TOKIO・松岡昌宏、数珠ブレスレット愛用者として「5個も10個もつけてる人」への見解語る

 TOKIO・松岡昌宏がパーソナリティを務めるラジオ『TOKIO WALKER』(NACK5)。3月24日の放送では、松岡がいつも身につけている“数珠ブレスレット”について語る場面があった。

 「つけているとパワーを感じたり、いいことが起こったりするブレスレットを作る友人がいるんです。松岡さんがしているブレスレットは、なにか意味があるのですか?」という趣旨の質問をリスナーから受けた松岡は、「僕もまったく同じ」と言いながら、「これは、京都のあるオバちゃまが作ってくれてて」といつも自身が着けている数珠ブレスレットについて説明。“オバちゃま”とは松岡が16歳の頃から付き合いがあるそうで、数珠ブレスレットはお守りとして身につけているとのことだった。

 数珠については、つけ方や種類がさまざまあり、「難しいんですけど……」と悩む松岡。しかし、「人それぞれ価値観が違うから思ったりするんだろうけど、その人が良ければいいのよ!」とキッパリ。「たまに、(数珠を)5個も10個もつけてる人もいるじゃない? もう、その人はその人でいいのよ!」と続け、「あんま気にしすぎると、ちょっと疲れるからね」と語った。

 また、松岡は占いやスピリチュアルに関連して、過去にいろいろ助言されたことがあったそう。しかし、「ある程度で聞いておかないと。全部信じちゃうと、自分がいなくなっちゃうからさ。占いもそうなんだけど、こういった類いのものは、あの〜、ホント、心のちょっとアレに」とほどよい距離感で付き合うことを推奨していた。

 そして「ま、全然違うとこの(数珠)を前もしてたし。その時その時でいいんじゃないっすか。(自分に)合わないと思ったら、しなきゃいいだけであって」と話し、数珠ブレスレットはお守りではあるが、それほど大きな意味はないとまとめていた。

 また、友人の子どもから、ビーズで作ったブレスレットの“お守り”を渡された経験も告白。松岡は、そのブレスレットをしばらく着用していたらしく、子どもから「テレビでつけてるの見たよ! つけててくれてありがとう!」と喜びの報告があったとか。それを聞いて松岡は安心し、「もういいか」と思って外したものの、「邪険にはできないでしょ?」と、ブレスレットをつけた状態で写真を撮り、子どもに送ったのだそう。「すげえ気ぃ使うのよアレ! 子ども心は一生残るからね!」と笑いながら振り返ったのだった。

 お世話になっている人が作った数珠をお守りにしていたり、子どもの気持ちを慮ったり、松岡の人柄がよくわかる放送回であった。
(小沢由比子)

デビュー曲から規格外! 平成という時代を駆け抜けたSPEEDの光と影 

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析! 

 昨年末、仕事でとあるジャズ系のクラブを訪れた時のこと。その店に掲示されていたのは島袋寛子のライヴの案内だった。明けて2019年の早々にソロでのライヴをするという告知だったのだ。

 これ以前に今井絵理子や上原多香子が、あまり気持ちのよくない話題でマスコミを騒がせていたのを耳にしていたところだった。だから大人になった島袋を見て、連鎖的にSPEEDのことを思い出してしまったのだ。いつかこの連載であの子たちのことを書かないとな、と思った次第である。

 僕は25年ほどこの仕事をしているが、小学生、どころか、中学生相手にインタビュー取材をしたことすらほとんどない(アイドルの仕事をたくさんしているライターやジャーナリストなら珍しくないかもしれないが)。

 唯一の例外が、SPEEDへの取材だった。それもデビュー直後、2枚目のシングル「STEADY」のリリース時。彼女たちが勢いを一気に増していく頃だった。

 取材の目的は雑誌内のクリスマス向けの企画ページで、4人と話したのはこのシングルが出たのと同じ、1996年の11月だったと思う。都内のスタジオの中にそれこそクリスマスツリーのセットが作られて、彼女たちがそこにたたずんで撮影をするという状況。インタビューの内容としては、それぞれのクリスマスの思い出とか、グループでは何をしたとか、そんなゆるい話だ。

 デビューしたばかりの4人本当に若くて……というか、幼くて、まったくスレてなかった印象が残っている。何しろ無邪気だった。あと、みんな、小さかった。当たり前だが。

 そしてそれは、4人それぞれの個性が見えた時間でもあった。今井絵理子は明るくて社交的で、この中では一番アイドルっぽかった。集合インタビューでは声の判別をつけるために最初にレコーダー(当時はカセットテープ)に向かって名前を言ってもらうのだが、今井の最初の声が小さかったので、僕が「あっ、もう1回!」とお願いしたら、「今井絵理子で~す!」とものすごく明るく、おどけて言ってくれた。キュートだし、グループの中心でやっていく素質がある子だろうなと、すぐに感じた。

 島袋寛子は、明るくはあるのだが、話をしているさまは、とてもナチュラルだった。頑張って笑うようなことはないし、どちらかというとクール。でも前向き。当時この中では唯一の小学生(6年生)だったが、そんなイメージはあまり受けなかったほどで、やや落ち着きも見えた。

 上原多香子は、存在感が薄かった。ほとんど話さないし、主張することもゼロ。僕はその時、「この子、かわいいけど、性格は地味なのかな。もしかしたら暗いほう?」と感じたくらいだった。あとで1ページ分の記事を仕上げたら、彼女は2回ほど、それも短く発言しただけで、大丈夫かな? と思ったくらいだ(雑誌にはそのまま載った)。後年、たいへんな美女へと成長を遂げた時に「一番地味だったあの子だよな?」と驚いたものだ。

 そして新垣仁絵は、島袋とは違う意味でナチュラルというか、かなりマイペースな雰囲気の子だった。話はちゃんとしてくれるけど、これまた頑張って笑顔を作るようなこともほとんどなく、むしろ淡々としている。あんなに踊る子なのに、ふだんは落ち着いてるのか、と思った。

 こうして各人を見ると、あまり明るくなさそうだが(笑)、それは僕が場を強引に盛り上げるようなインタビュアーじゃないからかもしれない(活字媒体の書き手は、だいたいそういうもんだ)。撮影に入ると、クリスマス風の衣装になった4人は、にこやかだった。若々しく、元気なグループの陽性のエネルギーが、スタジオの中心で輝いていた。その時の写真の出来があまりに良くて、試し撮りを見たマネージメントのスタッフが「写真チェックはなしで大丈夫です」と編集者に言っていたほどだ。今みたいに画像データをPCで直すこともないし、まだ、ゆるい時代だったんだな。それに、SPEEDというグループを取り巻く環境も、おそらく。

 ただ、こうして思い出すと、取材の場での彼女たちの姿は、グループの本質の一端だった気もする。なにしろSPEEDは沖縄アクターズスクールの出身。つまりこの連載でも書いた安室奈美恵やDA PUMP、それにMAXと同じ出自を持つのである。ダンスが好きで、幼い頃からそれを志してきた子たちが集まったグループなのだ。

 ただ、いざデビューして芸能界というところに来ると、ダンスや歌だけやっていればいいわけではなく、それなりの対応力を身につけることが求められる。TVカメラの前ではおどけた姿ができたらいいだろうし、人に面白がられるトークもすべきだろう。それが本分ではないものの、要求される場面で応える能力はあっていい。

 そういうことも、彼女たちは徐々に体得していったに違いない。僕が受けた、決して明るすぎない4人のイメージは、デビュー直後の、まだ無邪気でもよかったタイミングゆえのものだろう。

 さて、SPEEDのデビューはこの少し前の1996年の8月、シングル「Body & Soul」にて。その頃から彼女たちは並のグループとは違う印象があった。何においてもレベルが違ったのである。

 この歌は、ギターのカッティングはシックの「おしゃれフリーク」を彷彿とさせ、そうして連ねられるファンキーな感覚に乗っていく島袋と今井のヴォーカルが秀逸である。当時「これ唄ってるの、ほんとに小学生か!?」と驚いたものだ。のちに多数のカバーも生んだ曲であり、いきなり大ヒットを記録した。プロデューサーは伊秩弘将で、彼の存在もここからクローズアップされていく。

 2枚目のシングルは先ほどの「STEADY」で、今度は横ノリの楽曲で実力を示した。もともとSPEEDは当時のアメリカのR&Bで大人気だったTLCに憧れを持っており、この曲のミディアム寄りのリズムにはその傾向が見られる。時おり聴こえるピーヒョロロ~みたいなキーボードの音色はGファンクを意識しているはずで、そのくらいSPEEDの音楽性にはR&Bやファンクの影が大きかった。そしてそれを小中学生が唄って踊っているという事実が、めちゃくちゃセンセーショナルだったのだ。

 SPEEDは、名曲をどんどん世に送り出していく。歌詞も話題になったのは「Go! Go! Heaven」。伊秩の詞は、あざとさ直前のところでそれをポップに昇華させるバランスがあるが、時々「そこまで唄わせるんか!」ってものもありで、しかしそれもSPEEDには合っていた。そこには彼女たち自身のテーマ、たとえば枠をはみ出して生きること、自分たちにとって大切にしたいことなどが反映されており、リスナーはSPEEDの実像と重ねながら楽しむことができたのだ。

 デビュー曲のニュアンスをさらに発展させたかのような曲は「Wake Me Up!」。この頃の彼女たちは、こういうファンキー感がほんとにお得意だ。ちょうどこの歌の頃にライヴを見る機会があり、それはじつに爽やかな、気持ちのいい空間だったことを記憶している。

 この頃になるとSPEEDの存在は一般レベルにまで知られていて、歌やダンスとは別に、ファッションにも注目が集まっていた。当時はストリートファッション全盛で、その波はそれこそローティーンにまで押し寄せつつあり、子どもたちもクールな雰囲気の服を着るようになっていた。僕が渋谷の街中でお茶をしていた時、ちょっとカッコいい服を着た子どもたちが通りを歩いていて、それを見た隣の席の大人たちが「SPEEDみたいな格好してるよね」なんて言ってたのを覚えている。そんな時代だったのだ。

 そしてSPEEDをトップグループの座に押し上げたのはデビュー2年目に放った「White Love」だ。クリスマスというモチーフが若さとみずみずしさ、その一方で、せつなさも漂わせながら、ひとつの実を結んでいる。結果的にこの曲はダブルミリオンというSPEEDのシングルの中で最大のセールスを記録した。

 1998年の初頭には「my graduation」をリリース。満を持しての卒業ソングで、もはや貫禄すら感じられる。

 ただ、あとで知った話だが、グループの活動については、もうこの時期から伊秩をはじめとしたスタッフたちがどうしていくべきなのかを考えていたようだ。確かにあまりに急激に成長した彼女たちは休むことをずっと許されず、さまざまなことが飽和状態になっていた感を受ける。

 この段階では「ALL MY TRUE LOVE」がいい出来の歌だと思う。

 ただ、もはや新鮮味はなく……いや、それはキャリアを重ねれば当然のことなのだが、その代わりの突破口になる何かも見えてこない。相変わらずヒットを飛ばしていたSPEEDだが、それが少しずつ落ち着きを見せ始めた時期でもあった。

 やがてメンバーのソロ曲、そしてソロ活動も始まり、グループの一体感は低下していった。そうなってからも活動を続けたものの、結局SPEEDは2000年の春に解散という節目を迎えることになる。

 以降の彼女たちは、それぞれの活動の合間に再結成~再活動を幾度か繰り返しており、新作も出している。若さいっぱいの言葉とメロディが躍動するあの歌を、大人の年齢になった彼女たちが唄うと、どんなふうに感じるものなんだろう? 再結成のライヴを見たりしたファンは、そんな時の流れを実感したことだろう。

 現在は4人が4人とも、あまりにそれぞれの道を歩んでいて、最初に書いたような報道が多いことを思うと、彼女たちがまた集まり、唄って踊るようなことは難しいのかなと……思ったりする。

 ただ、このことは書いておこう。

 間違いなくSPEEDは、日本の音楽史上に残るローティーン・グループだった。近年、とくにスポーツや将棋といった世界で10代前半の子たちが稀有なパワーを見せているが、J-POPにはSPEEDがいたのだ。その事実は強調しておきたい。

◆「平成J-POPプレイバック!」過去記事はこちらから

●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
妻子あり。
Twitterアカウントは、@you_aoki
 

Hey!Say!JUMP・有岡大貴、『ヒルナンデス!』生放送中も「我慢できない」コトとは?

 Hey!Say!JUMP・有岡大貴と高木雄也がパーソナリティを務めるラジオ『JUMP da ベイベー!』(bayFM)が、3月22日深夜に放送された。

 この日もさまざまな話題が紹介されたが、その中でリスナーからもっとも注目を集めたのは、“くしゃみ”についての話題。「静かなところでくしゃみができず、我慢してしまう」というリスナーからの告白が読み上げられ、2人が自身の対処法を披露した。

 まず有岡が「どうしてます? くしゃみ我慢する?」と聞くと、高木は「しない!」と断言。再び「思いっきりする?」と有岡が聞くと、高木はまた元気よく「する!」と答えていた。有岡は昼の情報バラエティ『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)にレギュラー出演しているが、「俺も全然しちゃう。なんなら『ヒルナンデス!』の生放送中にもしちゃう」「結構出ちゃう。仕方ない」と、“生理現象”として我慢はしない様子。

 「解除っていうかさ、結構みんなあるよね。独自の解除の仕方。“くしゃみキャンセル”みたいな」と言い始めた有岡は、「(八乙女)光くんとかさ、内側にくしゃみ放つじゃん」と、八乙女のくしゃみを説明。いわく、八乙女は豪快なくしゃみではなく、比較的小さなくしゃみをするそうで、「体の中で(くしゃみを)止めちゃってるよね」と高木も同意。「あれ、気持ち悪いだろうなと思う。思いっきりしたいだろうに」と、八乙女に同情を寄せる有岡だった。

 また、「まわりを気にしてくしゃみがしづらい」と言っていたリスナーに共感するように、有岡は「(番組で)誰かがコメント中とかさ、くしゃみしちゃうとさ……」と、どうしても我慢しなければならないシチュエーションがあると言及。同じように、“あくび”もなかなか人前ではできないといい、有岡は「舌で上唇を触ると(あくびが)解除できる」と対処法を披露。生放送のレギュラーを持っている有岡ならではの話題であった。

 この日の放送にリスナーからは、「テレビとかだと、くしゃみやあくびは絶対できないもんね。生理現象なのに大変だなあ」「大ちゃん、『ヒルナンデス!』のワイプでよくくしゃみしてる~。本当に我慢しないんだね」「テレビに映る人ならではの苦労話って感じだった。家では気にせずくしゃみもあくびもしてほしい(笑)」との声が集まっていた。
(福田マリ)

アジアン旋風を巻き起こす88risingの映画が公開! 世界的な躍進を続けるアジア人ラッパーたちに迫る

 さまざまなカルチャーをサポートしてきたRed Bullと、アメリカ発の音楽レーベル/メディアである88risingの共同製作による長編ドキュメンタリー『Asia Rising – The Next Generation of Hip Hop』が、3月29日(金)から世界同時公開され、それに伴い渋谷のシアター・イメージフォーラムで、メディア向け試写会が同月22 日(金)に実施された。

 2017年から制作の構想がスタートしたという『Asia Rising: The Next Generation of Hip Hop』は、ここ数年、世界的なムーブメントとして躍進を続けるアジアン・ヒップホップにフォーカス。この現象を象徴する88rising所属の各国のアーティストをはじめ、数多くの若手アーティストが登場し、世界中のステージで居場所を獲得してきたアジア人ラッパーたちの成功や乗り越えてきた困難の数々、アイデンティティや素顔を約52 分間にわたって描かれている。

 上映後には、88risingに詳しいジャーナリストの森川潤氏をモデレーターとして、本作に出演するラッパーのAwich(エイウィッチ)とJin Dogg(ジンドッグ)、88risingのフィルムディレクターで本作の監督を務めたJonathon Lim(ジョナサン・リム)によるトークセッションも行われた。

アジアン旋風を巻き起こす88risingの映画が公開! 世界的な躍進を続けるアジア人ラッパーたちに迫るの画像2

 ジョナサンは作品を通して、「アメリカの文化が世界中を周って、また、それがアメリカに戻ってくるのがおもしろいなと思った。それをひとつの“ジャーニー(旅)”と捉えて、どういう形になるかを表現したかった」とのことで、「こうしたヒップホップアーティストたちが、アジア人にとってもロールモデルになるということは、世界中の多くの人たちの考え方が変わってきているということだと思っている。特にこの2人(AwichとJin Dogg)は自分のカルチャー、日本の文化の中からブレイクアウトしているアーティストであることが、若者にインスピレーションを与えるのではないか」「インターネットのおかげで、(世界中で)同じ世代の人たちが同じアーティストから影響を受けてきている。そういう意味ではグローバリゼーションにつながっている」と語った。

 またアジア・ヒップホップの躍進の背景については、Awitchも「ネットがめっちゃ強いというか大きな役割を果たしていて。曲だけじゃなく、その人のストーリーや動画もすぐ観られるような時代なので、ネットのおかげでアーティストとして世に知られて、世に愛されることが可能になっている」と指摘。

アジアン旋風を巻き起こす88risingの映画が公開! 世界的な躍進を続けるアジア人ラッパーたちに迫るの画像3

 日本の音楽シーンは比較的特殊で、海外のシーンに関心が薄いとも言われているそうだが、「(世界と日本で)ギャップがもしあるのであれば、それを埋められる人が勝ちじゃないですかね。日本のオーディエンスを疎かにすることはイヤだし、どっちにも聴いて感動してほしいから。そこに目指して挑戦するのが楽しい。日本でバズって、世界のチャートに入るというのが実現できたらいいなと思います」(Awitch)と語っていた。

 Red BullはRed Bull Music Festival Tokyo 2019 内で、88rising とコラボしたライブイベントを4 月10 日(水)にWWW X(渋谷)で開催する予定だ。

(文=伊藤綾)

ジャニーズJr.・SixTONES、関西の番組で「全員帰れ!」と共演者絶叫の事態に

 関西ジャニーズJr.のメンバーが出演し、毎回さまざまなテーマでトークを展開するバラエティー番組『まいど!ジャーニィ~』(BSフジ)。3月24日は前回に引き続き、東京・帝国劇場で2018年12月6日~19年1月27日に上演された舞台『JOHNNYS’ King&Prince IsLAND』特集が組まれた。

 ジャニーズJr.内ユニット「Snow Man」向井康二と室龍太が、本番直前の出演者にインタビューをするコーナーには、人気急上昇中のJr.内ユニット「SixTONES」のメンバーが登場。向井&室とSixTONESは気心の知れた間柄とあって、インタビューも和気あいあいとした雰囲気に。まず向井がSixTONESに「本番前はなにをしているのか」と質問すると、松村北斗が「呼吸とかしてるけどね、基本的に」と早速ボケを繰り出し、ここからトークはわちゃわちゃした展開に……。

 続いてジェシーが「音楽聞いてます」と答え、突然、玉置浩二のモノマネを披露。この流れに室が「急にブッこんでくるな!?」と強めのツッコミを入れると、なぜか一番端にいた田中樹が「龍太くん怖い……」と室に怯えだし、これに向井が「許して! 久しぶりの東京で張り切ってんねん!」とフォロー。便乗して田中が「今日、絶対渋谷行くじゃん!」と室をからかうなど、徐々に“全員が室をイジる”という図式へと突入していく。

 その後も、ボケ続けて収集がつかなくなったSixTONESに室が「オマエら全員帰れ~!」と叫び、ジェシーを筆頭に「じゃあ帰ろ、帰ろ」とカメラの前から消えようとしたり、突然Jr.内ユニット「Travis Japan」中村海人が収録に乱入したり、大盛り上がりのインタビューが繰り広げられた。

 そして最後に、森本慎太郎が「室へどうしても言いたいことがある」と切り出す。なんでも、この収録の前日、夜中に森本が室に連絡し、お土産に“たこ焼き”を買ってきてほしいとお願いしたそう。しかし、室は「(東京に)着いたころには、たこ焼き冷めとるやんけ!」と反論し、たこ焼きを買ってこなかった理由を説明したが、メンバー全員がこれをスルー。終始、最年長の室がイジられるという展開で、コーナーが終了したのだった。

 短い時間ながらも、仲の良さがにじみ出た向井&室とSixTONESの共演には、ファンも大興奮していた様子。「るたこじ&ストの団体芸最高すぎる! 一生やっててほしい!」「SixTONESと絡むと室くんのツッコミが忙しいね(笑)」「るたこじ×SixTONES最高だったな~。みんな龍太くんのこと好きすぎかよ!」という声がネット上に投稿されていた。
(アズマミサト)

関ジャニ∞・横山裕、『関ジャム』で「何回聞いたか」と村上信五の“十八番”を暴露

 関ジャニ∞が毎回さまざまなアーティストを迎えてトークを繰り広げる音楽バラエティ番組『関ジャム完全燃SHOW』(テレビ朝日系)。3月24日は、作詞家・音楽プロデューサーのいしわたり淳治と、ロックバンド・JUN SKY WALKER(S)のベーシストで音楽プロデューサーでもある寺岡呼人をゲストに迎え、「グッとくる!上京ソング特集」が放送された。

 番組内では「地方出身者が選ぶ上京ソングランキング」が発表されたのだが、17位にランクインしたケツメイシの「トモダチ」(2002)には、横山裕が「きた! ケツメイシは多いと思うよ」と反応。ケツメイシは01年にメジャーデビューした男性4人組グループで、4枚目のシングル「トモダチ」で初のオリコンシングルチャートトップ10入りを果たすと、当時の若者を中心にまたたく間に人気となった。

 そんな中で、当時関西ジャニーズJr.として活動していた関ジャニ∞も、02年にグループを結成すると、04年に「浪花いろは節」でCDデビュー。全員が関西出身の関ジャニ∞は、デビュー前後にそれぞれ上京しているため、横山にとってはまさにその時期に流行していたケツメイシの楽曲が、“上京の思い出”と共に刻まれているようだ。

 そして同じく「ケツメイシ」の曲を“上京の曲”としてあげていたのが、村上信五と安田章大。11位で再びケツメイシの「東京」(05)がランクインすると、「出た~、これやわ!」と横山が懐かしそうにつぶやき、安田は「村上くんがカラオケで歌ってるのを何回聞いたかな」とコメント。そして村上は「まさに友達が歌ってくれたもん。そう、同級生が」と明かしていた。

 安田にとっては“村上がカラオケでよく歌っている曲”という印象が強いようだが、村上は「僕の友達が歌ってくれて、僕も覚えたんですよ。本格的に関ジャニ∞が結成決まって、『拠点が東京になんねん』みたいな話をしたときに、なんか軽く送り出しみたいな感じで歌ってくれた」と、当時を振り返った。村上にとっての“上京の曲”は、親しい友人との思い出でもあるのだろう。

 このエピソードにファンからは「ケツメイシの『東京』、私も昔よく聞いてたなあ。上京してきた人には刺さる歌詞だよね」「村上くん、なんかちょっとウルウルしてない? 余程、心に響いてるんだね」「今回はすごく関ジャニ∞らしい話が聞けた。いろんな思いを抱えて東京に出てきたんだね」という声が集まっていた。

 ちなみに村上が「東京」をカラオケで歌っていることについて、横山も「何回聞いたか」とコメントしており、相当歌いこんでいる様子。いつか番組内で披露されるのを楽しみにしたい。
(華山いの)

関ジャニ∞・横山裕、『関ジャム』で「何回聞いたか」と村上信五の“十八番”を暴露

 関ジャニ∞が毎回さまざまなアーティストを迎えてトークを繰り広げる音楽バラエティ番組『関ジャム完全燃SHOW』(テレビ朝日系)。3月24日は、作詞家・音楽プロデューサーのいしわたり淳治と、ロックバンド・JUN SKY WALKER(S)のベーシストで音楽プロデューサーでもある寺岡呼人をゲストに迎え、「グッとくる!上京ソング特集」が放送された。

 番組内では「地方出身者が選ぶ上京ソングランキング」が発表されたのだが、17位にランクインしたケツメイシの「トモダチ」(2002)には、横山裕が「きた! ケツメイシは多いと思うよ」と反応。ケツメイシは01年にメジャーデビューした男性4人組グループで、4枚目のシングル「トモダチ」で初のオリコンシングルチャートトップ10入りを果たすと、当時の若者を中心にまたたく間に人気となった。

 そんな中で、当時関西ジャニーズJr.として活動していた関ジャニ∞も、02年にグループを結成すると、04年に「浪花いろは節」でCDデビュー。全員が関西出身の関ジャニ∞は、デビュー前後にそれぞれ上京しているため、横山にとってはまさにその時期に流行していたケツメイシの楽曲が、“上京の思い出”と共に刻まれているようだ。

 そして同じく「ケツメイシ」の曲を“上京の曲”としてあげていたのが、村上信五と安田章大。11位で再びケツメイシの「東京」(05)がランクインすると、「出た~、これやわ!」と横山が懐かしそうにつぶやき、安田は「村上くんがカラオケで歌ってるのを何回聞いたかな」とコメント。そして村上は「まさに友達が歌ってくれたもん。そう、同級生が」と明かしていた。

 安田にとっては“村上がカラオケでよく歌っている曲”という印象が強いようだが、村上は「僕の友達が歌ってくれて、僕も覚えたんですよ。本格的に関ジャニ∞が結成決まって、『拠点が東京になんねん』みたいな話をしたときに、なんか軽く送り出しみたいな感じで歌ってくれた」と、当時を振り返った。村上にとっての“上京の曲”は、親しい友人との思い出でもあるのだろう。

 このエピソードにファンからは「ケツメイシの『東京』、私も昔よく聞いてたなあ。上京してきた人には刺さる歌詞だよね」「村上くん、なんかちょっとウルウルしてない? 余程、心に響いてるんだね」「今回はすごく関ジャニ∞らしい話が聞けた。いろんな思いを抱えて東京に出てきたんだね」という声が集まっていた。

 ちなみに村上が「東京」をカラオケで歌っていることについて、横山も「何回聞いたか」とコメントしており、相当歌いこんでいる様子。いつか番組内で披露されるのを楽しみにしたい。
(華山いの)

松本人志「テレ朝出禁」は、“あの番組”をサボリまくったから?

 あの番組の後に何かが起きた?

 ダウンタウン・松本人志が3月24日の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、テレビ朝日を“出禁”となっている理由を明かし、話題を呼んでいる。

「ゲストの中居正広が4月からテレビ朝日系でニュース番組のMCを務めることに触れた松本は、『俺がそっちに出たいんやけど、皆さんがご存知のようにテレ朝出禁なので』と苦笑。『テレビ朝日の偉い人と吉本の偉い人が揉めたって……』『上層部がタンカを切ったんですよ。“ダウンタウン出せへんぞ”って。そうした向こうが“いらへんわ~”って』と暴露したのです」(テレビ誌ライター)

 松本はテレビ朝日系の『M-1グランプリ』『松本家の休日』に出演しているが、こちらは系列のABC制作。テレビ朝日では20年以上ダウンタウンは一度もコンビとしてのレギュラー番組を持っていない。

 そして、その最後のレギュラー番組が1995年に放送されていた『かざあなダウンタウン』。ベテランの芸能記者が述懐する。

「この番組には今田耕司、東野幸治、板尾創路、木村祐一、山崎邦正らダウンタウンファミリーが総出演。ダウンタウンのムチャ振りに若手芸人が過酷な企画に毎週チャンジするというものでした。その内容はヘッドスライディング瓦割り、画びょうのついた風船でバレーボール、2人1組で相手にビンタをしてメガネがどこまで飛ばせるか勝負するといった体を張るものから、吉本興業のベテラン先輩芸人の中で誰がクズか答える、男の芸能人で貞操を捧げるなら誰か答えるなど、精神的に追い込まれる企画もありました」

 しかし、松本は番組に、まったく乗り気ではなかったのだという。

「テレ朝側はたけし軍団が体を張っていた『スーパーJOCKEY』(日本テレビ系)を目指していた。また、同時期にはウッチャンナンチャンによる若手芸人へのムチャ振り番組もあった。そのため松本は“二番煎じ”と感じていたようで、あきらかにやる気がなく、投げやりにやっていた。めったに番組を休まない松本がこの番組では『腹痛』で欠席することも多く、2本撮りを連続2週休んだことも。結果、わずか1年ほどで終了となりました」(同)

 そんな松本の態度にテレ朝上層部が激怒し、吉本に抗議していたのだろうか。

GLAY・HISASHIと不倫報道! お相手は「バンド界隈で有名な女」「過去に匂わせ」も?

 3月26日発売の「女性自身」(光文社)で報じられた、GLAYのギタリスト・HISASHIの“不倫疑惑”。お相手は、エンタメ集団・あやまんJAPANの元メンバー・めんそ~れ愛菜だが、音楽関係者は彼女について「バンド界隈では有名人」と指摘している。

「今年でデビュー25周年を迎えるGLAYですが、近年のHISASHIはEXILE・TAKAHIROらと結成した、ACE OF SPADESというバンドで活動するなど、活躍の場を広げています。HISASHIは1999年に一般女性と結婚し、子どももいますが、『自身』は、めんそ~れ愛菜との“密会”を伝えています」(スポーツ紙記者)

 同誌は、今年1月に都内のバーで行われた、めんそ~れ愛菜の誕生日会後、HISASHIと2人で彼女の自宅へと入っていく姿を目撃。また、HISASHIの誕生日会にも、めんそ~れ愛菜が参加しており、“腕組みツーショット”も掲載されている。そのほか、昨年末に愛知県名古屋市で開催されたGLAYのライブ終わりにも、“ホテル密会”に及んでいたという。

「めんそ~れ愛菜は、2013~15年まであやまんJAPANの一員として活動していましたが、その後、タレントのマネジメントなどを行う株式会社ぶるーおーしゃんを設立。現在はアイドルグループ・病ンドルのプロデューサーを務めています」(同)

「自身」の取材に対し、双方の所属事務所は交際を否定しているが、バンド界隈に詳しい関係者は、めんそ~れ愛菜の“過去”に注目。

「15年7月発売の『女性セブン』(小学館)は、氣志團の綾小路翔がめんそ~れ愛菜の自宅に訪れ、“密会”していたことをスクープ。綾小路は妻子持ちであったため、不倫を疑われたものの、所属事務所を通じて否定コメントを発表しました」(音楽誌記者)

 それ以前の14年、あやまんJAPAN時代には、ゴールデンボンバー・鬼龍院翔との交際説が取り沙汰されていた。

「14年11月、鬼龍院がSNSでハワイからの帰国を報告する前に、めんそ~れ愛菜がTwitterで『おかえりー』と投稿。ほかにも、めんそ~れ愛菜が『お気に入りのお帽子』という言葉とともに投稿した帽子が、『鬼龍院のものと似ている』とウワサになり、『2人は付き合っているのではないか?』『めんそ~れ愛菜が、交際を匂わせているの?』と、騒がれました」(同)

 鬼龍院は独身のため不倫関係ではないが、めんそ~れ愛菜はゴールデンボンバーファンの反感を買ったようだ。

「男女の仲かどうかはさておき、めんそ~れ愛菜はバンド界隈と親しいので、HISASHIもその交友関係の一人なのかもしれません。それでも、HISASHIが既婚者である以上、お互いに誤解を招くような行動は慎むべきでしょう」(同)

 GLAYの記念イヤーだけに、このまま騒動が収まればいいが……。

フジテレビに東大医学部卒美女が入社! すでにネットで批判上がるも、人気女子アナ枯渇の救世主に!?

 フジテレビに4月入社予定の新人女子アナウンサーが話題を呼んでいる。

 入社するのは、東京大学医学部健康総合科学科を卒業した藤本万梨乃さん。在学中はタレント事務所に所属し、ネット配信局「AbemaTV」やBSの『news access』(BS朝日)で学生キャスターを務めたほか、「non・no」(集英社)の読者モデルもこなしていた有名美人女子大生だった。

 ネット上では“東大医学部卒”という肩書を持つ彼女に対し「医者になりなよ」「フジの女子アナなるより医者になってくれた方がよっぽど世の中のためになる」「医学部出て女子アナ? 勿体ない」といった声が続出している状況だ。

 しかし、テレビ局関係者は彼女についてこう言及する。

「藤本さんは医学部ですが、医者になれる医学科ではなく、看護師の資格が取得できる健康総合科学科です。大学のHPによると、健康総合科学科の卒業生は健康科学や情報処理の知識を生かして保険会社、製薬企業、コンピュータ関連の民間企業、外資系企業に就職したり、看護師の資格を取得した卒業生は医療施設や地方自治体、病院に就職しているとか。ほかにも公務員、金融機関、広告代理店などのマスコミ系に就職する人もおり、多種多様です。OGにはフリーアナウンサーの膳場貴子さんや八田亜矢子さんもいます。フジがヘタに“医者になれるほどの頭脳の持ち主”とアピールすると、本人が気まずい思いをしてしまうのでは?」

 福岡の女子校から一浪して東大に入ったという彼女は、『好きか嫌いか言う時間!!日本のイライラ解消SP』(TBS系)、『週刊!大学生図鑑』(BS日テレ)『お願い!ランキング』(テレビ朝日系)などテレビ出演も多数で、入社後は即戦力として大活躍するだろうと予想されている。

「フジテレビ社内では、“テレ朝の竹内由恵アナ似のインテリ美女”が入ってくると話題だそうです。生野陽子アナが産休に入り、三田友梨佳アナが夜のニュース『Live News α』のメインキャスターに抜擢されるなどし、特にバラエティ部門が人材不足しています。久慈暁子アナもいまいちブレイクしきれてない昨今、藤本さんの輝かしい学歴とアイドル顔負けのルックスは、久々にフジテレビに明るい話題をもたらすのでは?」(週刊誌記者)

“フジパン”としてブレイクなるか? 藤本さんの今後に要注目だ。