東京オリンピックを視野に6月に施行される「チケット転売規制法」。チケットの高額転売はあとを絶たず、中学生がジャニーズのチケットを売るフリをして金をだまし取り、書類送検される事件も起きている。高額チケット転売はもはや見過ごせない社会問題であり、困っている国民のためこの法律が施行されると思っている人も多いかもしれない。
しかし、弁護士法人ALG&Associates山岸純弁護士によると「報道のされ方でそう思っている人がほとんどですが、そういう趣旨の法律ではないんです」とのこと。読めばスッキリ、チケット転売規制法がこれでわかる!
高額チケットに苦しむファンのための法律ではない
――「チケット転売規制法」は転売された高額チケットに苦しむ国民のための法律ではないのでしょうか。
山岸純弁護士(以下、山岸)はい。この法律は「消費者のためのもの」ではないんです。
なお、政府の電子図書館において「チケット転売規制法」はまだ正式なものにはなっておらず、現時点では衆議院のホームページに出ている「案」に基づいて説明します。
※ 衆議院ホームページ:特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律
この法律は「興行主」、例えばジャニーズアイドルのコンサートなら「ジャニーズ事務所」を守るためのものなんです。
ほとんどの人が誤解している「プロバイダー責任制限法」
山岸 報道のされ方で誤解されている法律は他にもあります。例えば、「プロバイダー責任制限法」もそうですね。「2ちゃんねるなどで名誉毀損の書き込みをされた人が、プロバイダーに対し、書き込んだ人のIPアドレスに紐づいた個人情報の開示請求をすることができる法律」と理解している方も多いかと思います。
――そう思っていました。「名誉毀損された人を守るための法律」という印象を受けます。
山岸 報道を見ると確かにそう思ってしまいますよね。でも、実際は違います。そもそも名称が「プロバイダー責任制限法」であり、プロバイダーの責任を制限する、つまり“プロバイダーを守るため”の法律なんです。
流れで見ていきましょう。まず、ネット上で名誉毀損された人はプロバイダーに書き込んだ人の個人情報を教えてほしいと言います。ただ、プロバイダーは素直に教えていいか迷いますよね。守秘義務だってありますし。書き込んだ人から「なんで勝手に教えるんだ」と報復される可能性もある。
そのためプロバイダーは、書き込んだ人に「名誉毀損された人にあなたの個人情報を教えていいですか?」と聞くんです。そこで書き込んだ人が「教えてはダメ」と言えば、プロバイダーは個人情報を名誉毀損された人に教えなくていい。
この一連の手順を踏みさえすれば、プロバイダーは名誉毀損された側に「なんで書き込んだ人間の個人情報を教えてくれないんだ! このプロバイダーを訴えてやる!」と言われても、損害賠償などの責任を負わなくていい、というのがこの法律の趣旨なんです。
――でも、書き込みをした人にしてみれば、自分の個人情報なんて当然教えたくないですよね?
山岸 はい。ですので、プロバイダーから名誉毀損された人に対して「書き込んだ人は自分の個人情報を教えたくないと言っている」という情報が通知されたあと、名誉毀損された人は個人情報開示のための裁判を起こすことができます。
そうすれば裁判官によって、それぞれの事例が名誉毀損にあたるかどうかの判断が行われ、個人情報の開示が必要な場合は、裁判所からプロバイダーに開示するよう指示がいきます。「裁判所に言われたから個人情報を開示しました」となれば、書き込んだ人もプロバイダーに対して何も言えないですよね。
チケット転売規制法の話に戻りますが、この法律でも同じような認識の間違いがあるんです。「高額でチケットを買わざるを得ない国民を救済する」ためではなく「興業主が、コンサートのチケット定価が5,000円であったら、その金額で行き渡らせるようにする」ための法律なんです。
――興行主は、なぜ定価でチケットを行き渡らせたいのでしょうか? 転売され高額になろうとも、その分は興行主の儲けには関係ないですよね。
山岸 それを理解するために、また別の法律、さまざまな経済活動を規制する「独占禁止法」についてお話します。独占禁止法には「廉価販売」の禁止があります。簡単に言えば、仕入れ価格より安く売ってはいけないよ、ということです。なぜだかわかりますか?
――消費者にしてみれば「安ければいい」とも言えますよね。
山岸 そうですね。でも法律というものは、とても広く、長期的な視野で考えているんです。
例えばA、B、C社が原価が80円の中華まんを100円で売っていたとしましょう。 しかし、A社が70円で売り出す廉価販売をしたとします。こうなると国民が皆、A社の安い中華まんを購入しますよね。結果、 B、C 社は潰れてしまい、中華まん業界はA社の独占になってしまいます。ライバルがいなくなったのを見計らって、A 社が中華まんを120円に値上げするかもしれないですよね。それを防ぐために廉価販売をあらかじめ禁止しているんです。
チケット転売規制法も考え方は似ています。ある興行主が「うちのアイドルの定価5,000円のチケットが5万円でじゃんじゃん転売されているが、うちとしては全く構わない」と言い切れるのであれば、構わないんです。でも、そのような状況が続いたらどうなるでしょうか。
――ファンは金にものを言わせるつらい消耗戦になるでしょうね。さらに「このアイドルのチケットはまず定価で入手できず、転売で相当高額になる」という情報は今はTwitterなどのSNSですぐ知ることができますから、新しくそのアイドルのファンになりかけた人がその過酷な争奪戦を知り、やっぱり本格的にハマるのはやめとこう、となるかもしれないですね。
山岸 そうなんです。転売されず高く買わずに済む他の興行主のアイドルの方がいいや、と競合に流れていってしまう可能性だってあります。それでは興行主側も困るわけです。
チケット転売規制法は、直接的にはチケットを定価で売ろうとする興行主を守ることが趣旨です。ただ、法律は一番大きく考えれば広くあまねく国民のためです。そういった意味では国民のため、という論調のマスコミも間違ってはいないんですけどね。「直接的には業者のため、でも広く考えると国民のためである」という階層の構造をしているんです。
このチケット転売規制法も含め、近年の法律は「目的」欄がありますから、そちらを見ると、誰のための法律なのかすぐわかりますよ。
――プロバイダー責任制限法はプロバイダーのため、チケット転売規制法は興行主のため。となると「特定の被害を受けて困っている個人たち」のために作られる法律というのは、ほとんどないのでしょうか。
山岸 ほぼないです。法律は特定の個人を守るものではなく「一般抽象的な国民のためのものである」と法学部の学生は憲法の授業で学びます。
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「誰に向けた法律なのかを理解すること」「法律は「特定の個人」ではなく、広くあまねく国民のため」――法律のこの二つの原則を理解すれば、チケット転売規制法にかかわらず、今後さまざまな法律が出ても理解の指針になるはずだ。次回も山岸弁護士に、より詳細に「チケット転売規制法」について伺っていく。
(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

































