすると、二度と逢えない人と再会するためのタイムマシン的な装置なのかもしれませんね。

奥山 そうですね……。『僕はイエス様が嫌い』に関していえば、自分の中で消化されてなかった記憶を追体験したいという気持ちが強かったように思います。主人公の少年には自分の過去を投影させていますし、追体験することで胸の中に消化されずにいた想いにもう一度向かい合いたかったんだと思うんです。撮影中は忙しすぎて、当時を振り返る余裕はありませんでしたが、脚本を書いている間や編集中は、思い出すことが多かったですね。今回、映画をつくったいちばんの動機である亡くなった親友のお母さんに完成したDVDを届けに行ったんです。そのとき親友のお母さんに「一緒に観よう」と言われ、観ることにしました。多分、映画をつくってなかったら、親友のお母さんと一緒にそんな時間を過ごすこともなかったでしょうね。自分の中で消化できずにいた記憶が少しだけ消化できたというか、整理できたんじゃないかなと思うんです。

男の子がいちばん美しい年齢

──子どもたちがいつも窓から外の景色を眺めているのが印象的です。

奥山 窓から外の様子を眺めている姿って、人間がいちばん美しく撮れるカットだと僕は思っているんです。一定の方向から光が当たるので、陰影がはっきり出ますし、子どもを撮っていてもそうだと思います。人が窓から外を眺めているカットって、僕はすごく魅力的だと感じているんです。

──中学校に上がる前の男の子たちが主人公。大人でも子どもでもない、曖昧な年齢ですね。

奥山 僕自身がその年齢の頃に体験したことを描いたということもありますが、あの年齢の男の子たちを主人公にしてよかったなと思っています。小5から中1にかけてが、男の子がいちばん美しい年齢じゃないかと僕は思っているんです。和馬役の大熊くんはユラ役の佐藤くんより1歳年上なんですが、久しぶりに会うとすっかり大人びていました。あの年頃の少年は1歳年齢を重ねるだけで、すごく変わります。男の子が子どもでも大人でもない時期って、すごく短い。でも、その儚さみたいなものが危うさを感じさせますし、魅力的でもあるんじゃないでしょうか。撮影期間は1週間だけで、夜8時以降は子どもたちの撮影はできないとか、いろんな規制はありましたが、子どもたちと同じ旅館に泊まっていたこともあり、一緒になって遊んだり、カップラーメンを食べたり、楽しく過ごすことができました。

 

奥山監督に影響を与えた人物は?

──子どもたちの豊かな世界を描いた、という点で是枝裕和監督の『誰も知らない』(04)なども連想させますね。

奥山 もちろん、是枝さんの作品は大好きですし、子どもたちには脚本を見せないという演出方法は是枝さんからの影響です。でも、是枝さんも最初からその手法を見つけていたわけではなく、いろんな人たちの影響を受けながら体得したものだと思うんです。僕自身、中学の頃に「大人計画」の舞台を観たことで演技の世界に魅了されたことが映画を撮るようになったきっかけですし、1シーン1カットで撮影するという手法は海外の監督からの影響で、構図は写真を撮ることで学んだものです。一人からではなく、いろんなものから影響を受けています。今回は自分の実体験がベースになっていますし、何を描きたいのか、何を伝えたいのかがはっきりしていれば、伝え方は誰かの影響を受けたものでもかまわないと思うんです。

──前作『Tokyo 2001/10/21 22:32~22:41』(18)は短編映画でしたが、大竹しのぶ主演作。よく学生監督のオファーに大竹さんが応えてくれましたね。

奥山 もともとはテレビ番組『岩井俊二のMOVIEラボ』(NHK教育)向けにつくった1分程度の映像だったんですが、短編映画として残したいと思い、大人計画の舞台「ふくすけ」に出演していた大竹さんにオファーしたんです。事務所宛に手紙を送ったんですが、半年くらいそのままになっていたので、自分で企画書を持って事務所を訪ねました。1日だけの撮影で10分程度の短編ですが、企画から完成まで2年半ほど掛かったんです。大竹さんが出演してくれて、本当にラッキーでした。

──現在は大手広告会社に勤務しているわけですが、映画監督としての今後の活動予定は?

奥山 国内でこれからようやく劇場公開されるので、どんな反応があるのか楽しみにしているところです。「一緒に何かやろう」と声を掛けてくださる方もいて、ありがたいです。構想はいくつかありますが、まだ具体的な脚本はできていません。今は会社で広告全般にまつわる仕事をしているところです。脳の使い方が映画を撮るときはとはまったく違いますね(笑)。いろいろと勉強になります。映画監督をしていく上で視野の広さを持つことは大切なので、会社での経験もきっと役立つんじゃないかと信じているんです

 窓から差し込む冬の日差しを浴びた少年たちの姿を繊細に映し出すカメラワークは岩井俊二監督を思わせ、子どもたちだけの豊饒な世界は是枝裕和監督の作品を連想させる。奥山監督いわく、他にもいろんな人物や作品から刺激を受けてきたそうだ。新しい才能の誕生を、映画の神さまもきっと祝福するに違いない。

(取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)

神の沈黙をデビュー作で描き切った注目の才能!! 岩井俊二、是枝裕和の再来を思わせる新鋭監督現わるの画像5

『僕はイエス様が嫌い』
監督・撮影・脚本・編集/奥山大史
出演/佐藤結良、大熊理樹、チャド・マレーン、木引優子、ただのあつ子、二瓶鮫一、秋山建一、大迫一平、北山雅康、佐伯日菜子
配給/ショウゲート 5月31日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次ロードショー
(C)2019閉会宣言
https://jesus-movie.com

●奥山大史(おくやま・ひろし)
1996年東京都生まれ。初長編映画『僕はイエス様が嫌い』がサンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞、ストックホルム国際映画祭とダブリン国際映画祭で最優秀撮影賞、マカオ国際映画祭でスペシャルメンションを受賞した。大竹しのぶが主演した短編映画『Tokyo 2001/10/21 22:32~22:41』(18)は釜山国際映画祭に正式出品されている。小川紗良監督『最期の星』(18)では撮影監督を務めた他、GUやLOFTのCM撮影も担当。

“神の沈黙”をデビュー作で描き切った注目の才能!! 岩井俊二、是枝裕和の再来を思わせる新鋭監督現わる

 神さまは本当にいるの? 人間は死んだらどうなるの? 誰しも子どもの頃に頭を悩めた問題ではないだろうか。大人たちに尋ねても答えてはもらえず、結局答えが分からないまま自分も大人になってしまった。そんな少年期のモヤモヤ感を瑞々しい映像で、ユーモアと残酷さを交えて描いてみせたのが新人・奥山大史監督だ。長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』は奥山監督が青山学院大学在学中に撮った低予算の自主映画ながら、スペインのサンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞(22歳での同賞受賞は史上最年少記録)。ストックホルム国際映画祭とダブリン国際映画祭では最優秀撮影賞を受賞するなど、すでに海外でその才能が高く評価されている。

 物語の主人公は、転校先の小学校がミッション系だったことに戸惑う少年・ユラ(佐藤結良)。神の存在について考えるようになったユラの前に小さな小さな神さま(チャド・マレーン)が現われ、ひとりぼっちだったユラは「友達ができますように」と祈る。その願いは叶えられ、サッカーが得意な和馬(大熊理樹)という親友ができる。次々とユラの願いを叶えてくれる神さまだったが、やがてユラに大きな試練も与えることに―。

 現在は大手広告会社に勤める奥山監督に、宗教や死生観という深淵なテーマを扱ったデビュー作について語ってもらった。

──『僕はイエス様が嫌い』は学生時代に撮った作品ですが、青山学院大学には映画学科はありませんよね?

奥山大史(以下、奥山) はい、芸術系の大学のような映画学科はありません。大学の卒業制作として撮ったわけではなく、あくまでも学生が撮った自主映画です。でも、社会人になったらのんびり自主映画をつくる余裕もなくなるだろうから、その前に形になるものを残しておきたいという思いがあり、学生時代の集大成のつもりで撮り上げた作品なんです。

──神さまはいるの? 死後の世界はあるの? と子どもの頃は真剣に考えましたが、大人になると悩んでいたことさえも忘れてしまう。そんな誰もが体験した宗教観や死生観を、デビュー作で見事に描いています。

奥山 大人になると忙しくなるので、いくら考えても仕方ないってことなんでしょうね。僕自身、子どもの頃に「本当に神さまはいるのかな」とすごく考えていた時期があります。その頃の体験を、映画を撮ることで改めて考えるようになりました。最初はもっとガチガチに宗教観や死生観を描いたものにしようとプロットを書いてみたんですが、あまりに取っ付きにくい偏った宗教映画になってしまいそうだったので、もう少し普遍性のある一人の少年の成長ドラマにすることにしたんです。

神さまはイマジナリーフレンドだった!?

──ひとりぼっちのユラの前に、愛嬌のある小さな神さまが現われる。神さまを子どもの頭の中にいるイマジナリーフレンドとして描いている点が斬新でした。現実に対して非力な子どもたちにとって、神さまはイマジナリーフレンドと同じくらい身近な存在なんだなと感じました。

奥山 姿が見えないのに、みんながその存在を信じている神さまって、どこかイマジナリーフレンドと近いものなのかもしれません。何か迷ったときに相談にのってくれたり、答えへと導いてくれる神さまは、子どもたちにとって、とても身近な存在だと思います。特定の宗教じゃなくても、自分だけの神さま、困ったときに悩みを共有してくれるイマジナリーフレンドって、みんないたんじゃないかと思うんです。

──ひとりっ子のユラの望みを、小さな神さまは次々と叶えてくれる。『ドラえもん』ののび太とドラえもんの関係も連想させます。

奥山 そう言われれば、確かにそうですね(笑)。映画をつくっているときは意識していませんでしたが、3Dアニメ版『STAND BY ME ドラえもん』(14)も、のび太の前からドラえもんが消えてしまう物語でした。“神の沈黙”というか“ドラえもんの沈黙”が描かれていたわけですよね。オールマイティーな存在がいて、自分の味方になってくれるけど、やがて姿を消してしまうという展開は、ある意味では少年の成長ドラマを描く上での王道なのかもしれません。王道の世界に宗教を絡めたところが、観てくれた人たちには新鮮に感じてもらえたようです。

──千円札を折って作った紙人形と神さまを紙相撲対決させるなど、けっこうブラックジョークも効いています。

奥山 そうですね(笑)。小道具を使うときは、単純にそのシーンを盛り上げるためだけじゃなくて、物語の伏線になるように考えました。そうじゃないと出す意味がないと思うんです。でも、あまり説明的になり過ぎないようにも意識しました。観ていただいた方に考える余白がちょっとあるくらいが、楽しんで観てもらえるんじゃないかと思うんです。神さまを演じてくれたチャド・マレーンさんに海外の映画祭向けの英語字幕も付けてもらったんですが、お笑い芸人なだけあって、字幕を出すタイミングや意訳の仕方が抜群だとほめてもらっています。海外で評価が高かったのは、チャドさんの力がかなりあると思います。サンセバスチャン映画祭に応募するための仮編集版、映画祭上映版、その後の修正版……と編集し直す度に、チャドさんが英語字幕を付け直してくれたので、本当に感謝しています。

──ユラがミッション系の学校に転校し……というストーリーは、奥山監督自身の体験がベースになっているんですよね?

奥山 はい、幼稚園の途中から大学までミッション系の学校に通いました。最初はすごく戸惑いがありました。みんな楽しげに礼拝堂で聖句を唱えているんですが、どうして姿も見えないものをそんなに信じることができるんだろうって。集団で祈るという行為にも抵抗がありました。でも、子どもの頃の記憶をすべて鮮明に覚えていたわけではなくて、脚本を書く前に母校に1週間ほど通い、いろいろと思い出していった感じでした。ユラが親友となる和馬と仲良くなり、そして別れることになるのも、僕自身の体験を投影したものです。僕にとって初めての親しい人との死別でした。彼が亡くなったとき、周囲の人たちが意外とあっさりと日常生活に戻っていったことにも違和感がありましたし、自分も亡くなったらこんなふうに忘れられていくんだなぁ……とか考えるようになったんです。

──映画とはもしかすると、二度と逢えない人と再会するためのタイムマシン的な装置なのかもしれませんね。

奥山 そうですね……。『僕はイエス様が嫌い』に関していえば、自分の中で消化されてなかった記憶を追体験したいという気持ちが強かったように思います。主人公の少年には自分の過去を投影させていますし、追体験することで胸の中に消化されずにいた想いにもう一度向かい合いたかったんだと思うんです。撮影中は忙しすぎて、当時を振り返る余裕はありませんでしたが、脚本を書いている間や編集中は、思い出すことが多かったですね。今回、映画をつくったいちばんの動機である亡くなった親友のお母さんに完成したDVDを届けに行ったんです。そのとき親友のお母さんに「一緒に観よう」と言われ、観ることにしました。多分、映画をつくってなかったら、親友のお母さんと一緒にそんな時間を過ごすこともなかったでしょうね。自分の中で消化できずにいた記憶が少しだけ消化できたというか、整理できたんじゃないかなと思うんです。

男の子がいちばん美しい年齢

──子どもたちがいつも窓から外の景色を眺めているのが印象的です。

奥山 窓から外の様子を眺めている姿って、人間がいちばん美しく撮れるカットだと僕は思っているんです。一定の方向から光が当たるので、陰影がはっきり出ますし、子どもを撮っていてもそうだと思います。人が窓から外を眺めているカットって、僕はすごく魅力的だと感じているんです。

──中学校に上がる前の男の子たちが主人公。大人でも子どもでもない、曖昧な年齢ですね。

奥山 僕自身がその年齢の頃に体験したことを描いたということもありますが、あの年齢の男の子たちを主人公にしてよかったなと思っています。小5から中1にかけてが、男の子がいちばん美しい年齢じゃないかと僕は思っているんです。和馬役の大熊くんはユラ役の佐藤くんより1歳年上なんですが、久しぶりに会うとすっかり大人びていました。あの年頃の少年は1歳年齢を重ねるだけで、すごく変わります。男の子が子どもでも大人でもない時期って、すごく短い。でも、その儚さみたいなものが危うさを感じさせますし、魅力的でもあるんじゃないでしょうか。撮影期間は1週間だけで、夜8時以降は子どもたちの撮影はできないとか、いろんな規制はありましたが、子どもたちと同じ旅館に泊まっていたこともあり、一緒になって遊んだり、カップラーメンを食べたり、楽しく過ごすことができました。

 

奥山監督に影響を与えた人物は?

──子どもたちの豊かな世界を描いた、という点で是枝裕和監督の『誰も知らない』(04)なども連想させますね。

奥山 もちろん、是枝さんの作品は大好きですし、子どもたちには脚本を見せないという演出方法は是枝さんからの影響です。でも、是枝さんも最初からその手法を見つけていたわけではなく、いろんな人たちの影響を受けながら体得したものだと思うんです。僕自身、中学の頃に「大人計画」の舞台を観たことで演技の世界に魅了されたことが映画を撮るようになったきっかけですし、1シーン1カットで撮影するという手法は海外の監督からの影響で、構図は写真を撮ることで学んだものです。一人からではなく、いろんなものから影響を受けています。今回は自分の実体験がベースになっていますし、何を描きたいのか、何を伝えたいのかがはっきりしていれば、伝え方は誰かの影響を受けたものでもかまわないと思うんです。

──前作『Tokyo 2001/10/21 22:32~22:41』(18)は短編映画でしたが、大竹しのぶ主演作。よく学生監督のオファーに大竹さんが応えてくれましたね。

奥山 もともとはテレビ番組『岩井俊二のMOVIEラボ』(NHK教育)向けにつくった1分程度の映像だったんですが、短編映画として残したいと思い、大人計画の舞台「ふくすけ」に出演していた大竹さんにオファーしたんです。事務所宛に手紙を送ったんですが、半年くらいそのままになっていたので、自分で企画書を持って事務所を訪ねました。1日だけの撮影で10分程度の短編ですが、企画から完成まで2年半ほど掛かったんです。大竹さんが出演してくれて、本当にラッキーでした。

──現在は大手広告会社に勤務しているわけですが、映画監督としての今後の活動予定は?

奥山 国内でこれからようやく劇場公開されるので、どんな反応があるのか楽しみにしているところです。「一緒に何かやろう」と声を掛けてくださる方もいて、ありがたいです。構想はいくつかありますが、まだ具体的な脚本はできていません。今は会社で広告全般にまつわる仕事をしているところです。脳の使い方が映画を撮るときはとはまったく違いますね(笑)。いろいろと勉強になります。映画監督をしていく上で視野の広さを持つことは大切なので、会社での経験もきっと役立つんじゃないかと信じているんです

 窓から差し込む冬の日差しを浴びた少年たちの姿を繊細に映し出すカメラワークは岩井俊二監督を思わせ、子どもたちだけの豊饒な世界は是枝裕和監督の作品を連想させる。奥山監督いわく、他にもいろんな人物や作品から刺激を受けてきたそうだ。新しい才能の誕生を、映画の神さまもきっと祝福するに違いない。

(取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)

神の沈黙をデビュー作で描き切った注目の才能!! 岩井俊二、是枝裕和の再来を思わせる新鋭監督現わるの画像5

『僕はイエス様が嫌い』
監督・撮影・脚本・編集/奥山大史
出演/佐藤結良、大熊理樹、チャド・マレーン、木引優子、ただのあつ子、二瓶鮫一、秋山建一、大迫一平、北山雅康、佐伯日菜子
配給/ショウゲート 5月31日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次ロードショー
(C)2019閉会宣言
https://jesus-movie.com

●奥山大史(おくやま・ひろし)
1996年東京都生まれ。初長編映画『僕はイエス様が嫌い』がサンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞、ストックホルム国際映画祭とダブリン国際映画祭で最優秀撮影賞、マカオ国際映画祭でスペシャルメンションを受賞した。大竹しのぶが主演した短編映画『Tokyo 2001/10/21 22:32~22:41』(18)は釜山国際映画祭に正式出品されている。小川紗良監督『最期の星』(18)では撮影監督を務めた他、GUやLOFTのCM撮影も担当。

田中圭・斎藤工を見いだしたBL映画プロデューサーに聞く、次にブレークする俳優

 『おっさんずラブ』『きのう何食べた』『窮鼠はチーズの夢を見る』……今、続々と“男性同士の恋愛”を描いた映像作品が生み出され、かつてない“BL旋風”が吹き荒れている。2006~11年に映画『タクミくんシリーズ』を大ヒットさせた、BL映像化のパイオニア・株式会社ビデオプランニングの三木和史氏は、昨今の状況をどう見ているのだろうか。後編では、三木氏がキャスティングの際に重要視していることなど、映画制作の裏話も飛び出した。

(前編はこちら)

田中圭、斎藤工をいち早く主演に抜てきしたワケ

――昨今、かつてないほど男性同士の恋愛をテーマにした作品が増えていますが、監督やキャスト、脚本家など、総合的に地上波の条件にマッチしないとドラマの企画が進まない状態は、今も昔も変わっていないのでしょうか。

三木和史氏(以下、三木) そうですね。だから、『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)は本当によくやったと思います。このドラマがヒットしたことで、局上層部の人たちも「これが世間に受け入れられるのか」と、インプットしたはずです。でも『おっさんずラブ』だって、最初はキャスティングするのに苦労したはずですよ。結果的に田中圭さんが出演したことで、ヒットしましたけど。

――BL作品ではないですが、三木さんも田中さん主演映画『びったれ!!!』(15年)を作られていますよね。

三木 そうです。おかげさまで今、DVDが売れています。いや~、ありがたい(笑)!

――満面の笑みですね(笑)。そんな“未来の売れっ子”をいち早くキャスティングしていたところに、先見の明を感じます。

三木 いやいや、そんなものはなくて、キャストの起用基準はシンプルに「その作品に合うか、合わないか」だけです。映画『タクミくんシリーズ2「虹色の硝子」』(09年)の主演だった、浜尾京介くんもそう。あの時は約300人オーディションをして決め手に欠けていたところ、最後にやってきた浜尾くんが、原作イメージそのままの雰囲気を持っていて、彼に決めたんです。「売れてる俳優だから使おう」ということではなく、「原作の雰囲気を裏切らないキャスト」だったことが、ファンに刺さった要因の一つだと思っているので、やはり作品との相性は大切ですよね。

――斎藤工さんのことも、無名時代から起用されていますよね。

三木 映画『ユリシス』(06年)で初めて起用した当時、彼にはすでに大勢のファンがいました。それで、「彼で映画を作ったら儲かるんじゃないのか?」と思ったんです。その当時から、男前で色気があったことをよく覚えていますね。結果的に、『ユリシス』が予想以上に儲かって、制作側が「彼はいけるぞ! もう1本やろう!」となり、“同性に憧れる”という内容の青春映画『スキトモ』(07年)ほか、ビデオプランニングの作品に10本ほど出演してもらいました。

――そんな裏話があったのですね! では、今後ブレークしそうな俳優を挙げるなら、誰でしょうか?

三木 今年1月クールのドラマ『広告会社、独身寮のおかずくん』(テレビ神奈川)で起用した、黒羽麻璃央と崎山つばさくんでしょうか。彼らとは『俺旅。』(東名阪ネット6)でも一緒に仕事をしていて、『広告会社、独身寮のおかずくん』も彼らに合うんじゃないかと思い、起用しました。2人とも色気があるし、これからもっと売れると思いますよ。

 あとは、業界的に「売れる」と言われているのが、ドラマ『中学聖日記』(18年、TBS系)で一躍有名になった、岡田健史くんですね。彼は、今の所属事務所が福岡から東京に連れてきたときに会いましたが、ほかの子と素材がまったく違う。まだまだ芝居はうまくないけど、ほかの人が持ってないオーラを感じます。

――たとえば、『タクミくんシリーズ』に岡田くんが出演する、なんてことは……。

三木 脚本が良ければ、その可能性はあるかもしれないですね(笑)。テレビ東京の深夜で、しかも“ゲイカップル”が主人公のドラマ『きのう何食べた?』に、西島秀俊さんと内野聖陽さんが出演を決めたのは、おそらく安達奈緒子さんの脚本が面白かったからだと思うんです。条件さえ揃えば、ジャニーズアイドルだって、大物俳優だってBLをやってくれる時代にはなりましたよね。

 誰かTBSの「火10」枠で『タクミくんシリーズ』をやらせてくれないかなあ。『花のち晴れ~花男 Next Season~』と同じ恋愛青春モノですよ? たまたま女子が登場しなくて、男子同士が恋愛するというだけで、『タクミくん』と『花男』に違いはないと思うんですが。

――それでは最後に、三木さんがこれから挑戦したいと思っている作品を教えてください。

三木 僕は常に、“面白いものを作る”ことだけを考えています。5月10日から『初恋 お父さん、チビがいなくなりました』(株式会社ビデオプランニング制作)という映画が公開されていますが、これも熟年層の恋愛を描きたいというのがきっかけでした。ちなみに、イチオシの俳優・佐藤流司くんも出演しているので、ぜひ(笑)。そういうわけで、面白ければBLだろうがなんだろうが、ジャンルは関係ありません。それを見る人たちに面白く提供するために、チャレンジし続けていきたいですね。
(番田アミ)

『俺のスカート、どこ行った?』King & Prince・永瀬廉の突然の涙に「謎すぎる」と視聴者困惑 

 5月11日夜10時から第4話が放送される、古田新太主演ドラマ『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系)。視聴率は初回の10.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)から、第2話9.7%、第3話7.9%と下降線をたどっている。同作はゲイで女装家の教師・原田のぶお(古田)が、型破りな方法で生徒たちと向き合う姿を描く。

 第3話では豪林館学園高校のテスト期間が近づくが、原田が受け持つ2年3組の生徒・光岡(阿久津仁愛)の欠席が続いていた。原田は2年3組の生徒から欠席の理由を聞くと、光岡は働く母親の代わりに幼い弟妹の面倒を見ているという。

 テストの当日、校門の近くに立っている光岡を見つけた世界史教師・里見(白石麻衣)は声をかけ、教室に連れて行く。テストを受ける光岡だが、授業を出ていなかったため答えがわからず、カンニングをしてしまう。テスト終了後、原田は弟妹を保育所に迎えに行く光岡に同行し、半ば強引に光岡宅を訪問。光岡には“起業”という夢があるものの、家庭の経済状況から大学進学を諦めた様子を見せる。
 
 後日、里見がテストを採点していると、光岡の回答が隣の生徒と酷使していることに気が付く。原田たちが光岡に事情を聞いたところ、カンニングを認めた。本来であれば学校の規定にのっとり、全教科0点になるところだったが、原田の助言や寺尾校長(いとうせいこう)のはからいもあり、2年3組全員の再テストが決定。巻き添えを食らった生徒から、「成績が下がったらどうするんだ」と不満が飛び出す中、明智(永瀬廉)は原田へ「クラスの平均点が前回より良かったら一つだけ言うこと聞いてくれませんか」とゲームを持ちかける。

 再テストの日を迎えるが、光岡はクラスメイトからの文句を恐れ、教室に現れない。光岡宅に向かった原田はベランダから説得を続け、しまいには「窓や門は壊すためにある!」と窓ガラスに頭突きを入れようとする。原田の勢いに負けた光岡は、学校へ向かいクラスメイトに謝罪。彼らはあっけらかんとした様子で光岡を受け入れ、少しずつクラスの一体感が芽生え始めるのだった。

「第3話では、不登校の生徒・光岡に焦点が当てられましたが、一方で原田への反発心が強い明智の動きも描かれ始めています。明智は校則で禁止されているアルバイトを行い、帰宅直後に一筋の涙をこぼす場面も。視聴者からは『明智くん、急に涙を流すなんてどうしたの!?』『明智くんの私生活、謎すぎる』『明智くんの話を聞いてあげたい』といった声が相次ぎました」(芸能ライター)

 第4話では豪林館学園高校の2年生たちが、職業体験を行うことに。2年3組の生徒たちも、体験してみたい仕事を提出したが、東条(道枝駿佑)は白紙のまま。彼は仲が良かったはずの明智と別行動を取るようになり、原田が仕事場の希望を尋ねても「何でもいい」と素っ気ない反応だった。

「次回は職業体験先で明智が工場長と対立するというトラブルが発生。予告では心配する教師に対してふてぶてしい態度を取るなど、優等生ながら一筋縄ではいかない明智の性格が強調されていました。ネット上では『原田先生と仲良くなるには、まだまだ時間かかりそう』『ここまで大人と衝突するってことは、親と何かあったのでは?』というコメントが寄せられています」(同)

 明智は親友にも話せない、心の闇を抱えているのか? 今後、描かれる彼の素性に注目が集まりそうだ。

長澤まさみのコメディエンヌぶりが炸裂! 映画『コンフィデンスマンJP』鑑賞券をプレゼント

 フジテレビ系“月9”枠で放送された『コンフィデンスマンJP』が5月17日、劇場版となって帰ってきます! 本作は、舞台を日本から香港に移しスケールアップ。奇想天外な計画と悪徳なやり口で大金を稼ぐ者から、巨額を騙し取る信用詐欺師“コンフィデンスマン”を、長澤まさみと東出昌大、小日向文世がコミカルに演じています。今回の映画化決定は、ドラマの第9話で発表されましたが、多くの視聴者を欺くドラマだっただけに、「映画化も“詐欺”なんじゃないか」と疑う声もあったとか。一体どのような内容となっているのでしょうか。早速あらすじを見てきましょう!

 天才的な頭脳を持つが詰めの甘いダー子(長澤まさみ)と、エキセントリックな彼女に振り回されてばかりのお人よしなボクちゃん(東出昌大)、百戦錬磨のベテラン詐欺師のリチャード(小日向文世)……そんな3人の“コンフィデンスマン”の次なるターゲットは、冷酷の性格から“氷姫”と呼ばれる香港マフィアの女帝ラン・リウ(竹内結子)。彼女が所有すると言われる伝説のパープルダイヤを狙い、香港へ飛ぶ。3人がランに取り入るべく、さまざまな策を講じていると、天才恋愛詐欺師・ジェシー(三浦春馬)が現れ、同じく彼女を狙っていることが判明。さらに以前、ダー子たちに騙され、恨みを抱く日本のヤクザ・赤星(江口洋介)の影もちらつきはじめ、事態は予測不可能な方向へ展開していく……。

 ドラマ、劇場版ともに、脚本を手掛けたのは映画『ALWAYS 三丁目の夕日』やドラマ『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)を生み出した脚本家・古沢良太氏。古沢氏はインタビューで、香港マフィアの女帝は、ナッツの出し方で激怒した「ナッツ姫」に着想を得ていると答えています。コンフィデンスマンの3人以外の演技からも目が離せません!

 今回は、映画『コンフィデンスマンJP』鑑賞券を3名の方にプレゼント。最後まで結末が読めない本作。“コンフィデンスマン”に騙されてみるのはいかがでしょうか? サイ女読者の皆さま、奮ってご応募くださいね。お待ちしております!

※5月20日正午〆

ご応募はこちらから
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岩橋玄樹のキンプリ脱退は回避? アルバム参加でもくすぶる懸念

 King & Prince(以下、キンプリ)は、今年6月19日に1stアルバム『King & Prince』を発売する。それに伴い、パニック障害で休養中の岩橋玄樹の参加について、ファンがアルバムの発売元であるユニバーサルミュージックに問い合わせしたところ、活動休止以前に収録した楽曲のみ参加するとの返答があったようだ。

 岩橋は昨年10月に芸能活動の休止を発表。年が明けて2月17日、ジャニーズ事務所はキンプリの3rdシングル「君を待ってる」での一部の活動再開を発表したが、約10日後の28日に再開見送りをアナウンスした。「君を待ってる」の発売も3月20日リリースする予定であったが、4月3日に延期。岩橋の歌声が曲に入ることはなかった。

 しかし1stアルバムには、活動休止以前の曲のみとはいえ岩橋の歌声もしっかりと収録されるということに、ファンからは歓喜の声があがっているが、一方も単純に喜べない事情もあり、不安は払拭されていない。4月13日、「文春オンライン」及び「週刊文春デジタル」(文藝春秋)が、岩橋の近況を伝えたためだ。

岩橋玄樹の惨憺たる近況
 「文春」によれば2月19日の夜、岩橋は友人らと共にコンビニエンスストアで酒を購入しようとした。しかし、店員が年齢確認のために身分証明書の提出を求めると激昂。友人らを含め口論に発展し、店側が警察に通報したという。岩橋は警察署に連行され、翌日の未明に両親が身柄を引き受けた。

 ジャニーズ事務所はこの騒動自体は事実と認めているが、岩橋は店員とトラブルに発展した知人の参考人として事情聴取に応じたものであり、身柄引受人が必要な状況ではなかったと説明している。予期せぬトラブルで精神的に不安定な状態であったため、両親が迎えに来たということのようだ。

 しかしこの警察沙汰騒動だけでなく、「文春」が伝えた岩橋の近況は、ファンの心配を煽るようなものだった。「岩橋は療養に専念しておらず、お酒を飲み歩いてばかりいる」「大量の薬をお酒で流し込んでいる」との岩橋の友人の証言と、英国風パブでの写真も掲載したのだ。

 岩橋はお酒にさほど強くないことを公言しており、休止前に出演した番組では「外で飲み歩くことは無い」と発言していた。記事の内容がもし事実であるのなら、自暴自棄になっている可能性すらうかがえ、ファンが心配を募らせるのも止むを得ない。

 「文春」報道以降、ジャニーズ事務所から岩橋に関する音沙汰は無い。そのため一部のファンの間では、「アルバムで岩橋の声が収録されている楽曲を放出した後はグループを脱退するのでは?」との噂が囁かれているのだ。

キンプリは岩橋玄樹へのメッセージを継続的に発信
 しかしキンプリメンバーは、岩橋玄樹の活動休止から現在に至るまで、岩橋へのメッセージを継続的に発信し続けている。今年3月の『TVガイド 春の新番組特大号!』(東京ニュース通信社刊)では、平野紫耀は以下のように述べている。

<俺たちが言わなくても玄樹は本当のことを分かってくれている。やっぱり6人がいいなと思ったし、1人でも欠けたらKing&Princeじゃない。戻ってくるのを待ってるよ>

 そして「文春」の報道があった二日後にも、高橋海人は「Johnny’s web」内のブログを更新し、ひとりひとりのメンバーの歌声について綴る中で、「アイドル工場」と岩橋の歌声についてもしっかりと解説していた。

 ジャニーズ事務所は今月6日、ついにオンラインストアを開設し、タレントの写真やグッズの販売を開始したが、キンプリのグッズのなかには岩橋の写真も多数あり、今すぐの脱退などということはないのではないか。今は岩橋の回復と復帰を信じて待つしかないだろう。

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テレビが取り上げない「毎日ホストに通う女」の実態……シャンパンコールの裏にある光景

 ホストにハマりすぎている女たち――通称“ホス狂い”。「ホストに多額のカネを貢ぐ女」というイメージだけが横行する中、外の世界からはわからない彼女たちの悲喜劇がある。「ホストにハマらなかったら、今頃家が建っていた」という、新宿・歌舞伎町では名の知れたアラサー元風俗嬢ライター・せりなが、ホス狂いの姿を活写する。

 ホストクラブには、表面にあるキラキラした魅力のほかに、陰の部分がある。なんてことは世に出ているホストマンガ・ドラマで散々描かれている。「光り輝くホストより、女の闇は深い」とウシジマくんも言っていた。「光が強ければ闇もまた濃い」とは大文豪ゲーテの言葉だ。

 新宿を歩けば、ひっきりなしにイケメンホストのトラックが走る。それを追いかけるように、「高収入! 高収入!」と歌うトラックが走る。それもまた、光と闇と言えるだろうか。

 今回、私が書くエピソードが果たしてホストクラブの「闇」なのか、それは受け取り方次第である。しかし、今回は一般的なイメージに則って、キラキラした店内や、シャンパンコールを「光」だと仮定する。そして、その反対側の「闇」について話したい。最終的に、それが本当に「闇」なのかは、このテキストを読んだ後に、読者一人ひとりに判断してもらいたい。願わくば、そのガイドになれるといい。

 ということで、私が実際に経験したエピソードより話を始めようと思う。数年前――簡単にいえば、私がホストクラブに毎日通い始めた頃のことだ。ある一つの光景に驚いたことがある。端っこのテーブルにいた女の子が、担当ホストではなくヘルプとずっとゲームをしていたのだ。テーブルの上にはコーラ。お酒は置かれていない。

 担当ホストはたまに現れ、スマホを触りながら女の子と少し話し、去っていく。関係性を知らない第三者から見れば、選挙期間中に繁華街で手当たりしだい有権者と握手をするおじさん候補者よりはるかに、適当な対応のように見える。選挙なら落ちてる。間違いなく。

 実際ホストクラブに通うまで、そこはお金を払ってイケメンとキラキラしたひと時を過ごす――まるで、夢を買うような場所だと思っていた。テレビやマンガで出てくるホストクラブは、なんかまあ、そういう感じだったのだ。だから、初めて見たときは「想像していたホストクラブと違う」と驚いて、その光景をじっと観察してしまった。

 しかも、行く日も来る日もホストクラブへ通う内に、そんな女の子は一人二人ではなく、相当数いるということがわかってきた。たとえるなら、教室の隅っこのようなシーンがずらりと並んでいるとでもいえばいいだろうか。いずれにせよ、率直に、すごい絵面である。

 「シャンパンコールでワイワイ」というイメージをホストに抱いている人たちには、もしかしたら、その事実は想像しづらいかもしれない。その空間に実際に足を踏み入れなければ、きっとピンと来ない。はずだ。

 しつこく、比喩を用いて説明を試みる。そうだな…………祭りの中心と教室の隅っこが奇妙に同居する空間。それがホストクラブである。とでも言おうか。どうだろうか? 余計にわからなくなった気がしないでもないが、とにもかくにも、「ホストクラブ」というだんじりの上では、さまざまな人種のサラダボウルが展開されているのだ。男も女も。究極の多様性である。ギャグだと思うかもしれないが、なかば本気で言っている。

 毎日来店しては売れないヘルプと来る日も来る日もポケモンをプレイしている――私のホスト狂い友達の中にも、そんな女の子は何人もいた。仕事終わりに「今日は○○くんがレアなポケモンを交換してくれるんだ」とホストクラブへ向かっていったサキ(仮名)もその一人だ。
強調しておきたいことは、サキはかまってくれない担当への当てつけとして、そんな時間を「仕方なく」過ごしていたわけではない。むしろ、逆だ。彼女はそんな緩い時間を「進んで」選択していたのだ。

 もちろんホストクラブの楽しみ方は人それぞれ。本気の疑似恋愛を楽しむ人もいれば、割り切ったストレス発散でお酒を飲み騒ぐ人もいる。それと同じように、にぎやかな光景の片隅でゲームや読書に励む人もいるということだ。これが正解、なんてものはない。あえていえば、そのどれもが正解なのである。

 ちなみに余談ではあるが、私が通っていたホストクラブでは「ゲーム禁止令」が発令されたことがあった。ゲームに夢中になるあまり、女の子、ホストともに飲み物を注文しなくなる、という事態が発生したのである。本末転倒だ。また、店の売れっ子ホストも同ゲームにのめり込んで成績を落とした。彼は、成績が戻るまでゲーム機を没収、店の金庫へ封印されてしまったそうだ。余談終わり。

 ここまでの話を聞いて、読者のみなさんはある体験を思い出したかもしれない。みんなで騒いでいる陽キャラと、隅っこで一人の時間を享受する陰キャラ。そんな本来、相容れない人たちが一つの狭い空間に押し込まれる。そう、学校の教室である。しかも、さまざまな家庭環境や属性、ときには人種さえ混ざり合う公立の学校。

 ホストクラブは、教室と非常によく似ている。いや、もっといえば、居心地のいい「部室」なのかもしれない。ホストクラブで過ごす時間は「放課後」なのだ。少なくとも、その延長線上にある。違うところと言えば、「自分以外は全員異性」というところだろうか(なんだか少し乙女ゲームを想起させる)。

 授業を終えると、何はなくても、とりあえず向かう場所。きっといつもの仲間が今日も今日とてワイワイとやっているに違いない。少なくとも、見知った人間(ホスト)も、一人くらいはいるだろう。

 そこで、仕事やプライベートのグチをホストたちに報告する。今日はどうしてたのと、日常を報告し合う。それが当たり前になる。いつしかホストクラブに通うこと自体が「日常」になっている。サキも初めは担当目当てに店に通っていたはずだが、そうなったときには、コーラ片手にポケモンゲットだぜ、という楽しみ方をするようになっていたわけだ。彼女のポケモン図鑑は、恐らく埋まったことだろう。

 こうやって講釈をタレているが、いまだに私もそんな「教室」の一員である。最近はゲームではなく原稿を書いている。遅れてきた青春の沼から、かれこれ5年以上、抜け出していない。いや、それはフェアな表現ではないだろう。私は、遅れてきた青春のなかに、肩からどっぷりと浸かっている。そろそろのぼせてもよさそうなものだが、いかんせんぬるま湯であるので、いまだにそんな予感すらない。

 歌舞伎町の雑居ビル。財布の諭吉を数えてから、扉を開ける。部活動にしては、やや高くつく。今日も今日とて見知った顔が並び、「おはよう」と声をかける。時間が何時でも、だ。ホストクラブは夢を買う場所だと思っていた、と冒頭の方に書いたが、お金を払う限りは永遠に終わらない平和な放課後も、夢を買っていると言って差し支えないのかもしれない。

 さて、ここで冒頭に話は戻ってくる。果たして、ホストクラブの端っこでゲームをしている客は、キラキラのシャンパンコールを浴びる客にとっての「陰」だろうか。お金で買う放課後は、ホストクラブの「闇」だろうか。私は判断しない。そもそも、陰は、突然生まれ落ちるものではないと思う。時間や状況によって、陰は向きを大きく変える。それは結局、太陽の位置次第だ。

せりな
新宿・歌舞伎町の元風俗嬢ライター。『マツコが日本の風俗を紐解く』(日本テレビ系)で、 現役時代のプレイ動画を「徹底した商業主義に支配された風俗嬢」 と勝手に流されたが、 ホストに貢いでいたのであながち間違いではない。その他、デリヘル経営に携わるなど、業界では知られた存在。 現在も夜な夜な歌舞伎町の飲み屋に出没している。
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【バックナンバー】
第1回:歌舞伎町の元風俗嬢が語る、愛しき“ホス狂い”たち――「滑稽だけど大真面目」な素顔
第2回:担当ホストに月200万円……OLから風俗嬢になった女が駆け上がった「ホス狂い」の階段
第3回:容姿や年齢より「使った金額」! ホス狂いたちが繰り広げる、担当ホストのエースをめぐる闘争
第4回:Twitterで「担当ホストの本命彼女」を暴露!! ホス狂い界隈を絶望させた“ある女の復讐劇”
第5回:ホストに月200万円使う女は、どんな接客を受けるのか? 究極の接客「本営」の実態
第6回:ホストにハマる女は「まじめ」になる。引きこもり風俗嬢が出会った「ホスト・コミュニティ」

ビッグスモールンが3人組に……ほかの“メンバー増”芸人の場合は?

 高身長と低身長のデコボココンビとして知られたビッグスモールンに3人目のメンバーが加わり、トリオとなることがわかった。身長183センチのゴンと、156センチのチロの“中間点”となる身長161センチのグリが加入する。グリはすでに10年ほどの芸歴があり、もともとコンビの熱心なファンでもあった。弟子入りを志願したところ、加入をすすめられた。

 コンビからトリオとなった芸人は彼らばかりではない。ほかには誰がいるだろうか。

「よく知られているところではネプチューンがいますね。もともと原田泰造と堀内健はコンビのフローレンスを結成していました。ただ、現在の2人のキャラを見てもわかるとおり『ダブルボケ』状態であり、ツッコミが不在であったため、コンビのジュンカッツを解散しピン芸人をしていた先輩芸人の名倉潤が加入し、トリオとなりました。お笑い芸人がコンビなどを解散し、新たに組み直した場合は『一番芸歴が下の人間に合わせる』不文律があるため、名倉の芸歴は原田・堀内と同じとされていますが、実際は爆笑問題と同期のかなりのベテランです」(放送作家)

 ネプチューンが所属するワタナベエンターテインメントは、ハナコが『キングオブコント2018』(TBS系)で優勝するなどトリオの活躍が見られる事務所である。同事務所所属の別のトリオも、元コンビであった。

「我が家ですね。杉山裕之と谷田部俊は中学からの同級生でコンビのルーキーズを結成していました。彼らはレッスン料の安さからある俳優養成所に入っていたのですが、そこに俳優志望としてきた坪倉由幸が加入する形でトリオとなりました。坪倉といえば芸人屈指のイケメンキャラとして知られますが、もともと俳優志望だったと聞けばさもありなんな話でしょう」(同)

 ネプチューンも我が家もコンビからトリオになって大成したといえる。ビッグスモールンもさらなる飛躍に期待したいところだ。
(文=平田宏利)