神田うの、“若返りはエチケット”はどこへ……鼻へこみ画像投稿で、ネット騒然!「失敗したの?」

 4月23日、神田うの(44)が自身のインスタグラムを更新。7歳になる愛娘と有名なイタリアンレストランで食事をしたことを報告している。神田は写真にて娘とのおそろいコーデを披露するなど幸せそうだが、同じ日にインスタグラムにアップしたある写真がネットで話題を呼んでいるのだ。

 話題を呼んでいるのは、神田が横を向きながら大輪の花の匂いを楽しんでいる写真。神田は「大輪のカサブランカの香りに誘われて あ〜〜大好きだなー この香り」と綴っているが、話題になっているのは神田の横から見る鼻の形。すこしへこんでいるような、かなり低い印象を受ける形になっているのだ。

 この写真を受け、ネットでは「顔がこわいね」「鼻、潰れてますやん」「なにこれ、お直し失敗したの?」「globeのKEIKOの横顔に似てない?」といった鼻の形に関する感想が続出。

「たしかに、若いころの写真を見ていると、もともと丸い鼻ではありますが、もっと鼻筋がスラっとして、今よりも鼻が高い印象を受けます。近影はちょっと心配になる鼻の低さですね……」(テレビ局勤務)

 神田といえば、2018年9月26日にパーソナルトレーナー・AYAが自身のインスタグラムにて神田との2ショットを披露したところ、コメント欄に神田の顔が変わった、別人みたい、これはやったねなどといった指摘が殺到。神田もこのコメントたちが気に障ったようで、自分でメッセージを書き込むという行動に。「AYA先生のフォロワーの皆さんからのコメントにビックリしています。私の目が変だの魔女みたいだのと整形疑惑ではなく、整形している事になっている事に」「私がやってるのは整形ではなくいわゆる若返り。エチケットとして当たり前にやっている」と反論し、他人のインスタグラムに書き込むという行為は大人げないとネットで批判を浴びたのは記憶に新しいところ。

「普通はスルーするところを、このように書き込んでしまうということは、意外と真面目なんだなと思いました」と語るのは美容雑誌編集者。

「自分のインスタグラムにはファンがいつも賞賛のコメントをくれるので、世間の認識の違いに驚いてショックを受けたのでしょうね。ご本人は整形でなくエチケットと言われていますが、別に整形だとしても全く問題ないと思います。しかし写真を見ると、本当に一時期のglobeのKEIKOさんのような形になってますね。前からの写真は大丈夫ですが、横からみたらかなり違和感があるのは確か。エチケットのやりすぎには注意ですね」(同)

 本人の美意識が高いだけに、鼻についてはかなり気にしてそうで心配……。

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米倉涼子が「脅威に感じた」のは黒木華! では「イラついた」女優は?

 米倉涼子が4月22日放送の『1番だけが知っているSP』(TBS系)に出演。「脅威に感じる女優」を語る場面があった。

「彼女は『何かやっぱり大人気なくて、対抗心が湧いちゃうんですよね私』と意外な思いを吐露。そして、今年2月に松本清張ドラマスペシャル『疑惑』(テレビ朝日系)で路上キスシーンを演じている黒木華について、『まったく違う物として、違う動物として見てました。人間なんですけど、種類が違う人間』と、存在感に惹かれたことを明かしました」(テレビ誌ライター)

 また、「勝てないと思った俳優」についての質問には「西田敏行」と回答。初めて出た大河ドラマのセリフ合わせで、「泣いた記憶がある」と回顧し、「上手くて感動した」と振り返っている。

 米倉がさまざまな出会いの中で成長し、「1番」になったことは想像に難くない。ならば、「イラついた女優」、あるいは「癇に障った女優」を聞いたならばどんな答えが返ってきただろうか。

 ベテランの芸能記者が語る。

「おそらく共演NGとなっている佐藤江梨子の名前が挙がるのでは。市川海老蔵が米倉涼子と05年に破局した後に交際したとされているのが佐藤。しかし、実は2人の因縁はその2年前に起きていました。米倉と佐藤に矢田亜希子を加えて撮影された『ジョージア』CMの収録現場のことです。3人がスーツ姿になって登場、ダンスとラップを披露するというもので、当時はかなり話題となりました。このダンスのステップを練習していたときに、なかなか覚えられない佐藤に対して、米倉が『こんな簡単なこともできないの!?』とダメ出しを食らわせ、佐藤は号泣。CMの第2弾に佐藤の姿はなく、米倉と矢田の2人だけでコミカルなダンスを披露していました」

 佐藤のバストを見て“胸囲”に感じていたのだろうか。

Hey!Say!JUMP・薮宏太、「いけないことだと教わらなかった?」と舞台共演者がファンに苦言

 Hey!Say!JUMP・薮宏太が主演を務め、4月中に東京と大阪で上演されたミュージカル『ハル』。同28日に千秋楽を迎えたばかりだが、直前には舞台出演者がTwitter上で観劇時のマナーについて苦言を呈し、また主催者側にとっても目に余るような迷惑行為が発生したという。

 同作で薮は病を乗り越えてボクシングに挑戦する主人公・ハル役を演じ、ヒロイン役の女優・北乃きいをはじめ、元宝塚歌劇団星組トップスターの安蘭けい、ジャニーズJr.内ユニット・Travis Japanの七五三掛龍也らが出演。東京公演は4月1日~14日までTBS赤坂ACTシアターで、同22日~28日は大阪の梅田芸術劇場メインホールにて行われた。

 最終日の前日朝には、キャストに名を連ねる俳優・安福毅がTwitterを更新し、「舞台の録音をTwitterで流してる人を見かけました 残念です」「録画 録音はいけないことだと教わらなかったのかしら?」と、率直な気持ちを吐露。『ハル』の作品名こそ出していないが、出演中の舞台に関するツイートであることは明らかで、さらには密録が禁止されている理由について「著作権が侵害されてクリエイターに払われるべき報酬がなくなるから」「『個人で楽しむからいいじゃないか』というレベルではないと思う」などと、釘を差していた。

「安福は一連のツイートへの『常識知らずで恥ずかしい』といったリプライ(返信)に対して、『観劇慣れしてるかたは そう思いますよね』『ルールを周知させることも大事ですし 『密禄はダメなこと』と広まってくだされば嬉しい限り』と、反応していました。そして、27日午後8時台に『ハル』の公式Twitterも『1つのシーン、1つの台詞、1曲1曲を大切に、時間をかけて作り上げてきました』と、開幕までの関係者の苦労を記しつつ、『観劇中は携帯電話、音のなる機器は電源からお切り下さい』と、注意を喚起。さらに、出演者の羽賀悠仁も28日深夜1時台に『携帯の電源は切ってください。録画、録音は絶対にダメです』とTwitterに投稿しており、それだけキャストや主催者の間で一部お客さんのマナー違反が問題視されていたのでしょう」(ジャニーズに詳しい記者)

 ジャニーズファンとみられるTwitterユーザーからは、実際に『ハル』の観客についてさまざまな“被害報告”が上がっている。「横の人がマナーモードで、振動音が度々聞こえて、ホントに悲しかった」「遠くの席でスマートフォンの画面を長時間見てる人がいた。遠くでもスマホの画面は眩しくて邪魔」「友達の友達が盗撮をインスタグラムのストーリーに載せてて、ビックリした」と、良識ある人々にとっては驚くべき光景も見受けられたようだ。特に27日夜公演は、1幕で時計か何かの電子音が響いたほか、クライマックスの感動的なシーンの際、携帯電話のアラーム音がしばらく鳴り続けていたとか。「一番良いシーンでアラームが2分くらい鳴ってて、雰囲気台なしだった」「ずっとスマホの音が鳴ってて、スゴく良いシーンだったのに、気になってそこのシーンだけあまり覚えてない」「一番泣けるシーンで携帯のアラームの音がずーっと響いててむかついた」と愚痴が漏れている。

「アラーム音が鳴らした人の近くに座っていたTwitterユーザー数名によると、当人は音を止めようとスマホを探していた上で、周囲にも謝るなど恐縮していたそうです。結局、係員に連れられて席を離れたといい、出入口のところで必死に謝罪し、反省している様子だったとか。こうしたトラブルを受けて、薮のファンは『公式からも出演者からもマナーのお願い出させるとかありえない』『携帯の電源落とすとか、盗撮しないとか、最低限のマナーも守れないなら行かないで』『座長の薮くんの評価にもつながるからやめてほしい』と、落胆。共演者まで呆れさせるような事態となり、主催者側的にもマイナスイメージがついたでしょうから、同作の再演などは難しくなってしまったのかもしれませんね」(同)

 盗撮映像をSNSに流す行為は言語道断として、携帯の振動音・アラーム音の場合は、本人の意識の低さや、単なる確認不足が要因とみられる。タレントの名声に傷をつけないためにも、まずはファンが最善を尽くすべきだろう。

木村拓哉がかつて大ファンだったセクシー女優の名前は?【クイズ】

 平成芸能史に欠かせないスター軍団といえば、ジャニーズ事務所の男性アイドルたち。不可解なSMAP解散騒動と相次ぐ不祥事、首脳陣の高齢化で揺れたジャニーズ事務所ですが、滝沢秀明さんの奮闘により舵を切りなおせるのでしょうか。

 そんなジャニーズスターたちにまつわるクイズを3問お届け!

Q1:木村拓哉がかつて大ファンだったセクシー女優の名前は?
(1)黒木香

(2)あいだもも

(3)飯島愛

 

Q2:堂本剛のソロ名義を名乗ったのが早い順に並べ替えよ
(1)ENDRECHERI

(2)ENDLICHERI☆ENDLICHERI

(3)剛紫

(4)244ENDLI-x

 

Q3:次のAAAメンバーのうち、ジャニーズ事務所に所属していたのは誰?
(1)浦田直也

(2)西島隆弘

(3)日高光啓

 

 

Q1:木村拓哉がかつて大ファンだったセクシー女優の名前は?

(1)黒木香

(2)あいだもも

(3)飯島愛

 正解は(2)のあいだもも。かつて『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)でメンバーとの早泣き対決に勝利したキムタクが「何を思って泣いた?」と聞かれ、「あいだももさんです」と答えたことから広まったものだが、その後、元夫の高知東生(当時は高知東急)と離婚したあいだももがセクシー女優に復帰した際の作品タイトルが『Vintage(ヴィンテージ) -タクヤに愛をこめて-』だった。リリースの報を受けたキムタクはラジオで「だったら、俺に送ってこい!」とコメントした。

 

Q2:堂本剛のソロ名義を名乗ったのが早い順に並べ替えよ

(1)ENDRECHERI

(2)ENDLICHERI☆ENDLICHERI

(3)剛紫

(4)244ENDLI-x

 正解は(2)→(4)→(3)→(1)。ソロデビューは2002年の『堂本剛』名義が最初。その後、2005年『ENDLICHERI☆ENDLICHERI』、2008年『244 ENDLI-x(ツヨシ・エンドリックス)』、2009年に『剛 紫(つよし)』として『美 我 空(びがく)』プロジェクトを始動。『ENDRECHERI』は2017年からの最新名義で、かつて使用していたENDLICHERIのLIをREに変更している。

 

Q3:次のAAAメンバーのうち、ジャニーズ事務所に所属していたのは誰?

(1)浦田直也

(2)西島隆弘

(3)日高光啓

 正解は(3)のラッパー・SKY-HIとしても活動している日高光啓。NEWSの小山慶一郎と同期で、中2から高2までジャニーズJr.として活動していたが、2003年の「エイベックス男募集!オーディション」に合格してAAAに加入した。ちなみに、泥酔暴行により無期限活動休止となった浦田直也はavexアカデミー、西島隆弘はアクターズスタジオ札幌本校の出身である。

 明日は、平成のファッションブームを振り返る<おしゃれクイズ>です!

globe・KEIKO、Mr.Childrenのライブを鑑賞で世間は確信? 小室哲哉「会見の大ウソ」

 4月22日、globeのKEIKO(46)がTwitterを更新し、話題となっている。

 KEIKOは3月8日から約1か月半ぶりに「Mr.Childrenさんの、ライブに、行って来ました とても、心をうたれ、感動しました」とツイート。Mr.Childrenは4月20、21日に福岡ヤフオク!ドームでコンサートをしており、現在大分県在住といわれるKEIKOは福岡公演を楽しんだものと見られている。

 このKEIKOのツイートを受け、ネットでは「体に気をつけて下さい。無理せず1歩1歩進んで頑張ってほしい」「音楽に興味を示さないって言ってたけど、誰の音楽かにもよるんだね。元気になって何よりです」といった応援の声が続出。KEIKOは2011年10月にくも膜下出血で倒れ、現在はリハビリ中。3月のツイートではカラオケで歌を歌ったことを報告しており、回復に向かっているものと見られる。

 KEIKOの病状については、18年1月に夫・小室哲哉が不倫による引退会見の際、詳細を説明。KEIKOについて「今は小学4年生くらいの漢字のドリルをすごく楽しんでやる」「女性から女の子みたいな優しい笑顔、性格になった」と説明。「大人の女性としてのコミュニケーションが日に日にできなくなってきて」などと語っていただけに、ファンからは心配の声が上がっていた。また小室の会見でのKEIKOの病状についての発言に対しては、KEIKOの知人や親戚が「嘘ばかり」だと「週刊文春」(文藝春秋)に告発するなど、波紋を呼んでいる。

「文春の記事によると、KEIKOさんは1人で買い物に行ったりカラオケをするなどの日常の行動がいろいろできるそうですよね。とはいえ、KEIKOさんの抱える高次脳機能障害というのは、病気や事故により脳が損傷し、機能に障害が起きた状態を指します。小室さんが言っていた“小4”や“女の子”という言葉がありますが、小4ともなれば買い物やカラオケに行くことはできますもんね。ケガのように目に見えて回復するものでもないですし、周囲は大変だと思いますよ」(週刊誌記者)

 KEIKOは17年から小室と別居しているといわれており、現在も大分県の実家で家族と暮らしているという話だが……。

「小室さんはいまだに不倫が騒がれた看護師と交際しているというウワサもあり、芸能界ではKEIKOさんとの離婚も間近なのでは、と囁かれていますよ。あんな騒動があって、なかなか修復は厳しいのかも。小室さんとどうなってもKEIKOさんにはまたあの素晴らしい歌声を聴かせてほしいですよね」(芸能事務所勤務)

 KEIKOの美声をまたステージで聴くことはできるのか?

地下鉄サリン、東電OL殺人、秋葉原殺傷事件ほか平成30年を振り返る実話系犯罪映画ベスト10

 華やかなバブル景気と共に始まった平成時代。やがてバブル経済は崩壊、阪神・淡路大震災が続き、それまでの価値観や倫理観は大きく揺らぐことになった。混迷する社会を反映するように、凶悪化する少年犯罪、ネットを介した劇場型犯罪、そして真犯人の行方がわからない未解決事件など、さまざまな難事件・怪事件が起きている。そんな実話をベースにした10本の日本映画をセレクトしてみた。犯罪映画を通して、平成30年を振り返ってみよう。

福田和子が逃げ続けた理由とは?

 福田和子が同業のホステスを絞殺した「松山ホステス殺人事件」は1982年(昭和57年)に起きているが、福田は顔を整形して逃亡生活を続け、時効間近に迫った1997年(平成9年)に福井市で逮捕されたことで大きな話題となった。

 阪本順治監督がこの事件をヒントに撮った『顔』は、鬱屈した人生を送っていた正子(藤山直美)が罪を犯したことで、逃亡しながらも生きる歓びを手に入れるという逆説的な物語となっている。警察に追われる正子が夜の海へ飛び込み、不格好ながらも自由を求めて懸命に泳ぎ続けるラストシーンが印象的だ。

 映画では正子は酔っぱらったトラック運転手(中村勘三郎)にレイプされるが、福田の獄中手記『涙の谷…私の逃亡、十四年と十一カ月十日』(扶桑社)では18歳のときに拘置所に収容され、看守の手引きで女子房に入ってきたヤクザに強姦されたことが明かされている。二度とムショには戻りたくないがゆえの懸命の逃亡劇だった。

 福田の逃亡劇は、大竹しのぶ主演作『実録 福田和子』(フジテレビ系)、寺島しのぶ主演作『福田和子 整形逃亡15年』(テレビ朝日系)と度々ドラマ化されている。名前、外見、経歴、職業、男を変えながらサバイバルした福田の人生は、女優魂を突き動かすものがあるようだ。

毒ガス検知器代わりとなったカナリア

 死者13名、負傷者6300名を出し、全世界に衝撃を与えたオウム真理教による「地下鉄サリン事件」は1995年3月20日に起きた。教団内で育てられた少年にスポットライトをあてたのが、塩田明彦監督の『カナリア』だ。教団を出たものの、社会に適応できずに苦しむ元信者たちの姿が描かれている。

 カルト教団で育った少年・光一(石田法嗣)は児童相談施設に預けられていたが、洗脳が解けずに周囲になじむことができずにいた。教団で一緒に暮らしていた幼い妹を連れ戻すため、光一は施設を飛び出して妹を引き取った東京の祖父宅を目指す。途中、父親から虐待されている少女・由希(谷村美月)と出会い、行動を共にすることになる。

 家族に見捨てられ、信じていた宗教も否定された子どもは、何を信じて生きていけばいいのか。光一たちは自分らの居場所を求めて放浪を続ける。谷村美月が歌う昭和の懐メロ「銀色の道」が耳に残る。オウムの施設に突入した捜査隊が毒ガス検知器として手にしていた籠の中のカナリアと、歌を口ずさむ子どもたちを重ねるように描かれている。

 同時期に製作された是枝裕和監督の『誰も知らない』(04)では、1988年に発覚した「巣鴨子ども置き去り事件」が題材となっていた。時代の変化を敏感に察知するのは、やはり子どもたちであるようだ。

殺しの金メダリストが見せる殺人ショー

 満島ひかりをヒロインに抜擢した『愛のむきだし』(09)でカルト教団による洗脳の恐ろしさを描いた園子温監督が、次回作に選んだのが1993年に発覚した「埼玉愛犬家連続殺人事件」だった。設定はペットショップ経営者から熱帯魚経営者に変えてあるが、殺人鬼役を演じるでんでんの振り切った演技が話題を呼び、スマッシュヒットを記録。以後、実録犯罪映画が続々と企画されることになった。

「ボディを透明にする」というでんでんの台詞は、逮捕された関根元が実際に口にしていた言葉。関根は「殺しのオリンピックがあれば、金メダルだ」という名言も残している。ブリーダーとして有名だった関根は、犬を安楽死させるという口実で知り合いの獣医から劇薬を入手し、都合の悪い相手を次々と毒殺。死体は解体した上で、骨は焼却、肉はサイコロ状に裁断して川に流した。関根によってボディを透明にされた被害者の数は、30人以上ともいわれている。

 映画ではカリスマ性のある村田(でんでん)によって、社本(吹越満)たち崩壊一家は簡単に丸め込まれ、社本は死体遺棄を手伝うはめになる。犯罪には縁のないはずだった人間が、恐怖によって洗脳支配されてしまう過程がじっくりと描かれている。

 時間の経過がテロップで表示され、終盤からは秒単位で時間が流れていく。園監督によると「過ぎた時間は二度と戻らない」ことを示しているそうだ。死刑判決が下った関根は、処刑されるのを待つことなく2016年に拘置所内で病死している。

リビドー渦巻く、妖しき迷宮世界

 

 昼は大企業に勤める幹部社員、夜は円山町を徘徊する娼婦……。1997年3月9日に起きた「東電OL殺人事件」ほど、被害者のプロフィールに注目が集まった事件はない。2つの顔を持っていた被害者像は、多くの作家たちのイマジネーションを刺激した。作家・桐野夏生は2003年に『グロテスク』(文藝春秋)を上梓、石井隆監督が撮った官能映画『人が人を愛することのどうしようもなさ』(07)のヒロイン像にも強い影響を与えている。

 園子温監督もこの未解決事件をそのまま映画化するのではなく、独自の解釈による『恋の罪』として描いてみせた。事件の起きた渋谷のラブホテル街をリビドー渦巻く現代の迷宮に見立て、迷宮に足を踏み入れた主婦の目線から事件を物語っている。貞淑な妻であるいずみ(神楽坂めぐみ)をリビドーの迷宮へと誘うのが、有名大学の准教授と売春婦という2つの顔を持つ美津子(冨樫真)。やがて2人は殺人事件に関わり、事件を追う刑事の和子(水野美紀)もまた迷宮の世界へと迷い込む。

 迷宮をさまよった挙げ句、社会の底辺へと堕ちていくいずみ。だが、主婦として何不自由なく暮らしていた頃に比べ、生の実感を手に入れたいずみは別人のような輝きを放つ。亡くなったエリートOLが夜の街で求めていたものは、死と隣り合わせである生の実感だったのだろうか。この事件から14年と2日後、東電は全世界を震撼させる大事件を起こすことになる。

 2008年6月に起きた「秋葉原無差別殺傷事件」をモチーフに、大森立嗣監督は異色作『ぼっちゃん』を撮り上げた。犯人の加藤智大はネットの掲示板に犯行予告の文章を書き込んでおり、大森監督は加藤の文章に触発され、本作の脚本に着手したと語っている。

 社会からの疎外感を抱く主人公が犯行に及ぶシーンは、大森監督の独自の解釈によるものとなっているが、派遣社員が派遣先の職場で抑圧される様子はディテールたっぷりに描かれている。『SRサイタマノラッパー』(09)の水澤紳吾、『オカルト』(08)で怪優ぶりを発揮した宇野祥平が共演。インディーズ映画界の名優2人のやりとりが絶妙すぎ、ブラックコメディ要素の強い作品となった。実録犯罪ものを期待して観ると違和感を覚えるだろうが、格差社会の底辺でも行き場を失った人間は、野獣化せざるをえないというシビアな現実が浮かび上がる。

 大森監督は、真木よう子主演の官能作『さよなら渓谷』(13)では「秋田児童連続殺害事件」をモデルにしたエピソードを物語の導入パートとして描いている。現代人の心の闇、社会の歪みを見つめることで作家性を発揮する監督だといえるだろう。

迫真すぎたピエール瀧の演技

 2005年に死刑囚の告白を「新潮45」の記者がスクープ記事にしたことで、首謀者が逮捕されることになった「茨城上申書殺人事件」の映画化。薬物依存症の元暴力団組長役をピエール瀧が演じ、迫真の演技を見せている。

 藤井記者(山田孝之)のもとに、獄中にいる死刑囚・須藤(ピエール瀧)からの手紙が届く。須藤と面会した藤井は、まだ警察が気づいていない余罪と一連の事件には首謀者がいることを知る。半信半疑で取材を始めた藤井は、土地ブローカーの木村(リリー・フランキー)の足取りを追うことに。須藤が「先生」と呼んで慕っていた木村は、生命保険に入った老人を死に追い詰めるなどして億単位の大金を手に入れていた事実をつかむ。

 本作を撮った白石和彌監督は、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)で知られる若松孝二監督の愛弟子。スキャンダラスな映画を撮り続けた若松監督を師匠として仰いだだけに、白石監督も実話を題材にした本作で思い切った演出を見せ、売れっ子監督への道を切り開いた。

 白石監督の作品は『孤狼の血』『止められか、俺たちを』(18)のどちらも、アクの強い“師匠”から主人公たちは大きな影響を受けることになる。本作にもそれがいえる。誤った師匠を選んでしまった男の哀しみが、ピエール瀧の演技には漂っている。

毒親、ネグレクト、無縁社会……断ち切れない負の連鎖

 毒親による虐待を受けている児童の数は、1990年代以降年々増え続けている。中でも世間の大きな関心を集めたのが、2010年に起きた「大阪二児餓死事件」だった。織方貴臣監督はこの事件を含め、いくつかの児童虐待事件を取り入れた形で『子宮に沈める』として自主映画化している。

 夫と別れ、若くしてシングルマザーとなった由希子(伊澤恵美子)は2人の子どもを連れて、アパートでの新生活を始める。よい母親になろうと張り切る由希子だが、学歴も職歴もなく、なかなか割りのいい仕事は見つからない。育児と仕事の両立に疲れた由希子は、次第に男と遊ぶようになり、アパートには戻らなくなってしまう。母親の心の荒廃を反映したかのように、アパートの部屋は大量のゴミで埋もれていく。数週間が経っても母親が帰ってこない中、残された姉弟の姉はまだ幼い弟の世話を懸命に看ようとするが……。

 実際に起きた悲劇をネタにして商業映画にしていると、織方監督はネット上でバッシングを浴びることになった。事件を起こした母親を糾弾するための映画ではなく、シングルマザーの苛酷さを伝えたかったという織方監督のメッセージは、バッシングする人々の耳には届かなかった。事件を招いた加害者をいくら叩いても、ネグレクト問題は何も解決しない。『子宮に沈める』はそのことに気づかせてくれる。

 

 2007年3月に起きた「リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件」の映画化。2年7か月に及ぶ逃亡生活を送った犯人・市橋達也の獄中手記『逮捕されるまで』(幻冬舎)を原作に、ディーン・フジオカ初主演&初監督作として劇場公開された。

 当初は『刑務所の中』(02)や『血と骨』(04)などのヒット作を放った崔洋一監督が撮る予定だったが、亡くなったリンゼイさんの遺族側への配慮から、事件の全体像を描こうとしていた崔監督は降板することに。台湾やインドネシアで俳優&ミュージシャンとして活動していたディーン・フジオカが主演だけでなく、監督も兼任することになった。

 映画では殺害および死体遺棄シーンはなく、市橋が警察の捜査網をかいくぐって逃げ続ける様子を、市橋の主観ドラマとして描いている。市橋は顔を整形し、名前を変え、離島で暮らしながら、自分は何者であるかを自問自答し続ける。結局、自分の正体が分からないまま逮捕の日を迎えた。現実から逃げ続ける市橋は、何者でもない、ただ中身が空っぽなだけの存在だった。彼がようやく手に入れたものは、殺人逃亡犯という重い肩書きだけだった。

“平成の毒婦”が仕掛ける禁断のゲーム

 3度目の獄中結婚をしていたことで話題を呼んでいる“平成の毒婦”こと木嶋佳苗。婚活サイトを通じて木嶋と知り合った男性たちが一酸化中毒などの不審死を次々と遂げたことから、「首都圏連続不審死事件」として世間を騒がせた。

 寺島しのぶが主演した『ソドムの林檎 ロトを殺した娘たち』はWOWOWで放映された5話完結のドラマだが、脚本は荒井晴彦、演出は廣木隆一監督と映画界の手だれたちが手掛けており、地上波ドラマとはひと味違う趣きに仕上げてある。結婚詐欺、および4人の男性を殺害した疑いで逮捕される恵(寺島しのぶ)。美人ではないものの、どんなメールの文面が男たちを惹き付けるかを熟知しており、誘いに乗った男たちは手料理の数々やセックステクによって、すっかり籠絡されてしまう。恵にとって、男たちは自由にお金を引き出せるATMみたいなものだった。

 大竹しのぶの魔性ぶりが目に焼き付く『後妻業の女』(16)も実在の婚活殺人を扱っており、彼女のターゲットとなった高齢者たちは夢見心地のままあの世へと旅立つことになる。禁断の果実を食べたアダムとイブの末裔である人類は、この禁断のゲームからは永遠に逃れることはできそうにない。

元犯罪者の社会生活は許されないのか?

 2013年に出版された薬丸岳のミステリー小説『友罪』を、『64 ロクヨン』(16)の瀬々敬久監督が映画化。あくまでもフィクションではあるが、この作品のモチーフとなっているのは1997年に神戸で起きた「酒鬼薔薇聖斗事件」だ。元少年Aと同世代である瑛太と生田斗真が熱演を見せた力作となっている。

 瀬々監督は「光市母子殺害事件」からインスパイアされた上映時間4時間38分の大作『ヘヴンズ ストーリー』(10)をはじめ、数々の実話系犯罪映画を撮ってきたスペシャリスト。更生施設で心理療法と職業訓練を受けた元少年Aが名前を変え、職場を転々とする姿を追っている。

 元少年Aのような大事件を起こしていなくても、誰しも人間は心の咎を感じながら生きている。一度でも過ちを犯した人間は、社会生活を営むことは許されないのか。もし、隣人の隠された過去を知っても、平然としていられるのか。建前と本音が異なるだろう難問を本作は突き付けてくる。

 瀬々監督が撮る犯罪映画は、風景のこだわりでも知られている。本作では終盤に登場する巨大なパラボラアンテナのある風景が印象に残る。心に闇を抱える主人公が、亡くなった人たちへ“祈り”という名の交信を試みているかのように思えてくる。
(文=長野辰次)

ハロプロや48グループだけじゃない! 極私的平成アイドル史【ライブアイドル編】

 昭和が平成に変わった時、私はもうヲタクだった。ネットの環境こそなかったものの、アイドルやサブカルについての雑誌は数多く出版され、そこで得た情報を元にアイドルの現場に向かっていたものだ。

 平成も間もなく幕を閉じる。それに合わせ、さまざまな観点で、この時代を総括したり、振り返ったりという記事が公開されている。アイドルの分野についてもしかりだ。

 ただし、ただ“平成に流行ったアイドル”を列挙しても、それは多くの人が承知していることであり、単に記憶をなぞる程度にとどまってしまう。そこで今回は、平成のアイドル史をたどるとともに、私が個人的に経験したアイドル状況を紹介し、流行したアイドルとはどのような関係性が生まれたのかをまとめてみたい。

 まず、今回は「ライブアイドル編」である。

 

“アイドル冬の時代”を越えて

 最初に、平成初期のアイドル界が、どのような状況だったかを確認しておこう。

 多くの人が語っているように、その頃は「アイドル冬の時代」だった。誰もが名前を知るようなアイドルはほとんどおらず、皆「アイドルファンだけが知っている」という程度の存在だった。

 そんな中、私が夢中になっていたのは、酒井法子だった。ヒット曲こそ飛ばしていないものの、テレビの歌番組には頻繁に出演し、地方に住んでいた私なども、十分に“ファン”としての楽しみを享受できたのだ。

 その頃、アイドルライブの定番の場所が「デパートの屋上」であった。多くのデパートの屋上にイベント用のステージがあり、そこで歌を歌い、握手会をしていた。私が酒井法子を初めて生で見て、握手をしたのも、ショッピングセンターの屋上だった。

 そして、平成2年、後のライブアイドル文化に大きな影響を与える2組がデビューする。「東京パフォーマンスドール」(初代・以下、TPD)と「宍戸留美」である。

 TPDは、それまでニューミュージックやロック系のアーティストが出演していたライブハウス、「原宿RUIDO」を拠点に、ライブを見せることをメインとした活動を開始。3年後には、武道館2Days公演を成功させるまでになった。後に、モーニング娘。のプロデュースで大ブレイクするつんく♂も、TPDのファンであったことを公言しているし、ハロー!プロジェクトのステージを見ても、TPDの影響は随所に感じられる。

 一方の宍戸留美は、ソニーレコードからメジャーデビューするも、2年後に事務所との契約を解消。フリーで活動する道を選ぶ。まだ個人で発信することが難しい時代、わずか18歳の少女が始めた活動が、後のフリーで活動する地下アイドルの礎となっていくのである。

 それと同じ頃、テレビなどの活動の場が減っていったアイドルに、歌う場を提供しようという試みが始まる。『歌姫伝説』と名付けられたこのイベントは、原宿RUIDOや川崎クラブチッタなどで、コアなアイドルファンを集めて、人気を集めていった。

 実は、これらのアイドルライブが広まっていった背景には、ライブハウス側の事情もあった。平成が始まった頃に起こっていた「バンドブーム」が一段落し、多くの会場で出演者が減ってきたのである。そこに、ある程度客の呼べるアイドルの公演を入れることによって、空いている時間をなくすという方針をとったのだ。つまり、ライブアイドルが始まった背景には、出演者と会場の利害が一致したという理由があるのである。

 諸説あるが、いわゆるアイドル冬の時代が終わるのは、平成5年頃だ。きっかけは安室奈美恵のブレイクである。彼女をアイドルと見ることに違和感を覚える人もいるかもしれないが、男女ともに彼女に憧れを持ち、その歌に酔いしれていたことを考えれば、まさに平成を代表するアイドルの一人といっていいだろう。

 彼女に続いて人気を博したのが、同じ沖縄アクターズスクール出身の「SPEED」である。平成8年のデビュー時、最年少の島袋寛子はまだ小学生ということで、その後のアイドルの低年齢化にも影響を与えた。

 もう一つ、その頃からアイドルの楽しみ方に変化を与えたものがある。「パソコン通信」の登場だ。現在のように画像や動画が扱えるものではなく、文字だけのやり取りであったが、テレビやライブの感想をリアルタイムで書き込める手段として、アイドルファンの間では大いに活用された。私も、当時のニフティサーブにあった「SPEED会議室」で、彼女たちへの思いをたくさん書き込んでいた記憶がある。

 もちろん、その後普及するインターネットも含め、アイドルたちは、その活動を告知する手段として大いに利用した。先に挙げた宍戸留美なども、いち早くネットに取り組んだ一人といっていいだろう。

 このようにして、地上と地下、両方で育まれていった平成のアイドル文化だが、そのどちらにも大きな影響を及ぼす存在が誕生する。それが平成10年の「モーニング娘。」である。

 彼女たちは、テレビ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)から誕生し、人気となっていった。もちろんメジャーなアイドルである。ここで注目すべきは、『ASAYAN』という番組が、メンバーが決まっていく過程をつぶさに放送していたということだ。

 これまでの“生まれたときから運命づけられていたような特別な存在”から、“自分の今いるところからの延長線上”にあることを認識させた。つまり、「アイドルになるための方法」を、全国の女性たちに知らしめたのだ。後の、地上・地下にかかわらず、モーニング娘。に憧れてアイドルになる人が増えたのは、そのような理由もあったからだろう。

 そして、今でも地下アイドルの現場では、モーニング娘。をはじめとした、ハロプロの楽曲がよく歌われる。それは、このような経緯を考えれば、ごく自然な流れなのである。

 その頃、私は何をしていたかというと、メジャーなアイドルが出てきたことを横目で見つつ、ライブハウスなどでのアイドルライブに通っていた。まだ今のようなフォーマット(地下アイドルが複数出演→物販→特典会)ができておらず、その内容はさまざまであったが、新しい文化が生まれてくる胎動のようなものを感じていたものだった。

 モーニング娘。、そしてハロプロが破竹の勢いで人気を博し、アイドル界が盛り上がっていた平成17年、AKB48グループが劇場公演を開始する。48グループと、その後、ライバルグループとして結成された坂道シリーズの躍進については、改めて語るまでもないだろう。

 この時期のもう一つ大きな出来事として、「アイドリング!!!」の存在を挙げておきたい。平成18年にフジテレビのCSで番組がスタートして以来、9年間に渡りバラエティ豊かな放送を続けてきた。一方、音楽に関しても、クオリティの高い楽曲が多く、ライブなども積極的に行っていた。彼女たち、そしてスタッフの一番の功績は、平成22年から開催されている、日本最大級のアイドルフェス『TOKYO IDOL FESTIVAL』(TIF)の開催であろう。

 私も、第1回から参戦しているが、いわゆる“地下”を中心に活動しているグループや、ローカルアイドルなども出演しており、現在のアイドルブームを作り上げた立役者ともいえる。

 平成も後期に入ると、ライブアイドルはますます多様化をしていく。TIFに加え、『アイドル横丁夏まつり!!』『@JAM EXPO』といったフェスが開催され、アイドルが出演するライブ会場も増えていく。また、ネット環境の普及により、アイドルたちがSNSなどでファンと直接交流することもできるようになる。地方に住んでいても、情報を得て、アイドルの魅力を感じたりすることもしやすい時代になったのだ。

 ただ、その反動として、アイドルのグループのサイクル(結成から解散、メンバーチェンジまでの期間)が早くなっているようにも感じる。ファンが常に新しいものを求めるために、それに対応する基軸などを打ち出さなくてはいけなくなったのだ。これは、どこが悪いということではない。新しさを感じつつも、変わらない魅力を維持する、それは、時代が変わろうともアイドルが人気を保っていくための秘訣であるだろう。

 そして現在、ハロプロ、48グループ、坂道シリーズは引き続き人気を集め、地下のアイドル現場も健在だ。

 平成の30年間で、アイドルを取り巻く環境は、驚くほど変化した。つらい冬の時代を乗り越え、今のアイドル文化が花開いたことを思うと、いちアイドルヲタクとして、感慨深い思いだ。

 この10連休には、「平成最後の」「令和最初の」と銘打ったライブが数多く開催される。今のアイドル文化の礎となった、平成アイドルの足跡を感じながら、新しい時代を迎えてみてはいかがだろうか。

(文=プレヤード)

ハロプロや48グループだけじゃない! 極私的平成アイドル史【ライブアイドル編】

 昭和が平成に変わった時、私はもうヲタクだった。ネットの環境こそなかったものの、アイドルやサブカルについての雑誌は数多く出版され、そこで得た情報を元にアイドルの現場に向かっていたものだ。

 平成も間もなく幕を閉じる。それに合わせ、さまざまな観点で、この時代を総括したり、振り返ったりという記事が公開されている。アイドルの分野についてもしかりだ。

 ただし、ただ“平成に流行ったアイドル”を列挙しても、それは多くの人が承知していることであり、単に記憶をなぞる程度にとどまってしまう。そこで今回は、平成のアイドル史をたどるとともに、私が個人的に経験したアイドル状況を紹介し、流行したアイドルとはどのような関係性が生まれたのかをまとめてみたい。

 まず、今回は「ライブアイドル編」である。

 

“アイドル冬の時代”を越えて

 最初に、平成初期のアイドル界が、どのような状況だったかを確認しておこう。

 多くの人が語っているように、その頃は「アイドル冬の時代」だった。誰もが名前を知るようなアイドルはほとんどおらず、皆「アイドルファンだけが知っている」という程度の存在だった。

 そんな中、私が夢中になっていたのは、酒井法子だった。ヒット曲こそ飛ばしていないものの、テレビの歌番組には頻繁に出演し、地方に住んでいた私なども、十分に“ファン”としての楽しみを享受できたのだ。

 その頃、アイドルライブの定番の場所が「デパートの屋上」であった。多くのデパートの屋上にイベント用のステージがあり、そこで歌を歌い、握手会をしていた。私が酒井法子を初めて生で見て、握手をしたのも、ショッピングセンターの屋上だった。

 そして、平成2年、後のライブアイドル文化に大きな影響を与える2組がデビューする。「東京パフォーマンスドール」(初代・以下、TPD)と「宍戸留美」である。

 TPDは、それまでニューミュージックやロック系のアーティストが出演していたライブハウス、「原宿RUIDO」を拠点に、ライブを見せることをメインとした活動を開始。3年後には、武道館2Days公演を成功させるまでになった。後に、モーニング娘。のプロデュースで大ブレイクするつんく♂も、TPDのファンであったことを公言しているし、ハロー!プロジェクトのステージを見ても、TPDの影響は随所に感じられる。

 一方の宍戸留美は、ソニーレコードからメジャーデビューするも、2年後に事務所との契約を解消。フリーで活動する道を選ぶ。まだ個人で発信することが難しい時代、わずか18歳の少女が始めた活動が、後のフリーで活動する地下アイドルの礎となっていくのである。

 それと同じ頃、テレビなどの活動の場が減っていったアイドルに、歌う場を提供しようという試みが始まる。『歌姫伝説』と名付けられたこのイベントは、原宿RUIDOや川崎クラブチッタなどで、コアなアイドルファンを集めて、人気を集めていった。

 実は、これらのアイドルライブが広まっていった背景には、ライブハウス側の事情もあった。平成が始まった頃に起こっていた「バンドブーム」が一段落し、多くの会場で出演者が減ってきたのである。そこに、ある程度客の呼べるアイドルの公演を入れることによって、空いている時間をなくすという方針をとったのだ。つまり、ライブアイドルが始まった背景には、出演者と会場の利害が一致したという理由があるのである。

 諸説あるが、いわゆるアイドル冬の時代が終わるのは、平成5年頃だ。きっかけは安室奈美恵のブレイクである。彼女をアイドルと見ることに違和感を覚える人もいるかもしれないが、男女ともに彼女に憧れを持ち、その歌に酔いしれていたことを考えれば、まさに平成を代表するアイドルの一人といっていいだろう。

 彼女に続いて人気を博したのが、同じ沖縄アクターズスクール出身の「SPEED」である。平成8年のデビュー時、最年少の島袋寛子はまだ小学生ということで、その後のアイドルの低年齢化にも影響を与えた。

 もう一つ、その頃からアイドルの楽しみ方に変化を与えたものがある。「パソコン通信」の登場だ。現在のように画像や動画が扱えるものではなく、文字だけのやり取りであったが、テレビやライブの感想をリアルタイムで書き込める手段として、アイドルファンの間では大いに活用された。私も、当時のニフティサーブにあった「SPEED会議室」で、彼女たちへの思いをたくさん書き込んでいた記憶がある。

 もちろん、その後普及するインターネットも含め、アイドルたちは、その活動を告知する手段として大いに利用した。先に挙げた宍戸留美なども、いち早くネットに取り組んだ一人といっていいだろう。

 このようにして、地上と地下、両方で育まれていった平成のアイドル文化だが、そのどちらにも大きな影響を及ぼす存在が誕生する。それが平成10年の「モーニング娘。」である。

 彼女たちは、テレビ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)から誕生し、人気となっていった。もちろんメジャーなアイドルである。ここで注目すべきは、『ASAYAN』という番組が、メンバーが決まっていく過程をつぶさに放送していたということだ。

 これまでの“生まれたときから運命づけられていたような特別な存在”から、“自分の今いるところからの延長線上”にあることを認識させた。つまり、「アイドルになるための方法」を、全国の女性たちに知らしめたのだ。後の、地上・地下にかかわらず、モーニング娘。に憧れてアイドルになる人が増えたのは、そのような理由もあったからだろう。

 そして、今でも地下アイドルの現場では、モーニング娘。をはじめとした、ハロプロの楽曲がよく歌われる。それは、このような経緯を考えれば、ごく自然な流れなのである。

 その頃、私は何をしていたかというと、メジャーなアイドルが出てきたことを横目で見つつ、ライブハウスなどでのアイドルライブに通っていた。まだ今のようなフォーマット(地下アイドルが複数出演→物販→特典会)ができておらず、その内容はさまざまであったが、新しい文化が生まれてくる胎動のようなものを感じていたものだった。

 モーニング娘。、そしてハロプロが破竹の勢いで人気を博し、アイドル界が盛り上がっていた平成17年、AKB48グループが劇場公演を開始する。48グループと、その後、ライバルグループとして結成された坂道シリーズの躍進については、改めて語るまでもないだろう。

 この時期のもう一つ大きな出来事として、「アイドリング!!!」の存在を挙げておきたい。平成18年にフジテレビのCSで番組がスタートして以来、9年間に渡りバラエティ豊かな放送を続けてきた。一方、音楽に関しても、クオリティの高い楽曲が多く、ライブなども積極的に行っていた。彼女たち、そしてスタッフの一番の功績は、平成22年から開催されている、日本最大級のアイドルフェス『TOKYO IDOL FESTIVAL』(TIF)の開催であろう。

 私も、第1回から参戦しているが、いわゆる“地下”を中心に活動しているグループや、ローカルアイドルなども出演しており、現在のアイドルブームを作り上げた立役者ともいえる。

 平成も後期に入ると、ライブアイドルはますます多様化をしていく。TIFに加え、『アイドル横丁夏まつり!!』『@JAM EXPO』といったフェスが開催され、アイドルが出演するライブ会場も増えていく。また、ネット環境の普及により、アイドルたちがSNSなどでファンと直接交流することもできるようになる。地方に住んでいても、情報を得て、アイドルの魅力を感じたりすることもしやすい時代になったのだ。

 ただ、その反動として、アイドルのグループのサイクル(結成から解散、メンバーチェンジまでの期間)が早くなっているようにも感じる。ファンが常に新しいものを求めるために、それに対応する基軸などを打ち出さなくてはいけなくなったのだ。これは、どこが悪いということではない。新しさを感じつつも、変わらない魅力を維持する、それは、時代が変わろうともアイドルが人気を保っていくための秘訣であるだろう。

 そして現在、ハロプロ、48グループ、坂道シリーズは引き続き人気を集め、地下のアイドル現場も健在だ。

 平成の30年間で、アイドルを取り巻く環境は、驚くほど変化した。つらい冬の時代を乗り越え、今のアイドル文化が花開いたことを思うと、いちアイドルヲタクとして、感慨深い思いだ。

 この10連休には、「平成最後の」「令和最初の」と銘打ったライブが数多く開催される。今のアイドル文化の礎となった、平成アイドルの足跡を感じながら、新しい時代を迎えてみてはいかがだろうか。

(文=プレヤード)

『ラジエーションハウス』本田翼らが演じる医師たちに「診断が適当すぎる」と疑問の声続出

 4月29日夜9時から第4話が放送される、窪田正孝主演ドラマ『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』(フジテレビ系)。これまでの視聴率は第1話12.7%、第2話12.3%、第3話11.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、いずれも2ケタをキープしている。

 同ドラマは、レントゲンやCTを扱う放射線科を舞台とした物語。放射線技師として天才的な技術を持つ五十嵐唯織(窪田)は、幼なじみの甘春杏(本田翼)に長年思いを寄せている。二人はともに、甘春総合病院の放射線科で働いているが、杏は唯織のことをまったく覚えていない。前回のエピソードで、唯織は、杏に事故で亡くなった兄がいたことを知る。杏が自分を忘れたままでも、技師として支えていこうと決意した。

 第3話は、結婚を目前に控えた女性・葉山今日子(内山理名)が、乳がんの検査にやって来る。マンモグラフィ検査の結果、今日子は乳腺密度が濃い「デンスブレスト」ということが発覚するものの、デンスブレストは病気でないため、診療部長兼放射線科長・鏑木安富(浅野和之)は「異常なし」と診断を下す。

 一方、唯織は検査画像を見て何かに気付き、より精密な検査として超音波検査を今日子に促す。後日、病院に訪れた今日子は、自分なりにデンスブレストについて調べたといい、「異常なし」と診断されたことに不満を持っていた。怒りをぶつけられる唯織だが、改めて超音波検査をさせてほしいと今日子に頼む。

 しかし、結果はまたしても異状なし。それでも、唯織はわずかな異変を見逃さず、乳腺外科の医師・谷山(小松和重)に乳房MRI検査をやらせてほしいと頭を下げた。谷山は「異常がない患者を検査する必要はない」と反対するが、曖昧な診断に疑問を抱いていた杏は、唯織を援護。検査は行われ、ほかの検査では見つけにくい悪性の腫瘍が発見された。

「病院の医師は、放射線技師より忙しいからか、再検査や別の検査を求める技師たちを疎ましく思っている様子。この描写に視聴者から、『実際に医師と技師って、こんなに仲が悪いの?』『この病院は適当な医者しかいない』『唯織のような技師は信頼できるけど、こんな医者がいる病院は通いたくない』と疑問の声が続出しています」(芸能ライター)

 第4話では、ロックバンドを組む大学生・坂元美月(山本舞香)が、右肩の痛みを訴えて病院へ訪れる。検査を行うが、原因が特定されず、整形外科の辻村駿太郎(鈴木伸之)から、「様子を見る」と伝えられる。一方、唯織は杏がとある男性患者を気にかけていると知り、彼女の力になろうと奮闘するも、その行動が思いもかけない事態に発展してしまう。

「唯織に反発を続ける杏ですが、反対に辻村とは2人で食事に出掛けたり、相談に乗ってもらうなど急接近を見せています。イケメンな恋敵の登場に、『美男美女でお似合いなだけに悔しい』『絶対に辻村も、唯織を意識してる』『ライバルが登場したけど負けないで!』と話題になっていました」(同)

 唯織の才能は放射線技師たちからは受け入れられているが、医師にとってはうっとおしい存在として描かれている。果たして彼の才能は、病院全体に認めてもらえるのだろうか。