4月1日、菅義偉官房長官により新元号「令和」が発表された。5月1日の新天皇即位の日より、「令和」の使用が開始されることになり、約30年続いた「平成」も残り1カ月を切った。そこで今回、皇室ウォッチャーX氏に、感動が胸に押し寄せた「天皇陛下と皇后さまの4つのエピソード」を語ってもらうことに。皇室を見つめてきたX氏が、天皇陛下と皇后さまが国民から愛される理由に迫る。
【その1】沖縄で火炎瓶を投げられた夜……異例の談話に込められた想い
1975年に今の両陛下が皇族として初めて沖縄県を訪問されたことは、皇室の歴史的にも大きい出来事です。当時はまだ、沖縄県民の中で戦争責任がある昭和天皇への負の思いが強かった時期でした。両陛下が「ひめゆりの塔」に献花された際、火炎瓶が投げられ一同騒然となる事件が起きてしまったのです。陛下が素晴らしいところはここからで、その夜、陛下は異例の談話を発表されて「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、一人ひとり、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」と、語られたのです。昭和天皇の負の遺産をご自分が行動で償っていくという強いお気持ちを現在も持たれていて、計11回も沖縄を訪問され、戦没者への慰霊も欠かさず行われています。
【その2】生前退位のお気持ち発表は、歴史の重大な1ページ
2016年8月の天皇陛下の「生前退位」のお気持ち発表も、歴史的に大きい出来事でした。近代の皇室では、崩御によるお代替わりが通例で、皇室典範でも規定されている法律。しかし、陛下は数年前から退位の可能性を模索され、宮内庁関係者や皇太子さま、秋篠宮さまと話し合いを重ねられていたのです。確かに、ご高齢になってきちんと公務をこなせない場合があるにもかかわらず、天皇としての仕事をまっとうしなければならない制度に疑問はありました。今上天皇が今回の決断をなさらなければ、今後もずっと同じ制度が続いていたのかもしれません。陛下の思いが国民の同感を得られて成立した退位特例法は、間違いなく皇室の歴史の中でも重大な1ページとなったことでしょう。
両陛下は、今でこそ皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻にその役を譲られましたが、以前までは「こどもの日」にちなんだ施設訪問をされていました。今の両陛下は、「国民とともにある皇室」を重要視されているのですが、01年の東京・大井倉田保育園ご訪問時にも、それを強く感じました。両陛下が保育園内に入られると、園児たちが音楽に合わせてお遊戯を始めたのですが、両陛下も園児たちと一緒に笑顔で踊りだしたのです。園児たちもそれを見て楽しそうにしていて、両陛下と子どもたちの距離が一気に縮まりました。この場所だけではなく、さまざまな場所で国民と触れ合われていた両陛下のお姿は、まさに「平成流」と言える新しい皇室の形でした。
【その4】東日本大震災の対応……皇居の御所を「自主停電」に
平成は自然災害が多い時代だったと言えますが、その中でも11年の「東日本大震災」は甚大な被害をもたらしました。その際の両陛下の対応は、とても心に残っています。毎週のように被災地を訪れて被災者を励まし続けたり、震災による避難者に栃木県の那須御用邸を開放したり、御料牧場から卵や豚肉、サツマイモなどを避難所に提供されていました。さらに、電力危機による計画停電を実施した際に、皇居がある千代田区は対象外でしたが、東京電力が発表した1回につき2時間の計画停電スケジュールに合わせて、皇居の御所を自主停電されていたのです。国民の一大事に、思いを共にされ、国民を励まし続けた両陛下だからこそ、国民からの絶大な信頼を得られているのでしょう。
最後に番外編として、平成の30年間で最も興奮した「皇室」のワンシーンもご紹介します。天皇ご一家が一同に会するのはかなり珍しいのですが、それが実現したのが、09年横浜・こどもの国にお出ましになったとき。こどもの国は、両陛下が結婚された際、全国から寄せられた祝い金を基に設立されたもので、この日はなんと、両陛下と皇太子ご夫妻、秋篠宮ご一家、黒田清子さん夫妻もいらっしゃったのです。当時3歳だった悠仁さまが、普段ご交流が見られない雅子さまに手助けされながら、園内の牛に餌をあげるなど、レアな展開が盛りだくさん。皇太子さまと眞子さま、佳子さまが3人で一緒に乗り物に乗る場面もあるなど、天皇ご一家の仲の良さを垣間見ることができました。日本国民のお手本である天皇ご一家の微笑ましいイベントに、心が和んだ人々は多かったと思います。
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