神さまは本当にいるの? 人間は死んだらどうなるの? 誰しも子どもの頃に頭を悩めた問題ではないだろうか。大人たちに尋ねても答えてはもらえず、結局答えが分からないまま自分も大人になってしまった。そんな少年期のモヤモヤ感を瑞々しい映像で、ユーモアと残酷さを交えて描いてみせたのが新人・奥山大史監督だ。長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』は奥山監督が青山学院大学在学中に撮った低予算の自主映画ながら、スペインのサンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞(22歳での同賞受賞は史上最年少記録)。ストックホルム国際映画祭とダブリン国際映画祭では最優秀撮影賞を受賞するなど、すでに海外でその才能が高く評価されている。
物語の主人公は、転校先の小学校がミッション系だったことに戸惑う少年・ユラ(佐藤結良)。神の存在について考えるようになったユラの前に小さな小さな神さま(チャド・マレーン)が現われ、ひとりぼっちだったユラは「友達ができますように」と祈る。その願いは叶えられ、サッカーが得意な和馬(大熊理樹)という親友ができる。次々とユラの願いを叶えてくれる神さまだったが、やがてユラに大きな試練も与えることに―。
現在は大手広告会社に勤める奥山監督に、宗教や死生観という深淵なテーマを扱ったデビュー作について語ってもらった。
──『僕はイエス様が嫌い』は学生時代に撮った作品ですが、青山学院大学には映画学科はありませんよね?
奥山大史(以下、奥山) はい、芸術系の大学のような映画学科はありません。大学の卒業制作として撮ったわけではなく、あくまでも学生が撮った自主映画です。でも、社会人になったらのんびり自主映画をつくる余裕もなくなるだろうから、その前に形になるものを残しておきたいという思いがあり、学生時代の集大成のつもりで撮り上げた作品なんです。
──神さまはいるの? 死後の世界はあるの? と子どもの頃は真剣に考えましたが、大人になると悩んでいたことさえも忘れてしまう。そんな誰もが体験した宗教観や死生観を、デビュー作で見事に描いています。
奥山 大人になると忙しくなるので、いくら考えても仕方ないってことなんでしょうね。僕自身、子どもの頃に「本当に神さまはいるのかな」とすごく考えていた時期があります。その頃の体験を、映画を撮ることで改めて考えるようになりました。最初はもっとガチガチに宗教観や死生観を描いたものにしようとプロットを書いてみたんですが、あまりに取っ付きにくい偏った宗教映画になってしまいそうだったので、もう少し普遍性のある一人の少年の成長ドラマにすることにしたんです。
神さまはイマジナリーフレンドだった!?
──ひとりぼっちのユラの前に、愛嬌のある小さな神さまが現われる。神さまを子どもの頭の中にいるイマジナリーフレンドとして描いている点が斬新でした。現実に対して非力な子どもたちにとって、神さまはイマジナリーフレンドと同じくらい身近な存在なんだなと感じました。
奥山 姿が見えないのに、みんながその存在を信じている神さまって、どこかイマジナリーフレンドと近いものなのかもしれません。何か迷ったときに相談にのってくれたり、答えへと導いてくれる神さまは、子どもたちにとって、とても身近な存在だと思います。特定の宗教じゃなくても、自分だけの神さま、困ったときに悩みを共有してくれるイマジナリーフレンドって、みんないたんじゃないかと思うんです。
──ひとりっ子のユラの望みを、小さな神さまは次々と叶えてくれる。『ドラえもん』ののび太とドラえもんの関係も連想させます。
奥山 そう言われれば、確かにそうですね(笑)。映画をつくっているときは意識していませんでしたが、3Dアニメ版『STAND BY ME ドラえもん』(14)も、のび太の前からドラえもんが消えてしまう物語でした。“神の沈黙”というか“ドラえもんの沈黙”が描かれていたわけですよね。オールマイティーな存在がいて、自分の味方になってくれるけど、やがて姿を消してしまうという展開は、ある意味では少年の成長ドラマを描く上での王道なのかもしれません。王道の世界に宗教を絡めたところが、観てくれた人たちには新鮮に感じてもらえたようです。
──千円札を折って作った紙人形と神さまを紙相撲対決させるなど、けっこうブラックジョークも効いています。
奥山 そうですね(笑)。小道具を使うときは、単純にそのシーンを盛り上げるためだけじゃなくて、物語の伏線になるように考えました。そうじゃないと出す意味がないと思うんです。でも、あまり説明的になり過ぎないようにも意識しました。観ていただいた方に考える余白がちょっとあるくらいが、楽しんで観てもらえるんじゃないかと思うんです。神さまを演じてくれたチャド・マレーンさんに海外の映画祭向けの英語字幕も付けてもらったんですが、お笑い芸人なだけあって、字幕を出すタイミングや意訳の仕方が抜群だとほめてもらっています。海外で評価が高かったのは、チャドさんの力がかなりあると思います。サンセバスチャン映画祭に応募するための仮編集版、映画祭上映版、その後の修正版……と編集し直す度に、チャドさんが英語字幕を付け直してくれたので、本当に感謝しています。
──ユラがミッション系の学校に転校し……というストーリーは、奥山監督自身の体験がベースになっているんですよね?
奥山 はい、幼稚園の途中から大学までミッション系の学校に通いました。最初はすごく戸惑いがありました。みんな楽しげに礼拝堂で聖句を唱えているんですが、どうして姿も見えないものをそんなに信じることができるんだろうって。集団で祈るという行為にも抵抗がありました。でも、子どもの頃の記憶をすべて鮮明に覚えていたわけではなくて、脚本を書く前に母校に1週間ほど通い、いろいろと思い出していった感じでした。ユラが親友となる和馬と仲良くなり、そして別れることになるのも、僕自身の体験を投影したものです。僕にとって初めての親しい人との死別でした。彼が亡くなったとき、周囲の人たちが意外とあっさりと日常生活に戻っていったことにも違和感がありましたし、自分も亡くなったらこんなふうに忘れられていくんだなぁ……とか考えるようになったんです。
──映画とはもしかすると、二度と逢えない人と再会するためのタイムマシン的な装置なのかもしれませんね。
奥山 そうですね……。『僕はイエス様が嫌い』に関していえば、自分の中で消化されてなかった記憶を追体験したいという気持ちが強かったように思います。主人公の少年には自分の過去を投影させていますし、追体験することで胸の中に消化されずにいた想いにもう一度向かい合いたかったんだと思うんです。撮影中は忙しすぎて、当時を振り返る余裕はありませんでしたが、脚本を書いている間や編集中は、思い出すことが多かったですね。今回、映画をつくったいちばんの動機である亡くなった親友のお母さんに完成したDVDを届けに行ったんです。そのとき親友のお母さんに「一緒に観よう」と言われ、観ることにしました。多分、映画をつくってなかったら、親友のお母さんと一緒にそんな時間を過ごすこともなかったでしょうね。自分の中で消化できずにいた記憶が少しだけ消化できたというか、整理できたんじゃないかなと思うんです。
男の子がいちばん美しい年齢
──子どもたちがいつも窓から外の景色を眺めているのが印象的です。
奥山 窓から外の様子を眺めている姿って、人間がいちばん美しく撮れるカットだと僕は思っているんです。一定の方向から光が当たるので、陰影がはっきり出ますし、子どもを撮っていてもそうだと思います。人が窓から外を眺めているカットって、僕はすごく魅力的だと感じているんです。
──中学校に上がる前の男の子たちが主人公。大人でも子どもでもない、曖昧な年齢ですね。
奥山 僕自身がその年齢の頃に体験したことを描いたということもありますが、あの年齢の男の子たちを主人公にしてよかったなと思っています。小5から中1にかけてが、男の子がいちばん美しい年齢じゃないかと僕は思っているんです。和馬役の大熊くんはユラ役の佐藤くんより1歳年上なんですが、久しぶりに会うとすっかり大人びていました。あの年頃の少年は1歳年齢を重ねるだけで、すごく変わります。男の子が子どもでも大人でもない時期って、すごく短い。でも、その儚さみたいなものが危うさを感じさせますし、魅力的でもあるんじゃないでしょうか。撮影期間は1週間だけで、夜8時以降は子どもたちの撮影はできないとか、いろんな規制はありましたが、子どもたちと同じ旅館に泊まっていたこともあり、一緒になって遊んだり、カップラーメンを食べたり、楽しく過ごすことができました。
奥山監督に影響を与えた人物は?
──子どもたちの豊かな世界を描いた、という点で是枝裕和監督の『誰も知らない』(04)なども連想させますね。
奥山 もちろん、是枝さんの作品は大好きですし、子どもたちには脚本を見せないという演出方法は是枝さんからの影響です。でも、是枝さんも最初からその手法を見つけていたわけではなく、いろんな人たちの影響を受けながら体得したものだと思うんです。僕自身、中学の頃に「大人計画」の舞台を観たことで演技の世界に魅了されたことが映画を撮るようになったきっかけですし、1シーン1カットで撮影するという手法は海外の監督からの影響で、構図は写真を撮ることで学んだものです。一人からではなく、いろんなものから影響を受けています。今回は自分の実体験がベースになっていますし、何を描きたいのか、何を伝えたいのかがはっきりしていれば、伝え方は誰かの影響を受けたものでもかまわないと思うんです。
──前作『Tokyo 2001/10/21 22:32~22:41』(18)は短編映画でしたが、大竹しのぶ主演作。よく学生監督のオファーに大竹さんが応えてくれましたね。
奥山 もともとはテレビ番組『岩井俊二のMOVIEラボ』(NHK教育)向けにつくった1分程度の映像だったんですが、短編映画として残したいと思い、大人計画の舞台「ふくすけ」に出演していた大竹さんにオファーしたんです。事務所宛に手紙を送ったんですが、半年くらいそのままになっていたので、自分で企画書を持って事務所を訪ねました。1日だけの撮影で10分程度の短編ですが、企画から完成まで2年半ほど掛かったんです。大竹さんが出演してくれて、本当にラッキーでした。
──現在は大手広告会社に勤務しているわけですが、映画監督としての今後の活動予定は?
奥山 国内でこれからようやく劇場公開されるので、どんな反応があるのか楽しみにしているところです。「一緒に何かやろう」と声を掛けてくださる方もいて、ありがたいです。構想はいくつかありますが、まだ具体的な脚本はできていません。今は会社で広告全般にまつわる仕事をしているところです。脳の使い方が映画を撮るときはとはまったく違いますね(笑)。いろいろと勉強になります。映画監督をしていく上で視野の広さを持つことは大切なので、会社での経験もきっと役立つんじゃないかと信じているんです
窓から差し込む冬の日差しを浴びた少年たちの姿を繊細に映し出すカメラワークは岩井俊二監督を思わせ、子どもたちだけの豊饒な世界は是枝裕和監督の作品を連想させる。奥山監督いわく、他にもいろんな人物や作品から刺激を受けてきたそうだ。新しい才能の誕生を、映画の神さまもきっと祝福するに違いない。
(取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)

『僕はイエス様が嫌い』
監督・撮影・脚本・編集/奥山大史
出演/佐藤結良、大熊理樹、チャド・マレーン、木引優子、ただのあつ子、二瓶鮫一、秋山建一、大迫一平、北山雅康、佐伯日菜子
配給/ショウゲート 5月31日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次ロードショー
(C)2019閉会宣言
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●奥山大史(おくやま・ひろし)
1996年東京都生まれ。初長編映画『僕はイエス様が嫌い』がサンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞、ストックホルム国際映画祭とダブリン国際映画祭で最優秀撮影賞、マカオ国際映画祭でスペシャルメンションを受賞した。大竹しのぶが主演した短編映画『Tokyo 2001/10/21 22:32~22:41』(18)は釜山国際映画祭に正式出品されている。小川紗良監督『最期の星』(18)では撮影監督を務めた他、GUやLOFTのCM撮影も担当。