地下鉄サリン、東電OL殺人、秋葉原殺傷事件ほか平成30年を振り返る実話系犯罪映画ベスト10

 華やかなバブル景気と共に始まった平成時代。やがてバブル経済は崩壊、阪神・淡路大震災が続き、それまでの価値観や倫理観は大きく揺らぐことになった。混迷する社会を反映するように、凶悪化する少年犯罪、ネットを介した劇場型犯罪、そして真犯人の行方がわからない未解決事件など、さまざまな難事件・怪事件が起きている。そんな実話をベースにした10本の日本映画をセレクトしてみた。犯罪映画を通して、平成30年を振り返ってみよう。

福田和子が逃げ続けた理由とは?

 福田和子が同業のホステスを絞殺した「松山ホステス殺人事件」は1982年(昭和57年)に起きているが、福田は顔を整形して逃亡生活を続け、時効間近に迫った1997年(平成9年)に福井市で逮捕されたことで大きな話題となった。

 阪本順治監督がこの事件をヒントに撮った『顔』は、鬱屈した人生を送っていた正子(藤山直美)が罪を犯したことで、逃亡しながらも生きる歓びを手に入れるという逆説的な物語となっている。警察に追われる正子が夜の海へ飛び込み、不格好ながらも自由を求めて懸命に泳ぎ続けるラストシーンが印象的だ。

 映画では正子は酔っぱらったトラック運転手(中村勘三郎)にレイプされるが、福田の獄中手記『涙の谷…私の逃亡、十四年と十一カ月十日』(扶桑社)では18歳のときに拘置所に収容され、看守の手引きで女子房に入ってきたヤクザに強姦されたことが明かされている。二度とムショには戻りたくないがゆえの懸命の逃亡劇だった。

 福田の逃亡劇は、大竹しのぶ主演作『実録 福田和子』(フジテレビ系)、寺島しのぶ主演作『福田和子 整形逃亡15年』(テレビ朝日系)と度々ドラマ化されている。名前、外見、経歴、職業、男を変えながらサバイバルした福田の人生は、女優魂を突き動かすものがあるようだ。

毒ガス検知器代わりとなったカナリア

 死者13名、負傷者6300名を出し、全世界に衝撃を与えたオウム真理教による「地下鉄サリン事件」は1995年3月20日に起きた。教団内で育てられた少年にスポットライトをあてたのが、塩田明彦監督の『カナリア』だ。教団を出たものの、社会に適応できずに苦しむ元信者たちの姿が描かれている。

 カルト教団で育った少年・光一(石田法嗣)は児童相談施設に預けられていたが、洗脳が解けずに周囲になじむことができずにいた。教団で一緒に暮らしていた幼い妹を連れ戻すため、光一は施設を飛び出して妹を引き取った東京の祖父宅を目指す。途中、父親から虐待されている少女・由希(谷村美月)と出会い、行動を共にすることになる。

 家族に見捨てられ、信じていた宗教も否定された子どもは、何を信じて生きていけばいいのか。光一たちは自分らの居場所を求めて放浪を続ける。谷村美月が歌う昭和の懐メロ「銀色の道」が耳に残る。オウムの施設に突入した捜査隊が毒ガス検知器として手にしていた籠の中のカナリアと、歌を口ずさむ子どもたちを重ねるように描かれている。

 同時期に製作された是枝裕和監督の『誰も知らない』(04)では、1988年に発覚した「巣鴨子ども置き去り事件」が題材となっていた。時代の変化を敏感に察知するのは、やはり子どもたちであるようだ。

殺しの金メダリストが見せる殺人ショー

 満島ひかりをヒロインに抜擢した『愛のむきだし』(09)でカルト教団による洗脳の恐ろしさを描いた園子温監督が、次回作に選んだのが1993年に発覚した「埼玉愛犬家連続殺人事件」だった。設定はペットショップ経営者から熱帯魚経営者に変えてあるが、殺人鬼役を演じるでんでんの振り切った演技が話題を呼び、スマッシュヒットを記録。以後、実録犯罪映画が続々と企画されることになった。

「ボディを透明にする」というでんでんの台詞は、逮捕された関根元が実際に口にしていた言葉。関根は「殺しのオリンピックがあれば、金メダルだ」という名言も残している。ブリーダーとして有名だった関根は、犬を安楽死させるという口実で知り合いの獣医から劇薬を入手し、都合の悪い相手を次々と毒殺。死体は解体した上で、骨は焼却、肉はサイコロ状に裁断して川に流した。関根によってボディを透明にされた被害者の数は、30人以上ともいわれている。

 映画ではカリスマ性のある村田(でんでん)によって、社本(吹越満)たち崩壊一家は簡単に丸め込まれ、社本は死体遺棄を手伝うはめになる。犯罪には縁のないはずだった人間が、恐怖によって洗脳支配されてしまう過程がじっくりと描かれている。

 時間の経過がテロップで表示され、終盤からは秒単位で時間が流れていく。園監督によると「過ぎた時間は二度と戻らない」ことを示しているそうだ。死刑判決が下った関根は、処刑されるのを待つことなく2016年に拘置所内で病死している。

リビドー渦巻く、妖しき迷宮世界

 

 昼は大企業に勤める幹部社員、夜は円山町を徘徊する娼婦……。1997年3月9日に起きた「東電OL殺人事件」ほど、被害者のプロフィールに注目が集まった事件はない。2つの顔を持っていた被害者像は、多くの作家たちのイマジネーションを刺激した。作家・桐野夏生は2003年に『グロテスク』(文藝春秋)を上梓、石井隆監督が撮った官能映画『人が人を愛することのどうしようもなさ』(07)のヒロイン像にも強い影響を与えている。

 園子温監督もこの未解決事件をそのまま映画化するのではなく、独自の解釈による『恋の罪』として描いてみせた。事件の起きた渋谷のラブホテル街をリビドー渦巻く現代の迷宮に見立て、迷宮に足を踏み入れた主婦の目線から事件を物語っている。貞淑な妻であるいずみ(神楽坂めぐみ)をリビドーの迷宮へと誘うのが、有名大学の准教授と売春婦という2つの顔を持つ美津子(冨樫真)。やがて2人は殺人事件に関わり、事件を追う刑事の和子(水野美紀)もまた迷宮の世界へと迷い込む。

 迷宮をさまよった挙げ句、社会の底辺へと堕ちていくいずみ。だが、主婦として何不自由なく暮らしていた頃に比べ、生の実感を手に入れたいずみは別人のような輝きを放つ。亡くなったエリートOLが夜の街で求めていたものは、死と隣り合わせである生の実感だったのだろうか。この事件から14年と2日後、東電は全世界を震撼させる大事件を起こすことになる。

 2008年6月に起きた「秋葉原無差別殺傷事件」をモチーフに、大森立嗣監督は異色作『ぼっちゃん』を撮り上げた。犯人の加藤智大はネットの掲示板に犯行予告の文章を書き込んでおり、大森監督は加藤の文章に触発され、本作の脚本に着手したと語っている。

 社会からの疎外感を抱く主人公が犯行に及ぶシーンは、大森監督の独自の解釈によるものとなっているが、派遣社員が派遣先の職場で抑圧される様子はディテールたっぷりに描かれている。『SRサイタマノラッパー』(09)の水澤紳吾、『オカルト』(08)で怪優ぶりを発揮した宇野祥平が共演。インディーズ映画界の名優2人のやりとりが絶妙すぎ、ブラックコメディ要素の強い作品となった。実録犯罪ものを期待して観ると違和感を覚えるだろうが、格差社会の底辺でも行き場を失った人間は、野獣化せざるをえないというシビアな現実が浮かび上がる。

 大森監督は、真木よう子主演の官能作『さよなら渓谷』(13)では「秋田児童連続殺害事件」をモデルにしたエピソードを物語の導入パートとして描いている。現代人の心の闇、社会の歪みを見つめることで作家性を発揮する監督だといえるだろう。

迫真すぎたピエール瀧の演技

 2005年に死刑囚の告白を「新潮45」の記者がスクープ記事にしたことで、首謀者が逮捕されることになった「茨城上申書殺人事件」の映画化。薬物依存症の元暴力団組長役をピエール瀧が演じ、迫真の演技を見せている。

 藤井記者(山田孝之)のもとに、獄中にいる死刑囚・須藤(ピエール瀧)からの手紙が届く。須藤と面会した藤井は、まだ警察が気づいていない余罪と一連の事件には首謀者がいることを知る。半信半疑で取材を始めた藤井は、土地ブローカーの木村(リリー・フランキー)の足取りを追うことに。須藤が「先生」と呼んで慕っていた木村は、生命保険に入った老人を死に追い詰めるなどして億単位の大金を手に入れていた事実をつかむ。

 本作を撮った白石和彌監督は、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)で知られる若松孝二監督の愛弟子。スキャンダラスな映画を撮り続けた若松監督を師匠として仰いだだけに、白石監督も実話を題材にした本作で思い切った演出を見せ、売れっ子監督への道を切り開いた。

 白石監督の作品は『孤狼の血』『止められか、俺たちを』(18)のどちらも、アクの強い“師匠”から主人公たちは大きな影響を受けることになる。本作にもそれがいえる。誤った師匠を選んでしまった男の哀しみが、ピエール瀧の演技には漂っている。

毒親、ネグレクト、無縁社会……断ち切れない負の連鎖

 毒親による虐待を受けている児童の数は、1990年代以降年々増え続けている。中でも世間の大きな関心を集めたのが、2010年に起きた「大阪二児餓死事件」だった。織方貴臣監督はこの事件を含め、いくつかの児童虐待事件を取り入れた形で『子宮に沈める』として自主映画化している。

 夫と別れ、若くしてシングルマザーとなった由希子(伊澤恵美子)は2人の子どもを連れて、アパートでの新生活を始める。よい母親になろうと張り切る由希子だが、学歴も職歴もなく、なかなか割りのいい仕事は見つからない。育児と仕事の両立に疲れた由希子は、次第に男と遊ぶようになり、アパートには戻らなくなってしまう。母親の心の荒廃を反映したかのように、アパートの部屋は大量のゴミで埋もれていく。数週間が経っても母親が帰ってこない中、残された姉弟の姉はまだ幼い弟の世話を懸命に看ようとするが……。

 実際に起きた悲劇をネタにして商業映画にしていると、織方監督はネット上でバッシングを浴びることになった。事件を起こした母親を糾弾するための映画ではなく、シングルマザーの苛酷さを伝えたかったという織方監督のメッセージは、バッシングする人々の耳には届かなかった。事件を招いた加害者をいくら叩いても、ネグレクト問題は何も解決しない。『子宮に沈める』はそのことに気づかせてくれる。

 

 2007年3月に起きた「リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件」の映画化。2年7か月に及ぶ逃亡生活を送った犯人・市橋達也の獄中手記『逮捕されるまで』(幻冬舎)を原作に、ディーン・フジオカ初主演&初監督作として劇場公開された。

 当初は『刑務所の中』(02)や『血と骨』(04)などのヒット作を放った崔洋一監督が撮る予定だったが、亡くなったリンゼイさんの遺族側への配慮から、事件の全体像を描こうとしていた崔監督は降板することに。台湾やインドネシアで俳優&ミュージシャンとして活動していたディーン・フジオカが主演だけでなく、監督も兼任することになった。

 映画では殺害および死体遺棄シーンはなく、市橋が警察の捜査網をかいくぐって逃げ続ける様子を、市橋の主観ドラマとして描いている。市橋は顔を整形し、名前を変え、離島で暮らしながら、自分は何者であるかを自問自答し続ける。結局、自分の正体が分からないまま逮捕の日を迎えた。現実から逃げ続ける市橋は、何者でもない、ただ中身が空っぽなだけの存在だった。彼がようやく手に入れたものは、殺人逃亡犯という重い肩書きだけだった。

“平成の毒婦”が仕掛ける禁断のゲーム

 3度目の獄中結婚をしていたことで話題を呼んでいる“平成の毒婦”こと木嶋佳苗。婚活サイトを通じて木嶋と知り合った男性たちが一酸化中毒などの不審死を次々と遂げたことから、「首都圏連続不審死事件」として世間を騒がせた。

 寺島しのぶが主演した『ソドムの林檎 ロトを殺した娘たち』はWOWOWで放映された5話完結のドラマだが、脚本は荒井晴彦、演出は廣木隆一監督と映画界の手だれたちが手掛けており、地上波ドラマとはひと味違う趣きに仕上げてある。結婚詐欺、および4人の男性を殺害した疑いで逮捕される恵(寺島しのぶ)。美人ではないものの、どんなメールの文面が男たちを惹き付けるかを熟知しており、誘いに乗った男たちは手料理の数々やセックステクによって、すっかり籠絡されてしまう。恵にとって、男たちは自由にお金を引き出せるATMみたいなものだった。

 大竹しのぶの魔性ぶりが目に焼き付く『後妻業の女』(16)も実在の婚活殺人を扱っており、彼女のターゲットとなった高齢者たちは夢見心地のままあの世へと旅立つことになる。禁断の果実を食べたアダムとイブの末裔である人類は、この禁断のゲームからは永遠に逃れることはできそうにない。

元犯罪者の社会生活は許されないのか?

 2013年に出版された薬丸岳のミステリー小説『友罪』を、『64 ロクヨン』(16)の瀬々敬久監督が映画化。あくまでもフィクションではあるが、この作品のモチーフとなっているのは1997年に神戸で起きた「酒鬼薔薇聖斗事件」だ。元少年Aと同世代である瑛太と生田斗真が熱演を見せた力作となっている。

 瀬々監督は「光市母子殺害事件」からインスパイアされた上映時間4時間38分の大作『ヘヴンズ ストーリー』(10)をはじめ、数々の実話系犯罪映画を撮ってきたスペシャリスト。更生施設で心理療法と職業訓練を受けた元少年Aが名前を変え、職場を転々とする姿を追っている。

 元少年Aのような大事件を起こしていなくても、誰しも人間は心の咎を感じながら生きている。一度でも過ちを犯した人間は、社会生活を営むことは許されないのか。もし、隣人の隠された過去を知っても、平然としていられるのか。建前と本音が異なるだろう難問を本作は突き付けてくる。

 瀬々監督が撮る犯罪映画は、風景のこだわりでも知られている。本作では終盤に登場する巨大なパラボラアンテナのある風景が印象に残る。心に闇を抱える主人公が、亡くなった人たちへ“祈り”という名の交信を試みているかのように思えてくる。
(文=長野辰次)

ハロプロや48グループだけじゃない! 極私的平成アイドル史【ライブアイドル編】

 昭和が平成に変わった時、私はもうヲタクだった。ネットの環境こそなかったものの、アイドルやサブカルについての雑誌は数多く出版され、そこで得た情報を元にアイドルの現場に向かっていたものだ。

 平成も間もなく幕を閉じる。それに合わせ、さまざまな観点で、この時代を総括したり、振り返ったりという記事が公開されている。アイドルの分野についてもしかりだ。

 ただし、ただ“平成に流行ったアイドル”を列挙しても、それは多くの人が承知していることであり、単に記憶をなぞる程度にとどまってしまう。そこで今回は、平成のアイドル史をたどるとともに、私が個人的に経験したアイドル状況を紹介し、流行したアイドルとはどのような関係性が生まれたのかをまとめてみたい。

 まず、今回は「ライブアイドル編」である。

 

“アイドル冬の時代”を越えて

 最初に、平成初期のアイドル界が、どのような状況だったかを確認しておこう。

 多くの人が語っているように、その頃は「アイドル冬の時代」だった。誰もが名前を知るようなアイドルはほとんどおらず、皆「アイドルファンだけが知っている」という程度の存在だった。

 そんな中、私が夢中になっていたのは、酒井法子だった。ヒット曲こそ飛ばしていないものの、テレビの歌番組には頻繁に出演し、地方に住んでいた私なども、十分に“ファン”としての楽しみを享受できたのだ。

 その頃、アイドルライブの定番の場所が「デパートの屋上」であった。多くのデパートの屋上にイベント用のステージがあり、そこで歌を歌い、握手会をしていた。私が酒井法子を初めて生で見て、握手をしたのも、ショッピングセンターの屋上だった。

 そして、平成2年、後のライブアイドル文化に大きな影響を与える2組がデビューする。「東京パフォーマンスドール」(初代・以下、TPD)と「宍戸留美」である。

 TPDは、それまでニューミュージックやロック系のアーティストが出演していたライブハウス、「原宿RUIDO」を拠点に、ライブを見せることをメインとした活動を開始。3年後には、武道館2Days公演を成功させるまでになった。後に、モーニング娘。のプロデュースで大ブレイクするつんく♂も、TPDのファンであったことを公言しているし、ハロー!プロジェクトのステージを見ても、TPDの影響は随所に感じられる。

 一方の宍戸留美は、ソニーレコードからメジャーデビューするも、2年後に事務所との契約を解消。フリーで活動する道を選ぶ。まだ個人で発信することが難しい時代、わずか18歳の少女が始めた活動が、後のフリーで活動する地下アイドルの礎となっていくのである。

 それと同じ頃、テレビなどの活動の場が減っていったアイドルに、歌う場を提供しようという試みが始まる。『歌姫伝説』と名付けられたこのイベントは、原宿RUIDOや川崎クラブチッタなどで、コアなアイドルファンを集めて、人気を集めていった。

 実は、これらのアイドルライブが広まっていった背景には、ライブハウス側の事情もあった。平成が始まった頃に起こっていた「バンドブーム」が一段落し、多くの会場で出演者が減ってきたのである。そこに、ある程度客の呼べるアイドルの公演を入れることによって、空いている時間をなくすという方針をとったのだ。つまり、ライブアイドルが始まった背景には、出演者と会場の利害が一致したという理由があるのである。

 諸説あるが、いわゆるアイドル冬の時代が終わるのは、平成5年頃だ。きっかけは安室奈美恵のブレイクである。彼女をアイドルと見ることに違和感を覚える人もいるかもしれないが、男女ともに彼女に憧れを持ち、その歌に酔いしれていたことを考えれば、まさに平成を代表するアイドルの一人といっていいだろう。

 彼女に続いて人気を博したのが、同じ沖縄アクターズスクール出身の「SPEED」である。平成8年のデビュー時、最年少の島袋寛子はまだ小学生ということで、その後のアイドルの低年齢化にも影響を与えた。

 もう一つ、その頃からアイドルの楽しみ方に変化を与えたものがある。「パソコン通信」の登場だ。現在のように画像や動画が扱えるものではなく、文字だけのやり取りであったが、テレビやライブの感想をリアルタイムで書き込める手段として、アイドルファンの間では大いに活用された。私も、当時のニフティサーブにあった「SPEED会議室」で、彼女たちへの思いをたくさん書き込んでいた記憶がある。

 もちろん、その後普及するインターネットも含め、アイドルたちは、その活動を告知する手段として大いに利用した。先に挙げた宍戸留美なども、いち早くネットに取り組んだ一人といっていいだろう。

 このようにして、地上と地下、両方で育まれていった平成のアイドル文化だが、そのどちらにも大きな影響を及ぼす存在が誕生する。それが平成10年の「モーニング娘。」である。

 彼女たちは、テレビ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)から誕生し、人気となっていった。もちろんメジャーなアイドルである。ここで注目すべきは、『ASAYAN』という番組が、メンバーが決まっていく過程をつぶさに放送していたということだ。

 これまでの“生まれたときから運命づけられていたような特別な存在”から、“自分の今いるところからの延長線上”にあることを認識させた。つまり、「アイドルになるための方法」を、全国の女性たちに知らしめたのだ。後の、地上・地下にかかわらず、モーニング娘。に憧れてアイドルになる人が増えたのは、そのような理由もあったからだろう。

 そして、今でも地下アイドルの現場では、モーニング娘。をはじめとした、ハロプロの楽曲がよく歌われる。それは、このような経緯を考えれば、ごく自然な流れなのである。

 その頃、私は何をしていたかというと、メジャーなアイドルが出てきたことを横目で見つつ、ライブハウスなどでのアイドルライブに通っていた。まだ今のようなフォーマット(地下アイドルが複数出演→物販→特典会)ができておらず、その内容はさまざまであったが、新しい文化が生まれてくる胎動のようなものを感じていたものだった。

 モーニング娘。、そしてハロプロが破竹の勢いで人気を博し、アイドル界が盛り上がっていた平成17年、AKB48グループが劇場公演を開始する。48グループと、その後、ライバルグループとして結成された坂道シリーズの躍進については、改めて語るまでもないだろう。

 この時期のもう一つ大きな出来事として、「アイドリング!!!」の存在を挙げておきたい。平成18年にフジテレビのCSで番組がスタートして以来、9年間に渡りバラエティ豊かな放送を続けてきた。一方、音楽に関しても、クオリティの高い楽曲が多く、ライブなども積極的に行っていた。彼女たち、そしてスタッフの一番の功績は、平成22年から開催されている、日本最大級のアイドルフェス『TOKYO IDOL FESTIVAL』(TIF)の開催であろう。

 私も、第1回から参戦しているが、いわゆる“地下”を中心に活動しているグループや、ローカルアイドルなども出演しており、現在のアイドルブームを作り上げた立役者ともいえる。

 平成も後期に入ると、ライブアイドルはますます多様化をしていく。TIFに加え、『アイドル横丁夏まつり!!』『@JAM EXPO』といったフェスが開催され、アイドルが出演するライブ会場も増えていく。また、ネット環境の普及により、アイドルたちがSNSなどでファンと直接交流することもできるようになる。地方に住んでいても、情報を得て、アイドルの魅力を感じたりすることもしやすい時代になったのだ。

 ただ、その反動として、アイドルのグループのサイクル(結成から解散、メンバーチェンジまでの期間)が早くなっているようにも感じる。ファンが常に新しいものを求めるために、それに対応する基軸などを打ち出さなくてはいけなくなったのだ。これは、どこが悪いということではない。新しさを感じつつも、変わらない魅力を維持する、それは、時代が変わろうともアイドルが人気を保っていくための秘訣であるだろう。

 そして現在、ハロプロ、48グループ、坂道シリーズは引き続き人気を集め、地下のアイドル現場も健在だ。

 平成の30年間で、アイドルを取り巻く環境は、驚くほど変化した。つらい冬の時代を乗り越え、今のアイドル文化が花開いたことを思うと、いちアイドルヲタクとして、感慨深い思いだ。

 この10連休には、「平成最後の」「令和最初の」と銘打ったライブが数多く開催される。今のアイドル文化の礎となった、平成アイドルの足跡を感じながら、新しい時代を迎えてみてはいかがだろうか。

(文=プレヤード)

ハロプロや48グループだけじゃない! 極私的平成アイドル史【ライブアイドル編】

 昭和が平成に変わった時、私はもうヲタクだった。ネットの環境こそなかったものの、アイドルやサブカルについての雑誌は数多く出版され、そこで得た情報を元にアイドルの現場に向かっていたものだ。

 平成も間もなく幕を閉じる。それに合わせ、さまざまな観点で、この時代を総括したり、振り返ったりという記事が公開されている。アイドルの分野についてもしかりだ。

 ただし、ただ“平成に流行ったアイドル”を列挙しても、それは多くの人が承知していることであり、単に記憶をなぞる程度にとどまってしまう。そこで今回は、平成のアイドル史をたどるとともに、私が個人的に経験したアイドル状況を紹介し、流行したアイドルとはどのような関係性が生まれたのかをまとめてみたい。

 まず、今回は「ライブアイドル編」である。

 

“アイドル冬の時代”を越えて

 最初に、平成初期のアイドル界が、どのような状況だったかを確認しておこう。

 多くの人が語っているように、その頃は「アイドル冬の時代」だった。誰もが名前を知るようなアイドルはほとんどおらず、皆「アイドルファンだけが知っている」という程度の存在だった。

 そんな中、私が夢中になっていたのは、酒井法子だった。ヒット曲こそ飛ばしていないものの、テレビの歌番組には頻繁に出演し、地方に住んでいた私なども、十分に“ファン”としての楽しみを享受できたのだ。

 その頃、アイドルライブの定番の場所が「デパートの屋上」であった。多くのデパートの屋上にイベント用のステージがあり、そこで歌を歌い、握手会をしていた。私が酒井法子を初めて生で見て、握手をしたのも、ショッピングセンターの屋上だった。

 そして、平成2年、後のライブアイドル文化に大きな影響を与える2組がデビューする。「東京パフォーマンスドール」(初代・以下、TPD)と「宍戸留美」である。

 TPDは、それまでニューミュージックやロック系のアーティストが出演していたライブハウス、「原宿RUIDO」を拠点に、ライブを見せることをメインとした活動を開始。3年後には、武道館2Days公演を成功させるまでになった。後に、モーニング娘。のプロデュースで大ブレイクするつんく♂も、TPDのファンであったことを公言しているし、ハロー!プロジェクトのステージを見ても、TPDの影響は随所に感じられる。

 一方の宍戸留美は、ソニーレコードからメジャーデビューするも、2年後に事務所との契約を解消。フリーで活動する道を選ぶ。まだ個人で発信することが難しい時代、わずか18歳の少女が始めた活動が、後のフリーで活動する地下アイドルの礎となっていくのである。

 それと同じ頃、テレビなどの活動の場が減っていったアイドルに、歌う場を提供しようという試みが始まる。『歌姫伝説』と名付けられたこのイベントは、原宿RUIDOや川崎クラブチッタなどで、コアなアイドルファンを集めて、人気を集めていった。

 実は、これらのアイドルライブが広まっていった背景には、ライブハウス側の事情もあった。平成が始まった頃に起こっていた「バンドブーム」が一段落し、多くの会場で出演者が減ってきたのである。そこに、ある程度客の呼べるアイドルの公演を入れることによって、空いている時間をなくすという方針をとったのだ。つまり、ライブアイドルが始まった背景には、出演者と会場の利害が一致したという理由があるのである。

 諸説あるが、いわゆるアイドル冬の時代が終わるのは、平成5年頃だ。きっかけは安室奈美恵のブレイクである。彼女をアイドルと見ることに違和感を覚える人もいるかもしれないが、男女ともに彼女に憧れを持ち、その歌に酔いしれていたことを考えれば、まさに平成を代表するアイドルの一人といっていいだろう。

 彼女に続いて人気を博したのが、同じ沖縄アクターズスクール出身の「SPEED」である。平成8年のデビュー時、最年少の島袋寛子はまだ小学生ということで、その後のアイドルの低年齢化にも影響を与えた。

 もう一つ、その頃からアイドルの楽しみ方に変化を与えたものがある。「パソコン通信」の登場だ。現在のように画像や動画が扱えるものではなく、文字だけのやり取りであったが、テレビやライブの感想をリアルタイムで書き込める手段として、アイドルファンの間では大いに活用された。私も、当時のニフティサーブにあった「SPEED会議室」で、彼女たちへの思いをたくさん書き込んでいた記憶がある。

 もちろん、その後普及するインターネットも含め、アイドルたちは、その活動を告知する手段として大いに利用した。先に挙げた宍戸留美なども、いち早くネットに取り組んだ一人といっていいだろう。

 このようにして、地上と地下、両方で育まれていった平成のアイドル文化だが、そのどちらにも大きな影響を及ぼす存在が誕生する。それが平成10年の「モーニング娘。」である。

 彼女たちは、テレビ番組『ASAYAN』(テレビ東京系)から誕生し、人気となっていった。もちろんメジャーなアイドルである。ここで注目すべきは、『ASAYAN』という番組が、メンバーが決まっていく過程をつぶさに放送していたということだ。

 これまでの“生まれたときから運命づけられていたような特別な存在”から、“自分の今いるところからの延長線上”にあることを認識させた。つまり、「アイドルになるための方法」を、全国の女性たちに知らしめたのだ。後の、地上・地下にかかわらず、モーニング娘。に憧れてアイドルになる人が増えたのは、そのような理由もあったからだろう。

 そして、今でも地下アイドルの現場では、モーニング娘。をはじめとした、ハロプロの楽曲がよく歌われる。それは、このような経緯を考えれば、ごく自然な流れなのである。

 その頃、私は何をしていたかというと、メジャーなアイドルが出てきたことを横目で見つつ、ライブハウスなどでのアイドルライブに通っていた。まだ今のようなフォーマット(地下アイドルが複数出演→物販→特典会)ができておらず、その内容はさまざまであったが、新しい文化が生まれてくる胎動のようなものを感じていたものだった。

 モーニング娘。、そしてハロプロが破竹の勢いで人気を博し、アイドル界が盛り上がっていた平成17年、AKB48グループが劇場公演を開始する。48グループと、その後、ライバルグループとして結成された坂道シリーズの躍進については、改めて語るまでもないだろう。

 この時期のもう一つ大きな出来事として、「アイドリング!!!」の存在を挙げておきたい。平成18年にフジテレビのCSで番組がスタートして以来、9年間に渡りバラエティ豊かな放送を続けてきた。一方、音楽に関しても、クオリティの高い楽曲が多く、ライブなども積極的に行っていた。彼女たち、そしてスタッフの一番の功績は、平成22年から開催されている、日本最大級のアイドルフェス『TOKYO IDOL FESTIVAL』(TIF)の開催であろう。

 私も、第1回から参戦しているが、いわゆる“地下”を中心に活動しているグループや、ローカルアイドルなども出演しており、現在のアイドルブームを作り上げた立役者ともいえる。

 平成も後期に入ると、ライブアイドルはますます多様化をしていく。TIFに加え、『アイドル横丁夏まつり!!』『@JAM EXPO』といったフェスが開催され、アイドルが出演するライブ会場も増えていく。また、ネット環境の普及により、アイドルたちがSNSなどでファンと直接交流することもできるようになる。地方に住んでいても、情報を得て、アイドルの魅力を感じたりすることもしやすい時代になったのだ。

 ただ、その反動として、アイドルのグループのサイクル(結成から解散、メンバーチェンジまでの期間)が早くなっているようにも感じる。ファンが常に新しいものを求めるために、それに対応する基軸などを打ち出さなくてはいけなくなったのだ。これは、どこが悪いということではない。新しさを感じつつも、変わらない魅力を維持する、それは、時代が変わろうともアイドルが人気を保っていくための秘訣であるだろう。

 そして現在、ハロプロ、48グループ、坂道シリーズは引き続き人気を集め、地下のアイドル現場も健在だ。

 平成の30年間で、アイドルを取り巻く環境は、驚くほど変化した。つらい冬の時代を乗り越え、今のアイドル文化が花開いたことを思うと、いちアイドルヲタクとして、感慨深い思いだ。

 この10連休には、「平成最後の」「令和最初の」と銘打ったライブが数多く開催される。今のアイドル文化の礎となった、平成アイドルの足跡を感じながら、新しい時代を迎えてみてはいかがだろうか。

(文=プレヤード)

『ラジエーションハウス』本田翼らが演じる医師たちに「診断が適当すぎる」と疑問の声続出

 4月29日夜9時から第4話が放送される、窪田正孝主演ドラマ『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』(フジテレビ系)。これまでの視聴率は第1話12.7%、第2話12.3%、第3話11.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、いずれも2ケタをキープしている。

 同ドラマは、レントゲンやCTを扱う放射線科を舞台とした物語。放射線技師として天才的な技術を持つ五十嵐唯織(窪田)は、幼なじみの甘春杏(本田翼)に長年思いを寄せている。二人はともに、甘春総合病院の放射線科で働いているが、杏は唯織のことをまったく覚えていない。前回のエピソードで、唯織は、杏に事故で亡くなった兄がいたことを知る。杏が自分を忘れたままでも、技師として支えていこうと決意した。

 第3話は、結婚を目前に控えた女性・葉山今日子(内山理名)が、乳がんの検査にやって来る。マンモグラフィ検査の結果、今日子は乳腺密度が濃い「デンスブレスト」ということが発覚するものの、デンスブレストは病気でないため、診療部長兼放射線科長・鏑木安富(浅野和之)は「異常なし」と診断を下す。

 一方、唯織は検査画像を見て何かに気付き、より精密な検査として超音波検査を今日子に促す。後日、病院に訪れた今日子は、自分なりにデンスブレストについて調べたといい、「異常なし」と診断されたことに不満を持っていた。怒りをぶつけられる唯織だが、改めて超音波検査をさせてほしいと今日子に頼む。

 しかし、結果はまたしても異状なし。それでも、唯織はわずかな異変を見逃さず、乳腺外科の医師・谷山(小松和重)に乳房MRI検査をやらせてほしいと頭を下げた。谷山は「異常がない患者を検査する必要はない」と反対するが、曖昧な診断に疑問を抱いていた杏は、唯織を援護。検査は行われ、ほかの検査では見つけにくい悪性の腫瘍が発見された。

「病院の医師は、放射線技師より忙しいからか、再検査や別の検査を求める技師たちを疎ましく思っている様子。この描写に視聴者から、『実際に医師と技師って、こんなに仲が悪いの?』『この病院は適当な医者しかいない』『唯織のような技師は信頼できるけど、こんな医者がいる病院は通いたくない』と疑問の声が続出しています」(芸能ライター)

 第4話では、ロックバンドを組む大学生・坂元美月(山本舞香)が、右肩の痛みを訴えて病院へ訪れる。検査を行うが、原因が特定されず、整形外科の辻村駿太郎(鈴木伸之)から、「様子を見る」と伝えられる。一方、唯織は杏がとある男性患者を気にかけていると知り、彼女の力になろうと奮闘するも、その行動が思いもかけない事態に発展してしまう。

「唯織に反発を続ける杏ですが、反対に辻村とは2人で食事に出掛けたり、相談に乗ってもらうなど急接近を見せています。イケメンな恋敵の登場に、『美男美女でお似合いなだけに悔しい』『絶対に辻村も、唯織を意識してる』『ライバルが登場したけど負けないで!』と話題になっていました」(同)

 唯織の才能は放射線技師たちからは受け入れられているが、医師にとってはうっとおしい存在として描かれている。果たして彼の才能は、病院全体に認めてもらえるのだろうか。

錦戸亮の関ジャニ∞脱退・退所はまだ検討中? 大倉・安田の脱退希望報道も立ち消え

 3月に関ジャニ∞からの脱退を予定していると報じられた錦戸亮。脱退は決定事項だがジャニーズ事務所に残るか否かを協議中だとの見方が強いものの、今なお脱退の正式発表はない。

 関ジャニ∞は現在のジャニーズ事務所所属グループで、嵐に次ぐファンクラブ会員数を誇る。昨年にはメインボーカルの渋谷すばるが脱退、そしてジャニーズ事務所を退所している。同じくメインボーカルである錦戸亮まで脱退という事態を、事務所は何としても避けたかったはずだ。何しろ来年いっぱいで嵐は活動を休止する。関ジャニ∞まで……となれば混乱は必至だ。

 だが錦戸は、渋谷の抜けた関ジャニ∞は解散すべきだと主張、自身は「役者一本でやりたい」意向だと伝えられている。また、大倉忠義と安田章大もそれぞれ脱退を希望しているとの報道があった。その後、話し合いはどうなっているのだろうか。

意味深発言をするメンバーたち
 錦戸亮が関ジャニ∞からの脱退する意志を固めたと「週刊文春」(文藝春秋)が報じたのは3月上旬のこと。記事によると、渋谷すばる脱退後、メンバーが今後のグループ活動について話し合っていく中、錦戸だけは<ひとりでも欠けるなら、関ジャニの活動も終えるべきだ>と、関ジャニ∞の解散を主張。しかしほかの5人はグループ存続を考えており、錦戸と決裂したという。

 これを受けてジャニーズ事務所はテレビ各局に「今後の収録にメンバーが全員揃うか分からない」と通達を出したという。錦戸の主張に横山裕や村上信五は激怒したといい、関ジャニ∞の不仲も取り沙汰されはじめた。

 その翌週には「週刊女性」(主婦と生活社)が、錦戸だけでなく大倉忠義も脱退を考えていると伝えている。大倉もまた“すばるがいてこその関ジャニ”という思いを持ち、グループのお笑い路線に疑問を感じていた部分があるのだという。さらに一部のファンによるつきまとい行為も、彼を関ジャニ∞から遠ざけているという見方だ。

 確かに、大倉は昨年11月、「Johnny’s web」内のブログにて、一部のファンの行動に苦言を呈し、<精神的に辛い><これがなくなるのが“普通”なのだとしたら普通の人に戻る方がよっぽど楽だろう><そろそろ限界だ>とも綴っていた。

 3月5日発売の「音楽と人」2019年4月号(音楽と人)に登場するメンバーたちの発言もどこか意味深なものだった。

 横山<でも旅なんて、いつまでも続くもんじゃないな、と思います。形あるものは終わるし、絶対なものなんてないんだな、って。そう思いたくないけど、思わざるを得ないことが多いです。考えたくなんかないですよ。楽しく仲間と続けていけるなら、そりゃみんなそうしていきたいでしょ。でも現実は、考えておかないといけないことなんですよね>

 村上<僕らも、ずっと肩組んで歩いてたらきつ過ぎるわ!って時もありますから。多少遅れたり、先に行くのはいいんですよ。もう今は、それぞれの得意技で、ひとりで立てるんですから。前はメンバーが手の届く範囲におらんとダメやったけど。でも、誰がどんな選択をしたって、俺らはずっと7人ですから>

 錦戸<僕、13歳ぐらいから仕事してますからね、ずっと(笑)。普通なら22、23の時には、こっちは社会人10年目なわけじゃないですか。そうなったら、欠けてる部分ももちろんあると思うけど、それ以上にいろんなことを知ってる部分はあると思いたいし、そう自負してたいですし、そこで自分が重ねてきた時間がウソみたいになったら恥ずかしいじゃないですか。だから今、自分が思うことをしっかり言って、しっかり行動していきたいと思ってます>

 Jr.時代から俳優として評価されている錦戸が、俳優の道を極めたいとしても不思議ではない。そもそも以前から、メンバーたちは個々人の活動も精力的に行っており、彼らにとって「関ジャニ∞」が芸能活動のすべてではない。関ジャニ∞に限らず、ジャニーズタレントの多くがグループとしての音楽活動と、個人の俳優業などを両立している。それぞれ芸能界での居場所をきちんと築いているのだ。これ自体は決して悪いことではないだろう。

 さて、関ジャニ∞は7月から9月にかけて、デビュー15周年記念ツアー「十五祭」を予定している。大倉は「すべての方への感謝を込めて…全てのeighter(エイター)に笑顔になってもらえる最高で最強の“プレゼント箱”を持って6人楽しみに会場でお待ちしています」とコメントを寄せており、少なくともこのツアーは“6人”で行うはずだ。秋以降の予定は、ツアー終了までは明かされることはないのかもしれない。

梨花、渡辺直美、辺見えみり……芸能人ファッションブランドの勝ち組/負け組を分析!

――ファッションライター・南充浩氏が、いま話題のファッションニュースに斬り込む!

 先日、タレントの梨花さんがジュングループを通じて手掛けているブランド「メゾン・ド・リーファー」が年内で全店閉店することを発表しました。2012年にスタートしたブランドですが、1号店である代官山店はオープン時から好調な滑り出しを見せました。オープン後1週間で1万人以上、1年間で35万人強が来店したと報道されており、誰が見ても相当な人気ぶり。アパレル業界でも好調なタレントブランドとして認知されていたものの、突然のブランド休止の発表は、世間に衝撃を与えました。

 休止の理由は明らかにされていませんが、アパレル業界ではいくつかの説が流れています。

1.多店舗展開に失敗した
2.オリジナルラインの改変に失敗した
3.梨花さんの取り分が多く、ジュングループの儲けが少なかった

 主なものはこの3つです。まず「1」についてですが、長い間このブランドは代官山店だけしかありませんでした。これほどの好調ぶりであれば、通常のアパレルならすぐに多店舗展開して売上高を急増させますが、なぜか2016年まで実施されなかったのです。ブランドのテイストが薄まることを懸念したといわれていますが、多店舗化したものの、そのタイミングは遅く、結局6拠点、カフェを含めて8店舗にとどまりました。多くのブランドは、1号店や旗艦店に、その個性がくっきりと映し出されますが、多店舗化してマスに広がるにしたがって、それがぼやけてきて売上高の伸び率が鈍化してしまいます。「メゾン・ド・リーファー」もそういう負のサイクルに入ったのではないかと思われ、ジュングループとしては、この程度の店舗数からなる売上高では満足できなかったため、全店閉店を決めたということでしょうか。

 続いて「2」について。15年に、オリジナル商品群「メゾン・ド・リーファー」を「リーファー」へと改変したのですが、「値段が据え置きなのに、物の出来栄えが悪くなった」という評判になりました。これには「利益を増やすために店頭販売価格を据え置きで製造原価を削った」「商品製造を手掛けていたOEM会社(製造を請け負う企業)や商社を変えた」という2つの理由が考えられます。言わずもがなですが、製造原価を削ると素材や縫製の品質は下がります。また、OEM会社を変えるということは、縫製工場も変わるということになり、おのずと商品の出来栄えにも変化が生じるのです。

 最後に「3」について考えてみましょう。一部の週刊誌でも報道されましたが、梨花さんの取り分が多く、ジュングループの儲けが少なかったと言われています。実は当方は、別の大手アパレル企業の経営者からも同様の情報を得ていました。ですから、これも信ぴょう性は低くないと思われます。ジュングループとすれば、儲からないブランドをやり続ける意味はありません。

 ファッションブランドにとってタレントは非常に重要な存在です。イメージキャラクターやモデルとして起用することにより、商品の売れ行き、ブランドの支持率が変わります。どのタレントと、どのタイミングで契約するのかを判断することは、アパレル企業の広報宣伝・販促活動において重要な要素の一つと言えるでしょう。

 しかし、タレントが自身で運営するブランドは、業界にとってそれほど重要な位置づけではないと見なされています。なぜなら、極めて順調だと見られていた「メゾン・ド・リーファー」でさえ6拠点・8店舗で終焉を迎えました。ほかにも、タレントブランドはこれまでにさまざま誕生しましたが、一部を除いては、概して「規模が大きくなりにくい」「長続きしにくい」という傾向にあります。

 そんな中、業界で存在感があり順調だと見なされているのは、渡辺直美さんが手掛ける「プニュズ」でしょう。こちらはウィゴーが運営しています。タレントのブランドは規模が大きくなりにくいという傾向に反して、売り上げ規模も拡大していますし、渡辺さんとウィゴー間とのトラブルも耳にしません。「メゾン・ド・リーファー」のブランド廃止が決まった今、成功した芸能人ブランドの最右翼だと言えます。

 また、辺見えみりさんが13年のブランド立ち上げ時から昨年3月まで、コンセプターとして参加していた、ベイクルーズグループ運営の「プラージュ」も成功例。立ち上げ時には「単なる芸能人ブランド」と言われていましたが、辺見さんの退任後もブランドは続いているので、実は「ブランド」として固定ファンをガッチリとつかんでいたと言えます。開始時期がメゾン・ド・リーファーと1年違いのほぼ同時だったこともあり、比較され「売れていない」という報道があったものの、今では形勢逆転となりました。

 若槻千夏さんが09~13年まで手掛けていた、ウィゴー運営の「W・C」も相当な人気があり、「Mercedes-Benz Fashion Week TOKYO(メルセデス・ベンツ ファッション・ウィーク 東京)」、通称「東京コレクション」にも参加していました。

 こちらも、ブランド自体は若槻さん退任後も継続していますが、規模はかなり縮小しており、現在、業界では存在感がありません。退任の理由については、明かされていないものの、当方が製造を手掛けていた会社や関係者から聞いたところによると、若槻さんの志向がクリエイション方向へと加速し続け、ウィゴーの「W・Cはあくまでもポップなカジュアルブランド」という考えに一致しなくなったためとのことでした。「東京コレクション」への参加は、そのクリエイション志向の表れだったと考えられます。もしその齟齬がなければ、今でも「W・C」は売り上げ規模を維持できていたのではないかと思われます。

 逆に失敗に終わったタレントブランドの方が珍しくありません。篠田麻里子さんの「ricori」、佐々木希さんの「Cotton Cloud」は開始後早々に廃止されています。タレントとしての人気も知名度も決して低くない両人ですが、ブランドということになるとそれだけでは通用しないということがわかります。

 ファッションブランドというのは、結局のところ、洋服や服飾雑貨という「物」を売っているのです。人気タレントが手掛けることは、ブランド開始時の客寄せにはなりますが、一度買った客がリピーターになるかどうかはまた別で、「物」が良くなければ決して売れません。これまで早々に消え去った多くのタレントブランドは、そこに課題を抱えていたと言えます。

 また、タレントブランドが長続きしないのは、別の要因もあります。タレント自身が起こすスキャンダルの影響が直撃してしまうことです。以前、覚せい剤使用で逮捕された酒井法子さんのブランド「ピーピーリコリノ(PP rikorino)」は、売れ行きが絶好調とは聞きませんでしたが、絶不調だとも聞きませんでした。恐らく継続は可能な状況にあったと推測されるものの、逮捕されてすぐにブランドは廃止されています。タレントも人間ですので、スキャンダルを起こす可能性が0%ということは絶対にありません。どんなに品行方正で人間性が優れていても、長い人生のうちに1回くらいはスキャンダルを起こす可能性があります。タレントブランドもしかりですが、イメージキャラクターやモデルに起用したブランドもその影響をモロに受けるため、タレントの起用には慎重になっているブランドも業界には存在するのです。

 タレントブランドは、消費者やメディアの話題を集めやすいのは確か。しかし、アパレル業界の方向性や生産基盤を左右するほどの経済規模や存在感ではないというのが、業界内部から見た感触です。
(南充浩)

「ダイソー」のアレでパソコン快適化! サイゾーウーマン編集部の“汚デスク”片付け実践

「戸棚の中がグチャグチャ」「クローゼットがすぐ散らかる」「デッドスペースを活用したい」「トイレに収納がない」など、 “片付かない”ちょっとした悩みはありませんか? 収納ライターの伊藤まきが、イライラする“収納の悩み”を“簡単で安く”解決するコツを提案します!

■今週の相談者>>>サイゾーウーマン編集部のNさん[第1回(全3)]

「会社のデスクが小さく、モノが散らかって仕事に集中できない!」

 編集Nです。サイゾーウーマン編集部も「働き方改革」でNO残業となりました。無駄なく仕事に集中したいのですが、ご覧の有り様です。心の癒やし(ジャニーズ)に見守られながら、デスク環境を整えたいです。

 デスク幅が狭いので(W120cm)、モノをどかしてから仕事をしています。電話も取りにくいし、飲み物をこぼしてしまうことも……。右上にまとめた、大切な書類や印鑑をスムーズに取り出せるようにしたいです。

 会社のデスクは、1日の約1/3を過ごす大切な場所です。必要なモノがすぐ取り出せて、自分に心地よい空間を作りたいですよね。でもこのまま放置すると、仕事のミスやストレスが増えてしまいます。

 デスク周りが散らかっている人の共通点は、「捜しモノが多い」のでタイムロスが目立ちます。さらに、「時間に追われる」仕草が目立つようになります。電話の前に資料が山積みだと、スマートな行動も保てません。そんな動きを重ねると、周りから「容量が悪い」というレッテルを貼られてしまいます。これは本当に残念ポイントで、どんなにオシャレな人でも「その人の生活習慣」も連想させます。

会社のデスク周りを整えて、何の得があるの?

 会社の片付けを徹底した結果は、日本が誇る大企業が結論付けています。『トヨタ式片付け』は、家庭や恋愛にも必ず役に立ちます。片付けができないと、あらゆるムダ(時間・お金・精神的)が生じます。これを解決すれば、「生産性」が高まり大きな効果を出すという結論です。

どこから手をつけるの? 「場所別」の「デスク上」が正解!

 片付けの順番は、主に「モノ別」か「場所別」になります。デスク周りなら、時間や空間が限られているため「場所別」がオススメです。まずは、1番使用頻度の高いスペース「デスク上」からはじめましょう。

 Nさんのようにデスクサイズが120cmと小さい場合は、キーボードを収納できる「モニター台」があると作業ゾーンを確保できます。一気に片付ける時間が持てない人は、「1日1カ所」と決めて進めます。ゾーン別(パソコンまわり、書類まわりなど)に分ければ簡単です。

 会社で「モニター台」の支給がない場合は、ダイソーのラックがオススメです。合計(800円/税抜)になりますが、自分の目線サイズに合わせられるので目疲れを軽減できます。ちなみに、パイプカッターがあればポールの長さを変えられます。

デスク上の「書類ゾーン」を3つに分類して、仕事のスピードUP!

 デスク上に山積みになった本や資料は、必要なモノだけを残します。保管するだけの紙モノなら、デスク上ではない場所へ移動しましょう。

 デスク上に必要な書類だけを残したら、上図のように<過去・現在・未来>で3分類します。ポイントは、3色に分けること! 日本人に馴染み深い色(赤=急げ!)のほうが、文字より早く判断できるからです。

 Nさんが使っているのは、カットタイプの紙製ファイルボックスでした。丁寧に収めれば、面が揃うのですが“突っ込んで”いますね。これは彼女の癖なので、意識するよりもモノの選び方を変えたほうが近道です。

 前に仕切りがないオープン型なら、今よりずっと出し入れが楽になります。紙製ボックスを流用するなら、カッターで切って布ガムテープで補強しても◎。Nさんの職種と性格にあわせて、「タテ型」を選びましたが、お金や契約書を扱う部署のデスクを観察してみてください。書類処理の多い部署は、「ヨコ型」のデスクトレーを使います。

 必要なモノだけを揃えた「デスク上」に変わりました。Nさんの希望する心の癒やし(ジャニーズ)も飾っています。窮屈だった作業スペースも広くなりました! モノの住所と適正量(必要最低限のモノだけ)を決めたので、慢性的な「出しっぱなし」ともサヨナラです。

ダイソーで作った「モニター台」が多機能!

 ダイソーで自作した「モニター台」には、携帯の充電コーナーを用意しました。また、マグネットやラックを付けることもできます。Nさんが悩んでいた、モニターの高さも自由に調節できました。

 会社にあったファイルスタンドに、3色のマスキングテープを貼りました。これで、書類迷子をカットできます。今後は、溢れたら見直す※を繰り返すだけなので、散らかる心配も無用です。書類ゾーンの脇には、一時置きBOX(お菓子の空き箱)も用意しました。
※溢れたら、処分する(DATAで保管する)などに分類していきます。

【まとめ】
今週から3回にわたって、Nさんの「デスク周り」を片付けます。関係ないと思われがちなジャンルですが、家庭(家計)に置き換えることができる仕組みです。会社という組織(家族)の中で、個人がどう片付けるか? 片付けない人(まわり)の心を動かすか? 共用スペースはどう使うべきかなどを発見できます。次週は、「引き出し整理編」です!

チケット転売の舞台となる売買サイトやTwitterはどうなる? チケット転売規制法を弁護士がスッキリ解説!

 6月に施行される「チケット転売規制法」を、弁護士法人ALG&Associates山岸純弁護士から、2回にわたり解説してもらっている。

【前編】チケット転売規制法は「高額チケットに苦しむ国民救済」が目的じゃない! 弁護士がスッキリ解説
【中編】「当選権利は対象?」「サイン会は?」「ディズニーランドは?」チケット転売規制法を弁護士がスッキリ解説!

 最終回となる今回は、高額転売の舞台にチケット転売サイトやtwitterやメルカリといったサイトは罪になるのか? という点や、一部チケットではすでにおなじみの「チケットの記名者以外は入場無効」という文言の法的な根拠について伺う。

 

チケット転売の「プラットフォーム」は罪に問われる?

――高額転売が問題となったチケット転売サイト「チケットキャンプ」は2018年に閉鎖されましたが、類似サイトは今だ存在します。こういったサービスは、法律施行後は存在しえないのでしょうか?

山岸純弁護士(以下、山岸) こういったサイトは高額転売の場所を提供しているだけなんですよね。 チケット転売規制法を見ると、不正転売をしてはいけない、そして不正転売を目的に買ってはいけないとありますが「場所の提供者」は規制の対象になっていません。

 これはソープランドの構造に似ているんです。ソープランドの経営者は売春に違反していません。なぜなら、あそこでお客さんと女性が「たまたま」恋愛関係になり、たまたまそこに金銭が発生しているという構図なんです。

 こういったチケット転売サイトが「どうしてもコンサートに行きたい人とコンサートに行けなくなってしまった人をマッチングするサービスです」ときれいにうたっていれば、ぐうの音も出ないわけです。ただ、もし「儲けたい人集まれ! 高額転売可!」と記載していればアウトでしょう。これでは犯罪を教唆しており、教唆犯になります。

 ただそこは当然、うまくやるんでしょうね。どこの会社も「当社は転売目的の利用を禁止しています」とか「転売をして利益を得ようと思っている利用者は当社の規則により排除します」と規約に書くのでしょう。 そこで何かあったとしても「売り手がたまたま行けなくなったからと言っている以上、うちとしてはこれ以上突っ込めない」と言えばもう、どうしようもない。これはメルカリなどのフリマサイトでも同じことが言えます。

――歯がゆいですね。

山岸 でも、このあたりはAIの活躍に期待できます。AIが「この人は1ヶ月に5回も「どうしても行けなくなってしまった」と出品している。不自然だ」と自動的に出品停止にする。実際こういう風に動いていくはずなので、改善されていくとは思いますよ。

――Twitterでもチケットを買いたい、売りたいというやりとりをよく見ますが、Twitter社は問題にならないのでしょうか。

山岸 おそらく、利用約款などでこういう投稿を禁止したりしているのだと思いますよ。「当社はしっかりと取り締まっています」とアピールするためにね。

――ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)の入場チケットは営利目的の有無にかかわらず、すべての転売を禁止しておりキャンセルも認めていません。それに対し、NPO法人消費者支援機構関西が規約改善を申し入れています。

 USJの場合、中編(記事はこちらから)で説明頂いた通り、遊戯施設であり今回のチケット転売規制法には該当しませんよね。そうなると、USJが掲げる転売禁止などの規制は、どこまで効力のあるものなのでしょうか。

山岸 そのチケットに名前が書いてある場合、法律上それは「記名式債券」と呼ばれます。

 チケットとは、あることができる権利を紙の上にのせたものです。「切符」がそうですよね。130円区間を乗車することができる権利が紙きれに乗っかっているんです。 切符には名前が書いていませんよね。切符を持ってる人は誰でも130円分の区間に乗れます。

 一方で、記名式債権は「この書かれた名前の人のみに、うちはサービスを提供します」という債権です。「定期券」がそうですよね。

――確かに、ほかの人の定期券は使えないですよね。

山岸 鉄道会社の定期券は記名者以外は使えないという条件のもと発行しています。同様に、USJがチケットに「入場券・山岸純」と記載している場合、私しか使ってはいけないでしょうね。ただ、私以外の人がそのチケットを使って入ろうとする場合、最終的に入場を拒否するかどうかは施設側の判断になります。

――なるほど。6月に施行されるチケット転売規制法以外に、既存の「記名式債券のルール」もあるんですね。

 遊戯施設のようなチケット転売規制法の対象ではないチケットでも、記名されたチケットならば「記名式債券のルール」に基づいて、チケットの名義と入場者が異なると施設側から入場を拒まれる可能性があると。

山岸 はい。あとは施設側の判断によることになります。

 最後に、繰り返しになりますが、今回の「チケット転売規制法」は直接的には興行主のために作られた法律になります。高額でしかチケットを入手できず、競合興行先へファンが流れることを防止することが主目的です。

 ただ誤解しないでいただきたいのは、広い目で見れば、すべての法律は国民のために作られている、という点です。チケットが高額で出回らないようにすれば、今チケットを高額でしか購入できず困っている人だけでなく、将来あるアイドルのファンになりチケットを購入しようとしたものの、定価で買えず、転売価格が高すぎて購入できない、という人にとっても助けになりますよね。今この時だけではなく、法律の対象は「広くあまねく国民のため」なのです。

(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

【月経困難症マンガ】「生理を知らない成人男性」って実在したの!?【第31回~第40回まとめ読み】

「生理痛なんて、みんな一緒!」

1カ月ごとにやってくる、尋常じゃない腹痛・寒気・吐き気……。
周囲の言葉を信じて10数年も耐え続けた「生理痛」、医者にかかってみたらビョーキと診断されちゃった!?

30歳から治療を開始した「月経困難症」との向き合い方をつづる、日常闘病コミックエッセイ。

中容量ピルに挑戦!

不正出血が止まった!

この人、生理知らんのか!?

ウチの職場はやばかった

(つづく)

――「私の生理、病名がつきました。」は、毎週日・月・火の週3回更新になります。お楽しみに!

 

<著者プロフィール>

まお

月経困難症。体験した事や思った事を4コマ漫画にしています。自分の体、大切な人の体を考える事や、行動する事のきっかけになればうれしいです。ポジティブに生きてるオタク。



<バックナンバーはこちら>

第1回~第10回まとめ読み……私の生理、ビョーキでした!?
第11回~第20回まとめ読み……ピル服用、7カ月の間に起きたこと
第21回~第30回まとめ読み……ピル服用で「不正出血」が止まらない!?

【第41回】ブラック企業、心の支えだったのは
【第42回】月経困難症から、結婚へ
【第43回】医者の「紹介状」ってどんなもの?
【第44回】「とりあえず」の通院先、どう選ぶ?
【第45回】産婦人科の隣にラブホテル!?
【第46回】卵巣に「のう腫」がある!?
【第47回】卵巣のう腫は良性?悪性?
【第48回】中容量ピル、長期服用はNG?
【第49回】婦人科の悩みは人それぞれ
【第50回】コンビニで短期バイト!
【第51回】新しい職場で大寝坊!
【第52回】30代で更年期障害!?
【第53回】ピル由来と思しき「新たな症状」
【第54回】3度めの「低容量ピル」
【第55回】「不正出血」が起きたワケ
【第56回】ピルを飲むと太るって本当?
【第57回】「ピル太り」実録レポート!
【第58回】ピル太りに効いたダイエット方法
【第59回】自己管理できない人、じゃない!