原作小説と映画との、これほどまでの幸せなマリアージュもないのではないか。そう思わせるほど、映画『愛がなんだ』の登場キャラクターたちはみんな生き生きとしている。恋に浮かれ、愛に悶えのたうち回る。まるで、知人の体験談がスクリーン上で再現されているかのような親密さを感じさせる内容だ。原作の世界観、監督の演出力、キャスト陣の新鮮さがうまく化学反応を起こした愛すべき映画となっている。
直木賞作家・角田光代が2003年に発表した同名小説が原作。角田作品は『空中庭園』(05)、『八日目の蝉』(11)、『紙の月』(14)、『月と雷』(17)などが映画化されており、いずれも高く評価されている。女の本音たっぷりな角田作品のヒロインたちは、映画との相性がいい。単館系での活躍が続く今泉力哉監督による本作も、角田名作劇場のひとつに加えることができる。
主人公のテルコ(岸井ゆきの)は28歳になるOL。たいして仲のよくない知り合いの結婚パーティーに参加し、出版社に勤めるマモル(成田凌)と知り合った。お互いに社交派タイプではない2人は、妙にウマが合った。以来、テルコはマモルに携帯電話で呼び出されては、ほいほい付き合う飲み仲間となる。テルコはマモルにぞっこんだが、マモルはその気はないらしい。それでもテルコは、いつマモルに呼ばれてもいいように職場で連絡を待ち続けている。会社の付き合いは、いっさい断るというこだわりようだった。
ゴールの見えない片想いなんて止めて、別の男を探せばいいとテルコの親友・葉子(深川麻衣)は忠告するものの、葉子は葉子で問題がある。雑誌編集者の葉子は、年下のカメラマン・ナカハラ(若葉竜也)を自宅に呼びつけ、使いっぱにしている。ナカハラに対して、女王さまのように振る舞う葉子だった。マモルも葉子もやっていることは一緒だ。惚れた相手の弱みに付け込み、生殺し状態にしている。恋愛マウンティング上位者の残酷さを感じさせるマモルと葉子だった。
本作をジャンル分けすれば恋愛コメディになるわけだが、描かれているのは一般的な恋愛感情とはビミョーに異なる。好きになった相手には嫌われたくないという、まだ名前の付いていない心の動きだ。テルコはマモルからしつこい女と思われたくないので、自分から連絡を入れることはしない。気まぐれなマモルからの連絡をひたすら待ち続けている。お陰で仕事はまるで手につかない。ようやくマモルから連絡があると、ずっと待っていたことを勘づかれないようにうれしさを押し殺しながら振る舞う。けなげで、イタくて、報われない女、その名はテルコ。『ピンクとグレー』(15)以降、注目度がぐんと上がった岸井ゆきの演じるテルコが、たまらなく愛おしく感じられる。
『ニワトリ★スター』(18)ほかクセの強い役を好む成田凌が演じるマモルだが、こいつもかなりイタい男だ。33歳になったら今の仕事を辞めて野球選手になるだの、動物園の飼育員になるだの、現実味のない妄想をテルコにつらつらしゃべっている。なんで、こんなダメ男に惚れてしまうんだよ、目を覚ませよ、テルコ! と葉子ならずとも言いたくなるが、マモルのことで頭がいっぱいのテルコの耳には入らない。好きになったら、止めようがない。テルコの生態を観察することで、人間とは恋をすると実に面白い行動を繰り返すおかしな動物であることがよく分かる。
今泉監督は『こっぴどい猫』(12)、『サッドティー』(13)、『退屈な日々にさようならを』(17)など“一方通行の想い”をテーマにしたオリジナル映画を撮り続けてきた才人。今泉作品の主人公たちは、いつも誰かに片想いしている。片想いがいつか両想いになれば、それはとてもハッピーなことだが、逆に相手のことが嫌いになる日が訪れるかもしれない。でも、ずっと片想いのままだったら、嫌いになることもできない。永遠に好きなままでいるはめになる。テルコとマモル、葉子とナカハラの4人に、マモルが合コンで出会った“がさつ女”すみれ(江口のりこ)が加わり、回転木馬のようにグルグルと一方通行の恋愛模様は回り続けることになる。『ちびくろサンボ』の虎たちのように、溶けてバターになってしまわないか心配になってしまう。
映画用に脚色された『愛がなんだ』で、ストーリーの均衡を破るキーパーソンとなるのは口数の少ないナカハラだ。葉子を崇め、呼び出されるだけで充分満足していたナカハラだが、行き先の見えない関係に疲れ、回転木馬から降りることを決意する。ナカハラに自分の姿を投影していたテルコは、“片想い同盟”から離脱するナカハラをなじるが、恋愛とは決して我慢比べ競争ではない。テルコはナカハラを通して、観客はテルコを通して、そのことに気づくことになる。
好きな相手に嫌われたくないという感情だけでなく、他にも言語化されていない感情が本作には描かれている。相手のことが好きすぎて、相手と一心同体化してしまいたいという願望だ。マモルの彼女になれないのなら、いっそマモルそのものになりたいとテルコは願うようになっていく。回転木馬はいったい、いつまで回り続けるのだろうか。
原作にはない、テルコなりの決断が映画の最後に描かれる。ハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもない、不思議なエンディングとなっている。愛がなんだ。テルコはけっこー楽しそうだ。
(文=長野辰次)

『愛がなんだ』
原作/角田光代 監督/今泉力哉 脚本/澤井香織、今泉力哉
出演/岸井ゆきの、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、穂志もえか、中島歩、片岡礼子、筒井真理子、江口のりこ
配給/エレファントハウス 4月19日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
c)2019「愛がなんだ」製作委員会
http://aigananda.com
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